魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第73話 高町家の悲劇 それは、歴史から消えた事件!

 

 孫悟空が子供になり、おおよそで52時間が経過していた。 あれからという物の、この世界の情勢と、正確な時間、さらには近づいてはいけない箇所等をくまなく探し、この時間に必要以上の干渉をしないように彼らは努めてきた。

 

「悟空、あまり歴史を乱すことをしないで下さいとあれほど――」

「川でおぼれてた仔犬助けただけだろ? そんなガミガミ怒るなって」

「あ、アリシアがおねがいしたの! だからおにぃちゃんを怒らないで……」

「――う!?」

 

……まぁ、あまりにもあんまりな出来事には、とある5歳児が近くの“おにぃちゃん”におねだりしてたりするのだが。

 

 この世界、いいや、この三人組におけるパワーバランスが確定的になったのはこのやり取りであろうか。

 悟空を最下層に、その手綱を引っ張るリインフォースと、神輿でワッショイされるアリシア。 夜天の主とは反対に我の強く、所謂我が儘を内包した彼女ではあるものの、その反対なところが逆にはやてを想い出させるのであろう。 あまり、強く出られないリインフォースの絵が出来上がるのは仕方がない事であった。

 

 そもそも、5歳児を強くしかれるのは実親くらいなものであろうか?

 

「どうにもこういうのは苦手です」

「オラも悟飯には手を焼いたしな、まぁ、あいつはチチとピッコロのおかげで、アリシアくらいの年ごろには立派になってたけどな」

「あぁ、そう言えばその頃は貴方――」

「そうだ、界王さまんとこでな」

「ねぇ、さっきから言ってることわかんないよ?」

『おっとと』

 

 4歳で父親が死んで、大魔王に弟子入り。 5歳になる頃には荒野を独りで生きられるようになり、そこから三か月した頃には異星人の友達が出来る。 ……なんとまぁ濃密な幼少時代であろうか。

 アリシアをそんな目に会わせる訳にはいかないと、心のどこかで誓うリインフォースであった。

 

「さて、この世界に漂着してからもうすぐ三日ですが、悟空、身体の方は?」

「あぁ、もうすぐで魔力が溜まりきると思う。 そうすりゃ元に戻って、運が良けりゃオラの気を辿ってあいつがやって来てくれるかもしんねぇ」

「まぁ、期待半分ってところでしょうか」

「なんだおめぇ、やけに冷たいなぁ」

「……どうしてかあの男に対して好印象を持てない」

「ふーん」

 

 闇に染まった副作用か? それともかつて世界を呪ったことが影を引いているのか。 神聖の高いあの男に対して、痛烈とも言える態度をとるリインフォースに悟空がなんでもないような素振りで受け流していく。

 

 そうこう言っているまに、悟空の身体が青く輝きだす。

 その光は内に秘めし宝石と同じ色。 どうやら、魔力の充填が終わったようだ。

 

「――――――よし、もどった!」

「……ぁ」

 

 その姿にどうしてか残念そうなのはアリシアだ。 危うくうつむきそうだった彼女を、しかしリインフォースが見逃すはずがなかった。

 

「寂しいのですか?」

「え!? そ、そんなことないもん!」

「ふふ……また次の機会にでも甘えてください」

「そ、そんなことしないもん!」

 

 どうやら背の低かった悟空がお気に入りだった御様子で。

 次があるかも妖しい悟空の少年姿に別れを告げ、彼等はついに行動を開始するのである。

 

「――と、その前に貴方たちはこちらに着替えてください」

「ん?」

「お洋服?」

 

 青いワイシャツにブラウンのズボン。 第二ボタンまで開け放たれたそれに身を包めば、あっという間に普通の青年が出来上がり。 対して、チェックのスカートに白いワイシャツ、さらに黒いブレザー風な上着を羽織ってピンクのネクタイを緩く締めるアリシア。 どことなく、全体的にラフさを強調されたその恰好に、少女はともかく青年が苦い顔をする。

 

「な、なぁこれって――」

「アリシア、似合ってますよ」

「ありがとう、おねぇさん!」

「悟空、似合ってませんね?」

「……おめぇが用意したんだろ」

 

 この落差である。 ここで悟空が三日前を思い出す。 そう言えばイタズラがどうのこうのと……まさかと想い、リインフォースの方へ眼をやれば彼女が小さく微笑んでいた。 どうやらしてやられたらしい。

 

「ラフな格好が似合わないのは織り込み済みです。 ……貴方は、これから超サイヤ人でこの地球で過ごしてもらいます」

「え!? 超サイヤ人?!」

「貴方のその髪型と、独特な方言は嫌でも頭に残ります。 あれはあれで確かに目立ちますが、それでも子供時代の貴方との接点があるよりマシです」

「それ言ったらアリシアなんて――」

「認識疎外の魔法を掛けます」

「じゃあオラも……」

「申し訳ございませんが、貴方のその身に宿るジュエルシードの魔力と、貴方自身が普段押し殺し、それでも垂れ流している気が邪魔でこの魔法が効きづらいのです」

「……そいつはしかたねぇなぁ」

 

 かなり練ったのだろう、悟空の質問への対応が音速を超えていた。

 

 仕方なく、本当に仕方がなく孫悟空は小さく息を吐き出す。 ため息にも近いそれはアリシアにも疲れと判断できるほどの重量を携える。 ……それが空気の中に溶け込んだときであろう。

 

「――――!」

「わっ!!」

 

 孫悟空の頭髪が黄金色に染まる。

 衝撃は少なく、身体の発光もないそれは超サイヤ人の完全版とでも言えようか。 気の消耗を極力なくし、かつ、体内のジュエルシードへの負担も限りなく低い形態。 所謂省エネモードになった彼は目元もいつかの時に比べて丸く、柔らかいモノだ。

 

「お、おおお!?」

「そういやアリシアにはこの姿は見せてなかったな。 どうだ? すげぇだろ」

「うん! うん!!」

 

 めまぐるしく変わる孫悟空の容姿。 それに驚きを禁じ得ないのは一般人である証拠であろう。 そんな中で彼はやはり遠くの方へ視線を配る。

 

「……シロウの気が、やっぱりこの周辺にはねぇみたいだな」

「高町士郎? ……もしやこの頃の彼はまだ護衛の稼業を?」

「護衛? アイツんなもんやってたんか?」

「えぇ、翠屋はそもそも高町桃子が作った物です。 それを、裏稼業の世界から足を洗った高町士郎が手伝いだし、あそこまで繁盛させていったという訳です」

「ふーん、アイツもなかなか大変なのな」

 

 この周辺というからには、おそらく日本には無いのであろう。 リインフォースの説明を聞きながら、しかし悟空の顔色は途端に青くなる。

 

「な、なんだ!?」

「悟空?」

「少しずつだけどシロウの気が減っていく! ……この感じ、不味いぞ!!」

「……彼はこの時代ではまだ死ぬことが無いはず」

「だがこれは明らかにマズイ減り方だ! このままだと……死ぬぞ!」

 

 不意に訪れた嫌な知らせに、リインフォースは表情を苦くする。 あの、高町なのはの父親は確かに未来に置いて存命の筈で、この時代で死ぬはずがないのだ。 なら、今この瞬間に起きている異変は彼が自力で解決すると思ってもいい……はずだ。

 

「悪いが夜天、すこし様子見てくる!」

「……」

「オラは行くぞ!?」

「わかり、ました……」

 

