「あ、そうだ」
声が、一つ上がる。
其れは山吹色の、ほんの少しだけ襟が破けている道着を着込んだ青年の声。 足元の少女を見下ろせば、彼は大きく微笑んで見せる。 その、顔は只の笑顔だ、何の魔法も、何の不可思議も使っていない表情は。
「どうしたの?」
既に少女から不安を取り払っていた。
見たことの無い人物、聞いたことの無い幻想のような女性。 その、両名に臆することなく、むしろ積極的になって来た感じがする少女。 見た目からして活気に満ちてきたのは幼子特有のわんぱくさから来るものだろうか。
「いや、そういや聞いてなかったと思ってな」
「なんのはなし?」
「ん?」
物怖じしない。 この状況では何よりも二人を助ける特性だろう。
同じ容姿をした、あの、金髪の少女とは対照的である。
「おめぇの名前だ」
「あ、そうだよね。 挨拶はキチンとしないとダメだって、ママが言ってたもんね」
「ん? そうだな、挨拶はちゃあんとやらねぇとな」
「うん!」
にしし、と笑う彼に釣られていくと、幼子の雰囲気は益々明るくなっていく。 どこか幼稚園の催し前といった雰囲気に、リインフォースは少しだけ後ろに下がる。 ……どうやら様子見と言ったところらしい。
「オラ孫悟空ってんだ」
「ソンゴクウ? ……ソンゴ・クウさん?」
「え? ちがうちがう。 そん、ごくう」
「ソンゴさん?」
「ん?」
噛み合わない挨拶。 悟空が何度言おうとも、幼子がゴクウという発音をすることが無い。 何がいけないのか、腕を組んで首を傾げてしまえばいつもの困った表情をする。 ……さて、そろそろ彼女の出番であろうか。
「彼女たちの文化圏では、ファミリーネーム……つまり苗字が後に来るんですよ」
「てぇと?」
「彼女は貴方の名前が悟空ではなく、孫から始まる方だと勘違いしている」
「あ、そういうことか!」
「リンディ・ハラオウンなど、該当する人物は結構いたと思ったのですが……」
「はは! 気にしたことねぇや!」
「…………っ」
女性の名前も中途半端に覚える。 それが彼である。
しかし気を落とすべからず。 彼がリンディの名前を知ったのは幼少のころの記憶。 なので、そこから8年をワープした彼が覚えていたのは奇跡に近い。 それをここに追記しておく。
「名前がうしろに付くの? 変なの!」
「そうか? わりと普通だと思うんだけどなぁ」
「変だよ変!」
「ん~~ま、いいじゃねぇか。 それより次はおめぇの番だぞ? ……なんて言うんだ?」
名まえは、聞くまでもない。 だけど聞くことで相手とのコミュニケーションをとる第一歩とする。 悟空の陰で隠れて、自身の中にある様々な検索ツールを駆使しているリインフォースはその壱文を目で追う。
先んじてそれを実施してる悟空に、いまさらながら感嘆の吐息を空気に混ぜ込めば、彼女はそのまま動向を見守る態勢に入る。 ……彼にその気がなかったとしても、だ。
「アリシアだよ。 アリシア・テスタロッサ!」
「アリシアかぁ。 うっし、よろしくなアリシア」
「うん! よろしくお願いします!」
姿勢正して礼儀よく、元気なアイサツが交わされる。
どことなく、顔が父親のそれに見えるのは気のせいだろうか? 父性に満ちた微笑でアリシアを見下ろすと、そよ風と踊るように背中から何かが見え隠れする。
幼子の、視線がつられて右往左往。
何だろうとおもった悟空が、首を傾げると背後の不審物が挙動を激しくする。 その先を目で追いきれなくなった幼子は、遂にこらえきれなくなったのだろう。
「なにこれ! なにこれ!? 後ろにへんなのがある!」
「へんな――あぁ、それか」
「わぁあああッ!! しっぽがあるーー!!」
怯えさせてしまったか?
突撃少女を回避したリインフォースが一歩後ろに下がって事の展開を見守る。 そうだ、普通に暮らしていれば尾の生えた人間などまず存在しないし、仮にいたとしてもそれは使い魔と認定されるこの世界。
彼女は、少しだけ思考を加速させていく。
「あのですねアリシア、彼は――」
「すごいすごーい! あはは!」
「あ、おい、遊ぶなって!」
「見てみて! テツボー!」
「……しかたがねぇなぁ」
「…………仕方がない人たちです」
宙ぶらりんな尻尾にぶら下がって、ご満悦なお子様が一人。 それを口だけで注意する男のどこまでも甘い事か。 首を左右に振って、ため息を零せば銀色の髪が揺れる。 彼女も、どうやら会話に混ざるようだ。
「……さぁ、悟空。 貴方から大切な話があるのでしょう?」
「え? あ、いやぁそうなんだけどな」
「どうしたの?」
「あ、えっと……はは!」
けどそれは、彼の役目だ。
問題の種を植えた人間は、きちんとその問題を摘み取らなければならない。 中々厳しい彼女の教えに、孫悟空の男を見せる時が来た。
その結果が――――
「あ、あのよ? ……おめぇにお願いがあんだ」
「なに? どうしたの?」
「ちょっとさ。 ほんのちょっとだけ、死んだふりしてほしいんだ」
「…………この、男は……ッ」
例えどんなに期待はずれであろうとも、だ。
出てきた妙案は本当に子供だましの代物だ。 なにか、超常的な力もなく、不可思議な事象も必要ない。 強いて居るモノを上げるならば演技力だけ。 その、陳腐な案にリインフォースはこの後、悟空の頭をひっぱたいたそうだ。
さて、子供に世界の命運を託した男はさておき、リインフォースは膝を折る。 屈んだ姿勢で目線を合わせると、幼子に向かって……
「……こんにちは」
「こ、こんにちは」
少しだけ、拙い挨拶。
硬さが抜けきってないのは互いに緊張しているからだろう。 少女との高感度、40と言ったところか。
でも、彼女の誠意はきちんと伝わっているのか、はたまた幼いうちに持ち合わせる、子供特有の空気を察知する能力の賜物か、アリシアは徐々にだが表情を柔らかくしていく。
どうやら彼女の事も、悪い人間ではないと感じたらしい。
「おねえさんは?」
「え?」
「……おなまえ」
あぁ、と。 想い至った彼女は考えが足りなかったのかそれとも。
すこしだけ間をおいて、ゆっくりと呼吸をする。 1往復だけの肺の運動も、ゆっくりやれば少しの労働。 脳に血液を送りつけてやれば、造らず、偽らず、彼女なりの表情で言葉を紡いでいく。
「リイン……フォース、です」
少し、言葉が詰まってしまった。
でも仕方がないではないか。 彼女のこの名前は、最近ようやくつけてもらった大切な物。 その、宝物を幼子とは言え他人に紹介するのに、まだ慣れていない彼女の緊張は計り知れない。
そう言えば初めての自己紹介に……幼子はまたも首を傾げる。
「リインさん?」
「いえ、わたしはファミリーネームが存在しないので、リインフォースがそのまま名前で……」
「リインさん!」
「……まぁ、いいでしょう」
其れはなにに対して?
