魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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すみません、大変長らくお待たせいたしました。

しばらくの休養を取らせていただいた次第です。


では、また暇つぶしついでに読んでいただけると幸いです。



第82話 遠い約束

 

 

 

 

「……おい、悟空」

 

 ――――やっぱり辛いな。 いや、まぁ。 ハラに穴が空いてんだから当然か。

 開けてくれた張本人ですらとんでもない顔してこっち見てやがったしな……

 そんなコトに驚いている女のコトはどうでもいい。 今はただ、アイツが余計な騒ぎを起こす前に止めてやらないといけない。 

 

 なんて顔してやがる。 あんなに物騒な眼をしやがって。

 ……いや、きっとお前は怒ってくれているんだよな。 たった一月しか一緒に居なかったしがない管理局員の俺なんかのためによ。 親にもこれほど心配された事なんて無いぜ。

 

 だけど、よ……

 

「いい加減……やり過ぎだ……ゴホっ……」

「グアアアアア!!」

「おまえだって、苦しいんだろ……そんなになって。 だから、もう、いいだろ?」

 

 そんな風に全身黒くしようが、わかる。

 誰が見たって満身創痍だろお前。 もう、そうやって大声を張り上げるくらいしか出来ないのは、俺なんかでもわかる。 苦しいならここで下りろ。 もう、お前と戦おうだなんてヤツは後ろで怯えてるんだからさ。

 

 だから……

 

「ギャアアアア!!」

「もういいだろうが!! さっさといつものお前に戻れよ!!」

 

 あぁ、そんなことが言いたかったわけじゃないのに。 もう、考えがまとまらん。

 クソ……からだも限界だ。

 

 アイツ、まだ暴れてるしよ。

 俺なんかの言葉は届かねえのか…………だがな、悟空。 残念だけど今の俺にはこれくらいしか手がなくてな。

 

 例えお前がそのビルを横払いで倒壊させようが。

 その破片やらが俺に降り注ごうが。

 

 俺は、もう。 ここから動くことすら出来やしねえ。

 

 

 

 ――逃げないと。

 いや、そんな必要は無い。

 

 ――アレはもう悟空ではない。

 どこをどう見てもあの腕白坊主だ。

 

 ――あの獣に言葉なんか通じない。

 人のはなしを聞かないのは元からだ、気にしない。

 

 ――アイツの腕が迫ってくる、殺される。 逃げないと……

 絶対にNOだ!!

 

「――いかん、気を失ってたか。 おい、悟空!!」

「バカ! 死ぬぞおまえ!!」

「え?」

 

 あっけない声が出た。

 それほどに周りが見えていなくて。

 

 耳を裂くような轟音が、聞こえたと思ったら……あたりは真っ暗になっていた。

 

 

 ……いったいどれくらい時間が経った? 時々意識が薄れていって、時間の感覚がもう、無い。

 

 真っ暗だ、何も、見えない。

 

「グゥゥゥゥ……」

「……あ?」

「グルゥゥゥ……」

「お、まえ」

 

 ただ、暗かった場所に明かりが差し込んで来やがる。 どうやら何かが落っこちて、下敷きにされたんだろうな。 身動きがとれない。

 だがまだ痛覚が生きている。 先ほどと同じ痛みが残っている。

 ハラは痛いままだし、意識はぼんやりしたまんまだ。 どこも変化がないのはいいことだが状況がな……

 どうなった。 なぜ、今になって――

 

「助けに入るのが、おせえよ。 悟空……」

「グルゥゥゥゥゥ」

「話、聞こえてるじゃねえか」

 

 暗い、いや。 黒いのはアイツの腕だったらしい。 自分で落とした瓦礫を必死になって拾おうとこうなったのか、アイツのうなり声が近くに聞こえる。

 

 どうだ、生きてるかー?

 

 そんな風に聞こえるのは、ヤツとの生活がそれなりに濃かったからだろうな。

 

 さて、どう返してやるか。

 

「……………………」

 

 あれ、声が出せない。 はは、いやいや、言ってやらねえとなんねえことだらけだろうが。 もっと気のきいたことをさ。

 

「        」

 

 あぁ、これダメなやつだ。

 せめて一言。 俺の心残りを……俺はもうどうでもいい。 何も残せないし、何かをしてやれそうにない。 だから、せめて……

 

 アイツだけは……アイツだけはこうなってほしくない。

 俺に免じて、お前は元に戻ってさ。 ソレで、ついででも何でもいい。 アイツだけは……

 

「……あ……ティア……たのん、だ……」

「グゥゥ」

「     」

「グォオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 ……たのんだ、ぞ……

 