 渋々呑み込んだのは、言うまでもないだろう。 気という物を探れない彼女には、今起こっている状況を把握する術はない。 あの、気という物を扱えるのはこの中でも悟空のみ、そして彼はその筋のエキスパートだ、誤審はない。 ……ならば止める必要はない。

 

 ここまで、おおよそ10秒。 彼女なりの長考は、この世界を思ってのことだ。

 

「……口調と、尻尾を隠すなら直接会っても構いません。 いいですか? とにかくあなたはこの時代の人間に孫悟空だと知られてはいけません!」

「……むづかしいこと言うなぁ」

「いいですね? 何か困ったことがあったら念話を使いなさい。 私たちはここで様子を見ますから」

「わかった、頼らせてもら……うからな」

「そうです、その口調です」

 

 ……――――多くの制約を課して悟空の瞬間移動を見送っていくリインフォース。 いまだに何が起こったかを掴みかねているアリシアを置いて、孫悟空はもう一つの物語へとちょっかいを出そうとしていた。

 

 いいや、既に物語は別の物語を喰っていたのだ。

 

 

 

 

 最初はいつも通りの護衛に過ぎなかった。

 人助けという名の裏稼業。 誰かの命が危険にさらされた時、火の粉を振り払う剣となるのが彼の職業だ。 当然、その分だけいい値段の収入があるこれは、5人家族を養うには必要な事であり、中々足を洗う事が出来ない理由だ。

 

 当然、そんなことを続けていけば手の一つや二つ汚すことにもなる。

 相手は殺す気で来る。 そりゃあ自分にその気がなくとも実力の拮抗した時なんかは無理をしなくてはいけないし、覚悟を決めなくてはならないときもある。 ……それを、積み重ねるということがどれほどに危険かもわかっていた。

 

 だが、どうやら彼は身を引くタイミングを誤ったらしい。

 

 

「はぁはぁ……!」

「どこだ! 探せ!」

「逃がすな! 見つけ次第殺すんだ!」

 

 ……そこは、地獄だった。

 迷い込み、逃げ込んだ廃墟に隠れ徹す場は既になく、ただ両の手に抱きかかえた少女の涙をぬぐう事しかその者には出来ない。 ……終わりの時が近いようだ。

 

「シロウ……」

「大丈夫……大丈夫だから」

 

 あやすことも、出来ない。

 力無く尻餅をついた我が身を呪い、背中から滲み出る血が地面を濡らせば身体から活力が逃げていく。 それでも男は笑顔を作り、腕の中にいる女の子を励ます。

 

「私のせいで……わたしの――」

「関係ないよ。 キミはみんなのために歌っていたんだろう? そんなキミがどうして誰かに命を狙わなければならないんだ。 ……これは、あいつ等がイケナイんだ」

「しろう……」

 

 自己責任に押し潰れそうになる少女に、堪らず士郎は励ました。 こんな幼い子にはあまりにも重責だ……自身のせいで誰かが命を落とすことなど。

 そんな責務を負わせる訳にはいかない。 ならばこの身は生き延びなければならない。 男は――シロウと呼ばれた彼は視線を彷徨わせる。

 

「…………あそこの壁、さっきの爆発で崩れているな。 俺は無理だが――」

「え?」

「……子供一人くらいなら通れそうだ」

 

 見つけた希望は絶望と隣り合わせ。

 腕の中にある希望を助けて、それを押し出した自身は絶望に消えていく。 ……解りやすい代価に、だけど彼は喜んで自身をささげてしまう。

 

「ここから、逃げるんだ」

「シロウは!?」

「俺は……アイツ等を“通せんぼ”していかなくちゃね」

「ダメ! そんな身体で……」

「行くんだ。 キミを死なせるわけにはいかない」

「いやだ……」

「行け!!」

「…………ぅぅ」

 

 つい、荒げてしまった言葉。 だけど後悔はない。 これで、彼女が助かるならばいくらだって恨み言など言われてやろう。

 小さく、そして悲しげに言葉を振るわせていく少女は闇の中へと消えて行った。 もう、これでこの廃墟の中には自分一人だけ。 ……少し、身体に力を込め立ち上がる。

 

「俺はここだ――――!!」

 

 叫び声を今さらにあげる。 一斉に変わる空気に、己が死期を悟った男は壁に寄り掛かる。 壁が、赤色に染まっていく。

 

「こっちから声がしたぞ!」

「殺せ殺せ!」

「あの餓鬼もだ!」

「おのれミカミ……積年の恨み!」

 

 多種多様な理由で人が人を殺す世界。 それが、彼が身を置いた世界である。 あまりにも暗くて、痛みの多いところに自分は居たんだなと、其の心は既に他人事だ。 ……景色が、大きく歪む。

 

「…………せめてここにいる奴等だけでも」

 

 足止めをするくらいなら……其の言葉さえも口に出せず、彼の視界はぐにゃりと曲がる。

 

 折れた小太刀が足元に転がり、その背後には120の人間が無残な姿で転がっていた。 ……先ほどまで、男を、少女を怨敵だと叫び狂気を向けてきた者たちだ。

 30ほどで右の小太刀に亀裂が走り、100を超えてしまえばもう一方が折れてしまう。 刃を打ち合うたびに両腕へ走る衝撃が自身を苛み、最後の一人が倒れた頃には両手の小太刀はその形を保っていなかった。

 

 もう、抵抗する力さえないその腕で、今まで少女を担ぎ上げて逃れてきたのだ。

 

 そんな彼に、どうやらこの世界の神とやらは無慈悲の様だ。

 

「……なんだ、この音」

 

 立ち上がり、寄り掛かった壁を伝い何かが聞こえてくる。 時計の針が動くかのように、まるで何かを推し進めている音。 ……不吉な予感が男の中を駆け抜ける。

 

「……どこ、だ……」

 

 “それ”が男の考えている通りの物ならば、こんな廃墟は一瞬で消えてしまうだろう。 ……あの少女を巻き込んでだ。

 

 そんなことは許されない。 このままでは自身は只の犬死で――少女は、何も知らぬままに死ぬことになる。

 

「させ、るか……がは!?」

 

 胃の中から何かがせり上がって、我慢しきれずに床へ吐き出す。 今朝口にした外国料理? などと思った先には赤色しか認識できない。 ……どうやら、内臓にも深刻なダメージが来ているようだ。

 

「……あ」

 

 その赤色の中に、鉛色の異物を見つけてしまった。

 まさかこんな切っ掛けで見つかるとは思わなかった彼は、床に丁寧に設置されている“ソレ”に向かって身体ごと倒れる。 もう、屈んでいる体力さえ無い彼は、それでもその物体を睨みつける。

 

「……プラスチック爆弾……そんな馬鹿な」

 

 在ってはならぬものが、そこにはあった。

 大きさにして20立方センチのそれは、この廃墟を崩すには十分なほどの火力を内包しているだろう。 そして、その中にご丁寧に時を刻んでいる腕時計。 ありあわせで作ったのだろう、ブランド物のそれは現在11時57分を刻んでいた。

 

「た、短針と長身が重なると起爆する……やつだろうな……飛んだ悪趣味だ」

 

 顔を蒼く染めると、いよいよもって追い詰められた彼。

 でも、希望は最後まで捨てられない。 ……自分にだって、帰る場所はあるのだから。

 

「このタイプは前に解体したことがある……に、二分でけりを……うぐ!?」

 

