魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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結構、早く仕上がったッす。

ですがその分だけ文量は少なめの1万8千文字。 3倍界王拳の悟空さん並みの戦闘力です。


遂に出てきてしまった神秘の塊……さて、彼は一体何を聞き届け、叶えるのか。

ユーノは、そしてこの世界を救う手だてはあるのだろうか?

64話、どうぞ。


第64話 出でよドラゴン――――其れは命を懸けた願い

 その昔、独りの男が居た。

 彼の居た世界は動乱の只中、無益に人々が互いの命を奪い合う世界であった。

 

 あいつがいけない、みんなとは姿が違うやつは悪魔だ……ばけものだ!

 

 などとのたまうその世界は、多種多様の生物が蔓延るカオスな世界。 犬は二本の足で歩き、翼竜が人語を理解する……そんな、何か常識を落っことしてしまった世界だ。

 そんな世界、当然いろいろと問題は掻けている。 言葉はもちろん、文化、コミュニケーション方法に、食文化の違いによる大量虐殺。 自分たちは平気だと、考えなしに他種族を狩ればそれが大きな問題となり戦争が起きる。 ……本当に、むちゃくちゃな世界であった。

 

 いつかはお互いを憎みあい、傷つけあって滅ぼしていく彼等。 ……そんな彼等の中にも、やはり真っ当な考えを持った者はいたようで。 彼は想い、悩み、そして聞いてしまったのだ。

 

―――――――――――どんな願いでも叶えてくれる、不思議な球の存在を。

 

 躍起だった、縋り付く思いだった。

 早くこんなバカげた争いを止めてくれるなら…………そう思い、彼は必死に集めることを決意する。

 

 険しい山に登り、荒々しい動植物を潜り抜け、焼ける大地を踏み均し、広がる海に旅立って……そしてついに揃えた奇跡の宝に、彼は言ったのだ――――

 

 

―――――――――――私を、この世界の王にしてくれ……世界を救って見せるから。

 

 

 なんと不器用な願いだったろうか。

 なんと、非効率な頼みごとだったろうか。

 

 言えば叶うはずの存在に、ただ、世界を平和にしてもらえばよかったのに…………でも、男は知っていたのだ。

 

 この世界、例えしばらくの平和を手に入れても、またすぐに均衡が崩れてみんなが涙を流してしまう。

 

 それが許せないから、男は成った……世界を納めるその存在に。 皆が頼り、それに答えられる器があるとも思えなかった、けど、世界の平定を望む心は誰よりも強い……そう、確信していたから。

 苦労は多いかもしれない、けど、やってみよう……それが、男の決意したことだったから。

 

 

 そんな思いを果たして知っていたのだろうか?

 

【容易いことだ…………】

 

 それは…………“龍”は、男を約束通りにして見せたのだ……誰もが崇め、従うという“王”に……

 

 そのあとのことは知らない。

 その、男の末路は龍には関係ない。 だって彼は、只言われた願いを聞き入れるためだけの道具にすぎなかったのだから。

 

 ……世界のその後を、良いか悪いかというのは、やはりこの世で生きる者たちが決めることなのだから。

 

 

 だから龍は、そのあとのことは知らない。

 

 そこから先に続く物語が、どれほどに壮大だったかも知らない…………

 

 

 

 

AM3時 地球、温泉旅館。

 

 夜空に輝くは満天の星空。 雲一つない冷えた空気のその先で、欠けた月が優しく微笑んでくれている。 これからおこる超常現象を、まるですべて赦してくれていると言わんばかりに。

 

 そんな月夜に照らされる者たちが居た。 数は20程度と多いようで少なく、しかも何やら大きな円を作って中心に向けて視線を飛ばしているのだ。 その熱心さ、その、真剣さ。 これを見た一般人は必ずこういうはずだ。 

 ……何か、祭りでも興すのだろうか……と。

 

「みんな、準備はいいか?」

『…………』 

 

 いや、しかしそれは間違いなのであろう。 そうだ、なにせ起こそうとしているのは祭りなんてもんじゃない。 遥か過去に作られ、受け継がれていった奇跡の技法。 その、“遥か遠くから眠り続けてきた存在”を起こす儀式なのだから。

 祭りなんてもんじゃない、それ以上に騒がしくなる事態がいま、起ころうとしている。

 

「もうすぐか……」

「あぁ、そうだね。 全ての始まりであるあの龍……深緑の肌を持ったあの龍に再び会うんだね」

 

 高町の男衆が感慨にふける。 そうだ、この男たちは一度だけ目の当たりにしていたのだ。 かの存在を、いかなる願いも聞き入れ、叶えてしまうその“ちから”を。

 

「母さん、プレシアは……?」

「あのひとはまだ自室で寝ているわ。 申し訳ないけど、勝手に始めさせてもらいましょう」

「……そうか」

 

 ハラオウンの一家は、少しだけため息をついてしまう。 理由は言うまでもなく灰色の科学者だ。 彼女の病状は悪化の一途を辿る……そう、辿っていたのだが。

 

「これで、本当に解決するのね」

「……そうだ、これであの人が完全に元気になって――――」

『――――厄介ごとを今まで以上に引き起こすんだ』

 

 目からハイライトが抜け落ちていく。 ……正直言って全盛期のプレシアが巻き起こす大問題は予測不可能。 彼らの肩の荷が、一気に重くなっていく。

 

 けど。

 

「まぁ、それくらいならわたし達が解決すればいいのよね」

「はい、それくらいに彼女には元気になってもらいたい……かな」

 

 その重さがうれしく思えるのは、どうしてだろう。 ……わかる人にしかわからない笑みは、そのまま夜空へ向けられていく。

 

「1、 2…………七つ全部ある。 悟空くん、これで本当に……?」

 

 高町なのはの疑問の声。 当然だ、なにせ断片的には知っているが実物を見たことが無いのだから。 例の“えいがかん”の時でさえ、とある元異邦人の娘が余計な欲を出させないために秘匿し、見せなかったのだから。

 

「そうだ。 ……ほれ、よっく見てみろ」

「あ……ひ、光りだした?!」

 

 七つの球が触れ合えば、ほのかに発する希望の光。 それが周囲に漂えば、見ている皆が反応する。 ……ついに、この時が来てしまったのだと。

 

「行くぞ……」

『…………』

 

 生唾を、飲んでしまう。

 どんな願いでもたった一つだけ叶うという神秘の法。 たった数個の……それでも、“世界中”に散らばっていたのだから途轍もない労力であったそれがそろったこの深夜の時間。

 朝焼けが訪れず、未だ暗闇が支配する中で行われる奇跡の儀式。 その、最初のキーワードをついに孫悟空は……

 

 

「出でよ! 神龍!!」

 

 

 解き放つ。

 

