暴物語   作:戦争中毒

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今回は完全に箒視点の話です。
では、本編。どうぞ。



ほうきマイマイ

 

001

 

 

~箒サイド~

 

学校が休みの今日、私は親族に管理してもらっている実家に帰ろうとした。

 

した、と言うことは家には帰っていない。帰れないほど遠くではない、IS学園から電車で一時間もしないうちに最寄り駅に到着する距離。

しかしそれでも私は家に帰らない。

帰るための決心がつかないでいるのだ。

 

実家である篠ノ之神社、私の家であるが、同時にあの人の家でもある。

 

“篠ノ之束”

 

世間ではISを作った天才としてもてはやされてるが、私はあの人を天才だとは思わない、思いたくない。

私はあの人が嫌いだ。

 

いや、それだと少し語弊がある。正しくは嫌いになった、である。

あの人がISを作ったせいで、私は家族と離れ離れになってしまったのだから。IS自体は否定しない、けれどもそれが大元で、私と両親は別々に全国を転々とさせられたのだ。互いに会うことができず、連絡も政府が取り決めた日の数分の電話だけ。友達を作れず、出来てもすぐに引っ越しで、その後の接触を禁止された。初めの頃は偽名を使わされた事もあった。そんな生活をしいられて、その原因を作ったあの人を、好きでいられる筈がない。

 

だから私は、あの人が好きだった頃を思い出したくないから、家に帰りたくない。

 

 

結局のところ、そんな幼稚とも思えることを理由に、帰路の途中で目に映ったこの公園にきている。日曜日の朝、すでに日は見上げる位置にまで登っているが、公園には誰もいない。

 

・・・いや、一人だけいた。

公園の隅っこに設置してある案内板、そこにあるこの辺りの住宅地図と睨めっこをしている、小学生が一人。

 

大きなリュックサックとツインテイルが印象的だった。しかしその子も、何かを思い出したかのように公園から去っていった。

 

また一人だけ。

・・・・・・。

べ、別にボッチではない! だからこういう一人っきりという状況に戸惑ってるだけだ! 本当だぞ!?

 

 

 

 

 

 

002

 

 

 

実家に帰る気になれなかった私は、そろそろ学園に戻ろうか・・・。

と、そう思っていると視界の端に大きなリュックサックが映った。見るとさっきと同じように住宅地図に向かっている小学生がいた。

 

ふむ、迷子という奴か。

 

「どうした? 道にでも迷ったのか?」

 

女の子は振り向いた。ツインテイルの、前髪の短い、眉を出した髪型。利発そうな顔立ちの女の子だった。

女の子はじっと私を、まるで吟味するように見てから口を開いた。

 

「話しかけないで下さい。あなたのことが嫌いです」

「・・・・・・」

 

ゾンビのような足取りでベンチに戻る。

嫌いって。初対面で、しかも小学生から言われるとここまで傷つくとは・・・。

し、しかしだ、迷子をほっとくわけにはいかないだろ!?

私は意を決して、もう一度話しかけてみた。

 

「おい、お前」

「・・・・・・」

「迷子なのだろ? どこに行きたいんだ?」

「・・・・・・」

「そのメモ、ちょっと見せてみろ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

再びゾンビのような足取りでベンチに戻る。

無視された・・・。

小学生にシカトされるのは、意外と堪えるな。

ええ~い、こうなったら!

 

「ワァ!!」

「ひゃっ!」

 

後ろで大声を出してみるとやっと振り返ってくれた。

 

「な、なんですかいきなりっ!」

「いや、大声を出したのは悪かった」

 

振り向いたのはいいが凄く睨まれている。

 

「ただ、お前、なんか困ってるみたいだったから、力になれるかなと思ってさ」

「いきなり小学生を驚かして楽しんでるような人に、なってもらうような力なんてこの世界にはありませんっ! 全くもって皆無ですっ!」

 

凄く警戒されていた。

 

「えっと、私の名前は、篠ノ之箒だ」

「箒ですか。掃除用具みたいな名前ですね」

「・・・・・・」

 

