Ideal Smile ~脳内鎮守府カッコカリ 鈴熊編~   作:subroh

5 / 5
5.ハルジオン

 ガラガラと台車を転がす音が廊下に響き渡る。台車の上には艤装が2人分載せられている。夏休みも残り1/3といったところだろうか、せっかちなツクツクボウシの鳴き声が院内にまで聞こえてきた。

 

 衛田嶋は目的の病室を探す。前に訪れた時から大分経っているため、なかなか見つけられなかった。扉を開けると、人工呼吸器をつけて眠る少女とベッドの傍に腕を組んで腰掛けるもう1人の少女がいた。どちらも知り合いである。

 

「鈴谷君か、失礼する」

衛田嶋は制帽を取り、静かに病室へと入った。台車の上の荷物を目にした鈴谷が口を開く。

 

「遅すぎるよ」

「すまない。熊野と鈴谷の艤装があると分かっていれば、もっと復旧作業を急がせたのだが」

 台車の上に載っているのは、最上型重巡洋艦3番艦『鈴谷』と最上型重巡洋艦4番艦『熊野』の艤装であった。神戸港の大空襲の焼け跡から集められた艤装の残骸を修復したところ、今までどの鎮守府の工廠でも建造できなかったこの2隻の艤装ができたのだという。何とも煮え切らない話であるが、艤装の建造には未だ不確定な要素が数多く存在する以上、仕方のないことでもあった。

 

「しかし、あれほど元気だったのに、突然どうしてしまったのだ」

「『急激なストレスによる病状の悪化』だって、医者のおじちゃんは言ってた」

鈴谷は淡々と衛田嶋の疑問に答える。あれほど熊野と仲の良さそうだった鈴谷が、意識不明の友人を前に冷静に状況を説明する様子に、衛田嶋は違和感を覚えた。しかし、そのことについて追及は避けた。彼女なりに感情を抑え、必死に理性を保とうとしているのだろう。ゴミ箱に捨てられた大量のちり紙がその証拠だ。

 

「その艤装、熊野につけたら目が覚めたりするの?」

鈴谷が尋ねた。

 

「艤装の心臓部、すなわち主機の起動には一定以上の感情および生命エネルギーが必要になる。戦闘中の衝撃で意識を失った状態ならまだしも、病で衰弱した体で意識不明という状況となると、起動できる可能性は限りなく低いと言わざるを得ない」

「そんなことだろうと思った。まぁ所詮は兵器だし、仕方ないのか」

諦めたような口ぶりだが、その顔には衛田嶋が入ってきた時にはなかった希望の色が鮮明に現れていた。

 

「でも、持ってきたってことは、可能性があるってことでしょ?」

「先ほども言ったが、可能性は限りなくゼロに近い。何せ前例のないことなのでな。ただし、装着したことで命を奪うようなことはない。それだけは断言しよう」

「何か手伝うこと、ある?」

「そうだな、熊野君の体を横に向けてくれないか? 私のような中年の男が無闇に触れば、彼女も嫌がるだろう?」

 

冗談を交えて衛田嶋が協力を請う。鈴谷にも笑みが漏れた。

 

 

 

 衛田嶋の指示通り、鈴谷は眠り続ける熊野の体を横に回した。ちょうど、熊野の背中がベッドの側面を向くようになったところで、衛田嶋は『鈴谷』の艤装から主機を取り外し、熊野の腰に回した。前に一度、最上の身につけていた主機を目にしたことがあったが、それとは若干形状が異なっていた。

 

「ねえ衛田嶋さん。その艤装、どうやって体に固定するのさ」

鈴谷の疑問ももっともだ。というのも、ウエストポーチのような形の主機に、留め具のようなものが一切見当たらないのだ。これでは腰に回すことはできても、体に固定することはできない。

 

