魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第61話 闇の谷、邪念の山

 

 闇の三騎士がそろっていた。

 其れは切り刻むもの。

 其れは打ち滅ぼす者。

 其れは、全てを従え統べるモノ。

 

 幾許の時代を流れ、忘れ去られた存在だったのか。 それともこの時代に出会った者がいたから生まれたモノなのだろうか。 それは誰にもわかることなどできないだろう。 人は暗闇では視覚が利かないし、音がないところでは耳も役には立たないからだ。

 

 とにかく、超常であり異常な物であることには変わりがないそれらに、彼女は当然の如く警戒心を最大限にしていた。

 

「師匠、此処の守りは必ず……」

 

 手に平を拳で包むと、意を決して腹をくくる。 ここが、いま自分が守る場所なのだと自覚が追いつくと丹田に気力がみなぎってくるようだ。 言われたわけじゃない、けど、あの背中に書かれた”悟”と言う字を瞳に収めてしまった彼女は……覇王、アインハルト・ストラトスは思わずにはいられなかったのだ。

 

 どんな暗闇も、この拳が打ち砕き祓って見せよう……と。

 

「師匠……」

 

 口数はドンドン少なく成っていく。 けど、心の内に秘めた焔は燃え上がるばかりで鎮火の気配は一向にない。 それは、周囲のひと肌に容赦なくぶち当たる殺気へと変わろうとしていた。

 そんな空気に、能天気な声が反論を上げる。

 

「ねぇ、なんでそんなにプンスカ怒ってるの?」

「……怒ってなどいません」

「ウソだぁ! だってさっきから空気がちりちりするもん」

「……くっ」

「あ、アインハルトさん……!」

 

 その異なる雰囲気がぶつかり合うと嵐が生まれようとする。 低気圧と高気圧がぶつかり合う太平洋上のような“うねり”を見たなのはの背筋に冷え切った汗が浮かび上がる……ケンカ開始5秒前。 なのはは、二人の間に割ろうと足を運ぶ。

 

「邪魔をしてはいけません、オリジナル」

「あ、え……えっと、シュテルちゃん……ですよね?」

 

 冷たい声がなのはを止める。 見つめる先には鏡がある……かのように思える同一の顔がこちらを見据える。 同じ髪質、髪の色、どこまでも自身に似ているそれは、しかし中身は絶対に違うと断言できる。

 そうだ、だって二人は似ている様で全く違う“別人”なのだから。

 

「えぇ、貴方の劣化コピーですがなにか」

「そ、そんなこと言ってないよ!! 変なこと言わないで……っ」

「……そんな泣きそうな顔、しないでください。 冗談です」

 

 そんな別人同士が軽い挨拶を交わす。

 冷たい視線の娘が片目でウィンクをすると、朗らかな方が呆気にとられた表情を展開する。 やけに心に突き刺さるブラックジョークに、冗談では済まないよと苦笑いをするなのはは既に、相手にペースを掴まれ始めていた。

 

「少しだけ貴方たちよりも感情表現が不得手なだけです。 ……貴方の闇が一番大きかったのが原因でしょう」

「わたしの……闇?」

「そうです。 この姿からわかるように、わたしたちは貴方たちの影で在り貴方達の知り得ない無意識の一部……そう思ってもらえれば理解が早いでしょう」

『???』

「わからない……顔ですね」

 

 言われたことは少しだけ難しいモノであった。 その後ろでプレシアが何やら思案しているように見えたが、結局答えは出なかったのであろう。 かける声もなく、ひたすらに沈黙を守る。 けど、その沈黙は関係なしになのはの脳裏にはひとつ、今まで疑問に思っていたことが溢れ出す。

 

「じゃ、じゃあもしかして悟空くんもあなたたちみたいな影の人が……?」

「……それは、ありえません」

「……え?」

 

 けどそれはすぐさまに否定されてしまう。 静かに、でもどこか儚げな印象を醸し出すシュテルの表情が、なのはにはどうしてだろう『さびしい』という感情に見えてしまう。 思わず近寄ろうとして、彼女の目の中を除こうとした時である。

 

「彼はこの世に一人。 ……そう、たった一人だけの存在ですから」

「……どういう――」

「たった一人の……思い人。 それが複数いたのではロマンチックではないでしょう? 面白味もありませんし」

『理由がそこですか……』

 

 彼女はどうにも夢見がちなタイプらしい。

 

「でもこれがなのはの影ってことは、もしかしてなのはって結構……」

「あ、アリサちゃん今はそう言うの関係ないってば! ……しゅ、シュテルちゃんも変なこと言わないで!!」

「うふふ……でも本当の事ですよ?」

「うぐぅ……」

 

 ロマンチックは上げるモノ……? 女の子にしてみれば貰いたのが本音だろうが、思い人の甲斐性スキルからそれは絶望的だろう……というより修羅場しか浮かばないなのはは首を横にぶん回す。

 

「貴方のその顔……心中察します」

「誰のせいだとおもってるのかな?」

「誰でしょう……?」

「もぅ……!」

 

 からかい半分といったシュテルはそこで視線を横にスライドさせる。 会ったのは水色の髪をした自分の同僚。 それは小さな体と頭を精一杯に振り回し、今目の前に居る闘牛を相手に大立ち回りを敢行しようとしていた。

 

「あー! 今また目元がピクリってうごいたぁ!」

「……ふぅ。 どうして貴方はそんなにも――」

「もぉーー! なんでそんなに鋭い目でこっち見るんだよ! 僕なんにもしてないだろ!? このイノシシサムライ!」

「イノ――!? ……っく、さすがのわたしも今のは……!」

『あ、アインハルトさん!?』

 

 

 その中でやはりというか、大人しく時を過ごせないモノが一人。 彼女は左右で異なる色の瞳を輝かせると、口元を大きく吊り上げる。 我慢の限界が近そうだ。

 

「しかしイノシシというのはなんとも的を射た言い方をするのう、レヴィ」

「王さまもそうおもう? へへん、なんたって斉天さまも昔はこの人みたいにすぐ突撃する癖あったもんねぇ。 じっくりとみてたからわかるよぉ~」

「で、あろうな。 あやつも昔は相当にやんちゃであったからのう」

「……ッ!」

 

 我慢の、限界……?

 不意に震えだすアインハルトはなにを思う? イモ侍ならぬ猪武道家と蔑まれた小覇王は肩の震えも収まらぬままに、小さく声を漏らしていく。

 

「あ、アインハルトさん――」

 

 その姿が不安でたまらなくなったのだろう。 声を出した高町なのはは、ここでついに彼女たちのあいだに割って入ろうと足を踏み出した……そのときであった。

 

「いま、なんと言いましたか……」

「おねがい落ち着いて、アインハルトさん……!」

「いま、わたしと師匠が似ていると言いましたか!?」

「だ、だからね……え?」

 

 アインハルトの声がいちいち大きくなる。 その姿を見た騎士一同は肩を大きく落としていた。 どうやら、彼女たちはアインハルトの心の機微を瞬時に捉えたようだ。 ……そして、それは高町の剣客たちも同様のようで。

 

「…………ふふ」

『あ、笑った』

 

 アインハルトが微笑む頃には、高町なのはの足は既に後方へ下がっていた。 もう、心配するどころかむしろ注意しなければならないレベルになっている彼女の心の内。 なにが、彼女をこのようにしたのか……?