ため口・・・。

しかも人が気にしてる事を平然と言う。

 

「埃臭いですっ! 近寄らないでくださいっ!」

 

酷いことを言う。しかしここで怒ってはいけない、我慢しなければ。

 

「それで、お前はなんて名前なんだ?」

「わたしは、です。わたしは八九寺真宵(はちくじまよい)といいます。お父さんとお母さんがくれた、大切なお名前です」

 

八九寺か、初めて聞く苗字だな。

 

「とにかく、話しかけないでくださいっ! わたし、あなたのことが嫌いですっ!」

「そんな警戒しなくてもいい。私はお前に危害を加えたりしないぞ」

「わかりました、警戒のレベルは下げましょう」

「それは良かった」

「では、掃除用具さん」

「掃除用具さん!? 誰のことだ、それは!?」

 

つい怒鳴ってしまった。

しかし怒鳴ってもいいだろう!? いくらなんでも失礼過ぎるだろ!?

 

「怒鳴られましたっ! 怖いですっ!」

「いや、怒鳴ったのは悪かったけれど、でも、掃除用具さんは酷いだろ!」

「では、何とお呼びしましょう」

「それは、普通に呼べばいいのでは」

「ならば、篠ノ之さんで」

「ああ、普通でいいな」

「わたし、篠ノ之さんのことが嫌いです」

 

何一つ改善されていなかった。

 

「臭いですっ! 近寄らないでくださいっ!」

「埃臭いより酷いぞ!?」

「む・・・確かに、いくらなんでもただ臭いとは、女性に対して酷い形容だったかもしれません。訂正しましょう」

「ああ、是非ともそうしてくれ」

「水臭いですっ! 近寄らないでくださいっ!」

「意味が前後で支離滅裂だぞ!」

「なんでも構いませんっ! 迅速にどっか行っちゃってくださいっ!」

「いや・・・、だから、お前、迷子なのだろ?」

「この程度の事態、わたしは全く平気ですっ! この程度の困りごとには、慣れっこなんですっ! わたしにとってはとっても普通のことですっ! わたし、トラベルメイカーですからっ!」

「旅行代理店勤務か、凄いな」

 

それなら本当なら、迷子になんてなるわけないたろうが。

 

「迷子を見過ごすことは出来ないな、ほら」

「あ、ちょっとっ!」

 

八九寺からメモを奪って書かれてる住所を見る。

ふむ、割と近くだな。

 

「では・・・行くぞ、八九寺」

「え・・・どこへですか?」

「だから、このメモの住所だ。近くだから案内するぞ」

「・・・はあ。案内、ですか」

「んん? お前、迷子なんじゃないのか?」

「いえ、迷子です」

 

はっきりと、それを肯定した、八九寺。

 

「蝸牛の、迷子です」

「は? カタツムリ?」

「いえ、わたしーーー」

 

何か言おうとして首を振る。

 

「わたし、なんでもありません」

「それでは行くぞ、八九寺」

 

動こうとしない八九寺の手を強引につかんで、引っ張るような感じで公園を後にした。

 

 

 

 

 

 

003

 

 

八九寺と手をつないでメモに書かれている住所を目指して歩いている。

すると突然、声をかけられた。

 

「何してるんだ箒?」

「いい一夏!? なんでここに!?」

 

驚いて顔を上げると、そこには一夏がいた。

どうやらメモを見ていて一夏が近づいて来たのに気付かなかったようだ。

 

「なんでって、まあ散歩かな? そういう箒は?」

「迷子の案内をしているところだ」

「迷子って?」

 

そう言うと一夏は辺りを見回す。ここに居るというのに、全く。

私は思わず笑みを浮かべながら、私の後ろに隠れてる八九寺を一夏から見えるように体をずらす。

 

「この子だ。名前は八九寺真宵と言うらしい」

「え? ・・・迷子の案内なんて優しいな、箒は」

「と、当然のことをしてるまでだ!」

 

