魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第70話 おめぇ達がやらなくて誰がやる

 

 

 其れはいくつもの時代を超えてきた。 どれほどに時を刻んでも癒えることの無い心の……闇。 憎悪を燃やし、地獄の釜を煮えたぎらせること数十年。 奴はこの時をひたすらに待っていた。 自身をこんな身体にし、屈辱を与え続けた男を葬り去る時を。

 

 見事成し遂げた己が宿願。

 自分自身への敵討ちを成就させたその物は、次に行く道を歩き出す。 ……世界をその手で握りしめることだ。

 

 それを果たすには邪魔な存在がいくつもある。

 些細なものだ……などとソレは決して油断しない。 なぜなら、甘さなど2回目の失敗でとうに切り捨てたはずなのだから。 倒したと、終わったと思ったところから逆転の策を弄してくる存在と闘う事4回。 奴は身を以って知り尽くしたのだ。

 

 

「クウラ!」

「来るがいい、ソンゴクウの置き土産ども!」

 

 その男と関わりあい、“あの眼”をした人間は確実に始末しなくてはならないということを。

 

「加減なし! ディバインバスター!!」

「速攻! プラズマランサー!!」

 

 2色の魔力がクウラに押し迫る。

 首だけの存在にここまでするか? 見た者がいるならば問わずにはいられない攻撃に、しかしクウラが動じることはなかった。 彼女たちの攻撃は、見えないナニカに打ち消される。

 

「忘れてないか? ここがオレの体内だということを」

「――障壁?!」

 

 薄くも堅牢な壁が正面からの全ての攻撃を防いでしまう。 力を上げ、魔力の総量を激増させた彼女たちの攻撃を凌いで見せたクウラ。 しかもその声色からまだ余裕を見せつけているのは明白だ。

 こんなバケモノ相手に果たしてどう戦うか。 ……なのはが少しだけ考えを巡らせると、黒い剣が空を切る。

 

「せい!!」

「来るか、小娘!」

 

 フェイトだ。 邪魔な障壁は正面にのみに敷かれたもの。 ならば迂回して接近戦を挑むのは当然のことだ。 彼女は頭部だけのヤツに向かってバルディッシュ・ザンバーフォームを一気に振りあげた。

 

「――が、甘い」

「ぐっ!?」

 

 その切れ味を発揮するでもなく、振り下ろされることが無かったバルディッシュ。 剣は空中で止まり、クウラに近づくことすらできない。 何が起こったと感覚で探るも発見できない……それには、やはり訳があった。

 

「ワイヤー!?」

 

 剣に巻きつくのは鋼鉄製のワイヤー。 幾重にも巻きつき、黄色い魔力刃が見えなくなるほどになったそれは、まるで人の筋肉のように脈を打ち、彼女の攻撃を力強く阻害している。

 それを、確認した時であろう。

 

「そら、そっちに渡してやる」

「―――ぐぅぅ?!」

 

 フェイトの身体は意図しない方へ吹き飛ばされていく。

 その先にあるのは壁。 あの、なのはの砲撃で何とか破壊して見せた硬い壁だ。 そのままの速度で叩きつけられればダメージは免れないだろう。 想ったとき、彼女は既に脚元に生やされた金色の翼を羽ばたかせていた。

 

「あ、危ない……」

「フェイトちゃん! 大丈夫!?」

「うん、なんとか……」

 

 壁を滑空する形で回避し、近くにいたなのはのところにたどり着くフェイト。 その姿を確認したなのはは、クウラに対する認識を改める。 ……首になっただけだと、どこかなめてかかっていた自分たちの認識を新たにする。

 するとなのはのもつレイジングハートに光が集まりだしていく。 ……魔力集積だ。 フェイトが気付いた時には、なのはの周囲には丸いナニカが描かれていく。

 

「アクセルシューター」

「追尾弾で攪乱か……」

 

 つまらなそうに分析をしたクウラ。 奴は周囲の壁を変形させると、そのままなのはたちへ襲い掛からせる。 いかに強化されたシューターも所詮は只の弾丸。 剛腕の防御を前になすすべもなく打ち落とされていく。

 

「詰まらんぞ地球人共! そんな程度で終わりか!?」

『くッ!!』

 

 己の技がことごとく落とされていく。 その光景を見て、だけどまだ絶望には落ちないのがこの少女達の強さだ。 彼女たちは、運命に足掻くことをやめない。

 

「フェイトちゃん、コンビネーション!」

「わかった」

「……今度はなにを始める気だ」

 

 互いに別方向へ散る少女達。 フェイトは右に、なのはは左。 その軌道は相手を挟み込むかのようなそれだが、慌てることなくクウラは動きを観察する。 ……そして、狙うは当然――

 

「動きが遅い方からだろうな」

「やっぱりわたしの方だよね」

 

 其れは狙い通り。 なのはが足元に生やした桃色の翼を羽ばたかせると、更なる機動力にて敵の攻撃を掻い潜る。 クウラがひと睨みすればその地点が爆発を起こし、歯を軋ませれば壁からワイヤーの束が襲い掛かってくる。

 その全てを先読みと体捌きで避けていくなのは。 得意の防御魔法も障壁も今は使わない……

 

「少しでも足を止めたらダメだ……もっと攪乱!」

「なにをする気か知らんがいい加減!!」

 

 鬱陶しい。 クウラが目を鋭くすれば、壁から追加のワイヤーがゴッソリと噴き出してくる。 火山の爆発をも思わせるそれを前に、遂になのはの足が止まる。

 

「プロテクション――ッ!」

 

 片手をあげて、吹き出たワイヤーを桃色の障壁で防ぐなのは。 同時、散っていく火花が攻撃の熾烈さを物語れば、彼女の背後に銀色の気弾が飛んでくる。

 

「アクセルシューター!」

 

 1対多数。 たった一つの気弾に対し、少なく見積もっても8以上のシューターで迎撃して見せたなのは。 いくらなんでも余裕が無さすぎるこの攻撃は、だけど当然のことだろう。

 

「なんて重い攻撃……っ」

「ほう、今のを防ぐか」

 

 クウラ自身、堕とすと決め込んだ一撃だったのだから。 そもそもの実力差からくる警戒心が見事に当たった少女の攻撃。 その、見切と判断力の速さは冷鉄から見ても称賛の一言だったらしい。 ……あまり、うれしくない褒め言葉だが。

 

 さて、クウラが鈍足ななのはを追いかけている中、俊足のフェイトはなにをしているかというと……

 

「なんて鋭い攻撃――ッ!」

「速いな。 だが、それだけに防御が脆い!」

 

 敵のワイヤーを掻い潜るも、あまりの功勢から前へ進めていない。 横へ横へとスライドさせられていくフェイトは、手に持った武器を振りかぶることすら出来ずにクウラから遠ざかっていく。

 

 連携を見事に崩されていく彼女たち。 やはり、戦闘経験値ではクウラに軍配が上がるようで……場の空気は悪くなる一方だ。

 だが。

 

「くッ」

 

 だけど、だ。

 

「まだだよ!」

「もちろん……いくよなのは!」

 

 高町なのはが、その手にもった武器を激しく発光させていく。 周りを高速で動き、敵の攻撃を迎撃していくシューターをそのままに、彼女の魔力は一気に沸点へと駆け上っていく。

 

「はぁぁぁあああああああ」

 

 周囲から集まる魔力は、先ほどの壁抜きではないモノのかなりの力。 その集まり方が尋常ではないと悟ったクウラだが。

 

「させるか!!」

「邪魔は……させない!」

 

反応が少し遅かった。

 チャージを開始したなのはの前に、疾風が如く現れたフェイト。 彼女がバルディッシュを振り回し、迫り来るワイヤーを一網打尽に叩き切った。 これで出来たほんのわずかな隙に、なのはの叫び声が割って入る。

 

「ディバイィィン――バスタァァ!!」

 

 轟!!

 空間を桃色で塗りつぶしていく彼女の砲撃。 その威力は以前とは比較にならないほどに強化された代物だ。 当然、頭部だけのクウラにはひとたまりもないだろう。 だけど、だ。

 

「先ほどの塗り直しか? また防いでやるぞ!」

 

 はっきりと言い切るクウラ。 そうだ、幾らなんでも強引に過ぎるこの攻撃は、先ほどの上塗りに過ぎない。 またも障壁を張り、悠然と待ち構えるクウラは高笑いを抑えきれていない――――そんなこと、している暇などないはずなのに。

 

「そんなこと、わかっている!!」

 

 そうだ、少女たちは賢い。 ……同じ愚を重ねるなんてそもそも師が許さない!!