「艤装の主機は、適正があれば勝手に装着者の体に密着する。熊野君の場合は、事前の検査で『鈴谷』か『熊野』、どちらか一方に適正があることが分かっている」

「衛田嶋さん、ちょっといい?」

「どうした?」

「それってさあ、調べるまでもなく、4番艦の『熊野』の方に適正があるでしょ。どう考えても」

「いや、そうとも言えない。装着者の名前と艤装の名前の関係性は確かに重要だが、必ずしもそればかりが他の要素よりも優先される、という訳ではないのだ。艤装の名前と全く関わりのない人物が、艤装の力を最大限に引き出し戦果を挙げている例は数多く報告されているからな」

 

 衛田嶋は色々と丁寧に説明してくれたが、結論から言うと『鈴谷』の主機はいつまで経っても熊野の体に密着することはなかった。適正が無いと分かると、衛田嶋はすぐに『熊野』の主機の適正検証に取り掛かった。先ほどと同じく、熊野の腰に主機を回す。すると、主機のベルトのような部分が勢いよく衛田嶋の手を弾き、熊野の腰骨に密着した。

 

「衛田嶋さん、これって……」

「うむ、主機の装着は無事成功だ」

残るは主機の起動だけである。主機が起動さえすれば、燃料が切れるまで装着者の生命はいかなる状況下でも保証され、人間が持つ治癒の力を含む身体能力が大幅に向上する。それが艤装の持つ能力だ。

 

「ねえ、主機っていつ起動するの?」

装着が確認できてから、主機には変化が見えない。

 

「本来ならば、装着した瞬間に起動し、タービンの回転音が徐々に聞こえてくるはずだ。だが……」

病室に聞こえるのは、外のセミの鳴き声と空調、時計の針、そして心電図の無機質な電子音だけだ。主機からは一切何も聞こえない。衛田嶋は天を仰いだ。

 

「や、ヤダなあ、衛田嶋さんったら、もう失敗だーみたいな顔しちゃって」

その声は震えていた。鈴谷は熊野の耳元に話しかける。

 

「熊野、アンタが待ちに待ってた艤装が来たよ。これさえあれば、アンタの病気なんてあっという間に治せるんだから。ほら、早く起きて、起きてってば」

同時に鈴谷は熊野の体を揺さぶる。熊野の目は閉じたままだ。主機も相変わらず沈黙を貫いている。呼びかけを続ける鈴谷の目に、涙がどんどんと溢れてきた。

 

「起きてよ、ねえ、なんで目を開けてくれないのさ……。あんなに生きたいって言ってたのは熊野じゃん……。熊野が起きてくれないと、私謝ることもできないじゃん……。お願いだから……、目を覚ましてよ……」

医者が鈴谷に伝えた病状悪化の原因、それが『急激なストレス』だ。神戸の惨状を目の当たりにしたのも原因の1つだ。しかし、熊野を昏睡状態まで至らしめた直接の原因は『親友との大ゲンカ』にあることは火を見るより明らかだった。数週間、熊野を見舞う度に鈴谷は自らを責め続けていた。

 

「鈴谷君……」

「ごめんね、お客さん来てる時は泣かないって決めてたんだけどね。もう私もいっぱいいっぱいでさ」

衛田嶋にも、もうできることはなかった。主機が動き出すまで装着したままにしておくことは可能だが、それも別の適正者が現れるまでの話だ。熊野が助かる見込みは、最早絶望的な状況にあった。

 

 

 

 

「なんか寒くなってきたね、クーラーかけすぎちゃった」

話題を逸らそうと、鈴谷は空調を止め、それから窓を開けた。崖の下には、日差しを反射しキラキラと光る水面が見える。

 

 ふと、鈴谷は変な物体を目にした。黒く小さな『それ』は、波の静かな海を真っ直ぐこちらに向かってきていた。1つではない。6つ確認できる。嫌な予感がした。

 

「どうした、鈴谷君」

「衛田嶋、あれってもしかして……」

ただならぬ鈴谷の様子に、衛田嶋も急いで望遠鏡を片手に海を見渡した。『それ』の位置を確認すると、望遠鏡を覗く。しばらく後、空いた左手でポケットから通信端末を取り出し、通話口にゆっくりと話しかけはじめた。

 