 

 

 

 

 そこで男の意識は途絶えた。

 その後に来る救助隊のコトも、突然消えた大猿の化け物のコトも、それ以上彼がわかるはずもなく。 ただ、心地の良い浮遊感が彼を包むだけであった。

 

 

 

 時はさらに流れ……いいや、時間は孫悟空が病院で目覚める直前にまで戻る。

 

 

 突然の都市火災。 原因不明の黒い影。 そして、この管理世界ではあり得ない生物の謎の召還。 おそらく高位の魔導師で無ければあれほどのコトは出来ないだろう。 その事実は、あの化け物を目の当たりにすれば明らかであった。

 とにかく管理局に出来ることは数少ない。 あの怪物をどうにかするには人員が不足しすぎている。 管理外世界の調査に出ている人員は、本部に駐在している者よりも少ないのだ。

 ならば、まずは出来ることからすればいい。

 人命救助と被害の縮小だ。

 

 それならば、例え100名足らずの現状でもどうにか出来るであろう。 即座に指示を送り、まず現場周辺に結界を張らせた。 これでなんとかなればいいのだが……管理局が苦肉の策を展開しながらも、一つ、あってほしくない報告が上がった。

 

「緊急報告です!」

「どうした!」

「怪物が……その」

「いいから続きを言わんか!」

「怪物が……結界から消えました」

「…………ジーザス」

 

 管理局精鋭による強固の結界から、怪物が逃げた。 あの物理はおろか次元跳躍すら阻む結界からの逃走に、ついに局員の顔面が凍り付く。 アレは、魔道の力すら超える生物なのか? こんなコトが出来る生物が存在していいのか。

 

 そんな者、報告に上がったアレだけではなかったのか。

 

「報告にあった闇の書以外にも、まさか恐ろしい怪物が存在するとでも言うのか」

 

 局員が戦慄し、部下が言葉をなくす。

 噂の金色の戦士が居れば、きっと怪物を打倒してくれると言う希望はあった。 だが、彼は今所在不明どころか、先の闇の書事件で生存すら怪しいらしい。 決戦時に敵の特攻に巻き込まれ、次元の彼方に消失したとか。

 

「その後の騒動は魔導師の高ランクの集団が鎮圧した。 だが、これはどういうことなのだ」

「た、隊長……」

「……居なくなったのならこれ以上は追うな! 今は市民の安全を確保しろ!!」

「はい!」

「我々に出来ることは、もう、その程度だ」

 

 あのような怪物を相手取るなど、只の魔導師には荷が重すぎる。 月に吠え、夕闇を隠し、そして、地を焼き払うほどの怪物など、決して倒せるわけがないのだから。

 

 

 

 怪物が消失し、数時間が経過した。

 あたりの消火活動が終わり、静寂の戻った夜のことだ。 この管理世界の隊長のもとに、至急の連絡が入ることになる。

 

 ……管理局員が一人、現場で死亡を確認された。

 

 何度も確かめた。 間違いは無いかと、その名前を何度も……

 

「……ランスター君」

 

 長期休暇でいないはずのニンゲンが、なぜこの場で名前が挙がるのか。 頭を抱えた、椅子にもたれかかった。 ……重いため息が、部屋に充満した。

 特別優秀でも、高ランクな魔導師でもないが、彼の人柄には一目置いていた。 縁の下の力持ちというか、ここぞと言うとき居ないと困るニンゲンだと言うことは理解していた。

 

 だが、現実は無情にも彼の命を奪っていったのだ。

 

「……男の子と、窃盗犯を一人救った……か。 最後までお前というヤツは」

「どうしてあのヒトが、こんな……」

「あのビル周辺で買い物途中だったらしい。 そこで窃盗犯を追いかけている途中にあの騒動に……」

 

 窃盗犯は管理局内の病院に護送され。 子供は怪我がひどく一般の病院で集中治療室にこもりきりだ。 彼が救った命なら、どうか救われてほしいと皆が思う。

 

 

 だが、この中の誰もが思いもしなかっただろう。

 この騒動の中心が、今まさに自分たちのすぐ近くに居ると言うことを。

 

 

 

 

 

 

 ……時間は、ようやく悟空の元に戻っていく。

 

 

「こら、キミまたそんなことして!」

「げ、見つかった!」

 

 少年が一人、看護師の女性におしかりを受けていた。

 場所は病院。 患者の心身を癒やす目的で作られた中庭で、そのものはうつぶせになり、上からの声にまずそうな表情を作る。

 

