魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第75話 まだ帰らない?! 孫悟空は寄り道がお好き!

 

 

 青い空、緑の大地。 広大な面積を誇るそこは、神々の中でもさらに高位な存在の身が立ち入ることが許された奇跡の領域……名を、界王神界と言う。

 厳格にして静粛、許された者しか踏み入れることができない其処に、3人の異邦人が招かれた。

 

 一人は戦士。

 一人は旅人。

 一人は迷子。

 

 この世界が生まれてから幾億の命が輪廻転生を終えたが、こんな組み合わせは界王神界始まって以来だろうと、後の管理人は語る。

 確かにそうかもしれない。

 この役割に規則性も無ければ、狙って組んだわけではない。

 事故なのだ、これらすべての事柄は。

 

 だからここに存在する神は――――――――――――

 

 

 

 

 

「あぁ…………怒られる」

 

『…………この人まだ落ち込んでる』

 

 頭を垂れて、木陰の中、体育座りで独り言をつぶやいている。 その姿は神というには情けなくて、最高神というには格好がつかな過ぎる。 

 

「まぁいろいろあったけどこうやって助かったんだしいいじゃねえか。 それよかオラはらぁ減っちまったぞ」

「で、では遅いながら昼食としましょう。 みなさん、どうぞこちらへ」

 

 高町なのはの世界にビデオレターを届ける前の時間軸。 まだ、孫悟空が界王神界で傷を癒している最中だ。 彼らはようやく手に入れた平穏を満喫しているようだ。

 

「…………あの、わたし達は?」

「まだまだ儀式は終わらんぞい。 ほれ、今ので一時間延びたのう」

「……ぐっ」

 

 満喫しているようだ……

 

 

 

「へぇ、大界王神さまがかぁ」

「はい。 もとは一人の界王神と老婆の魔女だったのですが、些細な事故であの姿に合体してしまい今に至るわけです。 大界王神様の言葉を借りるならばその魔女の力は強大で、今行っている解呪の儀式もその魔女の力だというそうです」

「そうなんか」 

 

 食事も終わり、少しの合間を談笑で埋めていく彼等。 その間に聞かされた事実はつい最近悟空自身もベジータと共に経験したことである。

 ふたりの人間がちからを束ね、途轍もない異次元の強さを発揮する存在。 ……その神さまバージョンをいま目にしているのだ。

 

「オラが居た世界にも魔法使いがなぁ……といっても前の神さまも似た様な事は出来たけどな」

 

 人間に憑依したり、悟空のボロボロの衣服を一瞬で元に戻したり。

 そもそも規格外が集うこの世界、いまさら魔法使いの一人や二人居たところで驚きは少ないだろう。

 一人の少女を除いてだが。

 

「おにぃさんの世界ってすごすぎ……」

「そうか? 向こうとそう大差ねぇとは思うんだけどなぁ」

「そんなことないよ! 神様もいるし何でも願いを叶えちゃうドラゴンもいるし」

「そういやそうだな」

「ほらー」

 

 悟空に向かって人差し指を突き立てるアリシア。 幼いながらも確信を突いたかのような言葉に、悟空はそっと空を見上げる。

 いろんな旅があったし、いろんな戦いがあった。 生も死も乗り越えて多くの出会いを繰り返した。

 時には喜びを、時には死闘を……

 様々な出来事が頭の中を駆け抜けると、彼の心はなんとも言えない感覚に満ちていく。 それは、哀愁と呼ぶには些か緊張感がないモノだ。 そう、言ってしまえば昨日の晩御飯を思い出すような感覚に近いだろう。

 だから、彼が寂しさを感じるはずもない。

 

 孫悟空は、すぐさまこの感覚を手放してしまう。

 

「おにぃさん?」

「ん? いや、なんでもねぇ」

 

 

奇妙な感覚を残したのはむしろ幼子の方であったらしい。

 

「……悟空さん」

 

 神と名乗る物が声をかける。

 申し訳なさそうに、辛そうに……懺悔をするように。

 なんだか神妙すぎるその顔に、事の真剣さを見出したのだろう。 孫悟空は視線を逸らさずに正面から彼を見据える。

 

「どうした、界王神さま」

「気になりませんか?」

「ん、なにがだ?」

 

 その声は絞り出すかのようだった。 辛い現実を言いだそうと、我が子に向かって涙をこぼす母親のようにも思える。 悟空は、それ以上何も言わずに彼の言葉を待つ。

 

「貴方がなぜ、元の地球に帰れないのか。 いいえ、あちらの世界に行ってしまったかを」

「……」

 

 何も言わない。

 興味がないわけではないが、酷い渇望があるわけでもなさそうだ。 それはアリシアが見ただけでもわかることだ。

 しばらくこの沈黙は続いた。 遠くの方で大界王神の儀式の音が聞こえてくるが、それ以外の雑音はすべて遠くの彼方。 彼らを取り巻く空気は、鋭さを見せようとした。

 ――そのときだ。

 

「ドラゴンボールのせい、だろ?」

「……」

「やっぱりな」

 

 暗い顔の一つもせずに彼はそう言った。

 その横でアリシアが疑問符を浮かべているが、それを置いておきながら彼らの話は進んでいく。

 

「いろいろ世話になっちまったしなぁ、まえに“誰か”に注意されたような気がしてたんだ。 それと関係あるんだとオラ思ってる」

「……はい」

「なにがあったんだ? オラがあそこにいたのと、記憶がいろいろと無くなってるのも関係あんのか?」

「その通りです。 さすが悟空さん、まさかそこまで勘付いているとは」

「なんとなくな」

 

 気が付くと見知らぬ土地に居て、知らぬ人たちに囲まれ知らぬ敵に命を狙われる。 あちらの世界にたどり着いたばかりの幼い悟空ならばいざ知らず、数年の時を経たのなら違和感に疑問を持つのは仕方がないことだ。

 数年越しの問答にようやくケリが付こうとする。

 

「貴方が旅をして、そしてそのような身体になったことを説明するにはまずドラゴンボールの事をもう一度説明しなくてはなりません」

「ドラゴンボールを?」

「えぇ。 丁度アリシアさんもいることですし、紹介がてらここでもう一度話を振り返ってみましょう」

 

 ―――――――ドラゴンボール。

 悟空の居る地球に存在する全部で7つある球の事を言い、世界各地に規則性もなく点在するそれを全て集め、とある合言葉をキーとして強大な龍を呼びだす代物だ。 まさしく龍球の名が示す通りの効能だが、これにはまだ続きがある。

 

「龍……つまり神龍にはどんな願いでも一つだけ叶えるという強い力があります。 いいえ、今では地球の神であるデンデさんが改良を加えて願い事は3つになったはずですね?」

「そうだ。 でも一度の願いで大勢の人間を生き返らせたりすると願いが2つだけになるだ」

「生き、かえる……?」

 

 驚くというよりは理解が出来ないと言った感じだろうか。

 アリシアが呆然とする中、大人たちの会話は進んでいく。

 

「しかしドラゴンボールにはまだ隠された事実があったのです」

「え?」

「一度願いを叶えたドラゴンボールには、そのなかにとあるエネルギーが蓄積されるのです」

「エネルギー……」

「“マイナスエネルギー”と呼ぶのですが、それが増えると本来の機能が停止し、“邪悪龍”と呼ばれる恐ろしい怪物を生み出してしまうのです」

「じゃあくりゅう……?」

 

 その単語を出した途端に界王神の表情が一気に暗くなる。 世界の神がこうも恐ろしげにするのだ、よほどの怪物なのだと悟るのに時間はかからない。 アリシアは当然として、悟空も静かに次を促す。

 

「奴等の力は強大です。 放っておけば出現した星を滅ぼしただけでは飽き足らず、宇宙全域にまで魔手を広げ、破壊し尽くしていくでしょう」

「そんなことが……まさかドラゴンボールに」

「えぇ、なので大界王神さまはドラゴンボールの使用を極端に制限なさろうとしていました。 野心や邪心の無いナメック星人だからこそ許されたモノだったそうです」

「……そうなんか」

 

