今回の話でとある方がいろいろとしでかします。 ……よくて賛否両論、悪くて批評を覚悟の上での”強化”です。
それでも……見てやって下さると幸いです。 では、りりごく63話です。
「すずか……すずかなんだろ……!」
【うふ、あはは!】
「なんで、こんなことを……ッ」
少年の慟哭は続く。 守れなかった、気付かなかった……彼女の凶行を、止めることが出来なかった。
高町なのはの友人を、ついに本格的に巻き込んでしまった…………
「かふっ!?」
「あ……っく!」
歯噛みしたところで変わらぬ状況。 恐れ、抱いていた事態がいま、現実のものとなった。
「くそっ……魔力が……」
さらに状況は悪くなる一方。
力を込めたところで、なんら変化がない自身の身体。 呼吸を整えようと意識を集中するも、体中のバランスは崩れていくばかり……なにかが、おかしい。 彼がそう思うのには数秒の時間が必要だった。
「まさか……魔力が枯渇していっているのか――!?」
【……うふふ】
「キミのせいで?!」
【セイカイ……】
原因を目視にて確認したユーノ、いや、目視で確認できてしまうほどに接近を許した彼らは、彼女の現状を思い知る。
藍色の髪。
透き通るような光沢と、きめの細かさを持っていた彼女の頭髪は……先端の方が異色に染まっていた。
燃え尽きるほどの赤。
狂おしいまでの紫。
人外を主張する……金色。
ありとあらゆる力を思い起こさせるその色は、ひとの髪からは決して出ることのない輝きを放つ。 そう、まるで超戦士の彼を彷彿とさせるかのように。
「……この人を早く何とかしなくちゃいけないのに」
けれど行いは天地の差。
傷つき、守るのが彼ならば彼女は傷つけ貶め、破壊せし者。 それを意識しだした刹那、普段の彼女……すずかを知るからこそユーノは視線をずらす。
――――――あ、ユーノくんまた来たの?
――――――うちのネコたちと相撲? だっけ。 がんばってね。
「……あんなにやさしいヒトがどうして……何かある。 さっき感じたんだ、この人の背後には何かが……」
思い起こされるのは依然行われた修行途中の会話。
フェレットの姿でやった猫たちの戦争でのひと時は、彼にとっては癒しの時間であった。 その、思い出を今もなお忘れまいと手の中で握り、奥歯を噛みしめる。
「やめるんだすずか! 何があったかは知らないけど、こんなことをする人間じゃないはずだ!」
【…………?】
「な、なに分らないって顔してるんだ! このままだと大変なことになる……死ぬんだぞ、人が!」
小首をかしげた彼女を前にした時、ついにユーノの感情は爆発する。
「さ、させない――」
【……?】
拳を、作れ。
あるだけでいい、ありったけの力を込めて少年は折れそうだった闘志に激を入れる。
「司書――」
「アインハルトさん、済みませんがその人をお願いします。 傷口を押さえて、なるべく出血量を押さえてください」
「ですが――」
「いいからボクの言うことを聞くんだ!! 早くしろッ!」
『は、はい……!』
戸惑う彼女たちをも震え立たせる姿はまさに鬼気迫るものがある。 なりふり構わず、ただ、感情が赴くままに怒声を上げた彼は今まで見たことが無いくらいに…………
「させるモノか……」
【?】
「これ以上、キミに罪を背負わせない――――手遅れになる前に連れ戻して見せる!!」
【あなたじゃ……ムリ】
「そんなこと、やってみなくちゃわからない!!」
地面を足で均す。
邪魔な小石を蹴り掃うことで、自分にとって好条件の立地を探りだしては足を沿える。 其処は小さなくぼみ。 つま先から土踏まずが軽く入る程度の大きさであるそこに、彼は右足の先を入れ込む。
「まずはキミの背後にいるその影! そいつを消し去ってやる!」
【デキナイヨ、あナタではデキない】
「出来るかどうかじゃない……やるんだ!!」
【…………ムダ、なのニ】
激は飛ばした、自身の震えは初っ端から存在しない。 今あるこの身を包む気合を集中して、彼はいま、友である彼女に向かって拳を――――
「せいッ!」
振り抜く。
「は、はやい……」
アインハルトの目から見ても、今の攻撃は驚くべきものであった。
目に留まることのない初手、それをこうまで完璧に、それも実戦で行う事の出来るユーノの実力に今度こそ驚愕する。
「けどあかん、躱されとるんよ」
それを避ける……月村すずかをジークリンデが疑問に覚えるのはすぐのことだ。
彼女はどう見ても普通の人間だったはずだ。 それをこうも鍛え抜かれた攻撃に対応できるのは辻褄が合わない。 ……なにか、からくりがある、そう思ったのはユーノの第二撃がまたも躱されたときである。
「はぁああ! せいッ!」
右、左と打ち続けるユーノの拳打。 それを躱し続ける彼女はまさに柳の葉の揺れ動くが如く。 触れることさえ出来ない現状を前に、ユーノの奥歯は強く噛みしめられる。
「負けられない……いまこの時だけは!!」
それでも……
「救うんだ! 例え、ボクの全てを使い切っても――必ず!!」
一層なくなっていく自身の魔力、それをも気に留めず、男の子は精一杯の力で、少女へと立ち向かうのでありました。
同時刻。
次元世界のどこか。
「あ、悟空!」
風が、揺れていた。
そこには何もなかったはずなのに、一瞬目を離したすきに昇る太陽……否、太陽のような男がそこにいた。 名は、孫悟空その人である。
彼は着込んだ道着をこの世界独特の熱気を含んだ風にさらしていくと、今目の前にいる少女を見下ろしていく。
「おっすフェイト。 ……その様子だとまだ見つからねぇ様だな」
「……うん」
トーンの低い声に、悟空はそれでも明るい表情を崩さない。
周りを見渡し、少しだけ深呼吸。 この間だけでも彼はこの世界にある気を掴みとり、感覚というセンサーで出来る限り探知を行うと……
「行ってくる」
「……うん」
すぐさま黄金色のフレアをまき散らせて大空へと舞い上がっていく。
「……やっぱり悟空でもレーダーなしだとボール探しは出来ないのかな」
黒き衣に身を包んだ小学三年生……フェイトはただ、そのような考察しかできないでいた。 彼を蝕む呪いの正体も、彼がこの世界に来て出来るようになった新たな技の詳細もわからない。 ただ、今起こっていることしか知らない彼女に……罪はない。
今この時、遠い次元世界で大事な物たちが血肉を引き裂き合っていることなど判るはずがないのだから……
「……ただいま!」
「あ、お帰り悟空」
