Ideal Smile ~脳内鎮守府カッコカリ 鈴熊編~   作:subroh

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3.ダンデライオン

 鈴谷は、熊野との交流をますます増やしていった。もともとただの帰宅部員であり、課題や学校の友達との付き合いを適当に済ませれば暇な時間はいくらでもできた。交通費だけはバカにならないため、実際に会いに行くのは週に1~2回が限界だったが、テレビ通話の方法を教えると毎日語り合うことが可能になった。

 

 鈴谷は毎日、熊野の知らない様々なことを教えた。漫画やインターネット小説、ライトノベル、ティーンズ雑誌、ドラマや映画、アニメ、アイドルやアーティストのCDやライブ映像、昔遊んだゲームまで。ジャンルを問わず新しいモノが好きで、流行りには敏感だがすぐに飽きてしまう性格を鈴谷はコンプレックスに感じていたが、そうして身に付けた経験と知識は、熊野の失われた青春時代を取り戻すには十分であった。

 

 先週持ってきたのは、鈴谷お気に入りのアーティストのCDだった。鈴谷にしては珍しく、中学時代にファンとなってから今でも聴き続けている、数少ないアーティストだ。今日も、発売になったばかりのベスト盤を持って病院へと向かっているところだった。

 

 病室に入ると、熊野はイヤホンを耳につけ、ゆっくりとその体を左右に揺らしていた。ベッドの横では、CDプレイヤーが静かに回っている。気配を感じたのか、熊野は扉の方を向いた。

 

「あら鈴谷さん! 今週もきてくださったのですわね」

「おっす、今日も聴いてるの、前貸したCD」

 

CDプレイヤーの横には、見慣れたCDケースが置いてあった。木星の写真がプリントされたジャケットが見える。

 

「そうですのよ。わたくし、近頃のバンドやロックなどという音楽は楽器をやたらにかき鳴らすうるさい曲ばかりだと思っていましたの。ですがこの方達の曲は、歌詞にとても深みがあって、ギターやベースの音を1つ1つ大切にして曲を作っていて素晴らしいですわ!」

「気に入ってくれたみたいじゃん、どの曲が気に入った?」

「今聴いてるCDの最後の曲が1番ですわね。まるで短編の小説を読んでるようで、初めて聴いた時に大泣きしてしまいましたわ」

 

 彼女の言う曲は鈴谷も好きな曲の1つだった。流石に泣くまでは行かなかったが、初めて聴いた時は感傷的な気持ちになったことをよく覚えている。

 

「熊野はさ、普段音楽とか聴いたりしないの?」

「もっぱらクラシックですわ。そもそもわたくしのお屋敷にはCDがほとんどありませんもの」

 

そう言えば、先週CDを貸した時にCDプレイヤーの使い方が分からずに涙目になっていたっけ。CDの使用経験がないということは、おそらく彼女はレコードしか聴いたことがないのだろう。毎度のことながら、育ちの良さに驚かされる。

 

「クラシックにはいい曲がたくさんありましてよ。300年も400年も親しまれ続けたモノだってありますの。ずっと昔の人々と同じ曲を聴いて感動する、とてもロマンチックだと思いません?」

「クラシックかぁ……、私はあんまり聴かないなぁ……、何かオススメないの?」

 

すると熊野は、ここぞとばかりに収納棚に隠していた大量のCDを積み上げはじめた。

「その言葉を待っていましたわ! この前鈴谷さんに教えていただいた『ねっとしょっぴんぐ』というモノで、クラシックのCDを山ほど購入しましたの! こちらがバッハ、シューベルト、ベートーヴェン、シューマンにリスト……」

「ちょ……、こんなにたくさん、お金はどうしたの?」

「この程度のお買い物でしたら、ブラックカードを持ち出すのも勿体無いくらいですわ!」

 

 野暮な質問だった。このお嬢様にかかれば、おそらくCDの売上成績であっても容易く操作できてしまうだろう。そしてこの展開、おそらくこれから目の前の大量のクラシックを昼夜を問わず聴かされ続けるのだろう。鈴谷は激しい目眩に倒れそうだ。

 

「鈴谷さんは、誰か知っている作曲家はいませんの?」

「作曲家って言ってもねえ……、ベートーヴェンとモーツァルトくらいなら名前聴いたことあるけど」

 

