魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第76話 過去から未来へ

 

 

「―――――…………着いたな」

「こ、こ……どこ? 真っ暗……」

 

 そこは闇の世界。 目を開いてるはずなのにその感覚すらない暗闇が支配する場所だ。 何も見えず、自身の存在が不確かなそこは5分と居れば正気を失いかねない地獄である。 ……この青年が居なければだが。

 

「おにぃさんが明るくてよかった!」

「……そういうために超サイヤ人になったんじゃねぇけどな」

「そうなの? すごい便利だよ?」

「まぁ、そうなんだけどさ」

 

 子供心全開な称賛に後頭部をかく悟空。 ボキャブラリーたっぷりに揺れる金髪をにっこり笑顔で見ているアリシアは満面の笑みだ。 けど、そんな彼女を見る悟空の目つきは一気に鋭さを増した。

 

【貴様!? なぜサイヤ人がこんなところに!】

「びくっ!」

「随分久しぶりだなクウラ」

 

 闇の中で鈍く光る鋼鉄の身体。 この空間に忽然と現れたのは悟空を時間旅行に旅立たせた最大の元凶であるクウラだ。 だが、今目の前に居るのは正確にはクウラであってクウラではないのだ。 悟空は瞬時にそれを見切る。

 

【なぜ生身の貴様がこの中枢に来れる! まさか体内のジュエルシードが……いや、そんな馬鹿な!!】

「わりぃがおめぇの相手をしている暇はねぇんだ」

【……余裕を見せつけやがってぇぇ……】

 

 相当に苛立っているクウラ。 重低音を響かせると鬼のような形相で孫悟空を睨みつける。 彼の力は強大だ、それは悟空自身分っている。 それに、青年にとって不利な状況がひとつだけあった。

 

【外では苦戦していたようだが、ここはオレの体内だ! 負けるはずがない!!】

 

 絶対の自信をもって言い放たれるクウラのこえ。 それをどう受け取ったのか拳を強く握る悟空はひたすらに無言だ。 彼はその場で足を地に踏みしめると、息をそっと吐く。

 

【死ぬ準備が整ったようだな……】

「…………」

【どうやったかは知らんが、ノコノコとこんなところに来たのが運の尽きだ。 消え――――――!!】

 

 雑音が聞こえなくなる。 まるでコンセントを引っこ抜かれたスピーカーのように大人しくなったクウラ。 鋼鉄も精神集中が必要だったわけではあるまい。 ……そう、彼は自身から声を抑えたわけではない。

 

「…………ッ!」

【き、……ぎっ?】

「……」

 

 悟空の裏拳がそっとクウラの首をはねたのだ。 闇の向こうに消えていく機械の生首。 火花でも散っているのだろう、時折空間を照らしながら深遠へと沈んでいく。

 

「……お、おにぃさん……」

「行こう、アイツらが待ってる」

「……うん」

 

 いままでに見たことの無い冷徹な顔。 それを見てしまったアリシアは正直怯えを隠せないが、その姿すらも包み込むように彼女を抱える悟空は、暗い世界を只真っ直ぐに飛んでいく。

 しばらく飛んでいき、やがて一つの影を目で捕える。 黒い衣に身を包むがその髪は金色。 アリシアにそっくりな彼女は、そう、いままで幼子が待望していた少女で在った。

 

「……ふぇいと」

「そうだ。 アイツは今……夢を見てるらしい」

「ゆめ?」

 

 幸せな夢だと彼は語る。 しかし少女にはそうは見えなかった。

 いくらその顔が安らかに見えて、脳内で微笑ましい映像が流れていようとも所詮ここは暗闇なのだ。 決して楽しいわけではないだろう。 アリシアは少しだけ歯を噛みしめる。

 

「なんかやだ」

「ん?」

「こんな目の前もみえない暗いところにいたら心まで冷たくなっちゃう。 そんなの、イヤだ」

「……そうだな」

 

 ギュッと両手を握りしめて、ただ心の底から思った言葉を悟空に告げるアリシア。 その眼は寂しそうであり、どこか悲しげである。

 目の前の“妹”に手を差し伸べると、まるで抱きしめるかのように寄り添う。 容姿が似通っているからか、まるで自分自身を抱きしめているようにも見える彼女たち。 お互いの痛み、悲しみを言葉で無く感覚で伝え合っているのかもしれない。

 

 そんな少女達を見た悟空は、そっとアリシアの頭に手を置く。

 

「行くか? フェイトの所に」

「うん、行く!」

「よし。 いっちょやっか!」

「おねがい」

 

 小さな少女の願いを叶えよう。 孫悟空がまるで瞬間移動のような構えを取ると、精神を一気に集中する。

 静かに構え、研ぎ澄まし、見出していく。

 そうして見えた幼き顔……フェイト・テスタロッサの眠る世界を垣間見れば、彼は一気に意識を夢の中へ飛ばしていった。

 

 

 

 

 ―――――――はずだった。

 

 

 

「…………あれ?」

 

 孫悟空は“そこ”にいた。

 周囲は相変わらずの暗闇。 光すら届かぬ世界の中で、金色に輝く彼は首を傾げるだけだ。

 

「どうなってんだ」

 

 今まで、彼がどれほど瞬間移動を使用したかはわからない。 それでもかなりの練度はあるだろうし、その技量ならば一般の魔導師など足元にも及ばないだろう。 そんな彼が戸惑うのだ。 いま確かに自身は“思い描いた人物の居る場所”に跳んだはずだと。

 

「すまねぇアリシア、すこし失敗しちまったらし――い?」

 

 謝罪をして、もう一回だ! そう思い足元の少女を見たはずだった悟空。 だが視線の先には暗い空間しか無く、金髪の少女はどこにもいない。 ……彼の表情が一気に引きつる。

 

「な?! 何がどうなっちまってんだ! おーい! アリシア―! どこ行った!!」

 

 叫んだところで返事など帰ってこない。

 すぐさま視線による捜索から、全身を使った気の捜索を行うのだがそれでも幼子を見つけることができない。 目を瞑り、今度は瞬間移動の構えを取るとさらに精神を集中していく。

 ……そんな彼に更なる困難が訪れた。

 

「――――! こ、この気は!?」

 

 首を左右に振り、あわてて逆立てた髪を元に戻す。 明るかった周囲が一気に暗くなったと思えば彼の超化が解かれる。

 さらに全身からフレアを巻き上げると舞空術で一気にここから離れて行ってしまう。

 まさかアリシアが見つかったのか? そう思う場面なのだが、実は違う。

 

 数キロか数十メートルか。 遠くに消えて行った彼はそっと“その場”を見つめている。 すると……空間が揺れる。

 

 

「―――――…………ふぅ、着いたな」

「ここは……フェイト・テスタロッサの気配をすぐ近くに感じる!? いったいいつの間に! というよりどうやって……まさか!」

「へへ、わりぃけど今回は急ぎ足ってことで」

 

 

 先ほどまで彼が居た場所に現れる者達。 それは衣服をボロボロにした青年と、赤い眼を持ち文様を顔に刻み付けた銀髪の少女。 誰だ……などと孫悟空がイチイチ言うまでもないだろう。

 

「そ、そうか……この時間のオラはもうここに来たんか……あぶねぇ」

 

 そう、この時間軸の彼等が現れたのだ。

 ここで大人しく彼等に任せるのは良い、できれば退散するべきだし自身がでしゃばるべきではない。 しかし、だ。 今先ほど悟空が動かなければならない出来事が起こってしまった。

 朗らかな会話を続ける過去の人物たちを余所に、孫悟空はひたすらにフェイトの姿を凝視していく。 鋭く、どこまでも精神を研ぎ澄ませれば一筋の光明を心で見る。

 

「……この感じ。 おそらくアリシアはいまフェイトの中にいるな……あの時感じた奇妙な感覚はこういう事だったのか」

 

 孫悟空は気功の達人だ、それは言うまでもない。 しかしそんな彼ですらここまでの神経集中を要したのはここが特殊な空間であることともう一つ理由があった。

 

「アリシアとフェイトの気は途轍もなく質が似てる。 量はフェイトが上だけど、今回それが不味かった。 アリシアの気を掴みにくい」

 