 

 フェイトが叫ぶと、その背にはなのはの砲撃が迫る。 ……なんだ、どういうことだ? まさかの同士討ち(フレンドリーファイヤ)にクウラの疑問の声が零れる――刹那。

 

「はああぁあぁぁああああッ!!」

「なに!?」

 

 フェイトは一気に翔ける。 動き出した彼女の背に迫る砲撃。 だが決して当たることが無いそれは、いつまでもフェイトの背中を追いかけていく。 クウラに、砲身を向けたままでだ。

 

「馬鹿な! 特攻する気か!?」

 

 叫ぶクウラに、それでもフェイトの攻撃は終わらない。 彼女の体中に雷が迸れば、一気に剣へと駆け上がっていく。 電気付加のレアスキルの名の通り、魔力から生み出された電撃は、威力をさらに持ち上げる。

 

 切り裂け。

 鬼気迫るフェイトの眼光を前に、さしものクウラは叫ぶ。

 

「舐めるな!!」

 

 眼前に張り巡らせる障壁の枚数は8枚。 その一つ一つが先ほどの壁には届かないがかなりの物。 いくらなのはの攻撃でも精々二枚抜ければいいくらいだろう。 そして、フェイトでは切り捨てた後の隙をクウラの本体に突かれて迎撃される。

 どっちもダメな状況で、彼女たちが取った策は――――

 

「ぐぅぅ!!」

 

 両方だ。

 砲撃がついにフェイトの背中を押す。 接触時の痛みはバリアジャケットが軽減するが、嫌でも薄い彼女の防護服は、そのダメージを緩和しきれない。 重度の火傷に似たダメージが彼女を襲う。

 だが、その見返りは大きい。

 

「せぁああ!!」

 

 一枚。 縦に両断すれば次が目前に迫り。

 

「はぁぁあああ!!」

 

 二枚、叩き伏せれば次を目指す。

 

 雷光を纏わせた斬撃を前にクウラの障壁が次々と切り裂かれて消失していく。 三枚、四枚、五枚。 次々と両断されていく障壁を前にして、クウラはあたりからワイヤーと鋼鉄の鉄壁をかき集めようとうごめく。

 

「遅い!」

 

 残りの障壁を切り伏せ、一気に肉迫したフェイトはそのまま剣を振りあげる。 この距離だ、当たらないということはまずありえない。 今度こその必殺を込めて、雷光がクウラ目がけて振り下ろされる。

 

「はあぁあぁああああッ!!」

 

 今度こそ、疾走する雷撃がクウラを捕える。 ……はずだった。

 

「…………やはり甘い」

「ぐっ?!」

 

 バルディッシュの刃が、鉄壁に食い込まされる。

 届かなかった刃、切り裂けない運命。 彼女たちの特攻も、ここでついに途切れてしまう。 その背にまだ、なのはの砲撃を受けながら。

 

「まだだ!!」

 

 まだ彼女たちの攻撃は終わっていない。

 その背になのはの意思を感じる。 熱く、強く、まだあきらめていないという意思の強さを痛いくらいに受け止める。 そうだ、相方はまだあきらめていないのだ。 ならどうして自分が勝負を降りられるのか。

 

「このおおお!!」

 

 振り切れ、何もかも。 フェイトが叫ぶと、バルディッシュの宝石から光が溢れ出す。 雷光が轟き、電撃が全身を包むと彼女の力が限界を超える。

 

「はぁぁあああああッ!!」

 

 振り、落とす。

 奴の盾を、障壁を。 その守りを全て“道連れ”にしながら彼女は下方へ落ちていく。 何もなくなり、丸裸となったクウラ。 その射線上には――

 

「なのは!」

「――――ッ!!」

 

 高町なのはがその光を燃え上がらせる。

 一気に降り注ぐディバインバスター。 クウラが桃色の閃光に呑み込まれていくと、周囲が衝撃に耐えきれず爆発していく。 だが、そんな衝撃だけじゃこの威力は収まらない。 さらに奥の壁を貫き、要塞に風穴を開けていく。

 

「…………」

 

 奴の姿はない。 それを確認した時だ、彼女の全身から力が抜けるようだった。

 

 不意に身体を硬化させ、中空より地上に降り立つ彼女。 遠くの方で黄色い輝きを確認し、フェイトの所在を掴んだ途端の事だ。 つい、昔の出来事が頭の中に流れていく。 もう、終わった戦に今までの思いを巡らせれば……しかし欲しかった願いは叶わない。 平和な世界を一緒に歩きたい。 そんな小さな願いすら届かない。

 

「……悟空、くん」

 

 そうだ、居ないのだ彼は。

 仇を取ったと大声で見栄を切ることもできず、彼女は…………――――

 

「――――……なに!?」

 

右腕を、虚空へと向けていた。

 

「アクセルシューター!!」

 

 同時に起こる爆発。 上がる煙がたった今開けられた風穴に吸い込まれて行けば、急速に視界が元に戻っていく。 ……そこには鈍い鉄がひとつ転がっていた。

 

「いまのを防ぐとは」

「……その技は貴方だけの物じゃないから」

 

 もともとは彼の物だ。

 憎悪ではなく、純粋に怒りが静かに湧き起こっている彼女は冷めた目つきでクウラを見る。 相変わらずの生首状態、見るも無残な半機械はいままで行ってきた悪事のツケ。 そのまま杖から光をあふれさせる。

 

「だが!!」

 

 つづけさまにクウラは叫ぶ。

 

「その強気もここまでだッ!!」

 

 要塞内が蠢きだす。 まるでクウラの意思を体現するかのような鳴動は、なのはの警戒心を引き上げるには十分すぎた。 杖を構え、周りを見た彼女は気が付いた。

 

「うぉぉおおぉおぉおおおお!」

「な、なに!?」

 

 クウラの……首だけしかない奴の周りに瓦礫が集まっていく。 意思を持つように、吸い込まれるように奴の周りに集結する瓦礫たち。 複雑とは言えない程度に奴へ組み込めば、そのまま……

 

「か、からだが……」

 

 奴を形造っていく。

 だがその見た目は決してきれいな銀色ではない。 造形は荒く、フレームは剥き出しに外骨格なんてどこにも見たりはしない。 各部を動作させるポンプらしきものの動きが、まるで人体の心臓のように脈動している常態すら見えるのは、欠点をむき出しにした欠陥品その物。 簡潔に言えば人体模型の赤い側……醜い姿が今の奴である。

 だが、それでも奴は十分だった。

 

「いまの貴様ら程度これで十分だ!!」

「クウラ!」

 

 フレームが、アブソーバーが、サーボモーターが。 全てが赤熱すれば奴の身体が動き出す。 人体模型の様なからだで襲い掛かる奴を、なんの恐怖もなく見透かせばなのはの杖が唸る。

 

「バスター!!」

「猪口才な!」

 

 至近距離から放たれた砲撃を、右腕を振るうだけで軌道を捻じ曲げて見せるクウラ。 あまりにも強引で、でも、どこかで見たことがあるのは言うまでもないだろう。 戦士たちなら、やってやれない芸当だと冷静に処理したなのはは次の手に出る。

 

「はぁぁあああッ!」

 

 杖を振り、奴へ物理的攻撃を試みる。

 離れるということは後ろに向かって飛ぶことを意味する。 その壱動作を無駄にする行為は、こと速度比で負けている現状では得策ではない。 なのはの肉弾戦が始まる。

 

「馬鹿め、そんな攻撃が効くか!」

「だあッ」

 

 右手に持った杖を横に振り払う。 左から右へ、先端のとがったレイジングハートがクウラのボディーに火花を散らせば、だが奴の動きが収まることはない。 乱雑に編まれた右腕のケーブルが脈動すると、奴の手のひらにエネルギーが蓄積されていく。

 それを持ち上げ、一気に振り落とせば奴の攻撃が始まる。

 

「死ね!」

「ぐぅぅ!?」

 

 なのはの左手がクウラの攻撃を弾く。

 攻撃した側が何事かと目を凝らすでもなく、彼女の手のひらに桃色の光りを確認するなり障壁の類いと認識。 ならば、それがないところを狙うまでだと今度は逆の手を彼女に迫らせる。

 唸る左腕のブロー。

 風を切り、鋼鉄をも粉砕させる攻撃がなのはの右頬までに迫る。

 

