魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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今回、キャラ設定改変と性格の破綻が一部酷いです。
それでもと言ってくださる方……どうか暇つぶしに読んでみてください。


PS――――

遅くなって本当に申し訳ありませんでした。


第62話 純粋さはかくも残酷性と表裏一体也

 

 

 夜は7時半の事。 気温は低く、冷やされ透き通った空に浮かんだ月が神々しく海鳴の街を照らしだしていた頃である。 其れは……起こった。

 

「いけえぇぇッ!! 師ィィィィッィイ匠ォォォォオオオオオ!!」

 

 真面目もまじめ、大真面目な叫び声が上がるのでした。

 それはまるで、日本古来より争っていた龍と虎、その雌雄を決した時の周囲にいた民たちの歓声。 もしくは、テレビの前で野球観戦していた熱狂ファンのそれ。

 

 とにかく、何もかもを投げ出して行われたそれは、正に常軌を逸した叫び声であった。

 

「えぐっ……よがっだぁ……よがっだよぉ」

「くうちゃん――ひっく。 かたき取れたんやね……うぅ」

 

 そのあとに流れる悲哀、慈愛を織り交ぜた声たちは、そのまま今ある光景に向かって感情のままに飛ばされ、送られていく。

 

 その先にある光景は……まさしく死を超えた風景であった。

 

 四肢のほとんどを壊され、気力の大多数を総動員し、仲間も半分が戦死。 そんな崖っぷちをギリギリで歩み、駆けぬけて行った少年への賛美の声は止むことが無い。

 

「……これが、あの孫悟空さんのご活躍」

「あのターレスと戦った時と比べても遜色ないほどの激闘だ」

「しかも少年時代のだろ? ……こんなことを繰り返してたってマジかよ」

 

 その他大勢の声もかなり驚愕めいた色を発していたのは言うまでもないだろう。 制服姿を浴衣に変えた管理局員の面々は、異世界の英傑が起こした軌跡と奇蹟を見て、まさに息を呑みこみ言葉を垂れ流していた。

 

 その姿を見て、何を思ったのだろうか。

 この世界で歴戦の勇士と言われた男は只……

 

「…………強いな。 心も、身体も」

 

 その一言を、深くふかく、閉じた目蓋のままでつぶやいていた。

 

 この世界、というよりこの旅館内で何が起こっているのか。 其れは数時間前から行われていた“映画”の続きである。

 

 件の“タンバリン”を叩き。 “ドラム”をけり付ければ“ピッコロ”を貫く。 聞く者が聞けば楽器の演奏中に暴れたんじゃないかという名称の数々は、その実悪魔たちの真名であり、悟空の仲間を殺めていった下衆な連中である。

 それらに敗れ、それでもさらに上回って見せたその少年の活躍。 ……孫悟空の16歳時の活躍をいま、これらの者たちは見終えたのであった。

 

「……さすがだな、孫」

「そうだな」

 

 ピンク色、そして褐色が似合う者たちが小さく呟けば。

 

「彼の強さの秘密というか。 なんというのかしら……」

「…………信念、もしくは執念を超えたなにかというべきだわ」

 

 ライトグリーンが手に汗握れば、冷静にそれでもどこか奥の方で火照っている灰色の科学者が髪を揺らす。

 

 全ての者が見入っていた。

 何もかもが魅せられていた。 彼の道、彼の行い、彼の…………【ちから】

 

 ただ単純な筋力だとか体力だけでは言い表せない、そう、人だからこそ持つ力の可能性に誰もが心を奪われたのだ。 今目の前で流れゆく、過去の物語を前にして。

 

「……ところで、少し疑問があるんだが」

「ぼうぶば?」

「…………さっき、丁度夕方の鐘が鳴る頃に流れていた映像の事なんだが」

「ひぇんぼんばびんびばっばほごば?」

「……………………」

 

 疑問符、そして背中に汗を流しているのは黒い男の子。 彼は胸中に秘めた思いをそのままに、けど、放っておけない問題を投げかける。 そうだ、いま目の前で“決着”が流れてはいるが、どうにもそのあとが説明つかないのだ。

 

「奴は。 あのピッコロ大魔王は確かにあの神龍を殺したはずだろ? それからいったいどうなったんだ」

『…………あ』

 

 そうだ、大分映像を簡略化されてはいたが、流れた過去像のなかにはきちんと爆散した神龍が映し出されていた。 其れは、この戦いの後の希望を失うという事を示すものであって。

 

「どうなんだ」

「……んまぁ、簡単に言っちまうとあのあとさ、オラ神さまに頼み込んで、ドラゴンボールを直してもらったんだ」

「さ、再生が可能なのか!?」

「みてぇだな。 しかも気前がよくってよ、願い叶えてすぐだったけど、あんときのピッコロを倒して世界を救ったサービスってことで、願いをすぐに叶えてくれるようにもしてくれたんだ」

『…………せかいを、すくった』

 

 その言葉を、なぜか皆、疑問を持ちながら唱えていた。 あるものは顔を見合わせ、あるものは映像を見続けている。 どうにも一致しない事実と心の中身は、今みていた映像があまりにも…………

 

「そう、だよね。 悟空って言っちゃえば世界を救ったんだよね……?」

「う、うん。 あの大魔王さんから世界を……だ、だけど」

 

 フェイト、そしてなのは。 彼女たちは一度闇の書に取り込まれた際に“概要”程度なら覗き見たはずだ。 故に今回の上映会はおさらいのような物だった、筈なのに。

 それでもまだ実感のわかないその感覚は、どうしてだろう、本人をじかに見ても収まらない、いや、むしろ悪化の一途をたどっていくのだ。

 

 どうして? 想ってしまった時だ。

 

「……まるで意地と意地のぶつかり合いだった」

『!』

「世界の危機に立ち上がったのではなく。 掛け替えのない仲間を無残に殺され、それが許せず討った相手が悪だった。 解りにくいけど、こう言う解釈を僕はするよ」

「……」

 

 高町士郎。 一人の剣士が、呟いた。

 

 彼も武芸に身を置く者だ、ならば孫悟空の武への探求心も分らなくもない。 けど、あまりにも純粋で、そして自分に正直すぎる選択肢はこの世にいる人間にどれだけできるだろうか。

 許せないとは口にできる。 でも、その相手が巨悪だったとして、果たして立ち向かうことなどできるモノなのだろうか……

 

 それが出来るからこそ、彼が彼たる所以なのであろう。

 

 だからこそ、常人には理解できないところもあるのだが…………皆は、誰もこの言葉に反論することはなかった。

 

「……うっし!」

『??』

 

 声がひとつだけ上がる。

 今しがた見ていた映像記録から繰り出される男の子の声を、2音階ほど下げたら聞こえてきそうなその声はゆっくりと、しかし確実に部屋中に行き渡る。

 

「悟空くん?」

 

 その声がどうにも腑に落ちないのは高町なのはだ。 彼女はいつも以上に首を傾げると、悟空に向かって視線を投げかける。 その色はブルー……ミッドナイトブルーと呼ばれるそれは深く、温かみが薄い代物だ。

 冷ややかと言うには少しだけ温いそれはどういう心境? それは……少女には聞こえたからであろう。

 

「丁度ドラゴンボールの話が出たし、そろそろ行くか」

「……っ」

 

 孫悟空による、開戦の合図が……だ。

 

「……」

「ご、悟空さん?」

 

 ユーノ・スクライア……高町の人間その他が居るからか、いまだにフェレットの形を取っている彼は身を強張らせる。 なぜ、だとか。 どうして? なんていう感情が出る前にやってきた衝撃は物理的な物じゃない。

 

 その間にも彼は無口。 何もしゃべらないし、どこも見ようとはしていない。

 

 ただ、己が右の人差し指、そして中指を額に添えると静かに呼吸を整えるだけなのだ。 しかし、その恰好を見ただけで、彼を知る人間はもう、これからの悟空の行動を読み取っていく。

 

「どこかに移動するのか……?」

「もしかしてすずかちゃんの場所が?!」

「……何かを見つけた?」

 

 そうして見繕い、思い描いた結果は複数だ。 それだけ彼の選択肢が多く、これからやる事の順番が決まりかねている証拠でもある。

 恭也をはじめとして、なのはとフェイトは悟空の起こす行動からイチイチ目が離せないで居た。 ……そんな、彼等の思いが通ったのであろうか? 反応しなくなってから数十秒の時だ、孫悟空は……言う。

 

「ここから60以上離れた世界に、微かだけど最近知ったドラゴンボールから出る独特の気を感じる。 ……おそらく五星球はそこに在るはずだ」

『!!?』

 

 その言葉に、管理局員全員が総毛立つ。

 

「お、おい……」

「ウソだろ……ここから60以上たって」

「生身で次元世界間の動向でもわかるとでもいうの……この方は」

「ありえない」

「けど、だからこそこの人なのだろう」

「ありえないをかき消す……強戦士族、孫悟空」

 

 意見は様々、言いたいことは山ほどだがそれはすぐに鎮火していく。

 この男について驚くことなんていまさら……それこそ、ターレスとの決戦の時点で彼らの常識はいい感じに瓦解しているのだ。 たかが生身による次元世界間の探知など、驚いていたら身が持たない。

 どこか自身を説得させるかのように、彼らは声を潜めていく。

 

「リンディさん」

「は、はい――作業班はすぐに周辺世界の配置図を。 悟空君、申し訳ないけどわたし達風に置き換えながら位置を教えてちょうだい」

「あぁ、そのつもりだ」

 

 灰色の魔女が鋭く指摘すると、そのまま一気に旅館が作戦室へと塗り変わろうとしていた。 あわただしくなる周囲に、まるで着いていけてない一般人代表のアリサは知る。 孫悟空の、戦を前にした刀のような鋭い表情を。

 

「…………あいつ、あんな顔が出来るのね」

 

 思い起こされる彼の幼少期……そうだ、この世界のすべての人間から見たら、半年前の彼は伸長120センチに届かない只の少年だったのだ。 ……この反応が出てくるのは仕方がない事であり。

 

「なんか、とんでもなく遠いところに行っちゃったみたい……」

 

 感受性の高いお年頃の女の子は、独り言を転がしていくのであった。

 

 

 

 

 

 PM9時15分 旅館内。

 

 真っ白い紙に描かれる無数の落書き達。 形の基準は無く、ただ適当な場所、適当な感覚で書かれていくそれらは、本当に只の落書きにしか見えなかった。

 何をしている? 何を見せたい?