『!!?』

 

 最初に起こったのは、天変地異であった。

 

 満天の星空を覆い隠す謎の雲。 黒く、不気味とさえ思わせる薄暗さは白銀に輝く月を朧に変え、やがて消し去っていく。 あんなに明るかった星空が、ついには真っ暗な暗黒に変えられていく中で。

 

「きゃあ!?」

「ドラゴンボールが!」

 

 ドラゴンボールが一斉に輝き、その中に蓄えていた光を一斉に爆発させる。 放たれる閃光がやがて威力を持ち、雷光へと変わるとき……

 

「…………ぁぁ」

「こんなことって……」

 

 雷光は、龍が如く昇天していく。

 割れたのは、雲でなく天。 この世界を覆い尽くす天変地異を、さらに上回る力の波動が全世界を震撼させる。 

 

「…………」

 

 訪れた沈黙に誰もが肌を震わせて…………

 

 

【グゥォォオオオオ!!】

 

 

『!!?』

 

 暗雲より落ちてくる、雷よりも激烈な雄叫びを聞き、今やっと思い知る。 ……自分たちは、きっとこの後世界の禁忌に触れてしまうのではないか、と。

 

「こ、こんなことって……」

 

 リンディは、目を見開くことしかできずにいた。

 つぶやいた言葉も、今は只の空気でしかない。 目の前にいる圧倒的な存在を前にしてしまえばどんな理論も、常識も、只の屁理屈へと相成ってしまう。 常識を超えるから超常。 普通じゃないから異常。

 森羅万象をかき消す超存在を前にして、次元を管理し監視する輩は皆、己が矮小さを思い知らされる。

 

「……あ、あうぅぅ」

 

 雲が大きく膨れていく。 その光景を目の当たりにし、振るえる尻尾を抑えきれないのは使い魔のアルフ。 彼女は人間形態になった今でも、その、自身が持つ野性からくる警告に従わざるを得なかった。

 

 アイツに、歯向かえば消される。

 

 そんな脅迫めいた言葉を心の中に仕舞い込んで、彼女は今、たった一匹の子犬へと成り下がっていた。

 

「これが、彼の世界の……」

 

 地球人、ギル・グレアムはその老練した眼をもってしても驚愕を抑えきれない。 彼の世界に“現存する奇跡”を目の当たりにしようかという時だというのにこれだ……そう、彼等はまだ、あの龍の全貌すら見ていないのだ。

 見える暗雲から聞こえてくる雄叫び。 それを聞くだけでこのリアクションだ……なら――

 

「雲のふくらみが限界に……く、来るぞ!!」

『!!?』

 

 烈火の将、ヴォルケンリッターが長であるシグナムの叫びを聞いたときであろう。 それは、その存在はついに――――

 

 

【………………】

 

 

「あ、あぁ……」

「なんてことなの」

「……こ、こわい……あんなのがいるなんて……ふぇ、ふぇいとぉ」

「落ち着いてアルフ……大丈夫だから」

 

 この世界に、完全な実体として顕現する。

 

 奇跡を司る深緑の龍。 眼は赤、生える髭は生命力に満ち、蛇のように長い胴は暗雲をまるで泳ぐような自由さで潜り、突き抜け、広がっていく。 中国地方伝来の“応龍”を思わせるが、そんなものとは次元が違うのは言うまでもないだろう。

 コレは、既に常識から逸脱した存在だ。

 

 皆が怯え、竦んでしまうことは至極当然である。 ……あんな化け物を見てしまえば。

 

 ―――――――――――――だが。

 

 

「おっす! 久しぶりだなぁ」

「あ、あのバカ! あ、あぁぁああ――あんな龍になにフランクに挨拶してんのさ!!」

 

 この男はやはり違う。

 あんまりにも気軽に事を進める悟空に、臆病を全面に押し出してしまった中身だけなら仔犬風情のアルフが小さく咆える。 ……あるじである、フェイトの背中に隠れながら。

 

【…………ソン、ゴクウ……か】

「……あぁ、“また”世話になるぞ」

【……そうか】

『??』

 

 フランクだと思っていた会話が、何となく落ち着いた印象になった瞬間だ。 いかにも見知った仲だと言わんばかりの雰囲気に、今度こそ時空管理局の面々は常識を木端微塵に破壊される。

 あんな者……あんな、夜空を覆い尽くす龍と対等に会話をする彼が、いまさらながらに信じられないから。

 

「さっそくだけどさ、“ひとつふたつ”ばっかしお願いがあんだ」

【いいだろう……】

 

 続く、フランクな会話。 まるで大学で代弁を頼む学生が如く、偉大なる龍に言葉を放り投げる彼に、みんなの目が丸くなる。

 自分達ではあまりにも畏怖の念が強すぎて話しかけることすら困難な存在なのに……故に、気付かなかった。 ……彼が、何やらおかしいことを言ったということに。

 

 そして、それにやはり答えるのだ、龍は……いつも通りに。

 

【どんな願いでも可能な限り叶えてやろう】

 

 誘うのは魅惑な甘言。 どんな願いでもという言葉はまるで砂漠にあるアリ地獄のように人々の心をとらえて離さない。

 ありとあらゆる欲望と妄想、を現実に書き換えるそれはついに言う。

 

【さぁ……願いを言え……】

 

『………………』

 

 

 半年間戦った彼等も、今この時だけは疲れが吹き飛んでしまう。 来たのだ、今まで本当に必死で救おうと思っていたモノを、真に救うそのときが。

 間に合った、助けられる……その思いが脹れて、あわや割れてしまうのではないかと言うときだ。

 

「――――――ん?!」

 

 孫悟空は……

 

「ユーノ?」

 

 

――――――悟空さぁ――――ん!!

 

「……!?」

 

 その声を、確かに感じた。

 

 聴覚ではなく、まるで心に訴えかける類いの声。 気のせいだと捨て去ることが出来たほどに小さく、しかし実在していたと強く思えるほどに芯が通り……必死さをその手に取ることが出来てしまった。

 

「……前にもこんなことが」

 

 あったはずだ。 そう、彼がこの世界に足を踏み入れて12時間も経たない頃。 消えそうな命が、懸命に誰かに助けを求めたその声を――

 

「ま、まさか!?」

 

 血相を変える、彼らしくなく、本当に唐突に。

 

「り、リンディ!!」

「え!? どうしたの悟空君?」

 

 叫んだ相手は管理局との橋役でもあるリンディ・ハラオウンだ。 彼女が居なければ今回の作戦、その5割はうまく行かなかったと言えるほどの人物を、解っているからこそ彼は必死に問いかける。

 

「いまユーノがどこにいるか解るか!?」

「え? ……どうしたのいきなり」

 

