魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第79話 闇、激昂

 孫悟空。 地球育ちのサイヤ人である彼は、その筋の者からは多大の信頼と畏怖を抱かれている存在である。

 その心に惹かれ、その力に恐れ、その生き方に魅せられて……方向性は様々に、多くの影響を与えてきた。

 それは無論世界を変えても同じ事である。 特に戦う事を行う者にとって彼の存在は途轍もない影響を与えるのだ。

 

 その歴史さえも歪めてしまうほどに。

 

 

 

 

「へぇー、キミはソンゴクウと言うんだね」

「そうだ、おら悟空だ」

「おじさんって変わったなまえだよね。 なまえがうしろに来るんだもん」

「そうか? んーおらにはよくわかんねえぞ」

 

 その筋からギリギリ外れた一般局員の男、彼が悟空の名を聞いて反応が薄いのも仕方が無いことだった。

 

「えっと、ゴクウ君」

「なんだ?」

「キミについてはいろいろと聞きたいことがあるんだ」

「ん? おらの?」

 

 好きな物は丸焼きだな!!

 悟空の返答に汗を流しつつ、男は彼の話を聞いていく。 どこから来て、何を成そうというのか。 昨日の騒動をその身に体験したからこそ湧き出る疑問である。

 

 曰く、旅に出ているらしい。 世界中を回る活劇はおおよそ普通の少年少女が行う物ではなかった。

 雲に乗りながら山を越え海を渡り、津々浦々と駆け抜けていく。 奇想天外摩訶不思議、ソレをまさかこんな子供から聞くことになるとは男は思わなかった。 けれど、ソレを疑うことはない。

 昨日おこった事件の連続が彼の特異性を存分に語るからだ。

 あの青い閃光が男の網膜を焼き、脳裏に刻みつけられたからだ。

 だから男は、少年に強い興味を抱いたのだ。

 

「でもまさか射撃魔法が使えるなんてね。 デバイスはどこにあるんだい?」

「??」

「え? いや、ほら昨日の青い魔法のことだよ」

「まほう? なんのことだ」

 

 そして、ここからの話はさらに男を違う世界へと誘うことになる。

 

「おじさんマドーシって人じゃないよ」

「そうなのかい? でもそれじゃあ昨日のアレはいったい……」

「あれ?」

「ほら、両手を突き出してみせたあれだよ! 管理局にそれなりにつとめているけどかなり上位の魔法だよ、あれは。 そうだね、Bランクを優に超えているはずだ」

「アレは“かめはめ波”っていうんだ。 亀仙人のじいちゃんに教えてもらったんだぞ」

「かめはめ……仙人?」

 

 正確には一目見てコピっただけなのだが。

 

「ん?」

 

 男が目を白黒している中、悟空はおもむろに空を見上げる。 つられるようにスバルが顔を上げるが、当然そこに何かあるわけでもなく、彼女は不思議そうに首をかしげるのであった。

 

 

「…………あいつ、またいるな」

「おじさん?」

 

 

 そうつぶやく少年の胸中など、誰にもわかるはずもなかった。

 

 

「さて、ここに来て2日目。 救難信号も出したし、そろそろ誰かが来てくれると思うんだけど」

「来てくれるといいね」

「おらは別にどうでもいいんだけどなあ」

『よくないよくない』

 

 あさっての方を見ながら口を開く悟空に二人が突っ込む。

 彼のハチャメチャ具合は先日体験済み、放っておいたらどんな厄災(お祭り)を引き込んでくるかわかったもんじゃない男と幼子だが、彼等は勘違いしている。

 

 まだ、始まってはいないということを……

 

「うっし! 朝メシとってくっか」

「あ、朝はそんなにはげしいのはいらないからね」

「よーし、あの恐竜の尻尾なんかいいんじゃねえかな。 おら行ってくる!」

「あ、あ! だから人のはなしを聞いてよおじさーん!」

 

 スバルの忠告もむなしく悟空は元気に飛び出していった。 目に映るのは灰色の二足歩行、巨木のような脚としなやかな尾を持つ恐竜に追いつくと悟空は笑顔。 そこが爆心地とも知らず、荒れ狂う恐竜の尻尾に張り付いた彼は次にスバルの度肝を抜いた。

 

「おーい、しっぽわけてくれよ」

「ぐるる!?」

「あ、っがが……」

「あの子、ウソだろ……」

「…………ガアアアアアアアア!!」

『ひぃぃぃ!?』

 

 そこからはもう語るまでもないだろう。 なぜか実力以上の相手に挑戦しまくる悟空のとばっちりを、一身に受けざるを得ない彼等はひたすらに走る。

 

「ひぃ、ひぃ!」

 

 800メートルを過ぎたあたりで男の呼吸が乱れる。

 

「速く走んねえと追いつかれちまうぞ?」

「こ、これでも訓練はしてきた、だが果たして人間とは死にもの狂いをいつまで維持できる物だろうか!?」

「つべこべ言わずに走るぞ」

「おじさん、おじさん……もうだめ……」

「がんばれスバル、食われるぞ」

「~~~~~ッ!!」

 

 こみ上げるは怒り、食いしばるのは荒れる呼吸。 スバルが泣きじゃくる中、男は悟空に殺気すら抱く。 同時、目の前に障害物が見え始めた。

 

「お、壁だ」

「デッドエンド!? キミ、あの壁砕けないか!?」

「いくらおらでもムリだ、真上が見えねぇぞ」

「おじさん……おじさぁん……!」

 

 いつの間にかたどり着いた袋小路に男は絶望を、少女は失意を押しつけられた。 ソレもコレもすべて目の前の少年のせい。 皆は眼光鋭く彼に吼える。

 

『なんとかして!!』

「うっし、がんばるか」

 

 屈伸からの背伸ばしで準備体操を終えた悟空。 彼はそっと息を吐くと真上に視線を向けた。

 にこやかな笑顔で向き合うのは尋常ならざる存在。 自然界の頂点に立とうかという恐竜を前に、彼は決して臆しては居なかった。 むしろ、少しだけ雰囲気が“軽い”

