魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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お久しぶりです。 どうにかこうにか年内投稿です。
では、暇つぶし程度にどうぞ


第84話 仕返しだ! 悟空、大変身!!

 

 

 

 そこには様々なモノがあった。

 

 機械、鎧、生態に資金に権力。 こと、生物実験に必要なものすべては“男”の前にはそろっていた。 そして当然男にはそれを生かす才能もあった。

 

 いいや、ありすぎたのだ。

 

 湯水の如くあふれ出すその才能は、やがて人が超えてはいけないラインをあっさりと踏み越え、既にその知識欲は外道の域に入ってしまった。

 だから、何でも出来る。

 故に、すべてを試した。

 それでも、満たされない。

 

 この世界に起こりうるであろう、すべての可能性を想定し、実践し、成功を収めてしまった。

 もうこの男が欲する結果は存在しない。

 壮大な山登りだったはずの道のりを、最短距離で駆け抜けた先の暗闇に、男は深く絶望した。 自身が追いかけるモノも居なければ、追ってくる存在は遥か後方。 数世代重ね無ければ追いつけないだろう場所で、寄り道ばかりしている。

 

 それを知った男は思った。 ……あぁ、なんて退屈なのだろう、と。

 

 

 

 

 

 そんな男にある日、世界が刺激を与えてしまう。

 

 出会ってしまった、その存在に。

 

 知ってしまった、現人類を超えた存在を。

 

 見つけてしまった…………その、人体の神秘を多言する存在に。

 

 なんら機械の補助もなく空を征き、誰の手も借りることなく大地を割る。 そんな生命力を爆発させた、生きる神秘に出会い、この男が興味を持たないわけがなかった。 だから男はソレを調べた。

 

 知りたい、早く謎に迫りたい。

 見て、聞いて、掻っ捌いて、解体して、中身を引き出して、そのまま保存しておきたい。

 

 そんな、純粋な欲求をかなえたいが為に、男はすぐさま行動した。

 

 早かった。

 自身に力が無いことは理解していた。 だから、必要なものは直ぐにそろえた。

 強い兵と忠実な僕。 どちらも完璧に備える存在などこの世界には居ない、だから創り上げた。 すべての数値を満たすまでの試行錯誤を数千回、その間のトライアンドエラーで学んだことは次世代の兵に注ぎ込む。

 ただの試験管ベビーから、やがて高度なクローン兵士を創り上げ、その存在の制御すら可能として、最後にはあの存在に迫るモノさえ創り上げた。 作った、つもりだった…………

 

 だが、だが――――

 

 

 

 

 

 

 

「…………なぜ、こんなことになってしまったのだ」

 

 

 

 男が、間違いに気がついたときには、すべてが遅かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 現代。

 

 孫悟空がランスターの兄妹を再会させてしばらく立ったお昼過ぎ、アルフと暢気にお昼寝としゃれ込んでいた悟空は、幸せそうに鼻提灯を作成していた。 膨らんで、しぼむ。 そんな自由自在な提灯を20と操った刻だろうか、悟空のぞんざいな扱いに、ついに提灯が破裂する。

 

 ――――ぱちん。

 

 かわいらしく、どこか情けない音があたりに響くと、そのまま悟空の眼が覚める。

 

「ふぁ……んん、おー! よっく寝た!!」

 

 背中をバネに反動で起き上がる。 地面に着地、しっぽを上げると振り回す。 どうやら起き抜けの体操は要らないようだ。 彼はそのまま眼下を睨むと、後ろから声がする。

 

「ゴクウ!!」

「よ、アルフ。 なんだ、随分おそかったな?」

「あ、アンタがとんでもない速度で先に行くからだろ? まったく、“ここまで”来るのに3日かかるのに1日で行こうなんて……」

「いいじゃんか、早いことは良いことだろ? それに――」

 

 悟空が睨んだ目を動かす。

 ソレはまるで地面の下が見えているという様子。 いや、事実見えているのだろう、この少年には。

 

 だから笑う。

 故に彼は歩き出す。

 

 …………早くしないと、アイツらと闘えなくなると拳を鳴らしながら。

 

 

 

 

 悟空が来たのは研究所だった。 孫悟空が、その力量で察知できた“アイツ”の僅かな残り香を辿った結果がこの場所であり、彼が本領を発揮する事を決めた場所である。

 

 ――――――彼等は、いささか悟空を刺激しすぎたのだ。

 

「さて、まずはこの扉からかねぇ」

「へぇー! 随分デッケエなぁ」

 

 背丈を優に超える堅き扉。 大人でさえ見上げるそれを、子供が開けることなど出来るはずもない。 普通、ここで引き返すのが常識というモノだ。

 

 だが、彼等は常識人ではなく、そして、この施設の人間も普通ではなかった。

 

「……そこの子供、止まりなさい」

「ん? オラの事か?」

「ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ」

「入ったらどうなるんだ?」

「……射殺します」

「ふーん」

 

 どちらも普通じゃない対応に、アルフは既に嫌な予感がしている。 ここから始まるであろう激戦に、一人その場から離れて身を伏せている。

 ふりふりと、揺れるしっぽが彼女の警戒心をあらわにする中、悟空はここで信じられない行動に出る。

 

「んじゃ、仕方ないな」

「えぇ、お引き取りを」

「おー! またなー!」

「……おいおい」

 

 悟空はなんと背中を見せて施設から正反対の道を行く。

 その姿を追いかけようとしたアルフは悟空の背中を見つめ、いや、見ようとして探したときには、彼はもうこの周辺には居なかった。 臭いもない、一瞬で消えてしまった……まさか。

 ある意味で最悪な結果を想像したときだ、ソレは不意に叫んだ。

 

「だああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

「な!? 先ほどの子供が駆け足で……止まりなさい! 射殺しますよ!!」

「ゴクウ、アイツまさか……!!」

 

