魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第86話 悟空、仕事する

 

 

「お、おはよう、ございます」

「おはよう、カカロットさん」

「よろしくお願いね」

「あ、あぁ」

 

 始業時間 午前8時50分

 

 隊舎から続々と人が集まる中、孫悟空は知らぬ間に皆の後ろにいた。

 

 あんな目立つ髪型と色彩なのに、今まで誰にも気づかれなかった彼。 案外、影が薄いのか? 思う皆を余所に、はやては一人、お腹を、正確には鳩尾の下あたりをさする。

 

【ごくう】

【どうした?】

【お願いだから瞬間移動は控えて……】

【え?】

【それ、新人が使えていい技じゃないんよ。 だから、いきなりごくうが使うところ見られると、一気に目立つんや……】

 

 ぎゅぅぅぅっと、音を立てるかのような痛みの中で、彼女はごくうを見上げ、そっと呟く。 15才の少女に説教される推定年齢50才そこそこの戦士の絵は、それはもう特異な出来だったという。

 

 さて、隊列を組み、大方の挨拶を終えた彼女達。 最後に、上司の一人が悟空に手招きする。 

 

「なんだ?」

「カカロット君、キミ今日からだろう? 皆に挨拶しよう」

「お、そういうことか」

 

 列の前に呼び出された悟空は、そのまま上司の横に立つ。 背筋を伸ばし、表情を固める姿はさすがのはやても一瞬だけ“もってかれる”

「お……おはよう、ございます」

「……いまオッスて言おうとした」

「そ――」

【こらっ】

「……ん、んん!! カカロットだ、いろいろ迷惑をかけるかもだが、みんな、よろしく」

「…………危なっかしいなぁ」

 

 とりあえずの挨拶。 なんとかそれを終えると、悟空は気合を込めたのだろう、表情を鋭くし、拳を握る。 その気迫を皆が感じ取ったのだろう――――――――遠くで、ドサリと音がした。

 

「あれ? おい、キミいきなりどうしたんだ!?」

「あ、ちょ! こっちも人が倒れてるんだけど……」

『な、なんだ!?』

「…………やりやがった」

「やっちまった……」

 

 悟空の無意識に放った気合に当てられて、実力の低い順から意識を刈り取られていったのだ。 これにははやても悟空も頭を抱えるしかない。 まさか今の騒動が“メンチ切っただけで攻撃になっちゃうんですよ”だなんて言えようはずも無し。

 今回ばかりは八神はやては黙秘を貫いた。

 

 

 

 小さな事件を乗り越え、被害者数4人が医務室で意識を取り戻した頃。 孫悟空の人生初のデスクワークが始まろうとした。

 

「えっと、カカロットさんは前にこういうのは――」

「さっぱりだぞ、うっかり壊しちまったらごめんな」

「……いきなり謝るかぁ、困ったなぁ」

「だりゃあああ!!」

「え?」

「おい、コイツ青くなったまま返事しなくなったぞ」

「ちょ、ご――カカロットさん! どうやったらコッチの機器でブルースクリーンだすんや!!」

「オラなにもしてねえぞ」

「なにかやったからなっとるんやろ!!」

 

 直前に聞こえてきた気合ちっくなかけ声は、あまりにも聞きたくないからこの際無視するとして、まず、彼には機械がどれだけデリケートなのかを教えてやらなくてはいけない。

 

「カカロットさん、機械に触れたこと、あります?」

「前に何度か……えっと、ブルマが作った宇宙船と、修行に使った重力の部屋で何回か」

「宇宙船……え? 重力!?」

「わー! わー!! カカロットさん! わたしが教えてあげるから、ちょおこっち行こ? な?」

「お、おう」

 

 重力を操るなどこの世界ではまだ発見されていない技術だ。 そんなものを只の機械で再現できるだなんて知られれば、ここら一帯は一気に混乱の渦を巻き上げる。 それだけは、なんとしても防がなければなるまい。

 

 はやての気苦労ポイントが10たまった。

 

「よし、メシの時間だ」

 

――りーんごーん!!

