魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第71話 生きてる?! 少女が語るもう一つの奇跡

 

 

 

 白い部屋があった。 清純潔白、どこを見渡しても汚れがなく、使うモノに健やかな気分を提供する程よい照明器具。 肉体と精神にどこまでも気を遣ったその一室は、時空管理局が保有する病院の一室で在った。

 そこには、先の決戦を終えた局員たちが“極秘裏”に運ばれ、その傷を順次癒している真っ最中である。

 

 しかし、だ。 その中で一人、既に退院可能な人物がベッドをひとつ占拠してしまっていた。 彼女はケガも治り、呼吸器系の持病も奇跡的な回復を見せ、その身体は生気に満ち溢れている……はずだった。

 医者が見て、数時間前とは比べ物にならない程の回復。 ――否、まるで身体が、いいや、細胞自体が時間を逆行したかのような回復具合は、正に若返ったと形容できようか。 ……その発言が、いかに的を射ているかも知らないで。

 

 さて、其れは良いとして問題はベッドの上の人物である。

 まだ、目を覚ます気配無く、それでも健やかな呼吸を繰り返して夢の世界へ埋没していく。 その姿はいつかの恐怖を象徴した悪鬼とは正反対の優しく、仕事に疲れただけの母親のようにしか見えない。 ……それを見た少女は、しかし優しい顔にはなれなくて。

 

「……」

「ふーん、ふふん」

 

 鼻歌がひとつ空を飛ぶ。 部屋に響くそれが、そこにいる人物たちの耳に届くことはないけれど、それでも歌が鳴り止むことはない。 なぜなら、それほどに歌う人物は気分が良いからだ。

 椅子に座って、ベッドを観つつ、シャリシャリと手元から音を奏でると傍らに置いてある小さな机に身体を向ける。

 

「じゃじゃーん! ウサギさん完成!!」

『…………』

 

 白い皿に今しがた剥いたリンゴを並べると……どうだ!? などと自慢げに部屋にいるモノたちに胸を遠慮なく張る彼女。 気分の良いはしゃぎ声も、しかし部屋にいる人物たちには届かない。

 それもそのはずだろう、なぜならその者達は……いいや、この、血戦を終えた少女達には、何分、この椅子に座っている彼女の存在自体が理解の範疇外なのだから。

 常識ではなんとも説明がつかない。 その、少女の名を、金髪の髪を流した彼女が、呟く。

 

「ねぇ、アリシア」

「うん、なに?」

「……やっぱり、アリシアなんだよね」

「そうだけど……どうしたの?」

 

 同じ、金の頭髪をした彼女が首を傾げながらに答える。

 そうだ、同じなのだ。 髪型から顔の形、体型までも―――いいや、ほんの少しだけ背丈が小さく、表情もフェイトに比べると多彩であろうか。 どこまでもフェイトに近く、それでいてやはり別人なのであると、心の中で高町なのはが整理する。

 

 しかし、だ。

 彼女がもしもフェイトの言う名の人物であるというのなら、事態は更なる混沌に突入していく。

 

「それはありえない。 貴方は20年も前に当時の新型魔力炉の暴走事件で命を落としたはず」

「…………」

 

 それをわかっていて、尚且つ遠慮なく口に出来る者が居るとしたら、やはりシュテルであろうか。 高町なのはと、うり二つの彼女はしかし、その冷徹に過ぎる疑問を一直線にぶつけていた。 顔色変えないところを見るに、どうにも本気で困惑しているようには思えない彼女。

 それを見て、まるで狙い通りだと微笑むのはアリシアであった。

 

「うん、そういうことになってるみたいだね」

「みたいだね? というと」

「わたしもこっちに来て初めて知ったんだもん。 おにぃちゃんは気にすんなって言ってたけど、やっぱり自分が死んじゃってるってことになってるのはショックだったかな」

 

 語るように、そして微笑むようで……だけど目尻は悲しみを携えていた。 この、見た目が小学生以下の子供には、決して見えない仕草をするところはやはりフェイトを思わせる。 どこか耐えるようでいて、それを隠すのが上手い。 そんな、親に迷惑を掛けない子供は、そっとベッドの上に視線を零す。

 

「だけどね、こうしなかったら“フェイトが消えちゃう”から……だから仕方がなかったんだよ」

「!!?」

 

 少女の呟きに、皆が目を見開く。

 なぜ、どういうことだ。 どういう理屈で、どうしてそんなことになるのかが訳が分からなくて。

 

「えっとね……どこからお話したらいいかな……」

 

 いきなり混乱させたことに、気が付いたのだろう。 アリシアと名乗った彼女は、周りを見渡すと、やはり困った顔をする。 申し訳なさそうに、でも、この場をおちつけようと精一杯に頑張ろうと泣き言の一切を見せつけない顔。

 その、強い姿を見てどう思ったのだろうか。

 

「――――落ち着いて、アリシア」

「あ……!」

「ゆっくりでいいのよ……時間はたっぷりあるのだから」

「ママ!」

 

 魔女が――いいや、母親が目を覚ます。

 ゆっくりと身体を起こし、被さっていた掛布団を縦半分に折りたたむ。 脚先からゆっくりと床に落ち着けると、そのままアリシアをみて……フェイトへ視線を向ける。

 

「あ、あの……かあさ――」

「ごめんなさい、なのはちゃん。 リンディさん達を呼んできてもらえるかしら」

「え?」

 

 一瞬、とんでもない騒ぎになると思っていたなのはが、一気に拍子抜けな表情になる。 あの、娘をどこまでも愛しているプレシアが、何もなく、平然と事態を前へと推し進めようというのだ。

 あまりの感動に病院が更地になることさえ覚悟していた彼女は、しかし、これが一時の静けさだと思い至ればすぐに駆け足で部屋を出ていく。

 

「――――あ、あの」

「どうしたの?」

「そう言えばリンディさん、しばらく忙しいから手が離せそうに――」

「地下施設の増設とそれに携わる研究費に関する申請ミスって言っといて頂戴。 きっと直ぐ飛んでくるはずだから」

「は、はぁ……?」

 

 あまりにも手慣れた状況の進め方に、なのはの後頭部に大粒の汗が零れていく。

 ……さて、彼女がナースセンターに置いてある通信機で、特別に管理局の事務室に居るはずのリンディと連絡を取っている間に、プレシアはさっさと身支度を済ませていく。

 乱れた服装をただし、少しだけ崩れた髪型を直し、その手に、入院中の私物を持つと。

 

「……帰りましょう」

『は、はい!』

 

 慌てず、何時もの通りを繰り返した彼女に、娘たちが背中を追いかけていくのでありました。

 

 

 

 

 

 

 …………1時間後。

 

 

「…………えっと、プレシアさん?」

「あぁ、いけないお茶菓子を切らしてたんだわ」

「あの?」

 

 プレシア宅、兼、作戦会議室。

 地下施設に緊急招集させられた管理局の偉い人。 彼女はライトグリーンの髪を垂れ流しながら、どうにもマイペースなプレシアを前にして、彼女の困惑は尽きない。 そもそも、今一番知りたいことが、ついさっき出来たばかりとなればなおのことだ。

 

「砂糖も補充して無かったわね。 ごめんなさいリンディさん、普通の抹茶になってしまうのだけど」

「――――あ、手持ちは有るので大丈夫です」

『あ、あるんだ……』

 

 懐から銀の陽気を何事もなく取り出すさまに、汗が零れるなのはたち。 何となく、付いてきてしまった彼女たちを、やはり問題のなさそうに迎え入れたプレシアは……どうやら彼女たちにも知ってもらうようだ。

 

「出来れば、はやてちゃんにも聞いてもらいたかったのだけど」

「わたしも誘ってみたんですけど、今までずっと闇の書に……ううん、クウラに捕りつかれてたのを、あんな無理矢理に振り払って、しかも力すぐに使った反動でしばらく大人しくしてないとダメみたいで」

「そうね。 あの子は今回、一番無理をしたものね」

「……はい」

 

 ――――そして、一番頑張ったのは貴方。

 付け加えたプレシアは、一瞬だけ視線が鋭く。 それがどういう意味を持ち合わせているのかなんて、彼女の真剣すぎる顔を見てしまえば、空気に敏感なところのある子供たちならば、言われなくともわかってしまう。

 それは、やはりリンディも同様であって。

 