「――――ッ」

「なに?」

 

 脚を曲げ一気に脱力。 そのせいで顔の位置が15センチほど下に沈むと、その上を奴の左腕が通過する。 同時――

 

「フゥゥゥ」

 

 一歩、左足が奴に踏み込む。

 全身が凶器だろうと、近づかなければ攻撃は当たらない。 言わんばかりの進撃の刹那、なのはの両腕は右側へと動く。 右が外、左が内。 左ひじを相手に魅せるその構えはフルスイングのソレだ。

 弓矢が射られる前運動のように、極限まで全身を引き寄せると、レイジングハートが輝きを噴出させる。

 

「いっけぇええッ!!」

「ぐぉっ!?」

 

 奴の胴体に桃色の斬撃が走る。

 

「ば、かな!」

「まず、一撃目」

 

 横一線に切られたクウラの胴体。 ワイヤーが蠢けば、まるでイモムシかミミズののた打ち回り、お互いを強く結びつけようと絡み合う。 生理的嫌悪感を湧き出させるには十分な醜悪さを見せつける中、奴はなのはと距離を取る。

 

 ……そう、クロスからミドルレンジへと離れる。

 

「ここ!」

「させるか!」

 

 右手を――杖を!

 

 お互いに射撃体勢に入ると光を一気に噴出。

 なのはのディバインバスターが唸り、クウラのエネルギー弾が轟く。 要塞の内部が激しく発光し、凄まじいほどの振動が行き渡れば両者の力は拮抗状態に入る。 ……やや、なのはが押され気味ではあるが。

 

「ぐぅぅ!!」

「此処までよく頑張ったと言ってやろう……」

 

 要塞内の壁が光りだす。

 それはスクリーンというよりは網目状と言えるだろうか。 何かを供給しているような脈動は収まることが無い。 なにか、この期に及んで仕掛けてくるのだろう。 なのははさらに杖に魔力を叩き込む。

 奴の思い通りに事を進めさせないために。

 

 しかしそんなことなど判り切っているクウラも、事の進展を急ぐ。

 壁を伝い、やがて先ほどの攻撃で飛び出たワイヤーがクウラに絡みつくと……

 

「ウォォオオオ!」

「そ、そんな!?」

 

 クウラの身体に力が満ちていく。

 競り合いが徐々に不利になっていくなのは。 彼女のバスターがクウラのエネルギー弾に呑み込まれていき、攻撃が自身に跳ね返ろうと暴れ出す。 魔力が、自身のコントロールを離れようとする。

 

「だがこれまでだ!」

「うぅぅぅッ!!」

 

 必死に、自身の力をコントロールしていくなのは。 彼女が杖を強く握れば、その石に答えようと相棒が輝く。 あきらめるな、何のために今まで辛い思いをしてきたのか忘れたか? ……聞こえてくる声は幻聴だったかもしれない、けど、其れは確かに彼女に力を与えていく。

 

「あきらめない……絶対に!!」

「往生際が悪い!」

「ぐぅぅぅううう!!」

 

 それでも届かない領域はある。

 残酷にも告げるクウラの強すぎる攻撃に、なのはの身体が後退を余儀なくされる。 迫る攻撃、今にも弾き飛ばされる身体。 もう、踏ん張りが利かなくなるそのときは近い。 ……一人じゃ、奴に勝てない。

 

 ――――なら。

 

「なのは!」

「なに!!?」

 

 ふたりでなら届くはず。

 駆けぬけるは疾風迅雷の如く。 黄色い閃光がなのはを通り過ぎれば、クウラのエネルギー弾すら通り過ぎやがては本体にたどり着く。 相手はあのクウラ、しかし今はなのはとの射撃戦で手が離せない。

 出来上がった圧倒的な隙など逃すはずもなく、フェイトはバルディッシュを振り下ろす。

 

「せい!!」

「こ、の……!」

 

 防がれた、斬撃。

 それでも奴の注意を逸らすことには成功した。 クウラはエネルギーの放出をやめると数歩、さらになのはから距離を離す。

 

「行っけぇ――!!」

「いい加減――ッ」

 

 目障りななのはの攻撃を、今度こそ強引にねじ伏せる。

 同時、もう片方の小娘を左脚で蹴り上げ、武器を上に持ち上げさせれば膝を胸元までひきつける。 瞬間、フェイトの空いた懐へ戻した脚をすかさず入れる。 遠くへ吹き飛び、塵芥を撒き散らさせると片腕を上げ、忌々しさを込めながら目を鋭くさせていき……

 

「消えろ!」

「――ッ!」

 

 彼女を爆炎に包む。

 先ほど見たシグナムへと同じ攻撃だろう。 威力は察しの通り、弱くなっているものの、それでも魔導師レベルならば十分に落とせるレベルだ。 しかもフェイトの装甲は嫌でも薄い。 高速戦闘特化の代償として削ぎ落した防御は、果たして界王手製の道着よりも固いのだろうか?

 それほどに、薄っぺらな彼女のバリアジャケットに……直撃させる訳にはいかないだろう。

 

「……あ、あぶない」

「ありがとうなのは」

「ちっ……邪魔が入ったか」

 

 だからこそ、桃色の障壁が彼女を包んでいた。

 即座に駆けつけたなのはによって甚大な被害を免れたフェイト。 それを見て舌打ちひとつ、憎しみを増やすクウラは片手を持ち上げていた。

 

「これはどうだ」

「くッ!」

 

 気功波が障壁にぶち当たる。

 あまりにも早く、威力の強い攻撃。 だけど力を上げたなのはのプロテクションを崩すまでにはいかないようで。 内心安堵しつつ、奴へ視線を戻し反撃の糸口を模索――

 

「――」

「ぐぅぅ!?」

 

 もう、二発。

 即座に撃たれた連撃はさすがに捉えることが出来た。 力を集中し障壁を維持させたなのはは……信じられないモノを見た。

 

 雨、あられのエネルギー弾。

 つい先ほど見たような気がするのは気のせいではないだろう。 其れはとある王子の得意技。 はた目から見ていればすごいの一言だが、喰らう側からすればここまで絶望的なものはない。 先ほど何とか防いで見せた攻撃が途切れなくやってくるのだ。 さしずめ、ボクサーのジャブを喰らい続けるかの状態は、彼女から反撃の機会を消失させる。

 

「ど、どうすれば……」

 

 それでもチャンスを待つ。

 どんなにダメで、絶望的でも必ず反撃の光明はあるはずだから。 いまはただ、そのときを待つばかり。

 なのはは手に持った相棒を信じてひたすら魔力を結界に振り込んでいく。

 

だが。

 

「いい加減終わりにさせてもらおうか!」

「きゃああ!!」

 

 だが――

 

「消えろ!!」

「ああああああっ!」

 

 出来ないモノは、出来ない。

 

 クウラの連続エネルギー弾を喰らい続けること86連射。 遂に破られた障壁はそのまま気弾を素通りさせてしまう。 容赦なく爆撃を喰らうなのはたち。 彼女らは遠くへ飛ばされ、遂には壁に叩きつけられてしまう。

 

 全身に襲い掛かる痛みが今起きた攻撃のダメージ具合を教えてくる。

 叩きつけられたせいか背中を強打し、若干の呼吸の乱れ。 バリアジャケットはところどころが破け、スカートには長いスリットが出来上がってしまっている。 さらにレイジングハートもいたるところが砕け、新品同様だった先ほどまでとは比べ物にならない程度に煤を被っている。

 

 ……このダメージの差は、おそらくだが。

 

「ごめんねレイジングハート……かばってくれたんだね」

[…………]

 

 機械音だけで答える相棒に、自身が情けなくなってくる。 今までの努力と特訓はどうした? 投げかける自身の言葉は、どうやっても答えることが出来なくて。

 

「さぁ、終わりにしてくれる」

『うぐっ』

 

 転がる先でワイヤーに絡め取られていく。

 腕を、足を、胴体を。 這いより、絡みつき、やがて締め上げていく。 遂には地上から離され空中ではりつけにされる彼女たち。 身体の自由を失い、徐々に呼吸も困難になっていくのは胸を圧迫されているからだろう。

 ……終わりの時が近い。

 

「くくっ……良い眺めだ貴様ら」

「くう……らぁ」

「おわれない……こんなところで……」

 