一夏の様子が少し変だったが、割とよくあることだから特に気にしない。

六年の歳月経て再会した幼馴染みは、時々奇行にはしるようになっていた。自分の影に向かって何かしていたり、独り言を話していたり。部屋を訪ねた時には、一夏しか居ないのに、なぜか飲みかけのカップが二つあったりした。

・・・悪い病気なら治ってほしい。

 

 

「・・・箒、俺もついて行っていいか?」

「別に構わないぞ。そうだろ八九寺?」

「え、ええ。わたしは特に・・・」

 

同意を求めるように八九寺に話をふるが、どうも歯切れが悪い。一体どうしたと言うんだ?

 

 

数分後、高校生二人と小学生一人の珍道中が始まった。一夏と八九寺は互いに話もしないが・・・。

他人から見たらどう見えてるのだろうか?

 

「それで箒」

「なんだ一夏?」

「その住所には何があるんだ?」

「そう言えばそうだ。八九寺、この場所には、一体何があるんだ?」

 

道案内をする立場として、それは聞いておきたい。ましてや小学生女子の一人旅ともなれば、尚更だ。

 

「ふーんだっ。話しませんっ。黙秘権を行使しますっ」

「・・・・・・」

 

生意気な迷子だな、おい。

子供が純真無垢だなんて、誰が言ったのだろうか。

 

「教えないなら連れて行ってやらないぞ?」

「別に頼んでませんっ。一人で行けますっ」

「でもお前、迷子だろ?」

「だったら、なんですかっ」

「いや、八九寺、あのな、後学のために教えてあげるけど、そういうときは、誰かを頼ればいいんだぞ」

「自分に自信が持てない篠ノ之さん辺りはそうすればいいですっ。気の済むまで他人を頼ってくださいっ。でも、わたしはそんなことをする必要がないんですっ。わたしにとってはこの程度、日常自販機なんですからっ!」

「定価販売するな!」

 

変な相槌だった。

人の手なんて借りる必要はないと、他人に助けてもらう必要なんて皆無だと、そう確信してるようだ。

 

「・・・うむ」

 

ポケットからお菓子を取り出す。

 

「八九寺、お菓子をあげよう」

「きゃっほーっ! なんでも話しますっ!」

 

馬鹿な子供だった。

・・・この子、そのうち誘拐されるのではないだろうか?

 

「その住所には、綱手さんという方が住んでいます」

「綱手? それは、苗字か?」

「立派な苗字ですっ!」

 

なにやらご立腹のようだ。気に障るようなことは言ってないはずだが。

 

「どういう知り合いなんだ?」

「親戚です」

「親戚ね」

 

つまり、日曜日を利用して、親戚の家に遊びに行く途中なのか。休日の一人旅という小学生の冒険も、迷子によって中途破綻ということらしい。

 

「そういえば、篠ノノ之さんはーーー」

「ノが一個多いぞ!?」

「失礼。噛みました」

「気分の悪い噛み方をするな・・・」

「仕方がありません。誰だって言い間違いをすることくらいあります。それとも篠ノ之さんは生まれてから一度も噛んだことがないというのですか?」

「ないとは言わないが、少なくとも人の名前を噛んだりはしない」

「では、“バスガス爆発”と三回言ってください」

「それ、人の名前ではないだろう」

「いえ、人の名前です。知り合いに三人ほどいます。ですからむしろ、かなり一般的な名前であると思われます」

 

子供の嘘って、こんな透け透けなのだな。

 

「バスガス爆発、バスガス爆発、バスガス爆発」

 

言えてしまった。

 

「夢を食べる動物は?」

 

間髪いれず、八九寺が言う。

いつの間にか十回クイズになっていた。

 

「・・・バク?」

「ぶぶー。外れです」

 

したり顔で言う八九寺。

 

「夢を食べる動物。それは・・・」

 

そしてにやりと不敵に笑って。

 

「・・・人間ですよ」

「うまいこと言うな!」

 

この子は本当に小学生なのか?

