魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第74話 プレシア大歓喜!! 界王神、一生の不覚!

 先に行ってろと言う声を聴いて道場で座して待つこと5分が経過した。 独り、この中で待つ間に思い出されるはおとといの惨劇と奇蹟。

 あまりに唐突で、どこまでも圧倒的な存在を思い浮べれば、高町士郎の耳に異音が飛び込んでくる。

 

 神聖な道場に、一陣の風が舞い込んできた

 其れは空間を裂く音。

 其れはこの部屋に異物が混入した証し。

 どうやって? どのように……? 想うことは数多くあれど、その質問はたったの一言で切り捨てられる。

 

「オレは、魔法使いだからな」

「……そう、ですか」

 

 だからこれ以上は聞かないし、この先疑うこともしない。

 彼が特別なのは今に始まった事ではないし、その特異な技の数々を解明しようとするのは愚かしい事である。 だから高町士郎は、ここから先の事だけを考える。

 

「ほら、持てよ。 お前たちミカミの人間は刀つかうんだろ?」

「……わかりました」

「あ、あなた!?」

 

 桃子は夫の正気を疑う。

 相手はいくら魔法使いと言っても杖も無ければ重火器の類いもない。 そもそも、手荷物の一つも持たないでこの道場に素足のまま立ち尽くしているのみ。 構えも、型もないその姿は只の一般人だ。

 それでも、夫は彼に武器を向けるのだ。 正気を疑うのは無理もない。

 

 だけど、士郎は正気だからこそ武器を向けたことを彼女は知らなかった。

 

「随分物わかりがいいな、オレはてっきり――」

「貴方の実力なんてあの時の出来事を見てしまえば一目瞭然です。 奴等はどれも手練れが多い。 それを何の動作も見させないで片づけた貴方に、遠慮なんていらないはずですから」

「そうか」

 

 それでも、彼に届くかなんてわからない。 

 士郎が緊張する中、相対する彼……孫悟空は自然体を崩さない。 あまりにも張りつめた空気の中に置いて、涼風を受けるが如く黄昏てる彼に士郎は何の掛け声もなく小太刀を振るう。

 

「せい!!」

「……」

 

 風が舞い、孫悟空の足が横にスライドする。

 襲いかかる縦一線を右へ流れる体捌きで躱すと動かした右足を踏み込む。 軸足となった右を一気に伸ばし、そのまま左の足を振りあげると士郎の右側頭部へと襲い掛かる。

 

 あまりにも速い攻撃に、だけど士郎の目は彼の足を捕える。 相手の攻撃の流れを読み、小太刀を二本その間に構える。

 

「くッ!?」

 

 まるでハンマーで殴られたような衝撃。

 人体が起こしていい攻撃力を遥かに超えたそれは士郎を道場の隅へと吹き飛ばす。 あまりのことに目の前が揺れるが、頭を振って思考力を取り戻す。

 

 その瞬間、目の前を金色が埋め尽くす。

 

「――ッ!」

「躱したか、ここまでは付いてこれるのな」

 

 しゃがんだ士郎の頭上を通過するのは悟空の足だ。 左脚を軸として、勢いだけで振り回された胴回し蹴り。 それを見た瞬間に、士郎はその左脚に向けて小太刀を振るう。

 

「よっと」

「――!」

 

 躱した、否、跳んだのだ。

 其れは空中に身体を預けるという事。 人間に翼はない、ならば空に飛んでしまえば身動きは絶対にとれない。 圧倒的な好機に士郎は全身に力を込める。

 

「虎乱!」

「…………」

 

 御神の技の一つである斬撃を打ち、孫悟空を切り裂く。 切り、裂いたかのように見えたのだ。

 

「…………バカな」

「う、そ……」

 

 士郎は当然として、桃子は己の目を疑わずにはいられない。

 確かに夫の攻撃はあの青年に直撃したのだ。 必殺の構えから放たれた虎乱をその身体で受けたのだから斬撃音も聞こえてきた。 だけど、だ。 なぜなのだ、彼の身体から聞こえてきたのは盛大な金属音。

 なにかとてつもなく硬い物体を切りこんだかのような衝撃が伝わったのはどういうことだ?! 士郎も桃子も、耳を疑い目を疑い……青年の技に驚嘆する。

 

「どうだ、硬いだろ?」

「俺はいま夢を見ているのか……? なまくらじゃないんだぞ、真剣なんだぞこの小太刀は……!」

「どんなにスゲェ武器も強さは一定だ、けど、人の身体の強さは上限がねぇ。 やろうと思えばこんなこともできる!」

 

 言うなり悟空は空中で一回転。 そのまま足を振りあげれば踵を士郎に向けて落す。

 

「ぐ?!」

「逃げるばっかりか! お前の実力はこんなもんじゃねえぞ!」

 

 まるで自身の全てを見透かしたかのような青年の声は、激励。

 ここから先へ、今より前へ。 どこまでもを目指せと言わんばかりの声に士郎はついにその目を見開く。

 

「やってやる! …………神速!!」

「そうだ、お前たちにはそれがある」

 

 高町士郎の見る景色がブラックアウトする。

 しばしの間、そのあとに広がる光景からは色彩が白と黒だけを残し消し飛んでしまう。

 

 これが彼等が使う御神の奥義――神速。

 人間の持つ脳の処理を全て視力に注ぎ込み、超絶的な動体視力を手に入れるという身体機能の局地的倍加。 その眼は弾丸をもスローモーションにさせ、あらゆる速さを持つ戦士の動きすら捕えて見せる。

 孫悟空の攻撃を、確かにその目で捕えるのだ。

 

「…………………だが、これは!?」

「早くしねぇとデカイの貰っちまうぞ?」

 

 なぜ、彼は普段通りに動いて見える?

 こちらは世界のすべてを常識外の速度を持ってとらえているはずだ。 この目を前にすればすべての動作は亀よりも遅く見えるはずなのになぜ!?

 焦る士郎を笑うかのように平常運転の孫悟空は、そのまま“ゆっくり”とケリを迫らせる。

 

「…………………う、ごけ!」

 

 ここで神速の弱点が襲い掛かる。

 士郎が悟空の攻撃を前に二の足を踏んでいるという訳ではない。 これは、そう言う技なのだ。 そもそも、この神速というのは視力を強化しているに過ぎない、だからあとはすべてごく普通の機能をするだけだ。

 つまり、あまりにも速い思考速度に身体が追いついていないのだ。

 かつての恭也の言葉を借りるのならば全身を硬いゼリーに固められた感触。 水中に沈んだ時の数倍ほどの負荷を身体に受けた状態をいま、士郎は体感しているのだ。

 

 その中で士郎が何とか悟空の攻撃を掻い潜ると――

 

「もう一丁!」

「なに!?」

 

 第二の攻撃が彼を待ち構えていた。

 もう何が何だかわからない! 士郎が集中を切らせば奥義がカラダから消えていく。 思考の加速は完全に途絶え、彼の攻撃を目で追えなくなってしまう。

 

「ぐぅぅ!?」

「ほらほらどうした!」

 

 雨アラレの蹴りの応酬。 マシンガンが如く飛んでくる蹴りに、ここで士郎はようやく気が付いた。

 

「……さっきから足ばかり……やはりと思ったが手を抜かれている……!」

「オラもあんまし乗り気はしねぇ戦法だけどな、でもなかなか効くだろ?」

「――――ぐぅぅ!!」

 

 なにか、大変な失敗をした気がするがそんなことに頭が回らない士郎は小太刀を振るう。 攻めだ! 攻撃を仕掛けなければ勝てるモノも勝てない!! この人相手に様子見だとか、好機を伺うなんてものはありえない!

 初めから勝てないのは分っていたはずだ。 ならばもう全力を振り絞るだけだ!!

 

「う、うぅぅぅおおおおおお!!」

「そうだ、もっと踏み込んで来い!」

「コノオオおおおおお!!」

 

 全力を出さなければ、その先を進むことなんか出来やしない。

 付け足す彼はそのまま斬撃を足だけで受けきる。 ここは道場だ、ならば土足現金なここに靴など履くはずもなく、斬撃を受けきる彼の足は素足の筈だ。

 でも、なぜかその足で彼は二本の小太刀を受けきるのだ。 ……その時点ですでに常識外で規格外。 士郎が敵う相手ではないのは明白だ。

 

「そこがおめぇの限界じゃねぇだろ! 出し惜しみすんな!」

「こ、れ、しきッ!!」

「そうだ! もっと全身から力を爆発させろ! おめぇの限界はそこじゃねえ!」

 

 それでも、なぜか剣を握る手が強くなる。

 戦いとはこのように熱いモノだったのか? ……いままで、戦となれば血が飛び交い、それを見るだけで心にうすら寒い感覚がよぎってたではないか。 ではなぜ今はこんなにも熱くたぎる?

 からだが、無謀とわかっていても立ち上がろうと足掻く?

