Ideal Smile ~脳内鎮守府カッコカリ 鈴熊編~   作:subroh

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1.ランプ

「はぁ……」

 

 少女は白いベッドの上で大きなため息をついた。頭には白い包帯が巻かれている。何のことはない、下校中の下り坂で自転車ごと塀にぶつかったのだ。真っ黒な空の下、降り出す前に帰ろうと猛スピード出し、カーブを曲がり損ねた。麻酔が切れて、頭がズキズキと痛む。腕や脚にも小さなアザや擦り傷が残っていた。医者の話だと、十数針縫ったらしく、脳に異常がないか検査をするために数日の入院が必要とのことだった。

 

 正直、頭のキズが痛む以外、彼女に不自由なことは何一つなかった。手足の痺れもなければ、変なモノが見えたりもしない。検査をするまでもないのに、いつまでこんな所に缶詰めにされてればいいのだろう。このベッドに運び込まれて数時間が経つが、暇を持て余した彼女は既に我慢の限界にきていた。

 

 とにかく、今はこの退屈を紛らわすことが急務だ。彼女は、ベッドの横の引き出しに置かれた愛用の肩掛けカバンに手を伸ばす。ケータイはカバンの外側のポケットに入れていた。事故の瞬間、直接塀に叩きつけ、おそらく1番ダメージを受けた場所だ。無事でいてくれと願ったが、取り出したケータイは液晶が無残に砕け、その機能を完全に停止していた。仕方がない。このカバンがクッションになってくれたおかげで軽傷で済んだ、そう考えよう、ナムアミダブツ。

 

 だがしかし、ケータイが使えないとなるとどうしたものか……、そう言えば、友達に貸していた漫画を今日返してもらったっけ。全部で2~3冊だが、今日の分の暇を潰すには十分だろう。飽きたら、売店で適当な雑誌でも買いに行けばいい。

 

 何回も読んだお気に入りの漫画で、既に内容は理解している、はずだった。10ページ程読み進めたが、何故か中身が全く頭に入ってこない。左隣からの視線を感じるのだ。しかも、そちらを向かなくてもありありと分かる好奇心に満ち満ちた視線だ。

 

「あの……もし……?」

見ず知らずの声がほとんど耳元で聞こえ、彼女は飛び上がる程驚いた。仰向けで読んでいた漫画の先には、自分と同じくらいの背格好の少女がまじまじとこちらを見つめていたのである。

 

「あら、驚かせてしまいましたわ。申し訳ありません、『すずたに』さん。わたくし、あなたにお尋ねしたいことがありまして。」

「な、ななな何よアンタ! 突然近づいてきて! キモイんですけど! っていうか、なんで私の名前知ってんのよ!」

「あちらに書いてありますわよ」

微笑みながらその少女は病室の入口を指差す。プレートには2人分の名前が書かれている。そうだ、ここは病室だった。『鈴谷光(すずやひかり)』は自分の名前だから、目の前の少女は『熊野絹代』と言うらしい。ちょっと待て。この少女、私の名前の読み方、思いっきり間違えているではないか。

 

「あのね、細かいことかも知れないけど、私、あの字で『すずや』って読むの! 学校でもしょっちゅう間違われるからウンザリするんですけど!」

「『すずたに』さん、ではお気に障りまして?」

「見て分かるでしょ! めちゃくちゃお気に障ってます! 名前間違われたらアンタも嫌でしょ!?」

 

「あら、そうでしたの。失礼いたしましたわ」

熊野は丁寧に謝罪を述べる。字面はわざとらしいが、表情と言葉には誠意があった。

 

「『すずたに』ではなく『すずや』……、確かに『すずや』さんの方が呼びやすいですわ!」

少し上の方を向きながら、熊野はそう呟く。彼女にとって、正しい呼び方よりも呼びやすさの方が大切らしい。ふざけてるのかと顔を真っ赤にして怒鳴りたいのだが、どうしたものか、全く悪気は感じられない。相当の天然なのだろう。面倒な人間に捕まってしまった、鈴谷はそう思った。

 

「そんなことより『すずや』さん、あなたがお読みになっていたそちらの本、もしかして『まんが』というものではありません?」

『まんがというもの』と随分遠回しな表現に違和感を覚えるが、正直そんなことはどうでもいい。鈴谷自身が特別人見知りというわけではないのだが、初対面の人間に突然馴れ馴れしくされては、警戒するのも当然であった。

 

「そ、そうよ、ただの少女漫画よ……。これがどうしたって言うの?」

思わず聞かれた以上のことを喋ってしまった。長引かせたらダメだ、適当にあしらわないと。

 