 いままで感じていた奇妙な違和感。

 ドラゴンボールの使用を心のどこかで否定していたのは恐らくこの事だろう。 ならば、自身はきっとその邪悪龍の存在と対峙したこともあるはず。

 ここまで考えつくと、悟空は不意に界王神を見る。

 

「まずいぞ。 オラそうとも知らずにむこうの地球で3つだけ願いをかなえてもらっちまった!!」

「あぁ、それは心配なさらないでください。 いままであなた方が叶えた分のマイナスエネルギーは浄化を完了しています。 これから数百年ほど使わなければ先ほどの三つ分のマイナスエネルギーも消え去るでしょう」

「す、数百?!」

「はい。 ドラゴンボールで叶えた願い一につき、百年ほど浄化に時間を要するのです」

「そうか。 じゃあオラたちがやたらに呼びだしたのは相当ドラゴンボールに負担をかけてたんだな」

「その通りです。 そして、それを知った貴方はあの地球からドラゴンボールを消したのです」

「そうか……………え?」

 

 孫悟空の神妙な顔が一気に崩れる。 いま何を言ったのかこの神さまは? どうにもおかしい言葉に、さすがの悟空も顔色を変えていく。

 

「オラそんなことしたんか?」

「覚えてないのは無理も有りません。 なにせあの戦いの後、悟空さんは残されたマイナスエネルギー全てをその身に宿し遠い異郷へ旅立ったのですから。 そのときにおそらく身体に異変をきたし、何らかの障害が起こるとは思われたのですが……まさか記憶を失うとは思いませんでした」

「はぁー、そんなことがなぁ」

 

 けど、あまり騒がない彼は既に平常運転だ。

 いろいろと重要語句があるのだが、それすらもスルーしていった彼の視線は遠い異郷にある。

 

「ま、よっくわかんねぇけど」

「え……?」

「これから先ドラゴンボールを使わせなきゃいいんだよな。 大丈夫、あいつ等にはもう必要ねえし、無くてもきちんとやって行ける。 だから心配ねぇ」

 

 悟空の言うアイツらとはだれの事か、界王神は決して訪ねようとはしなかった。 ただ柔く笑い、悟空に釣られるように笑うだけだ。

 

「ドラゴンボールの事は大体わかった、後は時間が何とかしてくれんだろ」

「そうですね」

「んじゃ、本題に入るぞ」

「……ほんだい?」

「え?」

 

 界王神、本日最大の不思議そうな顔である。 あまりにも呆けた声に今度は悟空がつられてしまう。

 

「オラの身体がこうなったのはどうしてなんだって話しだろ?」

「いや、だからマイナスエネルギーを悟空さんが取り込んだからですねと……」

「なんでだ?」

「え? あー……それはその」

 

 段々と顔色の悪くなる界王神。 そう言えばもともとの色も青いのだと悟空がようやく気が付いたとき、彼は天啓を授かった軍師のように顔を上げる。

 

「もともと貴方が持っていた強大なちから、つまりプラスのエネルギーとで打ち消し合うよう考えたのだと思います。 なので……」

「そのマイナスエネルギーが消えちまえばオラ元に戻るんか?」

「おそらくですが」

「んじゃ、このまま修行して強くなっていって身体ん中のマイナスエネルギーを消しちまえばいいんだな」

「たぶんそうでしょう」

「うっし!」

 

 やる事は決まった。 これから先、もっと先があるというのなら行くしかない。 いいや、行かない理由がない。

 孫悟空は勢いよく席を立ちあがると、そのまま指先を額に持って行く。

 

「オラ少し下界に行ってくる。 ちょっとだけ“みんな”に挨拶したらよ、またなのはたちの所にでも行って修行の再開だ! オラもあいつ等もまだまだ途中だしな、これからめいいっぱい強くなっぞ!」

「あ、悟空さんそれは――」

「そんじゃ行ってくる…………――――」

 

 そう言って悟空は空間を揺らしていってしまう。

 去っていく悟空を何やら必死の形相で止めようとした界王神だが、風の様に翔けぬけて行った彼を留めることはできなかった。 彼は、遠い世界へと帰っていく。

 

「―――――――――…………あり?」

「おにぃさん?」

「あっれー? おかしいなぁ、たしかに界王さまの所に一端瞬間移動したはずだったんだけど……あれ?」

 

 帰って行ったはずだった。

 どうにも目測が外れた彼はここで首を傾げる。 腕も組んでさらに困ったぞとアピールする彼に、界王神がやや暗い顔で告げる。

 

「悟空さん、実はアナタは今下界には近寄れないのです」

「え? なんでだ?」

「……それが、記憶を失う前に貴方が神龍と交わした約束だからです」

「え!? 神龍と?!」

「はい。 先ほどあなたは言いましたよね、もうドラゴンボールが無くても大丈夫だと。 それを実際に試すために、神龍は人々の前から消えて行ったのです。 それがあなたとの約束」

「なんでオラまで?」

「それは……世界が神龍と同じく貴方の事を必要としていたから……だと思います」

「ふーん」

 

 辛気臭い界王神に比べると幾分と軽い調子の悟空。 立ち上がったままどこか遠くを見ると、そのまま風に吹かれていく。 微動だにせず、数秒だけ考え込んだと思うと、彼はついに口を開く。

 

「ま、いっか!」

「いいのですか……?」

「オラそこまで覚えてねぇけどさ、けど、前に何となくそう言うことを言った気がすんだ。 それに夜天たちにも言ったけど、オラ本当なら居ないはずの人間だしな、これでいいと思う」

 

 死んだ身の上だ、ならばこれ以上生きた人間の邪魔はいけない。 そう吐き出した悟空に界王神は目を丸くしたが、すぐさま柔い目つきに変えていく。 けど、納得しないモノが居た。

 悟空のズボンの裾が引っ張られると、そのまま軽い衝撃が足元にぶつかる。

 

「おにぃさんはここにいるよ?」

「ん?」

「ここにいるんだよ……?」

 

 足を抱きしめるようにへばりついてきたのはアリシアだ。 彼女は顔をうずめるとそのまま離れようとしない。 どうにも居なくなるという単語に過敏に反応したようだ。

 

「よしよし」

「……っ」

 

 そっと頭に手を乗せ、左右にやさしく動かしていく。

 不器用そうで、敵を倒すことしか知らなそうなごつごつとした手の平だが、いまその手が相対するのは彼女の不安だ。 打ち砕くのではなく宥めて、癒していく。

 

「前に言ったっけかなぁ、オラ死んじまってるんだ」

「……うん」

「普通なら死んだ人間は二度と生き返らねぇ。 でも、どうしてもって時だったからオラは一回だけ生き返らせてもらったんだ。 ……本当ならそうならないし、なっちゃいけないんだと思う」

「どうして……? おにぃさんはいちゃいけないの?」

「うーん、そう言われると難しいなぁ」

 

 すこしだけ視線を外して、眉を寄せて見せる悟空。 そこにはいったいどんな気持ちが込められていたのだろうか?

