魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第88話 合格者ゼロ!? 悟空の新人研修!

 

 

 ジェイル達との楽しいドライブを終えた悟空とはやて。 その先で待って居たのは10人程度の武装局員が守る転送ポートである。 たかが人間ひとりを搬送して行くにはあまりにも物騒な人員は、だけど彼が犯してきた悪行を思えば仕方がないものであろう。

 

 だから、ジェイルは特にこの扱いに文句はない、故に今にも殺気立ちそうになったウーノを静かに抑える。

 

 その気配を誰よりも素早くキャッチした人物が居たのだが、彼は決して動こうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

「よし、またなジェイル」

「……貴様、この状況でよくそんな軽い挨拶をはけますね」

「よすんだウーノ。 それに彼ならばどうせすぐに会えるだろう、それはキミにもわかることだろう?」

「言われてみれば、そうですね」

『???』

 

 その場に居る誰もが強がりだと思った。 武装局員達は、今の言葉を受け流すとジェイルにデバイスを突きつけ、そのまま歩を進める。

 ここで局員の誰もが心の中に引っかかりを覚える。

 だって、重犯罪者だと言われて、そうだと覚悟してここに来たというのに、それがどうだ? 目の前に居る男が持つ瞳の色はなんだ? いつも見る犯罪者達とは正反対にきれいで、まるで子供のような純粋ささえ秘めて見える。

 あの、重犯罪を起こしたマッドサイエンティストの面影など、何処にもなかったのだから。

 

「あぁ、そうだ」

「おい、ジェイル・スカリエッティ。 余計な会話をするんじゃない」

「なに? いつから管理局は別れの挨拶すらさせない無礼極まる組織に落ちたと言うんだい。 いいじゃないか、朝からのつきあいではあるが、あんな小さな隊員に愛想くらい振りまいたって」

「貴様、調子に乗るんじゃ――」

「いいだろう、だが、2分だけだぞ」

「あぁ、十分だ」

 

 片手をひらひらと振ると、ジェイルはニッコリと笑い、ゆっくりとはやての方へ向き直る。 その姿に隊員の誰もが気障な印象を持ち、眉を持ち上げる。

 

「君達との楽しい時間も、どうやらここまでのようだ」

「あ、その」

「そんな顔をするんじゃない、八神はやて。 キミはキミのやるべき事をやった、そうだろう?」

「でも」

「それに今はこんなでも私は十分罪を犯したクズだ、むしろこの程度で済んでいるのはそこに居る彼のおかげだろうな」

「え? オラか?」

「まぁ、随分と荒療治ではあったけどね」

「……へへ、わるかったな」

「あぁ、反省したまえ……くはは」

「ん」

 

 のこり、1分。 隊員が告げるとジェイルは一瞬だけ口角を上げる。 その表情が、その気配が、どことなく覚えのある悟空はここで一計を案じた。

 

【どうした? ジェイル】

【ふむ、思った通りの反応で嬉しいよ孫悟空。 そして、計算通り君の使う“会話”は少々特別らしい】

【え?】

【時間が無い、詳しいことは後だ。 ………………管理局は、やらかした】

【どういうことだ?】

【別に私はいままで腹痛で入院していただけじゃない。 あのじいさま達の悪巧みを遅らせるためにあえて阿呆を演じていたのさ】

【そうか? 結構マジに見えたけどな】

【ま、まぁ、あそこまで強烈なのは正直言って想定外だったけどね。 む、隊員がそろそろ限界か、こらえ性のない奴らめ。 いいか孫悟空、続きは私とキミが初めて会ったところでしようじゃないか。 あの、懐かしの廃墟でね】

【え、おい――】

 

 悟空が表情を変えて質問に乗り出そうとした時である。 シビレを切らした隊員がジェイルの肩を掴む。

 

「時間だ、もういいだろう」

「ふぅ、ワビサビのわからん男共だ」

「ジェイルさん!」

「あぁ、最後に八神はやて君。 さっきのレモンスカッシュ、アレには実は隠し味があってね」

「え?」

「カカロット君の行きつけのお店、そこの店長が知っている。 知りたかったら彼に聞くといい」

「あ、はぁ……?」

 

 言い終わると彼は隊員達と共に転送され、生き場所のわからない次元世界へと消えていってしまう。 ここで彼等との短い旅路は終わり。 任務は無事に完了である。

 

「それじゃ、いこうかごくう」

「……あぁ」

 

 その胸中に、言い知れない不安をかかえながら…………

 

 

 

 帰り道、悟空とはやては瞬間移動で隊舎に戻ろうとすると、そこで一瞬動きが止まる。 どうしたのと見上げたが、いつになく真剣な表情の悟空にはやては思わず息を飲む。

 

「はやて」

「……?」

 

 風が、吹く。

 その生暖かさがはやての首筋を駆け抜けると、全身から汗が噴き出す。 まるで、なにか得体の知れない力で押さえ込まれたかのようだが、これははやての緊張の糸が思い切り引っ張られているに過ぎない。 それほどの緊迫感、そこまでのシリアスを醸し出したのは、あの、いつも脳天気を醸し出す青年なのだ。

 よほどの事が起きたと、決意を固めたはやては、ついに口を開いた。

 

「………………ど、どうしたのごくう?」

「いやオラ、ハラぁ減っちまった」

「……………………………………………………はぁぁぁぁぁぁ」

 

 まぁ、全部杞憂だったんですけどね。

 

 肩から腰から、一気に力が抜けきってしまったはやては、傍らに置いてあった筋斗雲にダイブ。 圧倒的モフモフ感を堪能しながら、今し方受けたストレスを癒やしていく。

 伝説の神器がいまじゃ疲れたOLの癒やしグッズである。 これをカリン様が見た時の反応が気になるし、カリン様を見た時のはやての反応も気になるところだろう。

 

 しばらく、はやてが筋斗雲に顔を埋めていると……

 

