魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第85話 サイヤ人の就職活動

 

 

 

「悟空さん!!」

「お、おめぇ……!」

 

 修行中の悟空に突然の来訪者。

 背中に突撃をかましたその娘だが、悟空は即座に脚を踏ん張り両腕を振り回す。

 

「おりゃあ!!」

「ぎゃん!?」

 

 此方へと吹き飛んでいった少女。 地面に軟着陸を行うと、そのままぴくりとも動かなくなる。

 さっきの元気はどこへ行った……?

 流石の悟空も不信に思うこと10秒、ソロリソロリと様子をうかがうと、彼女が急に立ち上がる。

 

「痛たた……急に投げ飛ばさないでください」

「え、あぁすまねえ。 けどおめぇ、修行中にいきなり体当たりかまして来るんだ、そりゃ投げるさ」

 

 ここでようやく彼女と悟空の視線が交わる。

 背丈は悟空の腹ぐらい、まだまだ幼さを感じさせる言動の割には、その容姿はどこか涼しげな色を見せる、少し、不思議なバランスな女の子。

 そう悟空には見えたのだ。

 

 だって、彼女に対する印象は、あまりにも痛ましい物だったのだから。

 

 

「久しぶりだな、えっと……ティアナか?」

「はい、久しぶりです!」

「いやぁ、なんだおめぇ、少し見ない間に随分と背ぇ伸びたじゃねえか。 見違えたぞ」

「少しって、もう5年は経ってるんですよ?」

「……そっか、そう言われてみればそうなんか? へへっ、オラ修行にばっかり集中しすぎてたからなぁ」

 

 闇の書事件からここ数年、孫悟空が動く事件もなかったのも、彼が歳月を忘れる要因でもあるのだが。

 さて、再会を喜ぶティアナだが、その後ろから息を切らせて駆けつける男が一人。

 

「おーい! いきなり走り出すなよティアー!!」

「ん? ……あ! ティーダじゃねぇか! おめえ、生き返ったんだったよな!」

「悟空! …………さん。 久しぶりです」

「ん? なんだよ改まっちまって、らしくねえぞ」

「いや、だってよ――」

「まぁ、いっか」

「……こういう軽いところ、やはり“あの”悟空なのか」

「ん?」

 

 すこしだけ緊張気味のティーダ。 妹のティアナとはまるで数年前と立場が入れ替わったかのような好対照は、悟空に少しだけ違和感を持たせる。

 それも、仕方が無いのだろう。

 なにせ彼等が会わなかった5年という年月は、自分たちが置かれていた状況を理解するのには十分な時間だったのだから。

 

 想像も出来ないだろう。 只メシをたかりに来た腕白坊主が、まさか世界を救った大英雄の仮の姿だったなんて。

 そして、そんな少年がまさか命を賭して兄妹の絆を守っただなんて。

 

 あの、腕白坊主がこのような戦士に成長するだなんて。

 

「……っ」

 

 悟空の全体像を改めて見て、息を呑む。

 いままでに見たこともない迫力を、視力以外の感覚で受けたティーダはそっと拳を作る。

 

「どうした? そんな固まっちまって」

「お兄ちゃん?」

「いや、なんでもない。 なんでもないんだ」

「……ふーん、そっか」

 

 悟空の視線はどこか嬉しそうで、それがただただわからないティアナは、男達だけの視線の応酬を見やることしか出来なかった。

 

 思わぬ客人に、悟空はここから移動することを提案する。

 兄弟が怪訝そうな顔をするなか、悟空は腹をさすると後頭部を掻く。

 場所は喫茶店。 彼にしては気の利いた案内だ、腹から小さな音さえ出さなければ、だが。

 

「って、ここはどこなんだ悟空…………さん」

「ん? どこって、喫茶店だろ?」

「へぇ、悟空さんってこんなおしゃれなところ知ってるんですね」

「あぁ、俺もびっくりしてる。 コイツの場合は、中華料理屋で大食いコースを周回しているイメージだからな」

 

 ――最後は出禁になるまでがセットで。

 

 瞬間移動で異界に連れてこられた兄妹は、周りを見渡す。

 ごくありふれたビル群が遠くに見える、少し静かな商店街の一角。 海が近くにあるのだろうか、透き通った風が通り抜けると、ティアナの髪をくすぐる。

 

「良いところですね、悟空さん」

「まぁな、結構、静かなとこだろ? んじゃ、入るか」

「あ、あぁ」

 

 すこし怪訝そうなティーダ。 猫背気味に開けた店の扉、涼やかなベルが鳴ると、中から店員が軽やかに迎え入れ、3つ、声が高らかに上がる。

 

「悟空!?」

「悟空君!!」

「え、師匠!!?」

「……ん?」

 

 その中で一人、不思議そうな声を上げたのは誰だったのかは言うまい。

 

「ご、悟空君、本当に君なのかい……!」

「オッス! 久しぶりだなシロウ、キョウヤ」

 

 片手上げてのいつもの挨拶。 それを受けたのは他でもない、高町の面々である。 あれから、そう、あのクウラの自爆からおおよそ6年が経つ、彼等の驚愕も仕方が無いだろう。

 しかし、だ。 そんな彼等の声をかき分けて、悟空には一つ気になる事ができあがる。

 

「ん? ティーダ、おめぇ今……」

師匠(センセイ)ッ! こ、こんなところで出会うなんて、き、奇遇ですね……!」

「ティーダ君かい? え、キミがどうしてここに?」

 

 次元世界は広いと言うが、世間様はこんなにも狭い。

 まさかの顔見知り発言に、ティアナは困り顔、流石の悟空も彼等を見比べるように視線を飛ばすしかできなかった。

 

 

 

「いや、何だ、おまえの関係者の銀髪美人さんに拉……あぁ、紹介されてな。 高町さんとこの道場で3年程お世話になってたんだ」

「へぇー! オラが修行してる間にそんなことがなぁ」

「色々あったんだよ、いろいろ」

「はは、父さんそれは端折りすぎだよ」

 

 数分間だけの昔話。 たったの5年だ、しかも掻い摘まんでの話などすぐさま終わってしまうだろう。 

 それこそ、誰かさんのように全宇宙と神々を巻き込んだ壮大なアドベンチャーでも無い限りは。

 何でも無いと微笑ましく流す士郎に対し、ティーダが静かに息を呑み込む。

 

