魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第67話 魂の断罪者

 

 奇跡が、起きた。

 

 幾千、幾億……否、ありとあらゆる次元世界を探しても見つかることのない希望の光。 其れはどれほどにも小さく、頼りない光りだったろう。 すぐに闇に喰われ、足元をすくわれ……でも、いつか立ち上がり正しき道を歩むことのできる強さを内包していた。

 そうだ、それが正しき光を眼に焼き付けるとき。 光は灯火となって、重なり合ったそれはやがて世界を覆い尽くす“炎”となる。 

 

 希望という光を照らす、強大な無比な炎に…………

 

 

【…………】

 

 佇む男……名は、無い。

 最強の下級戦士と、孤高の王子が重なり交わり、解け合ったその存在に授かった名前は誰も知らない。

 

【…………】

「悟空」

「ベジータ……さん」

 

 解る事と言えばこの男の存在感。 ただ、それだけだろう。

 

 瞳は黒。 同じ色の髪は若干剃りこみが入り、天に逆らうように空へ伸びていく。 どことなく広がりがあるように見えるのは悟空の影響か? さらに一房だけ垂れた前髪が、その存在をアクセントとして彼等に見せつける。

 

 身体は、まじまじと見るまでもない。 鋼よりも固く、(くろがね)よりも堅牢なのは言うまでもない。 その身は何人の進軍を許さず、その内包する気は――――

 

【はあああああッ!!】

『うわ?!』

 

 惑星誕生の衝撃をも凌駕する。

 星ひとつの生誕では賄えない程の力の奔流。 それがこの世界に降りかかれば崩壊は免れない。 それでもまだ原型を保つことが出来ている現状もまた奇跡。 力の奔流の主は、そのまま己が気の流れを上空に打ち上げる。

 

「ぎ、ギギ!?」

 

 目の前の悪魔が、その足を後ろに退ける。

 

「……っ?!」

 

 その足をみて、信じられないとでも思ったのだろう。

 

「…………グギィ!!」

 

 口元から見せる八重歯を牙に見立てると、そのまま声を唸らせる。

 自身が最強なのだ。 そう言った見栄からくる衝動ではない、この、腹の底から湧き上がる感情はなんだ?! そもそも、この悪魔には己がちからを誇示するという欲求は皆無なはずだ。

 只奪い、破壊する。

 それがこの鬼に与えられた感情であり、この悪魔がちからを振るう理由でしかない。

 

 では一体、この悪魔はなにをそんなに牙をむき出しにしているのだろうか。 ……それは、高町なのははもちろん、夜天の主にでさえわからない――――

 

【いま、全てを終わらせてやる】

「ギ!? ……グゲゲゲ!!」

 

 ―――己が消滅を、悟った者の足掻きというやつなのだから。

 

「ギィ!」

 

 走り出した、悪魔。

 駆けぬけるは疾風迅雷が如し。 どこまでも届かんとするそれは正に雷光に煌めきをも感じさせる。 止められぬものなど何もない速さから、奴はなんと拳を振り抜いてきたのだ。

 

『!!?』

 

 衝撃波が、彼女たちを襲う。

 もう視界で何が起こっているかなんてわかろうはずがない。 ただ駆け抜ける衝撃に身を任せ、それでも抗い、目を背けるわけにはいかないと足腰に力を込めていく。

 

「う、うぐぅ……フェイトちゃん!」

「なのは、しっかり……!」

 

 倒れない彼女たちが見たモノは……

 

「あ、あれ……」

「……うそ」

【…………】

「ぎ、ぎぎ……?」

 

 只の仁王立ちで、悪魔の鉄拳を右頬で受け止める融合戦士の姿である。

 誰もが勝ちを見たあの勇士に有るまじき姿に、周りの人間すべてが落胆に肩を落とす。 最強で、天下無双で……唯我独尊をも許さないのではなかったのか? まさかの事態に、しかし!

 

「ま、待ってください!」

「あんなことって……」

 

 未来組の二人は今、その目でしかと確認した。 鬼か悪魔、どちらともつかずどちらとも言える悪鬼羅刹が放った拳。 鉄を砕き、全てを消し去る必殺の拳が――

 

「す、寸でのところで止められてる」

「当たってないんよ……」

『……馬鹿な』

 

 最強を前にして、届くことすら許されない。

 当たることが無い拳。 その原理はすべての者に説明が出来ず、ただ、起こった事実を呑み込ませるしかできない。

 だけど彼らはこれで確信に至る。 この、最強が重なり合わし無双を誇る人物をもってすれば――

 

『勝てる……っ』

【行くぞ】

「ギィ!?」

 

 まずは蹴りだ。

 白く、どこかの民族衣装を思わせるその服から繰り出されるケリ。 悪鬼には確かに見えていたはずなのに、躱すことはできず後ろへ吹き飛ばされていく。

 

【フン――】

「ゲギィ!?」

 

 一発、二発。 繰り出されていく只の蹴りは牽制程度だったのだろう。 “早くて威力の無い”それは鬼の表情を歪めるだけにとどまる。 だが。

 

【……】

「――ッ」

 

 無双の戦士は左足を地面にめり込ませる。

 大地に決め込んだ蹴りは、そのまま威力を一気に自身に跳ね返す。 同時、反対の足を大地から離し、大腿筋から腹筋から両腕の反動全てをつかって、遂には右足を鬼の視界から消して見せる。

 

【ラァッ!!】

「――――――――!!」

 

 すると、聞こえてくるのは大砲のような振動音。

 爆裂した空間はその威力を体現し、未だ原型をとどめている鬼は口元から血を流しつつも、今起こった現象に焦りを禁じ得ない。

 

「ぎ、ギヒ……っ」

 

 荒くなる呼吸。 其れはつい数秒前ならあり得ない姿だったはずだ。

 刈り取るのは自分。 それ以外は只、己が来るのを怯えながら待つ羊みたいなものだと、嘲笑っていた奴からは信じられない醜態だ。 完全に裏返る攻防に、それでも無双の戦士は言う。

 

【どうした、来ないのか?】

「!!?」

 

 挑発だ。 それは誰の耳にも明らかな言葉である。

 静かに、どこまでも冷徹に行われる相手への攻めは留まるところを知りながらも、決して相対するモノに安らぎを与える隙を見せない。

 

「あれは多分、ベジータさんの影響かも」

「そうだね。 たぶんそのはず」

「いやしかしオリジナル達よ忘れてはおらぬか? あの者達サイヤ人は元々が好戦的な種族だ、ああいった言動と態度は元々備わっていたと思わぬか?」

『…………そ、それは』

 

 あまりの冷徹さと残酷さに、さしもの少女達も凍りつく。

 王の指摘に思い出されるのは、いつか見た悟空が成ったあの姿……超絶なる戦士を思い起こせば自然、彼女たちから言葉がなくなっていく。

 

「グゲゲゲゲゲッ!!」

【悪あがきはよせ、もう決着は見えているのが分らないのか】

「グギギィ………………」

【なに?】

 

 空気が静けさを取り戻す。

 いつの間にやら流れる風も止み、深緑の世界にひと時の安息が訪れる。 何もない、そんな虚無感にも襲われる静寂な世界はいま……………――――――――

 

「あやつ! 瞬間移動を!!」

「逃げたんよ!」

「悟空くん!」

「ベジータさん!!」

 

 叫びだす子供たちは焦りに満ちている。

 もしもこんなところであんなものを逃せばいったいどれほどに被害が出てしまうのか。 想像すれば凄惨な未来しか浮かばない中、無双の男はただひとり無口。

 

 ようやっと元の空気を取り戻しつつあるこの世界の、ため息にも近い風がやんわりと彼の前髪を持ち上げては、下ろしていく。 その風を身体に受けきった時だ。

 

【地球に居るのか、なら……………………―――――――――――】

 

『!?』

 

 何の予備動作もなく唐突に消えてしまった彼。

 民族衣装の腰布を揺らめかせたと思えば、発動した瞬間移動に皆の目が丸くなる。

 

「あ、あんな鮮やかに消えたことって……」

「うん。 いままで移動するときは何らかの前動作はあったはずだし……これってどういう」

 

 なのは、それにフェイトはここにきてようやく彼に起こった変化。 それも片鱗を味わわされることとなる。 異なる、融合前との実力差。 あまりにも桁がずれたそれは、いったいこの世界に何をもたらすのか。

 まずは、其の舞台を地球に移してからのお話であろう。

 

 

 

 

 彼等の踊りは、そのまま景色を変えて行ってしまう。

 

 

 緑色の龍が揺蕩う海の街。 其処はいま、暗雲に空を埋め尽くされながらも、次の奇跡が起こるのをひたすらに待っていた。 名のある剣士も、拍の付いた魔導師も、一緒くたに同じ位置に立たされ、いま、そのときをひとすらに待っていたのである。

 

「悟空が行ってもう30分くらいか。 ……無事だろうか」

「向こうの映像が見れないのは心配だけど、平気だと思います」

 

 恭也、それにリンディが龍の後光をその身体に受けながら、先ほど世界を跨いだ戦士の身を案じる。

 一度は負けを悟り、それでもと身体を前に向けて歩き出した男。

 その人物がいつものように帰ってくる。 そう信じて、彼等はずっと願い続けていた。

 

「ユーノ、なのは……」

「クロノ……」

「…………フェイト」

 

 子供たちの、帰るその時をだ。

 

 ―――――――――――…………だが。

 

「…………ギヒ」

『!!?』

 

 帰ってきたのは、見知らぬ顔。

 その身体を紫に染め、不可視のフレアを撒き散らせるそれは悪鬼羅刹。 触れるモノを殺し、見るモノから命を奪う。 そう、その存在は文字通り――

 

「ぐ、なんだ行き成り……ぐぅ?!」

「た、体力が急に……」

「魔力も……なんなのこれは!?」

 

 士郎、恭也、それにリンディは不意に膝をつく。

 目の前が白黒に点滅していきそうな刹那、起こったことを正確に判断していく彼女。 不意に現れたのは瞬間移動で話はつく、けど、この身体から消えていく力の理由はなんだ?