零してる間に地上に降りてきた、少女と頭髪の色を同じくするサイヤ人の彼。 悟空は、やはり難しい顔をしながら右手に持ったレーダーのつまみを一回、押し込む。
「だめだ、ここにも五星球はねぇみたいだな」
「そっか……それじゃ、また次の地点に行かないとね」
「あぁ。 ここまでで、ユーノにクロノとはやて、そんでなのはんとこにも来たしあとは……あ、そうだリンディたちのところが残ってるのか」
「部隊を6に分けていたんだよね? あれ? でもどうして悟空、腕に時計を8個もつけてるの?」
「あぁ、これか?」
ドラゴンレーダーを懐に仕舞い込む間に出来た疑問。 それは彼が左腕に付けている腕時計の多さであった。 6班に分かれた、それならば腕時計も6個でいいのではないかというフェイトの疑問は至極当然だ。
なら、どうして彼は…………
「これな、もう一個は地球の正確な時間で動いてんだと。 そんでもう一個だけど、これはリンディたちが住んでるミッドチルダの時間らしい」
「ミッドの? どうしてあっちの時間まで――」
「リンディがしろってうるせぇんだ、仕方ねぇだろ?」
「……リンディさん?」
「そだ」
答え、教えた悟空の顔は少し険しかった……それが少女の受けた印象だ。 笑顔だと思う、怒ってるわけでも気に喰わないことがあったわけでもない。 周囲のそう言う感情を人一倍つよく感受してしまう年頃だ、故に今の悟空が嘘を言ってないというのは分るのだろう。
けど、納得はしない。
「悟空……あのね」
「あっと、そろそろリンディたちのとこに行かねぇと。 このへん飛んでるアルフやみんなによろしく頼んだ。 じゃな…………――――」
「あ……いっちゃった」
それでも颯爽と消えてしまう彼に出来る質問などなくて。
次元世界間を瞬間移動で跳んだ悟空に追いつける術を持たない少女は、肩から息をする。 上に上がり、下に下がる頃、背後からオオカミの遠吠えが聞こえてくる。 ……もう、そろそろこの世界を離れる時間だという合図だ。
「行かなきゃ」
なら、ここにないとわかったというのなら――――もう、少女がここに留まる必要はない。 歩きはじめる時間が再びやってくる。 少女は、次の次元世界へ向かおうと足を前にさしだし―――――
「……あ、れ?」
彼女の特徴的な髪型……ツインテールの片側がゆっくりと、本当に極自然に解かれていく。
「リボンが……バリアジャケットで再構成されてるはずなのに……バグ?」
ありえないことではないかもしれない。 けど、あまりにも自然すぎる解け方に小首をかしげるフェイトは……そう、本当に少しだけ疑ってしまったのだ。
「なにか、嫌な予感がする」
この先を覆う、途方もなく暗い闇の存在を…………
同時刻 次元世界のどこか。
全てがグレーに包まれた世界が、そこには存在した。
見渡す景色はすべて岩肌が露出し、空を仰いでも見える者は暗雲のみ。 決して過ごしやすい環境ではないこの世界に置いて、やはり生物は幾多も存在する。
【ブォォォォオオオオ!!】
「す、すごいわねここ……見たこともないような原生生物が」
「そうだな。 アタシもあんなの初めて見た……岩でできてんのか? アイツの背中」
今しがた咆えたのは、この世界に鎮座していた生物らしい。 その生態を観察していたリンディ、そして紅の鉄槌を持つ幼き騎士……ヴィータがその音に耳を押さえつけること3秒半の事だ。
【……ッ……ッ】
「あら、行ってしまったわ」
「ほっとけ。 どうせああいうのはそこらへんでメシでも食って昼寝でもするんだろ? まったく気楽なもんだぜ」
「悟空君、みたい?」
「……まぁな」
背中には大岩。 まるで大山に四足歩行特有の手足を付けたかのようなかわいらしい体型は見ていて和んでしまいそうになる。
その中腹から見えるかわいらしい尻尾が揺れるさまを見送りながら、リンディとヴィータの二名は空中浮遊を敢行。 ……この世界を少しでも知ろうと飛び立っていく。
「にしても、どうしてこの面子なんだよ? はやてがシグナムと一緒にいるからいいけど、アタシとあんたらってそう接点っていうか……」
「それは、なんというか今回の配置は戦力の偏りを少なくするのと、転移魔法を使える人員を均等に配置しなくてはいけなかったというのが理由かしら?」
「……それはわかるけどよ」
ぶっきらぼうな少女を前に、母親らしく小首をかしげるリンディはどこまでも大人であった。 信じられるだろうか? この二人、つい最近まではいがみ合うような間柄と宿命を背負っていたということを。
「はぁ……にしてもここ、どうなってんだ? 天候は荒れ放題、地域によっては重力変動があんだろ? 危険区域指定した方がいいんじゃねえの?」
「確かにそのとおりね。 普通、こんな世界が見つかればまず最初に調査が入るはずなのだけど」
「見つかれば? てことはあれか? ここってまさか……」
「えぇ。 今回が初めての探索になるわね」
「マジかよ」
まぁ、言われてみればその通りか……そう呟くのは時間の問題だろう。 さて、ヴィータが軽く飛行魔法で周囲を飛び回っていく頃だ、ここで彼女は突然、中空に赤い枠のウィンドウを開く。
その中に見えるのは簡略化されたこの世界の地図。 ……イメージとしては、某RPGに出てくるような、歩いてきたところが自動的にマップとして構築されるようなタイプだろうか。
それをひと睨みすると、小脇にどかしてある時計の表記に目をやり……
「あ、そろそろゴクウの奴が来るみたいだ。 他の目的地をさっさと切り上げてるみたいで時間の短縮申請もされてる……」
「もうそんな時間? こちらのローテーション時間が一番遅い手筈なのに……速いわね」
「それだけホンキって事だろ。 そもそも星をひと回りって言っても、あいつは超サイヤ人になりゃ常態の50倍程度の力が出る。 界王拳覚えたての頃に100万キロを数時間で飛んだ実績を考えれば出来て当然だろうな」
「…………改めて考えさせられるわね。 サイヤ人の恐ろしさと、悟空君が善良な心を持った存在であることの幸運を」
「……あぁ。 じゃなけりゃここの世界だけじゃねえ、いろんな世界が滅ぼされてたかもしんねえ」
今ある世界を改めて見直していく。
速度が次第に上がり、やがて風を切るかのように突き進んでいく彼女たち。 空を飛び回るだけじゃなく、きちんと低空飛行で地表付近の探索も忘れない。
そんな、しっかり者がそろった部隊の背後に――――