 例えるなら砂浜の中で落した爪楊枝を見つけるかの作業。 色合いは似ているし、広大な空間の中に放り投げられていしまった其れを探すのは至難。 さらに時間を掛ければフェイトの意識は潮が満ちるかのように闇に満たされていく。

 時間も状況も芳しくないが、悟空は一向に動こうとしない。

 

 あきらめた? 見ようによってはそう取れるが、彼の中にはひとつだけ確信があったのだ。

 

「もしもこの間のアレと、今の状況が一緒だってんならオラが下手に手を加える必要はねぇはずだ。 ……もうすこし、様子を見っか」

 

 そう言うなり闇から彼らの動向を探っていく。 しばし会話が続いたと思えば過去の人物たちはすぐさま静かになる。 これが精神へのダイブだと思い出した悟空の表情は明るくなる。

 

「よし、いいぞ。 このままうまい事フェイトの調子が元に戻って行けばアリシアの気を正確に辿れるはずだ」

 

 しばらくして過去の彼等が消えてしまえば、孫悟空はゆっくりとフェイトの元へと近づいていく。

 そっと顔色をうかがう。 いつも見ていた修行時とは違い、どこまでも安らかな顔だ。 しかしどうしても心から安心できないナニカを感じてしまう。 そう、まるで棺に入れられたモノを覗くかのよう。 それは心地のいいものではなかった。

 

「……ん。 フェイトの気が段々と静かになっていく」

 

 いままで荒れ狂う波を見ていたイメージだったが、今では既に湖の水面を感じさせる穏やかさだ。 肌で感じた彼女の変化を事件が解決したと認識した悟空はそのまま遥か後方にまで距離を取る。

 

「そろそろ来るころか?」

『――――――――――…………こ、ここは!』

「よし、出てきたな」

 

 瞬間移動にてフェイトの精神世界から帰還してきた彼等。 その姿を見届け瞬間、孫悟空の身体はこの空間から…………――――――消えて行ったのである。

 

 

 

 

 

 

 …………ある日、娘は母にお願いをした。

 

 家族は2人、親は独り。 父親は物心つくころには既に家を出ていて、どんな顔だったかもわからない。 だから別段寂しくはなかったし、それが当然だとさえ思っていた。

 しかし、人がいつまでも子供で居られないのと同じように、幼子もずっとそのままでいることなどできなかった。

 

 公園で遊ぶ最中、いつも周りの子供たちを迎えにくる大人たち。 それは男女様々な組み合わせだ。 けど、彼女だけはいつも母親だけ。 ……それを意識した頃から彼女はようやく知ったのだ。 父親という存在を。

 

「……」

 

 だけど彼女は母親に言うことが無かった。 理由はないし、単なる偶然だったかもしれない。

 とにかく彼女は父親という物を求めなかった。 母親の愛を一身に受け止めていたから、そのおかげかもしれない。 そこのところは母親の尽力の賜物であろう。

 

 けれど、だ。

 

「…………さびしい……なぁ」

 

 親は独り、では家を支えるのは誰か? それは当然母親だろう。

 夫婦が別れる際にどのような取り決めがあったかは分らぬが、おそらく生活費の保証だとかはあまりもらえないのだろう。 だから母親は働き、娘のために身を削る。 そこまではいい、母親にも多大な負担というのは取りあえずなかったのだから。

 

 けど、徐々に少女の心には寂しさが募っていった。 野原に積もる、粉雪のように。

 

 その感情が何なのか、幼子にわかるはずもなかった。 けど、原初的な欲求を口にするのは簡単だった。

 ―――――――さびしい。 ただそれだけだ。

 

「…………はぁ」

 

 遊ぶときは近くの公園に居る子供たちがいた。 だけど、家にいるときはいつもひとり。 何より幼子は聡明だった。 母親が大変だというのを理解し、喚くことをしない強さを持っていた。

 積み木を独りで組み立て、崩し、片付ける。 この動作をたった一人で繰り返すのが彼女の日常だ、そこに何ら変化はない。

 いつもいつもたった一人で積み木を組み立てて、どこまでも高く築き上げても最後には無言で崩していく。

 ある日、高く組み上げた積み木を脚組から崩してやった。 大きな音と共に周りにばら撒かれ、部屋中が積み木だらけになったのだ。 ……たのしい。 そう思ったのは数秒の事だ、最後には結局散らばった積み木をたった一人で片づけるしかない。

 

 たった一人。 そうだ、彼女はいつの間にか一人だったのだ。

 

「………………さびしい」

 

 ある日、幼子は家のテレビを点けたまま遊ぶようになった。 たった一人の自宅はとても静かで、ダンダンと不気味に思うようになったからだ。

 けどテレビから聞こえてくる言葉には何ら興味もなく、彼女は只、いつも通りに積み木を組んでは崩していく。

 

『―――今日はパンダの親子が……』

「……!」

 

 いくらか時間が経った頃に流れたのは動物特集だ。 大人たちのつまらない会話にいい加減飽き飽きしていた幼子はその映像に興味を引かれたようだ。 ようやっとテレビの映像に目をやる。

 

『見てください、こっちはカモノハシ……』

「……すごいぎょうれつ」

『双子のネコですねぇ。 あ、二匹寄り添って眠ってますよ』

「かわいい」

 

 すぐさま虜になっていくのは子どもゆえだろう。 愛玩動物にない野生的な魅力を残しつつも、愛らしさに溢れた動物たちを見ている幼子はテレビにかじりついていた。 持っていた積み木を放りだし、その特集をいつまでも見ていたのだった。

 

「……かわいかったなぁ」

 

 テレビが終わり、しばらくの間座り込んでいる幼子。 しかし彼女の頭の中には先ほどの映像が焼きついたまま、いつまでも薄れることが無い。

 

「パンダさん、カモノハシさん…………ネコさん!」

 

 どうやらネコがお気に入りのようだ。 あの二匹が寄り添う姿を幻視しながら、少女は身体をゆっくりと揺らしながら鼻歌を奏でる。 特に題名のない、頭に浮かんだだけの楽曲はご機嫌そのものだ。

 

 いつまでもその思いを消すことが無く、今日も陽が落ちて行った。

 紅色の空が暗闇に染まり、窓ガラスをカーテンで覆う幼子。 母親からの言いつけを素直に守り続ける彼女のせに、一つだけ声が届く。

 

「ただいまー」

「あ! ママ!!」

 

 それは待ちわびていた声。 この世界のどんな存在よりも心を許したその声は、幼子の母親のモノだ。 聞くだけで身体が勝手に動き、その声の元へと駆けだしていってしまう。

 

「おかえり!」

「遅くなっちゃったわねぇ。 ごめんね、アリシア」

「ううん! 全然平気だよ!」

 

 母が来て、子が笑う。 ただそれだけで幸せだったのに、さっきの映像が頭にチラついた幼子は……アリシア・テスタロッサの笑顔は少しだけ錆びついていた。

 

「イイコにしてた?」

「うん! ちゃんと“いいつけ”は守ってるよ」

「そう。 ごめんね……」

 

 その顔を見逃さないのが彼女……プレシア・テスタロッサが母親である証拠であろう。 誰かの寂しさに敏感というよりかは、娘が寂しい想いをしていることを理解しているという風だ。

 でも、それを解決してやる術を彼女は持たない。

 いかに優れた技術者だろうとも、人の心を癒すには時間と言葉、そして触れ合いが必要なのだ。 そして彼女には何より時間があまりも不足しすぎていた。

 一緒に居られるのは夜遅く。 たまに早く帰って来れる日もあるがそれは本当に稀である。 だから、今日という日はアリシアにとって本当にうれしい日なのだ。

 

「ママ! 一緒にお風呂はいろ!」

「そうね。 久しぶりに入りましょう」

「やった!」

 

 娘の誘いに笑顔で答えるプレシア。 そんな彼女もやはり満面の笑顔である。 この健気な娘と一緒にいる時間は数少ない彼女の癒される時間帯でもある。 ……母子なかよく風呂を共にし、着替え、ベッドの中へもぐりこんでいった。

 

 母親の横にまですり寄っていき、気が付けば服を力無くつかんでいた。 頼りなさ気というよりか、壊れ物を扱うかのような力加減だ。 いいや、幼子にそもそも力の加減などする必要はないし、そもそも出来やしない。