 

「ウォォオオオ!!」

 

 叫ぶ士郎は神速を発動。 だがその目に映る彼はやはり何時も通りの速さだ。 足りない、まだ先を踏み出せ? これ以上何をしろっていうのだ。 ……いいや、まだやっていないことがあるはずだ。

 

「――神、速!!」

 

 全ての景色が、その場で止まる。

 神速の上からさらに神速を発動したのだ。 その視界に映るすべてが制止し、高町士郎の速度にすべてが追い抜かれていくさまは一人、時間という枠組みを捨て去ったかのようだ。

 超越した別時間の中で、士郎は小太刀を携えた己が右腕を前に突き出した。

 

「―――――ッ!」

「………………やるなぁ」

 

 褒める声。 この超速度を誇る世界の中で今もなおかけられる声にさすがに驚くことを放棄したのは士郎だ。 彼は手に持った小太刀の感触を確認すると冷や汗を流す。

 

「――――足の時よりもさらに硬い……!」

「さっきよりも数段手ごわいぞ?」

 

 遂に届いた士郎の攻撃。 と言っても相変わらず胴体ではなく防御の上からではあるが、それでも彼に手を出させたことは最大の進歩だろうか。 ……しかし。

 

「――――指一本で抑えきられるのは納得いかない!」

「悪いな」

 

 少しだけの謝罪が終われば、彼等を中心に剣戟の嵐が巻き起こる。

 せっかく超えた自身の限界を、それでもいとも簡単に防いで見せた存在に届けと咆えんばかりに。

 剣を振るえば指を払い。

 剣線が変われば腕の角度を変えて対処する。

 

 圧倒的な攻撃は、涼風の如く受け流されていく。

 

「――――く!」

「どうした、息が上がって来てるぞ!」

「まだまだ!」

 

 明らかにおかしい現象が桃子の前で引き起こされていた。

 夫は小太刀を二本構えて、尚且つ目にも止まらない域で振り続けているというのに、対するあの青年は腕一歩どころか指一本で対処しきっている。 ほぼ同時に放たれた剣戟ですら片指を高速で掃い、弾き飛ばして見せる。

 既に人間の域を超えた速度の筈なのに、それすらも超えて青年はただ静かに佇んでいるのだ。

 

「―――――!!」

「……」

 

 最後の剣戟が終わる。

 お互いの目を見合いながら、双方武器を仕舞い込んでいく。

 

「お前が使うミカミってのは言ってしまえば人間の限界を極めた戦い方だ」

「……そう、ですね」

「あの剣の振り方もなかなかだったし、何よりいきなり反応が良くなるあの技は正直言って反則に近いだろうな」

 

 ――貴方の強さの方がよっぽど反則です。

 内心そう思った士郎だが、ここでその言葉を出すことはなかった。 そんな彼の姿に何を思ったのだろうか、悟空はそのまま目を瞑りだしてしまう。

 気に障ったか? まさか心を読まれたと思った士郎は、不安ながらに悟空の背後に居る桃子に視線を配る。

 彼女も気持ちは同じなのだろう。 右手を頬に当てながらゆっくりと俯生き加減になっていく。

 

「モモコ、いま右手をほっぺたに持って行ったな?」

「え?」

「…………まさか」

 

 高町士郎はここで孫悟空という、否、カカロットと名乗った彼の強さの片鱗を味わう事となる。

 今まさに背後、丁度死角になっているはずの妻が取った些細な行動を、見事に言い当てた彼に戦慄が隠せない。

 

「貴方は殺気の無い人間の行動が読めるのですか……!」

「読むっていうよりかは感じるというところだな。 相手の“気”を感じ取り、その動きを追う。 そう言った修行を随分昔に教わったんだ」

『…………』

 

 絶句とはこういう時のことを言うのだろう。

 魔法使いの次は気功使い。 この男の職業がいよいよ分らなくなって来た夫妻は、遂に言葉を出すことを忘れる。

 

「なんだお前その顔。 さてはオレの話が信じられないんだろ?」

「い、いやそんなこと…………っ?」

 

 悟空がカラカウようににらみを利かせる刹那、高町士郎はなぜか右後方に視線をやる。 だが、そこには何もない。 ただただいつも通りの茶色い床板が広がるだけだ。

 

「……なんだったんだ、今の」

「見てろ、いま気ってなんなのか見せてやる」

「――え! あ、はい!」

「……なにをするのかしら」

 

 言うなり右手を差し出した悟空。 その手を夫妻が見つめる中、彼はおもむろに指を一本だけ突き上げる。 数字の壱を表す手つきだが、士郎の目にはさらにもう一つ見えてくるものがある。

 

「……指が」

「光ってる……?」

 

 桃子にもそれが見えるあたり、特別な才が無くとも見えるくらいに力を伴う現象なのであろう。 霊的だとか、オカルトチックなものではない自然現象を見た士郎は、悟空の瞳を見つめる。

 

「その光が、さっきから俺の剣を弾いていたモノの正体」

 

 小太刀と言っても真剣だ、触れれば切れるし振り下ろせば両断できる。 そんな代物を真っ向から受け止めた彼の身体にこんな秘密が……知ることが出来た事実に感嘆の声を上げつつ。

 

「え? あ、いや。 アレは普通に防いだり蹴ったりしただけだ」

「……は?」

「気を使ったのはこれが最初だ。 それより前は全部生身だぞ」

「…………そんな馬鹿な」

 

 まぁ、指先にほんの少しだけ集中させたけどな。

 そんな言葉が在ったとしても、あまりにもあんまりな事実に、高町士郎の常識は瓦解の一途を辿るのであった。

 

「元気だとかやる気、それに死ぬ気だとか言うだろ? ああいったモンを出すとき、人間ってのは普段もつ力の数倍のパワーを発揮したりするもんだ。 それはな、普段は使わない身体の奥に隠された気を、自分が知らないうちに爆発させてるからなんだ」

「それを意図的にコントロールしたのが今の力?」

「そうだな。 でだ、その本来備わってる気は、修行次第で感じ取ったり放ったりできるようになる」

「……なるほど。 さっきのは桃子の気の流れを読んだ……いいや、感じた」

「そう言う事だ」

 

 いろいろと呑み込んだ士郎の顔つきは難しい。 納得できるものからそうでないことが羅列しているのだろうが、残念ながらすべてが事実。 身体の中には普段から使っていない力はあるし、それを使いこなしているのは先ほどの戦闘を思い出せば明白だ。

 戦い方が格闘だけというところに、職業魔法使いという情報に軽い嫌疑がかけられてはいるが。

 

「とまぁオレから言えるのは、お前は確かに強いがそれはあくまでも人間レベルでだ。 オレの師匠のじっちゃんはこう言ってた。 “完成された武道家になるには人間の限界(レベル)を超える必要がある”ってな」

「完成、された……?」

「そうだ。 お前たちの流派は確かにスゲェし、オレも目を見張るくらいの技も持ってる。 だけどその流派の枠組みってのかな? そこん所がどうにもお前をこの先に進めるのを邪魔してる節がある」

 

 守りたいものがあるのなら、人間を捨てろ――

 

 かなり大層なことを言われている気がするが、別に悟空が言いたいのはそう言う事ではない。 其れは、彼の表情を見れば士郎にもわかることだ。

 しかし、だ。 いまさら自身の流派を捨てるのはありえない。 士郎の表情はひたすらに硬い。

 

「ん? 別にミカミを捨てろって言ってるんじゃねぇぞ?」

「……え?」

「ミカミの技に限界があるんじゃねぇ。 “ここまで”がミカミだとお前が勝手に決めつけてるのがいけないんだ」

「ここまで……?」

「そうだ。 技ってのは磨き上げるもんだろ? なら今までのミカミをもっと上に持ってくことだってできるはずだ。 もっと周り観てみろ、スゲェことしてる奴がわんさかいるから」

 

 足りないモノはすべて持ってくればいい。 それが肌に合わなければ使わなければ済むことだ。

 強さを受け継ぐことは大切だ。 だけどそれだけに縛られるということは、そこを自身の限界にしてしまう事。 強さとは、過去というのは乗り越えなくてはいけないモノなのだ。

 そして、すでに今の道に限界が来ているというのなら方向を変えればいい。

 

 孫悟空が、カカロットと名乗った青年が横を向くと士郎も釣られてその先を見る。 そこに広がるのは木製の床板。 只々綺麗に磨き上げられたそれは、毎朝の鍛錬と同じく行ってきた掃除の賜物だ。

 その、綺麗さをいまさらに思い知ったのは今まで気に留めなかったから。

 

 世界はこんなにも穏やかで美しい…………どうして今まで気が付かなかったのか。

 

「――――――っ!?」

「お? 今の避けたか」

 

 ――――どうして、今まで気が付かなかったのか。

 不意に、自身の右側頭部をかすめそうになったなにか。 その飛来物に視線を向けることなく身体を捻っただけで躱した士郎に、悟空はちいさな賛美を送る。 ……つまり、今この飛来物は悟空が仕掛けた物だという事であり。

 

「さっきから結構吹っかけてたんだけどな。 ようやく躱したか」

「え……? まさかいままで頭のそばで違和感があったのって!」

「オレがすぐ後ろでケリ入れてたんだ。 こう、高速移動の誤魔化しでな」

「…………出鱈目だ」

 

 ずっと目を見て話してましたよね!?