「でも、まさかティーダがシロウに弟子入りしてたとはなぁ。 おめぇ、剣なんて使えたのか?」

「いや、あくまで基本的な身体の動かし方と、悟空みたいな力の使い方をな」

「……へぇ」

「おいおい、そんな目をするな。 まだお前には足下にも及ばないんだ、手合わせだなんて無茶はよしてくれ。 また死にたくないからな」

「…………お、オラそんなこと思ってねえぞ」

「なんてわかりやすい」

「でもまさかセンセイが悟空の関係者、しかも一番最初に接触していた人だったなんて」

「……僕はもしやとは思ってたんだ、なんとなくだけど」

「え、そうなんですか?!」

「一目見たときから、なんというか背後に大きな気配を感じてね。 残り香というか、存在感というか。 道場で預かってから1ヶ月、リインフォースさんから事情を説明されてなるほどなと納得したわけなんだ」

「あいつ、ウラでそんなことしてたんか」

 

 おそらく“知りすぎた”故の対処であろう事は、悟空にすらなんとなく判断できた。

 だが、しかしだ。 ソレにしては回りくどいことをする。 そうなら言ってくれれば良いのにと、悟空は少しだけ肩を落とす。

 

「いや、お前に師事すんのは命がいくつあっても足りないからな」

「え?」

「師匠のお嬢さんとそのトモダチを弟子にしてるって話、聞いたぞ」

「あぁ、ユーノたちのことか」

「そう! そのユーノって子あれだろ? …………不注意で命を落としかけたんだろ」

「…………そういやそんなことあったな」

 

 山が爆散するほどの失敗、それがハイタッチのさじ加減を間違えたのが理由だなんて、いまのティーダには言えないだろう。 珍しく苦笑いな悟空に、首をかしげるティーダへ、シロウはそっと珈琲を煎れはじめる。

 

「ところでティーダ君に悟空君は、今日はどうしたんだい?」

「いやぁ、なんだか急にモモコのメシが食いたくなってさぁ。 んで、ついでにこいつら連れてきたんだ」

「はは、出来ることならもっと早くその気になって欲しかったけどね」

「そうか? そっか」

 

 ゆっくりと椅子を揺らしはじめる悟空に、桃子が冷蔵庫の中身を確認しはじめる。 さぁて、今日はどうやって彼を唸らせてやろうか。 料理人の血が騒ぎ、食材達を台所に並べていくのであった。

 

 

 すこし、して。

 

「おんぐ……んぐんぐ――おぼぼりー!!」

「いやぁ、相変わらずの食いっぷり」

「け、結構なお点前(?)で」

「どうしたティアナ? そんな天地がひっくり返った顔して」

「だ、だって明らかに学校給食、それも全校規模の量が人間の胃袋に消えていったから……」

「あぁ、そうか。 お前は見たことなかったんだっけ? いや、小さかったから覚えてないだけか」

「すごい……ね」

 

 もはや戦争もかくやという悟空の食事光景に唯々圧倒されるティアナ。 こんなもんではないと脅してくる兄にジト目を送りつつ、彼女はそっと身を乗り出した。

 

「あの、悟空さん」

「んぼぼ? …………んぐんぐ、なんだ?」

「おぉ、あの悟空君が相手の話に合わせて咀嚼を止めた」

「成長したのね、悟空君」

「あいつ、日々成長してるって訳か」

「…………あの、話の腰を折らないでもらえますか?」

『ははっ』

「もう……」

 

 からかってばかりの大人達に振り回され、少女は盛大に頭を抱える。

 

 さて、ティアナが悪い大人達を手で追い払い、悟空に向かって視線を固定する。 鋭く、強い眼差しに一瞬だけど昔を思い出した悟空は手に持ったどんぶりを机に置いた。

 

「実は、折り入って相談がありまして」

「おう、いいぞ?」

「あの、その……夢が、在るんです」

「……おう」

「いまここに、こうやって笑っていられるのは、お兄ちゃんや皆のおかげ。 そして、悟空さんのおかげだと思ってます」

「そんなことねぇぞ。 オラはどっちかって言うと巻き込んだ方だし」

「ソレは兄から聞き出しました。 それと、悟空さんがいままでどんな苦境を乗り越えたかもです」

「え、そうなんか? けどオラそんなたいしたことしてねえぞ」

「……どこがですか」

 

 どこまで話したのか、彼女を見れば一目瞭然であろうか。 ドンっと机を叩くと、ティアナは盛大に身を乗り出す。

 

「ジュエルシード事件!!」

「え?」

「闇の書事件!」

「お、おう」

「お兄ちゃんの件!!」

「あ、あぁ」

「しかもそれ以外にもなんか訳わかんない規模で活躍してるって!!」

「そう言われるとそうだな」

「悟空さん自覚なさ過ぎです!!」

「あ、おう」

 

 気圧され気味に頷くが、彼にはあまりピンと来ていない。 そもそも彼の場合事件を解決したと言うよりも――

 

「あいつら強かったなぁ」

「……え?」

「オラ全然修行が追付いてなくってさ、いっつもギリギリだったかんなぁ」

「え? え?」

「あきらめろティアナ。 こいつはな、こういう奴なんだ」

「そうそう、使命感とかで悟空君は動かないからね」

「すこし、世間が思うヒーロー像からは乖離しているというか」

「悟空が世界を救ったときは、大体強い対戦相手が悪い奴だったってだけの、逆転現象が発生しているんだ」

「……どういうことなの」

 

 義憤もあっただろうが、大体が好奇心と武道家の悪癖で駆け抜けていった人生だ。

 

 世界の王に戦うなと言われて二つ返事、そこから修行をし始めるという頭痛物な事件を引き起こすのがサイヤ人だ。 ある意味ではあのジェイル・スカリエッティよりも強欲なのかもしれない。

 

「ふぅ、よく食ったぁ」

「これ、何人前なんですか?」

「ざっと高町家一週間分かしら?」

「うーん、単位おかしいんですけど」

 

 ティアナがうなだれている最中、桃子は何事もなかったかのように食器洗いを開始。 おおよそ喫茶店に置く物ではない大きさの器と格闘を開始すると、同時、悟空があさっての方向に振り向く。

 

「悟空さん?」

「ん?」

「いきなりどうしたんですか?」

「……懐かしい奴が来たと思ってな」

『??』

 

 皆が悟空につられて振り向くと、見えたのは店の入り口。 少しして、その扉がゆっくりと開かれると見知った顔が現れる。

 

「こんにちは」

「お邪魔します」

「あ、いらっしゃい二人とも」

 