 いつだって感情が赴くままに行動するのが子供なのだ、ならばこの力具合が示すのは彼女の……心の強さなのだろう。

 

「…………どうかしたの?」

「……あ、うん」

 

 それを見落すはずがないプレシア。 彼女はアリシアの身体をそっと抱いてやる。

 

「あのね」

「なぁに?」

 

 その温かさに包まれたアリシアは、しかし一拍の猶予を必要とした。 彼女は幼い、けれで決して愚かではなくむしろ聡明な4歳児なのだ。 だから、この一言を出すのに少しのためらいがあった。

 だけど、その我慢は既に限界を迎えていた。

 

「あのね、さびしいの」

「…………」

 

 言った。 遂に幼子は胸の内を解き放つ。 溢れんばかりの孤独を、たった一言に凝縮したのだ、不安な表情と相まってプレシアに弩級のダメージを与えた。

 

「毎日おうちでひとりはイヤ」

「あ、その……」

「ネコ……」

「……アリシア」

 

突然の癇癪にも近いが、娘の初めての我が儘に感動を覚えたのもまた事実だ。 いままで我慢ばかりさせてきて、本当に良い子で居た我が子のおねだりに、心を痛めながらも……あぁ、やはり年相応の娘なんだなと安堵したのだ。

 

「いもうとがほしい!」

「え? 妹!? ネコじゃないの!!?」

 

 ―――――のも束の間。 彼女は、しばし狼狽える。

 アリシアのたっての願いだがこればかりはいかようにもしがたい。 最初の単語はなんだったのか確認せずにはいられないが、様々な情報が脳内を駆け巡ってそれどころではない。

 プレシアの脳内CPUは既にパンク寸前である。

 

「わたしがおねぇさんで、いもうとをいっぱいかわいがるの!」

「え、あのね? アリシア……」

「ふふーん」

「……はぁ」

 

 大きなため息をするものの、その顔はどことなく明るいモノであった。

 そこからいろんな夢を話すアリシアと、困りつつも頑張ってみるだなんて思うプレシア。 苦笑いから嬉し笑いまで一通りやり尽くした彼女は、人|るだけ娘と約束を設けたのだ。

 

「妹はすぐには無理だけど……」

「……そっか」

「こんどね、一緒にお出かけしましょう? ピクニックなんてどうかしら」

「え! ほんと!? ママと!!」

「えぇそうよ。 嫌?」

「そんなことない! いこいこ!」

「うふふ、よかった」

 

 たった二人だけの。 いいや、ようやく二人で過ごせる憩いの時間。 その約束を結んだ彼女たちは夜も早くに眠りに就いていく。

 

「……今度のお仕事が終わったら、少しだけお休みがもらえるから」

「どれくらいかかるの?」

「そうねぇ、来週には終わるから……次の次の日曜日かしら」

「たのしみ」

「えぇ、楽しみね」

 

 眠りに、ついてしまう。

 

 それが彼女たちが交わした最後の約束だとも疑わないし。 これからもこんな素敵な時間が来るはずだと母は信じて働き続けた。 ……その結果が、どんなに悲惨な終わりだとも知らないで。

 

 

 

 

 

「―――――――――あ、れ?」

 

 夢だった。

 あのネコも、母も、眠りに就いていたベッドもどこにもない。 あるのは深い闇だけ……という訳でもなかった。

 

「アリシア―! どこーー?」

「ま、ま?」

 

 重いまぶたを擦っている最中に聞こえてくる声。 その聞き覚えが在りすぎる音色は当然だ、自身の母の声なのだ。 そう、自身の名前を呼ぶ、プレシア・テスタロッサの声だった。

 

「ママ?」

「もう、こんなところに居たの? いままでどこに行ってたの」

「どこって……」

 

 簡単には答えられない物語だ。 少女の返答は困難を極める。

 息が苦しくなったと思えば目の前が明るくなって、気が付いたら世界の深遠へと足を踏み込んでいました。 ……説明がこれだけでは世界一の科学者が納得しない。

 しないのだが、それしか無いのだから対処に困る。 アリシアは苦笑いするしかない。

 

「おにぃちゃんとね、いろんなところに行ってたんだよ」

「……だれ?」

「え? だれって、悟空おにぃちゃんだよ」

「…………」

 

 母は何も答えない。 こちらからの問いかけに色濃い反応を示さない。 不審に思い、彼女の顔色をうかがうも不自然なところが見当たらない。

 

「…………」

「まま……ママ?」

「だれ、……なの?」

「ママ……」

 

 本当に分らない、いいや、存在自体を認識できていないような母親の態度に、アリシアはいよいよ背中に汗を流し始めた。

 

「そっか。 たぶんおねぇさんが“かいおうしんかい”で言ってたのってコレの事だったんだ」

 

 そう、普通だったのなら。

 普通の人間には無い大きなアドバンテージが彼女にはある。 それは永遠の旅人と、優しき戦闘民族から聞かされた物語。 彼らが経験した数ある苦難のほんの一欠片だと思えば、今ある不安感などどうということはない。

 彼女は、まだ進める。

 

「……フェイト、いま行くからね」

 

 

 そうして彼女は歩き出した。 今まで話していた母と同じ形をしていた存在は既になく、あるのは空白の景色だけ。 いままで、こんなものと話していたと思うと心が虚しくなってくる。

 

「こんな思い、いつまでもしていたくないもんね」

 

 だからアリシアは自身の妹へと歩み寄っていった。 まだ、自覚も無く覚えもない存在だとしても、彼女は其処にいて、困った顔で俯いているのだ。 いつかの自分と同じように。

 

 だから励まし、立ち上がらせた。

 

 

――――あはは!

――――アリシアおめぇ……

――――大丈夫だもーん!

 

 

 紆余曲折あって、結局青年に助けてもらったアリシアは“彼等”にしばしの別れを告げる。 名残惜しそうにこちらを見てくる妹を見送って、独りこの世界へ取り残されて数瞬の事である。

 待ち人は、ようやく現れる。

 

「――――…………」

「時間ぴったりだ」

「他の奴らの気が消えたかんな。 いやぁ、あせったぞ」

「うん、わたしもびっくりしちゃった」

 

 言うなり手を繋いで彼を見上げる。 もう、自身がこの時間で出来ることはないだろう。 悟空が小さくつぶやくと、アリシアは周りを見渡していく。 この世界へ小さく手を振るとそのまま空間を揺らして消えて行ってしまう。

 

 

 

 

 

 どことも言えない世界に足を踏み入れ、ひたすらそのときが来るのを悟空とアリシアは待った。 自分たちが出て行って、この世界になじめるそのときを。

 だが、其処へたどり着く前にひとつ、やらなければならないことがあった。

 

「……ん?」

「おにぃさん?」

 

 不意に悟空があたりを見渡す。 正確には何もない空間を睨みつけて、少しだけ身構える感じだろうか。 身振りも素振りもないが、アリシアには何となく彼が警戒しているようにも見えた。

 そんな幼子特有の空気を読み取る能力は見事的中する。

 

「――――…………お、追いついた!」

『あ! やっと来た!』

 

 銀の娘がこの世界に足を踏み入れる。

 そうだ、彼等が界王神界を離れてから240日あまり。 遅すぎる到着だったがようやく再開することが出来た彼らは互いにねぎらいを送った。

 

「……悟空」

「ん?」

 

 だがその中で少しだけリインフォースの視線が物悲しそうに見えて……

 

「いいえ、なんでもありません」

「なんだ気になるじゃねぇか」

「すみません。 すこしだけ感慨深くなっただけです」

「ふーん」

 

 その視線の意味を結局聞くことが無かった。 まるで話すまで聞かないでやると言った父親然とした悟空の対処に内心謝りつつも、リインフォースがアリシアの頭の上に手をやる。

 

「あはは! くすぐったいよぉ」

「ふふ。 元気でしたかアリシア」

「うん! おにぃさんが居たし、フェイトにも会えたから全然大丈夫だったよ!」

「そうでしたか」

 

 やんわりと顔を崩すとそのままアリシアと言葉を交わしていく。 いつかのように頭の中を読み取るという無粋はしない。 彼女は、幼子の言葉だけで今までの状況を知ろうとしていた。