 

「闇の書の……蒐集……!」

 

 ――――――違う。 リンディはその答えを即座に切り捨てる。

 そもそも、彼女たち闇の……否、夜天の騎士たちが使っていた蒐集とは魔力をかき集めるものだ。 なら、魔法世界とは関係のない道を行く武芸者たちの体力が減らされるのはおかしい。

 だとすればこの現象はなんなのか。

 リンディは、その口元をきつく縛りながら脳内を慌ただしくも静かに回転させていく。

 

「……ぐぅぅ」

「きょ、恭也ぁ……」

「みんな……気をしっかり保って……うぅ」

 

 数ある希望達が、その身をさらに屈ませる。 落ち込んでいく自身の体力、魔力。 呼吸は荒くなり、既に身体の至る機能も限界数値に達しようとしていた。 終わりが、近い。

 

「こんなことで……」

「ギヒッ」

「こんな……ところで……!」

「ギヒヒヒヒ……ギィヒャハハハ!!」

 

 噛みしめる、歯を。

 今まで散々事件から離れていたところで観るしかできなかった彼女。 職だなんだの言って、結局大事件の中心には子供たちと、それを守る青年を一人送り込んでいただけ。 いつかは……そうやって自身を制止させてきたこともあったけど……

 

「いま……立ち上がらなくてどうするの……!」

 

 振るえる身体は、己が意思で無理にでも固定する。

 ここで立ち上がらなくて何が管理局だ、なにが……親だ。 あそこで子供たちが血と涙を流して戦ているのに、いざ自分が立てば脆くも崩れ去る。 そんなことは―――

 

「もう、嫌なのよ……!」

「リンディさん……?」

 

 ライトグリーンの髪が力無く垂れ下がる。 落ち込んでいく力と魔力に拍車が掛かれば、口だけ動かすことが出来たリンディから、ついに言葉さえ奪ってしまう。 それを見たプレシアは、しかし彼女は見てしまった。 まだその目に、闘志すら浮き上がらせる女の姿を。

 

「…………ぅぅ」

 

 痛みだけが駆け巡る身体に、耐えきれなくなって目を瞑る。

 そのまぶたの裏側に見える景色は―――――鮮血の世界であった。

 

 

――――――身体がぶっ壊れても構うもんか!

――――――オラはこっちだ! こっちを狙え!!

 

 

「――ッ!」

 

 その鮮血をも焼き尽くす、赤き炎を見た時だ。

 彼女の身体の奥、どことも言い知れぬ箇所より……チカラがあふれてくる。 もう、出せないと思っていた魔力は、どういう訳かその威力を取り戻し。

 

「まだ……よ」

 

 彼女に、遂には気迫さえ取り戻させる。

 どこにそんな余力が……周りの人間には到底わかるはずもないだろう。 彼女が辿った出会いと別れ、運命にさえ嘲笑われた末路を。 ……最愛の人物を、目の前で失った辛さを。

 

 それを繰り返すのか?

 

「……まだ…………立てる」

 

 また、見ているだけで終わらせるのか。

 

「……これからよ……ここからよ……っ」

 

 身体の痛みは耐えられるだろう? でも、何よりも耐えられないことはなんだ。 思い出してみろ。

 

「……ここで、引き下がることが――――ぐぅぅ!?」

 

 悲劇を繰り返し、其れすらも見ているだけの自分が、きっと一番耐えられなくなる。

 

 わかっている、やってやる。

 奮い立たせたのは自分の心だ。 からだは、もう言うことを聞こうともしない。 彼女の身体に緑色の輝きがあふれかえると、足元に意味をなさない文字の羅列が。 回転し、交わり、一つの形へ結合すると……

 

「はあああッ!」

 

 彼女の手のひらから、淡い輝きが解き放たれる。

 迫る迫る。 遂には悪鬼の鼻先へと肉迫したその力は、音を立てながらソレにぶち当たる。 ……しかし、だ。

 

「…………ギヒ?」

「く、ぅぅ……」

 

 そのような攻撃が当たったとして、いったい何がどう変わるというのだろうか。

 

 まるで意に介さない。 鬼が嗤う事すらしないで見下すは、陣頭指揮を担うリンディ・ハラオウンだ。 力が、魔力が、遂には心さえ尽きて倒れようとしている彼女に慈悲はない。

 かける声援すらないその状況で、悪鬼は今、その手を天へと振りあげる。

 

「ギヒヒ……ギィィヒャハハ!!」

 

 上げた腕に従うように作り上げられる白いライン。 それが一定の長さまで築き上げられると、悪鬼の腕の動きを追わなくなり、そのラインは“そこ”で停滞する。 何かを待つように、何かを狙い澄ますようにそこに佇むラインは――

 

「――――――――ギヒッ!」

『ぐ――!?』

 

 鬼が振り下ろすと同時、砕け散る。

 

 砕けた光りのラインは、そのまま無慈悲の流星となって降り注ぐ。

 窓ガラスを割った時の破片のように、その一辺ずつを鋭い刃に変えていきながら、残酷なまでの量を魔導師たちへと落としていく。 処刑の白き雨は、ただ当然のように降り注ぐ。

 

 

 

 ことも、無く―――――――……………

 

 

 

【…………フンッ!!】

『!!?』

「……ギィ」

 

 不可視の力が全てを薙ぎ払う。

 空間に作用し、波となって光の欠片たちを粉砕し微塵と化す。 この時起こった攻撃とも防御とも言えぬ動作に、さしものリンディも唖然となって立ち尽くすのみ。

 

「……だれだ」

「この、ひとは……うぐぅ」

 

 士郎、恭也も思いは同じ。 誰もが知らぬ、突然現れた力の主は、そのまま宙を舞う悪鬼に向けて視線を――――飛ばす。

 

【――キッ!!】

「グゲゲ!?」

『おぉ!?』

 

 文字通りに吹き飛んだ悪鬼はどこにも見当たらない。 それほどに遠くへ吹き飛ばされたのだと一体どれほどにわかるものがいただろうか。 不意になくなる虚脱感に、皆が少しだけ安堵の面持ちを浮かべる。

 そしてその心の余裕は、いまきた無双の戦士を見るという行為で埋め尽くされていく。

 

「…………?」

 

 だが恭也は見た。 彼の、その背中から見え隠れしている人間にはあってはならない存在を。

 

「……しっぽ?」

「まさか!?」

 

 けれどそれはある人物を特定させ得る代物で、見た瞬間、彼の脳裏に能天気な太陽が昇りはじめる。

 

『悟空!!?』

 

 変わってしまった自身の……友。

 弟の様で兄の様で、……師の様でもあった彼。 父親とは違う、ある種の馬鹿をし合える人物の名を、気付けばその場にいた全員が一斉に口にしていた。 声の大小は別として。

 

【……ちがう、オレは孫悟空ではない】

「え?」

「ご、悟空おまえ……?」

 

 だが帰ってくるのは否定の声。 ……なら、そう思った恭也は質問を続ける。

 

「べ、ベジータ……さん、なのか?」

【…………それも違う】

「……?」

 

 ならなんだというのだ。

 想う彼に、しかし……時間はなかったようだ―――――――――……

 

「…………ギギィ!!」

【遅い……】

『うぉ?!』

 

 唐突に現れた悪鬼。 件の瞬間移動だと皆が理解する前に繰り出された攻撃は、またも無動作で“止められる” 驚愕か、戦慄か、悪鬼が口を歪めれば刃のような歯からは軋み音すら聞こえてくる。

 忌々しい。 誰もがわかる感情を前に、無双の戦士はなんと……

 

【遅すぎてアクビが出ちまうぜ?】

「ギィィィィィィイイイイイイ!!」

 

 構えもなく、遂には腕を組みだす始末。

 目を瞑り、いかにも暇を持て余していると言った彼にさしもの悪鬼からは怨嗟の声。 殺してやる、切り刻んでやる……奴の攻撃が始まってしまう。

 

「おいおい……」

「な、なんなのあれ……」

 

 士郎、そしてリンディの二人は今度こそ驚愕に顔を染める。

 それもそうだろう。 今まで見たこともない速さと強靭さを秘めた悪鬼の身体から、それも出せる精一杯の攻撃が繰り出されていくのだ。 一つ一つが零戦の特攻を凌駕する拳を前に、己が常識を崩さないものなどいないだろう。

 引いて、打ち出す。

 こんな簡単な動作ですら世界を破壊しかねない……はずなのに。

 

「あ、あれは……昨日……」

 

 その中で恭也だけだ。 いま起こっている“異常”をなんなのかと理解できているのは。

 

「ギィィィ!! ギギギギ!! ―――ッ!!」

【Zzz…………】

「腕組みしながら寝てるぞアイツ……」

「馬鹿な!? 攻撃は止んでいないはずだぞ!?」

「魔力障壁の類いか……?」

「だとしたらなんて強靭な――!?」

 

 思い、口に出した感想はどれも的外れに等しい。

 そんなもんではない。 そんな、単純な力の差を彼は見せつけているわけではないのだ。 恭也はここで、あの、無双を誇る戦士の底意地の悪さを垣間見てしまう。

 

「き、昨日……悟空がつかった技だ」

「恭也?」

「どういうことかしら……」

 

 汗が流れ落ちる。

 そうだ、彼等はいつだって非常識を常識にまで持ってくる自然災害の塊。 見たことがそのまま結果になっているわけではないと気付かされ、ここでようやくリンディは真実へと足を踏み出していく。

 