 切られた背中が、強烈な熱を持つ。 全身は寒いのに、そこだけが焼けたように熱く、痛い。 もう、この爆弾が起動するのが先か男の命が潰えるのが先かがわからなくなる状況で、男は欠けた小太刀の刃先を手に取る。

 

 カタカタと震えながら、丁寧に爆弾の解体作業をする彼だが、一向に内部の配線を除くところまで行かない。 ……もう、時計の針は59分を示そうとしていた。

 

「美由希……恭也……約束、守れそうにないなぁ……ッ?!」

 

 持った刃物を、地面に落とす。

 既に爆弾がどこにあるかもわからなくなってしまい、視界が鮮血に染まり……果てる。 男が最後の気力を振り絞ろうとも、まるでそれが決まっていることだと言わんばかりに男の死が近づいてくる。

 

「居たぞ! ミカミだ!」

「殺してやる!!」

「餓鬼はどこだ! 悪魔のガキ!!」

「…………もう、死んでやろうって言う人間にこの仕打ち……ないよなぁ」

 

 最後の悪あがきも許されず、男の意識はそこで消えようとしていた。

 

 

 ……心残りが多すぎて、泣きそうになる心も、だけどからだが涙をこぼすことすら出来ない。

 

 

「……桃子……結婚、きねん……び…………ごめん……」

 

 

 そこで、男の意識は――――――

 

「――――……こ、これは!?」

「あ!?」

「なんだ貴様!」

「どっから入ってきやがった!!?」

「…………」

 

 途絶えそうになるのを、踏みとどまる。

 不意に照らされた光がまぶしすぎて、赤色だって視界が染め上げれていく……黄金色に。 一体、何をすればこんな眩い光があふれ出るというのか。 舞台ステージのスポットライトだってもう少し遠慮して光度を落とすものだろう。

 

 あまりにも加減の知らない光に、男の意識は少しだけ覚醒する。

 

「おめぇ達、一人相手に何やってんだ…………?」

「はぁ? お前の知ることじゃねえだろうが!?」

「なんでもいい! そいつも殺せ!」

「目撃者は皆殺しだ!!」

 

 ダメだ、その者達は一般人ではない――!

 倒れ伏している男の心配をしながら、明らかに怒りをにじませている場違いな格好をした彼。 でも、男よ……心配することはもうない。

 

「かかれ!」

「おおーーッ!!」

「しぃぃぃねえええ!!」

「…………仕方がねぇなぁ」

『!?』

 

 

「全員寝てろ……!」

 

 

 彼が呟いた途端、大勢あったはずの殺気が途絶える。

 

 なにが起こったかなんて、男に理解する力は残されていない。 武器を持ち、理不尽にも無手の彼に襲い掛かった奴らだが……次の瞬間には地面に伏していたのだ。 あまりにも不自然な展開に、男は気を失いかけながらも驚愕する。

 

「すんすん。 爆弾の匂いがする」

「そ、そうだ…………これ、を――」

「あぁ、こいつか」

 

 倒れ伏している男から小さな箱を受け取るや否や、彼は驚くことに廃墟の外に放り投げた。 馬鹿な!? 男が叫ぶ中、彼は湖のような静けさを失わずに手の平を外へと向ける。

 

「――――!?」

 

 瞬間、自身の常識が一気に瓦解する。

 何か彼の手のひらから青い光が溢れ出したかと思えば轟音が唸り、空間を焼き尽くしながら放り投げた爆弾を消し去ってしまった。 当然、他の住民への被害をゼロにしながらである。

 これが消失ではなく蒸発したと見抜いた男は、安心したのだろう……今まで何とか保っていた意識を手放してしまう。

 

「おい、しっかりしろシロウ!! おいったら!」

「……」

「気がほとんどねぇ。 血も流し過ぎている! 待ってろ、今夜天の所に連れてってやるからな……――――」

 

 そうして男と彼は、この国から消えて行ったのである。

 

 

 

 

「――――――……夜天!!」

「孫悟空?! ……それは!!」

「話は後だ! もう死ぬ一歩手前なんだ、早く何とかしてくれ!」

 

 現れた孫悟空。 ずいぶん時間がかかったなと振り向けば、彼の服は青色から真っ赤に染まってしまっていた。 その血が、彼のモノではないと即座に見抜いたリインフォースは手元を見る。 ……そこには、死に体のからだが転がっていた。

 

「……まさか」

「状況を探るのは後だ! いいから早く回復魔法をかけてやってくれ!」

「――はい!」

 

 もう、どうやっても手後れだというのはこの際考えない。 そうだ、この男はこの先未来で孫悟空を拾う人間だ。 どういう経緯はあれど、こんなところで死ぬはずがない――だが、現状がそれを否定しているのはどういうことだ……傷の深さを確認しながらも、納得いかない事態に顔を渋らせていく。

 

「あ、あぁぁ」

 

 その光景を見たアリシアは、あまりの急転直下に足元がすくんでしまい、動けない。 あまりに流し過ぎた血と、そのせいで青くなっている顔はどう見たって生きた人間ではない。 けど、微かに動く口元が、今を懸命に生きようとするその姿は確かに死体などではない。

 アリシアは、少しずつ瞳に光を宿していく。

 

「な、なにかできること……」

「アリシア、向こうにある湖から水を汲んできてください! 器はいま出しますから!」

「は、はい!」

 

 それを知ってか知らずかリインフォースから指示が飛ぶ。

 

「わりぃがアリシア、オラと一緒に食い物探すぞ」

「え!? でもあんな傷で大丈夫なの……?」

「なにも食いモンは硬いもんだけじぇねぇ、果物をすりつぶして呑ませんだ」

「わ、わかった!」

 

 次いで来た孫悟空とのミッションに泥だらけになりつつも、彼女は懸命に頑張った。 あの人を、絶対に助けないといけないと必死になりながら。

 

 その甲斐あってか、28時間が経つ頃には男の呼吸は段々と活力を取り戻し、蒼白だった表情も明るみを帯びてきた。

 

「峠は、越しました」

「あぶなかった。 シロウがもともと身体鍛えてたのもあったけど――」

「精神力で持ちこたえた場面もありました。 よほど大事な何かが……在りましたね」

「あぁ、コイツにはキョウヤにミユキ、なのは。 ……それにモモコが居るかんな。 死ぬに死に切れねぇさ」

 

 安定した吐息と、全身にまかれた包帯。 血に汚れた衣服はさっさと処分してしまい、今はリインフォースが用意した悟空の予備を着せてやっているところだ。 

 しばらくして、この男に自分たちの顔を知られるのはまずいという事で、髪を黄金色に変えたままの孫悟空を残してアリシア達は無人島から去ってしまう。 日本のどこかに行ったとは思うのだが、そこから先は悟空が深く考えることではない。 今は只、目の前の恩人を診てやらなければならない。

 

 そう、彼が緑色の瞳を鋭くしたときであろうか。

 

「う、うぅぅん」

「あ、起きたか?」

「ここ、は……」

 

 背中の傷が痛むのか、中々起き上がらない男。 そんな彼に手を差し出すことはしないで、悟空はしばらく様子を見る。 ……起き上がりたくても起き上がれない痛みを知るものの判断であろう。

 

「無理するな、さっきまで死体も同然だったんだからな」

「……そう、か……貴方が助けてくれたのですね?」

「まぁな。 でも次はねえからな、そのつもりで居ろよ?」

「あ、はは……これは手厳しい」

 

 長年の友に話しかけるような、それでいて氷のように冷たい目で自身を射抜く金髪の青年。 不思議な感覚だ、おそらく同年代だと思えるのに、どうしてこのように安心した心地よさを覚えてしまうのか。

 まるで、失敗して怒られている子供のような感覚だ。

 

「聞いてるのか?」

「あ、あぁ聞いてるよ。 ……本当に、ありがとう」

「礼なんかいらねぇ……ゴホン! 礼はいい、もう十分貰って来たからな」

「……?」

 

 其れはどういうこと?