「横須賀鎮守府、秘書艦瑞鶴応答せよ、こちら衛田嶋、応答せよ」

応答がなかなか返ってこないようだ。衛田嶋の言葉はどんどん早口になっていく。

 

「応答せよ! 瑞鶴! 応答せよ!」

ようやく繋がったようだ。いつもは冷静な衛田嶋が明らかに焦っている。

 

「遅いぞ瑞鶴! 医療センター前の海域に戦艦1、重巡1、駆逐2、もう目の前まで迫っている! 加賀と瑞鶴の艦爆隊全機を直ちにこちらに向かわせろ! 迎撃部隊よりも先だ! 時間がない! 迎撃部隊は……」

衛田嶋の矢継ぎ早の指示が飛び交う中、大きな爆発音が空気を切り裂いた。そして、数秒も経たない内に地響きと小さな揺れが病院を襲った。

 

「衛田嶋さん、今のってまさか……」

「瑞鶴! 聞こえた通りだ、敵は既に医療センターを射程内に収め、攻撃を開始している。シェルターへの避難も、横須賀からの迎撃部隊も間に合わない! 遠征中でも何でもいい、迎撃可能な部隊を探し出せ!」

衛田嶋の言う通り、先ほどの地響きと小さな揺れは、戦艦級の敵の主砲が岸壁に着弾した衝撃によるものだった。1発目の主砲弾が打ち込まれると、その後も次々と主砲が火を吹き病院施設のすぐ近くに着弾していった。その衝撃は、段々と大きくなっているのが分かった。

 

「ちょっと衛田嶋さん! なんでこんな近くに来るまで気付けなかったの!? 偵察機とか飛ばしてないの!?」

「偵察任務は秘書艦の空母が担当する。だがおそらく、この状況だと今日は飛ばしていない」

「任務放棄ってこと!? それって大問題なんじゃ……」

 

鈴谷が言い終わる前に、また近くで爆発音がした。今度は、地面に着弾したのではない。聞こえたのはガラスやコンクリートが砕けるような音と猛烈な爆風、すなわち建物に砲弾が命中したのだ。今までで最大の衝撃が病室の3人を襲う。鈴谷はベッドに、衛田嶋は窓枠に捕まり何とか転ばずに済んだ。

 

「鈴谷君、ここは危険だ。早くシェルターに避難しなさい」

衛田嶋が諭す。

 

「ダメ! 熊野をこのまま置いていけない!」

人工呼吸器をつけている以上、熊野の避難には時間がかかる。次の命中弾がこの病室を吹き飛ばすまでに、避難が終わるとは到底思えない

 

「何を言っている! このままだと鈴谷君も無事ではいられないぞ!」

「そうだけど衛田嶋さん、そもそも出撃させた飛行機隊、間に合うの!? ここから横須賀なんて、相当な距離あるよ!?」

 

 痛いところを突かれ、衛田嶋も黙るしかなかった。鎮守府にいる加賀と瑞鶴に出撃を命じたのは、艦上爆撃機・彗星である。最高速度の時速540kmで飛ばしたとしても、横須賀から直線で100km近く離れているこの施設には、到着するまで15~20分かかる。

 

 他部隊への出撃要請も間に合いそうにない。ここから最も近い艦娘部隊は、伊豆大島の第一離島支部だが、駆逐艦でも30分は必要な上に、あそこには航空機が殆ど配備されていない。もし、この敵艦隊を既に発見し、部隊を出撃させているなら望みはあるが、それは淡い期待に過ぎなかった。

 

 外では、ようやく準備の整った自衛用の固定砲台が反撃を開始した。だが、艤装以外の兵器では深海棲艦に致命傷は与えられない。牽制が精一杯だ。艦爆隊を待っている間に撃破されるのは誰の目にも明らかだった。

 

 正に絶体絶命である。衛田嶋も、ここまでの危機に直面した経験はない。何か手段はないかと必死に頭を回す。

「せめて、囮を出して時間稼ぎができれば……」

 