「歩くのもままならないのにまた筋トレ? いい加減にしないと治らないわよ!」

「大ぇ丈夫だ。 こんくれぇのはしょっちゅうだし」

「……まったく。 全身の骨と筋肉が深い傷を負ってるの。 しばらく休まないとダメ!」

「でも――」

「イヤなら晩ご飯抜き」

「………………わかったぞ」

 

 少年はこの看護師には逆らえなかった。 いや、まぁ、段々と看護師がこの男の子の舵取りを覚えていったというのが妥当なのだが。 当初はこの腕白さに、そして頑固とも言える堅い意志の前に手を焼いたが、今言った“弱み”を見つけてからアドバンテージを習得。 ここに至る。

 

「あら、またあの子ですか?」

「えぇ。 あの怪我で落ち込むでも塞ぎ込むでもないってのはいいことだけど。 元気すぎる怪我人というのがあそこまで大変だなんて知らなかった」

「そうですね。 そのうちここを脱走する勢い」

「……えぇ、そうねえ」

 

 後ろから同僚に声をかけられ、思わず苦い声。

 そこからしばらく本日の勤務内容と、要注意患者の情報を交換していったときだ。 彼女は少しだけ考えた。

 

「…………あの子、そういえば」

「え、なに?」

「あ、ううん。 何でも無い」

「へんなの」

「……えぇ」

 

 トレーニングらしきコトも、座ってじっとしたりと訳のわからない子供だが…………そういえば、この病院の敷地を一歩も出ようとしない。

 

 そのことに気がついたのは、少年が晩飯を平らげている最中であった。

 

 

 

「はぁ……ここの晩飯、まずいぞ」

 

 病院の一室。 おそらく特別に用意された個室のなかで、細々と病院食にケチを付ける声が響く。 少年いや、無駄飯ぐらい……いいや、孫悟空はそこに居た。

 

 相変わらずのハラペコを押さえつつ、おとなしく横になる。 彼にしては珍しい静かな姿だが、ソレも仕方が無いだろう。

 

「……イテテ」

 

 全身の打撲19カ所、左足の筋肉が断裂しかけ、両腕は胸より上にあげようとすると痛みが走り内臓はいくらかのダメージを負っている。 コレではあの悟空でも満足に動くことは適わない。 いや、悟空だからこそ“この程度で済んでいる”

普通ならば動くどころか、ベッドから起き上がることも出来ない重傷だ。

 そうだ、彼は動かないのではない。 動きたくても動けないのだ。

 

「なんとかなんねぇかな。 早く治さねえと」

 

 なんともならない現実を前に、悟空はそっと歯がみする。 膝の上に置いた手のひらを堅く握り、あのときを思い出せば口からうなり声が出てしまう。

 それでも彼は走り出さなかった。 まだ、そのときでないと言うことは十分理解できたからだ。 

 

「なおれー。 はやくなおれー!」

 

 言い聞かせ、やがて睡魔が襲うと彼は……

 

「はぁ……ハラ、へった……むにゃ」

 

そのまま身体をベッドに沈めていく。

 怪我、ティーダの喪失による心身の疲労は眼に見えて明らかだ。 彼の意識がなくなるのは、そう時間がかからなかった。

 

 

 

 

 そして、彼女が彼を見つけるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

「すぅ……すぅ……」

「――――……っ」

 

 床に紋章が描かれる。

 ゆっくりと、しかし確実に綴られていくそれは魔方陣だ。 縦、横、円、幾何学の線が交錯し、一つの意味のある形となったとき、そのものはようやく姿を現した。

 

「……見つけた」

 

 見つけた、彼女は確かにそう言うと、悟空の寝るベッドに近付いていく。

 一歩一歩、音を出さずに接近し。 熟睡とは言え悟空に感づかれる事無く、彼のすぐ横に並んだ彼女はただ者ではないのだろう。

 そんな彼女は、無言で手のひらを悟空にかざす。

 

 光が集まり出す、右手。

 その輝きは周囲を照らし出すそれでも、悟空が眼を醒す要因にはならない。 穏やかな吐息を繰り返しながら、深く眠りに落ちたままだ。 抵抗するコトも出来ず、侵入者魔法が悟空を襲う!

