魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第68話 孫悟空はもういない。 切り開け、世界の運命

 

 

 

 誰もが止めることが出来なかった。

 

「う、うそや……」

 

 誰もが、見送ることしかできなかった。

 

「…………リイン……っ!」

 

 気づけば手遅れ、ことが過ぎれば……悲劇が起こされていた。

 

「リインフォースッ!! ごくう!!」

 

 英雄はいつだって迎える結末にろくなものがない。 平穏無事、そんなことからかけ離れているからこそ、彼等は人外な伝説を残さざるを得なかったのだ。 別に残したくて起こした伝奇などではない、暗雲を祓って、そのあとに起こった不幸に対処できなかったから悲劇の英雄とされるものも、実は多かったのかもしれない。

 

 今回、それが彼にも当てはまってしまっただけのことなのだ。

 

「孫……」

「あいつ――」

「馬鹿な……」

「……悟空さん」

 

 四騎士が一斉に膝から崩れる。 過去に彼の力となり、その一部になったことがある彼等だからこそ分かるつながりがある。 常人には、決して知り得ないつながりというものが。

 

 だが。

 

「アイツをまったく感じない……まさか本当に」

 

 シグナムは其処で言葉を止めてしまう。 口から吐き出せば事実になってしまいそうだったから。

 それが嫌で、その、出来事を認めたくない一心で彼女は続きを吐き出すのを……

 

「―――くッ!!」

 

 拒絶する。

 紡ぐ口からは、叫び声を留まらせる代わりに嗚咽だけが滴れる。 地面に落ちることが無い、比喩だけの存在だとしても、其れは確かに零れ落ちていて……大地を、悲しみに濡らす。

 

[…………プログラムが泣くのか? 感情があるとは思わなかったぞ、木偶人形]

「――――――――!!」

 

 ろくでもない、腐っている、人として……こいつは終わっている。 シグナムが声にない叫びを上げれば、自然、四つの光りが目の前の“怪物”へと襲い掛かる。

 

[くくく……バカが]

 

 其れは8足歩行のケダモノである。 いいや、虫なのかもしれない。 とにかく、銀の装甲を成したそれは、見た目通りの人外であって。 かつての姿からは見るも無残な醜悪な姿であったろう……だが。

 

[貴様ら相手ならこの身体で十分だ! 殺してやるぞ!!]

「それは……」

「こちらの――」

「セリフだってんだ!!」

「行きます!」

 

 そんな身体としても、そんな不自由な形だとしても。

 

[ハァァアアッ]

「ぐ!?」

「が!!」

 

 其れは、騎士たちをまったく寄せ付けない。

 

 人の形を持たぬ8足の怪物は、その足を2本伸ばせば触手を作り出す。 鞭のようにしなれば、インパクトの瞬間に硬化しダメージを増大させていく。 ……その威力に、シグナムとザフィーラは地面にクレーターを作らされる。

 

「よくもゴクウを! アイゼン!!」

 

 赤い魔導の衣服をもつ少女、ヴィータが吠える。 獅子奮迅の迫力を背に纏い、己が持った赤い鉄槌を複雑に変形させていけば敵に巨大な影を落とす。

 

「いっけぇぇ!!」

 

 振りかぶり、落とせば轟音が唸る。

 手に残る感触は過去からくる情報通り、敵を粉砕したという信号を彼女に伝えていく。 ……そう、奴を叩き潰したという事実をまったく伝えず……

 

[……土煙を上げるのが貴様らの特技か何かか?]

「――――な?!」

 

振り下ろし、隙だらけとなったヴィータの真横から触手が襲う。

 

「があああッ」

「ヴィータちゃん!!」

 

 無残にも地面を穿つ彼女の身体。 削岩機のような扱われ方は、当然肉の身体を持つ者にとっては規格外の扱われ方であり……ダメージは相応のモノだ。 地面に接触した左肩からは既に痛覚さえなく……

 

「か、かたが……」

[……もう終わりか]

 

 もう、動かすことすら敵わない。 早すぎる騎士たちの壊滅に、後衛での援護が主となるシャマルは戦慄を隠せない。

 

「く、そぉ……」

[フフッ……ハハハ!]

 

 不気味に蠢く鉄の塊。 それが不快な雑音を振りまけば、周囲の人間は各々戦の準備を完了させる。

 

「…………悟空の、仇」

 

 雷が、堕ちた。

 未だ暗い夜空に泣き喚く雷鳴は、いままでに聞いたことが無いほどに激しい音を奏でている。 自然の現象ではない……誰もがわかる答えに、証明することさえしないのは目元を赤く腫らした金髪の少女で在り。

 

「よくもやってくれたね……!」

 

 地上に遠吠えが駆けぬける。

 暗闇をも噛み砕くその雄叫びは、本来なら彼女の性別なら当てはまらないはずの単語だ。 だが、失った心の孔を、マグマの如き怒りで埋め尽くせば途端、咆哮が山々を揺らす。

 

『うぉぉおおおおッ!!』

 

 稲妻が駆けぬければ疾風が身体を刻みつける。 その間にも機械の身体は警戒にギヤをまわし続けていく。 潤滑剤の漏れすらない綺麗な身体……先ほど、彼を巻き込んだダメージを感じさせない奴は、まるで先を見据えるかのように攻撃を“回避していく”

 

「はぁ!」

[こうも攻められるのも――]

 

 フェイトの渾身の一振り。

 手に持った黒い鎌が、黄色い魔力刃を展開すればそのまま夜空ごと切り裂く。 だが、残る銀色に一切の変化はなく、奴は何食わぬ様子で……呟く。

 

[こちらとしては気に喰わんな]

「ウラァ!!」

 

 オレンジの閃光。 彼女が拳に叩き込んだ魔力を爆発させれば、銀の化け物に肉迫する。 されどどれほどに速かろうとも今の奴には“届かない”

 

[少し遊んでやろう――――うぉぉぉぉぉおおおおッ!!]

『!!?』

 

 急激な変化だ。 先ほどまでの8足生物とも取れる機械が、そのあまりある触手で自身を包みだしたのだ。

 

「そんな防御……切り裂く――――」

 

 それは隙。 見落すことなど赦されない好機にフェイトの加速力は一気に高まった。 超高速のそれは風を切り、空気の抵抗を無視した攻撃を生み出していく。

 

「プラズマランサー」

 

 まずは牽制。

 地面を抉れば土煙が上がっていく。 だが、それでも狙いを付けたフェイトの攻撃が中断されることはなく。

 

「はぁぁあああああッ!!」

 

 一瞬の交錯。 手に持ったバルディッシュが奴を真芯に捉えた―――

 

[……そろそろこの身体では……な]

 

 ……はずだった。

 

 機械の化け物が、その身を包んでいた触手を引きはがしていく。 まるで要らなくなった部品をはぎ落すかのように、ゴソリと音を立てながら行われるそれは不気味でならない。

 

「なんで、そんな……」

[ウォームアップは終わりでいいだろう。 ……始めようじゃないか]

 

 ……そもそも、たった今フェイトが渾身の一撃を与えたにも関わらずに、なぜ奴は何の影響もなく言葉を発せられるのだろうか。

 

[本当の地獄というやつをな]

「うそ……無傷!?」

[はーははは!!]

 

 機械が雑音を鳴り響かせれば、奴の身体が器用に分解していく。 脚だったところからは無数のケーブルが伸びていき、そのままどこまでもを這いずりまわる。

 

「みんな、飛んで!」

 

 それを見た瞬間に上がる声……リンディだ。 彼女は張り裂けんばかりに周りへ警告を送る。 このまま大地に足を付ければ、決して良い未来などやってこないということを。

 

「飛べる人はそうでない人のカバーを……一時、撤退もあたまに入れて頂戴」

 

 丁度、半々で別れていた飛行可能とそうでない人員。 中でも管理局でもなくさらには魔法とは縁遠い者達のフォローも忙しなく行う彼らは――――

 

「あ、あぶなかった」

「アタシたちどうなっちゃったのよ!?」

「これって?! 恭ちゃん!」

「き、筋斗雲……」

「……悟空君、居なくなってまでキミは僕たちを―――っく」

 

 青年の遺品が全てを拾い上げる。

 若干サイズアップされたそれは、既に定員の限界を超えようとしていた。 それでも背に乗せた者たちを落とさんとする姿は……主に似てとても逞しかった。

 

だがそれでも人手は足りない。 要救助者が複数いる中で急ぎ、次の反撃に出ることなどできるはずがない。

 

 そんな彼等は今まで居た場所を見下ろし……

 

「そ、そんな……」

「地面が何も見えない」

「機械と、ワイヤー……無機質なもので埋め尽くされていく!?」

 

 この世界が徐々に塗り替えられていく現実を目の当たりにしてしまう。

 灰色の世界に変わろうとしていく途中だ、まだ、心配はいらない範囲であろう。 けど、次第に蝕んでいく範囲は広がり、やがては世界を覆い尽くすのは明白。 その証拠に、今しがた有った旅館は見るも無残に取り込まれ、鋼の建造物へと変わっていってしまったのだから。

 

「あやつ、この星ごと我らを喰うつもりだ」

「王さま、それどういう事?」

 

 ディアーチェが目を細める。 そもそも、今回またも現れた奴……クウラの行動には疑問点が多すぎるのだ。 それを彼女は今、自身の知識を動員しながら解決していこうとする。

 

「言った通りだ。 あれはもとよりそう言う機能なのであろう……闇の書がそうであったように」

「でも闇の書って――」

「そうだ、今はもう無いに等しい」

 

 ならどういう事なんだ。 皆が首を傾げる中、王の視線は筋斗雲の方へ移動する。 今はまだ、力を自覚していない幼き彼女……そんな彼女は。

 

