魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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やっと来ました温泉回。
しかし最初に言っておきましょう! 女の子は……極力……脱がない。

まぁ、まっぱになるのは悟空だけでいいってことで。

りりごく第9話! どうぞ!!


第9話 犬猿の仲? 旅館で出会った二匹の獣!

 

 

 

「な!! なのは!? しっかりしろ!!」

「美由希!? 気をしっかり持って! 傷は浅いわ!!」

「…………きゅう~~~~」

「そんな……まさかの…………だったなん……て――――がくり」

 

 それは突然起こった!

 桃源の香り漂う湯の煙、それを周囲に取り巻くは、本日この地に参った御三家の方々。 そんな彼らはそろいもそろって“その者”に視線を向けては天を仰ぐ。

 この地にて、ついに知りたる驚愕の事実。 まるでそれを放り投げてやると言わんばかりに彼らは陽の光で目を焼いていく……

 

「ん? なぁ! おめぇたち、急に騒いでどうしちまったんだ?」

 

 尾をもつ少年が一人ポツンと佇むその仕草は、まるでただの傍観者のよう……しかし騙されてはいけません。

 なにせこの純真無垢を絵に描いた少年こそが――――本日起こりました事件の中心となるのですから。

 

「…………ん? なんだ?」

 

 そんなことなど露とも知らない、天真爛漫な純朴モノはこの際おいておきまして……さぁあて、さてさて!

 ここで時間は数分……いいえ。  50時間ほど巻き戻してみましょう……

 

 では、ごゆるりと…………

 

 

 

「悟空、突然なんだが。 あさってはこの家から離れるなよ?」

「え? 離れるなって……突然どうしたんだよ? んぐんぐ……何かあったんか? キョウヤ」

 

 それは、なのはが2回目の遅刻をしてしまったとある午後。 大学を午前で切り上げてきた、高町家の長男坊である高町恭也さん(19歳)から切り出された一言から始まる。

 そんな彼の言葉を聞いているのは、茶色の尻尾をユルユルとご機嫌に動かしては、手に持ったみたらし団子を串一本まるごと頬張る孫悟空である。

 縁側ですこし薄めの緑茶をすすりながら、その甘ったるい団子をもちもちと咀嚼している悟空はいま、最高にご機嫌な模様であって……

 

「……む、俺もなんだか団子が食いたくなってきた……」

「――――!! もいふはやわえーぼ!」

「別に横取りなんかはしない!」

「……ほっは! んぐんぐ…………」

 

 ついその食欲に釣られそうになってしまう恭也なのである。

 

「いやいや! そうじゃなくってだな?」

「なんだよ? 今日はずいぶん騒がしいじゃねえか」

「…………今度の土曜から祝日の月曜にかけて、みんなで温泉に行くことになったんだ!」

「………おんせん…?」

 

 悟空の“さわがしい”という言葉に、右手で握り拳を作ること約1秒。 同じく右の眉を引くつかせながら、怒鳴りと語りかけるの中間点くらいの声色で会話を続行する恭也。

 クール系男子のなんたる辛い情景が展開される中で、悟空は至って自分のペースで昔を思い出す……

 

「“おんせん”かぁ……そういや昔、世界中ひと回りした時に入ったかもしんねぇな。 ふぃ~~食ったくったぁ」

「そうか、入ったことがあるのか……それなら話が早い。 今度、その温泉にみんなで行くから、お前はいつもみたいに『ふらっと』居なくならんでくれ」

「なんでだ?」

「正直、“あの”修行中のお前を探し出すのは至難の業なんだ」

「そうけ? オラなんか、まだまだだと思うんだけどなぁ」

「……目の前に居るのに気配を完全に消してくれるくせに……よく言うよ、まったく」

「はは! そんなほめられると照れちまうぞ!」

「はぁ……はいはい……ん?」

 

 こんなやり取りも、既にやりなれた感じの恭也。 会ってまだ一週間が経とうかというのにこなれた感じに見えるのは、それだけ少年がこの地に馴染んでいるからであろう。

 少しめんどくさくて、少し鬱陶しく思えて……でもどこかこんな時間が楽しくて。

 剣に生きてきた青年は、まるで弟が出来たこの感覚をどこか嬉しそうにもてあそんで――――「――って、世界中!!?」――――話はまだまだ続きそうである。

 

「世界中って……まさか悟空おまえ、世界を回ったっていうのか!?」

「そうだぞ? 昔にな? 亀仙人のじっちゃんに言われたんだ。 “世界を足だけで見て回れ”って」

「…………足だけ……じゃ、じゃあ筋斗雲とかは……?」

「うん、使わなかった」

「は…………はは――(ウソだろ? 世界って……単純に一週と考えても、確か4万キロはあるはずだよな……?)」

 

 とまぁ、こんな感じの驚きが数日間連続で、しかも特に予告もなく唐突に訪れもすれば、大体この少年に対する接し方も理解してくるものであろう…………か?

 

 ちなみに、日本の全長が大体3000キロ。 東京駅から新大阪駅まではおおよそ500キロはあるはずだとここに明記しておこう。

 

「な、なんとなくわかってきたかもしれない…コイツの強さの秘密…」

「ん?…………ははっ!」

 

 頭上に昇りし日輪が、ほんの少しだけ傾いていくとある午後。 また一つ判明した、悟空のトンでもさに驚きのたまう高町の恭也さんであった。

 

 

「……ん!」

「……? どうした悟空」

 

 それから少し時間が過ぎたくらいだろうか。 心地よい日差しに照らされ、涼しい風が頬を流れる午後の陽気。

そのあまりにも“のほほん”とした時間を縁側でくつろいでいた悟空と恭也に、一つ変化が訪れる。

 

「…………なのはだ……それにユーノもいっしょだ……」

「なに……?」

 

 なんとなく……そう、何となく玄関の方を向いた悟空は呟いていた。

 今朝、大急ぎで家を出ていったあわて娘……高町家の末子の名前を。 そんな悟空の言葉に疑問符を浮かべ、持っていた湯呑みを床に置く恭也。

 いきなりどうしたという表情で悟空を見て……玄関の方へと視線を泳がせると……

 

「ただいまー」

「キュウーー」

 

 悟空の言葉を証明するかのように聞こえてくる二つの音。

 トテトテと音を立てながら玄関、廊下と歩いてきてはリビングへと顔を出したのは……あたまにユーノを乗っけた高町なのは(9歳)

 彼女はリビングから見える縁側に座り込む悟空と恭也を見つけると、その幼い表情(かお)を満面の笑みにして……

 

「お! (ホントに当てたぞ、いったいどうして……)なのは、おかえ――」

「悟空くん! ちょっとこっち来て!!」

「おわぁ!? なにすん――――」

「…………り……なのは…………あれ?」

 

 これまた笑顔で迎えた恭也を振り切っていくように、悟空の右手……左手は湯呑みで塞がっている……を掴むと、一気に駆け出し二階へと消えていくのである。

 

「…………うむむ……これはまたどうしたものか」

 

 その後ろに、これからの展開にいろいろと頭を悩ませる恭也を置いていって……

 

 

高町家――2階、なのはの部屋――

 

 悟空を引っ張りこんだ部屋の主であるなのは、彼女はひどく御機嫌である。

くねくね、もじもじ……トレードマークともいえる、短いツインテールを悟空の尻尾のように動かしては、目の前の彼に“今日の成果”を取り出して…………見せる!