 

「ガァァアアア!!」

「ちぃとガマンしてくれよ?」

『……』

 

 いままで、本当に今まで彼は手を抜いていたのかそれとも……

 少年が腕を引き寄せると空気が一変する。

 

 局員の男はその変貌ぶりに表情を引きつらせ、スバルはわからず、しかし身震いだけが停まらない。

 

 次の瞬間。 孫悟空、その恐ろしさの片鱗を見た。

 

 

「でぇああああ!!」

「ギャアア!!?」

『!?』

 

 一瞬だ。 本当に瞬きをしたら見逃していたであろう動きの速さ。

 恐竜が悟空に向かって牙を立てるその刹那、悟空は身体を反らす。 その場から動くことなく攻撃をよけると、すぐ真横にあるヤツの側頭部目がけて拳を打ち込んだのだ。

 

 その動作はあまりにも常人離れしていて、死にいたるであろう攻撃を前に冷や汗の一つ流さず、しかも的確な攻撃を打ち込んでみせる少年に男は戦慄した。

 

「へへ! メシゲットー!」

「……思っていたけどやはりこの子はただ者じゃない」

「おじさん……すごい……」

 

 本日の狩猟時間、5分40秒。 決まり手は右のカウンターだそうな。

 

「さってと、コイツのしっぽだけもらってさっさと行くぞ」

「へぇ、命までは奪わないんだね感心……」

「コイツのしっぽ、すぐまた戻るかんな。 味もイケるしまたもらうんだ」

「…………へ、へぇ」

 

 キャッチアンドリリースも忘れない。 そのあんまりな合理的思考に男は若干引き気味である。 ……純天然素材の半養殖といったところであろう。 訳がわからない。

 

「えいよいしょ!」

「信じられない……しゅ、手刀で切れてやがる……」

「そんじゃいくぞ、急いでこっから離れないとコイツ目ぇ覚ましちまう」

「お、おう……」

「出発!」

「あ、待ってよおじさん!」

 

 後頭部に大汗を流しながら悟空の後を追うスバル。 そんな彼女と少年を呆然と眺める男は力なくついて行く。 彼等の後ろに転がる恐竜を二度見しながら、少しだけ青空を見上げてしまった。

 白い雲が気ままに流れ、降り注ぐ太陽光がバリアジャケットの温度を上昇させる。 平穏そのものな自然の中で、男は一言、漏らすのであった。

 

「最近の子供はすごいんだなぁ、うちの妹もあれくらい出来るのだろうか……」

 

 少しだけ大人としての自信が削れていた。

 

 

 

 昼を過ぎ、夕方になる頃。 少年に導かれるまま歩いていた彼等。

 

「スバルちゃんが川に落ちた!?」

「ドジだなぁあいつ……おーい早く上がってこいよー」

「わぁぁん! おじさんタスケテーー!!」

「……仕方ねぇなあ」

 

 ソレまでの間、途中何度かピンチに陥る物の……

 

「スバルちゃんが恐竜にさらわれた!!」

「いねえと思ったら……おーい早く片付けてこいよー」

「ムリだよぉぉ! おじさぁぁん!!」

「……しょうがねえなあ」

 

少年の馬鹿力と……

 

「す、スバルちゃんどうかしたの……?」

「か、からだがじびれる……!!」

「ん? これ食えるはずなんだけどなぁ。 ほれ、おらが食っても平気だ」

「し、シビレ茸じゃないか!! えっと、解毒作用があるのは……」

 

局員の男の知恵でなんとか切り抜けていく。

 

 なんやかんや被害がスバルに集中している気がしなくもないが、この中で一番未熟故仕方が無いだろう。 というか悟空の後ろを無邪気に警戒無くついて行くこと自体が自殺行為なのだ。

 こんな程度で済んだだけまだマシであろう。 …………どこぞの世界の天才科学者など一度マグマに沈みかけ、海底遺跡の崩壊に巻き込まれたのだから……

 

 とにかく、なんとか無事に夕方を迎えることが出来た彼等だが、局員の顔は穏やかじゃない。 かなり深刻と言える雰囲気を纏い、空中に展開したウィンドウをひたすらに睨む。

 

「おかしい、もう応援か救助が来てもいいはずなのに。 どうして誰もこの世界に来ないんだ? 通信だって返事が来ない」

「まずいのか?」

「……そうだね、かなり問題だよ」

「ふーん。 じゃあもう一日泊まりだな」

「そう、だね。 ごめんねスバルちゃん、力になれなくて」

「そんなことないよ。 おじさんと二人だったらもっと大変だったはずだもん」

「……ありがとう」

 

 幼子に励まされる男。 その状態すら自身を追い詰めてしまうだろうが、男はちがう。 ここ数日で鍛え上げられたタフネスはこの状況すら乗り越えようとしていたのだ。

 なんとかしよう……ではなく、しばらくここに居ることを選んだのも順応力の上昇を思わせる。 ここで暮らすのは問題ない、食事も宿も自給自足出来ている時点で不安はない。 その点で言えば少年との出会いは幸運であった。

 

…………そして、この先の出来事に対しても同様のことが言える。

 

「……あ!」

 

 男の開いたウィンドウにノイズが走る。 かなり荒く、それでも少しずつ回復していくそこには見慣れない人物が映し出されていた。

 

[だれか……居るのか……応答……]

「通信がつながった!? 聞こえるか! 第07小隊の――」

 

 口早に状況を説明する男に通信越しの者は即座に返答をする。 どうやらすぐに救助に向かうとのことで、その報を聞いたスバルは安堵し、悟空は……やはりどうでも良さそうだった。

 局員の男が通信を切ると同時、彼等の前に魔方陣が展開する。

 藍色のそこに映し出されたソレはゆっくりと回転を行い、粒子状の魔力素を吐き出しながら使用者らしき人物をこの世界に転移させていく。

 