 100メートルを2秒で走る悟空の俊足がうなりを上げる。 物騒な物言いに対して何ら怯むことなく、むしろ速度を上げていく。 そんな子供に困惑の眼差し、施設の女は片手を上げると、その手の平に光りを凝縮していく。

 

「……仕方有りません、射殺します」

 

 その輝きは殺意に満ちたモノ。 それは子供に対して向けて良い物ではなく、その光りは破壊の力を増していく。 力だけなら、もう既に高町なのはのディバインバスターを超えるソレを見て、悟空はさらに速度を上げる。

 愚かな行為に見えただろう、だから彼女はソレを聞き分けのない子供として、処分する。

 

 光りが、子供を撃ち抜いた。

 

「……任務、完了」

 

 少しの苦み。 女が表情を歪めると、そっと子供に背を向けた。

 

 

 その背に、轟音がぶち当たる。

 

「でりゃあああああああああああああああッ!!」

「……なん、だと!?」

 

 信じられないモノを見た。

 

 自身の殺意を込めたはずの攻撃は確かに子供に命中した。 ではなぜあの子供は真っ直ぐにこちらへと駆け抜けてくる。 今の攻撃はあらゆる魔術的防壁を突破し、いかなる魔導師でさえ沈めてきた漆黒の魔力弾。 この弾丸を受けて生きている魔導師は存在しない。

 では、アレはなんだ。

 

 あの少年はなんなのだ――

 

 女の自問自答は、すぐさま脳内のデータから答えが導き出された。

 

「その尾! まさか貴様、孫ご――」

「ジャン拳! グー!!」

「グボ――――ッ!?」

 

 女が答えを言う暇などない。

 なぜなら悟空の身体ごと勢いの付いた拳が炸裂したのだから。

 

 鍛え抜かれた腕白ボデーから繰り出されるそれは、貧弱な必殺の一撃を打ち破る“壊滅の惨劇”というべきか。 もはや技でも何でも無いそれは、本当にただ、勢いを乗せたパンチに過ぎず、彼の豪腕を見せつける指標となる。

 

 …………普通に相手をしたら、間違いなく壊滅するであろう事を、彼等に見せつける。

 

「よっし! 扉もぶち抜いたぞ!!」

「……入ろっか」

「おう!」

 

 相変わらずのめちゃくちゃ。 本当に、もう、心底疲れ切ったアルフはトボトボと悟空の後をついて行くだけであった。

 

「おい止まれそこの子供!」

「どうやってここまで入った!?」

「なんでもいい! ここまで見られたら始末するだけだ!!」

『覚悟!!』

 

 なんだかよくわからん気合の入り方をしている少女達。 それを残像拳で幻惑し、すぐさま狙いを本体に絞ってきた彼女達に太陽拳で翻弄。 センサー類が一気にお釈迦になったのだろう、身体を痙攣させると、悟空の容赦ない追撃で遠くの壁に激突する。

 

「オラ急いでるんだ! 悪いけど通らせてもらうぞー!!」

「……無念」

「まぁ、あんたらの気持ちは察するよ、お疲れ」

 

 アルフがこっそり念仏を唱えていると、向こうの方でまたも悟空のかけ声が。

 

「おーい! あんときの奴どこだー!」

 

 そこには既に怒気はなく、ただ純粋なかけ声だけが施設を揺るがしていた。

 

 堅い扉は叩いて開き、その中に人が居ないのを確認すると次の部屋へ。 閉じこもっているのだとしたら、これ以上の恐怖はないのではないか? 悟空の猛追が始まる。

 

 一階、地下一階、ドンドン重要施設を巻き込みながら以前見たであろう“あの女”を探し出す悟空。 いい加減出てきて良いのでは? アルフが背中に汗を流しながら悟空を追跡する中、彼の進路を妨害する猛者が現れる。

 

「貴様! いい加減暴れるのはよせ! でなければワタシが――」

「でりゃああ!!」

「ぐっ!? この小僧!!」

 

 ついに悟空の攻撃を捌けるモノが現れる。 その存在に若干、悟空のしっぽが跳ね上がった気がするが、アルフはあえて見ない振り。 そのまま彼等のやりとりを静観する。

 

「貴様、なにをしているのかわかるのか!?」

「なにって、おめえ達もなにやったかわかってるか?」

「…………ほう、面白いことを言うな少年」

 

 すっと。 こちらを見つめてくる少年の瞳のなんと澄んだ事か。 まるで深淵の宇宙のような黒さだが、その中には確かな輝きがある。 自身の存在が自然を語るなど図々しいとわかっている物の、彼女はこう思わずには居られなかった。

 

 あぁ、なんときれいな目なのだと。

 

「きれいな目をした少年よ、貴様は悪いニンゲンではないと認識する。 施設をこんな風にしたことは許されないが、まぁ、ワタシがなんとか口添えしてやるから謝るんだ」

「……おめえ達はティーダに謝りもしないのにか?」

「えっ?」

「あいつ、おめえ達の仲間に殺されたんだぞ。 だったら、こんくらいされても文句言うな!!」

「…………キミは、まさか」

 

 女性が構える。 少年の相対に心当たりがあるのだろう、その目は一気に険しいものに変わる。 鋭く、冷たい眼差しを少年へと向けたのだ。

 

 悟空が一歩踏み出した。 その瞬間、彼女は世界を置いていく。

 

 地面を破壊するほどの踏み込み。 その威力から生み出される超高速の移動は、流石のアルフにも認識すら出来ない。 既に子供へ向ける戦力ではない、だが、これだけじゃ足りないのだ。

 

「まさかキミのような者があの孫悟空だったとは……残念だがここで消えてもらう!!」

「…………」

 

 音をも超えた彼女の攻撃が悟空に迫る。

 最初から全身全霊。 あの的には一切の手心など不要。 “目覚める”まえにすべてを済ませてしまわなければ、ここに居るすべてが返り討ちに遭う。 そんな恐れを抱いた彼女の一撃は、疾風怒濤の如く少年の懐へ激突した。

 

 たしかな手応え、十分な威力。 それを手に取ると、しかし“あの”孫悟空が相手なのだ。 いくら弱体化していたとしても、“あの”戦闘種族なのだ。

 不安がある、討伐を確認したい。 自身の無事を、確定したい。 そんな弱気が、それだけの焦りが、ついには彼女にあの言葉を吐き出させた。

 

 

 

 

「…………やったか?」

「なにをだ?」

「なにって、孫悟空への奇襲攻撃が………………ッ!!?」

 

 自身の背後から聞こえてくる声に、ゆっくりと振り向き怖気が走った。

 

 あの少年が、なんら表情を変えること無く、後頭部を無造作に掻いているのだから。

 

 なぜ、どうして?