「あれは高速の受け流しなんだ。 ……そう、あまりにも早く繰り出される手刀、足刀による相手の攻撃を“うち落とす”動作は、早すぎて動いていないように見える」

「……そんな馬鹿な」

 

 ――――実力差が相当ついていないと出来ない代物だろう。

 昨日見せられた謎の技。 今それがスケールを大幅に変えて恭也の前に再臨する。

 

「それが本当だとして、まさかあの敵にもわたし達と同じように、彼が寝ているように見えているとでも……」

「……そんなの、あの表情を見れば一目瞭然ですよ」

『…………』

 

 忌々しい忌々しい忌々しい…………よくもこんな舐めきった事を――

 

 悪魔が憎らしさをヒートアップさせようが、その拳にどんなに力を籠めようが、届かないモノには届かない。 死を呼び込む拳が、無双の戦士にとってはなんでもないかを表すかのような行為は、例えるなら縁側で佇む風鈴が如く。

 

【……まだ終わらんのか? さっさとしてくれ、こっちは時間が限られてるんだぜ?】

「ギィィィ―――ッ!!」

 

 圧倒的な力を誇り、尚且つ煽る態度をやめない彼は慢心そのもの。 その態度にしびれを切らした悪魔は此処で……

 

「―――――――ッ!」

「あいつリズムを変えやがった! 悟空!!」

【…………】

 

 上半身の乱打から、遂に下半身を織り交ぜる。 手刀足刀に拳打と蹴打と様々な角度から打ち込まれていく鬼の攻撃は熾烈を極めた。

 風を切り、大地を割るその攻撃に対応できるものなどだれもいない。 そう思い繰り出す攻撃は……

 

【少しはマシになったようだな】

「!!!」

「そ、そんなドッジボールのように避けなくても……」

 

 オーバーリアクション極まる避け方。 今度こそ遊んでいるとわかるそれに、管理局、ひいては高町の武芸一家すらも戦慄を隠せない。

 どれほどまでに高めた力かなんてわかりかねる悪鬼の攻撃を、正に大人と子供の力量差であしらう彼は本当に……強い。

 

「ぐひぃぃ……ギィィ!!」

 

 足腰を強く捻らせ、螺旋を加えた悪鬼の拳が炸裂する。 迫りくる暴風のような拳打を前に、戦士は一瞬だけ視線を鋭くして……

 

「ガヒ!?」

【これは、ジークリンデの分だ】

 

 悪鬼の背後から、特大の砲撃音。

 何か抉られるような……否。 打ち、“貫く”ようなダメージが悪鬼の身体を通り抜ければ、そのまま奴は口からしぶきを上げていく。

 

「ゲェェ!!」

【そしてこれがユーノの分。 ……アイツをあんなんにしやがって】

 

 奴の脇腹に、戦士の膝がフィットする。

 アバラのいくつかが天寿を迎えた瞬間に、あまりの激痛に鬼が叫ぶ。 痛みを感じるのか? 悪魔の癖に……戦士が無慈悲に見下せば、そのまま鬼は手の中に光を作り出す。

 

「悟空! 危ない!!」

 

 高町恭也。

 彼は持ち前の特殊技能である“神速”を用いてなんとか今起こった異変を察知する。 どうにもならないし、どうやっても変えようがないこの先の展開に、思わず叫んだ彼は、しかし。

 

「ぎひ、ギヒヒ……!!」

【…………】

 

 鬼が作り出し手の平の光りは、その形を鋭い剣に変えると戦士を無残に切り伏せる。

 真っ向からの一刀両断に、全ての者が視線を逸らそうと……しない。

 

「ぎ……? ギギ……!?」

【…………これは、ミカミの技の中でも特に名の無い技でな】

「おいおいウソだろ……」

 

 彼は、今目の前にいる恭也の技をもって、迫る刃を止めて見せる。

 凶“刃”を、その手の、しかも人差し指と中指のみで撃ちとめ、攻撃の手段を“取”ってしまう技。 ――――名前ならあるよと、士郎が心の中で汗をかく中で行われる御神の只の技は……その実、行うには――

 

 

刃取(はとり)……相手との実力差が数倍以上なければ実戦で行うのは不可能なはずだ」

「そ、そうだ。 俺でさえまだ、息の合った組手の最中で何とかできる技だぞ。 それを……バケモノかアイツは!」

 

 

 よほどの実力差が必須事項である。

 ここまでくれば誰にでも理解が出来た、謎の男と怪物との地力の差。 いい加減、戦いがイジメに移行してしまうのではないかと、なぜか敵の心配さえしてしまいそうになる時である。

 

【終いだ】

「――?!」

 

 光る。 戦士が黄金の輝きに包まれていく。

 力をまるで隠そうともしない奴の、真の威力がいま解放されようとしている。

 

【はぁぁぁぁあああああああッ】

「ア、 アイツ……まさか!?」

 

 周囲の地形が変形していく。 嫌でも、否が応でも答えさせられる彼への対応は……怯え。 

 世界が震えれば大地が大きく振動していく。 彼の変化は……しかし、此処までにはとどまらない。

 

 

 

 

 

 

 

 深緑の世界……

 

「!!?」

「あ、アインハルトさん?」

 

 無双の戦士が悪鬼を追って行った直後の事だろう。 皆が吸われていった魔力を少しでも回復させようと“ほんの少しの深呼吸”をしている刹那の事である

 

「師匠……し、師匠の気配を感じます!」

「ご、悟空くん?!」

 

 消えて行った彼の気配。 するとあの人はこちらに帰ってきたのだろうか? ……高町なのはは思わず周囲を見渡してしまう。

 

「ちゃうんよなのはさん」

「え? ジークリンデさんそれって……」

 

 否定の声はそのまま疑問の声で答える。 そもそも、だ。 終わってないのだ戦いはまだ。 静かに首を振るジークリンデに、高町なのはは……

 

「おそらく空ちゃん達は別の世界に行ったっきりなはずなんや。 けど、“あのヒト”が気を開放したせいやろうな。 遠くの世界に居るのにもかかわらず、まるで近くに居る錯覚を覚えるんや」

「それってつまり……?」

「お二人の融合体であるあのひとが、超サイヤ人に成ったのでしょう」

『……』

 

 それは、確証を心に込めた言葉であった。 目を見ればわかるアインハルトの言葉の意味を、奥歯で噛みしめながら高町なのはは思う。 どうか、全てが無事で終わってほしい、と。

 

「で、ですが……」

「どうしたの?」

 

 だが……だが。 ここで一つの問題が提示される。 思い浮かばれるのはユーノが犠牲になったその瞬間だ。

 そう、今まで忘れてしまってはいたが……あの、鬼は――――

 

「あれは…………」

『…………ええ!?!』

 

 

 其れは、よその世界に行った無双の戦士にはあずかり知らぬ事実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼い星、地球。

 金色のフレアが成層圏にまで燃え上がる中、世界はまだ、この戦士が放つ波動に何とか身を保たせることに成功していた。 彼は、彼等は……戦いを継続していたのだ。

 

「ギ、ギギーー」

【ほらよ】

 

 戦士が中指をずらせば、剣がまるでガラス細工のように微塵へと成る。 大地へ還る悪鬼の剣が、その形を完全に消してしまう中で……鬼は天へと翔けていく。

 

【…………やる気か】

「ギィィ……ギギィィィ…………!!」

 

 悪鬼が両腕を広げる。

 同時、その背後に浮かぶのは白き魔導師の女の子。 ……ここにきて、起こされた行動はまさしく……

 

【そうだ、それしか手段はないはずだ】

「ギィィ! グゲゲゲゲ!!」

 

 戦士の、思い描いた未来そのものである。

 

 悪鬼が口元を歪めれば、その歪みがまるで空間に作用するかのように周りがひしゃげていく。

 同時、周囲に浮かぶ光の粒子は孫悟空の奥義すら思い浮かばされる。

 

「あ、アイツなにを……?」

「……これは魔力集積?! なのはさんの!?」

『!!?』

 

 魔導師の面々にとっての印象は高町なのはのソレ。 だが、リンディだけは違う。

 それは世界の果てからも力を“借り受ける”ちから。 全てのモノの願いをこの手に収め、星を砕かんとする邪悪へと打ち込まれる破邪の一撃。 使い方を誤れば最大の被害をこうむるそれは、世界の王から制限すら受けていた必殺の一撃だ。

 

「うぅぅ、ち、力が……」

「魔力も体力も吸い上げられていく!?」

 

 だけど、そんな彼女の考えは…………

 

【貴様は自分のエネルギーが極端に減った時、必ず周囲から集める。 そして、其れは闇の書の能力だとオレはずっと考えていた】

「ギィィ……ギィィ」

【だがそれは違う。 アレは魔力しか集められんし、そもそも一度完成したならばそれは不可能なはずだからな】

 

 欠けていた己を復元する。 だからこそあの能力は使用できるのだ。

 指摘した彼は、そのまま金の頭髪を煌めかせて……

 

【……………すずかの、吸血鬼としての力。 それが今貴様が行っている能力の正体だ】

『!!?』

 

 悪鬼を鋭く射抜く。

 視線で精神的に、気合で物理的に……だ。 思わず右足が後ろに歩を進めた悪鬼は、今度こそ戦慄に顔を歪める。 手加減されていたのだ、今まで、ずっとこうなるように仕向けられていたのだ。

 

「おい悟空! すずかちゃんがってどういうことだ!!」

「そうよ悟空さん! 妹が……すずかがアイツってどういうこと!!」

 

 吠える二人はすずかの親族。

 一人は義理ではあるが、それでも大切な妹であることには変わりない。 そんな彼女が、ああも変わり果てた姿になっていることに驚愕は当然隠せない。 そして。

 

「お前、それをわかってあんな攻撃を――――」

【すこし……黙っていろ】

「うぐ!?」

 