 

「わたしが師匠に似ているっていうのは本当なのですか!!」

「……まぁ、事実であろう」

『あぁ、そういうことですか』

 

 震えた身体は、その実歓喜の震えだったらしい。 何となく緊張感の欠片も木端微塵にされてしまった今の発言に、旅館内の人間の大半は肩を落とす。

 

「あ、それで斉天さまってテンカイチブドウカイってところでねぇ~~二度も優勝できなかったんだよ」

「車にはねられて? あの師匠がそんな負け方を……そうだったのですか。 ……師匠にも下積み時代というのはあったのですね」

「当然ですよ。 彼をなんだと思っているのですか貴方は」

「言ってやるなシュテル。 今のあやつを見ておると誰でもそのような反応が出るのは仕方ないことだ」

『いやいや、どうして武道大会の対戦途中に交通事故に遭うんだよ!』

 

 そこから咲いた話は、孫悟空の少年時代の思い出。 冒険、そして武道に打ち込んだ熱く悲しく、それでも明るい過去の物語り。

 

「…………話し、大分ずれ込んだわねぇ」

「そうですね。 まぁ、悟空君の過去話なら誰もが興味を引かれると思いますけど」

「そう、ね」

 

 そのなかで交わされた大人の女性二人。 ……白、そして黒の浴衣に包んだ彼女たちはリンディ・ハラオウンとプレシア・テスタロッサだ。 彼女たちはいま、目の前で行われている雑談を遠目で見ていると、そっと片手で頬を支えだす。

 

 その目の奥に、心配という秘め事を隠しながら。

 

「あの子、本当に大丈夫かしら……」

「彼は……どうでしょうか。 もとが野生児なのが災いして、人の感情の機微……特に恋煩いだとかは無縁に思えますし」

「そこなのよね、彼の大弱点は。 ……結婚したっていうけど、親が居ないのだから見合いなんてありえないし、どういう風にどんな感じなラブストーリーを演じたのかしら? 気になるわ」

「……ぷ、プレシアさん」

 

 一体なにが不安なのだろうか、この魔女は。 そういった思いが募るリンディであるが、そんな彼女も同じ思いなのであろう。 少しだけ吊り上った微笑は、笑顔の下に好奇心を見せつけるには十分。 説得力なしな表情は、今度は男衆の肩を落とさせる。

 

「……父さん、俺なんだか悟空がかわいそうになって来たんだが」

「…………そう、だね」

「?」

 

 そのなかで、やはり違う意味で肩を落としているのが高町一家の大黒柱。 ……高町士郎その人だ。 彼は愁いのある表情を醸し出すとそのまま一息、深呼吸を入れると窓枠から遠くの空を見る。

 青い空だ。 どこまでも澄み渡っていて、どこへでも飛んで行けてしまいそうなほどに高い空。 その空に輝く白い光は太陽で、燦々と光っては下々を暗い影から遠ざける。 その光が、どうにも『彼』を思い起こさせてしまった士郎は……

 

「…………“俺”を助けたのは、いつの……」

「え、父さん?」

 

 そのときを想いだし。 その輝きを思い出させていた。 ……けど、彼は同時に見つけてしまう。 今という日々を“守った彼”と“繋げた彼”を同一だとした時の………………

 

「悟空、君……キミはいったい」

 

 

―――――――――――最大の矛盾点を。

 

 

 

 

 

 

 

 AM8時55分 海鳴市郊外 一般道歩、路側帯。

 

「……逃げちゃった」

 

 独り言が冷たいアスファルトに落ちていく。 暗く、悲しく、そして切なさをふんだんに盛り込んだこれは、決して視覚だけではわからないもの。 比喩的表現なのだけど、それでも誰かに見てもらいたかったのか、彼女の声は決して小さなものではなかった。

 独り言の筈なのに。

 

「……はぁ」

 

 今度はため息だけがアスファルトに落ちていく。 もう言葉だけでは表現しきれない自身の感情は、色で言うなら……自分の髪と同じ色であろうか。 藍色、アイという読みだけなら一緒の髪を揺らすと、彼女は歩く速度をわずかに落とす。

 

「4月だったよね悟空さんと約束したの……逃げないって決めたのに」

 

 それは、彼がまだ寝ぼけていた遠い昔。 少女達からしたらつい最近と言えるのか、それともやはり彼と同じか……生きてきた時間に誤差がある青年と少女は、やはりそこからして相容れない“違い”というのが存在していたのであろう。

 彼女はまたもため息を零す。

 

「でも、こればっかりはダメだよ……」

 

 俯くばかりで、立ち上がることはできても前に進むことが出来ない。 たとえ出来たとしても、その先が正しい道なのかもわからない。 そもそも、今自身が進んでいる道が本当に正しいのかすらわからない。

 

 ナイナイだらけの不安道。 そこに今彼女はいるのだ。

 

「せっかく、なんの臆面もなく一緒に居られる人に出会えたのに……」

 

 さびしいと。 自分だけ“周囲”と違うと俯きながら歩いてきた。 でも、それでもがんばろうと思えたのは周囲の応援があったから。 姉、メイド、両親。 自身を知る者たちが今まで支えてきたからこそだ。

 そして出会えたかけがえの無い、本音を言い合える友達もつい1年ほど前に出会えたのだ。 ……それでも、その友達に言えない秘密はあったのだけど。

 

「……なのはちゃんやアリサちゃんはお友達だけど、だけど……やっぱりどこかで正体を知られるのが怖くて。 臆面なく受け入れてくれた……どうでもいいって言ってくれた初めての他人があの人だったから」

 

 子供の姿のときから、彼はやはり常軌を逸した行動が多かった。 それが自然児だから、両親を知らないせいだと聞かされた時は酷く心に悲しい想いが脹れたけど、……けど。

 

「それ以上に、自分と近いと思ってしまったから……この人ならわたしの事って」

 

 わかってもらえると、どこか心に確信できてしまったのも事実だ。 なぜにそのような感情が生まれたのかはわかるはずもない。 もしかしたら、それこそ彼が持つ心の有り様のせいだったのかもしれないし、彼の世界独特の何もかもを受け入れる寛容さだったのかもしれない。

 犬はしゃべるし、妖怪が普通に幼稚園でお勉強している世界だ。 吸血姫の一人や二人気にすることなんて今さらだろう……そう、『悟空が居た世界』ではだ。

 

 けど、それが許されないこの世界で、彼女の心細さはどれほどの物だったのか。 そんなことは人間にはわかるはずもない。

 

「……悟空さん」

 

 だから誰も同情なんてできない。

 

「悟空さん……」

 

 だから何者も、彼女の気持ちを『失恋』だと誤認する。

 

「……痛い、よぉ…………」

 

 だから、彼女自身も自分の感情を測りかねている。 この心の空洞が恋なのか、数少ない『同族』ともいえる異質をもった彼が、誰かの物だったことを知ったショックだったのか……解りかねるのだ。

 彼女の心は、少しずつ圧迫されていく。

 

【……ねぇ】

「……え?」

 

 そんな彼女に、降りかかる声があった。

 

「え、なに……これ」

 

 方角は太陽から丁度真逆に位置する西南から。 まるで風のように届き、それでも内側から鐘を打つかのように響くそれに、彼女は……月村すずかはあたりを見渡す。

 

「だれも、いない……」

 

 わかったことは自分以外誰もいないという事実だけ。 それでも……だ。

 

【こっちにおいでよ……】

「……あ」

 

 聞こえてくる、耳鳴りのように。 身体が向く、吸い込まれるように。

 月村すずかは、さも当然のように振り向いたのだ。 迷っていたはずなのに、振り返ることが怖かったはずなのに……そこに、いる彼女は後ろへ振り返ってしまう。

 