 その、あまりにも必死な声は逆に違和感すら覚える。 なにせ今はもう任務が終わった後だ、そんなときになぜこんなに彼が動揺しているのかがわからなくなって。

 

「いいから早くしてくれ! ……嫌な予感がするんだ」

「……え、えぇ」

 

 流されるように、彼女は空中にライトグリーンの窓口を設ける。

 

 映像が流れ、途切れ、また流れること5回。 何回かノイズが走ったと思うと、そのまま――

 

「消えた? ……どういう事」

「なぁ、まだなのかよ! 早くしてくれ!」

「ちょっと待って……おかしいわね、こんなことあるわけが――」

 

 映像が出ることが無かった。

 段々と悪くなる雲行きに、悟空の焦りは募るばかり。 聞こえたのだ、大事な友の断末魔が。 感じたのだ、己がカラダを射抜く必死な救援が。 だからこそリンディに詰め寄り、今か今かと彼女を焦らせる。

 

「……ダメ、ユーノ君と連絡がつかない」

『!?』

「そ、そんな……」

 

 遂に、皆が気が付いた。 ……起こった異変の重大さに。

 あの真面目な男の子が、連絡も入れずにどこかでサボるとも思えない。 ……確実に何かトラブルがあったのだ。 その結論に至るまで10秒もかからない。

 

 皆は、一斉に悟空へ振り向く。

 

「神龍! すまねぇけど願いはもう少しだけ待っててくれ! やる事が出来ちまった!」

【……なるべく早くしろ……でなければ帰らせてもらう】

「わかった、約束する!」

 

 やる事は簡単だ。

 

「ユーノ、いま行くからな……」

 

 この世界に存在する彼の気、もしくは魔力を探知すればそれでいい。 あとは彼の業がすべてに“けり”をつけてくれる。

 

「…………」

 

 沈黙が訪れようとも、誰もが期待に胸をはせる。 この男ならやってのける、そうだ、例えどんなに過酷な現実も、この男なら……そうやって期待していたこと自体――

 

――――――間違いだとも気が付かないで。

 

「あ、あぁ……!」

 

 誰が出したかはわからない。 けど、出てしまった声に、皆が驚き呆然となる。

 

 ……孫悟空の、身体が唐突に光りだしたのだ。 ……タイムリミットだ。

 

「ご、悟空!? あ、あんたその身体どういう事よ!」

「し、しまった」

 

 驚く声はアリサのものだ。 そう言えば彼女は知らない、孫悟空の身に起こった呪いのメカニズムその他を。 そして、体内に取り込んだ願いを叶え様とする宝石の事実も。 そして――

 

「お、おら……子供にもどっちまった……」

 

 その、身体になることの……

 

「もう瞬間移動できねぇ……」

『!!?』

 

 意味を――

 

「どういうことだ孫! いくらジュエルシードの魔力を食う超サイヤ人への変異を継続していたとしても、修行を完成させたお前ならまだ時間はあったはずだ!」

「それはオラも知りてぇよ! けど、急に戻っちまったもんは戻っちまったんだ!」

「……どうする。 転移魔法を使うと言っても時間がかかりすぎる」

 

 伸長120センチ程度の少年は、シグナムに向かって大きく咆える。 けど、それが事態を進展させることになるわけでなく……

 

「艦長! ユーノさんが居る次元世界の映像、きました!」

「ど、どうやって見つけたの!? 通信手段なんて……」

「同行した局員の標準装備にある通信機にアクセスしたんです。 ……映像は悪いかもしれませんが、おそらく状況くらいは――」

「すぐ繋いで」

「はい!」

 

 別の状況が一気に進展していく。

 把握しきれない事態を、ようやく知ることができると思えば少しだけ胸のつかえが取れるモノ。 ……だけど、だ。

 

 果たして彼らは、その映像を見て――

 

「感度最大! 映像、きます!」

『…………ッ!!』

 

 

 

 どうやって足掻こうというのだろうか?

 

 

 

[      ]

 

「ゆ、ユーノ……くん」

 

 そこに映っていたのは、まさしく“死に体”であった。

 

「スクライア……あいつ……」

「ユーノ……」

 

 身体のあちこちから出血が起こり、しかし銅像のような硬度でそのまま動かない彼は最早生物として機能しているかも妖しい。 いつも何気なく輝かせていたアリサ、そしてフェイトと同様だった髪の色素もゴッソリ抜け落ち、何もない、ただの白髪の男の子がそこにいた。

 

 もう、何の生気を感じさせない少年についに――

 

「ユーノ!! おい、しっかりしろ! ユーノッ!!」

 

 孫悟空は画面に向かって声を張り上げる。 手が届くなら伸ばしているその感情は、虚しく地球上を響くだけで終わってしまう。 小さな手足を伸ばしただけじゃ、彼には届かないという事実が虚しく立ちはだかる。

 

「悟空!」

「なんだよ! いまいそがしい――」

「あれは……なんだ!?」

「え?」

 

 そして事態は、さらに悪い方向へ流れゆく。

 

 高町恭也の叫び、さらにはそこから伸びる指先は確かに示す。 ……あの世界に訪れる終焉の正体を。

 

【ぎひ……!】

『!!?』

 

 黒い影、それが高町恭也が指したものであった。 それが、自分の義理の妹だとは知らず、彼は背筋に――

 

「……不味いぞ、アレは」

 

 悪寒を感じずにはいられなかった。

 

 薄暗い影が段々と深みを増していき、そのまま今の“宿主”を呑み込んでいく。 それが誰かなんて通信機越しで解るはずもなく、彼らは只、今起こっている変異を見届けることしかできずにいた。

 そんな、時である。

 

「ちくしょう――神龍! 一つ目の願いだ!!」

『――!!』

 

 悟空の口から、とんでもない単語がはじけ飛ぶ。

 

「オラの身体に起こった、子どもになっちまう妙な状態を戻してくれ!! 今すぐに!」

「おい、孫!!?」

「悟空君! 貴方、プレシアさんのこと――」

 

 その言葉に皆が反論を繰り出す。 確かにいまこの状況を見過ごせば、いくつもの命が転がり落ちていくだろう……そして、やがてはこの世界もだ。 なら、たった一つの命を見捨てて大多数を救うこの選択肢は正しいのではないか? リンディは、荒げた声をもとのトーンに落としてしまう。

 

 だが。

 

「大ぇ丈夫だ」

「ま、まさか悟空、お前は……プレシアさんを――」

 

 彼が考えていたことは……

 

「いや、そういうのはしねぇ。 ……言ったろ? 考えがあるって」

「…………な、に?」

 

 皆の想像を一歩だけ、上回っていたのだ。

 

「とにかく神龍、早くこの身体戻してくれ! そしたら“次”を言うからさ!」

【…………っ】

「神龍?」

 