 全てをわかったうえで行動している彼に、当然として噛みつく。

 それでもと遮る彼は……

 

【そしてその力を最大にまで使う時……見える】

 

 今この瞬間を。 まさしく思い描いた通りに実現させた戦士は背中を向ける。 圧倒的な隙は、しかし踏み込むことさえ赦さない気配で相手を微動だにさせない。

 

【すずかは…………そこだな!】

 

 振り向いたとき、戦士はその場から不意に居なくなる。

 

 

【はあッ!!】

「ぎひぃ?!」

 

 砲弾と、爆弾と、……とにかく、何かが炸裂したんだと思った。

 皆は捉えきれない速度を前に、既に通り過ぎた後の音だけを頼りに事の状況を把握していく。

 

【―――――――――】

「ギヒ!? グググ……ギィェェェエエ!!」

『!?』

 

 空間が5回程爆ぜる。 その間に後退を余儀なくされる悪鬼は、そのまま背後にある“壁”に背中を預ける。 まさか自分がここまで追い詰められるなど……思うやつは、忌々しげに目の前に居たはずの戦士を睨みつけ。

 

「……………!?」

【おいおい、どこを探していやがる? オレはここだぜ?】

 

 背後からの声に、遂に汗が噴き出す。

 ここまで遠くに感じる実力差に、悪鬼の焦りは最高潮にまで達している。 けれど…………

 

「!?」

 

 差し出された、両手の平。

 自身の眼前で展開されていく、気の波動と高まりは圧倒的な具合にまで輝きを増していく。 ……来る。 そう思った時にはすでに手遅れ。 戦士は術の詠唱を終えていた。

 

 

――――――――――ビッグバン・かめはめ波!!

 

 

 唸りを上げた気の奔流に呑み込まれた悪鬼は、断末魔を上げながらもまだ、戦士を睨みつけることをやめない。 憎い……貴様がどこまでも憎い……恨み辛みは高まることを知らないし、彼が自身を傷つけるたびに負の感情はどこまでも闇に堕ちていく。

 

「くッ?! アイツ、なんて攻撃を……!」

「悟空さん……すずか!」

「悟空君……!」

 

 その感情の正体は、悪鬼である限り知ることなどないだろう。 己が感じている者が、感情であることさえ知らぬ鬼はいま、その身体の大半を焼かれてもなお倒れず。

 

「ギィィ…………」

【……】

 

 歩く。

 

 鬼はこの瞬間、確かに歩みを始めたのだ。

 例えどのようなことが自身に起きようが、破壊をもたらすのが自身のサガ。 なら、目の前の―――――――否。 そんなことで今、奴が動いているわけではないのだ。

 歩き出し、反動をつけ、足腰から自身の腕に力を集める。

 焼けた腕に集まる力を持って、いま、目の前に居る戦士へ其の力を――――――

 

「…………」

【…………っ】

『な!?』

 

 叩き、付ける。

 その、なんと小さき音か。 紙風船を割ったような、そんな小さき音しか出せない鬼に、さしもの恭也も心のどこかで同情を禁じ得ない。 圧倒的な力を前に、最後まで抗って見せた鬼。

 やってきたことは最悪だとしても、ここまでのモノを見せつけられて……なにも思わぬ武芸者は居ない。

 

「…………っ」

【…………………】

 

 叩く、何度でも。

 響くことさえしない小さな音が、戦士の胸元で何度もぶつかっていく。 ……もう、その姿には先ほどまでの凶悪さなど微塵もなくて。

 

「……なんだか」

「え?」

 

 その姿を見たリンディは、思う。

 遠い昔、まだあの男の子が自身の使命だとか、なんだのを自覚するずっと前だ。 そう、あれは彼がまだミドルスクールにも属さないくらいに幼い時であっただろう。

 

「駄々を、こねているみたい」

『…………』

 

 絶句した。 ……否、皆は分らなかった。

 

 子供が自身にあんな風に我が儘を訴えたことは、果たしてあっただろうか? ……無かったかもしれないと、誰もが心に影を落とす。 皆、良い子だった……ただそれだけしか思い浮かばれないのはどういう事だろうか。

 

 

―――――どうして、なんで?! あんなに…………

 

「すずか……?」

 

 不意に空を見上げたのは忍だ。 彼女は藍色の髪をなびかせると、夜空に浮かぶ二つの影をそのまま視界に収める。 未だに戦士の胸元へ力無い拳をぶつけ続ける悪鬼に、どうしてだろう、悲しき声が聞こえてくる。

 

―――――――――しんじて、たのに……あなたのことを……

 

「あの子……」

 

 風が吹く。 疾風とも言えなくもないそれは、まるで戦士と悪鬼の間を割るかのように強く、いいや、優しく吹き抜けていく。 そのせせらぎを身に感じた鬼は、遂に力が尽きたのだろうか。

 

「…………ギ、ギギィ……」

 

 拳を、両腕ごとぶらりと垂れ下げる。

 これ以上の攻撃が出来ないことの証明は、戦士に更なる行動を促させるようだった。 もう、抵抗が出来ないその姿を忍はどう見えたのだろうか?

 

 

「ご、悟空さん! その子は――!!」

【…………】

 

 

 叫ぶ忍は果たして鬼が何に見えていたのだろう。 健気にも“この先”を待つ鬼は、今、無双の戦士の振り上げた腕を力なく見つめるだけである。

 

 

【………………】

 

 集まりだす、光たち。

 其れは微かで、小さくて、力なんてないに等しき物であったはずだ。 だけど……その小さき物たちが結託しあえばいったいどれほどの力が生まれるだろうか?

 

「……あいつ……なにする気だ」

 

 高町恭也の目から見て、いま起こっている現象は人智を超えたモノだ。

 例えるなら、大地から天に昇る光の雨。 ……聖なる輝きを秘めた光たちが今、戦士が振りあげた手の中に集まっていく。

 

【………………】

 

 振り下ろし、構える戦士は何もしゃべらない。 今生の最後の言葉すら問わない姿は無慈悲であり、人間性の欠片もない。 だけど……

 

【……いま、楽にしてやるからな】

「ギィ……ギ―――――――ごくう、さん……」

 

 その言葉は、どこまでも優しかった。

 

 戦士の振り上げた手は、鬼の左胸へと押し付けられていく……………

 

 

 

 

 

 

―――――怖い。

 

 

 ねぇ、どうしてそんな目で見るの?

 

 

―――――――――――痛い。

 

 

 わたし何もしていないのに……どうしてみんなそんな目で見るの!?

 

 

 

――――――――――――――暗くて、冷たい。

 

 

 見ないでよ……いやだよ……怖いよ……

 

 

 

――――――――――――――――――――誰も、助けてくれない。

 

 

 なんで、なんでなんでなんでなんで――――――どうして!!

 みんなと違うから?! わたしだけニンゲンじゃないから!? でもそんなのどうしろっていうの! 好きでこうなったんじゃないもん、こんな身体、本当は嫌なのに……イヤ、なのに……

 

「…………」

 

 どうして、なんでこんなにみんなと違うの!? ……この身体のせいでいったいどれほどわたしが……ねぇ、どうして!!

 

「………………」

 

 黙ってないで教えてよ! 誰かそこにいるんでしょ! わたしに答えを教えてよ! ……言われたとおりに、するからぁ……

 

「馬鹿な女だ」

「!?」

 

 なに……それ。 いきなり現れたと思ったらバカって!

 

「いいか、女。 てめぇはその力を疎んでいるようだが、オレからしてみればその考えは……」

「……な、なんですか」

「頭がおかしいとしか言えんな」

「!!」

 

 なんなの一体。 こうやってズケズケと他人の心を踏みにじるような事ばっかり言って!

 この人、キライです……

 

「我々サイヤ人は戦闘種族だ。 貴様がいま抱えている問題など理解の範疇外なんだ。 というより……」

「うぅ……」

「なぜそこまで難しく考える」

「…………え?」

 

 難しくって。 だって人と違う――

 

「だからそれが難しいと言っているんだ。 いいか、貴様は他とは違う。 言ってみれば生物としてはエリートなんだ」

「え、エリート……」

「腕力にしろ体力にしろ、それに頭の中だってそこいらの馬鹿と一緒ではあるまい。なら、それを誇りに思わんのか? 貴様は生まれた時から他の奴より優れた人間なんだぞ」

「……だけど」

 

 とても怖い声で、わたしに向けて恐ろしい事ばかり言って来るんです。 どうすればそんな考えにたどり着くんだろう。 みんなが怖がるような事を、わたしはしたくないのに……静かに、暮して居たいだけなのに。

 

「それならそれでいいだろう。 貴様がそうしたいのであればそうすればいい」

「でも、それもできない……です」

「………………煩わしいヤツだ、はっきりできんのか」

 

 この人、イライラしてる。 そうだよね、わたしみたいなオドオドしている子供相手に、いつまでも相手しているなんて嫌だよね。 ……少し強がって、笑顔になれば居なくなってくれるかな?

