魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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お久しぶりです。 かなり難産でしたが、また帰ってこられました。

では、しばしの暇つぶしをどうぞ


第83話 悲劇は美味しくない

 

 

 竜の鳴き声が空へ広がる。

 

 雄叫びと呼ぶべきそれは何に対して行われるのかがわからない代物。 だが一つだけわかるのはその声の主は現在途轍もない怒気を発して、威嚇し、猛っているということ。 すなわちキレているのだ。

 なぜそんなことになったのか。 誰が竜の逆鱗に触れたのか。 そんな無知な存在など、どこに居るのだろうか……その話を聞いたモノは誰もが同じ事を聞いてきた。 だが……

 

「うほほほーい! 一星球だー!」

「ば、ばばばばバカぁーー! どこがどうしてあんなモンの寝床からお宝を奪ってこれるのさ!!」

 

 ここに居た。 孫悟空とアルフという二人が、寄りにもよって生命体最上位個体に喧嘩をふっかけていたのだ。

 走る走る。 もう全速前進で竜の追走と同等の速度で道を行く彼等。 最強種ドラゴン。 総重量にしてフル積載のダンプカーを優に超したソレが追いかけてくる。 すこしでも息を切らしてペースを下げようものなら即座にぺしゃんこにされるだろう。 とにかくアルフは必至である。

 ……そう、アルフはだ。

 

「随分息が上がってるな? 修行が足んねえぞアルフ」

「バカ言うんじゃないよ! あんたらサイヤ人がおかしいのさ!」

「ん? だれだそれ、おら悟空だ」

「もう何でも良い!! 早くどうにかして!!」

 

 アルフの絶叫に悟空は少しだけ後ろを振り向いた。 にかっ!と笑ってしまえばそのまま視線を前に戻してしまう。

 

「アレ“今日は”だめだろ? 何言ってんだアルフ」

「いやいやいや! じゃあどうして喧嘩ふっかけたんだい!!」

「いやな? アイツ、ドラゴンボールを尻に敷いて寝てたんだ。 そんな風にするんだったらおらがもらってっちまうぞって言ったら火ぃ吹いてきてよ」

「あんた……ドラゴンと会話できたっけ?」

「すこしアイツの家に近寄って話しかけただけだぞ。 それにアイツが先に仕掛けてきたんだ」

「怒らせただけじゃないのさ!! テリトリーに侵入したら攻撃されるのは当たり前だ! 野生の常識!!」

「へー」

 

 いつものわくわくはどこに行ったー!

 アルフがまたも絶叫するが、あんなのに戦闘欲が沸かないのだろう、悟空はひたすら走り続けるのみだ。 しかしいつまで経ってもこのままと言うのも面白くない、それにそろそろ悟空にある問題が発生する。

 

「なぁ、アルフ」

「なに、今忙しいんだけど」

「おら腹減ったぞ。 なにかねえか?」

「…………こいつ!」

 

 緊張感がないのは、この事態が既に悟空にとって脅威ではないことを示しているのかどうか。 騒動を引っかき回すトリックスターにアルフは盛大にあたまを抱えた。 ……のもつかの間、そこは歴戦の使い魔だ、脳内に電流が走り一筋の光明を見つけ出す。

 今自身を追いかけているのは最強の生物……竜だ。 その鱗は並の魔法を弾く性質があるし、当然物理攻撃にも態勢がある、さらに口から出る炎は火山の噴火と同等の破壊力がある。

 アルフの目算では高町なのはのディバインバスターでどうにかダメージが通る代物だろう。

 そんな最強の生物相手に勝てるモノなど滅多にいないだろう。 普通、このまま転送なりなんなりで逃げるが吉だ。

 

 

 だがな竜種よ……いくら貴様が最強だろうと……

 

 

 この世には……

 

 

 ソレを凌ぐデタラメというモノがあるのだ。

 

 

 

 

「悟空、あれ晩ご飯にしよう」

「え……?」

「あいや、はは……アタシ何言ってんだろう」

 

 アルフの取った行動は説得。 いや、ただの提案に過ぎない。

 ただ、その内容があまりにも現実離れしていて自身でも何を言ったのか、数秒経たないとわからないほどだった。 ……いくら何でも無理があったな、そう後悔してしまったほどであった。

 すぐさま取り消そうとしたそのとき、隣からとんでもない言葉が出される。

 

「良いのか?」

「あぁ、無理だよね流石のアンタでもあんなのはさ……」

「今晩は魚って言ってただろ? 肉で良いのか?」

「いいよいいよ、もう仕方が無い…………って、え?!」

「そうならそうと早く言ってくれよ、おらガマンしてたんだ」

「ちょ、まじでどうにかなるのかい?!」

「へへ、まあな」

 

 そういった瞬間、悟空の姿は消えていた。

 ソレがヤツに向かって突撃したのだと思ったアルフの耳に突然の衝撃音。 その後に来る身を震わせるか如く咆哮が竜のモノだとわかるころ、ようやく彼女は振り向くことが出来た。

 

「じゃーんけーん!」

「ギャアアアアアッ!!」

「……うわぁ、アイツやりやがった」

 

 悟空のグーチョキパーの三連コンボが炸裂しながら、アルフはそっと竜に向けて手を合わせたという。

 

 ……しばらくして。

 

「うぉ、うめえなコレ」

「…………うん、そうですね」

「なんだアルフ? 食わねえならもらっちまうぞ」

「まぁ、半分くらいなら」

「…………変なヤツ」

 