衛田嶋がつぶやく。敵の攻撃が、1基目の固定砲台を吹き飛ばした。弾薬に誘爆したのか、巨大な地震のような揺れが襲った。バランスを崩し、衛田嶋は仰向けに転んでしまった。

 

「ぐっ……、鈴谷君、大丈夫か?」

答えはない。衛田嶋は辺りを見回す。ようやく鈴谷を視界に捉えるが、彼女は決意に満ちた表情で窓の外を見ていた。左手には、何かが握られている。

 

「時間稼ぎが、できればいいんでしょ?」

衛田嶋は、鈴谷が何をしようとしているのか理解した。

 

「おい、ダメだ! 勝手なことをするんじゃない!」

衛田嶋が叫ぶ。鈴谷は最上型3番艦『鈴谷』の主機を腰に回した。バチンという音とともに、熊野の時には聞こえなかったタービンの唸るような回転音が響き渡った。

 

 主機を奪い返そうと、衛田嶋は鈴谷に飛びかかる。驚いた鈴谷は、咄嗟に彼を突き飛ばした。すると、屈強な衛田嶋の体は軽々と宙を舞い、病室の扉に思いっきり叩きつけられた。

 

 艤装の想定外のパワーに、鈴谷は驚きを隠しきれない。衛田嶋がゆっくりと立ち上がる。

「鈴谷君、それは、それは一般人が扱っていいモノではない。艤装をつけて戦うことがどういう意味を持つのか、君は分かっているのか?」

 

衛田嶋の問いかけに、鈴谷はハッキリと答えた。

「このままここでじっとしていたって、何も変わらないでしょ。熊野を守るためだったら、艦娘にでも何にでもなるから」

「無茶だ! いくら時間稼ぎとは言っても、訓練も無しに戦艦含む4隻の相手なんて不可能だ! 3分と持たないぞ!」

 

衛田嶋は鈴谷を必死に止めようとする。だが、鈴谷の決意はもう揺らがなかった。

「ならもう一度飛びかかって、私を力ずくで止める? それでもいいけど?」

「鈴谷君……」

「私、ちょっと前に熊野と大ゲンカしてさ、それからすぐにこんなんなっちゃったから、未だに仲直りできてないんだよ。だからそう。熊野には、私が謝るまで死んでもらうわけにはいかない。熊野の未来を奪おうとするヤツは、全部私が倒す」

 

鈴谷は床に転がっている艤装を拾い上げる。見るからに重そうな装備だったが、軽々と持ち上げることができた。順番に装着すると、最後にこう付け加えた。

 

「それから、熊野に謝るまで私も絶対に死なないから。絶対に生きて帰ってくる。15分間、耐え切ってみせるから」

鈴谷は走り出し、風のように病室を去っていった。衛田嶋は、もう彼女を止めることはできなかった。

 

 

 

 艤装による身体強化は、鈴谷の想像を遥かに上回っていた。鈴谷の全力疾走は、今や自転車のロードレースならばぶっちぎりで優勝できるほどの速度だ。あまりの速さに制御が効かず、思いっきり壁に激突した。かと思えば、激突した壁を発泡スチロール板のように易々と突き破り、病院の外へ放り出されてしまった。

 

 普通の人間であれば死に至る高さからの落下だったが、地面に叩きつけられた鈴谷の体には、それなりの痛みは感じたものの傷1つついていなかった。

 

「ホント、とんでもない兵器を作るもんだね」

体についた土を払いながら、感嘆とも皮肉とも取れる感想を口にした。だが、ゆっくりしている暇はない。急いで海岸へと向かう。

 

「それにしても、勢いで出てきたはいいけど、これどうやって扱えば……」

大見得を切って飛び出したものの、艤装の使い方など知る由もない。敵が近づくにつれ、不安ばかりが大きくなる。すると、不意に頭の中で声が響いた。

 

『ちーっす!!! アンタが鈴谷の適任者? よっろしくー!!!』

あまりに突然の出来事に、鈴谷は立ち止まって辺りを見回す。

 