 

「そろそろクウラの自爆に、オラたちが巻き込まれるところかな」

「もうそんなときなのですか? 随分と近い時間に跳べたのですね」

「……オラたちは結構前に飛んじまったけどな」

「そうなのですか?」

「あぁ、すっげぇ大変だったんだぞ? 管理局となのはたち皆から隠れんのはさ」

「それは苦労しましたね。お疲れ様でした」

「おう」

 

 気配を消せる悟空と、そうでないアリシア。 この差はそれだけで大きく、生体反応を追える存在から身を隠すには様々な工夫が必要だったのは言うまでもないだろう。

 リインフォースはしばし悟空を見つめると、そのまま遠くの景色へ視線を投げだす。

 

「……どうやら、あの悪鬼が暴れはじめたようですね」

「だな。 改めてスゲェ気だ」

「闇の書の影響もあって魔力量も尋常じゃありません」

 

 ふたりして次元世界の向こう側を見ている。 アリシアにはわかるはずがないが、敵のあまりにも強大すぎる力の波動はふたりの肌を突き刺し、身震いすらさせるほどであった。

 けど、結末を知る二人が焦ることはない。 彼らはそのままこの世界に留まり続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 三人の子供たちが世界を救い、しばしの時間が経った頃。

 

 

「こんにちは!」

「あ、なのはちゃん」

 

 月村すずかが、独りの少女を自宅に招き入れていた。

 あの決戦から数日過ぎた午後の陽気。 まるであの壮絶な時間が嘘のようなひと時は彼女たちが勝ち取ったものだ。 それを謳歌していた子供らは今日、ある目的を持ってこのネコ屋敷に集まったのだ。

 

「今日はありがとう」

「うんん、平気だよ。 あれ? 恭也さんは?」

「お兄ちゃんは遅れて来るって。 何でもお父さんとお話があるんだって」

「そうなんだ」

 

 言って玄関に彼女を通すと、そのまま自室へと案内していく。 ドアを開き、其の中に入っていくなのは。 そこには見慣れない光景が待ち構えていた。

 

「……あ、ユーリ……ちゃん?」

「こ、こんにちは」

 

 広がりのある金の長髪。 それを自然になびかせて挨拶を交わしたのは何時ぞやの問題児である。 いいや、今はそんな物騒なものではないのだが。

 

「でもびっくりしちゃったよ。 てっきりユーリちゃん、はやてちゃんやシュテルちゃん達と一緒に暮らすと思ってたから」

「そうだよね。 最初はわたしもびっくりだったよ」

「……そう、かな」

 

 決戦終結後、孫悟空のビデオレターを終えた彼女たちは彼の置き土産について苦悩した。 なにせあの闇の書から出てきた最奥の存在だ、管理局はおろか、闇の子らですら対処に困ったものだ。

 でも、だ。

 

「なんだか他人な気がしなくて。 放っておけなかったの」

「そっか……」

 

 言いながらユーリの頭をなでるすずかは、既に歳不相応の落ち着きを見せていた。 数日前に多くを失い、悲しみに堕ちた姿はどこにも見られない。 そんな彼女に安心したのか、なのはは部屋を見渡していた。

 そこには、いつもの顔があった。

 

「あ、なのは、おはよう」

「おはよう、なのはちゃん」

「よう来たな、ゆっくりしていけ」

「おっそーい! ビリっけつだよ?」

「……ようやくですか、お姉さま」

 

 ……最後の言葉をとりあえず流したのは言うまでもない。 最近妙にスキンシップ過多な星光少女を置いておき、高町なのはは彼女たちの輪の中に入っていく。

 

「それで、どうだ? なのは」

「え、どうって?」

 

 最初に言葉を発したのはディアーチェだ。 彼女はなのはの前肢を見渡すと、少しだけ眉を持ち上げた。

 

「……はぁ、相も変わらずと言ったところか」

「え? あ、魔力の事?」

「それ以外に何がある! あの戦いの後、シュテルが離れて今日まで一向に魔力が戻らぬではないか! ……確実に後遺症が残っておる証拠だろうに」

「あ、うん……そうだよね」

 

 苦虫を噛み潰したような顔。 高町なのはが思ったのは、むしろディアーチェの苦しそうな表情であった。

 自身のためにここまで親身になってくれる。 心配してくれている。 ただ、それだけがうれしいかのように微笑んだ。

 

「ありがとう、王様」

「なに?」

「王様たちもリンディさん達に呼ばれて忙しいはずなのにこうやって時間取ってくれてるし、だから、ありがとう」

「ふん、これくらい礼には及ばん」

 

 闇の王はさも当然のように支援を流すと、そっと目線を前髪で隠した。

 

「あ、王さま照れた!」

「知っていますよ王。 今流行りのツンデレという物でしょう?」

「やかましい!」

「さすが時代の最先端」

「そんなんではないわ!」

「けど今のトレンドはクーデレなるものだと私は想います」

「黙っておらんか馬鹿者!!」

 

 シュテルが何を思っているのかなんてこの場の全員がわかってしまう。 おそらく、今もあたまの中では斉天大聖が筋斗雲で飛び回っているのだろう。

 これにはさすがのなのはは、いいや、高町なのはだからこそ頭を抱えてしまう。

 

「ねぇねぇなのは?」

「な、なに? アリサちゃん」

「なのはも下手したらあんな感じに――」

「な?! ならないってば!!」

「ふーん」

「もう!!」

 

 頭痛も追加、であろう。

 さて、一通りお遊びも終わり、シュテルによる目視での診断も終わったころだ。

 

「あ、おかしなくなっちゃった……ねぇ――」

「ねぇ、大丈夫なの?」

「え?」

 

 レヴィがおやつのおかわりを要求しようか視線を泳がしているが、其処をぶった切る勢いでユーリがなのはの横に座る。 その眼は不安気に揺れ、どことなくか細い雰囲気を見せつける。

 そんな彼女に気を使ったのだろう、なのはは小さく微笑んで見せた。

 

「うーん、おやつはもういいかな?」

「えー!! ボクまだ――」

「黙っておらんかレヴィ。 いま大事なところだ」

「ぶー!!」

『あ、はは……』

 

 やはり、小さく微笑んで見せた。

 そんななのはとユーリだが、か細い目をそのままに、ユーリはなのはの手を掴んで見せた。 目を閉じ、そっと息を吸いこんでみればどういう訳か周囲の空気が変わる。

 

「こ、これ!?」

「何が起きてんのよ!」

「なのは……ユーリ?」

 

 おやつの追加を獲りに行こうとして足が止まり、紅茶を飲み干すことなく慌てて視線を二人に送れば、周囲の魔力の状態に神経をとがらせる。

 三者三様の反応の中、闇の三人組と騎士たちの主殿はその様子を只静かに見守っていた。

 

「わたし、わかる」

「ユーリちゃん?」

「貴方の身体、とても疲れてるの」

『??』

 

 見たままでは健康体に近い彼女。 それは管理局の面々が退院を許可したことからも明らかだ。 でも、そのなかでユーリは言うのだ。 高町なのはの身体は、傷を癒していないと。

 

「ど、どういう事かな?」

「みんなはリンカーコアと、身体の状態を別に見てるからわからない」

「えっと……?」

「もっと深く。 あの“おサルのおにいさん”が前にかかった状態と同じなの」

「お、おさる? ………………悟空くんの事?」

「うん。 斉天大聖(おサル)のおにいさん」

『あ、ユーリ(ちゃん)もそっちの呼び方なんだ』

 

 尻尾があるからという見分けではなく、伝承に基づくあだ名のような物だろうか……彼女にしてみれば。 どっちかと言えば逆だよね、などとアリサが考える中、ユーリの解説は続く。

 

「前に、あのヒトがわたし……闇の書にいっぱい魔力を食べ……おいしか……こほん!」

「い、いまへんな単語が聞こえたのですが」

「気にしないで……それであの人が魔力をくれた時、身体に混ざってたリンカーコアみたいな変な物と無理矢理引き離されそうになったの。 それで、全身がズタズタになるくらいの傷を負ったはず……だったんだけど」

「確かあの時の悟空って、一晩寝たら回復してたよね」

「うん。 ずっとあの中に居たけどあんな人初めて」

『……さすが戦闘民族サイヤ人』

 