 

「じゃーーん! これ、なーんだ!!」

「ん? ああ!! なのは、おめぇそれは!?」

 

 それは宝石。 きれいに済んだ色でありつつもどこか濁った輝きを……今はしていないが……ただ綺麗な青色の宝石がなのはの手に1つ収まっていた。

 

「“じゅえるしーど”じゃねぇか!? それどうしたんだ!!?」

「へっへーん」

「はは……なのはってば……」

 

 それを見た悟空の顔は驚きに染まり、そんな彼を見たなのはのテンションはいきなりクライマックスである。

 “ない”のに張ったその胸を悟空に突出し『えっへん』しているそのさまは、どう見たって初めてやったお使いに成功した小学生……いや、間違ってはないのだが。

 

「実は帰りがけに、ジュエルシードの怪物に襲われて……悟空さんを呼んでる暇がなかったから、ふたりで応戦してたんですよ」

「最後の方で逃げられちゃいそうになったけど、『悟空くんみたいに遠くに攻撃できれば』って思ったらレイジングハートが力を貸してくれて。 悟空くんのかめはめ波みたいにはいかなかったけど、わたしも“砲撃”っていうのができるようになったんだよ!」

 

 そんな彼女から出てきた本日の戦闘。

 悟空がいない逆境(ピンチ)をはねのけ、むしろ悟空がいないからこそと闘志を燃やしたのはなのはである。

 彼女のその思いは……自身に新たな力を授けることとなり、それを見事にものにしたという。

 

「へぇ~~こんな石っころがなぁ」

【…………】

 

 強い想いを宿した彼女を手助けした赤い宝石――レイジングハートを正面から見据えている悟空。

 その小さな球面に映り込んでいる自身の顔とニラメッコ。 するとほんのりと光ったレイジングハートは、しかしそのままなにもしゃべることはなかった。

 

 まるで挨拶をするかのように。

 まるで当然のことをしたというかのように。 それは輝き、ゆっくりと光を消していった。

 

「あり? 消えちまった……ま、いっか。 ところでよ?」

「え?」

「さっきな? 恭也から聞いたんだけどよ。 こんど、おんせんに行くんだってな?」

 

 ここで話題を切り替えよう。

 それはついさっきあがった湯治旅行。 滅多に行かないその旅を、きっと楽しみにしていたなのはは、この話に……

 

「あ、うん! えっとね、毎年うちでは――――」

 

 えらく食らいついてきた。

 そして説明役に立候補する彼女。 おそらく“なんにも知らない”であろう悟空に、やたら元気に事の行先を説明しようと、右手人差し指をちょこんと口元のあたりまで持っていくと、お姉さんぶってみたりする。

 そんな微笑ましいなのはに、悟空は大きく振りかぶり……なのはに先んじて答えを返して見せた。

 

「“とうじ”っていうんだろ? さっきキョウヤから聞いたぞ!」

 

 一投。

 

「あ、じゃあ。 今度の――――」

「“れんきゅう”っちゅうときに行くんだろ? これもキョウヤが――――」

 

 二投。

 

「……すずかちゃん」

「めえに会ったアイツらと一緒なんだろ? それもキョウヤ――――」

 

 三投と、なのはから投げかけられてきた会話のボールを、ことごとくピッチャー返しで打ち飛ばす悟空。

 なんでもない顔で答える悟空、それとは反対にモノトーンがかかっていくなのはの表情(かお)はなんとも形容しづらい何かを纏っていく。

 そしてそれは、ついにクライマックスとなるのであります。

 

「…………2泊――」

「3日だぞ!」

「にゃはは。 まったくお兄ちゃんったら――――しゃべりすぎだよ……レイジングハート…セット…」

「なのは?! ちょっと!!?」

 

 早着替え(バリアジャケット)を発動しだす少女は笑顔。

 ただ、あまりにも背景が地獄にしか見えない。 そんな彼女に、小動物が全身全霊をもって彼女の服の裾を引っ張り出す。

 

「大丈夫だよ……? ほんと、少しだけ文句を言うだけだもん?」

「語尾が疑問符!? っていうより、なんで話に行くだけなのに武器(つえ)を持っていくの! それは冗談じゃなくって本気で不味いから!!」

 

 末っ子だった故に、ほんの少し憧れていた年上の余裕。 それを見事に打ち崩されたなのはは、“ちょっとだけ”怒っているようだ。

 ダンダンと大声になっていくユーノにむかって「そんな大げさだよ」なんていって、どこか涼しい声を出している。 実際問題、どっちが大げさなのかは……

 

「?? なんだなのはの奴、いきなり着替えちまって?」

 

 悟空にはよくわからなかったりする。

 

 

 

 徐々に日が暮れていく今日の海鳴市。 そんななかで、悟空と共に強くなっていこうとしていく少女はただ笑っていた。

 良く動き、よく食べ……ほんの少しだけ夜更かしして。

 悟空の”昔話”と”やってみたこと”とか、いろんなことを聞いてはうなずいてるなのは。

 

「そんでよ? かめはめ波をよ――――」

「え! そんなこともできるの!?」

「ん~~魔法じゃそんなことは……でも――」

 

 学校では決して教わることのできない非常識な体験と、たたかう時のお話を、彼女は深く聞きいるのであった。

 

 毎日が劇的に変わっていく感覚。 それを享受する彼女の数日は本当に一瞬であった。

 どれくらい一瞬だったかというと――――

 

 

「着いた―――!」

『おんせーーーーん!!』

「みんな騒いじゃってまぁ」

「そういうお前こそ、結構そわそわしてるんじゃないか? 美由希」

「あはは、まぁね」

 

 あっという間に旅行当日になっていたぐらいなのだから。

 あれから差し当たって記述するような出来事はなく、ジュエルシードの事件も一端の休息を見せていた。

 強いて言うならば、なのはが悟空の修行に疑問符を浮かべていたことだろうか。

 

「ただ眼をつむっているのが修行なの?」

 

 なのはの質問ですら、只だまって聞き流して『それ』に没頭する悟空。

 そんな悟空を見て、まるで信じられないものを見たという目をしている剣士が3人ほどいたのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 

「……悟空さん……悟空さん」

「ん? なんだよユーノ、そんなコソコソ話しかけてきてよ?」

 

 話は元の時間軸に戻り、ここは温泉旅館玄関口。

 そろり、そろりと悟空の足元まですり寄ってきたのは小さな体を持つフェレットのユーノ。

 