「え? え? ちょっと、誰?」

『だ・か・ら、鈴谷だってばー。最上型重巡洋艦の3番艦、すーずーやー! アンタがつけてる艤装そのもの』

「ど、どういうこと?」

 

混乱する鈴谷の頭に、もう1人別の声が聞こえてきた。

「聞こえるか、鈴谷君。衛田嶋だ」

「衛田嶋さん? ちょっと今、何て言えばいいのか……、頭の中から突然声が聞こえてきて……」

 

衛田嶋は冷静な口調で続ける。

「それは艤装の中にいる『船の魂』だ。我々は『妖精』などと呼んでいるが、細かいことは気にするな。そういった類のモノだと理解してくれればいい」

「『船の魂』??? 『妖精』???」

「深海棲艦との交戦がはじまったら、聞こえてくる声の指示に従え。砲の打ち方から方向転換の仕方まで、全てその声が教えてくれる。健闘を祈る」

 

衛田嶋からの通信は途切れた。再び艤装が話しはじめた。

『今の話、初めての出撃で実戦ってこと? マジで?』

「何だかよくわかんないけど……。とにかく、細かい話はあとでするから。ちょっとこれから付き合ってもらうよ!」

 

断崖絶壁の下に辿り着き、ようやく敵と同じ目線に立った。相変わらず容赦ない砲撃が続いている。

 

「ねえ、これって、海に普通に歩き出しちゃって大丈夫なの?」

 

初歩的な質問に、『妖精』は呆れかえった。

『そんな初歩的なことも分かんないのに、戦艦含む4隻の艦隊に殴り込もうなんて、アンタ相当のバカだねえ。ホントやんなっちゃう』

「こっちにも色々事情があるのよ! 早く、どうすればいいの?」

『どうするもこうするも、前に進みたいと思えば進むし、曲がりたいと思えば曲がる。砲を向けて、撃ちたいと思えば攻撃もできるよ、簡単な話。必要な情報は逐一私が伝えるから、アンタはそれに従って動いてくれればおっけー』

 

動かし方は至って単純だった。それが分かれば、後は艦爆隊がやってくるまでの間、あの4隻をひたすら妨害するだけだ。

 

「よし、それじゃあ行くよ!」

鈴谷はもう一度気合を入れ直した。

 

『りょーかい! 最上型重巡・鈴谷、いっくよー!!!』

妖精の掛け声とともに、勢いよく鈴谷は出撃した。足元から白い水飛沫が上がり、速度はぐんぐん上がっていく。感覚としては、氷の上のスケートに近い。スケートの経験は遊びの数回しかないが、不自由なく全身することができた。どうやら、艤装が装着者の動作を修正し、安定させているようだ。

 

『敵は4隻とも射程内、いつでも撃てるよー』

「まずはどれから撃つべき?」

『うーん、最初は駆逐級2隻かな。20.3cm連装砲なら、十分に致命傷を与えられるしい? 取り巻きが攻撃されれば、戦艦もこっちに注意を向けてくるっしょ』

妖精の指示は的確だった。戦艦の手前に見える駆逐艦2隻に、航行しながら狙いを定めるが、砲がぶれてなかなか攻撃に移ることができない。

 

『もう! 初心者なんだから止まって狙えばいいじゃない! そのくらい頭回しなよね!』

見かねた妖精が金切り声を上げる。

 

「分かったって! もう、うるさい妖精なんだから……」

言われた通りに停止し、再度照準を合わせる。

 

「よし、いくよ! 食らええええええええええ!!!」

左手に構えた20.3cm連装砲が轟音を上げた。少し離れてはいたが、砲弾は真っ直ぐに狙った駆逐艦を捉えた。大爆発が起こり、その姿は泡となって消えた。

 

「やった……!」

『すごーい、やるねー』

妖精も、まさか初弾が命中するとは思っていなかったようだ。

 

「よし、この調子で次! いけえええええええええええええ!!!」

再び砲を構える鈴谷だったが、連装砲は沈黙したままだ。

 

「え? どうしたの? 故障?」

慌てる鈴谷に妖精は再び呆れ顔になった。

 