 真剣で、誠実で、例えそれが子供の拙い疑問だとしても精一杯考える姿に、アリシアは少しだけ裾を握る力を強めた。 期待が彼に注がれる。

 

「親ってのはな、子供よりうんと歳食ってんだ」

「え? うん」

「そしたら当然子供より先にあの世に……うーん」

「……」

 

 うなだれはじめる悟空。 少しだけ話題が暗くなった自覚があるのだろう。 彼は自身を見上げてくるアリシアに対して、少しだけ話の内容を柔らかくしてみる。

 

「ネコ、居るだろ? 親猫ってのは子供が育つまで餌を狩ったりすんだけどさ、ある時期から自分で獲物を狩らせんだ」

「そうなの?」

「そりゃそうだ、いつまでももらってばかりじゃ自分で出来なくなっちまう。 オラが言ってるのはそう言う事なんだ。 子ネコってのはいつか大人になるし、その大人になったネコに子供が出来たら今度はそいつが母猫だ」

「子ネコだったネコさんが、今度はお母さんになるんだね?」

「あぁ」

 

 少しだけ、アリシアの表情が明るくなる。

 動物を例えに出したのは悟空の身近にそう言った事例があったからだろうか? 調子が付いてきた彼はさらに話を進めていく。

 

「親ってのは子供のために生きてるもんなんだ。 その子供がな、これから生きていくのにいつまでも親がちょっかい出してるのは良くねぇと思うんだよな」

「そうなの?」

「アリシアだってそう言うのあるだろ? ……たとえば夜に一人でトイレに行けるようになったとか?」

「え!? なんで知ってるの!!」

「お、あたりかぁ。 まぁ物の例えだから気にすんなって」

「……ぶぅー」

「はは、ゆるしてくれって」

「……しかたないなぁ」

 

 悟空の不用意な発言に頬をふくらませているレディは、少しだけ彼の意図に気が付いたようだ。 まだ五歳の彼女、しかしその聡明さは多野郡を大いに抜いているように思える。 孫悟空の周り子供たちは総じて精神年齢が高いようだ。

 自身の子供を含めてだが。

 

「とにかくさ、いつまでも後の奴らが頑張るところ取っちゃいけねぇと思うんだ。 そりゃどうしてもって時はオラも頑張るし、あいつ等の代わりに戦うかもしんねぇ。 けど、そればっかりじゃいけねんだ」

「子ネコがお母さんネコになれないから?」

「ん? ……あぁ、そうだな」

 

 だから、いつまでも先に居るモノが頑張っててはいけないし、でしゃばって後進の妨げになるのも良くはない。 孫悟空、推定年齢30以上の彼はいま、子供相手に人生論を紡いでいく。

 

「なのはにフェイトにはやて、悟飯や他のみんながそれぞれこれからの地球を守って行ってくれる。 あいつ等なら任せられるとオラ思ってるんだ。 なら、もう何も心配することなんかねぇはずだ。 ゆっくりさせてもらうさ」

「なんだかさびしいな」

「そうだなぁ、見てるだけってのはつまらねぇだろうなぁ」

 

 微笑が消えることはない。 例えこれから自身が不要となる世界になろうとも、やっていくことは変わらない。 強くなって、面白い戦いを繰り広げていく。

 これから出会う未知の強敵に失礼の無いように自身を鍛え、これから起こるであろう勝負で悔いの残らないように研鑽を極める。 それだけは何も変わらないのだから。

 

「ま、どうにかなんだろ」

「おにぃさん……」

 

 何も、変わりはしないのだ。

 

 

 

 

 食事もほどほどに終わり、彼等の雑談も終わりを迎えようとしていた。 けどこれだけは聞きたかったとアリシアから声が上がる。

 

「おにぃさんって小さくなったりするけど、なんで?」

「……そういやそうだな」

「……じ、自分の事でしょ?」

「気にはなってたけどあんましな。 これと言って不自由ねえし」

「うそでしょ……」

 

 これである。

 というか、孫悟空自身この現象で窮地に陥ったことがあるはずなのにこれである。 まったくといった感じでアリシアがうなだれている中、界王神は苦笑い。

 それが答えられるという表現だと受け取ると、悟空は視線だけで次を促してく。

 

「あれは元々、ドラゴンボールの願いによって引き起こされた現象なのです」

「ドラゴンボールが? じゃあ、オラ子供になりてぇって願ったのか?」

「ふぇー、おにぃさんも童心にかえりたいって時もあったんだねぇ」

「いえいえ、違いますよアリシアさん」

 

 キラキラと目を輝かせているアリシアさんが何を考えているのかは男衆にはわからない。 すかさずフォローに入る界王神は、咳をひとつ鳴らすとそのまま悟空の全身を見る。

 

「あれは彼の意思ではなく、とある3人組の手違いで起こった現象なのです。 彼等もまさか“あの頃の孫悟空ならば勝てるのに”と呟いたのがそのまま願いとして受理されるとは思わなかったでしょう」

「ふーん、そうなんか」

「えぇ。 しかしその願いすら……究極のドラゴンボールの効力ですら無効化してしまえるジュエルシードというのは恐ろしいモノです。 いくらサイヤ人との相性が良くとも、あの紅い神龍の力さえ跳ね除けるなんて……」

「究極のドラゴンボール……?」

 

 聞いたことの無い単語だ。 悟空が呆けていると界王神が人差し指を宙に揺らす。

 

「これが、究極のドラゴンボールです」

『!?』

 

 そこに映し出されたのはホログラムのような映像だ。

 中に描かれているのは、いつか見たオレンジ色の水晶。 しかし、その中央に輝く星は覚えのある色ではいない……黒。 些細な違いも、何度もコレを見てきた悟空には簡単に引っかかる違和感だ。

 少しだけ小首をかしげると、界王神が続ける。

 

「大昔に、デンデさんの前の地球の神が作り上げた強力なドラゴンボールです。 その力は普通のドラゴンボールよりも強く、貴方ほどの強者を弱体化させることすら可能でした」

「へぇ、前の神さまがなぁ……あれ? でも神さまはピッコロと合体して消えたはずだよな?」

「はい。 普通ならその時点でドラゴンボールは消えたはずでしょう。 しかしアレは前の神が悪の心、つまりピッコロ大魔王と分離する前に作り出した代物だったのです。 いささか疑問に思えますが、合体――同化の際にこちらのドラゴンボールも蘇ったのでしょう」

「なるほどな」

 

 ……一人のナメック星人であったなら、サイヤ人になど負けはしなかった。

 

 以前、ナメック星での決戦の最中に誰かがつぶやいた言葉だが、これは決して嘘ではない。

 修行を重ね、尚且つ一回とはいえナメック星最後の戦闘タイプとの同化で力を上げたピッコロは、その後の神との同化で超サイヤ人ですら敗れた人造人間17号と互角に渡り合っている。

 そのことから彼らのスペックは推して知ることができるし、そんな潜在能力のある人物が全盛期に創り上げた奇跡だ、並大抵な代物ではないだろう。

 

「さらに“あの戦いの後”に残存していたマイナスエネルギーを身体に取り込み、究極のドラゴンボールですら完全に叶わなかった悟空さんの弱体化をも完全なものにしてしまった」

「完全?」

「そもそも紅い神龍ですら悟空さんの力を全て奪えなかった。 おおよそ在る程度の力を持っていたはずなのですが、それがマイナスエネルギーのせいで願いが補完されてしまったようで……本当に子供時代に逆戻りしてしまったのです」

「ふーん」

 

 おおよそ理解が及ばないアリシアだが、子供になるプロセスが神龍のせいだというのは往々に理解できた。

 しかし大人たちのつまらない会話にここまでついていく彼女は、少しだけまぶたが重くなる。

 

「ふぁーぁ」

「はは! アリシア、おめぇでけぇあくびだな」

「おやおや、眠気が襲いましたか。 陽気もいい事ですしお昼寝などなさってはいかがでしょう」

「……う、ん……そうする」

 

 界王神がニコリと笑えば木陰のあたりを指さしてみる。 一瞬だけ光が輝けばなんとも寝心地のよさそうなハンモックが創造されていた。

 

「では、そこでしばらくお休みください」

「おやすみなさい……Zzz」

「速いなあ、もう寝ちまった」

「あの年頃ならば仕方がないでしょう。 度重なる次元間移動に様々な世界を渡ることによる心的疲労。 あの幼い身体で良く受け止めきりました」

「そうだな。 プレシアの事もきちんと受け止めたし、なのはたちにも負けないくれぇ強ぇヤツだ」

「はい」

 

 微笑ましくもどこか同情をするかのような界王神の眼差し。

 そうであろう、彼女の負担は界王神が言うように大きいし、昔の悟空でもないのだ、体力的にも限界が来ていておかしくない。

 ハンモックの揺れる音を聞きながら、界王神は悟空に向き直る。

 