「なぁ、はやて」

「どないしたん?」

「今日ってさ、もう管理局のとこに戻らなくていいんだろ?」

「え? あぁ、うん。 一応、定期連絡入れたらそのまま帰ってえぇみたいやね。 ……うーん、普通こういうときはすぐに帰還して報告書まとめるんやと思うけど」

「そうか、だったら今日は“オラの行きつけ”に行こうぜ」

「え? えっと、ソレってもしかして翠…………――――」

 

 はやての言葉を聞く前に孫悟空はこの世界から消える。

 

 

 

 

「……ヤツラ、何処へ消えた」

「くそっ! せっかくの手がかりが」

「まさか隊舎へ単独で帰還できるのか。 ……そんな報告受けてないぞ」

 

 そこへ慌てて駆け寄る数多くの影など、お構いもなく……だ。

 

 

「――――…………到着!」

「いつも思うんやけど、瞬間移動と言うよりも次元跳躍だよねこれ」

「何言ってんだ? きちんと一瞬で移動してるじゃねえか」

「そう言うんじゃ無くて。 まぁいいか」

「あ、それオラの」

「えへへ」

 

 はやてを肘でつつきながら、悟空は喫茶翠屋の扉を開ける。

 多忙なはやてにとっておおよそ闇の書事件以来となる来訪。 だが、鼻をくすぐる懐かしい珈琲の香りは、彼女をあの頃へと戻して行くには十分であった。 自然、口からはいつも通りの挨拶が紡がれる。

 

「おじゃましまーす」

「おや、懐かしいお客様だね」

「悟空君、おや? その恰好は……?」

「オッス! モモコ、シロウ、久しぶり」

 

 言うなり席に案内され、悟空とはやては軽食を頼むこととなる。

 その間、桃子が腕まくりして厨房から消えていく姿にはやては一抹の不安を覚えたが、あえて放っておくこととした。

 

 しばらくして。

 

 はやてにはサンドイッチとミルクを添えた珈琲が一つ。

 悟空には半ライス……の代わりにカツ丼、天丼、親子丼。 味噌汁の代わりにラーメンを鍋ごと。 縦長テーブルを埋め尽くす程の料理の数々をおかずにして、ようやく彼の“軽食”が用意される。

 

「……あの、おかしくない?」

「いっただっきまーす!!」

「勝手にはじめないでごくう」

「おボぼりー!!」

「はいはい。 でも、きちんと噛まないとだめよ悟空君」

「んぐんぐっ! がつがつがつッ!!」

「聞いてるんだか聞いてないんだか」

 

 嵐のような食事風景を余所に、なんとかサンドイッチの咀嚼をはじめたはやて。 この、恐ろしいほどの食欲が宇宙最強の原動力を生むというのなら確かに納得だろと、心のどこかで説得した。

 しばらく、悟空が翠屋の在庫と激闘を繰り広げると、ようやく彼の箸が勢いを緩める。 流石の悟空も、あんな量の食事を昼夕と続ければ疲労も見えるだろう。 まして、今日は特に目立った戦闘はしていないのだから。

 

「ふぃー」

「おなかいっぱい?」

「あぁ」

「そっか、よかっt」

「ハラ7分目だな」

「っ…………!!」

 

 絶句、である。

 あんだけの量をむさぼっておきながら、この男は晩飯の為にまだ余力を残しているのである。 

 

「さってと、よく食ったところで……」

「どうしたんだい悟空君。 ……まぁ、キミがウチに顔を出すときは大体何かあったときだよね」

「そうか? そんなこと無いと思うんだけどなぁ」

「あるんだよ、そんなことが。 ……ところで、キミの知り合いにスカッシュさんと言う人は居るかい?」

「え? そんな奴居ねえけどなぁ」

「そうなのかい? おかしいな、あの人が言う“髪の毛の色をしょっちゅう変えたがる変人”ってのはどうにもキミの事だと思ったのだけど」

「……それってまさか」

 

 八神はやてがすぐに席を立つ。 周囲の席と外を確認すると悟空に向かって念話うぃお飛ばす。 ……ここら周辺に、先ほどまで感じた気はまだあるか……と。 答えはNOと来たので、はやてはそのまま士郎に続きを促す。

 

「数週間前かな。 初めて来たお客様が居てね、その人が近いうちに変わった髪の趣味をした男が来るから、その人に“これ”を渡しておいてくれって頼まれているんだ」

「……やっぱり。 ジェイルさん、さっきのレシピの話はそう言うことやったんやね」

「なぁはやて、オラさっきから置いてけボリなんだけど、どうしたんだ?」

「ジェイルさんは気づかれないようにメッセージを残したんや。 管理局全体に知られないよう、わたし……ううん、悟空にだけでもわかるようにして」

「オラか? なんだってジェイルの奴はオラだけにそんな……いや、待てよ」

「どないしたんごくう?」

「そう言えばさっき、ジェイルと内緒話してたんだけどさ」

「それって念話? でもあそこだと盗聴されてまう、一体どうやって」

「オラが直接、心に話しかけてたかんな、それだと他の奴に聞こえないんだろ? ジェイルの奴もオラが使うのは特別って言ってたし」

「そ、そうなんだ」

 

 5年越しの事実、孫悟空が使うものは念話ではなかった――!!