「……なのはさん、お体、どうかしたの?」

「あ、その……ちょっとだけ疲れちゃったみたいで」

「そう……」

 

 それ以上を語ろうとしなかった少女に、しかしリンディの追及は無い。 少しだけ目元をほぐすと、そのまま深呼吸。 無駄に緩やかだった空気がそれだけで引き締まるのは、彼女が今まで通ってきた道の険しさを実感させる。

 

 話題は、本題に移っていく。

 

「それで……アリシアさん、でいいのよね?」

「はい、はじめまして!」

「元気のようね。 ……それで、お話したいことって何かしら?」

 

 交番で迷子の子供を相手取るよう。 まぁ、状況的に間違ってはないのだが、それをなのはも思ったのだろうか、少しだけか会から力を抜くと、用意してあったクッションにみんなして腰を落ち着ける。

 

 ……昔話が、始まろうとしていた。

 

 

「まず、貴方はあの事件でどうなったか。 それを教えてもらえるかしら」

「わかりました」

 

 快活で、明るい返事が聞こえてくる。

 それを見て、不明慮な、それも突発的な要因ではないと断じたリンディは片手をせわしなく動かしていく。

 

「リンディさん――」

「ご心配なく、只のプライベート用のレコーダーです。 一応、状況を整理しきれないための保険にと」

「……そう」

 

 その姿をひと目で見抜いた彼女もやはり張りつめていたのだろう。 一瞬だけ流れた不穏な空気も……

 

「あの時……ママ達からするとずっと昔になるんだよね? 魔力炉っていうのが暴走した事件、あそこでわたしは、やっぱり何もすることが出来なかったの」

「……では、誰かが助けに?」

「うん。 おにぃちゃんに助けてもらったんだよ……えへへっ」

『お兄ちゃん?』

「うん」

 

しかし、次の少女の発言で―――

 

「悟空おにぃちゃん」

『!!??』

 

 吹き飛んでしまう。

 一気に沸き立つ地下施設。 プレシアも先ほどの余裕をすっ飛ばし、リンディは手元にあった砂糖入れを落っことす。 ……そして。

 

「ご、悟空……くんが……」

「ほん……とう、に……?」

「あの方が、生きていた……?!」

 

 この三人は、席から立つこともできなかった。

 手を口元に持って行き、それだけで肩を震わせてしまう。 霞んでいく視界は、しかしうるんだ瞳のせいだと気付くのに時間はかからなかった。 ソファを、雫が濡らしていく。

 

「い、今どこにいるの!?」

「無事なのですよね!? ……まさかケガをして動けないのでは!」

「お願い、教えてアリシア……!」

「あ、あの……あのね」

 

 困惑する幼子に、既に詰め寄ろうかという見幕は仕方がないであろう。 あの、おそらく次元世界をも貫きかねない大爆発を、身を挺したからの生存は絶望的だった。 ……だけど、どうにも今までその絶望が実感できなかった彼女たちは、やはり心のどこかであきらめきれてなかったのだろう。

 彼は、必ず……

 

 それが今、確かな証人を得てしまえば、居ても立っても居られない。 少女達は席を立ちあがり――

 

「おにぃちゃん今ね、とっても遠いところにいるの」

「遠い?」

「悟空が?」

「安心してくださいアリシアさん、距離なんて関係ありません。 この想いの丈を届けるのに理屈なんていらないので――――」

『すこし、黙ってようか』

「……はしゃぎすぎました」

 

 想いもがけないツッコミに、驚いたのはシュテルだけではない。 てっきり、一緒に騒ぐものかとばかりに思っていた大人たちも、ここで一旦深呼吸。 少女二人が席に着くなり、アリシアはちいさなポケットから、これまた小さな物品を取り出す。

 

「ママにあったら、これを渡してくれって」

「カプセル? 見たこともない形式ね」

「向こうの世界のなんだって。 “ホイポイカプセル”って言うの」

「……向こう!?」

 

 渡された物よりも、何より次に出てきた言葉におどろいた。 そもそも、今までプレシアがやっていたのはレーダー制作と娘たちの相棒の強化だけではない。 孫悟空の、帰るところを探す手立てと行き来の自由を模索するため。

 最後の別れを、どうしても彼女自身が否定しているための内緒の作業は、当然誰の手を借りることもできなかった。

 そして彼女自身、かなり高名の魔導師ではあるし、研究者だと自負している。 にもかかわらず分らなかった――――それが、今しがた目の前の幼子の口から出てきたことに、驚きを隠せないのだ。

 

「アリシア、向こうって孫く――いいえ、お兄ちゃんの世界の事?」

「えっと、そうだよ。 なんでも“界王神界”ってところにいるんだって」

「……界王!?」

「うん。 あ、でも別にあの世ってところに行かなきゃいけない訳じゃなくって……えっと、おにぃちゃんね、元から生きたまんましょっちゅうあの世に行き来してたみたいなの。 今回もその延長線上なんだって」

『…………そう、なんですか』

 

 まぁ、彼だから。 そんな一言で許されるのは孫悟空の特権なのであろうか。

 さて、ここで一つ判明した彼の居場所、しかし、高町なのはは、その胸中を一気に不安で染め上げる――――彼の世界にいる、それはつまり……

 

「悟空くん、帰っちゃったんだ」

「ううん、それは違うよ?」

「え?!」

 

 笑顔で不安をぶった切るアリシアは微笑全開。 ちょっとだけイジワルな笑みに見えるのは、やはり母親譲りの性分なのだろうか。 ここで、彼女は重要な事項を次々に口にしていくことになる。

 ……リンディの手元が、忙しなく仕事を開始する。

 

「おにぃちゃんが行けるのはそこまでなんだって。 何でも、そこから先……下界って言うんだけど、もと居た地球とかには降りられないんだって」

「え、なんでダメなの? 悟空くんには瞬間移動が――」

「そこにいるおじいさんがね、まだダメだって言うの。 それにおにぃちゃん自身、もと居た地球に瞬間移動できなかったみたいだし」

 

 消えたと思ったらまた元の場所に居たの。

 アリシアが事情を説明してくれるのだが、どうにも要領を掴めない。 あの、どんな魔導師よりも魔法使いしている存在がそのような事態に陥るのか? そもそも、瞬間移動をしているのにその場に返ってくること自体意味が解らない。

 彼女たちは、取りあえず思考をそこで中断する。

 

「わからないことだらけね。 アリシアさん、取りあえずその話はそこまでにしましょう」

「え?! でも悟空くんの――」

「――落ち着いてなのはさん。 その話を、今からするの。 そのためのカプセルなのよね? アリシアさん」

「うん!」

 

 プレシアが手にしたカプセルが、今回の話の鍵を握るのは明白だ。 今すぐ、これを解析してやらなくては――意気込む彼女に、だけど幼子が笑いかける。

 

「それ、スイッチあるでしょ?」

「え、えぇ」

「押してみて? それだけでいいって、“銀髪のおにいさん”が言ってたよ」

「銀? ……まぁ、いいわ。 押すわね」

 

 何となく物騒なスイッチだとも思えるそれに、プレシアの表情は一瞬だが硬くなる。 それでも、せっかく手に入れた手がかりを前に足踏みしている選択肢は、彼女たちにはない。

 カチリと、少しだけ力を込めると鳴った音に、緊張が走る。

 

「そしたら適当なところに投げて」

「――ッ」

 

 アンダースローからくる緩やかな投球。 少しだけ開けた箇所にカプセルが転がれば……盛大な煙が噴き出す。 爆発か!? 驚くプレシアは中空に紫色の窓枠を出現させる。

 

「被害はないようだけど……」

 

 とりあえずこの煙だけでも何とかしなくては。 地下室に置いてこのような煙が蔓延するのは自殺行為だ。 彼女は、そっとパネルを弄ると、天井や壁際に設置されたファンを動かす。

 

 空調が行われ、煙が薄れていこうかと思う時だ。 彼女たちは、アリシアからのプレゼントを、見る。

 

「…………なに、これ?」

「て、テレビの様ですけど」

「見たことないタイプ」

 

 ミッドの面々はこれが何なのかなど、よくわからない。

 対して、地球生れの魔導師の彼女は、これのデザインを見た時、即座に頭に浮かぶものがあった。

 

 形は、長方形の箱型に、一面だけ真っ黒のガラスが、さしずめ絵画を飾った額のように張ってある。 その下には何かの差込口、そしてボタンがいくつか。 そこまで見れば確信を持って答えることができる。

 

「あ、テレビデオだ。 なつかしい、こんなのもう何処にも売ってないよ」

『知ってるの?』

「うん。 ずっと前にいろんなところにあったんだけど、液晶テレビが出てから廃れちゃって、今じゃ化石並みの代物なんです」

『詳しい……』

 

 既に出回ってない代物に、小学生が答えられる事実はまぁ、解明はしないでおこう。 目を丸くする皆を前に、なのはがテレビの前にしゃがみ込む。 スイッチを何ら迷いもなく押し込むと、そのままテレビに電源が入る。

 

「コードがないからどうしようと思ったけど、内蔵電源でもあるのかな?」

『……』

 

 現代人が釜戸の使い方がわからないように、ミッドの人間がなのはの手さばきに感心しているときであろう。 ……画面に、ようやくそれは現れた。

 

[へぇ、これで向こうに……え? もう始まってんのか?!]