「悟空さん、何かとっても嫌な予感がするんです……そう、ボクの名誉にかかわるそんな一大事が! お願いですからボクからはなれないでぇ~~!!」

「?? よっくわかんねぇけど、よいしょ。 これでいいんだろ?」

 

そういって、ユーノの首根っこをつかんだ悟空はそのまま自分の頭の上に乗せると。

 

「シロー! モモコー! オラ先に風呂入ってくるぞぉーー!!」

「お、そうか。 気を付けていってくるんだよ」

 

 ちょっとした作戦会議を終えた少年達。 ユーノのシックスセンスが捉えた、未来予知にも似た底知れぬ不安におびえる中、彼は悟空と共に旅館の中に入っていく。

 するとダンダン薄れていく不安。 余裕が出てくる心とカラダ。 部族名を持つフェレットもどきは今、この先起こりうる”不幸”を見事打ち崩すのであ――――

 

「あ、悟空君! ちょっとまって」

「――!!!」

 

――――あと少し。 あと少しだったのに……ここでユーノの足に掛かってくる枷。

 それは只の誘う声。 ほんの思いつきから、美由希の口から出たのは本当に気のない只の”冗談”

 しかしそれはユーノにとっては死にも等しい”どこか”へと誘う悪魔の声にも聞こえて。

 

「きゅーー!! キュキュ―――――!!(悟空さん! ダメだ!! 振り向いちゃ――)」

 

 彼は止める。 必死に止める。

 ダメだ! ここで振り向いては。 そう念じては、まるで童話に出てくるどこぞの愚か者を冠する夫婦のような絵が頭に浮かんでしまい……あわてて消していく。

 決してそうはさせないと、彼の足を止めさせまいと、自身が乗っている頭のぬしに向かっての精一杯な自己主張、されどその願いも――

 

「ん? なんだミユキ?」

「…………キュウ(あああああああ~~~~どんどん先行きが怪しくなってく~~)」

 

 呆気なく崩される。

 破られた安息の瞬間はユーノだけのモノ。 悟空にとって否、ここに居るほとんどのものはいまだ平穏に身を委ねている。

 だから仕方ないのだろう、故にあきらめるべきであろう。

 さぁ、聞こうではないか。 ユーノと悟空に言い渡される、美由希さん(16)の甘い誘いを……

 

「ここってね? “10歳未満”の子ならどっちにでも入れるんだってぇ~~」

「10歳“みまん”?」

「うん、10歳未満。 つまり9歳から下のことだね。 それでね? 悟空くん」

 

 そこで一瞬の間。 何となく作られていく“タメ”に、嫌な予感が脳内を駆け巡るのはユーノだけではない。

 

『えっとぉ~~おねえさん?』

 

 それはなのはたち女の子3人組にも伝染し、彼ら彼女達の後頭部にデッカイ汗マークを作成させていく。

 なにかおかしい、そう思った時にはもう……手遅れであった。

 

「悟空くん、女湯(こっち)こない? こんどはちゃんと背中洗ってあげるから、ね?」

「なっ!」

「ん!」

「でッ!」

「――すと~~~!!」

 

 美由希から言い渡されたまさかのリベンジ。 しかしそんなことは今はどうでもよく、ただ彼女から発せられた混浴宣言(バクダン)が、少女たちの脳に連鎖爆発を起こさせていた。

 見事な連携は決して打ち合わせが行われていたものではない。 だがあまりにも息の合ったその驚愕の声はリレーのように一つの言葉を作り出しては、旅館のロビーに素早く大きく響かせる。

 

「――――かはっ!!(終わった……なにが終わったのかよくわからないけど、何かが終わった!!)」

「……ん?」

 

 小さき者の奮闘劇は、たったの50秒で幕を閉じるのであった――――本当ならば。

 そう、悟空が『ただの子供ならば』であれば……ここで騒動は何となく収束したのである。

 小首をかしげた少年は、真横に居る女の子に向き直り。 ひとつわからないことを聞いてみることにした。

 

「なぁ、なのは。 10ってよ、11のまえだろ?」

「え? 悟空くんいきなりどうしたの?」

 

 それは本当になんでもない質問。

 ちょっと教えてほしいんだけど――なんて、学校の問題を教えあう友人みたいな感覚と言えば分るだろうか。

 ホントにそれくらいな軽さで聞かれた、まさかの『さんすう』の問題に……

 

「なにアイツ、まさかとんでもなく頭が悪かったりするわけ?」

「アリサちゃん…………毎回の事だけど、ホントに失礼だよ?」

 

 少女二人、困惑するすずかに対して、アリサは若干……引き気味である。

 ある程度は予想できていた、言動もバカ丸出しであった。 それでもやはり常識程度はなどと勝手に思っていた少女たちに、この発言は悟空の凄さを改めて知らしめるには十分で。

 

けれど

 

「うん、そうだよ。 10の次が11で……」

「11のつぎは……14――じゃなっくって、12だったっけかなあ?」

「そうそう!」

 

 そんな悟空に、決して変な視線を送らないなのは。 彼女は優しく悟空に教えを説く。

 彼の“事情”というものをだいたい把握してしまったからなのだろうか。

 いいや、きっとそれだけではないだろう。 それは間違いなく、彼女が本来持ち合わせているあたたかさがあってこその産物であって、彼女の本質なのだから。

 

「ねえねえ、恭也?」

「なんだ? 忍」

 

 そんな子供たちをはた目に、ここで将来を誓い合ったカップルが話し出す。

 それは今まで気にも留めなかったこと。 なんだかんだで気にせず、勝手に『そうであろう』と決めつけていたこと。

 月村忍(18歳)はそれに気が付くと、本当にいまさらながら聞いてみた。

 そう、彼なら知っているんだろうな。 そう思って行われたこの質問は……

 

「悟空君っていくつなのかな? なのはちゃんよりもどれくらい年下だったりするの?」

「えっ? そりゃなのはと同じくらいだ……よな? あ、父さんはなにか――」

「悟空君かい? 悟空君は……あれ?」

「え? もしかして二人とも……」

『面目ないでござる』

「…ござるって…」

 

 ダンダンと不安な予感を募らせていく。

 推定年齢はおよそ6~10歳程度という見積りで接してきた彼等。 しかし、しかしだ、皆はこんな『ことわざ』を知っているだろうか。

 

 

“あの声でトカゲ喰らうかホトトギス”

 

 

 今こそ、そのことわざの片面程度の意味を実演する時が来たのである。

 

「……なんだか、とっても嫌な予感がするわね。 恭也――」

「お、俺か? …………な、なあ。 悟空……」

「なんだ?」

「あ、いや……あのな?」

 

 それはいまさらな会話。

 本当に迂闊だった。 まさかこんなくだらない事を、いまさらになって聞くことになろうとは。

 そんな、どこか背中で涙を流した彼は、年下の姉さん女房的な彼女にせかされ、“少年”に聞いてみることとする。

 