 

 半笑いすらこみ上げてくる士郎の質問だが、答えは案外簡単だ。 人間、同じ景色を目にしていたとしてもわずかな一瞬だけ完全なる隙が出来る。 そう、人間の生理的現象の一つである“まばたき”だ。

 その、本当に一瞬でしかないタイミングで士郎の後ろに回り込み、蹴りを振り抜き元の位置に戻る。 これを無音で尚且つ気が付かれないくらいの速さで行う彼の異常さは物理法則すら平気でシカトしているはずだ。

 なんとも、恐ろしい男である。

 

「心を静かにして、周りにある気配を感じ取ること。 これがまず最初だな」

「御神流……“心” それをどこまでも研ぎ澄ませたのが今の……特に意識していない、何も考えていなかったのに奥義を発動していたのか……」

「空のように静かに構え、雷のように鋭い一撃で打つ。 オレのまた別の師匠の言葉だ」

 

 簡単に言うがかなり難しい。

 言葉だけでしか理解が及ばない士郎は、そのまま悟空を見る。 あまりにも、静か。 だけどその奥底では途轍もない爆発力を秘めているのは先の戦闘で解る。

 

「ここから先は自分でやってみろ。 オレがこれ以上教えることはねえ」

「……え?」

「…………あんましちょっかい出すと夜天の奴にどやされるからなぁ」

「カカロットさん?」

「いや、なんでもねぇ」

 

 どうやら彼のチョッカイはここで終わるようだ。

 どうしても、こればかりは気になって仕方がなかった彼の未熟さと命の危うさ。 腕前の割には、あまりにも背負うものが多すぎる彼はいつかその身を危うくしてしまい、数多くのヒトを悲しませるだろう。

 その証拠が初対面のあの騒ぎ。

 あのまま悟空が来なければ本当にどうなっていたかわからぬ彼に、悟空はちいさな切っ掛けを与えることにしてみたのだ。 ……あの男が、そこまで考えていたかは測りかねるが。

 

「とりあえずオレはもう行く。 仲間がそろそろ心配するからな」

「いつか、会えますか……?」

「どうだろうな。 オレは、本当ならここにはいちゃいけない人間だ。 すぐ消えちまうだろうからなぁ」

「それってどういう――」

 

 士郎の疑問に、だけど悟空は答えない。 少しだけ悪戯っぽく笑うと、そのまま人差し指と中指を突きだした右手を額に持って行く。 ……そのまま、世界に意識を張り巡らせていく。

 

「いつかまた会おうな。 ……あ! もしもこれから先――」

「え?」

「…………なんでもない。 また、今度な」

 

 言おうとしたことは未来への布石。 だけど、それは言わなくてもいいことだ。 この夫妻ならば、きっと迷い込んだ自分を何も言わずに助けてくれる。 そう、心に仕舞い込んで…………――――

 

「…………消えてしまった」

「本当に不思議な方……」

 

 この世界の夫婦の前から、消えていくのであった。

 

 

 この数年後、海外のとあるマフィア団体と裏組織のいくつかがたった一人の双剣士の手によって壊滅させられるのだが、其れは本編とは関係の無い話である。

 

 

 

 

 

 

 ――――――…………物語は、再び元のメンバーに戻っていく。

 

「……帰ってきましたか」

「おっす!」

「あ、おにぃちゃん!」

 

 瞬間移動の風切り音と共に、悟空の足元に小さな衝撃が加わる。 その正体が幼い少女が抱きついてきたものだと、視線をおろして確認した彼はそのまま彼女の脇の下に手を差し入れていた。

 

「ただいま!」

「わぁ! 肩車!」

 

 あっという間に無敵の城が完成する。

 そのあまりにも堅牢な高い塔にご満悦なアリシアは、元気よく綺麗なツインテールを揺らしている。 元気溌剌、時空レベルで迷子中の割には良い傾向である。

 

「オラが居なくなってからそれなりに経つけど、なんか変化はあったか?」

「いいえ、至って無反応です。 ……あの男はなにをやっているのやら」

「……そうかぁ、アイツまだオラたちの事をみつけてねぇんか」

 

 つぶやいて見せた悟空は、まるで息を吐くかのような動作で頭髪を金から黒へと変えてやる。

 

「わっ!?」

「はは! 驚かせちまったか?」

「うん、びっくり」

 

 超化からの変化に声を上げたアリシア。 当然だろう、彼女は今現在悟空の肩の上で祭られている状態だ。 目の前にあった逆立つ髪が、何の前触れもなく髪型ごと色が変われば驚きもする。

 その姿を見たリインフォースは、少しだけ悟空に詰め寄る。

 

「……高町士郎の方は大丈夫なのですか?」

「あぁ、ケガも順調に良くなって……」

「いいえ、そうではなく。 “貴方が余計なことをしていないのですか?”と聞いたのです」

「…………~~♪」

「なぜそこで顔を背けるのです? 口笛もやめなさい」

「はは!」

「笑ってごまかすのもなしです!」

 

 なら、抵抗できる武器はもうないな。

 大げさにお手上げのポーズをとった悟空は、今まで腰に巻いていた尻尾を解きながら陽気に構えて姿勢を崩さない。 彼独特のスタイルに、さしもの祝福の風様も追及の手をとりやめてしまう。

 

「しかしどうしたもんかなぁ。 このままオラたちが居た時間まで過ごすのも問題ねぇけ……」

「アリシアのことを考えるとそれはまずい気もします」

「だな。 プレシア、せっかく会えたのに大人の姿になってちゃあいろいろ複雑だろうし」

 

 問題はまだかなりある。 帰還と、現状の打破、そしてあの男との連絡手段とetc.……それにこのまま問題を先送りにしてしまうと、もう一つの問題が浮上してしまう。

 

「私の中にある、闇の書の暴走プログラムの件もあります」

「え? それってあんとき……?」

「完全には消せていないのです。 あれはもう、私を構成するうえで核となるようにプログラムを書き換えられてしまっている。 ……私の血肉そのものだから」

「……夜天」

 

 あまりにも、複雑な顔だ。

 そのときの彼女の顔が、本当にどうしようもないとあきらめているように見える。 ……俯き加減に影を作る彼女を、もしもはやてが見るなら悲しむであろうくらいに……

 

「早くもどらねぇとな」

「えぇ」

「あんな化け物が出ても、オラがかめはめ波で太陽まで飛ばしゃいいけど、それ起こすたびにはやてが泣きそうになるんはイヤだからなぁ」

 

 後頭部を軽く掻いて、どこか虚空を見上げる彼。 その姿は本当に物のついでといった感じで、彼女の本質的問題をものともしないように見える――いいや、実際にものともしないのであろう。

 

「……貴方がこの世を去ってしまったら、止めるモノが居なくなるのですよ…………なら、わたしは……」

 

 だけど、彼女が言いたいのはそう言う事ではなくて――――

 

 

「うっし! それ解決すんのもまずは現代に戻ってからだな!」

「……えぇ」

 

 空気一転。 孫悟空が両手を叩くと話題が変わる。

 変更先は例の謎の男。 彼との接触は現代への帰還の最大のカギである。 でも、彼の事をまったくといっていいほどに知らない二人はここでいきなり座礁する。

 

「この時代にもあいつが居ればいいんだけどなぁ」

「彼の気を追えそうですか? 貴方の瞬間移動が唯一の頼みなのですが」

「…………それが結構まえからやってるんだけどなぁ」

 

 そう、彼と接触する術を持たない。

 いくら超常の身と言っても出来ないモノは出来ない。 ここで露わになる疑問に、双方頭を抱えるのは当然のことであった。

 

「……あーあ、あの変な人が見つけてくれればいいのに」

「だな。 オラも悪かったとはいえ、助けんならもうちっときちんとしてもらいてぇぞ」

「……!」

 

 つまらなそうに悟空の頭部でブー垂れるアリシアに、上目で一緒になってやる悟空。 けど、その横でリインフォースが目を見開いていた。 その赤い目を、まるで宝石のようにきらめかせながら。

 

「そうです! 見つけてもらえばいいのです!」

「……?」

「最初、貴方が言ってたではないですか! その内、自身の気を追ってこっちに来る……と」

「いったけどよ、現にこうやって助けはこねぇだろ?」

「なら気が付けるくらいに目立てばいいのです」

「お?」

 

 まだわからぬ彼に、リインフォースは順を追って説明していく。

 やり方は簡単だ。 適当な場所で、孫悟空が気を全開放するというとてもあっさりした作戦だ。 しかし其れにはやはりリスクはある。

 