きっと自己評価的な意味合いが強いであろう彼女の、初めての自己PRはここで終わる。 あまりにも短く、素っ気ないそれは、人生初の大仕事だった故に勘弁願いたいところだろうか。
さて、彼女との挨拶もここまでにしておき、リインフォースは不甲斐ない戦士の代わりに、重責を負うこととする。
「さっそくですがアリシア。 お願いがあります」
「死体ごっこ? おねえさんもするの?」
「あ、いえ。 あの男の戯言は流してもらって結構です」
「そうなの?」
「そうなのです」
真面目に語る彼女の背後で悟空が大汗を流していた。 自身のせい一杯を戯言と流されれば仕方がないだろうが、それでも、悟空のあの対応は無いだろう。
リインフォースは再度幼子へ視線を向ける。 真剣な、話しだ。
「突然、何を言っているのかわからないでしょうが、それでも聞いてください」
「……うん、分った。 大切なお話だね?」
「そうです。 貴方は賢いのですね」
「そ、そうかな?」
どこぞの戦闘種族とは大違いだ。
付け加える痛烈な言葉に悟空のシッポが垂れ下がる。 さて、リインフォースがアリシアを見つめる中、悟空は先ほどとは立ち位置が入れ替わり彼女の背中で空を見上げている。
どうやら、リインフォースのお手並み拝見らしい。
「信じられないかもしれませんが、わたしたちは遠い未来から来たのです」
「みらい? 明日の事?」
「えぇ、明日のその先。 もっと遠い時間からです」
「遠いの? どれくらい?」
「……20年以上でしょうか」
「わ~~すごいんだねぇ」
「はい」
その調子でゆっくりと状況を説明していくリインフォースに、これまたゆっくりと、だけど懸命にうなずくアリシア。 青い瞳を曇らせることなく、必死に彼女の言葉を呑み込んでいく姿は健気だ。
そして、あらかたの経緯を説明を終え、これからを思案していこうとすることだろうか。
「という訳なのです」
「…………でもそれって、やっぱりわたしが死んだふりしないといけないんだよね?」
「え? いや、そんなはずは」
「だってそのフェイトって妹? が生まれてくるためには、ママにわたしが死んだと思わせないといけないんだよね……?」
「そう、なのですが……いや、しかし」
「ほれ見ろ! オラの言う通りじゃねぇか!」
「貴方は黙っててください!」
「……ちぇ」
などという会話があったのだが、それでもこの先を探していく3人。 そもそも、こんな幼い女の子にこの先の未来を託すこと自体が間違いなのだが。 なにせフェイトの命運は文字通りこの娘が握っているのだ。
「とにかく、プレシアにアリシアが死んだと思わせて、オラたちはさっさと未来に還る。 これで決まりだな」
「えぇ、あまりこの時間に留まるのは得策ではありません。 時間の修正力は凄まじい物、などと聞きますが、別の資料にある“バタフライエフェクト”なる存在も捨て置くわけにはいきませんし」
「なんだそれ?」
「遠い地で蝶が羽ばたけば、そのときの風で遠い異郷に津波が発生する……些細な事が大きな災害を生む物の例えです」
「へぇ……」
それに、彼等にはもう一つ問題がある。
「ねぇ、おにぃさんたち帰るって言うけど……魔法で帰るの?」
『え?』
「だって時間を超えるってすごいことなんでしょ……?」
「あ、そういや」
「考えて、ませんね」
帰る術を持たないという事だろうか。
互いに顔を見合わせる、が。 彼らの困惑は少ない。 何か策があるのだろうか? アリシアが純朴な瞳を見せる中、彼等はそっと呟くのであった。
『あいつが何とかするだろう』
「……?」
其れは、アリシアにはわからない人物の事であった。
彼らがこの話をひと段落させると、そこからは急ぎ足で在った。
リインフォースが考え抜いた先に、ダミー作戦なる物を考案。 特に他に名案がないという事で、それを実施することが決まったのだが、それには最初にプレシアが自宅に帰ってくることが前提だ。
彼らは、しばらく待つことにした。
そして、数時間の時が流れ。
「――――そろそろ、帰って来るころでしょう」
「だな。 そんじゃ頼むぞ夜天」
「はい」
言うなり彼女の身体が淡く光る。
その背を縮ませていき、丁度悟空のひざぐらいにまで下げれば、その髪の色も変わっていき、さらには衣服も変更されていく。
代わりに変わった彼女の姿は……どこかで、見た覚えのあるものであった。
「わ!? わたしだ!」
「うまくできてますか? 悟空」
「おう、バッチシだ。 それと声も変えるの忘れんなよ?」
「まぁ、必要ないとは思いますけど」
喉物に手をやり、数回声を上げれば一気に幼女ボイスへと変わっていく。
出来上がった、アリシア・テスタロッサ(CVリインフォース)を前に、悟空は見下ろしていくと――――
「――――――ゴフッ!!」
「え!? おい!! 夜天!?」
「おねえさん!?」
血反吐が大地に飛び散る。
小さな口元からマグマのようにあふれたその血液は、当然リインフォースが流したものだ。 何故、どうして? 疑問だらけの彼らを余所に、幼子となった彼女は……
「……これくらいでいいでしょうか?」
「大丈夫、なのか?」
「なにを言ってるんですか? 演技ですよ、演技」
「あ、あぁ」
演技であんなもん見せられてちゃたまったもんじゃない。
汗が滝のように流れる、訳ではないのだが、何となく嫌なものを見てしまったと後頭部に汗が浮かぶ。
準備は整った。 リインフォースは変異の魔法をそのままに、足元に更なる魔法を紡ぎだす。 すると、地面に彼女の身体が沈んでいく。 つま先から膝下、胸元から頭部まで沈み込んでいけば全身が浸かり、やがて水面の波紋を浮かべるように地面を揺らして消えていく。
転移の魔法を使ったようだ。 彼女は、彼等から遠く離れ、数時間前までアリシアが居た場所に……そうだ、テスタロッサの家まで移動したようだ。
「へぇ、感じからしてシャマルの技だな? 結構器用なコトすんじゃねえか」
「ふぇ??」
悟空が頷き、見守る中、リインフォースは家の中を見渡してみる。
ここが彼女の過ごしていた場所。 その間取りは、やはり20年あとのあの家に似通っていると思う。 人間、やはりどれほどに時間を過ごしていても根元の方が変わることはないようで。
趣味趣向がそのままだと理解すると、彼女は口元の汚れを拭うことなく…………瞳孔を一気に開く。
「――――!?」
「お、おにいさん……?」
その光景を見ていた悟空は、いいや、彼女の状態を肌で感じることができる彼だけは、分ってしまった。
「なんてこった」
「ど、どうしたの……?」
「アイツ、意図的に心臓を止めやがった。 しかも体中の魔力を消したもんだから、それで生きてるあいつは今、実質的に死んだも同然だ。 ……完全に死体になりやがった」
「え? え?! 死んじゃったの!?」
「……一時的にだろうけどな」
魔導生命体……それも極めて特殊な構造をした彼女だからできる技であろう。
シグナムやシュテルたちにやれと言われても、おそらくできない芸当に悟空は思わず手に汗を握る。
あまりにも卓越した死体の振りに、悟空は一瞬だけ、本気で彼女の身を案じていた。
「あ、ママだ!」
「――っと、もう帰ってきたんか」
少しだけ慌てていた折に、ついぞや返ってきたのはプレシア・テスタロッサだ。
慌てて気配を消し、物陰から彼女を伺う悟空とアリシア。
そんな彼の視線の先にいる彼女は、腰まで流した灰色の髪を整えることもなく、若干ボサボサとしたそれを気にすることもしないで、自宅のドアノブに手を伸ばしているところだ。
その中で、何が待っているとも知らないで……
「ただいま……」
疲れた、声。
あ、いつものママだ……などとアリシアが呟く姿を、どこか愁いているような視線で見ている悟空は果たして何を思ったのだろうか?