 男が訪ねようとしたが、不意に頭の中で何かがよぎる。 其れは今まで男が生き延びてきた理由の中で、一番大きな割合を占めるモノである。 そうだ、先ほど死に掛けたあのとき、自身は一体なんと零したであろうか。

 

「お、俺が倒れてから何日経ちましたか!?」

「え? まだ1日くらいだとは思うが――」

「あれから一日!? ……あと1日しかないじゃないか……ど、どうしよう」

「なんだ行き成り、用事でもあるのか?」

「……つ、妻との結婚記念日が明日なんです」

「…………あちゃぁ、そりゃあ大変だなぁ」

 

 つい、口調が素に戻っていた孫悟空。

 男が女に頭が上がらないのはどの世代でも共通だ。 それが妻と夫の関係となればことさらに……だろう。 孫悟空と高町士郎が互いに苦笑いすると、彼等は全くの同時に動き出す。

 

「手伝うぞ」

「お世話を掛けます。 ……そう言えばここってどこですか?」

「ここかぁ、無人島でな、アイツが言うにはボラボラ? なんて名前の島が近くにあるとかなんとか……なんといったか」

「ボラ――!? ということはここはタヒチあたりなんですか?! ……飛行機で12時間はかかるぞどうする……」

 

 士郎が頭を抱えると、それが珍しいと思ったのであろう孫悟空はまたも苦笑い。 金髪の彼の表情を伺う余裕もなかったらしく、苦悩の色をそのままに地面に向かって唸るばかりだ。

 普通ならここであきらめろと言う声が上がるだろうが、ここにいるのは孫悟空だ。 彼は、一味もふた味も違う。

 

「まぁ、せっかくメシも空気も良いとこに来たんだ。 もうすこしゆっくりしてけばいい」

「いや、だがしかし」

「別にあきらめろって言ってるんじゃねえ。 お前のそのケガ、もう少し“ここ”に居ればだいぶ良くなるだろうし、なにより時間の方はこっちに考えがある」

「――ほんとですか!?」

「あぁ、安心していいぞ」

 

 出会ってまだ数分の彼だが、なぜかその言葉を信用できてしまうのはなぜだろう。

 彼が纏う不思議な雰囲気? それとも、言い表せない輝きを含んだ碧色の瞳のせい? 高町士郎は、焦る心を何とか沈めて深呼吸をする。

 

「……ではもう少しだけ横にならせてもらいます」

「あぁ、出発の時間になったら起こしてやるから、ゆっくり休んどけ。 さっきまで死に掛けだったんだからな」

「はい」

 

 まぶたを閉じ、異様な暖かさを感じる砂浜で再び意識を手放す彼。

 そんな彼をこと静かに見下ろし、孫悟空は青空を見上げる。 既に陽が高くなって小腹がすく時間帯だが、孫悟空が動くことはなかった。 ……その、金の頭髪をゆらりと動かしながら、彼はひたすらにそのときを待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM23時30分 海鳴市

 

 

 其処は、とある一家の暮らす場所である。

 純和風、敷地はそれなりに広く、母屋の横には小さいながらに道場が設けられている。 世間一般からすれば中々広いそこは今現在、冬の夜空よりも静かな時間を過ごしている。

 

 リビングに人影がある。 ……しかし、その影の色はあまりにも薄い。

 本来ならば明るい蛍光灯が照らすこの場も、彼女の心を映し出すかのように照明を切られ、夜の闇に染まりきっている。

 

「…………」

 

 時計の針が、その静けさをかき消す。

 動き、刻み、容赦のない歩みでこの家の人間から時間を奪い去っていく。 ……彼女の顔から、微笑みを奪い去っていく。

 

「…………あなた」

 

 ぼそりと呟いたのは、この2時間の内にようやく吐き出した一言である。

 目の前のテーブルには豪華な食事が並んではいるが、どれも味気が飛んでしまい、湯気の一つも出やしない。 すっかりと冷めきったそれは、彼女がそれだけの時間こうやって待っていたからだ。 ……もう、待ち人など来ないことがわかっているのに。

 

「………………っ」

 

 それを悟ってしまったとき、彼女は口元を手で覆う。

 あまりにも酷い現実に、叫び声を上げそうになってしまったからだ。 だが、しかし……カノジョはそれを押さえてしまう。 抱え込んでしまう。

 

 

 

 ――――――待ち人の不幸を知ったのは、昨日の事だ。

 

 いつも通りの日々を送っていた彼女の、突然の知らせ。 それは何も言伝ではなく、ただ、お昼のニュース速報に流れたアナウンサーの口から淡々と発せられた情報に過ぎない。

 

 本日未明、――――国の……テロリストによる襲撃……数人の怪我人と――

 

 日本人の死傷者と思われる情報が――

 

「…………え?」

 

 その国の名前はあまりにも聞き覚えがある物だった。

 数日前、自身が見送ったあの人が口にしていた国だったから。 ……その国で、日本人が一人死んだ? ……彼女の心の中に激しい恐慌が渦巻く。

 

 それから、数分としないうちに次の情報が上がってくる。

 その、テロが在った地域に在ったホテルの宿泊リストから割り出した行方不明者の情報だ。 ……その中に、日本人は只の一人しかいないという。 彼女の中で、何かがつながってしまう。

 

「う、そ……」

 

 テレビの映像の中に宿泊者のリストが箇条書きで映し出される。

 延々と流れるそれを、果てしない時間と感じながら見送っていく彼女。 だが、其の文字列がナ行から移りゆくそのときであった。

 

――――――高町士郎 行方不明

 

 文字の並びが、理解できなかった。

 おかしいとも思えず、間違いだと否定もできない。 ただ、無情に張り出された最愛の人の名を目に刻み、そのあとに流された言葉を脳が受け付けるまで数時間の時を必要とした。 ……状況は分らない、けど、ほとんど断たれた希望の中で……彼女は子供たちを呼ぶ。

 

「恭也……美由希……ちょっと、こっちにきて」

「なぁに?」

「母さん?」

 

 庭でチャンバラごっこをしていた息子と娘。 リビングの奥の方では末子の娘がゆりかごで吐息を流していた。 ……その中で、彼女はどうしてもやらなくてはならないことがあった。

 

「いまね、おにいちゃんといっしょに“とっくん”してたんだよ?」

「父さんが帰ってきたら稽古つけてもらうんだって、美由希が頑張ってるんだ」

「…………」

「かあさん?」

 

 幼い娘と、それを引っ張っていく兄。 それをみて、だけど彼女の気持ちは幾分も健やかにならない。 悲しみ、引きつりそうになる表情に気が付いた息子――高町恭也がただならぬ雰囲気を掴み取る。 ……妹の手を、反射的に握り締めていた。

 

「……お父さんね、もう帰ってこれなくなっちゃった」

 

 震える声で、出せた言葉はそれだけだった。

 まるで血を吐き出すような痛烈さで、子供たちに残酷な事実を告げる。 その中で恭也は俯き――だけど美由希の表情は至極無反応である。

 