 そこらへんの戦士では負いきれない傷を、彼はその身で体験してきている。 あの程度のことなど3回目の天下一武道会での決戦に比べれば屁でもないだろう。

 それを思い出したのかアリサとすずか以外の全員は少しだけ表情を曇らせ、その顔を見た残りの二人は改めて彼の出鱈目さを思い知るのであった。

 

「あの時起こったことが、貴方にも症状として現れてるの」

「ど、どういうこと?」

「リンカーコアがカラダから浮いてる……?」

『あ、首を傾げた……』

 

 何とも抽象的な表現であるが、これが精いっぱいの言葉なのだろう。 眉を寄せる彼女の表情から、必死さを受け取るなのは。 それほどまでの健気さを魅せられるとこれ以上の問答は出来ないだろう。

 だから、話しを次に進めようとした。

 

「どうすれば治るの?」

「……寝れば治る?」

「あのぅ~~悟空くんと一緒にしないでもらえると助かるのですが……」

「だってこんな状態見たことない。 “あんな無茶”ばかりして、むしろ生きているのが驚き……です」

「うっ?!」

 

 痛いところを突かれてしまった。

 無理、無茶、無謀を繰り返したあの決戦だ。 その映像を見ていたリンディからは『冗談のような戦闘』プレシアからは『あぁ、そういう使い方をするのね』などと随分と意味深なことを言われていたなのはに次の言葉はなかった。

 結構、いいやかなりの無茶をしたのはフェイトもはやても同じだが、如何せん最後の攻撃が良くなかった。

 

「いくら自分たちが放ったものだとしても“魔力の海”を突っ切って敵に激突、そこから砲撃魔法を接射すればこうもなる……はず」

「たしかにスターライトにプラズマザンバーとラグナロク……この三つの中を突っ切っていったんだよね」

「しかもその先にはクウラの攻撃が有ったんやろ? よく無事やったなぁ」

「お姉さまの無茶振りには驚嘆を隠せません。 正直、あそこは防御に私のすべてを全振りしましたから」

「そ、そうだったの!?」

「頑張りました」

「……申し訳ないです」

「わかればいいのです」

 

 グッと親指を立ててニッと笑ってくるシュテル。 その姿が珍しくて、王さまが目を丸くしているのだが、高町なのはにはどうしてもその姿が……

 

「なんでジト目なの?!」

「おや? これでも嗤っているつもりなのですが」

「なんか字が違う気がする!!」

「ニュアンスがいけないのでしょうか?」

「だから目だってば!!」

 

 自身を貶しているようにしか見えない。 これでもこの子、高町なのはを素体にした魔導生命体です……

 あまりにもあんまりな自称妹に対し、なのはのふくれっ面は最高潮に達していた。 ……この光景を彼が見ていればさぞ大きく笑っていただろう。 そう思う反面、各々はすかさずなのはの方に意識を向けた。 今日の議題はまだ終わっていないのだ。

 彼女の、消えてしまった力を取り戻す会議は続く。

 

「あの時、貴方の心の闇が生んだ存在……ううん、ディアーチェをその身に同期させた貴方は力を飛躍的にあげた」

「ユーノくんに魔力を注ぎ続けてたし、それがなくてもクウラには勝てなかった。力の落ちた、あのクウラにも。 だからあの時はあれしか手がなかった」

「その意思を受けてかどうかはわかりませんが、わたしもお姉さまとの同期には特に異論はなく、極自然のながれで行いました。 結果、すんなりと力を手に入れましたが」

 

  お互いに頷き合う三組の子供たち。 鏡写しの存在同士が手を取り合った結果があの奇跡だ。 けど、その内容はさほど問題ではなく、未だ明るくない顔をしながらユーリが新たな議題を持ちかけてきた。

 

「あのベルカ式魔法が良くなかったかもしれない……」

「え? そう、なの?」

「あの同期で潜在能力以上の力を出したのだってすごい事なのに、その上からさらに無理を強いる行動に出れば身体が限界を超えるのは当然」

「そ、それ……でもフェイトちゃん達だって!」

「貴方のスターライトという技は、想像以上に身体に負担をかけているの。 魔法というのは本来外にある魔力素をリンカーコアで自分のモノに変えて運用するけど、それはゆっくりと時間をかけて生成されなければならないの。 身体が耐えられないから」

「も、もしかして」

 

 なのはには心当たりがあった。

 クウラの要塞に突入した後、自分は一体どのような魔法を繰り返し続けてきたか。 ディバインバスターは元々あった攻撃を同期の強化でそのまま威力を上げただけに過ぎない。 しかし、だ。

 

「そう言えばなのは、エクセリオンバスターって言う技を使う時、妙に魔力の収束が早いと思ったけど……」

「まさかなのはちゃん」

「そう、なの。 あの砲撃は悟空くんを参考に考えてみて、レイジングハートと一緒に完成させたの」

「悟空さんの技?」

「……ちょっと待ちなさいよなのは、なんだかアタシとっても嫌な予感がするんだけど」

 

 アリサの不安はものの見事に的中する。 そう言わんばかりに俯いて見せたなのはに、フェイトは思わず立ち上がって大きな声を吐き出す。

 

「げ、元気玉?! なのは、まさかあんな大技を連発してたんじゃ!?」

「……とってもとっても簡易的なものだけど」

「だからあんな……なのはちゃん無理しすぎや」

 

 魔導の仲間たちは驚愕する。 同時、それを知らないはずの者達も声をそろえて驚く。 アリサとすずか、片方はいささかずれ込んでは居るものの、戦いには無関係な一般人であるはずの彼女たち。

 しかし、そんな彼女たちは知っていたのだ。

 

「元気玉……って、昨日見た映画館のアレよね?」

「確かベジータさんが背中から受けてたのが……え! あれを!?」

 

 気弾が爆発したかと思ったら全方向に雷が落ちた。 それがアリサたちの感想だ。 

  言わずも知れたあのサイヤ人の王子様。 彼が第一被害者となった悟空の最終手段は見る者を騒然とさせた。

  ターレスとの決戦よりも幾分小さいなと、別の日に鑑賞し心をなだめていたリンディですら、直撃時の衝撃には固唾を呑み込まざるを得なかった。 そんな攻撃の真似事が目の前の同級生がやってのけたと思えば……驚くのも無理もないだろう。

 

「あのヒトとんでもないことになってたわよね……?」

「悲鳴だとか、断末魔とか……止めを刺された感じの声だったのは覚えてる」

 

 ――あとは怖くて目を閉じた。 すずかは最後に付け足した。

 地球人類が高町なのはに戦慄を覚えた頃だろう、ここでディアーチェは咳払いをする。 それを見るだけに留めたシュテルはすぐさまレヴィに視線を送りつけた。 なにかを画策しているらしい。

 

「あ! おやつ来た―!」

『…………はぁ』

「ん?」

 

 それを此の娘が理解しているかどうかは別問題ではあるが。

 仕方がない、そう言った面持ちでディアーチェは高町なのはを見据えた。

 

「のう、高町なのは」

「どうしたの?」

「お主、笑ってばかりおるが良いのか? このままだと魔法が使えないままになってしまうというのに」

「そ、それは」

 

 あまりよろしくないのは言うまでもないだろう。

 半年前までは素人以前に魔法が存在すること自体考えてなかった小学生だ。 小学生の癖に進路まで考えて、将来の進み方をおぼろげながら見据えていた只の小学生だったのだ。

 それが今では毎日の日課と称して魔法の鍛錬まで行っているのだ。 そう、生活の一部にさえなっていると言ってもいい。 だというのに今では魔力ゼロというのはいくらなんでもあり得ない。 あの決戦から数日たっても治らぬ症状は、おそらく後遺症の類いと考えてもいいだろう。

 そんな状態がもしもこれから先も続いてしまったら? 言われてからようやく彼女は現状の深刻さを思い知る。 ……些か遅すぎる感があるのは“あの男”のせいかもしれない。

 