 分らぬ回答を前にして、持ち前の頭の良さをフルに発揮していたであろう局員たちから淡い湯気が立ち上る。 ……彼らの脳は、そろそろ限界に来ていた。

 

「あのね? 悟空君」

 

 リンディ・ハラオウン。 彼女はいま、巻き起こる疑問の声を最大限に緩和した声で目の前の絵を生み出した画伯へと投げかける。 そんな、100%暴言入ってるオブラート巻を一丁差し出された当の本人はというと。

 

「なんだ? オラ、結構いいせん行ったと思うんだけどなぁ」

 

 どうという事は無い。 ただ、何でもないと首を傾げるだけだ。

 

「じ、次元世界における位置情報なんて誰にも完全に表現できるわけないとしても……これはちょっと」

「……そうだな。 書いた本人が言うのもアレだけど、オラもそう思う」

「そうよねぇ」

 

 でも、自覚だけならあるようで。

 改めて見つめるそれはなんというか、まさしく宇宙と言った感じだろうか。 真っ白な紙に描かれた数多の形は、それあぞれが主張しあって程が悪く、いい加減な塩梅で空間を押しつぶし合っている。

 均衡の取れない世界は……実は…………

 

「でも案外、的を射てるかもしれないわね?」

「ぷ、プレシアさん……」

 

 と、少しだけ柔い笑みを浮かべたプレシアは肯定しているのであった。

 

 さて、ここで皆が知恵熱を全開にしている中。 どこかのダレカサンで己が頭でっかちをグネグネとかき混ぜられたことのある“ネクロマンサー志望”だったプレシア・テスタロッサが会話に割り込む。

 その手は若干震え、足は摺り足気味でどことなく気迫も見当たらない。

 

「だいじょうぶか?」

「えぇ、まだ……平気よ」

「……」

 

 渋い顔だ、悟空が作り出すのは。

 何となくではなく、ほぼ確信に近い疑惑の顔を向けられたプレシアはそれでも柔い笑みを崩さないでいる。 ……そして。

 

「自分の身体の事はわたし自身、一番よくわかっているわ。 其れよりも続きをしましょう、時間が惜しいわ」

「……」

「すずかちゃんを助けるんでしょ? なら、早くしなくてはならないわ」

「あぁ」

 

 話を真横へずらしていく。

 その、昔を知っている者が見たら首を傾げるしかできないくらいの彼女の健気さは……その実本来的に彼女が持っていたモノだ。 周囲の期待に背けず、無理をして、それでも自身の負担を周囲へ知らせず身を削り…………気付いた時には取り返しがつかなくなる。

 そんな危うさなど悟空にはわからないだろうこの事実。

 そんな、彼女の娘と性格的に似通っているだなんて本人にもわからぬままに、悟空たちの会議は進んでいく。

 

「まず、だ。 オラが感じたのはここから随分遠く。 前にシグナム達と行った海からさらに40くらい離れた世界だ」

「あの時の……海龍に出会ったあれか。 ……あのときお前は確か複数回に分けて瞬間移動していたが今回はあれ以上に回数が必要なのか?」

「まぁ、そこんとこはなんとかなると思う。 オラ自身、あの時よりもさらに腕も上げたしな。 今までとは違うところ(あの世)での修行は伊達じゃなかったってとこだ」

「……そうか」

 

 かつて行われた楽しい行事。 それを視線を上げながら思い出したシグナムは、その透き通るほどにきめの細かい長髪を揺らすと、そっと悟空の方へと近寄る。

 

「そのときの世界はどのあたりだ?」

「ここだ」

 

 彼女の質問と同時、悟空は紙のはじっこの方を指す。

 ……そうだ、四方6メートル少しの大きさがある用紙に書かれている、まるで画鋲のように小さい○印を指さしながら眉を吊り上げる。

 

「……随分と遠いな」

 

 それを見たシグナムからは、もう、そんな一言しか出せなかった。

 そもそもだ、悟空が感じる世界というのはあくまでも気をある程度のレベルにまで高め、それが普通の状態で維持されている生命体が居るところに限定されるのだ。

 

 彼のいた地球、その田畑を耕していた猟銃を持っていた男の戦闘力が5。 これを基準に考え、さらにいつかの時代で悟空がブルマたちが集まっているカプセルコーポレーションに跳ぶ時の“気が小さすぎてわかりにくい”発言を考えるに、よほど大きなものでないと見つからないであろう。

 よって、彼がわかる範囲での次元世界の数が60以上。 そして、いつかの海龍が居た世界から数えて40以上という見立てに過ぎない。 もしかしたらそれよりも多いかもしれない上にもっと複雑な並びをしていると考えると……

 

「よくもまぁ、これくらいで済んだと考えるべきだろう」

「だろ? むしろほかに邪魔な気が見当たらなくてよかったと思う。 でなけりゃあんな小さな気なんて見つかりっこねぇし」

「そうだな……」

 

 シグナムが言い放つ答えがすべてであろう。

 さて、ここまで情報をかき集めたのはいいのだが、そこから果たして何をする気なのだろうか。 いや、答えは既に持っているはずだ……なら、問題なのは。

 

「問題なのは、ここからドラゴンボールの位置を掴みかねてるところだな」

「そうなのか? お前のことだ、私はてっきり正確な位置まで把握できていると思ったが」

「さすがにそんなことできねぇぞ」

「そう、か」

 

 あきらかな落胆。 肩を落としている彼女を見て、首を傾げるモノが居た。

 18くらいの彼女に、若干ヨレタ手を指しだし、肩に触れてやると……

 

「貴方がそんなに落ち込むことないでしょ? リラックスして……ほら、ここんところなんて肩こりが……」

「て、テスタロッサ……さん…………ッ!?」

 

 親指でコリを探り、揉みしだいていく。

 まるで眉間のしわにやるときと同じ要領のそれは、身体的なものではなく精神に対するマッサージと同等であろう。 それを、理解できない騎士ではなく。 彼女はその真意を測り終えると……

 

「…………ありがとう、ございます」

「いいえ」

「……すみません。 我らが……我らが余計な時間を取らせたばかりに」

「いいのよ、気にしないで。 温泉に行くという約束は、わたし自身、果たしたいと思っていたところだし」

「……っく…………」

 

 悔やむ声しか、上げることが出来なかった。

 

 ようやく気付いた自身の過ち。 ……なにも迷惑をかけたのは主だけではなかったと、今この場で思い知る。

 その背、その双肩にかかる将の字は伊達や酔狂では無く本物だ。 故に今起こっている事態など即座にわかる……わかってしまう。 だから彼女はうつむき、心だけが……痛む。 自然、体中を抱き上げてしまうのは自身の腕……そうすることで今巻き起こる感情を締め上げ、表に出さぬようにすることが彼女の精一杯であった。

 

「……すこし、疲れてしまったわ。 悪いけどリンディさん、後のことはお願いしてもいいかしら?」

「はい、お任せください。 ……悟空君を護衛にでも置きましょうか?」

「いいえ結構よ。 それじゃ孫くん、フェイトと御嬢さんをよろしくね」

「……おう、任せとけ」

 

 それを直視する前に着込んだ浴衣の帯を揺らしながらプレシアはゆったりと歩き出す。

 足取りは軽そうで、ただただ支給品のスリッパが床を叩く音が周囲に響くだけ。

 

その頼りない足取りを聞きながらシグナムは一人。 “凝りの解せていない自身の肩”を抱くように腕を絡ませ……奥歯を食いしばるのであった。

 

 その姿の意味をどう思ったのだろう。 彼女の一人娘が一人、首を傾げながら姿を見送る。

 

「母さん、どうしたんだろう?」

 

 出てきた言葉、それを聞いた時だ、シグナムの奥歯から歯ぎしりが小さく響く。 胸に刻み込んだのは人間の……否、母親の強さ。

 

「…………一番身近にいる人物にああまで隠し通していたのか……あの身体で」

「シグナム?」

「……いや……なんでもない」

 

 金のツインテールが揺れ動き、ピンクの髪が小さく乱れる。 揺れ動くだけの心に対し、まるで激流に揉まれるが如く、只、握った拳は強く硬いままである。

 

「なぜ、あのひとはあそこまで……」

 