 人数は二人。 藍色の腰まで届く緩やかなロングヘアーと、ブロンドのショートヘアー。 歳にして中学生くらいの彼女達は、見知った顔で入店する。 どうやら、常連のようだ。 手が空いていた士郎がコップに水を注いでいると、窓際に座りメニューを開き談笑に入る。

 

「今日もなのはちゃん達早退しちゃったね」

「んもう、数少ない学校生活くらい静かにしてれば良いのに」

「そうだよね、なのはちゃん達って進学はしないって言う話だったし」

 

 内容は、少しだけ日常から離れた物だった。 けど、その姿は紛れもなくどこにでも居る女子学生。 彼女達を見て、なんとなく微笑んで見えた戦士が一人居たのを、ティーダは見逃さなかった。

 

「…………そうだ」

「ん?」

「あの顔……」

 

 ちょっとだけ邪悪に染まった師匠の顔を、ティーダは決して見逃さなかった。

 

「……悟空君、少しだけ奥に」

「なんだ? オラ別にトイレは――」

「いいからいいから」

 

 手招きした士郎に連れられて店から消えた悟空。 そんな男二人に首をかしげたティアナは首をかしげ、桃子は困り顔。

 

「まったく」

 

 呟きながらも、彼女の顔もやはり、少しだけ邪悪に染まっていたりもした。

 無理もない。 だってこれから起ることは、自身も少なからず体験したことがあるのだから。

 

「すみません士郎さん、注文いいですか?」

「あぁ、ごめんね今行くよ」

「えっと、お冷や持ってきたぞー」

「ありがとうございます……」

「……うーん、アイスコーヒーとサンドイッチ一つ」

「あ、わたしもアイスコーヒーでお願いしま…………」

「ん? どうしたおめぇたち?」

『………………ぇ』

 

 少女達が顔を見合わせ、瞬きすること3回。 えせ店員、孫悟空に視線が向かうと、手に持ったコップがテーブルに落ちる。

 

「ほわああああああああああああああッッ!?!?」

「なんで居るの? 何で居るの!!!?」

「へっへっへ、大成功だなシロウ」

「……我ながら大人げなかったな、ごめんね二人とも」

「まったくあなたったら」

「大人達がイジワルだ」

「師匠……あんたって人は」

 

 清らかな心で激しい動揺をもって髪を逆立てる少女二人。 彼女達が盛大にのけぞる最中、悟空は後頭部を掻きながら久方ぶりの少女達に片手を上げた。

 

「おっす! 元気そうだなすずか、アリサ」

「ご、悟空さん……!」

「なによアンタ、いつ帰ってきたのよ! なのはには会ったのよね!?」

「いやぁ、ついさっき帰ってきたんだ、まだあいつらには顔出してねえ」

「……はぁ、そんなんだから問題ばかり起きるのよ」

「みんな口には出さないけど心配してたんですよ?」

「へへ、わりぃわりぃ。 でも、見ての通りどうってことなかったかんな、ほれ? アタマに輪が付いてないだろ?」

『……そりゃそうでしょうよ』

 

 アタマニワ? ティアナが兄を見上げると、どことなく覚えがあるのだろう、そっと表情を隠してノーコメントの構えである。 この喫茶店、いささか死亡経験者がうようよしているのが恐ろしいところである。

 

「今すぐ会いにいってきなさいよ! ……きっと喜ぶんだから」

「今か? でもさぁ」

「どうかしたんですか? なにか、不都合が」

「まぁな。 いまあいつらアレだろ? どっかで戦闘中だと思うんだ。 気が不規則に揺れ動いてやがる」

『え!?』

「……ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「管理局に入る人って、みんな悟空さんみたいなことが出来ないといけないの?」

「冗談はよせって、あんな次元世界の壁を突破した技量が採用条件なら、今頃管理局は甚大な人手不足だろうよ」

「……よかった」

「俺もそう思う」

 

 まぁ、似たようなことが出来るのがちらほら居るかもだが。 あえて呑み込んだ最後の一言をティアナが思い知るにはもう少し時間がかかるのであった。

 

 

 

 

「へぇ、ティアナちゃんって言うんだ、よろしくね」

「見ない顔ね、もしかしてまた悟空関係?」

「半分あたりだな。 こいつはどっちかって言うと、リンディ関係ってとこだな」

「あぁ、管理局の」

「じゃあなのはちゃん関係だ」

「なのは?」

 

 すずかの言葉に悟空は首をかしげる。 なぜ、管理局方面の話でなのはの事が上がるのか、不思議でならないといった表情に、士郎が告げた。

 

「そうだった、なのははね、いま管理局で働いているんだよ」

「……え? でもアイツまだガクセイだろ? それって確かまだ働かねえんだろ?」

「でもクロノ君は働いていただろう?」

「そういやそうだな」

「正確にはリンディさんの預かりで、就職内定という扱いだけどね。 いまは彼女に連れられて仕事の手伝いなんかをしているんだ」

「へぇ、あいつらがなぁ」

 

 だから今、彼女たちは厄介ごとを解決している最中なのだと、士郎から明かされる。

 だったら……すずかが悟空を見上げると、彼は背もたれに寄りかかる。

 

「あいつらなら、大丈夫だろ」

「え?」

「5年前にあいつらのことウンと鍛えてやったかんな、ちょっとやそっとの事じゃあ、あいつら負けねえさ」

「……そうですね」

 

 あくまでも彼女達の手助けをしない姿勢とその理由、すべてを聞いて、納得したのだろう、すずかは視線を戻し、出されたサンドイッチを一つ口に運ぶ。

 

「そう言えばティアナ、おめぇなんか話があるって言っただろ? なんなんだ?」

「あ、そう言えば」

「おいおい」

「いや、その、実はわたし……」

「ん?」

「わたし、管理局に入りたくて!」

「お?」

「それで、その……将来の先輩というか、上司になるであろう悟空さんにアドバイスとかもらえたらなって思いまして……」

「そうなんだよ悟空。 俺もさ、色々考えたんだが、やっぱり戦闘と言ったらお前か“あのヒト”がダントツだろ? だから、出来るだけでいいからなにか教えてもらえないだろうか」

「んーー」

『…………?』

 

 ランスター兄妹の真摯な願いに、しかし周囲は疑問符だらけだ。 特に今ティアナが言った単語に、皆が頭を抱えている。

 

