004
「あああああっ!」
突然、ラウラが身を裂かんばかりの絶叫を発する。見るとシュヴァルツェア・レーゲンが“溶けて”いた。
纏っている機体に紫電が走り装甲が黒くドロドロした泥のようになりラウラの身体を飲み込み始めたのだ。
「ありゃなんだァ?」
粘土なのかスライムなのか分からない状態になったそれは徐々に人型へと成形されていく。
成形が終わったその姿は黒い全身装甲のISに似た、しかし先日の襲撃者とはまるで違う“何か”だった。赤い光を放つラインアイ・センサーのフルフェイス。ボディーラインはラウラのそれをそのまま表面化した少女であり、腕と脚には最低限のアーマーついている。武器は右手に持った刀だけのようだ。
(あの姿どっかで見たような・・・)
忍野の思考はここまでだった。
刹那、黒いISが忍野の懐に飛び込んでくる。居合いに似た構えから放たれるのは必中の間合いでの必殺の一閃。
「ッ!?」
ギリギリのところで気づいた忍野はシールドで防ぐが右へと弾かれてしまう。
(この太刀筋、ってヤバい!!)
黒いISはそのまま刀を上段のに構えると縦一直線の鋭い斬撃が襲いかかる。
盾そのものでの防御が間に合わないと思った忍野はシールド側面のパーツを開きGNフィールドを展開し防御しようとしたが、
GNフィールドが“切り裂かれた”。
「なァ!?」
初段で弾かれ体を右へ捻ったような体勢になっていたアルケーは左側の肩と腕、そしてサイドアーマーを切り裂かれた。
肩とサイドアーマーが破損し破片をバラまき、腕の傷からは血が流れ出る。絶対防御が“貫通”していたのだ。
忍野は粒子を一気に噴射して後ろへと下がり相手との距離をとった。
黒いISはゆっくりとした動作で振り下ろした刀を再び構えようとしている。
「クソッ! 何がどうなってやがる!」
忍野も追撃に備えて再び構えようとしたが、
突然、アルケーが膝をついた。
見ると粒子残量が異常なほど低下していた。だがそれ以上に忍野が驚いたのは自分の状態だ、まるで体力や気力を根こそぎ奪われたようなけだるさが襲ったのだ。
忍野はその現象に覚えがあった。
「エナジードレインだとォ!?」
“エナジードレイン”
生きているものから何らかの形で生気を奪う、吸血鬼などの一部の“怪異”が有する能力だ。
(野郎ォ、GN粒子やエネルギー、俺の体力も全部“喰ってる”のかよ。だかそれで解けたぜ、なんでAICが発動しないのか)
粒子残量と今起こったことを確認しながら立ち上がる忍野。
アルケーのAICはレーゲンに搭載されていたものとは違い、非常に狭い条件でしか使用できない。その条件は“GNシールドに触れる”こと。相手が触らないと発動しないので攻撃装備としては使用できないがカウンター装備としては絶大な効果を発揮する。
さらに条件を絞ったため通常のAICほどの集中力を必要としないので常時発動可能だ。
しかし所詮はエネルギー装備。エネルギーを奪う力相手では無力でしかなかった。
AIC発動しなかった理由と自分の体力を喰われたことに苛立ちを覚えながらも、忍野は相手の次の攻撃に備えようとした。
「忍野くん!!」
忍野の前に舞い降りた打鉄弐式。
シールドエネルギーが残っていた簪は忍野を助けようと戻ってきたのだ。
「簪!? 邪魔すんなァ!!」
「ダメ! 怪我してる、手当てしないと!」
「そんな事どうでもいいだろォ!? エネルギーが無いンだから引っ込んでろォ!」
「私だって、戦える!」
「だァァ、もう面倒くせェー!」
一歩も引こうとしない簪。
このままじゃ危ないと感じた忍野は簪に近づいて耳打ちする。
「今のあれはISじゃない、怪異だ!」ボソボソ
「か、怪異!?」ボソボソ
「そうだ。だから下がってろ」ボソボソ
「・・・わかった」
しぶしぶ納得した簪はすぐにピットへと避難した。
簪が避難したのを確認してから、忍野は退治するヒントがないかと黒いISの動きを注視した。
「にしても、あの姿は・・・」
改めて見て、その姿を思い出す。忍野は写真で見ただけだがあれは第二回モンド・グロッソに出場した織斑千冬を模倣したものだ。
動きは普段からあれだけ見てるから知っている。
(厄介だな、エナジードレインを使う世界最強ってどこのチートだ?)