【…………にぃ♪】

「え!? な、にこれ……嫌ぁああ!!」

 

 ぱっくりと、そんな擬音が似合うような空間の裂け目。 しかしそれは口のように、牙のように、狂った獣の咢のように大口を開けていた。 ……見えることのない“向こう側”の光景ですずかの目を塗りつぶしながら。

 

「…………あ、あぁ」

 

 それを見てしまった彼女はもう動けない。 足がすくんだ? いいや、囚われたのはカラダじゃない……

 

「いま、……いきます」

 

 心だ。

 

 うつろい、揺れてしまった彼女の心はどこへ行ってしまったのだろうか。 その目は澄んだ藍色を消し去り、飢えに飢えた血のようなドロドロとしたものへと変わってしまう。 その変化はどういう意味なのか……

 

「い、ま……」

【うん。 こっちに……おいで?】

「は……い」

 

 意識もなく、心をなくした“モノ”にはわかりようが無かった。 月は、闇の中に沈んでいく。

 

 

 

 

 ―――――――――同じ時、別の場所。

 

 太陽が昇ろうとしていた。

 それは人気のない山道をひたすら駆け抜け、あたりを見渡すとため息を零してさらに速度を上げていく。 黒い髪が何度も揺れたり止まったりを繰り返すと、男はようやくその疾風よりも鋭い自身の動きを止める。

 

「…………まずいな」

 

 第一声は不穏な口調であった。 この男には珍しい緊張感をふんだんに詰め込んだそれは、聞く者が居ればそれだけで不安を誘う代物であったろう。 ただ、今回はギャラリーがゼロなのだが。

 

「さっきまで追ってこれたすずかの気が、急に消えた……」

 

 次に出た状況確認の言葉は、かなり不味い事態を零していた。 何が不味い? わからない者もいるかもしれないが、この男は探し物の経歴に関してはそん所そこらのトレジャーハンターとは比べ物にならない功績がある。

 その男が言うのだ……見つからないと。 その額に汗を流しながら。

 

「おっかしいなぁ。 さっきまで確かにこの辺にいたはずなのに、影も形も見当たんねぇ」

 

 あたりを見渡しても林が見えるだけ。 うっすらと上空から射す光がまぶしいが、目を瞑るまでもないと思ったのだろう、彼はそのまま視界を広げる。

 

「すずかー! どこだー!!」

 

 見えないから、今度は声を上げるのは当然のことだった。でも返ってくる声は当然ない。 そして……

 

「…………だめか、相変わらず気の方も見失っちまって……どうなってんだ」

 

 感覚センサーを最大限に引き上げても結果は変わらず。 いない者はいないと、まるで彼の行いを否定するかのような現実に、それでも彼は諦めが悪かった。

 

「おーい! どこだーー!!」

 

 山吹色の道着に身を包み、背後から茶色の尾を生やした男……青年、孫悟空は声も高らかに少女の名を呼び、響かせる。 返ってくるのは山彦だけだがそれでもかまわない、続けようと息を吸いこんだ悟空は――

 

「斉天さまー!」

「ん? あ、おめぇ!」

 

 遠くから聞こえる呼び声に、少しだけ眉を動かしていた。 見えるのは水色一色、きれいな髪質のそれを左右で分けた彼女はツインテールの女の子だ。 

 

「たしか闇の書から出てきたっていう…………レヴィだったか!?」

「あったりー☆ よかったぁ、斉天さまって人の名前覚えるのヘタクソだから忘れられちゃってるかもって思ったよ」

「そりゃあ昔はな。 てかよ、おめぇどうしてここに来たんだ?」

 

 少しの間、それでもすぐに名前を言い当てた悟空に対して少女の気分は滝登りのうなぎ登りだ。 どんどん明るくなっていく彼女の表情と違い、悟空は少しだけ怪訝そう。 疑うというよりは疑問の色が近い彼に対し……

 

「うん! ……ん?」

「いや、だからどうしておめぇが来たんだって聞いてるんだ」

「うんっとね……ん?」

「…………そんなわからねぇって顔されてもなぁ」

 

 少女は、全くわかっていない風であった。

 

「……顔はフェイトに似てるけど中身はもう全くの別人だなおめぇ」

「それはそうだよ。 だってオリジナルとは完全にはなれちゃったしね、もう『かんしょう』しあうこともないんだって、王さまが言ってた」

「ふーん、そっか」

 

 その姿をジト目で見る悟空は少しめずらしい雰囲気。 ……を、するのも一瞬のことだろう、彼はすぐさま空気を切り替える。

 

「そんで、なんでおめぇが来たんだ。 他のヤツは?」

「シュテるんに王さまのこと? ふたりなら今ね、さっきまで居たところで“えいがかん”やってるよ」

「……映画館?」

「うん! なんでもあのイノシシが『昔の師匠が見たい……見させてください!!』 って言って聞かないんだもん。 だから管制プログラムのあの人の協力で色々やってるよ」

「いのしし? 誰の事だ」

 

 切り替えた、つもりがやはりいつもの空気だ。 やっほーなどという擬音を背景に両手でばんざい。 宙に浮いてる不可思議で不遠慮な彼女はあっけらかんと現状を説明していた。

 くるくると空中で側転している様はアスレチックに来た子供の様。 でも……悟空はここで一つ疑問点を見つけてしまう。

 

「それでおめぇは手伝わねぇのか?」

「だって難しいことわかんないもん。 だったら斉天さまと遊んでる方がいい!」

「……オラ遊んでるわけじゃねぇんだけどなぁ」

 

 後頭部をかく悟空とは正反対に、手の中で作った光をグネグネ……魔力光を器用に粘土のような扱いで戯れると、レヴィはそのままニンマリと笑顔を作る。 まだ何もしていない、けれどただそこにいるだけで心底楽しいようだ。

 

「そう言えば斉天さま。 あの女の子みつかった? “よるのいちぞく”の女の子」

「……それがさっぱりなんだ。 急にアイツの気が消えちまってよ」

「ふーん。 僕には気なんてないからわからないけど、いろいろ大変そうだね」

 

 他人事だと思って。 そう思っただろう悟空は少しだけ眉間にしわを作る。 けれどそれだけやっても仕方がないとわかっているのだろう。 すぐさま先ほどと同じ格好を取ると、彼は一気に横隔膜を振わす。

 

「すずかーー!」

「……うーん」

 

 悟空が叫び、少女が漂う。 例えるならば自宅でパソコン作業に明け暮れている飼い主と、相手をしてくれなくなって3日目のネコ。 要約すると―――

 

「すずかーー!!」

「つまんないなぁ……」

 

 構ってほしい。 其れだけであろうか。

 先ほどまでこねまわしていた魔力光を手放すと、彼女は周囲を見渡す。 探知……そう言った力など当然ないこの娘だが、どうしてかこうやらずにはいられない。

 

「僕も探すよ」

「ほんとか? そいつは助か――」

「見つかったら僕とあそぼ? ね?」

「……」

 

 その理由の狭量さにしばし頭を抱えそうになる悟空。 後頭部を2回かくと、そのままレヴィに向き直る。

 

「わかった。 おめぇとは後で遊んでやる」

「やった」

「けど、今はすずかが優先だ。 全力を尽くすんだぞ?」

「はーい!」

 

 そうこうして急遽出来上がった天然コンビ。 そのふたりの活躍は正に怒涛の勢いであった。

 