 

「って、ごくうは魔導師やないし、いまさらやね。 ……それで士郎さん、渡されたモノって言うのは?」

「あぁ、実はこの箱なんだけど……これ、鍵もないしどうやっても開かないんだ」

「――――おりゃあ!!」

「良し、あいたね」

「…………あぁ、そういう感じね」

 

 士郎から受け取った箱、それを強引に開けた悟空の手の中には一枚のマイクロチップが転がっていた。 いまどきこんな情報媒体を残すなんて……はやては、怪訝そうな顔をしながら、これを確認することにした。

 

「士郎さん、すこしだけ場所を借りてもいいですか?」

「あぁ、勿論。 そうだ、奥の部屋が開いてるから、そこに飲み物でも用意しておこう」

「ありがとうございます」

 

 そういって彼等は翠屋の奥、休憩に使う一室へと入り込んでいく。 テレビと機材を借りて、マイクロチップの映像を出力できないか試行錯誤すること1時間。 なのはが昔集めていた私物でどうにか再生が可能となり、悟空とはやてはその内容をじっくりと見ることになる。

 …………ジェイルが残した忠告を、彼等はようやく耳にすることが出来るのだ。

 

「こ、これって――――」

「…………ずいぶんとエライ事になったなぁ」

 

 

 そう呟いた二人は、いよいよ遊んでいる事態ではなくなっていった………………

 

 ジェイルの残した情報を見たはやては、それを誰にも報告することはなかった。

 

 もう、管理局という組織そのものに疑念を抱いてしまったからだ。

 

 いつ、何処に聞き耳を立てられているかわからぬ状況は、迂闊な発言すら許さないからだ。

 

 しかし、その中でもやらなくてはならない事は確かにある。 それは――――

 

「もう、こうなったら腹くくるしかない」

「そうだな。 半分ちかくオラのせいでもあるしな」

「それはちがうんよ、あれは欲張りな人達がいけないんや。 そしてアレは絶対にくいとめな」

「あぁ。 アレが何なのかはまだわかんねぇけど、きっと良くない奴だってのはよくわかる」

 

 いま聞かされた警告を、重く受け止め無くてはいけないと言うコトだ。

 そうして決めた覚悟に、悟空も首を縦に振ってはやてを舞妓する。 ここから先は、はやてにとっても、そして悟空にとっても未知の戦いだ。 きっと、今まで以上に苦難に満ちた戦いになるというのは目に見えている。

 

 そう言って、彼等が機材を片付ける直前、画面に映っていた文字にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 魔道生命体 人体融合強化計画  別呼称“魔人計画”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジェイルからの忠告を受け入れてから、はやてはすぐに動くことを許されなかった。

 彼を護送して、急に態度が変わると、少なからず周囲に異変として変化を気取られるからだ。 そんなことをすれば、おそらくジェイルが関わる部分に知れ渡り、彼女達がつけいる隙が無くなることは目に見えているからだ。

 

 悟空が、力業でどうにかすることは可能だ。

 だがそれは今現状をどうにかするだけでしかない。 それでは真に脅威を払うことにはならないのだ。

 

 そもそも彼が、ジェイルが進めされていた計画というのは多重にプランを重ね合わせた一種の複合実験のような物である。

 一つの実験がダメになれば、それを切り捨てて、別の実験にシフトする。 そう、例え悟空がジェイルを強引に取り戻して界王神界に縛り付けたとしてもその代わりがすぐに用意されてしまうのだ。 悟空が、認知できないような世界でこっそりと。 悟空が居る限りこの世界が破滅することはない、それは良い。 だがその方法ではその先がない。

 ソレではダメなのだ。 悟空が居なくなっても、世界が平和でなければ何ら意味は無い。

 

 だから、はやては考えたのだ。 この未曾有の危機を前に、どうすれば打ち崩せるかを。

 どうすれば、このような事態が起らずに済むか……を。

 

 

 

 

 

 そう、はやてはとりあえず”そう”考えては居たのだが……

 

 

 

 

 

 

「3回目の、春……」

 

 そう呟き、管理局の敷地を見渡す。

 あれから数年が過ぎ、ソレまでの道のりは決して楽な物ではなかった。

 

 それなりの地位ではダメなのだ。 この、五臓六腑にまで悪性が染みこんだ組織を浄化するには、それこそリンディすらも黙らせる力が必要なのだ。 そうで無くては今までと変わらない。 だがそれは、やはり一朝一夕で得られるモノでもなかった。

 

「ごくうとあの情報を見て、もう3年。 わたしは結局何が出来ただろうか」

 

 八神はやて 16才。

 既に一等陸尉という階級にまで昇っていき、中隊長レベルの“雑務”をこなす事が出来るようになって居た。

 

 だが、これじゃ足りないのだ。

 時間は有限、いまのままゆっくりと歩んでいてはいつか取り返しが付かない事が待って居る。 ソレはなんとしても防がなければならない。 その重いだけで彼女は異例とも呼べる出世を繰り返し、いまここに存在している。

 

 そして、そんな彼女の苦労を知ってか知らずかあの男はと言うと――――

 

 

 

「えっと、今日おめぇたちが戦力になるか確認するそ……ゴホン、カカロットだ、よろしく!」

『はい!!』

 

 ひよっこ共相手に、いつもの笑顔を向けていた。

 入社から三年、悟空がデスクワークをやらなくても言いと言われて2年と6ヶ月。 悟空風に言えば修行が一つ完成するくらいの帰還が流れた。 ならば、あの悟空だってそれなりに成長するはずなのだ。

 

「なんか質問ある奴は……」

「は、はい! カカロット曹長!!」

「お? うっし、そこの勢いが良い奴、どうした?」

 

 …………孫悟空は、曹長へと昇進していた。

 もともと、彼が持つ規格外の戦闘力ならば、多大な戦績を残すことも可能であろう。 だが、それをよしとしなかった悟空は、あえてはやてよりも格段に低い立場に居ることを望んだのだ。 

 

 悟空が行っているのは、かつて自身も経験した新人教育である。

 ただし、これはあの頃とは違いはやてと悟空によって大幅なアレンジが加わっている。 そのせいで彼等が受け持つ部署はかなり曰く付きのモノとして扱われているが、そんなことはお構いなしである。 ただまぁ、他と比べてコッチへの配属希望は圧倒的に少なく、今では100人中10人居れば……というあり様なのだが。

 

 

 入りたてのひよっこ達。 よちよち歩きもままならない彼等を前に、悟空はこれからの予定を、はやてから渡された台本を読み上げながら説明していく。

 

「とまぁ、今日は簡単な説明で終わりだ、明日から本格的な修行に入るからな」

『はい!…………修行?』

「覚悟しろよ? 好き好んでここまで来たんだ、おめぇ達には是非最後までやり遂げてもらいてえかんな」

 