「なんで? おとうさん、おしごといそがしいの?」

「…………」

 

 違う、状況が理解できてないのだ。

 純真無垢に尋ねられた問に、だけど母は既に答える気力を持ち合わせていない。 あまりにも無力な自分と、理不尽な現実についに押しつぶされてしまい……娘を、強く抱きしめる。

 

「ごめんね……っ」

「お、おとうさん……かえってきて……ミユキに“けいこ”つけるって」

「ごめん……ねぇ……っ!」

「いやだぁ……やくそく……したのに……」

「…………っ!」

「おとうざんがえっでごないの……やだよぉ……」

 

 彼女のせいではないし、娘が悪いわけでもない。 それでも、母は謝り続けていた。 あまりにも理不尽な状況の中で、怒りをぶつける相手もいない中で、彼女はひたすらに娘に謝っていた。

 

 本当に、真にこの事態で悲観に暮れているのは、自身だというのに。 それでも母は、娘に謝り続けていた。

 

 …………立派にやせ我慢して、涙の一つも零さない息子を一緒に抱きしめながら。

 

 

 

 

 ――――それが、昨日の出来事である。

 

 ……既に待ち人が帰ってこないのは分っている結婚記念日。 それでも、まるでなにかに急かされるように……いいや、心が事実を拒絶しているかのように彼女は支度をはじめていた。

 飾り付けは無く、ただ、テーブルクロスを新調しただけの質素な宴。 食事もいつもよりは若干力を入れた程度だが、その傍らに置いてあるワイングラスは幾分値が張るものだ。 年代物のワインを棚の下段から取り出すと、コルクをゆっくり引き抜いていく。

 

 たった一人のパーティーが始まろうとしていた。

 

「…………あなた」

 

 本来ならば目の前に居るはずのヒトは、もう、二度と声を聴くことが叶わない。

 もうすぐ午前零時。 結婚記念日が終わってしまうそのときに……

 

「~~~~~ッ!!」

 

彼女はついに……声を出して泣き叫ぶ。

言葉にすらなっていない、悲劇の声。 彼女が机に伏してしまえばテーブルが激しく揺れていく。 もう、顔を見ることも最後を看取ってやる事も出来ないあの人を思うと、胸が張り裂け呼吸が出来なくなってしまう。 目の前が、クロに染まっていってしまう。

 

 信じがたく、受け容れたくもない現実を前に、彼女はただ涙を流すことしかできずに…………

 

 ――――玄関の呼び鈴が、鳴らされる。

 

「!」

 

 もしかしたら。 そんな期待と、だけど……それをかき消す何かが来たのではないかという不安とがいがみ合い、彼女はその場から動けない。

 確かめてしまえば、失ったことが決定的になってしまう。 ならば永遠に曖昧なままでもいいのではないか? うっすらと湧き上がるのは陰湿で、弱気な感情だ、彼女には似合わない。 でも、それほどにまで彼女は弱り切ってしまっていて。

 

「…………いか、ないと」

 

 時計の針がひとつ進むころ、彼女はようやく席を立つことが出来た。 そのままおぼつかない足取りで玄関まで歩き、扉の前にたどり着く。 だけど、だ。

 

「…………」

 

 言葉が、出せない。

 誰ですか? そのたった一言が出せない。 だってそうではないか、その一言を出してしまえば、ほんのわずかに残していた希望さえも打ち砕かれてしまうのだから。 少しくらい、弱さに甘えていたって良いではないか。 なぜこうも自身から全てを奪おうとするのか。

 

 でも、そんな弱さに甘えないで、彼女は扉を開くことを選択する。

 

「…………!」

「よっ、久しぶり!」

 

 聞こえたのはなんともフランクなアイサツ。 でも、見えたのは知らない景色である。

 余りにも光に満ちていて、今までの不安を吹き飛ばしてしまわんとするかのような、そう、輝きに満ちた何かが其処にはあった。 眩しくて、少しだけ視界を手で覆った時、その光源が人物で在ることにようやく気が付く。 ……彼は、いったい何者であろうか。

 

「……あの、どちら様でしょうか」

「え?」

「もしかして外国の方……?」

「あ、え~と」

 

 光って見えたのは彼の頭髪だ。 まばゆいとすら形容できる金髪に、あまり目にかからない碧眼。 けど、そんな知り合いは居ないはずだと、昔の料理人修業時代までを思い出していた桃子は訝しげな視線を彼に送る。

 それに困り果てた彼は、しかしやることがあるのを思い出す。

 

「遠いとこからな、荷物が届いてん――届いてるぞ」

「荷物?」

 

 ……遺留品だとしたら、もう彼女は崩れ落ちてしまうだろう。

 先ほどまでの最悪を想いだし、彼女の表情は一気に凍り付く。 もう、現実を直視するのに疲れてしまいそうになるが、それでも自身には守るべき存在がいる。 立って、歩かなければならない理由がある。

 ならば目の前のことから目をそらしてはならない。 彼女は、ようやく現実に目を向ける。

 

「……一体、なんでしょうか」

 

 か細い声だ、今にも崩れてしまいそうな声。

 それを聞いて、あまりにも心配だったのであろう。 来訪者の彼は桃子の暗い視線に合わせるかのように屈んで見せる。

 

「おい、大丈夫か? 顔色が悪いようだが」

「大丈夫、です……少し寝不足で」

「そりゃよくねぇな。 前に恩人に聞いたことなんだが、寝不足はビヨウの天敵だって言うぞ? ちゃんと飯食って、リキつけねぇと身体がもたねえぞ?」

「……はい」

 

 青年の言葉は既に聞き届けられていない。

 人をおちょくっているのならこの人物の煽りスキルは大したものだろう。 桃子が若干目つきを鋭くすれば、青年が少しだけ微笑む。

 

「これから結婚記念日を“コイツ”とやるんだからよ」

「……………………………え?」

 

 いま、この男はなんといっただろうか。

 コイツ? 其れは誰の事?

 貴方はいったい何を言っているの?

 もしかして、……もしかして? ……期待をしてしまってもいいの……?

 

 あの人が―――――――――――

 

「やぁ、遅くなったね……桃子」

「アナタ……!」

 

 信じられないことであった。 いままで、生存が絶望的で、二度と聞くことが無いと思った声が青年の後ろから響き渡る。 ……鼓膜ではなく、心に。

 それを受け取った桃子の視界は一気に歪み、足は力なく震えていく。 もう、駆け寄っていくことすら叶わないほど消耗しているのだとわかると、自然、青年が桃子の肩を叩いてやる。

 

「何やってるんだ? 寒いからさっさと中に入っちまおう。 風邪ひいたら大変だしな」

「え? ……え、えぇ」

 

 右肩に乗った彼の手が、とても暖かい。 その温度が彼女の身体を巡ると、まるで力を分け与えられたかのように足の震えが止まっていく。 ……彼女の顔に血色が戻っていくのだ。

 

「……あ、れ?」

「どうかしたのか?」

「あの、いま……?」

 

 何かしたのですか? という疑問をギリギリのところで桃子は呑みこんだ。 そうだ、ある訳がないのだそんなことは。 いまのはきっと、不安が取り払われて身体から重さが消えただけだろう。

 そう解釈した彼女はここでようやく青年をよく見ることが出来た。

 

 ラフな格好ではあるものの、その逞しい身体は服の上からでもよくわかる。 伸長は170を超えるくらいだろうか? 夫よりは少しだけ低い彼は、だけどそれを補う以上に体格が本当にしっかりしている。