「ごめんねアリシア……大丈夫――」
玄関からリビングに入り、娘に第一声を掛ける彼女。
いつも通りの、普段と同じ掛け声。 しかし、だ……
「……………………」
「――――――――――あり、しあ……?」
その、中に居たのは既に自身が知っているモノではなく。
変わり果てたそれは身動きの一つもしていない……昼寝の途中だろうか? きっとお昼の後に遊び過ぎたのだろう。
口元から滴れる液体は……ジュースだろうか? 不自然に曲がった首は寝相が悪くて、表情を見せない格好なのは何かの偶然だ。
「…………あ、り……しあ……」
その、表情はきっと安らかなものに違いない。
「……ありしあ」
その身体はきっと午後の陽気で温いものとなっているにちがいな。
「あり…………しあ?」
……幼子の、肩に触れる―――――あまりにも硬い。 まるで彫刻に触れたかのようだ。
……触れた肩を引き寄せ、その顔を見てしまう――――目蓋が閉じていない。 どうやら来ているようだ。
……開いた目と、プレシアの目が交錯する――――幼子の青かった目は、鮮血に染め上っていた。
「…………ひっ!」
「…………」
ごろん。
音を立てて転がってきた自身の娘に、喉の奥から声が引き絞られる。
何か、大切なものが自身の中で瓦解していく様だった。 つい数時間前まで笑いあい、来週にはピクニックに行くと約束を設けていた……自身の希望の象徴。
生きる意味、強くあろうと誓った存在。
その、己のすべてと言ってもいい存在がいま、無残な姿をさらして彼女を迎え入れていた。
何もしゃべらず。
何を聞き入れることもない。
ただの、肉塊として。
「あ、……あぁぁ………ぁぁ」
瞳の奥が熱くなり、脳の中身がグネリと掻き混ぜられたかのようだ。
奥歯がガチガチと火打石のように叩かれると、足が震えてリビングに尻餅をつく。 ……同時、天井を見上げた彼女の精神は限界を迎える。
「いやぁぁあああぁぁぁあっぁぁああああああアアアアッッ!!!!!!」
布を裂くように。
かな切り音を響かせるように……潰えた、彼女の正気。 遂に終わった彼女の平常心は、そのまま狂気の沙汰にまであの女を誘って行こうとするだろう。
彼女の心はここで壊れ、崩れた常識は悪意で塗り固められ。 叶わぬ願いは周りの不幸で代替えする。 彼女は、もう普通ではいられなくなった。
誰をも騙し、自身を偽り。 ただ、在りし日の幸せが欲しいと猛進するだけの怪物へと、彼女を変える。
「…………すまねぇ」
だけどその物語は、決して孫悟空がみることを許されない悪夢であった。
彼は、この世界を後にする。
「――――…………わるいこと、しちまったな」
「おにいさん……」
ミッドチルダではないどこか。
瞬間移動を行い、取りあえず二人だけあの現場から消え失せたようだ。 あのまま、母親の狂気を子に見せるわけにもいかないという悟空なりの配慮だろう。 けど、だ。
「……ママ」
「……」
言葉も、出ない。
まさか彼女の人生を狂わせる原因になろうとは、つい数日前までは予期しなかったことだ。 孫悟空は、怯えるように自身の足元にしがみつく幼子の頭を、一回だけ撫でる。
「わりぃな、こうする以外に手が見つかんなくて」
「…………ママ、どうなっちゃうの?」
「……20年後にきちんと謝るさ。 それまでは……」
耐えてもらうしかないだろう。
あまりにも残酷で、惨いやり方。 先ほどまで軽い気持ちで居た悟空も、さすがにいたたまれない気持ちなのだろう。 少女を、直視しながらも心はどこかよそを向いている。
「――――――……そんなに罪悪感に苛まれるのなら、最初からやらなければよかったのです」
「……夜天」
でも、それは。
不意に現れた彼女に、状況の説明を求めるまでもなく悟空はニガイ顔をする。 いつもの朗らかさが嘘のような表情は、それほどまでにプレシアの悲鳴がココロに響いてしまったから。
「けれど、その子を見捨てられない気持ちは……分らなくありません」
「……」
「貴方は、最善を尽くそうと頑張った。 其れは、きっと彼女も分ってくれるはずです」
「夜天……」
まぁ、そのあとに一発位は殴られる覚悟は必要だろうが。
遠い未来にいる彼女を幻視すれば、苦笑いが流れていく。 ようやく、暗い顔をとりやめた彼は、リインフォースを見る。 姿かたちが元に戻った彼女は、おそらく仕事を完了してきたのだろう。
その、後始末を聞こうと彼はようやく彼女へ歩んでいく。
……あの後、彼女はかなり際どかったらしい。
死体の振りをして、何時蘇生をするかを見極めている最中にも、彼女は何度か自身の状態を確認してきた。 信じられない、きっと間違いだという念が強かったのだろう。 それでも、現実を直視した彼女の行動は早く、尋常ではなかった。
「プレシアが、肉体の保存を目的としたのでしょうね。 大きなカプセルを用意した時はぞっとしました」
「火葬なり土葬だったら隙見て逃げれたろうけどな」
「えぇ。 少し考えればよくわかることでしたけど、彼女は死者蘇生を目的に見据えようとしたのですから、肉体の保存を優先するのは当然でしょう」
「でも、おめぇすぐに逃げてきちまったけど……?」
「肉体の消失と見せかけた転移の魔法を使ったのです。 かなり特殊な術ですので、幾らあのプレシアでも見破ることは不可能かと」
旅の友が彼女で本当に助かった。
あまりの器用さに悟空が目を白黒させる中、アリシアは困った顔で彼女たちを見る。 そうだ、あれから数時間。 すでに昼時を超えて夜の時間に入ろうとしている。 もう、限界なのだろう。
「……お腹すいた」
「ん? あぁ、そういやまだなんも食ってなかったな」
「もうそんな時間ですか。 心肺機能その他を停止したので時間の感覚が……」
夕闇にトリが鳴き、飛び去っていく。
鬱屈とした心に見合う夜の闇は、どしてだろう、その名を憎んでいた魔本の管理人にはいま、程よい心地よさを与えてくれる。
でも、それは決して闇の色のせいではなくて。
「おねえさん、ご飯はそうだけどお金……」
「要りませんよ、そのような物」
「おう、オラに任せとけ」
「え? どういうこと?」
きっと、この娘のおかげなのだと、彼女自身も理解の中であろう。
――――――――――…………そう、心に仕舞い込んだときである。
「いやぁ、何とか通常空間に出てこれました」