 いまの一撃は確かに決まった。 普通ならばあれで全身の骨を粉砕し、心の臓が潰れ、逆流した血液が全身の孔から噴き出すはずなのに。 それがどうしてああやって無事に生きているというのだ。 なぜ?

 

「貴様、いまなにをどうやって」

「なにって、受け流したんだろ? よく見ろって」

「…………ぁぁぁ」

 

 何と言うことか。 この少年はここまでのものだったというのか。

 まさかの正攻法、もしかしなくともレベルが違いすぎる力関係に、女性は震え、腰から床に転げてしまう。

 

「ば、ばけもの……」

「へへっ、それ、よく言われるぞ」

「褒めてるんじゃない!!」

「バケモンみたいに強いんならいいじゃんか」

「……は?」

「まぁいいや、おめえもう動けねえだろ? んじゃ、おらもう行くぞ」

「ま、まて!」

「やだねー!」

 

 孫悟空が走り去る。 その光景を見送ることしか出来ない女は、ついに意識を手放した。

 

 

 

 地下2階に下りて周りを見る。

 明らかにさきほどとは雰囲気が変わった。 厳重な扉、隔壁シャッターが下りた通路は悟空の道を妨げる。

 

「おりゃあ!!」

 

――――ゴンッ。

 

 鋼鉄が少しだけへこんだ。 だがそれだけ。 そう、それだけなのである。

 

「くはははは!!」

「ん? 誰だ?」

「流石のお前もその隔壁は壊せないだろう」

「…………声しかしねえなぁ」

「あのスピーカーからだ。 魔法じゃない」

 

 如何にもと言う声。 それがアルフの印象だ。

 どうにも我の強そうな声の主は、悟空に対して挑発的な言葉を並べはじめる。

 

「あきらめるんだな孫悟空。 今の貴様ではその隔壁は破壊できない」

「そうなんか? 何でだ」

「なぜか、だって? そんなもの、キミのすべてを調べ、研究したからに決まっているからだろう」

「……ふーん」

 

 この先を行きたい悟空は右から左、言葉を聞き流して、両足をゆっくりと沈める。

 

 その姿を見たアルフは特大の嫌な予感。 ちょっとだけしっぽが垂れ下がると、彼の背中に避難を開始する。

 

「よぉし、それなら!」

「あ、ちょっ、まって――」

「かめはめ…………」

「こんな地下であんたッ!」

「波―――――――――――――――――――――ッ!!!」

 

 声の主は言った、今の悟空には無理だと。

 ならば特大の攻撃を与えてやれば良い。

 孫悟空の馬鹿力と、気の塊が隔壁をぶち抜く。 建物は揺れ、施設が壊れ、アルフの平常心を叩き潰して行くと、なんと次の隔壁にぶち当たる。

 

「おりゃああああッ!!」

「うっそだろ……」

 

 2枚目貫通。

 孫悟空の勢いは止まらない。 

 

 

「は……!? いや、いくら貴様でも13ある隔壁を一撃では不可能――」

「おい、あんた。 それはワザとか?」

「はい?」

 

 ――――悟空に出来ないって言うのは、只の挑発に過ぎないッ!!

 

 アルフが頭を抑えながらスピーカーに向かって叫ぶと、悟空が纏う青い光りが一段と大きくなる。

 

「な、なんだ!」

「いいかい、あんたら。 ゴクウのいつのデータを参考にしているかなんざ知らないよ? でも一つだけ忘れてる事があんだよ」

「……なに?」

「ゴクウはさ、転んで、立ち上がる度に強くなるんだ!」

「はぁああああああああああああああああッ!!!!」

 

 2枚目の隔壁を貫く。

 孫悟空の気が衰えることは無く、そのまま3枚目、4枚目を一気に破砕し、5枚目に突入していく。

 

「か、堅ぇ!!」

「ゴクウ?!」

 

 かめはめ波の勢いがここで止まる。

 徐々に収まっていく気の激流は、声の主を安堵させる光景であった。 それに手応えを感じたのだろう、意気揚々にスピーカーから大声が垂れ流される。

 

「ふ、ふふ――さ、流石に5枚目には手こずるようだね。 当然さ、ソレは対魔導師を考慮した特殊隔壁、700もの特殊素材をナノ単位で積層させた、現行最硬度の――」

「界王拳――――ッ!!!」

「……ひょっ?!」

 

 まさか――!!

孫悟空の身体が紅蓮に染まる。

 驚いたのはスピーカの主だけではない。 後ろにいたアルフでさえ、いまのゴクウには驚愕を隠せないで居た。

 なぜ、いまのゴクウがその技を知っている? 