 悟空の仕留めた伝説の生き物(元)の丸焼きを眺めながらどこか遠くを見ているオオカミがそこに居た。

 いや、こういう事態を想像していなかったわけではないのだが、あの恐怖の塊がこうもあっさり晩飯にされている姿は未だになれない。 というか、慣れたらこの世界の人間失格である。 アルフは最後の一線をなんとか踏みとどまったのである。

 

 …………そんな冒険みたいな事を日常にしながら、悟空とアルフはひたすらに世界中を回ることになる。

 ティーダの期限が終わるのが先か、悟空がドラゴンボールを集めきるのが先か……それとも、アルフの常識が悟空によって粉砕されるのが先か、その前にオオカミの胃袋がストレスで穴が空きそうである。

 最初の目的地で見事目的の代物をゲットした幸運値マックスな悟空と、そんな彼に振り回されるオオカミ少女の不幸が拮抗しながら長い旅が幕を開ける。

 

 

「フェイト……あたしゃいろんなモノを失うかもしれないよ」

「ほれ、食ったら歯磨いて寝ちまうぞ」

「ワオーン!!」

「うぉ! うるさいなあ、夜なんだから静かにしてくれよ」

「ふぇいとぉ…………」

 

 ……幕を下ろすことが許されないの方が正しいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 回る世界の数は膨大。 情報は絞りきれず未だに目星は付かない。 けど、アルフは思うのだ。 コイツとならばきっと大丈夫だと。 自然と歩みは力強くなり、その瞳に映る世界は鮮明さを薄めることがない。 

 だがそれでも彼等の旅は前途多難で困難を極めた。

 

「へへ、やっと見つけた」

「……ここまで来るともはや怪異だねえ。 あんた、実は飛び散ってる場所わかってるんじゃないのかい?」

 

 極めていた……はずだったのだ。

 

「んなもんわかんねえよ。 ただなんとなくこっちかなってのはあるけどさ」

「野生の勘ってだけじゃ納得いかない……」

 

 彼の手元に光る無数の星。 否、星を秘めた水晶は既に6を数えていた。

 あのとき。 そう、無双の戦士へと融合したあの戦いのときは数日要したドラゴンボールの捜索は人数を使い、施設を整え、戦略を練った末の大捜索だった。 だが今回はあんな潤沢な装備も人数もない。 ただ、子供が二人で異世界を放浪しているに過ぎないのだ。

 確かに時間は消費した。

 孫悟空というキーパーソンもいる。

 だけど、次元世界中を巡るたった7個の貴重品集めを数ヶ月でこなしてしまえるかと言えば答えはノーだ。 あまりにも出来すぎの結果にむしろ操られている感覚を覚えずにいられない。

 

 誰かがウラで糸を引いていて、集め終わったボールを横取りしようとしているのじゃないか。

 

 そんな憶測まで立ててしまうほどにうまくいき過ぎたのだ。

 

「何も無けりゃいいんだけどねえ」

「どうかしたんか?」

「いや、いいんだ。 と、ソレよりゴクウ、ボール貸しておくれ」

「ほいっと」

 

 アルフに言われて手に掴んだ七星球を投げ渡す。 それを手のひらでなでるように見つめると、空中に文字を浮かび上がらせて簡易の転送陣を描き、ボールをその中に放り投げる。

 

「とりあえずこれで一安心」

「なぁ、これってどこに行くんだ?」

「あん? あぁ、コレかい? 別にどこかへ送ってるわけじゃないんだよ。 異空間につなげてそこに安置しているだけだよ」

「…………そうか」

「わからないなら無理して合わせなくて良いんだよ?」

「はは!」

「まったく」

 

 悟空に魔法関連の言葉は難しかったか、わからんと笑う彼にあたまを抱えるアルフは空中に開けていた枠を綺麗になくした。 さてと、これでドラゴンボールもリーチとなり、残るは四星球のみ。

 …………そう、悟空にとって大きな因縁のあるそれは、いまだ見つかっていないのだ。

 

 そろうことを避けるかのように……

 

 

 

 場所を変え、世界を移した悟空とアルフ。 いまだ二人旅の彼等はここで少しだけ状況を整理しはじめた。

とある世界のとある街。 そこで腰を落ち着けた……食事という名の悟空のファミレス制覇……彼等はしばし今までの事を話し合うことにしたのだ。 いや、アルフの方から一方的に悟空に言い聞かせているような構図なのだが。

 

「残りは四星球ただ一つ。 でも、そのありかのおおよその場所はまだ絞り切れて無いんだよねえ」

「じっちゃんの形見だな。 いままでは案外スムーズに行ってただろ? むぐむぐ! ……けふっ。 どうにかなんねえのか?」

「……汚いなぁ食いながら喋るんじゃないよ」

「ムグっ……がつがつ! んぐんぐ!」

「喋るなと言ったんじゃ無い! 食うのを一端控えなって!!」

「えー!」

「むかつく」

 

 悟空の手をとめ、食うばかりの口をふさぎ、こんどこそ話に集中させていく。

 

「前に火山で三星球は手に入れたろ?」

「あぁ、アンときはゴクウに蹴り落とされてこんがり焼き上がるとこだったよ」

「ちょっとしっぽが当たっただけじゃねえか」

「……死活問題だよこっちは」

「こんどは海とかじゃねえか?」

「海はそのまえの前に探したろうに。 海底遺跡で溺死しかけたアレ」

「そういやそんなのもあったっけか」

「覚えてよ……」

 

 辛かった毎日にアルフは涙を隠せない。 身体能力の差か、それとも持って生まれた星の定めか、ゴクウの起こしたハチャメチャを一身に受けるのはいつもアルフ。 あぁ、なんてことは無い貧乏くじ体質だが、悟空の些細なことは一般人にとって大冒険なのだ。 ソレを六回もこの数ヶ月で体験すればふつうなら精神に異常を来しても仕方が無い。

