暴物語   作:戦争中毒

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かんざしクラブ 其ノ貮

 

004

 

 

~忍野サイド~

 

 

「・・・わけの分からない事、言わないで」

 

まぁ普通は信じないな、でも怖いからその物騒なものを片付けて。

 

「まぁ話だけでも聞きな。もし口封じをするならそれからでも遅くはないだろ?」

「・・・話を聞くだけなら」

 

そう言うと彼女は高周波カッターを少し首から離してくれた。

 

「それじゃあ“おもし蟹”の説明をしよっか。

おもし蟹ってのは九州の山間あたりでの民間伝承なんだ。地域によっておもし蟹だったり、重いし蟹、重石蟹、おもいし神ってのもあるんだ。この場合は蟹と神がかかってるんだよ。

 

「まぁ細部はばらついているけど共通してるのは、人から“重み”を失わせるってところだ。

行き遭ってしまうと・・・下手な行き遭い方をしてしまうとその人間は存在感が希薄になる、存在感どころか存在が消えてしまうって物騒な例もあるんだ」

 

 

「存在が・・・」

 

何やら思い詰めるような顔している。そりゃそうだろうなぁ、もしかしたら自分の存在が消えてたかもしれないんだから。あ、カッターを下ろしてくれた。

 

「蟹って言ってるけど別に蟹じゃなくてもいいんだ、美しい女の人だって話もあるし。場所そのものにも意味がない、話自体は九州だけど現象は各地で発生してるからね。そういう“状況”があれば“そこに生じる”」

 

「私が遭ったのは、蟹」

「まぁ今回は蟹なんだろう、一般的だし。でも、それは本質的な問題じゃない。

 

「蟹じゃなくて元は神なんじゃないかってことなんだ。蟹がメインで神が後付けだと思われてるんだけど、おもいし神からおもし蟹へ派生した可能性もあるんだ」

 

「そんな事言われても・・・知らない」

 

「知らないってことはない。何せ遭っているんだから、そして今だってそこにいる」

 

「何か、見えるの」

「見えないよ、俺には何も」

「・・・無責任」

 

彼女は少し睨みつけてきた。そう怖い顔しないでよ。

 

「そう言うなよ。大体、魑魅魍魎の類は人には見えないのが普通だろ? 誰にも見えないし、どうやっても触れない。それが普通さ。でも君は運の悪い中じゃあ運のいい部類だ」

「? どういうこと」

「神様なんてのはどこにでもいるからさ。どこにでもいるし、どこにもいない。君がそうなる前から周りにはそれはあったし、あるいはなかったとも言える」

 

「禅問答?」

「神道ってやつだよ。修験道かな。

 

「あぁそれと勘違いするなよ。君は何かの所為でそうなったわけじゃない、相手は神様だ、物々交換だよ」

「物々交換? 何が言いたいの?」

 

「君が望んだからこうなったんだよ?」

「・・・・・・」

 

「それで、どうする? 体重を取り戻したいなら力を貸すよ?」

「助けて・・・くれるの?」

「助けない。君が一人で勝手に助かるだけだ、助かるかどうかは君次第だ」

 

彼女は何も言わずに俯いてしまった。さて、どうするかな?

 

「・・・おねがい、します」

「ん?」

 

「おねがい、します。力を、貸してください」

気弱そうに、しかし確固たる意志をもって俺にそう言ってきた。

 

「わかった、力に貸してあげる。それじゃあ君の名前を教えてくれるかな? 俺の名前は忍野仁だ」

 

「更識、簪」

 

・・・会長さんと同じ苗字?