 

「おめえ、さっきからごちゃごちゃうるせーぞ」

「は、はぁ!?」

「おらがここに、なにしに来たか分かってんのか?」

「な、何だと……?」

「おらは…………“オラ”はな、おめぇのこと、一発ぶん殴りに来たん……だぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 悟空のかめはめ波が施設を貫く。

 装甲だとか、隔壁だとか、そんな物を一切合切呑み込む破壊の光り。 雄叫びを上げた男の周囲は破壊され、噴煙のように立ちのぼる瓦礫達が視界を埋める。

 

 だがアルフには分かる。

 いま、目の前にはあの男が居ると言うことが。

 

「ゴクウ、あんた……」

「へへっ、いろいろと待たせたな、アルフ」

「ゴクウ!! 元に戻ったんだねアンタ!!」

「おう、この通りばっちしさ」

 

 戦士、帰還。

 

 あの小さな身体からは想像も出来ない、屈強な身体を取り戻した男、孫悟空。

 彼は道着の帯を締め直すと、スピーカーをひと睨み。

 

 ――――ボンっと、音が鳴ると、うるさい声が消えて無くなる。

 

「ホントにゴクウだ。 この、何だかよくわかんない攻撃といい、この雰囲気といい」

「何だかわかんねえはねーぞ。 今のは気合砲って言って、神様が昔教えてくれたんだ」

「いや、だから神様とかが出る時点でアタシ達にはキャパオーバーなんだからね?」

「そうか? へへっそうか」

「…………やっぱり大人になろうがゴクウはゴクウか」

 

 メンチ切ったら物が壊れました。 そんな説明出来ない現象、この快男児にしか出来ようはずがない。

 だが、これで終わりなどと言うことは無い。 孫悟空の快進撃は、今ようやくエンジンを吹かしはじめたのだから。

 

「……こっちか」

「お!?」

 

 おおよそ半年ぶりに見た、例の“アレ”

 二本指を額に持って行く独特の構えは、魔導師から見ても“魔法”とぼやかざる得ない、異星の技術。

 

「アルフ、準備はいいか?」

「あぁ、あっさりと頼むよ」

「んじゃ、いくぞ…………――――」

 

 瞬間、姿がぶれると彼等はこの場から消えてしまう。

 

 

 

 

「な、何と言うことだ……」

 

 その者は、デスクを叩く。

 こんな結果になろうとは、こんな事態を引き起こそうとは。

 

 例の願い玉で弱体化した孫悟空を、徹底的に研究できると息巻いていたはずなのに、ソレが、まさかこんなことになろうとは。

 画面の向こうで獣とじゃれ合う彼を見て、声の主は前髪をかき乱す。

 

「ドクター! ここは危険です、待避しましょう」

「馬鹿なッ! 目の前に最高の素材があるというのにそれを見過ごせというのか!! 一生かけても、いいや、“この世界”の寿命が尽きたとしても出会うことがないだろう、最高の研究資料を!!!」

「…………ですが、もう」

 

 男の発言は常軌を逸していた。

 それは、隣にいる女性にも分かる、だからこそ否定する事が出来ない。

 

 男が常軌を逸しているなど、自身が創造された瞬間から分かっていたことなのだから。

 だが、物には限度がある。

 それを、この女性は理解していたが男は認めようとしなかった。

 

 そう、今回、我々は伸ばしてはいけない物に、手を伸ばしてしまったのだ。

 

「――――…………ここ、か。 さっき居た場所から随分離れたな」

「あ、が!?」

「なんだいアンタ? ん? この声、まさかさっきの!!」

 

 孫悟空が、そこに居た。

 風を切り、空間を押しのける理不尽極まる技法で、彼はついに男の前に姿を現わす。

 

「なぜだ……! 貴様、どうやってここに現れた!!」

「瞬間移動って言ってな? 昔、ヤードラット――」

「そんなことは百も承知だ!! 私が言いたいのは、その技は人物像と、気……生体波動を観測しないと使えないのではないのか!!? キミは私の事は知らなかったし、こことあの研究所は200キロも離れた場所で、囮だったんだぞ! なのにどうしてあそこで私の生体波動を観測できた!!」

「???」

「とぼけるなッ!!」

「……いや、悪いんだけどゴクウの奴、ホンキでアンタの言ってることが分かってないんだよ」

「……………あぐ、あが……!」

 

 男の罵声に、しかし隣にいる女は一つ、可能性を思い出す。

 そうだ、この男はいま、致命的なミスを犯している。

 

「まさか貴方は、私達の……戦闘機人から微弱に出る生体波動を読めるというの?」

「ちぃと、わかりにくいけどな」

「馬鹿な!?」

「むかし戦った人造人間ってのが居たんだけどな? あいつらは気をまったく感じなかったけど、おめえ達はほんの少しだけ気を読めたんだ。 んで、あそこにいた連中、ほとんどおんなじ気でさ、それで一番離れてるのが偉いヤツなんじゃねーかなって思って、瞬間移動したんだ」

「……なん、だと」

 

 ドクターゲロ以下のバイオ技術だと、言外に断じる悟空。

 いや、彼にその気は無い。 しかし、その人造人間以下の性能だと言われた男は、まさに烈火の如く激昂した――――かに見えた。

 

「…………ふふっ」

「ん?」

「そうか、そんなまさかとは思ったが……」

「おい、おめぇどうしたんだ?」

「くはははッ! はははは!!! そうか、この私の先を遠く離れた位置にいる研究者がまだ、この世界の果てにいるというのだな!!」

 

―――――その顔はテストで正解した子供のような満面の笑みだった。

 

「そうか、人造人間というのか、キミを手こずらせたという存在は!!」

「え?」

「ゴクウ、なんかこいつやばいよ。 さっさと気を失ってもらってリンディに押しつけちゃおーよ」

「んーまぁ、ソレが一番なんだけどさぁ。 ……仕方ねぇなぁ」

 

 この男のなんと良い笑顔か。 あまりの無邪気っぷりに、一瞬の躊躇。 だけど、すぐさま悟空は拳を握る。

 

「ま、喜んでるところ申し訳ねぇ」

「なんだい? いま私は極上のインスピレーションが降りかかり、途轍もないほどのぷげらぁぁぁああああああああああ――」

「……オラ、言ったろ? おめぇをぶっ飛ばしに来たって」

「ドクターッ!?」

 

 堅い拳骨が、男の頭部を吹き飛ばす。

 軽い、ほんとーに軽い一撃の“つもり”で放った悟空は、今度は女性を見る。 明らかに戦闘には向いてない背格好、だが、以前戦った存在を思い出すと、一応、聞いてみた。

 