『……あ!?』
「え? どうかしましたか?」
『おまえ!!』
「え? ……え?」
其れはついに姿を現した。
孫悟空と同じくらいか、少し高い程度の高身長。 リインフォースと同じく白銀に染まった頭髪と、青みがかった白人の男性。 仰々しいほどの服飾は人外さを醸し出し、いかにも意味がありげな雰囲気を出している左右のピアスは、静かに鈴の音を揺らしている。
そうだ、ついに彼が、孫悟空の目の前に現れたのだ。
「すみません悟空さん。 まさかあのようなことを――」
「いや、オラは良いんだけど……ちゅうかおめぇどうやってここに来たんだ?」
「はい?」
……この男、本当に蚊帳の外で動いているようだ。
今の一言で、人外の男を完全に戦力外にカウントしたのは言うまでもない。 なにやら残念なものを見る目で、まさしく哀れだと言わんばかりに表情を悲しげに染めるリインフォースは、孫悟空へ耳打ちをする。
「あの男はなにをしにやってきたのでしょうか?」
「いやぁ、オラもわかんねぇ。 少なくとも遊びに来たわけじゃなさそうだしな」
「――こほん。 あの後すぐにお二人を探したのです。 けれどあの嵐の中でふたりの魔力、そして気を見つけるのは困難でした。 探し出すまでにかなり時間を食ってしまって」
やっと見つけたと思ったらここに居ました。
男の説明を聞く中でもリインフォースの嫌疑の視線は収まることを知らない。 大体、いかにもという雰囲気を出しておきながらあの体たらくだ。 彼女の反応も仕方がない。
「いろいろ話したいことはあるでしょうけど、時空のうねりがこれ以上酷くならないうちに早くむこうに行ってしまいましょう」
「むこう?」
「えぇ。 貴方は覚えがないとは思いますが、この世を包む世界の終着点……界王神界に」
『界王神界!?』
聞いたことが無い単語だ。
リインフォースはおろか、孫悟空にさえ記憶の片隅にすらない。 そうだ、世界の深遠を知るはずだった男すら知らないことを、極平然と言えるこの男は間違いない……
「貴方は、神の類いなのですか……?」
「え? えぇ、そう言うことになりますね」
「……」
「貴方が記憶の中で知る地球の神や、界王たちとは雰囲気が違うのは当然です。 私はそれを束ねるモノですから」
「な!?」
何でもない風に、視線を交わすこともなく心の中を言い当てられたリインフォース。 これには当人も驚いたらしく、赤い目を瞳孔ごとひらかせる。 彼女自身、自分が感情を表に出しにくい性分なのを深く理解しているし、それが欠点だというのもわかっている。
だが、転じて強い武器になることもわかっているからこそ、時に無愛想を装う情報収集もやっていた。 だが、目の前の男はそんな“表情で読み取る”という初歩的なことをすっ飛ばしたのだ。 ……遂にリインフォースは戦慄を隠せなくなる。
「まさかあなたは……!」
「おっといけない、そこの方もですか? たしか……フェイト・テスタロッサさんでしたっけ?」
「え? いや、こいつは――」
「急ぎましょう。 カイカイ―――――……」
勝手に話を進めて、勝手に幼子を巻き込んだ偉い人は、そのまま空間の隙間へと入り込んでいってしまう。
――――時空間の、狭間。
「なぁ! オラたちがこれから行く界王神界って聞いたことねぇんだけど、どういうとこなんだ!」
「あぁ、そう言えばそうでしたね。 貴方はまだ知らないのですよね」
乱れた時空間で、今度こそ手を離さぬと決めた彼らは、謎の男を先頭に悟空、リインフォースとアリシアの順で嵐の中を突っ切っていく。 目に見えぬ風を受けながらも、二人の屈強な男を先頭にしているのだ、もう、飛ばされる心配はない。
だからこそできた余裕に、孫悟空は質問を投げかける。
「そうですね。 簡単に言えばあの世のさらに先にある、我々界王神が下界の星々を見守るために存在する聖域のことでしょうか」
「……よっくわかんねぇけど、どうしてオラそこにいかなくちゃなんねぇんだ?」
「確かに、このままあなたをお連れしないで、もと居た場所に還したほうがいいのかもしれないでしょう。 けれど、果たしてそれでいいのですか?」
「…………」
想わぬ質問に、だけど悟空は思い当たる節があるようで。 即座に反論できない彼を見ると、リインフォースが逆に問い詰める。
「良いに決まっているではないですか!? あのクウラを相手に主たちだけでは――」
「……いや、そうとも限らねぇぞ」
「悟空……!?」
「あのクウラは確かに強かった。 けど、あんなありえねぇ位に気を使って、無事でいられる保証はねぇ。 そりゃあ、セルっちゅう前に戦った化け物みたいなヤツだったらやべぇけど……」
……どうにも、今回は焦りを感じない。
孫悟空が静かな顔で言うなり、リインフォースは黙り込んでしまう。
静かで、大人しくて、だけど……いいや、だからこそ迫力のある面持ちなかれに、言葉を呑み込んでしまったのだ。 あの、能天気を絵にかいたような彼だが、やはり歴戦の強者。 こういう時の直感は、誰よりも優れていて。
「あいつらならきっとやってくれる。 信じよう、オラたちなしでもやってくれるさ」
「悟空……貴方は……」
「……ふふ」
まるで全てを見透かしているような……瞳。
この、あまりにも無責任にも思える発言は、だけどそれだけ彼女たちを信頼しているからだと、リインフォースは感じ取る。 だって、彼の目は決して弱気に染まっていないのだ。
只力強く。 そうあることだと言い張る彼に、何の疑念もない。
やってくれると、心の底から思っているからこそ、彼はもう、彼女たちの元へ急ぐことをやめたのだ。
「では、話しの方もまとまったようですし」
行きましょう。
人外の彼が皆を誘導すると、遠くの方で光が差し込んでくる。
直感的にあそこが出口だと思った彼らは、しかし決してつないだ手を緩めることはしない。 もう、変なところに置き去りは御免だから。
「みなさん、今度こそ手を離さないでくださいよ!」
「そりゃこっちの台詞だぞ」
「……あ、あはは……と、とにかく行きましょう!」
やや強引に翔けぬける彼。
さて、ようやく見えてきた出口に、皆がこれから先への期待を膨らませる。 先ほどから、あの人外を訝しげに見つめていたリインフォースも例外ではない。
彼らは、遂に禁忌の地へと足を――――ボフン!!