 

 

 

 

 

 

005

 

 

 

現在、時刻は夜11時過ぎ。忍野は先ほどとは別の、今はまだ使われてない整備室にきている。簪には一度部屋に戻ってもらって身の清めと服を着替えてもらってる。

その間に“儀式”のための準備をしているのだ。

 

 

 

 

「・・・え、」

 

部屋から戻ってきた簪は扉の前で待つ忍野の服装に驚く。

忍野は白づくめの装束、浄衣に身を包んでいた。それなりに見えてしまう。

だが、忍野が和服だと違和感しかない。似合わないとは言わないがなんだか不自然さを感じる。

 

「忍野さんって・・・神職の方だったんですか?」

「いや? 違うよ?」

 

あっさり否定する忍野。

 

「この服装は、単純に身なりを整えただけだ。一応相手は神様なんだからちゃんとした格好をしただけだよ。それに同級生なんだからタメ口でいいよ」

「・・・わかった」

 

「それで、どうやって退治するの?」

「考え方が乱暴だなぁ、言ったろ? 相手は神様なんだ。そこにいるだけ、何もしていない。当たり前だから、そこにいるだけ。君が勝手に揺らいでるだけなんだよ。

だから退治するんじゃなくてお願いするんだ、下手に出てね」

「・・・それで返してもらえるの?」

「多分ね。切実な人間の頼みを断るほど彼らは頑なじゃないよ。でも神様は、特に日本のは大雑把で適当だからね、普通にやったら気付いてすらもらえないんだ」

「あの蟹は、今も私のそばにいるの?」

「うん。そこにいるし、どこにでもいる。ただし、ここに降りてきてもらうためには手順が必要なんだ」

 

整備室の中は見ると簪は驚いた。部屋全体に注連囲いが施され、四隅に設置された燈火に照らされて大型モニターの前に祭壇が設けられているのが見えたからのだから。もちろん供物もある。

 

「まぁ結界みたいなものだよ。よく言うところの神域ってやつだ。だからそんなに緊張しなくてもいいよ」

 

そう言いながら整備室の中に入った。

 

「さて、それじゃあ目を伏せて、頭を低くしてくれる?」

「? なんで?」

「神前だよ、ここはもう」

 

そして二人は祭壇の前に並んだ。

すると忍野は供物の内からお神酒を手にとって簪に手渡した。

 

「え・・・何?」

「お酒を飲むと神様との距離を縮めることができる・・・そうだ。酔う必要はないから口をつける程度でいいよ」

 

簪は受け取ったそれを一口飲み、簪から返還された杯を祭壇に返した。

そして正面を向いたまま、忍野は簪に話かけた。

 

「じゃあ、まず落ち着くことから始めよう」

「落ち着くこと・・・」

「そうだよ。大切なのは状況だ。場さえできれば作法は問題じゃない。最終的には君の気の持ちよう一つなんだから」

「リラックスして。頭を下げたまま目を閉じて数を数えよう」

 

一つ、二つ、三つ、と忍野はゆっくりと数えていった。

そして十まで数えた。

 

「落ち着いたかい?」

「・・・うん」

 

忍野は祭壇を、簪に背を向けたまま質問を始めた。

 

「なら今から質問に答えてみよう。君の名前は?」

「更識簪」

「通ってる学校は?」

「IS学園」

 

一見、意味のなさそうな質問と、それに対する回答が淡々と続きいくつ目かの

 

「今までの人生で一番辛かった思い出は?」

 

忍野の質問に、

 

「・・・・・・」

 

簪は、答に詰まった。

 

 

「どうしたの? 一番、辛かった思い出。記憶について訊いてるんだ」

「・・・お」

「お?」

 

「お姉ちゃんに、努力を・・・否定された」

 

そして簪は答えた。

 

「お姉ちゃんに『あなたは無能のままでいなさいな』と言われた。

 

「お姉ちゃんに憧れて、お姉ちゃんのようになろうと・・・頑張った。それをお姉ちゃんに・・・認めて欲しかった。それで、代表候補生にもなった。

でも、それを・・・否定された。

 

「だから、お姉ちゃんに認められようとするのを、諦めた。

 

「それでも考えるの。私のことをちゃんと見て、私の努力を認めてって」

 

 

忍野は変わらぬ姿勢のまま簪に話かけた。

 

「そう思うのか?」

「思う、思います」

「本当にそう思うのか?」

「・・・思います」

 

「だったらそれは“きみの思い”だ。

「“どんなに重かろうと”それは君の背負うもの、“他人任せ”にしちゃいけない。

「目を背けずに、目を開けて見てみよう」

 