【ブォ! ブォォオオオオ!!】
「な、なんだ?!」
「……あれって」
悲鳴のような音がぶつかっていく。
なにか金属同士を擦り合わせたようでいて、開戦時のホラ貝を吹いたかのような感じの音。 遠吠えにも近いそれに鼓膜を震わされた彼女たちは、少しだけ目を細めながら音の原因を注視する。
「あ……」
「あーあ。 ありゃダメだな」
【…………】
先ほどの岩龍とも言える巨大な生物が、地面に腹ばいになって倒れているのだ。 急に、いきなりの事におどろくのはリンディ……彼女はなにが原因なのかを探ろうとして、少しだけ高度を下げる。
「よせ、あんまり近づかないほうがいい」
「え……?」
それを片手で止めるヴィータは、もう片方の手の平に赤い光を集め出す。 それは魔力の光りであり、彼女が持つ技の一つ。
「誘導弾だ、これをよく見ておけ」
「……?」
「っ!」
鋼色のそれを片手で投げると、まるで生きているかのように弾んでは勢いよく例の岩龍の下へと翔けぬけていく。 10、5……と、その距離を数メートルにまで縮めたそのときである。
「あ! ……誘導弾が」
「やっぱりか」
自由に飛び回る弾丸が、いきなり地面へと押し付けられていく。 いつか、どこかで見たような光景は決して勘違いではない。 この絵を見た瞬間、リンディの頭の中にはある一つの非常識が思い浮かばれていく。
「超重力……悟空君の修行に使ったあの部屋みたい」
「たぶん正解だ。 あそこ等はいま重力変動が酷いんだ。 なにがあの周辺をそうさせてるかは知らねえ。 けど、今あそこの重力はかなりきついことになってるのは間違いない」
「精々見積もって5、6Gと行ったところかしら? 今の誘導弾の墜落から見て」
「たぶんな」
それは彼の行った苦行だ。 その工程をふんだんに知り尽くした彼女たちは、思い出したのだろう……少しだけ呼吸を整えると。
「アイツの修行に比べたらどうってことは無いんだろうけど」
「そうね。 彼の場合はもう、50、60なんて数値は無意味に等しいはずだもの」
『…………はぁ』
少しだけくたびれた、こえ。
無理もないだろう。 なにせ常識の範疇ではおおよそ3G もあれば人間など動くこともままならないはずであり、その十倍をかけられれば当然のように全身は握ったトマトのようにされてしまうからだ。 けど、それを克服してあまつさえ『慣れた』などという種族が居るもんだから手におえない。
考えるだけで、頭痛を催すのは無理もない事であった。
「――といけね。 ていう訳だから、あの岩の塊のことはあきらめとけ」
「そうね。 かわいそうだけど運がなかったと思うしかないわ」
「あぁ。 慈善はいいことだけどそれでこっちの身を滅ぼしてたんじゃ世話ねえし」
どことなく冷たい印象を受ける二人の会話。 けど、これは優先順位が圧倒的に高い者があるからこそだ。 加重に耐えきれず、悲鳴を上げている岩龍を一瞬だけ目で見送ると……
「……」
【グァ! グァァッ!】
「…………ぅ」
そのまま足を止めてしまう。 いや、足で移動しているわけではないのだからこの表現はおかしいだろうか。 とにかく、つい移動をとりやめてしまったのは一番背の低い少女……
「ヴィータさん、どうかしたの?」
「いや、あのよ……」
少しだけ身じろぎ。 そのまま視線を下にしたまま、彼女の身体を包むバリアジャケット、そのひらりと舞うスカートの裾を強く握ると、言う。
「いま、目が合っちまったんだ」
「……あぁ、そういう」
「うぅぅ」
その理由はとても純真そのものであった。 ただ、訴えかけてくる目が放っておけなくて。 だからどうしたと片付けられる大人は今いないからこそ、リンディはその声を無視しない。
「こうなっては仕方ないわよね」
「すまん……」
「いいのよ。 わたしもミドルスクール時代に、道端に捨ててあった仔犬なんかは放っておけなかったし。 それと一緒よ」
彼女たちは、少しだけ遠回りをすることにしたようだ。
「でもどうしましょう。 あの範囲はかなり高い重力負荷がされてるのよね?」
「まぁそうだと思う。 けど、幾らなんでも即死レベルじゃないはずだし、魔力を全開にして硬度を高めたバリアジャケットなら耐えられるはずだ」
「でも、その間に消費される魔力は馬鹿にならないわ。 助けられる? そんな大量消費な状態で」
「やるしかねぇよ……ほっとけねえし」
言いだしっぺのヴィータは、手に持った杖ならぬ鉄槌である自身の相棒……グラーフアイゼンを握りながら、全身を一際強く輝かせる。 その輝きが止むと見える彼女の姿に変化はない、が、肝心なのは見かけではなく中身。
今少女は、攻撃分の魔力のほとんどを防御に回した。
「これでいいはずだ。 ……さてと」
言うなり一歩を踏み出す彼女。 差し出したそれが重力の強い圏内に入るまではあと5歩分はある。 引き返すならもうここでやめておかないと引き返せない……だが。
「まってろよぉ、いま助けてやるから」
彼女に撤退の文字は無い。
その心意気、正に折れず曲がらない鋼鉄を思わせる頑なな決心だ。 故にその身の称号が鉄槌などという物騒なものになってはいるのだろうが。 とにかく、ヴィータの歩は止まらない。
「い、く……ぞ――」
そうして今少女は……
「う、くぅ!?」
その身体に、この星からの試練を一身に受け取る羽目になるのであった。
まず最初に思ったのはあちこちの関節の歪だろうか。 曲がりそう、それを元に戻そうと筋肉が通常よりも強い力を発揮する。
休む体制を取ると確実に持って行かれると、ここで確信に変えたヴィータはもう、止まらない。
「こ、この」
次に歩み寄った彼女が取った行動は、驚くことなかれ…………岩の怪物の胴体と思われるところを掴む作業であった。
「ヴィータさん……!?」
深く腰を沈め、両頬に膝小僧が当たるかどうかという体制になると、彼女はそのまま――
「こ、のぉっ!」
「……うそ」
【ぶも?!】
腕、肩、背筋から腰へと力を伝達していき、そのままなんと――――
「怪物を、持ち上げた……」
「ウォォオオオ!」
【ブオっ! ブォォ!】
一歩、二歩……歩くたびに掛かる高負荷は尋常ならざる痛みを身体に与える。 文字通りの岩肌にこすり付けた指は擦り剝け、持ち上げた両腕は既に筋組織が悲鳴を上げている。 それでも、盛大な叫び声を上げたヴィータは怪物を持ち、運び……
「ぉぉおおりゃ!」
ズドンと、大きな音をたてながらも、見事救出に成功する。
