ついに、このときが来た。
現実は数年でも、心の中では永遠とも思えた孤独の時間。
友は居た。 仲間も居た。 だけど、彼女が真に欲したものはいつまで経っても現れてはくれなかった。 でも、ソレがいつかは目の前に現れるのはわかってて、だから、彼女は常に鍛錬を怠らなかった。
なまくらとなった自身を、彼には決して見せたくなかったから。
一時期、彼がやってきたと噂が流れたが、渡された資料にはまったく別人の顔が印字されており、只の偶然だと肩を落としたのはもう、遠い記憶である。
ずっと憧れていたあの、山吹色の背中。
いつだって傷つき、倒れ、それでも立ち上がった偉大な英雄。 そんな彼を追いかけて、走って、手を伸ばして―――――
「…………あ、夢」
その姿が霧散したところで、彼女はうつつへと舞い戻ってきた。 “彼”の居ない、退屈な世界へと…………
「……日課、やらなくちゃ」
呟き、起き上がった彼女は両手両足にリストバンドを着け、スポーツ用ジャージに着替えると外を走って行く。
息も切らさず、平坦で、真っ直ぐな未知を只延々と。 だが、しかし。
「え? 転属ですか……?」
転機が訪れる。
別に、自身は何も問題は起こしていないはずだ。 順調に進んでいた進路を、なぜ変えさせられるのだろうか。 聞いても答えられないと、口を閉ざしてしまった上司に一瞬でも眉を上げてしまった彼女は、相当に疲れていた。
あの噂の愚連隊を?
どうしてもキミに行って欲しい。
……わかりました。
そんな3行で終わる会話で、自身の勤め先が変わってしまえば、嫌でも落胆してしまう。
「…………どうしよう」
迷う。 このままで良いのだろうか。
思う。 最近感じる、かみ合いの無さ。
でも、わからない。 何処で自身がボタンを掛け違えたかなんて、もう、気にする余裕が彼女にはなかった。
だって、その上司がどれほど彼女の事を考えて“あの部隊に送り出した”かなんて思おうともしなかったのだから。
悟空教室 3日目。 そろそろ新人達も彼のしごきに常識をゴリゴリ削られすぎて、反論する意思も残っていないのだろう。 うつろな目をしながら超重量の装備で訓練を続行している。
ときには山を、ときには川を、そしてたまーに崖を駈け上がっていく姿は、もう、魔法とか少女とか関係ない世界に突入していた。
「ほれほれどうした? そんなんじゃ昼飯には間に合わないぞ?」
「このこの! なんで当たりもしないの!!?」
一人爆発的な体力を遺憾なく発揮したスバルはいま、悟空の言葉通り、みっちりと組み手をさせられていた。
なのだが、ソレがもう非道いの一言。
隙をうかがおうと防戦になれば防御ごと貫く一撃で落とされ、なんとか躱して反撃に出ようとするとカウンターの餌食。 まぁ、わかっていた事態ではあるが、此方が息も切れ切れでやっているのに、鼻歌交じりで踊るようにいなされるのは、自信を真っ向からたたき折られるようで悲惨。
「ぜぇはぁ……!! ティアナ・ランスター! 山登り10週、終わりました!!」
「よし、おめぇも組み手混るか」
「喜んで!!!」
「……ティア、気合がヤバいよ」
訓練校時代、卒業試験ですらこんな必至にはならなかった。 そんな彼女の姿を見て、スバルは握りの甘かった拳に力を込め直す。
「やるわよスバル!」
「…………うん、行こう!!」
「よし、かかってこい!!!」
その気概に当てられて、スバルが一気に燃え上がる。 先ほどまでのあきらめ半分な突撃から打って変わって、洗練され続ける動きに、一瞬、あの悟空が目を見張る。
「おりゃあああ!!」
「けどな、がら空きだぞ!!」
「そんなことわかってる……ティア!!」
「えぇ!!」
スバルの攻撃の隙を縫うように怒濤の弾丸が悟空を襲う。 通常ならば一発が失神ものの強力な銃弾を、悟空は腕を払うようにして次々と切り払っていく。
腕は封じた。 ならば後はわかっているな?