「……あ」

「……居た」

「大したケガもなく……よかった」

 

 相変わらずの笑顔が画面に映っていた。 黒いボサボサの髪はそのままに、何となく衣装が違うのは、彼が山吹色の道着を着ないで、アンダーだけとなっているからだろう。 けど、そんなことはどうでもいい。 少女達は画面に張り付いていく。

 

[おっす! これ、見てるってことはみんな無事なんだな。 オラ其処が心配だったから正直安心した]

「悟空くんのおかげだよ……うぅっ」

[いろいろ、言っておきたいことはあるが、まずこれだけはと思ってよ。 オラ今、大界王神のじっちゃんとこで世話になってんだ。 いろいろあってな、夜天の奴も一緒だ]

[見てますか? 主はやて]

『…………』

 

 ふたりの無事を確認して、皆がそっと息を吐く。 安堵があたりを巡れば、お互いを見て、確認して、視線だけで会話を済ませると。 高町なのはが一時停止のボタンに手を伸ばす。

 

「み、皆が居るところで――」

「そうね。 あのときかかわった人、全員を呼ばなくちゃね」

 

 リンディが優しく微笑むと、彼女は通信をいろんなところに飛ばしていく――――どうやら、またさらに有給の上乗せが必要みたいだ。

 

 

 

―――――――地球、月村邸。

 

 

 ネコ屋敷に集まる彼等彼女たち。 広くて、機械に精通していて、さらに事情を離せばすぐに施設を課してくれる場所がここだった。 最初は戸惑った忍も、こと、悟空の生存確認などと言われれば、承諾を下ろさない訳などなく。

 場所が決まれば、次は人だ。

 

 クロノをはじめ、ユーノや騎士たち。 様々な人間が負傷をしたまま、その傷を治している途中にもかかわらず、あの時の面子は、どうしても用を外せないグレアム以外がそろうことになった。

 かなりの大人数も、だけど窮屈さを見せないこの屋敷はさすがの一言だろう。 月村忍が、外部入力用のコードを接続する中、大画面のスクリーンに先ほどの映像が流れ出す。

 

[――ってなわけだから、オラたちの心配はいらねえかんな]

「悟空!」

「悟空さん!!」

「……無事、だったか」

[さてと、いろいろ聞きてぇかもしんねぇけど。 オラが言えるのはこんくれぇだ]

『え!?』

[あとは夜天が作った“えいがかん”で説明すっからよ? それでオラに何が起こったかしっかり確認してくれ。 そっちに置いてったアリシアの事もちゃあんとわかるようにしてあっから、あんまし、そいつに詰め寄んなよ?]

 

 そうして暗くなる画面。 しかしすぐに元の光りを取り戻していく。

 瀬戸内際を思わせる大嵐の風景に、丸中に亀印が入ったマークが浮かび上がっていく。 こんな細かいところにまで気を遣うなんて……つくった人物のこだわりが垣間見れる。

 

 

 ……それが消えて行ったとき、物語は、あの時の裏側を映し出していく。

 

 

 

 

 おわる、世界。

 

「――――――…………クウラ、おめぇの好き勝手にはさせねえ」

「よくも……サイヤジン……せめてきさまだけでも――!!」

 

 どこは、誰もいない惑星だ。

 気温は氷点下。 吹き付ける風は肌を刺し、天から降り積もる雪は大地を凍らせる。 アイスエイジを思わせるその世界は、いま、戦士たちの墓標になろうとしていた。

 

 奴が現れた箇所が、その以上にまで膨れ上がってしまった気を、まるで表すかのように溶けていく。 雪が、ではなく大地そのものがだ。 本当に星が終わろうとしていた。

 

「ココで、おWaりダとおおおおお―――」

「……そうだな、確かにおめぇはこの先再生するかもしれねぇ。 それくらい考えていない分けねえだろ」

「!」

「けどな、いくらおめぇが復活しても同じことだ。 オラがいなくなっても、いつか必ずあいつらが……」

 

 言い残すことは、ここまで。 孫悟空がクウラから手を放すと、奴は赤熱していく体に亀裂を走らせていく。 見るも無残なその体は、すでに今までの造形美とはかけ離れた醜悪さだ。 奴の内側を表したかのよう。

 思ってしまえば、実にその通りだと、リインフォースが頷けば――それで、世界が終っていく。

 

 

 

 

 

「―――――――――……つかまってください!!」

『!!?』

 

 孫悟空はその声に振り向いた。 夜天がまさか? いいや、今のは聞いたことがない男の声だ。

 

「何も考えないで早く!」

「くッ――」

 

 だけど、前にもこんなことがあったのは気のせいだろうか。

 

「夜天!!」

「悟空!?」

 

 気のせいじゃない。 彼はソレを覚えている。

 記憶の海に沈んで、もう、うまくは思い出せないかもしれない。 だが、それでも身体は動いていて。 叫んだあとには、声のする方へ高速移動を決め込んでいた。

 

「この手を絶対に離さないでください!」

「あぁ、頼む!」

「な、なんなのですかこのひ――?!」

「無駄話が過ぎると舌を噛みますよ!」

 

 世界が終わる時が迫る。

 クウラの膨張した身体が、その、内側からの圧力に負けた時である。 ……彼らは……

 

「死ねぇぇええええええッッ!!!!」

「カイカイ……――――」

 

 星が爆発する。 今まで、幾億と重ねてきた歴史を、一瞬の間にゼロへと消し去られてしまう。

 いままでの、いろんな出来事が消え去っていく凍結した世界。

 氷は消え、地表の残りカスが宇宙空間に漂うだけ。 この世で一番大きな生物が、その寿命を終える前に殺されたときであろう。 暗い世界に、たった一つ、悪しき思いが流れていく。

 

[ギ――ギギ……ぶじ、だった……ウンが、よか……た]

 

 銀色の破片が、そこに転がっていた。

 いままでよりもずっと、どんな時よりも厳しい自身の破損具合。 何をどこまでやれるかをゆっくりと確認していくように、その小さな破片は周りの星だったものを取り寄せていく。

 

 主に、欲しい者は大地に眠っていたであろう鉱石類。 まずは身体を補う必要がある彼にとってそれは急務だった。

 そして、その作業が一通り段落を迎えるとき。

 

「……あの世界に残してきたボディに組みつくか…………――――」

 

 何事もなく、ただ、残り掃除をするかのような気怠さで、この空間を消えて行った。

 

 自身が、圧倒的なまでに致命傷な見落しをしているとは知らないで。

 

 

 

 

 

 

「――――――ぐ!? なんだここ! 身体がふきとんじまいそうだ!」

「あの爆発が少し紛れ込んだようですね。 時空の乱れが……はぐれたら今度こそ救えなくなります、しっかり捕まっててください」

「……」

 

 三人は、歪んだ景色の只中に放り込まれていた。 普段目にするというか、いつも体感する次元間の移動でも、瞬間移動の感じでもない不思議な感覚。 ――例えるなら荒波の中を潜水するそれ。

 まさしく命の危険を感じてしまうほどの氾濫具合に、突然現れた男の言うことが嘘ではないと身体で理解したリインフォースと悟空はそれぞれの手をしっかりと握り、丁度知らない男との間にいる悟空は、彼の腕ごとを掴む。

 せっかく拾った命を、むざむざと捨てないために。

 

