魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第92話 その少女、戦闘民族につきご用心!

 

 

 

 

 

「うー」

 

 朝一番からうなり声が一つ。

 聞き慣れない声に、重いまぶたをこすったのは外見年齢14才くらいの悟空であった。 彼は茶色い尻尾をユルユルと動かすと、声のする方へ顔を向けた。

 

「んあ……?」

「あー!」

「いでっ!?」

 

 べちん!! と、盛大な音と共に悟空の顔面に手の平が叩き付けられる。

 朝からのご挨拶にさすがの悟空も不意打ちを食らい、その場で顔を押さえ込んで唸る。 その姿がどう映ったのか、犯人は不思議そうな顔で彼を見つめると、無邪気に笑ってみせる。

 

「お、おめえ……いきなりなにすんだよ……いてて」

「うー、あー!」

「あそぶ? えー! おらハラ減ったからメシ食いてえ」

「うー……うー!」

「あ、おい! いきなり引っ張るなよ!」

 

 ベッドから悟空を引きずり出すと、彼女はそのまま部屋を駆けだしてしまう。

 別に目的地があるわけでは無いのだが、こうやって彼と走り出すことに何処か、楽しみを見つけてしまった彼女はもう止まらない。

 

「――いいえ、止まってもらいます」

「あう!?」

「あ、夜天!」

「おはようございます悟空、朝も早く何処へ行こうというのですか?」

「いや、コイツが遊ぼうって言うんだ」

「……ふむ」

「おらソレよか朝飯を食いたくてさ。 なぁ、コイツなんとかならねえか?」

「うー、あー……」

「どうしたものでしょうか」

 

 無邪気100パーセントの行動に、さしものリインフォースも困り顔。

 昨夜からなにか異変が無いかと悟空の周辺を常にマークし、ようやく尻尾を出したと思い駆けつけてみればこの始末。 何だか肩に力を入れっぱなしなのが馬鹿らしくなってくる幼子の満面の笑みに、警戒心をごっそりと抉られてしまう。

 

「あー! あー!」

「ダメですよ。 いくら朝と言ってもまだ外は暗いのですから、“遊ぶ”のはもう少し我慢してください」

「あー! あおーう」

「む?」

「あー、そー……うー」

「あ、そ、ぶ? ……まさか」

「あー! そー! うー!!」

「……」

 

 幼子の、音だけだった声に意味が含まれていく。 その姿に思わず固まるのはリインフォースだ。 まだカプセルから出て1日と経っていない、しかもだれも言葉を教えてすら居ない。 つまり、彼女はいま、リインフォースが発した言葉を理解して、声帯を動かしカタチとして発したのだ。

 躯がまだできあがっていないはずの、ただの幼子がだ。

 

「偶然……?」

「うー、うー!」

「あ、こら! 引っ張るなって!」

「おーうーうー」

「わわ! コイツ思ったよりちからがあるぞ」

「この子、予想以上に成長が早い。 いえ、周りから学んでいると言うべきか」

 

 悟空が廊下で引きずられる中、一人神妙な面持ちでその風景を流していくリインフォース。 悟空が壁に頭をぶつけた頃にようやく気を取り直した彼女は、急いで彼等を確保することとしたのだ。

 

 

 

 

「――――――いろいろ有りましたが、ようやく顔合わせが出来ましたね」

『…………ごくりっ』

「あの、そう身構えないでください」

『…………はい』

「……はぁ」

 

 悟空の横に辿り着いた夜天さん。 ソレはつまり、悟空教室に新たな教師が赴任することを意味していた。

 その長く美しい銀髪を結ったり流しながらお辞儀して見せた彼女に、しかし生徒達はむしろ警戒心が跳ね上がっていく。

 

「……どう? スバル」

「なんだかすっごい雰囲気を感じる」

「スバルさんがそう思うって事は……」

「教官関連の重要人物だね」

『むむむ……』

「……悟空関連なのは認めますが」

『――――!!?』

「彼が残した傷跡は深そうですね」

 

 新人教官だというリインフォースと名乗る彼女。 その、隠しても滲み出る強者の魔力をいち早く感じ取ったのはやはりスバルであった。 だが修行不足の彼女には、夜天の守護者の全容など把握しきれるはずも無く、底なし沼のような恐怖を前に、ただ警戒することしか出来ないで居た。

 

「あの!」

「はい?」

 

 手を上げたのはキャロ。 ソレに首を軽く揺らして見せたリインフォースが、少女の目を見る。 中々、強い意志を感じさせるがまだまだ弱いと即座に見抜く。

 

「り、リインフォースさんはここでなにを教えてくれるんですか?」

「あぁ、そう言えばまだ言っていませんでしたね。 私は主にそこに居る悟空のやっていた修練の引き継ぎを少々」

「……えっ」

「嫌がらないでください。 あのような無茶苦茶はあんまりやらないので」

「ほっ」

「待って? 今あんまりって……」

「ソコは聞き流しなさいスバル・ナカジマ。 あぁ、そうだ、あと彼にはもう一つ頼まれた事があった」

『??』

 

 今度は皆が首をかしげる。 その姿に後ろで観ていた悟空と幼子も釣られて首をかしげると、リインフォースは涼しげに嗤ってこう答えた。

 

 

 

 

「悟空の冒険を追体験させ――――」

 

 

 

 

「みんな逃げろ――――――!!!!」

「まだ死にたくない……」

「前略、フェイトさん。 どうやらボクはここで終わりのようです」

「あ、お兄ちゃん? ごめんね突然。 うん、うん、そうだよ、たぶんもう連絡出来なくなるから最後に――」

「……貴方たち、割と非道いですね」

『貴方がこれからやろうとしていることのほうが非道い!!!』

「……はて?」

 

 この祝福の女神さま、わりとホンキで分かっていないのだ。 別に死ぬわけでは無い、ただの仮想体験になにを怯える必要があるのか。

 