「――――説明したとおり、貴方のフルパワーを発揮して空間に歪を作ります。 これは、時空に干渉するジュエルシードとの相互作用を見込んでの作戦ですが、問題があります」

「なんだ?」

「時空に作用させるということは次元振を起こすという事。 つまり、管理局に発見される恐れがあります」

「なんだそれだけか? だったらリンディに――」

「その彼女もまだ当事者ですらない赤の他人です。 それに彼女が私の存在を知れば敵意を向けるのは火を見るよりも明らかでしょう」

「……そっか」

 

 過去の爪痕はなによりも大きい。

 遺恨を残す相手に最大限の警戒をしつつ、リインフォースは作戦を展開していく。

 

 

 

 ……さて、今回彼らが降り立ったのは地球から数百ほど離れた次元世界。 管理外世界と呼ばれるそこは、やはり原住民の居ない野生が全てを支配する無秩序な世界である。

 

「なんとか都合のいい世界が見つかりました」

「だな。 ここならオラが多少騒いでも平気そうだ。 地面も……お、かてぇ!」

「わー……おっきいトリさんだぁ」

 

 恐竜に翼竜に草食竜。 様々な種別の動植物が跋扈(ばっこ)するなかで、孫悟空はあたりを見渡していた。 いつも通りに肺に空気をため込むと、そのまま両腕を力強く引き締める。

 

「ふぅぅぅ」

 

 拳を握り、全身に駆け巡る力を操れば、まるで目を開くかのように力を開放する。

 

「はっ!!」

「あ! さっきの金髪の姿!」

「超サイヤ人、彼等はそう呼ぶみたいです」

「すーぱーさいやじん?」

 

 全身から解き放たれた黄金の気が周囲を照らせば、そのまま彼は身体を屈める。 まさしくこれからさらに力を籠めますよという姿勢に、そっとアリシアの前に立ったリインフォースは薄い膜のような物を張り巡らせる……結界の一種の様だ。

 

「だぁぁぁああああッ!!」

「きゃあ!?」

「全身に稲妻が走りましたね。 ……超サイヤ人の上位形態」

 

 蒼電が身体を走り抜け、更なる力の爆発が巻き起こる。 火山の噴火を連想させる彼の所業に、この世界の姿も相まってジャイアントインパクトを思わせる。

 恐竜が、一斉に逃げていく。

 大地が陥没し、空間が揺れる。

 世界が泣き叫び――――空に浮かぶ雲が消え失せる――!!

 

「ユニゾンなしでここまで」

「修行の成果だな。 クウラとの戦いで初めてこの姿になった後から秘かに修業してよ、何とか自力で成れるようになった」

「さすがですね、孫悟空」

「いいや、まだだ!」

「……?」

 

 ここまでが、彼の限界だと思っていた。

 この姿がサイヤ人の到達点だとリインフォースは勘違いしていた。

 

 違うのだ、彼等戦闘民族の“底”というのはたかが世界を震撼させるだけでは飽き足らないのだ。

 そうだ、彼女は見ているはずだ。 あの無双を誇る戦士が、どれほどの力を爆発させていたかを。

 

「超サイヤ人を超えた超サイヤ人……それがこれだ、けど……っ!」

「ま、まさか!?」

「こ、これが……!」

 

 孫悟空の肉体の変異が収まらない。 いいや、正確にはその内面の流れが更なる加速を開始したのだ。

 気の圧倒的な増幅と、それを制御する身体の強化。 そう、無暗やたらな筋肉の増加ではなく、身体の質を一気に変えてしまう彼の……かれの――――

 

「超サイヤ人の壁を超えた、超サイヤ人の……っ! その! さらに壁を超えたぁぁぁあああああああああアアッ!!」

『――――――ッ!!』

 

 力の増幅が限界を超えた。

 明らかな以上に世界が戦慄き、大地が悲鳴を上げるかのように地割れを引き起こす。 世界を崩壊させる勢いを携えたそれは攻撃ではなく、変化。 ただ、姿が変わろうとしているだけで世界が怯え竦む。

 いったい何をしようというのか。

 いったい彼はどこまで強くなってしまうのか。

 

 かつて、力の塊だの破壊の権化だのと言われたが、そんなものはこの存在に比べれば赤子のような物ではないか?

 

 リインフォースが驚愕に顔を染め上げる中、彼の変化はついに――――

 

 

 

「――――――――…………ストップ! ストーーップ!!」

『!!!?』

 

 その変化に待ったをかけるモノが来た。

 

 空間を割り、涼しい風と共に現れたのは……異国の衣装に身を包んだ人外の男であった。

 

「あ! 変な人!」

「へ? へん……?」

 

 ……いろいろと台無しではあるが。

 

 アリシアの指さし呼称の後に流れる汗。 いきなり現れた男の額から零れたそれは、地面を小さく濡らしている。 ……そこまで、動揺するモノだろうか?

 

「こ、こほん! 先ほどはすみませんでした。 まさか悟空さんの姿が元に戻ってしまうとは思わなくて」

「……っ」

 

 あっけらかんと謝罪を述べた男に、超化を解いた悟空はゆっくりと近づいていく。

 相変わらずの異国の服装と、見たこともない肌の色。 薄い、青? 青白とも見れるそれは、彼が人外だということをひと目で表している。

 その、神秘的姿からくる威圧感は既に失墜しているとしてもだ。

 

「それにしても相変わらずの物凄いエナジーでしたよ、おかげであなた方の位置を特定できました。 それにしても時が経ち、衰えてもここまでできるのはさすが……あぁ!! いや、何でもないです!!」

『??』

「は、あはは!」

 

 ……夜天の使いが一気に視線を鋭くしたのは言うまでもないだろうか。

 いろいろと鈍いところがある孫悟空の御守りを一手に引き受けている彼女は、まさに正反対な敏感さで男の失言を拾う。 ……さぁ、訊問の時間だ。

 

「いま、悟空が衰えていると言いましたね?」

「……ぎく!?」

「それはつまり、彼の力がこんなものではないという事でしょうか?」

「…………っ!」

 

 息を呑む。 まさかの事態だと思っているのだろう。 青白い男の皮膚から一気に汗が吹き出していく姿は、アリシアの幼い視線から見ても異常の一言だろう。

 

「それに姿が元に戻るって……貴方は、あの子供の姿が彼の本来の姿とでも言うのですか?」

「いや、それは違いますよ! 悟空さんはですね――」

「ほう、孫悟空が?」

「…………あ、いやぁ……その……」

 

 高身長、高圧的な衣服の彼だが、なぜだろう、存在感がアリシアを下回った気がするのは。 男の背は丸くなり、ただひたすら「いやぁ」だの「そのぉ」だのとのたまわるばかり。 ……だけど、だ。

 

「まぁまぁ、いいじゃねえか」

「しかし」

「助けに来てくれたんだからさ、早く連れてってもらおうぜ?」

「……まぁ、貴方が言うのなら良いのですが」

「―――ほっ」

 

 孫悟空はそんな男を責めはしない。 あまり気にしないのが彼のいいところだ、ここはそのまま話を変えるべきだろうか。 リインフォースが手を引き、青白い男がそっと息を吐く。

 

「まぁしかし、貴方の疑問も当然でしょうね。 私が何者で、悟空さんの事を知っているのはなぜだとか。 ……全てをお話することは出来ないのですが、それでも話せることはお伝えしましょう」

「……いいのですか?」

「はい、いずれはこちらから接触するつもりでしたし。 ……丁度いいですし、ひとまず向こうの騒動が終わるまでこちらの世界に招待しましょう」

『こちら?』

 

 ニコヤカな男はそれだけ言うと、皆の手を集める。 悟空、リインフォースにアリシア、彼女たちの反応はそれぞれだが、訝しげなのはやはり夜天の使いさんであろうか。 彼女は赤い目をジトリと濁すと、それだけで人が殺せそうな視線で男を射抜く。

 

「そんな目で見ないでくださいよ!?」

「すみません、なんだか貴方を見ていると無性にイライラが……」

「そ、そんなぁ」

 

 理不尽極まりないセリフにライフポイントを削られながらも、男はここに宣言する。

 

「本来なら人間のみなさんを招待することはないのですが、貴方がたの世界は中々監視の目がキツイ上に、ある方に会ってもらわないといけないので……」

「あるかた?」

「はい。 だからまず、私たちの世界―――世界の最果てと始まりの場所、界王神界に招待します」

『!!?』

「……カイカイ」

 

 皆が驚きの表情をする中、男が小さく呟く。 それを最後に、この“世界”から孫悟空が消失する…………――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻……? 新たな、世界。

 

 

――――――――――――…………世界が、かわった。

 

 其処は碧、そこは青、そこは白。 様々な色合いは、だけど全てがごちゃ混ぜになっているという意味ではない。 

 豊かな、そう、豊穣を思わせる景色なのだ、この世界は。 まるで生命の息吹であふれかえっているこの場所は、なんとも不可思議な気分にさせてくれる。 ……そして、この場所を見た時に一番の反応をしたのが彼女だ。