 現れたのは見慣れないジャケットを着た女性。 年齢にして10代後半程度だろうか、青い長髪の彼女は3人を見ると表情を柔くする。

 

「いままでお疲れ様でした、大変だったでしょう?」

「まぁ……やっぱりこの子に助けられっぱなしでしたから」

「そうですか」

 

 労う彼女に男は苦笑い。 後頭部に手をやると小さく書いて見せた。 面目ないと表情を崩す中、彼女は転送魔法の陣に彼等を誘う。

 やっと恐怖の時間が終わる、家に帰れる。 終わる緊張の時間にスバルは若干涙ぐみ、ソレを見た悟空はなんとなく笑っているようにも見えた。 局員の男も少しだけ表情を崩すと、女性にゆっくりと近づいた。

 

「こちらへどうぞ、長旅で疲れたでしょう?」

「はい、どうもありがとうございます」

「いえいえ」

「あ、そういえば……」

「はい?」

 

 近づいた脚を、一度止める。

 男はとても穏やかな表情で言い放ち、女性もとても健やかな表情をしている。 何でも無い会話、その間に敷かれた罠を今、女は確かに踏み抜いたのだ。

 

「どうして……おかしいと思わないんですか?」

「え?」

 

 男は悟空を見る。 その視線はひどく真剣そのもので、彼を見た少年から笑顔を消し去った。

 

「何で大の大人が子供に助けられたと言って、平然と受け入れられるんでしょうか?」

「…………」

 

 彼女は何も言わない。 疑問の声が上がらず、反論もなければ訂正もない。 ただただ沈黙を守るだけだ。 ソレをどう受け取ったのか、男はゆっくりと女性を見る。 

 

「普通、不思議と思ってもいいんだとおもいますけどね」

「…………どうでしょうね」

 

 やっと出た言葉はひどく焦りが滲んでいた。

 飼い猫だってもうちょっとましな仕草をしてくれるはずだ。 男は少しだけ彼女を見つめると、即座に口を開く。

 

「悟空!」

「おりゃああ!!」

「くッ!? なんなのこいつ等、3日前まで赤の他人だとは思えない」

「当然だ、お互い運命共同体になりながら荒野をさまよっていたんだからな」

「それにおめえなんか嫌な臭いしたしな」

「なに、その理由……」

 

 彼女の目つきが一気に鋭くなる。 先ほどの穏やかさがウソのようにゆがんだそれに、男は確信する。 この女は、敵だと。

 ソレを野生で感付いた悟空も同様に彼女を警戒する。 徒手空拳の彼を補うようにデバイスを向ける男に、女は毒づいた。 だが、ソレは決して負け惜しみなどではない。 ソレを証明するかのように彼女は“悟空を後ろから蹴り飛ばした”

 

「ぐぅぅ!!?」

「悟空!? は、速い!!」

「“この姿”ならその程度よねボウヤ! やっかいなことになる前にさっさと連れ去る!」

「連れ去る!? 目的は悟空か!」

「あ、わわ…………おじさん!」

 

 吹き飛ばされた悟空は立ち上がらない。 意識がないのか、それともそれ以上に深刻なダメージを受けたのか。 しかし、男の注目するべき点はそこではない、彼女の実力だ。

 悟空という少年の実力は片鱗程度でもわかっているつもりだ。

 10メートルを超える恐竜を相手取る事が出来るやんちゃボーイ、ソレが彼だ。 まさしく化け物を相手に優位にたった彼女は正真正銘の怪物になるだろう。 さて、ソレを相手にどう立ちふさがるか……男はデバイスに魔力をたたき込んだ。

 

「スバルちゃん、悟空のところに」

「は、はい!」

「させると思っているの!」

「それはこちらの台詞だ!」

 

 走り出そうとした女の足下に弾痕が作られ硝煙が香る。 男のデバイスが火を噴き彼女を牽制したのだ。

 女は素手、武器もない。 このまま中距離で戦えば勝率は遙かに上がるだろう。 男は慎重に彼女に相対する。

 

「なぜあの子を狙う、あんな子供を?」

「あんな子供、ねぇ。 只の子供じゃないってのは貴方もわかってると思うのだけど」

「ソレがなんだって言うんだ、子供は子供だ!」

「……何も知らないというのはこうも愚かだとは思わなかったわ」

「知ることであんな子供を付け狙う事になるなら、何も知らなくてもいい!」

「バカねぇ」

「黙れ」

 

 銃口を女に向ける。 牽制ではなく相手を倒すための魔力を込めながら、彼女の動作の一つ一つをこまめに確認し終えた。

 彼女の初撃、まるで消えるような移動方法をとる寸前、彼女は一瞬だが地面を脚で均した。 そしてソレはこの会話の中で見られず、今の今まで行うことはなかった。 つまり、彼女の不意打ちを見破るならば彼女の足下を見ていればいい。 

 男は視線を悟られないよう、銃を向けることで彼女の視界をコントロールする。

 

 いつでも来い。 心の中で照準を定めるとトリガーに添えた指に力を入れる。 この銃は魔力弾しか放てないが、通常弾と違い込める魔力を調整すればその分だけ威力が増幅される代物だ。

 だから、コントロール次第では相手に致命傷に近いダメージを負わせることも出来る。

 ソレを理解した腕前で彼は持てる限りの技術で、やれる限りの魔力量のチャージを完了していた。

 

 全力の一撃。 コレを放てば相手は只では済まないだろう。 もしかしたら一月は病院のベッドで過ごしてもらうかもしれない。 だが、それでも子供相手にあのようなことをした彼女に一切の手心を加える気にはなれなかった。

 だから男は、決して気を緩めると言うことはしなかった。

 

「――――だから、馬鹿だって言ったのに」

「なん、だと…………」

 

 ならば、なぜ。 男の腹部から刃が見えているのだろうか…………

 

 腹部から吹き出る鮮血は自身の物だ。 溢れた分だけ己の命を削り取っていく代物だ。 即座にゆがむ景色の中で、彼はようやく事態を把握した。

 