「なぁ、ティーダ」

「なんだ? やっぱり難しいか?」

「いや、ティアナに闘い方教えるのは、オラも賛成だぞ。 そいつ、見た目よりもウンとガッツあるし、見所があるもんな」

「そ、そんな……ありがとうございます」

「なんだけどよ? ジョウシってのはどういうことだ?」

「え? いや、お前がいる管理局にだな」

「…………ジョウシってなんだ?」

「おいおい……!」

 

 この男は今冗談を言っていないと言うことは、その黒曜石のような瞳を見てすぐに判断できた。 出来たのだが、まさかこんなにも知識に疎いとは……

 

「いや、まて」

「なんだ?」

「おい悟空、おまえ所属はどこだ?」

「え? この間作った恐竜の肉は残してないんだよなぁ……」

「…………保存食じゃなくてだな、お前が居る、所属部隊の事なんだが」

「ん?」

「おい、まさかおまえ――」

 

 まさかの事態に、一瞬だけティアナのほうを見たティーダは、すぐさま悟空に耳打ちする。 この男、いや、まさかこんな強大な力を持つ存在が――――

 

「……お前、まさか管理局で働いていなかったのか……?」

「なんでだ?」

「なんでだって……いや、まぁ確かに冷静に考えれば別世界のお前がウチで働いているのも変な話だよな。 やっちまったな、管理局の要職の方々と対等に渡り歩いていたから俺はてっきり……」

「オラ、強いて言うならアレだな……なんて言ったっけか」

「無職か」

「おう、それだ」

 

 流石に職業は英雄だなんて言う人間でもないし、そういうイメージでもないのはティーダにだって分かっていたはずなのに。 まったく、イメージが先行してしまうのは恐ろしい物だろう。

 無職住所異世界の武道家さまは、ティアナの誤解を解くべく立ち上がる。

 

 だけど、なんて言えば良いのだろう。

 すこし、言葉を選ぶ。 彼には珍しい仕草だ。

 

「オラ、実は――」

「大丈夫です、わたしどんなに辛くても頑張ります!」

「いや、管理局には――」

「悟空さんに師事したからと言って、管理局に入れる訳じゃない。 そんなのは当然です! 結果は、自分の手で掴み取らないと!!」

「お、おう。 そうだな」

「はい! だから、こんなわたしですけど、よろしくお願いします!!」

「…………どうすっかなぁ」

 

 現在、ティアナ・ランスターは11才程度。 修行を施してもいい年齢なのは、彼の息子が荒野に放り出された事を思えば十分だろう。 だが、しかし。

 

「いつか、いつか悟空さんの下で働けるように、ガンバリます!!」

「え? いや、オラ……」

「今日はごちそうさまでした! お兄ちゃん、そろそろ帰らないと引っ越しの手続きが」

「あ、あぁそうだな。 …………すまん悟空、後で俺からやんわりと説明しとく」

「出来そうか? アイツ、目から炎出してんだけど……」

「やれるだけ、やってみる」

「頼んだ」

 

 早めの処置が、後の被害を軽減させることは、遠い昔に味わっている悟空。 伊達に武舞台の上で結婚宣言したわけでもないのだ。 ……ただまぁ、それでも避けれない事故はあるわけで。

 

「どうしたんですか? 悟空さん」

「え? いや、なんでもねえぞ」

「……いま悟空君、すずかちゃんの事見てなかったか?」

「たぶん色々思い出すことがあったんだろうな、色々」

「…………頼むからあのときの二の舞は勘弁だぞ?」

「でぇじょうぶだって。 だからそんな顔すんなよシロウ、キョウヤ」

『……不安だ』

 

 …………そこですずかのことを思い出せる時点で、彼の成長は著しいものだと、あえて記しておくべきだろう。

 

 

 さて、兄妹が喫茶店から出てしばらく経つ。 どこでもないどこか、虚空の向こうを見ているような悟空の視線に、そろそろ心配になってきた親子は、そっと彼に声をかけようとした。 ……――――――しようと、したのだ。

 

「……あいつ、消えやがった」

「悟空君の瞬間移動だ。 ……この期に及んでどこに行こうというのか」

「案外、あの女の子の期待に応えようとしたりして」

『??』

 

 男二人の疑問を穿つような桃子の発言。 本人にそのような意思はなかったが、まさかその発言が、現実の物になろうとは誰も思いもしなかったのだ。

 

 

 

「…………で、久しぶりに顔を出してみれば、なに言っているのかしら貴方は」

「はは、まぁそんな睨むなよプレシア」

 

 孫悟空が瞬間移動で待避した先、ソレはよりにもよって管理局の虎の孔、テスタロッサのご実家である。 そこで5年ぶりの対面となる魔女に、なんとか知恵を貸してもらえないかと来た次第である。

 

「別にいいじゃない、無職でも」

「オラもそう思う」

「……解決って事でいいかしら?」

「あ、いや、それじゃ不味いんだよ」

 

 若干青筋を立てているのは魔女のほう。

 彼女はいまご機嫌斜め45度だ。 別に、悟空が何かしでかしたわけではない。 そう、只単純にタイミングが悪いってだけの話だ。

 

「まったく、あのスカリエッティを一発ぶん殴ってやろうとしたらリンディさんは止めるし、研究はうまくいかないし、久しぶりに顔を見た人間は無理難題をふっかけてくるし、どうなっているのかしら?」

「いやぁ、そこはオラほとんど関係ねえだろ」

「そうかしら? じゃああの善人面したスカリエッティは何かしら? おかげで精神病棟に手厚く保護されて今も出てこないし、なぜか私との面会は謝絶なのだけど。 あれ、貴方の仕業よね?」

「ちげえぞ、アレはシャマルのメシが凄かっただけだ」

「それを提供したのは?」

「…………すまねぇ」

 

 すべての困難の原因は、実は自分に在ったりする。 それをむざむざと見せつけられた悟空は後頭部を掻きながらしっぽを垂らす。 流石の彼も、ここまで塵を積もらせればどうにも出来ず、埋もれてしまう。

 背を丸めた強戦士に深いため息。 まったく……などと漏らした魔女は、けだるそうな仕草で彼に問う。

 

「で、どうしてそんなことになったの?」

「それがいつの間にかそう言うことになっちまってよ」

「相変わらずハチャメチャが押し寄せてるわよね、貴方の人生」

「オラなんもしてないんだけどな」

「居るのよたまに、そういう楽しいことを引き寄せちゃう人種って」

「ひでぇな。 ……でさ、ティアナの事、どうにかなんねえかな? ごまかすにしても納得いくようにしてやりてえし」

「…………やけに気にかけるのね、その娘のこと」

「まぁな、ちぃとあいつらには迷惑かけちまったからな」

「ウチの娘もそれくらい気にかけてもらいたい物だわ」

「お、おう……!」

「冗談よ。 いくら何でも自分とタメかそれ以上の人間にそんな無茶ぶり出来ないわよ…………」

 

