机上にて描く餅(短編集)   作:鳥語

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枠外の半妖

 深々と雪が降り積もり、店の周りを埋めつくしてしまっている。

 閑寂とした雪面には傷一つもないまっさらな白を広げ、辺りには人の気配どころか獣の気配すら感じとることができない。どこまでも静かで、冷えきった世界。

 多分、どこかで冬の妖怪か何かが猛威を振るっているのだろう。今年の冬は格別に季節の色が濃いものである。

 生物が活発に動き回るには、どうにも身体に優しくない寒さ。何処かしら頭の軽い妖精たちだって、こんな日は活動を自粛して住処である木々に引きこもっていることだろう。自然と密接に関係し、植物や生物の精気に具現している者なら当然……それらを食物として摂取し、肉体を動かすエネルギーに変換しているものならば、当たり前のことである。

 無論、氷や光といった無生物的なものから具現した妖精などもいるだろうが……あれらはある意味、生物とみなしていいのかすらも微妙なところだ。

 勘定に入れる必要もないだろう。

 こんな日は、本でも読んで外にでないのが生物のあるべき姿なのである。

 

「……」

 

 燃料の当てもつき、何とか日常使っている程度には機能を保っているストーブによって店の中の温度は程良い暖かさに保たれてはいる。

 しかし、やはり、店外のそれまでも溶かしてしまうほどの威力までは期待できない。もしかしたら、もっと大量の燃料と暖房器具があれば可能なのかもしれないが、それらを手に入れられる可能性は恐ろしく低い。

 精々、僅かな排気熱によって窓枠につららができる程度、逆にその処理に手を回される有様だ(大体は放って置いているが)。

 加えて、昨夜の大雪はどうやらこの店の積載量ぎりぎりの所まで迫っていたようで、何やらぎしぎしと木々の悲鳴のような音が時折聞こえてくる。

 まだまだ大丈夫だろうとは思うのだが、この冬の猛威から察するに、さらに連続して同じような大雪が降る可能性もある。

 そうなれば、危ういラインぎりぎりのところで保っているこの店も、耐えられずにその重さに押しつぶされてしまう。ひいては、その内にいる僕と貴重な道具の数々も。

 それは重大な損失だ。

 今のうちに、日がでている日中の内に、ある程度雪を降ろしておいて方がいいかもしれない。

 こんな状態ではお客もこれないだろうし。

 

 とはいっても、身体こそ丈夫であれど、僕はとんと肉体労働には向いていないのだ。

 屋根の上での雪かきなど、恐ろしい重労働にしか思えず、ついつい、尻込みしてしまう。

 昨年においては丁度よい労働源があって、(正当な取引の結果)それら取り除くことができたのだが……流石に、あのおっちょこちょいな少女も、もう一度落とし物をして、店の掃除に一役買ってくれるはないだろう。

 人(客ではない常連)づてに聞いた話によれば、この前にあった異変にも、何かしら顔を出していたらしいし、少しは成長もしているらしい。

 これもこの店で人生経験を積んだ結果といえるだろう。自らの失敗を労働によって対価として償う。それは古来より続く人としての了見を磨くことに繋がり、一種の精神修練とも呼べる代物でもあっただろう。

 だからこそ、彼女も立派に一人立ちをして、今や異変に関わるほどに強く逞しくなった。

 良いことをしたものである。

 しかし、そのためにもう一度同じ失敗をいて、再びこの店に訪れることはないだろう(いや、可能性もないではないが)。ならば、あの鼠の少女に今度は代金ではなく、労働を対価として請求するというのはどうだろうか。

 あんな徳高き代物を失ってしまうような主であるならば、他にも色々と失せ物をしているのかもしれない。

 それを見つけられれば……いや、その失せ物を探すにしても、やはり外出せねばならない。

 この極寒の冷気の中を当てもなく歩き回るなど、どうにもぞっとしない話である。

 よほど脳が天気な者でもなければ、今日のような日に出歩くことなどしない。

 

――カランカラン。

 

「よう! 邪魔するぜ」

 

 ……どうやら、そんな酔狂な輩もいたようだ。

 がしゃんと暴力的な音が立てて、店の扉が開かれた(蹴飛ばされたともいう)。

 