「もう、ひとり……」

「あのソンゴクウを捕らえる任務で手ぶらが一人なんてあるわけ無いでしょう?」

「相手の癖を即座に把握し次の攻撃すら囮に置く。 よくやったが、こちらが上手だったな」

「ぅ……ぅぅ、ちくしょう……」

 

 敵は決して馬鹿ではない。 

 孫悟空に的を絞り、彼がこの世界で放浪している情報をつかんで、例の弱体化を待った上で最高のタイミングで奇襲を仕掛けた。

 悟空を無力化し邪魔な男はこのありざま。 そして、もう一人は話にならない。 これ以上無い好機を前に長髪の彼女は舌なめずりをした。

 

「おい、何をもたもたしている。 はやくトドメを刺しておけ」

「はぁ、はぁ……転送装置を破壊したのも……」

「はーい。 それにしても災難ねぇ」

「この世界に来てから通信ノイズがひどかったのも……」

「あの男に出会ったばかりにこんなことになっちゃって……じゃあね、不運なヒト」

「お、お前達……の……せいか…………」

「さよなら」

 

 彼女の手に鋭い爪が見える。 そこから伸びる鋼鉄は人体を意図もたやすく切り裂くだろう。 それが男に向けられたとき、ようやく状況を理解した物が居た。

 

「や、やめて……」

「おやぁ? 何か言ったかなぁ?」

 

 スバルだ。 今まで近くに居ながらも状況に全くついて行けなかった彼女も、男が虫の息となってようやく理解した。

 自身の危機ではなく、他人の危機に瀕してようやく立場を理解した。

 誰にも頼ることが出来なくなり、もう、これ以上にない最悪を引いてしまった現状を。

 

 だから少女は駆け寄った……男の元へ。

 

「だ、だいじょうぶ!?」

「ダメだ……はやくにげなさい……」

「お、おなかから血が出てる……と、とまらないよぉ」

「何やってるんだ……速く逃げろ……!」

「いやだよぉ……このままじゃおにいさん死んじゃうよぉ」

 

 必死に傷を押さえて血止めをするも、少女の小さい手では彼の傷を覆うことすらかなわない。 それでも、ひたすらに懸命な処置を継続する彼女に男は涙を流す。

 

 もう、すべてをあきらめそうになった心に、活力がわいてくる。

 

 けれど敵にはただ、退屈な映像としか見えない。

 

「ぎゃう!?」

「す、すばる……」

「邪魔よ、あなた」

「いたい……いたい……」

 

 少女の腹を蹴り宙に放ったのだ。 地面に落ち、横たわるスバルは激しく咳き込む。 彼女の姿が見えなくなり、だけど声だけで状況を判断した男は激しい憎悪に襲われる。 だけど、身体が追いつかない。

 いいのか……このまま何もしないまま、彼女を奴らにいいようにされて。 でも、身体が、命が、もう動こうとしないのだ。 彼にはもうどうすることが出来ない。

 

 だから……

 

「見逃してやろうとも思ったけれど、その目がなんか気に障る」

「うぇぇ……」

 

 だからもう……

 

「えっぐ……えっぐ……ひっ!」

「この場で消えなさい」

「あ、あぁぁ………………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 後はもう、自分でどうにかするしかない。

 

 少女が眼前に迫る爪を捕らえた瞬間、見える範囲の世界が“停まる”

 脳内のアドレナリンが一気に吹き出し、全身の血液を沸点にまで上昇させる。 死の寸前の代謝反応が凄まじいまでの位にまで駆け上がったとき。 ……少女のタガが外れる。

 

「…………!」

「な、なに? 捕まれた?!」

 

 その細腕のどこにあるのか、大人の腕を小さな手でつかみ、離さないスバル。 彼女は起き上がりざまに女の攻撃を真正面から受け止めたのだ。

 

「はぁ、はぁ…………」

「な、なんなのコイツ。 尋常じゃない!」

 

 突然の変貌に驚く女。 だがソレよりも注目するのは攻撃をつかんだ腕とは反対の手が拳を作っているところだろう。 だが彼女が気づく前にスバルは大地を踏み込み、勢いよく飛んでいた。

 

「ガァアアアア!!」

「ぐぉ!?」

 

 ありったけの力を込めた右拳は女の顔面に向けて放つ。

 いきなりの事で反応が遅れ、さらに捕まれた腕に気をとられて居た。 だが彼女も孫悟空に奇襲を仕掛けられる程度には有能である。 見事、左腕で防御を成功していた。

 

 だが……

 

「なに、こいつ……いきなり」

「大丈夫か? ……まさかこんなのが伏兵だとはな」

「損傷はないけど……え、あれ?」

「どうした?」

「ちょ、ちょっと……アレ?!」

 

 見事に攻撃を防いだはずだ。 しかし彼女の顔は次々に驚愕へと染め上げられていく。 身体を構成する物、特に左腕から一気に機能が停止していくのだ。 その様はまるで氷柱をハンマーで殴り折ったかのよう。 気がつけば左半身が言うことを聞かなくなっていく。

 だらりと腕をぶら下げると、それきり動くことはなかった。

 

「コイツ……いま何をしたの!」

「…………」

「ちっ。 気を失ってる」

「…………まさかコイツ、いや、でもそんなこと……いえ、どちらにしたって関係ない、どうせここで死ぬのだからね!!」

 

 すでに物言わぬ置物と化したスバルを前に女の苛立ちは全開。 爪を開くとスバルに向かって一気に振り抜いた。

 

「でりゃああああ!!」

「あぶッ!?」

 

 けど、そこから先の悲劇は“少年”が許すはずもない。 真横から強襲された女は雑木林に突っ込み消えていく。

 残ったもう一人の女はその犯人を見た。

 今まで気を失っていたであろうその存在……そう、孫悟空はそこに居た。

 