「すずかーーーー!!」

 

 悟空が叫べば山がざわめき、クマが冬眠から目覚める始末。

 

「おーい、どこいったのさ~~」

 

 レヴィが広範囲で駆け巡るならば疾風が大地を抉る。 地面にて春の日差しを待っていた生物たちが機嫌も悪そうに2度寝を敢行する。 世間その他を完全に考えてない二人の行動は……

 

「……はーあ。 みつかんないねぇ斉天さま」

「…………どこいっちまったんだほんとに。 まさかオラでも探りきれないほどに遠くの世界に行っちまったのか? でも、すずかがそんな芸当できるともおもえねぇし」

「うーん」

 

 やっぱり頓挫する。

 ふたりして腕組み直して首を傾げること20フレーム。 進まぬ作業に、ついに零したため息はレヴィの物だ。 彼女は見た目通りの子供っぽさでついに諦めが心にわいてしまったようで。

 

「斉天さま、あの子見つかんないね……僕疲れちゃったよ」

「え? ……あぁ、そうだな。 結構なあいだ探したもんなぁ」

 

 悟空に、撤退を呼びかける声を上げる。 上げたはずだったのだけど。

 

「おめぇはいったん帰ってろ」

「斉天さま?」

「オラ、もう少しだけ探してみる」

 

 彼は、あきらめが悪かったのだ。

 

「アイツ泣かせたんはオラのせいだしな。 きちんと面と向かって話しねぇとなんねぇだろ」

「……」

「だからアイツ、探してやんねぇと」

「そっか……わかったよ」

 

 それに感化されたのか? 水色の髪が静かに動き出す。 見渡す世界は先ほどよりも静か。 それが自身の内に何らかの変化をもたらしたのかはわからない。 そうだ、幾ら元が闇の書という魔法のシステムから成る存在だったとしても。

 身体が、これ以上成長することが無くとも。

 

「僕ね、もうちょっとだけ一緒に探すよ。 ひとりじゃ時間かかっちゃうもんね」

「……おう、そうだな」

 

 心は育むことを知り、強く優しくなることもできるのだから。

 

 レヴィが目の輝きを強くすると、そのまま捜索に入れる力を引き上げていく。 速度は先ほどとは変わらないがいかんせん集中力が違う。 小さな見落しも許さない……そんな覚悟を秘めた輝きを、彼女はいつの間にかするようになった。

 

 

 

 

 それから、数時間の時が流れた。

 

 山奥、林の中、そして海の中でさえも探した悟空とレヴィ。 それほどにまで広げた捜索も結果を見いだせず、只無情に時間だけが過ぎ去っていた。 暮れる夕日に、鳴き声を響かせるカラスたち。 もう、子どもが帰る時間となっても……子供は、返ってこない。

 

「斉天さま……」

「……」

 

 不安、心配。 ……それは誰に対してだったか。 宿題が出来ない小学生のような顔をするのはレヴィ。 対して悟空は……視線が鋭さを増していた。

 

「斉天……さま?」

「なんてこった、こりゃあ……」

 

 探し物が見つからず、もうすぐ夜が訪れるのだから焦るのはわかる。 それくらいの思考能力ぐらい、いくらお惚けが過ぎるレヴィにだって出来る考え事だ。 だけど、どうだろうこの時の孫悟空の顔は。

 

「……とんでもねぇ」

「ねぇ、どうしちゃったの斉天さま?」

「とんでもなくデカイ気だ……」

「き?」

 

 焦るというより驚きが強く、恐怖というにはその震え方は武者震いの側面が強かった。 彼は、孫悟空はいま、確かにその身体を戦闘のそれに切り替えたのだ。

 すずかを見つけなくてはいけない。 けど、その前にどうにもやらなければならないことが出来てしまった。

 

「レヴィ、探し物を手伝ってくれて助かった」

「??」

「けどもういいんだ。 ……今日は此処までにすっぞ。 わりぃが先に帰っててくれ」

「斉天……さま?」

 

 その声が、かまいたちが逃げ出すほどの鋭さを帯びた。

 まさに真剣そのもの。 先ほどもまじめだったが、今の悟空はその方向性がまったく違う。 出てきてしまった不穏、現れてしまった……邪悪。 それを感じてしまった彼は。

 

「デカい気だけならまだよかったけどな。 ……なんて邪悪な気なんだ、クウラがかわいく思えちまう」

「――――ッ!?」

 

 レヴィが驚いた。

 なぜならその声があまりにも重苦しいから。 いつも……いや、彼女が知る中でもおそらく最悪な部類に入るであろう彼の声。 其れに聞こえた単語は、彼女の脳髄を激しく締め上げた。

 

「く、くうら……」

 

 なんだったろうか、その存在は。 忘れたというのが彼女の第一感想、思い出したくないというのが彼女の本音で、このまま何事もなく暮して居たいというのが深層意識であろうか。

 さて。そんな怯える彼女がどう映ったかは知らないが、悟空はそのまま……笑顔を作ることが出来なかった。

 

「どこだ、どこにいるんだ」

 

 段々と周囲を食い尽くしていく不穏な気。 滅多に見ないほどの醜悪さはかの宇宙帝王を遥かに凌駕していた。 ……まだ目的があっただけ向こうの方がましなくらい。

 そんな空気を一身に受けながらまだ正気を保っていられる二人。 片方は人間を超え、今ではその類の殺気に慣れているからと説明が付く。 ではもう片方は? ……それは、おそらく彼女が人間ではないからだろう。

 

 そんな考察など、どうでもいいのだが……

 

「うえ、違う……ッ!?」

 

 悟空が、視野を広げるために顎を上げた時であった。 今のいままで静けさを保っていた背後がひん曲がる。

 

「斉天さま、後ろ!!」

「がはっ!?」

 

 轟く航空音。 何かが空を切り裂いたかと思うと、その瞬間に孫悟空の身体はキリモミしながら遠くの湾岸を走り去る。 何が起こったか把握しきれないままに、その光景を見せつけられたレヴィは固唾をのむ。

 そうだ、彼女は事ここに至ってまだ、身体を動かすこともできないでいた。

 

「ぐ、ふぅぅ」

 

 乱れに乱れた孫悟空の息はここでようやく落ち着きを見せる。 この世界に来て、いや、自身がこの強さにまでたどり着いておそらく初めて取られた背後。 不覚? いいや、何より心を占めたのは好奇心であった。

 

「いま、確かに気を追いきれなかった。 というよりいきなりそこに現れたという感じだったぞ……」

 

 状況把握は迅速に。 悟空が今自身が吹き飛ばされた方向に視線を飛ばす。 そこには何もない只の空間。 今起こったうねりも、その他なんら異常も見受けられないそこは至っていつも通りの姿を取っている。

 

「けどそれが却って不自然だ。 感じからしてずっとめぇに喰らったシャマルの攻撃に似てはいるが、魔法って感じでもないぞ今のは」

 

 たなびく帯、揺れる尻尾。 そのすべてが制止する頃には今起こった事をあたまの中で整理して、答えを探していく。 たどり着いた先をすぐさま消して、ありえないと捨て去った彼はそのまま感覚を周囲に広げる。

 

「魔力を感じねぇからおそらく魔法じゃねぇし、感じた気配もなかったってことは瞬間移動の類いじゃねぇ。 どうなっちまってるんだ」

 