そして忍野は目を開けた。

簪もそっと、目を開けた。

燈火の明かりが不自然に揺らいでる。

まるでそこに“何か”がいるかのように。

 

「あ、ああああっ!」

 

簪はかろうじて、頭は下げたままだが身体を震わせ、大声を上げた。

 

「何か見えるのか?」

「み、見える。あのときと同じ、大きな蟹が、蟹が、見える」

「そうか。俺には全く見えないけど」

 

忍野の問に取り乱しながら答える簪。忍野は振り返り、簪に向く。

 

「本当は蟹なんて見えて、いないんじゃない?」

「ち、違う、はっきりと、見える。私には」

「錯覚じゃない?」

「錯覚じゃない、本当」

 

忍野は簪の視線を追い、それから再び簪を見る。

 

「なら、言うべきことがあるんじゃないか?」

「言うべき、こと」

 

状況に、場に耐えられなくなった簪は、頭をあげてしまった。

その瞬間、“何か”が簪めがけて動いた。

 

 

 

 

 

「おっと」

 

そんな間の抜けたかけ声とともに忍野は簪の前方をつかんだ。まるで“何か”が簪に近づくのを止めるかのように。

 

「言うなら早くしてくれないかな? ずいぶんとせっかちな神のようだから抑えるのが大変なんだ」

 

「あ、あぁ」

 

何かに脅えながらか一歩さがる簪。

 

「もしお願いできないならこのまま退治しちゃうよ? それでも一応、“形だけ”なら解決できるし」

 

そう言うと忍野は何かのほうを向き、手に力を込めて何かを潰しにかかった。

 

 

 

「待って」

 

 

「待って、ください」

「待ってどうするんだい?」

 

忍野は簪のに問いながら視線を向けた。

 

「ちゃんと、できるから。自分で、できる」

「それじゃ、やって御覧」

 

そう言うと忍野は込めた力を抜き、しかし手を離さず簪に言った。

言われた簪は、足を正座に組み、手を床について、土下座をした。そして忍野の前の“何か”に対してゆっくりと、丁寧に頭を下げた。

 

「ごめんなさい。それから、ありがとうございました。

 

「でも、もういいです。私の気持ちで、私の思いで、私の記憶だから、私が、背負います。失くしちゃ、いけないものでした。

 

「お願いです。お願いします。どうか、私に、私の重みを、返してください。

 

 

「どうかお姉ちゃんを、私に返してください」

 

 

 

すると忍野は掴んでいた手を握り、拳を作った。

何かを握り潰したのではなく、掴んでいたものが消えてしまったかのように。

 

そして簪はそのまま立ち上がりもせずわんわんと声を上げて泣きじゃくり始めた。

 

 

 

 

006

 

 

 

 

 

「おもし蟹ってのはね、“おもいし神”ってことなんだよ」

 

ある程度落ち着いて、泣き止んだ簪の隣に座った忍野はさきほどしなかったおもし蟹の説明をした。

儀式の後片付けは済んでおり、何もない整備室に忍野の声は響いた。

 

「思いし神、思いとしがみ、しがらみってことでもあるんだ。人間の思いを代わりに支えてくれる神様ってことさ」

「思いと、しがらみ・・・」

「おもし蟹は、重みを奪い、思いを奪い、存在が奪う。けどそれは君が望んだから、むしろ与えたんだ。物々交換、重みを対価に辛い思いを預かってくれる」

 

そう言い終えて立ち上がった忍野は、まだ俯いてる簪の顔を覗き込んむようにして、

 

「でもこれで、自分の“思い”でお姉ちゃんと向き合うことができるんだ。お姉ちゃんに認めてもられるように頑張ってみようよ。俺も付き合うからさ」

 

微笑みながら簪にそう言った。

 

 

 

「ッ・・・!」

 

簪はボッと赤くなりそして、

 

「あ、ありがとう、忍野くん」

 

赤い顔のまま、笑顔でお礼をいった。

 

 

 

 




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