 俯く視線はどこへ落ちていくのだろうか。

 顎を引き、ただどこでもない遠くか、はたまた一番近いところを見ているシグナム。 少ない感覚で繰り返される呼吸音が、遠慮がちに空間へ響いていく。

 その、声に。

 

「オラもまだ、実は詳しく聞いてねぇんだけどな。 プレシア達はターレスとの一件までは随分と冷たい仲だったらしい。 アルフからはターレスと会うまでのプレシアは“とんでもない鬼婆”って言われるくらいにな」

「……信じられないな。 あの溺愛具合からは」

「あぁ、そこらへんはオラも同感だ」

 

 答えてやり、聞いた騎士は困惑を隠せない。

 あのとんでもなく仲がいい二人にどのような過去があったのか……? おそらく想像もできない仲違いぶりはさしもの悟空の想像も及ばないであろう。 しかし、だ。

 

「いろいろあるみてぇだ。 ……たぶんな」

「……」

「初めて会った時のゴタゴタんときさ、アイツ言ってたんだ。 “気が付いたときはいつだって手遅れ”……ってさ。 だからきっと、あいつはいままでとんでもなく頑張ってきたんだと思う。 その手遅れってやつにならないようにな」

「そう、か」

 

 憶測だ……ただ、精度が高い程度の。

 その悟空の言葉に何を想い、何を浮かべるのだろう烈火の剣士。 彼女は後ろで束ねられた髪の留め具としているリボンを両の手で握ると。

 

「……なら、こちらも力を入れなければならないな」

 

 強く引き、キツく、結ぶ。 ……心はいま、完全に奮えた。

 

「孫、教えろ」

「……気がかりなとこ、全部探すとなるとえらい数になるぞ」

「それでもだ。 それに探し物なら我らもなかなかのものだ。 なにせ数百の年月、自身の本当の在り方を探していたのだからな」

「……そっか」

 

 探し物はなに? 絶望を打破する光に決まっている……目で語るシグナムに、ヴォルケンリッターという名の騎士と、その創造主、さらには君主の目が強い光を秘める。 その中で、騎士たちの姉であり、母である銀髪の娘が一歩、悟空に歩みを進める。

 

「孫悟空。 こちら……いえ、この場にいる管理局の人間で転移魔法が使えるのは4人ほど。 さらにシャマルと、貴方の技――瞬間移動を写し取ったわたしとを含めて6人。 これで6手に部隊を分けて捜索します」

「6手か。 けど随分前にプレシアが作ったレーダー1個しかねぇんだろ?」

「えぇ。 あれの作成にはどうやら特別なレアメタルを受信機あたりに使っている様で。 その生成、加工方法はプレシア・テスタロッサのオリジナルの技術なので」

「……要するに?」

「今現在、消耗した彼女では複製は不可能です。 おそらく材料もないでしょうし」

「そんじゃあ……」

 

 いくら手を分けても……

 世界、いや、次元を超えた世界は広いなんてもんじゃない。 その中でさらに気になる微弱の気を探り、ある程度にまでふるいにかけたこの現状でもレーダーなしでの捜索は無謀。 悟空は落胆の色を隠せない。

 でも。

 

「しかしここで重要なのはそれじゃない。 問題なのはある程度のレベルを持った魔導師を各地に送り込むことにあるのです」

「??」

「……なるほど」

 

 そうだ、こんな小さな問題。 今までこの男が超えてきた苦難に比べればどれほどに小さき物なのだろう。

 答えるリインフォースに、悟空は首を傾げるもリンディは即座に理解し、手のひらを合わせたかと思うとすぐさま周囲を見る。 すると何人かの人間が同じタイミングで頷くと各々自室へと足早に向かって行く。

 

「貴方が察知した大体の方角にある世界、その進路上に動かせるだけの“信頼できる人員”を配置してもらいます。 ここは、貴方の武勇伝を伺っている管理局の有志に頼めば大丈夫でしょう」

「……あぁ」

「そして、その人員の中に高位の魔導師……いま言った6の部隊をそれぞれ放り込みます」

「なるほどな。 でも、それでもえらく時間がかかるはずだ。 幾らオラの探せる範囲だとか、精度が上手くなったとしてもやっぱ限界はある――」

 

 それらが居なくなった時には、悟空の口からほんの少しの諦め声……出来ないという言葉ではないモノの、かなりの難度であると言う彼には分るのだ。 そう、己が習得し、今まで数多くのピンチを救ってきたこの技だ。

 故にそれが出来る範囲は指先を動かすように繊細にわかる。 ……この技では、この世界すべてを廻ることなど不可能なのだと。

 

「だからこそ、貴方の瞬間移動を必要とするのです」

「??」

 

 けれど、リインフォースが言いたいのはどうやらそう言う事ではないらしく。

 困惑顔の悟空を一笑。 いや、少しだけ親だとか姉だとかのような朗らかさで照らしだすと。

 

「貴方が特定できた次元世界、その中でも特に反応が濃い“範囲”に送った部隊は何も捜索だけがメインではないのです」

「というと?」

「表向きは人手不足の解消。 ですがその真の目的は……」

 

 

 リインフォースの右手の人差し指。 それが宙に輪を描くと自身の口元へと運ばれる。 何やら呪文だとかを連想させるそれなのだが、彼女自身そのようなつもりなど微塵にもないだろう。

 そして、もったいぶるかのようにまたも微笑を悟空に見せると……

 

「“マーカー”なのです」

「……まーかー?」

 

 彼女の作戦がここから始まろうとしていた。

 

 

 

 

――――――3時間後。

 

 

 地球時間 深夜0時40分―――次元世界のどこか。

 

 荒れ果てた世界が眼前に続いていく。 どこまで行っても灰色の空と、いつまで進んでも賑やかさを見せてくれない茶色の大地。 若干赤みを帯びているこの感じは、甲子園球場や、オーストラリアの赤土などを思い起こさせる。

 

「……はぁ」

「だいじょうぶですか? ジークさん」

「え? ううん、いまのはそういうのと違うんよ」

「……?」

 

 この二人に、その景色がわかると言われればまた別問題なのだが。

 

 さて、バリアジャケットに身を包んだ伸長を同じくした彼女たち。 胸元を正中線からバッサリ縦に切り裂いたかのような派手で、若干……いやかなり露出が多い恰好を取る黒い髪の少女は世界の果てを見る。

 その黒い瞳をらんらんと輝かせながら。

 

「少し、あの“大会”前のこと思い出してな」

「……なにかあったのでしょうか?」

 

 すこしと聞いて、それでもいろんなことがあったのだろうと、アインハルトはここで悟る。 聞くべきか……思い思考を巡らせるコトモナク、聞いていたのはごく自然の流れだった。

 

「ううん、なんでもあらへんよ」

「……そうです、か」

 

 嘘だ……というには虚偽が少なく、本当なのかと問えばおそらく違う。 そんな、どっちにも付かない表情はどういえばいいだろうか? 言葉が見つからないアインハルトはただこういう。

 

「…………うらやましい、ですね」

 

 何に対してか分らぬが、口元が少しだけ綻んでいるのをみて、気が付けばそう漏らしてしまった。

 

「おーい!」

「あ」

「この声……」

 

 そんな二人にかけられる声。 遠くから投げかけるように発せられたそれは、まだ幼さが残る子供の独特さを思わせる音程であった。 しかし、そのなかに見受けられる迷いの無さや逞しさ、どれをとっても子供と思うには戸惑いが生まれてしまう。

 そんな、意思の強さを思わせる声の主に、未来組のふたりが名前を呼ぶ。

 

「ユーノさん」

「そっちの方はなにか見つかりました? もうすぐ時間だから最初の地点に集まろうかと思うんですけど」

 

 緑色のパーソナルカラーを光らせ、金の頭髪を小さく揺らした少年……ユーノ・スクライアその人であった。

 彼は未来組の彼女たちに向き直ろうと、そのまま視線を上にあげる。

 

「それにしても二人とも凄いんですね。 こんな距離をあんな短時間で走り抜けるなんて」

「そ、そんなことないです! 司書長さんに比べたら――」

「は、ハルにゃんッ!」

「……っ!」

「ししょ、ちょう?」

「あ、いや、なんでもないです……」

 

 上げた視線の先が泳いでいることに首を傾げる彼は知らない。 まさか彼女たちが遠い未来、自分が無限を名乗る書物の管理を任されている姿を見ていたなんて。 だからこそ、彼は少しだけ怪訝そうにして……

 

「でも、どうしてお二人はボクに対して敬語なんですか? 歳だって随分と上のはずなのに」

『あ、いやぁ……』

 

 さも当然のように聞いていた。 いやいや、これはこれで仕方がないだろう。 なぜならユーノが9歳であるのにかかわらず、およそ高校生くらいの……そうだ、美由希と同じくらいには年の差があるはずなのに。

 其れなのになぜか自分の事を持ち上げる彼女たちが良くわからなくて。 ……ユーノは、まるでどこぞの地球育ちのサイヤ人を思わせる純朴な目で見上げていた。

 

「そ、それは……」

 

 困り果てる、小覇王。 当然だ、幾ら自分が知っていても、ここにいる彼はまだ自分たちの事を知らない、さっきまでは赤の他人以下だったのだ。 そんな者たちが敬語で、しかも子供に向かって敬うかのような態度は……