 

「チャイムと同時に立ち上がるとか……」

「まぁいいや、俺達も昼休憩にするか」

「おーい! 大変だー!!」

『?』

「食堂が店じまいだってよッ!!」

『…………はい?』

「ちょ! まさか悟空、やらかしたんかッ!?」

 

 訓練の成されていない、極普通の料理人しか居ないこの施設では、サイヤ人に対抗できる調理など出来ようはずもない。 あっけなく在庫を切らせ、むざむざと完売の立て札を置くだけ。

 おおよそ8割強の職員が昼飯難民へと相成った。

 

 はやての気苦労ポイントが30たまった。

 

 

「よおし! 今日は実地訓練に入る! みんな、まずは魔力弾による射撃訓練からだ」

『はい!』

「……なぁ、この変なのは何に使うんだ?」

「おいおい、あんたまさか傭兵のくせしてデバイスの使い方もわからんのか?」

「いやぁ、使ったことねえなぁ」

「一体いままでどうやって戦ってきたんだこの男は……まったく、報告書もまとめられず、事務処理すら出来ないでこれから先――――」

「どうって、こう……」

「…………ほぁ?」

「あ! ちょお待ち、ごく――」

「波ぁぁああああああああッ!!」

『ぎょげぇぇぇえええ!!?』

 

 訓練場にそびえる岩山を一つ消し去ると言う大事件を引き起こし、得意げにサムズアップ。 同時に後頭部を杖で殴り飛ばしたはやての顔は、そりゃあもう疲れた物であったと記しておこう。

 

 気苦労ポイント…………120ポイント獲得!!

 

 青い顔をして胃薬をたらふく頂戴していく八神はやては、重い足取りで宿舎に帰っていったという。

 

 

 で、次の日。

 

 

 その日、カカロットさんの肩慣らしという名の蹂躙で、職員達の常識値はゴリゴリ削られていくことになる。

 

「今日は……あー」

「キョウカンさん、どうしたんだ?」

「あぁ、いや、まぁキミなら大丈夫だと思うんだが、そのだね」

「なんだ?」

「今日からサバイバル実地訓練なんだ、これで新人の5割がダウンするのが通例だ」

「ダウン?」

「長期入院、軽度の鬱、最悪の場合PTSDを発症したりする者も居る、過酷な訓練だ」

「なにすんだ?」

「1ヶ月の間、樹海に籠もる」

「え?」

「不安だろう? 食料は僅か、日の光も入らない暗闇の世界に放り込まれるんだ――」

「――――そんくらいずっとやってきたけどな」

「そ、そいつは心強い」

「ゴハ――オレの子供なんか、5才のときに荒野で一人生き延びたって話だし、余裕さ」

「…………キミんとこの家庭の事情は知らないが、息子さんには優しくしてやりなさい」

「してっさ」

「……そうか」

 

 思い起こされるのは、昔みた精神とときの部屋での修行風景。 アレをこなした悟空ファミリーには、自分たちのカコクな訓練など、子供だましに等しいだろうさ。

 はやてが遠い目で上官を見ていると、いよいよ訓練が始まるようだ。

 皆、思い思いの装備で挑む中、孫悟空はなんと……

 

「カカロットさん」

「どうした? はやて」

「なんでコンビニのビニール袋一個だけ何? 流石に舐めすぎやよ」

「あぁ、これか? コイツはさっきソコに落ちてたんだ。 ゴミ箱どこだ?」

「装備すらないんかい!? ……まぁ、考えてもみればあんな山で暮らしてたんだもんね、身体一つで樹海ぐらい入っても大丈夫か」

 

 軽装なカカロットさんを一人疲れた顔で見上げるはやて。

 浮いている。 どうやったってサバイバルに行く人間じゃない。 あまりにもこの場にそぐわない恰好は、流石に周囲の人間から反感を買うこととなる。

 

「あのヒト、いったいなんなの」

「すこし実力があるからって……」

「巫山戯すぎ」

「どうかしてるんじゃない?」

 

 もう、この時点で嫌な予感しかしない。

そしてその予想はとても正しい。 

 

 ひとりピクニック気分の訓練集団25人は、いま、訓練場の一つである樹海に足を踏み入れることになる。

 

 だが、彼等はすぐに思い知ることになる。 いったいどちらがこの訓練を舐めてかかっていたかと言うことを。

 

 

 

「ひとり川に落ちたぞ!!」

「なんだと!」

 

 足場が悪く、一瞬の油断で下流に消えていった隊員が一人。

 すぐさま教官が転移魔法で救出すれば、隊員の一人に担がせて道を進んでいく。

 

「人数が足りない! 遭難者が――」

「馬鹿な!?」

 

 慣れない道と、薄暗い視界で二人ほど集団から離れてしまった迂闊者がでる。 

 

 八神はやてがその中に入る事はなかったものの、自分より年上の、ソレも経験者達が困難な任務なのだという事実は、知らずのウチ彼女を追い詰めていく。

 すこしずつ、堅くなっていく肩。 息が乱れていくと、同時、背中に衝撃が入る。

 