「それならば……」と言うと、山積みのCDから1~2枚を引き抜くと、オススメの曲を数曲教えてくれた。実際に聴いてみると、なるほどいい曲だ。クラシックは聴いていると、曲が終わるより先に夢の中へと落ちてしまうのだが、熊野が指定した曲は元気なメロディの曲で、それは鈴谷の好みにピッタリと当てはまるモノであった。

 

「鈴谷さんなら、きっとこんな曲が好きなのではと思いましたの」

「うん、うん、そうね……、この曲、いいかも!」

 

その言葉に熊野が微笑む。鈴谷はしばらくイヤホンから流れる音に耳を澄ませていた。

 

 全て聴き終わると、鈴谷は満足そうな顔でイヤホンを外す。

「ありがと、すごいね熊野。私の好みに合わせてすぐに曲を選ぶなんて」

「鈴谷さんからたくさん小説や映画を教えてもらいましたし、そこから想像しただけでしてよ」

 

 熊野は謙遜するが、おそらく既にこちらの嗜好はほぼ網羅しているのだろう。一度興味を持てばありとあらゆるモノを吸収しつくす熊野のことだ、鈴谷はそう思った。

 

「そうだ。これからはさ、熊野も私にオススメの小説とかクラシックとか教えてよ。私も色んな作品に触れてみたいからさ」

「わたくしで良ければ、お安い御用ですわ」

2人は互いに笑顔を見せた。今日もまた、いつものように幸せな時間に満ちていた。

 

 

 

 病室に正午のチャイムが鳴り響く。その音を聞くと、鈴谷はしまったというような顔をした。

「あっちゃー、今日昼ご飯持ってくるの忘れちゃった……、コンビニで買ってくるか……」

 

その言葉に熊野が食いついた。

「お昼ですの? でしたら、最上階のレストランはいかがでして? 前に一度、頂いたらとても美味しかったですわよ。眺めも最高ですわ」

 

おそらく舌は肥えているであろう熊野が太鼓判を押して推薦するくらいだ、味の心配はなさそうだ。病院のレストランだったら、価格も心配あるまい。今日の昼ご飯は決まった。

 

「あ、でもこの病院めちゃくちゃだだっ広いし、どこにあるか分からないじゃん……」

「そういうことでしたら、わたくしが案内致しますわ!」

 

 自分を気にかけてくれる鈴谷のために仕事ができると、熊野はいつにも増して張り切っている。

 

「アンタ、ベッドから離れてうろついて大丈夫なの?」

「もちろん大丈夫ですわ! 最近は体の調子も安定していますし、いざという時の『ぴーえすえいち』も持っていますわ!」

「それ、『PHS』じゃないかな……」

 

 不安が拭えないが、やる気になっている熊野をベッドに抑え付けるのも可哀想だった。何年もこの病院にいる熊野のことだ、この不安も杞憂に終わるだろう。鈴谷は勇んで歩く熊野の後ろについて行った。

 

 

 

 かれこれどれくらい歩いただろうか、あらゆる場所の階段を上っては降り、エレベーターももう10回は乗った。しかし目の前に見えるのは、最上階の大パノラマではなく、薄暗くうっすら油と鉄の匂いが漂う不気味な廊下だった。

 

「あの、熊野? ここって一体……?」

「わたくし達が目指しているレストラン……ではなさそうですわね、病院の中であることは確かなんですけど……」

そんなことは鈴谷にも理解できた。鈴谷も自分の方向感覚に特別自信があるわけではないが、室内でここまで迷うような経験は皆無だった。

 

「っていうか熊野、アンタ突然こんな長い時間動き回って大丈夫なの?」

「そうですわね……、流石にちょっと疲れましたわ……、どこかに休める部屋があればいいのですが……」

「そうだ、PHSは?」

 

熊野はポケットから院内PHSを取り出す。

「すみません、鈴谷さん。電池切れですの……」

最後の望みを絶たれたような気分だ。鈴谷は頭を抱える。

 

病院であれば、普通診察室の近くには来院者用の椅子が並んでいるはずなのだが、ここにはそういったモノが一切見当たらない。適当な部屋を見繕って休むしかなさそうだ。

 

 今回ばかりは流石に鈴谷も不安になってきた。自分の空腹ではなく、熊野の体調だ。いつも元気にしているとは言え、人生の半分以上を病室で過ごしているのだ。この長旅が体に堪えないわけがない。

 