 

 

「な!? 何なのですかここは!!」

 

 

 リインフォースが周囲を見て驚愕に顔を染める。

 何をそんなに驚いているのだろうか。 分らぬ悟空は、取りあえず放置することにしたようだ。 ……世界を、歩きはじめる。

 

「へぇ、結構デカい星だな。 感じ的に大界王星みてぇだけど、もっとでけぇな」

「えぇ、それはそうですよ。 なんといっても貴方の住む地球の神を束ねる界王、さらにその界王を束ねる大界王。 そしてその大界王を統べる全宇宙の正しき神、界王神の住む聖域なのですから」

「そうなんかぁ」

「ほぇ~~」

「……界王、神」

 

 参者三様のリアクションは見ていて飽きない。 ……いいや、内二名はほとんど同じアクションではあるが。 それでも、話の内容を大体把握したリインフォースは、自称神さまだとのたまう男に鋭い視線を飛ばす。

 

「では、貴方はその界王神だとして、なぜ私たちをここに導いたのですか?」

 

 当然の質問だ。 相変わらず、視線だけは鋭いのだが。

 しかしそんな瞳に臆することなく、ようやく余裕を取り戻した自称神さまは、言う。

 

「悟空さんと貴方を、救うためです」

「……私を?」

「はい」

 

 まさかの回答に、リインフォースの瞳が丸くなった気がする。 呆気に出も取られたのであろう、言葉を発することもなく、歩き始めた悟空と自称神さまの後ろをついて行く。

 

「…………なぜ、でしょうか」

 

 その問いは当然だ。

 本来、というか神さまというのは昔から平等で、誰も嫌わなければ誰をも愛さない。 そうだ、誰かが不幸になろうとも幸せになろうともそれを等しく見守るのが神なのだ。 そんな存在がどうして…………いまさら…………

 

 リインフォースの顔に、黒い影が差す。

 

「勘違いしないでいただきたいのですが、貴方の不幸は私たちではどうすることも出来ないのです。 だからその怒りをこちらに向けるのは筋違いですよ」

「……!」

「そもそも、私たちが管理する悟空さん達の世界と、貴方が生まれた世界……そうですね、仮に管理局が見わたせる世界とでも言いましょうか。 そことは管轄が違うのです。 本来、私などが踏み込んではいけない世界なのです」

「……どういう事?」

 

 曰く、世界は12に分けられているらしい。

 その世界の一つに、途轍もなく広く、果てしない宇宙を持ち、外側に管理する世界が存在する――つまり、あの世と呼べるシステムを持つのが悟空の世界。

 

 そしてもう一つ。 あまり広くはない宇宙をひとつの個として、それを幾多にも内包している雑多な世界。 それが高町なのはが存在する世界。

 

 そう。 管理局が次元世界だと分類しているそれ自体が、創造神たる者達から見れば12あるうちの1つの世界に過ぎなかった。 ……その話を聞いたところであろうか。

 

「…………話が広大すぎて、私の処理を超えている」

 

 リインフォースの常識が一気に瓦解する。

 まさか、今まで幾多の世界を渡った自身でさえ、井の中の蛙だとは思わなかったのだろう。 想わぬ新事実は――

 

「ふーん、すげぇんだな」

「さっきは指さしたりしてごめんなさい」

「あ、いいえ。 いいのですよ、あれくらいで怒ったりしませんから」

「…………はぁ」

 

 あの二人を見ているうちに、いつの間にか消化できてしまったらしい。

 深く、難しく考えている方が馬鹿を見る。 いままでは今まで、これからはこれから――そう、数日前に切り替えたはずなのにこれだ。 自身の根の暗さを戒めつつ、彼女はそっと手元で顔を覆い隠し、すぐさま払う。

 ……見えてきたのは、いつも通りの冷静な表情である。

 

「んで? オラたちに会わせたいヤツってどんな奴だ?」

「あぁ、そう言えばそうでした。 正確にはリインフォースさん、貴方に会ってもらいたいのです」

「……私?」

 

 歩き続ける彼等。 ひたすらに緑が広がるこの世界の岩山をみて、湖を見て、色とりどりの花々を見下ろし、それなりの時間歩いて行ったところであろうか。

 

「ん? 誰かいるな」

 

 人影が見えた。

 小さな泉の端っこで、あぐらをかいて居座っている。 どことなく、長ものを持っていたのならば釣り堀にいる初老のおじいさんだとも取れる絵面だが、生憎この世界で釣りをやる人間はいない。

 では、誰なのか。 それは自称……いいや、界王神が代わりに答えて見せた。

 

「あの方は私の代から7500万年前に界王神をなさっていた方で、いろいろ事情があり、今は大界王神という立場に収まっています」

『だいかいおうしん……』

「…………ん?」

 

 見た目、70過ぎたおじいさんといった感じだろうか。 肌はしおれ、腰は曲って背丈も低そうだ。 座っているから全体像を把握しきれはしないがおそらく亀仙人とタメを張るくらいの背格好だろう。

 

「おまえさん、遂に来おったか」

「え? じいちゃんオラのこと知ってんのか!」

「知っとるぞ、ワシは何でもしっとるんじゃ」

「へぇーそいつはおでれぇた!」

 

 喋り方の方はこちらのお年寄りに軍配が上がる。 若干かすれている感じがするところが、より一層の老齢さを思わせるが、そんなこと悟空には関係ない。 彼はさっさと要件を済ませようぜと視線で訴えかけながら、大界王神の隣へと座りこむ。

 

「ん?」

「なんじゃ、どうかしたか?」

「いやぁ、なんかじいちゃんに会うのが初めてじゃ無い気がしてよ」

「ふん! 男なんぞにそんなこと言われてもうれしくないわい!」

 

 この会話で、リインフォースは大体のキャラクターを把握する。 言うなれば、亀仙人を若干傲慢にした程度のキャラだ。 そしておそらくだが……

 

「もっと若くてプリプリした女子に同席してもらいたいもんじゃなぁー?」

「…………いま、行きましょう」

 

 スケベじじいだという点も共通している。

 どういう訳かこの世界の達人と称され、皆から尊敬のまなざしで見られる存在に限って癖が強い。 悟空の記憶を垣間見ている彼女だからできる静かな対応に、大界王神はすこしだけ目を細める。

 

「……だいぶ酷い有様じゃな」

「え……?」

「こんなに弄繰り回されおって、よほど苦労したじゃろ」

「な、何を言っている……?」

 

 なんだか、大界王神の表情が変わった気がするのは気のせいではない。

 居ないからリインフォースにはわからなかったが、まるで孫をいたわる祖父のような暖かな目は、すぐ近くにいる界王神ですら見たことが無い顔だ。 ……そう、こんな大界王神は見たことが無い。

 ……大界王神だったならばだが。

 

「ほれ、お主そこに座ってみい!」

「あ、はあ」

 

 柔らかかった表情が一転。 なんだか頑固爺のような声を上げると、泉の近くにリインフォースを座らせる大界王神。 彼はそのまま立ち上がると、地面につけていた臀部を叩く。 埃が舞い、それが空気に霧散した頃だろう。 彼は言う。

 

「今からお前さんの機能をもとに戻しておくから、しばらくじっとしとけい」

「え……!?」

 

 それは、あまりにも突飛な発言であった。

 このせかいで、まさか自身の体の事を看破し、尚且つ今が通常のモノではないと見抜いた存在が居たとは……

 これにはさすがに驚き、目を見開いたのはリインフォースだ。 彼女はこの世界で何度目かの怪訝そうな顔をすると、老人に問いかける。

 

「あの、どうして貴方が?」

「……わしはこんな面倒なことなどしとうない」

「ならどうして」

「しらあん!」

 

 なにか、隠し事をしているようにも思えるがきっとどうでもいいことだと思う。 それほどに軽く話題を切った老人に、リインフォースは疑うことを取り下げた。

 

「ほれ、行くぞ!」

「はい……おねがいします」

 

 なにか呪文のような呻き声を発したかと思えば、そのまま老人は手を差し出す。 リインフォースに向けられた手が宙を巡り、何やら意味のある文字を描いたかと思うと――

 

「ほい! ほい! ほい! えいえいえーい ウィー!」

『………………………は?』

 

 踊り、である。 老人が小躍りし始めた。

 

 何らかの儀式だと言い張れるかもしれないが、それにしては動きがコミカルである。 ……コミカル? 果たしてこれはその様な言葉で飾っていいのだろうか。 中々疑問が尽きない動きである。

 

「あ、あの……!」

「静かにしとれ! 儀式に30時間、後片付けに10時間のスペシャルコースじゃ、それまで動くんじゃないぞ?」

「…………40時間、こうですか?」

「お主がいままで辛酸を舐めたウン百年に比べれば短いもんじゃろう?」

「ぅぅ」

 