「魔理沙。去年もいったと思うけど、扉は静かに開けないと危ないよ。今回はちゃんと雪もあっただろうに」

「ああ、店の扉まで埋まってた。入るのに苦労したぜ」

 

 ……どうやら、本格的にこの店は埋もれてしまっていたらしい。道理で客がこないはずだ。

 

「寒いからって引きこもってるのがまる分かりだな。客も来ないし、私が来なかったらそのまま冷凍保存されてたんじゃないか?」

「失礼な。ちゃんと窓は開く程度に雪はかいているし、外に出ることのできる通路は確保しているさ」

 

 その窓自体は、ストーブの排熱に確保されたものだが、嘘は言っていない。いざというときの脱出はできる。

 

「はいはい」

 

 そういって魔理沙は、「おお寒っ」と両手を擦りながらストーブに近寄る。どうやら、自分の家にはない文明の利器を当てにしてここにやってきたらしい。

 いつの間にか、僕の前に置かれていた湯呑みをかすめ取り、ずずっと熱そうに啜っている。

 何処までも勝手な様子だ。

 

「まったく、ちゃんと新しいものを用意してくれよ。この寒さじゃお湯を沸かすのも一苦労なんだ」

「おお。もうちょっと温まったらな」

 

 そういって、急須の残りも独占される。

 まあいい。彼女の八卦炉ならば、お湯も一瞬にして沸かすことができる。すぐに追加の分も用意できるだろう。

 ほとほと、彼女にはもったいない代物だ。

 なるべく有用に使ってほしいものだが(作り手での意を酌んだ形で)。

 

「そういや、霊夢は来てないんだな」

「彼女なら昨日お茶を強請り(ねだり)にやってきたよ。今日はあの吸血鬼の館にでも行っているんじゃないかな。あんまりに寒いからパーティにでも潜り込もうかなんていっていた……あの神社は寒いからね」

 

 今頃、人の屋敷でのんびりぬくぬくと、勝手にやっているかもしれない。他人の家にずかずかと、代わりばんこに暖取りにでもいっているのか。

 相変わらず、自由気ままな巫女である。

「ふーん」と興味なさそうに答える魔理沙。

 しかし、わずかに考える様子を見せているのは、それがあの屋敷(正確にはその図書館)に忍び込むのに、吉とでるか凶とでるかの計算を計っているのか。

 何をするのだとしても、僕に火の粉が降り懸かるような事態を引き起こさないでくれればどうでもいいことだが。

 

「さて」

 

 そんなどうでもいいことはそれとして、そろそろ己の手元に目を戻す。

 そこにあるのは、外界の図書……正確には、外界から忘れられてしまった類の書物だ。

 以前に無縁塚で拾い集めた物をこの機会にと整理していたのだが、なかなかどうして面白い。前には、知っているものだとして、目を素通りさせてしまったのだが、なるほど、身近なところに変化という物は訪れているものである。

 

「何を読んでるんだ」

 

 そんな僕の僅かな興奮を察知したのか。

 魔理沙が隣からのぞき込んできた。

 

「うん? なんだこりゃ」

 

 そして、本の中身を見て首を傾げる。

 確かに、よく見なければ、それはわからないものだ。ぱっと覗いて見ただけで、その価値はわからないだろう。

 これはそういう類のものだ。

 

「なんで今更、こんなお伽話なんか読んでいるんだ?」

 

 予想通りに答えに、にやりと口端が持ち上がる。

 やはり、こればかりは外の世界に知識を持っている僕にしか理解できない話なのだ。

 

「これを見て……何もわからないかい? 魔理沙」

「何もって、普通の絵本じゃないか。私も子供の頃に読んだことがある」

 

 それはそうだろう。

 これは古来から広く言い伝えられてきた典型的なお伽話だ。もしかしたら、魔理沙が小さな頃、僕が読んでやったお話もあるかもしれない。

 子供の頃、誰もが聞いたことがあるような話ばかりがここにはある。

 

「そう、これは典型的な昔話さ……けれど、この本自体は外の世界の物だよ。その分、挿し絵がきれいだろう」

「また拾い物で商売か?」

 

 何やら微妙な表情をされたが、そんなことはない。

 これは非売品にする予定の物なのだから。

 