 扉の掲示を素早く確認していく。どの扉にも『研究室』だとか『実験室』といった文字ばかり書かれている。ここは大学の施設であり、また海軍が艤装や深海棲艦について研究する拠点でもある。歩き回るうちに、どうやら研究棟のような場所に迷い込んでしまったらしい。

 

 熊野の表情に疲れが見えはじめた。こうなれば仕方がない、仕事中悪いがお邪魔して休ませてもらう他ない。とりあえず、適当に目に付いた扉をノックする。返事がない。ノブに手をかける。鍵はかかっていない。

 

「失礼します……」

静かにそうつぶやきながら、2人は部屋に入っていった。電気が点いていない。スイッチはすぐ近くにあった。

 

 白い照明に照らされた室内はかなりの広さがあった。そして室内に並べられた鈴谷達の身長よりも高い棚には、何やらゴツゴツとした鈍色に光る機械のようなモノがびっしりと収納されていた。

 

「何これ……」

鈴谷のつぶやきに熊野が答える。

 

「これは、艦娘の艤装……ですわね。神戸で見たモノとそっくりですわ」

遠くから見ると金属の塊にしか見えなかったが、近づいてみると大きさや形状がそれぞれ異なっていた。煙突や大砲、機関銃、スノーボードのような板も置かれている。棚にはあちこちに『大口径主砲』『飛行甲板』『試作品』『試験済』『爆発物注意!』などといったメモが貼り付けられている。

 

 以前この病院で出会った艦娘・最上から艤装の話は聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。とても精巧に作られている艤装を目の前に、鈴谷は感服と恐怖の入り混じった複雑な心境だ。

 

「艦娘って、こんな武器を体にくっつけて戦うの? 持つだけで大変そうなんですけど……」

「艦娘の艤装は、人間の身体能力を数百倍にまで引き上げますわ。ですから、どんなに金属の重い装備を身に付けても、作戦行動に支障をきたさないようになっていますわ」

 

説明を加える熊野の口調には明らかに元気がなかった。何でもいい、休める場所を探さねば。すると、棚の奥の方に、ベッドのようなモノが見えた。しめた、あそこならゆっくりと休憩できそうだ。

 

 ベッドはマットにシーツが巻かれただけの非常に簡素なモノだ。周りには意味ありげな計器が至るところに取り付けられているが、動いている様子はない。そして奇妙なことに、同じようなベッドが4台も並べられている。

 

「ここ、艤装の倉庫……だよね? なんでただのベッドがこんなところに4つもあるんだろ」

「使わなくなったベッドを奥にしまっただけではなくて? そんなことより、もうわたくしヘトヘトですわ。少し横になりますわよ」

熊野は吸い込まれるようにベッドに横たわった。不気味な場所だが、なにはともあれ休むことができて良かった。すっかり安心した鈴谷も隣のベッドに腰掛ける。

 

 するとどうだろう、腰掛けた瞬間からベッドに触れている部分がポカポカと暖かくなるのを感じた。ベッドが発熱しているのだろうかと思えば、その優しい熱は徐々に体の芯へと上っていき、体全体へと伝わっていった。歩き疲れて棒になりかけていた脚の疲労がすーっと抜けていく。腰掛けただけなのに、やる気と元気がみるみる内に復活していくのが手に取るようにわかる。

 

 ふと気づくと、ベッドの周りの計器がせわしなく揺れ動いていた。なるほど、これはきっと、出撃の合間に艦娘達が疲労を回復させるために使う特殊な機材なのだろう。それにしても、ここまであっという間に疲労が抜けてしまうと驚かざるをえない。ここばかりは鈴谷も素直に感心した。熊野も同じような感覚を味わっているようで、表情がとても柔らかくなっていた。

 

 不意に、入口の方で音がした。

「誰だ、そこにいるのは」

 

 マズイ、ここは海軍が密接に関わっている施設、艤装の山や特殊なベッドなど、これらの機材には外部に知られてはいけないモノも当然含まれているだろう。迂闊だった。どうするべきか、2人は顔を見合わせる。

 

 しかし、響いてきた声をよく聞くと、それには聞き覚えがあった。

「この部屋に入口は1つしかない。逃げても無駄だ」

よく通る、低くて渋い声、衛田嶋提督だった。棚の合間から、威厳のある麦色に焼けた顔が覗いた。鈴谷と目が合うと、衛田嶋の表情にわずかだが安堵の色が見えた。

 

 

 