 

「あの――」

「面倒だ」

「はい?」

「もういい。 貴様の弱音など聞いている暇はないんだ。 もう、こうしていられる時間もわずかしか無いしな」

 

 あ、ちょっと! 無理やり引っ張らないで……きゃあ! なんでこの人はこんなに強引なの、あのひとならこんな風にはしないのに……あの、ひとなら……

 

「カカロットの助けを待っているなら無駄だ、あきらめろ」

「だ、だれですか……」

「フンまぁいい。 とにかく奴は今忙しい。 文句の一つも言いたかったら外で大人しく待っていることだ」

「…………だけど」

「それにな」

 

 勝手に歩き出すし、勝手に話を進めるし。 わたしの意見なんて聞きもしないし興味もないんだろうなぁ。 見た目通りの乱暴な人……苦手です。 それでも、なんだか言いたいことがあるみたいなんです。 その人は、少しだけわたしから視線をずらすとこう言ってきました。

 

「そうやってウジウジ悩んでいたところで何も解決などせん。 自身の問題はいつだって己で解決しなければならん。 其れすらも分らんのか」

「……でも」

「誰かが何とかしてくれるなどと思っているのならまったくの見当はずれだ。 身勝手で甘い事この上ない」

「うぅ……」

「物事をうまくやりたいのなら、常に自分から動くことだ……戦いだろうがなんだろうがな」

 

 常に、自分から……けど貴方はそうやって生きてこれただろうけど私は――

 

「甘えるな。 いつかは誰もが通る道だ……貴様はただ他人よりもそれが少しばかり早かっただけのことだ。 やがては他の奴も通る道だ」

「そう、なんですか?」

「あのカカロット……ふん、貴様らがソンゴクウと呼んでいる奴も少しだけ行き詰ったことがあるらしい。 まぁ、そのあとすぐに振り切ったという話だが」

「……っ!」

「フン」

 

 ……乗せられているというのは、自分でもわかりました。 それでも、あの人の笑顔を知っているからこそ、今の言葉は胸の内に響いてしまって。

 

「理由はどうあれ、貴様がしでかしたことは大きい。 地獄に行って償うにしろ、現世で精一杯罪滅ぼしするにしろ、これから先待つのは苦難だ」

「…………はい」

「ほう、テメェがやったことくらいは良く覚えていると見えて、中々、さっきよりは素直じゃないか」

「だ、だってわたし――」

 

 ユーノ君っていう“知っている子”とそっくりの名前の男の子に、ジークリンデさん……いろんな人たちを傷つけて。 許されない、ことだよね……もう、わたしの顔なんて見たくないかもしれないよ。

 

「…………どうだかな」

「え?」

「甘いヤツの仲間というからには、相当の甘ったれに違いない。 案外…………いや、其れは貴様自身で確かめてみるんだな」

 

 イジワルな、顔でした。

 なんだかこの先の出来事を知っているみたいで。 でも、さっきから見えていた銀行強盗さんみたいな顔は、少しだけなりを潜めていて。

 

「さぁ、さっさとここから出て行け。 邪魔なんだ、貴様がここにいると」

「邪魔!?」

「とっとと向こうへ行っちまえ!」

「きゃあ~~!」

 

 まるで猫のように首根っこを掴んできたと思えば、景色が暗転。 右か左かわからなくなるくらいにかき混ぜられたわたしは、そのまま意識を手放してしまいました。

 

 

 

 

 

 

 同時刻―――――暗い……闇の中。

 

 縦、横、上に下。 どこまで行こうとも変わらぬ風景は、時として人の心を蝕んでいく。 目的地があるから人は歩けるわけで。 停滞した人間は、やがて自身の在り方すら忘れてしまうだろう。

 

 さて、そんな暗闇の世界に迷い込んだ人間が一人。

 彼は黒い頭髪を四方八方に伸ばしては、目を瞑ってひたすらに道を進んでいく。 ……いま、自身が歩んでいるところが道だという確証を心に作り上げながら。

 

「こっちだな」

 

 彼は何の迷いもなく進んでいく。 道しるべなどどこにもない、地図もなければ行き先案内人すらいないこの世界で、只、自分が思った通りに進んでいく彼は本当に強い人間なのであろう。

 心も、身体もだ……

 

「おーい! 誰かいるんだろーー!」

 

 最近こういうところに来る頻度が多くなってきた。 少しだけボヤいたそれは、確かに事実と言えるだろう。 でも、其の中でも彼は道に迷うことなく、何時だって目的のモノを探し当ててきた。

 なぜ、そんなことが出来たのだろう。

 聞く者が皆、首を傾げそうになる状況なのだが……

 

「きっとこっちの方だな」

 

 男にもよくわかっていないのだから、答えようというモノは何もないだろう。

 

「…………こないで!」

「ん? 誰かいるな」

「こないで……」

「うっし、そっちにいるんだな」

「こないでって言ってるのに!」

「なんだ来てほしくねぇんか? だったら黙ってれば見つかんねぇのに、変な奴だなぁ」

「…………………………イジワル」

 

 どことなく、日曜休日の親子のような会話。

 その中で男が目にしたのは、金髪の女の子であった。 だがその髪型は彼の知る女の子とは違い、二つに分かれず、自由に流された若干癖の付いた髪である。 背丈で言えば自身が子供になったあの姿よりも小さいと言った印象か。

 そんな彼女を前にして、孫悟空は……頭上に風を感じていた。

 

「に、にげて――」

「よっと」

「…………え?」

 

 身を屈ませる。

 屈伸運動にも似たその動き方は、やはり休日の遊び前の父親を連想させるには十分すぎて。 ……無自覚とは言え、いま“自身が出した凶刃”を避けた男に対し、少女は今度こそ目を丸くする。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「ん? なんだ変な奴だなぁ、攻撃しといて謝るんか?」

「だって……あ、ダメ!!」

 

 四方から凶刃が迫る――そこに残るのは幻影の身。

 頭上から刃が―――――足を振りあげ跡形も残さない。

 足元から無数の――――身体を、金色に輝かせる。

 

「う、そ……」

「これっておめぇが出してんだろ? それにしちゃ殺意が無さすぎる……やっかいだなぁ」

 

 まったく問題が無いように見えるのは気のせい? 少女は本当に驚いているのだろう、目の前の男に視線を固定したまま離さない。

 この、不可思議を体現した男は一体なんなのだろう。 ……くれてやる視線はどこまでも悩ましそうであった。

 

「はは! まぁ、いろいろあってな。 少しだけ、他の奴よか強ぇんだ」

「す、こし?」

「あぁそうだ。 ほんの少しだけな」

 

 この間にも迫る凶刃は、彼の放つ金色のフレアが原子の塵に変えて行ってしまう。 敵意を持たぬ少女にはどこまでも優しく、逆に殺意を持って敵対してくる刃には欠片ほどの容赦もない。 男の性質がよくわかるというかなんというか……

 

「平気、なの……?」

「なにがだ? まぁ、さっきから変なのがちょろちょろしてっけど、気になるほどでもねぇだろ」

「…………」

 

 この男は……今度の今度こそ、少女は言葉を失う。

 本来ならばこの刃に触れたモノは皆、闇に引きずり込まれ破滅の奈落に引き込まれるはずなのに……そんなものが小さく思えるほどにこの男は強く、暖かい光を備えていて。

 

「――――――ッ!?」

「どうした?」

「あ、あなた……そんなの身体の中に入れて大丈夫なの……?」

「ん? そんなの?」

 

 その奥に見える暗闇……いな、“負”は、闇の少女が今まで見たこともない……

 

「っとまぁ、そんなことより。 おめぇさっさと準備しちまえ? こっから出ちまうぞ」

「……え?」

「え、じゃねぇだろ。 せっかく来たんだ、一緒に外に行っちまうぞ」

 

 キャンプに行くぞ!

 聞こえてくる幻聴は、いま目の前の男の背後から聞こえて来るもの。 暖かく、朗らかな光りすら見せるそれは、少女には眩しすぎる幻影である。 いっそ逃げることが出来るなら……振り返れば永遠に広がる闇を確認してしまえば、少女の心は突き動かされていく。

 

「でも……」

 

 それでも、彼女はためらってしまう。

 理由は簡単だ。 いま、青年を襲った凶刃があるからだ。 あんなのさえなければ……自分だって。 小さくつぶやかれる彼女の口は、わずかだが震えていて。

 

「なんだそんなことか」

「!」

「あれが嫌だってんなら、自分で何とかしちまえるように修行すりゃあいい」

「しゅぎょう?」

「修行だ」

 

 その震えは、男がさっさと蹴っ飛ばす。

 いらない震えよりも、心躍る武者震い! 今より先、この地点よりももっと上! きっとある更なる頂をいつまでも目指す男からかけられる其の言葉は、前向きを具現化したような明るさと相まって……

 

「できる、かな?」

「あぁ、出来るさ。 オラな、実はいうと今この姿になるのも維持すんのもすんげぇ苦労したんだぞ?」

「そうなの……?」

「そうみえねぇだろ? これも必死に修業した結果なんだぞ? だから、おめぇもやりゃああんなヘナチョコなの、すぐにどうにかできるさ!」

「……うん」

 

 満面の笑みが咲き誇る。

 暗闇より来たる少女の、輝く笑顔を見た悟空は揃って笑い出す。 はっはっは! なんて声に出せば、胸を張ってさらにヴォリュームを上げていく。 ……少女の、闇が晴れていく。

 

「そんじゃ外出ちまうか。 オラにしっかり捕まってんだぞ?」

「う、うん」

 

 ギュウ……音が出るまで掴んだのは、身長差から仕方ないとはいえ彼のズボンの裾である。 まるで木陰に隠れる子供のようにしっかりと握りしめれば…………

 

「行くぞ…………―――――――――」

 

 彼は、優しくも強引に少女を闇から切り離してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――…………闇が、光にされていく。

 

 冷徹だった悪鬼が、まるで祝福を受けたかのように光となって霧散していく。 今まで散々手を焼かせ、否、死にそうな目に逢ったが故に、奴の消滅に皆が安堵する。

 

 ……それも違う。 一番皆が安堵していることと言えば。

 

 

【…………終わったな】

「……うぅぅ」

「おそと……でちゃった」

 

 彼等の生還であろうか。

 相変わらずの冷たさを感じさせる言動。 だが、其の中に確かに燃える炎は周囲を明るく照らし出す。 金色を纏いし無双の戦士は、二人の少女を抱えながら天に佇むのであった。

 