 そして、彼自身も思いもしなかった。

 

【……ソンゴクウに掛かっている“ちから”はワタシの力を遥かに超えている。 その願いは無効だ】

「な、…………なんだって……」

 

 自身に掛かっている呪いの力が、よもや神なる龍の力を超えてしまっていることに。 ……その昔、人造人間という者たちが居た。 彼らは殺人こそ少なからずやったが、あくまで殺めたのは極悪人の生みの親のみ。

 そんな物たちを元の身体に戻してほしい……ちいさな願いの筈だったそれは、受領されることなく拒否されたことがある。 ……悟空が知る由は無いのだが。

 

 今回も、おそらくそれと同じはずなのだが……

 

 

「……こいつは参った……完全に当てが外れちまった」

『悟空……』

 

 彼には完全に余裕がなかった。 もう、どうすることもできない事実を前に落胆を隠せない。 ……彼の長い尻尾は、力無くうなだれる。

 そんな彼に――

 

「そ、そうだ! それじゃ悟空くんの中にあるジュエルシードの魔力を元に戻してもらうのは!?」

【……それならば可能だ】

「じゃ、じゃあ――」

 

 高町なのはが咄嗟にひらめき……だが。

 

「ダメよ……それではきっと悟空君は勝てない」

「そうだ、ダメなんだ、それじゃあ」

「どうして悟空くん!!」

「オラがいくら“今の状態で”元の身体に戻ったとしても、きっと今回の敵には勝てねぇ。 それはさっきレヴィと一緒にいた時に遭遇した奴から感じた、間違いねぇ」

「そんな弱気に言われても……どうするの!!」

 

 孫悟空は、己が描いていた作戦を吐露する。

 それはあまりにも単純で、賭けに近い内容である……

 

「いまのオラは確かに強くなった。 けど、おそらくだが“この先”があるはずなんだ……死んだはずのオラが生き返ってて、あの世での修行も記憶がおぼろげだし、何より実感もある……まだ、そこを出しきれていない感じがするんだ」

「……だったら!」

「それを何とか戻してもらえればって、ためしに聞いたのがさっきの願いだ。 でも、それも叶わねぇ、失敗だ」

「…………ッ」

 

 めずらしい、他力本願。

 それすら折れてしまった今、わずかな光明もないのは言うまでもない……そして、それは今完全な形を持って未来を食い散らかそうとする。

 

「み、見ろ! 影がどんどん濃くなって……」

「なんだあいつは……」

「バケ……モノ……」

「悪魔……鬼……いったいあれは――」

 

 暗闇が宿主を食いきったようだ……絶望が、あの世界に舞い降りる。

 

 色は紫……地肌は赤色。 その色彩がどことなく血の色を表しているのは月村の家に対する皮肉かあてつけか。 交わることなく、重なっているだけのその二色は、見るモノに不気味さを押し付ける。

 

 その姿を直視した局員たちは、情けない……映像越しだというのに肌が震えはじめていた。

 

[な、なんなんやコレ……]

「じ、ジークリンデ!!」

 

 その目の前にいたモノが、不気味さと怪異の極限を直視した彼女が……あまりにもおぞましい光景から足を一歩引いてしまう。 仕方ない、当然であろう……なにせそれは負の感情を煮詰めて凝縮した最悪と最低を司る悪魔なのだから。

 

[……ッ! ユーノさんは守って見せる!]

【…………】

 

 敵対する実力が測れないはずがない。 仮にも悟空の下で短期間ながら修練を積んだのだ、それくらい出来ない訳がない。

 だけどわかるはずもなかったのだ、彼女には。 ……己が今敵対しているのが真の意味で――――

 

[ガイスト――]

「よせ! 逃げろ!!」

 

 地獄そのもの……だなんて、普通は思えないのだから。

 

[な、に!? ……ぐはぁ!!]

【ギヒッ!】

 

 微笑みは、悪魔の方から。

 刻一刻と晴れていく暗闇は、その実、此れから来たる災厄を明確化させてしまうという事。 見えなければいい、知らない方がいい……世の中には決して触れてはいけない境界があるのだ。

 

 だけど、それでも少女は止まれない……止まることを許されない。

 

【ぎひ……ギヒ!】

[……っ!]

 

 影は去り、今まで消えそうだった“スズカ”の残骸は見事になくなっていた。 

 そうだ、そこにあるのはもう月の子ではなく……悪魔。

 

 全てを呑み込まんとする紫の外殻が、その色をより一層きめ細かく光らせる。 ……妖しいだけではない恐ろしく、吐き気を催すほどの邪悪が今……

 

【――――グゲゲゲゲゲゲッ!!!】

『!!?』

 

目覚めてしまった。

 

「な、なんて気だ……」

「な、に!? 孫、貴様いま――」

 

 小さき戦士が今、本格的に起きた災厄を把握する。

 感じ取れた邪悪に尻尾が総毛立ち、鳥肌が……立つ。 いままでいろんな強敵と闘ってきた……自身の一族の王子、宇宙の王、最強の遺伝子を混ぜ合わされたキメラ……様々な敵だった、数多くの強敵だった。

 

 ――――だが。

 

「逃げろジークリンデ!」

 

 叫ぶ悟空は必死だった。

 いま画面の向こうに見え、肌で感じる奴の気は……最悪。 一時の不安しかなかった今までが嘘のような戦慄に、周りにいる管理局、そして悟空のこの世界に来て出来た仲間たちも徐々に現状を把握し始める。

 

【ギヒ……ギヒヒ!】

 

 悪魔の行進が始まる。

 音は高く、だけども何よりも重いという現実感の無い音は、聞く者に平静さを失わせる。 そしてもう一つの……音。

 

【ギヒヒヒヒヒヒッ――――グゲゲゲゲゲッ!!】

 

 叫ぶ、声だ。

 

 何がそんなにおかしいのか。 なにが奴にあそこまでの笑い声を上げさせるのか……狂おしいほどのそれは……

 

【ギヒーーヒャハハハ!!】

 

 歓喜の声……皆にはそう聞こえてならない。

 

 

 ようこそ、死の国へ。

 よくぞいらした、歓迎しよう……さぁ、塵も残さずだなんて風情の無い■に方なんてさせないから、黙ってこの手に収まりヤガレ――――

 

 そう、歓迎しているかのように悪魔の口が裂けていく。

 

[はぁ……はぁ……]

「い、いかん! ジークリンデの体力はもうないんだ!! ……おそらくさっきまで戦闘があったんじゃ……」

 

 膝をつき、顔をゆがませる破壊者を見た瞬間に思わず声を荒げた恭也の洞察力は完璧だった。 苦しいのを我慢して、引きつる様は普通の人間で言えばチアノーゼに該当する症状だろう。

 ……空気か魔力かの違いはあるが。

 それでも大地に伏せない彼女の意思は強い……なにが、彼女をそこまで強く支えるのか――それは言うまでもないだろう。

 

【ギヒ】

[ひ、退けない……ユーノさんにハルにゃん……みんな、守るんや……]

 

 背にした人たちが、彼女を奮い立たせるのだ――だが。

 

【――!】

[あぐ!?]