 苦し紛れの叫びもできず、ワイヤーが全身を蝕んでいく。 食い込む皮膚が途轍もない痛みを引き起こし、彼女たちに生きる希望を断たせる。 ……さっさとあきらめろ。 奴が視線で語ると。

 

『ぐあああぁあぁああぁぁあぁああああッ!!!!』

 

 痛みが全身を引き裂いていく。

 床に鮮血が走ると、彼女たちの声が天井に響き渡る。 その姿を眺めながらどこか勝利に現を抜かすクウラは手のひらを向ける。

 

「選べ」

「……ぐぅぅ」

「な、にを……」

 

 唸るフェイト。 問い返すなのは。 差はあれど、おそらくバリアジャケットの硬度でダメージの度合いに若干の開きがあるのだろう。 故に、まだ気迫のあるなのはがクウラを睨む。

 その、反応がおかしかったのだろう。 クウラから好色な声が出る。

 

「このまま窒息か、絞殺されるか……このオレに焼き殺されるかを選ばせてやる」

「…………」

 

 どことなくたのしそうにしているところがこいつが悪魔と呼ばれる由縁だろうか。 いいや、この兄にしてはサービスに富んだ選択肢なのかもしれない。 弟ならばいざ知らず。 戦い、即座に処刑することを主にするこの人物には考えられない余興だろう。

 ……孫悟空を討ち取った。 その事実が奴から冷徹さを若干消していたのが大きいだろう。

 

 ……それが、油断だということを何度経験すれば気が済むのだろうか。

 

「――――――なにッ」

 

 空間が戦慄く。

 要塞が爆音に包まれると、震度7強の地響きが襲い掛かってくる。 災害レベルの衝撃にさしものクウラも視線を動かし周囲を見渡す。 ……戦えるのはこの二人だけだったはずだ。 当然の疑問に、しかし答えるモノはどこにもおらず。

 

 ―――ただただ天井が吹き飛ばされていくのを見ているしかできなかった。

 

 鋼鉄だ、クウラと同じ材質の装甲だ。 なのはの、エクセリオンバスターでようやく突破できた代物だ。 なのにどうしてこのような大惨事を引き起こすことが出来たのだろうか。

 訳が分からず、しかし一つだけ思い当たる節をすぐに見つける。

 

「……あの餓鬼」

 

 そうだ、クウラにとっていままで邪魔以外何でもなかった……宿主。

 騎士たちを中心にただ微笑んでいるしかできなかった能無し。 力をその身に宿しているのは闇の書を通じて知ってはいたが、しかしどう考えても戦いには不向きなどうしようもないガキであった。 そんな彼女が、まさか……クウラは即座にその考えを切り捨てる。 だが……

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん!」

『はやて(ちゃん)……!』

「まさかアイツ」

 

 その、まさかの事態が起きていた。

 身体をどこかで見たことのある装飾で着飾れば、背中には黒く巨大な翼が6枚生え、その手にはなじみ深い魔本が握られている。 どう考えても戦いに身を落とした格好に、クウラは忌々しげに視線を向ける。

 

「いまのは貴様が」

「……」

 

 無言のまま、時が過ぎる。

 それを肯定だと受け取ると、クウラは片手をはやてに向ける。 天上に浮かぶ堕天使を引きずり落とすために。

 

「――――!」

 

 衝撃が彼女を襲う。 例の気合砲だとわかるのはこの場にいる面子だけだ。 戦士が良く使う理不尽な攻撃方法に、障壁も広げることができないまま、はやては翼を羽ばたかせるだけ。

 なんとか姿勢を維持し、今のを凌いだだけだ。 彼女に次はない。

 

「貴様もこのオレの養分になってもらう!」

「もう取り込まれんのはコリゴリや!」

 

 ――――そう思っていたのはクウラだけだ。 儚い雰囲気を既に捨て去ったはやてに、弱い姿は影も形も残っていない。 力強く掲げられた手のひらから、大量のナイフが召喚される。 それは深紅に濡れた魔力刃……いつか見た凶刃の弾幕を前に、さしものクウラも目を細める。

 

「いけ!」

「させるか!」

 

 開戦と同時にお互いの武器が飛び交う。 クウラはワイヤーと鉄板を乱舞し、はやてはひたすらにナイフの射出と召喚を繰りかえす。 見ようによっては拮抗しているのだろうが、何分このあとを考えるとはやてには少々きついモノがある。

 彼女は、それを証明するかのように少し息を荒げる。

 

「どうした? もう疲れが見え始めてるぞ」

「――くっ!」

 

 スタミナの限界値に、やはり大きな差がある。

 出力の値は同調による増幅現象で補えても、その源たる魔力量だけは何ともしがたい。 真冬の空をライターで暖かくするような物。 大きすぎる要塞を相手に、長期戦は完全に不利なのだ。

 

 それは、先の戦いでなのはたちも理解が及んだばかりだ。

 

 ならば、どうすればいいか?

 

 

「はやてちゃん!」

「いま、隙を作るから!」

 

 先ほどの衝撃波で身体の自由が戻ったのだろう。

 なのはが砲門を上げ、フェイトが刀身に稲妻を迸らせる。 なのはが足を踏ん張ればフェイトが翼を広げ、今やらなくてはいけないことに向かって全力を振り絞る。 与えてくれた力は有限だ、いま、出来ることをやり尽くさなければ待つのは後悔だけ。

 偉大なる先人に叩き込まれた最後のあがきに、少女達は全身全霊を尽くそうと立ち上がる。

 

「貴様らサル擬きがいくらあつまろうとも――」

 

 クウラの目が鮮血に染まる。 否、そう見えただけであって、実際は配線やらフィルターやらが誤作動で目元を覆ったに過ぎない。 それでも標的を逃さないのは、奴が既に生物としての在り方を忘れつつあるからだ。

 

 腕とも柱ともつかないモノを振り回しながら、近くへ寄ってきたフェイトを叩き落とそうとする――――

 

―――――――斬ッ!!

 

 鋼鉄の片腕が瞬時に切り落とされる。 あまりの呆気なさに自身の出来の悪さに苛立ち、歯茎の無い口を盛大に歪ませる。 滲みる鮮血は何のオイルだろう? クウラは機械音をガリガリと響かせながら、左足ともワイヤーの集まりともつかないモノを振り回す……

 

…………………轟ッ!!!

 

 多積層を借り組で継ぎ接ぎしたモノが溶解した。 呆気ないにもほどがある消失に、声にならない声を出したつもりのクウラはここで怒りを沸点にまで上げてしまった。 もう、名前の通りにはいかない自身の心の内をどうすることもできず、奴は残った腕を組みかえていく。

 

 急造、突貫工事もいいところな出鱈目さ。 強度計算は素材の質で誤魔化し、威力の増加はただ砲門を大きくして終わり。 雑な作業工程を数秒で終わらせ、奴は赤くなった目に少女達を映す。 ……標的は、奴だ。

 

「タカマチ……ナノハァァ!!」

「負けない、絶対!!」

 

 獣の咆哮が上がれば、機械たちが赤熱していく。 ゴウンとクウラの中身が回転すれば、その分だけエネルギーを砲門へ集中していく。

 

 少女の戦哮が響けば、レイジングハート・エクセリオンを中心に周囲から光をかき集める。 いままでのバスターとは比べ物にならない量のそれは、数か月前に見た、サイヤ人さえも唸らせた必殺の星光。

 

 其れは、戦士の必殺技に酷似していて。

 だけどこれは、彼女が自身の全開を自らの手で開闢した結果だ。

 

 少女が考え、青年が発展させていった最強の光り。 それを今、ようやく撃つ時が来た。

 

「消してやる……消してやる消してやる――貴様ら如きに、負けるはずがないんだ!!」

 

 クウラの咆哮は過激さを増し、その砲門には太陽が如く灼熱の閃光が出来上がっていた。 大きさにして50メートル大のそれを、奴はなのはたちを眼下に収めながらさらに大きくしていく。

 ……あれを、放たれればすべてが終わりだ。 ……それを受け止めきれるものは地上でたった一人の筈なのだ。

 

 わかっている、そんなこと。 だから彼女はより一層の力を杖に込めていく。

 

 輝く光は、今までこの戦場を飛び交って行った魔法から散っていった魔力素たち。

なのはのバスター。

フェイトの斬撃。

はやての広域魔法。

そこからあぶれたちいさな其れは、何の力も持たぬ儚いひかりだ。 でも、それは確かに輝いていて。 小さな光を集め、やがて強大無比な光へと変えていく少女は、その身に似合わぬ極大の星光を頭上へ掲げる。