 彼女は、よく頑張っている方である。

 

 海だ、山だ、平原だと騒いでいる彼等は知らない。

 自分たちが冒険を繰り返している合間に起った小さな奇蹟のことを。 たった一つの勇気を。

 

 

 

 

 

 

 孫悟空という少年が去った病院では少しのパニック。 いきなり、忽然とあの少年が消えてしまったのだ。 全治一年は堅いし、そもそも後遺症がないわけがない、歩行にだって支障を残すはずの傷だった。

 そんな彼が消えれば騒ぎは必然。 病院関係者は血眼になって探し続けた。

 

 でも……

 

「…………本当にいなくなっちゃったんだ」

 

 この少女はさほど驚いては居なかった。

 オレンジの短髪。 背は悟空とさほど変わらない六歳程度の彼女は、そう、つい最近悟空が世話になっていた家の少女、ティアナである。

 病室で一人空を眺めていたら彼が居なくなった話を聞き、ゆっくりと少年の居るはずだった病室に足を踏み入れて今に至る。 あぁそうか、彼は本当に行ったのだと思えばまた一人病室に戻っていく。

 

 ……しかし、だ。

 

 そんな彼女のうしろ髪は僅かに引っ張られるのだ。

 

「どうしてあんなになってまで……」

 

 泥臭く、いつまでも歯を食い縛っている少年。 あの夜のことはひどく鮮明で、目を閉じるたびにその顔が思い起こされていく。 そのたびに彼女は歯がみをして、叫びそうになる口をきつく結んで悲鳴を押さえてしまう。

 

「……もう、いいや」

 

 次第に感情の起伏はなくなり、目はうつろ、子供のような腕白さもハツラツさも消え去り、その顔は石像のようなモノへと変わっていった。 兄を失った喪失感と悲壮感、そして何もしてくれなかった周囲への怒りで彼女の精神は既に限界に近付こうとしていたのだ。

 だから、いつしか心が自衛としてすべてを閉ざしたのだ。 もう、これ以上余計な負担を抱え込まないようにするため。

 

 

 そうして彼女は、いつしか笑顔を忘れていった。

 

 

 

 しばらくのときが流れた。

 身寄りの無い彼女だが、兄の働いていた職場の人間のいくらかが力を貸してくれたようで、その後の身の振り方に苦労することはなかった。 とある孤児院を紹介され、ある程度不自由なく生活が出来、ヒトとしての教養を身に付けることができた。

 けど……

 

「ティアナちゃーん! あそぼー!」

「…………いい」

「つまんないのー。 いこ、みんな。 今日は裏山に連れてってくれるってセンセー言ってたよ」

「うん!」

「イコ!」

「わーい!」

 

「…………」

 

 子供の列が彼女の前を通り過ぎる。

 ソレを見るでもなく淡々と部屋の隅へと歩いて行く彼女は、一人椅子に座って本を開く。 誰とも関わらない、ただ、施設にある本を読みあさっていく。 ソレが彼女の毎日だ。 そんな閉じた世界が、彼女のすべてなのだ。

 もちろんその姿を気に留めないモノなど居ない。 職員のほとんどが彼女をなじませようと努力したが、彼女の頑なさは決して崩れる物ではなかった。 ……でも。

 

「ねぇ、ティアナちゃん」

「……」

 

 そんな彼女を放っておけないと思う人間は確かに居たのだ。

 

「なに読んでるのかなー? あ、絵本読んであげようか」

「……小説」

「って、これ伝奇物!? 随分とまぁ、その」

「なに……?」

「渋いよね」

「……」

 

 この施設の人間は随分と根気の強い人間が居たのだ。 彼女はティアナの隣にわざわざ椅子を持ってくると、そのまま本の中身を一緒に追っていく。

 

 その本の内容は、怪物に襲われた村に、とある旅人が知恵と勇気を授け、困難を切り抜けていくというモノ。

 物語の最後に村を守るため力尽きた旅人ではあったが、その姿を褒め称えた神がそのものを天へと迎え入れて彼は幸せに暮らしていった……というオチのモノだ。

 

「へぇ、これってあの」

「……知ってるんですか?」

「え? あぁなんというか、あたしってね、実はここに来て日が浅くて、前は管理局ってとこにつとめてたんだよ。 知ってる? 管理局」

「……はい」

「これ、伝奇小説だなんて書いてあるけどウソウソ」

「……」

「実はそれ、本当に起った事を脚色して載せた日記みたいなモノなんだよ」

「え?」

 

 その言葉を否定しようとして、でも、ソレを本当だという彼女の目には一切の不純物を見いだせなかった。

 そう、いつか自身をこの施設に入れた、無表情の大人達が持つ、いい知れない不気味な光。 ソレを彼女からは感じなかった。 難しく言うと純粋で、簡単に言えば考え無し、ソレが手に取るようにわかってしまえば、もう、ティアナが警戒することは何もない。

 久しぶりの話し相手で、共通の会話を持っていたことも幸いしたのだろう。 ティアナは暫し、彼女の話に耳を傾けることにした。

 