 そういうと、彼女は訝しげな顔をする。

 

「うん? あっちには貴重品しか残さないんじゃないのか」

 

 そういって指を指すのは店の倉庫。

 貴重品ばかりが眠る宝の山である(霊夢は失礼なことにガラクタの山だといっていたが)。

 

「そう。これは貴重品なんだよ。外界の文化を探るためのね」

「文化を探る? その子供用っぽい本が?」

 

 やはり、わかっていないようだ。

 この本の価値は、それがないことに意味があるのだから、ある意味では当然のことだが。

 しかし、その目が僅かにぎらついたのを僕は見逃していない。わからなくとも、それが価値があるというのなら、一応借りていってやるか、何てことを考えていても、魔理沙ならおかしくはないのだ。

 やれやれ、これはそういうものとしての価値はないのだと説明しておかなければならない。

 僕はため息をついて、その頁を開いた。

 

「子供の本……つまりは、幼児を育成する上に置いて、その根となる幼少時の知識。その道徳感の成長と文化的基礎の部分に影響を与えるものだ」

「それがどうかしたのか?」

 

 机の下にあるもう一方。

 この世界に昔から存在する方の一冊も取り出して、同じように頁を開く。

 そして、それを逆さまに向けて魔理沙にさしだした。

 

「その頁をよく見てくれ。それは昔からこちらに存在するものだし、君も読んだことがあるだろう」

「ああ。知っている場面だな」

 

 うんうんと懐かしそうにそれを眺める魔理沙。

 話のよっては知らないものもあるかもしれなかったが、どうやら大丈夫なようである。

 

「では、こちらの外界の物と見比べてくれ」

 

 先に開いていた方、先ほどまで僕が目を通していた方を渡す。頁は大体同じ量であったので、同じ場面にあたっているはずだ。

 

「それで、何か気づくことはないかい?」

「うん? んんん……ありゃ」

 

 しばらくして、魔理沙が何かに気づいたように声を上げた。

 どうやら理解したらしい。

 

「いくつか、なくなってる場面があるな」

「そう。そうだよ。それが重要なんだ」

 

 同じようにいくつかの本を取りだし、机の上に並べてみせる。どれも、同じように場面が削られていたり、変更点があったり……本によっては、結末自体が書き換えられてしまっているものすらある。

 

「削られた場面。書き換えられた結末。これらは、それを聞かせる幼児たち――引いては、次の世代を担う者たちに何を学ばせたいか。何を伝えたくなかったのか、という文化的な下地の変化を示している」

「下地?」

「つまりは、常識というものだよ」

 

 わけがわからないという表情をする魔理沙に、続きを話す。これは、僕がこの資料たちを見比べて理解した、外界で何が起こっているかという仮説だ。

 そう外れてはいないだろう。

 

「これらの削られた場面、書き換えられた内容には、一定の共通点がある。残酷性、道徳感、風土やしきたり……人々に常識として根付いていた文化の一歩目といった部分ともいえる箇所だ。その部分が大きく削られてしまっているんだよ」

「それじゃあ、何も教えられないじゃないか。これは道徳や常識を教えるためのものなんだろう?」

「ああ、それをあえて教えないでいる、ということさ」

 

 ますます、首を傾げる魔理沙。

 やはり、これは長く外の世界へと興味を持ち、その見聞を広めてきた僕だからこそ理解できることなのかもしれない。

 

「それじゃ、意味がないだろう?」

「いや、それでも学ぶところはあるんだよ。話の大筋は変わらないわけだからね」

「……?」

 

 また頁をめくる。

 今度は絵のついている部分。

 外界のものでは削られてしまっている箇所だ。

 

「そこから削られてしまっているということが重要なんだよ。今まで常識であったものが、そこから、削られて非常識の知識と変化している、ということだからね」

「常識と非常識」

「ああ、この幻想郷にも大きく関わる概念だ」

 

 忘れられたものと失われたもの。

 そして、忘れさせたものと失わせたものだ。

 

「この本を見れば、極めて能動的にそれが排除され、次の世代に受け継ぐことを阻止されていることが理解できるんだ」

 