「おい、おめえたちよくもやってくれたな!」

「ターゲット行動を再開……フェイズ3に移行」

「…………」

 

 尾を逆立て、拳を握るその手には血管が浮かんでいた。 横たわるスバルと、その向こうで血を流し虫の息の男を確認すると、孫悟空の尾は総毛立つ。

 

「戦闘力の上昇を確認……100から150。 対処可能域」

「ご、悟空……」

 

 すでに開始の火ぶたは彼女らによって落とされた。 ならばここから先はなんら合図はいらない、ただ戦うのみであろう。

 孫悟空が地を蹴りヤツに飛び込んだ。

 

「だりゃあ!!」

「カイオウケンすら使えない今のお前など何ら脅威ではない。 再び気を失ってもらう」

「おらの拳があたらねえ!」

 

 ソレを冷静に捉え、尚且つスウェーで交わす女の強きこと。 悟空が手玉にとられる姿はあまりにも信じられない光景だ。 それでも少年の拳が停まることはあり得ない。 今はひたすら攻めに徹するのみだ。

 

「おりゃあ!」

「馬鹿正直に正面から……」

 

 勢いをつけた正拳突きを前にこんどは受け流す動作を見せる女。 彼女には悟空の攻撃の軌道が見えていたのだ。 ならばコレをいなすことなどたやすい。

 そんなこと、悟空にだっていい加減理解できている。

 

「な!?」

「へへん! 残像拳だもんね!」

 

 出した防御をすり抜ける悟空の影。 高速の脚裁きと常軌を逸した身体能力から行われる拳を前に女の動きが一時フリーズする。

 ソレを見逃さず、悟空が彼女の真下からけりを打ち出す。

 

「これが噂の……確かにやっかいだが」

「――ふぐ!?」

 

 悟空のハラに彼女の脚がめり込む。 内蔵を圧迫されるほどのダメージを与えられ、一瞬意識を手放すところをなんとかこらえる。

 歯を食いしばり、震える脚を叩いて彼女を睨むと、そこには冷徹な表情が浮かんでいた。

 

「視界情報を変えられる“わたしたち”相手ではまるで無意味。 いい加減無駄な抵抗はやめなさい。 今のお前では適わんぞ」

「こ、こんな……げほ」

 

 今の……その意味をどれほど理解できているのだろうか。 しかしそんなことよりも悟空が気になるのは別にある。

 

 そう、戦闘が楽しいと謳っても、彼にだって優先順位はあるのだ。

 そっと後ろに聞き耳立てた悟空は焦りを禁じ得ない。 ……あの男の呼吸音がどんどん小さくなっていくのだ。

 

「お前は名を上げすぎた。 貴様の事は研究に研究を重ね、すべての技、形態を把握しその対処を検討してきた。 そして、できあがったのが私たちだ」

「うぐぐ……」

「勝てないのは、ムリもない……」

「ぐああ!!」

 

 悟空が締め上げられる。 首をつかまれ、呼吸すらままならない状態にまで追い込まれた彼はすでに反撃の糸口すら見当たらない。 スバルの意識はまだ目覚めず、男の呼吸は落ちるばかり。 誰も悟空の応援には来れない。

 その状況を確認するなり、女は悟空に拳を振り上げた。

 

「しばらく眠っていろ」

「うぐ、ぐぅぅ!」

「ふっ!」

 

 振り落とされた鉄拳を悟空は只目を見開くことしか出来無かった……

 だからこそ“彼女”のこらえは限界に達し、ついに手を差し出してしまう。

 

「…………な、何が起こった」

「悟空、大丈夫ですか……?」

「お、お前はいったい何者だ!?」

「骨にまでダメージは行って無いようですね、安心しました」

 

 銀の髪をなびかせながら悟空を抱える女性が居た。

 そう、現れただとか救い上げただとかではなく、当然のように居たのだ。 襲いかかった女になんら察知されることなく、黒い翼をゆっくりと休めた彼女の名は……そう、リインフォースはそこに居た。

 未だ拳を握った女の言葉など聞くことすらせず、本当に風のようにその横を通り過ぎながら。

 

「貴方、まだ意識はありますね?」

「き、キミはいったい……」

「孫悟空の友人、とでも言いましょうか」

 

 男の状態を確認しているリインフォースは華奢そうな見かけに反して、力強く男を片手で担ぎ上げると今度はスバルの方へ移動していく。 瞬間移動でも転移魔法ですら無く、只の歩行でだ。

 そんな隙だらけの格好なのに、襲撃者は一向に手が出せずに居た。 そう、見た目だけなら隙だらけだし手荷物だってある。 だけどそれでも、リインフォースに“今”手を出せば只では済まないと彼女の中の何かが警告するのだ。

 ソレは怒り? いいや、ソレよりも深いナニカがリインフォースの内側から見えるのだ。

 

 それは例えどんなセンサーでも見えぬ負の感情。 それが襲撃者の身体をつかんでしまえば、もう、これは戦いにすらならなかった。

 

「さぁ、スバルと言いましたか、貴方も一緒に行きましょう」

「……スヤァ」

「おやおや、暢気なことで……フフ」

 

 本当に楽しそうに、そしてうれしそうに微笑むその顔は、男には女神に見えてしまったとか。 救いの女神的に言っても間違いではない。

 だが、襲撃者からしてみればその黒い翼とあふれ出る黒い魔力とが相まって悪魔にすら見えてくる。

 

 

 だが、驚く事なかれ。 リインフォースはまだホンキを出していないのだ……

 

 

「あぁ、忘れるところでした」

 

 心底どうでも良さそうにようやく襲撃者に振り向いた彼女は言う。

 

「貴方、ここで起こったことは忘れなさい」

「…………は?」

「別に命令でもなければ強制でもないのですが……」

「……なにが言いたい」

 

 彼女の意図をつかみかねる。

 普通、ここまでやった物は生かさないのが常識では無いか? 泳がせて自分たちのことを探る気なのだろうか? 尽きに疑問にだが、状況は急激に変化した。

 