【…………――――】

「きえ……?」

【―――――――――……キョウヤ、コイツらを頼む】

「うぉ?! 瞬間移動か……って、おまえやっぱり」

【……オレが誰であるかはもうどうでもいいだろう。 倒すべき奴はもういない、オレもじきに消えるだろう】

「……なに?」

 

 戦士が言う。 もう、時間は此処までだと。

 

「おまえ、消えるのか……?」

【その様だな。 ……いや、少しだけやらなければならないことがある】

「なに?」

 

 そう言うなり戦士は空を見上げる。 暗い空にも、今もなお輝く緑色の龍。 彼を一抜するとそのまま視線はさらに遠くを見据える…………――――――男は、突然と消えて行ってしまう。

 

「お、おい悟空!!」

 

 叫ぶ恭也。 だが、その声に還す者はこの世界にはもういない。

 あの笑顔も、あの輝く炎も既になく。 その光景を見てしまった恭也には、ある一つの会話がよみがえる。

 

―――彼は、この世界の問題を……

 

「解決し終わったから、消えちまうのかよ」

 

 もういない彼に対して、一体どのような言葉が届くというのだろうか。

 

「悟空――――!!」

 

 必死に、願うように叫んだ恭也は…………――――――どれほどに滑稽だったろうか。

 

「くぞう、あいつ居なくなりやがって……こんな」

「いやぁ、オラももう少しだけ話ししたかったんだけどな。 アイツさ、時間が終わったからもと居たところ帰るんだと。 まったく忙しいヤツだぞ」

「ほんと……慌ただし……え?」

「ん?」

「…………………なにやってるんだ、おまえ」

 

 戦士は、否。 男はそこにいた。

 何事もなく佇んでは、何食わぬ顔で恭也の鼻の先でいつものポーズを取っていた。 片手をあげ、手の平をこちらに向けては『おっす!』なんて小声で話しかけてくる。 それが、なんだか気に喰わなくて。

 

「バカヤロウ!!」

「おわわ!?」

「なにがじきに消えるだろうだ?! 無暗やたらに心配させることを言うんじゃねぇ!」

「お、おお」

「不意にお前が居なくなった後、一体なのはやフェイトちゃんにすずかちゃん、彼女たちにどう説明すりゃあいいんだ!」

「いやぁ、そんときはうまい事頼む――」

「んなもん自分でやれ!!」

 

 戦々恐々。 先ほどの寡黙の戦士の片割れとは思えないくらいなコミカルさで、恭也の雷を一身に受ける青年……孫悟空は、新たな命として生まれ落ちた姿から、何時の間にやら戻っていた。

 いつもの山吹色の道着に、茶色い尻尾。 黒曜石の様な瞳が少しだけ輝いて見えると、その後ろから気配を感じて少しだけ咳払い。 恭也は、ほん少しの深呼吸を終えると彼らを見る。

 

「ひ、久しぶりにお兄ちゃんのカミナリをみた……にゃはは」

「す、すごいね。 なのはのお兄さん」

「さすがオリジナルの兄君……迫力が違う」

「王さまぁ、トイレ行きたくなっちゃったぁ」

「レヴィ。 少しだけ落ち着いたらどうですか?」

 

 女性陣が慌ただしくも、愉快な会話をすれば……

 

「一瞬だけど“気”が爆発したんよ」

「師匠から手ほどきを受けていたという話は聞かなかったのですが……隠していたのでしょうか。 とんでもない威力です」

 

 未来組の彼女たちが、若干ずれた会話を展開して。

 

「お、俺。 頑張ればあれくらいの気迫出せそうですかね」

「無理はしない方がいい。 それだけ言わせてくれ」

「クロすけ、結構ドライねぇ」

「さっきの熱血君はどこへやら~」

 

 管理局の面々が事の愉快さに緊張感を解き。

 

「終わったのだな」

「その様だ」

「今回、アタシらってそんなに活躍してねえよな」

「ヴィータちゃん、それは言いっこなしよ」

 

 ヴォルケンリッターの彼等ですら事の終結に腰を落ち着ける。 ……そして。

 

「……どうだ、目ぇ覚めたか?」

「……おかげさまで」

「よかった。 どこか、イテェとこあるか?」

「ぜ、全部」

「そうか……まぁ、今回は我慢してくれ」

「はい! …………悟空さん!」

 

 ユーノ・スクライア。 彼は確かに青年へと声を返したのである。 幾多の危機を潜り抜け、一度は地の底に沈み、それでもようやくここへと帰ってきた彼は……

 

「救護班急いで。 今日の重体患者は彼よ」

「しっかりしてください、いま、治療魔法を掛けますから」

「魔力のほとんどが切れかけてる……こんな状態初めて見た」

「楽にしてください。 タンカー急いで!」

「めずらしい……悟空さん、上半身裸じゃねぇよ」

 

 様々な言葉と共に運ばれる彼。 満身創痍は誰の受け売りだろうか? 笑い話で済ませることではないだろうが、なぜだろう。

 

「今回はボロッボロにされちまったけど、次は負けねぇように修行すっぞ!」

「は、はい!」

 

 少し、彼がうれしそうに見えたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ユーノ・スクライアが搬送されてから数分の時間が過ぎた頃だ。

 

 

 

【…………そろそろ、帰っていいのか】

「あ、そうだったそうだった! 神龍の事すっかり忘れてたぞ。 わりぃ! もう少し待っててくれ!」

【……はやくしてくれ】

 

 巨大な龍が“次”をせがむ。

 けれどその言葉に更なる待ったをかける悟空は、片目を瞑って軽い態度。 周囲にいる動植物が畏怖で動けない中で行われる延長の申し込みに、自然が少しだけざわめいた。

 

「というか、あの王子さまはどこに行ったんだよ」

「ん? あぁ、ベジータか」

 

 赤いおさげの女の子。 ヴィータが悟空を見上げながら問う。

 先ほどまで自分達との同期をカットしていた謎の人物……資料だけなら知っているとある星の王子様の行方のことだ。 問われ、少しだけ俯いた彼はすぐに星を仰ぐ。

 

「アイツは……」

 

 彼女たちは、知らない。

 孫悟空が見上げたのは満天の星空ではないことを。 その先に広がる黄泉の国……地の底を、彼は思いかえしているのである。

 

「もともと死人だからな。 あの世に戻っちまったんだろ」

「ふーん、あのよねぇ……」

 

 ランニングシャツを着込んだ、赤い鬼と青い鬼。

 仕事に厳しく、天国往きで在り、それでも修行をとった男が誤って落ちてきても決して元の道に行くことを良しとせず。 その有様はどこぞの公務員を思い起こさせる……しばしば、関係ない話が出たがとにかく、少しだけ前の事を思い出した彼は……

 

「あのよ……? え、あの世!!」

「あぁ、そうだ」

「し、死人だったのかよアイツ!!?」

「なんだ今さらか? あいつんアタマ、輪が乗っかってたろ? なら、あいつはきっと死んじまったんだ。 理由は知らねぇけど」

「…………そ、そうか」

 

 少女を大きく震撼させるには十分で。

 

「師匠、あの世というのは……?」

「空ちゃんってば相変わらず冗談がうまいんよ」

「ジョウダン? 何言ってんだおめぇ達。 あの世はあの世だ」

『……え?』

 

 未来組の彼女たちを大きく混乱させるには十分すぎて。 それでも、どこか彼は語りかけるように空を見上げる。 ……今回の勝因たる、星の王子さまを思い起こしながら…………

 

 

「とまぁ、いろいろ思うところはあっけど。 ユーノはあのフュージョンしたオラたちの気を与えてなんとか息を吹き返したことだし……」

 

 次の仕事がまだ残っている。

 振り返る悟空が見るのは只一点……それは、半年前からの約束であった。

 

「プレシア! ちょっとこっち来い」

「え、あ、……えぇ」

 

 そうだ、彼女の治療がまだ残っているのである。

 呼びだした彼女は歩幅も小さく歩き出す。 ……正直、連れてってやれよと思わなくもない光景だが、それでも彼女は歩くいことをやめない。

 

「ここで、いいのかしら……」

「おう、ここなら神龍にもよく見えんだろ」

「あの大きさなら別にどこに居ても変わらないと思うのだけど……見えないのならあっちがどうにかするべきよ」

「なんだおめぇ、神龍に対して随分キツイ態度じゃねぇか」

「そう、かしら……」

「なんとなくな」

 

 灰色の髪を揺らして、力無く悪態をついてしまったのは彼女が奇跡を嫌っているリアリストだから? でも、一度はそれを肯定したんだから……

 背後で娘が笑っているのも織り込み済みでなお、彼女は神なる龍を、睨みつける。

 

【……帰らせてもらおう】

「!!? ま、まぁまぁ。 こいつも悪気はねぇんだ、な!」

「まぁ、私を救ってくれるというのなら言葉に甘えてあげなくもないけど」

【…………】

「いい゛!? お、おいプレシアぁ……おめぇもう少しなんかさぁ」

「ふふ、冗談よ」

 

 悪い冗談はほどほどに。

 苦い顔をする悟空を、解っていてなお微笑むプレシアはもう、かつてフェイトが知っていた面影を感じさせない。 恐ろしく、ただ狂気取りつかれた悪鬼はもう、この世界にはいない。

 

 だから、そろそろいいだろう。

 

「神龍、二つ目の願いだ!」

【……いいだろう、早く言え】

『ふ、ふたつめ……?』

 

 その、言葉に皆が詐欺にあったような呆然さを見せながら……

 

「ここにいるプレシアを若返らせてほしいんだ」

「え、孫くんわたし――」

「病気治してもおめぇの歳じゃすぐにおっ死んじまうだろ。 だったら、これからもう一回やり直せればってクロノがよ」

「……そう」

 

 確か前にも話してた気が? ――――忘れてたのよ、デバイスの改良で忙しかったから。

 