言葉も無く交わされた作戦に、スバルは即座にスライディング。 がら空きとなった悟空の足下へ奇襲を仕掛ける。
「ウリャアアアアア!!!」
「……狙いは良いぞ、だけど甘いな」
「ぐああ!!?」
「ウソ!? しっぽで!?」
悟空の鍛え抜かれた身体は四肢だけではない。
あの、細くしなやかな尾っぽだって、立派に鍛えた鋼鉄並みの強度を持った武器になる。 サイヤ人の弱点とも言える諸刃の剣でスバルをはたき落とした悟空は、そのまま宙に向けて掌底を放つ。
「ぎゃん!?」
「ぐぅぅぅ!!」
吹き飛ぶ二人。
空間を叩くという絶技を前にして、エリオとキャロは言葉を失い、過去のトラウマか小龍フリードは少女の裾を甘噛みして震えている。
だが、彼等が驚くのはまだこれからである。
「まだ、まだ……!!」
「やってやる……ここまで来たんなら!!」
「いいぞ、おめえ達すげえガッツだ! オラもワクワクしちまったぞ」
圧倒的な戦力差があるにもかかわらず、彼女達の闘志を前に悟空のやる気が一気に燃焼する。 拳を作り、一声を上げると彼の周囲が陥没する。
「ダァアアアアアアアアアアアアアア!!」
「来る、おじさんのほんのちょっとホンキが!!」
「…………それ、ホンキって言うの?」
「だああああああ!!」
変わる。
あの黒髪黒目のサイヤ人が、その身体を黄金色に染め上がる。 新人相手にそこまでするか? はやてが見たら激怒ものだが、燃え上がっている彼女達からすればこれ以上の栄誉はないだろう。
「行くぞ、まずは残像拳だ!!」
「おじさんが増えた!?」
「そう見えるだけ! ……落ち着いて、視覚の情報に惑わされないで」
「…………精神集中は苦手なんだけど」
スバル、ティアナに応じて6対に増えた悟空が彼女達の周囲を取り囲む。
数秒のあと、動けない彼女達に対して一気に攻め込む一体の影。 ソレに銃撃を見舞うティアナだが、同時、スバルは真後ろに拳を打ち出していた。
「――スバル、正解だ」
「ううん、ティアが背中を守ってくれたからだよ」
「……へへ、そうだな」
「スバル! 一斉射撃よ!!」
「了解!」
一気に霧散した残像達を捨て置き、ティアナがクロスファイヤーを唱え終え、スバルは腕の螺旋を最高回転にまで高める。
撃ち出す。
打ち出す。
二人の最大攻撃が悟空へ襲いかかる中、彼はなんと目を見開き一括した。
「はぁぁぁああああああああああああああああああ!!」
『かき消した?!』
気合だけの迎撃に、今度こそ全員が度肝を抜かれる。
「あのヒト、やっぱムチャクチャだよ」
「そんなこと入社当時からわかってたでしょう!」
「スバルさんにティアナさんも決してレベルは低くないはずなのに、あんな、まるで子供とオトナのように……」
「……実際にそれくらいの年齢差はあるみたいだけど」
「ものの例えだよキャロ」
「あ、うん……」
一斉射撃を腕も使わずに対処してしまう相手に、これ以上なにをどうしろって言うのか。
そんな絶望一歩手前の彼等に対して、孫悟空は昔やられたあの恒例行事をすることにした。
「これは、超サイヤ人。 普通のサイヤ人形態の一個上の変身だ」
「変身一つでここまでいくの?」
「でもたしかおじさんって……」
「そしてオラは、なんと変身をあと2個残している。 ……これの意味がわかるな?」
『わかりたく有りません!!!!!』
「およ?」
ほんのちょっとしたジョークのつもりが、あまりにも受けが悪かった上司の絵。 別に彼等にそれを披露するつもりはないが、発破を駆けるつもりだったこれは見事に失敗。 先ほどまでの炎が一気に鎮火してしまい。 彼女達は尻餅をついてしまう。
「もう限界……!」
「あー! もうだめ!!」
「なんだおめえ達、もうスタミナ切れか?」
「だってそんな化け物みたいな変身をあと2個……おじさんちょっとおかしいよ」
「……悟空さん、手加減してるんだけど力加減が間違ってるんですよ」
「んーそんなことねえと思うんだけどなぁ」
だってそれくらい強くならないと勝てない相手がわんさか来る世界なのだ。 悟空の異常性は仕方が無い。
そんな異常戦闘力(此方の世界比較)孫悟空だが、そんな彼の目の前に唐突に開かれるウィンドウ。 紫色の窓枠が入ったソレは直属の上司のもの。 彼は表情も変えず、その窓枠にタッチする。
「おっす! はやて、元気してっか?」