「――あのガキ、よくもやったわね」

「おや? もう一人……」

「なんだお前は! いいや、どうでもいい! そこに居る子供に用があるんだ、どきなさい!!」

「よ、よせ!」

 

 先ほど悟空に吹き飛ばされた女が復讐と言わんばかりに襲いかかる。 そう、リインフォースに立ちはだかってしまったのだ。

 手刀、足刀、振り乱した彼女は嵐のように襲いかかったのだ。

 

 ……それがどんなに愚かな行為だとも知らないで。

 

「さて、先ほど貴方に話した事の続きです。 私は決して命令などしない存在だ、我が主がそうであるように」

「……!?」

「え、え? 何がどうなってんの? わたしもしかして捕まって!? え!」

 

 襲いかかったと思ったら後ろからアイアンクローをかけられていた襲撃者の図。 それが完成するやいなや、残った方の……冷静な方の襲撃者を見据えるとリインフォースは途轍もないほどの笑顔を見せた。

 うるさい方の襲撃者を持ち上げる手、そこに一瞬だけ力を加えると闇色の魔力があふれ出す。

 

「ヒトに物を言うときの基本はな、お願いすることにあるとは思わないか?」

「あばばばば!!!!!??」

「…………っ」

 

 ……途轍もない、冷淡な笑顔を、だ。

 

 まるで染みこむように彼女の頭部へ送り込まれるソレは、どう見たって普通の魔力量、質ではない。 おそらく砲撃クラスの魔力を手のひらに一点集中して、相手の頭部に流し込んでいる。 恐ろしく高度で、卑劣な術。

 静かな襲撃者は身震いを禁じ得なかった。

 

「これらを踏まえて問おう」

「……」

 

 目は笑ってないし口元はどこか引きつっているように見える。 いびつといってしまえばソレまでだろうが、過去数年……いや、生まれてからこのような笑顔など見たことがない。 襲撃者は目の前で行われる拷問を前に完全に戦意を喪失した。

 

 

 

 

「この男の事を“知っているか?”」

「……いいえ、シリマセン」

 

 

 

 願いはすでに叶え終わっていた。 そして相手はシツレイの無いように頭を下げる。

 

「良かった、ではもう会うことはないだろうが元気で」

「…………ハイ、オキヲツケテ」

 

 ドサリと雑音が鳴った気がしたが、襲撃者には何も見えていない。

 魔方陣が展開したという警報が脳内で響くが何も確認できやしない。

 ターゲットロストという字面が見えるが最初からそんな物とは遭遇していない。

 

 しばらく棒立ちとなり、世界に静寂が訪れた頃、まるで荷物を拾うかのように倒れた女を担ぎ上げて空を見る。

 

「この世界はハズレか。 いったいどこに居るのだターゲットは」

[定時報告の時間だぞ? 何をしていた]

「ウーノ“こちらは問題ありませんでした” はい “異常なし” です」

[そ、そう? なんだか調子よく無さそうだけど]

「なに、すこしそらが青くてな」

[???]

 

 今日、彼女の中に新たなフォルダーが作られてしまった。 

 圧縮度全開、ロック解除不能の真っ黒なフォルダーが……だ。

 

 本拠地に帰った彼女達は今日のことを思い出すことはなく、拷問された方にいたっては別の記憶を植え付けられていて事態をよりいっそう混乱に陥れたとか……ソレで苦労したドクターが居たのだがソレはまだ先の話である。

 

 

 

 転送魔法で移動したのは小さなログハウス。 どうやらここが彼女……リインフォースの拠点らしい。

 彼女の見た目からは想像も付かないデコレーションとぬいぐるみがあるが、そこに突っ込みを入れる物は誰一人居なかった。 ベッドを複数創造したリインフォースは三人をゆっくりと寝かせてやる。

 

 悟空をゆっくりと視界から外し、一番状態の良くない男の方を向くと白いその手をかざしてやる。 暖かい光があふれ出ると、男の腹部からゆっくりと痛みが逃げていった。

 

「す、すごいレベルの治療魔法だ」

「あまり動いてはいけません。 死んでもおかしくない深手だったのですから」

「はい、すみません……」

 

 謝る男を余所に治療魔法を継続するリインフォース。 しかし男はゆっくりなどしていられなかったのだ。 そう、ここ数分の間に聞かなければならない事が大幅に増えたからだ。

 

「あ、貴方は?」

「……」

「あ、あの?」

「本当は秘密にしたいところですが、悟空の被害者の一人です、謝罪の意味でも教えましょう」

「あ、はぁ?」

 

 名をリインフォースという彼女は悟空と旧知の仲だそうだ。 ただし今現状の悟空は難しい状況に立っており、彼女の事を知らないらしい。 いや、正確には覚えていないらしい。

 

「こんな物騒なヒトのことを忘れるなんて、あの子随分と……」

「なにか?」

「いえ!」

 

 大物なのか天然なのかわからぬ少年を置いておき、男の質問は続行された。

 

 どうやら彼女は人間ではく、一種の使い魔のような存在であること。 とある理由で俗世とは交流を絶っていること。 悟空に多大な恩義があると言うこと。 そして……悟空が本当にただ者ではないと言うこと。

 

「彼が今いくつに見えますか?」

「えっと……うちの妹より上くらい? 8歳?」

「35歳です」

「はぁ!?」

「ほかにもいろいろありますよ? 聞きたいですか?」

「…………」

 

 彼の事を知るに連れてなんだか引き返せない未知に進んでいるような気がする男。 涼しい顔をするリインフォースがより一層不安をかき立てる。

 だけどそれ以上に男にはわからない事がある。

 そう、先ほど襲撃者を撃退したとき、念入りに記憶操作を施していたはずだ。 それだけ自身の存在を知られたくないからだとは思う。 けど、なぜ自身にここまで話したのだろう? 気になる、ナニカウラがあるのではないか? ……少しだけ警戒心を抱いてしまった。

 

