机上にて描く餅(短編集)   作:鳥語

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波のまにまに

 

 とぷん。ぷくん。波間に揺れる。

 ゆらん。ぐらん。波に呑まれる。

 ゆるん。ぐわん。さざ波越えて。

 

 

 はて、彼方。

 

 

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 妖怪の山。

 幻想郷で一番の標高をもつその内から湧き出た大川の、その岐れた支流の一つ。人里近くをかすめるように流れるその河川は、人々の生活用水として使用され、日常一部の必需としてその存在を示している。飲料、原料、田畑に日常として、渡世の垢も日常非常の排出も、一手全てと引き受けて、下流へ下流へとを流し出す。

 こんこんとくとく、流れ続け湧き続け――がぷりと泡を呑み込んで、そして何処か彼方へと。

 

「……」

 

 そんな水の流れに沿うようにして一人の――一柱の少女が歩みを進めていた。

 禄全体が白のフリルに色彩られた赤い衣装に、長く伸びた翠色の髪が、同じく赤い色をしたリボンによって胸元で一つにまとめられているという一際変わった様相。足下にはすらりとした黒いブーツが伸びていて、その上方にあるスカートには渦を巻くような形をした不思議な文様が描かれている。

 不思議な……そもすれば、奇天烈な格好をしているともいえる少女。彼女の名は『鍵山雛』。妖怪の山に暮らす八百万の一柱の中の、いわゆる『厄神』と呼ばれる存在である。

 時には、妖怪みなされることさえあり(実際にとある巫女はそうみなした)、その身に渦巻く悪縁、疫病をもたらすものによって人々に忌み嫌われることもある。

 人の負を祓い、不幸を除いてその身へと集めて運ぶ――故に、そこに近づいた者には、不幸が訪れるという力。

そんな彼女は、今日も周りにおぞましき何かを纏って、澱んだ空気の中を歩いている。

 暗いもの。恐ろしきもの。忌むべきもの。

 不運。苦難。不浄。非業――その総てを一身に担い、下流へと進む。時折振り返り、上流の方を確かめるように目をやりながら、ゆっくりとその河原を辿る。

 ぼこぼこというのは、水が空気を呑んだため。

 ばしゃばしゃと撒き上がるのは、流れが岩とぶつかるため。

 

 そんな僅かな音に耳を澄ませながら、彼女は歩く。

辺りは誰もいない。動物さえも寄ってはこない。

 彼女は一人。彼女は独り。

 そういう役目を担ってそこにいる。そういう役目に産みれてそこに在る。

 厄を司る神。厄を運ぶ人形。請けて負いての流し雛。

 それは人のための神。だからこそ、恨むこともない――寂しく感じることもない。

 そういう、存在なのだから。そういうことに、なっているのだから。

 

 

「……」

 

 不意に立ち止まったのは、その流れが緩んだからなのか。

 川裾が広がり、水の流れが静かなものとなり、一つの円が留まってそこにある。

 大きなものではない。見れば、少し窪んでいた地形に水が流れ込み、ちょっとした深さまで溜まりこんでそうなった、という程度のものだろうか。

水の流れの、その少しの休憩地点といったような印象のものである。

 そして、その留まりには一つの影があった。

 

「うーむ」

 

 小さな、随分と小柄で細身の少女。

 泉の縁の地べたにどっかりと。だらしなく座り込んで見た目の年齢には見合わぬ真っ白な髪を無造作に地面へ放り出している。せっかくの綺麗な長髪であるというのに、ぼさぼさと土まみれ――そういうことに無頓着なのだろう。

 明るい朱の色をしたもんぺに片手をつっこんで、ぼうっと湖の方を向く。

視線の先にあるのは、竹で作られた簡素な竿だ。

見てみれば、少女の隣にこれまた竹で編まれた丸い籠が置かれている。

どうやらそういうことらしい。

 こんな人里離れた場所、恐ろしきが訪れる人外の縄張りに――たった一人で。

 

「……」

 

 なんて、命知らずな。

 雛はそう思った。この前に見た人間といい、どうしてこうもその身を危険に晒すのか――いや、それでも大丈夫だという自信がある人間なのか。少し前に訪れた災難を思い出し、少し逡巡して……それでも、やはり。

忠告ぐらいはしておくべきだろうとそちらへ向かう。

彼女は人を救う神なのだから。

 

「こんにちわ」

「……ん?」

 

 とりあえずは挨拶から。

 くるりと頭が振り向いて、その頭に着けられたリボンが揺れた。

妙な柄の……まるで、お札で貼り合わせているような生地のもの。

 