「見ろはやて、あの気になってる実な、とっても不味いんだ」

「……あの、いまそれどころじゃ」

「それにあの茂み、ありゃ危ないから近寄っちゃダメだぞ。 たぶん、沼地になってるからな」

「え?」

 

 大きな手で叩いてきた悟空が、気負うことなく注意点を説明していく。

 だがそのどれもが、常人から見れば別段代わり映えしない木々。 隊員の中には彼の言葉を信じず、首をかしげる者が居るばかりだ。

 

 だが、それがいい。

 

「…………カカロット隊員」

「どうした?」

「キミ、随分と詳しいな。 どこでそれほどの知識を?」

『え?』

「昔、足だけで世界中を回ったことがあってさ。 14、5の頃だったか、修行もかねていろんなとこに行ったもんだ」

「それは本当かい? 足だけって――」

「あ、居なくなった奴見つけたぞ。 あっちの方にいるみたいだ、オレ見てくるよ」

『えッ!!?』

 

 悟空が徐に歩き出すと、皆が怪訝そうな目で彼の背中を追いかける。 5秒後、そこには元気にむせび泣く女性隊員の姿が……

 

「ホントに見つけてきた」

「探知の魔法にしては精度がおかしいような」

「…………あのひと」

 

 担ぎ上げていた女性隊員を無造作に地面に下ろすと、彼ははやての横に戻っていく。 小さくサムズアップした彼に、はやてはついつい、破顔した。

 

「もう、相変わらず無茶苦茶なんやから」

「けど、みんな無事にすんだろ?」

「うん」

『…………ぁ』

 

 その姿がどう映ったのか。 少し前まで伺うようだった皆の視線が止み、逆にはやての周りに集まっていく。

 

「ごめんな、八神」

「先輩なのにかっこわるいとこばかり見せたな」

「よし、今日はここをキャンプ地にしよう」

「カレーだ! カレーライスの準備を」

「メシの準備か!? うっし、オラも張り切っちゃうぞ!」

「カカロットさんってたまに変な訛りが出るよね」

「本人気にしてるみたいだからよしとけって」

 

 既に夕刻、皆が寝泊まりの為に設備を建てていく中、悟空は少しだけ準備運動。 またも怪訝な視線を浴びながら背伸びを終えると遠くの風景に的を絞る。

 

「なぁ、いくら何でもおめえ達、それだけじゃ足りねえだろ?」

「あぁ、そりゃそうだけですけど、後は現地調達で」

「そんじゃ、オレからもなんか出すかな」

「え? でもカカロットさんは装備をもって来てないですよね」

「それこそ現地調達さ」

『???』

 

 言うなり姿が見えなくなる悟空。 一瞬だ、瞬きしたら蜃気楼のように消えた彼に、皆が少しずつ騒ぎ出す。 ざわり、ざわり……空気が乱れれば、八神はやて達の身体に衝撃波がぶち当たる。

 

 ……遠くで、男の気合一声。

 

 ソレが悟空のものだと誰が思うものか。 だって叫び声で大地が揺れるわけがないのだから。

 

 皆が揺れる大地に尻餅をついた頃、あり得ない存在が彼等を見下ろした。

 

「グォォォォ…………」

「げ、げげげげ原生生物だ!!」

「デカい! 8メートル以上はあるぞ!!」

「教官殿! ど、どどどどどうしましょう!!」

「いや、アレは流石に……」

 

 一気にパニックになる現場に、上官も対処に遅れる。

 凶暴な奴でなければこのままやり過ごしたいところだが……数瞬の思案は、sかし実ることなく事態は静止する。 ……恐竜が、倒れ伏したのだ。

 

「おーい、メシ持ってきたぞー!」

「……はぁ?」

「おい、足下にいるの“あのひと”だぞ」

「ウソだろ……」

「ナニカの間違いだ」

「ママー!」

「もうおうちかえるぅー!!」

 

 のっそりとやってきた混沌(ハチャメチャ)に、隊員達が押しつぶされていく。

 

「お前達、おい! 何ベソってるんだ、いいおとながよ!」

「キョウカンどのー! こんなんで足りそうか?」

「十分、もういいからそれ以上騒ぎを起こさんでくれ」

「え?」

「自覚無しかあんた……!」

 

 悟空が背負った恐竜を放り投げると大地が揺れる。 あぁ、そんな乱暴に扱うとまたひよっこどもが騒ぎ出す。 これまたズレた教官の言葉にはやてが苦笑いすると、悟空はたき火を起こす。