「まったく、師弟そろってオトボケか? お主の方がそれなりにしっかりしていると思っていたのだが」

「にゃはは……面目ないです」

「まぁよい。 こんな事態なかなかない故、管理局の連中からも平気と言われて気が緩んでいたのだろう。 しかしだ高町なのは。 お主はれっきとした地球人だ、あのサイヤ人と同じという訳にはいかぬ。 自然治癒などあてにしないことだ」

「あ、はい」

 

 でないと本当に手遅れになりかねない。 ディアーチェはそう付け足すと今度はユーリの方に視線を飛ばした。

 前の戦いで半ば強引で、しかもノリだけで現実世界に連れてこられた彼女。 出自を辿ればあの夜天の管理人に勝るほどの危険性を持っているのは明らかで。 この世界が既に2度の破滅の危機に瀕していなければこうやって笑いあうことは難しかったかもしれない。

 それを言葉にせず、ただ目を瞑って呑み込むと皆から視線を外してしまう。 そんな姿が奇妙に映ったのだろう、アリサがニンマリと笑っていた。

 

「なにあんた? もしかしてツンデレ?」

「ふん、何を詰まらんことを言うておる、我は考え事を――」

「はーいはい、ディアーチェは素直じゃないわねー」

「な?! 貴様さっきから大人しくしておれば増長しおって! 我は本当はとってもすごいんだぞ!?」

「どれくらい?」

「ぬ?」

 

 ここでアリサからのジャブが入る。 いかんせんここまでの日数で“孫悟空の過去物語”という題名の映画を見続けてきた彼女だ。 映画上映時間にして240時間、悟空の年齢で言えばざっと26歳程度まで見続けたわけだが、つまりはそう、あの星で一番偉い人物の事を知ってしまった訳で。

 

「あの緑色の神さまよりは……ねぇ?」

「ぐぬぬ……アレを出すのは反則であろう」

「そうよね、なんて言ったって地球の神さまだもんね」

 

 人智勇、そのすべてを兼ねそろえた緑色の神さまを引き合いに出されればディアーチェと言えども押し黙るしかないようだ。 若干青筋を立てながらも口を紡ぐ姿は爆発寸前のナメック星のようであった。

 相当、腹にため込んでいるらしい。

 

「……ウソウソ、冗談よ」

「ぬ?」

「あんたってなんだか何考えてんのかわかんない時があるのよねぇ。 そりゃそっちの……シュテルだっけ? に比べれば全然なんだけど」

「ぬ……」

「なにかあればちゃんと言いなさいよね? 確かにアタシ達なんて頼りないかもしれないけど、仲間外れはもうたくさんなのよ」

 

 ここで、そっぽを向くアリサ。 これ以上は正面切って思いを伝えるのは限界のようで、しかし逸らした視線の先にはすずかが満面の笑みで座り込んでいた。

 

「ツンデレさん?」

「う、五月蠅いわね!! アタシはただ思ったことを言ったまでよ!!」

「ほら王さま、追撃チャンス!」

「そ、そうか? ……やーい、超特大のブーメラン」

「なんですって!?」

『あはは!』

 

 ヤイノヤイノと騒がしくなった月村邸。 ネコが間抜けにあくびをすると、壁に掛けてある時計が夕方を指し示す。 肌に寒さが突き刺さるこの季節、そろそろ陽が暮れていく頃であろうか。 あっという間の経過時間におどろきながらも、すずかはここで一つ提案をする。

 

「遅くなっちゃったけど、みんなどうする?」

『?』

「あれだったらノエルが晩御飯作ってくれるみたいだけど……」

 

 その提案に皆は明るい表情となるのだが、如何せん突然の話だ、フェイトは目を瞑ると遠くにいるはずのプレシアと念話。 アリサは携帯電話を持ち出すと数分の会話を。 なのはは月村邸にある電話を使って自宅に報告をし始めた。

 

【あ、かあさん? うん、うん……すずかの家でね?】

「もしもし? ねぇ、たしか今日は何の予定もなかったわよね?」

「あ、お母さん。 今日はすずかちゃんのところで――」

 

 方法は別々、中には超常の力を使っているが基本的なことは変わらないようで。 少しして、彼女たちがほぼ同時に会話を終えるとほぼ同タイミングですずかの方を向く。

 

『今日はお泊りでお願いします!』

「え? あ、うん!」

 

 満場一致でお泊り会が開催されることになったらしい。

 ここですかさず着替えを用意するノエルと、晩の食事の買い出しへと出かけるファリンは優秀なメイドであろうか。 彼女たちの奮戦が始まる中、華々しい女子会は更なるヒートアップを遂げていく。

 

 最近の私生活での笑い話を筆頭に、学校での面白話へシフトしていけばあっという間に“彼”の話題に突入していってしまう。

 このメンツだとどうしてもつながりのある人間関係が彼しかいないのだ、だから仕方がないと言えるだろう。 特にアリサ達と闇の子らはそれほど接した時間が長いわけではないし、なのはたちのように密接な関係にあるわけでもないのだから。

 

「ねぇ、悟空って妻子持ちだったんでしょ?」

「え、うん……そうだね」

「こらこら、まだ引きずってるわけ?」

「そ、そんなこと……ないかも」

「……はぁ、まぁいいわ。 で、話し戻すけどアイツのこどもって今いくつなの?」

『??』

 

 どうしていまさらそんなことを聞くのだろうか。 皆が一斉に首を傾げる中、アリサはさらに言葉をつづけた。

 

「いや、ほら。 前に遊園地に行ったじゃない? そん時のあいつがどう考えても父親にし見えなくて。 で、もしかしたら既にアタシ達くらいの子供がいるんじゃないかなって」

「でも映画館で見た時は4歳って……」

「それは“そのとき”の事でしょ? いま現在の事よ。 アイツ、あのピッコロって奴と天下一武道会で戦ったあたりからどうも容姿に変化がなくって、たった年数がわからないのよ」

 

 おまけに髪が伸びたところも見ないしね。 付け足したすずかになのはとフェイトが苦笑する中、ここでおもむろに立ち上がる人物がひとり。

 

「ここは、私に任せてください」

 

 澄んだ目を持つが、其の奥には途轍もない熱量が隠れもせずに燃焼され続けている。 あまりにもこもった熱気に気圧されそうになるが、周りの人間はどうにか持ちこたえて彼女の名を呼ぶ。

 

「シュテルちゃん?」

「おうおう、やったれいシュテルよ。 あやつの生態を暴いてやれ」

「仰せのままに、我が王よ」

「ねぇすずか、なんか忠誠を誓った家来に見えそうなんだけど、どうもアタシには別物に見えるのよねぇ」

「そ、それは……あはは……」

 

 趣味全開で上司の命令がそっちのけだからだろう。 そんな答えはともかくとして、中空にウィンドウを展開した。

 

「孫悟空、ご存じ戦闘民族サイヤ人です」

「その辺は映画で見たわね」

「たしか……あの王子様と同じ星の出身なんだっけ?」

 

 性格は全くの反対ではあったけど。 アリサとすずかが付け足せばフェイトが苦笑いしていた。

 

「そうですね。 そのあたりは彼の出生が特殊だったからと、幼少時の事故が原因でしょう」

「確か悟空くんって小さい時に崖から落ちて頭を強打したんだっけ?」

「はい、お姉さま」

「あ、そのお姉さまっていうのは止めてもらえるでしょうか……?」

「不慮の事故で崖から転落したあの方は、それ以前の凶暴さを全く見せない年相応の子供へと変わったのです。 あぁ、なんてかわいい」

「あ、あの……そう言う笑顔はやめてもらえないでしょうか……?」

 

 ウィンドウの中でアップにされる3歳児ほどに見える悟空を前にウットリ……目元が蕩けたシュテルになのはは家電送な声を上げる。 同じ顔、同じ声、違うのは髪型くらいの不気味な笑いを見てしまえば嫌でもこうなる。

 

「……食べてしまいそう」

「こらこら! そろそろ帰ってきて!!」

 

 嫌でも、こうなってしまう。

 

「すみません、取り乱しました」

「もう! 本当にいい加減にしてね」

「それは……フェイト、貴方なら既に理解が追いついていると思うのですが。 ……私の気持ち、汲んでくれますよね」

「え、え? え!? わたし!?」

「そこでフェイトちゃんに振るのもダメ!! いろんな意味で手遅れだし」

「あの、なのは……?」

 

