間違えて修正前のバージョンを投稿していました。
すいません。
なんか違うな、と考えてお蔵入り予定だったのですが――まあ、もう公開してしまったし。
二種類含めて実験作ということで。
ほとんど内容は同じですが、よければご閲覧を。
ぼうっとしていた。
何も考えず、何も思わず。
ただただ、ぼうっとしていた。
何かを忘れてしまったように。
何かを忘れているように。
それを思い出せずに、ぼんやりとそこにいた。
何にも、わからないままだった。
「あら、こんなところに」
そこに一つの声があった。
暗い暗い闇の内、僅かの赤がぽつぽつとだけ灯。そんな荒涼とした大地の上に、そこに似合わぬ少女が一人。
「どうも、こんにちわ」
少女はそういった。
それは挨拶というもの。
そういうものだった気がする。
「……随分と、時間がたっているようですね」
ぼそりといった。
何のことだろうと思ったけれど、よくわからない。
霧がかかったように頭は働かない。
「連絡……はいらないようですね。そろそろ、あの子たちの見回りの時間ですし」
放っておいても大丈夫でしょう。
一人呟くように少女は語る。
どこかへ行ってしまいそう。
何だか、いやな気持ちを感じた。
「……まだ、一応の分は残っているのね」
また、ぼそり。
こちらを見つめて、何かを観察して、足を止める。
そして、こちらに近づいて。
「ここで私が見つけたのも何かの縁でしょう」
目の前に立った。
小さな少女。けれど、どこか大きく見える少女。
それがこちらに笑う。
笑いかける。
「少し、お話でもしましょうか」
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「お姉ちゃんは本を読むの好きよね」
「ええ、そうね」
「なんで?」
「……え?」
「何で、それが好きなの?」
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「思考というものが、一体どのようにして成されているか。貴方はどう考えますか」
彼女はそう問うた。
「……」
ぼんやりと思考を回す。
思い浮かんだ答え。
それを浮かべる。
「――貴方が今思い浮かべた答え。実は……その答えは、私の聞きたいこととはほとんど関係がないんです」
悪戯っぽく少女が笑う。
「それは一人一人の考え方、文化、知識などによって変化するのもの。その全てを共通した答えで納めてしまうのは、どんなことよりも難しいことですから」
決して、万人を納得させる答えは出ないでしょう。
そう語り、目を細める。
じっと見る。
それを見返しながら、では、先ほどの質問に何の意味があったのだろう、と考えた。それを考えさせることで、何かを引き出そうとしていたのだろうか。
「……」
思った疑問。
「ええ、そのとおり」
少女は肯定する。
「今の質問には全く別の意図があります……答えを出すこと、それを成すために行われた行為、その前提としてある手段というべきものを探るための質問――そして、それを自問させるためでもある」
くるくると回る舌。
ああ、そうだ。それが話すということだ
少し、思い出した。
「――では、その答えを得るために、もう一つ質問を重ねてみましょうか」
それに見惚れていたら、また尋ねられた。
思い出したからなのか、今度はちゃんと考えることができる気がした。
「貴方はその質問に答えるために、何かを考えましたね。では、貴方がそのために何をしましたか。何を
けれど、その尋ねは上手くつかめない。
よくわからない。
「……」
それを考えても、答えが出ない。
「ええ、わからないと思います。それは当然のように行っている行為――無意識のままに、意識を紡いでいるものですから」
わからなくても仕方がない。
肯定されて、少しうれしい。
話は続いている。
「それを掴むことは、普段日常的に交わしているものに意識を向けるという努力をしなければならない……そう、例えば今あなたが行っていること、何気ない呼吸といったものと同じです」
少女はそういって微笑む。
そうか、呼吸をしないと。
「……」
さらに思い出した。
そして、考える。
考えることを行ってる自分というもの。
「わからないかしら……では、ヒントを一つ」
そういって、少女は指を指す。
自らの頭を指して言う。
「私たちは思考するために、まず、一つのものを組み合わせている。相手の口から放たれたものを耳で受け取り、それを頭の中で租借して理解して――その答えを探す」
それを身体に沿って下ろしていく。
そうだ。これは食べ物を食べるのと同じだ。
あれ、そういえば食べるとはなんだろう。
「受け取り、噛み砕き、理解して……それから、返そうとしたもの」