 溝にはまるかのように答えの出ない時間帯。 答えが出ない現状は、彼も警戒心をさらに引き上げさせる。 黒い髪すら揺れることをしない彼の周囲に不可視のフレアが舞う頃には、荒れ狂うっていた風はようやく元の平穏さを取り戻す。

 同時、悟空が身体をのけ反らせる。

 

「――――っく!!」

【…………】

 

 何かが、彼の胸元を過ぎ去った。

 気配もなく、予兆もないそれに攻撃はその筋の人間が見たら見事の一言。 さらにそれに反応して見せる悟空も同じ程度にはすごいの一言だが……

 

「守ってばかりじゃ――」

【…………】

「埒があかねぇぞ」

 

 のけ反った状態からブリッジに。 胸元に膝を寄せ、さらに両手で空間を叩くと反動をつけてそのまま足を天に向ける。 バイオリンの『アップボウ』のような猛烈さを込めた蹴り上げは。

 

「な、に!?」

【…………】

 

 目の前にいるはずの標的には当たることが無かった。

 空振りの両脚をすぐさま戻して、彼は右手を額に持って行く。 イメージするのは水色の少女、一気に意識を叩き込んで……――――

 

「――――――……いったいなんなんだアイツは」

「うぉ!? しゅ、瞬間移動だ!」

 

 空間を飛び越える。 コマ送りの様に変わる景色はいつもの事、それに構わず孫悟空は周囲を目視にて伺う。 敵はどこだと探りを入れながら。

 その間に横目でちらりと見た水色の少女。 彼女を先に逃がすつもりが……まさか瞬間移動のポインター替わりにしてしまったことの大きな誤算を感じたのだろうか。

 

「わりぃがレヴィ、どうやら帰るのは後になりそうだ……こいつ、強ぇ!」

「斉天さまでも敵わないの……?」

 

 出した言葉に返された言葉。 そしてその答えは……

 

「かもな」

「…………え?」

 

 かなり、不味い状況を表していた。

 この時レヴィは見逃さなかった。 ようやく見えた悟空の顔、その額に流れる水滴を。 彼は、いまの動作で確かに汗をかいていたのだ。 その温度があたたかいのか冷たいのかはさておき、その汗は……今起こった戦闘の難易度を表すには十分。

 

 これは既に、魔導師レベルが抑えきれないモノとなった。

 

「レヴィ! 伏せろ!!」

「――――?!」

 

 そう思った時だ、真横からの衝撃に少女の視界はブラックアウトする。 身体が思った方とは全く違う方へ投げ出されると、まるで洗濯機に賭けられた洋服のようにごちゃ混ぜになる意識。 彼女は、何かに攻撃されたのだ。

 

「あ、アイツ」

 

 それを見ているだけだった悟空。 ……守れなかったと心の中で謝罪する中、次の攻撃に備えて拳を握る。 風が、彼の真横へ吹き抜ける。

 

「右だ!」

【…………!】

 

 身をかわし。

 

「……あ、あぶねぇ。 くらえ!」

 

 捻った体で渾身の蹴りを見舞いする。 今度こそと狙った其れは……なんと容易く当たる。

 

【…………!!】

「な、なんだ、今度は感触があるぞ……このまま――」

 

 蹴り上げた勢いそのままでさらにもう片方の足を差し出す悟空。 連続した蹴りを見舞うという事だろうが。 ……敵はそう甘くはない。

 

「な、に!? 消えた!?」

 

 感触がまたも消える。 なんだか幻でも相手にしているのではないかと思えるこれは、なんというか完全に魔法的技術である。 転移魔法のそれを思い出す悟空は全身のフレアを一気に吹かす。

 

「――――ッ。 こう、わけのわかんねぇ方向から攻撃されちゃあよ」

 

 大空高く舞い上がっていく彼は眼下を見る。 一向に全容を見ない敵に対し、彼は……彼はついに――

 

「はぁぁぁぁぁ」

 

 呼吸音が深く、荒い。 其れは己がカラダの中に気合いをため込んでいるからだ。 それが、とうとう限界を超えてしまうときであった。

 

「――――――はあッ!!」

 

 身を包むフレアが可視出来るほどの色合いを映し、照らしだす。 夕闇に染まりつつあった世界を今、黄金色に染め上げていく。 彼はいま、限界を超えし戦士へと変わったのだ。

 

「……あいつ、いったい何者なんだ」

【…………】

「只の超サイヤ人でどこまでやれるか。 ……すこし様子見だな」

 

 碧の双眼が世界を睨みつける。 ただそれだけで空間が震え、大気が鳴動する。 ……それを、確認した時の悟空は微かに笑う。

 

「そうか。 オラとしたことがすっかり騙されちまった」

 

 空気の震えが収まらない。 それどころか、まるで彼に対して怯えるかのように震えを大きくさせていく。 何がそんなに恐ろしい? まだ、彼は実力の半分も出していないのに。

 なにを、隠しているのだ……?

 

「……うっし! やっか!」

 

 腕を振りあげ、大空に見える目の前の光景を見据える。 彼はそのまま呼吸を整えると、黄金色のフレアを一気に爆発させる。

 彼が行おうとしているのは間違いなく攻撃だ。 だがどこに? 敵などどこにもいないこの空間に行うにはあまりにも規模がおかしすぎる。 ……悟空は一体なにと闘っているのか。 ここに仲間が居れば思わず問を掛けずにはいられないだろう。

 

「波ああ!!」

 

 そう、仲間と交信が出来るのであれば。

 

 黄金色の光線……気弾はそのまま天へと翔けのぼっていく。 成層圏まで届けと言わんばかりの速度は正にロケットかスペースシャトルを連想させるに十分であろう――――【バキン!!】……か?

 

「やっぱりそうか」

 

 孫悟空の気弾が空で弾ける。 かつてターレスなどのサイヤ人が使ったパワーボールにも見えなくない爆発だが、これは悟空が狙って行ったことではないし、そもそも彼はこのような攻撃を行うつもりではなかった。

 

「なにか、邪魔があるな」

 

 その呟きがすべてであった。

 いまこの世界を包む何か。 それを確認するがために行われたのだ、今の攻撃は。 確かめ終わり、空気が静けさを取り戻すというところだ。

 

「かぁ」

 

 その安息をぶち壊す呟きが行われる。

 

「めぇ」

 

 威力は抑えるつもりだ。 だが、彼には些か時間がない。

 

「はぁ」

 

 泣かせてしまったのだ、古き友人を。 自身を頼り、小さな勇気を振り絞ったその子が……自分の、考えをまとめるきっかけを作ったその子が泣いてしまったのだ。

 

「めぇぇ……」

 

 なら、泣いた顔を笑顔にすることはできずとも。 そのそばで泣き止むのを待つくらいはしてやらなければならないだろう。 それが泣かせた者の責任かもしれない……そう思えるくらいには。

 

「…………」

 

 彼は、大人になったはずなのだから……

 

 

「波ぁぁああああああッ!!」

 

 閃光が轟き、空が…………割れる!!