 すべてお見通し。 言わんばかりの制止の声にさしものリインフォースはそこで押し黙ってしまう。 しかもこの老人、リインフォースを中心にして円を描くかのように踊るものだから逃げ場もない。 彼女は、完全に檻の中に捕まってしまった。

 

「…………なぁ、あれどうすんだ?」

「しばらくご先祖様におまかせしましょう」

「ねぇおにぃちゃん、トイレどこ?」

「え? トイレ? あるかなぁそんなもん……」

「あぁ、でしたらこちらへ」

 

 何となく状況が収まりつつある今現在。 なぜかリインフォースを気に掛ける老人の思惑は界王神にすらわからない。 なぜ、どうして? 疑問は尽きぬが、取りあえずは彼女たちは放っておくことにしよう。

 そう、孫悟空が湖から立ち去ろうとした時だ。

 

「あぁ、お待ちなさいフェイトさん。 そっちではありませんよ」

「ふぇいと? だれ?」

「なにを言ってるんですか、貴方の事ですよ。 フェイト・テスタロッサさん」

「違うよ? アリシアはアリシアだよ?」

「…………………え?」

 

 どうやら彼らは別の問題にぶち当たるらしい。

 

「アリシア、さん?」

「うん! アリシア・テスタロッサ、5歳!」

「あぁ、それはどうもご丁寧に…………え゛!!?」

 

 急に慌ただしくなる界王神。 何やら懐を弄ると、なんとも壮大で古めかしい一冊の本を取り出す。 広辞苑やら百科事典なんか目ではないそれを一瞥して、すぐさま中身をめくってみる。

 

「えぇと、隣の世界のアリシアさん5歳……アリシア、あ……あ……!?」

「どうしたの?」

「え、え!? 20年ほど前に魔導炉の実験中に死亡!!? 貴方本当にアリシア・テスタロッサさんなのですか!?」

「そうだよ? アリシア嘘ついてないもん!」

「…………………」

 

 いや、むしろ今回は嘘であってほしかった。

 界王神が、持っていた本をずり落すとそのまま身体中を硬直させて動かないでいる。 人間、取り返しがつかない事態に直面すると思考から凍り付くと言うが、どうやら神さまも同じらしい。 界王神ともあろうものが、現実から完全に目を逸らした瞬間である。

 

「いやぁ、じつはよ? 最初にオラたちとはぐれた時、実は20年以上も昔の世界に落っこちたらしくってさぁ」

「20、ねんまえ?」

「んでもって、こいつが死にそうだったからよ? おら、我慢できなくてツイ……な?」

「あ、はは……は」

 

 顔面蒼白は最初から。でも、それをも通り越して真っ白になっていく様をアリシアは見た気がする。 それほどに界王神の放心が酷かったわけで。

 

「た、たたた大変だ! むやみやたらに歴史を変えてしまった!!」

「いまさら何言ってんだ? そんなもんオラたちも何回かやってるだろうに」

「それはこちらの世界での話です! あちらの世界は私ですらあまりかかわってはいけないのですよ?! なのにこんな……こんな……」

 

 いまさら何を言うのかと思えばこの男。 ……しかしそれでも悟空を責めないのはこの男の本質を表している。 あくまでも自身のミスを追求し、その打開策を模索する。 今回、その打開策が一切合財折られているのだが。

 

「………………アリシア、いちゃいけないの?」

「え!? あ、いや……そういうわけではないのですが」

「アリシアはダメな子なの?」

「違うんです! そう言う事ではなくてですね!?」

「あぁー! 界王神さま、アリシア泣かせたらダメだぞぉ。 あとでプレシアが殺しにきちまうぞ?」

「そ、そそそそれは困りますよ! あの科学者のかた、その内平然とこっちの世界に来る技術を開発しそうですし、怒るといちばん怖いじゃないですか!!」

 

 うだぁ~~と泣き崩れそうになる神さま。 背中に(娘命)という字を背負ってようやっと生きる道を見つけ出した魔女に、敵わないと泣き喚くのは神様としていい行動なのかどうなのか。 疑問は尽きないが、それでもやるべきことはある。 彼は、そっとアリシアの頭の上に手をやる。

 

「申し訳ありません、少しだけ取り乱してしまって」

「うん、平気だよ……アリシア、大丈夫」

「お強いのですね、アリシアさんは」

 

 撫でた後に微笑みかければ既に彼らの関係は円満だ。 そうこうしている合間に、時は流れていき……数時間後。

 

「そうだ悟空さん、向こうの方々に無事だというメッセージを送らないと!」

「え? むこう?」

「アリシアさんが住んでいる、ミッドチルダがある世界の事ですよ」

「なんでだ?」

「貴方はあんな別れ方をしたのですよ? みなさん心配していると思うのですが……」

「あぁ! そういやそうだった!!」

 

 もう、戦いは終わったのか? そんなことすら聞かない悟空の信頼度はかなり高い。 それを知ってか知らずか、界王神は懐から小さなカプセルを取り出して見せた。 色は白、だが大きさが普通の錠剤より二回りほど大きい。 しかも鉄製と来たものだ、こんなものまず口にはできないだろう。

 そう、これはクスリではなく、件の“ホイポイカプセル”と呼ばれる代物だ。 界王神は、それを適当な場所に放り投げる。

 

「あ、テレビだ!」

「すごい! 何もない場所からテレビが出た!」

「……ある人からの預かりものなのですが、丁度いい事ですし使わせてもらいましょう」

 

 そう言って、彼等のビデオレターが始まるのであった――――――――

 

 

 

 

 

 PM13時半 なのはたちの世界

 

 皆がビデオの内容を凝視して数時間が経った。 いろいろな出来事をその目に焼き付け、様々な奇跡を心に刻み込んでいく。 もう、これ以上は驚かないと思った矢先に更なる驚愕が待ち受け、それでも堪えた彼らは静かにビデオを見続けるのである。

 

[――――てなわけでよ、もうしばらくすれば夜天の奴がいい具合に良くなるからさ。 そしたらそっちに戻ろうと思う]

[みなさん初めまして、界王神と言います。 このたびは訳も言えずこちらの都合で引っ掻き回してすみません。 悟空さんには、もうしばらくそちらで旅を続けてもらえればと思っているので、彼をお願いします]

[詳しくは帰ってから話すよ。 いま大界王神のじっちゃん、手ぇ離せなくて説明してくんないからさぁ。 まぁ、取りあえずみんな元気だからな、心配しなくていいぞ]

[あ、主! この儀式を終わらせたらすぐに主の元へ還ります! ですので、決して心配なさらず――]

[お前さんはええから集中せい! いまので15時間儀式の時間が伸びたぞ?]

[……そ、そんな]

 

 ――はは! 少し遅くなるかもしんねぇ。

 画面の向こうで悟空が笑うと、その場の空気が一気に明るくなる。 元気そうだ、いつ戻りだ、ケガも無ければ病気もしていない。 ……彼らは、きちんと無事だ。

 

[んじゃ、またな]

 

 最後に悟空が締めくくると画面は暗転。 映画館はこれでおしまいだと、これ以上は何も映ることはなかった。

 

 

「…………元気でよかった」

 

 

 今まで散々無口だった高町なのはが言う。 たったのこれだけ、でも、それが出るのには多くの時間を労したに違いない。 限りなく遠い世界で、今もなお笑顔で居てくれる彼を思いながら、なのはの心が温かいモノに満たされていく。

 

「――という訳だから、おにぃちゃん達と界王神界ってところでゆっくりしてたの。 あ、おにぃちゃんは修行するって言ってたからすこし忙しいかも」

「そう、なのね」

「うん!」

 

 そのすぐ横で補足したアリシアと、暖かい笑みでそれを包み込むプレシア。 彼女たちの再会は正に奇跡的ではあるが、それが神さまの失敗と成れば仕方がないだろうか。 もう、疑うこともなく天からのプレゼントを受け取った母親は、そのまま我が子二人を抱きしめる。

 

「……ふふ、まさかとは思ったけど、あの時の男はやっぱり孫くんだったのね」

『――!?』

「まぁ、良いでしょう。 あのときはかなりショックだったけど、彼のおかげでこうやって姉妹仲良く一緒にいることができるのだから。 もう、満足よ」

「かあさん……」

「そうだね、ママ!」

 

 一瞬通り過ぎた寒気に、けれどすぐさま訪れた暖気はプレシアの心情を表していた。

 

「それにしても」

 

 そんな親子を見て、再び表情を真剣なものにしたのはリンディだ。 彼女はいつかの仕事の貌を作ると、今あった映像の一つを思い出す。

 

「12の世界。 あの界王神と呼ばれる方が言っていたのは驚きですね」

「……そうね。 この無数に広がる次元世界ですら一つの“世界”と捉えられているなんて、彼等が自分たちを神と名乗るのも納得かしら」

「全宇宙の正しき神……」

 

 その言葉を噛み砕くように呟けば、しかし、すぐ後ろで騒動が展開していく。

 