「お前、歳……いくつだ?」

「オラか?」

『うん』

 

 いつの間にか周囲を巻き込んでいたその会話。

 耳が『ぞう』のようになっている悟空とユーノ以外の彼等……当然なのはも例外ではない……は、いつの間にか会話がなくなる。

 

「天下一武道会が3年に一回だったろ? だから~~ ん? 3+2が……えっとぉ」

「……ごくり」

 

 士郎(36)も。

 

「悟空様の……」

 

ノエル(24)も。

 

「あの方の……」

 

 ファリン(15)も

 

「あらあら♪ みんな興味津々なんだから。 気持ちは分からなくないけど」

 

 桃子(ないしょ♪)ですらも。

 

悟空を注視し、注意深く耳を傾け動向を探り始めている。

そんな静寂が訪れる旅館の玄関口。 そよそよと鹿威し(ししおどし)に水が流れ、増えていく自重は自身を水平に持ち上げている。 そしてそれは、突然――――

 

「そんで半年くれぇ経ったんだろ……だからえっとぉ――――6歳だ!」

『な、なんだ……』

 

落ちる。 小気味良い音があたりに響くさまは、静寂の広がる彼らの空気に波紋を巻き起こしているようにも見えてくる。

“聞えてきた”単語はえらく小さいもの。 だが、これが落としどころなんだろうな――どこからか聞こえてきた声はいったい誰の声だったろうか

 

生まれる油断。 それは恭也に余計な一歩を進ませる。

 

「案外小さかったんだな。 6歳か、その歳であそこまで――」

「ん? ちげえぞ」

「なに?」

 

 いらない追撃、必要がなかった聞き直し。

 それは彼等を、激動と混乱のどん底に引き落とす引き金となってしまう。

 

「オラ6さいじゃねぇぞ 【じゅうろくさい】だ!」

「…………はい?」

 

 思わず、聞き返してしまった。

 

 さっき聞こえたものに付け加えられた余計なもの。 その言葉に全世界が凍り付いた。

 

「なんだ? みんな黙っちまったぞ」

「じゅう、ろく………………あは♪」

「お? ははっ! なのはが笑ったぞ!」

「悟空さん、マズイ。 あれは、イケナイ――」

「へ??」

 

 凍った世界に響く一つの音。 まるで巨大な氷山に一筋の亀裂が入ったかのようなその音は、しかし勘違いしてはいけない。

 その音は確かに小さい音であった。 聞き逃せば何も聞こえないものとも取れるそれは、発信源の近くに居た悟空とユーノだからこそ拾えたもの。

 聞かなきゃよかった、知らなきゃよかった。

 そんな彼女たちの喜劇【第一幕】が始まるのでした。

 

 

 

 

「うふふふふふふふ―――――あはははははははははははははははははははははははははははははははははは――――――」

『な?! なのはが壊れた!!?』

 

 

 

 

 ケタケタと笑い出したのは、先ほどまで陽光の明るさで悟空を照らしていた高町の末子。

 少女は、彼女は、笑う。

 その目は海峡の大渦とたがわない混沌を映し出し、クルクルと回ってはすべての景色を拒絶するかのようで。

其の景色の中で今までの出来事を哂い。

自身の行いに嗤い。

現状のショックをワライ……

大口を開けたまま、ふさぐことなく吐き出されていくその大声は。

 

「――――あははははははは、ははっ……は――――キュウ~~~~」

「な!? なのは! おい! しっかりしろ!?」

 

 こと切れる。

 

 とっさに少女を抱きかかえた恭也は、いち早く混乱から抜け出る。 悟空の歳うんぬんより、今は気を失った妹が心配だ、彼の判断は――――「いやあああああああ!!!!」

 

「クソッ!! 美由希が感染した!!」

「嘘だ! ウソだぁぁぁぁーーーー!!」

「しっかりして! キズは浅いわ!!」

 

 間違いではなかったはずである。

 今度の被害者は、数日前の出来事を回想しきって、現実へと帰ってきた美由希。 だが彼女を待っていたそれは、受け容れるにはあまりにもハードルが高かった。

 結果、彼女も妹と同じ道を辿ることを選んだようである。

 狂気が他者に伝染した瞬間である。

 

「こ、こんなことって……あんなのが……」

「わたしたちよりも7つも大きいなんて」

「きゃああああーーーーまさかのお兄様あああぁぁぁーーーーー」

「え!? ファリン、待ちなさい! も、申し訳ございません、少し失礼いたします」

 

 ドミノ崩しのように広がっていく狂気の波。 一度コケていったそれを、止める手段など何もなく。 その元凶と言わざるを得ない彼はというと。

 

「騒がしくなっちまった……しかたねぇなあ。 ユーノ、先入っちまうか」

「あ、あ~~そうですね……いきましょうか?」

 

 頭の上の友人に一声かけて、スタスタと男湯に架かっている青い“のれん”の下を通過していくのであった。

 その道の方が居れば、見習いたいくらいのスルースキルである。 正直、うらやましいほどかもしれない。

 

そんな中…………

 

「……なんだろうね? あれ」

「変人の集まりじゃないのかい? まったくうるさいったらないねぇ」

 

 因縁のふたりが居たことは、誰も知らなかった――――

 

 

 

AM 11時 男湯

 

 いまだ戦乱駆けぬけている高町の一行を差し置いて、ふたり一緒に白く濁った湯につかる少年と小動物。

 カコーン……どこかから聞こえてくる軽い音を耳で受け流し、湯水が流るるさまを背景音にしながら、彼らはそっと天を仰ぐ。

 

 足から浸かったその湯の温度が、徐々に頭にまで昇って行き。 それが肩から全身にかけてを刺激し、自然と膨らんでいく肺は空気を普段より余計に蓄えさせる。

 それが限界を超えた時、彼らはそれを一気に吐き出し……つぶやく。

 

『ふぃ~~~~』

 

 ひどく振るんだ顔は彼らの緊張感と比例しているかのようで、いつも以上に彼らの距離は近くなる。

 そんな状況だからだろうか、ここでユーノは。

 

「あ、あの。 悟空さん?」

「なんだ?」

「その……もっといろんな話を聞いてみたいと思って」

「ん? 話すんか?」

「あ、はい!」

 

 すこし、話をしてみたいと思った。

 武道の事、なぜそれを突き詰めていっているのか。 

どうしてなのはの家に居るのか……聞きたいことは山ほどあって、けど今一番聞いてみたかったのは。

 

「悟空さん、悟空さんは寂しくないんですか?」

「さびしい? なんでだ?」

「だって、もと居たところに残してきたご家族の事とか、心配じゃないんですか?」

「ん? ん~~」

 

 悟空の身の回り。

 何となく、悟空がなのはの家に転がり込んでいる存在なのは、ここ数日で理解できたユーノ。 けど、あまり突っ込むこと、というよりなのは、悟空、恭也の3人以外とは会話ができない彼に集められる情報はそれくらいのもの。