「…………………あ」
「悟空さん!?」
「しまった!? もうこんな時間なのですか!」
「え!? どうしておにいさん――――」
時間が、止まったかのよう。
人外の彼が力強く握っていた手が不意に消失する。 まさかの事態に感覚を疑い、それでもまだなんとか視線を手の先へ移動させた彼は……見た。
「おら子供になっちまった!!」
「そんな!? 悟空さん――――」
叫んだ時にはもう手遅れ。 悟空の手を再度つかめなかった彼との距離はどんどん離れていくばかりだ。
時空の嵐に呑まれていく孫悟空。 伸長120センチの彼は、そのちいさな手足をばたつかせながらも、残った気力を振り絞っていく。
「くそぉ、姿勢保つので精一杯だ」
「――――悟空!!」
「夜天か……!」
差し出された、手。
無造作につかめば彼の身体が一気に引き寄せられていく。 悟空の隣にいた彼女だ、当然、彼が手を離したものだからまたも運命を共にしたのは言うまでもない。
彼女たちの、時空間移動がまたも行われる。
「いいですか! わたし達はともかく、アリシアをこのままここに滞在させる訳にはいきません。 体力の少ないこの子には、この空間内は消耗が激しすぎる! 適当なところに不時着します」
「それはいいけどどうすんだ!?」
「転移魔法を追加で……ぐっ!? 座標がめちゃくちゃ――悟空! クウラの時の技で――」
「オラ子供になっちまってるから無理だぞ!」
「そ、そんな――――ッ!?」
横合いから暴風を受ける。
グワリグワリと回る景色に、皆の三半規管は既に限界。 喉もとまでにせり上がってくる嘔吐感を抑えるのに必死なアリシアを筆頭に、疲れがついにピークを超えようとする。
……その、彼等が居る空間が、いつかの時と同じくまたもどこかへと流れ、消えていく。
「―――――――……うぉ!?」
「きゃあ!」
「うくっ!?」
地面に転がること2回転。 自分たちが墜落したのか、着地したのかも判断できないほどに転がされてしまった訳ではないのに、もう、いまどの態勢で大地に身体を預けているのかもわからない。
狂った感覚を、ゆっくり休めながら彼らは背中を大地に付ける。
「いきて、ますね」
「あぁ、……なんとかな」
「うぅ……」
三者三様の声を響かせて、彼等はこの世界へと不時着したようだ。
先ほどまでの景色を思い浮べて、よく無事だったと心をなだめる。 何時ぞや行った重力修行の方がまだマシだったと述懐する悟空に、リインフォースも同じだと言わんばかりに首を縦に動かした。
そのまま、動かした視線を横にずらしてみる。
広大な自然が彼らの視界を埋め尽くす。
どこか、未開拓を思わせるのだが、孫悟空の野生の鼻が訴えかける。 ここは、彼の知っている空気を持つ場所だと。
「なぁ、夜天」
「悟空?」
「ど、どうやら……かえってきたらしいぞ……」
「!?」
そうだ、ここは彼が知る星。
最近になって知った日本という国に、雰囲気と香りがしっかりと合致していたのだ。
「では主たち……も……」
「いやぁ、それなんだけどよ」
「どうしたのですか?」
「アイツ等の気を感じねぇんだ。 ……もちろん、クウラもだ」
感じ取れるはずだ……彼が、いつもの調子ならば。
しかし今の悟空は、気力のほとんどを使い果たし、さらにはジュエルシードの魔力を失い子供の状態にまで落ち込んでいる。 ならば、本調子でないのなら……きっと彼の探知は正確ではないのではとリインフォースは考える、だが。
「…………本当、なのですね」
「あぁ、まちがいねぇ」
彼の瞳は嘘を言わなかった。
絶大なる自信の元に言い渡されたそれは、リインフォースすら黙らせる。
「さて、と」
立ち上がる、悟空。
いつまでもこんなところで寝ていられないと、言い聞かせるような速さだ。 弱った体だというのに力強いそれはリインフォースにも伝染していく。 ……彼女も、彼の隣に立ち上がる。
「まずはいまここがどこかだけど――」
「おそらく富士の麓でしょう。 これほどの樹海はあそこ意外に考えられません」
「てことは?」
「高町なのはが住んでいる家からはそう遠くはないはずです」
あくまで、悟空の物差しで言えばだが。
100万キロを三時間切る男に、標準時間などあてにはならない。 リインフォースは、取りあえずそれだけ告げると指先を夜空へ沿わせる。
「夜空に浮かぶ星の並び、そして肌で感じる空気の温度から言って今は11月の半ばといった頃でしょう」
「11? あれ、そういやオラたち……」
「12月の終わりの頃、だったはずです。 わたし達が旅館へ行ったのは」
「……てことはまだ元の時間には帰って来てねぇのか」
「その様です」
ざっくばらんに今の状況を中空のウィンドウに書き綴る彼女。 先ほどは無かったその動きを見た悟空は首を傾げる。
「……あぁ、これですか? 御気になさらずに」
「ふーん。 ま、いいけどな」
片手で抑えた彼女に、しかし気にしないと言った風な悟空はすぐ横を見る。
己の、先ほどまでひざぐらいだった……そう、彼女の存在をいま、ようやく思い出したようだ。
「……あ、あの……!」
「ん? どうしかしたんか?」
「え、あ……え?」
その子……つまりアリシアは、只々驚くことしかできずにいた。
今の今まで見上げていた相手が……あの、屈強だった青年がどこにもおらず、次に目を開けた瞬間には年の近そうな男の子が一人、彼女の前でなんとも言えない表情をしていたのだから。
養育施設だとか、保育施設だとかでは決して見ることが無い……貌。
一瞬だけだったそれは、彼女の中でもいつまでも消えることが無くて。
「お、おにい……さん、なの?」
それは彼にではなく、自身に問いかける声だった。
「なんだアリシア、そんなもん見りゃわかんだろ?」
「無理を言わないでください孫悟空。 今の貴方はどう見てもただの子供……アリシアが戸惑うのも無理有りません」
すぐさま加わるリインフォースのフォローに、やはりこの人なんだとどこか呆け顔になるアリシア。
そのまま背の高さが同程度になった悟空を見ると、途端に顔が明るくなる。
「おにいさんって子供だったの!?」
「ん? ちげぇぞ、オラ子供じゃねぇって」
「でも今のって変身魔法なんだよね? 前にママが言ってたの覚えてるもん!」
「ん~~そういうんじゃねぇんだよなぁ」
困った悟空が首を傾げる中、アリシアは彼の頭を見つめている。 正確には彼の頭頂部……ウニのように伸ばされた髪の毛の天辺だ。
「……あ! わたしが勝ってる!」
「え?」
「背! わたしの方が高い!」
「そんなことねぇだろ……現に――」
「――髪の毛潰したらわたしの方が大きいもん! へへぇ~~ん、わたしの方がおねえさん!」
「……まいったなぁ」
悟空との背ぇ比べに勝利したのがご満悦だったのだろう。 アリシアが機嫌よく鼻歌を奏でている中、悟空は少しだけ目線を上にあげてみたりする。 すこしだけ、気になっているようだ。
その姿を見逃さなかったリインフォースは、少しだけ苦笑い。 微笑ましいとも形容できる其れは、今までの彼女を知るモノが視たら感涙を禁じ得ないだろう。
「さて、と。 少しだけ元気出てきたな」
「えぇ、アリシアのおかげで心にもゆとりが出来ました」
「わたし何もしてないよ?」
そんなことありません。
リインフォースが優しく微笑む中、孫悟空は周りを見渡していく。 いつも通りの感覚センサーを、およそ地球全土に張り巡らせているのだろう。
そんな彼が目を鋭くすれば……ひとつだけ見えた物があった。
「あった……覚えのある気だ」
「誰のですか?!」
「……これは」
遠くの方。 いいや、孫悟空からすればかなり近い部類になるのだろうか。
悟空が視線を飛ばせば、釣られて横に居た幼子も見てみる。 けれどあるのは緑の景色だけ。 先ほどから悟空が何を指して話しているのかもわからないまま、彼女は小首をかしげてしまう。
そんな中で、悟空のセンサーはある一つの結論をはじき出した。
「……シロウだ。 シロウの気だ!」
「高町士郎が居る。 ……どこにですか?」
そうだ、初めてこの地球で出会った彼。 その気を感じ取った悟空はすかさず精神を集中していく。 この、背の縮んだ姿で瞬間移動は出来ずとも、彼の居るところまでなら飛んで行ける。 そう睨んだうえでの捜索だったのだが。
「ここらへんじゃねぇ……どういう事だ? “うみなり”の方じゃなくてもっと遠いところから感じる。 しかも気が随分とちいせぇ」
「まさか負傷しているのですか!?」
「……いや、どうもそういうんじゃねぇ感じだ。 まるでこれが普通って言うか……怪我してる時って大体気の上下があるんだがそれがねぇんだ」
だから彼が大怪我を追っていることはありえない。
あまりに不可解だが、彼の探知の精度は管理局のどんな機器よりも正確だ、ならば信じるほかあるまい。
リインフォースがそう結論付けると、そのままゆっくりと息を吐き出す。
今まで溜まっていた不安も疲れも、一気に吐き出してしまいそうな深い溜息。 目も瞑って静かに佇むとそっと言葉を吐き出す。
「どうやら戦いは起こっていないようですし、しばらくの間休息をとりましょう」
「え? なのはたちに会いに行かねぇのか?」
「ここがどういった時間軸なのかわからないのです。 無駄な接触は歴史の崩壊を招く恐れがあります。 だから慎重に行かないといけないのです」
「……わかった、言うとおりにする」
「はい、そうしてくれると助かります」
悟空が頷くのを確認すると、今度はアリシアを見つめるリインフォース。 幼子にはかなりの長旅を強いてきたことに加え、そろそろ彼女たちはいろんな意味で休息が必要になる。 ……なぜなら。
「――――――――ひゃあ!?」
「ん?」
「な、なに……今の音!」
アリシアのすぐ横で、航空機の撃墜音が轟く!!