 などという割りには、魔女の笑顔は怪しく揺れ動いていた。

 

「正直言って、貴方を管理局云々って言うのは無理な相談よ」

「そんなのオラにだって分かるぞ」

「そうね、管理局にって言うのは無理、ならいっそ別方向に話を持って行きましょう」

「え?」

「孫くん、あなた確か名前がもう一つあったわよね?」

「お、おう。 カカロットって、言うらしいけど、ソレがどうした?」

「身分を偽りましょう、ソレしかないわ」

「え?」

「勿論リンディさんには内緒、娘達にもね」

「けどあいつらにもそっちの名前は知られてんだぞ?」

「そうね、でも漢字表記が珍しいコッチの世界で貴方の名前は悪目立ち過ぎるわ。 だったらそっちの名前のほうがやりやすい」

「そっか……」

「もとが本名なら、借りにそれを疑う人間に探られても自然な反応が出来るでしょう?」

 

 やりやすいのあたりから、魔女の顔がソレはもう悪い顔になったのだが、悟空にはそんな小さな悪人顔など気になっていなかった。

 

 いま現在直面した問題は、どうやってあの少女の期待に応えるかなのだ。

 

「それで、そうねぇ、貴方の顔はターレスの件で広く知れ渡ってしまったのよね。 なにせアレは貴方と瓜二つだったじゃない?」

「そうだな、じゃあおめぇの魔法でどうにかすんのか?」

「それじゃその後がやりづらいじゃない。 いい? 貴方にはちょうど良い変身魔法があるじゃない」

「ん? オラそんなもん使えねえぞ」

「使えるのよ、それも魔力を検知されない方法でね」

「???」

 

 ある意味で使い古された手段であると付け加えた魔女は怪しく笑う。

 その脳内にどんな愉快な未来予想図を巡らせているのか、悟空にさえ理解出来ず、よりにもよって彼女にすべてを託してしまった。

 

 研究に行き詰まり、何だかよく分からないテンションになって居る研究者に、だ。

 

 

 

 

 数ヶ月後。

 

 紅葉の季節だった。 若葉が成熟し、地に落ちていこうかという憂いを心に写す時期。 空は青く、空気は澄み渡り、冷たい風がビル群を通り抜ける。 

 

「おーい新入り、遅れるなよ」

「あ、はい! ……よし、がんばろ」

 

 管理局の施設で今日、面接試験があるのだ。

 春先に行われる正規採用とは違い、諸般の事情である一定の年齢層から離れた人たちを対象にした、いわゆる中途採用という奴だ。 たとえば傭兵に身をやつしていた者、いままで裏で汚れ仕事をしていた者など、訳ありの人種が集まる採用試験だ。

 勿論、普通にそんな面々をおおっぴらに管理局が雇うのは問題がある。

 戦闘集団という肩書きは、クリーンなイメージを失墜させるには十分なレッテルだからだ。 だがそれでも雇わなければならない、それほどまでに、時空管理局の人手は足りないのである。

 

「いいか? 今日ここに居るのほ一癖も二癖もある連中ばっかりだ。 背格好や服装、言動に生い立ち、どれも特殊な人間ばかりだと思え」

「は、はい!」

「ダメだダメだ、そんなどもった声を出したらヤツラに舐められるぞ? ほら、ネクタイ締め直して、背筋伸ばせ新入り」

「はい!!」

 

 そして今日、この中途採用の面接試験には、新人研修という名の度胸試しが行われようとしていたのだ。

 

「よし、気張れよ八神」

「はい!」

 

 八神……そう、本日の面接試験管補佐という肩書きを与えられ、修羅場に放り込まれようとしている人間の名前は八神はやてという。 彼女はとある事件にて、輝かしい功績を残した人物なのだが、諸般の事情により、若干15才という年齢で管理局に身をやつす事になる。

 最初は子供と舐められたものの、彼女の努力はすぐに周囲に認められることとなる。

 面接官も、彼女の頑張りには一目置いている節がある。 だから、今日の面接に彼女を立候補したのだ。

 

 

 ―――――――つまり、だ。

 

「へぇ、ここが面接会場かぁ。 うっし、いっちょやっかぁ!」

「ん? なんだか聞き覚えある声が……?」

「どうした八神? 突っ立ってないで部屋の準備終わらせるぞ」

「あ、はい!」

 

 

 

 今日という日に八神はやてを放り込んだ諸悪の根源は本日の面接官と言うことになる。

 

 

 

 

 

 面接は、ソレはもうスムーズに進んでいく。

 いや、別に全員が行儀正しく、すんなりと終わったという意味合いではない。

 明らかに言動が異常な者。

 どうやっても戦力にならない者。

 冷やかし。

 その他諸々。

 

 “ふるい”から早々に落ちていく者がおおすぎるのだ。

 もともと、正規な訓練校を出ていない非正規な愚連隊上がりだ、こうなる結果も目に見えていた。

 それでも、全員失格になるわけではない。 只の訳ありで、訓練校に行けなかっただけの“兵”だって、この世には存在する。 それを、情感は八神はやてに知ってもらいたかったのだ。

 ――――自分だけが特別な生い立ちなのではないと、見て、聞いて、知ってもらいたかったのだ。

 

「ふぅ、大分減ったな」

「仕方が無いですよ、一応、命を張る仕事ですから、甘い裁量は多大な犠牲を払います」

「分かっているそんなこと。 ただ、なぁ」

「どうしたんです?」

「年々、粒が小さくなっていくというか……な」

「それだけ世界が平和になってきたと言うことと思えば……」

「果たしてそれで納得していいのか」

 

 面接官がため息を吐き出し、空気がやや重くなる。

 それでもと、やらなければならない事を前に見据え、八神はやては職務を全うする。 本日59人目の資料を面接官に渡すと、彼はネクタイを締め直し、席に座り直した。 それを合図に、はやては表情を締め、面接官と共に次の採用希望者の入室を迎えるのだった。

 

「次の方、どうぞ」

「……おはよう、ござ、います」

「えー、管理外地域出身……惑星ベジータ? 聞いたことない場所だな」

「………………え?」

 