 それに、幾ら彼が自分のおよそ倍の歳だとしても、いまだ子供と呼ばれる年齢の筈だ……だったら。

 ユーノの、そのあまりにも真っ当な質問は――――

 

「オラ家族いねぇからなぁ。 そういう心配いらねんじゃねぇか?」

「………え………?」

 

 あまりにも突っ込んだ質問だと、彼に後悔の念を抱かせる。

 いない、居ない。 だんだんと鮮明になる彼の脳内。 しまったと、そう思って次の発言をすぐさま用意してしまい、不用意に発してしまう。

 

「じゃ、じゃあ……お、お亡くなり……に……」

「さあなぁ? なんでも、オラが山に捨てられてたのをさ、死んじまったじっちゃんが拾ってくれたんだってよ?」

「あ……ぁ……ぼ、ボク……」

「??」

 

 地雷。

 それはあまりにも深くふかくに埋葬されていた巨大な爆弾。

 不覚にもそれを掘り起し、あまつさえ蹴りつけるように起爆させたユーノの心理状況は、平常時から大きく瓦解する。

 引きつっていく声、むせび泣いていく小動物。

 普段の悟空を近くで見ているからこそ。 普段から笑みを絶やさず、落ち込んでいた自分に笑顔を分け与えた彼を知っているからこそ。 彼に隠されていた暗い話など想像もできなくて。

 

「す、すみませ――――」

「そんなことよりさぁ」

「…………え?」

 

 でも。

 

「オラ腹減っちまった。 そろそろ上がって、メシにしねぇか?」

「…………はい。 めし――え?」

 

 そんなこと――――確かに彼はそう言った。

 暗い話より喰らう話。 まったくと言っていいほどに、自身の出生について気にもせず。 本来ならば、なぐさめる立場に居るはずのユーノを逆に、しかも無自覚に引っ張っていく悟空に普段と違うところなんかどこにもない。

 

「今日の、めっしはなぁにっかなーーふんふーん!」

「あ、悟空さんまって――」

 

 だからであろう、いつの間にかユーノからは暗い表情が消えていく。

 いつも通りのとてつもなく軽いノリで、鼻歌ひとつこさえながら風呂場の外へと消えていく悟空。 それを反射的に追うユーノは、改めて思う。

 

「すごいな……このひとは……」

 

 ただ一言、そう呟いたのは彼の本心であった。

 

 

 

PM12時10分

 旅館内 縁側

 

 笑劇……いいや、笑劇…………否、衝撃の時間を乗り過ごした高町なのはと愉快な仲間たち。

 彼等彼女たちは、それから言葉少なく服を脱ぎ、温泉にその身を沈め、ゆっくりと数十分間の魂の洗浄を行なった。

 いつもよりも時間をかけて体を洗う彼女達。 その身に立てる泡は彼女らの困惑を覆い隠し、被る冷水は少女達の慟哭を洗い流す……彼らは、精神的にかなりキテいた。

 

「それにしてもホント驚いちゃったわよ、まさかあの悟空がわたしたちよりも……というより、恭也さん達くらいの年齢だったなんて」

「うん、わたしもびっくりしちゃった。 なのはちゃんは……」

「…………はぁ~~~~」

『あ、ははは(よほどショックだったんだ)』

 

 すずかにアリサ、ふたりの少女の後ろをついて行く形で歩いているなのはは、ただ口からため息を漏らすだけで。

 そんな彼女に、同情の念を禁じ得ない二人は苦笑い。 学校にてまるで弟扱いだったと、なのはから悟空のことを聞いていた彼女たち。

 故になのはのショックの大きさ……弟だと思っていたら兄でした……という事実はとてつもない破壊力で。

 

――――へぇ、あんたかい? アタシたちの邪魔をしてくれてるあの坊主のお仲間は……

 

「悟空く……さん。 とてもおねぇちゃんと同い年には見えなかったのに……」

「あ、えっとなのはちゃん。 ひとは……ほら! 見かけによらないってよく言うし……ね?」

「そうよ! それにアイツ、言動から行動まで全面的に幼稚園児じゃない。 背だってわたし達より低いんだし、今回のは仕方がないわよ」

「…………うん」

 

――――ちょっと? あれ?

 

 なんとか立ち直ろうとするなのは、それに手を貸すアリサにすずかもそれなりに手負いなのだが、それでも彼女たちはなのはに手を差し伸べる。

 本当に仲がいい。 『親友』と呼べる彼女たち3人は、お互いがお互いの傷を癒すかのように、ゆっくりと廊下を――――ちょぉっと! いい加減に気付きなよ!!

 

 通り過ぎることはできないようである。

 

「え? だれ?」

「なによアンタ!」

「…………?」

 

 その声は突然降りかかる。 それに三者三様に反応しては、すぐさま振り向くなのはたち。

 彼女たちは見る。 その者は、その声の主は……美女だった。

 腰まで届く、毛先まで整ったオレンジ色の髪。

 強い光を秘めた青い瞳。

 身を包んでいる浴衣からわずかに見え隠れする、細く、白い脚。

 

「わぁ……キレイ」

「美人さんだ……」

「悔しいけど、負けたわ」

 

 その姿、その全体像を見た彼女たちから出た言葉はひどく短く、しかし飾りげない簡潔な感想は本当に思ったことをつぶやいたからで。

 

「…………ふ、フン!」

 

 それを感じ取ったオレンジの女性は、軽くそっぽを向いてしまう。

 軽く乱暴に振るわれてしまった長い髪は、すぐさまもとの腰まで届く位置に戻っていく。 その一連の流れですら、きれいなものにも見えて……

 

『わぁ~~』

「うっ……(なに? このキラッキラ輝いてる目は――やりにくい!)」

 

 まるで宝石でも見てるかのような視線を投げかけてくるお子様3人組に、オレンジの女性はタジタジ。

 しかしすぐさま目つきを鋭くすると。

 

「コホン!!」

『??』

 

 咳払いをひとつする。

 それだけ、たったのその一声だけで変わる。 場の空気、女性から放たれる視線の種類、声の色すらも。

 

「なに……このひと」

 

 いつの間にか後ろに下がり、そっと腕で身体を抱くすずか。

 

「なんなの……」

 

 すずかと対照的に、負けん気を振り絞っては前に出て、必死に後ろのふたりを女性の視線から守ろうとするアリサ。

 そして。

 

「…………」

「……へぇ」

 

 怯まず、竦まず、下がらない。

 ただ無言の中で、しかし揺るがない光を目に宿した少女がそこに居た。

 

「……ん!(悟空く……さんが戦ってきた人たちに比べたら――これくらい!)」

「弱そうにも見えたけど、アンタ思ったより……」

「なのは?」

「なのはちゃん……?」

 