 

 右肩のバリアジャケットがはじけ飛ぶ。

 嫌でも薄い彼女の服飾がさらに面積を減らされていく。 だが、そこに色気を醸し出す余裕などなく……ひたすらに与えられる痛覚に――

 

[ふぅっ……ふうっ……~~~~ッ!!]

 

 奥歯を噛みしめ、声を押し殺す。

 騒いだところで収まらない痛みはやがて熱となり、彼女の脳内から正常な判断力を削ぎ取っていく。 雪山で遭難した登山家と同じだ……

 

誰かが助けに来なければ…

 

「畜生……チクショウ!」

 

 待つのは死ばかり。

 地面をたたき、切り裂くように声を上げたのは悟空。 ……ここまで判断が甘いと思ったのはいつ以来か……遠い昔を思い出しても見当たらない最悪な展開に、さすがの彼も狼狽する。

 その姿が嫌だったのだろう。

 

「せ、斉天さま!」

「レヴィ……?」

 

 水色の子は、声を大きく張り上げる。

 この瞬間、この世界にいる自分達に出来ることなど何もないだろう……この、“今この次元世界にいる自分達”に出来ることなど何もない……だけど……

 

「お願いすればいいんだよ!」

「おねがい?」

 

 必死だったのだろう、考えがまとまってなかったのだろう。

 慌ただしく忙しなく、踊るように手を振った彼女の言語は既に人外の物に成り果てようとしていた。 ……それでも言うのだ、幼き容姿を持つ彼女は――

 

「神龍にお願いすればいいんだよ! あそこにいる人たち……えっとえっと、悪い人はダメだから……うんん……そう! 僕たちの仲間をみんなここに移動してもらえばいいんだよ!!」

 

 力いっぱいに叫んだのだ。 この世界の一大事を何が何でも回避してあげたいと思う一心で……でも。

 

「それは成らぬ」

「王さま!?」

 

 彼女は、……闇の盟主は冷たく突き放す。

 

「あの影……紅の鬼が何者かは大体想像がつく。 ……闇の書の闇――その最奥に在った消えることが無い虚空、それが奴であろう」

「こくう? せいてんさま?」

「違う。 ……いや、案外それでもかまわん気がしなくもないが」

「どういうこと!?」

 

 レヴィが吠えればそのままディアーチェは目を細める。 その視線の先には身体を小さくし、今ではこの仲間内では中くらい程度にまで実力を落とした彼。 彼のシッポは宙に浮けばすぐさま左右に振られる。

 犬ならうれしいという感情も、猫ならその正反対。 では、猿の因子を強く持つ彼はいま、何を思っているのだろう。 ……ディアーチェは、静かに口を開く。

 

「あの鬼……おそらくは闇の書の負の側面全てを内包しておる」

『?』

「乱暴に言えば先の戦いで収集した貴様らの能力を全て使えるという事だ。 ……最悪、元気玉の真似事だってやってのけるやもしれん」

『な!?』

 

 皆の顔色が一気に青ざめる。

 その中でも訳が分からないという顔をするのは数人の局員とグレアム、さらにその使い魔と無関係者であったアリサ。 さらに高町の面々と忍にその従者……彼らはいま言われた単語の意味を把握しきれず……

 

「悟空、なんなんだ元気玉って」

 

 聞くときにはえらく慎重になっていた。 周りの人間が、本当に“終わった顔”をしているように思えたから。

 

 ……そして。

 

「わたしから言いましょう」

「リインフォースさん……?」

「貴方は、たしか最初の夜にかめはめ波を目の前で見ていたはずです」

「あ、あぁ」

 

 あれは、とんでもなく強い光だった。 それが高町恭也が見たこの世界最初の異変であった。 その前にいた怪物だなんて霞んでしまうくらいの光景は、もう、まぶたに焼き付いて剥がしようがない。 だから彼は、あの時すべてを悟空にゆだねたとも言えるのだが。

 

「あのかめはめ波が己の潜在エネルギー、つまり気を集めて放出する技なら。 今上がった元気玉とは外界……周囲に漂う気を集める業」

「周囲……?」

「そう。 其れは自然界に……いえ、この地球自身、果ては他の星……更には恒星にだって呼びかけることが出来る」

「恒星って……」

「そう、太陽の事です」

「……ばかな」

 

 桃色の星光に勝るは、蒼き星そのもの。 幾万、幾億、幾兆……それこそ数多の生きとし生けるモノに力を借りるのだ。 1000ある者が粋がろうと、1あるものが百億集まれば圧倒される。

 其れは、言われるまでもなくわかる事であり……だからこそ恭也の驚きは尽きない。 けど。

 

「……いや、まて。 そんな強力な技を使えるかもしれないというのはどういうことだ!?」

「……それは、先の事件で彼が闇の書に情報を取られたことがあるからです。 ……アストラル体とまでに融合してしまったジュエルシードの魔力を蒐集されたことで」

「蒐集? それって――」

 

 聞かない単語、知らない戦い。 いま、ようやく思い知る数日前の悟空がした苦労。 戦いが終わり、それから一年もたたずに起こった厄災を祓った彼に起こった被害は、予想の上を行く事態を引き起こしていた。

 その、詳しい事情を知りたい。

 恭也は拳を握り――

 

「これお主、いまはその様なことを聞くときではなかろう」

「……そう、だな」

 

 ディアーチェの指摘で我に返る。

 そうだ、今気にしなければならないのは取って置きの名案を否定された理由、それは……

 

「よいか? あの者はおそらく闇の書に取り込まれた者の業を全てそろえているとみてよい」

「わたしの、ようにですか?」

「フン、管制プログラムは所詮、制御しか出来ぬ……しかしアレはそう言った者ではない……チカラなのだ、あれそのものが」

「力?」

「力の塊、故に自我の境界もなく只暴れ回るしかできず、されどだからこそすべてが混ぜ合わさる力は何もかもを呑み込む闇足り得る――そう、言ってしまえば奴は」

「……」

「喰らい尽くす闇……光源が強ければ強いほど、その影が大きくなる」

 

―――――――孫悟空との力関係がそうであるように。

 

 息を呑んだのは彼女だけではない。 そう、聞く者すべてが既に予感していた……業、そう、言いかえて技を使えるというのなら――――あの怪物は持ち得ているのであろう。 力持つ強者が備えるべきではない……

 