 ソレは、見たこともない民族衣装に身を包んだ、異国の戦士だった。

 エメラルド色の瞳は冷たい印象を与えるが、すべてを貫かんとする強い意志を見せ、その第一印象を強く面接官に焼き付ける。

 そして、もう一つの特徴は、その頭髪だ。

 逆立っている。 巫山戯ているのかと問いただそうとした面接官であったが、ブリーチをかけている訳でも無い、ごく自然な雰囲気を感じ取るとすぐに言葉を引っ込める。 落ち着いた物腰、口数の少なさは、彼自身が無駄を嫌い、悪ふざけのない人間だと印象づけた。

 

 初対面で好印象な彼。 はて、名前は何だったか。

 面接官の視線は素早く資料を走り抜ける。

 

「氏名は……カカロットで良いのかな? すまんね、中々聞かない言語だから、発音が可笑しかったら言ってくれよ?」

「あぁ、いや、それで……大丈夫……です」

「………………………うそやん」

 

 

 

 大間違いです、面接官殿。

 この人、書類偽造の疑いがあると大声で叫びそうになったのは八神はやてだ。 彼女は知っている、というか面識がある。 ただ理由が分からないだけで。

 

【なにやっとるんやごくう!!?】

【お? おめぇはやてか? 大きくなったなぁ、クルマイスも卒業したのか】

【おかげさまで。 今度、筋斗雲も返すからね】

【ん? そういや貸したまんまか、んじゃ、後で筋斗雲に言っといてくれ、そうすりゃ勝手に帰ってくるだろ】

【あ、うん】

 

 念話で世間話を展開されてしまえば、もうペースは“彼”の物。 あっという間に和んでしまったはやては、しかし即座に机を叩く。

 

「――――――って違う!!!」

「ど、どうした? やはりイントネーションがおかしかったか……?」

「…………あっ、いえ、そう言うわけでは無くて、その」

「まったく、急に立ち上がるんじゃない。 すまないねカカロット君、どうも緊張しているみたいでな」

「あぁ、いや、気にしないでくれ」

【――――――気にするわッッ!!!】

【さっきからどうした? 何でそんなに慌ててんだよ】

【不味いことだらけや!! 一応ごくうは“無かったこと”にされてるんやろ? そりゃこの間諸悪の元凶をリインフォースがどうにかしたらしいけど、それでもなんでみんなそんな平静でいられるンや!? おかしいのはわたしだけ!?】

 

 表情はにこやかなのに、腹の内側は既にマグマが流れはじめていた。 もしも正体がばれたと思うと……彼女の胃に甚大なダメージが入る。 ここで問題を起こせば、きっと自分も彼も只ではすまない。 なんとか乗り切らなければ。

 

「ごめんなさいカカロットさん。 少し、前の任務の考え事を」

「あぁそうか八神、随分前に友達が撃墜されかけたって」

「え、えぇ、まぁ」

「なんでも任務中に正体不明の部隊と交戦中に謎のエネルギー体に呑み込まれたって言ってたな。 あれは、いまだに正体不明なんだろ?」

「……えぇ」

【へぇ、そんなことがあったんか】

【うん。 しかもアレは魔法なんかじゃない、ごくう達が使う“気”の塊や。 アレが偉い速度で超超遠距離からなのはちゃんを狙撃したんや】

【え? なのはが? アイツ無事なんか?】

【ごくうが鍛えてくれたから全治6ヶ月で済んだって】

【そうか】

【もう5年も前の事や、とある研究施設捜索の任務で……なのはちゃん、絶対掴まえるんだって】

【施設? ……5年? …………はやて、もしかしたらそれ、オラだ】

「――――――――――――何でや!!?」

「八神?」

「す、すみません」

 

 またも立ち上がるはやてに、いい加減不審がる面接官。 無理もないだろう、荒波が立つはずのない他愛のない会話の中でいきなり部下が声を荒げるのだ、そろそろ正気を疑いはじめる。

 

「むぅ……まぁ、いい。 いや済まなかったねカカロット君、身内話が長かったな。 では、仕切り直して面接に移ろうか」

「あぁ、よろしく……頼む」

「こちらこそ」

「えっと、いままで傭兵生活だってあるけど、具体的になにをやっていたのかな?」

「……ひたすら、戦っていた。 自分よりも、強い奴と戦って」

「ほう、激戦続き。 しかもほぼレジスタンスの立場にいた訳か」

「れじすたんす? よく分からないな」

「ソレすらも判別できないほど、混沌とした戦場に身をやつしていたのか……おい八神、こいつはもしかしたら、もしかするかもしれん」

「…………あ、ハイ」

 

 そうじゃないんだ、本当に文字通りの言葉なのに。

 カカロットさんが喋る言葉を、勝手に脚色して、好印象に持って行ってしまう面接官に、はやての胃袋はぞうきんと間違えられたかのように締め付けられる。

 

「……趣味は?」

「読書と、スポーツ」

「……いいんだよ、隠さんでも。 で? 本当のところは?」

「………………食事と修行だ」

「訓練と身体作り……と」

「あながち間違いじゃないのがなんとも」

「ん? どうした八神?」

「あいえ、なんでもないです。 えっと、わたしからもいいですか?」

「なんだ?」

「……志望動機、どうして管理局に入ろうとしたのか教えてください」

 

 ここではやては賭けにでる。 彼の目的を知るには、もはや念話による会話だけでは足りない。 直接発する声を聞いて、彼の纏う雰囲気を目に焼き付け、納得するだけの要因が欲しい。

 リスクを冒してでも自身が、管理局に入ろうとする彼を手助けするだけの理由がほしい。

 

 

「…………あまり、良い話じゃないんだ」

「え?」

「ウソを付いてな。 小さなウソだ、他愛もない、すぐに消せるウソだ」

「……」

「でもそれを信じてしまった奴がいた。 オレを立派なモンだと、目を輝かせてくるんだ」

「…………」

「そいつと、その家族には迷惑をかけたかんな……まぁ、いろいろ怒られたけど、ウソを本当に変えるためにここに入ろうと思ったんだ」

「……………………まったく、もう」

 

 変わらない。 どんなに月日が経とうとも、相変わらず率先して何かのために動いてしまう彼に、はやての決心は固まった。

 そしてソレは、もう一つ、心を揺り動かした。

 

 

 

「あっはっはっは!! こいつは良いぞ、俺は真っ直ぐな奴は大好きだ」

 

 

 