 そのときの笑顔を、後々まで新人達は忘れることはなかっただろう。

 

 

 

 

 悟空が居る部屋から出て行った新人達は各々の部屋へ戻っていく。

 その中で二人、今日という日を夢見た新人が、手を握りながら立ち止まっていた。

 

「……ついに、ここまで来たんだ」

「さすがのティアも緊張してるんだね」

「そういうスバルこそ、さっきから膝が笑ってるんだけど」

「あ、うん。 やっぱり緊張しちゃうよ」

 

 懐かしい顔がそこにあった。

 偶然か、必然か、かつて悟空が引っかき回した運命は、ここで交差し同じ道を歩もうとしていたのだ。 

 

「でも凄い人だったよね」

「え? ……あぁ、あの曹長のこと?」

「うん、そうだよ」

「アンタ、あのヒトのこと知ってるの?」

「え? 知ってるも何もティアも言ってたじゃん」

「違うって。 あたしが言ってたのはあのヒトじゃないって。 髪の色も雰囲気も全然ちがうし」

「でも、ここの教官なんだよね?」

「……そう、なんだけど」

 

 期待していた現実との乖離。 それは少女のやる気を削ぐのには十分だったろう。 だが、ティアナは只の少女で終わるタマではない。 すっと握り拳を作ると、それを大きく掲げる。

 

「スバル」

「え?」

「明日は絶対に高成績を残すわよ。 まずは最初の一歩が肝心なんだから、気合入れていく。 いい?」

「もちろん! アタシも明日は絶対に頑張る!」

 

 おそらく、今この施設で一番気合入っているのがこの二人。 燃え上がる勢いの気合を前に、周囲の通行人が避けて通る中。彼女達の作戦会議は夜遅くまで行われることとなった。

 

 

 翌日。

 

 

「うひゃあああああ!! 遅刻遅刻ッ!!」

「どうして起こしてくれないのさティア!」

「そういうアンタだって一回目を醒してたじゃない!」

「その後もう一回寝ちゃったんだよ……そういうティアだってなんでソレ知ってるの!?」

「……あたしも、その、アレよ」

 

 遅刻の原因のなすりつけ合いをしながら彼女達は廊下を爆走。 最後のコーナーを前傾姿勢でクリアすると、入り口の扉を叩いて中に入り込む。

 

『遅れてすみませんでした!!』

「……なんだ、曹長殿じゃないのか」

「え?」

「あのヒト、まだ来てないんだ」

「…………うそーん」

 

 どうやらまだ始まっていなかったらしい。 怪訝そうに曹長を待ち続ける新人達を余所に、そっと胸をなで下ろした二人はそっと席に座る。

 

「……なんだかなぁ」

「でもよかったじゃん、おかげで新人研修一発目でやらかさないで済んだんだから」

「それは、そうだけど……」

「拍子抜け?」

「……ちょっと」

 

 怒られるのを覚悟していたティアナからしてみれば、この結果はあまりにも肩すかしが過ぎる。 そんな自分勝手な感情に揺れ動きながら、曹長を待つこと20分……

 

「流石にこれは」

「一体いつになったら来るの……?」

「おいおい、どうなってんだよ」

「まさか試験会場間違えてないよな」

「……事故?」

 

 いよいよ不安が溢れてきた新人達は、様々なリアクションを取り始めていく。

 あるモノは部屋を出たり入ったり。 またあるものは腕時計と備え付けの時計を確認したり。 段々と落ち着きがなくなっていく周囲に、ティアナも席を立ち上がろうとしたときだ、不意にスバルが声をかける。

 

「しりとりしよ?」

「……あんたねぇ」

「いいじゃん暇なんだから。 ソレかストレッチでもする?」

「ここで!? ……アンタがソレやるといつも…………あぁもう、わかったわよしりとりで良いんでしょ!」

「わーい!」

 

 あくまでもマイペース過ぎるスバルに乗せられて、机に肩肘つきながらボソボソとしりとりを開始していく。

 

「先行はアタシからだよ! しりとり」

「って、それちょっと狡くない? 料理」

「り、リウマチ」

「調理」

「りり、リクガメ」

「倫理」

「りりり、リス」

「スリ」

「………………むぅぅぅ!!」

「ご、ごめんってば! そんなにむくれるんじゃないわよ……もう、えっとす、す……」

 

 ティアナがスバルのレベルに合わせようと、簡単な単語を探していると、耳元で奇妙なノイズが走る。 一瞬過ぎて、髪が垂れたのかとかき分け、続きをしようと簡単な単語を――

 

「スパイス」

【す、すまねぇ!!】

「え? えっと……って、それは無いんじゃないの?」

【あ、あぁそれはオラも思う。 オラとしたことが今日の会場は違うとこだなんて思わなくってさ。 いやぁ、失敗失敗】

「…………え、ちょっとまって」

 

 ノイズが意味を持った言葉として、部屋中に響き渡る。

 それは聞き覚えのある声であって、でも、ソレがなんなのか今のティアナにはまだはっきりと確信が持てず、ピントの合わない眼鏡のようにイメージがぼやけてしまう。

 

「あ、この声!!」

【お、今のは昨日の元気だった奴だな。 良かった、その中じゃおめえが一番目立つかんな。 ちいとそのままそこに居てくれ】

「……?」

「というか、これってどういう現象なの?」

「これが念話という奴なのか」

「だとしたらどんな原理で」

「それより今から移動するにしてももう時間が」

 

 今更な対応に皆がなかばあきれている中、ひとりニコニコと周囲を見ているスバル。 その姿が、皆には意味を見いだせず、ただ、落ち着かない女子だなぁと、好き勝手な評価を下していく。

 真に落ち着かない存在が、もうすぐそこに居るとも知らないで。

 

「まったく、教官殿にも困ったモノですな」

「ほんとほんと。 これでよく“あの”八神陸尉の下に居られるもんだ」

「――――――…………あぁ、そこんとこはオラもホント申し訳なく思ってんだ」

「だとしてもこういうのはダメだと思いますけどね…………ってうぉあ!?」

『!!?』

 