「そして元気玉を使えるということは、転移の魔法、さらには異星から伝わる瞬身の技法を身に備えるという事だ」

『しゅ、瞬間移動!!?』

「……おそらくではあるがな」

 

 特殊能力を。

 瞬間移動……それは人物を想像し、その者の気を探り、そこへ正に瞬間的に移動する技。 その者がたとえ何万光年離れていようが“感じていられさえいれば”到達できる……そう、例え次元を隔てたむこう側だとしても。

 

 そこから導き出される最悪の回答が、此れだ。

 

「たとえ味方全員、安全圏に退避しても追いかけて来るであろうな。 なにせこちらは気……いや、魔力を押さえつけることができない魔導生物が複数いるうえ、魔力を憑代として生きている者までいる……必ず、見つかるであろう」

『…………』

 

 最終確認は終わった。

 言ってしまえば、只の時間稼ぎに過ぎない願いの変更。 そうだ、いま、奴がこの地球に転移してこないのは居るからだ。 己の飢えを満たし、渇きを潤いに変えてくれる大事な玩具が。

 

 生きた、人間がだ。

 

「打つ手、ないのか……」

 

 つぶやいたのは赤いおさげの女の子。 見た先には、今もなお激しい痛みを食いしばっている黒いドレスを身に纏う者が、膝をつきながらも影に立ち向かっていく。 本気を出せば一瞬だろう、少しでも気が触れたとしても……だ。

 そんな、吊り縄を渡るピエロに、強制的にさせられた破壊者を見て、ただ、歯噛みをすることしかできない。

 

 

 そう、例え奇跡の龍が目の前にいたとしてもだ。

 

 

「どうにか――――」

 

 ならないのか……それは誰もが思う事であった。

 

 だが時として奇跡というのは輝かないときがある。 ……滅多に現れない、人智を超えた力だからこそ奇跡なのだ。 出来ないことの一つや二つ、あっても仕方が――――

 

 

 

 

「……………………………………………………叶え、なさい」

 

 

 

 

『!!?』

【…………】

 

 全ての物が凍り付く。

 

 絶対凍結魔法、デュランダルでさえもっと優しい眠りに落としてくれるはずだと言い切れる空気に、皆が一気に振り向く。 その視線、その光景を見た時だ、全ての者の脳髄に稲妻が走り抜け……目を見開く。

 

『プレシアさん!!?』

 

 紫は無い……今は浴衣を着ているのだから。

 それでも見える彼女のパーソナルカラーは、滲み出る魔力光がさせるもの。 ブウそう過ぎるそれは周囲を照らし、発光が始まれば今度は空気に波を送る……強烈な波、それは言いかえれば強い力の波動だ。

 

 そう、いま彼女は、感情が赴くまま稲妻を迸らせる。

 

「いい加減にしなさい、この図体ばかりデカい役立たず!」

『ちょ?!』

【…………ッ!】

「さっきから出来ない、力を超えてるだのなんだのと……どんな願いでも叶えると銘打ったのは嘘? 奇跡の龍が聞いてあきれるわ」

『おいおいおいおい……!』

 

 そこから出た音声という波も酷く荒立つのは仕方がなかっただろう。 ……彼女の怒声が続く。

 

「私の命を使うのよ? ……なら、それに見合った対価をきちんと払ったらどうなのよ!」

【……】

「神の龍だか何だか言って結局――ゴホッ……」

「母さん!!」

「……結局、何もできやしないじゃない…………だから……」

 

 神の存在など、20年以上も前に捨て去った現実主義者。

 だから禁忌を侵し、その領域にまで昇り……否、堕ちて行ったその先で絶望を見た彼女は、憤る。

 

「だから神様なんて信じられないのよ! ……この役立たず!!」

【…………】

「怒ったかしら? 腹に据えたのかしら……でも、そんなの私が今まで経験してきた挫折と辛酸に比べれば屁でもない!」

【…………………】

 

 遂に現れた神の限界を。 ――何の努力もしようとせず、無慈悲にダメだと切り捨てた強大な龍を……だ。

 

 

「悔しいのなら何とかしなさい……この、最悪に呑みこまれた現実を……」

「プレシア……おめぇ」

 

 悲痛な叫びに、聞こえてしまったのだろう。 子供の姿になってしまった悟空は、プレシアの叫びに僅かながら同調を見せる。 神の使いたるその龍が持つ限界は、子尾にいる誰よりもしている。

 でも、それでも何とかして助けたい。 ……

 

「あそこにいるあの子たちを……未来を担う子供たちを救って見せなさい! 今すぐに!!!」

「…………」

『ッ……』

 

 声は枯れ、身体は今ある事実に震えを隠しきれない。

 いま、ようやっと叶えたい奇跡を前にして、気分が高揚していたのも事実だ。 出来ないことなど、無いのではないかと思ってしまったのも仕方ない。

 でも、この世には……いや、悟空の居たとされる世界には居るのだ。 どのような奇跡を起こせる神でさえ届かぬ、深く暗い絶望(やみ)というものが。

 

 ただ、それが――――

 

「お願いや! たすけてぇな!!」

【……】

「頼む龍よ! あいつを……あの者たちを助けてやってくれ!」

 

 この世全てを覆い隠すというのなら……

 

 

【………………難しいが、やってみよう】

『ッ!!』

【…………………!】

 

 神なる龍は、この世ならざるところから光を捜し……戦士へと与えるまでだ。 深紅の眼が、一層強く輝くとき。 この世のすべてが戦慄き、恐れ、“常識を覆されていく”

 

 

 

 

AM3時10分―――――――終わる、世界。

 

 

「ジークさん! もう無理です!」

「かはぁ!?」

「ジークさんっ!!」

 

 エレミアという少女が、ついに大地へ背をついた。

 というより、今やっと空中より地面に落とされたのだ。 謎の攻撃、空間を弾くかのように行われてくるそれは、破壊を主とした攻撃を繰り出すジークリンデに、反撃の糸口さえ掴ませない。

 只落ちていく……絶望の暗闇に。

 

 

 

 暗い世界だ、大地は荒れ果て緑なく、陽の光もない空間に広がるのは…………黒い暗雲。 赤茶けた荒野の全てを覆い隠す闇の中、破壊者を継承する黒き少女が……倒れ込む。

 もう、全身から力が消え失せ、残された魔力もほんのお情け程度だ。

 汲みあげたとしても、バリアジャケットの修復すら出来ないだろうそれは、もう、彼女に残された反撃の糸口が切られたことを意味する。

 

【ギヒヒ――】

「うく?!」

「ジークリンデさん!!」

 

 黒き少女を掴みあげる、鬼。

 口元で光る八重歯、其れはまるで剥き出しの刃が如く少女の命を映し出す……もう、残りの時間は無いのだと宣告するように。

 