「おはようごくう、そっちも元気そうでよかった」
「おう、ついでにひよっこ達も元気してるぞ」
『おはよう……ございま……す』
「……死屍累々なのですがそれは」
「大ぇ丈夫、後で気合入れとくさ」
「それってそういう意味だよね? 後ろに物理ってつかないよね?」
「何言ってんだおめぇ?」
「普通に、元気にしてあげてって言ってるんよ?」
窓枠越しにはやてが背中も凍るようなとびっきりの笑顔。 凍結魔法もかくやという絶対零度の微笑みだが、日輪よりも輝く超サイヤ人には涼風がごとし。 笑って受け流す悟空に、新人社員全員がその胆力に驚愕する。
「んで? おめえが直接連絡よこすって事は何かあったんだろ? もめ事か?」
「あ、それは大丈夫。 だから嬉しそうに腕を回すのはよそうね」
「……ちぇ」
「残念そうにしない。 あ、でも……」
「なんだ?」
「ある意味、厄介事なのは間違いないかも」
「へぇ、ソレは楽しみだな」
一体どんなハチャメチャが押し寄せてくるのか。 興味が尽きない話に男が燃え上がろうとする中、はやては即座にトドメを刺す。
「こんど、ウチの部署に監察官が来ます」
「かんさつ? …………かん、殺? 新しい技か!?」
「……ティアナちゃん、監察官ってわかる?」
「え、あ、はい! 管理局内の不正や不祥事と見られる行為に対して、その盗り……まりを行っている組織です!」
「はい正解。 あとで花丸あげちゃうんよ」
「ありがとう、ございます……?」
正解なのは良いことだが、ソレが一体何なのだろう? すこし、疑問に思ったティアナだが、彼女は気がついていない。 いいや、もう忘れてしまっている。 自分が今、何処で何の仕事に就いているかを。
「一応、うちの部署は変わり者って事で煙たられてるんよ。 ほら、ごくうがイロイロやらかしてるから」
「なんだ、そこはオラだけじゃねえだろ?」
「うん、9:1で悟空だけのせいじゃないんよ? けど、やってることはイロイロ問題があるのは事実や」
「なんでだ?」
「……魔法を組み込んだ訓練を一切してないとこやね」
「あぁ!」
「あぁ……! じゃない!! もう、少しはソッチ関係のイロハも組み込んだらどうなん!?」
「でもこいつ等さぁ、ユーノやなのは達と違って魔法も体力も全然でさ。 だから、基礎から教えてるんだけどまだ時間が足りねえんだ。 もう少ししたらソッチ関係を教えるつもりなんだけどさ」
「うん、だから、魔法関係を教えてますよってアピールが必要なんよ」
「ん?」
「今日はね、その教えるための教官と、それをチェックする監察官の人が来るって情報を教えよ思うて」
「ふーん」
そう言ったはやては、なぜだかとてもいい笑顔である。
ソレに一抹の不安を覚えたのは悟空以外の全員。 だから皆が悟空を見た。 貴方、ナニカ心当たりがアルのでしょう? ……と。
「そいつ、もしかしてオラが知っている奴か?」
「あ、それはどうかなぁ?」
「なんだ、やっぱ知ってる奴か。 だれだ? クロノか? それともリンディか?」
「……前から思ってたけどこの曹長さん、なんで上役の人とこんなに顔見知りなの?」
「……そりゃおじさんだもん。 ずっと前に世界を救ったときに色々あったんでしょ?」
「え!? 悟空さんが世界を――どういうことですか?!」
「でもあの人なら何だってやりそうだよね……あはは」
激戦を乗り越えた戦士だから、と言うのが正解だろうか。 そんな超戦士がはやてと談笑する中、ティアナだけは少しだけ落ち着きがなかったりする。 だって、監察官が来るというのだ。
現状、悟空と縁があって監察官など、彼女の中では一人しか居ない。
「もしかして……」
「あー、これはアレだね。 ティア、お兄さん来ちゃうんじゃないの?」
「うん、そんな気がする」
……だがそんな彼女の期待も、すぐさま粉砕することとなる。
「うん、その人はまだ監察官には成ってないんやけど、ほとんど内定扱いなんよ」
「……え?」
「あちゃあ、これは違ったね。 ざんねんティア」
「それで、教官というのもこれまた最近昇進した人がおんねんな」
「なんだなんだ? オラんとこには新入りしかこねえな」
「仕方がないンよ、だってウチはそう言うところやから…………あはは」
『……ここってどういうとこなんだろう』
「でもまぁ、そんな悪い話じゃないんよ? 絶対、戦力的には管理局の上位に位置する人物やから」