「その漫画、わたくしに読ませていただけません?」

熊野は鈴谷のベッドの上にまで押しかけてきた。漫画の貸し借りの話題だったはずなのに、気づけば鈴谷は初対面の隣人に馬乗りにされていた。

 

「と、とりあえず落ち着きなって! 漫画の1冊や2冊くらい、ポンポン貸してあげるから! それより、とりあえず私の上から離れて!」

馬乗りになったのは熊野も無意識だったようだ。少し周りを振り返り、自分の様子を確認すると露骨に顔を赤らめ「も、申しわけ、ありませんわ……」とすごすごとベッドから退散していった。

 

 何だかこちらが悪いことをしたような雰囲気になってしまった。意気消沈した熊野が「またやってしまいましたわ……」と静かに呟く。

 

 こちらに非はないはずだが、すぐ隣に落ち込む人間がいるのも無視できない。ため息をつきながら鈴谷は漫画を1冊手に取る。

「あんまり辛気臭い顔してると、こっちまで気分悪くなるんですけど……、ほら、読みたいなら早く持って行って」

 

熊野が振り向く。その視界に鈴谷の手元を捉えた途端、後光が射したかのように熊野の全身が喜びのオーラに包まれる。

 

「いいのですの……? ほ、本当に感謝いたしますわ! これが……、漫画ですのね……! 一生読めないものと思っていましたのに……」

たった1冊の漫画にそこまで幸せを感じられるのか、鈴谷は思わず突っ込みたくなった。しかし、こうも純粋な表情で喜ばれると悪い気はしない。熊野はゆっくりとページをめくりはじめる。漫画を読んでいる間はこっちも変に絡まれることはなさそうだ。面倒なできごとは回避できた、そう思った鈴谷も手元に残った漫画を開いた。

 

 しかし、またしても漫画の内容は一切頭に入ってこなかった。熊野がページをめくる度に感嘆の声をあげるのだ。歓声であったりため息であったり、バリエーションも豊富で、しまいには登場人物に声援を贈る始末だ。

 

 熊野の独特すぎる読書スタイルに、鈴谷は目障りを通り越して笑いを堪えるのに必死だった。言動がいちいち珍奇で、激しく動くために額には汗が光っているのである。吹き出さないよう耐えていると縫った頭がズキズキと痛むため、1巻読み終えるまで我慢することはなかなか大変であった。

 

「鈴谷さん! とても面白いですわ! 早く次を見せてくださいまし!」

興奮のあまり、次巻を要求する声が上ずっている。鈴谷の腹筋はついに決壊してしまった。

 

「アンタ……、面白すぎ……、ってか頭のキズが……」

笑い声を上げながら苦しそうに鈴谷が口を開く。当の熊野は、不思議そうな顔をしている。

 

「そんなに大笑いしては頭のキズに障りますわ。それにわたくし、何かおかしなことしていまして?」

「自覚ないの!? 漫画読んでる時にめちゃくちゃ動いたり叫んでたりしてたの、自覚ないの!?」

「わたくし、そんなにうるさくしてまして? 小説を読む時と同じようにしていたつもりでしたのに」

 どうやら熊野は、作品で味わう感動が無意識下で即座に言動に現れてしまうようだ。つまり、鈴谷の貸した漫画は熊野の心も鷲掴みにした、ということらしい。

 

「そんなに面白かったそれ?」

「はい! とっても面白かったですわ! 百人一首をこんなにも激しく、そして華麗に取り合う競技がこの世にあるなんて知りませんでしたわ!」

鈴谷の貸した漫画は、競技かるたを題材にしている。百人一首を既に知っていたとは、意外だ。

 

「ところで鈴谷さんは、百人一首のどの札がお好きなのです?」

「私? 私、その漫画は大好きだけど、歌の方にはあんまり興味がないから……、強いて言えば、『花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに』かな?」

歌への興味というより、ストーリー自体が非常に面白いせいで、意味までしっかりと覚えている歌がほとんどないのだ。この歌を覚えていたのも、ある登場人物のお気に入りの札だからという理由でしかない。

 

熊野はなるほどという顔をした。

「小野小町の作ですわね。色褪せてしまった桜の花と、衰えた自身の美貌とを重ね合わせた切ない和歌、鈴谷さんって意外とロマンチストですのね。わたくしのお気に入りのは、大伴家持の『かささぎの 渡せる橋に おく霜の~』でしたり、能因法師の『嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は~』ですわ! 他にも、寂蓮法師の『村雨の 露もまだひぬ 槇の葉に~』、藤原実定の『ほととぎす 鳴きつる方を 眺むれば~』も……」」