 そんな姿をいぶかしく思ったのか、リインフォースは彼の思考を先読みする。

 

「貴方の記憶をいじるという選択肢はありました」

「い゛!?」

「しかし貴方は最後まで戦いました。 それに悟空に大した偏見もないようです」

「へ?」

「最後まで前を向くヒトには好感が持てるだけです。 それは彼も同じでしょう」

「は、はぁ……?」

 

 ここら辺は騎士を束ねる存在の性質なのか、男の戦いを称えるかのようにリインフォースはゆっくりと微笑む。

 

 基本的に悪い人ではないようで、怒らせなければ常識人、そして聖人のように優しい人であると男は認識を改めた。 ……いや、先ほどが只単に怒髪天にキて居ただけなのだが。

 しゃべることも聞くこともなくなったのかしばらく時間が経ち、男は疲労からか目を閉じ意識を手放した。

 

「…………寝ましたか」

「んごご…………ん?」

「おや? 今度は悟空ですか」

 

 鼻提灯が割れる。 悟空が布団から身体を起こすと目の前に居るリインフォースを見ると彼は即座に立ち上がる。

 

「あ、アイツは! ここどこだ!!」

「すぐに立ち上がっては身体に障りますよ、落ち着いて」

「お? ……そうか、おら負けちまったのか」

「そう、なりますね」

「……」

 

 おとなしくなり、改めて周りを見る悟空。 小さいながらも今の状況を理解したのか、ゆっくりと安眠する例の男を確かめるとベッドの上に座り直す。

 両手のひらを開けて、閉じる。 その動きがナニカの反復練習に見えるが、実際は只の反省会だ。 自身の至らなさと、相手の強さを再確認するための自然な仕草。 でも、そのウラにはもう一つの感情が燃えていた。

 

「アイツ……」

「強かったですね」

「おう」

「また戦うのですか?」

「今度な。 そのためには修行してうんと強くならねえと。 あいつジャッキー・チュンってヤツよか強かったもんなあ」

「そうですね。 えぇ、きっと強いでしょう」

 

 ソレすらも見抜いたリインフォースは悟空の頭に手を置いた。 ゆっくり前後させ、今度は左右に動かす。 あのウニ頭が揺れ、動かされる間に彼女の口はゆっくりと聞き取れない言語を紡ぎ出す。

 

「なにすんだ?」

「おまじないです」

「ふーん」

「私は忙しい。 今回は偶然貴方を助けることが出来ましたが次もこうだという保証はありません。 ソレは理解してください」

「あぁ、おら今度は負けねえ。 ぜってえ勝ってみせる」

「はい、その意気です……本当は話したいことがあったのですが、今の貴方に言ってもわからないでしょう。 だから、また今度にします」

「よくわかんねぇけど、わかった」

「はい」

 

 言いたいことがすべてわかっている風な彼女に対して、だけど悟空は特に疑問はないようだ。 お、話わかるじゃん! なテンションで笑顔を見せると正拳突き……風を切る拳を繰り出した。

 

「アイツの怪我治ったらさっそく修行だ! やるぞー!」

「頑張ってください」

 

 そんな悟空を見ている彼女は本当に楽しそう。 大人の時の面影が一つも無い彼に対して保護欲でもかき立てられたのか、そのまなざしは母性に溢れていた。

 なでる手もつい止められず、そのままスバルが目を醒ますまで続けていたそうな……

 

 

 

 

 

「さってと、世話になったな」

「いえ、こちらも久しぶりに楽しかったですよ」

 

 3日が経った。

 あれからリインフォースの魔法が効くに効いて男は信じられない速度で快復した。 引き裂かれた箇所もすでに傷跡しか見られず、かさぶたが少し残っている程度。 信じられない技量に驚き、それが守護する悟空という存在に疑問符を覚え、だけど……

 

「いくぞ悟空」

「おう、で、どこに行くんだ?」

 

 彼が悟空を呼ぶ声に変化はなくて。

 

「まずはミッドチルダ……と行きたいところだけどやっぱりスバルちゃんの家に行こう。 この子をおうちに帰さなくちゃ」

「わかった」

 

 目的もさほど変化がない。

 ソレは彼の芯が強いから……だけではないだろう。

 

「これからは背中に気をつけて生きていかなきゃならんかもな……」

「どうした?」

「いや、何でも無いさ。 それじゃ、いこう」

「うっし!」

 

 スバルという女の子の事を、守り切れる自信が無かったからだ。

 おそらくスバルはこのまま両親の元に返した方がいい。 あそこは都会に近い、さらに両親は確か管理局の人間だ、何かがあれば対処もしやすいだろう。

 リインフォースに目配せした男は悟空の肩に手を置く。 そばに居たスバルを引き寄せると同時、その身体を銀色の光が包んでいく。

 

「私の転送魔法で送ります。 座標の通り飛んでいけば彼女の家の付近に行けるはずです。 それと――」

「――あまり滅多なことはしない。 まぁ、貴方の指示が来るのを待ってるよ」

「お願いします……もしかしたら別の人間が来るかもしれませんが」

「了解」

 

 光が限界を超えると彼等を別の世界、別の土地へと送り届ける。 ソレを見送ったリインフォースは一人この世界へと残り……目を、鋭くつり上げた。

 

 

 

「もう悟空の情報をつかんでいる……もしもの時は……」

 

 

 そう言う彼女はゆっくりとドアを開き、ログハウスの中へと消えていった……

 

 

 

 

 

 同時刻 別の世界、別の場所……

 

 孫悟空はようやく元の世界へと帰ってきた。 温暖、穏やか、優しい風。 すべてが好条件の立地はもはや懐かしさすら感じてならない。 少なくともスバルは自身の故郷に涙すら流していた。

 そして、そんな彼等を迎えるのはやはり……

 

「スバル!!」

「おかあさん!」

 

 クイント、彼女である。

 スバルを一目見た瞬間猛然と走り出し、きつく、だけど優しくその腕に納める。

 