「ただ、彼の身に起った出来事を、こうだったなぁ……あぁだったなぁ……と、知っていただくだけです」

「えっと、おじさんの経験を追体験ってそれでどういう効能が……?」

「まずそうですね、常識を破壊されます。 それからちょっとやそっとじゃ動じなくなって、最後には観ただけなのに戦闘技能の次元が一段階駈け上がることになります」

「きょ、拒否権とかは……?」

「さて、そろそろはじめましょうか?」

「はっ、はっ、はっ……かひゅー……かひゅー……」

 

 既に過呼吸が始まったスバル。 その姿に一層怯えているのが龍使いのキャロである。 彼女は既に泡を吹いて倒れたフリードを抱き上げると、一瞬だけ後ろを振り向く。

 

「どうかしたんか? キャロ?」

「…………」

「なんだ? おらの顔になにかついてんのか?」

「な、なんでもないよ悟空さん」

「へんなやつ」

 

 たったそれだけのやりとりだが、思い出されることは山のようにある。

 

 投げ出された恐怖の山。

 追いかけてくる金色の光線。

 叫び声だけで世界を破壊する非常識。

 

 そのすべてに怯え、たびたびフリードの制御を手放していた彼女。 そのたびに悟空が残念そうにフリードを気合の一声だけで気絶させていくのはまた別の恐怖だが、彼女はそれだけが辛いわけでは無かった。

 

「……や、やります」

「やりますか? キャロ・ル・ルシエ」

「はい!!」

 

 自身を見てくれているのに、残念そうにさせてしまっているセンセイの、その期待に応えてやりたい。 そんな、小さな願いを遂に、彼女は持つに至ったのだ。 小さな勇気を振り絞り、大きな壁に挑むその姿に、自然、リインフォースは祝福し、微笑むのであった。

 

 

 その微笑みを見た瞬間、彼女の意識は飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「ひぎゃああああああああああああああああああ!! なんで悪の軍隊に一人で乗り込むの!!!!」

 

 まだ、序盤。

 レッドリボン軍という世界最悪の組織に対して単身特攻した懐かしい思い出を体験させられていくキャロ。 見たことも無い重火器という名の質量兵器と、ソレによって巻き上がる爆炎、硝煙の匂いに、彼女の心身は一気にすり減らされていく。

 

「…………悪意が無いって……絶対ウソだよ」

 

 まだまだ序盤

 アクマイト光線とかいう頭の痛くなる名前の攻撃を受け、善意100パーセント認定をされた悟空に驚愕したキャロ。 どうあっても今までの拷問まがいの修行は何かしら悪意があってもおかしくないと、心の中で思っていたらしい。

 

「足だけで……世界……一周……? 空も飛べないのに?」

 

 実は、まだ序盤なんだ。

 天下一武道会に出たり修行したりの繰り返し。 奇人変人が集う強者の武道会は、ソレはもう熾烈を極める戦いの連続であった。 だが彼女はここであることに気がつく。

 

「……悟空さん、一度も優勝したことないんだ」

 

 それだけその世界がシッチャカメッチャカであるのは、まぁ、いまさらであるか。

 でも、それを除いても意外な出来事であった。 敗北などとは無縁で最強無敵なのが孫悟空だと、どこか思い込みに等しい勘違いをしていたのも事実だ。 その過程で、どれほど恐ろしい体験をしたかも想像出来ないで。

 

「あれ!? ……暗くなった」

 

 景色から鮮明さが欠けたと言うべきだろうか。

 

 ……それほど彼にとってはトラウマで。

 

「人……? だれか倒れてる」

 

 ……それが誰など想像も付かず。

 

「あ、あの……?」

 

 …………触れてしまえば、その冷たさですべてを察してしまう。

 

「こ、これ死――――――――」

 

 

 そこまでだ。

 そこから先は彼女が踏み込むにはまだ経験不足である。 だからここでリインフォースは“切った”

 そこから先、孫悟空が冒険を辞めるしかなかった闘争の時代。 そこに触れる前に、キャロは現実世界に帰還させられるのであった。

 

 

 

「…………むぐ」

 

 目を醒す。 熟睡状態から強引に背中を叩かれ起こされた感覚。 頭はまだ混乱中である。 その姿を上から見下ろすのは教官服に身を包んだ、漆黒の堕天使リインフォースだ。

 

「ごきげんよう、目覚めはどうですか?」

「……さいあくです」

「それはよかった。 順調に彼の道程を辿ることが出来ていたようですね」

「なんか、ぽつりぽつりと切れてたような……?」

「“余計”なところはカットしましたから」

「…………そうですか」

 

 そう答えたキャロが周りを見ると、皆が心配そうに自分を見ていた。 どうやら自分だけがあの体験をさせられたのだろうと思うと、ここで彼女はリインフォースに質問する。

 

「余計なところは、いつか教えてもらえるんですか?」

「貴方たちがもう少し立派な戦士になってからですが」

「そう、ですよね。 すみません、気を遣ってもらったみたいで」

 

 あのとき見たモノは、やはり……

 そう呟くとギュッと自身の身体を抱きしめる。 甘かった、彼が駆け抜けていった道のりは決して平坦な物語ではないと想像していたが、この世界の辛いと言う想像が、果たして悟空世界ではどれほどのものだろうか。

 まだ、大人にすらなって居ない悟空の世界は、あまりにも過酷であり、自身が辛いと感じるレベルを遥かにオーバーしていた。

 

「キャロ?」

「どうしたの?」

「うんうん、分かる。 よく分かるよ……」

 

 一人、実体験をしている女子を除いて心配そうにしている新人達。 彼等の助けを借りてなんとか立ち上がったキャロに、悟空が後ろから声をかける。 どうした? なんて心配そうに……結構いつも通りにも見える……声をかけた彼に、少女はどうしても一つだけ聞きたかった。

 

「悟空さん、クリリンさんってどんな方ですか?」

「え? キャロおめぇクリリン知ってんのか? んー、アイツはそうだなぁ、良い奴だぞ。 友達なんだ」

「…………そうですか」

 

 あのパチンコ頭を思い出して笑う悟空と、ドンドン曇っていくキャロの顔。 それを見て、あえて無表情なのだろう、リインフォースが手を叩くと、皆の視線が彼女に集中する。

 