まさか、いきなりの戦闘行為に身体を縮こまらせると、地震訓練のように頭を隠してその場でしゃがみ込む。 ……悟空が、呑気に尻尾を振るう中でだ。
「どうした? アリシア」
「ど、どうしたって! 今聞こえなかったの!? 戦闘だよ! 戦争だよ!!」
「ん? 別にオラたち以外に人なんか居ねぇけどな?」
「でも確かに爆発が!」
「んん?」
そんな筈はないと首を傾げる悟空に猛反発するのはアリシアだ。 あぁ、そう言えばm彼女はこの現象を体験するのは初めてなのだろう。
音の正体をわかっているリインフォースは少しだけ目元を緩めて見せる。
「落ち着いてください、アリシア」
「おねぇさん?」
「今のは戦闘でも、貴方の世界では珍しい地震でもありません」
「え? で、でも……」
まさかの対立者に自信がなくなってきたのだろう、明らかに浮かない顔をし始めた彼女に、しかしリインフォースは微笑を崩さない。
「悟空、そろそろ食事にしましょう」
「お! そうだな、旅館で飯食ってからもう20時間以上は経つもんな」
「…………ま、まさか」
ささやかな答え合わせにすぐさま勘付くこの幼子は、中々に察しが良いらしい。 隣にいる背の小さい戦士に向かって視線を伸ばせば、角度を10度ほど下に向ける。 ……道着の帯あたりを見ると、口元を引きつらせ……
「おにぃさん、おなかすいてるの……?」
「はは! ハラの音聞かれちまったな!」
「……うそでしょ」
信じられない顔をするのは仕方がないことだ。 なにせ戦闘爆撃機が通った後のような音を直近で聞いて、それがおなかの音だと言われて誰が信じるものか。 少なくとも、この男に会わなければ生涯誰も発想すらしないであろう。
そんな、不思議体験をしたアリシアは更なる不可思議を体験することになる。
「では、狩りの時間です……――――」
「――――…………ふぇ?」
見ていた景色が一気に塗り替わり、茂る森林が荒野に変わり果て、幼子を正に異空間へとイザナウ。 きょろきょろとあたりを見渡してしまえば、ここでようやく何かが起きたと把握して、事情を知るであろうリインフォースに全力で振り向く。
「ここは、管理外世界の中でもさらに秘境と呼ばれる区域で、あの時代でも管理局が立ち入らない――」
「いまのってどうなってるの!?」
「あぁ、そちらでしたか。 ……もともとは孫悟空の、いいえ、元を辿ればヤードラットのもつ技能の一つなのですが。 瞬間移動という物を使いました」
「転移魔法じゃないの?」
「はい、あれとはまた違う側面を持っているのが今の業です」
「へぇ~~」
聞いたことが無い技におどろき、それが出来るという孫悟空という今ではもう少年の姿になっている彼を見て、なんとも意外そうな顔をするアリシア。 何となく、ファイターを思わせる風貌だった故に、おそらくそんな補助魔法じみたことができるとは思っていなかったのだろう。
「おにぃさんってすごいんだね~ あ! あとでいろんなとこ見てみたい! 連れてって!」
「この姿じゃできねぇけど、あとでいろんなとこ連れてってやる。 しばらくしたらもどっからそれまで我慢すんだぞ?」
「うん!」
などと、悟空と軽い約束を取り付けたアリシアはご満悦だ。
さて、孫悟空が子供の姿になっているのは既に周知の事実だが、それでも彼が既に一般人レベルでは達人の域を超越しているのを忘れてはならない。
そんな、生身が凶器である彼はおもむろ後ろを振り向く。 ……どうしたの? などと声をかけるアリシアを余所に、彼の鼻が動けば足が大地を蹴る。
「オラちょっくらメシとってくる!」
「任せましたよ、孫悟空」
「え? こんな荒野にお店なんて……」
舗装された道路どころか電柱の一本だってない野生の王国。 地球で言うサバンナを彷彿とさせる熱帯地域を前にして、温室育ち同然の幼子は疑問符を小さく揺らしている。
どこでどうやって?
お金は?
わたしたちに食べれるものがあるの?