「私はかなり嘆きましたが、いまさら彼女をどうこうするつもりはありません」

「まぁな、あんまし変な事するとプレシアが鬼になるかんな」

「ちゃ、茶化さないでくださいよ!? ……真面目な話、界王神である私が時空に干渉するのは良くありませんし、まだ幼いながらに綺麗な魂をお持ちの方です、将来きっと世界のためになると思うのです」

「だな。 そこん所はさすがフェイトの姉ちゃんってとこだな」

 

 何となく彼女の安全を保障されたという事か。

 悟空がハンモックで眠るアリシアを見ると、今度は視線を横にずらしてみる。 ……銀髪が、じれったそうに揺れ動いていた。

 

「こらー! おヌシまた心を乱したじゃろ!?」

「いい加減この拘束にも飽きてきたのですが……まだなのでしょうか」

「それはこちらの台詞じゃわい! いくらお前さんがピチピチのベッピンギャルだと言っても限度があるわい! 疲れたんじゃー!!」

 

 進まぬ解呪に悟空は髪の毛をボサボサにしてしまう。

 何とも相性の悪い組み合わせだろうか。 神と元が付くけど悪魔だからかどうなのか、彼女たちは精神集中も忘れて壮絶な口撃を繰り広げていた。

 それすらも微笑ましく笑ってやれば、悟空も大地に背中を預ける。

 

「界王神さま」

「はい?」

「終わったら起こしてくれ」

「は、はい……」

 

 戦士のしばらくぶりの長期休暇だ。 彼は存分に夢の世界へと身を落ち着けることにしたようだ……神の世界で、戦士は安息に浸る。

 

 

 

 そうして 15時間 の時が過ぎて行った。

 

「残り80時間じゃ」

『増えてる!!?』

 

 孫悟空が起こされるまでもなく勝手に目覚めると、リインフォースに死の宣告が下されていた。

 

「お待ちなさい大界王神! 貴方は先ほど40時間とおっしゃった、なのにこれはどういうことです?!」

「どうもこうもないのう。 お前さん、悟空の事実が解明するたびに心を揺さぶりすぎじゃわい」

「し、しかしそれでもほんのわずかなものだと自負しています! それがなぜこんなことに」

「塵も積もれば山になる。 少しのタイムロスが積み重なった結果じゃ、いうなれば自業自得じゃな」

 

 銀の娘のフラストレーションも山となっていく。 それすらも織り込み済みなのだろう、やめるか? などと視線だけで問う大界王神に対して、リインフォースは首を横にすら振らない。 ひたすら俯いて、神経を研ぎ澄ませていく。

 

「そうじゃ、そうやって心を落ち着けておればいいんじゃ」

「…………」

 

 リンフォースが座禅を組み直す。 息を吐き、全身の魔力を丹田に集中させると凄まじい雰囲気が周囲を塗り替えていく。

 戦いの物というよりは、まるで修行僧が醸し出す静かなものだ。

 ここまで雰囲気を纏い出すと、さすがの界王神も固唾を呑み込んでいき――

 

「うひょお! この雑誌のオナゴ、すたいるえぇのお」

「…………クソじじぃ」

 

 足元に広げたスケベ本に現を抜かす偉い神さまに、見事ココロを揺さぶられていく生真面目娘である。

 

「…………あぁ、だから神は嫌いだ」

「おいおい夜天、そう邪険にすんなって」

「貴方は当事者ではないでしょうから分らないと思いますが、言った矢先に心を乱してくるのですよ? 小言くらい見逃しなさい」

「いやぁ、けどなぁ」

「なんですか?」

「え!? あ、その……なんでもねぇ」

 

 獅子を思わせる雰囲気を纏い、孫悟空を黙らせる図。 こんなんでもこの人、祝福の風と命名された新しき女神です……

 

「あのさ、界王神さま」

「はい?」

「しばらくかかるってんなら、オラだけでも先にあっちの世界に戻ろうかと思うんだけど、ダメか?」

「それは別段構いませんけど、いいんですかおいて行って?」

「ここでジッとしてんのもいいけど、さっさと帰っておかないとまずい気がしてさ。 すずかの中に居た変な奴とか、完全にほったらかしだしさ」

「あぁ、あの闇の書の中枢にいた存在ですか。 ……確かに彼女をあのままにしておくのは危険ですね」

「いや、そうじゃねぇ」

「え?」

「あの力を制御できるよう修行するって約束しちまったからな、だからはやくいかねぇと」

「な、なるほど」

 

 修行の約束をするのはこれで何回目だろうか。 事修行関係ならば彼の専売特許のような物だし、日常のように大きな力を扱う関係上危険な存在だってきちんと見てやれる。 だからこそ管理局でも稀な才能に目覚めた者達ですら鍛え抜くことも出来るのだが。

 

「どうする、アリシアも来るか?」

「うーんどうしよう」

「出来れば早くプレシアに会わせてやりたいが、夜天を一人にしておくのもなぁ」

「うーん…………おにぃさんに着いていく!」

「おーい夜天―! 先むこうに行ってるけど、焦って追いかけてこなくていいかんな!」

「え?! あ、主にどうかよろしくお伝えしてください! わたしは絶対に帰ってくると――」

「儀式が終わってからじゃな、あと79時間」

「…………はい」

『はは……』

 

 一向に減らないタイムリミットに全員が通夜のムードになっていたとさ。 リインフォースの苦労は計り知れない。

 

「ではしっかり捕まっていてください」

「おう、アリシア、おぶってやっからこっち来い」

「うん!」

「行きますよ! カイカイ…………――――――」

 

 いろいろな準備を終えた彼らは、こうして元の世界へと帰還することになった。 一人、試練と解呪を続けている女神さまを置いて行きながら。

 

 

 

 

 

AM3時50分 なのはたちの世界 

 

 寒空の下、北風が山へ駆け抜けていく。

 もうすぐ日が昇ることも相まって、闇が一層深くなり寒さがより増していくこの時間帯、もう一組の風が舞い降りてくる。

 

「――――――…………何とか着きましたね」

「この感じ、あぁ、間違いなくなのはんとこの地球だ」

「ここが“ふぇいと”がいる世界……20年後」

 

 銀、金、そして黒。 彼らは世界を見渡すと各々感慨にふけっている。 少々別の意味で感動している者もいるがそれは関係の無い話だろうか。

 さて、界王神が旅の終わりに感激している中、悟空は彼に視線を投げかける。

 

「世話になったな」

「いいえ、こちらの方こそお世話になりっぱなしですし」

「そっか。 ……また今度な、界王神さま」

「げんきでね、神さま」

「えぇ、お二人ともお元気で。 カイカイ…………――――」

 

 銀色の神がこの世界から消えていく。

 世界の最高神に軽い挨拶を投げかけた戦士は、幼子を背に佇んでいる。 この世界に帰ってきて、やらなければいけないことは数多くある。 そして、それを済ませるために起こす行動はひとつしかない。

 

「まずはなのはたちに合流すっか。 えぇと、なのはの気……?」

 

 けど、だ。

 

「おかしい、なのはの気が小さすぎる」

 

 いつかの焼き直しに悟空の眉間にしわがよる。

 まさか……そう思い彼の感覚センサーは別の物を見るために、機能を切り替える。

 

「うーん、魔力の方はいつも通りだな。 でけぇまんまだ」

 

 彼女たちの戦闘は魔力が全てだ、ならば大規模な戦闘にはなっていないだろうと踏んだ悟空は腕を組み考え込む。

 

「こういう時に夜天がいればなぁ、置いてきたのはまずかったか」

「リインおねぇさんならすぐに良い考えが思いつくもんね」

『うーん』

 

 戦略だとか、慎重さだとかが足りない二人はここで悩んでしまう。 そうやってできるようになっただけでもいままでの時間旅行に意味はあるし、この光景をリインフォースが見れば涙を禁じ得ないだろう。

 さて、様々な考えを走らせている悟空はここでひとつ案を上げてみる。 どうやら、二人で相談することにしたようだ。

 