 何を言っているのか判らないという風なフェイトを余所に、今年の出来事を一瞬で思い返したなのはは修行開始前後の頃を思い出していた。 まぁ、今の問いであっさり流せない時点で彼女の仲間入りは免れないとの判断もあるのだが。

 

「まぁ、話を戻させていただきます。 悟空は結婚後一年以内に息子である孫悟飯を授かります。 そこから5年、彼の兄を名乗るサイヤ人の襲来時には4歳で、逆算すると……おや?」

「シュテルちゃん?」

「私は致命的な知識が欠落していました」

『??』

 

 めずらしく動揺した顔を見せる星の子。 彼女が片手で口元を覆えば、何事かと覗き込む王様。 その後ろでフヨフヨと空中回転しているレヴィがどっかに消えていくと、おもむろに口を開く。

 

「彼はいくつなのでしょう?」

『……………………………ぁ』

 

 これには全員が口を開いた。 なかには目の中からハイライトを消すものさえ。 そうだ、あの外見で騙されがちだが彼は相当に年を取っているはずなのだ。 よくてノエルと同年齢、最悪…………

 

「か、母さんと同い年なんてこと……」

『ないない』

「で、でもね、母さんとあんな風に会話できる人なんてあんまりいないよ? グレアムさんだってたまに敬語だし」

『…………』

 

 金髪ツインテール、雷の子が最悪の事態を予測する。

 皆が否定するがどうにも後ろ髪引かれるようで、言葉に説得力がない。 発言がよわよわし過ぎる。

 

「はーいヤメー! この話止めー!!」

「そ、そうだよね。 悟空さんの事はこの際謎だらけでいいかも」

「う、うん。 悟空くんの場合、記憶喪失らしいものもあるし」

「息子さんだってきっと元気に育ってるはずだよね? きょ、恭也さんと同い年くらいかもしれないしそうじゃないかもしれないし……あはは、どっちでもいいかな!」

『………………あ、はは』

「皆さま、御夕食の準備が……おや?」

 

 謎は謎のままだから美しい。 夕食の知らせを報告に来たノエルを余所にきれいごとを並べた少女達は早々に会話を切って捨てた。 ちなみに今後一切、孫悟空という人物の年齢を考察することが一切なくなったのは言うまでもないだろう。

 さて、女子会もいい感じにテンションが落ちていき、皆が順番に湯船に身体を沈めて行った後の事だ。 布団の中、重たい目蓋を誘惑のままに閉じようという時間帯。 少女達はこう思ったのだ。

 

 ――――元気にやっているだろうか……と。

 

 会いたいだとか、帰ってこいだとかが出てこないところを見ると、気持ち的にはそれなりに決着が見えているのだろう。

 出会った時から決まっていた勝負だ、いまさらながらに滑稽極まりない。 だけど、いつか大人になった時、そんな思いすら笑い話にできる強い女(ヒト)になれるはず。

 

『……………zzz』

 

 その未来を夢見てかどうなのかわからぬが、少女達は深い眠りに落ちていく――――――

 

「――――――…………ん? なんだ、みんなもう寝ちまってんのか」

 

 “居た” 少女達が夢の中に沈んでいる中、男は其処に居た。

 自由気ままな黒髪と、嫌でも目立つ色の道着を着込んだ山吹色のあの男。 そう、孫悟空は其処に居たのだ。

 

「みんな疲れてんなぁ。 ま、あの戦いは結構きつかったみてぇだしな」

 

 その寝顔を満足げに見渡して、頷く彼はどこまでわかっているのだろうか。 音もなく浮遊しつつなのはの布団の上であぐらをかく。

 

「ホントはいい感じの所で切りつけて帰ろうと思ったんだけどさ。 少しな、修行途中に気になるもん見つけちまったんだ」

「むにゃむにゃ」

 

 彼の言葉は届かない。 ここで起こすべきだ、本当ならば。 それは彼自身もわかっているのだろう、2、3頭を掻くと苦笑いを浮かべる。

 

「それにオラが居なくても大丈夫だろ? 見てたぞ、大界王神のじっちゃんとこで。 なのは、おめぇいつあんな大技覚えたんだ? オラびっくりしたぞ」

「……んにゃ……」

 

 寝返りを打とうとしたのだろう、なのはの腕が頭上の悟空をかすめる。 鼻先でコレを躱した彼はおもむろに彼女を見つめる。 じっと、おそらく分くらいこれが続いた頃だろう。

 

「なんだ? なのはの奴、気が妙に乱れてんな」

「にゃむにゃむ……」

 

 そっと手をかざす。 場所は額、感触はなく、直接触れない程度の距離を保ちつつ、彼の掌が淡く輝く。

 

「おめぇ頑張ったもんな。 ホントなら自分で治し方見つけるのも修行なんだろうけど、今回は手伝ってやる」

「…………すぅ」

「こんなんでいいか。 少しだけオラの気と、ジュエルシードの魔力を分けてやったから、しばらくすれば元気になる……よな?」

 

 確信がない行動がなんとも彼らしい。 その場のノリで気と魔力の譲渡という訳のわからん高等作業をやってのけた彼は、そのまま額に指を添える。 その合間に一瞬だけなのはの顔を見ると……

 

「またな……――――――」

 

 この世界から、消えて行ってしまった。

 

 

 

 ――――次の日。

 

「あれー?」

「どうしたのよなのは?」

 

 首を傾げる少女が居た。 ラジオ体操よろしく、身体のあちこちを動かすとさらに疑問符が増えていく。 一体なにが気になるのか、分らないアリサはフェイトへと相談を持ちかけた。

 

「……どうなっちゃってるの」

「ちょっとフェイトまで? 一体なんなのよ」

 

 どうやら魔法関係者全員がなにやら異常を察知したようだ。 中でも驚愕に顔を染め上げているのは王……ロード・ディアーチェこの人である。

 

「お、お主一体何をした!?」

「え? なにって昨日はお風呂入って……それからはみんなと一緒だったよね?」

「そ、そうか。 我も同じ部屋で寝ていたのだったな。 だがなぜ貴様の身体の不調が一気に改善しておるのだ!?」

「うーん、やっぱりそうなのかな?」

「魔力の流れは万全、他も健康そのものだ。 ……ありえない」

 

 なのはの全身をじっくり見るとややジトメ。 あんなに疲弊していた身体が一晩で感知しているのだ。 底知れぬ怪物ぶりにこの王様、若干引き気味である。

 

「お主、まさかクスリでハイになっておるのでは?」

「そんなもの使いません!」

「ほれほれ、『うりー』とか言って暴れて見せるがよい」

「そんなことしません!!」

「じゃあボクがやっちゃうぞー! うりぃぃーー☆!!」

「レヴィちゃん、それはどっちかというとわたしの方かもしれない……かな?」

 

 すずかが小さく突っ込むが誰にも聞こえていないようだ。 それほどに驚くべき回復を遂げた高町なのはだが、ここでひとり訝しげな顔をする少女が居た。

 

「……おかしい」

「ど、どうしたの? シュテルちゃん」

 

 そうだ、彼女だ。 高町なのはの双子……ではないが、そう言っても差支えがないほどに酷似した彼女が、まるで鏡合わせのように彼女を見据える。

 

「…………うーん」

「ど、どうしたのかな?」

 

 そっと近づくこと鼻先三寸。 互いの息使いがわかるくらいの距離感に、思わず背筋に力が入ってしまう。 少しだけ視線を迷わせると宝石のような瞳がなのはを射抜いていた。 決して離さぬと、言い聞かせるように。

 

「な、なんなの――!?」

「そう、そう言う事ですか……残念です」

「え、え!? 残念って!?」

「……はぁ」

「勝手に落ち込まれた!?」

 

 何やらため息を吐くとその場から居なくなってしまう。 背中を見送る一同はお互いに見合うと首を傾げるだけであった。

 

 

 

 シンと静まりかえる庭園。 えらく酷い月村邸の中にあるそこに、シュテルは独り佇んでいた。 黄昏時にしては早すぎるが、こうでもしていなければ彼女の心の炎は収まってくれない。 言わんばかりに肺の中に冷たい早朝の空気を入れていくと、そっと湯気を口から漏らす。

 