 聞こえてくるヒソヒソ話はそのまま綺麗に流れていく。 さぁ、早く叶えてしまおう今までの悪夢を祓うために。 深緑の龍が長い身体を動かせば、暗雲がわずかに動き出す。 分厚いせいか変化の見られない漆黒の空に、遂に願いを込めて――――

 

【そこのフェイト・テスタロッサと同じぐらいでいいのか?】

「おう、もうとんでもなくピチピチとした……」

【わかった】

「わかったじゃないでしょ!! ちょっと待ちなさい!」

「イッテェェ!!」

 

 バチコーン! っと、孫悟空の頭の上にタンコブがひとつ。 鋭い突っ込みもさる事ながら、この宇宙最強の人物に傷を負わせる彼女はどこまでも強い女性(ひと)なのだろうか。 皆が称賛と微笑みの視線を送る中……

 

「ヒー……イテテ」

「どうしてそんなことになるのかしら、いまさら魔法少女をやるつもりはないわよ……?」

「いやぁ、オラとしたことがつい、な」

「聞き流していたとでも?」

「はは! まぁな」

「……はぁ」

 

 悟空が頭をさする中、見事に吐き出されていく疲れた呼吸。 彼女のこれからの苦労を表していくようなノリはまだ続きそうであった。

 

「とにかくドラゴン! あなた、いい加減なことをするんじゃないわよ」

【……願いはまだか】

「…………いいわ、そんなに叶えたいのならさっさと言ってやろうじゃない」

 

 ケンカか何かと勘違いさせるカノジョの言動に、近くにいたヴィータは既に半泣きだ。 そして彼女を飼い主として、テスタロッサ家カースト制度のワーストを誇るワンコは既に、その立派な尻尾を地面に垂れ下げている。

 

 この女史、精神的な若さならまだまだ余裕があるのであろう。

 

 そんな中、彼女は視線を泳がせると一点に集中していく。 そこに見えるは栗毛色の主婦が一人。 戦いにさほど関係なく、むしろ帰ってくる役割を担う彼女の名前は――

 

「……えぇ、そうねあれくらいでいいかしら」

「え?」

「桃子さん。 彼女くらいにまで若返らせてもらおうかしら」

「いいのか? そうすっとおめぇオラよりも歳が――」

「年齢詐欺の戦闘民族と合わせる気なんて毛頭ないわ。 けど彼女たちよりも年下になるのは気が引けるし……9歳児を持つのなら、これくらいが妥当よ」

 

 ――――バツイチだしね。

 

 聞こえてくる内緒話に、少しだけ苦笑いする悟空はどうやら意味を把握しているようだ。

 さて、ここで何となくまとまる願いの方向性に悟空は天を見上げる。

 

「そんな訳だ! 出来るか?」

【容易い事だ……プレシア・テスタロッサを25年ほど若返らせればいいのだな】

「そうそう、よろしく!」

 

 そして――――

 

「25!? ってことは今あのヒト……」

「おいおいマジかよ!?」

「……フォトンランサー!!」

『ギィィイェエエエ!!?』

「忘れ堕ちなさい、闇の彼方へ……」

 

 ここで指折り、計算に奔走する男衆には女王の雷が落っこちる。 あわわと叫んで地面にキスを交わせば、今聞いた事実なんて闇の中。 ひと握りの生存者である既婚者ふたりは額から汗を流して……

 

「十分元気だと思うのだが」

「オラもそう思う」

 

 只静かに、ことが起こるのを待つのでした。

 

【さぁ、願いを叶えてやろう】

「……えぇ」

 

 息を呑む。 深緑の龍からついに吐き出された願いの回答は、聞き返す必要がないくらいにはっきりとしたものだ。 そして輝く双眸の色は赤。 深紅の眼光が世界を照らせば、森羅万象が脆くも崩壊していく。

 

 事象が、不可思議に捻じ曲げられる。

 

「……………うぅ!?」

 

 うめき声。 だけどそれは一瞬だ。

 徐々に艶を出していく肌、生気を走らせる肢体とシワの減っていく表情。 その、どれもが彼女を全盛期へと導いていく中。 一人の男がついに感想を漏らす。

 

「……おめぇ、あんまり変わりばえしねぇのな」

「ほっときなさい。 若作りに必死だったのよ」

「ふぅん」

 

 出来た姿は……実はあまり変わらないのでした。 ただ、少しだけ目元が柔らかくなったのは、身体の隅々にまで行き渡った病魔が存在自体を消されてしまったからかどうか……

 表情の軽い科学者は、そのまま手の平を開けて……

 

「すごく身体が軽い。 全身から重石をどかしたみたい」

 

 その動作だけでいままでとこれからの差を痛感する。 叫びだしてしまいそうな欲求を押さえながら静かに喜びに震える姿は……果たして自身の寿命が延びたからか同時なのか。

 

「かあさん……」

「……フェイト」

 

 そんなの、本人に聞くまでもないだろう。 きっと続くこれからの、二人の親子の時間はとても長く、濃いモノになるに違いない。 ……だって二人は、今までの時間を無作為に終わらせてしまったのだから。

 

 続いてほしい、幸せな時。

 

 フェイトのいままでを知る者は自然、その瞳から大粒の涙を流していた……

 

 

 

 

「さてと、これでやりたいことは全部だな」

 

 数分か数秒か。 またも神龍を待たせた悟空はようやく声を上げることが出来た。 皆の嗚咽が静まる中、天を見上げれば龍がこちらを見下ろしてくる。

 

「ありがとな神龍」

【礼などいい】

「そっか。 ……でもまぁ、また世話になっちまったしな」

【…………】

 

 二つの奇跡を叶えた龍。 其れはすなわち別れの時を言い表していた。 記憶に残る新米神さまの言葉をそのまま受け取るならば、これで出来ることはすべてだ。 だから……

 

「アインハルト、ジークリンデ。 おめぇたちには悪いことしちまったな」

「いいえ。 むしろ今回の事件はわたし達にとって掛け替えのないモノになるでしょう」

「そうや。 みんなで頑張って、決してあきらめないで掴みとった未来。 ……まさかウチらが参加するとはおもわへんかったけど」

「いや……そっちじゃなくてよ」

『へ?』

 

 笑顔を遮るような悟空の言葉。 その、意味が分からないと言った娘たちは見落していたことがあった。

 

「本当なら神龍に頼んでおめぇ達をもと居たとこに送ってもらうつもりだたんだけどな。 2個、先に願い叶えちまったから……」

『……あ』

「今度はまた1年後。 そん時まではここに残ってもらうけどいいんか?」

『あああ――――!!』

 

 今日、本当に一番大きな叫び声が上がったかもしれない。 失念とはこの事か、自分たち事の筈なのに、すっかりと忘れていた彼女たちは口元が完全に空いていた。 隙だらけのそこに入れてやるものなど何もない。 悟空は、後頭部を掻いてやると……

 

【次の願いはまだか……?】

「とまぁ、神龍が帰りたがってっから、そろそろお別れだな」

「はい……」

「ウチ達完全に異邦人なの忘れてた。 一緒に戦ってる時の一体感が凄すぎて……」

「あ、それ解りますジークさん」

「せやろ! フュージョンポーズ死守の時もめっちゃ――――」

【次の願い……】

「そうです、そうなんです! 師匠たちが変なおふざけをやり始めたと内心思ったのですが、そのあとの気力の強さと言ったら――」

【あのぉ……次の、願い……】

 

『いやぁ、今回も無事に終わってよかったぁ!!』

 

 さて、そろそろ終わりにしよう。

 孫悟空が背伸びをすれば、皆は確信を持って想う。 ……あぁ、戦いは終わったんだなと。 その中でも聞こえるエコーに、クロノだけは顔だけでツッコミ……気付け、何か言っている!

 そんな言葉を投げかけるも皆は気付かない。

 ……疲れているのだ、戦士たちは。

 だからもうこれ以上はそっとしておこう……静かに、休ませてやろう。

 

【3つ目の願いはいいのか……?】

「あぁ、三つ目ね、みっつめ。 それが出来るんならジークリンデ達を元の世界に帰してやってほしかったんだけどなぁ。 また来年な」

【…………っ! ……容易い事だ】

 

 空が少しだけ跳ねた気がした。

 そのときに見上げた夜空はなぜか赤く輝いていて……ここでようやく――――

 

『え?! みっつ目の願い!?』

【ジークリンデ・エレミア並びに、ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルトの両名を元の時間、世界に戻してやろう】

『ええ!?』

 

 ここで驚くのは全員だ。 なにせ孫悟空ですら予測できなかった展開。 そもそも、彼が知るドラゴンボールの性能はさっきまでで終わりなはずなのに……分らぬ展開に、さすがの彼も混乱をきたす。

 

「で、出来るんか?!」

「……ということは、ハルにゃん!」

「え、えぇ。 まったく期待していなかったのですが……どうやら帰れるみたいです」

『おお!!』

 

 思わぬ収穫に皆が揺れる中。 ……事情を知らぬ者達はここで首をかしげる。

 

「あれ? 王さま、イングヴァルトってどっかで……」

「……今は良い。 時期、向こうからこちらの方にやって来るであろう」

「……ふーん。 ま、いっか!」

 

 ……果たしてそれは彼女たちを…………だが、考えを巡らせる暇なく、約束の時は来てしまった。

 

「……師匠、いろいろお世話になりました。 この数日間、本当に有意義な物になって……うぅ」

「ハルにゃん、後でまた会えるんよ。 元気出して」

「ですがこの姿の――もう……」

 

 いろいろ、言いたいことはあるかもしれない。 だけど時間は待ってくれないように、神龍の願いを叶える時間もあっという間にやってきてしまう。

 

「あ、身体……」

 