「うぅ……」

「……無理もない。 全てがイレギュラーだった上に“あやつ”が無理矢理引っぺがしてしまったからな」

『??』

「すまぬ、身内の話だ気にせんでくれ」

 

 縮こまる彼女を見てはため息ひとつ。 期待できない戦力その壱と数えれば、ディアーチェはすぐさま視線を外してしまう。

 

「し、しかし――」

「ぬ?」

 

 剣士の声が立ち上る。 魔導に生まれしそれは、深手を負いシャマルの肩に担がれながら言葉を発していた。

 

「シグナム! 無事だったのね」

「すまない、余計な世話をかけた」

「そんなこと……でも、何か気になることがあったの?」

「…………あぁ」

 

 彼女は少しだけ目を瞑る。 まぶたの裏に映るのは過去の戦いと、超戦士が生まれた瞬間の事だ。 力と力、感情渦巻く中で行われた星の終わりは、今もなお彼女の中に強くこびり付いて離れない。

 その激闘を思い起こせば起こすほど感じて止まない。

 

「奴に、我らの力が通用している気がする」

「……どういう事だ、烈火の将」

「理由は分らない、原理も不明だ。 だが、我らの記憶の向こうにある孫の戦いを思い出せ。 ……奴はあんなものではなかっただろう?」

「!」

 

 言われてみれば、そうであろう。 だが……ディアーチェはその考えに乗ることが出来なかった。

 

「遊んでいる。 その可能性も……」

「ないとは言い切れん。 だが先ほどのテスタロッサの戦いで、奴はどういった行動を見せた」

「……なに?」

「奴はな、防いだのだ、テスタロッサの攻撃を」

「だからなんなのだ? 攻撃を防ぐなど当然のことであろう」

 

 クウラという化け物の力は未知数ではない。 孫悟空の記憶を頼りに、奴の“弟”と思わしき存在の戦いを見てみれば大体の見当は付いてしまう。だが、だからこそわかってしまう戦力差に、希望を一向に見いだせない王は否定的だ。 ……でも。

 

「まだわからんか」

「だからなんなのだ!」

「思い出せ。 先ほどの孫と王子の融合した身体……あれが戦った時、勝負になっていたか?」

「…………あれは次元そのものが……ハっ!!」

「気が、付いたようだな」

 

 思い出せ……思いだせ……ディアーチェの中にシグナムの言葉が響いていく。 さて、あの融合戦士は果たして圧倒的な力を持った時にどうしていただろうか。

 

「我らは常に劣勢を強いられる戦いをしてきた、だからこそわからぬのだ……圧倒的な力を持つモノの遊びというやつを」

「ならその遊びをしなかった奴は?」

「余裕がない……剣を交えてみて感じ、外から他者の戦いを見て思ったことだ……可能性は高い」

「むぅ……」

 

 奴の場合、遊びというより敵を焦らせる作戦も混ぜ込んでいたが。

 シグナムが付け足せば皆が少しだけ黙ってしまう。 ただ、敵が孫悟空の相手だっただけで尻込みしてしまうのは仕方がない。 士気高揚を狙ったシグナムは、ここで言葉を引く。

 

「わたしも感じました、それ」

「フェイト……貴方」

 

 だけど、そんな彼女の後を押すように少女が声を上げる。

 どうやら彼女もシグナムと想いは同じようで。 一撃を放ったからかどうなのか、少しだけ落ち着きを取り戻した彼女を見て、プレシアは少しだけ手を伸ばす。 でも、触れることは叶わない。 いま、不用意に触れば……壊れてしまいそうだから。

 

「前にシグナムの身体を乗っ取った時と一緒なんだと思います。 ……チカラの大半を失っている、そんな気がするんです」

「正確には少し違うがな。 アレは身体が奴にあっていないという不具合もあった」

「なら、今回は……」

 

 身体を調整中なら、あの時よりも断然手ごわいはず。

 誰もがわかるように究明していく彼女たちに、筋斗雲の上から声がする。

 

「俺たちでも戦えるという事か……?」

「……かも、しれないです」

『!?』

 

 すこし、自信は無かった。 あんな戦いの後だ、もしも思惑が外れ、実は奴が遊んでいるだけだったとしたら無駄死にもいいところ。 でも……

 

「……そんな顔しないでくれ」

「恭也さん……」

「それにな、どうせここでやらなかったら結局アイツにみんなやられて終わりだ」

 

 風が吹く。

 高高度だという事でかなりの寒気を与える風は、バリアジャケットの無い武芸者たちには些か肌に痛い。 それでも竦むことなく立ち上がる彼の周りには、どうしてだろう、光が漂う気がした。

 

「やってみなくちゃ、分らん」

「……はい」

「まぁ、あいつの受け売りなんだがな……」

 

 照れ臭そうに顔を背けるところはまだ、彼が大人になりきれていないという事だろうか。 フェイトの顔を見て、少しだけ空気を吸い込んだ恭也は……言う。

 

「……そのあいつが命を懸けて切り開いたチャンスだ。 何が何でも成功させるぞ!」

『!』

 

 眼下を見下ろせば、不意に目つきを鋭くする。

 

『…………っ』

 

 その眼のなんと冷たいモノか。 例え氷点下で固まる氷があったとしてもこれには敵うようなことはないだろう。 なら、奴に向けるその視線の種類は……

 

「御免、父さん」

「……あぁ、いいんだ」

 

 ……オレハイマ、ハジメテ剣ニ殺イヲコメル…………

 

「今この時だけ、御神の名を汚す」

「行くぞ恭也」

 

 ダレカヲ守ルタメ……ソレスラモ心ニトドメナイ殺シの剣を……イマ……

 

「待ちなさい男衆」

『うぉっと!?』

「なぜ男って生き物はみんなして勝手に突っ走るのかしら。 ……桃子さん、しばらく押さえつけておいて頂戴」

「えぇ、良いですけど……?」

『むぐぅ!!』

 

 どう押さえつけているかは敢えて明記しないでおく。

 さて、男共の先走りを止めることが叶ったと、そっと息を吐いたのはプレシアだ。 彼女は薄く開いた目と、同じくらいに口元を広げればそっと動かしていく。

 

「……セットアップ」

 

 其れは、彼女の身体を包む光を生み出す合言葉。 暗い夜空を紫で照らし出せば、全身に稲妻が駆けぬける。

 

古き神曰く、その辺の20代後半よりもずっと色艶があったとされる彼女は、いま、全身にかけられた枷を解かれている。 何よりも年齢の若返りにより、落ち込んだ体力も魔力も『先ほど』とは比べ物にならない。

 

「う……ん……」

「……おぉ」

「ちょっと、恭也?」

「ごほんっ!」

 

 その若いモノよりも若々しい姿に、例え“硬い”恭也でさえも目を奪われずにはいられなくて。

 

 その視線が気に入ったのだろう。 魔女は此処で口を吊り上げる。

 

「ふふ、やっぱりこの格好は、この年齢だと一番似合うわ」

 

 

 紫電の大魔導師……プレシア・テスタロッサここに顕現。 実力、体力、さらに長年蓄積された知力を合わせた総合力なら、おそらくこの陣営でトップに入る人間がついに戦闘態勢を取る。

 

「まぁ、体力面で言えば修行をしていた娘たちには劣るでしょうけど」

「これが全盛期のプレシアさん……なんて迫力なのかしら」

「ありがとうね、リンディさん」

「あ、はぁ……」

 

 さてと。……なんて、手の平を叩けば魔女の自慢のドレスがたなびく。 深遠な色香を隠すこともしないで、今しがた戦闘を中断した娘に近寄っていく。

 

「さっきの話、確かな手ごたえはあるのね?」

「は、はい! でも……」

「自信を持ちなさい。 貴方はなによりも冷静で、聡明な子。 なら、その判断はきっと正しい」

「だけど――」

 

 プレシアの表情は柔らかい。 何かを見据えたかのように、娘の言葉をやさしく包むと。

 

「間違いがあるはずないわ。 だって私の娘なのよ? 信じなさい、その気持ち」

「……かあさん」

 

 その眼に光を宿らせて見せる。 ……でも。

 

「取りあえず“フェイトだけでも”立ち直ってもらわないと……ね」

「……あ、なのは……」

「彼女は…………」

 

 送る視線は愁いを帯びていた。 どこか、同情を思わせるそれは、自身も一度体験したことがあるからだろうか。 白い少女はいま、言葉もなく独り空を浮遊していた。

 

「彼女には一人で立ち直ってもらうしかないわ。 ……経験上、今すぐに誰かが声をかけても逆効果だから」

「で、でも――」

「とにかく今は眼の前の敵……クウラをどうにかしないといけないわ」

 

 眼下を睨む。

 今までの平穏を食い尽くす銀色。 淡白で、単純で、だからこそ美しいこの世界を只無慈悲に塗りつぶしていってしまう。 様々な色があるからこそ風景は美しいのだ、なら、全てが統一されたこの色にいったい何の魅力があるのだろうか。 ……ただ一つの救いと言えば、人里離れたこの旅館から侵食が始まったというところだろう。

 

「……海鳴に到達する前に何とか手を打たなければいけないわね」

 

 そっと呟けばあたりを見渡す。

 

「結界魔導師の坊やは既に限界。 孫くん達からの気の供給を受けたとしてもそれは変わらないはずだわ……それを考慮して戦えるのは――」

 

 ―――戦力になるのはざっと15人余り。 あとは戦力的に不足なのと……

 

「……………………」

「……御嬢さんは精神的に、ね」

 

 心に大きな穴を作ってしまった少女。 顔が影になっているように見えてしまい、その表情を窺い知ることは誰にもできない。

 