 

「……むにゃ、むにゃ。 くすぐってぇ……」

「よしよし。 良く効いてるじゃないのさ」

「ぐごごご……」

「相変わらずうるさいねぇアンタは。 まぁ、無事で安心したよゴクウ」

 

 ……襲ったと思ったその手からは、とても暖かい力が。

 穏やかな表情で眠る悟空を光が包み込めば、ゆっくりと彼の傷を癒やしていく。

 

「しかし、こんなに大怪我……いったい誰が。 いくら弱ってると言っても悟空は悟空。 それがここまでやられるなんてねぇ」

 

 おもむろに悟空のあたまをなでると、少しだけ微笑む。 ゆっくりと、彼が目覚めないような慎重さで続けていくこと数分。 口から出る息はなんとも満足そうであった。

 

 さて、孫悟空への回復魔法はこの程度でいいだろう。 というか、彼女自身の総魔力量は案外高くない。 だから、どこかの天災料理人のような治療が出来ないのだ。 ソレが少し歯がゆい。

 少しの葛藤。 首を振り、気持ちを切り替えると悟空の頭から手を離す。

 

「……もっと……」

「え?」

 

 その手を掴んだ者が居た。 悟空だ。

 幼く、小さな手で大人の手を、腕を掴み、離さない。 

 

「全くコイツは」

 

 その光景がどこか触れる物があったのだろう。 女は嫌な顔どころか、微笑んでさえいる…………今のところは。

 

「コイツは見かけによらず随分と――」

「はらへったぞ」

「……へ?」

「ぐごごごご」

「ちょ、ちょ!? な、なんかアタシの手光り出してんだけど! あ、あ! ゴクウあんた、アタシの魔力吸ってるだろ無意識に! あ、やめ! アタシ魔道生命体なんだからそんなにやられたら――」

「んー、うめぇ」

「ヒトを食い物にするなあ! ひぃぃ! 手が透けはじめた!!」

 

 病室に女の声が響く……決して官能的でない悲鳴がだ。

 ソレを知ってか知らずか、どこか満足そうな悟空はしばらく彼女から手を離すことはなかったそうな。

 こうして、悟空と女の一夜は終わってしまう。

 

 翌朝。

 

 どうも、昨日無様を晒した女……えぇそうです、オレンジ頭のあのアルフです。

 数日前にゴクウの発見情報を頼りに、忙しいフェイトを置いて単身偵察に来たのは良かったけど、あまりにもあんまりな状況につい顔を出してあの様。

 すこし後悔してる。 いや、すっごい後悔してる。

 初めてだよ。 魔力をあんな風に吸い取られて畜生(コイヌ)にされるなんて。

 

「おー! よっく寝たあ!」

「…………わん」

「お? なんだおめぇ、犬か? なんでこんなとこにいるんだ?」

 

 震える声で、アイツを呼ぶ。

 だけど口から言葉が出ない、あぁ、そうか、魔力を持って行かれすぎて人語すらしゃべれなくなったのか。 これじゃ只のケモノだねぇ……最悪。

 

「わん、わん!」

「あ、おい、やめろって! そんなじゃれつくんじゃねえって、暑苦しいだろ?」

「くーんくーん!」

 

 誰のせいでこんなことになっているだ! そう叫んだつもりなのに、アイツにはきっと伝わってないんだろうなぁ。 どうしよう、言葉が伝わらないし念話だって出来ない。 あ、ちょっといきなり立ち上がらないで! 少しはアタシのコトに探りを入れてきなさいよ!

 ゴクウがベッドから立ち上がると、いきなり準備運動を始める。 あぁ、いつものだ、これから修行なんだ、コイツ。

 

「おめぇも来るか?」

「おん!」

「うっし、そんじゃ行くか」

 

 かけだしていくアイツを必死に追いかける…………あたしゃそんな身体で大丈夫なのかい? って言ったつもりなんだけどなあ。 意思疎通、しばらく無理そうだよ。

 尋常じゃない速度で走り出したアイツを必死の思いで追走する。 あぁ、こんな清潔そうな病院で野生動物がはしゃいでるだなんてきっと怒られる。 怒られるけど……走るのって楽しい、止まらない。

 魔力を極限まで減らされて、きっと知力が低下しているんだ。 だから、ゴクウと同じ思考になるのは仕方が無いことなんだ、そう思おう。

 

「よぉし、準備運動おわり! ……あれ? なんだか身体が軽いなぁ」

「わん」

 

 そりゃあアタシの身体ごと魔力をたらふく食ったからねぇ。

 確かゴクウの身体にはジュエルシードが混ざって、リンカーコアのような働きをしているって話だ。 それはフェイト達のように魔法を使うことが出来ない代わりに、アイツが受けたらしい神龍からの願いとソレを補完してしまったマイナスエネルギーってのを打ち消す役割をしていた……っていうのを“はやて”から聞いたけど……

 

「がう、がう……」

「ん? 腹でも減ってんのか?」

 

