那須高原。此処にかつて人間に追われていた『金毛白面九尾の妖狐のタマモ』が殺生石に封印されていた。
タマモはしばらく前から意識があり、殺生石の中でも付近の様子は見えていた為、その為、最近何者かに監視されていることに気が付いていた。
(何者だ…? 悪意に満ちている。…私を捕える気か?)
タマモは殺生石の中で動けないが殺生石もまた移動させる事は不可能であり、無理をすれば殺生石自体が破壊されタマモもまた無事には済まないだろう。
監視のみに済ませている事から、考えて自分の復活を待ち、弱っているところを捕えるつもりなのだろう。
(冗談ではない! ようやく自由になれるというのに人間なんぞに邪魔されてたまるか!)
前世の記憶は既に消えてしまっているが、余程強い想いだったのだろう、たった一つだけ憶えている事が有る。
……人間を決して信じるな!!
この想いは目覚めてからも忘れなかった。むしろ気が付くと、この想いに支配されたと言っていいだろう。
そして今日、周囲の人間が様子を見に近づいてきた。私の復活が間際なのに気が付いたのだろう。
ならば好都合というもの。
(一か八かの策ではあるが…やってやる!)
タマモは復活をギリギリまで遅らせ妖力を蓄えている。己が力を信じてただ時を待っていた。
――――まだ
―――――まだ
―――――――『今だ!!』
射程に入った瞬間に殺生石の中から“広域幻術”を掛ける。そして効果を確認する前に私は殺生石から復活した。なけなしの妖力で広範囲に幻術を使ったた為、私には妖力がほとんど残っていない。
だが此処を離れなければ、いずれまた追っ手が来るだろう。復活したばかりでまだ足がおぼつかないが、それでも私は走り出した。…自由を求めて。
――――――― はぁっ
―――――――――― はぁっ
――――――――――――― はぁっ
……気が付くと私は倒れ体も満足に動かせずに死を待つだけの状態になっていた。
復活間際に膨大な力を使ったため、体力と妖力は尽きており気力のみで動いてきたが、それも限界らしい。
後悔はあれど私は自分の意思で動いてこれた。人間なんかに捕まるよりは幸せであろう。…例え此処で朽ち果てようと私は己が意志で生きたといえよう。
目が重くなってきていた。 …少し眠ろう。意識が遠のいてきた…
故に気が付かなかった。
そこから少し離れた場所にに美しく妖艶な獣が妖弧を見つめていた事に。
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(私は生きているのか? 体が重い。 …でも何でか安心する。)
「――――さん、 狐さん、起きて下さい。此処はとりあえず安全ですよ。」
その言葉で意識がぼんやりと覚醒する。
「此処は? 私は生きているの?」
「ええ、貴方は生きていますよ」
「貴方は…何者? 私を助けるなんて…貴方も人ではないみたいだけど…。何のつもり?」
「私は猫又の美衣と申します。貴方を助けたのに理由なんてありませんよ。」
「理由がない? ふざけないで! 見ず知らずの私を助けて何の得が…」
「救える命を助けようとしただけですよ!」
かつて一人の人間の青年が立場を越えてまで自分達親子を逃がそうとしてくれた。
彼は私達を恐がるとかは一切しなかった。人間からすれば私達は化け物、まして退魔士(GS)の彼からすると私達親子は排除する敵だというのに青年は自分の上司に敵対してまで私達を守ってくれた。
美衣は忘れない、救える命を助ける為なら種族を関係なく助けようとした青年の背中を…
彼に救われた命。せめて彼に恥じないように生きていこう。ならば自分はこの幼き妖狐を助けるのに理由は必要ない。
「…あなた」
「まだ妖力が回復していないでしょう? 今夕食をお持ちしますので待っていて下さい」
タマモは困惑していた、美衣もそれを悟ったのだろう。夕食を持つと言い場を離れたのは考える時間を作らせるためだ。
(信用はまだ出来ないが少なくとも弱っている今の私には対抗する手段がない)
記憶が無い私は復活したというより生誕したといえる。しかし人間に対する負の感情は健在であり、そんな中で妖怪である美衣の存在は人間よりは警戒が少なかった。
これが人間であれば話も聞かずに逃げ出したであろうから
妖怪の中でも最高位の一つ、『金毛白面九尾の妖狐』を利用してきたのは人間だけなのだから…
「……で、そこに隠れているアンタは私に何か用?」
ビクッ!?