「結構経つんだけど、ある次元世界でとんでもない事件が起ったの」

「事件?」

「そうだよ。 とっても悪い人が突然やってきて、この世界を手に入れてやるー! って、管理局を襲ったんだよ」

「え、それって一人です……よね」

「あぁ、小説には確かにそう書いてるよね。 怪物は……一人、でもその力は途轍もない……って。 うん、確かにその通りだね。 アイツはとんでもなく凶悪だったよ」

「じゃ、じゃあ管理局はその怪物にやられてしまって……」

「全部って訳じゃなかったけどね。 “彼”がもう少し遅かったらあたしも今頃……って暗くなっちゃったか。 でまぁいろいろあって、その怪物は倒されたんだよ」

「それで天にってのは?」

「あぁ、そこはまぁ脚色ってヤツだよ。 たぶん書いたヒトが流石に全部丸写しじゃあ身の危険を感じたんだろうね、いろいろと改変してるんだよ。 それに“彼”その後も二回ほど怪物を倒したりしてるし」

「……え?」

 

 などなど、彼女の話に聞き入っていき、次第に次を次をとせがんでいく絵ができあがった。 そんな子供の姿に彼女は気をよくしたのだろう、少しだけいらないことを話してしまう。

 

「勇気はいろいろもらった、けど“彼”はどっちかって言うと腕っ節のタイプの人間だったから……」

「知恵はお飾り……?」

「いやいや、そう言うことじゃないよ? ただ、まぁ、……反則みたいなモノはもらったよね」

 

 小説の内容は大体頭に入っているティアナだがこれはもうオハナシの範疇を大きく逸脱してしまっている。 そこからさらに続く言葉に、完全に興味を持ち攫われてしまった。

 乾いた瞳に光が宿り。

 声は弾み。

 その顔は既に表情が形成されていく。

 

 だから、彼女の次に語る言葉にただただ驚きを隠せないで居た。

 

「願いを叶えてもらったんだよ」

「……え?」

「どんなに難しいお願いでもかなえてくれる宝物。 彼はソレを持ってきてくれたんだ」

 

 ティアナの表情が固まる。

 相変わらず彼女の雰囲気は変わらない。 自分を偽るわけでも、子供扱いしているわけでもない女性の姿は、彼女の言うことが事実だと思わせるには十分だ。 いくら子供で、世間知らずだとしてもこれだけはわかってしまう。

 

「あはは、まぁこれ以上はおとぎ話かなー。 あたしも最初は信じられなかったよ、あんな小さな石で願いが叶うなんてさ」

「あ……あぁ」

「コレくらいかな? 水晶みたいな透き通った、中身に星がある石なんだよ。 ……あ、今のはオフレコ、秘密だよ?」

「……っ!」

 

 人差し指立てながらウィンク一つ。 カノジョは本当に何でも無いよと言った感じでティアナに行ってやるとその場で立ち上がる。 別の職員に呼ばれたのだろう『続きはまたね』と言い残すと足早に去って行く。

 その背中を目で追うくらいしか出来ない。 いや、その実カノジョは既に別の風景を夢想していた。

 

「どんな、願いでも」

 

 つぶやかれるのはカノジョの心の内。 もう、あきらめが付いたはずのその願望はいま、希望という火種を与えられ再燃していく。 その言葉、その重いがどれほどに強いモノなのかなんて言うまでも無い。

 たった一人、ただ一人の肉親を思う心などそう簡単に消えやしないのだから。

 ……でも、そんな思いも現実の前には無情。 だって例えその伝説が本当だとして、茶からモノを探すなんておとぎ話は自信には荷が重い。 少しだけ冷静さを取り戻すと、また床にすわりこんでしまった。

 

 

 

 夕食時。

 ティアナ以外の子供達は教員に連れられた裏山での出来事をそれぞれ口に出し、思い出して、騒いでいた。 自分以外のモノすべてが笑うその中で、しかしティアナはひたすらに無言、静かに咀嚼を繰り返す。

 大きなはしゃぐ声も雰囲気も別に気にならないし、どうでも良いとさえ思う、この生活もそろそろ慣れてきて、一人で静かに過ごすのも苦ではなかった。

 

……そう、あの話を聞くまでは。

 

「あの小屋ってなんだったんだろうねー」

「小屋じゃなくてお社っていうんだよ。 ソレよりもあの水晶きれいだったよねー!」

「うん、持って帰りたかったなー」

「ダメだよ! 勝手に持ち出したら呪われちゃうんだよ?」

「えへへ。 中にお星様がある水晶なんて珍しかったしさー!」

「…………!」

 

 水晶……そう、なかに星がある水晶の話だ。

 ただそれだけ。 そこにそれ以上の意味は無い。 

 

 あの宝物のはずがない。 そんな簡単に、こんな身近にあるわけがない。 だから、コレはもうここまでのオハナシ。 自身には何も関係ないただの…………そう、自身に言い聞かせる彼女の顔は、いつにもまして暗く、苦かった。

 

 

 

 

 

 丑三つ時。

 もう、職員ですら床につき、寝息を整えている時間帯だ。 静まりかえった施設の仲、たった一人の少女が立ち上がる。

別にトイレに行きたかったわけでは無いし、ヒトこい寂しい訳でもない。 いいや、少しだけ催していたのだが今はどうでも良い。 背中には大きな鞄、手には懐中電灯。 そうだ、彼女はいま誰にも告げずあの話を確かめに行こうとしていたのだ。

 

 どうせありっこない話だ

 何もかも都合が良すぎるし、きっと何かの間違いかもしれない。

 

「…………」

 

 いい加減現実を見るべきだ。

 子供である我が身に出来ることなんて泣くことをガマンするだけ。

 

「………………っ」

 

 でも、あそこに何か間違いがあったら……?