「へぇ、おめえがそこまで言うのは中々居ねえからな。 こりゃ、楽しみになってきたぞ」
武道は悟空が、魔道はその教官が。 見事に役割分担が出来るこの部隊。 ますます、訓練に磨きがかかるというものだろう。 ……新入り達が、保ってくれるならば、だが。
「んで、そいつ等はいつから来るんだ? 明日か?」
「うんん、来週明けくらいかな」
「じゃあソレまでにはこいつ等に気の扱い方までは覚えさせておかねえとな」
「うぇ!?」
「そんじゃ、オラこいつ等と組み手やっから、またこんどな?」
「ちょ、ごくう今組み手って――え? もうそこまで行って、ちょまってごくう――――」
ブツリと、悟空がチョップで回線を切ると、彼はそのまま振り返る。
そのときの彼の顔ったらもう……スバルはおろか、ティアナだって一生忘れないだろう。
「よし! こうなったらおめえ達には世界一、いや、どうせなら天下一を目指してもらうかんな!」
「……どうして、こうなった」
「あと一週間か。 うっし! そんじゃその間に10年修行した成果を出させてやるかんな!!」
「…………なんで、どうして……」
「もしかしたら界王拳とかもマスターしちまうんじゃねえか? いやぁ、オラ楽しみだぞ」
「フリード……たすけて」
「よぉし! いっちょやっかぁ!」
「前略、兄上様――――先立つ不孝をお許しください」
皆が死を覚悟した。
なぜだかやる気に溢れている孫悟空に対して、新人達のテンションはみるみる下がっていく。
けどソレも仕方がないだろう。
だって悟空には今度来る人間の見当が付いてしまったのだから。 ここ最近膨れあがってきている懐かしい気は間違いなく悟空のほうへ近付いてきている。
あの、懐かしい二人がもうすぐ彼の前に現れるのだ。
いつ以来、だったろうか……?
悟空は彼女達の驚く顔見たさに、自身の部下と共に“おのれすらも鍛えていこうとしていたのだった”
そして、長い一週間が過ぎていった。
その速さったらまるで悟空が蛇の未知を駆け抜けるように早かった。 行きは半年、帰りは半日。 そんな狂った時間感覚のなかで新人達は見事自分の殻を破ることに成功していた。
……けれど、本人達に自覚はない。
残念ながら、自身の成長を試すのが悟空しか居ないのだ。 いつだって一対多数。 悟空相手に徒党を組み、こてんぱんにされる毎日を送っていく彼等彼女達は、わからなかったのだ。 段階的に彼が手加減を解いていく度に、実力が飛躍的に上昇していって居るなんて。
まるで、無印からいきなりナメック星編に突入したかのようなパワーインフレは、しかし
なんやかんやあって、ついに約束の日がやってくる。
この戦闘力インフレが始まり、狂った職場に彼女達がやってくる。
だが待って欲しい。 この程度の戦闘力インフレなど、とうの昔に始まっていることを、思い出さなくてはならない。
そう、彼女達、初代魔法少女たちはもう、子供の頃からソレはもうえげつない悟空戦闘をくぐり抜けてきた立派な猛者なのだ。 ソレが数年間、自己学習だけとはいえ時間を与えたらどうなるか……答えは、もうすぐわかるはずである。
あれから、かなりの修羅場をくぐり抜けていった。
今日も朝から集まるが、孫悟空は外様用の金髪碧眼。 服装も胴着ではなく窮屈な隊服と、少しだらけたネクタイである。 そんな彼が部屋の中に入っていくと、疲れた顔の子供達が死にそうな雰囲気で出迎える。
「おっす! みんな、今日も元気そうだな」
「……おはようございます」
「うぅ、筋肉痛が……」
「疲れが抜けない……」
「すぴぃ……すやぁ……」
「きゅるる!!」
「うぁ!? ごめん、フリード」
満身創痍の新人達。 だが、此れでも十分軽傷である。 あの悟空の気合が詰まった修行をみっちり1週間受け続け、病院送りになって居ないのだから。
「さてと、今日が約束の日なんだけど……誰もこねえな」
「まさかの誤報?」
「……ついに見放されたのかな」
「なに言って……いや、そんなまさか」
「ボクたちどうなっちゃうんだろう」
思い思いの新人達に、悟空は「まぁまぁ」だなんてなだめる始末。 おおらかなのか楽観的なのか見分けが難しい彼に皆が不安になる。
「ん?」
「おじさん?」
「ははっ! どうやら到着のようだ」
『!!』