 その大きな背中に、自分の夫が背負われていたのだ。

 

「はは、仕事中に大ポカしちゃってね」

「ニュースじゃ半分死んだことにされてたわよ……っ!」

 

 その姿を見て、だけど皮肉を半分織り交ぜた文句を、なんともうれしそうにひねり出した桃子はその眼に涙を蓄えていた。 ……客人が目の前に居ようが、こればかりはどうしようもないだろう。

 だけど、だ。

 

「あぁ、それは多分オレのせいだろうな。 あそこからすぐに瞬間移動しちまったから行方不明にされちまったんだろう」

「…………え?」

「あ! いや、何でもないんだ、なんでも」

 

 どうもこの客人、普通ではないようだ。

 鋭いような、そうでないような……? そんな不思議な目をした彼は背負っていた高町士郎を床に降ろす。 ゆっくりと、ケガをしたままの箇所を極力刺激しないようにすると、今度は桃子の方に視線を送る。

 

「まだ時間平気だよな?」

「……じかん?」

「なに分んねえって顔してんだ、結婚記念日だ結婚記念日。 今日なんだろ? シロウが何とか今日中に海鳴に着かないと一生後悔するっていうから来たんだからな。 それでどうなんだ」

「……えっと、まだ23時40分です」

「……ほ」

 

 一息ついた士郎はここで青年に会釈をする。 こんなこと、普通の人間であれば聞いてさえくれないだろう。 病院に送り、後は医者の世話にでもなれと言うのが関の山。 だけど自身のこんなプライベートな願いをこの青年は確かに叶えてくれたのだ。

 その手段が、どんなに非常識だとしても。

 

「そんじゃシロウ、確かに家に送ったからな」

「ありがとうございます。 この恩は一生忘れません!」

「そんないいって、いちいち気にすんなよ? オレも妻子持ちってやつだからな、気持ちは良くわかるんだ」

「はは、それは助かりました」

 

 そう言うなり青年は玄関口に視線を送る。 もう、自身がこの家にしてやれることはないはずだ、ならば帰るのが普通だろう。 言葉もないまま、玄関口に手をやる頃。

 

「今日は泊まって行ってはどうですか? その、夜も遅い事ですし」

「そうですよ、それにお礼もしたい。 一泊でもいいからしていってください」

「……どうするか」

 

 などと、若干困る彼だが、実は答えは既に決まっていた。

 

「今日は止めとく」

「……そう、ですか」

「今日はお前たちの特別な日だからな。 また、明日になったらこっちに来るさ」

『…………はい!』

 

 この人物のここまでの気配りを、みるモノが視たら驚愕を隠せないだろう。 それほどに、夫婦への対応に気をまわした青年はようやく玄関の敷居を跨いだ。 それを見送ることしかできない士郎と桃子は、しかし次の瞬間…………――――

 

『消えた?!』

 

 青年の背中を見失っていた。

 

 まるで風に吹かれた旅人のように颯爽と消えて行った好青年。 高町士郎はその強さを生涯忘れることはなく、桃子はあの不思議な雰囲気を目に焼き付けていたことだろう。

 

 そして、青年がいなくなってすぐに……彼と彼女の記念日が始まっていくのである。

 

 

 

 

 

 夜が明け、陽が頭上に昇る頃には高町の家にはようやく平穏が帰ってくる。

 長女の美由希は涙ながらに父親にしがみつき、濡れた頬を彼の腕にこすり付けている。 同様に駆け寄ってきた恭也の頭を撫でて、士郎が苦笑いを浮かべながら謝ると少年はそっぽを向いてしまう。 ……少し、照れ臭い年頃の様だ。

 

 その光景をみて、心底安心したのだろう。

 

「……あ!」

 

 洗濯物を干していた桃子だが、彼女はその手から大きめのシーツを零してしまう。 同時、強風が襲えば空に飛んでいき、もう、手の届かないところにまで上昇気流と共に消えて行ってしまう―――――…………

 

「…………よっと! 何だコレ? 布団のカバーって奴か?」

『…………あ!!』

「ん? なんだ?」

 

 白いシーツは、金の頭髪の男に捕まれていた。

 大空に逃げたそれを、追いかけるかのように掴み取っていた彼は当然空中に居る。 そう、“空中で制止しながらこちらを見下ろしているのだ”

 

 その光景に今度こそ驚愕を隠せない高町の面々はそろって大口を開けていた。 ……常識崩壊の時間が始まる。

 

「よ、シロウ! 約束通りにメシおごってもらいに来たぞ」

「あ、いやぁまぁ、確かに来てくれとは言いましたけど……」

「まさか空から来るとは思いませんでしたから……ねぇ」

「なにいってんだ? そんなこと今までずっと……あ! そういやこっちのこいつらにはまだ一度も……」

『……?』

「いや、なんでもねぇんだ! なんでもな! ははっ!」

 

 若干素に戻ろうとした孫悟空ではあったが、それでもなんとか鋭い目つきと渋い声を維持して見せた彼は中々の演技力だろうか? さて、いきなり大ポカした彼だが、何ら慌てるそぶり無く彼らの所へ舞い降りる。

 するとこの中ではとりあえず一番幼い美由希が悟空の足元まで駆け寄っていく。

 

「おじさん! “まほうつかい”さん?」

「ん? オレか?」

「だってお空飛んでたもん! 絵本で読んだよ? まほうつかいさんはね、お空飛んだりしたり、まほうでみんな笑顔にするの!」

「ん~~」

 

 ヒヨコのようによちよちと近寄ってきて、満面の笑みで悟空を見上げる彼女はご機嫌だ。 そんな少女の頭に手を乗せ、左右にさすってやると悟空は観念したのであろう、自身の正体を明かす。

 

「おう、そうだぞ。 実は魔法使いなんだ」

「やっぱり!」

「よくわかったなぁ、もしかして超能力者か? はは!」

 

 正確には魔法使いみたいなことができる武道家である。 けど、そんなこと言ったとして少女が喜ばないのがわかっているのだろう。 ど直球に彼女の問いに答えた悟空は、少女とともに大笑い。

 そして、一通り笑い終えると少女は悟空を上目づかいで見つめてきて、願う。

 

「ねぇ、魔法見せて魔法!」

「ん? うーん、なにすりゃいいんだ? いくらなんでも出来ることには限界があるしなあ」

「じゃあね、あのね? ……うーん……そうだ! みゆきのなまえ当ててみて!」

「……? ミユキだろ?」

「わ! すごーい!! おとうさん! やっぱり“まほうつかい”さんだよ!!」

「なぁシロウ、前から思ってたけどミユキって面白いな」

「あ、はは。 この子はもう……」

 

 その願いに何となく和んだり。

 

「あ、あの!」

「お? お前はキョウヤか? 面影があるからひと目でわかったぞ」

「ぼ、僕の事を知ってるんですか?」

「え? いやほら、オレは魔法使いだしな」

 

 昔馴染みと奇妙な再会をしたりと、彼はあっという間にこの家に溶け込んでいく。

 そんな、不思議な青年を見た高町士郎は彼を言えの中に招くことにしたのだ。

 

「あ、靴は……」

「脱いで入るんだろ? ここらの家はみんなそうなんだよな」

「……日本に住んでいたことがあるのですか?」

「少しな。 知り合いの所に厄介になってたことがある」

 