「さぁ、準備運動はここまでにしましょう」

『え?』

「健全な身体に健全な精神は宿る。 とある武道家の教えです。 なので悟空は体力作りを目標とした修行に入りました」

『……え?』

「安心してください。 貴方たちのレベルを見誤ったりはしていません」

『……ほっ』

「既に戦闘力は魔導師の一般的な限界を凌駕している。 ……遠慮は要りませんね、次は技の修行に入ります」

『あばばばばばば!!!!』

「では、修行を始めるに当たってだが――――」

 

 言うなり軍服姿と成ったリインフォースは、その帽子を少しだけずらすと片目だけ彼等に向けてやる。 最初の指示、彼女が施した、一番最初の命令を伝えるために。

 

 

 

 

「――――――どうか死なないで欲しい」

 

 

 

 

「そんなこったろうと思ったよこんちくしょう!!!」

 

 リインフォースの切実な願いにスバルが咆えて、あまりの迫力に立ったまま気絶したティアナとエリオをバインドで捉えられ、引きずられていく後ろでキャロは静かに握り拳を作っていた。

 

 

 訓練生たち曰く……この世で地獄を見させてもらった……らしい。

 

 悟空の訓練が基礎体力を作るためにひたすら無茶な運動を強いてきたが……

 

「はいそこ! 集中を切らせると自分の技で腕が引きちぎれますよ!!」

「ぐぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 その無茶を一段飛ばしで入った修行は、既に拷問と化していた。

 

 魔力を一点に集中する。 いつか、悟空が未来トランクス相手に実践した指先に気を集めた応用技術だが、それを魔導師にも使わせようというのだ。 当然、孫悟空ほどの力量を持つ存在でなければあの絶技は達成不可能。 それを、この新人達に課す時点でリインも鬼教官である。

 

 指先は無理でも、腕一分に集中出来る頃には訓練生にも少しだけ余裕ができはじめていた。

 

 

 それを見逃す女神ではなく、すぐ次の拷問(くんれん)が始まる。

 

 全員が魔法封じを施された超重量の鎖を巻かれ、泣き叫ぶかのような声を上げていた。

 

「その鎖は貴方たちに与えた枷。 初級魔法を発動するのにも、普段使う10倍モノ魔力が必要となる特別製です」

「ぎぎぎ……!!」

「効くでしょう、あの魔女殿に用意してもらったのですから当然です」

「な、なのはさんの修行も半端なかったけど……」

「リインフォースさんの修行……悟空さんと同ベクトルに吹っ飛んでる」

「指一本動かすのになんでこんなに疲労感がつきまとうんだ!」

「もう、だめ……!」

 

 集中の次は容量の拡張。 その魔力の“流れ”と“爆発力”を徹底的に極めさせる砲身は、かつて悟空の師匠のウチの一人が課した修行内容と酷似していた。

 

 そんな地獄のような修行風景を見て、悟空は一人尻尾を持ち上げこう言うのだった。

 

「――――ワクワク!」

「あうあう……?」

 

 その後ろで、悟空の物まねをしている幼子と一緒にだ。

 

 そんな“彼女”を見て、やはり眉を一つだけ動かしたのはリインフォースであった。

 

「どうした?」

「いえ……そろそろ、その子の名前を考えなければと思いまして」

「名前? あ! そういやおめえ、名前しらねえな」

「……あなた、いまさら」

「だってこいつ、なんもしゃべれねえもんな」

「うー!」

「ほれ!」

「……それはそうですけど」

 

 二人して首をかしげる子供相手に、リインフォースはげんなりした表情だ。 だがいつまでもこの子とかあの子だとかでは不便に過ぎる。 彼女は、一瞬だけ目を瞑るとそのまま過去の映像を呼び起こす。

 ……あのとき、悟空と幼子が遭遇したときに見えたモノは何だったか……?

 

「…………ヴィヴィオ」

「ん?」

「あう……?」

「その子の、名前です」

「べ、べ?」

「ぶー!」

「いや、もっとこう唇を柔軟に動かして……そう、それくらいです。 はい、せーの」

『べべお!』

「…………貴方はまず語学の修行からですね」

「おらベンキョーは苦手だぁ」

「おー……」

 

 訓練生とはまた違うベクトルで、悟空にとっての修行もようやく開始されるようだ。

 

 一般常識は、亀仙人が過去に行った授業で最低限身に付けた時代の悟空だ。 少なく見積もっても外見だけで女性と男性の区別くらいは付く。 高町なのはスカート事件? ソレは桃色の閃光と共に非殺傷設定の魔力鈍器で叩き潰され、データごと消失し、悟空の記憶にすら残っていない。

 

 さて、訓練生達が地獄の特訓を行っている最中、悟空は一人座禅を組んでいた。

 過去に神の神殿で行った修行の再現だがそこはリインフォース、彼女独自のアレンジがきちんと加わっている。

 

「…………む!」

「避けましたか……」

 

 虚空より飛来するナイフを、目も開けずに躱し、すぐさま座禅に戻る。

 普通に殴りに行けば魔力を読まれ躱されてしまうが、周囲に展開した30にも及ぶ召喚魔法を駆使したナイフのロシアンルーレットは、さしもの探知だけでは発見が遅れる。

 これは、気を読まないで気配を察知するという初歩的が故に難しい技能である。

 躱すところに行くまで、そのステンレスのように鍛え上げた身体に何本ナイフが激突したかなど、もう、悟空は数える余裕すら無かった。

 

「お、終わったーー!!」

「おめでとうございます、悟空。 コレでこの修行も目処が付きましたね」

「すっげぇむずかしいなコレ。 神さまもここまでやんなかったぞ」

「ですがこれから先、気を読むことに長けた貴方には必ず対策を講じられます。 一番やりやすいのは気を持たぬ非生命による不意打ち。 それを考慮した修行なのです」

「…………?」

「つまり、貴方の弱点を克服する修行」

「そっか! そんなら最初っからそう言ってくれよ」

「最初からそう言いましたが?」

「そうなんか……」

 

 合格という言葉に背筋を伸ばした悟空は緊張を解く。

 この気難しい女神様の修行をおよそ3日かけて終わらせたのだから、その緊張具合も計り知れないだろう。

 