疑問に思ったけれど、今は目の前のことを考える。
彼女が言っているもの。
己が返そうとしているもの。
「……」
形にはならなかった。
「そう、言葉――貴方は、まず言葉を受け取り、それを理解することで答えを探した。その言葉を己の中で置き換えて――たとえば、『僕は、どうやって思考しているのだろう』という自問の言葉を使うことで、己の内を探る」
けれど、少女は拾ってくれた。
どうやっているのだろう。
「つまり、思考するということ。それは、言葉という手段を介して行っているものであるということ。人は――言葉を得たものは全て、それを使うことで思考する。その形に置き換えることで、判断する」
それと同時に、言葉自体にも縛られている。
最後に付け加えられた言葉。
そこに何かを思った。
「……」
本当にそうなのだろうか。
それが全てなのだろうか。
そういう疑問。
「ええ、勿論、もっと単純な――原初的な感情によって、人が動くこともあります……それらの概念自体を知らず、言葉を使わぬままに行動している人間というのも、時と場合よっては存在するでしょう。けれど、それは私たちの知っている形での言葉ではないということ」
少しずつ考えられるようになっている。
だから、彼女の言っていることも理解できてきた。
「言語が違う、文字が違う、文法が違う。ただ、置き換えた形が違うというだけ。思考を、そのまま行動と置き換えた――他に置き換えるものを知らなかった。そうも考えることができるでしょう」
彼女は、そう説明する。
その説明に――
「……」
でも、けれど。
しかし、どうなのだろう。
本当に。
なぜか、納得がいかない。
「確かに、『無意識』というものもあります」
訳されて、わかりやすくなった。
ああ、そうだ。そういうものなのだ。
これがきっと、思考ではない感情というものなのだろう。
そんな気がした。
「何も考えず、とっさに身体が動く。訳のわからないままに、感情のままに突き進む。そういうことも、ままあることです……けれど、それは本当に思考した結果といえるのでしょうか。それは考えているのではなく、ただ本能のまま、心の中にある塊をそのままに吐き出しているだけ」
それで、思い、考えたということにはなるのだろうか。
少女はそういった。
「……」
わからない。
けれど、語りは続く。
「なんとなくの行為。今までの行動から成った反射の集約……だからこそ、私たち『さとり』という存在は、それを感知できない。それは、心を動かした結果ではなく、心に刻まれた行動なのですから」
『さとり』。彼女はそういった。
それが、彼女の名前なのだろうか。
「原初の動。本能として感覚――心の動機。それは、確かに分かりやすく視てとれるものではあっても、より具体的な形をもって読み解くことはできない……その暇もない。だからこそ、無意識の『こいし』に当たってしまう」
それを知っている気がした。
それは聞いたことがある気がした。
ずっと昔、ずっと前――
「……」
続いた言葉への疑問。
彼女はそれを無視して、にこりと笑って、先を語る。
理解する前に、語られていく。
「ですから、私たちは、貴方の心を読んでいる――文字通り、読んでいるというんです」
読んでいる。
心を読む。
「もし、貴方が異国の、全く別の言語を持つ文化に生きてきたのなら……私は貴方が思考するその文字を見ることができても、そこに編まれた内容を理解することはできない。たとえその内側を覗くことができても、その書かれた文字が解けないのなら、それを知ることはできない」
そうなんだろう。そういうことなのだろう。
けれど、それは、人にできることなんだろうか。思い出してみれば、あれは別の何かを説明するために使われていたのではないだろうか。
だんだんと、何かがわかる。
「意識とは、造り上げられていくものであり、初めから完成されているものではない。記憶は、言葉に置き換えられる。思考言語を鍵として、その光景を再現する――思い出す。思考とは、そういうものです」
言語は、それを紡ぐための材であり、それぞれの文化、方法、能力に従って、心を一つの形を造り上げていく。
それを語る少女。
なぜ、こんなところに彼女のような人がいるのだろう――いや、その語りはそれのものではない。
似てはいる。けれど、彼女は――
「だからこそ、私は本を読む。その心を――心の読み解き方を知るために。そうなのかもしれない」
自答するように彼女は呟いた。
そうなのだろうか。
そういうものなのだろうか。
「……」
もはや、会話にはなっていない。
もしかしたら、彼女はそれを考えるためにゆるゆると考えを巡らしていたのかもしれない。誰かに語ることで、己の考えを整理していたのかもしれない。