「士郎さんって、昔は結構やんちゃだったんですね?」

「い、いやぁ僕だってやっぱり若かったしね」

「それにしても美由希ちゃんの小さい頃、かわいかったね」

「あ、いやぁ……あれはその……っ」

 

 月村忍がからかう様に将来の親族へ言葉を飛ばしていくのは微笑ましくて。

 

「それにしてもあの時の彼が、まさか悟空君だったなんておもわなかったわ」

「うん。 わたしもうろ覚えだったけど、あの時の“まほうつかいさん”が悟空君だったなんて思わなかった」

「いま改めて見返すと、ところどころに方言が混じってたけど、さすがに当時は気が付かなかったわよ」

「わたしなんか小さかったし、それに空飛んでたイメージしかなかったからなぁ」

 

 返しきれない恩が、彼に出来てしまった。

 そうやって昔を思い出していく桃子たちはなんとも複雑そうな顔だ。 あんなに小さかった悟空が、ああやって大人となって今度は若い自分たちを救う。 人生、何があるかわからないがあそこまで行ってしまえばもうなんでもありだ。

 高町家の驚愕はしばらく鎮火しないであろう。

 

「でもさ」

 

 ここで、何かに気が付いたものが居た。

 

「あの坊やがやった事って、大丈夫なの?」

『…………え?』

 

 それは、背中から尾を生やしたネコ娘、リーゼ姉妹であった。 ほぼ同じタイミングで皆に聞いてきた彼女たちだが、その疑問の内容が、皆にはわからない。

 

「いや、だってこれって歴史改変でしょ? 完全に私たちの居る時間と、彼が変えてしまった時間って違うことになってるから……」

「そうだよ、この時間軸って消えたりしないよね?」

『!?』

 

 不安は多い。 彼がやったのは前人未到の大事件だ。

 零れ落ちる砂時計のように、誰も時間に触れない。 その禁気を侵したのだから、こんな不安になるのは間違いない、無いのだが。

 

「…………それは、分らないわ」

 

 魔女は言う。 この世界の、これからがどうなってしまうかなど判らないと。

 

「そもそも既に歴史が変わっていたと認識していいはずよ。 だってそうじゃない?」

 

 言うなり視線を士郎に向ける。 そう、彼が命を救った第二の人物にだ。

 

「そういえばそうだ。 理由はどうあれ、あのまま悟空君が現れなかったら僕は確かに命を落としていたしね。 だったら今この世界は、なんていうか」

「えぇ、既に歴史を変えられた後の世界だと思っていいわ」

「…………そう、なのだろうか」

「あら、不満でもあるのかしらシグナム?」

「……」

 

 その科学者の発言に、小首を傾げたのがシグナムだ。

 彼女は思う。 そう、孫悟空の世界で起こった歴史改変では、悟空が生き残った世界の出来事は結局、未来世界には反映されなかったのだ。 それを気にしての発言だろうが今回はいろいろと状況が特殊すぎる。

 

「彼は、そうねぇ彼だけなのよ」

「え?」

「この世界の人間ではない存在は彼だけ。 つまり、もしもこの世界に神学的な常識があり、それが全ての人間に適応されていたと仮定して、彼だけ……この“世界”の人間ではない彼だけにもしもそれが適応されていなかったとしたら?」

「……?」

「どういうこと? って顔ね。 当然よ私も分らないもの」

『ありゃりゃ!?』

「でもね、これだけは言えるわ。 もしかしたらこの世界は“彼が歴史改竄を引き起こした後の世界”なのではないかって」

『……まさか』

 

 昔の偉い人は言った。 卵が先かニワトリが先か。

 どちらの因果が先なのかは、おそらく未来永劫に分らないだろう。 高町親子が居なければ孫悟空がこの世界でなのはたちと冒険することはなく、ジュエルシードとの出会いが無ければ今の状態はありえなかった。

 でも、孫悟空があの時間に飛ばされなければ高町親子の今は無く、おそらく悲惨な人生を送っていたのもまた事実だ。

 

 AがBを成しBがA成す。

 その数式だけなら簡単な事柄も、中に入る単語が単語だけに事態は難しい方面へと転がっていく。 そもそも、ありえないことだらけの彼だ、まさか時間の干渉までやってのけるだなんて思わなかったが、ここまで来てしまえば“こうなったんだよ、ね?” と言われてしまえば首を縦に振らざるを得ない。

 ……そこにどんな矛盾が立ちはだかろうともだ。

 

「――まぁ、でもいまは」

 

 高町士郎は、言う。

 この矛盾だらけの世界で、孫悟空が引き起こした事件の只中を生きてきた彼だけが、言う。

 目の前に居る大勢の人間。 仲間、とも、家族。 それらが微笑、助け合う世界を見て言うのだ。

 

「……いまこの時が幸せだ。 なら、それでいいじゃないか」

 

 絶望の未来なんてなかった。

 そう、過去の悲劇はまだ多くあるけど、でもそれでも笑いあえるのなら、良いのではないか。

 全てが全てうまくいかなかったのは確かだ。

 ハラオウンの一家、八神家の両親、ユーノ・スクライアの孤独。 それらは解消されなかったし、確かに何とかしたいと昔のいつか思ったはずだ。 でも、それでも彼らは言うのだ。

 

「そう、ですね」

 

 誰かが言ったこの一言は、確かに嘘ではなかったはずだから。

 

「……それはそうと」

「どうしたの? えっと……」

「シュテル。 シュテル・ザ・デストラクターです。 おねぇさんとお呼びください」

「シュテルさん!」

「………………………はい」

 

 話題変更。

 シュテルがなのはと対極の色合いを持つ普段着に身を包みながら、生き残っていた奇跡……アリシアへと話題を振る。 そうだ、彼女にはまだ聞かなくてはいけないことがたくさんある。

 

「貴方はどうして先にこちらへ? 孫悟空はまだ界王神界なのでしょう?」

 

 其れは、当然の疑問だ。

 

「おいおい、そういやどうしたんだよ俺たちの英雄は?」

「まさかまだ身体が全快してないんじゃ……」

「いや、もしかしたら理由が……」

「あんだけの事をしたんだ、今頃カイオウシンってのに怒られてんじゃねえのか?」

「……怒るって言ったらこっちにもひとり」

『!!?』

 

 その疑問を探す中で、様々な疑惑が浮上する。

 そしてそれがある一定の真実味を帯びていけば、皆が一斉に声を張り上げる。

 

『そうか! あのヒト、プレシアさんが怒ってると思って帰ってこないんだ!』

「……ちょっと何言ってるの?」

『全宇宙最強の超サイヤ人が最も怖いのは魔女(プレシア)だったんだ!!』

「――黙りなさいこのモブ共ッ!!」

『ぎゃあああ!!?』

 

 ざわめく群集にサンダーレイジ。

 少しだけ調子に乗ってしまった局員たちを裁いた魔女は、少しだけ肩で息をしながら、やはり少しだけかいた汗をぬぐいつつ、愛娘へと振り向いて見せる。 この時、後ろで被害を免れたフェレットもどきが、運悪く魔女の射程に入っていたクロノに治療魔法をかけているのはお約束だろう。

 

「……さてアリシア、話しの続きです。 彼はまだ界王神界なのですよね?」

「おにぃちゃん? 違うよ?」

「そうです、彼はまだ遠い異郷で私たちの元へ還る日を待ちわびている筈。 あぁ、悟空……貴方はいつ私の元へ………………え? 違う?」

「うん。 おにぃちゃんならとっくに帰ってきてるよ?」

『!!?』

「でも修行がもう少しで形になりそうだからってどっかに行っちゃったの」

「え?」

「今よりもっと先なんだって。 修行名! それもズバリ!! スーパーサイヤジンスリー(仮)!!」

「超サイヤ人3!!?」

 

 カッコカリには誰もツッコミを入れないあたり、本当に驚いているらしい。

 なぜ? どうして? 帰ってこないと文句を言いたかったのであるが、その理由が修行であると聞いたときであろう、なのはたちはどうしてか強く反発することが出来ずにいた。

 

「……そっか。 悟空くん、もう頑張りだしちゃったんだ」

 

 走り出した彼は止まらない。 そんなこと、誰かに言われるまでもない。 全身全霊、日々精進、どこまでも険しい山を登っていく彼に皆の表情は崩れていく。

 

「ねぇ恭也。 あのヒト、あんなに強くなったのにこれ以上強くなる必要あるの?」

「……ん?」

 

 忍が聞いたこの言葉に恭也はあまり深く考えることはしなかった。

 

「アイツ、きっと悔しかったんだと思う」

「…………え?」

「あの悪魔がどれほど強かったかなんて俺たちには格が違い過ぎて分らない。 けど悟空にはわかってしまったんだ。 あの悪魔と自分との間にどれほどの壁があるのか」

「うん」

「それに言っていただろ? あの一瞬だけでも生き返ってきたっていうベジータって人が」

「なんだっけ……確か……?」

「――確かに俺たちでは勝てない……いずれは勝てるようになるがな、だったはずだ」

『…………』

 

 いつか勝てると思う。 其れは裏を返すと鍛え続け、あれくらいの力を手に入れて見せるという意思表示だ。 あまりにも壮大過ぎる発言に皆が息を呑み込む。

 あの男は、いったいどれほどに険しい山を登り続ければ気が済むのか。

 

 でも、それは。

 

「ふふ、仕方がないヒトです」

「シュテルちゃん?」

「あの男がやる事など一本しかないなど目に見えておったわ」

「……王様」

「うん! だって斉天さまだもん!」

「レヴィ……」

 

 闇の三人娘が元気よく彼を送り出した。 そう解釈していいのだろうか?