「とにかくまずは作戦を立てて、全ての人間の力を最大限に発揮しなければあんな怪物には敵わない。 そうよねリンディさん」

「えぇ。 わたし達は魔導師であって戦士ではないのですから、結託して困難に立ち向かわなくてはいけない。 ……それは、彼がわたし達に教えてくれたことですから」

 

 圧倒的な力を前にしても立ち上がり、独り拳を振るうのが戦士。 自分たちはそれが出来ない、なら彼女たちは戦士ではないのだろう。 ……そんなことは言われるまでもないと、リンディの目はわずかに細く閉じられていく。

 すぐさま広げられ、中空にライトグリーンの窓枠を作れば、そこだけ景色を塗り替えていく。

 

「敵総数は1。 ですが闇の書と正体不明な力を所持していることから、その脅威は計り知れません」

「その正体不明の力の事なら大体見当がついておる」

「ディアーチェさん……?」

「ずっと、あの者の中に縛り付けられておったからか知らぬが、ほんの少しだけ情報がある」

「そう、なの?」

「あぁ……」

 

 何時の間にやらプレシアから指揮を受け取ったリンディ。 彼女は眼下の鋼鉄を睨むが、そのすぐ横から来た情報源に口をきつく閉じる。 ……情報の一つでも零れ落さないための処置だろうか? 彼女は後ろに結った長髪を揺らしながら王の言葉を自身に取り入れていく。

 

「名を、ビッグゲデスター」

「ビッグゲデスター……?」

「そうだ。 もともとはひとつのコンピューターチップだったらしいがの。 斉天のと行った最初の戦いで太陽へ放逐された彼奴は、運よくそれと遭遇、さらに有機的に結合したのだ」

『…………』

 

 言葉が、出ない。

 一体何をどうすれば敵を太陽に放逐するなんて最後が出来上がってしまうのか……想像すらも及ばず、発想すら出てこないその攻撃に皆は息を呑む。

 

「飲んどる場合ではない、本題は此処からだ」

「え、えぇ」

「クウラと一体化したとはいえ、その目的は変わることが無かったらしい。 そもそもあれは欲望が赴くままに他者を取り込み、己を肥大化させるのが最終的な到達地点なのだ。 ……どこかで聞いたことはないか?」

「!!」

 

 ハっとした。 彼女は此処で本当の意味で息を呑んでしまったに違いない。 手が震え、その長い髪を小刻みに揺さぶれば、いま言われた意味をもう一度脳内で分化してくみ上げ治す。

 その中で零れ落ちてくる真実はたった一つだ。……そう、今まで何度も心の中を揺さぶったアノ魔本。

 

「闇の書……」

「正解だ」

 

 ただし……王は続けて注意点を上げる。 次いで上げた人差し指は、たった壱個を指し示すかのようにピンと伸ばされ、ゆるぎない確信を聞く者に感じさせる。

 

「奴が取り入れるのは闇の書とは比較にならん」

「というと……」

「我らのが魔力を取り入れるならば、あれは生命力そのものを奪い去っていく代物だ」

「けどそれはどちらも人体には重要な……」

「そうじゃな。 だが、その規模が『星その物』ですらも対象と見ていることがアレの定規(ものさし)具合がいかに規格違いかを判らせてくれる」

『星!!?』

 

 星を喰らい、星そのものとなっていく機械の塊。

 かつて超戦士ですらもその餌食としたことがあったが、どうやらそこまでの記録は彼女には無いらしい。 ……あれば、途轍もなく恐ろしい“崖の上”を見て、発狂せざるを得ないだろうから、このことは逆に良かったのかもしれない。

 

 王の説明を受けた魔導師たち、彼女たちは此処で再度眼下を修めた。

 荒れ果てていようが、整地されていようがなんであろうが呑み込んでいく銀色の恐怖。 それを見ただけでどうとも表現できない感情が背筋をかけていく。 ……もう、ここまでの説明を聞けばわかってしまったのだろう。

 

「あれはまさか、この星を呑み込もうとしているの!?」

『!!』

 

 フェイトだ。 見た目幼く、けれども知識面なら下手をすれば恭也ですら超えて見せる彼女は此処で答えを言ってしまう。 けど、それすらもわかっているかのように、陣頭指揮者そっと髪をかき上げる。

 

「……その様ね」

『…………』

 

 冷静だ。 そして冷徹であった。

 かき上げた髪は視界が邪魔だから。 其処を広げた先に見える絶望を、どうしてだろう、心を決して揺らさずに見ていることができるその姿に、魔導師たちはおろか武芸者たちですら底知れぬ感情に心を凍らせてしまう。

 

「ここが最初で最後の防波堤です。 なにせ敵は星そのものを呑み込むことができる悪魔……さらには瞬間移動が使えるならばその行動範囲はこの星、宇宙、世界にはとどまらないでしょう」

『次元、世界……』

「そうね。 ……きっと超えてくるはずよ、世界の壁すらも」

 

 止めるならば敵が弱っている今の内。

 それが叶わなければ、世界最強の戦士を失ったこちらに敵う手札は完全に無い。 解りきった事柄、出来ることが少ない現状。 だが、だからこそとここでリンディは皆に視線を配る。

 

「後戻りができない。 けどそれは逆に見る方向が一点に絞られるという事よ……なら集中が出来ていいことだとは思わないかしら」

 

 いきなり変わった、風向き。

 絶望の中でも、決して膝をつかないこの姿勢はいったい誰に似たのだろうか。 すぐ結論を求め、それが叶わぬものだと知ったのならすぐさま別の道を求めるのが、うまい人生の生き方だ。 

 

「振り返らず、希望に向かって突き進んでいけばいい。 それがダメなら……」

 

 当然、それが出来るからこそ大人なので在って。 ……それを当然のようにやってきたからこそ今現在の地位があると、彼女も認めている。

 

「みんなで、仲良く消えてしまいましょう」

『…………っ』

「もちろんタダで消えるつもりはありませんし、当然消えることが前提の話ではありません。 ……ただ、そう思えるくらいには全力を尽くしましょう」

『!』

 

 ―――――やるだけやった……もう、指一本だって動かせない。

 

 世界最強の戦士は一体、どれほど今の言葉を実行して来ただろうか。

 いつまでも終わらぬ戦いの螺旋階段を、真っ向から昇って行っては傷付き倒れ、死んでもどってまた、歩き出す。 そんな真っ直ぐすぎる生き方がまぶしくて……そんな歩き方に魅せられて。

 一人の大人は今、そんな輝きを知らずの内に纏い出す。

 

 

「作戦を今から構築します。 それまで、少しの間我慢して……」

『…………』

 

 ……カレならこうするだろう。 ……そんな言葉を胸に秘めながら。

 

 

 

 

 

 銀の侵食が始まり、既に半径数キロがその手に堕ちた頃合いだろう。

 まだ海が鳴く街には及んでいないだろうが、その間にある山々は自然界から消え、鋼鉄の一部へと変容されてしまっている。 存在自体の改変、さらには自意識の喪失により、この事件を引き起こした者へと都合の良い物品に変えられていく。 ……非道な行いだ。

 

 その中で先ほどまで一か所に固まっていた魔導師たちは、その姿を消している。

 やられた? いいや、彼等はまだ戦いを決行していないし、その胸に光らせる炎は揺れ動きながらも確かな熱を身体に供給している。 ……この、12月の寒空に置いて、確かな熱をもたらしている。

 

「恭也、準備はいいか?」

「あぁ、ここでしくじるわけにはいかない……絶対に決めてやる」

 

 男共が剣を握る。

 既に銀の侵食を終え、落ち着いた鋼鉄の上に足を乗せる彼等。 その背には誰もいない……否、遠くへ避難し終えた妻と妹たちを気遣いながら、彼等は音もなく駆けていく。

 

「わかっているとは思うが」

「死んでも生き返られる……そんなことを考えながら命なんか賭けないよ父さん」

 

 風が全身にぶち当たる。 ……少しだけ肌寒いそれは、より一層の緊張感を彼らに与えてくれる。 その中でされた質問に。

 

「……わかっているならいい。 あれは、そのための代物ではないからね」

「あぁ。 それに俺は死ぬ気なんか無いからな」

 

 不意に彼等は足を止める。 そろそろ敵が自分たちの存在を勘付き、刃を向けてくる頃合いだろうか。 与えられた情報をもとに構築された警戒心は、士郎と恭也を――――

 

「―ッ!?」

「鉄の触手か?! 父さん!!」

 

 生かす。

 

 またも不意に薙ぎ払われた彼らの頭上にある空間。

 そこに見えた不気味な銀色を見た瞬間に、彼等の皮膚は深い呼吸を開始する。 ……口が、開くのを待っていられないからだろう。

 

「散開! それぞれ別ルートで行くぞ!」

「ああ!」

 

 とにかく足を動かしていく。

 周囲は林、障害物は盛りだくさんだ。 故にそれを利用しない手はないと、まるで拳士に不釣り合いな軌道で飛び交っていく親子は影を残さず駆け抜けていく。

 

「……っ」

 

 木々を蹴っていくのは恭也。

 背の高い、其れこそ4、5メートルはある高さの、自身の腕の太さしかない枝に飛び乗っては、しなる反動を利用してさらにまたジャンプ。 8メートル程一気に跳躍すればまた同じ運動を行う。

 

「追ってこい……俺を追って来るんだ!」

 

 秘かにつぶやかれる彼の挑発の言葉。 だが、敵は耳もいいのだろう――

 

「―――!! 来やがったなウジャウジャと」

 

 触手の数はより一層の増殖を見せていく。 迫る絶望の手に、それでも足を動かすこともやめなければ希望も捨てない。 ただ、ひたすらに前進あるのみ! 不退転の決意を持って――

 

「せぁああ!!」

 

 剣を振るう。

 手に持った片刃のそれは鈍い音を立てながら、迫る触手を払いのける。

 

「切断は出来ないか……なら!」

 

 脚の運動はそのままに上半身を逸らせる。 角度が急になった時、それれに合わせて木の枝から飛んでしまえば一気に振りかえる。

 

「うぉぉお!」

 

 腹筋から腕、さらに手の握力を総動員して行われた一閃。 今度こそと込められた一刀は、なんと銀色を両断していくのである。

 

「……だが」

[――――!!]