 妖しいを通り越して気味が悪いとも言えなくない。 思考を張り巡らせても結局、その答えしか導きだせなかった時点で覇王の負け。 口を開いて、ユーノの瞳を見返すと。

 

「えっと――――」

「ユーノさーん!」

『?!』

 

 その背後から、男の声が木霊してくる。 あわやこれまでと諦めた刹那のときに現れるのは見慣れない人物。 見覚えのない顔と、雰囲気からみて20代後半くらいのその男は、彼らに向かって飛行魔法で接近。 近くで着地すると歩み寄ってくる。

 

「貴方は同じチームの」

「その様子ではこちらの方もダメでしたか」

「あ、はい。 ……もうすぐ時間ですし、そろそろ全員で一か所に集まった方がいいと思って」

「そうですね。 えぇ、自分もそう思います」

 

 スポーツ刈りよりもさらに短い髪形のその男、朗らかというよりは陽気さが目立つだろうか。 何となくサイヤ人の彼を思わせるのは彼がもともと持った性質だからだろうか……しかし、ユーノがいま考えていることはそこではなく。

 

「……どうして貴方も敬語なんでしょうか?」

「え? どうしてって……はは、何言ってるんですか」

「……え?」

「孫悟空さんプロデュース、地獄の特訓を生き抜いてきた貴方に無礼は出来ませんよ」

 

 そんなユーノの考えを一笑。 なんでもないと振り払って見せた男は、すこしだけ視線を上げていた。

 

「それに俺……いや、自分は4月の頃の事件でアースラに乗り込んでいたんだ。 ほら、ターレスから通信のジャックがあった後に大声でリンディ艦長へ具申だなんだって五月蠅かった奴いたろ?」

「あ、あぁ! あのときの……髪型が違うので解りませんでした」

「はは、うん。 自分もそう思うよ」

 

 見上げた先で思い起こす人生最大の難事件。 いや、そのあとに闇の書事件があったにはあったのだが。

 

「……闇の書の騒動では怪我の治療に専念してたから、こうして面と向かって会うのは8か月ぶりくらいだし、何よりこの髪は自分にとっては願掛けのような物だから」

「……がんかけ?」

「そうだよ」

 

 背格好、およそ悟空と同じくらいの背丈だが、いかんせん彼に比べて線が細い。 いや、かれと比べること自体おかしいと、ユーノはその思考をすぐに取り下げる。 身体を包む装甲付のバリアジャケットを見るところ、管理局の武装局員だと認識したユーノは視線と動作で話を促す。

 

「自分達は、あの時本当になにもできなかった。 子供たちだけが時の庭園に行った時も、孫悟空さんが重力修行で自身を痛めつけているときも……キミの大事な人が、命を落としかけたその時だって」

「…………はい」

『…………』

 

 その言葉の意味を、未来組のふたりはあえて聞くことはしなかった。 だれが、何をどう思っているなんてよくわからない年頃のふたりでも、あの人たちの間柄なら理解できる。 だから黙ったまま、だからこそ騒がないで男の言葉を聞き続ける。

 

「悔しかった。 でも、不謹慎かな……それ以上に心を奪われたんだ」

「……なににですか?」

「キミの頑張りと、孫さんの不退転を行動に表した決死の戦いに」

「ぼ、ボクも!?」

「そうだよ、当然じゃないか」

 

 驚く声は荒廃した世界に響いて行った。 山ではない平地に山彦なんて存在しないから返ってくるのは肯定を意味する男の声。 その返答に、今までそんなことを思っていなかったのであろう、照れよりも驚愕の色が濃いユーノの口は開いたまま閉じない。

 

「無理だとわかってる、けど思ってしまったんだ……あぁ、俺もこんな“男”になりたいな…………って」

「あ、いや……その――」

「変かい? でも君は、それほどの事をしたんだよ」

「あぁぅ……」

 

 いままで浴びたこともない賛辞に、ついに男の子は縮こまってしまう。 両の掌で顔をかくし、うずくまって首を振る。 ……女の子のようだという事なかれ、この人物の喜びは、おそらくどの次元世界に行ってもわかるものではないのだから。

 

「……この方は、幼少時から師匠と共に、栄光を称えられていたのですね」

「今はまだ小さな力や。 ほんの少ししか当たらない光でも……その歩みは……」

 

 それを、本当の意味で解ってやれるアスリートのふたりは、何を想いユーノの痴態を見守るのだろうか。 ……いままで尊敬のまなざしだけだった彼女たちに、一瞬だけども別の色で灯っていたのは此処だけの話だ。

 

 

「と、ところで!」

『なんでしょうか?』

「と、年上の人たちがみんなして弄り倒そうとして来る……」

『そんなことないですよ』

「はぁ……」

 

 ため息ひとつ。 背中を丸めてしまったユーノに、年上の皆はドッと沸く。 いままで見せられていた緊張感を醸しだした物ではなく、年相応の小さな男の子のリアクションを見た彼らの笑みは、とても朗らかであった。

 

「はは……ん?」

 

 そんな、彼らの真上に…………大きな影が射しこんでいた。

 

「……なんだ、これ?」

 

 気が付いたのは、局員の男性。

 彼は不意に差し込んだ黒い空間に、半ば条件反射の域で顎を出し、大空へと鼻の先を向けてやる。 そこに映り込むはずだった盛大に不機嫌な空と、見えてるんだか見えてないんだかハッキリしない太陽とを探して……居たはずなのに。

 

【ガルルゥ……っ!】

「……」

 

 その視線は太陽を探すよりも先に、見つけてはならないものを指し示す。

 

 視線をそのままに、なんでだかこみ上げてきた感情はただ一つ。 原初にして、あらゆる生き物が持つ根源的な本能そのもの……すなわち。

 

「…………あはっ!」

 

 ……解りにくい、声が漏れてしまった。

 大変わかりにくいがこの男、ただいま絶賛逃げる準備をしているところである。 局員ともあろう男が情けない。 たかが全長8メートル、体重700キロ程度の恐れる龍を前にして足がすくんでいるなんて。

 ……あしが、竦んでいるなんて……?

 

「お、お、……おぉぉおおぉぉおおおおおっ!」

 

 震えだす横隔膜。 腹筋から胸筋から何から何までが微細な運動を起こし、武士がするモノとは正反対の震えを彼に引き起こさせる。 無理矢理に震えあがるそれに、全身の感覚がマヒしていたときであろう。

 

「危ない!!」

「うぐ!?」

【ギヤアアア!】

 

 彼らの真横から、茶色い物体が振り下ろされる。

 人間で言うと足払いだとか水面蹴りなどと思われるそれを眼前にまで接近を許したユーノの、両の瞳孔が一気に開く。

 

「ふっ!」

『――――ッ!?』

 

 局員の体中から力が抜ける……否、この感覚は浮遊感だ。 何かの力によって、己の身体が空高く跳びあがらされているのだ。 そう気が付いた時には目の前の影はどこにもおらず。

 

【グル……ゥ……】

「……ひっ!?」

 

 目を凝らすまでもない“奴”はすぐそこにいたのだから。

 眼前に広がる恐怖を前に、局員の男は震えをまた一つ催す。 なんだこれは……今まで見たことが無いと思いたいのは山々なのだが、心を覆う恐怖心がそれを許さない。

 

 けど。

 

「しっかりしてください!」

 

 不意に届いてくる声。 それは先ほど自分たちがカラカッテいた少年と同じ声質の者なのだが……そのなんと逞しい声だろうか。 まるで大河に佇む強大な岩石のように動じず、我を通すその声に、局員の男は一時……

 

「あ、え、……ユーノさん?」

 

ほんの数瞬だけ恐怖を放り投げる。

 次に男を襲ったのは強風だ。 さらに幾ばくかのGが真横から自身を押しつぶさんとかかってくると、呼吸もままならずに全てを流れに身を任せてしまう。 もう、どうにもできないという意味では自然災害と何ら変わりないこれに、男はたまらず目を瞑る。

 

「しばらくそこでじっとしていてください」

「…………っ」

 

 声が聞こえ、さらに3か所から何かが着地する音が聞こえるや否や、彼は事ここに至ってようやく思い知る。

 

「…………なんて大きい……恐竜なんだ」

 

 自身を襲ったその怪物、その、名称をだ。

 正式な名なんてきっとない。 ただ、陸上に住むわりとポピュラーな2足歩行タイプの生物が、目の前にぶら下がっている餌を前によだれを垂らしているという、わりと自然界では日常茶飯事な光景を見せつけてくる。

 そのすがたは、地球で言うならば最強の肉食恐竜、ティラノサウルスをイメージすればいいだろう。 ……ただ、そこはやはり魔法世界、頭部と背中に鋭い突起がいくらか散見されるところは通常の進化をとりやめたという事であろう。

 

 そんな相手に、ユーノはしばし息を吸いては吐くを繰り返す。

 

「あ、そうだ」

『……?』

 

 その間に思い出した……なんて感じで、まるで朝食の時に新聞紙を取りに行く父親のような素振りで、今しがた合流した未来組の少女達に振り向くと……

 

「出来ればそこから離れてください」

「な!? おひとりでは危険です、わたし達も手伝います!」

「そうや! いくら司書長さんかて、あんな大きなの一人じゃあぶないんよ!」

 