 コイツ、症状が明らかに前よりひどい。

 何よりアタシの今の姿は初めてじゃないはずだ。 なのに全く知らないって顔をしているのはどうにもおかしい。 まさか、記憶の退行がひどいところまで進んだって言うのかい? 見た目から言動まで本当に子供じゃないのさ。

 こりゃあ一番の貧乏くじを引いたかもしれない。

 

 これからのために、学校と魔導師の二足のわらじを履くフェイトたち三人。

未だに後を引くクウラとの戦いの遺恨を消している最中の騎士達。

 それら全部の面倒を見てくれてるリンディ。

 その補佐をするクロノとユーノ。

 研究の腕前とは裏腹に、ベーコンエッグの目玉焼きを消し炭スクランブルエッグにしやがったクソババァ。

 

 気軽にアイツの様子、見てくるだけだよって言って出てきたけど、これじゃ帰ることもみんなに連絡すら出来やしない。

 ……参ったねぇ、こりゃあ。

 

 しばらく悩んでいると、ゴクウがいきなりそっぽを向いた。

 別に怪しい気配とか、敵意なんかは感じない。 けど、目の前のアイツはとても真剣な顔をしていた。 コイツにここまでの表情をさせるなんて……何者だい?

 

「…………また、やってる」

「おっす!」

 

 ……女の子? 見たことも嗅いだこともないニンゲンだ。 どこにでも居るような5才くらいの子だけど……なに、コイツ。

 

「なんで病室から出てるの?」

「からだな、よくなったんだ。 だから修行の続きだぞ」

「……え? そんなわけ無いでしょ? だってお医者さんは治らないって……」

「へっへーん! 鍛え方が違うんだ」

「……」

 

 なんでゴクウを睨み付けてるんだ? コイツはただ、挨拶しただけってのにこんな……咆えてやろうか。

 姿勢を低くして、威嚇の体勢に入ったアタシは、のどの奥を小さく揺らす。

 これだけで大概の子供は散っていくけど…………どうやら今回の相手は“タダモノ”ではなかった。

 

「……病院に、イヌ?」

「……わん」

「…………」

「くぅーん」

 

 こいつ、睨み返してきやがった。

 子供相手だ、これ以上はいじめになってしまう。 あぁ、そうさ。 アタシは門番だってやるし、買い物だって出来る使い魔さま。 それがこんないたいけな少女相手に本気でくってかかるなんてフェイトの使い魔としての名前を落とすだけさ。

 ……決して、この子供の迫力に負けたわけじゃないやい。

 

 そこから一見他愛のない、だけどとんでもなく重苦しい会話を終えたこいつ等。 ティアナって呼ばれた女の子はゴクウが向かう方とは逆に歩いて行った。 その背中は……どこか昔のフェイトに似ていた気がして、ついつい目で追ってしまいそうになる。

 

 でも、今はゴクウが優先だ。 こいつ、眼を離すとすぐなにかしでかすからねぇ。

 

 現にアタシが出てきたのも、数日前にあったビル群半壊事件が、もしかしたらコイツのせいじゃないかって話が上がったからだし。

 

 ……なにもしてないってのはコイツの身体を観るにあり得ないな。 アンタ、何したんだい。

 

「いよぉし! 今日もメイいっぱい鍛えて、強くなるぞー!」

「わんわん」

「…………そんで、アイツを倒してやる。 絶対に」

「わふッ!?」

 

 怖気が走った。 コイツがここまで怒気を表わすのは、久しぶりに見た気がする。 それも背格好がこの状態のゴクウにここまで言わせるんだ。 よほどのことが起ったに違いない。 いったいなにが起きてるんだこの世界は。

 

 コイツの決意じみた顔を見てから数時間。 特にこれと言った冒険はなく、今日という日は過ぎていった。

 相変わらず騒がしいイビキと見てて飽きない寝相の悪さを確認すると、アタシもさっさと意識を手放す。

 修行、飯、就寝。 このスパンをいくらか繰り返す姿をみたこの施設のお偉いさんが白い顔をしていたのを知ったのは当分あとの話だ。 いまは、しーらない。

 

 

 

 

 

 アタシがこの姿になって、数日が経った。

 いい加減、元気すぎるコイツもようやく退院の許可ってのが下りた。 まぁ、全治する見込みがなかった子供が、数日後には徒競走で大人を負かす暗いに元気になってりゃあ医者だって許可を出さずには居られないだろうね。

 