 

「全力、全開ッ」

「ウォォオオオオオッ!!」

 

 力を溜め終え、後はトリガーを引くだけ。

 心も、身体も既に限界に近い。 それにどうせこれをしくじれば世界が終わる。 後戻りのできないいまを、彼女はいま全力で――――

 

「スターライト……ブレイカー!!!!」

「死ぃぃいいいいいいいねぇぇええぇぇえッッ!!」

 

 駆けぬける。

 激しくぶつかり合う破滅の光たち。 そのときの衝撃波が逃げ場を求め、この要塞を容赦なく破壊せしめて見せる。 崩れゆく足場も関係なく、彼女たちは己がちからをぶつけ合う。

 

「ぐぅぅううっ」

 

 …………押される。 高町なのはの、全身全霊をかけたスターライトが後退を余儀なくされる。

 力はこれ以上込められない。 すべてを賭けた一撃にこれ以上はありえない。

 ならどうする……どうしろというのか。

 

「なのは!」

 

 ……だったら、他の誰かが力を貸せばいい。

 駆けつけたのは金色の少女。 手に携えたバルディッシュ・ザンバーを一層大きく伸長させ、その身に雷電を轟かせれば、崩れゆく要塞に激震を走らせる。 

 

「雷光一閃――プラズマザンバー……」

 

煌めく刃をその手に――彼女はいま、一振りの刀へと相成った。 ……その、なのはをはさんで向こう側に、黒き翼が降り立つのを確認しながら。

 

「いま、行くで!」

 

 手に携える魔本はそのページを自動で進めていく。 今現在、自身の主が一番欲する力を提示するために。

 知りたいのは奴を上回る最大の攻撃。 この、暗雲に終焉をもたらす極大の力。 儚さを捨てた少女は今、初めて何かを壊す力を求めて……

 

「ラグナロク――」

 

 その、力を。

 

『ブレイカー――――!!』

 

 撃ちだす。

 なのはと同軸射線で放たれた二人の攻撃は、正に支えるかのようにスターライトの光りを追い、クウラの攻撃を押しとどめる。 桃色の砲撃と金色の雷刃、さらには白き破滅がクウラを襲い掛かる。

 だが。

 

「甘い! この程度でオレを斃せるわけがない!」

『くっ!』

 

 奴には決して届かない。

 恐ろしいまでの攻撃力に、なのはもフェイトも、そしてはやてですら太刀打ちが出来ずにいる。 もう、これ以上の力はどうやっても持ってこれない。

 

「おまえたちは、ここで今! 殺されるんだぁああ!!」

[――――!?]

「れ、レイジングハート!!」

 

 今まで、良くもったと言うべきだろう。 なのはの手にある相棒に、一筋の亀裂が走る。 今まで、相当の酷使を続けてきたそれは、この大威力のスターライトの反動に耐えきれていない。 もう、自滅するのが目に見えている。

 

[…………]

「頑張って、レイジングハート!」

 

 まだ、あきらめるわけにはいかない。 高町なのはの目は死んでいないし、心の炎は燃え尽きていない。 戦える……まだ、悪が目の前にいるのだ、倒れるわけにはいかない。

 必死に歯を食いしばり、出力を維持し続けるなのはに……電子音がささやく。

 

 

[All right]

 

 

 …………大丈夫です。 相棒は答える。

 今もなおフレームの至る所を損傷させながら、自身の無事を訴える。 ……いいや、違う。

 

[You can win. So please don’t give up!!(勝てます。 だからあきらめないでください!!)]

 

 自身の方が傷付いているはずなのに、それでも主人を激励する。

 ソレは語る。 今まで、主人がいかに強くなるために頑張ってきたかを、自分はずっと見てきたのだと。

 

[――It’s so, you don’t discount(そうだ、貴方たちは負けない)]

「バルディッシュ……」

 

 今までの苦労も努力も、全部自分たちは知っている。

 語る黒い相棒に、胸の中が熱くなる。 そうだ、彼等は全部見ていたのだ。 少女達が、今までどれほどに苦労を重ね、その身体を研鑽してきたかを。 全てはこの時のため、持てる力は出し尽くさなければならない。

 

 だから彼女たちは、最後の一押しをする。

 

[…………]

 

 相棒たちが、輝く。

 その中にある、最後の切り札を彼女たちは提示する。 もう、誰もがその存在を忘れていた。 あるのだ、それのなかには奇跡の願いを聞こうとする宝石の存在を。 願いを叶えるのは、何も彼世界にある奇跡の球だけではない。 見せる時だ、今まで迷惑しか被らせず、たった一人の戦士にしか恩恵を与えてこなかった、その力を。

 

「これ……」

「ジュエルシード?」

 

 青い光は、彼の業に似た輝きだ。 それだけで心の中で何かが疼くのに、彼女たちに、更なる奇跡が舞い降りる。 願い、叶えたまえ魔性の宝石よ。 今この時だけ、貴方の力を貸してほしい。

 

 相棒たちの願いは今、その純真なる言葉はこの時、確かに天へ届いた。

 

 

 

 

 

――――――どうしたおめぇ達、こんなもんじゃねえだろ。

 

 

 

 

 

『…………え?』

 

 聞こえてきたのは独特の方言を交えた、力強い声だった。

 ふがいない自分たちを、責めることなくただ、後ろから押し出すような声。 行け、進むんだこの先を。 未来を閉ざす暗雲すら切り裂いて、遠い世界より男の声が彼女たちに届いた。

 

【…………】

 

 山吹色が、彼女たちの前へ降り立つ。

 その眼は黒曜石のように黒く、揺れる髪の毛はどこまでの自由に伸ばされていて、彼の息様を表していた。 姿も、声も、何より雰囲気もが彼女たちの知る人物と一致すれば、自然、声が漏れてしまう。

 

「ご、悟空……くん?」

 

 其れは追い求めた彼だった。 それは、消えてしまった者だった。

 

「き、貴様どうして――!?」

【…………】

 

 クウラの問いに、しかし彼は答えない。

 その拳を握りしめ、黒い瞳を一層鋭く輝かせる。 全身の細胞が激しく叫びを上げれば、彼の身体が黄金に光り輝いていく。

 

【かぁ】

 

 腰を落とし、その手は懐へと仕舞い込んでいく。

 

【めぇ】

 

 深く吸い込んだ息はこの世のすべての力を取り入れるかのよう。

 

【はぁ】

 

 丸めた背中は己がちからを極限まで高めるため。

 

【めぇ】

 

 黄金の身体が、蒼い力で輝くと、彼の視線はクウラを射抜く。 その先にある、暗闇を祓わんがために今――孫悟空は力を解き放つ。

 

【波ぁぁああ!!】

「ぐっ?!」

 

 一気に押し返されるクウラの熱線。 絶望を希望に変える一撃は、正に闇を祓うかのようだ。 だが。

 

「……くく」

「ご、悟空くん……?」

【…………】

 

 クウラまであともう僅か、8割ほど押し返したところでかめはめ波の威力が収まってしまう。 徐々に消えそうになるそれをみて、クウラが余裕の笑みを見せる。 そうだ、こんなことはありえないのだ。

 

「やはりそうか、どういう理屈かしらんがそこにいるサイヤ人は……マヤカシだ!」

「!?」

「先ほどから戦闘力も感知できない、何よりアイツはもう死んだ! このオレが殺してやったのだからな!!」

【…………】

 

 勝ち誇るクウラはそのまま勢いを取り戻していく。 劣勢だった砲撃の打ち合いも、徐々に元の均衡を取り戻しつつある。

 

「いまのはそいつの姿を見てこのオレが動揺したにすぎん! 一瞬の油断だ……だが次はもうない!」

『ぐぅぅっ!!?』

 

 押される。

 ようやく押し返した砲撃がその勢いをなのはたちに向けて逆流してくる。 迫り来る太陽よりも熱き波動。 じりじりと迫るそれが、なのは達のバリアジャケットを焼く。

 汗が噴き出て、視界は既に揺れ動き始めている。 体力も、魔力も、ここ数分の間に一気に使い果たそうとしていた。 もう、本当に後がない。

 

「……ダメ、なの……?」

「ここまで……なんて」

「あきらめとうない……でも」

 

 出せない力は、もう、どうしようもない。

 少女達が敗北を悟った瞬間だ。 敵は強大で、そもそも自分たちが相手取るには力量差が開き過ぎていたのだ。 敵うはずが、なかったのだ。 もとより只の小学生が宇宙の帝王に歯向かうこと自体が間違いで、本当ならばもう、自分達の星はこの鋼鉄の男に奪われていたはずなのだ。

 

 それを、ギリギリで防いだ存在も、既に居ない。

 

 いままでも、これからも一緒だと思ったその人は、この世界のどこを探してもいないのだ。

 なら、この世界を守れる存在がいないのは仕方がないのではないか?