「どうする? オラと戦うか?」

「遠慮しておこう」

「……そっか」

「そこでなぜ残念そうにする」

 

 へへっ、と後頭部を掻く悟空に、女は問う。 今、確かにやや危ない方向へドクターの首がひん曲がったように見えたが、致命傷ではない。

 あんなに……そう、かなりの被害を孫悟空に与えてきた。 なのにどうしてこの男は、ドクターの命を奪い、悪行の目を潰さないのか。

 

「ティーダの件は、今ので全部返したかんな。 オラがやられたのは、自分自身が弱っちかったのがいけねえし」

「……え?」

「それにあとはリンディ達の仕事だしな!」

 

 そう言ってアルフに目配せすると、彼女が深いため息と同時にバインドを発動。 男が拘束されると、悟空の姿が一瞬だけぶれる。 

 

「んじゃ、あとは頼んだぞリンディ」

「え? あの、いきなりなんなのよ!?」

「こいつ、悪い事しようとしたんだ。 ちぃと懲らしめてやってくれ」

「は、はぁ……?」

 

 いまいち状況が掴めないのはリンディ・ハラオウン。 一応、勤務中だったのだろう制服姿で抹茶のような砂糖水を飲みかけて、怪訝な表情で悟空を見上げている。

 

「おめぇ、それ身体に悪いからやめろってクロノに注意されてなかったか?」

「えぇ、そうよ。 だから20個の砂糖を半分に抑えてるんじゃない」

「そっか、そりゃ安心だな」

「……どこかだよ」

「そんな量の糖分をとって、なぜその体型を維持できるのでしょうか……?」

 

 アルフと戦闘機人の女が大量に汗をかいている最中、リンディは男を見る。

 

「う、ぅぅ……」

「……あれ?」

 

 見た。 見てしまった。

 

 そうだ、彼女はいま、この研究者を見てしまったのだ。

 

「ねぇ、ちょっと悟空君」

「なんだ?」

「この人、だれ?」

「……? そういや誰だろうな」

「あなた、もしかして知らない誰かをとっちめて、それを私にしょっ引かせるつもりだったの……?」

「でもこいつ悪い事してたんだぞ」

「はぁ。 ……申し訳ございません、その、そちらで気を失っている方、氏名の方を教えてもらっても」

「あ、はぁ」

 

 そして聞いた。 この人物の名前を、彼女は自分から聞いてしまった。

 

「ジェイル・スカリエッティ」

「……はい?」

「通称、無限の欲望と呼ばれる――」

「待って待って! それ以上は聞きたくない!!」

「いえ、しかしドクターは……」

「もう! 悟空君!?」

「え、オラ?」

「貴方はいったいどれだけ面倒ごとを引き寄せれば気が済むの? 投網なの? 犯罪者に対するセイレーンなの? この犯罪者ホイホイ!!」

「なに言ってるんだよ? オラにも分かるように言ってくれよ……」

 

 表情が青ざめていくリンディさん。 しかしそんな彼女に胸ぐらを捕まれた悟空はただ困惑するしかない。

 仕方が無いだろう。 悟空はまさか、自身に絡んできた存在が、どれほどまで管理局の闇に携わっていたか分からないのだし。 まさかリンディがその案件を管理局から釘を刺されていただなんて、思いもしなかったのだから。

 

 しばらく、話し合うことにして。

 

「え? こいつは掴まえらんないのかよ」

「そうよ。 例え管理局で捉えたとしても、そのうちこっそりと上からの圧力で……ね」

「なんでだよ、こいつ悪い事してたんだぞ? そんなのティアナの奴が納得しねーぞ」

「ごめんなさい……その理不尽をどうにか覆したいのだけれど、まだ時間がかかるの」

「面倒だな」

「えぇ」

 

 いまだ気絶しているスカリエッティという男を睨むと、悟空はため息。 すこし、考えているのだろう。 リンディが不安そうに彼を見ると、すぐに、その顔が青ざめる。

 

「貴方、いまとんでもない事を考えてない?」

「……そっかなぁ、そんなことねーと思うけど」

「どうするつもり? その男を」

「へへっ、コッチの世界で懲らしめることが出来ねぇならよ? “あっち”で懲らしめてやりゃあいいんだ」

「へ?」

 

 

 

 このとき皆は想像すら出来なかっただろう。 このとき、孫悟空という男が、まさかあんなこの世の地獄を脳内で創り上げていただなんて。

 

 まさか、このあと……スカリエッティという男の運命が、大きく狂うことになるだなんて。

 

 

 

 

 ―――――――――地球 八神家

 

「あ、フライパンが……」

「おいおい、どうやったらフライパンの裏表がひっくり返るんだよ……」

「シャマル、なぜ貴様はまだ厨房に立っているんだ?」

「馬鹿なのか? シャマルは大馬鹿なのか?」

「もぉー! ヴィータちゃんもシグナムもリィンフォースも非道い!!」

 

 平和を謳歌している、この世界。

 闇の書の被害、それに伴う未来への危険も、遠い世界の神の手で消し去ってもらった彼女達に、もはや何ら不安も無かった。

 ソレもこれも、たった一人の青年との出会いがあったからこそ。

 

 ……そんな青年が、まさか騒動を持ってくるとも知らずに。

 

「――――…………よっ、シグナム、みんな」

「孫か!?」

「ゴクウ!!」

「悟空さん?」

「悟空……いままでどこに行っていたのですか!」

「へへっ、ちぃと寄り道してた」

『???』

 

 ニンマリと笑って見せた悟空に、皆が首をかしげた。

 そんな彼女達をそっと置いていくように、悟空はシャマルの成果を確認、ちょっとだけ目をそらすと、あさっての方向を向きながら、彼は作戦を開始する。

 