「ダメか!」

 

 勝利の余韻は一瞬。 消え去った優越感を追う事なんかしない彼は、先ほどよりも早く足を動かしていく。

 上げたギアは2段階。 脳内のリミッターなんてとっくの昔に投げ捨てた彼は、そのまま全身のバネを押し縮め……

 

「――――ふッ!!」

 

 一気に解き放つ。

 跳んだ彼は地上30メートル程の位置にいた。 ……これにはさすがの本人も驚いていたが、それは今自身がこんな高いところにいるという事ではなくて。

 

「……あまり力は入れていなかったはずだが、なんというか俺も人間離れしてきたもんだ」

 

 その影響はもちろん言うまでもない。

 山吹色が脳内にチラつけば頭を振り、今目の前の現実を改めて見直していく恭也。 少しだけ遠くなった敵との距離に、ここでやっと心をおちつけていく。

 

「さて、父さんの方はどうなっただろうか。 ……いや、余計な心配だな」

 

 そんな無駄なことをしている暇は自身にない。 彼は持った小太刀を握りなおせば態勢を整え直す。 彼の追いかけっこは始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 同時間、もう一方の剣士。

 

 林を駆け抜け、茂る草花を踏みつぶしては表情を硬くする男。

 

「はっはっは……っ!」

 

 謝罪のつもりか? なら、最初から踏まなければいいモノを……なんて説教をくれてやる人間は今はいない。 そもそも、そんなことができる“他人”が居ないことを確認したからこそ彼は此処を走り抜けているわけで。

 

「ここを抜ければもうすぐ……」

 

 剣士は言う。 その言葉の意味は知らぬが、どうしてか希望と確信に満ちていたその声は、奴にどう映ったのだろう。

 

[随分と楽しそうにしているじゃないか? ……オレも混ぜてもらおうか]

「!!?」

 

 声がする。 丁寧で紳士的で、だからこそ冷たいと感じるのも一瞬であった。 その裏側から伝わってくる冷徹さは鉄よりも冷たく、触れたモノを切り裂く自身の小太刀よりも鋭いモノであった。

 

 姿は既に普通の人間サイズと言ってもいいだろう。

 形は十全、力量は一目瞭然。

 嫌なくらいにわかる奴の復活具合。 ……それは、以前、男が……否、高町士郎が遭遇した最悪その物であった。

 

 只の人間なら発狂してしまいそうになる状況を前に、男は……

 

「…………どうだい? 一緒に走らないか」

[フン……]

 

 なんと歓迎のあいさつを入れたのだ。 実力は半分にも満たないのは知っている、技を出すとか、心を落ち着けるとかそれ以前の問題だ。 ゾウがアリなどに負けるわけがないのと同じように、この機械にたかが地球人が敵う事実などありはしない。

 それでも、彼は言う。

 

「嫌ならそのままそこにいるといい。 こっちは“本人”が居るところまで走らせてもらう」

[貴様!?]

 

 その言葉に、機械の顔が盛大に揺れ動く。 ……男は小さくほくそ笑んだ。

 

「お前が本物ではないことくらい、ひと目見ればわかる。 伊達に真剣を振るう生活をしているわけではないのでね」

[……つまらん世界の雑魚だと思っていたが中々どうして。 そういえば“あのとき”もそうだった。 以前、この星で貴様をいたぶってやった時も……あの時はそのまま殺してやろうと思ったが結果的に生き残った……]

「どうも……」

 

 鎌掛けだ、男は内心胸をなでおろす。 もしもこれで本物が出張ってしまえば、例え力量を地の底にまで落とした相手だとしても敗北は必定。 それに自身も決して全盛期とは言えない年齢だ……無理は、出来っこない。

 

「さてどうする? このまま僕をそちらの本体の所まで行かせてもらえると助かるんだけど」

[……お前程度を行かせたところで別にどうともならんのだがな……だが、不安要素は極力消しておきたい、死んでもらう]

「随分と慎重……いいや、弱気なんだね」

[挑発なら無駄だ。 このオレが呑まされた辛酸に比べればこの程度……]

 

 銀が静かに目を閉じる。 あの奥に在るのが機械だというのなら、今は赤外線モニターか何かを使っているのだろうか? ……士郎が無駄な思考を一瞬だけ走らせれば……

 

[―――――キッ]

「…………ぐ!?」

 

 士郎の背後の林が、跡形もなく消えてなくなる。

 消えた空間を埋めるように吹き込む風。 この季節の朝焼け前の時間に吹くそれは、嫌に寒い風となったはずだ。 肌を刺し、肺を凍らせるはずだったのに……士郎の背中から、汗がドっと湧き出る。

 

「慣れているんじゃなかったのかい?」

 

 その声だけが精いっぱいだった。

 表情は先ほどまでと変わらずに冷静。 だけど声が震えてしまっているのは、誰が聞いても確かな情報であって。

 

[おやおや、少し力んでしまったようだ。 狙いが外れた]

「…………そうかい」

 

 殺す気満々な銀と、冷や汗が止まらない剣士。

 肌で感じる濃い殺気に、今までの経験とを見比べてみたが答えは一目瞭然。 ……桁が、違いすぎる。

 別に憎悪だとか、そう言った感情は感じない。 だけど、この、凍土よりも冷たい感情はなんだ? まるで全てを平等に格下だと、生物の出来から否定されているような感覚。 生まれついての格差を、鼻にかけるどころかあぐらをかいて、さも当然のように人類を家畜だと嘲笑う奴に、湧き出る感情はただ一つだ。

 

「……ふざけるなよ」

[ほう、気分を害したか? 其れは申し訳ない……]

 

 心の籠もっていない、上っ面だけの謝罪にはもう耳を貸さない。 士郎は少しだけ足に力を込めると、そのまま口だけを動かす。

 

「お前と遊んでいる暇はない、悪いけどここは消えさせてもらうよ!」

[させると思っているのか地球人!!]

 

 一気に駆け出す。

 其れは敵にも一目瞭然の判断で在ったのだろう。 不意に消えた背後の気配に、それでも士郎の足は止まることを知らない。 彼は、目の前の木を駆け上る。

 

「あそこまで……どうにかしてあそこまで辿り着かなければ……」

[行かせると思っているのか地球人!!]

 

 上った先に居る銀色……クウラはおもむろに足を振りあげる……いいや、既に振り上げて、士郎の顔への着弾を待つようにそこで佇んでいた。

 

「行かなくてはならないんだ! …………ウォオオ!!」

 

 身を捻り、全身の筋肉が悲鳴を上げる士郎。 なんとか今の攻撃をかわしたが、それは同時に彼の身体に多大な負担をかけてしまう。 全力疾走の最中に激しい全身運動を混ぜられたのだ、疲労が蓄積されるのは当然で――

 

「ハァ!!」

[……ちっ、こざかしい]

 

 それでも気にせず士郎は木々を駆け抜ける。 とてもじゃないが、“彼等”にしてみれば緩やかと言うしかない速度でも、この混沌とした雑木林だ、さすがのクウラも手を焼いたらしく。

 

[待て! 地球人!]

「……誰が待つものか……このまま一気に!」

 

 かなりの差を付けられる。

 

「はぁ、はぁ…………こ、こんなに消耗しているのに向こうはまだ余裕がある。 しかもあの身体だって自分に合わない規格外のモノだというし……」

 

 さらには、孫悟空との計算外の爆破事故を引き起こした故のパワーダウン。 それがあった後だというのにこの実力差だ。 この星を喰らった後を考えると先が見えなくなってしまう。

 

「だからこそ、今ここで奴を仕留めなくては……」

 

 けれどそれは自分一人で出来ることではない。 奥歯で噛みしめるこの言葉は、先ほど失った友人の存在の大きさに比例して、大きな歯ぎしりを奏でていく。 聞く者に不快を与える音と解りながらも。

 

「……奴だけは」

 

 それを、男は止めることが出来なかった。

 

「はっ……ふっ!」

 

 木から木へ、林から森林へ。 移り渡る様はまるで忍者を思わせるだろう。 それでも、刻一刻と追いつかれていくという自覚を持ったうえで、高町士郎は木々の間を駆け抜けていく。 その先にある敵を……この世界の命運ごと切り裂き、開いていくために。

 

「……息が苦しい。 こんなになるまで走るなんて久しぶりだ」

 

 呼吸が荒くなる。

 自覚した時には続くように足が重くなる。 段々と落ちていく身体機能は、己が限界が近いことを明確に告げていた。

 

「……歳は、取りたくないもんだ」

 

 決して修練を怠って来たわけではない。 されどどこぞの戦闘民族のように戦いだけが彼の人生ではなかった。 故の早く訪れた限界、だからこその後悔。 それでも冗談が言えるならばまだ余裕があるのだろうが……果たしてそれはどういう意味を含んだ言葉だったのか。 苦い表情を作って見せた士郎は、それでも全身を激しく動かしていく。

 

「もうすぐだ。 もうすぐでハラオウンさんの言っていた地点の筈だ」

 

 作戦開始まであと数瞬。

 徐々に開けた場所に出てくるところを確認すると思いだされる光景がある。 其れは、十数時間前に見た旅館の姿である。

 

「奴はこちらが神龍を呼びだした後に現れ、そのまま悟空君と共に……それで気が付けば姿を現して今に至る」

 