 その間に行われるやり取りに青年が見た目通りの人物ではないことを改めて思い、どことなく我が家に入る姿が自然すぎるが、恩人相手に勘ぐることなどしない士郎は、彼を居間にまで案内した。

 

「……ん?」

「どうかしましたか?」

 

 部屋の中に入った時である。 悟空がわずかに視線を遠くに向ける。 遠くと言っても、別に世界の果てだとかじゃなく、目と鼻の先程度の物。

 そこに、ある物と言えばテレビと……

 

「……そうか、“アイツ”も居たんだよな」

「え?」

「ん? いや、元気そうでよかったなとおもってよ」

「はぁ……?」

 

 何の事かは分らぬが、とにかく青年が微笑んだことだけは士郎にもわかる。 その、なんと暖かい笑みだろうか。 田畑に咲き誇る向日葵というよりは、昼時を過ぎたあたりの陽光とでも言おうか。 物理的な暖かさを、その身体に感じてしまう。

 

「腕によりを掛けちゃいますね」

「ホントか、そいつは楽しみだぞ。 モモコの料理は――ととっ、いや、なんでもねえ」

 

 嬉しかったのだろう、すこしだけ漏らした素にブレーキを効かせて、孫悟空は静かに足を運ぶ。

 部屋の奥にはキッチンが有り、その手前にはテーブルが待ち構えるかのように鎮座している。 さらに手前にはテレビがあるその光景はいつも通りの代わりばえしない景色。 ……だけど、そんな高町家にはひとつ、悟空が見たことが無い物品が備え付けられていた。

 

「ぁぁ……だあ!」

 

 ゆりかご……その中から聞こえるのは小さく、儚い赤ん坊の声。 自身の存在を誰かに伝えようとするその音は、孫悟空の耳にしっかりと伝わっていく。 ……彼は、何の迷いもなくゆりかごへと足を進めていた。

 

「オッス、元気してるか?」

「う~~きゃはは!」

 

 それがどのような意味を示した言葉なのか、士郎には想像もつかなかった。

 只の挨拶から、これからの道を応援する激励。 その、全てを内包した言の葉に、赤ん坊が健気に手足を振っている。

 

「おぉよしよし。 なのは、魔法使いさんが来たぞぉ?」

「う~だぁ~~!」

 

 その姿を遊びたいという意思表示と受け取ったのは士郎。 この、かわいい盛りの愛娘を前にして、いかな剣士と言えども隙だらけの顔になってしまう。 その姿が、何となく微笑ましくて。

 

「今いくつなんだ?」

「まだ一歳にもなってないんですよ。 目が離せない時期です」

「そうだな。 赤ん坊ってのは目を離すとすぐどこかに行っちまうもんなあ」

 

 それでサーベルタイガーに追いかけられたのは誰の息子の事だろうか。

 悟空が遠い昔を思い出すと、士郎が少しだけ視線を下ろす。 そう言えば……ふと思ったことなのだろうが、幾分その話題を出すのに時間がかかりすぎた。 彼は、すぐにその疑問を解消しに行く。

 

「……あの」

「どうした?」

「そう言えば、貴方の名前を伺っていなくて」

「…………そういえばそうだな」

 

 ここで青年の表情に雲がかかるのは当然のことだ。 先行き不安なこの質問は、実にギリギリのところを突き進んでいる。 下手に答えられないこれに、孫悟空はすぐさま指を蟀谷に持って行く。

 想像した姿は銀髪の女性。 最近自身を怒ってばかりの気苦労さんに、彼はなんの臆面もなく思念を飛ばしてやる。

 

【おーい、夜天―!】

【……どうかしたのですか? いま、アリシアとの勝負中なので手短に。 あ……なぜそっちを取るのです】

 

 どうやら忙しいらしいリインフォースをしり目に、悟空は呑気に思念を飛ばし続ける。 その間に聞こえてくる彼女の声が喘ぐものにも思えて悩ましいのだが、遺伝子レベルで鈍感を定められた悟空にそんなことは分らない。

 

【なぜこちらの札にいつもお前が来る……ジョーカー!】

【あぁ、ババ抜きやってんのか。 オラもよく界王さまとやってたなぁ】

【最後の手順です。 来なさいアリシア! ………………あぁ、なぜこうも容易く……】

 

 普段冷静な彼女が落胆に染まると、孫悟空がせっせと要件を告げていく。

 そんなにババ抜きに負けたのが悔しいのか、彼女からの返信がしばらく滞るのだが、それでも念話を切らない悟空は我慢強い。 ……さて、彼女が復帰したようだが、どうやら悟空への回答は問題が山積みの様だ。

 

【ここで正直に答えるのは馬鹿です。 えぇ、思えばよくこのタイミングで連絡をよこしてくれました】

【さすがにな、オラもこれはまずいと思ったぞ。 でだ、どうする?】

【下手に渋るのも印象に残る恐れがあるのですが、かといっておかしな名前を教えようものなら貴方がぼろを出しかねない】

【まぁ、な】

【なら、いっそのこと教えてしまえばいいのです】

【え?】

 

 ……そう言って彼女が告げた打開策に悟空がちょっとした感嘆の声を上げる。 そう言えば、あったはずだ自身のもう一つの名前。 この世界で誰も知らない、孫悟空のもう一つの名前が。

 

「……あの?」

「いや、悪かった。 すこし仲間に連絡をな」

「え?」

【こんな風に心で会話が出来るんだ】

「うぉ!? び、びっくりした!」

 

 口を開かず、鋭い視線を投げかけるだけで相手に己が意思を伝える――のではなく、正に心の中に響かせる所業に士郎が驚愕の声を上げる。 まさに魔法の担い手だと認めさせるこの技に彼の孫悟空に対する認識は完全に“まほうつかいさん”に決定づけられた。

 

 さて、悟空の特技の一つを披露したところで、慎重な選択肢が迫られる。 ここに、あまり遠くもない未来に再会するであろう人物に名を聞かれた彼はなんと応えるのだろう。

 

 其れはやはり――

 

「…………カカロット」

「かか? かかろっと……変わった名前ですね」

「まぁ、少数民族ってやつだしな」

「そうなんですか? なるほど、確かに貴方ほどのヒトだと出自も特別すごいモノでしょう」

「……そうだな」

 

 夜天の使いが聞けば思わずにやけてしまいそうな質問だ。 なにせこの男、出自だけではなく経緯も恐ろしく特異だ。 そのすべてを語ろうとすれば千夜一夜物語では済まないであろう。

 士郎がカカロットと名乗った悟空を見れば、そのままゆっくりと目を閉じる。 ……どうやら、心に名を深く刻んでいるらしい。

 

「そんな大層なもんじゃない、きっちり覚えなくていいんだぞ」

「なにを言ってるんですか! 貴方が居なければ俺の命はなかったんです、名前すら覚えてないなんて一生の恥だ!」

「……まぁ、そうなんだろうけどな」

「カカロットさん?」

「……んん」

 

 士郎に呼ばれた悟空は何となく慣れないようだ。

 そもそも、彼をこの名で呼ぶのは同族の王子様のみ。 そんな特異な名前を果たして彼に教えてよかったものだろうか。

 悩む悟空は、だけどすぐさま切り替えることが出来たようだ。 用意されたイスに腰を掛ける。

 

「口に合えばいいのですけど」

「いい匂いだ、オ……ごほん!」

「あの……?」

「“オレ”腹が減っちまってな、かなり食うからそっちの方覚悟しとけよ?」

「……はい!」

 