『あのさあ、機関銃じゃないんだから、そんなにポンポン撃てるわけないじゃん。20.3cm連装砲の発射速度は毎分3発、20秒に1回しか撃てないの。分かる?』

「そ、そんな話聞いてない……っていうか、こっち向かってきたああああああ!」

砲撃を受けた敵艦隊は、すぐに鈴谷の方に向かって動き出した。病院とは反対の方向に逃げ出す鈴谷。その後ろから、3隻の切れ間のない砲撃が降り注いだ。

 

「3隻で袋叩きにするとか反則だし!」

之字運動で何とか敵の狙いを逸らす。艤装のサポートがあるとは言え、方向を変える度に転びそうになる。動きものろくて単調だ。これでは簡単に未来位置を予測されてしまう。

 

『もう何してんの! そんな単調な動きじゃすぐ当てられちゃうじゃん! 死にたいの!』

「そんなこと言ったって、これが精一杯だって……きゃあ!!!」

至近弾だ。高々と大きな水柱が上がり、鈴谷はその中に突っ込んでしまった。一瞬視界が遮られ、全身がびしょ濡れになる。

 

「なんなのよもう! あと何分持ちこたえればいいの?」

『まだ4分しか経ってないねー。こりゃもう無理かも』

妖精はあっさりと諦めの言葉を口にした。

 

「余計なこと言わないでついてきてよ! このままじゃどうしようもないし、反撃するから。こんなところで、死ねないんだから!」

進路を変え、三度敵艦隊に主砲を向ける。狙いを残る1隻の駆逐艦に定め、放つ。動きながらでは、やはり当たらない。敵艦隊からの砲弾が鈴谷に襲いかかる。次弾装填までの20秒がとても長い。降り注ぐ砲弾を必死に避ける鈴谷だったが、足がもつれて思いっきり転倒してしまった。

 

「いったたた……、くっそー今度こそ……」

『何してんの!? 前! 早く! 避けて!』

敵の重巡洋艦の砲弾が、迷わずこちらに真っ直ぐ向かってきた。完全に不意を突かれ、回避も虚しく鈴谷の体に直撃した。

 

 

 

 

 

 病院への攻撃を逸らすことに成功し、院内ではシェルターへの避難が着々と進んでいた。衛田嶋は、病室の窓から鈴谷の戦いを見守ることしかできない。外部からの通信は、艦娘と艤装の妖精のコミュニケーションを一時遮断しなければ使用できない。つまり、戦闘中はいかなる場合でも衛田嶋が指示を出すことは不可能なのだ。

 

 敵重巡の砲撃をもろに食らった鈴谷は、服がボロボロに破け中破状態になっていた。船足も落ち、敵戦艦にも追いつかれる速度になってしまった。砲撃を続け、必死に時間を稼いでいるが、この状況では生存の可能性は時を追うごとに低くなってしまう。

 

 艦爆隊到着まで8~9分、雀の涙ほどの効果の固定砲台に指示を飛ばすことしかできず、衛田嶋は歯軋りした。このままでは、鈴谷の生還どころかこの施設すら守りきれそうにない。

 

すると突然、衛田嶋の後ろで小さな声が聞こえた。

「衛田嶋……さん……? 一体……どうしたんですの……?」

 

驚くことに、眠り続けていた熊野が奇跡的に目を覚ましたのだった。しかし、まだ腰につけた主機が起動した気配はない。

「熊野君! 大丈夫か!? 無理はするな、そのまま安静にしていなさい」

「鈴谷……さんは……、鈴谷さんは……どちらにいらして……?」

 

弱々しい声で熊野が尋ねる。

「鈴谷君は……、この病院を襲った深海棲艦を相手に今も戦っている。あと8分もすれば、横須賀から艦爆隊が到着する。それまで耐えてくれれば……」

 

芳しいとは言えない戦況に、衛田嶋の言葉が途切れる。その様子を敏感に感じ取った熊野の目に、みるみる内に力が宿っていく。

「鈴谷さん……わたくしが……助けますわ……、わたくしが……、艤装を……使って!」

 