 ならば、奴がいるのは先ほどまで自分たちが居る場所である。 其れは当然の帰結であった。

 

「あとはみんなの考えが当たっているといいのだけど」

 

 半分が賭けに近い。

 走り続ける彼。 そんな彼は少しだけいつもと違う感触を持て余したのだろう、息を吸えば胸元にぶら下がる普段見ることが無いペンダントを軽く右手で握って見せる。

 

「……プレシアさんが御守りだと言っていたが、さっきのやり取りが成功したのはコイツのおかげかもしれないな」

 

 ならばあとで礼を言っておかなければ。

 水晶のような透明さを持ちながら、輝く色は澄んだ蒼。 真夜中の星々の光りに照らされれば、微笑むように光が増していく。 どことなく生きているのではないかとさえ思えてしまう光を握りしめ、彼はついに……

 

「…………こんばんは」

[……フン]

 

 真の銀色と相対する。

 全身を覆う装甲は、見ただけでは測り知れない強度があるはずだ。 手に持った剣は別に伝説の名刀だとか、特別な力がある霊刀などではない。 言ってしまえば只の鉄の塊に、果たしてどこまで通じるだろうか。

 

「……っ」

 

 考えてしまえば簡単だ。

 

 ――交錯した瞬間に腕ごと粉砕し、微塵と消えて行ってしまうだろう。

 

 明白に過ぎる己が戦力。 なぜ、彼が先陣として今この場に居るのか、きっと誰も理解できないだろう。 シグナムの持つ剣なら奴と切り合えるし、ヴィータなら逆に粉砕すらして見せるはずだ。

 ザフィーラの技巧はきっと奴の攻撃の隙を縫うだろうし、シャマルなら遠方から隙を伺える。 そう、今回この事件に置いて、魔導を心得ていない士郎は確実に場違いなのだ。

 

 だったらどうして?

 

 それは……

 

[つくづく貴様らには理解が及ばん。 なぜ力のない奴ほど咆えたがるのか]

「……さぁね、それはお前には一生理解できないだろうさ」

[愚かな奴め。 もう少し言葉と行動を選ぶことを知っていれば、寿命がわずかに伸びただろうに]

 

 鋼鉄の怪物――否、クウラにも分らぬ事である。

 

 いいや、この化け物だからこそわからないのだ。

 持って生まれた戦闘能力は、そのまま己を孤高の存在たらしめた。 仲間という概念はなく、あるのは忠実な部下のみで、故に何かを守るということに関して言えばそもそも経験があるのかも妖しい。

 そう、奴は本当に分らなかったのだ。

 

「どうして、“俺”がひとりでここに来たのか、本当にわからないのか?」

[……なに?]

 

 トーンが先ほどまでと違う。 なにか決定的な変化を、さすがのクウラも感じたようだ。 ……その変わりようと言えばまるで。

 

[…………ヤツと同じ]

 

 超戦士を彷彿とさせるには十分であり。

 

[ククッ……ふん、奴と同じ口調、態度を取っても無駄だ。 そんなものに何の意味がある? 戦闘力の劇的な変化もなければ、このオレを倒す妙案が浮かんだわけでもないだろう]

「…………」

[ん?]

 

 不意に静まる高町の剣士に、クウラはここにきてどうしてだろう。 いままで宙に他だよらせていた己が尻尾を大地に横たわらせる。

 

「…………」

[…………]

 

 饒舌だったいままでが嘘のように、ただ、そのときが来るのを待つ二人。 両手に持った小太刀を闇夜に光らせれば態勢を低くする士郎。

 対してクウラは姿勢も良く、まるで一本の柱のような安定感を醸しながら腕を組みつつ、目の前の剣士が歯噛みするのを嘲笑う。 ……道端に転がる石ころを、天高く見下ろす釈迦像のように。

 

 冷たい。 ただひたすらに熱気が消え失せたクウラを前にして、ようやく士郎の背に怖気が走るようだった

 

「…………!」

[このオレが相手をすることを光栄に思え]

 

 先手を取るのは必勝を悟ったからではない、後手に回れば確実なる敗北を見てしまったからの行動だ。 士郎が大地をけり付ければ、手に持った小太刀を交差させながら一閃する。

 

[遅い]

 

次いで飛んでくる声。

 

「――ッ!?」

 

  ……真後ろから聞こえたと思えば横払いに小太刀を凪でいた。 完全に見切って、こう来るだろうと思った通りに相手は動いてくれたはずなのに。

 

[ほう、中々小賢しい]

「……そんな」

 

風を切るその剣も、さしもの“冷鉄”が相手ならば金切り音を引き起こすだけにとどまってしまう。

 

「……ぐぅぅ!」

[脆いな、地球人]

 

 散らばったのは左に持った小太刀。 呆気なく、何の前触れもなく崩れていく姿を確認した途端に、彼の腕に激痛が駆ける。 ……どうやら小太刀ごと何かが殴り抜けてきたようだ。

 

 

「……尾で薙ぎ払ったのか」

[今のが何とか見える程度か……飛んだ期待外れだ]

 

 ぶらりと垂れ下げられる腕に力は無く、その姿から気迫が抜け落ちていく。

 

[どうやら先ほどの自爆のダメージで、大分差を縮められていると勘違いさせたようだが考えが甘いんじゃないか?]

「此処までの力量差がまだ付いていたなんて……」

[……愚かな奴だ、本当に愚かだ]

 

 鋼鉄の足音が響き渡る。 刻一刻と迫り来る死の影に、高町士郎の脳内はいま、激しい化学反応が巻き起こる。 血流の変化と、分泌量が異常にまで高まったアドレナリン。 その、どれもが常軌を逸した時だ。

 

[死ね……]

「――――神速!」

 

 男が見る世界は急激に速度を失っていく。

 

 目に映るすべてが、まるでビデオのスロー再生か何かを思わせるほどに遅い。 木々の揺れはその動きを止め、風に流されて千切れるはずだった雲はまだその形をとどめ、月光の輝きはその場で停滞しているままだ。

 

「――――な、何とか成功した」

 

 ……だが。

 

「――――――――だというのになんだ奴の速度は!?」

 

 だのになぜ奴の動きは通常通りなのだろうか。 あまりにも離れた実力差は、人類を超越しようとしていた“技術”ですら届かない。 嘲笑うかのように放たれ、今もなお迫り来る奴の……尾。 それを睨むかのようにただ、視界の中に収めた士郎の血液は沸騰する。

 

「――――――――――神速!!」

 

 次いで心の中で唱えた言葉は、先ほどと同じ言葉。

 だが勘違いすることなかれ。 今しがた行われた“神速”が失われたわけではなく、それはなお健在だ。 なら、なぜ同じことをもう一度したのかというならば答えは紅の炎の戦士が既に回答を示していた。

 

 …………同じ技の重ね掛け。

 

 そうだ、彼は今使っていた神速に“さらに神速を重ね掛け”することによって能力を倍加させて見せたのだ。 極端な話、普通の人間の1秒を10秒として細かに捉えることが可能なのが神速ならば、今士郎がやっているのはそれを倍にしただけの事。

 言えば簡単な事なのだが、果たして人間の脳にそのような負担は耐えられるのか……それに。

 

 

[…………遅いぞ、地球人]

「―――――――――――馬鹿な」

 

 そのような小細工が、目の前の化け物に通用してくれるのだろうか。

 

 そもそもだ、この技は時間を操るものではなく、ただ単純に全神経を視力に割り振った謂わば超動体視力と言える物なのだ。 故に見るだけで、肝心の身体の動きはそれに見合った動きをしない。

 思考力に付いてこない身体の重さはやはり甚大で、以前高町恭也がつかったときは『深海に身体を沈められて100メートル走をやりきった感じ』と零していたことからこの技の欠点を知らしめる。

 

 只、見えるだけのこの技の前に……

 

[死ね]

「――――――――――――ッ!!」

 

 振り下ろされる尾。 その、あまりにも冷たすぎる攻撃を見送ることしかできない自身の不甲斐なさ。 音速だって見切って見せるのはこの目だけだ、身体は、空気の牢獄に囚われたかのように動かすことが敵わない。

 

 迫り来る死の瞬間、士郎は只――――

 

「――――――」

 

 視線を逸らすことだけはしなかった…………

 

 

 

 

 その姿、その生きる姿勢に“抑えが利かなくなったのだろう”

 

 

 

[……貴様は]

「……もう、我慢ならないな!」

 

 

 鋼鉄を遮るものがあった。

 その銀色の尾を受けきるのは……剣。 ロングソードに届く程度の長さのそれは、士郎の持つ得物とは反対に一撃必殺を念頭に置いたものである。 それが冷鉄な一撃を豪炎で包み込めば世界が真っ赤に染まる。

 

「行くぞレヴァンティン!」

[貴様どこから現れた?]

「さぁな……知りたければ倒して聞きだせばいいだろう?」

[フン……まったく……]

 

 そんな世界に対しても冷静さを見失わないクウラ。 受け止められ、今もなお火花を散らす剣と尾とを見比べれば少しだけ口元を吊り上げて……

[まったくその通りだ]

「来い! 全ての元凶!!」

 

 女騎士、烈火の将――シグナムがいま、全ての因縁を断ち切るためここに参上……

 

 切り合う剣と尾がその距離を離せば、彼等は一斉に身を引く。 方や腕を組み、尾を自由に振り上げては地面すれすれで浮遊……余裕の表情を崩さない。

 烈火の将と言えば、右手に剣を、左手に男を担げば地面に屈んで口を開く。

 

「ケガはないか」

「すまない。 先陣を切っておきながらこのざまだよ」

「いいえ。 魔力を持たず、気の運用すらままならない貴方がここまでやれること自体勲等ものでしょう。 よくぞ今まで食らいついたと言うべきだ」

 

 凛とした表情で、主に魅せるモノとは違う種類の、いわば敬意の表情を見せる彼女。 けれど、それでも遠くにいる鉄の塊は口元を釣りあげることすらしない。

 

[傷の舐めあいはそろそろ終わりにしてもらおうか?]