「うっし! 修行もおわったしメシ――」

「だー!!」

「――――へぶっ!?」

 

 その緊張を解いたらコレである。

 弾丸のように頭から飛びついてきたのは、最近名前を頂戴したヴィヴィオ。 悟空の鳩尾にジャストフィットしたそのアタマをぐりぐり動かす姿は大型犬そのもの。 しかし、被害的にはトラックかダンプカーの衝撃である。

 

「ご、が……っ」

「ご、悟空!?」

「あう……?」

 

 相応のダメージ。 本人、知りもしないだろうがまさか兄と同じ体勢になるとは思いもしないだろう。

 まさかの強襲に、リインフォースはじゃれつくヴィヴィオを“持ち上げる”

 

「大人しくしなさい」

「――ッ!!?」

「まったく……悟空も油断大敵ですよ」

「けほ、けほっ……ひぃー! 効いたぁ!!」

「……そんなにですか」

「あやうく“おっちぬ”とこだったぞ」

 

 悟空のおなかをさする最中「やー! やーー!!」だなんて両手両足を振り回すヴィヴィオは一人空中ブランコ状態。 流石の腕白ガールも、弱点の尻尾を掴まれてしまえばこんなモノである。

 

「腕白なのは貴方譲りですね?」

「おら?」

「えぇ……そう、貴方譲りのはずです」

「??」

 

 リインフォースの言うことを悟空は理解出来なかった。

 

「ま、コイツはおらとずっと一緒に居るもんな」

「はい、そうです。 ……だから、貴方が守ってあげるんですよ?」

「何言ってんだ? コイツ、おらなんかよりもウンと強いぞ」

「…………え?」

「そんな気がするんだ。 おらよりもずっと、こいつは強ぇって」

「悟空……」

「だー! あーうー!!」

「わわ! おめえそんな体勢で暴れんなよ!?」

 

 ソレは戦闘種族の本能か、それとも過去の経験(じまんのむすこ)があったからか。

 黒曜石のような真っ直ぐな瞳でヴィヴィオを見る悟空は、ソレはもうとても楽しそうに見えたのであったと、リインフォースは後に語る。

 

 

 

 

スバルたちの生き地獄が続くこと……2週間。 悲鳴よりも雄叫びの割合が増えてきた今日この頃、本日も隊員達は元気に超重量の装備と格闘を繰り広げていた。

 

「みんな、やってるね」

「おや? 高町なのはですか。 どうしたのです? 事務仕事のほうは片がついたのですか?」

「うん、まぁ……にゃはは」

「仕事半分と言ったところですか」

「あー! そんなことないですよ。 今日はサボりじゃ無くって、みんなにお仕事を持ってきたんだよ」

「ほう、それはそれは――――お前達! 喜べ休憩だ!」

「え?」

「各員、装備を付けたまま整列! 高町教導官から、新たな任務の説明を受けよ」

『さー! いえっさー!』

 

 ぱっと見、軍隊のように見えるゾンビ4人。 おそらく何度も何度も、倒れる身体に鞭を打たれ、気迫を注入されるままに立ち上がることを強制されてきたのだろう。 リインフォースに言われるままに整列した新入り達の瞳の色を見たなのはは、すべてを悟る。

 

「……あの、やり過ぎでは」

「そんなことない、まだだ」

「すぱるた……」

 

 悟空が案外、バランスをとって修行をしていたという事実を。

 明らかに超えてはならないラインを、助走を付けてスッ飛んでいったものの末路がそこにあった。 だが、それでも彼女は任務を言わなければならない。 いや、むしろ任務を言い渡すことで彼等彼女達をこの地獄のリイン教室から解き放つ(一時的)ことが出来ると、むしろ使命感すら沸いてきた。

 

「先月末に、ある次元世界で違法な競売現場を取り押さえたの」

「違法競売?」

「闇オークションだね。 一般には流通しない質量兵器や、危険な原生生物、ソレに……」

「……ロストロギア、ですか」

「うん、そうなんだ」

 

 リインフォースが、表情も変えずになのはに言う。 新人達には一見、何でも無い質問に思えたが、いまリインフォースの胸中が穏やかで無い事を、なのはだけが把握していた。 だがあえて彼女はそのまま続きを話す。

 

「今回検挙出来たのは、そのとき居た総数の約3割」

「す、少ない?」

「ううん、これでも頑張った方。 流石に裏で生きていく人達だけあって、逃げ足雲隠れは手慣れたモノ。 本当に重要な物品を持ち去って、痕跡を残さないように、何重にも使った転送魔法で彼等の足取りは完全に途絶えてしまったんだ」

「なるほど、ソレで今回、此方に白羽の矢が立ったと」

「……あぁ~うん、話が早くて助かります」

『???』

 

 トントン話が進んでいく上に、会話も無くリインフォースが勝手に理解してしまうから新人達は置いてけぼりだ。

 そんな彼等を思い出した女神様は、ここでゆっくりと指を3本差し出す。

 

「良いですか? まずここで重要なのは逃げた売人が持ち去った代物です」

「本当に重要な代物?」

「次に、彼等が扱うモノにロストロギアが混ざっていること」

「危ない代物って話ですけど……?」

「そして、その大方の正体を、管理局の一部が把握している」

 

 だから、この部隊に……正確には“悟空が居るここ”に、なのはを通してやってきたのだ。

 

「…………競売にかけられたのはドラゴンボールですね?」

『!?!?』

「うん、じつはそうなのです」

「ねぇスバル」

「あーうん、なんとなく言いたいことは分かる」

 

 闇市で競売にかけられる世界最大の神秘……とは。

 

 最大の危機なのだが、その、奇跡の取り扱い方に思わず脱力を禁じ得ないスバル達。 特にその効能を身をもって実感しているティアナは眉間をグイッと押さえ込んでいた。

 

「なんかこうさぁ、古の神殿に安置されててさぁ、数々のトラップを乗り越えてさぁ」

「はいはい、拗ねないのティアナ」

「……はぁぁ」

 

 勇気の証だったドラゴンボールも、運が悪けりゃこんな扱いである。

 