 それは夢の中の出来事のほんの欠片たち。 命を奪い、奪われて……そんなやり取りを繰り返してきた少年を見てきたのだ、たかがこの程度の事で後ずさってしまえば。

 

「……さんに、笑われちゃうもん」

「は?」

 

 だからなのははここから動かない。 そう、動けないのではなく、動かないのだ。

 右手を閉じる。 確固たる想いをその手に握るように閉じたその手は、わずかに震えていて。

 

「む!」

「……フ~ン(こいつは……)」

 

 それを見つけない女性ではなく。 だが、その意気込み、その行動力に関心を示すかのように、鼻でそっと息を吐く。

 こんな子供が、こんな弱々しい只の人間が……そう見下していた視線が、ほんのわずかに上昇方向に動いた――――その時である。

 

「おーい! なのはー!!」

『悟空――! さん……』

「……あいつか」

 

 主役の到着である。

 少年は居た。 白い布地に青いラインが入った、この旅館にある子供用の浴衣を着つけて縁側を歩いていた。

 その目は、探し物を見つけた子供のような輝きに満ちていて。 それを見付けだした彼は、彼女のもとへと……

 

「なんだおめぇら、このあいだの続きでもしてんのか?」

『このあいだの……続き?』

「――キッ!」

 

 ゆっくり歩き出す。

 その中で、意味の解らない言葉をしゃべる悟空に、若干困惑気味な3人娘。 それとは裏腹に、どんどん目つきを鋭くしていく女性は、悟空の方へとゆっくり歩いていく。

 

「あんた……アンタだね? このあいだうちの子に“お痛”してくれた間抜け面は!」

 

 あふれ出るシリアス臭。 気まずくなる周りの空気。 なのはたちにだってわかる、目の前の女性が、どんどん不機嫌になっていくのを。

しかし、しかしだ。 

 

「うちのこ? あんときの“トラ”みてぇな色の女の事か?」

「と、トラ?!」

 

 話し相手が悪かった、戦う相手が能天気(つわもの)だった。

 あんだけシリアスに引っ張っておいて、既に名前がうろ覚えの彼。 何となく覚えている特徴を引っ張り出しては、それに見合う山で捕食した動物の名前と合致させ……今に至る。

 

「だってよ、黒と黄色しか覚えてねえもんなぁ。 名まえだって、遠くからボソボソ言ってるのが聞こえただけだったしよ。 オラよく覚えてねぇぞぉ」

「遠くからって……あのときアンタ、地面にまっさかさまに落ちてんじゃ? それなのに聞こえたってのかい?」

「たぶんな!」

「胸を張るな!」

「??」

「はぁ~~~~」

 

 この一連の流れである。

 これこそ悟空の真骨頂。 殺し屋であり、当初険悪だったあの天津飯ですら仲間に引き入れた、彼の持つ独特な雰囲気。

 あのときは亀仙人の助力もあったが、暗い道を歩いていた者を、光射す世界へと引っ張り出すことに関しては……

 

「はは! すまねぇ」

「まったく、なんか調子がくるうねぇ」

 

 彼はおそらく、誰よりも無意識で。 何よりも長けているはずである。

 

「あ、そうだ。 なのは!」

「ふぇ?」

「へんな声出してる場合じゃねぇぞ! おめぇたちがこねぇと飯にならねんだ、早く来てくれよ」

「め……めし? あ! その手に持ってるの!」

 

 そして始まるドタバタ。 その最初の項目はまず、悟空の右手から湧き上がってくるあたたかな湯気である。

 湯気からほのかに香るスパイシ―な刺激は、振りかけられた香料のおかげだろうか。

 さらにはパリッパリに焼けた皮の部分は、見る者の唾液の分泌を促進させ。

 食材から突き出る白い骨は、そこを見たものに掴みかかることを強要させる魅惑を醸し出す。

 

 ここまで言えば分るだろうが、悟空が持っているそれはまさしく――――マンガ肉……もとい、こんがり焼けた極上肉である。

 

「はは! あんまりにも美味そうだったから、つい……な」

「先に食べちゃったの?」

「大ぇ丈夫だ、まだ口にしてねぇぞ。 ただよ? 持ったら手放せなくなっちまったんだ」

「…………そうなんだ」

「わかる、その気持ちはよぉくわかる」

『え?』

「――はっ! い、いや! なんでもないんだ! なんでも」

 

 崩れるシリアス。

 その最たる原因である肉……ではなく。 ごくじょう……違う。 悟空の一言に賛同するのは。 どうしてだろうか、なぜか頭部から犬耳が見えるオレンジの女性である。

 それをみて、首を傾げるのは悟空。 さらに右手人差し指をピンと伸ばしては斜め上に向けると。

 

「ん? なんだ、おめぇ」

「な、なんだい!」

「なんかケモノくせぇ!」

「――――ギクッ!!」

『けもの……?』

 

 彼女の度肝をついて出る。 その言葉に、その指に、ズサリと後に下がる女性はひやりと汗をかく。

 しまったと、そんな声が漏れるのだが、その声は誰にも……

 

「なにが『しまった』んだ?」

「な!?」

『???』

 

 そう、常人ならば誰にも聞こえることのない小さな音だった。 筈なのである。

 しかし聞こえてしまったその声は、少年にとっては意味が解らず、だから素直に聞いて尋ねたのだが。

 

「くぅ~~~~(このガキ! さっきから余計なことをぉ~~)」

「ん??」

 

 いまは只の迷惑行為。

 女性はさらに焦る。 どうすればいい? 迂闊だった、このままでは主人の彼女にまで迷惑がかかる。

 なにか……なにかないか……(おなかすいた)……どうすればこの危機を脱することができるのか。

 彼女は必死に考える。 しかし、その間にも迫りくる魔の手がもう一つ。

 それは欲求。 ただ純粋に求めるさまは、ただ美しく。 しかしそれと反して、その行動は醜いものにも見える。

 なにかを犠牲にしなければ、なにかを得ることはできないという最大の例えであり、人が、いきものが生きていくには絶対に避けては通れない関門でもある。

 

「…………(おなか……すいた)」

「ん?」

「――――じゅるり」

「??」

 

 まぁ、要約すると只の空腹なのだが。

 ちょうど時刻はお昼時。 そして目の前には最高の食事がぶら下がっている。

 据え膳……確かこの世界ではこういうんだったっけ? などと、ちょっと賢く頭を回転させた女性は、口からあふれ出そうになった水滴……唾液を、そのピンクで健康そうな舌で軽くなめとる。

 その、光景は正に――――

 

「男の子と大きな女性……」

「なんかこういうのがおねぇちゃんの本棚にあったような……?」

「悟空く……さん! なんかその人あぶないよ! こっちに来て!!」

 

 まぁ、口で言うのもはばかれるものだと明記しておこう。

 そんな、変な想像をした3人娘に対し、相変わらず自然体でボウっとしている悟空と、何かを感づいた女性は一斉に口を開く。

 

「なんでだ?」

「あんたたち……失礼だよ!」

『でも……』

「でもじゃない!!」

『ひぐぅ!』

 

 もぅ、真剣な空気はどこへ行ったのさ?