悟空が彼等の真後ろをのぞき込むと、そこには大きな魔方陣が描かれていく。 どうやら短距離の転移魔法を使っているようだが、それでも新人達にとってはこの魔法でも驚愕に値する代物である。
そして、その輝きから現れた人物に、一同は驚愕することとなる。
「おはようございます、初めまして……かな? 高町なのは3等空尉です、今日からよろしくね」
「あ、あああああのヒトは!?」
「すごい、本物だ……!」
「不死鳥の高町……」
「たしか5年前に大規模な爆発事故から味方部隊を全員守り切って、自身は復帰不可能な傷を負ったけど、その1年後に奇跡の復活を遂げたって言うあの!!!」
「あ、はは……どうも」
新入り達が驚愕に沸きたち、その声になの波がどうしてか萎縮する。
その姿に、少しだけ心当たりがある悟空は、彼女に一歩、近付こうとした。
「……っ」
「ん?」
踏み出したとたん、彼女は同じ歩幅で遠ざかる。 どうした? なんて顔をした悟空だが、彼女が答えることはなかった。
「ま、いっか」
「……………………ぜんぜんよくないよ」
「ん? そうなんか?」
「――――ッ!?」
「なにぶつくさ言ってるんだなのは。 ほれ、おめぇこいつ等に魔法教えに来たんだろ? 少しは師匠らしいことしてやんねえとな」
「う、うん……」
緊張か、はたまた接し方がわからない不器用さか。 うつむきながら悟空に返事をした彼女は、表情を切り替えて新人達に教鞭を執る。
ここに来て、初めての座学。
それ自体に皆が感動を覚え、中には涙ぐみながら魔法の鍛錬に打ち込む者さえいる。
「凄い! あんなにむずかしかった教本がとっても読みやすくなった!!」
「言葉しか聞いてないのにドンドン魔法を覚えていくよう……!」
「そっか……これが、魔法!!」
どれだけ魔法をないがしろにされたのだろうか……
ここは時空管理局のはずだ。 ならば、まずは基礎魔法が出来る事が前提なのだが、彼等はその基礎中の基礎、念話すら難しいという劣化具合であった。 そこからはもう、なのはがざっと作ったマニュアルで彼等の基礎訓練を行っていく。
「なのはさん! 観てください!! これ、ちょっとだけなのさんの“ディバインバスター”をまねてみたんです!」
「凄い! アレを素手で真似ちゃうなんて」
「アクセルシューターってとても応用力があって、アタシにあってるかも……」
「いきなり6個操作……」
「へぇ、スバルとティアナはなのはの魔法と相性が良さそうだな」
「いや、ちょっとまって……みんなの覚える速度が尋常じゃないんだけど」
「そうか? こんなもんだぞ」
「そうだね……初見で砲撃魔法みたいなかめはめ波を完コピした誰かさんから見たらこれが普通だよね……」
下地は既にできあがっているのだ。 それも超巨大高層ビルを作る勢いの下地が。
ならば、そこに各々の特性にあった修行方法を課せば、その成長速度はもう音速を超えていくだろう。
此れには、元祖悟空教室受講者のなのはすら驚愕し、改めて悟空の修行方法の過酷さを思い知る。
「でだ、のこりのこいつ等だけど」
「うん。 コッチの子は高速接近戦闘だよね、ならフェイトちゃんと相性が良いかも」
「で、キャロは……そうだな、こいつはこれまで通りオラと修行していくか」
「え!? わたしは魔法を教えてくれないんですか!?」
「おめえはもう身体作りが軌道に乗ったかんな。 だから、オラと一緒に今度、別の奴にイロイロ教わればいい」
「……え?」
「そいつは何でも出来るし、昔大暴れして、なんとか正気を取り戻したって言うテンではフリードと似てる。 だからきっと、アイツが師匠としては適任だ」
「は、はぁ……?」
フリードよりも、悟空よりも大暴れした存在など想像も出来ないが、すぐ横でなのはだけが納得していた。
「……結構、センセイ出来るんだよね悟空くん」
「なんだよなのは、おめえを鍛えたのもオラだろ?」
「そ、それはそうだけど……でも、やっぱり悟空くんだし」
「―――え!? 高町さんを鍛えたって!?」
「どういうことおじさん!!」
「なんだおめえ達、聞いてなかったんか? オラ随分前になのはたちの地球にいてさ、そんときに色々と修行してたんだ」
「まさかそんなことが……!」
「な、納得した。 そりゃ悟空さんに修行してもらってたらあそこまで強いはずだよね」