「なぁ、シャマル」

「はい?」

「料理作って欲しいんだ」

「……はい! 喜んで!!」

「…………おいおい、アイツ死んだぞ」

「シャマルのメシを喰う……アイツ死んだな」

「ほう、あのひっくり返ったフライパンを見てその発言……死んだな」

「え……?」

「ひどいですよみんな!!」

 

 皆が挑戦者の死を確信し、犯人が涙を流し、己が無実を訴える。

 その姿は、そう、なんでもない只の日常。 だがそれを送るモノ達が、自分自身、まさかこんな風に笑えるとは思っては居なくて。

 だから……

 

「ところで、孫悟空」

「どうした? 夜天」

「みつかったのですか?」

「……なにがだ?」

「貴方を、色々と困らせたという愚か者を……!」

「お、おう」

 

 しどろもどろ。 背筋を伸ばした孫悟空に詰め寄ったのは祝福の風だ。 彼女は長い髪をゆっくりと流すと、そっと目を細める。

 

「どこに居るのですか?」

「え、いや今アイツはさ」

「案内しなさい」

「い、いやぁ」

「なら記憶を探りましょう。 これなら十全です」

 

 ――――その目つきのおめぇに会わせて良い物か。

 

 孫悟空が10秒の長考に入るやいなや、なんとリインフォースは彼の額に自身の額を合わせてきた。

 不意を突かれた形ではあるが、それを意味することをよく分かっている悟空は「しょうがないなぁ」とぼやく。

 

「ほう……ふむ……ほほう?」

「孫、リィンフォースはなにをやっているのだ?」

「たぶんオラの記憶探ってんだろ? たぶん、アイツの居場所もバレただろうな」

「ふふっ、そこに居ましたか…………――――」

 

 出来れば穏便に……

 などという悟空の声を遮るようにリィンフォースが世界をまたぐ。 

 

「あーぁ」

「なんかアイツやばくなかったか? 瞳孔開いてたんだけど」

「えぇ、鬼気迫るって感じだったわね」

「死闘でもあるのか? どこだ、増援がいるか?」

「いや、たぶん戦いにはならねえ」

 

 文字通りの意味である。

 

 きっといま、向こうではとんでもない事が起っているに違いない。

 

 一回だけため息を吐き出すと、悟空はのこりの騎士達に手を伸ばす。

 

「ん?」

「どうしたんですか?」

「なんだ、孫?」

「……わりぃ、すこし付き合ってくれ」

 

 どこに? と、聞く前に孫悟空は彼等をそっとこの世界から連れ去っていく。

 

 まさか向かう先が、生と死の狭間の世界だとはつゆ知らず、先ほどまで平穏を満喫していた彼女達は、八神家から消失する。

 

 

「ただいまーー、ってみんなどこ行ったん?」

 

 帰ってきた夜天の主を置き去りにしながら、物語は別世界へと移ろいで行く。

 

 

 

 

 ――――――――とある世界。

 

 生と死の向こう側、永遠を刻むこの世界で、2人の神がいま、数十年ぶりの危機を迎えていた。

 

 二人の神、否、創造神と呼ばれるそれらは、文字通りこの世界を見守る創生の神。

 あらゆる生命体の父であり、宇宙において高次の存在である。

 

 ……そんな高次元生命体はいま。

 

 

 

「おげぇぇ許して、ゆるしてぇぇぇ!!!!」

「絶対に許さん、ここで未来永劫地獄を味わわせてやる」

「なんじゃあの小娘、目の色替えて只の一般人をいじめおって」

「あわわわ……リインフォースさん、かなりご立腹ですねえ。 うわっ、あれ、たしかあの方達の世界にある、ニホンという国に伝わる拷問刑“ヤキドゲザ”ですよ」

「地獄だってもう少しマシじゃぞ?」

 

 縛られたスカリエッティが、炎熱系の魔法で赤熱かした地面にドゲザの形で伏せられている。

 その背中で足を組みながら座り込むリインフォースは、いま大地に向かって追加の魔法を唱えている最中である。

 

「ここならいくら暴れても壊れることはない。 悟空、なかなかいいセンスをしている」

「まてまて! そんな少し前に聞いたような台詞を吐くんじゃない!!」

「そうですよリインフォースさん。 そもそもこの人、悟空さんがどうにかしようとして連れてきたんですよ?」

「えぇ、だからこうやってどうにかしてるんじゃ無いんですか」

「コロシテ……コロシテ……! ドウニカナッチャウッ!!」

「……いやぁ、そっちのどうにかなる意味じゃないと思うのですが」

 

 全身を痙攣させながら、絶叫するスカリエッティという男。

 なにをされているのか、まったく理解出来ない神二人を置いといて、彼女の折檻は続く。

 

「――――…………っと、追付いた」

「あ、悟空さん」

「オッス! 界王神さま、久しぶり」

「えぇ、つい先ほどぶりですが」

「おい悟空! おぬしなんてめんどくさい者をよこしたんじゃ! おかげでこの界王神界が地獄にすげ変わってしまったわい!!」

「へへっ、わりぃわりぃ」

 

 主役、登場である。

 彼の背後にいる騎士達が目に映ると、界王神は軽く会釈。 つられて頭を下げる彼女達は、ゆっくりとこの世界を見渡していく。

 

「きれい……」

「ここは、確か。 前に孫が言っていた界王神界というあの世の向こうにある聖域か」

「――って、アタシら死んじゃったのかよ!?」

「あぁ、いえ。 あくまでも現世とあの世を取り囲む聖域ですので、生死に関係なく立ち入ることは可能ですよヴィータさん」

「……そ、そっか」

「今回みなさんは、悟空さんの瞬間移動でここまで来られただけですので。 そもそも、死んだものはなんであれ、まずは最初に閻魔大王の下へ行くのが取り決めですから。 ここに来ることはありません」

「へ、へぇ」

 

 死後の世界という物の実在を見せつけられてしまったヴィータに、界王神がにこやかに説明。 少しだけ落ち着きを取り戻した彼女は、改めてこの世界を見る。

 

 ……あぁ、なんて静かな世界なのだろう。

 