「なんというか、その……」
「アタシが子供みたいな形してるからって甘く……はぁはぁ……見んな。 一応、ちからなら……はぁ、ヴォルケンリッター1……だかんな」
「そ、そうなのね……」
驚くべき新事実。 けど、それは逆に考えればこの子よりも強いパワーを持ったのがあの中にはいないことを意味している。 悟ったリンディはそのまま髪を梳く。
「お、おい?」
「え? あぁ、良く頑張ったわねって」
「子ども扱いスンナ!」
「嫌だったかしら?」
「あぁヤダね」
「……でも、かわいそうだと思って結局助けるところ、悟空君みたいで気持ちの良い行動だと思うわ」
「うく……」
ヴィータの、赤い髪の毛をだ。
一回二回と重ねればそのまま頭をなでる形となる。 ……少女のまぶたが、少しだけ重くなったように見えた。
「――って、ドラゴンボールを探してるんだろ!?」
「えぇ、そうね……でももう少しこのままでいいかしら?」
「……完全に子ども扱いだ、コレ」
――――娘が居なかったから。
リンディの口からこんな単語は出てくることはなかったが、ほぼ間違いなくそう言っていると確信づくヴィータの心境は複雑だ。 ……お互い、いないモノを求めるところは否定などできないのだから。
さて、いい塩梅に事態に収拾がついてきたところ。 この時すでに、ヴィータが気にしていた時計の針は約束の時間を示そうと、そのデジタル表記の点滅をゆっくりと、しかし確実に刻んでいく。
用が済んだ……そう思い、ヴィータが自身のバリアジャケットの硬度を元に戻そうと呼吸を整えた時――――――…………
「…………おっす!」
『あ、やっと来た!』
「ん?」
物語の主人公はようやく姿を現す。
「なんだヴィータ、おめぇやけに魔力を消費してっけどなんかあったんか?」
「え? あぁ、いや……岩助け?」
「いわ? どういうことだ?」
「まぁいろいろあんだよ」
「そっか」
尾を振り、首を傾げながら後頭部をひとかき。 少しだけ吊り上げた眉は、なんてことはないすぐに戻っていく。 そんな姿をみて、しかし、リンディの表情は暗い。
「ローテーション最後の番になってるわたし達の所に来るってことは……」
「あぁ、だめだった。 ユーノ達が回ってくれてる方面には五星球はなかった」
「そう……過度な期待はしてなかったけど、残念ね」
「だな」
互いに表情が一段暗くなる。 けど、それはほんの少しだけのあいだ。
すぐさま顔を上げたのは悟空。 彼は自身からそれなりにはなれた所に横たわっているある物体を見ると、その目を丸くする。
「なんだコイツ? はは! 全身岩だらけですんげぇ硬そうだ」
「その子? 実はさっきまで重力異常の所で伸びてたのよ」
「重力? ……するってぇと前にオラがやった修業みたく、身体が重くなるところがあんのか!」
「貴方がやったほどではないけど……そうね、そう思ってもいいわ」
「へぇ……オラが生まれたっていう星も、地球の10倍の重力があるって言ってたけど、あるんだなそういうとこ」
そっと手をだし、そのまま冷たい皮膚……岩石になっている部分を触りだす。 悟空のその手が暖かかった? それとも……触れた岩龍はひとつ、身じろぎを開始する。
「ん? くすぐってぇか?」
【オン、オン……っ】
「よーし、よしよし」
『すごい、まるで犬を転がすかのように……!』
斉天大聖ここに極まれり。 確実に人智を超えた大きさである岩龍を手なずけるところはさすがの野生児。 だが、果たして彼にここまで懐くのはそれだけなのだろうか? 答えは岩龍だけにしかわからないことである。
「さってと。 さっそくだけどここでも探しもんしねぇとな」
「お願いね悟空君」
「頼むゴクウ。 アタシ等の尻拭いさせてるみたいで気が引けるけど、アイツの母親助けられるのはお前しかいないんだ」
飛び立とう、空へ。 探しものはとても大切な宝物。 見つからなければ大事な命が消えてしまう。 灯火だ……まさにロウソクに付けられた行灯よりも頼りない光を救い出すために、戦士は今、大空へと――――
「ん?」
【ぐるぅ?】
旅、たたない。
合わせた視線は岩龍の彼。 その、まるで黒曜石のような円らではっきりした瞳は、まるで変異前の悟空を思わせる純粋さだ。
「……そいつがどうしたんだよ」
気になったのであろう、声をかけたのは広い主のヴィータだ。 彼女は先ほどからニラメッコを開始した獣二匹を仲裁しようと、その間に身体を――――ドスンッ!!!
【!?!?】
「な?!」
入れようとした時だ。
「ゴクウ! ……てめぇ!!」
岩龍の腹から特大の暴発音が聞こえてくる。 まるで大太鼓を叩いたような音は、聞いたものの鼓膜を震え上がらせる。 三半規管のマヒに足元が揺れる時、彼女の頭上に大きな影が落ちてくる。
「な、に?!」
「こ、これは――――」
それはリンディも同様であった。 不運、不吉、影の指す凶日……文字通り、不幸とは突然落ちてくる。
「うわ!? こ、コイツゲロ吐きやがった!!」
「……さ、最低」
とっても白い液体が、彼女たちの身体を濡らしていく。
透き通るライトグリーンの髪が、見るも無残な白濁色に犯されていく様は酷く言い表せない感情を巻き起こさせる。 この場に真っ当な男が居たら言葉を失う場面、そんなあられもない姿を見せてしまったリンディは只、次に飛んでくる言葉を待つばかりで。
「あ、そう言えばあっちの方に滝があったからさっさと入ってこい」
「……貴方って最低よ」
その言葉を、知っていたかのように返した彼女の気苦労は計り知れない。
「……なんなんだよゴクウ! いきなりコイツの腹叩いて!!」
「そ、そうよ……うっ、髪がべとべとしてる。 あとで洗わなくちゃ」
「ははっ、いきなり済まなかった」
【ぐるぅ!】
「ん? あぁ、おめぇもな」
軽く手を振って謝罪の意思を見せる彼はどこまでも軽かったという。さて、そんなこんなで水浸しのゲロまみれな美人が二人出来上がった中で、孫悟空は一人地面に向かって手を伸ばす。
「でも、おかげでほら……こりゃいくら探してもわかんねぇはずだぞ」
「あん?」
「え?」
先ほどは天に、だが、今現在は其の制反対を見ている彼……そうだ、重要な探し物程、案外足元に落っこちている様で。
見よ、驚け。 次元世界を管理した者たちがどれほどに探しても見つからず、それでいて少女の気まぐれと青年の直感であっさり見つかりし全知全能の宝玉を――――その名は!!