「このまま瞬間移動で行くのはなんかダメな気がする」

「うん、おねぇさんだったらダメって言うはずだよ」

「じゃあ、このまま足で行くか。 幸い、あいつとの距離はそんな離れてねぇしな」

「はーい!」

 

 言うと彼はブーツを鳴らして歩き出す。 背中に幼子を背負ったままなのは、これからの道のりが彼女にとって険しすぎると判断したからだろう。 特に苦も無く、そのままのペースで彼は道を行く。

 

「ふーんふふーん」

 

 鼻歌混じりに海鳴の道路脇を歩いていく悟空。 こう、なんというかいつも走るか空を飛んで移動しているからか、見える景色が違ってくるのは新鮮である。 ……そんなこと彼が思うのかは謎であるが。

 とにかく彼はひたすら足を動かしていく。 すると。

 

「な、なんだ?!」

「わ、わ!?」

 

 空が突然戦慄く。

 雷鳴が轟き、海が怒涛に荒れ、夜空の中に暗雲が広がっていく。 この光景はアリシアが体験したこともない混沌であるが、しかし、悟空には幾分見慣れた光景である。

 

「空が一気に暗くなった……誰かが神龍を呼んだんか!?」

 

 まさか……そう思いつつも見慣れた景色はいつもの通りを繰り返していく。

 空が漆黒に染まり、其の中に強大な生物が優雅に泳ぎ、天から大地を見下ろしていく。 この世のすべての生物が、自然界の頂点を見た時、世界が震えあがる。

 

「今の大声、間違いない神龍だ!」

「え!? じゃあ誰かがドラゴンボールを?」

「そうだ。……そのはずなんだが」

 

 おかしい。 悟空が思うのは当然だ。

 なぜならドラゴンボールはつい最近使ったばかりだ。 自身も間接的にだがその恩恵にあずかっている。 なら、今後一年間はあの龍が現れることはまずない。 ……ならばどういう事か。

 孫悟空は空中へ一気に舞い上がる。

 

「きちんとつかまってろアリシア、一気に飛んでくぞ」

「うん!」

 

 そのまま全身から気を放出すると、彼は深緑の龍が現れた地点へと一気に飛翔を開始するのであった。

 彼の速度は飛行機に負けないし、そもそも全人類が総出で開発した物品が在ろうとも負けるはずもない。 しかし今は背中にアリシアが居るのだ、だから加減を効かせながらも急いで飛行する彼は、神龍がいる場所まで行くのに時間がかかってしまった。

 

 それが今回、良い方向に転がる。

 

「……あれは……っ」

 

 そこで見たのは、見知った顔の二人組である。

 

「恭也、どうやら大変なことになった」

「どうしたんだい、父さん?」

「この子、尻尾があるよ」

「え!?」

「シロウ、それにキョウヤだ……け、けどアレは……!」

 

 そして、そのふたりが相手取っている者に、アリシアですら最近見たことがある。

 それは―――それは――――!!

 

「お、おにぃさんだ。 ……小さくなったおにぃさんがいる!」

「なんでだ……いったいどうなってんだ」

 

 伸長120センチ未満の男の子、つまり孫悟空の子供の姿である。

 それを抱え、困った表情をしている士郎を見た時、悟空の中で何かがつながる。 そうだ、あの光景はおぼろげながらに覚えているのだ。 ここは、間違いない――

 

「界王神さま、少し時間が早ぇぞぉ」

「そ、そうなの?」

「オラたちが最初に出会ったところだ、間違いねぇ。 オラたちは今、初めて士郎と出会った時間に来てんだ」

「えっと、確か4月の初めだったっけ?」

「そうだ。 夜天に聞いてるかもしれねぇが、オラは今この時初めてこっちの地球に来た。 そんで、士郎に拾われる形でなのはとみんなに出会うんだ」

「ふぇ……てことは?」

「もうしばらく余所でジッとしてるしかねぇ」

「まだママに会えないんだ……」

「困ったなぁ」

 

 ここで介入することは可能だ、しかしそのあとはどうなるかが分かった物じゃない。

 

「ここでまだ眠ってる夜天を叩き起こすと、クウラがどう動くかわからねぇし、ターレスの邪魔もしねぇ方がいいな。 あそこでなのはが死に掛けたけど、それと同じくれぇにオラも劇的な変化ってのが有ったかんな」

 

 大猿への変身と、超サイヤ人の覚醒。

 この二つが起きなければ、そもそもクウラに支配されたシグナム達にも勝てやしなかっただろう。 そのことを想いだし、アリシアの時のようにちょっかいを出すのはまずいと思った悟空。 彼はそっと茂みに身を隠すと、事の進展を伺う。

 

「おにぃさんどうするの? このままここにいる?」

「そうしたいとこなんだけどな。 たしかターレスが持ってる機械は相手の気と場所がわかるはずだったから、こうやってここにオラが留まるのは少し危険だ」

 

 周囲を探り、この世界で自身を除いて一番巨大な気を探る。 

 そう、今現在誰よりも強い気を持つのは恐らく自身とは別のもう一人の戦闘民族だろう。 少しだけ鋭くした視線、彼が黒いサイヤ人の気を掴んだ。

 

「…………プレシアの所に居るのか」

「え! ママ?」

「あぁ、あいつは最初にプレシアの持つジュエルシードと、それを集めることのできる技術に目を付けた。 前に仲間のベジータが言ってたんだけどさ、他の星の技術を奪ったり吸収したりすんのはサイヤ人の十八番らしい」

「じゃ、じゃあママはいま……」

「オラとは違う悪いサイヤ人に手を貸してる――従わされてるって言った方がいいな」

「そんな!? ママを助けないと!!」

 

 アリシアがここで走り出そうとする。 しかしそんな彼女を悟空は高速の足運びで先回りをし、その場に留めさせる。

 

「気持ちはわかる。 けど今は我慢してくれ」

「ぅぅ、でも」

「あと半月もすればオラがやっつける。 夜天が言ってたろ、時間をむやみやたらに変えたらいけねぇって」

「けど――」

 

 幼子が吠えるが、青年はひたすらに静かな瞳で彼女を見るばかり。 そこにどんな思いが込められているかなんて、歴史改竄という禁忌を犯し自身を救い上げた彼の苦労を見てきたアリシアには十分理解できることだ。

 彼女は幼い、我が儘も出るだろう。 けど、彼女の責めるかのような声はここで止んでしまう。

 

「……わかった」

「わるいな」

「いいよ。 ……ちゃんとおにぃさんがやっつけてくれるんだよね?」

「あぁ、もちろん」

「じゃあ、いい」

 

 そっとアリシアの頭に手を乗せた悟空。 何も言わずに左右に動かし、彼女の頭を揺らしてやる。 少しだけ乱暴に見えて、その実細心の注意を払って彼女を慰めた戦士は、ここで別の方角に視線を向ける。

 

「さてと、時の庭園にターレスが居るのは分った。 あそことここから離れたところでしばらくキャンプだな」

「そうだね。 あーあ、こんなことならリインおねぇさんの用事が解決してから来ればよかったね」

「だな。 アイツ、寝床作るのとか異様にうまかったしな」

 

 思い出される器用な人。 彼女が作り出した数々のオリジナル家庭的魔法を思い出し、いままでどれほど自身が恵まれていたかを思い知る。 そうだ、あれほど最上な旅の友などいるわけがない。

 

「まぁいつまでもここでジッとしているわけにもいかねぇしな。 んじゃま、ここから離れるか」

「うん」

「どこ行こうかなぁ……あ、そうだ! いつかはやて達と行った南国みてぇな世界に行くか。 あそこならターレスを倒すまで誰も近寄らねぇしな」

「南国?! やった! 海に行くんだね」

「アリシア、海平気か」

「行ったことないけどたぶん大丈夫!」

「よし、だったらさっそくいくぞ」

「はーい!」

 