 

『意外と』とはご挨拶だが、詳しい意味と作者をスラスラと語る姿に鈴谷は素直に感心してしまった。

 

「詳しい意味が言える上に作者まで覚えてるの……」

「百人一首くらい、良家の子女の嗜みの1つでしてよ。このくらい朝飯前ですわ」

熊野は自信満々に胸を張る。

 

「良家の子女って……、自分でそんなこと言う?」

「仕方ありませんわ、事実ですもの」

 

 なんでも話を聞くと、熊野の両親はとある神戸の造船所に端を発するこの国では有名な財閥の経営者一族なのだそうだ。正に正真正銘の”お嬢さま”である。そんなことを言われてもにわかには信じ難い。しかし、財閥の一人娘として箱入りで大事に育てられたのだとしたら、あの漫画を手にした時の反応にも合点がいく。今まで、漫画に触れる機会を一度も与えてもらえなかったのだろう。

 

 本物のお金持ちが目の前にいるという事実を知り、鈴谷にも少し、熊野に対する興味が湧いてきた。

「それじゃあファッション誌は? TVやゲームもしたことない? もしかして、小説も最近のは読んだことないの?」

「家にある本は全部ハードカバーでホコリだらけの本ばかりですわ。TVやラジオの類も、大きな事件や災害があった時につけるだけ。映画くらいなら何本か見させてもらえますの。ゲーム……も名前しか聞いたことがありませんの」

 

 その代わりと言ってはなんだが、身の回りの世話に10人程の執事が入れ替わりで常駐しており、3食とも雇われたシェフが高級レストラン顔負けの食事を作ってくれるらしい。他にも、外出の送迎には必ず専用の高級車がやってくるとか、自分の家を全部回るのに3日かかるとか……。熊野の話す贅沢三昧の体験談は、一般庶民として普通の生活を送ってきた鈴谷の心に極彩色の風景として映った。

 

「どんな贅沢も、生まれてからずっと身の回りにあればすぐに飽いてしまいましてよ」

興味津々で耳を傾ける鈴谷の様子を感じ、熊野は続けた。

 

「わたくしは贅沢な生活よりも、わたくしが今まで見たことのない世界をたくさん見聞きしたいのですわ。これまで大切に育ててくださったお父様お母様にはとても感謝しています。けれども、ずっと箱入り娘のまま外の世界を知らずに終わりたくないんですの。鈴谷さんが貸してくださった漫画は、わたくしにまた1つ新しい世界を教えてくださいました。感謝していますわ」

 

 熊野はうわごとのように自分の夢について語った。何故かその声には、うっすらと寂しさが滲んでいた。鈴谷は、彼女の発言の意味を理解できずポカンとするしかなかった。

 

「変な話になってしまいましたわ。さて、早く次を読ませてくださいまし。続きが気になって仕方ありませんわ」

微笑みながら熊野が漫画の続きを要求する。その言葉で我に返った鈴谷が、慌てて2冊目を手渡した。

 

 先ほどの物哀しい表情はどこへやら、ページをめくるなり再びベッドの上1冊目の時のように騒ぎ始めた。もう自分の世界に入ってしまったのか、全く不思議な子だ。よく分からない内に随分と長い時間この熊野と会話をしていた。いつもならまだ活発に活動している時間だが、熊野に振り回されたせいか鈴谷の元に睡魔がやってきていた。

 

 

 

「おい、鈴谷、オレの話聞いてるか?」

聞き慣れた担任・下田の声が鈴谷を現実へと引き戻す。

 

 ここは鈴谷の通う学校の特別教室の一室だ。検査も無事に終え、3日で入院生活を終えた鈴谷を待っていたのは、自信のない字で『未定』と書き提出し続けた進路調査表に関する尋問だった。尋問、といいつつも、鈴谷の態度に緊張感はほとんど見られない。もっとも、ほとんどの生徒が下田の前で緊張感を見せることはまずないのだが。

 

「あっ、はい! えと……何のことだっけ?」

「何のことじゃないよ。今日のオレの授業、半分以上寝てたクセにまだ寝足りないのかコイツ」

いつものように冗談めかした口調で話しかける。

 

「しょうがないじゃん、窓際暖かくてウトウトしちゃうんだもん。年号の暗記とか疲れるしー」

「まぁそんなことよりだ、これだよこれ、進路調査。口うるさいかもしれないけど、高校生活も折り返して1ヶ月、せめて何か書いてくれないと、本当に将来大変になるぞ?」

 