 

「――――キッ!!」

「気合砲で火起こしてもうた」

「おい、八神隊員、今彼がなにをやったかわかるか? 彼は炎の属性でも持ち合わせているのかい?」

「…………そういうのはないと思うんですけど」

「なんだって?」

 

 強いて言うならば無属性と言うべきだろうか。

 あまりにも理不尽な力を持つのだから、あえて言うべきでは無いのだろう。 はやてが気遣ったように苦笑いすると、教官もつられるように口の端がひくつく。

 

 恐竜のキャンプファイヤーが完成だ。 悟空世界では稀によくある光景でも、魔法世界では皆無に等しいソレは、管理局員の心の平穏と常識をじっくりと焼き尽くしていく事になる。

 

「……ぁ、恐竜の肉、以外と……」

「鶏肉っぽいなあ」

「カレーに使ったスパイスとよく合う……うん……」

「やみつきになっちゃうなぁ」

「……後戻りできなくなっちゃうんじゃないだろうか」

 

 八神はやてが呟く一言。 まさかこれが大予言になるとは本人も思いもしないだろう。

 だが現実は残酷だ、局員達が地獄のキャンプの乗り越えた暁には…………

 

 

 今度こそ、少女に災いが降りかかるのだ。

 

 

 

 

 

 身体は無事に、帰ってくることが出来た局員達。

 しかし彼等を迎え入れた別の局員達は後に語る。 彼等のナニカが激変した……と。

 

 顔つきだとか雰囲気だとかではない、その、何でも無いと語る彼等の表情には、常人には在るはずの、大切なナニカが欠落していたのだと。

 

 とにもかくにも結束力だけはどこの所属よりも固まったこの部隊、カカロットさんの特製をイヤでも把握した彼等は、ようやく彼にどう接していけば良いかを学んだのだ。

 

「おーい、誰かオレとモギセンしてくれよ?」

『…………』

「なぁ、聞いてんのかー?」

『八神さん』

「あ、その、この間の傷がまだ…………」

「んじゃ、一緒に修行すっか、はやて」

「え?! 今の流れでそうするん? まだこの間の戦闘で――」

 

 八神はやてなら、彼を乗りこなせるだろう。 満場一致で彼を若干15才の少女に押しつけるのだ。

 

 デスクワークが出来ない、究極の現場主義者の大型新人が3ヶ月前に入社を決めた管理局、そのとある一室。 当初こそ目立つ容姿から距離を置かれはしていたものの、その中身を把握してからというものの、やはり、別の意味で距離を置かれはじめていた。

 

「今日は超サイヤ人2で全力戦闘だ、とにかく逃げ回ってみろ。 ちなみに5年前のフェイトは12秒が最高記録だぞ」

「機動力特化のフェイトちゃんでそれやと、わたし3秒も耐えられない気が――あ、ちょっとご……カカロットさん、持ち上げないで! だれかたすけてー!!」

 

 いまのやりとりを見守りつつ、カカロットさん入社当初の“惨劇”を目の当たりにした当事者達は、こと、彼からの誘いを極度に畏れていた。 そして、いつの間にかそんな彼の相手を自分たちよりも年下の、いたいけな少女に放り投げる様相を呈していた。

 

「なぁ、あの二人ってどういう関係?」

「さぁ、同じ強者同士でシンパシーがあるんだろ?」

「いやいやいや、今のやりとりみてそう言えるのかよ? あんた鬼だな」

「…………というか、あの麒麟児を相手に遊び感覚で模擬戦に連れて行くとか……何者よ」

「サバイバル訓練とか、実践では心強いけどアレさえなければなぁ」

 

 カカロットという台風の目が過ぎ去っていく。

 同僚数人に心配されつつも、犠牲にされた八神はやての怨嗟の声が響くと、遠くで戦闘音が発声する。 今日もドッカンドッカン模擬戦場を抉り飛ばしていく風景は、もはやこの支所の風物詩になりつつある。

 

「うぉぉぉおおおおおお!! 夜天の書のパワーを全開だァーーーー!!」

「いいぞ、おめぇの場合ちょこまか動くよりもそうやって敵を近づけないくらいに攻撃を繰り出した方がいい」

「なんでこれで近付いてくるんや!? 確かに隙間なく撃ち続けてるのに!!」

「え? なにいってんだ、どう見ても隙だらけだろ」

「理不尽!!!!」

 