 …………――――かくして孫悟空とアリシア・テスタロッサの長い長い時間潰しが始まったのである。

 注意点は悟空とリインフォースが消えた時間までの間に不必要な干渉をしないこと。 ターレスやクウラのスカウターに見つからないこと。 そして。

 

「管理局の連中には気ぃ付けんだぞ」

「どうして?」

「アリシアのかあちゃんの言い付けなんだ。 よっくわかんねぇけどな」

「ふーん」

 

 よく分からない……それが二人の感想だろう。

 いやいや、発言した悟空がきちんと説明しなくてはいけないのだが、何がどう彼らが悪いのかがわからない。 それが彼のいいところであり悪いところである。

 

 そうしてしばらくの時間を過ごす彼等。

 海。 サンサンと降り注ぐ太陽と、南国特有の潮風と熱気。 活動的な二人には御似合いな環境はこれ以上なく、当然彼らがじっとしていることなどありえなかった。

 

「おにぃさん見てみて! おっきいカニさん!」

「お、はは! でっけぇな」

 

 親子カニが横歩きで砂浜を横断していく。 波にさらわれそうになるところを、ハラハラと見守るアリシア。

 夏の日差しが強い、波音が耳を心地よく流れていく。

 

「ふぅ」

 

 すこしだけ額に汗が浮かぶ。 体感温度は35度と言ったところだろうか。 常夏の世界の中心でバカンス幼子にやんわりと風が吹く。

 だけど少しだけ暑い……そう思った時だ、彼女の頭上に大きな影が刺さる。 ……悟空が何かしたのかと想い見上げてみるとおっきな笑顔がそこにあった。

 

「アリシアすごいぞぉ、ほれ! でっけぇ恐竜だ!」

「…………わーい」

 

 ……幼子が立ちくらみを起こしたのは常夏の陽気のせいではない。

 

「そこでじゃれついて来てさ、はは! くすぐってぇぞ」

「……わたしにはどうしても身体に食らいついているようにしか見えない」

「ん? なんかいったか?」

「なんでもないよー」

 

 あんまりな現実なんか置いて行ってしまった幼子は太陽を見上げる。 サンサンと降り注ぐ熱気にからだを焼かれつつも、足元の波が体温を下げてくれる。 完全なバカンスだ、幼子の気持ちは晴れやかで愉快。 何とも気分のいいことだ。

 

 恐竜をそっと帰し、そのまま今日を終えていく二人。 手作りの小屋でする寝泊りはアリシアには新鮮で、その日は早く眠りに就くことが出来なかった。

 

 翌日から始まる元気な日々。

 孫悟空の冒険話と、その実演をいくらか交えながら彼女の毎日が過ぎていく。 時に赤色に光り、時に黄金に輝いて、太陽に向かって蒼い光が駆けぬけて行ったりした。

 そのどれもにおどろき、喜んで、はしゃいでいた。 毎日が楽しく、全く退屈という物を知らぬ日々を幼子と青年は過ごしていった。

 

 

 

 数か月を通り抜けて、アリシアが海での暮らしになれてきた頃だ。

 

「あ!! この感じはオラの気だな……てことは……」

「どうしたのおにぃさん?」

「アリシア、ここから移動すっぞ!」

「?」

「随分前に一回だけオラとはやて達とでここに来たことがあんだ。 ……たぶん、それが今日だな」

「ということは?」

「過去のオラがはやて達と一緒にここに来るはずだ。 もうずいぶん近くに来てる。 バレないうちにどっかに行くぞ」

「はーい!」

 

 片腕を上げて元気よくお返事。 アリシアがそう返せば悟空が彼女を片手で抱き上げて、開いたもう片方の手でいつもの格好を取る。 額に指先を持って行ったそれは世界を渡る技法だ。

 彼は少しの間だけ精神を集中させると、世界を超える。

 

「――――――――――…………到着!」

「わ……すごい」

 

 その視界の先。 超えた世界で見たのは深緑が支配する世界であった。

 生い茂り、絡み合い、大地に根を生やし大空へ伸びをする。 木々というには言葉が負けているそこは、まさしく秘境と呼ばれる場所である。

 その、今まで居たところとは全く違う山々を前にして、アリシアは呼吸をひとつするのでいっぱいいっぱいであった。

 

「ここはな、前にオラたちがベジータと一緒に戦ったところだ」

「べじーた? お野菜?」

「ん? ちげーぞ。 王子様だ」

「王子さま!? おにぃさん、そんな人とお知り合いナノ!?」

「…………たぶんアリシアが思ってるのとはちぃと違うかもなぁ。 けど、そうかな」

「すごい、すごーい!!」

 

 どんな格好でどのような姿の王子様を想像されているかは分らぬが、目を輝かせている姿を見た悟空は取りあえず彼女を放っておくようだ。

 

「……しばらく、ここに居ていいんだよな?」

「おにぃさん?」

「いや、なんでもねぇ」

 

 しばしの疑問。 だけどアリシアからの不安な声ですぐさまいつも通りに戻る悟空は、そのまま林の中を歩いていく。 どうやら今日の寝床を確保するようだ。

 

「ここでいいな」

「ひろいねぇ」

「ちょっとした広場になってて、あたりに動物たちはいねぇ。 あいつ等の縄張りに入ってなくて、少し近くには水場がある。 ……今日からしばらくここに寝泊まりすんぞ」

「はーい!」

 

 言うなりあたりを見渡す悟空は適当な木々を見つめる。 静かに、大人しく。 目と鼻の先に居るアリシアでさえも呼吸音が聞こえるくらいな静寂が訪れた……刹那。

 

「――――キッ!!」

「ビク!?」

 

 視線を鋭くする。

 同時、そのまま睨んでいた木々のいくらかに亀裂が走り、大きな音を立てて大地に横たわる。 そうだ、この突然の出来事は悟空の気合砲によるものだ。

 

「もうあと5、6本あれば十分だな」

「な、何するの?」

「ここから数か月、あの島に居た時よりも長い間ここに居るからな。 小屋でも作ろうかと思ったんだ」

「……そんなこと出来るの?」

「あー! アリシアいま、オラの事バカにしたろ?!」

「そんなことないけど……けど」

 

 夜天さんが居ない今、そのような器用なことを彼に頼んでいいモノだろうか。 今までの生活で彼のいい加減さと大雑把さを、コレデモカと見続けてきた幼子の洞察力に狂いはないだろう。

 しかし、其処は孫悟空。 彼にはきちんと経験がある。

 

「前に界王さまってひとの所で手伝ったことがあるんだ。 まぁ、見とけって」

「……不安」

 

 アリシアの独り言。 けれどこれは仕方がない。 適当を地で行く彼の戦績は酷いの一言だ。

 

 ギャルを連れて来いと言ったら一応筋斗雲に乗れるけれど、プロレスラーで世界を獲れるレベルの巨女を連れて来たり。

 界王星の主をサルと間違えたり。

 引力に引かれた飛行船の修理中に足を接着剤で固める。

 免許を取りに行って『ハンドルをきれ』→『ハンドル取ったぞー!!』当然事故る。

 悟飯、おめぇの出番だ。

 界王神との裏取引にライバルの妻を差し出すetc.etc.…………振り返れば酷いモノである。

 

 そんな彼の実態を知らないけれど、どことなく空気で察したのだろう。 彼女の不安は底知れない。

 

 …………はずだった。

 

「ふんふふーん……」

 

 人間の膝下くらいの大きさの丸太がある。 おもむろに手を置くと、無造作に真っ二つになる。

 

「…………はい?」

「ふふーん……」

 

 人間大の丸太がある。 これに軽くノックすると、先ほどと同じ挙動で真っ二つになる。

 

「あの、おにぃさん?」

「ふんふふーん、ふっふー」

 

 荒い木材の肌。 これに触れてやり、軽く撫でてやると面取りが終わる。 ……角すら取れた製品として、市場に出せるくらいの木材へと変わっていく。 先ほどまで大地に刺さっていたとは思えない。 見る目がある人物でも見間違えてしまうだろう。

 