 放った言葉に少女達の反感の声。 けど、それでもユーノの表情が崩れることはない。 ……我の強く、決して折れず曲がらない相手ならこの二人以上を既に見てきて、接してきて……共に歩んできた彼にとって。

 

「おねがいや――」

「わかりました」

「司書長さん!!」

「えっと、だからわかったと……」

 

 これくらい。

 

「…………まぁ、いいか」

 

 どうってことは無いのだ。

 

 少年が身をかがめ、3回目の深呼吸。 腹に含んだ息から酸素を取り出し、それを血中に取り込む頃には足がステップを刻んでいく。

 

「……っ……ッ」

 

 一回、二回と続く足さばきは、まるで跳ねるかのように軽やかだ。

 利き手である右を相手に突出し、左手は胸元で待機。 そのまま先ほどまでのステップに合わせるように動かしていくと、自身の呼吸と同調させていく。

 

【ギギャアア!!】

「…………ッ!」

 

 恐れの龍がひとたび叫べば大地が唸り、周囲の赤茶けた風景は一層歪んだ景色へと変わっていく。 それでも、気にも留めずステップを刻んでいくユーノの態度に、恐れの流派どう思い……

 

【ガァァアアッ】

「……ッ!」

 

 牙を剥いたのだろうか。

 たかが弱小の……それも人間の小僧一人に舐められたとあっては、おそらくこの世界で最強の部類に入る原生生物の名が廃る。 狂おしいくらいに歯噛みするその行動、その原動力はプライドよりももっと深い……生物としての尊厳が、恐竜の刃をより一層鋭くさせる。

 

 こんなムシケラのような人間など、自身の圧倒的な重量をもってすればヒト踏みで粉砕してくれよう。

 

 龍の目が輝くと、途端、ユーノの周囲にとてつもなく大きい影を落とす。

 

『あぶない!!』

 

 叫んだ、彼女たちは。 当然であろう、なにせ自分達よりも何倍も大きい生物が、その足を上げて、今まさに鉄槌とも形容できる剛脚を叩きつけようとしているのだから。

 

 思わずつむりそうになる目、だが、そのとき皆はとんでもない光景を目撃する。

 

 

「ふんっ!」

【ギ、ギィ……ッ!?】

『…………はい?』

 

 突き抜けていく衝撃波。 巨躯を駆け抜け大空へと舞い上がっていく……その力は、緑色の輝きに満ちていた。

 

「……」

 

 だが少年は静か。

 誇るわけでも、奢るわけでもない静寂さは、アスリートだと自らを言い表した少女達から見ても異様……否、それをも超えて既に不気味と言っても差し支えないだろう。

 

 それほどに、今のユーノは静かで。

 

「…………ふぅ、みんな無事みたいですね」

「あの巨体を一撃で……?!」

「いったい何をしたんや……? 全然見えへんかった」

 

 彼が起こした魔法よりも奇妙な行動に驚愕を禁じ得ない二人は、ただ、ユーノの小さい背中を見守る事しかできないでいた……そして。

 

「ん、そろそろ時間かな」

 

 どこからともなく鳴らされるアラーム音。 金属的ではなく、電子的な音はおそらく魔法関係の物品なのであろう。 それを聞いた途端に空中に指を走らせるユーノは、そのまま緑色の窓枠を荒れ果てた世界に出現させる。

 

「約束の時間まで……あと5秒」

 

 傍らには今しがた仕留めた恐竜が息も静かに横たわっている。 もう、それ以上の危害も損害もお互いに与えることが無いこの状況はユーノが望んだものだったのだろうか。

 どこかのダレカサンのように“調理”に入ることもせず、ただ馬鹿でかい寝息を背中で受ける彼は―――――――――…………すぐさま真横を見る。

 

「おっす、ユーノ!」

「悟空さん……時間どおりですね。 さすがです」

「はは、まぁな。 “コイツ”のおかげだ」

 

 そこにいたのは、左腕を振りあげた一匹の猿……もとい、サイヤ人……訂正。 地球育ちのサイヤ人、孫悟空であった。 彼はいつもの山吹色の道着に悟りを背負い、やはり普段通りにユーノの横に佇んでいた。

 そうだ、誰もが知らぬ間に、まるで漫画のページをめくるかのような自然さで。

 

「……あ、貴方は先ほどの」

「い、いまのって確か空ちゃんの瞬間移動……だったはずや」

 

 例の二人組の疑問は当然おいていく様にして……だ。

 金髪、碧眼、さらに逆立った髪方は彼を彷彿とさせるには難しいと言われればそうだろう。 だから少女達の目に映るのは孫悟空ではなく……ひとりの、異様に腕の立つ赤の他人なのだ。

 

 そう、“超サイヤ人を見て、悟空と判断が付かない”彼女たちは、果たしてどこまで彼の事を知っているのだろうか。

 

「なんだ、おめぇたちまだわかんねぇのか?」

 

 そんな彼女たちにいい加減、首を傾げたのは悟空。 金の頭髪を逆立てたまま、彼は両腕を胸元で組んで小さく息を吐く。 ……その姿がどうにも癇に障ったようで。

 

「…………むぅ」

「……」

 

 未来組のふたりは、わずかにだが眉をひそめるに至る。 ……その後ろで苦笑いしている管理局の男の気持ちも分らぬままに。

 

 驚くぞ……誰だってわかるもんな……苦笑交じりの心境を置いておき、彼女たちは只、超サイヤ人をひと睨み。 その彼女たちの心意を見て、後頭部に片腕を持って行った悟空は全身の力を抜く。

 

「……ふぅ」

 

 落ちるため息と共に急激に下がっていく頭髪と、隠し通していた気の総量。 ……その、馬鹿にでかすぎる気がある一定のラインまでに落ち着いたときであろう。

 

「…………っ!!」

「え、な、なんや今の……」

 

 未来組二人の腰から一気にちからが抜け落ちていく。

 染め上げるは驚愕、落ちていくは今までの常識。 欠落していったそれらは、どれほどに浅い井戸の中で、己がどれほどに世界を知らない蛙だったかを今。

 

「……なんて巨大な気」

「一瞬だったけど確かにわかった。 ……まるで足元の巨大な地上絵を見つけたような感覚……近すぎてその大きさに気付けへんかったんよ」

 

 思い知ることになる。

 感嘆と、驚愕とが混ぜ合わされた少女達。 だけどそんなものはこれから来る衝撃に比べればなんてことはない……戦士はいま、自身の体の変異を解く。

 

「……よっ!」

『…………あ、あぁぁ』

 

 指さし、振るわせていけばいつものことだ。 そう、かの高町なのはですら彼の変異にはまったく判別がつかなくなってしまっていたのだから。 それを解りやすく、目の前で解かれれば誰だって思い知る。

 

「あ、貴方は……!?」

「え、そ、そんなことって!」

 

 そうだ、思い知らなければならないのだ。 彼女たちはいままでどれほどに巨大な男を……大きすぎる山を、否、広大すぎる世界を目指していたかを。

 

『…………』

 

 ぽかん……

それ以外に今の彼女たちの様子を言い表す単語を、残念ながら用意できないだろう。

 腰から、全身から何から何まで一気に脱力し。 アインハルトに至っては尻餅をついてしまう。 普段冷静そうで、悟空が絡むと熱くなり、裂戦を前にすれば蒼い焔に火がともる。 そんな彼女ですら、盛大なリアクションを用意しなければならないこの事態。

 ものの見事にそんなの蹴とばして、孫悟空は息を吸い、吐き出す。

 

「おっす!」

 

 そんな挨拶をする彼は、やはりどこまで行っても彼なのだろう。

 

「し、師匠……いまの変身魔法は?」

「ん? オラ魔法なんかつかえねぇぞ」

「……あ、え、でもいま確かに」

 

 信じられぬは彼の行い。 そうだ、彼女が知る彼は果たして魔法の類いを使えただろうか……?

 舞空術……飛行魔法。

 気合砲……射撃魔法。

 残像拳……幻影魔法。

 鍛え抜かれた身体……バリアジャケットより硬い。

 瞬間移動……転移魔法の常識を完全に塗り替える。

 

 etc.etc.………………

 

「…………既に魔法に近いことはいくつもお使いになられていると思うのですが」

「……そういやそうだな」

「空ちゃんデタラメやから……」

 

 孫悟空の前では、常識なんて投げ捨てるモノである。 アインハルトとジークリンデは少しだけ肩を落とした気がした。

 そんな、彼女たちをまえにして……いや、孫悟空を前にして、先ほどからユーノの真横で膝をついていた局員の男が、ようやく腰を上げる。

 

「に、任務! お疲れ様です!!」

「ん? おう、おつかれさまだな」

「それにしても相変わらず見事な転移……それに先ほど見受けられた変異は確か報告にあった……」

 

 背筋が伸びて、口元が上手く動かせていない。 年恰好にしては大体悟空と似たり寄ったりなのだが、いかんせんそんなものでは埋められないモノがこの二人の間にはある。 それを、堅苦しいとはいまさら悟空は言わない。

 そんな彼に、更なる質問の嵐が舞う。

 

「す、スーパーサイヤジンというやつですよね!?」

「……あ、そうか。 あれになるとこ、そういや他の奴らには極力見せてなかったんだよな」

 

 少し、昔を思い出す。

 結んだ約束は、現在闘病中のプレシア女史とのきつい約束……だった。 其れは今現在、何となくおろそかにしているのは事態が事態だからだろうか。

 彼は若干苦い笑いを施すと、そのまま……

 