「五星球! 見つけたぁ!!」
「はは! 前みたく腹ん中に入ってたんじゃドラゴンレーダーじゃみつからねぇよな」
「まじかよ!?」
「ほ、ほんとう……に……?」
ドラゴンボール、最後のひとつである。
ここで見つかるとはだれも期待しては無かった。 いつかは……だけどそれがいつかなんて誰にもわかりはしなかった。 もしかしたら、もう見つからないんじゃとも思った。 でもそんな心配――たった今打ち砕かれたのだ。
「ヴィータ!」
「え?」
そして、それがうれしかったのは少女達だけではなかったのであろう。 孫悟空は赤い少女の身体を引き寄せるとそのままひざ裏に腕を差し込む。 抱え、抱き上げ、一気に持ち上げると――――
「わぁっしょい! わっしょい!」
「お! おい!!」
「どっこいしょ! よっこいしょ!!」
「こら――やめろって!」
一揆に放り投げる……胴上げである。
翻るスカートなんて何のその。 安心してくれ紅の騎士よ、今この瞬間に貴方のスカートの中身に興味がある人間など誰一人、貴方たちの居る次元世界には存在しない。 そう、それがたとえ……
「いやったーー!」
「おいコラ! ゴクウ!!」
“イセイ”であろうとも……だ。
さて、孫悟空が放り投げた少女が、自力で飛行魔法を使って胴上げから解放されたところだ、ここで悟空はふたりの首根っこを鷲づかみする。
「ちょ、ちょっと!?」
「目的のもんは全部見つけた。 あとはみんなに報告して、さっさと地球に帰っちまうぞ!」
「そ、それはそうだけど!!」
思い立ったが吉日……ここまで協力してきた面々の顔を思い浮べる彼は、そのまま神経を集中していく。
「いちばん近いのは……一週回ってユーノだっけか?」
「いっしゅう?」
「そこん所は気にしてはダメよ。 彼の感覚にわたし達の常識がついて行けるわけないもの」
「それもそうか――――いや、いいのかよ管理局の面子が……」
「……いいのよ」
あきらめる声をBGMに、集中をより一層引き上げる悟空。 金髪、魔力の色は緑色で、なのはの親が営んでいる洋菓子店となまえを同じくするパーソナルカラーは、とある神さまを彷彿させるカラー。
それを、思い出しながら――――
「あ、れ?」
おもい、出しているはずなのに。
「ユーノの魔力を感じねぇ……?」
そのとき、ついに彼は事件の存在を掴み……
「ま、あとでほかの奴に連絡してもらえりゃいいか」
スルリと零れ落ちていく。
その先にある重大事項に目もくれず、今目の前にある危機を祓うべく、彼は額に手を当てる。
思い浮かべるのは儚いはずだった少女。 車椅子の代わりに筋斗雲を使い、空を舞う姿は正に聖女か天女。 そんな彼女を思い出す彼は…………――――そのまま、次元世界から消えて行ってしまう。
5分、経過。
深夜、2時40分 地球、温泉旅館庭園。
斉天の空には煌めく星たちが。 光り輝く彼らを遮るものがないこの時間帯、いま、この時夜空は精一杯の輝きを放っていた。
その輝きに誘い込まれるように現れる客人をもてなしながら――――
「――――…………よし、着いた!」
たどり着いたのは複数の人間であった。 その数はおおよそで15名と言ったところで、それぞれがドレス、マント、ワンピースにレオタードetc.……奇抜すぎる格好をしている。 ひと目見れば仮装パーティーと勘違いしそうなメンツではあるが、驚くことなかれ。
実はこの者たち、実力を伴った奇抜な連中なのである。
「お帰りなさいませ、皆さま」
「ん……おかえり」
「お、アリサ! おめぇまだ起きてたんか?」
「とうぜんでしょ? あんたらがすずかのために頑張ってるのに、アタシだけ何もしない訳に行かないじゃない」
「……そっか」
迎え入れる者たちにアイサツを入れた悟空は、そのまま気の強い女の子に微笑を送る。いつも通りのそれは、そう、なにやら含みを感じさせずにはいられなくて。
「なに? どうかしたの?」
「うん? まぁな」
「??」
“彼らが世界に散った理由”をイマイチ掴みかねていないアリサは、この時点ではまだ除け者にも等しいだろう。 けど、彼女だって立派な当事者だ。 それは悟空も理解しているようで。
「半年くれぇまえからやってた探し物、ようやくそろったんだ」
「探し物……ねぇ。 それですずかは見つかるの?」
「あぁ、間違いねぇ。 神龍に頼めばあっちゅうまだぞ」
「しぇん、ろん……?」
説明が足りなにのもいつもの事。 彼はそのまま両手人差し指を額に当てると、脳内にある人物を思い浮べていく。
「みんな、少しのあいだ待っててくれ。 オラ、これからそろえてたドラゴンボール持ってくっから」
『はい!』
「たしか……ミッドチルダに一個置いていってるはずだな。 あとは全部なのはの家に置いてあっから……――――」
そうして消えた彼は果たして誰を思い浮べていたのだろうか。 もう、誰もいない虚空を皆が見つめ、其の視線が流れ去ったときであろう。 高町なのはは、思い出したかのように言葉を吐き出す。
「ねぇ、ユーノくんは?」
『?』
その言葉に、一体どれほどの者たちが疑問に思っただろうか。
「少し遅れてるんじゃないのか?」
クロノ・ハラオウンのこの言葉は、かなり考えてからの言葉であった。 普通、次元世界間の跳躍はかなりの時間と労力を必要とする。 位置の特定と座標の固定、さらに跳ぶ人数が多ければさらに調整が必要だ。
どこぞの誰かのように、触ってもらってさえいれば道連れに出来るなんて簡単な作業ではないし、身体で覚えるという体育会系な物でもない。 ……だからこそ、多少の遅れは致し方ないという考えの下、今の発言が出るのは仕方がないのだ。
「そうねぇ、かなり唐突に激務を始めた上に、彼はかなり無理をして頑張ってたみたいだから」
「その通りだ。 アイツ自身、今回のボール探しは悟空に対する恩返しでもあるはずだしな」
「……あ」
リンディもそれを湯呑みにし、そのあとに続くユーノが引き起こし悟空が始末をつけた事件を思い出したなのはも、ここで安心しきってしまう。
「疲れてない訳、無いよね」
「だろうな。 いくら悟空のおかげでスタミナ馬鹿になったとしても、物には限度がある。 少しくらい休ませてやってもいいはずだ」
優しい顔を、するようになった。
初めて会った時の互いが緊張感に包まれた物とは正反対の朗らかなものだ。 ……その安堵が、いったいどれほどに事態を最悪な方向へ向けているとも知らずに――――――…………
「…………おーい! 残りのボール持ってきたぞー!」
『ついに…………』
彼らはこの時、知らないとはいえ過ちを“2個”同時に侵すことになる。
数分前 とある次元世界…………
最悪な事体がそこには巻き起こっていた。 探し物は見つからず、探し人は見つかったと思えば何やら憑き物を携えているし、その衝撃が同行者を襲い、命を徐々にすり減らされていく。
何か、呪われているのではないかとさえ思えてくる状況の最悪さに、ユーノ・スクライアは唐突に、数か月前に行った自身の過ちを思い出していた。
「…………あのときの発掘現場と言い、ボクは周りを不幸にしすぎだ……ッ」
――負の特異点。
一連の元凶はほぼ間違いなく、とある少年が発掘した宝石が引き起こした不幸が始まりだ。
それが無ければ魔法少女は生まれなかった。
それが無ければサイヤ人から凶暴性のタガが外れることもなかった。
それが無ければ…………無ければ………………
「っく」
食いしばる歯茎から、赤い液体が零れ落ちる―――刹那。
【もう、オわり?】
「くそ、ちから……が」
【………………あーア、ツマラなイ】
目の前にいる少女が、まるで飽きたかのように宙を浮遊していく。 圧倒的な力量差と、深刻な魔力枯渇。 自身が今まで積み上げてきたものを、こうまであっさりと突き崩されるのは初めての体験だ。
努力はした、死ぬ覚悟だって出来る。 でも……
「この状況ひとつ……動かせないなんて……」
悔しさで目から赤い雫が零れ落ちる。
握りしめた拳のなんと弱いものか。 ここまで自身がふがいないと感じたのは4月の時以来だ。 ……また、無力のまま終わるのか?