「お姉ちゃん。大丈夫?」
「…怪我をしている訳じゃないから休めば平気よ。貴方は息子さん?」
「うん。おいらはケイ。母ちゃんと2人で住んでいるんだ。」
「お父さんは?」
「…居ない」
「…ごめんなさい」
「平気だよ。母ちゃんが居てくれるから。お姉ちゃんは?」
「私には家族なんて居ないわ」
殺生石から復活したタマモには家族は居ない。そもそも家族というものを正確には知らない。
「なら、おいらが家族になってあげる!! 一人は寂しいよ。」
「……はい?」
タマモは意味が解らなかった。ついさっき会ったばかりの異種の妖怪と何故家族になろうと言い出したのか。そして一人は寂しとは、どういう意味だろう?
「一人は寂しいよ。あいらは兄ちゃんと居てそれを実感したんだ!」
「に、兄ちゃん? まだ家族が居るのか?」
「兄ちゃんは家族じゃあないけど家族を助けてくれた、おいらのヒーローだよ!」
「……ヒーロー?」
ヒーローというケイの目には憧れが映っていたが、実際に助けられたみたいだ。
この親子同様なおせっかいな妖怪が他にもいたのだろう。
タマモは気づく事が出来なかった。ケイのヒーローが人間だったということには…
美衣が戻ると息子のケイとタマモが談笑しており、結果論だが息子を連れてきておいて良かった。タマモも幾分警戒を解いている。
「さあ、2人とも食事にしましょう。」
この先、この幼い妖狐がせめて自分で生きていけるまで美衣は自分で育てるつもりだ。その為にまずは…
「狐さん、貴方のお名前は?」
「…タマモ、私は『金毛白面九尾の妖狐のタマモ』」
「じゃあタマモ姉ちゃんだ!」
「それじゃあ私はタマモちゃんで良いかしら?」
「あんた達ね、私は『金毛白面九尾の妖狐』なのよ? 恐くないの?」
「恐くないよ。だってタマモ姉ちゃんはタマモ姉ちゃんじゃあないか」
「えっ」
「会ったばっかりだけど、タマモ姉ちゃんは悪い妖怪には見えないよ」
「そうね。私もそう思うわ。」
美衣はタマモが人間に追われるさいに幻術で昏倒している人間にとどめを刺さなかったのを目撃しており、故に隠れ家の一つに連れてきたのだ。
人間に対し憎しみを抱いているのに気が付いていたが、根が悪い妖怪ではない。
そう思い息子の居る隠れ家に連れてきたのだ。お互いが刺激しあえば二人にとって良い影響を受けるだろう。
「さあ難しい話は後で、食事が冷めますよ」
「貴方ねぇ …いいわ。頂きます」
「「いただきます」」
何を言っても無駄と悟り、せっかくの食事が冷めるのは作ってくれた美衣に失礼だろうと考え素直に頂くことにした。
「おいしい」
決して豪勢な料理ではないが、美衣の料理には暖かみがあり消耗したタマモの為にか消化に良さそうな品でまとまっており美味しかった。
タマモは若干恥ずかしそうに、おかわりを要求して美衣は嬉しそうにタマモの分をついであげていた。そこには先ほどと違い家族の光景があった
…この後タマモは親子と時間を掛けて信頼を築いていくのだった。
『金毛白面九尾の妖狐』と『猫又の親子』両者は今ようやく平穏な時間を手にしていた。
そしてタマモは、長い時を超えてやっと手に入れた幸せをくれたこの親子と家族になる道を選んだ。
―――――悲劇の足音が迫っているとも知らずに
次回は本編に戻ります。