 延々と続くかと思われた自問自答に、小さなほころびを見つけてしまえば、そこを逃げ口に少女達の心から希望が消えていく。

 

 その瞳から、輝きすらも消し去りながら。

 

 

 

【何やってんだおめぇ達ッ!!】

 

『ッ?!』

 

 ……聞こえてきた、怒声。

 その声は苛立ちを含んだ、猛々しくも全てを震え上がらせる衝撃。 だが少女達にはわかる、この声が、ただ単なる怒鳴り声ではないということを。

 

【ここでおめぇ達があきらめたら、誰が地球を守るんだ!】

「で、でも!」

【甘えるな! あんな奴くれぇ、おめぇ達がちからを合わせればどうってことねえ、倒せる!】

 

 其れは背中を押す声だ。

 自分たちの、今に折れそうな心を叩き直す一喝であり……チカラを与えてくれる光でもある。

 …………競り合う力の流れが、そこで止まる。

 

【なのは! パワーが足んねえぞ!!】

「――うくっ!」

 

 高町なのはのバリアジャケットが、その構成を少しづつ解いていく。 小さな光の粒がレイジングハートに伝われば、その分の魔力を増幅し、さらに砲撃の威力を底上げする。

 

【フェイト、腰に力が入ってねえ! あんな奴に負けていいのか!?】

「うぅぅぅッ!!」

 

 フェイト・テスタロッサの身体中を流れる魔力が、その回転をさらに引き上げられていく。 細胞の電気信号すらも力に変換し、自身の斬撃へと上乗せしていく。

 

【はやて、怯えるな! おめぇの横には心強い味方が二人もいるのを忘れんな!!】

「……う、うぅ!!」

 

 八神はやてが翼を散らせていく。 飛行魔法すらカットしようかという彼女は、全ての魔力をこの一撃へと注ぎ込む。

 

【まだだ! まだ足りねえ!!】

『ぐぅぅぅぅううううううッ』

 

 そうだ、自分達はまだ出来ることを全てやっていない。

 中途半端に足を進めて、少し目のまえが暗くなっただけで足踏みしていたに過ぎない。 ……そうだ、この程度の暗闇など、いちいち怯えて竦む必要すらない。 彼女たちは、歯を食いしばる。

 

【全部を出しきれ! ここでおめえ達が負ければ、この星はあんな奴の好き勝手にされるんだぞ?! シロウにキョウヤ、すずかにアリサ……みんな殺されるんだぞ! それでもいいのか!!】

 

 食いしばる歯茎から、血がにじむ。

 ガチガチと今にも砕けそうなほどに震わせ、それでも必死になって食いしばるのは弱い自分に負けたくないから。

 もう楽になりたいとか、此処までよくやったとか、そんな称賛はいらなくて。

 

【オラが居ねぇと…………守れねぇんか!?】

『……ッ!!』

 

 その言葉を言われたとき、彼女たちはついに思い知る……自分たちが、どれほどに彼へ甘えていたかを。

 

 彼が居れば、きっとどうにかなる。 それは裏を返せば彼が居なければ何もできないことと同義だ。 いつしか、そんな隠れた方程式が出来上がってしまい“彼を手伝うことを前提とした”努力を自分たちはしてきてしまったのだ。

 

 それが、どんなに甘いかも考えないで。

 

「――――守れる、から」

 

 だから……これからは。

 

「……わたしも、もう……あの頃のわたしじゃないよ、悟空」

 

 この日から自分たちは……

 

「そうや、わたしたちもがんばらな……あかん」

 

 自分の足で、歩かなくてはならないのだ。

 

 戦士が叫びをあげた途端、少女達の身体から痛みが消えて行った。 ……それは怯えを克服した、彼女たちの心の強さ。 そうだ、いちいち怯えているわけにはいかない。 例え、この世界を喰らい尽くす悪魔が相手だろうと。

 

 なのはがレイジングハートに、最後の指示を飛ばす。

 

「もう、一回……おねがい、無茶だけど……これで最後だから」

[…………]

 

 光を発するだけで答えたソレは、既に限界を超えていて。

 この一撃を放ってしまえばどうなるかなんて、火を見るよりも明らかだ。 だけど、それでもなのはが言う。

 

「行くよ、レイジングハート!!」

 

 最後の輝きが、少女達を包み込む。 もう、彼の幻影はどこにもいない。 まるで最初からいなかったように、役目を、終えたと言わんばかりに……だ。 だから、ここからは少女達だけの戦いだ。

 既に限界すら超えたこの身体で、それでもクウラへ最後の攻撃を敢行する。

 

「はぁぁああぁぁあぁあああぁぁぁああああああッ!!!!」

 

 少女達を包む光が一気に膨れ上がる。 もう、これ以上は無いと思った力が、ここにきて爆発するかのように溢れ出す。 その力が一気にクウラへと伸びれば、再び奴を劣勢に突き落としていく。

 

 競り合いが、いま、確かにその近郊を崩したのだ。

 

「行って! なのな!!」

「なのはちゃん!!」

「――――ッ!」

 

 高町なのはが、くるぶしから生やした光の翼をはためかせる。 どこまでも大きく広げられ、何よりも壮大に羽ばたいた翼は、彼女へ最後の攻撃を授ける。

 

「行け……」

「な、なんだと、なぜまだ押し返される――!?」

 

 それにクウラは気が付いていない。

 先ほどの幻覚を、一時の物だと……何かの間違いだと否定したのは正解だったのだろう。 ……機械的には。 だが、クウラよ、お前はひとつ忘れていることがある。

 

「いけ……ッ」

「ば、馬鹿な……押し返せない!?」

 

 人と人とがちからを合わせた時、その力はただ単純な足し算を超えてしまうことを。

 機会だからこそ見誤ったクウラは、スターライトの光りを全身から解き放つ少女を睨みつける。 この、目障りな餓鬼を始末して、早く宇宙の皇帝の座に返り咲くのだ、ならばこんなところで油を売るわけにはいかない。

 三つの光りを、その砲身で受け止めながら、奴は次の攻撃を構築する準備に写る。 砲台が一本だと誰が決めた? それは、あいつ等が勝手に思い込んだだけの事。 ……勝負はいつでも盛り返すことが出来たのだ。

 しかし、だ。

 

「いま、殺してやるぞ地球人」

 

 そして……

 

「―――――――――――――――これで、終わり!」

「なに!!?」

 

 高町なのはが、あの青年からもらった物がどれほどに大きかったかを。 奴は知らなかった。

 

 スターライトの輝きを全身で発しながら、彼女は確かに砲撃の向こうにいたはずだ。 だが声が聞こえてきたのは至近距離。 いったいどこに……? 焦りを禁じ得ないクウラは、しかし、その答えをすぐに見つける。

 

「……レイジングハート、モード……ACS」

「ばかな、ばかな馬鹿な――――こんなことがあるわけが……」

 

 目の前には黄金の銃口がこちらを向いていた。

 先ほどまで確かに砲撃の向こうにいた少女が、何の前触れもなく、いま、“その光がぶつかり合う攻撃の渦中”から這い出てきたのだ。

 

 激流をその身で浴びながら、

 

「この攻撃を掻い潜るどころか、突き進んでくるだと――――ギッ?!」

「捕まえ、た……」

 

 ガキョリと音を立てて、クウラの額に銃口をめり込ませる。 砕かれる強固な装甲から覗く、繊細な機械部品たち。 そこを見下ろせば、高町なのはが物静かに語る。

 

「さっき言ってたよね……貴方がバックアップだって」

「や、やめろ……オレを殺せばこの要塞ごと――」

「ブレイク……………………」

 

 撃ち貫いた砲身が眩く輝きだす。 最後の最後に残された、力を一気に振り絞る。

 息を吸い、弱り切った身体に酸素を行き渡らせる。 ……視線を鋭くして、杖を握りしめて今、高町なのはは最後の呪文を叫ぶ。

 