尽きぬ疑問は、だけど次の瞬間には消えてなくなってしまう。
「おーい!」
「あ! おにぃさ…………え?」
すぐさま帰ってくるあの少年……孫悟空の声を聴いたアリシアは子ネコのような声を上げる。 いったい何をどうやって食料を調達してきたのか、気になる答えを早く解決しようと彼に視線を向けた時である。
「げっ!!」
美少女に有るまじき、まるでカエルを踏みつぶしたような音。
母親が聞いたら失笑を禁じ得ないそれは、別段孫悟空を見たからという訳ではない。
彼は普通だ。
その身体を縮ませ、合わせるかのようにサイズダウンされた亀仙流の道着は先ほどと何ら変わりはない。 キズもなく、破れさえないそれは彼の無事を示していた。
しかし、だ。
【グギャアアアアア!!】
「きょ、恐竜!!?」
かなりの速度で走ってくる彼の背後から、推定全高70メートル大の怪獣が襲いかかっている事実を除けば、だが。
その姿を確認したアリシアの表情は既に筆舌にしがたいモノとなっていた。 まるでどこぞの世界最強のアンドロイドが出てくる物語の住人のような、ギャグチックな表情とでも言おうか。
目玉が飛び出んばかりの衝撃に、さしもの元気っ子も腰が抜けて動けない。
「わりぃわりぃ、ちぃと失敗しちまった」
「し、しししし―――」
「まったく貴方という人は。 自身の実力に見合った狩りをしないでどうするのですか?」
「なんで冷静なの!? おにぃさんが――!!」
「えぇ、欲張ったようですね」
「ちがうよね!? 命の危機!!」
あははーーなんて笑いながら土煙を巻き上げ走ってくる悟空。 どこか、他愛のない鬼ごっこを思わせるかけっこは、だけど常人でしかないアリシアから見ればパニック映画並みの恐怖の出来事だ。
いきなりの命の危険に、少女の常識が発泡スチロールのように削れていく。 そりゃもうえらく簡単にだ。
「に、にげ……にげなくちゃ……はわわ!」
「しかたない……アリシア、そこを動かないで」
「う、動きたくても動けないです」
腰を抜かし、地べたに尻餅をついたアリシア。 既に全身が脳からの命令を拒否している最中に、暖かい風が彼女を包む。 いいや、其れは幻覚だったのだろう。 この地に吹く風は熱砂と同等の熱さを与える物。 なら、彼女を包んだのはこの世界の風ではなくて。
「悟空、貸ひとつです」
「おう、好きにやってくれ!」
【グギャアアッァァァア!!】
恐竜が駆け抜けるたびにアリシアの身体が大きく揺れていく。 それが、大地からの振動だということにようやく気が付いた彼女は、目の前の巨体がもたらす恐怖の度合いをようやく認識できた。
あんな奴に敵うわけがない。
少女は、己が命運を見失っていて。
……でも、彼女はここで改めて知ることとなる。
「――――――――キッ!!」
【!!?!?】
「え、え!?」
彼女たちの実力という物を。
リインフォースが恐竜を睨みつけると、奴の進撃は途絶える。
止んだ地震、消えていく恐怖心。 あの恐竜の接近が無くなったと、今度こそ安堵したのもつかの間……アリシアの身体に、特大の衝撃が襲う。
「……うそ」
まさか奴が再び……? いいや、既に奴は咆哮すら響かせることなく沈黙を決め込んでいる……否、叫ぶという行動すらさせてもらえない。
三度、あの恐竜を見る。
余りにも巨大に過ぎる全長。 其処は相変わらずなのだが態勢が先ほどとは違う。 けたたましい叫び声は無く、大地を震撼させる走行音も既にならせない。
余りにも静かすぎる奴は、あろうことか鋭い牙を並べた口元から泡を溢れさせて大地に横たわっていたのだ。
「ど、どうやって……」
信じられないモノを見た。
まさにそれしか言葉にできないアリシアは、その現象を引き起こした正体を見上げる。 銀髪が揺れれば流麗。 赤い瞳が見据えるならば全てを切り裂くかのよう。 その、鋭い刀剣のような彼女は今まで見たこともない雰囲気を醸し出していた。
幼子は、背中に汗を流す。
「さぁ、今日のゴハンですよアリシア」
「……え?」
「さぁて食っか!」
「えぇ?!」
……のもつかの間。 あっという間のアットホームに置いてけぼりを喰らうのでありました。
孫悟空が腕を振り回せばその短い腕と、小さな体のどこにあったのだろう……
「よっこいせ」
「も、ももも!? もちあげた!!」
発泡スチロールを持ち上げるかのような手軽さで、例の恐竜を持ち上げてみせる。
なんとまぁ簡単にやってくれるのだろうかこの男の子は。 あまりにもあんまりな夢のような現実にさしものアリシアの常識は一気に瓦解していく。
―――――ようこそ、悟空ワールドへ。
「…………もう何がなんだか」
「?」
その、目まぐるしい変化に耐えきれていない少女に、しかし気が付いてやれない悟空は彼女の視線が無いうちに“調理”をこなしていくのであった。
……そして、孫悟空の腹が膨れるころ。
「―――――――…………っと、何とかついたな」
孫悟空は、またも地球の大地に踏み込んでいた。
道連れの彼女が使う転移魔法にて、隣接世界より舞い戻った彼は空を仰ぐ。 時空間の移動による時差があるため、先ほどの世界が昼だろうと、問答無用で夜へと切り替わっているこの世界に、少しだけ驚いたようだ。
空は満天の星空、其の中でひときわ輝く星を見た誰かさんが“危なかった”と呟く中、悟空の背後で尻尾が揺らめく。 ……なにか、見つけたようだ。
「居たな」
「……なにを見つけたのですか?」
視線は鋭く、けれど殺気はかなり薄い。
真剣みだけが増していく孫悟空に、思わず息を呑んだのはアリシアだ。 合って間もない彼だが、見たことない大人の顔になる同じ背丈の男の子に、彼女はいったい何を思うのだろうか。
……さて、そんなアリシアを放っておいて孫悟空の探知は最大限のちからを発揮していく。
目に見えない事柄全てを捕え、自然界に存在するすべてと対話をするかのような彼の雰囲気に、さしものリインフォースすら呑み込まれようかというところだ。
「シロウの気だ。 やっぱりさっきと比べてかなり小さい」
「高町士郎……ですが彼は元々は一般人の筈です。 気の総量が低いのは自然な事では――」
「え?」
「……どうかしましたか?」
ここで、リインフォースと完全に表情を違えた孫悟空。 なにやらおかしなものを見るような目で彼女に視線を飛ばすと、そのまま困った顔をして見せる。 ……なにかをいったようである。
「なんだおめぇ、もしかして相手の気を探れねぇのか?」
「……実は、そうなのです」
ここで明らかになる意外な弱点。 そう言えば、そうであったろうか。
そもそも魔導生命体ですらなく、あの夜天の書に備えられた高度な疑似人格管制プログラムが彼女である。 もとより生命体ではない彼女に、気という生物が持つ力を理解しろというのが無理な話だ。
今まで、そう、孫悟空の瞬間移動の模造品を使った時も、探り当てたのは強大な魔力に他ならない。
在り方としての限界が、ここでようやく明かされたのだ。
……そして。
「他の奴は気付いてたかは知らねぇけどな、シロウの奴は初めて会った時のオラなんかとっくに超えた力量は有ったんだぞ?」
「――――!?」
「たぶん、随分昔に誰かに師事してもらったんだろうけどな。 ほら、クウラに一番ボコボコにされてたのはあいつだろ? でも、大したケガはしてなかったじゃねぇか。 あれが証拠だ」
「なんてこと……では、あの時すでにターレスをも?」
「さすがにそこまではいかねぇけど。 いいとこ、オラが二回目に出た天下一武道会で優勝できるかもしんねぇかな? ってくれぇには強い」
「……はぁ……」
もちろん、気功波とかは使えねぇみたいだけどな。
想わぬ情報にリインフォースは思う。 あの化け物ぞろいの武道大会で優勝が出来る時点で人間は卒業だ。 普段の高町士郎を思い浮べてもそんな風には思えない。 ……彼は、やはり若干渋いコーヒーを淹れてるのが良く似合う。
「でだ、そのシロウの気がウンと弱くなっちまってる。 ……ちがうな、気の総量そのものが低い」