 

 青い光に包まれた空は、そのまま一気にガラスを打ち付けたような音を鳴らす。 其れは、いままで悟空が見ていた景色であった。 其れは、水色の少女ですら気づかなかったモノであった。

 …………透明の結界が、この空から消えていく。

 

「やっぱり結界があったんか。 なんだかおかしな感覚だとは思ったけどよ……周りにオラたち以外の気をまったく感じないところだとかな」

 

 答えは案外簡単だった。

 けど、問題はかなり山積み。 いつから、どこから……どうやって悟空を決壊の中に閉じ込めたのだろうか。 誰が、何の目的で……湧き上がる疑問は傍らに転がる少女に集約される。

 

「…………」

 

 そうだ、都合が良すぎたのだ今回の事は。 彼女たちの扇動ですずかはオーバーヒートして、そのままどこかへと消えて行って……そして先ほどレヴィが来てから世界が変わった。

 ……はずだった。 あまり断定できない悟空は―――――いいや。

 

「……ま、関係ねぇか」

「ふにゃふにゃ……」

「よっこいせ」

 

 そもそも、この男はそんな思考をしていなかった。 疑ってないのだ、水色の少女を、はなから。

 そうして抱えた少女は、彼の胸の中で安らかな寝息を歌うと、そのまま鼻でチョウチンを作る……乙女らしくないのは彼女の腕白さに免じて見逃してもらいたいところだろうか。

 

「お、こいつ見た目よりか全然軽いな。 ……フェイトよりも体重とか少なかったりしてな」

 

 どうでもいいか。 そう言った呟きが聞こえてくるのもそう時間はかからなかった。

 

「しっかし、さっきの結界は参ったなぁ。 オラとしたことが全然気が付かなかったもんなぁ」

 

 黄金色のフレアをそのままに、彼はそのまま…………―――――――――

 

 

 とりあえず、この空間から消えてしまう。

 

 

 

 

 同時刻、温泉旅館。

 

「く、クリリンさぁぁん!!」

 

 小覇王が咆哮を上げていた。 

 色違いの双眼に雫を垂れ流しながら、まるで歴戦の友を失った激しい慟哭。 その声は温泉旅館の隅々にまで行き渡る。 戦いという物を知っている者たちは視線を下に落とし、失うという事を知っている大人たちは涙を禁じ得ない。

 

「うぐっ、ひぐっ……ぐりりんざぁぁん」

 

 その中でも特に感情移入しているのが……今叫んだ小覇王と。

 

「あいつ……こんなことを経験していたなんて」

 

 黒い制服に身を包んだ男の子、クロノ・ハラオウンだ。 彼は今現在、少しだけ現場から離れた位置で強く拳を握っていた。

 

 そもそも、なぜ彼女たちがこのような感情になっているのか。 其れはつい数時間前のレヴィが全てを語っている。

 

――――えいがかんをやってるの。

 

 その一言に尽きようか。

 まず、適当な広さの部屋に皆で押しかけ、これまた適当なスクリーンとなる壁に、リインフォース協力の下、可能な限りマイルドにした孫悟空の過去話をゆっくり上映していくという寸法であった。

 ……だがこれが、とにかく長い。

 だからリインフォースが映すのは総集編というべきところか。 ドラゴンボールに始まり、天下一武道会の決勝に敗れ、またボールを探して……それの特に重要なところをピックアップしただけの映像なはずなのに、時は既に夕刻を射していたはずなのに。

 

「……映画の放映が、まだ数百時間残ってるのは悪夢の様ですね」

「え、ちょ!? 孫くんの経験のピックアップだけなのにそんなにあるの!?」

「……えぇ、まことに残念ながら」

『…………』

 

 放映ぬしと、その協力者数名は此処で己が過ちに気が付く。 彼の冒険の壮大さ、そのすべてを語ろうなんて一晩じゃ足りなさ過ぎる。 アドベンチャーに始まり、修行を重ね、世界を救うといった大型スペクタクルな人生なのだ。 数百時間で済むなら随分と端折ったという物だ。

 

「……というよりリインフォースさん」

「どうしましたか? 高町恭也さん」

「いま映っていること。 これって事実なんですよね……?」

 

 その中で問いかけをしたのは、今回この映画に釘づけになっている者のひとり、高町恭也その人だ。 先ほどまで描かれていた第22回大会の決勝とその結末に手に汗握っていた彼だが……

 

「悟空の兄弟弟子が……殺されてるなんて」

「……残念ながらそちらも事実です」

「っく」

 

 背筋に怖気が奔る。

 今みている光景が、先ほどまで流れていたモノとは雰囲気が逆転したからだ。 熱き血潮をぶつけ合い、研鑽した技をぶつけ合い、築き上げた力を試し合う。 それが競技、それが武道の筈だった。

 故に先ほどまで敵対していた殺し屋という男……つまり天津飯との和解は当然ながら恭也の心を熱くさせた……はずなのに。

 

「こんな、こんなこと……理不尽だ」

 

 映っている光景……第22回大会後の、新たな章に突入した悟空の物語を見て、己が拳を握り締めてしまうのは仕方のない事だった。 恭也は、この世界にはいない存在に対し。

 

「……ッ」

 

 歯を立てる。

 

 しかし……だ。

 

 ―――――く、クリリンが……ころされた。

 

「……ん?」

「ぬ……」

「し、師匠……?」

「空ちゃん!?」

 

 それは画面の中にいる存在も同様で。 いいや、当事者だからこそ彼等よりもその熱は激しく、熾烈に燃え上がる。 心の中に湧き上がる感情はマグマのように熱く、ぐつぐつと熱されると一気に膨れ上がり……

 

――――――おめぇだな!! クリリン殺したのは!!!

 

「アイツ!? ば、馬鹿やろう悟空! おまえあんな試合の後でヘトヘトなのに!」

 

 激烈の咆哮を上げ、師の制止を振り切り後を追い、何とかたどり着いた少年を見た恭也は二つの感情に襲われる。

 共感と、無謀。 

 全ての力を使い切ったであろう先ほどまでの戦い、その終わりにやってきた災難だ。 もう、かめはめ波の一つだって撃てやしないはずの彼の行動は本当に考えなしだったろう。 でも……

 

「師匠! 頑張ってください!」

「友達の……仇。 ……空ちゃん」

 

 そのすがたは誰が見ても勇敢にも映るであろう。 初めてできた兄弟弟子で、競い合う相手で、仲が悪かったけどだんだんと意気投合した相手で。 そんな人を殺されてしまえば誰だって怒りに狂うだろう。

 そんな人間の無残な姿を見せられれば、怒りの遠吠えのひとつやってもおかしくない。

 戦乱に生きた騎士たちは無言で見守り、未来から来た子供たちは声も高く応援する。

 

「!?」

 

 そんな彼に、小さくも大きな変化が訪れる。

 

 身体中の筋肉の膨張。 其れはちいさなモノであったろう、だが、彼の背から生えている茶色い尾は奮え、振るえて、一気に総毛立つ。 彼の心を叫ぶように……そんな少年は、ついに実の中に詰まった憎悪をぶちまける。

 

――――ぶっ殺してやる!!