熊野は右手で人工呼吸器を剥ぎ取り、ありったけの力を込めて上半身を起こした。数週間眠り続けていた間に筋肉は衰え、起き上がるだけで息が上がった。

 

「何をしている、ダメだ。いくら艤装が扱えても、戦える状態ではない!」

慌てて熊野を制する衛田嶋だったが、熊野は構わずベッドの傍に落ちている艤装に手を伸ばした。そのまま熊野はバランスを崩し、ベッドから転げ落ちる。

 

「熊野君、無茶だ。今の君は、自力で立つことも不可能……」

言いかけて、衛田嶋は聞き慣れた音が耳に入ってきたことに気づいた。その音は段々と大きくなり、それに比例するかの如く熊野の顔に精気がみなぎってきた。

 

「わたくしは、鈴谷さんに……謝らなければなりません。自暴自棄になっていたとはいえ、大切な親友に思慮の足りない言葉をかけてしまったことを、謝らなければ。そしてわたくしは、鈴谷さんに恩返しをしなければなりません。わたくしをいつも楽しませ、あの日のあとも毎日毎日励まそうとしてくださった彼女を……、自分の命をかけてわたくしを守ろうとしてくれた彼女を……、今度はわたくしが、守りますわ!!!」

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

速度の落ちた状態でも、何とか耐え続けていた鈴谷だったが、もう限界に近い。息が上がり、主砲の発射速度も落ちた今、駆逐艦の相手すらままならない。

 

「まだ……まだ飛行機はこない……よね」

『だから無茶だって言ったじゃん、もう体中痛くてしょうがないったら』

「うっさい! ほら、このデカブツ! まだまだ私はやれる! かかってこい!」

鈴谷の挑発を理解したのかどうかは分からないが、停止していた3隻の敵艦隊は、再び鈴谷への攻撃を再開する。3方向から囲み、切れ間のない砲撃を浴びせる敵に対し、鈴谷は最早反撃のチャンスすら得られない。

 

「もう……、ホントキツすぎだって……うわっ!!!」

足元に戦艦の砲撃が落ちた。膨大な量の海水が鈴谷を木の葉のように吹き飛ばす。そのまま、少し離れた海面に叩きつけられ、視界が一瞬真っ暗になった。

 

「いっつー……、ダメージを軽減するとか言って、普通に痛いじゃない……、どうにかならないのコレ……」

愚痴を言う暇はもうなかった。前を見ると、敵戦艦が主砲をこちらに向けていた。敵の姿が異様に大きく見える、至近距離だ。ここからでは、もう逃げようがない。万事休す、そう思われた。

 

 すると、病院の方から爆発音が聞こえた。窓ガラスは飛び散り、コンクリートも砕け散る。そこから、1人の少女が飛び降りたかと思うと、そのまま海面に着地し、恐ろしいスピードでこちらに向かってきた。

 

「とぉぉぉおおぉぉうおおぉぉぉぉおおおぉ!!!!!」

その少女の素っ頓狂な叫び声の方を向き、戦艦は鈴谷から狙いを外した。鈴谷はその瞬間を逃さなかった。

 

「こおおおんのおおおおおおおおおおおお!!!」

鈴谷の放った砲弾は戦艦の肩口に命中した。至近距離からの命中弾に、敵も悶絶する。やってきた少女は、慌てて逃げようとする駆逐艦に狙いを定め、一撃で海の底へと葬った。

 

「鈴谷さーん!!!」

一切減速せず、熊野は鈴谷の元へと突っ込んだ。鈴谷は避けることもできず、2人は揃って勢いよく倒れ込んだ。

 

「いったいなもう……、って熊野! アンタどうして……」

「鈴谷さんを助太刀に参りましたのよ。今までわたくしを楽しませ、励ましてくださった恩返しですわ」

艤装を身につけた熊野は、以前の元気な熊野そのものだった。鈴谷の目に涙が溢れる。

 