 ターゲットが売人では無く、そいつが保有しているドラゴンボール。 ならば話は早いし、ここに話が来たのも納得できる。

超高性能なセンサーが在中している管理局のはぐれ小島。 皆が一斉に、その超高性能ドラゴンボール探知機、孫悟空を見る。

 

「いいかヴィヴィオ、こうやって、こう!」

「こう……こう!」

 

 ちびっ子二人が仲良く構えを取り合っている。 その姿はまるで荒野で対峙する王子と下級戦士を彷彿とさせるが、如何せん両者背格好が子供過ぎて格好が付かないのが笑いを誘う。

 

「ヴィヴィちゃん結構サマになってるね」

「悟空さんの教えが良いのよ」

「うん……!」

 

 スッカリとこの部隊にもなじんでしまったお騒がせ幼女。 悟空関係という事で大概のことをスルーされてしまっているが、彼女、ここ数週間の“お勉強”ですっかり成長してしまった。

 

「にしてもヴィヴィオの奴すげえなぁ」

「そうですね、貴方の勉強のはずが、居眠りぶっこいてる本人の横ですくすくと成長。 今では言葉もそれなりに……」

「えへへ、リインさんのおしえかた、じょうずだから」

「はぁーすげぇなぁ」

「感心している場合ですか……貴方の勉強会だったのですよ」

「そんなことよか修行したかったぞ」

「……はぁ」

 

 もう後1月くらいで、知能程度ならば逆転可能だろうという計算結果が出てしまった夜天さんは、そっと思考記録を片付けて本題に戻る。

 

「この部隊の初任務です、どうか仕損じの無いように心がけなさい」

『さー! いえっさ!』

「よし! おらがんばっちゃうぞ!」

「がんばる!」

「いえ、ヴィヴィオは留守番ですので」

「……え」

「あの、そんな悲しい顔しないでください。 ヴィヴィオは私と留守番していましょう?」

「やだー! いっしょにいく!」

「うぐっ?!」

 

 今にも泣き出しそうな幼女相手に、一瞬だけでも“仕方が無い”と折れかかったリインフォース。 いくら何でもソレは不味いし、もしもが合っては困る。

  “弱いからいらねえ”と言ういつか悟空がブルマに吐いた言葉を頼りになんとか助け船を求め――

 

「いいじゃんか行きたいなら連れてってやっても」

「悟空、貴方ってヒトは……」

 

 まさかの一言。 そして……

 

「……ぅぅ……だめ?」

「あ、あぁぁ…………」

 

 今にも泣きそうな幼子の姿が、我が主にダブった瞬間、彼女の思考回路はフリーズ。 微かに聞こえてきた「仕方が無いですね」の言葉を拾いに拾い上げた悟空とヴィヴィオの完全勝利に、新人達全員がこの部隊のヒエラルキーを再認識したのだった。

 

「ねぇ、ティア?」

「なに?」

「ヴィヴィちゃん、もしかして最強?」

「…………少なくともリインフォース教官キラーになったのは間違いないわね」

 

 再確認、したのだった……

 

 

 

 

 3日後 とある管理外世界

 

 赤茶けた荒野に並ぶ岩山地帯。 その影に隠れて地獄から帰還した戦士達が、教官から出された指令をこなすべく岩山に足を踏みしめた。

 

「ここね」

「おじさんどう? なんか引っかかった?」

「おら、ドラゴンレーダーじゃねえからわかんねえぞ」

「そうですよスバルさん。 悟空さん、この姿だと確か気の察知も甘くなるって、フェイトさんが言ってましたし」

 

 三人が悟空レーダーの様子をうかがうが、まぁ、いまの悟空は限りなく無力に近い(彼の世界比較)

 

 三人がそこからどうするかを相談する中、どうしてもと着いてきたヴィヴィオはというと……

 

「ふりーど! つかまえた!」

「きゅるる!」

「ヴィヴィオちゃん、あんまり遠くに行っちゃダメだよ、もう」

 

 天真爛漫を全開に、小龍フリードと戯れに鬼ごっことしゃれ込んでいた。

 

「ヴィヴィオちゃん、リインさんの言ってたこと、覚えてる?」

「うん! ひとりでとおくに、いかない……えっと」

「悟空さんから絶対に離れないこと」

「あ、あ……キャロおねえちゃんとも!」

「そうだね」

 

 瞬間、キャロの表情が崩れる。 その様は夏場のソフトクリームを彷彿とさせるようでいて刹那的殺人であった。

 幼子にヒトが魅了される……と言うより、いままでヨチヨチ歩きでついて行く側だったモノが、初めての妹分という熱に浮かされている感覚だ。 

 

 一応、皆の準備が整った時だ、通信用の窓枠がティアナの横で生成、振動する。

 

「はい、第一小隊」

【あ、聞こえる?】

「なのはさん、お疲れ様です」

【にゃはは、やっと事務仕事が片付いたよ】

「悟空さんとわたしたちの分まで、本当にすみません」

【いいんだよ、これだけで、みんながレベルアップするなら安いもんだし。 それはそうと、みんな、まだあの装備は付けたままでしょ?】

『…………あっ』

【もう、任務先にまで修行道具を付けていかなくても良いのに】

 

 戦闘直前まで修行するのはZ戦士のみで結構なのだが……

 通信越しになのはが苦笑いをすると、コンソールをいじくる音が聞こえてくる。 すると、新人達の付けている装備からアラーム音が響き“超重量の装備”が外され……外され……

 

【あれぇ?】

「あの、なのはさん?」

【……ごめん、なんか不具合で装備が外れない】

『うそん』

 

 強制的にピッコロさんと同じ修行を課せられてしまった隊員の図。

 幸いにも鬼教官のおかげで日常生活には支障が出ない程度にはこなれた装備である。 ただ、魔力が8割カットで動きがアスリート未満になるだけ、十分常人レベルな彼等達なら、今回の任務はまだなんとかなるとは思う。

 

【……まぁ、大丈夫だよね】

「なのはさーん」

【ごめんごめん、でも平気だよ、きっとなんとかなるって】

「その心は……?」

【いままでの訓練】

「……うーん」

 