 恐ろしいまでに手慣れた作業に、アリシアは言葉を失う。

 ノコギリはおろかヤスリも使っていないのに幼子が触っても平気な木材が完成していくのだ。 ……常識を遥かに超えた速度で。

 

「さってと」

「何となくわたしにもわかる……お家の材料だよね……」

「お? なんだ案外わかるんだなぁ。 そうだ、これから家建てんぞ」

「は、はーい……」

 

 設計図とかはないらしい。 建築関係のヒトが聞いたら泣くレベルである。

 

「さてと。 アリシア、少し離れてろ」

「え?」

「それ!」

 

 言うなり木材の全てを宙に投げ飛ばす悟空。 乱雑なそれは、特に規則性の無い適当な投擲である。 いきなりの事に目を丸め、口をあんぐり開け放ったアリシアには理解がまるでできなかった。 …………まず、縁の下が完成した。

 

「な、なになに!?」

「―――――――」

「お、おにぃさんなの?!」

 

 超速の移動速度。 まさに目にも止まらない速さでくみ上げを開始する悟空。 映像の早送りを見ているかのように次々と材木が組み上がっていく。

 縁の下から骨組みが完成し、そこから床になるフローリングの組み合わせと壁の貼り付け、さらに屋根を創ればあっという間に一軒屋が完成する。

 

「……10分と経ってないのに一軒屋が出来上がった……」

「ま、二人でならこんくれぇだろ。 そんじゃ今日の晩飯獲ってくっから、おめぇはここで留守番してろ?」

「は、はーい」

 

 呆然と返事を返すアリシアを余所に、孫悟空は独り森へと消えていくのであった。

 

 

 

 そうやって深緑の世界で暮らすことこれまた数か月。 アリシアが一人で山菜と独走の見分けが付くようになった頃合いであろうか。 孫悟空が、徐に空を見上げた。

 

「……この感じ。 クウラの奴か」

「おにぃさん?」

 

 つぶやいたのは鋼鉄の兄の名前。 かつての死闘と、いま悟空がここに居る最大の原因を作った半機械生命体である。 その奴の存在が次元世界を超えて悟空のテリトリーの中に入り込んできたのだ。

 今まで感じなかった気配に、悟空はようやく思い至る。

 

「そうか。 もうあいつ等と闘う頃か」

「……おにぃさん」

 

 少しばかり陰る悟空の顔。 当然だろう、なにせ相手は宇宙の皇帝の兄。 自身を追い詰め、幾度となく死に縁に立たせた相手だ彼の反応は仕方がないだろう。 アリシアも鋭くなった空気を感じ取り身をすくませる。

 

「……あ、あの」

「――ん? お、わりぃな。 少しばかり気ぃ張っちまった」

「大丈夫……だけど。 心配?」

「いや。 事の顛末は全部知ってるしな」

「……」

 

 そう、彼はすべて知っている。 ここから起きる苦難の数と奇蹟の大きさを。 だから自身が手を貸す必要はないだろうし、余計な心配はいらない。

 

「……」

「お、おにぃさん?」

「…………」

 

 それでも、彼はずっと空を見上げている。

 まるでその向こうで戦いが起こっていて、今もなお見届けているかのような行動はまさしくその通りである。 気を探れて、しかも最近では魔力の機微ですらわかるようになったサイヤ人の彼。

 そんな彼はずっと見ているのだ。 彼女たちの戦いを。

 

「お、おにぃさん!」

「――どうした?」

「あ、あのね」

 

 難しい顔をした悟空になんだか言い知れない不安を覚えたアリシアはついに声を上げる。 自身にできることなどちっぽけだ、それをわかっている彼女は聡明だし、やはり歳不相応に気遣いのできる子だ。 けどそんな彼女だからこそ今持てる限りの勇気を振り絞って言う。

 

「見に行こう! わたし、全然怖くないから」

「え? いや、けどなぁ」

「い、妹のこと心配なの。 それにおにぃさんだって不安なんだよね?」

「…………」

 

 参ったなぁ。 そんな顔をしてしまえば、アリシアの言ったことが嘘かどうかなんてすぐにわかってしまう。 実際、何度も空を見上げていたあたりから悟空自身わかっていた。 あの戦いの中で引っかかるものがあるのだと。

 

 戦士の貌をし始めた彼はそのまま屈みこんでアリシアに向き合う。 幼子と言えどその目に迷いはない、良い目をしている。 そんな彼女に後押しされた悟空は…………――――もう一度だけ過去の世界へ介入していくのであった

 

 

 

 

 ――――氷の世界

 

 空を覆う分厚い雲。 そこから吐き出される氷の微粒子が雪となって降り注がれる。 氷河期を想起させるこの世界に孫悟空は――――…………おおよそ3回の瞬間移動でたどり着いた。

 

「…………ふぅ、誰にも見つかってねぇな」

「あれ? おにぃさんの瞬間移動って誰かがいないといけないんじゃなかったの?」

「あぁ、まぁな。 けどすぐ近くの世界からここいらに漂ってる強い魔力の跡ってのかな。 そんなのを辿ったんだ。 まぁ、近くにはリンディが居るみてぇだけど、今アイツに見つかるのは良くねぇしな」

「……ふーん」

 

 あまりよくわからないが、取りあえず頷いてくれている幼子。 それを微笑んで見送れば今度こそ悟空の表情が険しくなる。

 

「……少し離れてるな。 アリシア、もう少しだけ近づくぞ」

「あ、うん」

 

 アリシアを抱き上げ、ゆっくりと宙へ浮かび上がる悟空。 そのまま遠くに視線を投げれば舞空術で空を翔ける。

 

「居た。 なのはにフェイト、それに……」

「あれ? リインおねぇさんだ! なんで、なんで?」

「……」

 

 三人が居た。 それぞれが死力を尽くし、思い思いの戦いを繰り広げている。

 なのはのアクセルシューターが闇の書の彼女を追いかけ、フェイトのバルディッシュが猛攻をいなしてカウンターを決め込んだ。 壮絶な戦いに言葉が出ないアリシア。 そして……

 

「…………まだだ」

「え?」

「もっと早くできるはずだ、いけ……そこだ……」

「お、おにぃさん?」

 

 この、男はというと。

 

「行くよフェイトちゃん!」

「わかった!」

「挟撃? やりますね」

 

「あー! 違う違う。 今のは挟み込むと見せかけてなのはに魔力を溜めこませて……」

 

『うおぉぉぉおおお!!』

 

「……ちがう、そうじゃねぇ」

「おにぃさん、観戦してる場合?」

 

 彼女たちのホンキを冷静に叩き切る。

 

 いつ手が出てもおかしくない状況だ。 だがしかしそれは夜天との約束を反故にするモノだ、悟空自身、かなり強い決意を持って自粛しているのだ。 手を思い切り握りしめながら、飛びだそうとする我が身を必死に抑え込んでいる。

 

「この!」

「なのは。 今の攻撃はディバインバスターだな? もう少し威力を落として連射すれば敵の足が止まってフェイトが援護しやすいだろうに」

「せいッ!」

「フェイト。 ……いまのは防いじゃダメだろう。 もう少しうまい事躱して――あぁ、我慢できずに突っ込んじまった」

「…………おにぃさんって、お父さんみたい」

 

 いつ手が出るか、分らない……

 

「まず、ひとり」

「……あっ」

 

 ここで闇の娘がなのはに肉迫する。 白い女の子が不得手なインファイトに持ち込んだ彼女の方脚が闇色に染まり、一気に振りかぶられていた。

 

「あ! あのヒトあぶない!」

「…………っ!」

 

 なのはの目の前に迫る足刀。 それは空を切り堅牢なバリアジャケットですら破壊せしめるだろう。 即座に動く、そんなことも出来ないまま闇の娘が繰り出す攻撃を目で追いながらも、身体が反応しきれていない。 その姿にフェイトの顔は絶望に染まり、遠くにいるあの男は……

 

「……まじぃなぁ、ありゃよけれねぇぞ」

『…………………』

 