 花が咲いたかのような笑顔を受け、目の前に置かれた料理を見れば悟空の箸は速攻で進んでいく。

 今回は、というよりも高町桃子にとって始まりの料理はやはりごく普通の一般家庭向けの料理である。

 いつもの物量も、豪華さも見られないそれ。 だけど一品一品が丁寧に盛り付けられ、まるで洋菓子を思わせる美しさを放っている。 これはひとえに桃子の本業がなせるわざなのだが、如何せん今回は相手が不味かった。

 

「……ん」

「あの、和食は苦手でしょうか……?」

 

 少し気が乗らないように見える青年に、ダンダンと落ち着きがなくなってしまう桃子。 だが、勘違いしてはならない。 この青年が決して料理に不満を持っている訳ではないことを。

 

 超サイヤ人悟空は、取りあえずその箸を食事に向ける。

 

 食卓に現れたそれは右に白米、左に味噌汁だ。 大根を細く切り、素材のうまみを逃がさないよう火力に注意しながら作った逸品。 確かにトロトロと口の中で崩れる感触もいいのだが、歯ごたえのあるものを外国人は好むという桃子なりの気遣いだ。

 前菜にほうれんそうのお浸しと、メインには肉じゃがを構え、そのわきには焼き鮭を添える。

 海と山の幸を程よく使ったこの食事を前に、確かに悟空の食欲はそそられたのだが……今回、それが良くなかった。

 

「いや、オレはなんでも行けるからな。 いただきます――ごちそうさま!」

「……………………は?」

「え?」

 

 いま、何が起きたのかを高町の面々は理解できなかった。

 いただきます、そしてごちそうさまが聞こえたのは良い。 だけどその間がどうにもおかしい。 なぜ始まりと結果がほぼ同時に起こるのだ? まるで10秒チャージのゼリーを相手取ったかのような速飯ぶりに、作った本人も口をあんぐり……常識が、ひとつ欠落する。

 

「いやぁ、やっぱうめぇな! もうチョイ歯ごたえある奴だともっとよかったかな?」

「……そ、そうですね! 今度はもう少し食べ応えのあるものを作りましょうか」

「いやいやいや、それよりも今のをどう突っ込もうか検討しようよ桃子!」

 

 青年の発する声に、なんとも呑気に答えたかのように思えるが、彼女の中でもそれは大きいパニックの渦が巻き起こっているのは言うまでもない。 最初から何もなかったと疑わざる得ない空食器を眺めながら、まるでこれから料理を作るんだと錯覚さえ覚えてしまっている。

 かなり、重症だ。

 

「さてと、飯もごちそうになっちまったし」

 

 ……腹が、鳴る。

 

 その音はまるで騒音規制がかかる前に製造されたダンプカーが通ったかのような騒音だ。 警察が押しかけても言い訳できない程の音量を前に、高町桃子の顔が引きつる。

 

「シロウ、あんまし無茶すんじゃねえぞ?」

「あ、はぁ……」

 

 …………腹が、鳴る。

 

 航空機のジェットエンジンを思わせるそれは、この家の隅々まで行き渡る。

 

「おかーさん! いまなんか怪獣さんがお家の中に――!」

「とうさん! なにがあったの!?」

「ん? どうしたお前たち」

 

 腹が、鳴る。

 

「うぇ~~ん!! うわーーーーん!!」

「おぉおぉ、どうしたなのは? ハラぁへったのか?」

 

 腹が鳴り、遂には赤ん坊も泣きだす。 泣き喚く赤子を抱き寄せ、ユラリユラリとリズムを取ってあやす悟空。 だけど一向に泣き止む気配が無く、それどころか彼が近くに居れば居るほどに彼女の声はボリュームを上げていく。

 

 周囲を見て、顔色を窺えば孫悟空が顔を引き締める。

 

 ――――途端、彼の腹から騒音が聞こえなくなる。

 

「いやぁ悪い悪い。 オレはかなりの大飯ぐらいだからな、あんだけじゃ足りなくてよ」

「さ、さすが魔法使い殿……カロリー消費も特別すごいものだ」

「え、えぇそうねぇ」

 

 いまだ引きつる桃子を余所に、孫悟空が彼ら家族に手のひらを向ける。 自身の顔の真横に添えられた手。 大きくもあり、暖かさを感じるそれを皆が見ると。

 

「んじゃ、オレはもう行くからな。 飯、ありがとう」

「あ……」

 

 席から立ち上がり、玄関口へ向かう彼。 その姿をまたも見送る士郎は、思う。

 

「…………俺は、どうするべきなんだ」

 

 彼から言われた『次はない』という言葉。 それを忠告だと受け取るか、それとも警告と受け取るかは個人の自由だ。 でも、あの鋭い碧の瞳が訴えるのだ。 この先もしも同じ過ちを繰り返せば、本当に取り返しがつかなくなる。

 

 だけど、だ。

 

「…………守りたいものがある、なら、俺はまだ……」

 

 この仕事から手を引くには、自身はまだあまりにも守るべきものが多すぎる。 せめてもう少し、後もうひと踏ん張りで“ケリ”が付きそうなのだ。 けど、それを達成するには力が足りなくて。

 

「――シロウ」

「は、はい?」

「お前はいろいろ頑張って、皆のために必死こいて戦ってる。 オレはそう言うところを尊敬してる」

「え、あの!?」

「オレは、結局自分本位だしなぁ。 そこのところ、夜天にも言われたことがあったっけな」

「カカロットさん?」

 

 朗らかな碧の目が士郎を見る。 その中にある心情を読み切れるほどの力量を彼は持ち合わせてはいないが、それでも、この中を漂い始めた空気だけはわかる。

 

 目の前の人物は……

 

「オレが問題を解決してやんのは簡単だけどな、それはやっちゃいけないと思うんだ」

「……」

「そこで考えたんだ。 どうすればお前の悩みを解決できるか」

「…………」

「道場に行くぞ」

「!!?」

 

 戦いを、望んでいるのだと。

 

 

 

 その眼は冷たかったと、高町士郎は数年の時を過ごした後語った。

 けど、どうしてだろうか。 その眼をこちらに向けてくる青年の顔が何となく笑っているように見えるのは。

 戦うために生まれ、戦うことを生きがいとし、戦いで世界を救う存在。 孫悟空がこの世界で何かを変えるとしたらやはり……戦いでしかない。

 

 高町士郎の運命は、ここで大きな岐路に立たされていた。

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

リインフォース「27敗5勝。 なぜこうもババ抜きが弱いのだろう、私は」

アリシア「うーん、とくにねらって引いてるわけじゃないのになぁ~ あ! こっちにしよっと」

リインフォース「……ぁ」

アリシア「やた! あっがりー!」

リインフォース(半泣)「……」

アリシア(焦)「あ、あの、おねぇさん……?」

夜天さん「じかい、魔法少女りりかるなのは……はるかなるごくうでんせつ、だい……」

アリシア「あ! あぁ! 第74話!」

夜天さん「プレシア大歓喜!! 界王神、一生の不覚!」

アリシア「あのね、おねぇさん。 こんどは別のにしよ?」

夜天さん「で、ではポーカーを……」

アリシア「え、えっと…………あ、ダメだ、アリシアの負け。 ほら、2のツーペア」

夜天さん「――――――――ブタです」

アリシア「あ、あの……その……ご、ごめんなさい」

夜天さん「…………どうせわたしなんか」

アリシア「おにぃさぁぁん! 早くかえってきてぇ!」


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