先ほどの不死鳥発言も、悟空が絡めばあら不思議。 なんてことはない、只頑丈だったと納得した彼女達は悟空となのはを見比べて一斉に頷いていた。
さて、ここまではなのは主体の教室であったが、ここでいよいよ選手交代。
孫悟空が金髪を揺らめかすと、同時、新人達が身構える。
「え、なに!? なにが起きようとしているの!?」
「いや、別になにもねえけど」
「うそだ! そうやっておじさんは欺そうとしてる!!」
「みんな気をつけて! いつ残像拳から背後を盗られて気絶させられるかわかったモンじゃない!!」
「キャロ、ボクの後ろに……」
「う、うん」
「…………容赦のなさに磨きがかかってるよ悟空くん」
目に見えて警戒している彼等を見れば、今までどのような扱いだったのかが手に取るようにわかる。
かなりキツい修行を課せられた彼だが、実際、なにをどうやって“ここまで鍛えられた”かに興味はある。 だから、彼女は止めなかった。 ごく自然に、本当、何でも無いようになの波は新人達に処刑宣言を言い渡したのだ。
「それじゃ、みんなで模擬戦いこっか?」
「うっし! さすがなのはだ、わかってんな」
「あ、あわわ……う、うん」
『……………………死んだ』
らんらんと輝かせたのは一体誰の瞳だったか。
新人達の本当の地獄が今、始まろうとしていた。
荒野。 脆弱な生物では3日と生きていけない過酷な環境であり、ある程度の被害を気にしなくても平気な戦士達にとってポピュラーな戦闘場所である。
古来よりこのような地形では、闘いの最終決戦が行われていったが…………さて、今日は一体誰の最終決戦が行われようかというのか。
………………まぁ、正直いってすべてがどうでもいいのが高町なのはの感想であった。
だってそうではないか? いま目の前に“彼”が居る。
先ほどのまったく似合わない制服から着替えて、あの、山吹色の戦士に戻った瞬間から、高町なのはの思考力は完全に消失した。
新人研修? もうそれどころではない。
9才の時から8年の月日が流れた17才の彼女にとってその年月は人生の半分と言えるだろう。 その長時間、あの、脳裏にさえ焼き付いた強烈な憧れは自身も思わぬ速度で膨れあがり、こうやってあの頃と変わらぬ姿で、より一層強く輝いていれば、もう、ソレはとんでもない事になって居る。
「はぁ……はぁ……」
「おいなのは! ぼさっとすんな!!」
ソレがどう彼に写ったか知らぬが、なんとか自身の変調に気がつかれては居ないようだ。
飛行魔法でフラフラと浮き上がると、彼女はそっと呪文を口にする。
「よし、まずはスバルだな。 堅い防御で突撃するなのはと、おめえとの戦闘タイプならうまいことかみ合ってる。 どんと当たってけ」
「うん! 頑張る」
何だか声が聞こえた気がした。 ……あぁ、そうだ、自分は今教道を行っているのだ。 なら、早くしなくては。
えっと、何だったか……そうだ、攻撃すれば良いのだろう。
「ディバイィィィィィィィィン――バスター―――!!!」
「え、あ、ちょ!!?」
「あ、あぁ……!」
瞬間、スバルが光りの中に消えていく。
あまりにもあっけなく丸焼きにされた少女に、皆が言葉を失う。 なんとか瞬間移動で彼女を回収した悟空は、一応スバルの首元に手を触れる。
ビクンとおっかない反応ではあったがとりあえず脈はある。 地面に横たえると、少しだけ怪訝そうな顔をしてのこりの人間を見た。
「ちょっとまって!? スバルが一瞬で!!」
「あの潜在能力だけなら最強のスバルさんが」
「こわくない……こわくない……!!」
「…………流石なのはだ、一撃でみんなの緊張をあおりやがった」
違う、そうじゃない。
そんなツッコミさえ出せない現状で、容赦なく次を催促するなのは。
「教道……教道…………」
「凄いやる気だぞなのは。 アイツ、頑張ってるんだな」
「あの悟空さん、致命的になにかが可笑しいんですけど……」
「そうか? まぁ、そうだな。 アイツ、まだまだこんなもんじゃ無いもんな」
「そうじゃなくって!!」
「エクセリオン――――――バスタぁぁああああああああああ」
「…………ひぇ!!」
一瞬、極太の光りがティアナの顔を横切ると、遠くで爆音が唸る。
今の一撃にどれほどの魔力が注ぎ込まれたのだろう。 参考にすらならない圧縮率に尋常じゃない収束率で来る魔力塊に岩山が貫孔され、曇った空を孔から覗かせる。
……アレを受けたらどうなるか?