「ま、いっか」

 

 先ほどユーノがやったことを、彼もまた行うのである。

 

「すーぱーさいやじん……師匠、今の単語はなんでしょうか? 聞き覚えが……」

「なんだおめぇ、“あっち”でオラから何も聞いてねぇんか?」

「……はい」

「ウチもや」

「……どこから話しすっかなぁ」

 

 腕組み直して2、3秒。 少しだけ眉をひそめた彼は、さらに少しだけ尻尾を動かす。 そんな、何かを考える仕草を待ち構える未来組の少女達はまるで、寝る前に絵本を読むことをせがむ子供のよう。

 その姿が少しだけ眩しくて……

 

「あ、悟空さん」

「どうした? ユーノ」

「そろそろ時間が……次はクロノ達の所に行かないと」

「お、もうそんな時間か」

 

 でも、時は待ってくれない。

 ユーノが言うなり、彼は肩元からバッサリ先がない道着の特徴……肌けた腕に視線をやる。 利き腕とは逆につけられたなんだかゴテゴテしい物体は、よく見ると複数の物体がひとつに合わさったもののようだ。

 それがなんなのかよくわかない彼女たちは……いや、それ以前に。

 

「…………しゅん」

「司書長さんのイジワル……」

「え、えぇ!?」

 

 覇王は落ち込み、まるでご褒美を貰えないアルフのような仕草で地面を見つめるだけである。 文句の一つも出ないところはジークリンデがフォローして、そのままユーノにジトリとした視線を放り投げるに至る。

 本当に、子どもよりも子供らしい。

 

「まぁまぁ、詳しくはまたあとで教えてやるさ。 それが無理なら“あっち”でオラから聞けばいいし」

「で、でも。 あっちの師匠は何も教えて――」

「大丈夫だって。 おそらくだけど、余計な知識を与えないようにしての事だろうから、時が来た今なら、『オラに聞けって言われた』って言えば教えてくれるさ」

「……うぅ」

「だからほれ、そんな顔すんな」

「はい」

 

 なだめ、背中を軽く叩いて、そのままいつもの笑顔を作ってやる。 そうしたらどういう事だろう、まるで風邪がうつるかのように、覇王の表情から悲壮なものが飛んでいく。

 事件は一件の落着を見て、そのまま次の事件へ行くことに。 孫悟空は先ほど上がった左腕の物品を見ると、人差し指をゆっくりと近づける。

 

「そう言えば師匠。 そのうでに付けた時計の山はなんでしょう?」

「ん? あぁ、これか」

 

 ポチ……何やらスイッチが入れられたかのような音が聞こえると、そのまま彼はアインハルトの方へ向く。

 そんな彼女は、悟空の腕を凝視したまま動かない。

 

「……8個も時計を付けて。 ファッションとしてもいろいろ間違っていると思うのですが」

「ん? そうだな、オラもこんなに時計はいらねぇな」

「……ではどうしてつけているのでしょうか?」

「どうしてって……あぁ、そういやおめぇは“えいが”見てたからあの後の話は聞いてなかったんだよな」

「は、はぁ……」

 

 すかさず腕を動かした悟空。 その向かう先は自身の道着の上着の中である。 まさぐり、掴み取るとそのまま引っ張り上げては、今回の種を彼女たちに見せつける。

 

「……なんでしょう。 また、大きな……懐中時計?」

「空ちゃん、時計ばっかりやぁ」

 

 ……やはり、分らぬ者は分らないのであろう。

 彼の息子が聞けば、少しだけ懐かしいと思う勘違い。 そう、そうだッ……今取り出したる物品は時計なんかではない。 測るのは時ではなく距離、進めるは己が欲望のスピード。 その、全ての始まりの道具の名は――――

 

「時計じゃねぇ」

『??』

「こいつは、ドラゴンレーダーって言ってな。 今オラたちが集めてるドラゴンボールが、今どこにあるかを教えてくれる道具なんだ。 見れる距離とか形はほんの少しちげぇけど」

『ドラゴン、レーダー……』

 

 外装は白。 アインハルトが今上げたように懐中時計を模したそれは、本来時を数える場所には緑色のスクリーンが……更につまみの部分は『押す』『つまむ』『回す』といった行動で『起動』『拡大』『縮小』『停止』などの機能を行うことが出来る代物だ。

 ぶっちゃけ、機械に疎い悟空でも扱えるという点では、かなり高性能で使い勝手のいい物品だろうか。

 

 悟空はそれを取り出し、つまみの部分を軽く押す。

 

「……とりあえず北の方に向かってみるか」

 

 一言告げ、それが何を意味するかが分からないアインハルトたちをまたも置いて行く悟空は一気に空へと舞う。

 

「ふん!」

 

 身体中に輝かせる黄金のフレア。 それが爆発すると、彼の髪型が急激に変化する。 ……超サイヤ人へと変異したのだ。

 

「約束の時間まであと2分……詳しく見たい、10週しか出来なさそうだ」

 

 若干、口数が減った気がする彼。

 それを知ることが出来るモノはもう、どこにもいない。 風がカラダを旋回し、北方向の向こうへ回り込んでいったとき。

 

「……あ、ひかりが――」

 

 閃光が、北風に変わっていく。

 

「行っちゃった……」

 

 ……と、思っていたら。

 

「……!? も、戻ってきた……?」

「金色の光りがまるで流星のように……キレイ」

 

 それは幻想のようであった。

 見る者すべてを魅了するかのこの光。 北をに行けば今度は東へ、そっちが終わったらこっちに、あっちこっちへ向かうあわただしき光。 信じられるだろうか、この光が一人の人間の力で成り立っていることを。

 

 魔法を使いしこの場にいる全員が、この、魔力を使わない風景に心を奪われていた。 ……そして。

 

「いよっと」

『お、おかえりなさい……』

「ただいま!」

 

 地面に降り立つ黄金の戦士。 彼は逆立った髪をそのままに、右手に握った機会を軽く振るう。 少しだけ笑顔……それだけ見ればなんてことはない、ただ、今まで空で散歩していた風にも見えなくもないのだが。

 

「だめだ、ここにもドラゴンボールは無ぇみてえだ」

「そうですか……次、きっと見つかりますよ!」

「だな。 オラもそう思いたい」

 

 其れは、やはり勘違いという物だろう。

 青いブーツを鳴らしながら、そっとドラゴンレーダーを懐にしまう悟空。 彼はそのまま額に指を持って行くと神経を過敏にさせ……集中する。

 

 息を吸い、吐いたところで変わらないのは常人だけだ。 常態からして超常を行く孫悟空にとって、それだけの動作でも、すでに凡人には分らない意味を成す。

 

「…………あ、ユーノ」

「なんでしょうか?」

「後ろの奴、すっげぇでかいな。 ……おめぇもあれくらいできるようになったか、結構腕を上げたもんだ」

「……っ……は、はい!」

 

 ユーノの頭にそっと手を乗せるのは、悟空。 彼は二回程左右に揺さぶってやると手を離し…………――――――微笑と共に空気を揺らす。 

 

「き、消えた!?」

「改めてみるがなんて出鱈目な転移なんだ……位置の特定にデバイスとかの補助を必要としないなんて」

「空ちゃん……」

 

 三者三様の感想が垂れ流されていく中、ユーノにあるのは心配事だとか不安だとかではない。 ……彼は、それを実行するために拳をひとつ作り上げる。

 

「行きましょうみなさん。 回らなければならない世界はあと39か所はあります」

『はい!』

 

 その拳に何を誓う? 問われることは無い、だが、思わずにはいられない気持ちはただ一つ。

 

「今度は、ボクがちからになる番だ」

 

 それは数か月前を思う、健気な恩返しであった…………

 

 

 

 同時刻  次元世界のどこか。

 

 青い空、白い雲、そしてどこまでも広がる爽快な水たまり……もとい広大な海。 青々とした其処は、先ほどユーノ達が居た世界とは打って変わっての穏やかな環境である。 

 

「キィ――――ン」

「これ。 その様にはしゃぐもんではない、レヴィ」

「だってだってみんな僕の好きな色なんだもーん! あははーー」

「…………」

 

 宙を舞う女の子が3人、まるで海水浴に来た学生のようなはしゃぎようである。 その後ろをヨロヨロと浮かぶ男の子が1人。 彼はなにやら眉間を片手で抑えると、そのままうずくまってしまう。

 

「…………はぁ」

 

 出てきたのはなんてことはない、只のため息に過ぎない。 それでもあまりにも多い気苦労を前に、彼は宙に居ながら思わず寝そべってうつ伏せになりたくなる衝動に駆られる。

 

「…………どうして僕がこの子たちの監視役(おもり)をしなくちゃいけないんだ」

 

 などと、口から零れるのも時間の問題であった。

 ずっしりと架かる背中の重石はおそらく幻覚か何かだ。 そう思いたい彼は……クロノは、遠い世界に行ったもう一人の少年を想い。

 

「はぁ、変えてもらえばよかった」

「…………………なにを変えてもらいたかったのでしょう」

「ひぃぃ!!?」

 

 後ろから刺さる、氷柱のような声に思わず飛行魔法が解除しかける。

 あまりにも唐突に、それでいてグツグツと煮立ったような私怨じみたジトリとした声。 それでいて声の質感は冷徹その物なのだから扱いに困る……その、声の主にクロノはすかさず視線を飛ばす。