「お楽しみのところ、お邪魔で悪いけれど――この辺りに人間がいるのは危ないのよ」

 いつ何時とって食われてしまっても仕方がない。

 それほど、妖怪の場に近いのだと、少女にそう忠告する。

 何だか、きょとんとした様子でそれを聞いていた少女は、雛の言葉に目を細め――ふっと息を吐いて、面倒くさそうに頭を掻いた。

 釣り竿を引き、何もかかっていないのを確認してからまた投げて。

どうやら、ここから動く気はないらしい。

 

「……なに、あんた?」

 

 そっぽを向いたままで、雛へと返る問い。

ぶっきらぼうに乱雑な言葉。

 

「私は……ただの通りすがりよ」

 

 

「あ、そう――じゃ、そっちこそ早く帰った方がいいよ。私なら放っておいて大丈夫だから」

 

 どうでもいい。なんてことはない。

 そんなどうでもいいこと(己のこと)、気にする必要なんてない――そういう、自暴自棄めいた色が覗く。そこ(・・)にある澱みが、彼女には見えてしまう。

その重荷、背負った厄の重さ――穢れと覗く。

背負い、担いて流す性分が疼いている。

 そういう人間こそ放ってはおけない。暗い不運を、拭えぬ不幸を負う者にこそ、己の力は必要なのだと……ほんの少しでも、その重荷を肩代わりしたやるのが己なのだと、原型としての自分が。

 

「――どうせ、死ぬことなんてないから」

 

 小さく、聞こえぬ呟きをして、少女は片手を振る。

 そこにあるものは――厄神である雛ですら見たことのないものだ。

 永い時、遠き時間、気が狂うような日々を越えて熟成された――底知れぬ何か。

 

「あなたは――」

 

 食い下がるように口を開いた雛に……見せつけるようにして豪という音。

 その出所は少女の右手から。

やる気なさげに掲げられたその上に、明々とした火炎が舞い踊り――そして、消える。

 

「……」

 

 そこに含まれた妖気。只人ならぬ力。

 あの巫女や魔法使いと同じ、闘うことのできるもの。

 

「こういうことだから」

 

 放っておいてと、拒絶するように。

 私の心配はいらない。だから、早くいってくれ。

 込められたのは人払いの棘めいて。

 

「あんまり普通の人間ではなさそうね……似た色だし、この前の紅白巫女と同類なのかしら」

「――あの頭が天気な巫女とは一緒にしないでよ」

 私はただの健康マニアの焼鳥屋だ。

 

 面倒そうに返す言葉は、そうやって会話すること自体を厭む人煩いの意を含み――雛に、やはり、この少女は外れているのだと意識させる。

 そして、その少女があの博麗の巫女の知り合いなのだということにも。

 

――なら、大丈夫かもしれない。

 

 少しそう思って余裕ができたのは、その姿が浮かんだからなのか。

 外れていても、浮いたあの巫女とであったのなら――

 

「ごめんなさいね。私にも少し用事があって……少しここで待たせてもらっていいかしら」 

「……こんなとこ、釣り以外には何の用事もないでしょうに」

 勝手にすればと、これまたぶっきらぼうに。

 お言葉に甘えて、と雛は隣に並ぶ。

 近づきすぎなように気をつけて、その竿の先を眺めるように。

 

 沈黙と空閑。

 そして――揺れる浮き。

 

「ん……」

 

 くいっと手首を返して、少女が釣り竿を持ち上げた。

 丸い形の浮きは確かに沈んだ位置から揚げられる。

 

「何か釣れた?」

「――ああ」

 

 そういって引き揚げた糸の先にあるのは……黒ずんだ奇妙な形。

 長くと伸びて、良く安定してそうな――そんな長い靴。

 

「大量だよ」

 

 そういって放り投げた先には、色様々な二足三足。

 大量の長靴がずんぐりと山となっている。

 

「……え、ええ、そうね」

 

 どうしてそんなものが釣れるのだろう。

 己のせいだろうか、と雛は少し迷う。

 己の集めた厄が関わっているのだろうか。

いや、けれどもそれは長靴だ。もしそうなんだとしても、奇妙すぎる現象で。ただのごみですらなく、この幻想郷では見るのも珍しい長靴などと……。

 そう、水面を眺めて不思議に思い――上流へと視線を向けてそれに気付いた。

 そこにはあるのは、厄神である雛が、わざわざ妖怪の山から下りてきた理由。普段行わない、人に近づいていくような行動をとった、その訳である。

 

「――ごめんなさい。少しの間だけ、竿を引いておいてくれないかしら」

 