「――貴様にはそう見えるのか? なら、つくづく寂しいヤツだ、哀れと言ってもいいかもしれんな」

[……ほざくか、雑魚の一匹の分際で]

 

 お互いを貶めるかのような口撃が一通り済めば、其れに付いていくかのように大地が震え、おびただしい量の砂、石、果ては奪われた緑の代わりに蔓延る銀の一部が宙を舞っていく。

 

[……気に喰わん奴め]

「当然だろうな、貴様に気に入られるために息を吸い、剣を振るっているわけではないのだから」

[…………]

「…………」

 

 そこから先の言葉はなく、これからを語るのは互いのケンのみだ。 それぞ証明するかのように睨みあう二人は、今度こそ姿を――――――消す。

 

「……っ!」

 

 一撃必殺の構えは、取るだけで相手へのカウンターの準備を取らせるという事。 だが、そんなことはシグナム本人が一番わかっていることだ。

 踏み込んだ彼女の身体がぶれる。

 

「背後、取った!」

 

 騎士道もクソもない背中からの切り付け。 上段切りを決め込んだ彼女に、しかし鋼鉄の反応速度はやはり常軌を逸していた。

 

[遅いんだよ!!]

「――――ぐぅぅ!?」

「し、シグナムさん!!」

 

 横合いからシグナムの身体にぶち当たるナニカ。 クウラの左脚がこちらに振り回されたと確認するや否や、彼女の視界は目まぐるしく回転を開始する。

 

「――――ッ!」

 

 回転して、飛んでいく故に態勢は最悪だ、しかし呼吸は乱れてはいない。 全身の損傷個所も即座にチェックを入れるが、深刻なダメージはもとより軽微な損傷すら見当たらない。

 あまりにも無事に過ぎる自身の体は……しかし理由がある。

 

[……ほう、鞘で今のを防ぎ切るか]

「……………狙った訳ではないがな」

 

 戦士との戦闘経験の豊富さは、おそらく“この世界”では一番と言ってもいいだろう。 稽古でもなく、修行相手ではない本物の戦闘すらも行ったことのあるのはおそらくシグナムだけだ。

 曲がりなりにも“まともに超サイヤ人とやり合って見せた”その経験値が、彼女の中にある何かを激しく揺さぶってゆく。

 

[偶然がそう簡単に続くとは思わないことだ]

「……あぁ、そんなことは言われるまでもない!」

 

 鋼鉄の身体がぶれる。

 右肩内部のモーターが異常な回転を行なえば、その体内をかけるエネルギーのラインが激しく脈動する。 人口筋肉が一瞬のポンピング……まるでシリンダー内で起こる爆発を再現した伸縮現象を引き起こせば、二の腕を伝わって腕を一気に振り切っていく。

 

 高速の剛腕が出来上がれば――――

 

[キエエッ!!]

「――――!!」

 

 ―――――――――騎士の右頬に切り傷を作る。

 

 一瞬だ。 ほんのわずかなタイミングで身体を逸らせた騎士は、今起こった瞬殺をも引き起こさせる攻撃を見事躱して見せた。 これもひとえに濃い経験値の賜物なのだろうが、それを喜び、感謝する時間などない。

 

「レヴァンティン!!」

 

 既に命令すらない只の掛け声に、豪炎の剣が光だけで答える。 つば部分から先がスライドすれば中から薬莢が排出されて白煙を吐き出す。 噴き上げられていく熱気と共に、剣が音を立ててその形を変えていけば……

 

[連結刃……小賢しい奴め]

「切り刻め!」

 

 風を引き起こせば鎌鼬、刃の嵐がクウラを取り囲む。

 殺刃の乱流の中、身じろぎ一つ取ろうものなら確実に全身を切り刻まれるのは必定。 シグナムの攻撃は正しいと言えるだろう。

 刃は、容赦なくクウラへ打ち付けられる。

 

[甘い、甘いぞ!]

「――くっ!!」

 

 

 打ち付け、切り裂かれるのは当然だった。 ……普通の相手ならば。

 不意の事だ。 強引に振ったクウラの腕。 たった一動作、無造作に行われた一振りだったはずなのに、まるで世界が平伏すかのように嵐が止む。 

 

[このオレを舐めるのは結構だが、そんなことをしている余裕が貴様にはあったのか? 意外だな]

「……やはり強い」

 

 爆風と共に現れたクウラ。 奴は一言だけ呟けばシグナムを睨みつける。

 

「―――――――なにッ!?」

 

 同時、彼女の左肩付近で爆発が起きる。

 鼓膜がその機能を停止し、脳が揺さぶられたせいか足元がふらつく。 視界はまるで染め上げられたかのように黒く変色し、見えていた世界は跡形もなく消されてしまった。 ……自身に今、何が起こったのか理解が追いつかない。

 

「ふ、ぐぅ……くっ!」

[呆気ない。 貴様も所詮その程度……]

「な、なんの……これしき……」

 

 それでも膝を落とさず、剣を杖代わりにもしないで己が脚のみで堪える騎士の力強さよ。 嗚呼、実力差は当然の如く天と地の差があるにもかかわらず、ここまで食らいつく姿はあの戦士を彷彿とさせる。

 

[……気に喰わんな、貴様もまだ立ち上がるか]

「……グゥ!!」

 

 冷酷に切り捨てた彼女の奮闘。 ……クウラはその視線を左脚に持って行くと。

 

「ガァ!!」

[不良品は早々にスクラップにしておかなければな……]

 

 彼女の左脚が爆炎に包まれる。

 ギリギリだ。 本当に限界までに擦り落とされた彼女の足の機能。 もう少しで落とされるところだった自身の足……だが、そこまでのダメージを負ったとしても、彼女はまだ大地に伏せることをしない。

 

 射殺すようにクウラを睨みつけるその姿は、正に鬼神の如く。

 

[……いい加減、貴様の相手は飽きてきた]

「奇遇だ、な……私もだ」

 

 星を喰らい、星となってしまう鋼鉄の首魁クウラ。 奴を機械の神と謳うとするならば、シグナムは剣の鬼神……彼女は、頭部から流れる赤い液体を拭えばそのまま愛剣を握り直す。

 

 正念場だ、ここで引き下がることなど当然思考のひとかけらもない騎士は――

 

[消えろ……]

 

 冷徹に下された鉄尾を睨むだけで動けず……

 

「シグナム、お前一人で無茶してんじゃねえよ!」

[……後から後から、いい加減目障りだ]

 

 鋼鉄に対し、鉄槌を以って破壊を退ける。

 赤きドレスを纏った少女が、剣士の前に降り立った。

 

[貴様ら]

「そうだ、いい加減……こっちも見ているだけなのは限界だ」

 

 白い魔力の盾が現れれば、そのままクウラとシグナムを隔てる壁となる。 魔導師たちからすれば堅牢なそれは、戦士から見れば只の障子紙。 だが、今はその隔たりが必要なのだ。

 

 先走りの剣士を――

 

「シグナム、焼かれたところを治すわ。 早く見せて」

「すまない……やはり奴は強い。 手も足も出せなかった」

 

 否。

 

「ヴィータちゃん、士郎さんもこっちに」

「あいよ。 ……まったくケンシってのはどいつもこいつも先走り先行型なのかよ? アイツと言い二人と言い」

『それは……』

「ふふ」

 

 剣士たちの傷を少しでも癒す時間を作るために必要なのだったから。 ……少しの時間だっただろう、僅かな時だっただろう。 それでも、心身ともに緊張を解き放つことは必要なのだと、湖の騎士は温かな光で彼女たちを照らす。

 

 この光を受けながら、しかし士郎にはわからないことがあった。

 

「……みんな、どうやってここまで……それに作戦だって――」

『え?』

 

 そうだ。 先ほどから不意に現れる彼ら彼女たち。 いや、目の前の人物たちが頂上の力を操ることなどとっくに知り得た情報だが、それでも気になってしまうのは……タイミングの良さだろうか。

 まるでいままでこちらを見ていたかのように、寸でのタイミングで助けの手が差し伸べられるのは些か疑問が大きい。 士郎は、ほんの少しだけ首をかしげる。

 

「貴方の首に下げられているその宝石。 それは孫が呑み込んだものと“性質を同等にまで似せた物”です。 短時間ではあるものの、我らがその宝石の中に入り込んで様子をうかがっていた」

「……そ、そう言う事か。 ということはこれは――」

「テスタロッサの母。 彼女の作った試作品らしい」

「なるほど……」

 

 首にぶら下がる青い宝石を見れば、そのまま脳内で魔女の微笑が思い起こされる。 その、笑顔のなんと悪戯色の強かった事か。 ここにきて彼女の微笑の正体を知った士郎は静かに息を吐き出す。

 

「だから僕たちの身勝手……先行を許したのか」

「騙すようで気は引けたがな」

「いいや、むしろ助かったよ。 守ってくれてありがとう」

「……いや」

 

 戦時中にこの余裕だ。 だが、本来ならある訳の無いこの穏やかさはどこから来るのだろうか。 ……否、考えるまでもない。

 

「一時は感情の高ぶりで心を曇らせはしたが、今は違う」

「そうだ。 悟空君がせっかく作ったこのチャンスは、決して無駄にはしてはいけない」

[…………お遊びの時間は終わりか? ……いい加減、待つこちらの身にもなってもらいたいものだ]

『……それはすまなかったな』

 

 謝っているつもりだろうか? 口元がにやけている彼女たちを見るクウラは、くだらないと吐き捨てる。 屈辱感は無く、ただ、目の前のムシが這っている姿を感情もなく見下ろせば――

 

[さぁ、準備はいいだろう。 始めようじゃないか、地獄を]

「……」

 

 周囲の石、機械の欠片その他が不意に宙へ舞い……消し飛ぶ。

 

「はぁ!!」

「うぉぉおお!!」

 

 先制するは剣士の二人。

 長剣と小太刀が空を切れば風を起こす。 その先にある銀の機械人形へ風向きを向ければカマイタチが巻き起こる。

 

[無駄だ!]