動きは世界最強、攻撃は掠るだけでもアウト。無理ゲーや糞ゲーに認定されそうな敵だ。
『非常事態発令! トーナメントの全試合は中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧のために教師部隊を送り込む! 来賓、生徒は速やかに避難すること! 繰り返す!』
アリーナに響くアナウンス。
しかし忍野の顔は険しいままだ。
(怪異が融合してる以上、通常兵器じゃ無理だ。そうなると・・・!)
何かを思いついた忍野は一夏へと通信を繋いだ。
「一夏! 聞こえるかァ!?」
『聞こえてるよ! 何なんだよあれ!? あれじゃあまるで・・・』
「んな事どうでもいいんだよォ! “心渡”を持ってこい!」
『何で心渡がいるんだよ!?』
「理屈は知らねェがありゃ怪異が混じってる!」
『怪異!? どういうことだ!?』
「エナジードレインを使って俺の体力を喰いやがったんだよォ!」
『わかった! すぐに持っていく!』
「さァて、紛い物とはいえ世界最強。一夏が来るまで持つかなァ」
忍野は通信を切ると先ほど弾き飛ばされたバスターソードを回収し、向き直った。
自信のないセリフ、しかし仮面に隠された顔は狂気にも似たものに満ちていた。
005
~一夏サイド~
俺はすぐにアリーナのピットへと走り出した。
そこからなら忍に出してもらった“これ”を投げ渡せる。千冬姉の偽物は許せないけど俺にはどうする事もできない、忍野に任せるしかないんだ。
そんなことを考えながらピットへと入ろうとした時、
「どこへ行く織斑!」
「千冬姉・・・」
呼び止められ、その声の人物の名を呟いた。
今一番会いたくない人と会ってしまった。
「教師の鎮圧部隊が突入する。お前は下がっていろ」
「無理だ。あれは普通のISじゃないんだ、悪戯に被害を増やすだけだ」
「なぜそんな事がわかる?」
「・・・忍野が言ってきたんだ。“体力を喰われた”って」
「一体どういうことだ!? 喰われたとは!?」
「言葉の通りだと思う。なあ千冬姉、絶対防御を貫通して操縦士の体力を吸う武器を持つあれが普通だと思うの? 鎮圧部隊に任せて大丈夫だと思う?」
「・・・その点はわかった。だがそれはお前も同じだろ?」
それに、 と千冬姉は俺が手に持っている物を見る。
「どこから持ってきたかは知らんがそんな物が何の役に立つ?」
確かにISが相手なら“これ”は武器にすらならない。無用の長物だ。
ISが相手なら、ね。
「相手はISじゃないんだ、使う武器だってIS用とは違うさ」
「まて、ISじゃない? 何か知ってるのか?」
「俺は知らないし千冬姉には関係ない」
「あの二週間と何か関係あるのか?」
「・・・・・・」
やっぱり鋭い。どうしてここまで感が働くんだ? 我が姉は。
「関係あるんだな・・・。私達は姉弟だろ? なぜそこまで秘密にするんだ?」
「・・・今話す事じゃない。でも今“これ”がないと忍野が死んじまう」
「・・・ことが済んだら“それ”を調べさせてもらうからな?」
「わかってる」
俺は千冬姉に背を向けてピットへ入った。
・・・いつかは話さないといけないのかもしれない。でもそんな事を話していいのだろうか?
実際に経験しないと信じられない、そんなオカルトな話をして、自分の弟が化物だと知って千冬姉は今までどうりに接してくれるだろうか?
だが今はあの黒いIS退治が先だ。
くたばってないだろうな、忍野!
「ハァハァ、そろそろヤベェな」
呼吸が乱れて肩で息をしている忍野。
アルケーは傷だらけでバスターソードも刃こぼれでボロボロ。GN粒子を喰われるのでバスターソードや装甲は通常時の強度を発揮できずただの鉄板同然だったのだ。
なんとか攻撃できないかと奮戦したがファングの尽きた今、飛道具のビームは無効化されるので一方的に切り刻まれていた。
今は装甲を斬られても肉体に刃が届く前に避けるので精一杯になっている。
「おっとォ!?」
ガァン!