 文句を好き放題言っていく新人達、その後ろに奴は居た。

 ようやく着慣れてきた制服をやや着崩し、頭髪は逆立ち、色彩はあの黄金色、時空管理局勤務の孫悟空がそこに居た。

 

 彼は驚愕する新人達に軽い会釈。 しかしいまだ状況が掴めずぼうっとしている彼等を見ると、手を引っ張りながら一カ所に集めていく。 なんだ? 来て早々なにをしはじめた……? 皆が警戒と疑問に包まれる中、スバルだけはその目を燦然と輝かせ、静かにティアナの手を握った。

 

「え、ちょっとスバル?」

「しっかり捕まってて、すぐ“変わる”から」

「は? アンタなにいって…………――――」

 

 ティアナがスバルに手を引っ張られると世界が暗転する。 気でも失ったのかと、一瞬の立ちくらみを覚えたそのときだ、彼等彼女達の眼前には信じられない光景が広がる。

 

「こ、れ……」

「ここ何処だよ?」

「俺達、さっきまで会場にいたよな……?」

「どうなってんの」

 

 まずは軽いジャブ。 悟空からの手厚い歓迎を一身に受けた新人達は、何でも無いように歩いていく教官に向かって、なんとも言えない視線を集めていく。

 

「遅れて申し訳ねえ。 いやぁ、みんないつまで経っても来ねえからおかしいって思ってたら、はやてに言われて初めて気がついた。 わりぃな」

『あ、はぁ』

「それじゃ少し遅れたけど、みんな、張り切っていこう!」

「はは、相変わらずだな……」

「スバル?」

「ううん、なんでもない」

 

 カカロット曹長指揮のもと、新人全員が隊列を組む。 まぁ、悟空が何も指示しなくても勝手に並んでくれたのであるが……

 そんな彼等を見て、否、“観て”悟空はすかさず視線を鋭くした。

 

「今日から一緒に修行するわけだけど、一つ、言っておきたいことがある」

「……急に雰囲気が変わった」

「だらけているように見えて、やはり歴戦の勇士って事……?」

「いったいなにが……」

「いくら辛いって言っても、もう、後戻りは出来ねえかんな」

『………………はい?』

 

 そうすると、彼は遠くを指さす。

 その方向へ振り向いた彼等は、見た。 いいや、思い知らされた。

 

「な、なんだよ、ここ……」

「ちょっと、これってどういうこと」

「うわぁ、なつかしいな」

 

 眼前には大自然がそこには広がっていた。

 あまりにも広大。 自分たちの存在がちっぽけに思えてくる大地の力強さに、人類の寿命を遥かに超越した木々の生い茂る森。 そして、孫悟空が指さすのはそれらを超えた先にある、一際目立つ山である。

 

「あそこに着くまで、おめえ達を帰すつもりはねえからな」

『……はい?』

「……やっぱり」

 

 その言葉に皆が驚愕し、スバルだけがあきれたようにアタマを抱えている。

 覚えているのだ、彼女は。 孫悟空という男が、何処までも規格外で、何よりも正直で、決して嘘をつかない男だと言うことを。

 

「ま、待てよ! こんな、何も装備がない状況でどうやって!!」

「安心しろ。 ここにはいろんなモノがある、メシも、寝床も、全部自分で用意できるぞ」

「いや、こんなサバイバル訓練聞いてないですよ!!」

「そうだそうだ!」

 

 沸き上がる苦情に、しかし悟空は何も答えない。

 その姿に皆が勢いを増そうかというときだ、もう一度悟空が口を開いた。

 

「文句言うのは構わねえけど……」

『なにを……?』

「おめえ達、さっさと行かねえと大変だぞ?」

『?!』

 

 悟空の言葉が終わるかどうかと言うときだ、新人10人の頭上に大きな影が落ちてくる。 いきなりの暗転に彼等は周囲を警戒する。 必要最低限の心構えは出来ているのだなと、悟空がひとり感心する中、新人局員達に大自然の驚異が襲いかかる。

 

 

 

 

「グルルルゥゥゥゥ…………」

『!?』

 

 

 大きな影の正体は、この世界に生息している原生生物である。 体調8メートル、2足歩行の猫背気味の体勢は、いつでもスタートを切って獲物を捕食するために辿ってきた進化の結果である。

 その姿を、ほぼ至近距離で見た局員達の心境や足るや…………

 

「こ、こここれは夢」

「…………ふぅ」

「やばい……みんな、声を……だすな」

 

 夢だの何だのと言った声に反応し、ギロリと、目が合ってしまう。

 そこでこの隊員はもう終わりだ。 獲物と定められてしまえば、空を飛べない彼等に逃げ道など在ろうはずがない。

 

 決して、逃げられない。

 

 だったら……どうすれば良い?

 

 

 

「仕方ねぇなぁ、一回だけ――」

「うおぉぉぉぉぉおおおおおおおりゃあああああああああああッッ!!」

『!!?』

「……あいつ」

 

 立ち向かうしかない。 言わんばかりの咆哮と共に放たれたのは拳打。

 黒いガントレットに包まれたそれは、周りの空気を巻き込まんとばかりの高速回転を行い、原生生物の顔面を抉る。

 

「ギャアアアアア!!?」

「よし!!」

『………………え?』

 

 着地し、拳を握り構えたのはスバルだ。 その姿に少しだけ意外そうな顔をした悟空は、ようやく思い出した。 そうだ、この中で一番のやり手はアイツなのだと。

 

 そして――

 

「スバル、あんた」

「行こう、ティア!」

「……………………あぁもう、こうなったら行ってやろうじゃない! 絶対に任務完了してやる!!」

『あの子達、マジかよ……』

 

 この集団で、一番ガッツがあるのはティアナなのだと。

 