 こっちもこっちで鬼教官である。 なのはの無茶振りにティアナは既にあきらめの境地に到達した。

 その空気を感じ取ったスバルからキャロまでが一斉に下を向く。

 

「行こう、みんな」

「なんでこのままで来ちゃったんだろう」

「リインさん、止めようともしなかったよね」

「むしろ笑顔で送り出してたよ……アレ絶対分かってた」

 

 暗いため息と共に、彼女達は重い足取りでめぼしい場所を探し始めていった……

 

 

 

 ――そして。

 

「くそっ! 管理局の狗が追ってきやがった!」

「ガキが! コレでも喰ら――」

「スバル、接近まであと5秒」

「くらえ! ディバイィィィン―――バスターーー!!」

「ひぎゃあああ!!?」

 

 弱パンチ並(リインフォース談)の攻撃が、売人達を追い詰めていく。

 何だかあっけなく進んでいく任務に、若干の違和感。 スバルは吹き飛んでいく売人たちを眺めつつ、どこか疑問に思っていた。

 

「ねぇティア、おかしいよ……」

「そうね“あまりにも手応えがなさ過ぎる”」

「化け物がああああああああああ」

「管理局は遂に殺人許可証を出しやがった!!」

 

 悲鳴と共に吹き飛んでいく輩を横目に、二人の問答は続く。

 

「後ろには悟空さん達が待機しているから、ここで露払いを完璧にしておきたい」

「けど、あまり突き進んでいくとトラップにはまる恐れもあるよ? なら、もう少しゆっくり行かないと」

「そうね……ゆっくりと……」

 

 呟くティアナの銃口が小さく光る。

 

「ここを切り開くべきね」

 

 魔力カットのせいで小銃程度の威力しかないティアナのデバイス。 それでも、それをマシンガンのように連射していくと出てくる輩を一掃していく。

 

「隔壁を閉じろ!!」

「遅い! スバル!!」

「はぁあああああああ!!」

 

 “力任せにぶん殴った”スバルの一撃で、隔壁の動作が止まる。 大穴が開いたわけではないが、その衝撃で内部に異常が発生したようだ。 それを見て、事の甚大さをようやく思い知った売人達は反撃に打って出る。

 

「重火器! ありったけ持ってこい!!」

「商品に手を出すんですかい!?」

「なりふり構うもんか! ここでヤツラをくいとめなくちゃなあ!! 仲間にまで被害が及ぶだろうが!」

「へ、へい!!」

 

 5人ほどがアサルトライフルを装備し、その後ろでRPG7のようなナニカを構える陣形。 何本かストックがあるのだろう、山積みになった火器類を見た瞬間、スバルはティアナをお姫様抱っこにして飛び去る。

 

「向こうも奥の手出してきた?」

「ううん、まだよ。 コレくらいの妨害、ドラゴンボールを守るのには手薄すぎる」

「……あ、うん」

 

 なんだかティアナの様子がおかしい。 そっとしておこうと、胸にしまったスバルは壁走りで銃撃の雨をかいくぐっていく。

 

「あ、あたりさえすれば」

「よく狙え! あんな化け物を世に放った管理局に目に物言わせてやれ!!」

「ねぇティア? 段々こっちが悪者になってきてない?」

「それだけ力の差が付いてるって事でしょ? なんだかんだあったけど、教官達には感謝しかないわよね」

「あ、うーん」

 

 弱いモノいじめのようで気が引けているスバルだが、彼等は罪人であり危険人物だ、それを取り締まるのが自身の仕事なのだと言い聞かせて、デバイスを高速回転させていく。

 螺旋状に回転させた魔力を、その流れのままに相手に打ち出した。

 

「リボルバーナックル!!」

「ぎゃふ!?」

 

 あまりの威力に中距離からの射撃じみた接近戦技。 孫悟空の空間を叩く絶技を模倣したソレは、アサルトライフルをもった5名を遠くに吹き飛ばしていく。

 

「質量兵器の弾速を遥かに超える攻撃だと……!?」

「もういい! アイツを引っ張り出してこい!!」

「え!? しかしありゃあ暴走するから封印しとけって――」

「お守りじゃねえんだ! ピンチのときに使わないで何が兵器だってんだ!!」

「どうなっても知りませんぜ」

 

 なにやら不穏な空気を漂わせながらも、奥の方から大物の予感。

 ティアナが念話を使いスバルを急停止させると、そのまま彼女のデバイスは強く輝き始める。

 

「なにか来るみたいだけど、このまま撃ち抜く」

「……あれ!?」

「どうしたのスバル?」

「ティアナも感じない? なんか、とっても嫌な感触が……」

「…………スバルが反応したって事は、もしかして悟空さん案件……?」

 

 デバイスの魔力をそのままに、置くから出てくる嫌な感触の正体を探り始める。

 だが、彼女の判断は誤りだ。 そんな慎重に過ぎる選択などせず“念には念をとってさっさと討ち滅ぼした方がいい”選択しも時には存在したのだ。

 そう、いつか、孫悟空の息子がしでかした最大級の失策のように。

 

「僻地から発掘した旧世代の化け物だ! これでお前達も終わりさ!!」

 

 そう言っておくから出てきたモノは、もう、本当にどうしようもなく手遅れな代物だった。

 

「……ザ……ザザ」

「なに、あれ……」

「銀色の……機械?」

 

 人型、だと思われる個体。 至るところから飛び出すケーブルとワイヤー、そして剥がれ落ちて露出した生体部品。 明らかに壊れかけのソレは、普通、気にもかからない戦力外のもの。

 ティアナはいぶかしげに奴を観て、だけど的の苦し紛れだと切って捨てる。

 

 

 

 …………スバルが、無言で背後に吹き飛ばされる瞬間まで。

 

 

 

 

「――けほっ!?」

「す、スバル!?」

「おい! まだ命令してねえぞ!? ……まぁいい、そうだ! 殺せ! 奴らを消せ!!」

 

 機械の人形は無言で佇み、一瞬の出来事にティアナは言葉を忘れる。

 背後で咳き込むスバルを見て、まだ息があることを確認した彼女は一気に駆け出す。 奴を視界に納めたまま、そのまま銃口から魔力を放出したのだ。

 