再び黒いISの攻撃。空気を斬る音と放たれる下段から上段への抉るような斬撃、なんとかバスターソードで防ぐがその攻撃は凄まじく重い。
本来、斬り上げは体の回転と遠心力からくる刀の勢いによる攻撃なので上段から叩き潰すように防げば簡単に止めれる技だ。だか黒いISの一撃は止まるどころかこのまま弾き飛ばさんとするほどの力が込められている。
粒子を奪われ、さらに強度の下がったバスターソードからは悲鳴のような音が聞こえる。
「こォのォ、オラァァァ!!」
忍野はなんとか力任せに相手の刀を弾いて後退する。見るとバスターソードには小さい亀裂がいくつも発生していた。
「クソが、今の粒子量じゃトランザムも使えやしねェ」
黒いISの度重なる攻撃で粒子残量は機体性能を維持できる限界値ギリギリまで減少、奥の手であるトランザムは使えなくなってしまっていた。
(こっちも怪異化して戦うか? いや、それはマズいな)
最悪の手段を使うことを考えていた時、
「忍野ぉぉぉお!!」
突然響く忍野を呼ぶ声。声の元を見ると何かを振りかぶってる一夏が見えた。
「受け取れぇぇぇえ!!」
一夏はそのまま手に持っていた物を力いっぱい投げた。一夏が投げた物は真っ直ぐと忍野へと飛んで行き、
「遅せェんだよ一夏ァ!!」
忍野は持っていたバスターソードを捨て、代わりに投げられた物を掴んだ。
投げ渡されたのは一振の刀だった。
刀身が日本刀の倍近くの長さがあり、鍔や柄がつけられていない異質な刀だ。
そして日の光に照らされながらも妖艶な輝きを放っている。
黒いISは忍野が手に持った刀に何かを感じたのか、警戒心に似た気配を発している。しかしそれでも一歩も退かなかったのはさすが世界最強の模造品といったところだろう。
「今度はこっちの番だァ、ってあれ?」
反撃に移ろうとした忍野に、緊張感をぶち壊すかのように通信がきた。
「通信? こんな時に誰だァ?」
黒いISに警戒しながら忍野は回線を開くと、
『忍野さま!!』
「のわっ!?」
通信をしてきたのはクロエだった。
よっぽど慌ててるのかいつものクールさが微塵も感じられない。
「クロエかァ? 何のようだ!?」
『お願いします! 妹を、ラウラを助けて下さい!』
「妹ォ!? どういうことだ!?」
『ラウラ・ボーデヴィッヒは私の妹なんです! だから妹を助けて下さい!』
「いや、まず説明を!」
『助けて下さい!』
「だから説明・・・」
『助けてくれますよね? ね!?』
「・・・はい、わかりました」
鬼気迫るクロエの頼みを断りきれず承諾する忍野。通信を切ると改めて黒いISと向き合う。
「助けて、か。俺は人を助けないんだけど頼まれた以上仕方がないか」
黒いISはクロエとの通信が終わるのを待っていたかのように刀を構え直した。
武器を構えてない者を攻撃しない、いかにも千冬がやりそうなことだ。
「いくぜ最強の人形、ラウラを返してもらうぜ!」
忍野は刀を腰に添え、居合いの構えをとると黒いISへと一気に踏み込む。
数メートルあった距離は一瞬で縮まり互いの間わいに入った。
迎え討つように剣を振り下ろす黒いIS。千冬と同じ、速く鋭い袈裟斬り。
だが、
「テメェは偽物だ!」
ギンッ!
刃のぶつかる鋭い音が響き、横一閃に相手の刀を弾いた忍野。そしてすくさま頭上に構え、縦に真っ直ぐ相手を断ち斬った。
奇しくも忍野が使った技は千冬が得意としていた『一閃二断の構え』と同じ技だった。
「ぎ、ぎ・・・ガ・・・」
黒いISが真っ二つに割れる。そして中から力を失って崩れるラウラを受け止め忍野。
忍野には一瞬、黒いISから出てきてたラウラが弱々しい、捨てられた子犬のような眼差しで自分を見ていたような気がした。
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