一瞬で浮かび上がる疑問は、やはり一瞬の後で回答が出る。
「おめえ達、死ぬなよ?」
『だったらタスケテくださいよセンセイ!!!!』
「それじゃ修行になんねえだろ」
『死んだら修行が出来なくなるんですよ!!?』
「え? そんなことねえ、別にあの世でも修行できっぞ」
『……はい?』
「なんなら今度連れてってやるか」
『……………………死?』
もうどこから何処までが冗談なのかがわからないが、一つだけわかる事が有る。
「星の……光よ……集まれ――」
「あばばばば!! 高町さん、周りに凄い魔力が!!」
「あ、あれ知ってる!! 高町さんのスターライトブレイカー!!」
「……あの、悟空さん」
「あぁ、あれはちぃとまずいな」
「こわくない……こわくない……!!」
「なのは、おめぇどうしちまったんだ?」
何故か前後不覚ななのはに、悟空はそっと拳を握る。
一瞬、彼の身体が隆起すると、迸る気が上空に向けて駆け抜ける。
「いいかおめえ達」
「こ、こんなときになにを――!?」
「これが、さっき言ってた次の変身。 超サイヤ人2だ」
「……へ?」
「おじ、さん……?」
「悟空さん、なにを」
暴走したなのはの魔力を、何ら被害無く吹き飛ばすつもりだ。 だが、それには今の自分はあまりにも修行不足。 平和ぼけした現在に染まりすぎ、研鑽を怠けた彼には、今現状なのはが放つ星の輝きは、少々巨大すぎた。
なら、どうするか。
そんな物決まって居る。
「そして」
「スターライト…………」
「これが超サイヤ人の壁を、さらに、そのさらに越えた――――」
「ブレイカーーー!!!」
『!!?』
瞬間、世界が竦み、震え上がった気がした。
高町なのはがたたき落とした魔力による星光は、確かに大地を砕き、世界を揺るがす力を持っていた。
だからこの男は、完膚なきまでにそれを叩き潰す選択をしたのだ。
「■■――――――――爆発―――――ッ!!!!」
新人達の目に黄金が焼き付けられる。
あまりにも壮大で、強大で、巨大。 尋常ならざるその輝きは、驚くことなかれ人がつくりし業に他ならず、孫悟空が放出した気と衝撃波が、視覚にまでダメージを与えた結果に過ぎない。
だけど、だ。 その光景のなんと恐ろしくも美しい事だろうか。
出来る事ならば触れてしまいたくなるほどの黄金色に、破壊の象徴であった星光など、一瞬でかき消され、空の彼方へ吹き飛ばされていく。
後に残るのはようやく正気を取り戻したなのはと…………
「…………ぐっ?!」
「おじさん!?」
「ご、悟空……くん? ――――悟空くん!!!!」
力なく膝を付く、黒髪のサイヤ人只一人であった。
「ご、ごめんなさい! わたし、急に前後がわからなくなって……それで、それで――!!」
「あぁ、わかってるさ。 おめぇの中にあった気が、怪しい動きをしてたかんな。 おそらく、なんか有ったんだなって思っては居たけど……」
「うん、最近何だかおかしくて、わたし……」
「いやぁ、おめぇも随分やるようになった。 オラもまだまだだなぁ」
「ソレは悟空くんがわたしの分まで全部“持って行った”から!」
「まぁな……」
ようやく正気に戻ったなのはが、悟空を担ぎ上げようとしたときだ、彼の身体から見覚えのある光りがこぼれ出す。
「こ、これ……この蒼い光は」
「おじさん……!」
「ちょっと、これどうなってるの……」
「悟空さんが……」
「あ、あぁ……」
まるで悟空から逃げ出すかのようにあふれ出す光りは、そのまま霧散し、消えて言ってしまう。
この光景、この現象すべてに覚えがあるのは、やはりなのはだ。 “異様に軽くなった重荷”である悟空を見ると、彼女は愕然とする。
………………小さいのだ、彼の姿が。
小学生から中学生程度の、それでもまだ小さいと断言できる程にダウンサイジングされた姿は、懐かしくもあり、もう二度と見ることは無いと思っていた姿。
そうだ、孫悟空は……縮んでいた。
「あれ? おらどうしたんだ?」
「にゃはは……これは参ったな」
「え、あ……どうなってるの」
「随分懐かしい姿になっちゃった」
「キャロ、ボクどうにかなったみたいだ……悟空さんが子供に見える」
「うん、わたしも」