そんな少年の懺悔に、しかし少女は目もくれず……動き出す。
【……】
「ま、て……」
首を左右に振ると地面を見る。 なんだかその様が主人を探している仔犬をも思わせるのだが、幾分そんなことを思う余裕など彼等には無い。
……だが、次の瞬間。
【…………くぅさーーん】
『!?』
彼女は、呼んだのだ。 …………彼を。
【どこー? さびしいよぉ……あいたいよぉ……】
その声のなんと澄んだ音程だろうか。 今までの雑音混じりの、まるで溝川を響く音ではない。 富士の麓で流れる清流が如く、彼女の呼び声は透き通っていた。
それを聞いた瞬間。
「ま…………てぇ」
少年の心の中に――
「いかせない……ぞ」
熱き血潮が、湧き上がる。
「いまのキミを悟空さんに会わせる訳にはいかない……当然、なのは達にもだ……」
【じャマ、シないデ?】
「誰も幸せにならない、誰もが嫌な思いをする……切っ掛けはどうあれ、悟空さんに責任の一端があるとはいえ、これ以上はボクが食い止める―――――なんの関係もない、ボクの願いを聞いてくれた悟空さんがそうしたように!!」
そうだ。
過去、ジュエルシードの事件を引き起こしたのはユーノだった。 けど、それを最終的に収めたのは誰であろうか? なのは? 管理局……? …………たった一人の戦士だったではなかろうか。
誰もが挑み、無残に膝をついた凶戦士。 それに全身の筋組織を切り裂きながら、弾け飛ばしながら抗ったのは誰だったろうか? 誰よりも深い傷を負いながら、誰よりも最後まで膝をつかなかったのは……
「ボクは――!」
少年の、砕けた拳がいま再び硬度を取り戻す。
【じゃま――――】
「……え?」
瞬間、閃光が眼前に押し迫る。
発射のタイミングだとか、何時の間に照準を向けてただとかは知らない、解るはずがない。 只、奮い立った心で身体を叩き起こしたら、目の前に絶望が矢の如く放たれたのだ。
避けられない……悟ったユーノは凍り付く。 ……絶望という――
「ガイスト――――ッ!!」
【……?】
「!!?」
――――忌むべき閃光は、黒い輝きの前に消え去る。
「司書……ちゃう。 ユーノさん、大丈夫?」
「じ、ジークリンデ……さん……どうして」
「あのひとの怪我なら、ハルにゃんと“ティオにゃん”が何とかしてくれてるんよ」
「あ、でも」
黒き衣を纏う破壊者。 ジークリンデ・エレミアの殲撃は、見事ユーノから死を遠ざけていくのである。
遠くの方で聞こえる瓦礫が作り出される音。 それは、今しがた放たれたジークリンデが作り出した攻撃の余波を見事その身をもって体現していた。
「ユーノさん、馬鹿や」
「な、え?」
そんな強力な技を繰り出したジークリンデはひとつ、ユーノに向かって罵声を上げる。 罵声……と言っていいのか微妙なくらいに控えめな声に、それでも少年の心はそちらに向く。
「だってそうやろ? 何でもかんでも自分が……自分が……って。 そんなこと言って無理して、誰が喜ぶんや」
「…………ぁ」
気づかされた……こんなところで。
呆ける少年のなんと無様な姿だろうか。 先ほどの騒ぎで勝手に皆を守るのは自分だと決め込んで、いきり立っていたその姿は……果たして目指していた道だったのだろうか?