 子供の頃。

 幼い記憶に残る誰もが知っているお伽話。

 その中から、ある一定の部分を引いておくことで、それがなかったことにしてしまう。人々の常識から外してしまおうとする。

 元を知っている人間たちも、その物語の大筋自体に大きな変化はないため、そうそう気づくことはない。それは、極めて巧妙に行われている。

 

「そんなことして、何の意味があるんだ?」

「さてね。もしかしたら、それを忘れさせることによって、自分たちがその恩恵や利益を独占しようとでもしていたのかもしれない」

 

 知識や記録を独占することで、自らたちだけのものとしてそれを利用する。自分たちだけだ、皆の知らないものを使って得をするのだ。 

 なかなかうまいやり方である。

 

 しかし、問題点もある。

 それは、その知っている自分たちがいなくなってしまえば、それらの力も一緒に忘れ去られてしまうということだ。正しく知識が伝えられていなければ、次の世代の者たちにとってはそれらは何の価値もないガラクタにしか思えずに、有用にも思えない。力は、力としての能力を失ってしまう。

 宝の持ち腐れ。猫に小判として、いつのまにか忘れられてしまう。

 だからこそ、これらの品はこの幻想郷に流れ着いたのだ。忘れ去られた、非常識のお話として。

 

「ふーん」

 

 魔理沙は生返事をする。

 どうやら、あまり興味を持てない事柄だったらしい。

 これだけ長々と説明させておいて、たったそれだけの返事しか返ってこないなど……あまり釈然としないが。

 まあ、本を持っていかれる心配がなくなったということでよしとしておこう。

 魔理沙は、何やら懐かしそうに頁をぺらぺらとめくっているだけ。多分、大丈夫だろう。

 

 僕は、さらなる発見のため、さらにじっくりと、その物語を見比べる。そこにあった変化、文化的な転換を探る上で、それは非常に興味深かった。

 

 

――

 

 

 

「そういえば、さ」

 

 しばらくしてから、また、魔理沙が声をかけてきた。

 挿し絵の細かな部分を確認する作業を止めて、顔を上げる。

 

「香霖、も……何か、苦労したことがあったのか」

 

 歯切れの悪い。

 いつもさばさばとした彼女に珍しい態度だ。

 その訝しさに目を細めて、問い返す。

 

「何がだい?」

 

 ぱたんと、お伽話の本を閉じて、魔理沙はこちらに顔を向けた。

 どこかばつの悪そうな、気のすすまなそうな様子を僅かに見せて――すぐにいつもの調子に戻っていった。

 

「いや、やっぱさ。半妖だとか何とか、色々と苦労したのかなーと、さ」

 

 その手にあるのは……古典的な物語の一つ。

 とある動物(もしかしたら、妖怪かもしれない)と人間の――俗に言う、恋物語だ。

 その後ろに重なっておかれているのも、そういう類。人と人ならざる者との関わりを描いたもの。お伽話にはよくある類の話だ。

 

「ああ、そういうことか」

「な、なんだよ」

 

 少々、焦ったようにその本たちを後ろに隠す魔理沙。

 そういうところは、まだまだ子供っぽい。昔から変わらない。

 

「人と獣、人と妖……人と人ならざる者。その関わりと、その関わりによってしか生まれない存在。つまり、僕のような半妖について、だね」

「……やっぱり、聞いちゃいけないことかな」

 話したくないならいいんだぞ、と何やら慌てた様子で両手をあげる魔理沙。

 

 ……何を想像したのかはわからないが、随分とまあ、偏った思考経路をたどったものだ。

 多分、あのお話たちに影響されたのだろう。

 

「まったく、子供じゃあるまいし」

「な、なんだよ」

 

 思わず吐き出した嘆息に、おどおどとする。

 こういうときだけは、妙にしおらしい。

 

「何を考えたかは知らないけど、魔理沙が想像しているようなことは、僕には当てはまらないよ」

「そう、なのか?」

「ああ」

 

 どこか安心したように、肩を落とす。

 それとも、面白い話を聞けなくてがっくりとしたのか。

 しかし、ないものはない。

 

 そもそも……

 

「そもそも、異類と人間の関わりというもの。そんな関係を材料として描かれた物語は悲しき結末を辿ることの方が多い」

「……」

「そんなことは嘘っぱちだよ」

 