「シュゥゥゥゥーートッ!!」

「ぎぃぃぃぃぃあぁぁああぁあああアアッ!!!!」

 

 桃色の極光が…………クウラの最後を作り出す。

 

 ……奴の、全てをかき消していく。

 

「なのは、捕まって!」

「――――」

 

 次いで飛んでくる黒い少女。 クウラが昨日を停止して、その身体を全て失ったからこそ、いままで均衡を保っていた砲撃が、今まで空らの元へ飛んできたのだ。 それを、衝突寸前で横からかっさらったフェイトは――宙でふらつく。

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん!」

 

 八神はやてが自身の周りに魔法陣を敷く。 白く輝く幾何学化の模様が、ゆっくりと回転していくと、淡い光を放ちだす。

 

「転送するからはやく!」

 

 打ち合いをしていた地点で待っているはやて。 彼女の魔力も既に限界だ、いつこの魔法が消えても不思議ではない。 けど、そんな甘えたことを言っている場合でもないのだ。

 

「この要塞が崩れる前に、早く!」

「――――ッ」

 

 既に浮遊に支障が出たクウラの居た要塞。 壁面は跡形もなく、動力源だって吹き飛んでしまった。 そして、それを再生することなど制御装置を失った今では出来ようはずもなく。

 この船は、地表に向かって落ちていく。

 

 しかし、だ。

 

「でも、どうしよう……」

 

 高町なのはは、己が状況を理解する。

 身体に掛かる浮遊感は、何も今現在空を飛んでいるからではない。 その場に留まる空間ごと、落下しているからこそ起こる現象だ。 まるでジェットコースターかフリーフォールのような感触を受けながら、事態を冷静に呑みこんでいく。

 

「このままじゃ地上が大変なことに……」

『…………』

「うっ」

「なのは! ……身体の衰弱がひどい……スターライトの反動がデカすぎたんだ」

 

 もう、バリアジャケットが消えかかっている。 普段着姿に戻ろうかという彼女をその手に抱え、フェイトははやてを見る。 同じく頷き、あたりを見渡したはやてがなのはを見る。

 

「なのはちゃん、悪いんやけど先に行っててもらってええ?」

「……え?」

 

 それは、別れの挨拶と同義だ。

 もう、犠牲を強いるのは嫌だと決起したのだ。 でも、その先に待つのはこんな結末。

 

「ダメだよ……もう、悟空くんみたいなこと……」

「…………ごめんなのは」

「ダメだよ……!」

「みんなにはうまく言っといてな?」

「いやだ……やだよ……」

 

 抵抗する力もない。 自身が、ここに残るという選択肢をもぎ取られたまま、彼女ははやてが作る陣の中に連れ込まれる。 あたたかな光がその身を照らして、この空間から消えようとしている。

 友を二人、この場に残したままで。

 

「このままだと下にいるみんな、大変なことになっちゃうから」

「誰かが後片付けせえへんとな……なのはちゃんはいっぱい頑張ったから、先に帰っててな」

「いやだ……やだよぉ……」

 

 もう、二人は手放すというのか。

 この世界を生きる権利を、この先を笑いながら、明るい道を往くことを。

 

 そんなものは、誰もが認めなかった。

 

[……はや…………てきて]

「通信?」

「……だれや?」

 

 

 

 だから彼女たちを、そっと連れ戻すものが居た。

 

 その人物は、彼女たちが最も知る者たちだ。

 

 

 

 

 

 

――――――――同時刻 地上

 

 

「みんな! 全力だ、いいな!」

「応ッ!!」

 

 それは、やはり小さな抵抗だったかもしれない。

 

「力が足りてない……角砂糖を海に落とすようなもんだこんなの!」

「だからってあきらめきれるか! 彼女たちだって死力を尽くしたんだ……俺たちだって!」

 

 些細な、力だったはずだ。

 

「主はやて、どうか早く帰ってきてください」

「はやて! 終わったんならさっさと出て来いよ! このままじゃ……このままじゃ!」

 

 既に残ったわずかな力を、振り絞っているのは少女達だけじゃない。 一兵卒からグレアムのような高官ですら今この時、皆があの残骸を囲んで魔力を繋ぎ合っている

 

「みんな頑張って! この要塞を丸ごと打ち上げるには、魔力がまだ足りない!」

 

 指揮を執るのは、湖の騎士……シャマルだ。

 彼女が自身の扱える最大の魔法はなんだったろうか? 回復、それもそうだが、そもそも孫悟空を一回半殺しにまでさせた手段を、彼女はなにを持って行ったのだろうか。

 

 それは、強力かつ高精度の転移魔法である。

 その力を、どこまでも大きな要塞を相手に使う気なのだ、彼女は。 ただ、それを行うには対象がデカすぎて、シャマルひとりの力では補いきれないという事実が邪魔をする。 だけど、だ。

 

――――俺たちも手伝います!

――――手伝わせてください!

 

 誰からも言われたわけじゃない。 そうすることが、正しいと思ったから、このような声を上げた。 その眼を力強く輝かせ、握った拳をさらに引き締めていた局員たち。 今まで、甘えてきたのはなのはたちだけでなく、それを恥じていたのは彼女たちだけではない。

 この世界を、守るのが自分たちの役目の筈だ。

 

 それを、いままで肩代わりしてきた青年は、自分達を守って散っていった。

 

 ならば、そこから先、この世界を守るのは誰の役目なのか……そんなこと、いちいち言うまでもない。

 

「落下する要塞に向かって“旅の扉”を使います! 座標はそう遠くは無理だけど、真上にくらいならこの人数でもいけます、だから頑張って!」

 

 そう言って、彼等はその腰をようやく上げたのだ。

 彼が護ったこの世界を、たった少しの物量で押しつぶされて堪るかと、深く息を吐き出しながら。

 

「最後の最後の大勝負」

「世界を救える手伝いが出来るんだ、光栄だよな」

「やるだけやって……ダメでも満足、かな?」

「なに言ってんだ! やるんだよ、俺たちは!」

 

 全ての人間が、希望を口にしていた。

 いつかの時、皆が絶望に打ちひしがれていたあの時とは違う。 今この時、自分達を脅かす悪魔が居ようとも、その存在には決して負けない自信がある。 ……だってそうではないか、いま、ここにはこんなにも心強い味方がいるのだから。

 

 魔導師の全員が、魔力を旅の扉に送り込んでいく。

 ひとつ、その力が注ぎこまれれば色を変えていき。

 ひとつ、そのちからが大きくなれば鏡の面積が拡大していく。

 

 映り込む“向こう”の姿は漆黒の世界。 そうだ、シャマルは確かに上にあげると言い出したのだ。 ならば、そこはどこであろうか?

 

 …………宇宙に、他あるまい。

 

どこまでも大きくなる要塞を前にして、皆の呼吸は荒くなるばかりだ。

幾らなんでも、あの大きさを転移魔法で送るには足りないものが多すぎる。 ……時間も、準備も、魔力も。

 

 そんなことは分り切っていたはずだと、誰もが奥歯を食いしばる。 あきらめたくない心が身体を奮わせ、その力を最後の一欠けらまで解き放っていく。

 

「いけ!」

「消えちまえ!」

「俺たちの世界を滅茶苦茶にしやがって! さっさといなくなれ!」

「管理局ナメんな!」

「我らの力もだ!」

 

 鏡像を作り出した旅の扉が、その姿を虹色に輝かせていく。 幾何の思いを込めて、その力を今最大以上に稼働させながら…………要塞を呑み込んでいく。

 

『行けぇぇええ!!』

 

 

――――――――――星の海へ、悪魔の要塞が消えていく。

 

 空気が叫び声を上げる。 烈風吹きすさぶ空に、皆の意識は混濁していく。 この風が要塞の質量が消えたために出来た空間を埋めるモノだと、いったいどれほどの人物が理解できただろうか。

 騎士も、管理局も、皆がごちゃ混ぜになって夜空を見上げる。 既に朝日が差し込もうかという時間帯、闇が一層深くなり、それでも、その先にあるのは光だけだ。 この先に、何ら恐れる者はないと、誰もが信じられるとき。

 

 

 太陽が、昇りはじめる。

 

 皆で掴んだ未来はこんなにも明るい。 眩しすぎて目を隠したくなるが、今はただ、刻み付けておこう。

 

「……やったの……?」

「みんな頑張ったんやね」

「…………ぅ」

 

 その光を地上の片隅で見上げる彼女たちは。

 

『…………………すぅ』

 