 

 だが奴とて宇宙の帝王を弟に持つ、最強の生命体の一つだ。 彼らの攻撃をそよ風のように左腕で受け流すと、そのまま尾を薙ぎ払いにシグナムへ打ち出す。

 

「それはどうかな?」

[なに?]

 

 宙返り。 本来ならば胴体があった場所を尾が通過していく。

 長い彼女の髪が、返る身体に追いつこうと流れれば、夜の闇に浮かぶ三日月を形作って……その影の中を二振りの剣が通り抜ける。

 

「クウラ!!」

[小賢しい!]

 

 高町士郎が左手をクウラに向けて突きだす。 その先にある剣を、同じく左手で迎撃したクウラの身体からは火花が散って、少しの亀裂を生みだしていく。 ……本来ならあり得ないことだ、彼の身体に、たかが地球人の武芸者風情が傷を作ることなど。

 ……奴の、表情が歪む。

 

[キェェエエ!!]

 

 右足での胴回しを入れたケリ。 本来ならば木々を薙ぎ払い、鋼鉄を寸断し、屈強の戦士たちを屈することの出来るギロチンとも言えるこの脚。 だが、それも今は見る影もなく。

 

「よ、け……切れる!!」

[き、貴様如きが!!]

「なにも修行を受けていたのは娘たちだけじゃない!」

[わけのわからんことを――]

 

 鼻先に風を受ければ身をひるがえし、そのままクウラの背後を取る。 ここに来て初めてのバックアタックに、しかし。

 

 彼は、攻撃をしない。

 

「ふッ!」

[……なに?]

 

 またも胴体を通り過ぎていくのは鋼鉄の尾。 士郎の身体を、まさしく透過していくように流れれば……

 

[……残像か]

「…………なんて鋭い攻撃だ。 まるで空間ごと切り裂いている、そんな感じだ」

 

 お互いに攻撃が通らない。 少しだけの憤りを持ったクウラに、しかし士郎は冷静さを失わない。

 

「こんな攻撃を、例え防御を取ったとしてもそのまま確実に“とられる”」

[当たりさえすれば……などとは言うまい。 “アイツ”じゃあるまいしな]

 

 少しだけ上がった熱はここでクールダウンしていく。

 名前の通りに冷たくなったのは、果たして何を思ったからだろうか。 地面に足を据えた士郎を眼球センサーで捕えたクウラは、振った尾をそのまま引けば地面を叩く。

 

[当たらないというならば、当たる攻撃をすればいい]

「――――!?」

 

 士郎の身体に、遂に攻撃が通った瞬間だ。

 しかしその正体は……不明。 何かが全身にぶち当たったとしか言いようがないと、思考の中で整理すれば――

 

「――ぐふっ!?」

 

 胃の中からあらゆるものが逆流する。

 急激な振動と、それに連なるGに全身が持ちこたえてくれないのだ。 彼のダメージは深い。

 

「し、……シグナムさん今だ!」

「応ッ!」

 

 だが、だけど……だ。

 それほどのダメージを負ったとしても、士郎の目の中から闘志が消えることは未だ無く。 その灯りに答えるように烈火が上がる!!

 

「せぇぇい!!」

 

 鍔付近から打ち出された薬莢が宙に舞えば、剣から上がる火の手。 周囲を照らす篝火と成れば、そのまま邪を焼き尽くす業火となる――――騎士の、神剣が振り下ろされる!

 

[――くっ?!]

 

 防がれた?! 剣を握るシグナムの表情はひたすらに歪む。 其の中で奴の強靭な身体が、より一層の強度を増したときだ。 

 

「うぉぉおおッ!!」

 

 彼女の後ろから聞こえる守護獣の雄叫び。 白き魔力を全開に煌めかせれば、クウラの横っ面に拳が唸る。

 

「――――徹!」

 

 さらに聞こえてくる風切り音。 二刀の小太刀が振られれば、打ち貫かんとクウラの胴体を目がけて走り抜ける。

 

 三方向からの同時攻撃に、さしものクウラも対応が遅れたようで。 奴はシグナムの顔を睨みつけながら、その身に攻撃を受け―――――――――――

 

[………………甘いぞサル擬き共!]

『!?』

 

――――――――――――受けきる!!

 

 かな切り音を奏でれば、己が鋼鉄の肉体を引き締め、全身のサーボモーターを全開。 噛み合っていたギアを切り離し、別の組み合わせを再構築させれば馬力を急激に引き上げていく。

 

[―――――――キッ!]

『うぁぁああああッ!!?』

 

 力の発散により起こる衝撃波。 まるで戦士たちの使う技に酷似しているのは、当然だろう。 奴だって向こう側の生物の一人だ、なら、こんなことぐらいできてもおかしくはない。

 騎士と剣士、さらには守護獣が遠くへ吹き飛ばされていく。

 

「させない! 旅の扉!」

[なに!?]

 

 その物たちを、緑色の扉が吸い込んでいく。

 おそらく安全圏へと強制的に飛ばしたとされるそれは、断じて今起こった攻撃に対する防衛策だけではない。 そうだ、今この時、叫んだ声たちの中でまだ聞こえていないモノの存在があるのを――クウラは忘れていた。

 

[……?]

 

 月夜を反射していた自身の、鋼鉄のボディーから輝きが失われていく。

 身体を見渡したクウラだが、自身のセンサーには特に異常は検出されない。 コンディションは最高、全身を行き渡る人工血液も、アブソーバーも、何より動力源にも以上は無いし、有っても復元されるはずなのだ。

 ……なら、この暗い身体はなんなのか。

 

 奇妙な具合にずれ込んだ奴の思考は、その実数瞬の出来事であって隙はなかったはずだ。 ……けど、それはあくまでも一般人から見たお話であって。

 

「ウオォォォォオオオオ!!」

[な!? まさか!!]

 

 常識を逸脱している騎士たちを前にすれば、今起きたフリーズは最高の好機となる。

 

 

 紅の鉄槌が、銀の身体に影を落とす。

 大きな影だ。 まるで全てを呑み込まんとする闇の様な影。 比喩でもなんでもなく、本当の意味でクウラの身体に差し込んだこの影は――――

 

「ぶっ壊せぇぇええ!!」

[餓鬼が――ッ!]

 

 当然のようにクウラを押しつぶす。

 

「き、消えちまえ!!」

[生意気だ……餓鬼が!!]

 

 差し出したのは……左右の手だった。

 呆気なく、途轍もなく簡単に止められるのは…………ヴィータの持つ鉄槌、グラーフアイゼンだ。 ただし形状は普段のステッキ状の姿からは逸脱し、巨大なハンマーの形を取っている。

 あまりにも巨大。 故にその身は名を変え、彼女からは――

 

「砕け! ギガントシュラーク!!」

 

 ギガント……つまりは巨大という意味の名を与えられている。

 増えたのは面積だけではない。 その重量は見た目以上の質感を持って、目の前の厄災の前に降り立とうとしている。

 

「いま、お前はここで――――」

 

 破壊の槌が轟音を奏でるまであと数瞬。 刹那の時、目の奥に炎を灯したヴィータは、己が宿命を歪めた元凶に向かって今生の別れを……叫ぶ。

 

「消え去るんだ!!」

[プログラム風情が調子に乗るなよ!!]

「でぇぇぇええやああああッ!!」

 

 それでもクウラは抵抗をやめない。 ……刹那しかない? いいや、刹那の時間さえあれば星の一つだって解体できよう。 しかし今の奴の身は亀よりも鈍重で、紙障子のように脆く弱い。 少しの風が吹いただけで倒れてしまうのだ。 なら、この攻撃は――

 

[……フン]

「…………受けきんのかよ、コレを!?」

 

 その手を埃で汚しながら、クウラの体内にあるパワーシリンダ各部が急速に仕事を開始する。 いままで手を抜いていたと言わんばかりの仕事量だ。 だからこそ、その身は赤熱はせずとも熱をもち……

 

「あ、アイゼン!!?」

[認めよう、貴様らは確かに今のオレと同程度には力を持っているということを]

 

 ヴィータの戦友をこともあろうか溶かし始めている。

 

[……いいや、このオレ自身、貴様ら雑魚程度には力を落としてしまっているのだと]

「非常識なヤツ――ぐぅう?!」

 

 鉄槌の騎士、ヴィータ。 彼女は見た目だけなら12歳児の悟空と同程度の背丈しかないが、その身に宿したパワーは当時の悟空を遥かに超えるモノがある。 それ、でもだ。

 

「敵わねえのかよ!」

[単体程度ならこんな物だろう]

 

 一般人からしてみれば十分に化け物じみていた12歳悟空を超えようとも、たかがそれまで。 彼世界にはその程度ではどうあっても対処できない難敵がゴロゴロしているのだ。 だから、この程度の苦戦はまず当然であって。

 それを記憶の片隅にしっかりと書き綴っているヴィータは歯噛みする。

 

 なんにだって限界はある。

 生物はもちろん、物質だろうがなんだろうが。 其れこそ概念的な物にだって限界はつきものだ。 故に今自身に襲い掛かる手の中の痛みも、此処が限界だと知らせるラインなのであろう。 ……それでも、だ。

 

「コナクソォッ!!」

[往生際が悪い!]