鈴谷のクラスを受け持つ下田は、どんな生徒にもフレンドリーに接し、生徒のことを生徒以上に真剣に考えてくれると評判の人物だった。言葉遣いにうるさい教師の多いこの学校で、気兼ねなくタメ口で話しかけることができる下田を鈴谷も信頼している。

 

「でもさぁ……、私まだ、将来どうなりたいかとか全然わかんないし……、このまま学生やって遊ぼうにも、大学行けるほど勉強できないし、つかしたくないし」

「遊びたい気持ちは十分わかるんだが、大学は遊び行くとこじゃないからな? 何かやってみたいこととか気になること、何か1つでもないか?」

「今すぐ時を戻す能力を手に入れて、高校生活だけをずーっと過ごしていたいな!」

 

下田は大きくため息をついた。

「冗談だって、冗談」

 

鈴谷は意地悪な笑顔を見せる。

「オレもな、お前らと同じ年代の時は将来のことなんて考えたこともなかったさ」

 

下田はひと呼吸おいて話を続けた。

「だけど、今この国は非常事態なんだよ。国を襲う訳のわからん敵と訳のわからん敵に若い女の子が必死になって戦ってる。ただの戦争じゃない。ちゃんとご飯食べれる道を考えないと、戦場に放り出されるのは鈴谷なんだよ?」

 

普段はいつもニコニコしている下田だが、今日ばかりは怖いほど真剣な目つきで鈴谷に語りかけていた。この国の非常事態、すなわち『深海棲艦』と人類の間の戦争である。

 

 『深海棲艦』、突如ハワイ沖から東南アジアにかけた広い海域に出現した人類の敵だ。今や世界中の海で猛威をふるっている。

 生物と機械、そして霊魂の要素を全て持ち併せていると言われ、あらゆる艦船を破壊し、沿岸に住む人々を殺戮する。そうして海上交通を壊滅させるばかりではなく、一定の条件の下で海面上昇を引き起こすことができ、陸地を海の底へと沈めてしまう。現代兵器をほとんど受け付けず、特殊な武装を身につけた10~20代の『艦娘』と呼ばれる女性達だけがこの脅威にまともに立ち向かうことができた。

 

 艦娘は、海上自衛隊から名称を変えた国防軍海軍所属の軍人という扱いであるため、生活に困窮した女性が志願することは珍しくない。そんな背景があるからこそ、下田は真剣に将来進む道を考えるよう、鈴谷に諭すのだ。

 

「オレはな、担任として、訳のわからないまま教え子を戦場に送り出すことは絶対に避けたいんだ。だから、難しいとは思うんだがもう一度、よーく考えて欲しいんだ」

 

渡されたのは、白紙の進路調査表だった。信頼を寄せる担任からの重い言葉が、部屋を出てからも何度も頭の中で繰り返される。

 

 しかし、やはり実感が湧かない。日本本土への深海棲艦の大規模攻撃はこれまで数える程しかなく、いずれも鈴谷が物心つく前に終結している。ニュースや新聞でチラチラと情報は入ってくるのだが、それもどこか遠くの出来事としか捉えることができない。

 

 昼休みに入った。いつものクラスメートと集まり、弁当を広げる。

 

「鈴ちゃんどしたー? なんか顔色悪いけど」

「そういや下っちに呼び出されてたね。あれだ、事故った話っしょ?」

 

からかってくる友達に反論を返す。

「もう事故ったの2週間も前なんですけど! 今日呼ばれたのは進路調査の話だし」

「そういえば鈴谷、アンタ今までの調査表全部『未定』って書いて出してたよね?」

「そりゃお呼ばれされるよー。あんなの適当でもいいから、なんか書いとかなきゃー」

 

どうやら鈴谷以外に下田に呼ばれた者はいないようだ。変なところでウソをつけない自分を呪った。

 

「お、今日はサンドイッチかー!」

「最近ようやくパンとか麺が見られるようになったよねー。ちょっと前は高すぎてお米以外まともに買えないって親が嘆いてたのにさぁ」

「アレでしょ、最近ビルとか工場とかで野菜とか麦とかたくさん作れるようになったらしいよ」

「そういえば、ウチの家の近くに突然大きな建物できたと思ったら、それなのかー。日差し遮られて正直邪魔くさいんだけどねー」

 

海沿いから離れたこの学校に通う生徒に、深海棲艦の恐怖を知る者はほとんどいなかった。日本全体に暗く影を落としていた食料不足も、工場での食料の大量生産技術が確立されたおかげで大きく改善されている。そんな今の日本は、『海に近づかなければ安心』という空気に支配されつつあった。