 彼が登場してまだ2分。 場はすっかり盛り上がり、それはさらに栄えることとなる。

 

「くぅうう!」

「ん?」

 

 右に。

 

「あ……」

「んん?」

 

 左に。

 

 おもむろに振り子の運動を連想させるよう、悟空は持った骨付き肉を左右に揺さぶる。

 まるでわが子を人質にとられた母の眼差しで、それを目で追う女性に鋭さは既にない。

 

「おめぇ、こいつがほしいんか?」

「そんなこと――あぁあああ……あるわけないだろ!」

「ふーん、そっか」

 

 気概だけなら超一流。 だがその形振り(なりふり)は威厳をまったく感じさせず、悟空の持った肉に視線だけにとどまらず。 首ごとふってはソレの軌跡を追いかけていく。

 そんな彼女に、一切の言い訳など用意できようもない。

 

「いよっと」

「ちょっと!? あんたなにを――」

 

 彼は振りあげる。

 その肉汁あふれる骨付き肉を、高く高くに持ち上げて。 それを見る女性に、若干意地悪な笑みを浮かべて、悟空は元気に話しかける。

 

「とってこーい!」

「ああああああ! なんてことを~~」

 

 運動会の始まりである。

 ひとり100メートル走を開始して女性。 彼女はとてつもなく速い、ダッシュダッシュの全力疾走。

 一陣の風となった彼女は遠くの林に消えていく。

 

「なんだよ、結局食いたかったんじゃねぇか。 言えばわけてやったのに」

『は、ははは……悟空さん、ずいぶん強かなんですね』

「ん? “したたか”ってなんだ?」

『あ、はは……』

 

 その流れは、どこか草原で戯れる子犬と飼い主。

 いとも簡単に手なずけていく様は、なのはたちから敬語というものを使わせ、その単語に疑問符をひとつこさえる悟空であった。

 そこに……

 

「はぁ、はぁ、はぁ~~~~なんてことするんだい!」

「お、もう帰ってきたんか? ずいぶん速ぇじゃねぇか」

「こ、こんのクソガキはぁ~~~~」

「でも、うまかったろ?」

「……まぁ…………」

『あ、ちゃんと食べたんだ……』

 

 女性は帰ってきた。

 しっかりと得物を捕食しつつ、さらには片手で食い残しである白い骨をクルクルと弄びながらも、きちんと悟空のもとに帰ってきたのである。

 よほど主人のしつけがいいのであろう。 何とも行儀のいい■である。

 

「~~~~っ!」ぐりりゅうう

「ははっ! でっけぇ腹の音! おめぇ、まだハラ減ってんのか?」

「う、うるさいよ! 関係ないだろ!?」

「ん~~」

「ちょっとあんた? 人の話ぐらい――」

 

 怒鳴る大人に、考える子供。 いい加減にテンションが最高点にまで上がっている彼女、そんな彼女の腹の音に、少しだけ笑っては、これからの事を考えてみせる悟空。

 あ、そうだ。 なんてつぶやいて、彼女を見る悟空は只の純朴な少年に他ならず。

 毒気がなさすぎるその笑顔に、逆に自身の毒気を抜かれていく始末である彼女は、その手を悟空に取られていた。

 

「おめぇも来いよ。 ここのメシもなかなかうまそうなんだ! いっぱいあるからよ、おめぇも食ってけ」

「ちょっと!? そんないきなり引っ張るんじゃ――(な、なんて馬鹿力!? まるで万力に挟まれたみたいに……この! とれない!!?)」

 

 ちょっとそこでお茶しようぜ?

 まるでナンパを決め込むかのようなその行動。 しかし悟空が行うそれは、どこか動物の群れに君臨するリーダーが、今日の成果を子分たちに分け与える光景にも見えて。

 それを感じ取ってしまった女性からは。

 

「…………むぅ」

 

 言葉はもう、上がりはしなかった。

 

「おめぇたちー! 早く来いよぉ!」

「あ、え? 悟空く……さん! まってぇ~~」

「あ、アイツ。 とんとん話だけ進めて……勝手に行くなんて……」

「あは……は。 ホント、自由人なんだね。 悟空さんって」

 

 その奔放人を後から追いかける彼女たちの顔も、皆きれいに笑顔を花咲かせていたとか。

 皆は、悟空に引っ張られるかのように大広間へと進んでいく。

 

 

 

PM12時30分

 旅館内 大広間

 

そこは開戦前の戦場であった。

いきなり連れてこられ、目の前にたくさんの食事達が並ぶ食卓に座らせられる女性。

一面畳であるその部屋に、まったく不似合いなほどに並ぶ豪華絢爛な食事達。 それは満漢全席を連想させるようで。

たかが食事と、なめてかかっている愚者にはとてつもない衝撃を与える輝きを放っていた。

 

「なんなんだいコレは!? たった十数人で、なんでこんな量の食事が並ぶのさ!!? ザッと見ても50人前はあるよこれは!」

「えぇ……その、大変申し上げにくいのですが」

「え?」

「それは……1人前でございます」

「!!?」

 

 そこでオレンジの女性が、浴衣姿の女性……ノエルから聞いた事実はありえないものであった。

 

 位置について……

 

 はん! と、鼻で笑ってしまうような数を、それを……それをたった一人で食い尽くす? なんだその冗談は、こちらを馬鹿にするのもいい加減にしろ。

 そう言葉に出そうそのときであろうか。

 

 よ~~い……ドン!

 

「―――!! な! なに!? 一瞬で……皿が3枚ほど空に……」

「んぐんぐ~~~~んめぇ!!」

「な!? こ、こいつは!?」

 

 一瞬であった。 まばたきをしたはずだった、ほんの少しだけ閉ざした目がもう一度開く間の時間だっただろう。

 その音に追いつく程度の速さ……少年の手には“4皿目”が握られていた。

 大きく頬張り、チャーハンを口に含みながら、ワンタンメンをスープ代わりにして咀嚼する彼は笑顔。

 そんな彼の姿を見れば、幾ら初見さんの彼女でもわかるだろう。

 

「こ、こいつなのか? こいつひとり分だってことなのかい!」

「は、はい……あまりに信じられませんが。 『これ』が悟空様ひとり分でございます」

「――――うっぷ(ダメだ……胃もたれが……)」

 

 さっきまで空腹を訴えかけていた女性の胃袋は、突如として別の種類のアラートを鳴り響かせる。 それは胃痛と胃もたれの信号。 音は聞こえないが、キリリと雑巾絞りの様にねじれる感覚は、彼女から空腹感を奪い去っていく。

 