 誰かが呟いた。 ……彼女たち、未来組の身体が徐々に透けて行っていることを。 残像拳とはまた違った、夢が現に戻っていくような姿は、彼等が正常な状態ではなかったということを悟らせる。

 

「みなさん、お元気で」

「空ちゃん! 食べ過ぎてお腹壊したらダメなんよ」

「あぁ、おめぇたちもこれから気ぃ付けんだぞ。 ―――向こうのオラにもよろしく!」

『はい!!』

 

 最後は笑顔で……再会の言葉を交わす。

 なにせ彼女たちはこれから先を生きる者たちだ。 なら、何時かは――――悟空はいつも通りの笑顔を見せると、そのまま消えていく少女達を見送っていく。 ……また、どこかで拳を交わそう。 そんな約束を言外に秘めておきながら。

 

 

 ―――――――――――――少女達は、この時間軸から去っていくのであった。

 

 

 

「な、なぁゴクウ。 あいつ等って」

「訳有ってな、オラたちとはほんの少し違うところからやってきたんだ」

「……そ、そう言う事か」

 

 それだけの言葉で、どれほどのことが分かったのだろうか。 しかし、つい数分前に一つの例を見てしまったからにはなっとくしない訳にはいかない。 ……オレンジの髪もつ狼は、ここで会話を閉じてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【願いは叶えてやった……】

「あぁ、これで文句はねぇ。 いろいろサンキュな、神龍」

【さらばだ――――!!】

 

 光が七つ、世界の彼方へと飛んでいく。

 誰にも掴ませまいと、まるで隠居するご老体のような隠れ方を見て、皆はこの事件が終わったんだと方から力を抜く。

 

 

「……見て、悟空くん」

「ん?」

 

 高町なのはは、自然、空を見上げていた。

 そこに輝く満天の星空は、先ほどまで広がっていた暗雲が遮っていた現実の光景である。 それを見て、今までの騒ぎを思い起こせばなんとも長く、短い時間であったろうか。

 

「一日、経って無いんだもんね」

「ん? まぁ、そうだな」

「早かったなぁ……プレシアさんも病気とか、これからとか、いろいろ心配がなくなってよかったね」

「あぁ」

 

 そう、ようやっと終わった闘い。 だけど今日という日付は終わるどころかまだまだこれから。 見つけた時計の短針は、これから日が昇ろうかという時間帯だ。 ……彼らの明日は……

 

「きっとみんな、爆睡だね」

「そうか? オラまだヘッチャラだぞ」

「……それは悟空くんだけだよ」

 

 疲れ果てて、泥のように眠るに違いない。

 

「あ、悟空くん」

「どうした?」

「初詣って知ってる?」

「はつもうで? どっかで聞いたことあっかな」

「もうすぐなんだ、それ。 ……今度教えてあげるね」

「ふぅん……こんど、かぁ」

 

 今度。 ……その機会を作った戦士はもう何もない空を見上げる。 この、満天の星空の下、いまどれほどの人間が目を開け、今光景を見ていただろうか。

 其れはきっとほんの少しの人間だったろう、もう、ほとんどの人間がこの世界で意識を保ってはいないだろう。 それほどに朝と夜の境界があいまいな時間帯でも、彼はいつも通り、黒曜石のような目を……輝かせる。

 

 

 

 ―――――――――――――……………………その会話が、彼と彼女が交わす最後の言葉になることも知らずに。

 

 

 

 

「!!?」

「悟空くん?」

 

 皆が、帰ろうとしたところだ。 ここで孫悟空の尾は張りつめていくように強張る。 なにか……そう、何か重大な見落しをしているのではないかと、周りを見渡したそのときだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[………………………………………………おのれサイヤ人]

 

 

 絶望は、最後の最後で堕ちてくる。

 

 

「――――――…………孫悟空! い、いま――」

「わかってる。 だけどあれはマズイぞ夜天」

「……え?」

 

 見た色は白銀。 全てを写しとり、跳ね返さんとするかのような硬質感は、そのまま彼の堅牢さを表している。 だが、其れはほんの一部に過ぎない。 身体……いいや、躯体を構成するほとんどが消失し、まるで8足生物のような醜態さでしぶとく這いずりまわるのが精いっぱい。

 けれど……

 

[こ、コんなオワリかたは……おREはみとめNzo]

「なんて気だ――よせ! この星ごと無くなっちめぇぞ!!」

 

 その身体に秘められた力は危険極まりなく、圧倒的に絶望的であった。

 

 …………ひとつ、奴の身体が膨れ上がる。

 

[死ぬ、のだ……このおれは、ウチュウさいきょうナNOだ……こ、ころSIてヤル……]

「…………くッ」

 

 …………ふたつ、奴の身体が急速に赤熱していく。

 

[オレノさいご……これで…………けしとべ!!]

「うそ……あれって」

 

 

 どう見ても、否。 どう考えてもあれは数日前に倒した輩だ。 高町なのはの記憶にも新しい、最悪の金属生命体。 だけどそれは金色の光りを受けて消えてなくなったはずなのに。

 

 孫悟空が彼女の前に片手を置き、決して前に出さないようにしながら……時間は無情にも消費されていく。

 

「どう考えても自爆する気です」

「みてぇだな。 ……なんだかどこかで見たような真似しやがって」

「え、え!?」

 

 高町なのはには、今起こっている事態を完全に呑みこむ“勇気”は無かった。 あったとして、果たして解決の糸口になったかは別なのだが。

 

「夜天、参考までにききてぇ」

「転移なら無理ですよ。 質量が大きすぎて、転送までの時間が大幅に伸びてしまう」

「……八方ふさがりだな」

「ご、悟空……くん」

 

 吐き出した……息。 ため息にも聞こえて、でも今まで聞いたことのないような暗さは、高町なのはですらしない敗戦濃いモノである。

 完全に、してやられた。 ……まさかの逆転劇に――――

 

「悟空! いまのはなんだ!」

「孫!?」

「孫くんそいつ!?」

 

 去っていった皆が戻って来る。 まだ、事件が終わりではないことに気が付けば―――

 

「よせッ!」

『!?』

「あれに攻撃すんな! あんな破裂しそうなまでに気を溜めた奴に刺激を与えてみろ……この星ごと無くなるぞ!」

『…………っ!!?』

 

 攻撃しようとした手を怒号が止める。

 ありとあらゆる手を考えたとしても、もはや手遅れ。 転移は時間がかかり、消滅させようと手を出せば自分たち事すべてが消え去る。 ……もう、何も出来ないと誰もが悟りはじめる。

 

 

 ……だが。

 

「なのは」

「……ふぇ?」

 

 こんな時、彼は途轍もなく優しい顔をして見せたのだ。

 

 

「おんなじ状況だってのに、やっぱりこれしか思いつかなかった」

 

 

 あまりにも優しすぎて、壊れてしまうんじゃないかってくらいの繊細さでなのはを包んでしまえば……

 

「キョウヤにシロウ、ミユキとモモコにフェイト……みんな、元気でな」

 

 額に指を持って行き……

 

「……おい、おまえ何考えてんだ」

「孫悟空! 早まるな…………――――――」

 

 何か、皆が叫び始めているがそれが届くこともなく…………――――

 

「――――――…………クウラ、悪いがオラと一緒に消えてもらうぞ」

「ば、バKAな!!」

「――――……孫悟空、貴方一人でどこに飛ぶのですか。 気のあるところにしか行けない貴方が」

「…………夜天」

 

 その声が聞こえた時には。

 

「イメージを私に送ってください。 ……行きましょう孫悟空。 未来に希望を紡ぐために」

「……すまねぇ」

[よせ……BAかナ!!]

「さぁ、貴方はどこへ堕ちたいですか」

[ぐぅぅオオオオオオ!!]

 

 

 

断末魔と共に…………――――――――――孫悟空は、この世界から消えてなくなっていた。

 

 

 

「……うそ」

 

 さっきまで有った笑顔は、もう……ない。

 

「うそ…………」

 

 次に起こるはちいさな地震。 ……理由が何なのかは、知りたくもない。

 

「いやだ……そんなの……」

 

 さっきまで隣にあった温もりが、冷たい夜空の空気に消されて行ってしまう。 その、冷たさが全身に行き渡る頃だろう……

 

「イヤぁぁぁぁあああああアアアアーーーーーーーーー!!」

 

 悲痛な叫びが、夜空に木霊し、消えていく――――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消えて行った先の空気が、切断された――

 

『!!?』

 

 其れは、彼が得意だった技法のひとつである。

 どれほどの魔法技術を結集したとしても起こすことができない技法……エクストラスキルと呼称されるそれは、魔導師が自然と“魔法の様だ”と呟いてしまった代物だ。

 

 そう、それが使える人物なんて限られている。

 

 その、人物が誰なのかをみなはわかっている――――――

 

 

 

「ご、ごく――」

 

 

 

[…………なかなかキモを冷やしたぞ、あのサルめ]

 

 

 だが、希望というのは……奇跡というのはいつも何らかの代償を必要とするモノらしい。

 

[さぁ、ここからが本当の地獄だ……猿の生き残りめ!!]

 

 

 今回の代価は……あまりにも高すぎた。

 彼等に、反撃の手立ては……ない。

 

 

 

 

 

 

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

なのは「……」
恭也「最後、本当に最後だと思った戦いに落ちてきた一体の機械。 それが全てを奪い去っていく」
なのは「…………」
フェイト「消耗した管理局の人たちは次々と倒れ、遂にはシグナム達もその身を引き裂かれていく」
なのは「…………………」
クロノ「残るは僕たちだけ。 悟空なしの最終決戦を前に、遂にあの子が――――」

リンディ「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第68話」
プレシア「孫悟空はもう居ない! 切り開け、世界の運命!!」


クウラ「さぁ、これで終わりだ」
なのは「…………………………………………赦さないから」


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