「うん?」と訝しげな顔になる魔理沙。

 それを面白く眺めながら先を続ける。

 

「つまりね。それはお話なんだ」

「あ、ああ、そうだな」

「それは虚構。人が語るもの。人に聞かせるもの――つまりは、物語だ」

 

 こういうと身も蓋もないような気もするが、まあ、今はそういうものだということにしよう。本当にあったことだったにせよ、誰かの作り話だったにせよ、それは、誰かに話され、また読まれるための物語としての形態をもっていた。

 つまり……

 

「それは、人の口にあがるもの。皆が興味をもつ、それなりに聞きたくなる話。面白い話であったということだよ」

「面白い? これが?」

 

 意味が分からないといった感じの様子だが、それは事実だ。

 

「人がただ、『幸福』であったというだけでは物語にはならない、ということだよ」

 

 ただ、誰と誰が結ばれて、そのまま幸せに、平凡に暮らしました――では、お話にならないということだ。

 

「話の山と谷、めりはりや抑揚。そういった感じに、物語にはアクセントが必要なんだよ。人は、当たり前の話よりも、誰かの苦労や苦難の話。それを乗り越えたり、乗り越えられなかった話を好む」

 

 だからこそ、悲劇は悲劇と呼ばれるのだし、悲しい結末を迎えた物語の方が印象深く、後々の世まで人の記憶に残っている。

 それは、ある意味では、目立った者勝ち。悲しい話の方が……人々に『ウケる』もの。

 

「確かに、半妖という身において、それなりの苦労はあったさ――けれど、それ以上に利潤となる部分の方が多い」

 食事もあまり必要としないし、病気にもなりにくい(ならないことはないが)。その恩恵にあやかって、こうやって日がな一日本を読んでいることが出来るのだし……金銭的な実入りが少なくとも、それなりに生活していくことは出来る。

(こういうと、いつもなら「道楽商売だぜ」などといわれそうだが、「誰かさんたちがつけを払ってくれれば、もう少しましになるんだけどね」と返したい。)

 

「そもそも、君は半妖という存在がなぜ忌避される者、不遇な縁に縛られたものだと見なされるかわかるかい?」

「どういうことだ?」

 

 それは間の存在。

 人と妖怪を半々と得たもの。

 

「半妖という者は災いを招く。人と妖怪の間にある混ざりものとして迫害の対象となる」

「よくあるよな。パチュリーのところの本にもそんな内容の話があった気がするし」

 

 そういうことも、あったのかもしれない。

 そういう時代も、確かにあったのだろう。

 魔女や吸血鬼がおそれられ、その退治が盛んであった時代も確かにあったのだと聞いている。そういう存在、人と違う存在が認められないことも多くあった。

 しかし――それは常々、ごく一部の話だ。

 古来より、人々の口に上る話はその一番目立っている部分が切り取られて話されることが多い。それが、当たり前の日常、目立たない平穏であるならば、言葉に出す必要すらないのである。

 

「元々、古来より異類婚姻譚というものはその終わりは悲劇として、悲しきものとして綴じられる――そう語られるものとされているんだよ」

「語られる?」

 

 つまりは、この幻想郷にいるものたちと同じ。

 

「幻想……妖怪たちと同じ、語られることによって形を得たもの、ということだ。そして、語られる話というものは応々として脚色される。女が蛇となり、鬼となり、神となり、と変わっていくように」

 

 伝奇や伝説。説話や寓話に変化は憑き物だ。

 むしろ、そっちの方が本命といった方がいい。元々あったものが、人々の望まれる形に変わっていく。

 

「人が聞きたいもの。皆が楽しめるものに」

 

 時間をかけて、時代とともに変化する。

 先に述べた常識と同じように、誰かの意向によって変化を加えられることもある。

 

「そして、その中でも人の機微に触れたもの。面白いと楽しまれたもののみが残っていく」

 

 そこまで話したところで、先ほど、魔理沙が注ぎ直した湯呑みを傾けて、口を湿らせる。

 そう、こうやって、お茶を飲みながら口にされるような世間話程度のものに、正確さなど求められるはずがない。

 往々に、大袈裟かけて針も棒ほどの大きさとなる。

 