 雛の頼みに、少女は首を傾げた。

 それでも、何か意味があるのだろうと察し、ひょいと竿を引いてところに、やはりこの少女が悪い人間ではないだろうこと想う。

そして、回収した糸の先には無論、何もかかっては――いや、また長靴。

 

「……」

 

 妙な沈黙流れて。

 そして、しばらく。

 

「あれは……」

 

 過ぎた時間の後から、流れてくるもの。

 くるくる、ゆるゆる……流れに弄ばれながら。

小さな船に乗せられて、簡素ながらも綺麗なおべべに身を包むものたち。、飾りと供えに囲まれる一つの船団が通りかかる。

その数は、丁度人の数。

 

「そうか、今日は……」

 

 それが見て、少女は納得したようにつぶやいた。

 そういえば、この前人里で友人と会ったとき、そんな行事があるのだといっていた。日々の感覚がなく、暦など気にしていなかったために忘れていたが――そういえば、そうだったのだと。

 そう思い出してうなずいた。

 

「雛流しの日、だったっんだっけ」

 

 流れくる人形たち姿を眺めながら、少女はそう呟いた。

 雛流し……つまりは、流し雛。

 その風習は雛祭りの元となったともいわれ、同じように人形を使い、人の厄を祓うという意味合いを持ったもの。船に乗り流れくる人形たちは、雛壇に飾られるものたちと同じように綺麗な装束に身を包み、彩り明るく微笑んで――そして、流れて去る。

 ひな祭りと違うのは、雛人形自体を川へと流し、そのままどこかへやってしまうということ。人の厄を請け負う人形を作り、それを川へと流すことで厄払いするという形式だということだ。

 流された人形たちは川の流れに沿って進み――そして、姿を消す。

 どこか遠くへ流れたのか。船が返って沈んでしまったのか。はたまた、何か別のものによって壊され消えたのか。どうなったのだとしても、それは帰ることはない。

 言い換えてしまえば、己の代わりに難を擦り付けるための身代わりであり――そう考えてしまえば、少しと暗いもの。

 

「……」

 

 眉を顰めて、少女はその流れを見つめる。

 同じ人の形ながら、それらは違うものとして造られた――ただ、苦しみを負うためだけに造られたものを眺めて。

 

――……。

 

 そこにあるのは人の生から掃き出されたものだ。いらぬものだと捨て去ろうとされたものだ。

 穢れた存在。外れた人の形。

 それは、人の世にはいらぬもの。

 

「ふふ」

 

 吹き出すように笑んだのは、何かがこみ上げたから――少しだけ、胸の内にあるものが溢れたからだろうか。

 薄い笑みに宿るのは、くすぶる炎。

 少女が抱え――擦り切れた切れ端がそこにあるものと重なって、昔の記憶(誰か)が映っているようにも見えた。

吐き出され、捨てられて――外れたしまった。

 流した方か。流された方なのか。

 どちらとしても、形をなくしてしまったのは同じこと。外れたものであるのは似たような。

 だから――少しだけ。

 

「……この子たちも可哀想なもんね」

 

 愚痴を吐きたくもなった。心を吐露したくなった。

 思い出したくも――なってしまった。

視線を落とせば、あるのは空っぽの籠。

 何も得ていない、空の器だけ。

 

 少女はそれに息を吐き――

 

「厄払い……人の災難を肩代わりされて、どこか遠くへと厄介払いに流される」

 

 流れる船団に釣り竿を向ける。

 針は放たず、ただ指して――何も得られないことに息を吐く。

 

「――そうなの、かしら」

 

 それを隣で眺めながら、雛は聞いていた。

 自らと同じ使命……想いを込められた行列についてのことを。

 

「だって、そうでしょう?」

 赤と白の少女は答える。

 そのめでたい色の――向こう側。

 きらびやかな祭りの雅を負いながら、ほの暗い闇を内に秘めるその人形たち。その行方について。

 苦難に不幸、苦しみ悲しみ押しつけて、己だけは幸せに……代わりの誰かが、どこかで沈む。そんなこの世の習いを表すのだと――厄介者(いらないもの)を追い出して、幸を得るのだと。 

 

「それを綺麗に飾りたてただけ」

 

 薄い声でそう語る。

 こもった苦難を見据えるように――思い出すように。

 

「そんなものを負わされて――本当にいい迷惑だ」

 

 こもった声で、そう伝える。

 本当に、可哀想だと。

 

「……」

 

 そんな実感深き言葉に、その先(・・・)である少女は少し迷って――

 

「……そうとは限らない、と思うわよ」」

 