「居るのは分っていますよ、管制……いまはリインフォースでしたね」

「……いつから気が付いていたのですか?」

「お姉さまの中から“あのヒト”の残滓を見つけてから……あのひと的に言えば勘という物でしょうか」

「そう、ですか」

 

 銀の髪を揺らす彼女は、遥か上空に居た。 まるで言葉を交わすかのような念話で冷たい会話を繰り出す彼女たち。 あまりの冷たさに周囲の鳥が羽ばたいていく。

 

「そんなところに居ないで皆に姿を見せればいいのに」

「そうしたいのは山々ですが、少々事情が変わりました」

「……なにか、在ったのですね」

「……」

 

 沈黙を肯定だと受け取ると同時に、警戒をしているとみたシュテルはここで周囲を……見ない。 そっと気配だけを感覚だけで探り、何もないことを確認すると言葉を続ける。

 

「悟空がまた別の厄介ごとを抱えましたか」

「えぇ、まぁ」

「しかもあなたは全力で止めようとした。 けれど何らかのアクシデントで踏み込まざるを得なくなった」

「……そうです」

「どうにもできなくなって困ったので他に相談事を持ちかけようとした折、彼が勝手な行動をしたのを口実に私に接触を図った……というところですか」

「返す言葉もない……」

 

 ……なんだか一気にシリアス分が削れていったのは無視しよう。 次々と威厳と尊厳が崩壊していく夜天さんに向かってジト目のシュテル。 もう、どっちが上位主なのかわからぬ状況に、リインフォースは咳払いで話題を変えて見せた。

 

「盗聴というのは考えにくいが、手短に言う」

「どうぞ」

「ターレスの復活に関与した容疑者が上がった」

「!!?」

 

 それは、恐ろしい話である。

 あれの詳しい情報は無い。 そもそも、孫悟空が知り得ない“可能性の世界”からやってきたのが彼の筈だ。 手段もなく、只偶然この世界に漂流してきたのではないか? シュテルは焦る心を制御しながら、リインフォースへ次を催促する。

 

「さらに悪い話だが、おそらくそいつはクウラを此の世界に招いた連中ともつながりがある」

「……馬鹿な」

「いや、正確にはクウラとは知らずに闇の書をこちらに回収してきた部隊を、裏から操っていた者……だろうな」

「そんな存在がこの世界に!?」

「ひとつ心当たりがあるのではないですか?」

「…………」

 

 別世界への移動手段を持ち、高度な科学技術を秘匿し、誰にも知られず裏から事態を操作できるような人物……

 

「……人物というより、組織なら知っていますが……ですがそれが本当ならお姉さまたちはどうすればいいのですか」

「わからない、だが今すぐ行動を起こす必要もないだろう」

「どういうことですか? リインフォース」

 

 いま話題に上がっている“敵”に自身の半身が、この先身を置くのは分り切っている。 ならば今のうちに対策を練らないといけないのではないか? たとえばそう、リンディたちに相談するなどという手段があるはずだ。 あの孫悟空が一声かければ管理局の3割の人間が動くはずだ、彼はそれほどに多大な功績を残し、皆の心の中に強い影響を残した。 さらにその3割が声を掛ければより多くの力を得ることだってできるはず。

 だというのになぜここで足踏みをしているのか……

 

「ここで管理局を潰すのは簡単だ。 悟空が本気になれば半日で壊滅に持ち込めるだろう。 無論、各次元世界に散った上層部なども込みでだ」

「瞬間移動に気と魔力の探知能力、ですか」

「そうだ。 だが、そのあとはどうする? いきなり無くなりましたと言ってしまうには、アレは些か規模が大きくなり過ぎた。 大体は全世界のために働いている者ばかりだ、全体が悪だったレッドリボンのように潰してしまうにはいかないしな」

「それは……」

 

 結局動くに動けない状況。 潰してしまうのは簡単だ、しかしそのあとは誰が面倒を見る? 悟空には無理だし、そもそも彼には帰るべき世界がある。 だから、ここで全てを終わらせる訳にはいかない。

 

「せめて、もう少し味方が居ればいいのですが」

「そうだな。 ……悟空は考えてかわからないが、いま各地を転々としているよ。 あの者なりになにかを成そうとしているのだろう」

「そう、ですか」

 

 戦士が遺せるものは案外少ない。 いくら多大な影響を与えると言っても、所詮は戦う者だ、事、余勢の立て直しだとかは一切できない。 そう言うのはどこぞのカリスマナンバーワンの王子がやればいい。

 

「彼は、基本的に火消ししかできない」

「そうですね」

「ならばそれをサポートしてやるのが周りにいる人間の役目だ。 私たちも別方面で動くべきなのだろう」

「……そう、ですね。 そしてそのためには、いまは力を蓄えることが重要ですか」

「だろうな。 根本的な力はもとより、別方面のちからという物だとかもだな」

「彼女たちに出来るでしょうか?」

「ああいうのは狙ってできるモノではない。 答えは、いつかでるだろう」

「……」

 

 若干の無責任さを感じるモノの、その言分は正しい。 人脈という物はその者の人柄が大体を締める。

 言葉を聞き、志を見て、心を感じる。 其の人物から溢れ出す活気に共感して共に道を進んでいく。 これは孫悟空にもできないことだ。 彼の場合、仲間が出来るときは往々にして強敵を前にして渋々共同戦線を張っていったらいつの間にか仲間になっていた者ばかりだからだ。

 口で説明するよりも拳で語り、志は高すぎて皆は付いてこられず、其の心内は案外謎だらけ。 いつも何を考えているかわからないのは逆に恐怖心すらわいてしまう。 これでは、意味がない。

 

「とにかく私はこのまま彼に付いて行って、妙なことにならないようにしていくつもりだ」

「ならば私はいつでも悟空が帰ってこれるように……いいえ、お姉さまたちが道を間違えないようにしていきましょう。 特に我が姉は無理をしすぎるきらいがあるので」

「そうだな。 今回の事も悟空が偶然見つけなければそのままだった可能性が高い。 すまないが頼んだ」

「はい」

 

 もう、これ以上話すことはないのだろう。 言葉が尽きた彼女たちの間に一瞬の間が空くと、まるでページをめくったかのようにリインフォースがこの世界から消えていく。 そっと見送り、白い息を吐くと自身の髪をなでる。

 忙しくなるなと心で呟き、シュテルは独り寒空を仰ぐのであった。

 

 

 

 

 ――とある次元世界。

 

 どこまでも広がる赤茶けた荒野。 岩などは少なく、当然木々も見当たらない。 そんな過酷な自然環境の中でも屈強な生物たちは今を悠然と生きぬき、自身の強さと縄張りを主張する毎日を送っていた。

 そんな生物とリンフォースとシュテルの秘密会議など知りもせず、ある荒野に男が慌てふためく。

 

「おじさぁぁあああん! おなかすいたよぉぉぉぉ!!」

「あぁあぁ、そんな泣くなって。 今すぐメシ取ってきてやっから」

「イモムシはいやだぁぁああ!! うわーん!!」

「今度は肉にしてやっから……泣くなって」

 

 喚く幼子の青い髪を、小さな手が撫でる。 なぜこんなことになったのか、どうしてさっさと帰らないのか、幼子には一向にわからず、そしてそれは……

 

「…………おら、なんでこんなとこにいるんだろうなぁ」

「うぇぇぇええーー」

「な、泣くなって……な?」

 

 男……いいや、少年にもその実わかっていなかったりする。

 

 そう、この少年は何も知らない。

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

リインフォース「悟空、修行はいったん止めにしてください、そろそろあの子たちのおやつの時間です」

悟空「え? いや、もうちょいなんだ――」

リインフォース「はやく!」

悟空「ちぇ、最近妙に厳しいぞ……」

リインフォース「……シュテルよ、私はきちんと役目を果たしている。 お前も頑張るんだぞ」

シュテル「なにか、違う気がする。 彼女はいったいどこを目指しているのでしょう」

???「おじさーん! おなかすいたー!」

悟空「はいはい! いま用意すっからちょっと待ってくれ。 そんじゃ次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第77話」

リインフォース「強さの代償」

悟空「ん? だれだ、おめぇ?」

リインフォース「まさか……こんなことって」

???「ばいばーい!」


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