 

「いきなり後ろから現れるなッ……たしか、シュテルだったか?」

「えぇ、高町なのは(オリジナル)の劣化品……シュテル・ザ・デストラクタ―です」

「……僕は別にキミたちの事をそんなふうに見てはいないのだが」

「あら? 管理局の人間にしては中々分別がわかる方なのですね」

「まぁ、その……それに彼女もそんなことを言われれば当然良い顔なんてしないだろう」

「……ふふ」

 

 その先にあったのは冷徹ながら、どこか気ままな風を思い起こさせるそぶりを見せる彼女……高町なのはを模した闇の欠片であった。 彼女は、クロノの言葉に少しだけ雰囲気を和らげると空を遊泳。

 横に移動するなり――――

 

「なら、これからはオリジナルの事をお姉さまと呼んだ方が――」

「まて。 どうしてそうなる」

「その方があのヒトも喜ぶと思いませんか?」

 

 さも当然のようにクロノへ聞き返す彼女はどこまで行っても本気なのであろう。 目が、少しだけ鋭くなっている。

 

「一体だれがどう喜ぶんだ……」

「それは……そうですねぇ。 あの方とわたし、さらにはお姉さまもでしょうか」

「はい?」

「さすがにSwingingは無理でしょうけど……」

「すわ? 何言ってるんだキミは」

「あぁ、チェリーにはお早いですか」

「ちぇッ!?」

「解りやすく俗にいえば姉妹丼でしょうか? そうでなくても意味合いは結構広いモノですよ?」

「が、はッッ!?!?」

 

 ……それもどこか間違った方に……言いかえればひと昔前のプレシアのように、だ。

 

「……悟空もとんでもないヤツに目を付けられたもんだ」

「とんでもないだなんて。 ……褒めないでください」

「どこをどう取ったら今のが褒め称える言葉に変換されるんだ!?」

「とんでもない……つまり彼と似た様な……という事でしょう?」

「……っ」

 

 言われてみれば、そうなのだろうか。 ここで疑問に思ってしまったことを即座に呪い、一瞬だけど息を呑んでしまったことへ今までの仕事をこなしてきた我が実力を疑う。 全身から……力が抜けていく様である。

 

「キミはホントに……その」

「なんでしょう?」

「アイツに対して、いや、あの」

 

 少年の口から、それを言うのには少しだけ時間がかかるようだ。

 まだ初心恋年頃だと言える、16歳の第二思春期真っただ中。 彼の中の青臭さはここに来て一気に全開だ。

 だからだろう、どうしてだろう。 それを見た彼女はなかば、仕方がないと言わんばかりに答えを……

 

「隷属?」

「ゾッコンだろッ!!」

「えぇ、知っていますけど」

「…………」

 

 歯に衣着せない彼女はどこまでも自由。 だが間違えてはいけないのが、彼女を象徴するイメージカラーは決して空だとか風だとかではないという事を。 

 

「はぁ。 早く来てくれ悟空」

「えぇ、本当に早く来てもらいたいものです……ほんとうに」

「……こんな顔もできるのか。 そういう時は本当になのはに似ている――――」

「――――――…………だな、キョウヤの奴もびっくりなんじゃねぇのか?」

 

 ここで、山吹色の風が彼らを取り囲む。

 実際はそんな色などない。 だが、それが可視出来るくらいに変わる雰囲気は事実であろう。 そうだ、この男が来た瞬間――

 

「…………お、おそかったな」

「そうか? 時間どおりの筈だぞ」

「……そ、そうか。 ……こっちが感じていた時間が長かっただけか。 だが、本当に良く来てくれた」

 

 クロノの苦労は一気に軽減される……だろう。

 そんな中でイノ一番で反応して見せたモノが居た。 其れはまるで戦闘機のように周囲の空気を裂いていくと今しがた来た彼へと肉迫していく。

 

「わーい! 斉天さまだぁーー☆」

「ん?」

 

 向かってくる彼女は正に弾道飛行である。 軌道上のものを薙ぎ払う、というかなり厄介で迷惑なオプション付きなのだが。 そんな彼女を、今空気を切り裂きながらあらわれた彼は――――――

 

「いよっと」

「ひどい! よけたあぁぁぁぁ……」

「あ、あやつは……いい加減学習せぬか」

「あれはあれで美点だと思います。 それより我が王よ、一つだけお願いが出来たのですが」

「ぬ?」

 

 大気の摩擦に身を焦がしながら、彼女は海の藻屑へとジョブチェンジを敢行。

 そのさなかに、鋭い目線に定評のあるシュテルの、その視線がさらに鋭くなった時だ。 皆は、彼女の言葉に最大限の注意をしく。

 

「有給をいただきたく――」

「お主、定時制かなんかで我に仕えているのか……?」

「5分でいいのです。 あのヒトと一緒の時間を――――」

 

 ……構えたミットにボールが来ない。

 会話にならないトークを前に、悟空は懐を弄っている。 それが、なにを意味するかなんて最早言うまでもないであろう。

 

「さて、ここにあればいいけど……なッ」

 

 取り出したレーダーのつまみを押すと、彼はそのまま金色のフレアをまき散らして、地平線の彼方へ消えていく。

 

「行ったか」

「はぁ、イケズな方。 ですけど今回ばかりは仕方がありませんね」

「そう、だな。 にしてもアイツには驚きが尽きない。 時間はかかるが位置の特定ができる転移魔法でそれぞれ散り。 数秒のタメで済むが、人が居ないと跳ぶことのできない瞬間移動の合わせ技……」

「しかもそのあとには無秩序に広がる世界から小さなイシコロを探し出す。 いかに機械があろうとも、あれは一国をフォローすることしかできない欠陥機」

「あぁ。 だからああやって、機械を持ったあいつ自身が飛び回ってセンサー範囲にボールが入るかどうかを確認していく。 気の遠くなる作業だ」

 

 今までの、いや、リインフォースの言っていたこととはこの事である。

 クロノは遠い空を見上げると、そのまま息を吐き出す。 南を向いていたはずのそのしせんは、何時しか西を向き、最後には北へと向かう。 順調に、そして確実に外れを引いていくとわかるその速さは焦りを含んだ高速度だ……それを見て。

 

「…………しかしどうする気だ悟空。」

 

 クロノは、ここで問題点を追及する。

 

「仮にボールが集まったとして、それでも叶えられる願いはひとつだけ。 闇――夜天の書にある、書き換え不能な欠損プログラムの方は良い。 リインフォースが言うには、名前の変更とクウラの介入により“膿”は大体だされたらしいから……だがプレシア、それにすずかを同時に救う事は出来やしないぞ」

 

 そうだ。 探し出そうとしている奇跡の回数は一回きり。

 しかもその内一個はもう期限が迫っているうえに、また今度だなんて悠長なことも言ってられないのだ。

 其れなのにボールを集めると言い出したのは、果たして彼になにか考えがあったのだろうか。

 

「…………いや、有ると言えばある」

 

 クロノの表情が、わずかに歪む。 聞こえない程に小さな歯噛みは、果たして何を思ってやったことだ?

 

「闇の書の欠損は将来的に治せる見込みがあるとしてプレシアの方は、最悪……自然死を……」

 

 させなければ? そう続こうとして、そのあとの言葉を出すのを躊躇う。

 自然死じゃないモノなら蘇ることができる。 なら、その先は言うまでもないだろう。 ……だけどそれを行うということは――

 

「おーい、クロノーー!」

「はっ!?」

 

 投げかけられる、こえ。 まるで背中を叩かれたかのような感覚は、悟空の声の大きさが起こした物理攻撃だ。 慌てて表情を戻し、暗い感情を奥底へと仕舞い込んだ少年は、いつかの仕事の時の顔を作り……

 

「やっぱダメだ。 この世界にもボール、おちてねぇらしい」

「そうか。 ……だが諦めるのはまだ早い。 時間は無いかもしれないが、今日明日という訳ではないんだ、まだ粘れる」

「あぁ、オラもそのつもりだ。 プレシアとすずかの奴、どうにかしねぇとなんねぇからな」

「…………けど」

「ん?」

 

 さすがに、今回ばかりはうまく行くかどうか。 そんな状況なのに、彼はまだ笑顔。 つられて笑いたい、失うものがあるかもしれないこの時でも、彼に釣られて笑顔を作りたい……辛いからこそ、笑いたい。

 

 でも。

 

「…………できると思えない。 今回ばかりはいくらなんでも」

「どうした? らしくねぇな、もう諦めちまうのか」

「しかし――こればかりは」

 

 暗いと思われようが、諦めが早いと言われようが構わない。 彼は只、考えて、考えて……それで思いつかなかったからその言葉を発したのだ。

 なら、その考えは無責任な責任逃れではない。 戦い、負けを悟った男の言葉……の、筈なのに。

 

「だいじょうぶだ。 きっと、何とかなる」

「だけど――」

「無責任でいってるんじゃねぇぞ? オラ、少しだけ心当たりがあるんだ」

「なんだと……?」

 

 彼はやはり、何時だってクロノの想像の上を行く。

 心当たり……その言葉に強い興味を引かれたクロノだが、それを聞いてしまうことに一瞬の戸惑い。 もし、今それを聞いて敵わなかったら……?