 常人が見ただけで卒倒し、攻略不可と思われる怒濤の嵐を前に、まるで涼風の如くやり過ごしズカズカと接近していく悟空。 その光景を同僚の皆が見上げつつも、既に慣れてしまったのだろう、何事もなく業務に戻っていく。

 

「ふふふ……今日も、なにもなし」

「いやぁ、新人が入ってからデスクワークが捗るわぁ」

「ぐひひ、ヘイワ、ヘイワ」

 

 まぁ、何人かハイライトが消えた瞳で、暗いモニターとにらめっこしていたりするのだが。

 

「…………管理外世界にはアレクラスがぽこじゃか居るのだろうか」

「八神さんと同期の子が、アレクラスって噂があるんだけど」

「確か同じ地球出身だっけか? 地球ってたしか管理外世界で、魔導師もほぼゼロなんだろ?」

「わからないもんだね、次元世界って」

『…………あぁ、うん』

 

 わかりたくもなかったが。 もう、慣れてしまった。

 全宇宙の神秘、その片鱗を目の前で展開されていく管理局の下っ端達は、徐々にだがその心を鋼のように鍛えあげられていくのだった。

 

「いまのは……いまのは痛かったでぇぇーーー!!」

「あの子大丈夫かしら」

「命の危機に何かが乗り移ったかのようになってる」

「あ、動きが止まった! もう終わるのか!!」

「今日は速かったな」

「普段より短いか?」

「なんだおまえら、あの子がこれ以上苦しむ姿が見たいのか?」

「いや、そんなこと……」

「でもなんだか、もう少し見てみた気もする」

「これ以上施設を揺らされて堪るか、早く終わってくれ」

 

 がやがや、と。 皆が自分勝手な感想を述べていく中、カカロットさんが深呼吸。 終わりの言葉か? まるで校長先生の挨拶終わりを待つガクセイのような心持ちでいる彼等は、聞く。

 

 

「よーし、準備運動は終わりだ。 ……ここから超サイヤ人2で行くぞ!!」

『…………ちょっとなに言ってるかわからないですね』

 

 自分勝手な皆の心がいま、一つになった。

 

「…………ちょ、うそやん」

「いくぞはやて!!」

 

 ぶわっ……と、カカロットさんの身体が金色のフレアが舞う。 瞬間、雷電が迸り、咆哮で施設に激震を走らせる。

 

「おいおいおい!! 次元震観測用の機器が動き出したんだが!?」

「馬鹿言ってるんじゃねぇよ……そんなわけ……あるはずないだろ……」

「この世の終わりだ……」

「逃げるんだ……かてるはずないよ……」

「あわわわわ、ごくう、やりすぎや!!」

「だあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 驚天動地の大盤振る舞い。

 カカロットさんが気合を込めると大地が揺れる。 

 

「うおりゃああああ!!」

「――――ッ!?」

 

 皆が意識を手放したその瞬間、永遠とも思われる3秒間が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――はっ!?」

「起きたか?」

「ここ、は……あれ? わたし」

 

 先ほどの激闘を乗り越えたはずの彼女が、次に観たモノは病院の天井……ではなく、休憩所の天井であった。 すかさず起き上がり、時計を確認すると胸をなで下ろす。

 

「30分くらい……眠ってたんやね」

「へへ、はやての成長ぶりが楽しくて、ついやり過ぎちまった」

「もう、その悪のりは当分遠慮してもらいたいんよ」

「え……?」

「…………はぁ」

 

 頭を抱えると休憩所のドアが開く。 入ってきた男性局員は、やけに息を切らせながら八神はやてに告げる。

 

「大変だよ八神!」

「ど、どうなさったんですか?」

「見たこともないお偉いさんがお前をご指名だ!!」

「…………大変や、心当たりが多すぎる」

 

 顔面蒼白となった少女は、おなかを抑えながらうずくまる。 

 その様子に同情を禁じ得ない同僚と、疑問符が咲き乱れているカカロットさんは、とりあえず彼女を応接室にまで連れて行くのであった。

 

「八神、おまえがなにやったってんだよな?」

「……いろんな事、やったよね」

「う゛……確かにここ数ヶ月、この支所で様々な事やらかしたよな」

「――――主にカカロットさんが、やけどね」

「え? なんでそこでオレが出てくるんだ」

「………………八神、この人ホンキか?」

「うん、来期のボーナスをかけてもいいよ」

「うわぁ……」

 

 最初の冷徹な印象も、ここ数ヶ月で天然ぼけで寡黙な戦闘凶という認識が出来た隊員に全力同意。 担ぎ上げながられながら、徐々に顔色が良くなっていくはやてだが、すぐそこにある胃痛の原因に冷や汗が止まらない。 だからだろう、致命的な行動に自覚がなかったのだ。