 本当に……もしかしたら……きっと……

 在るはずもない可能性を一度でも見てしまった少女は、もう心の中に膨れあがる思いをとどめることが出来なかった。

 

「…………行かないと」

 

 自身を止めるモノは居ない。 当然だ、そのためにこんな夜遅くに出発するのだから。

 また明日、皆で行けば良いのではないか? ……いいやダメだ、もしも本当にホントの話だったら、きっと誰かが宝物を横取りするに決まっている。

 

 決意を固め、方針を定めた彼女はもう止まらない。

 ゆっくり、静かに靴を履き、玄関の鍵を誰にも気づかれないように解錠し、外へと歩き出して行く。

 

 昼間の子供達の足でも往復に丸一日を要する道に、夜の子供一人は相当に時間がかかった。 

 子供一人の夜道、しかも裏山という悪路を上っていくのは困難を極める。

 生やしっぱなしの草木は自身の伸長を遥かに超えて、視界は最悪。 懐中電灯があるとは言え、物理的に遮られれば意味を持たず、当然として彼女の方向感覚を奪い去っていった。

 もう、どこに向かっているのかもわからない状況のはずなのだが、いつの間にやらすげ変わった己が心に従うだけの少女に、そんな事などどうでも良かった。

 

 もう少し。 もう少しで兄と再会することが出来る。

 

 ソレばかりで周りが見えていない彼女は、気がつかなかった。

 

「……ゥゥゥ」

「な、なに!?」

「グゥゥゥ……」

 

 自身の背後をゆっくりと付け狙う野犬のことを。

 オオカミではなく、そのワンランク下の小動物に過ぎない。 ただ、それでも大の大人に噛みつくだけの威力を持つそれは子供にとっては十分以上の脅威である。

 

「グゥッ!」

「ひぅ!!」

 

 そんな相手になんの装備もない自身。 エサになりに来たのかと笑いさえこみ上げてきそうな迂闊さに、ティアナはその場で竦み、腰が抜けてしまう。 ただのエサと化した幼子を前に獣は舌なめずり、空かせた胃袋を満たすため、彼女に勢いよく飛びかかった。

 

「ガウガウ!!」

「や、やぁーー!!」

「ガウ……ガウウ……う?」

「…………ひゃ!?」

 

 どうにか逃れようと身じろぎしたのがいけなかった。 暗く、あまり周りが見えていなかった彼女の背後はちょうど崖になって居たのだ。 運悪く滑り落ち、そのまま林をクッションに地面へと落下していく。

 服の至るところは破け、擦り傷だって負っている。 でも、あのままエサになる寄りかは全然マシだと自分を激励すると、歯を食い縛りながら彼女は立ち上がる。

 

「行かないと……お兄ちゃん……まってて」

 

 もう、居ないヒトのことを思いながらも、ティアナはひたすらに山道を登りなおす。 進んでは転がり、登っては落ちるの繰り返し。 泥沼と化した彼女の愚行を止めるモノは居らず、永遠かと思える時間をひたすらに進む。

 

 出来た擦り傷を見ない振りして、彼女は小さな希望を信じて進み出す。

 

 やっと見えた光。 だがソレを遮るモノが近付いてくる。

 

「グゥゥゥ」

「……ぁ」

 

 先ほどの野犬が彼女の前に立ちふさがる。

 もうすぐだと言うのに、ここでまたも行く手をふさがれた彼女はうつむく。 ……もう、イヤだと弱音も吐いた。

 

「ギャンギャン!!」

「……ぅ」

 

 怖いと、後ずさりもした。

 

 でも、だけど。

 怖いと身を震わせるたび、逃げたいと振り向きそうになったとき、思い起こされる光景が一つだけあった。

 

 ………………ティアナ、行ってくるからな?

 

「あ、あぁぁ……」

「グゥゥゥッ!!」

「ま、ま――」

 

 たった一人。 世界で唯一自身に本当の笑顔を教えてくれた存在が。

 渇望し、故にここまで苦難の道を歩き続けた。

 ソレなのにこのあり様はなんだ?

 逃げたい? もういい? 本当にそんなことを考えていたのか? ここで……

 

「―――負けない! おわる訳には……行かない!!」

「ゥゥゥゥウウウウ!!」

「おまえなんか怖くない!! ぶ、ぶっとばしてやる!!」

 

 啖呵を切ると足下に転がっていた木の枝を振り回す。

 そこに技術の片鱗もない、ただデタラメな動作で繰り出された攻撃は――

 

「やあああああ!!」

「ギャンッ!?」

 

 イヌの鼻先を殴打し、怯んだヤツはそのまま藪の向こうへと消えていった。

 全身で息を整え、手に持った枝をズリ落とし、へたり込むように腰から座ると、彼女はそっと嗚咽を漏らす。

 

「おにぃちゃん……やったよ……ぅぅ」

 

 その声は唯々悲痛であった。

 

林を超え、山道を通り抜け、ようやく目にした頂上。

 そこには、本当に小さなほこらが建てられていた。

 

「あ、あった……」

 

 這いずるように懸命に、縋り付くような必至さで。

 

「こ、これ……なの……?」

 

 ソレを目にする、その宝玉を手にする。

 

 色はオレンジ。 透き通るようでいて硬質なそれは少女の手には大きすぎた代物。 片手では収まりきれず両の手でやっと取ることの出来た奇蹟の球。

 やっと手に入れることが出来た宝には小さな四つ星。 少女の健闘を称えるかのように淡く輝きを放つ。 その光がとっても優しくて、暖かくて……思わず喉元から嗚咽がこぼれそうになった彼女は確信した……コレが、奇蹟の宝物なのだと。

 

「これで……これでお兄ちゃんが」

 

 万感の思いで球を見つめ、今までの悲しみをぬぐい去るほどの希望で心が満たされたとき、少女は“願い”を口にした。

 

 

 

「おに……お兄ちゃんを生き返らせて……」

 

 

 