【――】

「はう!?」

 

 放り投げられた、彼女。

 自分がどういう態勢になっているのか、どのように吹き飛ばされたかもわかりかねる。 全身は打撲と切り傷で覆い隠され、既に乙女の柔肌を見ることができない。 ……苦しい、ここまで実力の差があったことは当然として――

 

「ユーノ、さん……」

 

 あの背中のように、誰かを守り抜けなかったことが…………思う彼女は歯を食いしばる。 残った力で出来る最後の抵抗として……

 

「うぐ、うぅ……」

 

 うめき声だけを上げながら。 ……彼女は、地面に堕ち込んでいく。

 

 

 

 

 

 ――――それを、受け取るものが居た。

 

 

 

「…………え?」

「……ちっ」

 

 其れは、なんと素っ気ない悪態の付き方だったろうか。

 苛立つように吐き出された言葉は乱暴の極み。 何時ぞやか、こんなセリフを吐く人物がいたかもしれないが、当のジークリンデは思いだせない。 さて、そんな少女を掴み取っている人物は、不意に視界を横に広げていく。

 

「……どうなってやがる」

 

 だが、何も彼は好きでそんな仕草をしてしまったのではない。 ……いい加減、納得いかなかったからそんな態度に出たわけで。 嫌でも険しい顔をさらに難しくさせると、そのまま持っていた“荷物”を地面に降ろす。

 

「痛ぅっ……」

「……」

 

……少し、雑に扱いながらだ。

 

「“さっき倒した”と思ったら湧いて出てやがる。 『あのデブ』と闘っている気分だぜ……クソッタレ」

 

 言語は雑。

 気品の欠片さえない耳障りな言語の羅列に、ジークリンデは町中を徘徊する不良、さらにヤクザな連中を思い出す。 どの世界にでもいるような、暴力を愛して略奪を主とするような最低最悪な卑劣漢。 そんな下賤なものが使うような言葉の数、さすがの彼女も不快感を覚える。

 

 だが、間違えてくれるな破壊者の後継者よ。

 

「……なんだ、本当にどうなっていやがる」

 

 彼は何人をも寄せ付けない孤高の存在。

 皆が平伏し、全てを支配するために生まれた存在。 ……今では朱に交わってしまい牙は若干丸みを帯びてはいるが、それでも彼の道は変わらなかった。

 

 ……そう、あの紅蓮の炎舞う、赤茶けた大地の上で戦った頃よりだ。

 

【グゲゲゲ!!】

「だぁぁぁ――!!」

『か、カウンター!! ……あんな奴相手に!?』

 

 初めて舐めた辛酸。

 足元の蟻だとせせら笑った存在に味わった、切った口の感覚。 ……全身を打ち込んでくる、強すぎる拳。 何度となく勝利を確信したはずなのに、それでも立ち上がってきた不可思議な男。

 そこから始まる彼らの因縁は、とても常人では理解できない関係ではあった。

 

 時に利用し、共闘する。

 

 そう思っていたのだ、あのときまでは。

 そう、してきたはずなのに……それを、それを…………

 

 

 変えられた……ほんの少しだけ。

 

 それを自覚することなく、只歩んできたのもまた事実。

 そうだ、王という存在が全てを制し、管理し、皆から崇められる存在なら、実は彼はそうではないのであろう。

 

「てめぇの動きは大体見切った。 一度戦った相手だ、対処もし易い」

「いま、攻撃が見えなかった……」

「……そ、それになんだ……この巨大な力……」

 

 

 彼は求道者。 彼は……ただ、追いかけるモノに過ぎない。

 

 眼の前の壁がどれほどに険しかろうと、その先に歩んでいる“ヤツ”が居るのなら躊躇うな、この身はそれを乗り越えて見せよう。 超えた先に見た光景がどれほどに美しかろうと、奴がいないのならそれを捨て、また修羅道を歩き続ける。

 ゴールの無い、山登り。

 ひたすらに、只ひたすらに磨き上げるそれが求道者。

 

「き、聞いたことが……あります……」

「ハルにゃん……?」

「師匠は戦闘民族サイヤ人……他星の住民で、あの戦闘能力はその血統のおかげでもあると」

「え、うん……」

 

 例え生まれが王族であろうと、既に君主たる存在がおらず、自身がその存在に成れると言っても彼は名乗らない……なぜなら彼は極めてないから。 己が道を、己がこうだと思った戦いの道を……

 

「そして、たった二人だけの生き残り……最下級の戦士だったと」

「さい、かきゅう……!」

「さらにもう片割れは……そう、忘れもしません」

「え?」

「そうだ……きっとあのヒト」

 

 王が全てを納めたというのなら、“彼”は王と呼ばれるにはふさわしくないのであろう。 その存在を追いかけ、乗り越えるモノ……彼はまだ収めたと断言するわけにはいかない。 まだ、超えるべき壁は存在するし、追いかける背中はさらに高みへ上っていくのだから。

 

「どんなカラクリかはわからんが丁度いい。 今度こそ送ってやるぜ……地獄にな」

【グゲゲッ!!】

 

 ――唐突に、鬼の右足が“男”に伸びる。 いきなりの伸長に、さしものジークリンデすら驚愕を隠せない……あんな、出鱈目な攻撃があるものなのか……だが、小覇王よ――

 

「甘いな」

「な?!」

「受け、とめた……?」

 

 ―――不可能を可能にする、だからこそ彼らは宇宙最強の民族たり得たのだ。

 

 

「こんな攻撃。 手足を伸ばすならピッコロの方が随分とうまいもんだ」

【グギギ!!】

 

 右手を握り、そのまま振り上げればハンマーで叩いたような音が世界に響く。 気の残響たる衝撃波に覇王と破壊者が大地に身を屈める……力尽きた男の子を一緒に避難させて、だ。

 その間に起こる互いの猛攻。 鬼が手の平に光を集めれば、男が瞬時に側面に回り込みけり付ける。 遠くの大地に飛んでいくエネルギー弾が、途方もない威力で爆発して見せた時だ。

 

【!】

「はぁぁ!」

 

 弾かれた手をその勢いを乗せて身体ごと回転。

 軸足は右、武器たる左足刀で男を切り裂いて見せたのだ、鬼は。 ……そのあとに残る空間に、蜃気楼の風景を残しながら。

 

『あれは……残像拳!?』

「ふっ――」

【グゲゲゲ!!】

 

 上がる雄叫びのなんと悔しそうなことか。

 負の感情を詰め込み、一気に解き放つ様は無様なものだ……まるで子供が駄々をこねているかのよう。 その姿を一瞥し、男は腰を深く沈める……攻撃が、再び始まろうとしていた。

 

 

 