あまりの事態に動揺が隠せなくなったなのはと、もう、事態について行けない新人達は顔を見合わせることしか出来ない。 そのなかで、ユルユルと尻尾を揺さぶる悟空のなんと無邪気な事か。 空気も読めず、ただ、なのはに抱きかかえられるだけの少年は、一言、こう呟くのであった。
「なんだおめぇ、どうしてオラのこと掴まえてんだ?」
「…………どうしよう、本当に困った」
「なぁ、ここはいったいどこなんだ?」
ソレだけ聞けば彼がどれほど最悪かがわかってしまう。
自身に起こった不都合に、彼に降りかかった災難、それらがかみ合わさった結果、いま、この悟空教室は未曾有のピンチを迎えようとしていた――――…………
「…………っと、ごめんなのはお待たせ……って、どうしたの!?」
「わかんない……わたしにもなにもわからないんだ。 ナニカが、かみ合ってない気がするとしか……」
「そんな……そんな……」
最悪の事態に、遅れてやってきた……フェイト。
彼女はなのはの腕の中でもがいている悟空を見ると、膝から崩れ落ちてその表情を崩し、嗚咽を漏らす。
尻尾が揺れ動き、ボサボサの髪がその挙動と相まって不可思議な揺れ方をすると、同時、フェイトの中のナニカが弾けた。
「どうして悟空がこんなにかわいくなっちゃってるの!!!!?」
「…………いまそれどころじゃないんだよ」
「かわいい……外見年齢だけ逆転したからか、今の悟空がとんでもなくかわいく見える!! 無理! 呼吸できない!!」
「――――――――少し、頭冷やそうか」
「うぐッ?!」
長らく会っていなかったせいなのか、あまりにも空気が読めていないフェイトの首に手刀を落としたなのはが、ゆっくりと立ち上がりながらフェイトを担ぎ上げて周囲を見渡す。
すこし遠くに意識を向けると、彼女は中空に画面を展開し、そのまま通信を行う。
どうやら、部隊長のはやてに連絡をする気らしい。
新人達が、この混乱を極めた状況で震えている中、なのはは一人、ある意味での処刑宣告を言い渡さなけらばならない事に、深く、ため息をつく。
「…………ごめんはやてちゃん、やっちゃった」
【やっちゃったって……え、ごくう小さくない?】
「うん。 とりあえず報告書は後でフェイトちゃんが提出するから、医務室を貸してくれるとうれしいかな」
【あ……うん……】
そう言って、本日遅れてきた戦友にすべてを放り投げつつ、なのははこの荒野世界から、新人を引き連れ、転移魔法にて離脱していくのであった。
ついさっきまで気づけなかった自身の変調を、深く、冷静に、考えていきながら…………
悟空「おっす、おら悟空!」
なのは「なんで、あんな事をしたのか……自分が自分じゃなかったみたい」
はやて「わかる。 わかるよなのはちゃん。 わたしもときどき怒りで我を忘れそうになるんやで。 主に悟空の始末書を代筆しているときとか」
なのは「ちがうの! そう言うのじゃ無くて……」
フェイト「わかるよなのは。 あの姿の悟空を見たら誰だって母性を刺激される。 何だろう、この年になってあの様子の悟空を見ると……あぁ、男の子なんだなって」
なのは「フェイトちゃん、今度滝に打たれた方が良いと思うよ」
フェイト「…………うん、自分でもそう思える理性は一応残ってる」
なのは「よかった。 あれでも一応悟空くんは3周りくらい年上なんだからね? 妻子が居るんだからね?」
フェイト「うん」
スバル「とてもそうには見えない」
ティアナ「お兄ちゃんと同年代って言ってもわからない」
悟空「おーい! みんな早く修行しよーぜ! なんだかわかんねえけど、コイツが修行付けてくれるんだってよ!」
漆黒の堕天使さん「……ドウモ、ハジメマシテ」
悟空「よろしくな、おらバンバン強くなっちまうぞ!」
漆黒の堕天使さん「こまった……」
はやて「がんばれ……頑張って……よし、次回!!」
なのは「魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第91話」
スバル「隠し子!? 悟空を慕う謎の少女」
悟空「なぁ、おめえなんでおらについてくんだ?」
???「いっしょがいい……」
悟空「じゃまだなぁ、おら修行がしてぇんだけど」
???「うぇ……」
悟空「泣いちゃった……なのはー! コイツどうにかしてくれー!」
なのは「…………まずは悟空くんからどうにかしないといけない」
悟空「んじゃ、またな!」