「誰か知らねえがすまねえ、助かったぞ」

「いえ、本当は手を出すのは良くなかったのですが、貴方がたの今までの頑張りを見てきた身としては、どうしてもじっとしてられなくて」

 

 どこか申し訳なさそうな顔。

 見たことない人物なはずだ。 だけど、その顔を見るとどうしても他人には思えなくて。

 

 其れとは別に、悟空のツレがこの男を詳しく見据える。 敵か味方か、疑り深い彼女はどうやらここで見極めるようだ。

 

 女性のように、腰まである銀髪のオールバックは、彼女とは違い芝生のようなボリュームがある。 肌の色は、どことなく人外を思わせる透き通ったやや青い白色。 体格で言えば悟空とそれほど変わりないがっちりとしたもので、服装は民族衣装というよりは神官を思わせる不思議なものだ。

 両耳に大きなピアスを付けた、物腰の柔らかそうな人物。 とりあえず敵ではない。そう、リインフォースは判断した。

 

「貴方は、いったい」

「説明はむこうに着いてからにしましょう。 お二人とも、目に見えない疲労がたまっていますし、何かの拍子で手を離したら大変ですから」

 

 やけに慎重な男は視線も鋭く進行方向の先を見据える。 その先にある光を見ると、彼は少しだけ口元を緩める。

 

「一端私たちの世界……■■■■にまで飛びます。 そこで気と魔力を回復しましょう」

 

 疲れた身体を癒すのも戦士の役目。 微笑んだ銀の男は、そのままつらつらと会話を続けていく。 すこしだけ余裕を見せるのは恐らくゴールが近いからだろう。 まるで頂の近い初心者登山家のようなその隙は、あまりいただけない。

 だから、だろう。

 

「さぁ、もうすぐですよ二人とも! …………あれ?」

 

 手を、“握って”開く。 さて、ここで何かおかしい事に気が付いた彼は、そのまま再び開いた手の平をじっと見つめる。 そのときだ、答えを見つけた彼の背中になんとも言い難い衝撃が走り去り、脳髄を直撃する。

 あぁ、なんとこの男の不甲斐ない事か。 そこには、なんと二人はいなかったのだから。

 見渡すばかりの異空間。 もう、どこに行ったか気を辿ることさえ困難で、探そうにもこの嵐では到底できない。 彼らの、瞬間移動に掛けることさえできやしない。

 

「あ、わわわ……」

 

 慌てふためくとはこのことか。 すっかり取り乱した長い銀髪は、まるで獅子舞の様。 ボサリと周囲に振り回せば、彼の心内を語るように乱雑に暴れる。

 

「ど、どどどどどうしましょう!!?」

 

 それを何とかするのが貴方の仕事だ。

 慌てふためくまえにさっさと次のアクションを起こすべき。 こういう時は、人間様が良くやっているアレをまずするべきだ。 落ち着いて、ゆっくりと呼吸を整えていく彼は一気に――

 

「手を離してしまったぁぁあああアアッ!!」

 

 ……ちがう。

 さて、慌てふためくを続行している彼はそのままに、話しの焦点は孫悟空とリインフォースの二人へと移っていく。 彼らが、乱気流の向こう側へと、消えて行ってしまったところまで時間を戻すべきだろう。

 

 

 

「あ、あんにゃろう! 離すなって言っておきながら自分から手ぇ緩めやがって!!」

「最低ですね……この中、どう切り抜けるべきか」

 

 あの男への株価がストップ安まで駆け下りていく。

孫悟空の右手にはリインフォースの右手が。 まさに命綱のように繋がれたそれは、先ほどとは違い確かな強度を保たれていく。

 

 だが、時は無常であった。

 

「――――っく!?」

「身体が、いえ! わたしたちの居る空間そのものが流されてる――――どこかの世界に出ます、衝撃に備えて!」

「備えろって言ってもよ!!」

 

 態勢を整えろと言うけれど、其れは無理という物だ。 上も下もない時空間の狭間で、孫悟空の平衡感覚は限界にちかい。 言うなれば、渦潮の流れに逆らって泳ぐもの。 体力が尽きればそれまでだし、何より、悟空は先ほどの戦闘で気のほとんどを消費してしまっている。

 それほどに、彼の限界は近いのだ。

 

「ぐ……ぐぅぅ――――」

 

 流される彼は、それでもリインフォースの手を離さない。 残された気力のほとんどを右半身に集中して、彼は時の流れに消え去っていく。 見えない、力に引っ張られながら。

 

 

 

 

「―――――うおぉ!?」

「くッ?!」

 

 身体が、急に自由になる。

 打ちあげられた魚のように身体を振るわせると、そのまま大地に身を委ねる。 ……委ねようと、したのだ。

 

「お、落ちる?!」

 

 其処は何もない空間……否、目を焼くかのような光は太陽の物だ。 そして、身にあたる風は大気の存在を知らしめ、眼前に広がる様々な色の景色は、そこが大地だと言わしめる。

 

「悟空、舞空術を」

「あぁ!」

 

 上空に居るのだと、すぐさま判断した二人はすぐに空へ留まる。

 

「いやぁ、なんだかんだで助かったなぁ」

「えぇ、あの爆発からさらに、先ほどの情けない男のイージーミス。 そして乱気流といろいろありましたが」

「ま、助かったってことでよかった」

「はい、そのとおりです」

 

 互いに目を瞑り、今までの事を反復。 すぐさまあたりを見渡したのは悟空だ。 視線を鋭くどこまでも見たのは、彼女たちを探しているのだろう。 ここがどこだかは分らない、けれどそんなことなど彼には関係ないのだ。

 見て、探って、感じてしまえばそれで事が済んでしまう。 それが彼が持つ秘術なのだから。

 

「…………おかしい、なのはたちの魔力を感じねぇ」

「まさか、貴方をして探れないのですか?」

「あぁ、これっぽっちもアイツらを感じねぇ」

 

 一気に焦る顔をするのは、リインフォースだ。 彼女自身、当然あの戦場にすぐさま戻るはずだった。 あの、爆発を逃れた時点で。

 でも彼にできないことが、果たして自分に出来るのだろうか。 想う彼女は、しかし足掻くことをやめない。

 

「転送魔法で地球まで飛びます。 もしもここが遠い異郷なら時間はかかるでしょうが、それでもやらないよりはマシです」

「わかった、やってくれ」

 

 リインフォースの足元が輝く。 魔法陣を展開した彼女は、囁きかけるように世の理へ触れていく。 この、広大すぎる世界を一望し、目的の場所へと飛んでいくために。

 

「目的――地球への転送。 転移系魔法を選択後、この場より最も有効な転送範囲と回数を計算……計算……」

 

 うつろな瞳でささやく彼女は、まるで機械のように正確な式を構築していく。

 彼女たちが扱う転送魔法は、座標さえ知っていれば必ず辿りつける代物だ。 時間は、距離に比例して長くなるのだが。 それでも誰もいないところへ……気を感じられないところへ行くならばこれが一番だろう。

 しかし、もしも……だ。

 

「現在地を取得中……確認。 現在地……ッ!!?」

「ど、どうした?」

「ありえない……そんな馬鹿な!」

 

 そこが、どうしようもなく手後れな場所だったとしたら?