いや、最初から会話をしようとしていたのだろうか。
自分は、会話の通じる相手であっただろうか。
「……今、貴方はどうやって私の言葉を受け止めていますか。自分の中にある何かを使って、一つの体系として受け止めていませんか」
私はそれが見えている。
にこりと頬が緩む。
「けれど、その言語を理解できなければ、知ることはできても、識ることはできない。全てを視るには、解っていなければならないのだから――だからこそ、私は知識を求めている……深めていく」
より深く、広くとそれを識るために。
己を見る瞳は二つ――だけでなく。
もう一つがある。
「……」
そこまで語られておいてから、それに気づいた。
そこまで知っておいて、ようやく気づいた。
ああ、彼女は人ではないのだ。
彼女は■■なのだ。
やっと、それが解った。
じゃあ――
「このような弱点を――明かしても良いのか、と」
疑問の前に、言葉が返る。
言葉を放つ前に、疑問が知られる。
「では、問いましょう」
疑問に疑問。
返るもの。
『貴方は、私が何処まで識っていると思いますか?』
「……」
くすくすという笑い。
けたけたと揺れる声。
何かが、少しと寒くなる。
「……ああ、話しすぎましたね」
そこで何かの音がした。
向こう側を見ると、何やら二つの影。
「ここまで付き合ってもらってありがとうございました。では、そろそろあなたのいくべき場所へ案内しましょうか……大丈夫、怖いところではありませんよ。ただ、今までの貴方が精算されるだけ。今まで通りのことが、結果として返るというだけですから――全ては覚悟の上のことでしょう」
最後の説明をされる。
けれど、向こう側が気になる。
「ほら、身体の方のお迎えもきたようです」
大きな翼があるからあれは鳥。
あの耳の形は猫のもの。
あんな形だったかはわからないけれど、多分そうだ。
「……」
そして、さっきのことを考えた。
それじゃあ、あれはどうなのだろう。
「……なるほど、あっちに見える動物はどうなのか、ですか」
伝わった。
どうやらこれで最後となるようだ。
なんとなくだが、それがわかった。
それを、思い出したから。
「それは――」
彼女は笑う。
笑って、答えてくれる。
「……」
もう、表情もない。口も開かない。
そんなもの。
それが、そこにあること。
そこが、それであったこと。
思い出した。
これで、全部――
「――そういうことですよ」
話してくれた少女の最後の言葉。
そのさほどを聞き逃してしまっていた。
とても残念だ。でも、仕方がない。
だって――。
「……」
もう、最期も終わっていたのだ。
だから、仕方がない。
「ええ、さよなら」
さようなら。
口はないけれど、それは伝わったはず。
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「うにゅにゅ……」
「何してるの、お空。早くしないと」
「わかんないけど、難しい話をしてるっぽいよ」
「……そんなこと気にしてないで、あたいたちはあたいたちの仕事をしてればいいんだよ。ほら、とびっきりの死体があるって私の鼻が囁いてんだから」
「そう……卵もあるかな!」
「……まあ、お仕事頑張ればご褒美にね」
「うん、頑張る!」
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知られているのか知られていないのか。
見透かされているのか何もわかっていないのか。
いるのかいないのか。
わからない間が、一番怖い。
自分の想いを確かめるためには、一度誰かに自分のことを話して見るというのも一つの手。言葉にして、語ろうとしてみて、形をしてみて初めて形となることもある。
整理してみなければ、それは案外見えづらいものだ。
動物というものは、単純だ。
想ったそのままの方向へと進むから。
それだけを書き留めて、私はそれを閉じた。
思いついたアイデアはちゃんとメモしておかなければ忘れてしまう。
たとえ、それが妄想や詭弁の戯れ言ばかりだとしても、それが本当にそれだけのものでしかないのかは、後になっていなければわからないのだから――一応、書き留めておくべきだと。
「……」
今日は、いろいろと有意義な時間がとれた。
ちょうどいい刺激が会った日。
私の筆も、今夜はよく進められるかもしれない。
「……」
そう考えて、私はくすりと笑った。
そして、もう一つだけ。
知らないままにいってしまうのと思い出させてからいくのでは、どちらがより恐ろしいのだろう――残酷なのだろう。
そんなことを考えて――書いて留めた。
読了ありがとうございました。