そうだ、ユーノ・スクライアは――――
「教えてくれた人がおるんよ。 壊すしかできないウチを、むしろほめてくれて……悪い事ばっかりに向かってた心をビンタしてでも治してくれた人が」
「え?」
「壊すしかできない……だったらそれをやり続ければええんやって言ってくれた。 まずは困った顔はぶっ壊せ、つぎは悪い出来事を壊して、最後にみんなが困ってるモノをぶっ壊せ……って」
「…………それって」
「出来ないことがあるのは当然なんよ。 それになんでも自分一人で出来るようなってもうたら……寂しいはずやもん。 辛いことは誰かと半分コして、後に残った幸せを一緒に過ごそ言うたってだれも文句言わへん」
「じ、ジークリンデさん……そうだ、ボクは勘違いしていた」
立ち上がる……けど、それは闘志だけじゃない。
「ボクは……一人じゃないんだ」
背中が押される感覚を受けたからだ。
それは戦闘民族の彼が持つ激烈な炎ではなく、小さな灯火であったろう。 けれどその光は、確かに照らしだしていた。
「一緒に……戦ってくれますか……?」
「当然や」
小さな希望を。
「ジークリンデさん。 さっそくで申し訳ないんですけど――」
「ええよ」
「え? ボク、まだ何も……」
「ユーノさんの考えた作戦や。 間違いなんてあるわけない、きっと成功するに決まっとる」
「……はい!」
作戦会議はゼロ時間。 さっそく決まってしまったのは今後の方針ではなく、なぜかユーノに見せた全面的な信頼だ。 それを受けてしまったら……作戦立案者の手に、小さく汗が握られる。
「それではお願いします、ジークリンデさん!」
「了解や!」
【…………むダなのニ……】
黒い剛速球が放たれる。 矢のように、砲弾のように……いま、絶望を撒き散らす少女へとその拳を向けて。
「はぁぁあああッ!」
叫んだそのときには右拳がうち放たれる。 速攻のファーストアタックは、さすがのスズカも目を見開き……
【ふぁ~~ぁ】
目尻に涙、口からはなんとも素っ気ない溜息に近いナニカが零されていく。 ……それが何かなんて解明する必要さえないだろう。 その仕草に込められた意味さえもだ。
『完全に舐められてる――』
皆が心で思う刹那、それでも黒き衣の彼女は冷静沈着。 むしろその心の炎は静かに、冷徹に、たき火ではなくガスバーナーの正確さを誇るように燃え上がっていく。
「――っ」
【…………ん】
交錯する彼女たち。
だが、その距離は一向にはなれていかない。 次いで聞こえてくるのは金切り音だ……何かが、壮絶な打ち合いを果たしているように思える。
「せいッ……はあ!!」
その正体、ジークリンデが左右の拳に装備したガントレットから成る破壊音である。 盛大な装飾はまるで獰猛な生物のアギトを思わせる。 目に映るもの全てを喰らい、破壊せんと猛威を振るうかのようなその装備。
それを、高速で撃たれていくにもかかわらず。
【みぎだね? ……つぎ、ヒだり】
「読まれてる!? ……ウチの攻撃が……!」
涼風が如く躱されるのではなく、来るところから避難しているような印象。 それがジークリンデが思った感想だ。 狙えばそこから居なくなるのであれば、当然打ち込んでも意味はない。
しかもこの娘……
「……!!」
【…………ウけてアゲたのに】
「当ててもこの程度……っ!」
頑強さも尋常じゃない。
実際には直接あたっているわけではない。 スズカとジークリンデとを阻む不可視の盾、結界が張られているのだ。
「この頑強さはおそらくなのはさん以上や……空ちゃんならすぐに壊せるんやろうけど――」
そんな馬鹿力はさすがに持ち合わせていない。 ジークリンデがわずかに歯噛みするのも仕方がないだろう。
【あははははは――――うふふっ】
今の防御で味を占めたとでもいうのか。 猛攻を繰り広げるジークリンデの攻撃全てを避けることをしないスズカ。 彼女は不気味な色彩の髪を華麗に揺らすと、同じく不気味な笑顔と共にあざわらう。
この世全てを、等しく嘲るように。
「くっ、は!? ……魔力が……!」
そして、その笑い声は次第にジークリンデを侵食していく。
唐突に笑いはじめる彼女の膝。 まだ体力はあるはずだと自負していたにもかかわらず、全身から“力”が抜け落ちていく。
気怠さで言えば38度の熱を患った風邪の患者と思えば想像はしやすいだろう。 ……彼女からスピードが消え失せていく。
だが。
「結界魔導師であるボクはなのはのように攻撃魔法が使えない」
その戦場からすぐ近く。 倒れた管理局員の男のすぐ近く、それは小さくつぶやかれた。
「だから戦闘では補助がボクの役目だった。 ……女の子一人守れず、タダ後ろで尻尾を振っているフェレットもどきでしかなかった」
懺悔、であろうか。
悔やむことが多い少年は本当に責任感が強かった。 見ず知らずの命の恩人、そんな彼はどこまでも優しくて、甘えてしまった自分が少し嫌なヤツに思えて。
さらに女の子、それも自分と同い年の少女に力を借りなければならない事実とが、彼の責任感といがみ合い、歪な精神状況を作り出していった。 ……でも。
「そんなボクに悟空さんはくれたんだ……才能のないボクが使える、強い武器を――戦う、ちからを」
「それをいま、見せてやる……」
キッ……と。 ならせた奥歯は物語る。 今起こされる現象は、過去現在未来全てにおいて起こるはずがなかった未知数の出来事だと。
【…………?】
だからこそスズカは理解が遅れた、対応も御座なりにならざるを得なかった。 そもそも、彼女の今の相手は少年ではなくジークリンデだ。 覇王と並び立つ過去の英傑の末裔なのだ。
まだ幼く、己が存在を確立しきれていないという弱き点が在れど、彼女の猛攻は確かに反らしたのだ。
「ふぅぅぅぅ……はぁぁああああッ」
少年が起こす……ありえない奇蹟を。
「…………………かぁ」
『ま、まさか!!?』
彼は構える。 腰を低く据え、両の掌はまるで月夜を表すかのように円を描かれていく。
「めぇ……」
それが腰元に集まる時だ、尽きたと思われた魔力が、今再び彼の身体の奥底から取り出されていく。
「はぁ……めぇ…………」
詠唱は既に後半戦を終えている。 そのころにはいつか見た輝きが、彼の身体中を巡り、駆け抜け、一点に集まっていく。 だが……その輝きは“彼”とは全くの別物――碧。
エメラルドにも似たその輝きが、荒野の世界を涼風が如く走り抜ける。
【……ム、だ】
見つかった、見られてしまった。
【それだけじゃ、コrEは……やBuレない】
だが彼女の対応はやはり御座なり。 自慢且つ、信頼を寄せているのであろう自身の障壁をそのままに、ジークリンデの猛攻ごと彼の努力の結晶を嘲笑う。 ……それが。
「――嗤ったな」
【?】
その、ひとの想いを踏みにじる行為が……
「いま、ユーノさんの決意を嗤ったな!!」
ジークリンデ・エレミアの心に、大きな炎を燃え上がらせることになるとも知らずに。
冷たく、静かな闘志を持った彼女も、今までスズカの見せていた余裕、さらにはユーノに対する態度にはついに我慢ならなかったのだろう。
手に装備したガントレットが、歪に光を灯す。
「ガイスト――――」
【……あ】
それを確認した時にはもう遅い。
そうだ、今しがた“人だったからこそ加えられた良心”が、尊敬と信頼を踏みにじられ、嘲笑われたことによりタガが外れたのだ。 ……ジークリンデは、その目から一瞬。
「クヴァール!!」
【!?】
輝きを取り下げる。
【…………え?】
破壊の光りが、鉄壁を誇った盾を一気に消失させる。 まるで何もなかったかのように開けられた風穴。 そこを起点として入っていく亀裂に、スズカの表情は今度こそ揺れる。
「これで自慢の障壁もない……そして――!」
だが、そこで止まってやれるほど。
【……じゃま!】
「当然や、動いたら当たらへんもん」
【ぅぅ!】
ジークリンデの対応は御座なりではない。 慎重でいて大胆、且つ正確な体捌きで、スズカの背後を取る彼女。 そのまま右腕を取り、相手から見て後方へ持ち上げると背中を押して上体を一気に地面に向けて抑え込む。
「…………ごめん」
その、あまりにも優しすぎる声と引き換えに――
【………………ぁ】
スズカの右肩から、枝を折ったかのような音が鳴り響く。
【……イたい】
見事に外された、肩。 無理な稼働を強要させられ脱臼を引き起こし、機能を果たせないそれはぶらりと無残に垂れ下げる。 それを目で見た時だ。
【い、タい……】
「え?」
【いたい、いたい……いたいイタイ痛い痛い痛い痛い――――――――ナンデこンNaコとすルの……?】
「…………っ」
スズカの目の色が。
【あなたもわたしを傷つけるの…………?】
「!?」
遂に、深紅に染め上げられる。
情熱の色、赤。 だけど行き過ぎれば、向けた対象を焼き尽くす紅蓮の炎になるのもまた事実。 しかもこの赤、当然ただ明るい色などではない。
【お、シオき……しなくちゃ】
「――くっ!?」
ジークリンデが身体を捻る。
同時に巻き起こった旋風が彼女の視界を遮ると、そのまま後方へ……飛ばない。
「――」
回り込んだのだ、彼女は。 ジークリンデを正面に捉えていたスズカも、いきなり自身の真横に移動させられれば目立って白黒させる。 その、あまりにも早い足さばきと体捌きは驚きの一言。
けれど破壊者は、ここで安心しきるほど油断のある人物ではない。
「……」
差し出した、右手人差し指。 その先がほんのわずかに発光すれば、ジークリンデの口元が小さく動く。
――――ばん!