 

 取り乱す、彼女。

 あの闇の書と呼ばれ、悟空と戦った頃には決して見られなかった狼狽ぶりに、釣られて悟空もその場に駆け寄る。 そのとき覗いた彼女の顔は、あまりにも恐れを含み、同行は完全に開き切っていた。

 ありえない程の取り乱しざまに、何とか落ち着けようと彼女の肩を押さえてしまう悟空。 振るえよ止まれ。 歯を食いしばってなだめる彼に、リインフォースが……呟く。

 

「すみません……」

「落ち着いたか? いったいどうした? いきなり叫んじまってよ」

「いえ、それがその……」

「ん?」

 

 謝罪の言葉に見え隠れする困惑。 いったい何が彼女をここまで騒がせるのか、理解の及ばない悟空は首を傾げることしかできない。 背後に揺蕩う尾が、まるで心内を表すようにふわふわと動けば、突然彼は背後を振り向く。

 

「――――この気は……」

「ご、悟空?」

 

 言い知れない顔をするのは、当然だろう。 なにせ今感じたこの気は、本来ならあり得ないモノだから。 そう、彼女たちはまだ決戦の最中で、こんなところに来ている余裕などない。 でも――――

 

「どうしてプレシアの気がここにあるんだ」

 

 ……あるものは、確かに存在した。

 本来ならばありえないことだ。 そして、孫悟空が気の探知を誤る可能性はどこまでも低い。 ならばこれはどういう事か。

 

「ま、行ってみれば分かんだろ」

「お待ちなさい、そう短絡的に物事を考えるのは貴方の悪いところです」

「え? けどよ」

「おかしいと思いなさい。 あれからまだ時間はそう経っていない。 仮に主たちが勝ち、この世界に平和が訪れたとしても……その」

「なんだよ?」

「ミッドチルダに彼女が居るのは、時間的に考えてありえない!! それに、ここと地球の間を瞬間移動できない理由も分らないのですよ!?」

 

 ならば、どういう事だろうか。

 思案する時間も惜しい。 先ほど訪れたクウラを思い出せば、いつまでもここにいる訳にはいかないと焦れるのもわかる。 それでもだ、リインフォースは言う。 今この時、何か歯車が狂っているのだと。

 

「…………」

 

 彼女のあまりにも必死の制止に、今まさに瞬間移動を実行に移そうとしたのだろう悟空も、そのまま精神集中を途切れさせてしまう。

 ――――わかったよ。

 渋々頷く悟空はそのまま視線を遠くの景色へ飛ばしていく。 今現在居るのがミッドチルダなら、彼にも土地勘はある。 上空数千メートルという場所にいたとしてもそれは変わらない。

 彼は、身体を前へ傾けると、全身を流れる気を後方へ噴出していく。

 

「このまま飛んでいくぞ」

「ですが気を付けてください。 わたしはもちろん、貴方の存在はこの世界では特に隠さなければなりません」

「……おう、分ってる」

 

 風を切り、風の中に潜り込んでどこまでも飛んでいく。

 孫悟空が創り出す飛行機雲に、そっと乗るように後を飛ぶリインフォース。 幻想的な光景も、しかし彼女の気分が晴れることはない。

 

 なにか、喉の奥で魚の骨がつかえている感覚。 このまま果たして何の考えもなしに合いに行っていいのだろうか。 

 

「なぜそのようなことを思ってしまうのか。 ……あの時、時空間の狭間に呑み込まれてからおかしい事ばかりだから?」

 

 ひたすら飛んでいく彼らは、やはり速度が尋常じゃなかったのだろう。 数百キロという距離を数分の内で飛んでいけば、眼下に慌ただしい光景を映し出す。

 

「お、見えてきたな」

「ミッドチルダ。 ……特に代わりばえは無いようですが」

「ちゅうことは、クウラの奴はどうにかなったんだな」

「それとも、これから進軍しようとしているのか、ですね」

「そんな物騒なこと言うなよ。 信じてやろうぜ? あいつ等だっていままで頑張ってきたんだ、やれるさ」

「……わかってます。 わかってますが」

 

 背の高いビルまで飛び、着地。 誰もいないことを確認すると、彼等は路地裏になっている面から地面へと降りていく。 そっとあたりを見渡して、彼等は歩道を常人並みの速さで走り抜けていく。

 道行く人は特にいない。 半分ほどゴーストタウンを思わせる人通りの無さは、リインフォースの胸騒ぎを加速させるのには十分だ。 彼女たちの足が、さらに早くなる。

 ひたすら走った其処には、フェンスに囲まれた施設があった。

 何かの研究所なのだろうか? 金網に有刺鉄線まで巻かれている厳重さ。 おそらく侵入者察知の魔法も掛けられているのは明白だ。 そんな中を突き進むのは得策ではない。 しかし、だ。

 

「あの建物の中からアイツの気を感じる」

「やはり、ですか。 しかしこの静けさはなんでしょう」

 

 いくらなんでも人の出入りが無さすぎる。 いいや、今が勤務中ならばそれもありうるのだが、なぜゲートにまで人が居ない? 覗いてみた周囲に、ますます訝しげな顔をするリインフォース。 そして、その隣にいるはずの彼はというと。

 

「まぁなんだ。 ここまで来たんならさっさと中に入っちまおうぜ? この中のどこかにいるのはまちげぇないんだしさ」

「……そうですね。 いま、間取り図を開きますので、その額に持って行った指を下ろして待っていてください」

「お、おう」

 

 瞬間移動はやはり止められる。

 こういう突発的な移動をする彼に手慣れた感があるのは年の功なのであろう。 様々な意味で年上な彼女は、孫悟空を片手にて抑える。 

さて、彼女が残った手で中空に窓枠を作れば、そのまま指を動かしていく。 探したいのはこの付近の地図と、目の前の施設の間取り。 普通ならば前者だけしか手に入らないが、彼女の肩が気を忘れてはいけない。

 

「まずはこの付近の間取りを見つけました。 ……随分都会から離れているのですね」

「ふぅん、そんなことも出来んのか」

「こう見えても夜天の書を司る管制プログラムでしたから。 こういうのは得意なんですよ」

「はは、そいつは頼もしいぞ」

 

 悟空が両手を後頭部で組む。

 こうなった問の彼は、大体自身に仕事がないことを悟り、時が来るのを待つ姿勢だと理解しているリインフォース。 彼女は、作業に集中していく。

 

 ミッドチルダだということが判明しているのだ、ならばそこにある役所のサーバーにアクセスし、中にあるいかにも重要そうなプロテクトがある箇所を選別し、一頁ごと閲覧していく。

 その際にあるファイアウォールなどは彼女の力ですり抜けたのは言うまでもないだろう。 恐ろしいまでの情報収集能力。 主が視たら叱られそうな、泥棒まがいな手段も、事態が事態だから仕方がない。

 早々に割り切ったリインフォースは、即座に……異変に気が付く。

 

「……おかしい」

「どうした?」

「いえ、最近貴方がこちらに来た話を聞いて、興味があったので調べてた時の地図と、今現在の地図とで差がありすぎて」

「工事でもしたんだろ? こっちの奴等、魔法使える奴いるしな、そう言ったのもウンと速ぇんじゃねえのか?」

「そう、なのでしょうか」

 

 二つの地図、二人の意見。 確かに、彼が言う通り些細な違いなのかもしれない。 ……そうだ、この、“目の前にある、ついこの間の地図には空き地と書かれた施設”も、近年の素早い工事現場の手腕をもってすれば可能なのかもしれない。

 だけど、だ。

 

「貴方は、この前に来たとき、このような施設があるとプレシア・テスタロッサから聞かされてましたか?」

「いいや? そういやアイツ、自分ちの地下にある研究所以外じゃ仕事してるとこ、見たことねぇなぁ」

 

 ドラゴンレーダーも、娘たちの相棒強化もすべて自宅でやっていた。

 思い出した悟空は何事もなく語る。 自身が、いま、どれほどに矛盾した答えを出したのかも知らないで。

 彼は運がいい。 隣に、このような知識を備えた相棒が居たのだから。

 彼は本当に星のめぐりが良い。

 

 …………この後、歴史を揺るがす大事件を起こすのだから。

 

「――――な、なんだ?!」

「悟空! 空へ!!」

「え、あ、あぁ」

 

 不意に腕をとられ、空高く舞い上がって見せた悟空。 その、引っ張った張本人は悟空の右側で呼吸も静かに佇んでいる。 ……その目を、氷よりも冷徹にさせながら。

 

「ぐぁ!」

「ぎゃぁあぁああ!!」

「た、たすけ……え」

 

「……くっ」

 

 聞こえてくる、悲鳴。

 耳を澄ますまでもなく鼓膜を揺さぶってくるそれは……リインフォースにしかわからぬものだ。 しかし、孫悟空にだって急な彼女の変化に、大体の見当は付いている。

 

「あの建物の中にいる奴等の気が、どんどん小さくなってく」

「…………」

「どういうことだよ! 中で……なにが起こってんだ!?」

 

 わかっているはずだろ!?