「よかった……熊野、目を覚ましてくれて……」

「鈴谷さん、それは最後に取っておくモノですわ。わたくし達の相手は、まだ残っていましてよ……!」

 

2人は立ち上がり、残った2隻の敵と対峙する。

 

「戦艦は私達の攻撃じゃ倒しきれないから、まず重巡洋艦の出足を止める?」

「そうですわね。わたくしが優速を活かして敵を攪乱しますわ。隙を見て、どんどん撃ってください!」

 

敵戦艦が咆哮を上げる。それを合図に、2人は主機を全開に回し、攻撃を開始した――。

 

 

 

「もう……、もう動けませんわ……」

疲れきった表情で仰向けに寝っ転がった熊野が言う。体力のない熊野は、ほんの数分の戦闘でフラフラになってしまったのだ。2人が交戦した2隻は、待ちに待った艦爆隊によりあっという間に撃沈させられた。

 

「頑張り過ぎだってー、まぁ私も人のこと言えないけどさあ」

鈴谷の艤装は既に大破まで追い込まれていた。熊野の助けがなければ、今頃こうして親友と会話することも叶わなかっただろう。

 

夕焼けに海が赤く染められ、数時間前の戦闘がウソのように海は静かだった。

「熊野」

「鈴谷さん」

 

2人が同時に口を開いた。2人は互いに目配せをして微笑む。何を話そうとしたのか、2人ともすぐに気づいた。

「いいよ、先に熊野で」

「鈴谷さん、その、申し訳ありませんでしたわ。わたくしを励まそうと、毎日毎日気にかけてくださったのに、あのような酷い言葉をかけてしまいました」

「私もごめん、熊野。全然熊野のことを考えずに、勝手なことしちゃった。許してくれる?」

 

答えはもう決まっていた。

「当たり前ですわ! わたくし達は、唯一無二の親友ですもの!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん、こいつー!」

 

鈴谷は少し真剣な顔になった。

「ねえさ、熊野。アンタ、艦娘になって大丈夫なの? これから、今日みたいな戦いが、毎日やってくるかも知れないよ?」

 

鈴谷の問いかけにも、熊野は迷いなく答えた。

「わたくし、この艤装が無ければ、今頃はまだ夢の中……、いいえ、今日の戦闘で既に死んでいたに違いありませんわ。それに、あの神戸の空襲が無くなることもありません。でも、命さえあれば、生きる望みはいつでも探すことができますのよ。それに、艦娘・熊野としての能力、これはわたくしにしかないものですわ。今まで、病のために迷惑ばかりかけてきたわたくしが、わたくしにしかできないことで、人の役に立てますの。それならば、もう迷う必要はない、そう思ったんですの」

 

そう言うと熊野は、同じ質問を鈴谷に返した。

「鈴谷さんこそ、これから艦娘として生きることに、異存はありませんの?」

「私? 私は……正直勢いで飛び出しちゃったからなあ。熊野みたいに明確な戦う理由は、まだないかも」

 

しかし鈴谷は、ハッキリとこう付け加えた。

「でもね、少なくとも熊野。たった数分の戦闘でヘロヘロになっちゃう、今のアンタは絶対このまま送り出せないから! だから当分は、熊野の帰る場所……じゃないけど、アンタの保護者として傍にいる! これじゃダメかな……?」

 

鈴谷の言葉を聞いた熊野はおかしくなってしまった。

「な、笑うことないじゃん!」

「すみません。でも、とても鈴谷さんらしいですわ」

 

 なるほどそうか、私らしさってそういうことなのか。何だが拍子抜けだ、恋愛小説じゃあるまいし。だが、そんなことは、鈴谷にとって大事ではなかった。熊野の純粋で、屈託のない笑顔、それを再び見ることができれば、今はそれだけで幸せなのだから。




 初めて1つの作品を完結させました。大変すぎるやろ全く(^_^;) 因みに現在、高専5年生のワタクシは編入学試験に向けてお勉強をしないといけないようです。そんなの知るかちくせう。

 評価していただけると嬉しいです。ここまで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m
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