「ん? どうした?」

「いや、なに、いまどき珍しいよ、キミみたいな目でそんな事を口走る奴は」

「けどホントだ」

「あぁ、そりゃそうだろうな、疑いやしないよ」

 

 開始10分で面接官を墜としたカカロットさん。 彼は片眉を上げると、分からないと言いたげに八神はやてのほうを見る。 それを、微笑みながら、彼女はこう返してやったのだ。

 

「面接は以上で終わりです、次の審査まで待合室でお待ちください」

 

 もう、彼をこれ以上探る必要は無い。

 物静かで、物騒な鋭い目をした男だが、只真っ直ぐに裏表のないだけの青年だった。 ソレが分かってしまえばこの面接にこれ以上の意味は無い。 だからここまで、故に第一審査はパス。 その意味を分からぬカカロットさんが、ゆっくりと退出していく中、面接官は上機嫌に笑う。

 

「今回もダメだと思ったが、久しぶりに逸材が来たかも知れんな」

「えぇ、わたしもそう思います」

「あっはっは!! お前も言うようになった!」

「はい」

「よし、その勢いでアイツの力量を観てやれ」

「はい! ……はい?」

「2次審査、模擬戦闘だろ? まぁ、傭兵やってたと言っても、噂の大型新人の八神はやて殿には遠く及ばないだろう、適当にもんでやれ」

「…………あははは」

「な?」

「…………いえっさー」

 

 そうして上機嫌な面接官は、はやての背中を叩いた。

 それがはやてには“後戻りは出来ないぞ”と逃げ道を潰されたような錯覚を起こし、一人、部屋にのこり過呼吸に苦しむことになる。

 

 

 …………そして、残酷にも時間は訪れた。

 

「へぇ、民族衣装のしたは随分とまぁ……」

「あのひとヤバくね?」

「けど、相手が悪いよなぁ」

「噂の麒麟児、さて、どこまでもちこたえてくれるかねぇ」

 

 風が舞い、訓練場の空気が入れ替わる。

 数少ない中途採用候補の中でも、面接官のお気に入りとくれば、当然施設の幾人かは興味本位で観戦に来る。 だが、今回、その人数は常軌を逸していた。 施設の必要最低限の人員を残し、訓練場は人で溢れていたからだ。

 

 これもひとえに、自身の能力ゆえの不幸。 今回ばかりはその力を深く呪う。

 

「会場には魔導師による結界で厳重に防御されています。 ちょっとやそっとの攻撃じゃびくともしない……はずです」

「あぁ、気をつける」

「はぁ……では、カカロットさん」

「なんだ?」

「……よろしく、お願いします」

 

 そう、こんな会場でまさか―――――

 

「なに迷ってるかわかんねえけど、どこまで出来るか、試させてもらうぞッ」

 

 まさか、自分自身(やがみはやて)の稽古が始まるなんて、今朝まで想像だにしなかったのだから。

 

 挨拶と共に、少女は最後の踏ん切りを付けた。

 一瞬で制服をバリアジャケットに換装し、漆黒の翼をはためかせると空を舞う。

 

「補佐の人ホンキじゃないか?」

「いきなり飛行魔法とか」

「ほう、バリアジャケット装着に、飛行魔法ですか」

「おいおい、アイツ死んだわ」

 

 誰もが八神はやての勝利を疑わなかった。 誰もが、候補生の敗北を確信した。

 

 そう、当の本人達以外、誰もが信じて疑わなかった。 彼が右手を振りかざすまでは。

 

「波ッ!!」

「ぐぅぅぅぅぅ!!?」

 

 カカロットと呼ばれた――いいや、孫悟空の拳が空を切る。 只の衝撃波にはやての騎士甲冑(バリアジャケット)が悲鳴を上げて、羽根を散らしながら空へと逃げる。

 

「な、なにが起きたんだ!?」

「いま、あの人なにしたんだよ……」

「見えなかった……」

 

 分かっていたことだ、八神はやてが孫悟空に届かないことなど。

 だが、だけど、だ。

 

「ただでおわるなんてもったいない!」

「いいぞ、その意気だ」

 

 20、30、と闇色の短剣が宙に描かれると、実体を持ち、紫電を纏い、照準をごくうへと定める。

 悟空がそれを見ると、なんと大胆にも指先を向けた。

 

――――バン

 

 彼がピストルのように声を発すると、短剣が半分ほど消失する。

 

「気合砲!? それとも――」

「どうした、目の前がお留守番だぞ!」

「正面! 速い!!?」

 

 気づけば回し蹴りが自身に近付いていた。 着弾まで刹那の間、その、あまりにも無情な時間制限内に、彼女が取ったのはなんと迎撃であった。

 

「っく」

「はぁ、はぁ」

「咄嗟に魔力の剣を飛ばしたんか、けど、やっぱり――」

「瞬間移動!?」

「――――おめぇは接近戦に弱ぇ!!」

「ぐぅぅうううう!!?」

 

 …………只の高速移動と言うのは、すぐさま分かった。 だって、彼が自分相手にそんな小手技を使う必要なんか無いからだ。 それほどに開いた実力に、我ながら嫌になる。 だから彼女は、だからこそ八神はやては、これしきでは倒れることがなかった。

 

「耐えたか」

「こんなんじゃ、ダメや」

「あぁそうだ、これじゃまだあの二人には追いつけねえぞ、はやて」

「うん!」

 

 高速での戦闘。 不得手な接近戦の中で交わされた会話は、彼等にしか分からない世界を創り出す。 拳と拳、技と技が交錯するほどに、彼等は言葉を重ねていく。 見て、今自分はここまでしか出来ない……だから、教えて欲しい、ここから先に行くにはどうすれば良いか、と。

 

「甘ったれるな!」

「ぎゃん!?」

「約束したろ? 忘れたんか!」

「う、ぐ……」

 

 突き放す。 拳を、彼女に打ち付ける。

 飛ばされる。 真上に、天空の彼方まで。

 

 目に焼き付くような光りは太陽の物。 あぁ、自分はこんなところまで飛ばされたのか。 会場からここまで、相当な距離がある。 それでも、あのヒトとの実力差に比べれば目と鼻の先ほどにもない。

 情けない。 たったの5年離れただけで、もうあのときの誓いを破ったのか。

 

 立てるようになった、管理局で働けるようになった。 やっと一人で歩けるようになった。

 

 ソレが自信に繋がり、しかし自惚れを生んでいたことなど、彼と再会するまで気づきもしなかった。

 

 あぁ、情けない。

 

 なんて不甲斐ないのだろう。

 