―――――今回、俺はまたしても奴に追いつけなかった。

 

 気づけば逆転していた立ち位置。 まるで太陽が如く大空へ上っていく奴を、いつまでも追いかける……そこから見えるアイツの笑顔に、虫唾を走らせ怒りに火をともしながら……

 

「見えるぞ! 貴様の攻撃が――」

【ギッ!!】

 

何て醜い未熟者。

……そんなこと自身が一番わかっている、己がどれほどに地面を這いつくばったかなど言われるまでもない……屈辱は、難度だって味わってきた。

 

王とは慕われるもの。 だから彼は王たり得ない……そうだ、彼はまだ王と呼ぶにはふさわしくないのだ。 まだ上が居る、頂点を極めていない王など只々滑稽に過ぎず、世間知らずもいいところだ。

そんなものは御免だ、オレにはまだ、目指さないといけない頂がある……全てを修めたわけじゃない――――故に、彼は自身をこう呼んだ。

 

【ぐ、ギギ!!】

「行くぞバケモノが! サイヤ人の王子………………ベジータが相手だ!!」

 

 気高く、誇り高い戦闘民族の最後の王族が今、この世界に足を踏み入れた…………

 

「はぁぁぁああああッ!!」

 

 その頭上に、明るく光る“輪”を掲げながら。

 

 

 

……一方。

 

 龍の起こした奇跡。

 見つからないはずのあの世界からやってきた……サイヤ人の王子。 ありとあらゆる可能性を探索し、今目の前で起こっている狂気の沙汰を止められる手段を持ち、力を携え、奴を倒せる“因子”を此の世界へと呼びだす。

 願いを叶える存在の具現化……今、神なる龍は、確かに願いを聞き入れたのである。

 

 

「なに、あれ……?」

「なんなんだアイツ……あの悪魔と対等に戦ってる!?」

「いったい何者なんだ……」

 

 時空管理局の面々が、目を白黒と暗転させていく。

 唐突に現れた蒼き衣服に身を包んだその男に、視線を外せず、ただ、起こった現象に驚きを隠せないままに。 その中で、やはり彼らは――――それ以上におどろく。

 

「サイヤ人の王子?! ……馬鹿な……なぜあの者がこちらの世界に!」

「あの者までこの世界にいたのか……! なら、なぜ今頃……」

 

 リインフォースとシグナムだ。

 彼女たちは今、信じられないモノを見ている。 ……だってそうではないか、この世界に彼が存在しているというのなら、そもそも悟空が見つけない訳がない。 常軌を逸した戦闘力に、彼と同質の気。 それにあの性格だ、ただじっとしているということはできないはずだから、いつかは修行と冠して世界を震撼させる運動を行うはず……

 

「ならば初めから居なかった……? だが、どうしてこのようなタイミングで」

「タイミング……この時……? ……まさか!!」

『神龍!』

 

 しかしてその実態を思い知るのに時間はいらなかった。

 そうだ、叶えたのだあの龍は。 懇願され、でも、“己の力以上”の何かで守られ、退けられたあの世界から可能性を引っ張ることは不可能。 ……故に、起こした奇跡。 でも、それを知るものなどだれもいない……だからこそ。

 

「…………ベジータ、あいつなんで……」

 

 孫悟空は、“彼の状態”を見ると即座に疑問に思う。 ……そう、彼の頭頂部のその先を見て……だ。

 

「…………あいつまさか」

 

 其れは、彼にとってなじみ深い装飾物だ。 現世での行動を禁止されるその物体……いや、それはおそらく彼だけの思考。 その物体の意味というのは、おそらくこの世での―――を終えた証拠たり得るモノ。

 そんなものを付けた彼はいったい……悟空の記憶違いは続く……はずもなく。

 

「…………気にしてる暇、ねぇよな」

「孫……?」

 

 彼は、一気に切り捨てたのだ、迷いを。

 たとえ今どんなに悩んだとしても事態は好転しない。 今、目の前にいるベジータがどのような状態なのかもわかりかねる。 どれほど強く、“なにを知っているのか”という疑問さえもどこかへ放り投げ、孫悟空は声も高らかに告げる。

 

「シグナム! ヴィータ! シャマル! ザフィーラ!!」

『……!!』

「あれ、やっぞ!」

 

 小さき戦士の決意表明。 その、あまりにも芯の通った声に呼ばれた物たちの背筋が伸ばされる。 ピンと張り、緊張させられていく彼らの空気を確認した孫悟空は、息を少しだけ吐き出していく……そして、言う。

 

 

 

「フュージョンだ!」

 

 

 

 

 その単語が意味することの意味は、今現在詳細不明。

 でも、このメンツにこの展開……やる事など只一つだとわかりきっている騎士たちは、一斉に目の色を変えたのだ。 ……そう、まさかこの数日の内に複数回行われる羽目になろうとは思ってみなかったイレギュラースキル。

 

 魔力同期――――それが今、戦士を強戦士に変え、その男を超戦士に還す時が来たのだ…………彼らは、それ以降何も言わずに円陣を組む。

 

 ……12月の冷たい空気の中、騎士と戦士はまたもその心と体を限りなく近くにまで合わせていく。 悪を倒し、未来への希望を守らんとするために……

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

ベジータ「どうなってやがる、なぜオレは現世にいるんだ……」

ジークリンデ「こ、ここ――この人が王子様……?」

アインハルト「王は王でも傍若無人の……なぜ、このような人が……」

ベジータ「ちぃ! いちいちうるさいガキ共だ。 おい貴様ら、死にたくなければ精々このオレの邪魔はしないことだ、いいな!」

少女達「…………」

悟空「アイツ、なんだか雰囲気が丸くなったか? ちぃとイメージが違う感じがするぞ」

リインフォース「その様なことを言っている場合ですか! ……はやく始めますよ」

悟空「あぁ、オラも早くむこうに行かなくちゃだな……ユーノ、死ぬんじゃねぇぞ!」

なのは「色んな事が起きすぎて、でも、やらなくちゃいけないことはひとつ……次回!!」

フェイト「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第65話」

プレシア「大失策!! ベジータ、二度目の大恥!!」

悟空「なぁ、ホントにそんなもんやんなきゃいけねぇんか?」

ベジータ「えぇい五月蠅い!! なぜ貴様にこうも丁寧に教えてやらねばならんのだ!! 記憶喪失だか何だか知らんがなぁ――」

なのは「べ、ベジータさん落ち着いてください……!」

フェイト「世界を救わなくちゃいけない……おねがいします、もう一度披露してください!」

ベジータ「黙れ! そもそもどうしてこのオレがあんなものを――――」

悟空「なんだかアイツ怒ってばっかだなぁ。 ま、いつものことか! そんじゃ今日は此処までだな、じゃなぁ!」

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