 すこしだけ、後ろ髪引かれるようにゴクウは病院を出て行った。

 行く当てはあるのかい? ……なんて言いたくても、アタシはまだ言葉を話せるほどに回復してない。 ただ、ゴクウには目的が二つある。

 一つは……きっぱり言えば復讐だ。

 コイツがこの世界でやっかいになっていた男が、無残にも殺されたらしい。 その仇を討つのが第一目標だ。

 二つ目は……ドラゴンボールの捜索。

 これはかなり、難易度が高い。

 ゴクウ本人は完全に忘れているけど、アタシらの世界に来たコトでドラゴンボールは願いを叶えた後の回収がほぼ不可能になっている。

 星一つ単位での捜索が、今じゃ次元世界中を探さなくてはならないのだ。 前はゴクウとアタシらが必死に探すことでなんとか見つかったけど、いまはそうじゃない。 ゴクウと機械のレーダーは使えず、人手も足りない。 どうやったって探し出すことは不可能だ。

 それに……

 

「がうがう!」

「ん? おめぇおらのこと心配してんのか? でぇじょうぶだ、神龍ならティーダのこと生き返らせてくれるさ」

「……くぅーん」

「つーわけで、おっちゃーん! おかわりー!!」

「もう店じまいだ! 帰ってくれ坊主!!」

「……えぇー」

 

 コイツ、本当に緊張感が足りない。

 近くでいつもの大食いチャレンジで飢えを満たし、これまたいつものように出禁を喰らい、追い出されれば行く当てもなく歩き出す。

 けどこんな生活を繰り返すなんて不可能だ。 途中、空腹のなかで野宿もしたし、野草で飢えを癒やそうとすれば毒草と間違えて死にかけるなんて日常茶飯事。 ……この野生児、都会暮らしが長くて感が鈍ってやがる。 ……まぁ、かく言うアタシも飼い犬生活が長かったせいかいろいろやらかしているんだけど。

 

 

 

 

 あれから、一月が経過した。

 依然とドラゴンボールは集まらないし、悟空の身長は元に戻らない。 けどアタシ自身の魔力がいい感じに元に戻りつつある。 全体の5割ってとこだけど、そろそろ元のサイズに戻ってもいいはずだ。 そして、それは当然アタシの機能の回復を意味するから……

 

「わ、わん……お」

「どうした?」

「ご、……ゴクウ、ゴクウ!」

「なんだ、おめえ喋れるんか。 へー」

「リアクション低! せっかく頑張ったってのに。 まぁいいや……ようやく意思疎通が出来るようになったよ」

「おー……」

 

 無鉄砲なゴクウのブレーキ役をこなせるようになったわけだ。

 

 ついでに魔法の行使もある程度可能になった。 数メートル程度にしか届かない念話と、ゴクウのキック程度なら防げる障壁と、かすり傷程度なら治せる回復魔法……よぉし、全然戦力にならない。

 

「アタシはアルフ。 使い魔ってヤツだ、これからもよろしくたのむよ」

「あるふ……アルフか、よろしくな」

 

 初めましてと言うよりかは、久しぶりってニュアンスを含めた挨拶にアイツは気がつかない。 いつものようにツンツン髪をなびかせて、緩やかにしっぽを揺らすその姿はやっぱりいつものゴクウだ。

 そう、まるで誰かの敵討ちを望んだニンゲンには思えないくらい、アイツの姿はすがすがしく見えた。

 

「ねえ、ゴクウ」

「なんだ?」

「あんたさ、これからどうすんのさ。 ドラゴンボールを探すにもレーダーが無けりゃ何にも出来ないだろうに」

「え? なんでおめえドラゴンレーダーのコト知ってんだ? おら教えたっけか」

「あぁ、いろいろ教えてもらったよ。 ……昔のアンタにね」

「ふーん」

 

 どうでも良さそうな生返事。 あぁ、こういうところはいつものゴクウなのに、アタシが知らない間に何が起ったんだ全く。

 しばらく話をしたよ。 アイツが出会った“スバル”と“ティーダ”ってのと、その妹の“ティアナ”のこと。 そして、アタシと出会う前に戦ったっていう例の敵のことも。 ……あぁ、間違いない、リインフォースが言っていたとおりゴクウを付け狙う連中は居たんだ。

 

「あんた、そいつになんか言われなかったかい?」

「さぁなぁ。 あいつごちゃごちゃ言ってた気はするけどよく覚えてねえぞ」

「あ、あぁ。 アンタはそう言うヤツだったね」

 

 手がかりは無しと。 これはまぁ予想通りで、ゴクウ長くやっていってる以上考えなかった展開じゃない。 だけどまぁ、せめて敵の目的とかわかればなぁ……やりやすいんだけど。

 

 とにかくこれで当面の目的は定まってきた。

 