 

『!!?』

 

 普段からは想像もつかない怨嗟の声。 孫悟空を知る人物ならば誰もが驚くような恨みの叫びは、今もなおこの部屋中を走り抜ける。 その声に、しかし一人だけ冷静に耳を傾けた女性が居た。

 

「まぁ、ああなるのは当然ね……」

「プレシアさん?」

 

 そうだ、紫色の魔女が確かにそう口にしたのだ。 ふわりとしていて、どこか冷ややかなのは悟空に対してかそれとも……思うところは色々とあるかもしれないが、それは彼女の中で抑えられるようで―――――――――――…………其れっきり、プレシアが口を開くことはなかった。

 

「…………なんだ、おめぇたちみんな居たんか」

「あー! 王さまたちずるーい! お菓子食べてる!!」

『!!?』

 

 と、思っていた矢先に開いた口から出たのは叫び声。 言葉になってないそれは旅館を埋め尽くし、コダマのように返ってくる。

 当然だろう、なにせ今の彼は彼であって孫悟空ではない。 服は山吹色で、手足の装飾物は黒、しかしその頭髪はいつも通りではない黄金色。 その髪質の意味、意義は此処にいる者たちなら瞬時に理解するであろう。 ……そう、現在を生きる者たちであれば。

 

「……どなたですか」

「どちらさまや?」

 

 キョトンとした声が二つほど上がる。

 金色の髪、碧の瞳。 そのどれもを見て彼と連想できないのは仕方がない事だろうか。 しかし服装なら……そう思う事も出来ない雰囲気を……

 

「……あ、あの」

「ん?」

 

 男から感じてしまったのだろう。

 

 それでも悟空は構わず視線を彼女たちに向ける。 歩いていく……こともせず、金色の髪を小さく揺らして声だけ投げつける。

 

「おめぇ達、ちょっとこっち来い」

「……?」

「この、こえ……!?」

 

 それだけで、彼女たちの脳裏に思い浮かぶ人物が一人。 しかしそれはありえないことだ、なぜなら彼とは髪型も違えば目の色からして全くの別人。 改めて服装に目をやれば確かに似た様な恰好とも言えなくもないが……いかんせん彼女たちの悟空に対するイメージが凝り固まりすぎていた。

 

「……いったい誰なのだろう」

 

 特にアインハルトの方は完全に別人と見ているようだ。 ……彼の変異、やはり常人にはわかりきらないほどに格段の変化らしい。

 

「シュテル、ディアーチェもだ」

「ぬ、我らもか」

「どうなさったのですか?」

 

 そんな彼女たちを置いて行き悟空は闇の娘っ子三人組のもうふたりを呼び出す。 彼女たちの変化のない表情は、そのまま彼が誰なのかを連想させるには十分なのだが。

 

「……あの者たちの知り合いなのか。 いったい何者なんでしょうか」

 

 アインハルト・ストラトス。 いまだ彼を彼だと気付かない。

 

 

 

 

 それから、数分の時がたった。

 孫悟空がソファに座り、そこから何の言葉も発せずにシュテルが隣に座ろうとしたところをなのはが迎撃。 お互いの拳を赤く染め上げる事態に発展――――しそうになったところで悟空が子守歌(げんこつ)で眠らせるとようやく話しが始まり、まとまりだす。

 

「正体不明の敵……どうせまた貴方の世界の人間なのでしょうけど、いったい何者なのかしら」

「それに結界を、それも悟空君に気付かれずに張ったうえで尚且つ彼を閉じ込めるだなんて。 ……そんなのSクラスの魔導師でも無理ですよ」

『…………』

 

 プレシア、そしてリンディの考察は案外すぐに終わった。 結論だけ言うや否や、プレシアの方は中々冷めた表情で悟空を見る。

 

「それで孫くん、あなたの事だからその正体不明の相手。 大体の戦闘能力を見切ってきたのでしょう?」

「え!?」

「!?!?」

 

 その言葉に全員の眉が動いた。 そもそも、話しだけ聴けば彼は犯人の顔すら見ていないという事だが。 果たしてそんな相手の実力など測れてしまうのだろうか。 皆がけげんな表情をする中。

 

「いや、今回ばかりはダメだ」

『ですよね』

「……なんですって」

 

 悟空の否定の声だけが返ってくる。

 それに、どうしてか汗が浮かんでくるプレシアの思考は、その実皆のはるか先に位置していた。 そうだ、彼女が彼にこんなことを聞いた理由、それはかなりひっかけモンダイめいたことを含んでいたのだ。

 

「気というすべての有機物が持つエネルギーの総量で、相手の実力を見抜けるあなたが、姿もわからず、探知もできず、さらに超化にまで追い詰められるなんて。 相当の実力者のようね」

「……だな。 オラ、あんなにすげぇの初めてだ」

『…………はい?』

 

 そうだ、だからこそ聞いた問はおそらくプレシアに取って……いや、この世界にとって最悪の事態を意味していた。

 

「悟空が超サイヤ人になるまで追い詰められた……!」

「あんたがそこまで追い詰められるなんて……そんなヤバいのがまだ居るのかい!!」

「みたいだな。 一瞬だけ飛んでもねぇのが見えた気がしたが、そのあとはダメだ。 気を探ろうにも結界の中に居たからかわかんねぇけどまったくと言っていいほどなんもかんじねぇ。 つまりだ、瞬間移動でそいつの所に様子見に行くのも、あっちの奇襲に対応すんのも無理だ」

『……!』

 

 テスタロッサの娘と、飼いオオカミが言葉をなくす。 そもそも既に通常常態ですらこの世界……なのはが居る次元世界やリンディたちの居るミッドチルダですら勝てるモノが居ないのだ。 そんな彼がさらに数十倍も強くなった状態ですら苦戦を強いられる……そう考えただけで身震いは必定。 

 彼を知るからこそ、敵の戦力を一瞬で理解する。

 

「しかし考えにくいですね。 大体、孫悟空の居る世界からなぜこうも短いスパンで敵がやって来るのか」

「そうやね。 そもそも見つからへんのやろ? わたしらが要るこの地球とは違う、悟空のいた地球って」

「えぇ。 管理局のいかなるシステムも反応を示さず、私の知る限りを尽くしてもダメでした。 さらに力量の上げた孫悟空の瞬間移動も効果なし、お手上げです」

「やのに向こうからワンサカ敵さん出てくる。 どないなっとんのやろ」

 

 八神家家長と、最も古く一番あたらしい家族の会話。 それは前々から管理局の面々を困らせていた出来事だ。 特に悟空の相談事を聞いたことのあるプレシアは、彼の世界の特定の難解さに何度コンソールをブン投げたことか……

 

 関係ない話が出たが、とにかくそんな状況でこうも一年以内に頻発して出てくる来訪者に、管理局の面々もだんだんと良くない憶測が出てきそうになる。 ……そもそも、始まりはなんだった、のかと。

 そして、幾ら戦いに対してのみ鋭い悟空だと言って、思うところはあったようで。

 

「オラが――」

「私は、むしろ逆だと思います」

「シグナム?」

 

 だがそれは、鋭い剣にて一刀両断にされる。 その切れ味の良さは日本刀をも凌駕した一品であったろう。 折れず、曲がらず……ただまっすぐに打ち下ろされたその言葉に皆が振り返る。

 

「そもそもこの世界は、4月の時点で終わっていたはずです」

「…………そうなん?」

「主は断片的にしかアイツの記憶を垣間見ただけで深くは知ってないでしょうが、先ほど話に上がったとあるサイヤ人に、この世界は秘かに滅亡の危機に瀕していました」

 

 あえて、それが誰かは言うまでもない。 

 黒く、歪で、だけども純粋な…………悪。 世間一般で言うならば邪悪の塊な奴も、その一族から見れば只の一般兵。 そうだ、そんな奴がそもそもこの世界の地球に居た時点で……

 プレシアはそのことを思い出していたのだろう、少しだけ顔に影が出来る。 当然、リンディやクロノ、エイミィも一緒だ。

 

「それを未然に防いだのは孫。 さらに闇の書にもとより巣食って居たクウラ、あいつを引きはがし、消滅させたのも孫です。 ……あのサイヤ人はともかく、クウラに関して言えばおそらくアイツが来るより以前の問題のはず」

「……そういえば、そうよね」

 