 隣で喚こうが、これ以上顔色が変わることが無いリインフォース。 その姿を見て、孫悟空は確信した。 この娘は何かを知っている。 この、以前のように子悪露を凍りつかせた彼女は何か分かったのだ。

 目の前で起こる悲劇のその正体が。

 

 大きな研究所だ。 その中にある悲劇を止めるのはかなりの力が居るだろう。 ……ちから? 其れなら問題ない、なぜなら彼は世界をも救う事の出来る人間なのだから。

 

「くそ、オラ行くぞ!!」

 

 立ち止まることなど彼には出来ない。 孫悟空は、気が付けば全身からフレアを――――

 

「お待ちなさい!!」

「―――なんだよ夜天邪魔スンナ! このままじゃあん中にいる奴等が大変なことに!!」

「大丈夫です。 この事件で、研究所の中にいる人間はだれ一人死にません」

「…………なんで分かんだよ」

「そう言う、事実なんです」

 

 かき消された矢先に言われた言葉に、悟空の理解は限界を超えた。

 

「未来予知でも出来るんだっけか、おめぇ」

「いえ、そのような機能はわたしに積まれておりません」

「じゃあなんだってんだ。 ウダウダしてっとホントにあいつら――」

「あれは新型魔導炉の起動実験を失敗したために出た、高密度の魔力素を吸い込んだためのショック症状です。 けれど所員のほとんどは高ランクの魔導師なのである程度の耐性はあります。 無い者は防護服の着用も強いられています。 ですから、あの研究所の人間は平気なのです」

 

 相変わらず訳の分からないことを言う彼女を余所に、孫悟空の右手は小さく握られていた。 その、手を見た彼女は眉を少しだけ寄せると、彼の顔を正面に捉える。 これから先、伝える言葉を信じてもらうために。

 

「なんでそんなことわかんだ、おめぇ……」

 

 彼女は、今起きた現象の詳細を語りだす。

 

「結論から言って、わたしたちは時の流れを遡ったのでしょう」

「……さかのぼる、っていうと?」

「解りやすい例を貴方は知っているはずです。 いつかの王子の息子、彼は貴方に薬を渡すためにどういう手段を使いましたか?」

「え? トランクスか? あいつは、ほら、未来からタイムマシンにのって…………ッ!!?」

 

 ようやく分かった、彼。 その大きく見開かれた目を見て、言葉もなく頷いた彼女はそのまま研究所に視線を戻す。 いま、ここでもしも彼が事故をかき消してしまえば、後にどのようなキックバックが歴史を襲うか分かった物じゃない。

 

「歴史には修正力という物が存在するらしいのですが、それをも超える大きな力を振るえば、この先何が起こるか分かった物じゃありません。 最悪、この時間軸そのものが消滅してしまう恐れも」

「…………けどよ」

 

 ――心臓病を乗り越えたあなたも、結局三年後には命を落としている。

 塗り替えられない歴史もあるし、それを超える力を振るった時の恐怖は誰にもわからない。

 あくまでも可能性の話だが、それがわずかにある時点で自分たちは手を出すべきではない。 其れは、悟空も分っているのだろう。

 

「此処はあなたが居た世界とは違う。 貴方の居た世界では時間軸ごとズレ、一種のパラレルワールドに変換されたようですが、もしもその法則が適用されなかったら?」

「……」

「世界を崩壊させた罪、貴方は償えるのですか?」

「…………」

 

 目の前の惨事に、悟空の右手はその硬度を増していく。 苛立ちが募るのだろう、歯茎を見せて、白い歯をギシリと唸らせる。 だが、そのまま彼は動かない。

 彼女が先ほど言ってたであろう? この研究所にいる人間は、誰一人死ぬことはない……と。

 

「無理をしなくていいのです」

「そう……だよな。 プレシアだってきちんと生きてたんだ。 あの病気だってそのあとの研究のせいだって言ってたしな」

「えぇ。 その通りです」

 

 だから、このまま自分たちが手を出す必要はない。

 悟空は少しだけ身体から力をとり退くと、そのままこの場から消えようとする。 このまま、悲劇を目の前にしながらあぐらをかいていたら、きっと間違いを起こしそうだから。 賢明な判断だ、彼にしては、我慢が出来たであろう。

 

 ……けれど、だ。

 

「……なぁ、この事件で死人は出ないって言ってたけど」

「……」

「本当か?」

「………………」

 

 だけど彼は、いつも妙なところで聡明すぎる。

 感が良すぎるとも言えるだろうか。 それともたった今思い出した過去の会話の中に、違和感を見つけ出してしまったのか。

 聞いた彼はあまりにも真剣すぎて。 その、切れるほどに鋭い視線に耐えきれず、娘は告げる。

 

「……ひとり、います」

「……それってまさか」

「はい、あの母親の、一人娘です」

「――――ッ!!」

 

 どの母親だなんていちいち聞くことなどしなかった。 瞬間、気配を探った悟空は後ろを振り向く。 距離にして数キロだろう、彼ならば目と鼻の先な距離は、彼から考える合間を取り払わせる。

 

「ま、待ちなさい!!」

 

 悲鳴のような声が後から追いかける。 彼の全速力をなんとか追いついたものの、それだけだ。 彼女の実力では、彼を力づくで止めることは出来ない。

 けれど、止めなくてはいけない理由があるのだ。

 

「――――あそこか!」

「だから待ちなさいと!」

 

 彼女に声に耳を貸さない悟空は、飛んで行った先にある一軒屋を見おろす。 小さな家だ、大人数では暮らせない……そう、二人くらいがちょうどよさそうな程度の敷地。 屋根の色が青い、そんな明るい色をした家屋に、暴走した魔力炉が放出する毒が回ろうとしていた。

 時間はない。 いくら離れていようとも、あの勢いだ、すぐにここも汚染されてしまうだろう。

 

 迫る魔力の源を、その、気配だけで感知した悟空は即座に家の中に入ろうとする。

 

「孫悟空!!」

「邪魔スンナ! いくらなんでも死んじまう奴を放っておける訳ねえだろ!!」

「……それは――しかし!」

 

 それでも、止めなくてはならない理由がある。

 あぁ、そうとも。 これから起こる悲劇で、どれほどの惨劇が彼女を襲おうとわかっていても、それを捻じ曲げるわけにはいかないのだ。

 

「オラは、行くぞ……!」

 

 でも、彼はそれを許せない。

 握った拳が強くなる。 許せないのは眼の前の理不尽だ。 そう、死ぬとわかっていて見放すのは、赦されることではない。 それに、彼自身既に一回だけズルして死ぬことを回避した身だ。 ここで、それを誰かに使わないなんて言えるわけがない。

 悟空は制止の声を振り払い……

 

「…………では、フェイト・テスタロッサが消えてもいいのですか?」

「――――ッ!?」

 

 その先にある絶望に直面する。

 言っている、意味が解らない。 なぜいまここであの少女の話が持ち上がる? いま、目の前で死にそうになっているのは違う人間の筈だ。 跳びだそうとした体が、その場で急停止する。

 

「わかっているはずですが。 フェイト・テスタロッサはその昔、あの母親がとある事件を契機に研究を重ねて生まれた実験体です」

「……そんなこと言ってたな、確か。 でもそれが何だってんだ!?」

「わからないのですか……あまり、辛いことを言わせないでください」

「……っ」

 

 私だって、無慈悲な人形ではないのです。

 悲壮な表情で告げる彼女は、どこまでも悲しそうな声を上げていた。 その、心内を見てしまったせいだろうか、声を荒げた悟空は、今にも飛び出しそうな体を何とか抑え込む。

 

「…………あの母親はこの後、大事な一人娘を失い、その事実を受け入れられずに禁断の実験に踏み入れる。 そこで、偶然出来上がったのがフェイト・テスタロッサなのです」

「じゃ、じゃあ……このまま事件がなかったことになったら……?」

「実験をすること自体なかったことになり、当然、フェイト・テスタロッサが生まれてくる事実も無くなります」

「…………そんな」

 

 あまりにも、重い両天秤。

 どちらかを生かせば、どちらかが死ぬ。 今まで、やったことの無い重大な選択肢に悟空の手足は動くことをしない。 このまま、黙って見過ごせば何事もなく彼らの時代を辿るだろう。

 だけど、だ。

 

――――あれ? なんだろう。

 

「……ッ!」

 

 家の窓から、独り、少女が顔を出す。

 見慣れぬ景色に戸惑ったのだろう、逃げることも、叫ぶこともしないでその場に立ち尽くしているだけだ。

 その透き通った青い瞳を、無垢なままに輝かせて、今にも襲い掛かる毒を毒とも思わずに見続けている。 何か変わった現象で、オーロラみたいだと思い込んでいるのだろう。 彼女は、その場から逃げることすらしない。

 

「……ぐっ!」

「そうです。 これが最善の手なのです」

 

 彼女が死ねば、フェイトが消えずに済む。 ここで消えることを定められた少女を前に、孫悟空の尾が、揺れる。

 

「押さえなさい。 空気が乱れてます」

「…………ぐ、ぐぐッ」

 

 必死になれば歯を剥き出し、感情を押し殺せば尾が逆立つ。

 冷酷なまでに感情を殺した少女と、鬼のような形相で自身を抑え込んだ青年は、ここで更なる苦痛を強いられることとなる。

 

「あ、れ……?」

「…………」

「くる、しい……くるしいよ……」

 

 倒れ込む、少女。

 窓枠から消えたのは、その身を床に委ねたからだろう。 けれども聞こえてくる声は、念話でもなんでもない、少女の必死にもがく声だ。 あまりにも生々しい、生への執着を、悟空はその眼に焼き付ける。

 救えるけど、救ってはいけない命。

 その、最後の瞬間を、彼は視線を逸らすこともしなかった。

 

「……痛いよ…………」

「……っ」

 

 それは、罪滅ぼしのつもり? 自己満足なのではないか……?