 

「そういえばさ、隣のクラスで艦娘に志願した子がいたって話、知ってる?」

「あー、2組のヤツでしょ。ここでのんびりしてれば平和に暮らせるってのに、バカだよねー」

「でもさ、艦娘になれば国から給料もらえるんでしょ? すごい量だって聞いたよ?」

「だからってさぁ、わざわざ自分から危険なところに行く人の気が知れないわー、相手は生き物だか幽霊だか分かんないようなヤツらだったら尚更じゃん」

 

先ほど担任からされた話が鈴谷の脳裏をよぎる。

「どうした鈴谷ー、また静かになっちゃって」

「いやそれがさぁ、下っちにさ、このまま進路が決まらないと戦場に行かされるからちゃんと考えろーって言われてさ」

 

鈴谷の言葉に全員が目を丸くした。

「鈴谷、アンタまさか艦娘に志願すんの!?」

「違う違う違うってば! ほら、軍隊ってやっぱりたくさんお金もらえるじゃん? 働き口がなくて困ってる人がどうしようもなくなって志願するって話、たくさんあるんだってさ」

 

友人達がほっと胸をなで下ろす。

「なんだぁ、脅されただけかぁ」

「大丈夫だって、そんな心配しなくても。昔の日本みたくちょう……なんだっけ」

「徴兵制?」

「そうそう、無理矢理軍隊に引っ張られることなんてないんだから。お金なんてさ、そこらでバイト掛け持ちすれば何とかなるっしょ」

 

あまりに楽天的な友人の言葉に鈴谷はため息をつく。

「そんなに上手くいくかねえ、バイト掛け持ちとか簡単そうに言うけどさぁ……」

 

不安そうな鈴谷を励ますように、友人は続ける。

「いいんだって先のことなんか。めんどーなことは後回しにしてさ、今楽しい!やりたい!って思うことをやってればそれで人生幸せなんだって」

「そーそー。ってことでさ、今日終わったらまたみんなでカラオケ行かない? テスト近いし今のうち行っとくしかないよね?」

「そーだね! 行くしかない! ほら、鈴谷もついてくるっしょ?」

「うん? うん……、そう、だね」

 

 曖昧な返事を返す鈴谷。クラスメート達と会話をしていると、担任の言葉に深く悩んでいることが馬鹿馬鹿しくなるようだった。

 

 だがもう1つ、鈴谷には引っかかることがあった。何故だか近頃、彼女の心に引っかかり続けていることだった。

「私、楽しい、やりたいって思えることをやってるのかな……?」

 

 いつものように友達としゃべる、遊びに行く、家で漫画やテレビを見る……、決してつまらないことではないのだが、本当に楽しんでやってたかと聞かれると全く自信がない。他にやりたいことがなくて、惰性でしていたことばかりのような気がしてしまう。どうしたんだろう、頭をぶつけたせいで、いよいよおかしくなってしまったのか。モヤモヤした気分が一向に晴れない。鈴谷は元々、悩みを溜め込むような人ではない。だからモヤモヤが消えないと、尚更もどかしくてしょうがない。

 

 何が原因なのか、目の前の友達に相談してみようか。そう思って自分の行動を振り返っていると、ふと病院で出会った長いポニーテールの少女のことを思い出した。入院中ずっと振り回されていたせいで、彼女がどんな病状或いは怪我で入院しているのか、いつまでいるのかに関しては全く聞くことができなかった。もしかしたら、既に退院していて、あのベッドはもぬけの殻かも知れない。しかし、病院での記憶を辿るほどに、あの天真爛漫な笑顔と底なしの好奇心、そして全身をフルに使った感情表現の映像が頭から離れなくなってしまった。丁度土日は暇だ。あの病院に行ってみよう。家から漫画もどっさり持って行ったら、喜んでくれるだろうか。

 

「おーいおーい、鈴谷ー? 昼休み終わるぞー、弁当全然進んでないけど、いいのー?」

 

鈴谷は我に返った。しまった、あと5分しかない。急いで弁当を胃袋にかきこむ。

 

「ねえ鈴谷、アンタ本当に大丈夫なの? やっぱり事故っておかしくなっちゃったんじゃない?」

「大丈夫だって! 病院のめちゃくちゃでっかくてガンガンうるさい機械で検査してもらったんだし」

 

 そう否定する鈴谷だったが、次の授業で突如宣告された抜き打ちテストは散々な結果であった。普段と比べても遥かに劣る点数を前に、鈴谷も医者の言葉がにわかに信じられなくなってしまった。

 

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