 そっと、目蓋を閉じていた。

 

 

 

 

 

 ―――――――時計の短い針が、2週した頃。

 

 ほとんどの皆が、病院に搬送されていた。

 リンディや、プレシアなど、魔力の資質がもともと高い者はその回復力を存分に発揮し、さっさと退院。 今は既に後処理の事務作業に移っている。 今回の片づけは大変だ、なにせ宇宙にはまだ巨大な証拠があるし、その存在を地球の皆様に発見されないようにしなくてはならないのだから。

 

「…………」

 

 高町なのは、彼女も既に退院した身だ。

 

 病院の一室で、身支度をする彼女。 あまりにも短い入院生活にあっさりと別れを告げ、彼女は着替えを詰め込んだバッグをその背に掛ける。 少しだけ見渡した部屋に、なんら未練もなく踵を向けて……歩き出す。

 あれほどの壮絶な戦いも、しかしその身にシュテルを宿していた恩恵か、瞬く間に回復していった彼女。 そんな彼女に、ひとつ、寂しげな声を掛ける者が居た。

 

「オリジナル」

「シュテルちゃん……」

 

 それは、やはり先の戦いでの貢献者である。

 彼女は元々生物ですらない。 故に、魔力さえ集まれば元の健康な身体に戻るのは容易くて。 でも。

 

「……空虚、です」

「……うん」

 

 その心は、いつまでたっても元に戻らない。

 

「あのひとの存在を感じ取れない。 ……あの時、確かにそばにいたのを感じたのに」

「うん」

 

 返事をする声に力があるわけがない。 そして。

 

「……大丈夫なのですか?」

「え? ……ちょっとだめかも」

「……そう、ですか」

 

 力無い返事に、励ます気力がわかない。 いいや、彼女だって気落ちしているのだ。 この反応は仕方がない。 そして。

 

「心もだけど、身体もね……」

「どうかしたのですか?」

「うん。 魔法、使えなくなっちゃった」

「――――え?」

 

 後遺症はやはり大きい。

 砲撃どころか念話すらも行えない我が身。 それは、この年の春先までの自分を思い出させるような無力感だ。 けど。

 

「もう闇の書事件も終わったし、これでいいのかも」

「……オリジナル」

 

 気を取り直し、部屋を出る。

 白い廊下を只歩き、この施設の出口を目指していく。 その後ろに付いていくシュテルは表情を変えず、ただ、なのはの背中を見ることしかできない。

 

 本当に、全てを失ったかのよう。

 彼から教わった戦う術も、いままで自信が身に付けた努力の成果も何もかも。 

 でも勘違いしてはいけないと、シュテルは心の中でささやきかける。 念話の使えないなのはに、それでも聞こえてくれと念じながら。

 そんな彼女たちを前にして、一陣の風が吹き抜ける。

 

「――――あいた!」

「?」

 

 いいや、其れは風邪などという涼しいモノではなかった。

 なのはの脇を通り過ぎようとしたのだろう、右肘にぶつかり、それでも通り過ぎているソレはなにやらお急ぎの様だ。 なのはに向かって振り返ると、バック走のままで挨拶を――――

 

「ごめんねお姉さんたち、わたしいま急いでるから……あ、れ?」

「……?」

 

 高町なのはは、おもわず首をかしげた。

 あの“少女”はなにをいっているのか。 急ぐ先は大体見当がついているのだが、それでも今の言葉は看過できない。 果たして“彼女”は自分達にそのような呼び方をしていただろうか?

 なのはは、訝しげな視線で目の前の金髪の少女に声をかける。

 

「なんだ。 ――て、そんなに急いでどうしたの? フェイトちゃん」

 

 両サイドで結んだ、長い金髪の少女が其処に居た。

 彼女も同じ病院で、同じような生活をしていたはずだ。 もしかしたら動けるようになったから、母親の元へ向かっているのかもしれない。 せっかく奇跡が起きたあの身体を、夢ではないかと確認しに行ったのかもしれない。

 

 サファイアのように青い瞳を輝かせている彼女をみて、……やはりなのはは首をかしげる。

 

「フェイト、ちゃんだよね?」

「オリジナル? どうしたのですかそのような事。 あれがレヴィにでも見えるのでしたら、再入院をお勧めします」

「ううん、そうじゃなくて」

 

 其れきり、なのはの中で何かがかみ合わないまま止まってしまう。 何かがおかしい、何かが起きている。 せっかく事件が終わったのもつかの間、彼女たちの前にどうやら更なる問題が放り投げられていく様で。

 

「あら、なのはちゃんもう身体大丈夫なの?」

 

 背後にある、奥の病室から出てくるのは、黒いシャツの私服に白い白衣を付けたままの魔女。 いまは只の母親へと鳴りを潜めた彼女は、今日だけは本当に只の女である。 妖艶さも、怪しさもない彼女は、微笑みをなのはに向けてあげる。

 その後ろで、金色のシッポが揺らめいた。

 

「……よかった。 なのは、一番衰弱してたから心配だったよ」

「あ、プレシアさんにフェイトちゃん。 今まで病室に居たんですね」

「うん。 母さんが迎えに来てくれたんだ」

「あ、そっか。 そうだよね…………え?」

 

 ……そうだ、金髪を左右に結んだ彼女が、“プレシアの後ろ”から現れたのだ。 だが今しがたこの少女とは対面したはずだ。 そう思い、何かの間違いだと願いながら、高町なのはが振り返る。

 

「……どうしたの? お姉さん」

「…………あれぇ?」

 

 だがそこには同じ顔が。 ……いいや、よく見ておくのだ高町なのは。

 頭を振り、目蓋を閉じて擦って行き、もう一度開けてやる。 疲れているのだ、彼女は。 そう切り替え、幻影とおさらばしようと視線を向ける。

 

「ねぇ、大丈夫?」

「…………………あ~~」

 

 頭の中がおかしくなりそうだ。 雰囲気からして相手がこちらを騙そうという空気ではないし、そもそもそんなことに益なんて誰にもない。 なら、この現象はなんなのだ? 姿かたちは同じの、雰囲気だけ違うフェイトと同じ顔をした少女を見て、なのはは今度こそ叫ぶ。

 

「プレシアさん、どういうことですか!?」

「なに? この世の終わりみたいな声出して」

「何かの実験なんですよね!? こんなことして、どういう事なんでしょうか……?」

「?」

 

 しかし、だ。 彼女もそれに心当たりはないようで。

 一体何のことだと呟けば、彼女はなのはが視線を行き来している先へと顔をのぞかせる。 ……遂に、覗いてしまったのだ。

 

「…………………………………」

「母さん!?」

 

 無言。

 何もしゃべらなくなった彼女はそこで意識を手放した。 突っ立ったまま、倒れるという行為もしないでだ。 あまりにも器用な気の失い方に近くにいたフェイトが戸惑えば、彼女も同じようにその原因へ顔をのぞかせる。

 

 そして、見たのだ。

 

「あ、久しぶりヤッホー」

「わた、し?」

 

 そこには鏡なんてない。

 だが、そう思わずにはいられないほどに、目の前の人物はフェイト・テスタロッサに酷似していたのだ。 ……何かの悪戯? いいや、その可能性は既にプレシアが叩き折った。

 ……だったらこれはどういうことなのだろうか。

 

「全部終わったみたいだからね、いろいろお話しに来たんだよ――――って、なんでママ気絶してるの? ちょっとママ! しっかりしてよ?」

『…………………どうなってるの』

 

 プレシアをママと呼ぶ少女。

 フェイト・テスタロッサにそっくりな容姿を持った彼女は、一体なにをこれから引き起こすのだろうか。 

 

 

「おにぃちゃんから伝言――って、誰も聞いてないや」

 

 決戦の終わった物語は、しかしまだやり残しがあるようだ。

 




???「やっほー!」

なのは「え? あの、どうなっちゃってるの?」

シュテル「わたしにも理解が。 しかし、事態は悪い方向へ進んでいるわけではなさそうです」

フェイト「とりあえず母さんを病室に運ぼう。 ごめん、みんな手伝って」

二人『あ、はい』

???「さってと、いろいろ驚いちゃうかもなぁ。 でも、今はまだ内緒なんだよ? じゃあ次回!」

山吹色のあの男「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第71話」

銀髪のあの女「生きてる!? 少女が語るもう一つの奇跡」

???「ねぇ、おにぃちゃんたち誰?」

???「まじいなぁ、えらいトコに来ちまった」

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