 戦乱の世に生まれ、これほどまでの静寂を知らなかった彼女達は、ここの風景に圧倒される。

 

 

 

 その後ろで地獄の光景が広がっていることを忘れるかのように。

 

 

「ひぃぃ、ぐひぃぃぃ!!」

「だれだあのオッサン」

「なんだか悪そうな目つきね」

「いや、待てお前達。 その上に足を組んで座ってる奴の方がよっぽど悪人面だろう」

「オラもそう思う」

「ワシもじゃ」

「私も」

「どうした!? この程度じゃない! 彼等の痛みを思い知れ!!」

 

 やけに白熱しているリインフォースをそのままに、一同を招き入れた界王神は虚空からテーブルと椅子、さらにティーセットを取り出す。

 すこし、オハナシをしましょうという事なのだろうが、その前に一度やらなければならないことがある。

 

「なぁ、夜天」

「どうしました?」

「そろそろ離してやれよ」

「ですが、この男がすべての元凶たる――」

「そこんところ、おめぇが詳しいのはわかったからさ、ちぃと説明してくれよ」

「お、おぉぉ……さすが孫悟空、善良そのもの……!」

「貴様ハソコデ這イツクバッテ居ロ」

「お、重い!! ひぃぃ、ひぃぃぃぃ」

「おいおい……」

 

 スカリエッティの周囲2メートルの重力を制御。 おおよそ3Gにまで上げられたそこに、悲鳴だけ上げた科学者。

 段々と敵が敵に見えなくなってきた悟空を余所に、リインフォースはゆっくりと席に着く。

 

「さて、どこから話した物か」

「夜天がアイツをあんな風にする理由ってなんだ?」

「ソレは言うまでも無いでしょう。 アレが、様々な人間を不幸に陥れた元凶だからです」

「え?」

「まず、ターレスが貴方の前に現れたのはアレが原因です」

『!!?』

 

 あの、黒いサイヤ人を思い浮かべたすべての存在が驚愕する。

 ターレス。 孫悟空や界王神すら知り得ない流浪のサイヤ人。 悟空となのは、そしてフェイト達の運命を変えた存在だと言ってもいいだろう。

 それが、何故。 皆がリインフォースに詰め寄ると、奴が声高らかに嗤う。

 

「あ、アレこそ私が見つけた至高の肉体。 原始的でありながら、その遺伝情報のほとんどが解析不明の、まさに正真正銘の化け物!! ふはは! なんだ、月を見ると怪物になる特製は! まるで意味が分からなかったぞ!!」

「だまれ、下郎」

「うげぇぇ!!」

「自らの知的好奇心を満たすためだけに、流れ着いたターレスを研究、そして解明したところまでは良かったのですが……」

「や、奴は……よりにもよって脱走したのさぁ!! この私の研究所を破壊し尽くしてなぁ!!」

「Gを4に繰り上げ」

「いぎゃあああああッ!!」

「しかもアレは……プロジェクトFATEという研究にも携わっていた」

「ふぇいと? ……いや、まてよソレってまさか!」

「ふははは!! プレシア・テスタロッサは実に素質ある研究者でね、少しだけ歯がゆいところがあったから後押ししてやったのさ! 無ければ、創れば良いってねぇ!!」

「5G」

「げぇぇぇぇぇッ!!」

「……アイツ、もう喋んない方が良いんじゃねぇか?」

 

 まさに悪魔の所行。

 ジェイルの悪行の数々を、淡々と並べていくリインフォースに、皆が表情を硬くする。

 

 そうだ、コイツさえいなければこんな悲劇が生まれることも無かったのだ。

 

「コイツさえ……」

「…………いや」

 

 だけど……

 

「でもさ、コイツ居なかったら、プレシアがフェイトを創らなかった訳だろ?」

「……えぇ、まぁ」

 

 悟空の言葉に、少しだけ目を伏せるリインフォース。 むくれた顔をにこやかに笑い飛ばし、悟空はただ、思ったことを、思った通りに彼女達へ聞かせていく。

 

「ターレスが居なくちゃ、オラ、こうはならなかったし」

「ソレは結果論です! いずれ、元には戻れたはず」

「かもな。 でも、その前にクウラに見つかってダメだったろうさ」

「しかし――」

「いや、オラはなにもコイツは悪くないって言うつもりは無いんだぞ? たださ、少しやり過ぎだって思う」

「悟空……」

 

 そこまで言われて、彼女は少しだけジェイルを見る。

 

「う゛ぇぇぇ…………」

「仕方、ありません」

「――――ぐはっ!……か、身体が軽く……?」

「私は許したわけではありません。 ただ、被害者がもう良いと言ったから……だから、後は孫悟空に審判を委ねます」

 

 言うなり視線をそらし、界王神からティーカップを受け取る。 一気に飲み干し、音を立てながら置くと、彼女はそのままなにも言わなくなってしまう。

 本当に後を悟空に任せる気なのだろう。

 

 すべてを狂わせた存在に、何という裁量。 何という温い判決。

 彼女の優しさに、思わず口角が上がってしまったジュエルは、しかし、知らなかったのである。

 

「よっし、えっと?」

「……ジェイルだ、ジェイル・スカリエッティ」

「よぉし、ジェイル! 疲れてハラ減ったろ? メシにすっか!!」

「ほう、キミはあのターレスと違って、捕虜の扱い方を心得ていると見える。 いいだろう、君の提案に乗るとしよう」

「あぁ、わかった」

 

 そう、知らなかったのである。

 

 彼がまだ、ジェイルに対して何ら“罰”を与えていないという事実を。

 

 

 

 

 

「そんじゃ…………………………シャマル、おめぇの出番だ!!!!」

「はいっ!!!!」

 

 

 ……そこに居る、ほとんどの人物の顔が青くなる。

 

 悟空の一声で始まるまさかのミラクルクッキング。 すべてを知る界王神ですら、この言葉の意味を理解出来ず、彼女に言われるがまま材料と、台所を用意していく。

 