 孫悟空の姿がぶれる。 それは、彼がこの世界から消えたという証左。 ならばもう、彼等を守るのは彼等自身しか居ない。 それを、今の騒ぎで思い知った新人達は、思い思いの道を歩き始めていった。

 

 

 あるモノは己が力を限界以上に発揮し。

 またあるモノは強き者について行き、その姿に影響を受けていく。

 この、極限状態のなかで、いままで新人と言われてきたモノ達は、一気にその顔つきを変えていくことになる。

 

 まるで甘ったれに育てられた戦士の息子が、ひとり、荒野で生きられるようになったときと同じように。

 

 

 森林を駆け抜ける二つの影。 それはなんら迷うことなく木々をすり抜け、飢えた獣を蹴散らしながら、目的の場所へと向かっていく。

 

「……スバル、アンタさっきの」

「えへへっ、なんか危ないと思ったら出来ちゃった」

「まぁ、いいけど。 でも気をつけなさいよ? アンタ、追い詰められると一気に周りが見えなくなるんだから」

「うん、気をつける」

 

 あの原生生物を倒したとき、スバルの表情はいつものソレとは違って見えたし、目の色も変わって見えてしまった。 比喩ではなく、現実としてそう見えたのだ。 それが溜まらなく不安になり、かけた言葉であったが、何事もなく帰してきたスバルの顔を見てとりあえず胸中に納める。

 

 日が傾き、これ以上の行動は危険だと判断した彼女達は、今日はここで宿を取ることにした。 二人で集めた枯れ木に、ティアナが持つ、兄のものを模したデバイスもどきで火をおこすと、そっと座り込んで明日の作戦会議へと移っていく。

 

「でもほんと、噂通りのめちゃくちゃな部隊だよね、ここ」

「そうね。 お兄ちゃんから、ここが一番“あのヒト”に近いぞって発破かけられたけど、それ以上に注意された意味がよくわかった」

「え? ティーダさんが? なんて言われたの」

「……あのヒトの鍛え方は、半端じゃないぞって」

「だね」

「…………でも、まだあのヒトには会えてないんだけどね」

「……??」

 

 スバルが首をかしげると、ティアナは片手をふって「わすれて」と煙に巻く。 だって、仕方が無いだろう。 あそこまで追い詰められた自身に、あんな風にさしのべられた手など、脳裏に焼き付いてしまい消しようがないのだから。

 だから憧れた。 ついて行くと決めた。 力になりたいと、心から思った。

 

 そのためには、まずはあの軍曹を突破しなくてはならない。 ティアナの気合は時を億事に倍増していくようだった。

 

「よし、明日も乗り切るには腹ごしらえよね……行くわよスバル!」

「あ、ちょっとティア! 勝手に行ったら危ないよ!!」

 

 野草、出来れば小型の動物を狩り、腹に詰めておきたい。

 いささかワイルドに過ぎる彼女だが、一体誰の影響か……それは、スバルにもわからない事であった。

 

 

 

 

 スタートから3日が過ぎた。

 いまだ、ゴールに辿り着いたモノはない。 それどころか、進めば進むほど今回の研修、どれほど規格外かがうかがい知れてくるというモノだ。

 

「ついに、山の麓まで来たけど……」

「ちょっと何あれ……?」

 

 悟空が指さしたのは山の麓ではなく山頂だ。 どうにか辿りつきたい二人だが、その前に立ちふさがる壁が2つある。

 

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「ちょっとアレは無理かなぁ」

「だれよあんな化け物を放し飼いにした阿呆は」

 

 体長18メートル、重量はおおよそ25トンはあろうかという怪物を前に、気合でここまで来た彼女達も流石にストップをかけられる。 それは、ほかの隊員達も例外ではない。

 

 ティアナ達以外でここに着いたのは4人。 合計6人が集い、同時にあの化け物を見上げている。 全員が集まらなかったのは残念でならないが、このとき、みなの心は確かに一つでもあったのだ。

 

 

 

 

『うーん、どうしよう』

 

 

 

 

 かなり情けない方面で、だが。

 

「一旦撤退!!」

「撤退、てったーい!」

「キシャアアアアアアアアア!!」

 

 怪物の咆哮を背にして、全速前進。 彼等は麓の森林をベースキャンプにして、腰を据えることにした。 ここに来てようやく顔を見合わせた彼等は、ここで作戦を練ることとする。

 

「あの巨獣、一体どうすれば良いの」

「……スバルさん、でしたか。 初日に見せたあの力でどうにかなりませんか?」

「え、アタシ!?」

 

 ひとり、槍を持った少年がスバルに対して質問する。 あの、中型サイズの原生生物を打ち倒した一撃。 アレは強力な武器だ、活用しない手はない。 言われて思い出したのこりのメンツもスバルの方に向き直る。 視線が集まることに、スバルは少しだけ萎縮する。

 だが、それ以上に困ったのは、あのときの現象はいわば火事場の馬鹿力のようなもの。 やろうと思って出来た代物ではないと言うコトだろう。 困り顔のスバルに、ティアナがすかさずフォローを入れる。

 

「無理ね」

「え?」

「あたしはティアナ・ランスター。 コイツの訓練校時代からの同期よ」

「あ、どうも…… ところで、無理というのは?」

「スバルの能力値はあたしとどっこい程度。 ごく稀に思い出したかのようにとんでもないパワーを出すけど、ほとんど偶然というか、運良く出せたってのがほとんどね。 出来ないのよ、自分でパワーのコントロールが」

「そ、そうなんですか……」

「ごめんね、アタシもこの力がなんなのかよくわかんなくって。 それと向き合いたくて、この管理局に入ったんだけど。 やっぱりうまくいかないよね」

「あ、その! そんな顔、しないでください……あの、ボク」

 

 自分がどれほど無配慮だったかを思い知った少年はそこで言葉を切る。 あまり、他人の事情に深入りしないと言うより、深入りするのを畏れているような、そんな態度はティアナの目から見て明らかだった。

 

 あぁ、この子はきっと……

 