 ようやく口にした願い。

 いままで誰にも悟らせなかった自身の悲しみを、思いを、ようやく吐き出した瞬間だった。 また会いたい、言葉を交わしたい……身体を、抱きしめて欲しい。 そんな赤子にも似た単純な思いは、だけど子供だから許された願いだ。

 それがようやく叶うのだと、今までの苦労が報われるのだと、ただ一人……たった一人だけ喜びに打ち震えていた。

 

 

 ――――ソレがどんなに大きな勘違いだとも知らず。

 

 

「…………なにも、起きない」

 

 そうだ“あの世界”のモノだったならばこんな致命的なミスは犯さなかった。

 そもそもこの世界の子供に理解しろというのが酷な話で。 あぁ、そうとも。 この奇蹟の宝玉には様々な制約が課せられている。 使用方法、運用期間、願いの限界。 そのうちの一つが欠けた今の状態では願いを叶えるどころか聞いてもらうことすら叶わない。

 聞き入れる存在を召喚する事すら叶わない…………

 

「なんで……」

 

 でも、それは……

 

「どうして!」

 

 この子供にわかることではなくて。

 

「お兄ちゃんは……? ねぇ、何でも願いが叶うんでしょ!!」

 

 ついにあふれ出た罵声は、しかし聞いてもらうモノすら居ない。 少女が激昂に身を燃やせば、手に持った宝を地面へと叩きつけた。

 

「嘘つき!」

 

 今までの疲労も会ってか地面に伏せ、怒りにまかせてその小さな手を叩きつける。 何度も、幾度でも地面を叩いていくウチに、彼女の目には大粒の涙が滲み出てきていた。

 

「嘘つき!!」

 

 頑張った。

 いままで、そう、兄が死んで自宅を引き払ってから数か月、どんなに自身が涙と怒りを抑え込んできたことか。 そこに転がり込んできた希望に縋り付いたのは自分の意志だ、誰かが絶対に大丈夫だなんて言ったわけでも無いし、こうすれば間違いないという保証もなかった。

 でも、だけど……

 

「こんなのって……こんなことってないよ! あんまりだ!!!」

 

 ティアナはひたすら地面を叩いた。

 怒りのままに、叫び声と比例してその殴打は激しさを増すばかり。 小さく、まだきれいな手が泥と血で汚れていく姿は悲壮。 それでも彼女は心のままに叫び続けた。 返して欲しい、お願いだからまた会わせて欲しいと。

 

「何で……なんでこうなるの……わたし、いっぱいがんばったのに……」

「……」

「あいたいよぉ……おにいちゃんにあいたいよぉ…………」

「…………」

 

 “願った”誰よりも。 いまその心にわき上がる純粋無垢な感情を、想いを、この世界の誰よりも強く心の内から吐き出した。

 

 

 

 

 

 そんな純粋な願いを見せつけられては、流石にこれ以上は黙っていられなかったのだろう。 

 

 

 

 

 

 

「――――そりゃダメだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「…………だ、れ……」

 

 いつの間にか居た。

 

 暗くて、目は涙で腫れていて、視界が悪いけど男の人だというのはわかる。 だけど輪郭がはっきりしない。

 でも、とても優しい声で少女に“ソレ”は話しかけてきた。

 

「ドラゴンボールは七つ集めねえとな」

「あ、え……」

「どんな願いも叶えてやれるけど、ちゃんと使い方を守ってもらわねえと」

 

 それは言う。 少女の方が間違っているのだと。

 宝はまさしく本物で、どんな願いでも叶う奇蹟の代物だと。 でも、もう流石に無理であろう。 少女は限界で、これ以上過酷な旅などに出られるはずもない。 あの少年ならばどうにでもなるだろうが……自身には、彼のような力強さなど在るわけがなかった。

 

「はは、おめぇボロボロだな」

「……ぁ」

 

 そっと抱き寄せられた。

 その感触は兄と似通っていて、ティアナは拒むどころか警戒すら忘れ去っている。 こんな感覚はいつ以来だったか。

 

「頑張ったな」

「…………うん」

「おめぇ、アニキに似てガッツあるぞ。 こりゃあ将来はアイツラを超えるかもな」

「……………………うぅ」

 

 意識は朦朧としていて、“ソレ”が何を言っているのかなど半分も理解できない。 でも、その声に反応するように少女はうなずいていた。

 

「おめぇがとんでもなく頑張ったのは“ここからずっと見てた”から知ってるぞ」

「うん……」

「おめぇの願い、どうにかかなえてやりてぇけど……オラには無理なんだ、すまねぇな」

「もう、いい……」

「……ん?」

 

 “ソレ”に抱かれながらティアナは言う。 もう、いいと。

 

「出来ないコトは……できないから」

「……そうだな」

 

 彼女の呟きに肯定の声。 そうだ、この世の中甘いことばかりではない。 報われない努力、必要とされない助力、決して現れない奇蹟。 意味の無い暴力に、助け合わない群衆。 この世は辛いことばかりで凝り固まっていて、自身はただ他人よりも早くそれにぶつかってしまったに過ぎない。

 小さく、けれど賢明なティアナにはソレがわかってしまったのだ。

 

「しょうがねえなあ」

「な、なんですか……?」

 

 だけど……それでも……

 

「おめぇの願い叶えんのはオラには出来ねえ。 けど、もう少しで出来るヤツが来るはずだ」

「ど、どういうこと……?」

「なぁに、もうちっとだけここで踏ん張ってりゃいい。 そうすりゃおめぇが待ってるヤツが来るからさ」

「???」

 

 今回だけは……そう、このひとときだけは彼女に奇蹟が舞い降りる。 いや、奇蹟は既に起っている。

 