 

「よし、ドアを開けるぞ八神」

「お願いします…………八神隊員、到着しました――」

「あ、お久しぶりはやてさん。 私預かりになって、かれこれ1年ぶりかし…………ら゛!?」

「よお、リンディじゃねえか、久しぶりだな」

「…………ねぇ、何で貴方ウチの制服を着てるの?」

「なんでって、シュウショクしたからだ」

「ごめんなさい、言ってる意味がわからないの。 というよりその姿…………まさかっ!?」

 

 リンディ・ハラオウンが現れた。

 彼女はカカロットさんの姿を見た途端に青筋を立てる。 いや、別に悟空が気にくわないだとか、この展開に強力な理不尽を覚えたわけではない。 中空を指でなぞると、彼女は緊急連絡先にコールボタンを連打した。

 

【はいはい、そんな呼び鈴鳴らさないで頂戴】

【プレシアさん! これは一体どういうことですか!!】

【はて?】

【こっ!? この人……! なんでわたし何かしたかしら? みたいな声が出せるのかしら……!!】

【というか、そ……カカロットくん、数ヶ月しか隠せないとは情けない】

【数ヶ月!? ……まさか後期採用試験での唯一の合格者って】

【~~♪】

【………………ウソでしょ】

 

 もう、魔女の声も聞きたくないのだろう、即座に念話を切ると、そのまま問題児を見る。

 どう見て超サイヤ人・孫悟空。 それをある意味で本名な偽名と偽り、事もあろうか自身の下ではたらく事になるであろう八神はやての隣に来るよう、就職試験をさせたのだ。

 明らかに狙っている。

 絶対に押しつける気だ。

 そうで無くてもこのまま彼女が悟空に振り回されるならば、いつか絶対に問題が爆発する。

 

 以上の事を踏まえて、彼女はついに状況を把握した。

 

「はやてさん」

「は、はい……!」

「付き合うわ……地獄の果てまでも」

「ありがとう……ございます……ぅぅ」

 

 本当に安堵したのだろう、直立不動でボロ泣きし始めたはやての肩を、そっと抱きしめてあげるリンディであった。

 

「なぁ、あいつらどうしたんだ?」

「いや……あんたちょっと自覚持たなきゃダメだよ」

「?」

「……俺も、いつまで新人気分じゃ居られないなぁ。 二年目だし、頑張るか」

 

 超絶怒濤の大型新人を前に、自覚と決意を強制させられる局員であった。

 

 

 

 

 

 

「それではやてさん、大丈夫?」

「え、えぇ……ご、カカロットさん、今のところ大きな問題は起こしてないので」

「そうじゃなくて、貴方の身体のほうよ」

「…………この間、胃潰瘍で緊急搬送されました。 久しぶりに病院のベッドで眠りましたよ」

「そう……そう……っ」

 

 元々が病院生活を送っていた彼女の台詞に、涙を禁じ得ないリンディ。 彼女はそっと頭をなでると、悟空に鋭い視線をぶつける。

 

「ちょっとご――こほん、カカロット君、あなたなにやらかしたの!?」

「え? オレなんもしてねえけどな」

「ほんと?」

「いつも通りだったぞ」

「それってつまりいつもハチャメチャだったって事?」

「この提督さん、わかってるなぁ」

「……そこのキミ」

「は、はい!?」

「最近なにか変わったことはあった?」

「えっと……」

 

 悟空からの聴取をあきらめると、第三者に切り替えるリンディの判断力は流石の一言。

 器物破損? 施設の食料を全部平らげた? いったい、なにをやらかしたのだ。

 

「えっと、デスクワークが壊滅的にダメで、それを八神が一人で引き受けてたから皆で仕事を廻して……」

「……はぁ、やっぱり」

「あと、一時期食堂が閉鎖になりましたね」

「でしょうね」

「それと」

「まだあるの?」

「前に訓練中に遭難した新入りを、誰も見つけられなかったのにいつの間にか背負ってやってきたり」

「……」

「俺も、苦手なサバイバル訓練のときに凄い助けてもらいましたね」

 

 やけに、喰って良い物悪い物の判別がうまいんですよ。 彼がそういうと、悟空は後頭部を掻きながら上を向き、呟く……そう言えばそんなこともあったな、と。 この男の問題行動は今に始まったことでは無いものの、それと同じくらいに誰かのためになる事もする。 だから、徹底的に責められないリンディは、いよいよ、うなだれる。