 そんな言葉を呟くや否や、少年の頭を一回だけ軽くさすってやる。

 

「そんなに気にすることなんてないって」

「……え、でも」

「あぁは言ってるけど、もうそんな気にしてることじゃないんだから」

「けど」

「ほら、スバルも何か言ってやんなさいよ」

「え、アタシ? うーん、なんとか!!」

『………………いや、そうじゃねえだろ』

 

 あはは、と笑い出せばみんなが釣られていく。 それは先ほどまで落ち込んでいた少年も同様であって。 ティアナは内心胸をなで下ろすと、ひとり、手に持った銃を弄り出す。

 

「ティア、なにか思いついたの?」

「え? なによいきなり」

「ふふん、伊達に訓練校でずっと同室だったわけじゃないんだよ? ティアがそうやって道具を触り出すときは、頭の中じゃ大体作戦タイムなんだから」

「…………はぁ、あんたってやっぱりわかんないわ」

「なにが?」

「色々よ」

「うーむ……」

「まったく、いい? まずはアイツの生態だけど」

「夜には大人しくなる、そこを基本に……」

「じゃあ奇襲作戦だな」

「倒すのは難しいが……」

「じゃあ、これは撃退戦で行くしか無い………」

 

 ようやく始まる作戦会議に、先ほどまでおふざけ顔だったスバルも一気に真面目な顔つきになる。 その雰囲気の差に少年が目を見開く中、彼等の今後を決める戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 

「…………お? あいつら、徐々にだけど一カ所に集まりつつあるな」

 

 今回、彼等をこんな場にまで拉致した犯人は、およそ100キロほど離れた荒野で野宿を開始していた。 新人全員の気を探り、その中でも一際上下の激しい存在が出れば即座に瞬間移動で駆けつける算段である。

 そんな半分放任状態な悟空の修行であるが、まぁ、彼自身も最初期の修行はこんなもんであったか。 いいや、自身で最低限の装備を持てるだけまだ有情だろうか。

 素手で畑仕事をし。

一日で10人分のアルバイトをこなし。 

秘境にまで牛乳配達をこなし。

ついでに蜂と恐竜に追われ……という苦行ではないだけ、まだマシなのかも知れない。 ……きっとマシだろう。

 

 そんな、大昔を思い出しながら彼は初日の光景を思い出しながら、こっそりと口元を緩めていた。

 

――――あいつら、強くなってるな……と。

 

何年、何十年になっても誰かが強くなっていくの見るのは楽しく、いいや、ワクワクしてくるのは変わらないらしい。 

 夜空を見上げながらそのまま火を消す悟空。 既に夕食も終えて、やることも少ない。 少しだけ目を閉じて横たわろうとしたときである。 突然彼は、その場で立ち上がる。

 

「……ん? 誰かの気が極端に上がりやがった」

 

 それも、彼等新人の集まりにしてはやけに強いレベルで、だ。

 急激な変化が起きたというのなら、それは何かしらちからを使う、つまり、戦闘に陥った可能性が高いと言うコト。 悟空は数秒考えた後、即座にその場から消えるのであった。

 

 

 

 

 悟空が瞬間移動で消える数分前。

 森林地帯でいまだスバル達と合流できない少女がさまよい歩いていた。 別に単独行動が好きなわけではない。 ただ、道が完全にわからなくなっただけで。 

 

「ど、どうしよう。 もう食料が尽きかけてる」

「きゅるるるる」

「ごめんねフリード。 わたしがもっとしっかりしてれば」

 

 話し相手は、なんと翼竜。 サイズ的には肩に乗る程度の大きさで、この間スバルが倒して恐竜に比べればどうって事は無い存在で、悟空のおやつにもならない。 彼女と翼竜の関係を簡単に言うならば、アルフとフェイトに近いのだろう。 言葉はなくとも、少女の謝罪に翼竜はそっと首を横に振る。

 

「きゅる、きゅるる!」

「え? どうしたのフリード?」

「きゅぅぅぅぅ」

 

 突然、威嚇の体勢に入るフリード。

 その姿を見るや、彼女は翼竜を抱きかかえて周囲を見渡す。 夜であかりが無く、木々で視界が悪いここでは人間の感覚などたかが知れている。 そのことをわかっての警戒は、自身が思った以上に効果を出すことになる。

 

「グルゥゥゥゥウウウウウウ」

「あ、あ……!」

「きゅっ!!」

 

 現れたのは角竜。 鋭く、巨大な3本角を前方に向け、大地にめり込む4本の足でゆっくりと少女の方へ歩いて行く、だが、そのうなり声はとても穏やかではない。

 思わず漏れた声を両手で必死になって押さえつける。 震える両足は力なく折れ、その場に尻餅をつけば目尻に涙が浮かび上がる。 あまりにも情けない、とてもではないが、戦いに身を置くには臆病に過ぎる。 それを守る翼竜も、あまりに小さく力不足だ。

 

「ガァァアアアア!!」

 

 角竜が咆える。 相手の出方を探る、などという理性的な行動ではない、あくまでも己が領地に紛れ込んだモノへの当然な行為である。

 

「!!」

「きゃあ!?」

「ぎゅっ!」

 

 角竜が走る。 同時、翼竜が少女の服を引っ張り横へ倒れ込ませる。

 その巨体をフルに使った突進は、彼女の横をなんとか通り過ぎていき、背後の林をなぎ倒し、近くの岩場を更地に変えていく。 あのような力をナマの人間が受けてしまえばミンチよりも細かく粉砕されること請け合いだ。

 その突撃が踵を返すようにこちらへ向かってくる。

 

「きゃ!?」

「ギュゥゥ!!」

 

 またも救われる。

 しかし今度は只では済まなかった。 少女をかばうように、今度は突き飛ばしたのが良くなかったのだろう。 左半身へ角が当たり、翼竜……フリードはついに地面へ転がっていく。

 

 その光景が自身にすげ変わったのか、それともなにもできない事への恐怖心か、奥歯をガチガチとならし、翼竜を強く抱きしめる。

 