後にヴィータは語る。

その様は、まるでギロチンの手入れをしている執行人のようであったと。

 

 

 普通に材料を切り。

 只単純な火力で焼き。

 調味料を奇跡的な配合で投入し。

 マーブル模様を浮かべた鍋をグツグツと煮立てていく。

 

 その光景に界王神は世界の裏側に引きこもり、騎士達は甲冑、つまりバリアジャケット展開して防御に徹する。

 

 そのすべてを見て、先ほどまで不機嫌そうにしていたリインフォースも、ついに納得した。

 

 

 

――――――なんだ、本当の悪魔は貴方だったのですね。 ……と。

 

 

 すべての準備が終わり、鼻歌という名のデスマーチをバックに執行体勢にはいったシャマル。 器に紫色のナニカを盛ると、そっと、ジェイルに告げる。

 

「会心の出来です、どうぞ!」

「…………え、え? これ、孫悟空……これ? ねえ、これなに?」

「なにって、メシだぞ」

「滅死?」 

 

 用心しながら、器に鼻を近づける。

 もしも、口にこの紫色のナニカが接触してしまえばどうなるか分からない。

 故に男は慎重に慎重を重ねた。

 鼻に来る刺激臭はない。

 と言うか、嗅覚を刺激する存在がない。

 ていうか下手すると無味無臭。

 すなわち完璧な暗殺道具である。

 

 無慈悲にも用意された大きめのスプーンは、ひとすくいで大さじ1杯程度の分量を彼の口に放り投げることが出来る。

 そんなこと計算するまでも無く理解したスカリエッティは、ついにここで悟る。

 

「あぁ、なんだ……結局、死ぬのか」

「えぇ、そんな……死ぬほど美味しそうだなんて」

「おい孫悟空、君のところのシェフはどうにも頭がおかしいらしい。 頼むから今すぐにでも換えてくれ、何でもする、謝る、プレシアに折檻されてもいい。 だがこれだけはダメなんだ!!」

「…………ダメだな。 アイツが納得しねえ」

「無理だ、やめろ! そんな化学兵器を私の口に近づけるな…………あ、あぁ…………」

 

 口の中に放り込まれた、自称料理が、スカリエッティの脳髄を焼き尽くす。

 美味しくない、不味くない。 だってそれ以前の問題なんだから。

 

 これはもう、料理なんかじゃない。

 

「す、すすすすスープのくせして噛める…………かかかかか噛めば噛むほど臭みが広がり、う゛!? 何だ……呑み込んだ途端に胃袋が焼けるようにひぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?!?」

 

 のたうち回る、這いずり回る。

 地獄から逃れようと必死になるも、それはすべて徒労に終わる。 だってその地獄、貴方のお腹の中にあるのだから。

 

 まさに生き地獄。

 なんだ、地獄なんて死ななくてもイケル物なんだと証明完了したスカリエッティの姿はもはやブレイクダンスのようでいて鮮烈。 苦しみもがく姿とは到底思えない動きは、身体が引きつけと拒絶反応とを多発しているからだろう。

 その光景、その状態、皆が耳を塞ぎ目を覆う中で、一人、ぼそりと呟く剣士が居た。

 

「……すごく、わかる」

 

 そんな誰かが呟いた言葉を、スカリエッティの耳に最後まで届くことは無かった……

 

 そのあと、管理局に救急搬送された彼は、こっそりと隔離施設へと移されてしばらく幽閉生活らしい。

 なんでも、病院食を毎日涙ながらにうまそうに食し、感謝の言葉も忘れない好青年へと変わり果てたとか。

 

 

 

 それをリンディから聞かされた悟空は、ちょっとだけ黙り込み、空を見上げる。

 

「……ま、いっか」

 

 そんな一言を漏らすとリンディに盛大に怒られたのは、今は良い思い出だ。

 あれからそれなりの時間が過ぎて、世界は今日も平和。 たまに小さな事件が世間を賑わせるが、ソレはすべて管理局の新鋭が次々に解決していく。

 自身が出るまでもない、平和になった世界で一人、荒野で佇む彼はゆっくりと修行に打ち込もうと座禅を組み――――――

 

 

 

 

「見つけた……やっと!!!!」

「ん?」

「悟空さー―――ん!!!!」

「うぉっ!!? な、なんだ!?」

 

 背中に加わる突然の衝撃に、彼は盛大にすっころぶのでした。

 だれだ? 

 なのはでもフェイトでも、ましてやはやてでもない存在は彼の探知が既に確認している。 でも、心当たりはあった。 あった、のだが……

 

「おめぇ、あれ? まさか――――」

「うん! わたしです!!」

 

 その娘は、あまりにも印象が違いすぎて。 だから、そっと、確認の意味を込めて悟空は呟いたのであった。

 

「おめぇ――――――――」

「お久しぶりです!!」

「え、……ええッ!!?」

 

 驚愕する悟空に、満面の笑顔を向ける少女。 どうやらまだ、彼には波乱が押し寄せてくるようだ…………

 




悟空「オッス! オラ悟空」

ジェイル「米粒一つ一つが、こんなにも美しいなんて」

悟空「なんだかあいつ、変な方向に行ってないか? マズったかなぁ」

リインフォース「なに、死ななければ安い物だろう」

悟空「まぁ、そりゃそうだけどさ」

リインフォース「ところで貴方、最近は随分と変わった修行をしているのですね」

悟空「へへっ、まぁな。 あんまし気を使いすぎるとややこしいことになっちまうかんな」

リインフォース「え? それはどういう……」

悟空「っと、もう時間だな。 次回! 魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第85話」

はやて「サイヤ人の就職活動」

悟空「え?」

なのは「え?」

フェイト「……え?」

はやて「これ、ちょっと無理あらへん?」

リインフォース「農家、もしくはトレジャーハンター……とか」

悟空「オラどうなっちまうんだろうなぁ。 ま、どうにかなっか! んじゃまたな!」

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