「あ……」

「お、日も出てきたな。 おめぇ随分と時間かけてここまで来たかんなぁ」

「だってここ……遠いんだもん」

「って言ってもおめぇが居たところからだったら真っ直ぐ来れんだけどな」

「…………う、うそだよ!」

「ホントホント。 おめぇ遠回りばっかだったもんなぁ」

 

 あり得ないはずの邂逅を既に果たしているのだ。 ならば、そのついでにもう一個くらいの奇蹟があっても良いはずではないか? 目の前の“ソレ”が大きく笑ってやると、少女の影に光が差し込んでいく。

 

 夜が明けようとしていた。

 

「今回は特別だ」

「ほえ?」

「はは! なのはみてぇな声だ、懐かしいな」

「え、え?」

「今回は……いや、プレシアのときも特別だったっけか、忘れちまった。 とにかく今回だけ特別だぞ? なんて言ったって一年経ってねえモンな」

「どういう、こと?」

 

 にししと口元で人差し指を立てる姿は、まるで内緒話をする父親のようであった。 その暖かさを肌で感じたときだった、少女の頭のうえにとても暖かい光が降り注ぐ。

 

「少しだけ元気にしてやる。 ほれ、疲れとれただろ?」

「あ、うん」

 

 光が“ソレ”の手なのだと気づいた頃には全身の痛みは引いていた。 擦り傷があったところは血の跡さえなく、体力も元に戻っていたのだ。 コレには流石に驚きを隠せないティアナだが、そんな彼女を呼ぶ声が木霊する。

 

「おーい! どこだー!!」

「ティアナちゃーん!」

「どこなのー!!」

「……あ、みんな」

 

 既に疲労はなく、声に反応して立ち上がった彼女はゆっくりと声の方に歩き出した。

 林の中、聞き知った声たちに近付いていくと、やはり見知った顔がそこから出てくる。

 

「こんなところにいた……もう、心配かけちゃダメだよ!」

「夜中に抜け出して、こんなところまで。 野犬が出るからダメだって言っただろう」

「ご、ごめんなさい……で、でもあのヒトが助けてくれて――――」

 

 怒られながら、でも、どうしても伝えたいことがあるからと職員達へ訴えかける。

 自身を助けてくれた人が居る。 ただそばにいてくれたヒトがいるのだと…………

 

「あ、れ」

「どうしたの? だれもいないけれど……」

「そんな……でも、だって……」

 

 後ろを振り向いたら何も居なかった。 あのヒトも、あの、ほこらも……何もかもがなくなって、消えてしまっていた。

 ウソのように、夢のように、霞のようになくなってしまったあのヒト。 ティアナは何度も目をこすりながら確認した。 でも見えるのは何もない地面。 信じられずいつまでも凝視する彼女に周りの大人達はただ疑問に思うだけであった。

 

「よかったよ、突然居なくなったから心配したよ」

「……ご、ごめんなさい」

 

 疲れきった彼女の謝罪を聞き入れ、一同はそこを後にする。

 

「――アルフ、こっちだ」

「ちょ、ちょっとゴクウ引っ張るんじゃないよ!」

『!?』

 

 いきなりだ、乱入者が彼女達の前に転がり込む。

 小汚い衣服にボサボサの頭。 そこかしこに漂う旅人の雰囲気はしかし、その背格好は完全にただの子供であった。 聞いたことのない口調の男の子と、使い魔だろうオオカミ。 彼等は今までティアナが居た場所に近付くと、今度は施設の人間達に振り向いた。

 

「あ!」

「……どうして、こんなところに」

 

 見つめ合う二人。

 それはたった数秒のことだったはずだが、ティアナの身体は完全に硬直していた。 あの姿と髪型は見間違えようがない、だけど、さっきまでの出来事が彼女の脳にフィルターを駆けていた。

 

 故に、動けない。

 

 そんな彼女に、男の子は、いいや、悟空は手を向けて言う。

 

「おっす! 元気してっかティアナ」

「あなたたちどうしてここに」

「そりゃこっちの台詞だぞ、おめえの居たところ、ここから随分遠いじゃねえか」

「いま施設にいるから。 家には、居られないから……」

「……そっか」

 

 ティアナの顔が暗くなると、ほんの少し悟空はそっぽを向いた。

 少年が自分と向き合いづらい過去なら心当たりはある。 言わんばかりに目をそらさない彼女は、手に持った荷物を強く握る。 ……あのヒトに勇気を分けてもらうかのように。

 

「どうしてここにいるの」

「ん? おら、いまいろんなとこで修行しながら捜し物してんだ」

「お兄ちゃんの仇でも探してくれてるの?」

「……あぁ、そんなとこだ」

『!!?』

 

 皆が思わず息を呑んだ。

 彼が発した言葉は決して良い物ではない、どちらかと言えばマイナスな感情のモノだ。 子供が言うには物騒すぎて、ごっこ遊びだと一蹴するはずのモノだった。 でも、ウソだと決めつけられない何かが、彼から確かに感じ取ったのだ。

 

 訳を聞こう。 職員は静かに彼に近付こうとした、そのときであった、獣のうなり声が彼等を襲う。

 

「な!? 野犬がこんなに!?」

「そこの赤いのが呼んだのか!?」

「アルフがこんなの知ってる分けねえだろ? 他人だぞ」

「わ、わわわ……」

 

 怯える職員達と、先ほどの出来事がフラッシュバックするティアナ。 あのときは気迫で追い返したが今はもうそんなチカラは残されていない。 持った荷物をかばうように、その場で固まり動けない。

 きっとヤツラは自分に仕返しに来たのだ。 悟った彼女は目をつむり、歯を食い縛る。

 