「人は、自らに訪れる災難や苦難を恐れながらも、それが別の誰かに訪れたものだというものならば、悲劇を聞きたがるという性質をもっている。美しいこと、素晴らしいことは、趣深く、また、儚きもののなかにこそ現れる。悲しみを負ってこそ、物語の中には起伏が生まれ、深みと重みを増す」

 判官贔屓という言葉もあるように、人は悲劇が美化されることを好むのだ。そういう物語が受けるものだというのは、歴史が事実として証明している。

 

「だからこそ、異類婚姻譚は悲しみに綴じられなければならない。そうでなければ、物語は成立しない。」

「どうして?」

 

 ここまで言っておいてわからないのか。

 それとも、ただ話をちゃんと聞いていないだけなのか。そろそろ口を動かすにも疲れてきた。

 

「――君は、誰かが普通に結納をし、普通に祝福され、普通に幸せに暮らし、普通に最期を迎えた。そんな話を面白いと思うかい?」

 

 彼女は、一瞬沈黙してから首を振る。

 

「つまりは、そういうことだよ」

 

 そう綴じて、説明を終える。

 

 そう、そういうことだ。

 そして、ここは幻想郷。

 忘れられたもの。幻となってしまったものが集まる場所。

 ならば、そういう話がいくら転がっていてもおかしくはない。当たり前過ぎるほどに、普遍に訪れる出来事で、その辺りに掃いて捨てるほどに転がっている。

 当たり前の幸せというものは。

 

「……だから、半妖だからといって絶対に不幸に見舞われている、ということはありえない」

 

 わかったのかわかってないのか。

 魔理沙は「ふーん」とだけ返事をして頷いた。

 まあ、これ以上語る気力も起きないので、それでもいいだろう。わざわざ無理に理解してもらう必要もない。

 今の幻想郷。現在に覗く(多少、危険なところもありながらも大体は)平和な姿は、人と妖の垣根がさらに下がっているということを表している。

 下手すれば、里人の中に半獣や半妖といった存在がどんどんと増えていく可能性だってある。その境界はかなり曖昧となって、人と妖は時代にあった新しい形へと変化していっている。

 それが迫害さえる時代など、とうに過ぎ去っている。もはや、古い時代の常識だ。

 この幻想郷においても。

 

 

「だから、大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

 

 そんなことより、今考えるべきことは――

 

「……そういえば、入り口が埋もれていたといっていたな。それを、どうやってそれを掘り出したんだい?」

 

 魔理沙はいつものほうきしかもっていない。

 それでは雪を掻く作業などできないだろう。

 

「ああ、それは勿論」

 

 そういって、魔理沙が取り出したのは、先ほど自分で考えていたもの。なるほど、確かにそれを使えば、雪などすぐに溶かしてしまえる……多少、辺りが水浸しになってしまうが、まあ、このまま雪の重みにつぶされてしまうよりはましだろう。

 ならば、あとはどう宥めすかして、魔理沙を動かすか、だ。

 

「何か食べたいものはあるかい?」

「どうしたんだよ。急に」

 

 とりあえず餌で釣ってみることにして、空になった急須を手に、台所へと足を向けた。

 はて、何の材料が残っていただろう。魔理沙の好物はあっただろうか……なんて思考を巡らせて。

 

 

 ツケを盾にとってしまえばいいのに(借りがあるとはいえ、それを魔理沙は知らないのだから)、僕は、とんと魔理沙には甘いらしい。こういうところがあるから、僕はつけ込まれてしまうのだ。

 ただ、それでも……

 

「ああ、そういや茸ももってきたんだっけ」

 

 そういって一緒に台所の方に入ってくるこの少女は憎めない。霧雨のおやじさんには大きな恩があることだし、まだまだ、彼女は子供なのだ。

 

 なら、もう少しの間くらいはいいだろう。

 すこし綺麗になった気がする空気を吸いながら、そんなことを考えた。

 

 

 




 

  

 香霖堂風に(うまくできたかはわかりません)。
 物語と登場人物のやりとりと
 幻想郷においての半妖はそれほど苦労するのだろうか、という疑問から。
 物語になりえない話について


 裏設定
 霖之助が取り出した古い絵本は昔魔理沙に読んであげたものが混ざっている(本人も忘れている)。

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