 

「くるしい……よぉ」

「……ッ!!」

 

いいや、彼がそんな小さなことをする訳がなかった。

 彼はあまり頭は良くない。 難しいことを、さらに難しく口で説明する類いの人間ではない。 哲学とか、倫理的だとかを口にするような人物ではなくて。

 もっと、まっすぐな生き方しかしてこなかった。

 少しだけ世界の深遠に触れてしまい、やってはダメなことを言い聞かされてここまで来たが……それでも、どうしても見過ごせない事象は存在して。

 

「まま……ママぁーーーー!!」

「――――――ッ!!!」

 

 隣にいる娘が何か叫んでいる―――――そんな小声じゃ届かない。

 世界の法則が乱れる――――既にこの身は全てを狂わせてきた。

 あの少女を助ければ、別の少女が死ぬことに――――そんなの、両方救ってやればいい!!

 

 リインフォースが異変を感じ取り、隣を見た時には遅かった。

 孫悟空の、先ほどから握られていた拳から、赤いナニカが滴れ、着込んだ道着がゆっくりと舞えば、背中から見える尾が総毛立つ。

白い歯を鋭く見せたと思えば、その場から彼は……

 

「オラもう我慢できねぇ!!」

「待ちなさい悟空!?」

 

 気づけば家の中に居た悟空。 おそらく瞬間移動を行い、音もなく忍び込んだのだろう。 次いで、倒れた少女を担ぎ上げて、彼はそのまま…………――――消えていく。

 

「――――………悪いが夜天、魔法で治してやってくれ」

「……どうなっても知りませんよ」

 

 帰ってきた彼。

 腕に抱える金髪の少女を見やると、リインフォースが厳しい目で訴えかける。 だけど。

 

「あとは、オラがどうにかするさ」

「孫悟空……貴方……?」

 

 その先にあった彼の顔は、どこまでも優しいモノであって。

 

「けほっけほっ……」

「おっと大ぇ丈夫か? 安心しろ? あとはオラたちがなんとかするかんな」

 

 そっと少女をゆすってやると、彼はそのまま少女をリインフォースに預ける。 

 少し破けた道着の、上半分を脱ぎだす。 見えた青いアンダーも少しだけ汚れている。 先ほどの戦闘の傷跡も消えぬまま、彼はその山吹の道着を少女にかぶせてやる。

 

「風邪ひいたら大変だもんな、コレ、少し貸してやる」

「ご、悟空……なにをする気ですか」

「すこしな……謝りに行ってくる」

 

 気を失ってしまっている幼子に、そっと呟いた青年は遠くの景色を睨む。 凄む様でいて、その実、申し訳なさそうな顔をする彼は、いったいなにを思っているのだろうか。 ……そんなこと、いちいち聞かなくては分らないリインフォースではなくて。

 

「孫悟空。 ……超サイヤ人で行きなさい」

「あぁ、その方が上手く誤魔化せそうだしな…………」

 

 …………――――聞き届ければ居なくなる彼に、やはり辛い表情を向けてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 其処は、地獄だった。

 輝ける明日、生きる希望、人類の未来。 全てを背負い、それでも進んできた彼らに撤退の文字などありえなかった。 この、いま自分たちが続けている研究が成功すれば、更なる繁栄がもたらされるだろうと信じて、彼等はこの場所で研鑽し、切磋琢磨し、積み重ね続けてきた。

 それが、ある一つのカタチとなるはずだった今日。

 様々な思惑がぶつかり、かなりの不安の中、やってきてしまった今日。

 ……まだ、試すべきではなかったと、誰もが心に不安を過らせていた研究成果。

 

 まるで、異物の挟まった歯車のようにぎこちない動きしかしない其処は、既に希望を生み出す場ではなく。

 

 …………当然、無理をさせたツケは回ってきた。

 

「…………終わりよ、何もかも」

 

 ある研究員が地べたを這いずる。

 呼吸は困難、視界は最悪。 まるで42度の風邪をこじらせたかのような身体のだるさは、今まで自分たちが心血を注いだ研究成果が引き起こす惨事だ。

 希望を求め、それが正しいと思って突き進んだ末の……絶望。

 

「…………なにがいけなかったの」

 

 研究員が地面をひっかく。

 長めの爪が歪な音を奏でると、それだけで研究員の爪が折れる。 歯を食いしばる……こともできず、只々うつろな目で目の前の惨事を眺めることしかできない。

 

 

「うぐっ!?」

「うえっ、げぇぇ……ぇぇ……」

「へぐ……ぉぉ……」

「…………」

 

 息が出来なくて苦しみ。

 脳髄に針を打ち込まれて掻き混ぜられたかのような痛みが正気を失わせ。

 身体全体の感覚が狂い、生物として当然の機能すら奪われて。

 仕舞いには、何も機能を果たさない者もあらわれた。

 

 確実なる死を前に、それでもたぐいまれなる才能を持ったその研究員だけは無事だった。 ……そう、彼女を残し、他のすべては終わろうとしていた。

 

「…………おわり、なにも……かも」

 

 つぶやいた言の葉は、全てを呪うかのように暗く、重いモノであった。

 何を、誰を思ってそんなことを言ったなどと、きっと誰にも分らなかっただろう。 そして、彼女自身既にいま口にしたことすら忘れてしまっている。

 

 もう、先は長くない。

 悟った彼女は、そっと意識を――――――…………

 

「…………マズイな、こりゃあ」

「…………」

「しっかりしろ、おい!」

「…………………」

 

 誰かが、自身を担ぎ上げる。

 そっと抱かれた肩と、起こされた上半身が、自身がまだ死んでいないことを教えると、その次に身体が左右に揺さぶられる。

 少しだけ取り戻した意識の中、研究員は次に言葉を零していた。

 

「……わたし、は……いいから」

「わかってる。 他の奴ならもう運んどいた」

「……そ、う」

 

 其れきり、体中から力が消えていく。

 既にこと切れそうだったこの身が、幾ばくかの余命を使い果たしたのだ……そう、判断した研究員は目を瞑ろうとする。

 

「おい、寝るな!」

「…………」

 

 揺さぶる。

 

「寝るなって言ってんだろ!」

「……う、う……ん」

 

 激しく、揺さぶられていく。

 消えようとしていた意識を無理やりに起こされ、担ぎ上げられると力の無い足で地面に立たされる。 全身の血液が少しだけ早く巡れば、呼吸がほんの少し早くなる。 なにか、特別な治癒でもされたわけではないが、なぜか“彼”に触れると、自然、体中に気力がみなぎってくる。

 研究員の、顔色に少しだけ赤みが出てきた。

 

「だ、れ……」

「なんでもいいからまずはここから出るぞ。 オレの気を分けたと言ってもその身体じゃすぐにぶっ倒れてもおかしくないからな」

 

 ぶっきらぼうな、彼。

 その身体は鋼鉄と間違えそうなほどに強く、逞しい。 少しだけ自身の身体が彼にあたる。 それだけで、彼の肉体的強さを感じ取れてしまう。 ……そう、思えるくらいには研究員の……“彼女”の身体は回復してきていた。

 