「――――」

「かき消された!?」

「いいぞ、やれる、此れならここからなんとか……」

 

 チャージした弾丸が消されたティアナを見て、ようやく希望を見いだしたのだろう、饒舌になっていく売人。 そのまま機械人形に後を任せて踵を返し駆け出した。

 

「ずらかるぞお前達!」

「…………」

「あ、……あ?」

 

 

 “さっきまで会話をしていたヒトだったモノ”が転がる道を行こうとして、彼は立ち止まった。

 音は無かった、断末魔さえもだ。

 ただ、機械人形が発するノイズが辺りに響くだけであって。 その耳障りな音が、売人の恐怖を刺激したのだろう、彼は腰から崩れ落ちる。

 

「おい……こりゃあなんだ……」

「――ザザ」

 

 ノイズが走る声。

 お前達、と言ったのは管理局の少女達のこと。 だが男は勘違いしていた。 かのお立ちにヒトをあやめる覚悟など有ろうはずも無く、ならば、此れを成した犯人などたった一機しかあり得ないことを。

 

「お前ら! 何したんだ!!」

「ミナ……ゴロシだ……」

「…………あ?」

「サイヤジン……ハ……ミナゴロシダッ!!!!」

「ひっ――――」

『うっ……!?』

 

 ソレが男の最後の声となり、その咆哮が機械の目覚めとなった。

 

「いま、サイヤ人って言った……!」

「ティア! そいつヤバい! わたしを攻撃する“ついで”にあの人達を……!」

「ミナ、ゴロシ……ヤツラハ……ミナゴロシ……!」

 

 まだ完全覚醒ではないのか、虚ろな独り言でしか無い咆哮。

 だがそれでもティアナ達の警戒心を引き上げるには十分な異常である。 彼女達は拳を握って銃口を輝かせる。

 

「これってさアレだよね」

「スバルもそう思う? アタシも同感」

「うん、明らかにおじさん案件」

 

 あの、潜在能力だけなら部隊最強だと悟空が語るスバルですら遅れをとったのだ。 あの地獄の修行を乗り越えた戦士を、不意打ちとはいえ軽くいなした相手に、自分たちだけで何とかしようだなんて甘い考えなど、とうの昔にリインフォースに削除されている彼女達。

 ならば、執る行動は一つである。

 

「クロスファイヤ! シュート!!」

「うぉぉぉぉおおお!! ディバイィィィィィン!! バスターーーーーー!!」

「――――」

『はい! 撤退!!!!』

 

 爆炎と閃光による目眩まし。 おそらく自身の必殺技であろうモノ達を使い捨てのコマにした彼女達は、颯爽と敵に背を向け疾走する。

 

「マッハキャリバー! 全力疾走!! 速く!!」

「ハリーハリーハリー!! あんなの相手にして生き残るビジョンが沸いてこない!!」

 

 ローラーブレードで激走するスバルと、その背にのって後方確認するティアナ。 もう、息どころか思考すら合わさった彼女達の行動は、悟空の超サイヤ人2との修行のたまものだ。

 

「――――」

 

 いかに絶望からさっさと身を隠すかを、徹底的に教わった故の逃げに、さしもの殺戮兵器も彼女達を見失う。

 

「悟空さん……ダメだ、いまは念話が出来ないのよね」

「うん、大きなおじさんなら全然いけるけど、可愛くなったおじさんは魔導師(こっち)の常識が残念な方向で通用しないから」

「……ダメ、通常通信も死んでる」

「あいつらのアジトだったから、妨害電波みたいなのが出てるのかな。 もう、おじさん何処に行っちゃったの」

 

 急いでこの事を報告し、この世界から撤退しないといけない。

 流石の孫悟空も、記憶と力を消失した現状、果たしてあの銀色の怪物とやり合えるかも分からない。

 まだ、彼の身体のメカニズムも知らないのだ、なら、ここで小さな希望に縋る行為自体、自殺行為に直結するだろう。

 

「そうだ、悟空さんがダメでも近くにはキャロとエリオが付いてるはず!」

「別行動さえ取らなきゃね」

「平気よ、ヴィヴィオはリインさんに悟空さんとキャロから離れるなって教えられてたの忘れた?」

「……うん、おじさんが守ってくれるならね」

「………………あわわ」

 

 ティアナはできる限り念話を送り、僅かな可能性を信じて悟空とコンタクトを計り続け、スバルは邪魔な壁を粉砕し、施設の外へと向かい突っ走る。

 

「止まるなスバル! 何だか隔壁チックな行き止まりが見えてきたけど私には見えない!!」

「行き止まりなんて存在しない!! わたしが作るから!!!」

「いけ! スバル!!」

「おりゃああああ!!」

 

 ……言葉とは裏腹に、絶賛撤退中です。

 なんとか外へと逃げ延びたスバルとティアナ。 二人は即座に通信圏内に駆け込むと、本部のなのはにコールする。

 

【はいはーい! こちら本部】

「なのはさん! 大変なんです! 難易度サイヤ人のトンでもがロストロギアに紛れ込んでて!!」

【……落ち着いてティアナ】

「すみません、なのはさん。 でも全部事実なんです」

【どういうこと?】

「売人達、何処かで古代遺産かなにか分かりませんけど、銀色の機械人形が売人達を……殺戮……」

【――え!? ぎ、銀色!?】

 

 通信機越しになのはの動揺が伝わる。

 たった一言“銀色”と伝えただけなのにと、疑問が出る二人だが、こと闇の書事件に関わっていた全員にとってその単語は悪夢でしかない。

 

【そんな……あのとき、確かに完全に滅ぼしたのに】

「なのはさん?」

「どうしたんですかなのはさん!? あの銀色の機械を知っているんですか!?」

 

 撃ち漏らしはあり得ない、アレは確かに悟空が道連れにし、なのはが引導を渡したのだから。

 すかさず深呼吸。 焦る心と頭を切り離し、彼女は現状をまとめ上げる。

 

 あの冷鉄がここにいるとして、そもそもなぜいままで活動しなかった?

 あれが目覚めたとして、最初にやることと言えば?

 今一番危険なのは?