 

 少女は只必死に、その手にある力を振るう。 つい先ほど見た光りを……その眩しい存在を胸に焼き付けてしまったのなら……

 

「アイツが……あのバカがせっかく作った未来を……」

[消えろ不良品!]

「お前なんかに好き勝手させて堪るかッ!!」

 

 後に引けようはずがない。

 

 ……そしてそれは当然として、この場にいるすべての人間の総意であり――

 

 

 

 

 

 

 

「カートリッジ、…………ロード!!」

 

 騎士たちが、心に燃やすチカラの原動力でもあるのだから。

 

 

 彼女を支えるのは残された体力でも、纏ったバリアジャケットから抽出した魔力でもない。 己が内からあふれる精神力だ。 

 

「全魔力を注ぐんだ……さすれば……っ!」

 

只の一介のプログラムに過ぎなかった彼女は、人の優しさに触れ、プライドを持った戦士と邂逅し、そして……そして……

 

「…………孫、今だけでいい……」

 

 戦士の力……熱き血潮が創り出した灯火をその目に宿す。

 

「……この剣に力を……っ!!」

 

 小さな火だ、吹けば消えてしまいそうだ。

けれど込められた想いは誰も消すことはできない。 記憶の中に住みつき、離れない戦士のチカラ。 世界を赤々と燃え上がらせるその輝きを、少しでもいい……この剣に宿らせることが出来たなら。

 

「…………!?」

[貴様、なんだその光は!?]

 

 騎士のその願いは――――叶う。

 

 シグナムの持つ魔力の光りはやや明るい赤……の筈だった。 だがその刀剣に宿る光りは深紅の輝きに満ち、生命の力にあふれていた。 己には無いはずの光り、それがいまシグナムが持つ剣へと集中していく。

 

「はぁぁああああ!」

[窮鼠、猫を噛むという奴か。 ……いいだろう、貴様にはその身体を借りた時の礼がまだだったな]

「――――――紫電一閃!!」

 

 業火がその剣を包む時、クウラの身体が灼熱に染まる。

 

「うぉぉおぉおお!」

[な、なんだコイツのこの力は――こんなものはデータには無かったはずだ!?]

 

 受けきるクウラの身体からは軋み音が炸裂する。 上方からヴィータの鉄槌が降りかかり、側面からはシグナムの火炎剣が襲い掛かるこの瞬間。 いま、奴の身体はついに悲鳴を上げるのである。

 

「ヴィータ! わかっているな!!」

「コイツに再生の隙は与えないってんだろ! ……悟空たちみたく、回復後に大幅なパワーアップなんてされちゃあすべてが台無しだもんな」

[こ、コイツらぁああ]

 

 割れる割れる……鎚を支えていた両腕が脆く音を立ていき、周囲へ破片を撒き散らしていく。 シグナムの剣も胴体を捕えればそのまま奴の身体を溶かし始めていく。 尋常じゃないダメージ量を前に、さしものクウラの再生能力も追いつかないようで。

 

『いっけぇぇええ!!』

[馬鹿なァァアア!!?]

 

 

 シグナムの剣が、そのまま奴を焼き払う。

 胴体を切られ、二分割された奴の身体は……しかし、そのままで終わるわけがない。 脊椎部分を繋ぐであろう箇所から、まるで爆発したかのように伸びるワイヤーの束。 触手をも思わせるそれは、互いに絡みつけば更なる強固さを持って――――

 

「させるかってんだよッ!!」

 

 同時に、振り落とされたヴィータの鎚は奴を跡形もなく押しつぶす。 

 地面はあえなく粉砕され、周囲の地形すら変える圧殺の一撃。 必ず仕留めると心に決めた彼女の鉄槌は、見事クウラの身体全てを粉砕する。

 

[…………  ……  ……]

「はぁ、はぁ……」

「ぐ!? ……うぅ」

 

 同時に膝をついた騎士たち。

 当然だろう。 宵の口を過ぎ、既に朝焼けになってもおかしくない時間帯。 戦うのだと、決意もなく準備もなく、ひたすらに訪れた激闘を対処療法と同等の手段で解決してきたのだ。

 己がペースも狂わされ……なにより。

 

 

 失った者が大きすぎる。

 

「ほとんどの魔力を使ったな」

「カートリッジも全弾使い果たしたし、やるだけやったって感じだな」

 

 それでも顔を上げ、涙の一つも流さないのは彼等が…………ちがうな。

 

「勝ったぞ、孫……」

「……やったぜ、ゴクウ」

 

 彼女たちの間に、涙など必要がないからだ。

 

「今頃あの世でアタシらの様子でも見てんのかな……」

「ならば胸を張らんとな。 でなければ世界の王共々、心配をかけることになる」

「だな……」

 

 欠けた武器をそのまま光らせる。

 収納したそれは今にも崩れそうなほどにボロボロだ。 しかしその姿が、今はただ、誇らしい。 剣士の片割れも、守護獣の男も、癒しの担い手も、いまはただ、この身にあたる風に身を任せるのみであった。

 

「……結局、管理局の力を借りないで済んだな」

「あぁ、アレは相当に危険だ。 威力で言えば……どうだろうな……彼等と比較して“アレ”はどれほどの威力なのだろうか」

「……知るかよそんなもん」

 

 ――――つーか考えたくもねぇ。

 ヴィータが首を振れば、シグナムは静かに口元から緊張を解く。 ……やったぞと、心の中で笑っているのだろうか? だとしたらそれはとっても…………――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――………………滑稽だ。

 

「お前たち! 避けろ!!」

『!!?』

 

 不意に彼女たちへ覆いかぶさるのは……ザフィーラであった。 唐突過ぎて、さらには性急すぎる彼の声にその場の全員が意識の中に冷水を掛けられる。

 

「ぐぅぅああああッ!!?」

『ザフィーラ!』

 

 雄叫びを上げる守護獣はそのまま堅牢な体躯を鮮血に染める。 ……その血が頬に掛かったときであろう、ヴィータは事の真相を……否、まだ、この事件が週末を迎えていないことを知る。

 

[…………]

[…………][…………]

[…………][…………][…………][…………]

[…………][…………][…………][…………][…………][…………][――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――]

 

 

「お、おい…………う、そだ……ろ」

 

 絶望が、敷き詰められていた。

 あまりにも圧倒されるその光景は、一面を銀世界で覆うほどの物。 ただ、その異様さがあまりにも気味が悪すぎて、常人ならば発狂せずにはいられない代物であることを付けたそう。

 

 ……むしろ、よくぞ今までやってきたと称賛されてもおかしくはない。

 

 

「そんなばかな……」

 

 士郎の声にも力はない。 当然だ、このような地獄を見せつけられれば、何かに縋り付きたくなるのは必定。

 

 今まで自分が……否、自分達が死ぬ思いで相手をしてきたたった一機の鋼鉄が……数百の軍勢を以って降臨してきたのだから。

 

「いまのが本体じゃなかったのか!!」

[さてな、オレはその様なことを言った覚えはないのだがな]

「…………さいあくだ」

 

 力など何一つ残されていない。

 もう、最後のあがきに出る余力もない。 ……あとは、踏みつぶされるだけだ。

 

 いままで、彼等戦士の敵は圧倒的な力を持って、ただ、踏みにじるように戦いを繰り広げてきた。 だがそれがどうだ? この、全てを見下ろし、尚且つ心すら叩き折る最強の軍勢。 質の整った数の暴力を前に、遂に烈火の騎士は膝から崩れ落ちる。

 

――――――――もう、負けだ。

 

 誰もが心の中にある、大事な支柱のような物を打ち砕かれたと思った、そのときである。

 

 

 

 

 

 

「ディバイィィン…………バスタァァアアッ!!」

 

 

[なに!?]

[グォォ!?][馬鹿な!][こ、この反応は!][ありえん!!][――――――――――――――――――]

 

 ありとあらゆる工程を無視して、白銀の悪魔が桃色の奔流の中に消えていく。

 

「………………ゆるさないんだから」

 

 夜空に浮かぶ欠けた月。 そこに訪れた一つの影が今、数百の軍勢を一瞬のうちに二ケタまでに削り落とす。

 

 それは異様。 それは異形。 ただそこにいるだけで、正に世界を歪めんとするのは心を憎悪に囚われた鬼であった。 彼女の名は――――

 

「絶対に…………ゆるさないから」

 

 

 

 高町……なのは。

 

 

 

 不屈とは、何者にも屈せずに己を突き進むことを指し示すものらしい。 ならばいま、心を憎悪に埋め尽くされた彼女は果たして不屈の魔導師と言えるのだろうか? ありとあらゆる不安要素をその身体に蓄えた少女が今、戦場に降り立つ。

 

 泥沼の第二ラウンド、開幕である。

 

 

 

 




ユーノ「お、おっ…うぅ」

クロノ「きって落とされた最後の決戦。 その中でついにあがったのは、なのはの悲痛な叫び声だった」

ユーノ「無限の軍勢、湯水のような再生を、だけどどこまでも消し去っていくなのはは誰よりもつらそうで。 くっ! こんなとき、ボクの体さえ」

クロノ「無理なものは無理だ。 さっきの戦いで無理をした上に、お前も僕も魔力を喪失した状態から起き上がれない。 見ているしか、できない」

ユーノ「だけど。 一人の女の子が必死に戦いの元凶へ立ち向かっていく中。 もう一人の少女が菜の葉の背中を――」

???「次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第69話」

なのは「願い人、叶え人」

???「悲しみに暮れるだけの女じゃありません。 お姉さま、今こそわたし達が」

なのは「え? え!?」

フェイト「あ、あれは――!!」

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