「別世界の探索任務中、遭難していたところを保護しました。 送り届けるのが遅くなってすみません」

「いいえ、そんなこと……良かったわねスバル」

「うん!」

 

 親子が再会を噛みしめている中、男は一礼してその場を去ろうとする。 だが、しかしだ……そんな男のズボンの裾を引っ張る物が居た。

 

「なぁなぁ」

「……って、悟空か。 どうしたんだい?」

「あんな、おらおめえについて行っていいか?」

「…………はい?」

 

 突然の申し出だが男は理解できず、もう一度聞く。

 そういえば、彼はスバルの家族ではなかったし、目的も別に持っていた。 だけどなぜ自分に声をかけたのだろうか。

 

「スバル送ったしさ、おらも修行に戻んねえとな」

「そ、そうだね……じゃあ……」

「そんで、おめえアレだろ? アイツらに狙われてんだろ? だったらおら、おめえのとこにやっかいになってもう一回アイツらと戦いてえ」

「…………うそぉ」

 

 いきなりの同行者に困惑半分。 だけどなぜか断り切れないのは、彼の境遇をリインフォースに聞かされたせいでもある。 数秒だけ悩み、脳裏に自身が死にかけた映像がフラッシュバックする。 鼻につく鉄の臭いと、身体をえぐられた感触は今でも忘れない。

 けど、そうだ、忘れないだけであって忘れたいわけではない。

 

「わかった」

「ほんとか? よっし、やっぞー!」

「ただし条件がある」

 

彼は忘れたいだなんて思わないで、むしろ立ち向かう道を選んだ。

 

「メシは自給自足だ、これだけは譲れない」

「……わかったぞ」

「なんでいま渋ったんだ!? まさかメシまでたかろうとしてたんじゃないだろうな!!?」

「そんなことねぇぞ! けどクイントはめいっぱい食わせてくれたぞ?」

「余所は余所、うちはうち! あいにく妹と二人暮らしでね、蓄えは少ないしアイツの将来のために備蓄は切り崩せないんだよ」

「ふーん」

 

 心底どうでも良さそうに、彼の提案に乗る悟空。 仕方が無い、コレばかりは彼の判断は正しい。 恐竜を飲み込んでしまう彼の胃袋に一般家庭の財政はまず耐えられないだろうからだ。

 そんな彼の判断を聞いてクイントは感心し、スバルはというと……

 

「おじさん、居なくなっちゃうの?」

「まぁな。 いいかスバル今に見てろ? おらうんと強くなってあいつらコテンパンにしてやるかんな」

「うん……また、会えるよね?」

「うーん、また今度な」

「うん、こんど!」

 

 今度の意味がわかっているのか、幼いスバルにとってソレは来年か、もしかしたら来週程度の期間だと思っているかもしれない。 この適当な少年の今度が、そのまま永劫に訪れないかもしれない適当さを持っているとも知らないで、彼女は元気よく彼を送り出すのだ。

 

 また会おう、また……会いたいと。

 

「よーし! まずは基礎からやり直すぞー!」

「……俺ももう少し見直すか。 悟空、ちょっとだけつきあうよ」

「ホントか? おらの修行はたいへんだぞ?」

「受けて立つ! それじゃ転送ポートまで行こう。 俺の住んでる世界はここじゃないんだ」

「わかった! …………えっと?」

「ん?」

 

 歩き出そうとした悟空だが、男の顔を見るとその顔を曇らせる。 少しだけかしげた首を見るにどうやら困っているようだが、あいにく男にはその心当たりはなかった。 ……さて、悟空はいったい何をお困りで?

 男が聞いた時、周りのすべては困惑する。

 

「おめえ名前なんだっけ?」

『……うそだろ』

「そういやおら、いままで一度も名前で呼んでなかった気がする…………なんだっけ?」

「言われてみれば教えようとして中断した気がする……だから教えた気がしたのか。 いいか、俺は……ティーダ」

「キーマ? 辛そうなヤツだな」

「カレーか? ソレは聞いたことないジョークだな……ぇえ?」

 

 悟空の“いつもの”が炸裂し、親子が汗を拭いて、ティーダが空中にウィンドウを開く。 管理局に帰還の延長報告をしつつ、それでいて怪しまれないように理由書きをしたためるとそっと添付して送信。

 孫悟空という爆弾を抱えた彼はいま、自分の運命がどれほどに歪められたか知らぬまま、泥船をこぎながらゆっくりと進み出していく。

 

「そういやおめえ、なんであんなところに居たんだ?」

「え? いや実は極秘任務で……まぁ、お前ならいいか。 ロストロギアっていうものを捜索していたのさ」

「ふーん」

「結構偉い人からの任務なんだぞ? ……まぁ、お前に言っても仕方ないか」

 

 

 そう、本当にギリギリのところをゆっくりと…………

 

 




悟空「おっす! おら悟空!」

ティーダ「おまえ、すごいヒトと知り合いだったんだな」

悟空「ん? 何のことだ?」

ティーダ「いや、ほら、あの黒い羽の女性。 あのひとただ者じゃないだろう。 どこで知りあったんだ?」

悟空「おら知らねえぞ」

ティーダ「……はい?」

悟空「おらあんな奴知らねえぞ」

ティーダ「…………いや、でもなんか知った顔な雰囲気を……」

悟空「まぁいいじゃねえかそんくらい。 それよかおら腹減ったぞ」

ティーダ「そ、そうか。 ならなにか腹ごしらえでも--お、大食いチャレンジのある店、あそこにしよう」

悟空「うっしあそこだな! っと、その前に次回!」

ティーダ「魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~」 

悟空「第80話 ティーダ死亡!」

ティーダ「お、おいこれ……」

悟空「じゃなぁー」

ティーダ「おいったら! なぁ、何か説明してくれよ!!? こんな話、俺は聞いてないぞ!?」

悟空「なんとかなるって、だからな? おらメシ食いてぇ」

ティーダ「…………俺、死ぬのか?」
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