「信じられない……(これがコイツの強さの秘密……? 魔法も使わないこいつが、フェイトと互角に渡り合えたってのは……って)そんなわけないか」

「ふも? んももおふわふぇぇんふぁ?」

「ふ~~……いいよ、アタシはそこの皿に乗ってるやつを食い終わったら、おいとまさせてもらうよ」

「ふぉうふぁんわ?」

「そうなんだ!」

『はぁ~~すごい。 ちゃんと会話になってる』

 

 完璧なる意志疎通。 言葉になってない悟空語にきちんと対応して見せる彼女に上がる称賛の声。

 どよめき声は彼女にも届き、若干身構えつつも周りを見る。

 そこには悟空が居て、周りには幸せそうに笑う人間たち……それを見て。

 

「…………も、フェイトが――」

 

 彼女はそっと歯ぎしりする。

 だれにも気づかれずに、何物にも悟られずに。

 ただ一人“あんな奴”のために血を流し、傷を作っている少女を思い……想う。

 

「お? なんか言ったか?」

「――!? いいや! なんでもないさね。 そんじゃ腹も膨れたし…………【そこのおちびちゃん、あとでこの坊主に言っておきな!!】」

【え!? おねぇさん?】

 

 なんとなく気付いた悟空をそっといなして、彼女はなのはに伝言を残す。

 

【次会ったときはこうはいかない。 ジュエルシードは全部あの子のモンだ……てね】

【そ、そんな!】

 

 本人を介さない宣戦布告。

 完全に威嚇している彼女は、なのはに向かってちらりと犬歯を見せびらかす。 それがどういう意味かなんてなのはにだってわかる。

 鋭く、真っ白で、ほんのりと滴れる唾液は妖艶さを醸し出し……

 

「そいつはわかんねぇぞ。 なのはだって、随分やるようになったかんな」

【!!?】

「悟空く……さん?」

「ま! そん時はまた闘おうな! オラ今より、もっともっと強くなって、今度はガッツリ勝っちまうからな!」

「あ、アンタ……いまのが……?」

「ん? どうしたんだ?」

「いいや……なんでもないよ」

 

 その雰囲気は、やはり悟空の手によって崩されるのであった。

 『盗み聞き』をしていた……そんな風には見えない悟空の、当然だろ? なんて声が聞こえてくる笑顔は、女性……アルフと呼ばれていた彼女にも映り込み、移っていく。

 “いいかお”になっていく二人、そして彼女は席を立つ。 ゆっくりとふすまの近くに寄って行き、振り向きざまにニコリとわざとらしく笑顔を作り。

 

「世話になったね、そんじゃ――」

「あ、忘れてた……えっと……これっくれぇかな? おめぇさ、アイツにこれ持って行ってくんねぇか?」

 

 部屋を出ようとして、呼び止められる。

 その声の主は、袋を持っていた。 縦に長い紙袋に山ほど食卓の肉まんを詰め込んで、もう入りきらないくらいに詰められたその袋を、軽々持っては彼女……アルフに向かって差し出していた。

 

「なんだい? これは……」

「このあいだの『借り』がまだだったかんな」

「借り?」

 

 出来上がった肉まんの山を受け取るアルフ。 しかし彼女にこれを受け取る理由が思い浮かばない。

 そんな彼女に助け舟が、それはポツンと取り残され気味だったなのはである。

 少女は、悟空の“このあいだ”という言葉に、すぐ思い至るのであった。

 

「あ、もしかして。 わたしが割って入っていった時の……」

「そだぞ、あんときな、結局オラに撃ちなおさなかったもんなぁアイツ。 だからアイツにコレ渡しておいてくれねぇかな」

「あ~~そういえばそんなこと言ってたっけかねぇ。 ……わかったよ、コイツはありがたく受け取っとくよ。 そんじゃあね」

「おう! またな!!」

 

 ぴしゃりと閉められたふすま。 そして悟空に群がる周囲の人物たち。

 特に士郎を筆頭とした武闘派の方々は、彼女について興味津々で。

 

「なんだよあの(ひと)、尋常じゃない身のこなしじゃなかったか!?」

「うん、まるで人間じゃないって感じ」

「悟空君の知り合いかい?」

 

 本人を目の前に、およそ聞けないであろうことを一気に聞くのである。

 風貌も、自然と出る体捌きも、不必要な箇所を削いだように締まった美貌を持ち合わせた美しい身体。

 あんな知り合いが居たことに驚愕し、あんな人物がいたことを信じられない高町の武人たちに……

 

「ん? ん~~おもしれぇやつだろ?」

 

 やはり彼は、思ったことをそのまま言うだけで。

 

「オラたちにケンカ吹っかけてくっけどよ、たぶん悪い奴じゃねぇと思うんだ。 だから、今度会ったら……」

「仲直りするの?」

 

 悟空の思惑を、何となく予期するのは桃子。 けど、その考えですら。

 

「ん? ちげぇぞ」

『???』

 

 少年は否定する。

 では、どうするのか? それは誰もが思わない形。 面白くって、どこか気持ちのいい人柄で……強いヤツ。 それに当てはまるとなれば、悟空が望むのはただ一つ。

 

「おもいっきり、たたかうんだ!」

『…………そっか』

 

 単純明快(シンプル)な答え、ただそれだけである。

 それに難色を示すこともない彼等彼女たち、それは悟空の言っている意味を深く理解しているからであろう。

 ケンカではない、けれど解りあおうというものでもない。 ただ純粋に“競い合いたい”が故のこの発言。

 それがはっきりとわかっているわけでも、悟空に聞いたわけではないのだが。 高町の一家はそれとなく気付いた…………はずである。

 

 湯けむり漂う温泉街。

 今まさに、複数の運命が複雑に絡み合い、お互いを引っ張りあおうとしていた。

 そうとも知らず、呑気に今を過ごしている彼は知らない。 彼がやってきた原因であり、恭也がいまだ大事に保管し、存在を忘れていってしまったソレのせいで。

 

「たのしみだなぁ」

「悟空く……さん」

「悟空さん」

 

 次元の向こうから、それを見つけようと『船』がやってこようとは、まだわかりもしなかったのである。

――――接触のときは……近づいていた。

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

なのは「…………~~………~~~~……ぶくぶく」

すずか「な、なのはちゃん!? だめだよ! そっちに行っちゃだめだってば!」

アリサ「ほっときなさいよ。 どっかの馬鹿のせいで、いまちょっとだけ充電期間なんだから」

すずか「いい……の?」

アリサ「い い の!」

悟空「そか! そんじゃ次行こうな!」

娘ふたり『あなた(あんた)は少しでもいいから心配しなさい!!』

悟空「え? なんでだ……?」

ユーノ「えっとぉ、次はシリアス……シリアスですよぉ? はぁ、誰も聞いてない。 次回!!」

黒衣の“少年”「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第10話」

ユーノ「欠けた月夜に吼えし者」

悟空「なんでわかんねんだ! 変な奴がおめぇのことねらってんぞ!!」

???「――――え?」

悟空「こ、コノヤローー!!」



なのは「また……次回だね?」

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