【うくッ!?】
「……逃がさへん」
それは、最小限に威力を抑えられた射撃魔法。 ピストルみたいに構えた右手から放たれ、スズカの側頭部へ容赦なくぶち当たる。
その間にジークリンデは大きく飛び去り、しかし反して襲い来る眩暈に、よろけそうになるスズカの足。 完全にしてやられた彼女は歪なダンスを踊らされる。
そう、死の舞をだ。
「ユーノさん!!」
「うぉぉぉおおおっ!!」
緑色の一番星が荒野に現れる。
その輝きはただ純粋だった。 なんのひねりの無い、けれど、だからこそ強くたくましいその光は……魔力。 奥深く、生命の根幹に位置するのはなにも“気”だけではないのだと、言い張るように強く周囲を照らす。
―――――――――武天に輝け、深緑の灯火。
「波ぁぁああッッーー!!」
解き放たれた光は少年の願いそのもの。 倒れてくれ、終わってくれ……こんな嫌な戦いなんて、早く無くなってしまえ。 叫び声と共に出されたそれは、容赦なくスズカの全身を覆い、喰らい尽くす。
【だ、め……!】
「魔力ダメージで気絶させる――ぐッ……頼む、行ってくれ!!」
その光に呑まれながら、だけどスズカはまだ倒れない。 届き切っていないのだ、彼の想いが。 ……この、無駄に犠牲者だけを起こす戦いの虚しさが。
【貴方じゃ、タおせナい……む、だ……】
「無駄じゃない……出来ない訳じゃない……やれる……出来るんだ――」
励ますのは自分にだけだったろうか? 少年の必死の呟きは、きっと彼だけに当てたモノじゃない。
光が一層強くなる。 反比例してユーノの膝が激しく嗤い、今にも崩れようと力が抜け落ちていく。 魔力を極限まで圧縮し、練り上げるために酷使した両の掌は既に赤く染まりつつある。
圧縮と放出を無理に行ったツケは、いま確かに支払わされていく……限界なのだ、もう、彼の身体は。
【うそ……こんなこと――】
「う、うぉぉぉおおおおッ!!」
それでも、いまこの瞬間だけは……
【だめ、コれいじょう――】
「なにがなんでも……やり遂げて見せる……」
手首の関節から、耳障りな音が聞こえてくる。
臼を引いたかのような音は、まるで骨同士が摩擦しあっているかのような不気味で、気色の悪い音。 だがそんなものは全力で無視だ、やらなければならないことは他にある。
辛いという感情は放り投げ。
逃げたいという心は既になく。
その、自身の弱り切った身体を支えるのは…………
「悟空さぁ――――ん!!!!」
【キャアア!!】
武天に向かい歩いていく、山吹色の彼の背中であった。
…………すずかの身体が、完全に光に呑まれていく。
倒れる……すずか。
その髪から不気味さをかき消し、元の美しい藍色をゆっくりと浮き上がらせる。 荒野に眠り付く吸血の姫は、いま、安らかな眠りについたのだ。
「 」
「……し、ししょ――」
「うそ、や……」
…………少年の、犠牲を代価として。
ユーノ・スクライアの金髪が、その色素を全部失っていた。
白髪となった彼の髪が意味することなど考えるまでもない。 スズカによる謎の吸魔と、戦闘による身体のダメージ、さらに今しがた行われた“未完成かめはめ波”を無理を押して発動、全身の気力も魔力も使い果たしてしまったのだ。
こうなることは、至極当然。 其れは、彼が十分理解していたことである……故の決死。
赤茶けた世界で放たれた彼の決死の行動は、ここで幕切れと相成る。 ……闘いは、ついに終わろうとしていた。
―――――――――――――【ギヒッ!!】
そう、これから始まる死闘の足掛かりとして…………
悟空「おっす! オラ悟空!!」
プレシア「ゴホッ、ごほっ……」
リンディ「プレシアさんの咳が止まらなくなって早や数時間。 それでもついに集まりきったドラゴンボールに皆が期待を寄せる……これで、やっと――」
ディアーチェ「しかし、このように簡単に事が進むこと自体が異常。 動乱の最中にあること自体を忘れておると手痛い失敗をするやもしれん。 ……斉天の、くれぐれも油断するでないぞ」
悟空「わかってる。 ……ん? なぁ、ところでユーノはまだ帰ってこねぇんか?」
クロノ「……連絡は行っているはずなんだが」
悟空「……妙だな」
レヴィ「あの男の子も心配だけど”あのヒト”の事早く何とかしてあげて! オリジナルの大事な人なんだから!」
悟空「そうだな……うっし! なら、さっさと呼んじまうか!」
シュテル「……遂に会い見えるのですね。 奇跡の龍、その加護を――次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第64話」
悟空「出でよドラゴン――其れは命を懸けた願い」
■■【……其れは出来ない】
プレシア「どういう事! 私の命を使うのよ? ……なら、それに見合った対価をきちんと払ったらどうなのよ!」
■■【…………ッ】
プレシア「……悔しいのなら、叶えなさい! この願い!!」