 

【……悟空くんは!?】

「そ、それがさっきから連絡が取れなくて」

「キャロの通信機に繋がらなくて、今、エリオに連絡をとって――」

「――あ、ここにいらしたんですか!」

『え? エリオ!?』

「あ、え? みなさんどうしたんですか?」

 

 それは此方の台詞だと、通信越しでなのはが叫ぶ。 そのあまりの迫力にエリオが挙動不審に陥るが、ティアナが彼の頬をそっと両手で挟み込むと、視線を合わせてゆっくり問いただす。

 

「エリオ、悟空さんは?」

「あ、その。 実はお二人の帰りが遅いからと迎えに行くって」

「……キャロは?」

「それがヴィヴィオちゃんが悟空さんについて行ってしまったので、仕方なく追いかけると……あの、どうかしたのですか?」

「これは、まずい」

 

 最悪の事態にティアナの表情が歪む。

 あの、銀色の機械人形はあからさまに次元が違う。 ソレは、あの超サイヤ人孫悟空と相対したとき異常の恐怖を感じたのだから間違いないだろう。

 いまだ震える手が、エリオに事の異常性をダイレクトに伝える。

 

「……何が、あったんですか」

「施設に封印されていた謎の機械が暴走して、中の人間を全員……殺して……いたんだ」

「え!? ………………キャロやみんなが危ない!!」

 

 駆け出そうとするエリオだが、その手を咄嗟に引いたのはスバルだ。

 

「エリオ、行っちゃダメ」

「どうして!? だって、みんながまだ中に!!」

「……あれは、もうわたしたちではどうにも出来ない存在だよ。 次元があまりにも違いすぎる」

「……けど!」

「だめ!」

「――っ」

 

 それでもというエリオを、真剣な眼差しで堰き止めたスバル。 彼女だけが知っている、直接触れたであろうスバルだけが、相手との戦力差が圧倒的なのだと。

 

「ティア、どうする?」

「……なのはさん、悟空さんがいまこのタイミングで都合良くもとの姿に戻る確率って有りますか?」

【正直言って、最近の悟空くんの子供モードには、昔あった3日で元に戻る法則が適応されてないから、分からないんだ。 ただ、大量に失ったジュエルシードの魔力を元に戻せればなんとか】

「それって空っぽになった魔力炉心を動かしたいから、別の魔力炉心からエネルギーを持ってくるって事ですよね」

【……うん】

 

 正直言って無理。 孫悟空という存在の異常性を、本当に嫌なタイミングで思い知らされたされたティアナ。 だが彼女達は決して忘れていなかった。

 

「……リインさんは今どこに?」

「そ、そうだ! リインさんなら!」

「リインフォースさんか! あのヒトなら悟空さんをたたき起こすだけの魔力供給を行える!!」

 

 あの、謎の鬼教官リインフォースならば。

 おそらく悟空と合わせてツートップを誇る彼女ならば、きっとこの展開すらひっくり返す事が出来るだろう。

 

【――私はいま、ソッチに飛ぶ準備中です】

「リインさん!」

「ど、どれくらいかかりそうですか?」

【……悟空と違って、私は人間の持つ気を読み取ることは出来ません。 なので彼の使う瞬間移動もデッドコピーでしかないのです。 都合の悪いことにここからだと貴方たちの存在を掴みきれません、なので、短距離の瞬間移動を繰り返して貴方たちの魔力、もしくは悟空のジュエルシードの魔力を感知出来るとこまで飛びます】

「具体的にどれくらい……?」

【おおよそ、5分】

「ほっ……」

【しかし悟空達、戦士にとっては5分というのはあまりにも致命的です。 彼等にとって、声を発して耳に届くまでの時間ですら退屈を持て余す代物ですから】

『……!』

 

 リインの発言に皆が騒然となる。

 あまりにも現実離れした発言だが、実際そうなのだから仕方が無い。 現に、スバルはまばたきの隙を突かれるように吹き飛ばされ、地面を転がった。 しかもアレはまだ寝起き、半覚醒状態だ。 そんなものが全開で来るようならば……

 

「ど、どうしよう……これ」

「ティアナさん、スバルさん……」

「おじさん……」

 

 今すぐ駆け出したい。 だが、走ったところで壁は乗り越えられない。

 あまりに無謀で絶望的な状況は体験したことは無い。

 

 あの、なにもできずに今までの経験をすべて否定されたかのような実力差。 思い出しただけで一瞬の尻込み、だけどスバルは即座に頭をふって切り換える。 

 

「みんな――」

 

 声を出し、勇気を振り絞った刹那………………

 

―――――――――――施設の奥から爆発が起る。

 

「い、いまのは!?」

「奥で、ナニカが……」

「まさか悟空さん!!?」

 

 地響きともとれるあまりの衝撃。 ソレに足下を囚われて、彼等はここを動くことすらままならない。

 あそこでいったいなにがおこっているのか。 あの暗闇で奴は――孫悟空は――

 

 

――――それは、彼等だけが知っていた。

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

リインフォース「悟空、どうか早まらないでください」

なのは「リインさん、わたしも連れてって! あの子達をあそこに派遣したのは、わたしだから……お願い!」

リインフォース「ソレは聞けません。 貴方は、ここに居て指揮を執る責任があるのだから」

なのは「……う」

リインフォース「安心してください、彼ならきっと。 昔から、悟空は悪運が強いのは知っているでしょう?」

なのは「うん」

リインフォース「良し、周辺世界の魔力配列は把握しました。 一気に飛びます!」

なのは「お願いします、リインさん!」

リインフォース「はい」

悟空「次回、魔法少女リリカルなのは~遙かなる悟空伝説~ 第93話」

キャロ「それはサイヤ人に恨みを持つ一族の末路」

???「ミナゴロシ……ダ。 キサマラ、サイヤジン……スベテ」

悟空「おめえ、なにモンだ! おらたちなにもしてねえだろ!」

キャロ「ヴィヴィちゃん、コッチに隠れて」

ヴィヴィオ「……」

キャロ「ヴィヴィちゃん?」

リインフォース「……嫌な予感がする、どうか、間に合ってください」

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