 

「ふっ、らしくないな」

「なんだ?」

「いや。 そこに可能性があるのなら、たとえ低かろうが全てを出し尽くす……4月の時はそうやってきたはずなのにな」

「……そうだな」

 

 切り上げた思考、そのあとに流れる言葉は希望。 あきらめたら、全てがそこで途切れるというのなら……

 

「歩き続けるしかないだろうな」

 

 言うなり、耳元にアラーム音。

 やはり電子音なそれは、先ほど悟空が鳴らしたものと同質のものだ。 ……そろそろ、彼が動く時間がやってくる。

 

「さぁてと。 次は? ……はやてとシグナムが居るところか。 ……近いな、案外」

「近い? ……次元世界を感覚で測れる奴だけにしか許されない言葉だな」

「あー! もう斉天さま行っちゃうの? もう少し一緒にいよー!」

「これ。 あまりあやつを困らせるモノではない…………気を付けるのだぞ、斉天の」

「お気をつけて……孫悟空」

「おう。 おめぇ達も、気ぃつけんだぞ」

 

 言葉はそれぞれ。 送り出して、去っていくのは世の常だ。 でも、また会うからこそ笑顔で送り出し、希望があるから彼は走り抜けていくのだ。 ……たとえそこまでの道が、絶望的な暗闇だとしても…………――――――

 

 

 

 そして…………

 

 

 

「あ、みんなこっちに集まってください」

 

 先ほどの、荒廃した赤茶けた世界。

 そこには既に役目を終え、新しい任務へと赴こうとする者たちが居た。 その背中には強大な怪物が寝転び、先ほどまでの騒動を思い起こさせるには十分すぎて。

 

「…………悟空さんの書いた候補にあった次元世界へ跳びます」

『はい!』

 

 けどそれはもう昔の話。 今見なければいけないのは、皆を救う事の出来る希望の星……その五つ星を見つけるために少年は念を込め、言葉を紡いでいく。

 

「なるべく早く転移しなくちゃ……次の合流時間もあるし」

 

 光る足元。 緑色に塗り替えられていくそれは、魔導師特有の魔法陣である。 意味のある文字たちが少年の周囲を徘徊し、旋回し、力場を作りはじめる。 少年が一呼吸すれば輝きが増し、もう一つ息を整えれば回る速さが上がっていく。

 ノリに乗った力の奔流は、彼が今どれほどに好調かを示すには十分。

 

「行きます!」

 

 言葉を発し、皆に出発の意思を知らせれば彼らの周囲が不可思議な輝きに包まれて――――――――■■■■■

 

 【くすっ……】

 

「…………え?」

 

 つつ、まれ……て…………

 

「なんだ……急に魔力が……ッ!?」

 

 ユーノ・スクライア。 彼は良く頑張った方であった。

 なのは、ひいては悟空のために、今までの自分を悔いて地獄の特訓を施し、それが修行になってもいひたすら喰らいついて行った……その努力は認めよう。

 

 【うふふ…………】

 

「あぐっ!? か、カラダが……!」

 

 だが、幾ら彼が努力をし、鍛錬を積み重ねたところで……

 

 【いいなぁ、たのしそうだなぁ】

 

「全身から力……いや、魔力が抜き取られていく様だ……なにを――」

 

 【……あはは!】

 

 この、目の前の厄災にとって。

 

 【ねぇ…………………………ワタしもマぜテ】

 

『!!?』

 

 何ら意味をなさない。

 

 皆は驚き、言葉を失う。

 今しがた……そうだ、ほんのついさっきまで悟空がくまなく調べ上げたこの世界。 いくらボールさがしに気を取られていたとしても、この“見落とし”はさすがにありえない。

 だから…………否。 驚き、慌てふためく理由はそこではない。

 

「いま、なにがおこった……!」

 

 アインハルト・ストラトスは事態の把握を終えていなかった。

 髪は揺れ、握った拳は小さく震えている。 その微細な振動が何のために、何に対して震えているのかなんて答えを知りようがない。 けどわかる事と言えば……

 

「は、ハルにゃん! バリアジャケットが――――」

「馬鹿な――半壊……だと?!」

 

 己が身を包む鎧が如く堅牢なはずの装備が、まるでスプーンで抉られたアイスクリームのように半身分を吹き飛ばされていたことだけだ。

 

「…………っ」

 

 だが事態はそれだけで済むはずがない。

 皆がアインハルトのダメージに気を取られたところだ……その中でも男性局員の彼は、ひたすらに無口。

 喋らず、焦らず、周囲の状況を確認し戦闘痕から相手の癖、使うであろう魔法の種別、さらにレアスキルかなにかを保有しているかなどを注意深く観察する。 息を吐き、地面に手を置き立ち上がって、子どもたちを何とか指揮しよう……そうした瞬間であった。

 

「――――がふッ!」

『!!?』

 

 男の口元から、マグマのような鮮血が迸る。

 地面を濡らし、赤茶けた大地により一層の深みを与える彼の血液は止まることを知らずに流され続ける。

 

「あ……ぁあっ!!」

「う、そ……」

「…………」

 

 一体どれほどその光景を目の当たりにしたことだろう。 ……ここでようやく、周囲の時間は動き出す。

 

「しっかり!!」

「はぁ……ぐぅ!? お、おれは……」

「喋らないで! 息を整えて……」

 

 抱え上げた男の身体は、その体重をみるみる軽くしていく様だった。 下がる体温、落ちていく脈拍。 全てが手遅れになりかけているその身に、アインハルトにジークリンデの少女達は口元を覆い……

 

「て、敵……敵がぁっ!」

「くっ、脇腹を貫通してる……酷い」

 

 ユーノは、その身に出来る対処のすべてを敢行する。

 光り輝く両の手には癒しの力を。 治療魔法と呼ばれるその術は、早々に死ぬところであった男の死期を引き延ばしていく。 薄く、うすく……焼成手前のパイ生地のように。

 

「……はぁ、はぁ…………」

 

 即死は免れても、残るのは地獄のような痛みと……安らかな眠りを誘う死の誘惑。 フッと気が遠くなる感覚が、そのまま自分の最後だと認識した時、局員の男は一気に歯を食いしばる――

 

「み、見捨ててく――――」

 

 其れは、男が出した勇敢な一言。

 臓器の損傷は、そのまま軽やかな死を意味することなど等にわかっている。 伊達に軍隊紛いの次元管理局という組織に属していない彼は……けれど少年は。

 

「イヤです」

「し、しか……し……もう…死に…体だ」

 

 首を、横に振る。

 

「……くそッ! 誰だ、どこにいる!!」

 

 腹の底からくる、まるで烈火のような熱さは、自身の不甲斐なさを呪う責任感とが相まってどこまでも燃え上がる。

 こんなことをした奴を、決して許さないと彼は周囲に意識を拡散……視界を極端に広げる。

 

【あ、みつかっちゃった】

「そ、そんな……!」

 

 だがそれを、すぐさま後悔することになる。

 

「なんでキミがここに!?」

 

 見つけたのは…………藍色。

 軽やかに舞うそれに、一瞬たりとも心を奪われた時点で、ユーノの隙は最悪にまで作られてしまう。

 彼は、いま完全に時を忘れ、怒りが消えていく。

 

「どうしてだ…………どういう事だ!!」

【あはは――うふふ……】

 

 耳障りな笑い声。 いまこの身が人命を救わんと懸命な処置を施しているのに、それをも嘲笑う声はまさしく…………邪悪。

 だれだ、こんな声を漏らしてくれているのは――――それは、少年の口から……

 

「なぜだ…………すずかぁッ!!」

【あははははは】【うふふふふ――――】

 

 聞かされる言葉であった。

 

 ふらりふらりと舞う彼女。

 その声は無邪気でありながら……静粛さを醸すという相反するものであった。 それを判別する冷静さなどとっくにないのはジークリンデとアインハルト。 彼女たちは今起こった非常事態に奥歯を鳴らし……

 

「お前は……いや、“お前たち”は一体何者なんだッ!!」

 

 少年は一人、声の正体に足を踏み入れていくのでした。

 

 …………次元世界を跨ぐ武道家が、孤独だった少女の母親を救うために飛び回る最中に起こるもう一つの事件。 藍色の少女……夜を生きる鮮血の姫に一体なにが起こったのか。

 なぜ、悟空が彼女の存在を見落としてしまったのか……誰にもわからぬ謎をそのままに、事態は刻一刻と暗雲を突き進んでいくのでありました。

 

 

 藍色の少女はいま、その色を宵の闇より深く染まろうとしていた…………

 




悟空「オッス! オラ悟空」

アリサ「みんな今頃どうしてるんだろ。 ……すずか」

ノエル「きっと大丈夫です。 何しろ、探しているのは世界一の武道家、悟空様ですから」

アリサ「そうだけど……なんだかとてつもなく心配なのよ。 こう、胸が締め付けられるみたいに」

ノエル「……大丈夫です、きっと。 待っている間、なにか心が落ち着く飲み物を用意します」

アリサ「うん……」

恭也「……頼むぞ、悟空……次回!!」

忍「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第63話 輝く五つ星」



ユーノ「ボクが囮になる。 その隙に――」

アインハルト「っく! これしか、ないというのですか」

ジークリンデ「…………他に手はあらへんの!?」



ユーノ「……悟空さん、後は頼みます」

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