 誰もが反応しきれない速さで状況を確認するや否や……そっと目つきを――――鋭くする。

 

「――――――キッ!!」

「あぅ!?」

「なに?!」

 

 ヨロケルのはなのは、驚くのは闇の娘。

 たった今放った攻撃は絶対に避けられないタイミングだ。 絶対にそうなるようにシミュレートをしたし、彼女の癖と動き、さらに瞬間移動のコンボを組み合わせたこの蹴りは間違いなく当たるはずだった。

 だがそれが避けられるなど一体どういうことだ?! 闇の少女が膨大な知識量を総動員している刹那、魔導師の彼女たちは一斉に動きを―――――――

 

 

「……手ぇ出しちまったな。 アリシア、ここから離れんぞ」

「え! え!? いいの? だって……」

「もう少しで“オラ”が来るころだし、あいつ等もこっから先は油断しねえだろ。 きっと平気さ」

「……わかった」

 

 それらを見届けることなく、たった今ちいさなおせっかいを焼いた男は戦場を後にする。

 

 

 

「―――――……到着、と」

 

 一足先の帰還。 おそらく今頃氷の世界では魔力の充填が終わった悟空が無双している頃合いだろう。 その戦闘を感じ取りながら、青年は周りを見渡す。

 彼の瞬間移動は知っている者、もしくは感じ取れる気を辿らなければ成立しないモノだ。 逆に言えば瞬間移動した先には必ず人が居るということになる。 そう、ここに入るのだ、彼が思い浮かべることができる人物が。 ……それは。

 

「ご、悟空君?」

「オッス、ミユキ。 元気してたか?」

 

 高町家長女その人である。

 両手に大きな包みを抱えた彼女。 買い物の途中か頼まれごとの最中か。 パッと見ただけではなぜ彼女がこんなところにいるかはわからない。 しかし、悟空は彼女の持つ荷物に既視感があった。

 

「刀か? それ」

「あ、うん。 今日はこの子たちの手入れを頼みに……って、悟空君こそいきなりどうしたの?」

「ん? あぁ、ちぃと野暮用でな。 遠いとこから来るのに、見知った気を探してたらミユキの気をみつけたからな、使わせてもらったぞ」

「それは別にいいけど。 ところでその子……」

「あ!? こ、コイツか!? え、えっとぉ」

 

 悟空の背に隠れるようにしているアリシアを目ざとく見つけた美由希。 彼女は幼子から感じ取る奇妙な違和感を手繰り寄せると、思考を高速で廻していく。 この子、なにか変ではないか?

 

「背丈が低い気がするし……なんだろう、表情も若干……」

「…………ふ、普段は結構鈍いのにこういう時だけ――――」

「なに? どうしたの? 全身汗だくみたいだけど……」

「な、なんでもねぇ! そ、そうだ! こいつさ、プレシアの知り合いでフェイトの従妹なんだ。 今度きちんと紹介するからさ、またあとで良くしてやってくれよな!」

「あ!? ちょっと悟空君?!」

「オラ急ぐから――じゃなぁ!」

 

 即座に大空へ逃げていく悟空を追う事なんて、美由希にはできなかった。 あっという間に気流に乗っていったサイヤ人を余所に、美由希は独りかけたメガネをずらしていく――――……そんな彼女にもう一つ声が投げられる。

 

「……ミユキ! 良かった、やっぱおめぇの気だったか」

「悟空君……え!? いま、あれ?」

「わりぃが“コイツ”頼んだ。 ……クソ、やっぱ結界が張られてやがる。 クウラのヤロウ!」

「悟空君!?」

 

 ホテルのボーイさんに荷物を預けるが如く、手に持ったライトグリーンの女性を放り投げたのは衣服をボロボロにして、全身に火傷を負った青年であった。 緩やかに生やされた尾を逆立てながら遠くを視認すると、そのまま不可視のフレアを撒き散らして大空へと翔けぬける。

 

「なん、なの……」

 

 あっという間の急展開。 先ほどとは180度変わった青年の表情に腰を抜かしつつ、呆気にとられた美由希はタダ、空を見上げるだけであった。

 

 

 

 

「おーあぶねぇ」

「ね、ねぇ。 いまなんだかとんでもなく危なかったんじゃ……」

 

 アリシアを抱えながら戦場とは正反対に飛んでいく悟空。 自身の過去を遠くから見下ろしながら冷や汗を拭うと、腕の中の少女がつぶやいていた。

 自身が今まで何をやっていたか、というよりは自身という巨大な気の接近を察知してから逃げている節のある彼は、今のところ何とか最悪の事態は避けているようだ。 だからだろう、彼は今まで気が付かなかった。

 

「そういやなんだか大切なことを忘れてる気がすんだよなぁ」

「どうかしたの? 忘れ物?」

「ん~~なんだかやんなきゃいけないことがあるような、ないような……?」

 

 そう、彼等にはまだ仕事がある。

 

「……んー」

「?」

 

 アリシアの顔を、じっと見つめる。

 何かがうっすらと浮かんできては沈んでいってしまい。 掴んだと思った気がかりは空気のように消えて行ってしまう。 つかめない手がかりにいい加減諦めが先行していくときであろう。 彼は、そっと声を出した。

 

「……ぁ」

「おにぃさん?」

 

 口をおっぴろげ、呆けること数秒。 飛んでいた雲が引きちぎられ、小鳥がさえずりをやめた。 太陽が不意に隠れたとおもった時だろう。

 

――――――――――――はぁぁああああああああああああッッ!!

 

「な、なに?! 地震!!」

 

 盛大な揺れにアリシアが目を丸くする。 しかしそれはおかしいことだ。 なぜならここは高度5000メートルはくだらない上空だ、地面など遥か下方にあるのだ。 それで地震? ……いいや、これは地球環境が引き起こした天然自然の現象ではない。

 

「そうか。 もうオラが超サイヤ人2になったころなんか」

「す、す?」

 

 たった一人のサイヤ人が引き起こす災厄だ。 奇跡の代償に地球が泣き叫ぶ中、孫悟空はようやく思い出す。

 

「……そうか、このあとクウラを黙らせてなのはたちを助けんだよな」

「そうなの?」

「あぁ。 ……けどそん時、たぶんアリシアの力を借りるかもしんねんだ」

「どういう意味?」

「ちぃと心当たりがあってな」

 

 言うなり遠くを見据える悟空。 時を越え、世界を超えた先に来たほんの少し過去の世界。 ここでもう一仕事を決め込んだ彼は額に片手を運んでいく。

 

「あんときは集中しきれなかったから見落したが、今のオラなら……ヨシ、捕えた」

 

 たった一つの気……邪悪な存在を感じ取った悟空は視線を鋭くする。 全身に不可視の輝きがあふれるとその色を金色に染め上げる。

 

「お、おにぃさん?!」

「アリシアしっかり掴まってろ。 次飛んだら多分いきなり戦闘だぞ」

「え? え!?」

「いくぞ……――――」

 

 超戦士の跳躍。 消えた空間を埋めるように風が流れると、遠くの方で爆発音が轟く。 ……戦いは、終局へと向かっていた。

 

 

 彼の舞台裏作業も終盤戦へともつれこんでいく。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

アリシア「ねぇ、これからどうすればいいの?」

悟空「……」

アリシア「おにぃさん?」

悟空「いるんだろ? 姿見せたらどうだ」

アリシア「?!」

???「フン。 どうやってオレの中枢に来たかは知らんが、ここに来たのが運のつきだ、消えてもらおう」

アリシア「なに!? どうなっちゃってるの!!」

悟空「なぁに、大ぇ丈夫。 すぐおわらせるさ。 次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第76話!」

アリシア「過去から未来へ」

悟空「さぁてと、本格的に修行すっか!」

アリシア「……これ以上つよくなってどうするんだろう?」

悟空「なんでだろうな?」

アリシア「あ~なんだかいじわるな顔。 ぶ~~」

悟空「ははは! また今度教えてやるって。 んじゃな!」


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