アイツらには“ゴクウがあのまま行方不明になった”と認識させておく。

ゴクウには悪気はなくても、コイツは存在自体が周囲に及ぼす影響が強い、いや、強すぎる。 以前とあるヤツが言ったこともあながち間違いじゃないし、実際にコイツのせいで人一人が消されてる。

 そんな状況で地球に戻ろうモノなら、こんどは何が起きるかわからない。 もしかしたらなのはの家族が巻き添えを食うかもしれない。 いや、もっと恐ろしいことになりかねない。 コイツが万全な状態でないのなら無闇な帰還は避けるべき……かねぇ。

 

 リインフォースへの連絡も、どうせこの姿じゃ念話が届きゃしないんだ、まずはそうだね、ゴクウがどういった条件でこんなめんどくさい事になるかを検証しないといけないねえ。

 

「でもあいつホントに強かった」 

「え?」

「おらこのままじゃ勝てねえな」

「そ、そんなにかい? カイオウケンとかも通用しなかったってのかい」

「肩たたき券? おめえ何言ってんだ?」

「あぁいや、すまないね今のは間違えだ。 ……そうかやっぱり覚えてないのか、こりゃ本格的にやっかいだね」

 

 ゴクウの戦力はもう現状のフェイト達を大きく下回っている感じかね。 そもそもあそこまで強くしたのがゴクウ本人なんだから仕方が無いか。 ……さてさて、これからどうするか。

 

「…………あ! そうだ! アタシ良い修行方法知ってるんだよ」

「……ほんとか!」

 

 

 

 そこからアタシ達の基本方針はすぐに決まった。

 まずはゴクウには本来の力を取り戻してもらわないといけない。 気の方は今まで通り、だけど魔力の収集自体が目的なのだから、修行と平行して魔法関連について少しずつ知っていってもらうことにした。 修行についてはゴクウの今までを反復学習させるだけだ、しかも勝手を知ってるから今までよりもすごい勢いで強くなっていく。

 まず最初の一週間。 亀仙流の修行をほぼ完了させる。

 その後一月で世界一周したときの強さを体得。 しっぽの弱点も克服していった。

 さらに3ヶ月後、ゴクウはついに気を探る修行を開始し、修める。 流石に世界中を見通すことは出来ないけど、背後からの攻撃を目をつむりながら対処できる程度にはなった。

 

 驚異的な成長率。 なのは達がやっていった鍛錬を10倍のペースで進めていく姿は、正直戦慄を隠せなかった。

 

 …………そして、4ヶ月目を迎えたある昼下がり。

 

 

「はぁぁああああ!!」

「ゴクウそのままだよ! そう、そのまま全身の力の流れをコントロールするんだよ!」

「ぐ、ぎぎ……ぐぉ!?」

「あ、やばっ!」

 

 ゴクウの修行もそろそろ終盤に差し掛かって来た。

 強さが到達したから……と言うよりも、制限時間が迫って来たからだ。 それでも12歳当時の姿でここまで来れたのはひとえにゴクウの体質が戦闘向きだったのと、やる気の違いだ。 人間、目標があると進展のスピードが違うと言うけど、執念に近いほどの目標をこの男が持ってしまったらこうなるのか……尋常じゃない。

 

今現状を整理してみる。

 ……アタシとゴクウはまだ元の姿に戻ることが出来ないで居た。 ゴクウはまだわかる、ドラゴンボールから受けた願いと、それにまつわるマイナスエネルギーを一身に受けているからだ。 それに、どうにもジュエルシードの調子が良くない。 憶測だけどどこかで負担のかかりすぎる“変身”をやったんじゃないかと思うんだ。 たとえば、ゴクウがさらに限界を超えた力を行使した……とか、こいつの事だ、十分あり得る。

 んで、アタシの身体だけど、コレは修行中たまに油断してゴクウに魔力を喰われるのが原因だ。 というか、喰わせてやっている。 そもそもあいつは元気玉の応用で周囲の魔力素を自分の意志で集めて身体にため込むことが出来ていた。 けどあいつは魔力はいらないから自然とそれはジュエルシードに蓄積していく。 だからアタシはソレを覚えさせる名目であいつに魔力を与えていってるんだけど…………

 

「あんた、そろそろ魔力がなんなのかわかってきたかい?」

「んーよくわかんねえぞ。 アルフがほかのより変なのはわかんだけどなぁ」

「変とはなにさ、変とは。 そこは特別とか、異なったとか言い方があるだろうに」

「へへ、そうか」

 