 

「そういえば」

「まだあるの?」

「あ、いえ。 カカロットさんとは別件なんですけど、今朝、ウチの次元振測定機器が大きく反応したんですよ」

「――――ちょっとッ!!?」

「あ、いやオレはなにもしてねえって」

「ダウト! どうやっても――」

「あの、次元振とカカロットさんがどうしたのですか?」

「…………なんでも、ありません」

 

 頭を抱えながら椅子に座り直すリンディは、今度こそはやてに同情し、決意する。 あぁ、この子にこれ以上の負担を強いるわけにはいかない、と。

 

「確かに、この部隊にとってプラスになる行動はあるようね」

「だろ? オレも結構がんばってるんだぜ?」

「だ、け、ど!」

「ん?」

「それ以上に問題行為が多すぎる!! どうせ今朝もはやてさんにムリヤリ迫ったのでしょう?」

「え? カカロットさんが八神に!?」

「……まぁ、無理言って修行しようぜって言ったかもな」

「あぁ、そっち」

 

 今朝のやりとりは既にここの名物になって居て、なかばあきらめていた問題だ。 そこにこうもメスを入れられる人物が現れたことは、皆にとって救いでもある。 特に、胃液の分泌が活発すぎるはやてにとっては救いの神に等しい。

 しばらく悟空とリンディの口論(一方的)が行われると、何個か約束事を取り付けられたようだ。 渋々頭を下げたように見えたのは隊員だけ秘密である。

 

 その約束事がなんなのか、それは意図的にリンディが音を消してしまったために、隊員にはわからなかった。

 

 

「……それじゃあカカロット君、皆に迷惑をかけないようにね?」

「あぁ、気をつける」

「…………頑張ってね、そのティアナってこのためにもね」

「おう! やれるだけやってみるさ」

 

 リンディが、管理局本部に帰っていく。

 悟空のブレーキが居なくなる事に対する不安で皆が意気消沈するが、なんとなく、彼女と会話した後の青年(?)の姿が、雰囲気が、変わったように見えて、不思議と気は軽い。

 

「……ご、カカロットさん」

「どうした? はやて」

「リンディさんに、なにを言われたん?」

「…………へへ、がんばれって言われた」

「へ? それだけ?」

「あとは秘密だ」

「……いいもん、後でリンディさんに聞くから」

「ああいいぞ? きっと教えてくれねえし」

「え?」

 

 超サイヤ人の鋭い眼差しが柔くなる。 その姿に隊員達が少しだけざわつくが、彼の真の姿を知るはやてにとっては、特に騒ぐことではない仕草であって。

 

「はやて」

「ど、どうしたん?」

「いままで、悪かったな」

「え、え?」

「……オラもう少し頑張ってみっからさ、これからも頼むぞ」

「…………しょうがないなぁ、ええよ、一緒にがんばろ?」

「おう!」

 

 拳を差し出した悟空に、そっと合わせると、ニシシと笑い合う。

 

 リンディがなにを言ったのか。 どうやってこの男をここまでやる気にさせたのか、はやてにはまだわからない。 だけど、きっとここからだと、期待を胸に抱くのには、十分すぎる出来事ではあった。

 

 

 

リンディが来て、1週間が過ぎた。

 あれからと言うものの、悟空からのお誘いはなくなり、はやての朝の時間は随分と穏やかなものとなったのだ。

 悟空に担がれない。

 残像拳を見切る作業にも入らない。

 気合砲を弾く絶技も必要ない。

 

 とにかく、心安らかな時間が圧倒的に増えたのだ。

 

「うれしいけど、ほんと、ごくうはリンディさんに何言われたんやろ?」

「おーい、八神―!」

「あ、おはようございます」

「おはよう、今日も静かでよかったな」

「あ、はい、おかげさまで」

「やったのは提督さんだけどね」

「あはは」

 

 極普通の会話に、ありきたりな会話。 これだ、この風景こそ少女が欲してやまなかった平穏な職場風景なのだ。 いままでの台風が在中している戦場はついに消えたのだ! ほろり、少女の目尻に輝くナニカがこぼれる。

 

「お、はやて!」

「ご――カカロットさん、おはよう」

「へへっ、今日も早いな。 んじゃ、オラ用事あるから、じゃな」

「あ、うん」

「ん? “オラ”……?」

 

 首をかしげる局員を放っておき、悟空はせっせと施設を駆けだしていく。 どこに行くのかと視線で追うものの、彼の行方を把握するなど誰にも出来はしなかった。

 