 それでも口を開いてみた。

 悪縁を担う自分という存在が出会った一つの縁。

 何だか疲れてしまっているような少女――自分と同じ存在に同情してくれた(心を寄せてくれた)少女と。

少しだけ、話をしてみたい。

 

「確かに、あのこたちは人の災い――苦難や不幸、苦しみとしての厄を受け取って、遠くへと運ばれるよりしろのようなもの」

 

 眉を顰めて振り返った少女。

 彼女があの子たちに己を重ねているのなら、それが少しでも軽くなるのかもしれないと。

 

「流され沈み、塵へと還るのがそのお役目」

 

 語るのはきっと同じものではない。

 成ってしまった己とは違う――その先のこと。

 

「けれど――それは、誰かの代わりに厄の先へというということ」

 

 違う未来の、その可能性。

 それを己の口から伝えようとする。

 

 それが雛にできる少女への厄払いだと。

 

「厄の、先?」

 

 妙な表現に、少女は目を丸くする。

 

「ええ、先――苦難を乗り越えた、その向こう側」

 わかるでしょう。

 

 そう雛は悪戯めいた笑みを浮かべて問う。

 それはあなたも知っているだろうと。

 それに対して少女は――

 

「……」

 

 しばらく考え、しばらく悩み、その意味をわかろうと頭を抱え――それから、わからなくて聞いた。

 厄神さまはふわりと笑う。

 

「――どういう意味?」

 

 意味がわからない。そんなものは知らない。

 持っていない、そう語る少女に。

 

「悪いことの後には、きっとよいことが訪れるってこと」

 

 おどけるように、軽やかと。

 当たり前のこと、それもまたこの世の習いなのだと。

 

「苦難を乗りこえれば、それだけの価値あるものを得る。試練に耐えきれば、きっと実りある祝福が訪れる――」

 

 努力は報われる。苦労はさらなる豊かさのため。試練は乗り越えた先で己の血と肉に。

 苦しみの先には、幸福が待つ――そこへ還るのだ。

 

「役目を終えて、厄を越えたその先へ」

 

 やり通して、終える。貫き通して、届く。

 与えられた全てをこなして、充実の中で。

 

 そして――

 

「川を――ずっと先の海を越えた先には、浄き土地があるという人間もいる」

 

 海を越え、そのずっと先には――それがあるのだと信じるものもいる。

流れすぎ、辿り着く場所があるのだと信じぬくものもいる。

 

「求めて、何の保証もない先へと漕ぎでて――どこかへと」

 

 そうやって船出していった者たちがいたのだと、聞いたことがある。

宛てもない海に漕ぎだして、そして、帰らなかった人間たちがいたのだと。

 彼らはきっと辿り着いた――その信仰の先に。

 

「それもまた一つの救い――ただ」

 

 それはごく一部のこと。信仰に身を投げ打ち、命すらも差し出すことができる人間の業。

 それは只人にはとても真似できるものではない。

 

「そんな勇気なんてない」

 

 その先の救いを求めても。

 

「だからせめて――己の代わりを。少しの穢れだけでも、浄土へと流してもらおうと」

 

 この幻想郷から海は見えない。

 けれど、この水の先に、それはきっと繋がっているのだ。

 だから――。

 

「私たちは、その想いを受け取っている」

 

 言いながら、雛は一歩を踏み出した。

 水の流れ、浮かべぬ上をまるで歩くようにすれすれに浮かびながら。

 

「……お疲れさま」

 

 ついと手を伸ばして、人形たちへと向ける。

 同胞への挨拶と労いの言葉を添えて――

 

「あなた達は先にいっててね」

 優しく笑って、目を瞑る。

 群がるように迫る何かに、また開く。

 

「あれは――」

 それは少女にもはっきりと見えた。

 何かが彼女へと集まっていく様が――少しを全て、受け取っているのが。

 

「……」

 

 くるくると回る――何かを纏い寄せるように。

 ゆるゆると舞う――何かを流し送るように。

 澱みを集め、一つの形へと。

 集めて、笑う。

 

「この子たちの役目は終わり」

 

 くるくると。ゆるゆると。

 波紋を広げ、波を揺らして――けれど、沈まず。 

 辺りの同胞たちも、それに呼応するように揺らめいて。

 

「厄を越えて進み、もっと先へとたどり着く」

 

 美しく、川面を染める。

 澱みの向こう側見える何かによって――彼岸は、より極楽染みて。

 

「たとえ、沈んでしまっても……」

 

 幾つかは、たどり着けずに沈んでしまっている。

 この水面の底、深く透明の先――それまた、向こう側。

 