 いつの間にか歩くことだけで精一杯になっていただなんて。

 

 彼を見ろ、思い出せ。 あの少年は、青年は、男は、人生をどのように謳歌していただろうか。

 

 

 ――――――――――――息を切らせるまで、駆け抜けていただろう。

 

 

「まだ、だ」

「ん?」

「あと、一回……最後の一回……」

「……アイツ」

「ごくうに届かせるには、もう、あれしかない……!!」

 

 少女の周囲に光りが集まっていく。

 青年の手の平に力が渦巻く。

 

「おいおい、あのひとなにやってんだよ」

「八神! おまえ、そいつを殺す気か!!?」

 

 二人の力の本流に周囲がどよめき、畏れた。 先ほどまでの見世物ではない、異質な世界を創り上げた存在に、世界は今恐怖にわななく。

 

「スターライト……」

 

 光りが力を持つと、それが収束し、極光となって青年へと降り注ぐ。

 

「ブレイカァァアアアアアアア!!!!」

 

 総員待避、緊急避難。 たかが模擬戦でここまでするかと、すべての人間が防御の魔法を使えば、しかし会場の中で一人だけ真逆の行為に入る物がいた。

 

「かめはめ…………」

 

 渦巻いた力を圧縮し、凝縮した高密度の気の塊。 それは、会場を青く照らし出し、空の彼方から来る収束魔法の色すら塗り替える輝き。 爆発寸前の力の塊が、青年の一声を引き金に今――――――

 

「波ぁぁぁああああああああ!!!!」

 

 解き放たれる。

 

 ぶつかり合う力。 混ざり合った気と魔力が激流となり大気を翔る。

 視界を埋め尽くすほどの閃光の中で、青年は見た。

 

「届け……とどけぇぇぇえええ!!」

「よし、いいぞ――――」

「――――おりゃあああ!!」

 

 激流をも乗り越えて、青年へ拳を突き立てる少女の姿を。

 やっと届いたはやての拳は、しかしちっぽけな威力でしかない。 そんなこと、彼女自身にだって分かっている。

 こんなことじゃ、これしきの事じゃ……自身の力のなさに悔しさがこみ上げてきて……だが。

 

「ぐふっ!?」

「……え?」

「へへ……いいもん、もらっちまった」

 

 青年が落ちていく。 激流の中を突き破り、無残にも大地へ落ちていく。

 その姿に思わず手を伸ばしたはやては、思い知る。

 

 そうか、彼が見たかったのは、試したかったのは――――――

 

「いいパンチだったぞ、はやて」

「……ほんと、いじわるや、ごくうは」

 

 ソレは、二人にしかわからない(ことば)であった。

 

 

 

 

 試験は、無事に終わった。

 

 スターライトと、仮にも超化した悟空のかめはめ波がぶつかったにもかかわらず、試験会場は傷一つ無く終了の時間を迎えることが出来た。

 ソレもひとえに、悟空がうまく気と魔力を大気圏外に吹き飛ばしたのが原因であるのだが、たかが模擬戦、試験会場以外の記録など取っているはずもなく、只派手な攻撃がぶつかり合っただけとしか、皆は判断できなかった。

 

 いや、そう思うことで、なんとか正気をとりもどしたと言ってもいい。

 

 そうでもしなければ、ロストロギアと超サイヤ人のぶつかり合いなんて言う悪夢、受け入れることなんて出来ないからだ。

 

 

 

「おい、八神! おまえ後で始末書」

「はい……」

「まったく。 あのカカロット君が異様に頑丈で、運良く攻撃が空に消えたから良かったものの、あんな化け物みたいな攻撃を繰り出すとは何事だ! この負けず嫌い!」

「すみません、つい、カッとなって」

「はぁ……今回のことは一応報告するが……まぁ、あまりにも突拍子過ぎるからなぁ、施設も無事だし、奇跡的に怪我人もゼロだ、せいぜいお前にへんな噂話が付いて終わりだろう」

「う、ぐ」

「良かったな、過去にお前以上にとんでもないことをした友人がいたおかげで」

「あ、う……」

 

 まぁ、彼女の経歴に、一筋の傷が走ったのは事実だが。

 

 

 はやてのスネに傷が一個出来たその影で、本日の試験は大半が失格。 正確には……

 

「あ、あんな化け物みたいな上官の下になんか居られるか」

「管理局は魔物の巣窟だって話、やはり本当だったんだ――」

「おかあちゃあああああん!!」

「ふへへ、あれは、りゅうせいかな……」

「けしきが、ぱぁぁって…………」

 

 今日の志望者の大半が、管理局に対して偏見を持ってしまったからだろうか。

 

 ただ、それでも残りたいという変態は少なからず居たようで。

 もちろん、その中には彼の名前もあったそうな。

 

 

 

「孫くん、お帰り。 どうだった? 筆記試験、うまくいった?」

「いやぁ、さっぱりわからなかったぞ」

「はぁ……ダメね、孫くん、あなたやっぱりダメね」

「オラもそう思う」

 

 そんな問題外な心配をしている魔女と戦士を余所に、どこかの誰かさんが胃をぞうきん絞りで酷使しながら、なんとか一人だけ合格者を出したのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 

 そして…………

 

 

 

「ねぇ、見てこの報告書」

「え? うんと、今季採用試験合格者発表? え? たった一人だけ? あ、名前載ってる……管理外世界のもと傭兵さん、か……かかろっと?」

「…………いまなんて?」

「カカロット……ん?」

「ちょ、え?」

 

『ええええええええええええええええええええええええええッッ!!!?』

 

 

 その叫びと同時、彼女達は即座に魔女の家に突撃したそうな。

 

 

 しばらく修行に行くと言った、戦士の居ない魔女の家に…………

 




悟空「おっす、オラ悟空!!」

ティーダ「おまえ、女の子相手になにやってんだよ」

悟空「え? けど、はやてならあれくらいやんねぇとその気になんねえしな。 アイツは優しいけどそこが甘いときあるし」

ティーダ「そういうお前はスパルタ過ぎるんだよ」

悟空「そうか? そっか……」

ティーダ「まぁ、次は気をつけろよ?」

悟空「おう、任せとけ」

ティーダ「そんじゃ次回、魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第86話」

悟空「悟空、仕事する」

ティーダ「……とか言って、また戦闘なんだろ?」

悟空「さぁな? はやてに聞いてくれ」

はやて「なんやろ、急に寒気が……なにも起きなければええんやけど」




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