「ギャアアア!!」

「――――おい、おめえたちうるせえぞ」

「ギャンッ!!」

 

 …………まぁ、それらが皆に襲いかかることはなかったのだが。

 

 たったひと睨みしただけで野犬共が散っていく。 山奥へ、二度と人里へは下りてこないように遠くへと。

 助かったと安堵するモノが居れば、今起きたことに首をかしげたモノもいる、だがなかでも一番今の事態を理解できなかったのは少女であった。

 

「あ、あんた、いまなにやったの……?」

「なにって、何にもやってねえぞ。 アイツラうるせえなぁって思ったら勝手に逃げちまったんだ」

「……そう」

 

 納得など当然していない。 あの野犬たちのしつこさは自身が一番わかっている。 だから、何もせずに帰るなどとあり得ないはずだった。 けど、あれは帰って行った。 自分を襲うこともなく、たった一人の子供に睨まれただけでこの場から消えてしまったのだ。

 

「あんた、何者なの」

「おらか? なんだ冷てえやつだなぁ名前忘れちまったのか」

「そうじゃなくて! 明らかに普通じゃないよ今の――」

「ん? ああッ!! お、おめえそれ!!」

「な、なに?」

「おめえが持ってるやつ! それってドラゴンボールじゃねえのか!」

「え、え?」

 

 叫んだ悟空はティアナに詰め寄る。 鼻先が付くぐらいの距離感は彼特有のモノだろう、あまり不快感はなかった。 しかし、少しだけ漂う旅の香りは少女の鼻孔には刺激が強かったらしい、あからさまに顔をしかめた。

 

「くさい」

「そんなことどうでも良いだろ? それよかおめえ、ちゃっかりドラゴンボール集めてたんじゃねえか、おら全然気がつかなかったぞ」

「……ドラゴンボールって、なに?」

「え? おめえ知らねえでそれ持ってたのか?」

「……願いを叶えてくれるってのは知ってるけど、でもダメだった」

 

 普通は、願いを叶えてくれるだなんて言わないけれど、どうしてか彼には事の顛末を話してみたくなった。 だって、彼があんなにも嬉しそうだから、自身の苦労をこんなにも喜んでくれているのだから。 だから、これくらいは良いだろう。 

 なんとなく表情の崩れたティアナを余所に悟空とアルフはいそいそと動きだす。

 

「頑張って、我慢して、でも出来なかった」

「やったやった! もうちょっとで一年だったもんなぁ、ギリギリセーフだぞ」

「お兄ちゃんのこと、どうしても忘れることが出来なかった。 だって、二人しか居ない家族だったんだよ? できっこないよ……」

「イー、アル、サン、スー、よし、全部あっぞ! へっへー、頑張った甲斐あったな」

「大人はみんな応援してくれた、でもそれだけ」

「よぉし、いでよ神龍!! そして願いを叶えたまえ!!」

 

 ――――――空が暗くなり、大人達は皆避難していく。

 

「本当に欲しかったのは誰もくれなかった」

「なぁ神龍、まえに死んだティーダを生き返らしてくれ」

「またそんなことを言う。 言ったよね? 出来ないコトは出来ないって」

【……タヤスイコトダ】

「お、サンキュー!」

「ちょっと聞いているの? あなたはいつも人のはなしは聞かないってお兄ちゃんがいってたけ……ど……わ、わわわわ! なっ、な!!?」

 

 ――――――――悟空の方を見たティアナはここで腰が砕けて。

 

【フクトカラダハサービスダ】

「こ、ここは!? 俺はたしか……」

「よ! 久しぶりだなティーダ!」

「悟空!! そ、それにティアナまで!!」

「!!!!!!!!!!」

 

 起きた奇跡に言葉を失っていた――――

 

 そこには数ヶ月前に亡くなったはずの、自分の……自分の――――

 

「おにぃちゃあぁぁあああああああああ!!」

「おっとと!? ははっ、ティアナどうした! そんなにべそかいて、かわいい女の子が台無しだ」

「だって、だって……!!」

「仕方の無い奴だ」

 

 感動の再会の後ろで、二人の冒険者が拳を突き合わせる。 目的達成、しかも本人達はここまで喜んでくれているのだから頑張った甲斐があったというものだ。

 

「よし、いくかアルフ」

「挨拶はいいのかい? アンタの知り合いだろうに」

「へへ、アイツラとはまた今度会うからいいんだ。 今は行きたいところあるからさ」

「……あぁ、そう言えばそうだったね」

 

 兄妹が涙ながらに抱き合う最中、孫悟空はそのまま姿を消してしまう。

 それを見送る青年はどこか悲しそうな顔。 少年の後ろ姿を見送ると、そっとティアナを抱きしめなおした。

 

 

 

 そこからしばらく、青年が悟空と出会うことはなかった。

 

 

 

 ニュースでとある犯罪組織が消されたという情報を見つけるまでは…………

 




悟空「おっす! おら悟空!!」

アルフ「いやぁ、なんとか冒険が終わって良かったよ。 これで暖かい布団で寝れるってもんだ」

悟空「ところがそうもいかねんだ。 おら、忘れモン有るからさ」

アルフ「え? なにかあったっけ」

悟空「へへ、まぁいろいろな」

アルフ「いや、アンタがいくならついて行くけどさ。 んじゃ、次回!!」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第84話」

アルフ「仕返しだ! 悟空、大変身!!」

???「よせっ! それはいままで集めた貴重な--」

悟空「わりぃ、つい手が滑ってぶっ壊しちまった、ははっ! すまねえな」

???「こんなの計算外だ……!!」



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