 どうもまだ気と魔力の棲み分けが出来てない感じだ。 

 アタシ自身に気というのはほとんど存在しない。 この身体のほとんどは魔力で構成されているものだ。 だからソレを逆手にとって魔力譲渡の魔法をあいつにかけることでその感覚を覚えさせるんだけど……

 

「コレばっかりはまだ無理みたいだ」

「ま、なるようになるだろ」

「でもアンタ、このままやって勝てると思うのかい?」

「……けどこれ以上は時間かけらんねぇよ。 それにアルフ、おめえおらに隠し事してんだろ」

「……え?」

「おめえドラゴンレーダーのありか知ってんだろ? しかもすぐに取りに行けるように準備してる」

「う!?」

「へへ、おめえとおらの仲だろ? そういうウソなんかすぐバレちめえぞ」

 

 このゴクウ、見た目は子供だから油断したけどやっぱり鋭い。 普段からのアタシの態度と野生の勘で見事に言い当てたよ。 あぁそうさ、アタシには秘策中の秘策を用意してある。

 

「まだ秘密だよ。 言えばアンタまた勝手に飛び出すだろうに」

「……ちぇっ、バレたか」

「まったく。 それで大失敗してるんだからもう少し考えなよ」

「…………わかった」

 

 今の間はなんだろう、とても不安になるんだけど。

 

「いいかい? 今日はここまで、明日は休息に使ってあさってからここを出るよ」

「いよいよアイツラを叩くんだな!」

「いや、ボール探しだろうに」

「っとと、そうだそうだ」

 

 やっぱり戦おうとしてたかコイツ。 それでもこうやってブレーキが効くあたりまだ冷静でいられている証拠だ。 ……そうだ、アタシは面識無いけど、コイツには仇があるしそいつに敗北までしているんだ。 悔しくないわけ無いか。

 

 でもここはキチンと従ってもらう。 でないと……もしもコイツの身に何かあったら“ミンナ”に申し開きできない。 何よりアタシが絶対に許せない。 だから今はガマンしてもらう。

 

 …………あぁ、ゴクウが全力を出して良いのはもう少し先なんだからね。

 

 

 

 

 

「いよーし! 元気100倍!!」

「肉食って8時間眠っただけなのにここまで回復するもんかね。 フェイトたちだったら3日は寝込む食らいにハードだったのに」

「へへ! その“ヘイト”ってだれか知らねえけどおら鍛え方が違うからな」

「……」

「なんだよ、変な顔しちゃってさ」

「いいや、別に」

 

 主を知らないと言われたらどんな使い魔だって微妙な顔をするのは当然。 ……いやまぁ、コイツの口からフェイトを知らないって言われたのがショックなのだけど。 それはまぁ、置いておいてようやく出発の朝だ。 早朝から筋トレと準備体操を終えたゴクウはメシを狩りに草原を駆け抜けてきた。 こんな変哲も無いところじゃ川魚が精一杯なんだけどさ。

 

 

「早く元に戻らないとねぇ」

「もと?」

「おうそうさ。 いまはこんなヒョロイ身体だけど、調子が戻ればそりゃもうすごいんだから」

「へー! つよいんか!?」

「…………いや、まぁ……アンタだもんね、こういう反応なのは知ってたさ」

「ん?」

 

 大きな胃袋を小さく満たし、歩幅をそろえていざ出発、目的はこの世界にある転送ポートだ。 現状、サポートすらままならないアタシの魔法ではゴクウと一緒に隣接した次元世界にすら飛べない。 だから使えるモノはなんだって利用していくスタンスだ。 例えソレが……

 

「あー君達どこから来たの? 迷子かな?」

「バカにすんじゃないよ、コレが目に入らないのかい」

「な!? 特別通行許可証!? こ、こんな子供がなぜ!!」

「ふふん、これで通れるのはわかってるんだよ、コネの力は銃よりも強し」

「か、官僚クラスしか持ってないはずなのに……それにIDも間違いない……本物だ。 すげぇ、初めて見た」

「……これってそんなにすごかったのかい」

 

 リンディ、緊急だったし力を貸してくれたのはうれしかったんだけどさ、少しだけやり過ぎなんじゃないのかい。 まぁ、いいや。

 驚く局員をそのまま放っておいてゴクウを引っ張り転送を開始。 なんだコレ? って首をかしげるアイツに“遠くに行けるマシン”だって言ってやったらどうでも良さそうな返事が返ってきた、うん、予想通り淡泊。

 

 この世界にひとまずの別れを告げて、アタシ達は次の世界へと旅立っていった。

 

 ……プレシアの言う、目星を付けられた世界へと。

 


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