 始業のベルが鳴り、今日も管理局の一日が始まる。

 そう、始業のベルで一日が始まったのだ。 八神はやての悲鳴でも、孫悟空の放つオーラ音でもなく、メンチ切ったときに起る不自然な爆発でもない。 普通の、朝が来たのだ。

 

 朝礼。

 朝会議。

 業務報告と指示だし。

 

 それらがなんら滞りなく行われる。 まるで悟空が入社する前に戻ったみたい。

 

「…………あれ?」

 

 そう、悟空が居なくなって、世界はようやく正常に回り出す。

 

 それが、不意にはやての胸を締め付けてしまう。

 

「…………うそ、やよね」

 

 悟空は朝、用事があるから出ると言った。 だがそれがなにかも教えてくれなかった。 リンディだってそうだ。 あのとき、悟空になにを言った? 自分に教えてくれないと言うことは、まさか言えない事を二人で相談したのではないか?

 

 八神はやての負担になるから、もう、ここから――――

 

 そんな言葉が彼女の脳内に響くと、足下の感覚が消え失せる。

 景色が揺れ、顔から血の気が引く。 あのときの笑顔も、自身に心配をかけまいとしたフェイクだったのでは…………? 彼は、見た目も言動もああだが、一応自身の倍以上は生きた、一人の父親である。 子を育み、家庭をもったオトナである。 ソレが子供に気を遣ったのではないか?

 自分のタメに、彼の小さな願いを踏みにじったのではないか?

 

 少女は、ソレがひどく悲しくて……許せなくて……

 

「どうして――――」

「――――…………いやぁ、危なかった。 危うく遅刻するとこだったぞ」

「…………ほえ?」

「よぉはやて。 悪かったな遅くなって。 ちぃとリンディとこで準備してたんだ」

「え、え?」

 

 ――――まぁ、全部気のせいだったんですけど。

 悟空がこっそりとはやての後ろに瞬間移動で現れたのだ。 運良く誰にも観られていなかったモノの、現状、下士官の彼がそんな高等技術が使えるところを見られれば……今更過ぎるか、はやては思考を切り上げると、本題に移る。

 

「準備ってなんやの?」

「あぁ、なんでもここにいる連中でなんかするから手伝ってくれって」

「なんかって、なんやの?」

「カンポー、ケッカイ?」

「…………歓送迎会?」

「そうそう、そんなやつ」

「そっか、もうそんな季節なんやな」

 

 なんだ、粋な計らいをしていただけだったのか。

 なで下ろした胸、そんな自身の行為に気がつくと、はやてはそっと悟空を見上げる。 いつも通りだけど、本来の彼とは違う姿。 その、いつもの姿がとても落ち着いて、心になんとも言えない鼓動が響いていく。

 

「あーぁ、結局いつも振り回されちゃうんやから」

「なにがだ?」

「んーん、なんでもないんよ」

「そっか」

「うん」

 

 晴天のような笑顔を向けると、彼女は小走りで駆け出す。 いつも通り、自身がやるべき事へ向かい、少女だけが出来る戦いを、続けていく。 その背中を見守る戦士は、一人、あのとき言われた言葉を口にするのであった。

 

「…………オラには出来ない、闘い方、かぁ」

 

 そのための修行を、彼女はいま行っている。 その邪魔を、師匠の自分がしてやるわけには行かないだろう。

 にっこりと笑った悟空は、両腕を持ち上げて背伸び。 そよ風に吹かれつつも、ゆっくりと彼女の背を追いかけるのであった。

 

 

 

 




悟空「オッス! オラ悟空」

はやて「なんやろう、なのはちゃん達との修行期間の差を無理クリ縮めさせられている感覚。 わたしどうなってまうん?」

悟空「でぇじょうぶだ、いざとなったら仙豆がある」

はやて「つまり、死にかける前提ということなん?」

悟空「おーい、みんなー! ゴハンだぞー!」

はやて「ちょぉ、人のはなしに答えてよ! 何か言って! ごくう!!」

悟空「でぇ丈夫だ、いざとなったらドラゴンボールがある」

はやて「そのレベルのいざは洒落になってないんよ!?」

リンディ「次回、魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第87話」

ジェイル「目覚めろ、その欲望!!」

悟空「へぇ、次の仕事はゴエイニンムかぁ、またキャンプか?」

はやて「ちょっとまって、護衛対象って……」

ジェイル「…………」

はやて「いや、だからあんたなにものなんや!!」

ジェイル「…………ボクにも、わかりません……では」

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