「きゅ、ぅぅ」

「ごめんね……ごめんね……フリード……!」

「――――――!!」

 

 咆える。 次は当てるぞと言わんばかりの声量に、その、生物的な刺激をモロに受けてしまえば、只の少女が出来る事などなにも無い。 だから…………

 

「きゅぅぅぅううう」

「…………あ」

 

 翼竜が前に出る。

 己が主を守らんと、勇敢にも角竜と相対する。

 

「だ、だめ……!」

 

 それを止める。

 翼竜が戦うにはあまりにも力関係が違いすぎた。 だから、彼女は必死になって止めようとしたのだ。

 だって、このままでは“きっとアレは角竜を打ち倒そうとするから”

 

「ゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウ」

「ダメ……ダメッ!!」

「グウウウウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 光る、輝く、そして姿が変わる。

 肥大する体積と、尋常ではない質量の増大は、サイヤ人を思わせるほどの変貌ぶりを見せ、小さな翼竜はやがて強大な“龍”へと変わっていく。

 もう、先ほどまで脅威だった角竜が今はもう怯えを抱きつつある。 そこまでの“変身”をとげたフリードは、赤く染まった目で角竜を睨み付ける。

 

「グ、ゥゥウウ」

「キシャアアアアアアアアアア!!」

「あ、だ、だめ……!」

 

 最後のあがきだったのだろう、角竜が小さく咆えると、龍はそのまま長い尾を叩きつけた。 あまりにも巨大なそれに打たれた角竜は、そのまま巨体を浮かせ、先ほどまで岩場だった更地へ転がっていく。

 少女から遠く離れたのを確認したのか、それとも、まだ獲物が息を止めてないのを感じ取ったのか、ここで龍の口が熱を持つ。

 体内の火炎袋より生成される高熱が、肺胞から出される息の流れに乗り、強力な吐息(ブレス)となって吐き出される。 もう動くこともままならない角竜は炎に飲まれ、その強固な外殻が仇となり、ゆっくり溶かされるように焼却される。

 

 火葬にしては盛大すぎる。 それどころか周囲の森林をも巻き込まんとする炎の勢いは、既に少女が止める事の出来る範疇を大きく超えていた。

 

 既にフリードはもう、目の前の脅威を粉砕する怪物と相成った。

 

「やめて! フリード!!」

「グォオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 燃えさかる炎を背に、勝利の雄叫びを上げるその姿は只の怪物に他ならない。

 だがもう龍は引き返せない。 少女の絶叫の最中、ソレは唐突に振り返る。

 

「…………ゥゥゥ」

「フリー……ド?」

「―――――!」

「きゃあ!!?」

 

 跳ぶ。 羽ばたく。

 まるでなにか目的を発見したかのような挙動に、少女は即座に思い当たる。

 

「まさかこの間の……ダメ! あそこにはみんなが!!」

 

 きっと、いや、間違いない。

 あの龍は直感的に見つけてしまったのだろう。 自身を脅かすであろうあの山に居る存在を。 だから、今度はそいつを焼き払いに行くというのだ。

 闘争本能がままに動き出した生物に、もはや会話で止める事など不可能だろう。

 遠ざかっていく友に、届かない手を伸ばしながら、少女はただ、うずくまり嗚咽を漏らすことしか出来なかった……………――――――――

 

 

 

「あちゃあ、なんか大変なことになってんなぁ」

「う、うぅっ」

「あーぁ、おいって、何泣いてんだおめぇ……」

 

 脳天気にも程がある声を上げながら、泣き崩れる少女を担ぎ上げたそのときまで、だが。

 

「あ、貴方は……?」

「オラか? オラ孫悟空だ」

「……え?」

「あ、いや! はは! オラはアレだ、おめえ達のキョウカンのカカロットって言うんだ」

「あの、知って……ます」

 

 少女には訳がわからなかった。

 この男の言っていることの意味もそうだが、何故か泣き止んだ自身が、いま一番わからない。 

 

「……流石にアレは、あいつらだけじゃ荷が重いか」

「え、え!?」

 

 そう言ってくれた自身の上司はとても健やかな表情であった。 今まさに災害級の事態に立ち向かう人間の顔ではない。

 

 でも、彼ならやってくれる。

 

 どこか、そんな無責任とも言える安堵を与えてくる彼に、少女は自然と首をかしげていた。

 

「…………と、その前に」

「え?」

「―――――キッ!!!!」

「え、な、あれ!?」

 

 燃えさかる炎を睨み付けると、一気に鎮火する。

 まるで彼の周囲に強大な風が吹きすさび、炎を消し去ったかのよう。 その光景はまるで魔法、だが、魔導師の見習いの少女にだって今のが魔法ではないことはわかる。

 もう、訳がわからなくなっていく少女に、悟空はやはり自然体でこう言い放つのであった。

 

「さぁて、はじめての“ブカノアトシマツ”ってやつだ、いっちょやっかぁ!」

 

 入社3年にして、ようやく出来た部下の不始末を片付けるべく、孫悟空は夜空を飛んでいくのであった。

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

スバル「ねぇ、ホントに違うの?」

ティアナ「しつこいわねぇ、あの教官があのヒトな訳ないでしょう? 髪型も雰囲気も全然違うんだから」

スバル「………ふーん、そっか」

ティアナ「なによニヨニヨして」

スバル「なんかワクワクしてきたなって」

ティアナ「はぁ?」

スバル「次回!魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第89話」

ジェイル「悟空先輩、手本見せるってよ」

悟空「いいか? 相手がデカい時はまず腹に一発くれてやんだ、そうすりゃ頭が勝手に下に来るから----」

ティアナ「な、なにあれ……!?」

スバル「あぁ、なんだか昔を思い出してきた」

悟空「これを出来るようになってもらうかんな」

全員「出来るか!?」

悟空「え? なんでやっても見ねえのにわかるんだ。 大ぇ丈夫、出来るようにしてみせっから」

全員「ガクガク、ブルブル」

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