 そんな彼女が、次に回復してきたのは視力。 

 今まで血みどろな世界しか写さなかったそれが、ようやく別の景色を写そうとするのだ。 網膜に新鮮な酸素が供給された血液が巡り、瞳孔がピントを合わせると。

 

「…………うそ」

「しっかりしてろ。 いま、こんなとこから出してやるからな…………――――」

 

 信じられないモノを見てしまった。

 

 目の前にあるのは、只々まぶしいばかりの光りだ。

 でも、こんな建物の中に差し込む光などなくて。 けれど、その光は確かに彼女の眼を焼いてしまう。

 

 そう、彼が自然と放つそれは、確かに物理的な干渉を以って彼女を照らしていた。

 

「――――……ここでいいか」

「……え?」

 

 不意に、身体全体が軽くなる。

 まるで今まで身体を侵していた毒素が、存在そのものを消されたかのような感じだ。 いいや、まだ体中の毒は洗浄しきれていない。 にも、関わらず、彼女の身体は確かに楽になったのだ。

 

「……どこなの、ここ!?」

 

 見慣れない風景。 知らない、光景。

 どこかの山なのだろうが、いずれにしても自身が先ほどいた地獄とは似ても似つかないほどに穏やかな場所だ。

 見渡す限りが自然を謳歌させ、耳に届く小鳥のさえずりは心を響、一瞬だけ我を忘れさせる。 あまりにも変わり果てた自身を取り巻く環境に、彼女が息をすることさえ忘れてしまえば……

 

「じゃあ、オレはここまでだ」

「……あ、え?」

「あとは管理局の連中にでも拾ってもらってくれ」

「ちょっと……まって」

「それと……いや、やめとく」

 

 輝く彼はそのまま彼女に背を向けていた。

 いままで、そう、本当に今まで自信が木陰に腰を下ろしている事実すらつかめず、彼のその“黄金色に輝く背中”に見惚れながら、彼女は木陰から身体を乗り出そうとして――全身を襲う激痛に、顔を歪める。

 

「………………あとで直接謝りに行くからよ」

 

 だから、彼の言葉を聞き逃してしまう。

 遥か彼方……そう、20年の時を超えて果たされる約束事は、交わされることなく彼はこの場を去ってしまう。

 

「……なん、なの…………うぅ……」

 

 その場に残された彼女は、ただ、今起こった不可思議を…………うつろう意識の中で繰り返すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 彼が消えてから数分の頃。 

 

 

「――――……ただいま」

「随分早かったですね?」

 

風を感じ、背後を見もしないで声だけを発したリインフォース。 彼女のその、冷たい反応を前にして、しかし現れた青年の反応は……

 

「アイツ見た目変わんなかったけど、ホントにここって20年以上も昔の世界なんか?」

「……え?」

 

 軽い。

 後頭部なんか掻いたりして、口笛もおまけに吹いて見せる。 どうリアクションを返すか、いつの間にか困る側になっていた彼女は、やっと彼へと振り返る。

 いつも通りの黒髪と、柔い毛並みの長い尾。 ふわりとそよ風と戯れるそれを一瞬だけ目で追うと、彼女は、目尻を吊り上げていく。

 

「……これからどうするつもりですか?」

「え? いやぁどうすっかな」

「……貴方という人は」

 

 吊り上った目尻が、元に戻っていく。

 あまりにも普通に返してきた彼を前に、もはや怒りも苛立ちもあったものではない。 こうなった彼は例え嵐が来ても能天気を崩さない。 

 その、顔を見てしまったからには、リインフォースもそろそろ動かなくてはならない。 なにせ彼には――

 

「これで貸し借りなし……なんてことにはしませんが、ほどほどにしてください」

「おう、すまねぇ」

 

 とても大きな借りがあるから……果たしてそれだけであろうか。

 

「……ん、ぅん」

「お? なんだか目ぇ覚ましそうだな」

「貴方が素早く助けたおかげで、軽い酸欠に近い状態で済んだのでしょう。 其れより、これからです」

「……まぁ、どうにかなんだろ。 オラ自身は感覚ねぇけど、歴史変えるのは初めてじゃねえだろうし、何とかなるさ」

「……だから、それがこの世界で適用される保証などどこにも――」

「でも、だ。 “死んだら生き返させられるからいいや”だなんて思うのは良くねえだろ。 ここにはドラゴンボールもねぇし、何より、もうあれには頼りたくねぇんだ」

「……?」

 

 少しだけ含みのある言い方をする悟空を、分らないと表情を曇らせる彼女。 しかし、そんな影はすぐに消え、視線は自身の胸の中で眠る少女へと移っていく。 話が、先に進もうとする。

 

「……けほっ、けほっ……ん、あれ?」

「……目が覚めましたか」

 

 件の少女が、そのまぶたを開けていた。

 ゆっくりと、うっすらと見えてくる景色は銀と赤。 今まで見たこともないその色合いに、自身の視力がおかしいのと感じたのだろう。 ゆっくりと両手で目を擦る姿は、就寝前の幼稚園児だ。

 ……案外、間違いではないのだが。

 

「…………っ」

「あ、いえ、その……怯えないでくださるとうれしいのですが」

 

 ようやく認識したそれは、少女を竦ませた。

 血のように紅い瞳と、まるでこの世とは思えないほどに透き通った銀髪とが、畏怖をさせるには十分すぎる印象を与えている。 それが判っているのかいないのか、幼子をあやそうとするリインフォースの表情は、まるで……

 

「おいおい、そんな犬猫相手すんじゃねぇんだからさぁ」

「しかし……その――」

 

 初めて赤ん坊を相手にした、少女そのものであった。

 先ほどまで切り捨てようと思っていたのに、いざ助けると決めてしまえば距離感に困る。 彼女が、今までどのような暮らしをして来たかはまるで想像の外だが、この反応から察するに、他人との距離感が極端なのは言うまでもないだろうか。

 

 それを、見てわかっていたのだろうか?

 

「貸してみろって……よぉし、こっちこい」

「!?」

 

 いきなり、幼子の脇の下に手を差し入れた悟空は、その腕力をいかんなく発揮して、彼女を空高く掲げる。

 青年の先の表情は、かなりの困惑顔だがそれも少しの事。 言葉無く、ほんのわずかな時間だけ彼と視線を交えると……

 

「……くすぐったい」

「お? はは! わるかったな?」

「これだけで笑うのですか……わからない」

 

彼女から怯えが抜けていく。

さて、ひとまずの第一接触を済ませた悟空は、そのまま大地に幼子を立たせる。 同時、自身を見上げてくる彼女に悟空は両手を腰に持って行くと、一瞬だけ視線を外す。 なにか、考えをあたまの中で整理し終えると、口を動かしていく。

 

 

 その笑顔、その態度、しかしリインフォースには嫌な予感しか思い浮かばない。

 

 

「わりぃんだけどよ」

「え?」

「すこし、死んだふりしててくれねぇか?」

「なんで?」

「…………………この男は寄りにもよって」

 

 およそ考えられるこれからの指針。 そのなかでも最も安直な手段を選ぼうとする史上最強の戦士を前に、風を名乗る少女は震えを隠せない。

 どうするどうなる。 歴史が動こうとするこのとき、戦士は一体どうやって二人を救う気でいるのか。 ……そして忘れてはいないだろうか。 もしもこのさき元に戻ったとして、史上最悪の魔女が現代で待ち伏せしているという事実を……

 

 彼の、前途は多難である。

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

プレシア「そう、そういうことだったのね」

なのは「あ、あわわ! 真実を知ったプレシアさんが……」

クロノ「これはきっと血の雨が降るぞ。 悟空、なるべく早く帰ってきてさっさと済ませてしまうんだ」

ユーノ「そ、そうだね。 こういうのってため込むとまずいって言うし」

フェイト「でも、時間が解決してくれることもある、はず?」

その場の全員『……』

悟空「なんか寒気がすんなぁ、まぁいいや。 次回!」

リインフォース「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第72話 ここはどこ? 教えて神さまよりも偉いエロい人」

???「だれがスケベじじいじゃあ!!」

苦労人「落ち着いてくださいご先祖様! それに私たちの出番はまだ――」

???「わしゃあスケベじゃない! どスケベじゃあ!!」

苦労人「……で、ではみなさんまた今度」

悟空「なんなんだあれ?」
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