「波の底にも都さぶらう、か」

 

 そう誰かはいったのだ。少女はそれを思い出した。

 雛はその呟きに少し驚き……そして、また笑った。

 そう。かの者は波の底にある都へと旅だったという。それはそういう旅であったのだと。

 優しい誰かはそういって。

 

「――ええ、きっと」

 

 にこりと、流されたものは笑っている。

 きっと、同じ場所へとたどり着くのだろう。

 

「抱えて沈み、波の底《都》へと」

 

 大厄はらいて身は軽く。

 水の底にて目を閉じて。

 

「そういう役目と……救いを果たす」

 

 先に行って、待っているのだ。

 苦難と不浄の世を抜けた先――穢れの先の彼岸にて。

 

 

 そんな儀式であったのだ。

 暗さだけでなく、きっと、蛍のような灯りを含む。

 願いを込めた短冊であったのだと――

 

「そう思っておくのも、信仰でしょう?」

 そういうことにしておいて。

 笑う彼女は、神ともなった――信じれば、それは叶うから。

 

「そう、かもね」

 

 そう思っておくのも悪くはない。

 ずっと先で、確かに少女の願いも叶ったのだから。

流れはいつか海にたどり着くのだから。

 

 

「……」

 

そうして訪れた沈黙。

先ほどよりも少しだけ居心地がよくなったもの。

 そこに一体だけ遅れて、船が一つ。

 川の真ん中辺りを流れて揺れて――ぐらりと、返って沈もうとした。

 

「誰だー! 川を汚す奴は私が尻小玉引き抜いてやる!」

 

 瞬間に、誰かの手によってそれは空へと持ち上げられた。

 飛び出してきたその影に少女たちは同様に驚いて――その人形とは逆の手にある古びた長靴……先ほど見たものとそっくりの物を眺めて。

 

――ああ、河童って悪戯好きだったなぁ。

 

 なんてことを思い出す。

 ああ、そうか、と。

 

「……時々は、どこかへたどり着いてまた現に戻るということもあるみたいだけど」

 

 それを思い出して、ぽつりと呟いた。

 少女もそれと同時に呆れた息を吐き――互いに見合わせ、ぷっと笑った。

 

「まったく、ほんとにどこにたどり着くかなんてわからないものね」

「ええ、どうなってしまうのかなんて……たとえ、神様だってわからないものよ」

 

 くるくる回り。よたよた揺れて。

 ぐらぐら狂い。ばたばた溺れて。

 泡となっても、空へと還り――何がどう作用するかはわからない。

 人生塞翁が馬。禍福はあざなえる縄の如し。

 それもまたこの世の習い。

 

「――さて、それじゃ」

  

 釣り竿を放り出し、よいっと力込めて少女は立ち上がった。

 そこには笑みがこぼれて……拳が握りこまれていて。

 

「私はちょっとあの罰当たりと弾幕ごっこでも営んでくるかな」

 

 恨みつらみを晴らすため、少女は手のひら打ち鳴らす。

 あのいたずら者を懲らしめるため。

 

「あ、でも」

 

 私の側にいたのだから。

 厄を集めた彼女はそれを思って――最悪を予想して。

 

「大丈夫」

 

 それを笑い飛ばして、少女は背中に炎を纏う。

 水と相反し、水面に返る灯りを翼と広げ――還らぬ身体を引き連れて。

 

「私は何度だってこっちに帰ってきちゃう……救われはしないけど、絶対に落ちることもない」

 

 己ごと、、纏った厄を焦がして笑う。

 その程度、どうということはない――いつもの殺し合いと比べれば、ほんの百分の一程度にも届かない。

 なんて、己で己に笑いをこみ上げながら。

 

「……健康マニアの焼き鳥屋だからね」

 

 

 そういって、不死鳥は飛んでいった。

 この世は地獄――そして、ここは幻想郷(楽園)で。

 昔ほど、悪くはないのだろうと。

 晴れた顔が空に昇った。

 

「――そうね」

 

 死ぬことはなき、ごっこの遊び。

 ならば、ここで厄を使ってしまうのもありだろう。

 

 なんて、誰かは笑った。

 

____________________________________

 

 

 

 風の吹くまま。流れるまま。

 どこへ行くのか。どこに着くのか。

 全ては神の(たなごころ)

 良きも悪きもその身の内に。

 

 

 流され流され人の形は、厄を背負いて清き場所へとたどり着く。

 

 





 少し推敲が甘いかもしれません。
 気になることがあれば是非ご指摘をお願いします。

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