艤装倉庫から引っ張り出された鈴谷と熊野は、当初の目的地であった最上階のレストラン『うずしお』に来ていた。昼食の時間はとっくに過ぎ去り、客は鈴谷と熊野、衛田嶋の3人だけだ。鈴谷と熊野は揃ってカレーうどんをすすっていた。衛田嶋の奢りである。

 

「本当にあの研究棟には、"気づいたら"侵入していたのだな?」

「何度も言ってるじゃん。熊野の案内について行ったら、いつの間にか変な研究室ばっかしの場所に辿り着いちゃったんだって」

衛田嶋の話によれば、鈴谷達が迷い込んだ研究棟には厳重なセキュリティが敷かれ、一般人は侵入不可能になっているそうなのだ。しきりに侵入経路を聞き出そうとする衛田嶋だが、鈴谷も熊野もいつの間にか辿り着いてしまっただけだ、歩いた道筋など覚えているはずもない。

 

「いや、それにしてもこのうどん、美味しいね!」

「そうでしょう? わたくしのお屋敷のディナーにも、負けず劣らずですのよ」

「鈴谷君に熊野君、先ほど自分達がしたことが一歩間違えば軍法会議モノであること、本当に自覚しているのか?」

「だってしょうがないじゃん! 連絡手段もないし、熊野は疲れて今にも倒れそうだったんだもん! その辺の事情も、もう全部話したよね?」

 

2人を部屋から引きずり出した直後の衛田嶋は、正に鬼のような形相になっていたのだが、事情を聞くと怒りを鎮め、空腹の2人に遅めの昼食を奢ってくれたのだった。衛田嶋は威圧感のある風貌とは裏腹に、融通の利く男でもあった。もっとも、鈴谷達が入った部屋は、既に使われなくなったり試作段階で採用が見送られた艤装や設備、謂わば『ガラクタ』が放置された倉庫であり、外部の人間に侵入されても大きな問題にはならない場所であったことも事実だが。

 

 衛田嶋は顔をしかめたが、それ以上何も言わなかった。事情を聞いた以上、問題なのは目の前の2人ではなく、彼女達を簡単に通してしまったセキュリティの方であるからだ。しかし、肝心なところであるが『2人がどうやって侵入したか』が分からない。余計な仕事が増えてしまったと、衛田嶋は頭を抱えた。

 

 そんな衛田嶋を尻目に、鈴谷はあっという間にカレーうどんを平らげてしまった。熊野もゆっくりとだったが、全ての麺を完食した。

 

「いやー、それにしても美味しかった! 衛田嶋さん、ごちそうさまです」

衛田嶋も顔を上げる。

「今度研究棟に侵入するようなことがあったら、流石に私でもかばいきれないからな。くれぐれも注意するように」

衛田嶋はそう言って釘を刺すと、病室まで2人を送ってくれた。

 

 衛田嶋が去った病室で、2人はおしゃべりを再開する。

「それにしてもアンタ、何年もいる病院で迷うなんて……」

「面目ないですわ。わたくし、神戸のお屋敷でもよく迷子になって、その度に執事の者達に捜索されていましたの」

 

筋金入りの方向音痴だった。同じようなことがあれば、次回は自分が誘導しようと、鈴谷は心に誓う。

 

「ところでさ、あの倉庫にあった古いベッド、熊野の疲れをあっという間に取ってくれたヤツ。あれって艦娘だけが使えるモノなの?」

さり気なく鈴谷は熊野に尋ねた。

 

「あのベッドですの?」

熊野はしばらく考える。

 

「おそらく、艦娘の適正がない人間にとっては、何の変哲もないただのベッドですわね。艦娘の適正がある人間であれば、わたくしのように溜まった体の疲労を短時間で癒してくれるのですわ。あのベッドはわたくしも初めて目にしましたけど、似たような設備でしたら見たことがありますの」

「なるほど……ね……」

「鈴谷さん? どうしましたの?」

「いやいや、なんで熊野だけ疲れが取れたのか不思議だったからさあ。やっぱりね、艦娘しか使えないモノだったんだね」

 

熊野の追及を何とか誤魔化した。予想はしていたが、やはりそういうことだったか。自分でも驚くしかなかった。しかし、例え適正があろうと鈴谷の思いが揺らぐことはない。あんなおかしなモノを着けられて、訳のわからない敵と戦うなんてまっぴらゴメンだ。これは自分には関係のないこと、気にすることはない。そう心の中で言い聞かせると、鈴谷はいつものような会話を続けるのだった。

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