 強く、明るい彼の事だ。 こうやって送り出してやるのが一番だと思ったのだろう。

 

 それは、皆も同じな様で。

 

「悟空くん……」

 

 高町なのは。 魔法の力が今もなお使えず、その身を一般人のそれに落としたままの彼女も、表情は明るい。

 

「わたし頑張るから!」

 

 手のひらを広げて、まだ見ぬ世界へ差し出して見せる。 きっと居るであろう彼……孫悟空に、何時か会うのだと誓うかのように。

 

 冬の只中、この、次元世界が幾重にも内包された一つの世界は、ようやく話に一区切りを付けようとしていた。

 激動の一年はもうすぐ終わり、新しい都市へと移り変わっていく雪の季節。 高町なのは、彼女はその胸に尽きない闘志を抱きながら、見えない未来へと歩みを進めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………あ、あの」

『え?』

 

 進めようと、していたのだ。

 

「あの、わたしはどうすればいいのでしょうか……?」

「え?」

 

 高町なのはに、かけられる声があった

 其れは聞き覚えの無い声であり、それでもこの部屋にずっと一緒にいた人物である。

 

 そして、彼女もまた孫悟空に救われた者の一人である。

 

「“あのひと”にお外に連れ出されてしまって……その、どうしていいかわからなくて……」

『…………っ!?』

 

 その事実をようやく再認識した彼女たちは、一斉に声を上げていた。

 そうだ、この騒動で新たに生まれてしまった問題。 闇という名の混沌に隠されていた存在がいま、こうやって呑気にも一緒に映画鑑賞をしていたのだ。

 どうして気が付かなかった! などと思うが、今この場には数多くの人間がゴロゴロしている。 その中で意図的に気配を消していた彼女を見つけろと言うのは、激闘後の彼女たちにいうのは酷であろう。

 

 ……などと、言い訳をしてみるが実際のところ。

 

「…………一緒に居ればいいんじゃないかな?」

「え? い、いい……の?」

「むしろ何がいけないのかわかんないかな? だって、あなたは好きであんなことしたんじゃないんでしょ?」

「うん、……うん!」

 

 精一杯の回答と、それを受け止めきるなのはの優しい言葉。

 その姿を見て、一瞬でも殺気立った大人たちの気は静まっていく。 特に、義妹をあんな目にあわされた恭也は、すぐさま平静に戻っていく。

 

「なら、いいんじゃないかな」

「いいの……? ほんとうに、いいの?」

「大丈夫だよ。 知ってるもん、貴方があの中で一杯悲しい想いをしてたの。 そんなヒトに誰かが酷いコトしようしたら“神さま”に怒られちゃうし、悟空くんが黙ってないよ」

「……は、はい」

 

 あの強い人たちが彼女を守護している。 其れは、良いのだが。 果たしてそれは彼女が望む力なのか? 高町なのはは、一瞬だけ視線を泳がせると。

 

「それに“わたし達”だって黙ってないから、ね?」

「…………うん!」

 

 花が咲いたかのように微笑む少女。 彼女の名前すら知らないのに、すでに幾年来の友と語り合うかのような振る舞いなのはどういう事だろうか。

 でも、不思議とこうなってしまったのは、きっと彼女自身いちどは闇に堕ちてしまったからかもしれない。

 

 

 

 冬の季節の只中、世界はようやく平穏を手にするのであった。

 この寒空の元、まだ祝福の風が吹くことはないが、少しだけ夕闇が優しい色を見せるようになったのは気のせいではないはずだ。

 

 今はもう、この闇だって仲間なのだから。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして」

「……えへへ♪」

 

 そのあとから数日間、闇の三人娘が切りだすまでこの少女が高町なのはにべったりだったとか、それを見てフェイトが複雑そうにしていたり、それをプレシアとアリシアが背中からカラカッタリと、世界は慌ただしさを増していったが、それでも、大きな変化はまだ訪れなくて。

 

 

「…………前に、いつか会うために」

 

 

 精々の変化と言えば、高町なのはが偶に、大空に向かって右手を差し出す癖が付いたことだろうか。

 

 空の飛べぬ彼女は、それでも大地を歩いていく。

 彼に鍛えてもらった、たったふたつの足で大地を踏みしめながら………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから10――――――――週間後。

 

 

「おかあさん! こっちこっち!」

「まちなさい! もう、そんなに走ったりしたら転んじゃうわよ?」

「えへへー! わーーい!」

 

 世界のどこかで笑い声が響いていく。

 青いそら、青い服装に青い…………髪。 そんな、どこかで見たことがある色の頭髪を元気に揺らしながら、独りの少女が走り抜ける。

 ここもまた、とある人物が護った世界だ。

 そうとは知らずに、独りの少女がこの世界の花畑をかけていく。

 

「……わ、わ!?……あいた!?」

「あ、ほらぁ、言った傍から……」

「……うぐっ、ぐすっ」

「あぁ、もう……まったくこの子はすぐに」

 

 ひざをすりむいたのだろうか? うずくまる少女が目の中に涙を溢れさせると今にも決壊しそうな嗚咽を漏らし始める。

 …………そんな姿が、どう映ったのだろうか。

 

 

「どうしたんだおめぇ、こんなところでうずくまってるとあぶねぇぞ?」

「おひざが痛いよぉ……あるけないの……」

「なんだおめぇ、さっきまで元気に走り回ってたのにへんに打たれ弱いのな」

「うぐっ、ぐすっ」

「……しかたがねぇなぁ」

 

 それは静かに、けれども優しく声をかけていた。

 

「“おら”に掴まれ、引っ張ってやるから」

「……うん」

 

 差し出された手に、自身の手を重ねた少女はそのまま引き上げられていく。 握った手は自分と同じくらいの大きさだ。 前も見えていない少女が、きっと同じくらいの歳だと考えて、少しだけ涙を我慢する。

 彼女にも守るべき心の尊厳はあるようだ。 同年代の子に不様を見られるのは心もとないらしい。

 

「…………ふぅ、これで平気か?」

「………………?」

 

 でも、少しだけ待ってもらいたい。

 握った手は小さいけれど、その手に伝わる温もりはあまりにも暖かい。 それに、なんでかこの手を握っていると不思議と心が温まってくる。 ……少女は、いつの間にか涙を流すことを忘れていて。

 

「……キミ、だれ?」

「ん? おらか?」

「うん」

 

 気になった少女は彼の顔を見てしまう。

 

その眼は黒曜石のように輝いて。

 

揺れる髪はどこまでも自由。

 

顔つきは少女には言いあらわせない雰囲気を纏い。

 

その表情は、どこかで見たことのあるものであった。

 

 そんな、自由な風が似合いそうな彼は、少女に向かってアイサツを交わすこととなる。

 

「おら悟空、孫悟空だ」

「そんご、くうさん?」

「そんご? おめぇなにいってんだ?」

「???」

 

 首を傾げた少女はどこまでも不思議そうだ。

 けれど……その後ろで彼女と少年のやり取りの一部始終を見ていた者は、その顔を驚愕に染め上げていた。

 

 

 

 伸長120センチ未満、その背から尻尾が見え隠れする彼は、何を想いこんなところに身を預けたのであろうか。

 

 

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

プレシア「これは、神という存在を見直さなければならないみたいね」

リンディ「そうですね。 威厳たっぷりかと思えばどこか人間臭くて……わたしとそう変わりはないようで」

プレシア「心象は最低レベルだったのだけど、アリシアの恩人の一人……ランクBにあげておきましょう」

リンディ「何のランクなんですか、なんの……」

プレシア「ふふ」

界王神「おや? 急に今まで体を圧迫していた肩こりが……?」

悟空「界王神さまも肩の荷が下りたみてぇだし、いよいよ次だな、次回!!」

アリシア「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第75話」

リインフォース「まだ帰らない?! 孫悟空は寄り道がお好き!」

大界王神「これおぬし! 精神集中せいといっとるじゃろ!?」

リインフォース「し、しかしこればかりは!」

大界王神「いまので時間がさらに伸びたぞ?」

リインフォース「……スケベ本を読み漁りながらあのジジイめ……くっ」

じじい「あと50時間」

リインフォース「……だから神は嫌いだ」

悟空「あーあ、夜天の奴すっかりやさぐれちまった。 んじゃ、みんなまたな!」

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