「まさか。 気の総量が低くなるということは、つまり身体が弱くなるという事ですよ? 確かに彼の肉体は全盛期ではありませんし、貴方のような不思議体質でもありません。 故に、気の総量が低くなるということはつまり極端に疲れているか――」
「――修行をさぼっちまったか。 だけどシロウに関してそれはありえねぇ、なにせキョウヤとミユキがいるかんな」
「えぇ、師匠という立場上あのモノは常に弟子より先を歩かなくてはいけません。 そんな彼が研鑽を怠るなどとはありえない」
「……だとすると」
一体、どういう事だろうか。
困り果てたリインフォースに、しかし悟空は笑って答える。 なんだ、答えは簡単じゃねぇかと、授業で敵当を言い放つ悪がきのような軽さで……
「案外シロウのヤツ子供になっちまってたりしてな!」
「そんな馬鹿なことがある物ですか。 ……貴方じゃないんですから」
「ねぇ、おねぇさん。 地球のヒトってみんないきなり小さくなるの?」
「いいえ、そのようなことは断じてありません。 この男はそもそも地球人ですらないので、お願いですので地球の方々と一緒にしないで上げてください。 彼らがかわいそうです」
その軽さを一気にすっ飛ばして見せたリインフォース。 アリシアの質問に冷静な対応をしつつも、ある想像が頭の中をよぎってしまう。 もしも、この地球に生きる総人口すべてがサイヤ人だったら……
「おそらく作物の自給自足が間に合わなくなって結局少数民族入りすることになるでしょうし」
「ふぇ?」
「いいえ、なんでもありません」
さて、関係ないことに話題が逸れたが、ここでリインフォースはあたりを見渡す。 相変わらずの魔力の無さ、そうだ、此処が地球だというのなら“彼女たち”もいていいはず。 なのに、反応すらないのはどういうことだ。
魔力ならば探知が出来る彼女は、逆に分らなくなる。
「孫悟空、貴方は気が付いてますか?」
「なんだ? いきなり」
「闇のマテリアル……いいえ、ディアーチェたちの反応が無いことを」
「……そういやそうだな」
悟空も気が付いてなかったようだが、これはこれでおかしい。
そもそも、あのシュテルが悟空の存在を感じ取る物ならば飛んでこない訳がない。 そう、脳内で計算をしているリインフォースはある憶測を紡ぎだす。
「すこし、時間がまだ完全ではない……いいえ、あの時よりも過去に来ているとしたら」
「え?」
「おねぇさん?」
「悟空、どうやら貴方は正解を踏んだようだ」
「どういうことだ?」
「気が付くべきだった。 そもそも、あんな訳の分からない男に引っ掻き回されて、無事に帰還できたと思う方がどうかしていた。 まだ、私たちは元の時間軸に帰還できていないのです!」
『へぇ~~』
「少しは緊張感を持ってください……」
それでも、帰ってくる反応はなんとも薄いモノであって。
「わたしはもう未来に来てるはずだし……実感が」
「オラよくわかんねぇ!」
「……そう言えば子供の姿の時は知力の低下が観られましたね……はぁ……」
疲れが一気に増大するリインフォース。 祝福という名称に違うため息を流すと、そのまま悟空をジトメで観る。 こうやって、なぜ自分だけ取り乱さなければならないのか。
唯一で、共通の被害者ではないのか?
名実ともに年長者である彼女は、ここで少しだけ負担が増えたようだ。
「……とりあえず、貴方の回復に専念しましょう。 何もしなくても三日で回復するのでしょう?」
「あぁそうだな。 精神集中すればさらに短縮できるはずだぞ」
「そう言えばあの時の決戦ではそれで負けましたっけ」
「おう、おめぇの計算違いに早く回復したもんだからな。 ま、近くにいたロッテやアリアからもウンと魔力を分けてもらってたかんな」
「……そう言うカラクリでしたか。 妙に回復が早いわけで」
少し前の出来事を思い出して、共に笑いあう二人。 そんな彼女たちに若干つまらない顔をしたのはアリシアだ。 自分にはよくわからないことで笑う二人があまり快くないみたいで、唇を尖らせる姿はどこまでもお子様だ。
「さぁてと、そんじゃどこで休むか」
「翠屋に押し掛ける訳にはいかないでしょうし……そうですね、ここはひとつ悪戯をしてみましょう」
『いたずら?』
つぶやけば見上げる空。 黒い空でも星がある分闇を感じさせない。
そんな星空の下で微笑んだリインフォースはなにをしようというのだろうか? 彼女の、数百年ぶりのお遊びが始まろうとしていた。
「―――……さぁ、到着です」
「へぇ、無人島かぁ」
「わあ! 海だよ海! おっきい!!」
「ふふ」
先ほどと同じ夜空の、海鳴からは遠く離れたどこか。 そこに彼女は転移魔法を使って飛んできた。
そこで気のセンサーが人を居ないことを感知した悟空は彼女の狙いを看破し、アリシアは只はしゃぐだけ。 でも、コレの一体どこがイタズラなのだろうか。 分らぬ二人に、しかし彼女は言う。
「悪戯はまた明日です。 今日はもう遅い事ですし――」
手を地面にかざす。
幾何学化の文様が現れると彼等を包むかのように薄い膜が張られていく。 その光景を見た時であろう、アリシアはふと身体に異変を感じ取る。
「さっきまで肌寒かったのに、なんだか暖房を入れたみたいにあったかい」
「治癒の魔法の一種です。 このあたりに張った結界内の空調を整えました」
「お! 砂浜がまるで布団みてぇになってんぞ! ふかふかだぁ」
「結界魔法の応用です。 出力を弄って硬度を落としたのです」
『へぇ!』
さすが技の宝庫。 あらゆる意味での技の無駄使いに、これを奪われた側はどういった反応を示すのだろうか。 ……あまり、見てもらいたくない光景であろう。
皆が横になり星空を見上げる中、星空が瞳に映り込む。 満天の星空に満足といった感じで床に就く。 毛布だとか、掛布団もない雑魚寝だ。
「あのね、おにぃちゃん」
「なんだ?」
「アリシアね? いっつも寝るときは一人で寝てたの。 ……ママ、しごとが忙しいから」
「……そっか」
けれどそれが何だかうれしくて。
「こうやって誰かと一緒に寝るなんて久しぶりなんだ」
「そうかぁ、そういやオラも子供のころはずっと一人だったもんなぁ」
「え? おにぃちゃんのパパやママもおしごと忙しかったの?」
「ん? ……いやぁ、そうじゃねぇけどな」
どことなく見つけてしまった共通点が、心に響いて。
「まぁ、いろいろな」
「いろいろ? なんだかママみたいな言い方」
「そりゃそうだろ? オラ、アリシアの母ちゃんと同じくらいの歳だもんなぁ」
「ママくらいの……! 全然見えないや」
「はは、まぁな」
改めて知ったこの男の事に、少しだけ驚いて。
でも、それでも悟空は悟空だ。
たったの数時間しかそばにいなかったが、この男の醸し出す空気は居心地がいい。 そりゃあ、母親であるプレシアと一緒にいる方がいいだろうが。 そう思うくらいには、少女が一人でいる時間が長かった。
母親と別れることで手に入れた父性……なんとも皮肉な話である。
「さぁ、二人ともそろそろ寝る時間です。 明日と明後日を回復と状況確認につぎ込むのですから、きっと忙しくなりますよ」
「はーい!」
「おう、わかった」
リインフォースの号令で皆が目蓋を閉じていく。
その裏に移る景色は夢か幻か。 其れはこれから知ることになるであろうが……きっと、アリシアは楽しい夢を見ることができるであろう。
―――――いつか出会うと約束してくれた、妹の夢を。
悟空「おっす! オラ悟空!」
リインフォース「やってしまいましたね、孫悟空」
悟空「え? いやぁ、アレは仕方ねぇだろ」
リインフォース「これから先、何が待ち構えているかわかりません、なるべく慎重に――」
アリシア「おにぃちゃん、おにぃちゃん!! 川で犬がおぼれちゃってるの! 助けてあげて!」
悟空「お? 待ってろ、今行ってやるかんな」
リインフォース「だから、人の話を……あぁもう、次回!!」
悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第73話 高町家の悲劇 それは、歴史から消えた事件!」
士郎「あ、あなたはいったい……」
悟空「ん、”オレ”か? オレは――」