 シグナムに言われ、リンディの顔に少しだけ驚きの色が付く。 なぜ今まで思わなかったのだろうか、あの、闇の書が転生していったいどれだけの期間で活動を開始するかなんておおよその見当ぐらいできてもよかったのに。

 

 それに気が付くと、彼女は少しだけ歯を食いしばる。

 

「なんで今まで……気が付かなかったの」

 

 あの本に対して、八神家以外で一番因縁深いのはおそらく彼女かもしれない。 グレアムは言うまでもなく、リンディは自身の最愛の人間を……それが、彼女の目を曇らせていたのかもしれないし。

 

「きっと心のどこかで悟空君が持つ異常を誘う性質のせいにしていたんだわ。 ……そんなの身勝手な押し付けだというのに」

「え、いやぁ、でも事実は事実だろ? 現にクウラに関しちゃオラが……」

「それでも、もっと早く気が付くべきだった。 逆だったのよ、シグナムさんが言う通り」

「あぁ、その通りだ」

「……?」

 

 孫悟空、ここで首を傾げる。

 なぜ彼女たちはこんな風に眉間にしわを寄せるのだろうか。 きっとそんなことを思っているに違いない。 でも、だ……いままで何となく悟空のせいだと言葉で発せずとも、雰囲気がそうだとしてきたのは事実だ。

 それでも受け入れた……そう思っていた自身を、今度こそリンディは嗤う。

 

「この世界に起こった異変。 それを解決するために悟空君、貴方はここにやってきたんだわ」

「え……?」

 

 其れは、きっと都合の良い解釈なのかもしれない。

 そもそも、それが本当だとして悟空の背が縮んだわけも、彼の記憶が消された理由も分らず終いだ。 なのにそんな理由だと決めつけていいのだろうか……彼は、少しだけ尻尾を垂れ下げる。

 

「なぁ、クロノ」

「なんだ……?」

「そうなんか?」

「いや、僕に聞かれても。 ……まぁ、言われればそうとしか。 キミの行いは、過程はどうであれ結果的に世界を救うモノに繋がるのだろうし」

「……そうか。 そんなこと考えながら戦ったことなんかねぇけどな」

 

 などと言う彼はどこまでも彼らしかった。 そして、ここから転じた彼の表情は……

 

「まぁ、話しは大分逸れちまったが、ほれクロノ、コイツ治してやってくれ」

「わっ、斉天さま、そんな物みたいに――」

「え、おい! いきなり放り投げるな!!」

「はは、すまねぇ。 ……んで、話しっていうのは他でもねぇ」

 

 とてつもなく。

 

「すずかの行方を見失っちまった」

『……!!』

 

 戦士の貌だった。

 完全に朗らかさの消えた表情。 其れは幾千の戦いを迎え、超えてきた騎士たちですら硬直せざる得ないものであった。 畏怖、恐れ、そんな環状すらこみ上げる彼の凄みに、どれほどのものが息を呑むことを我慢できただろうか。

 空気が完全に切り替わる。

 

「変な感じの敵といい、気を感じなくなったすずかといい、これが同じ時期に起こったというのが偶然っていうのはどうにも考えにくい。 なにか、ヤバいことが起ころうとしてる気がする」

 

 彼らしくない。 そんな先を見据えた発言に皆が今度こそ緊張感を持つ。

 一層ました彼の真剣さが旅館を駆け巡る。 どことなく、戦いという物を理解しきれていない一般人のアリサだって事の重大さは理解しているつもりだ。

 

 何より、大事な友人が一人消えたとあればそれはとても大きい。

 

「すずか、どうしちゃったのよ……」

 

 本当に、大きい。

 

「すずかちゃん……」

「すずか……」

 

 なのは、そしてフェイト・テスタロッサの表情も当然暗い。 そして、その脳裏にあるのはおそらくアリサとは違った光景だろう。

 

『…………わたしたちのようにならなければいいけど』

 

 そうだ、心配事とはこの事でもある。

 殺される、居なくなる。 其れも怖いが恐ろしいのは敵になってしまう事。 あの、優しさが詰まったような女の子が暴力とは考えにくいが、それでも……生み出された不安を払拭することは難解だ。

 何より、結果がまだ出ないことに何の訂正が出来るであろうか。

 少女達の憶測は、暗闇を歩き続ける。

 

「……うっし」

 

 その闇を照らすことはまだできない。 掃う事も出来ないけど。

 

「モモコぉー! メシ、メシ作ってくれーー!」

「え、悟空君?」

「オラ腹ぁへっちまっただぁ。 ……モモコのメシ食いてぇ」

『……め、し?』

 

 その言葉に、皆が正気を疑うけれど。

 

「悟空君、本気だな」

「父さん?」

「彼はこういった緊張感に包まれたとき、率先として何をする?」

「……あ、まさかアイツ」

「そうだ、彼は既に見据えているんだ…………自分が全力を出すその瞬間を。 だから空腹を満たし、戦いに備える。 腹が減っては戦が出来ぬの実例だ、滅多にみられるものじゃない」

 

 高町の父、士郎は確かに見抜く。 彼が、今本気で帯を締め、黒いブーツとアンダー、さらにリストバンドを青色に変えたことの真の意味さえも。

 

 そして…………

 

「ねぇ、ハルにゃん。 あの金髪のヒトって……」

「どうなのでしょう……でも確かにみなさんあの人の事……で、でも――」

 

 この二人が、気が付くのも時間の問題であろうか。

 

 

 年の瀬、既に聖人の祝日が終わってしまったこの最後の数日。 果たして青年は少女を見つけることが出来るのか。 そして、正体不明の敵は、すずかの安否は――勝算は……すべてが分らぬ中、唯一わかっていることがあるとすれば……

 

「おかわりッ!!」

「は、はい!」

 

 孫悟空のやる気が、何時にも増して高まっていることであろう。

 彼のエンジンはまだ、暖機運転も始まっていなかった。 ……燃料補給、開始である。

 

 

 金色の髪をいつまでも揺らした彼は何を思ってそのままなのだろうか。 その修行はもう完成しているはずなのに……高町なのは、フェイト・テスタロッサが疑問に思う中で、独りの女剣士は口元を鋭く吊り上げる。

 

 そうだ、彼はなぜ修行をしているのか……皆は覚えているだろうか。

 

 

「孫の奴、まさか“アレ”を超える気か……?」

 

 

 彼は言わない、聞く人間が居ないから。

 彼は隠さない、する必要がないから。

 

 でも、それでもシグナムは聞かなかった。 彼の求める強さの先、そこへ向かう歩みをただ、邪魔したくなかったから。

 

 いつか見た、黄金色の日の出をその胸に仕舞い込んで。

 




悟空「おっす! オラ悟空」

ユーノ「悟空さん、悟空さん!」

悟空「ん? なんだ、ユーノか。 どうしたんだいったい?」

ユーノ「ボクついに――最後……ざ、ザザーーーーーー!!」

悟空「!? ゆ、ユーノ! ……なんだ、声が聞こえなくなっちまった」

プレシア「独り次元世界を渡り歩き、無謀とも入れるボール探しをしていたボウヤからの連絡。 だけどそれは、孫くんの予想をはるかに上回る事態の入り口に過ぎなかった」

ユーノ「なんだ、お前たち……いったい何者なんだ!!」

???「……にぃ!」

ユーノ「一体……なんなんだ」

プレシア「ボウヤに迫る魔の手、それに向かって射しのばされた手は果たして間に合うのかしら……次回」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第62話」

ユーノ「純粋さはかくも残酷性と表裏一体也」




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