そうしていると一夏が立ち止まる。

 

「ところで箒。いったい何処まで行くんだ?」

「えーっとだなーーー」

 

私は八九寺から預かったメモを読み上げる。すると一夏は近くにあった、古びた町内の案内板を見る。

 

「それって行き過ぎてない?」

「なに?」

 

私も案内板に描かれた地図を見てみる。

 

「ほら、今ここだろ? 目的地はこっちじゃん」

「ほ、本当だ」

 

錆び付いて所々わからなくなっているが、おおよその現在地と目的地は分かった。どうやら本当に行き過ぎてしまったようだ。

 

 

もう一度住所の場所を目指して歩きだす私達。一夏はそうだが、八九寺も黙ったままだ。

八九寺に至っては、俯いたまま、私の手に引かれてる。

 

「・・・箒。悪いけどもう一度住所を教えてくれないか?」

「仕方のないやつだな」

 

私は再びメモの住所を読み上げる。

 

「・・・また、行き過ぎてる」

「え?」

 

行き過ぎてるって、住所を?

そんな馬鹿な事が・・・、

 

「見て見ろよ」

 

一夏が指差す先には、再び古びた住宅地図の看板があった。そこに記されていたこの場所の住所は、目的地を通り過ぎていた。

 

しかし二回目?

知らない土地なのは仕方がない。それにしても、地図を見た上で、それでも間違えるのは。

地図・・・?

 

「そうか。区画整理で地図が役に立たなくなっていたのだな。だから土地勘のない私達はーーー」

「いや。そういうことじゃない」

 

私の言葉を否定する一夏。

その様子は、いつもの一夏ではなく、どこか忍野に似た雰囲気を纏っていた。

 

「道が増えたり、家がなくなったりあるいは新しくできたりはしてるけど、昔の、地図に書かれている昔の道が完全になくなっているわけじゃないから・・・構造的に迷うのはおかしい」

 

言われてみればそうだ。なぜ迷うのだ?

 

 

「何度行っても、辿り着けないんですから」

 

私の疑問に答えるように、八九寺は。

 

「わたしは、いつまでも、辿り着けないんです」

 

八九寺は、繰り返した。

 

「お母さんのところにはーーー辿り着けません」

 

さながら壊れたレコードのように。

壊れてない、レコードのように。

 

「わたしはーーー蝸牛の迷子ですから」

 

 

 

 

 

 

004

 

 

 

『“迷い牛”』

 

「うし? 牛じゃなくてカタツムリなんだって」

『カタツムリを漢字で書きゃ牛って入ってるだろーが。渦巻きの渦の、さんずいを虫偏に変えて、それで牛。蝸牛だよ。

 

『人を迷わせる類の怪異は、そりゃあ数え切れないくらいにいっぱいいるけれど、そのタイプで蝸牛だって言うなら、迷い牛で間違いないな』

 

 

 

私、篠ノ之箒と織斑一夏、八九寺真宵の三人は、法律間近の近道も気が遠くなるほどの遠回りも、しかし結果から言うとそれらは全て、見事なまでの徒労に終わった。

最後の手段で一夏の専用機で現在地と地形データをリンクしようとしたが、

 

エラーが発生してリンクが切断された。

 

私は交番に八九寺を任せようとしたが、その交番にすらたどり着くことが出来なかった。

 

どうしようかと途方に暮れていると、何かを思い付いた一夏は誰かに電話をかけた。電話の相手としばらく説明なりツッコミ(?)なりしてから携帯を、私にも会話ができるようにハンズフリーにした。

一夏が電話をかけた相手は忍野だった。

 

 

「ちょっと待て、その怪異とはなんだ?」

『あれ? 一夏から聞いてない?』

「何も聞いていないぞ」

『はぁ~、一夏。全部俺にまる投げかい? ずいぶんと酷いな』

 

電話の向こうでどんな顔をしているか手に取るようにとわかるようなため息を吐く忍野。

そんなことより怪異とはなんだ?

 

『それじゃあ箒、簡単に説明するけど怪異って言うのは神様や妖怪、所謂オカルトの類の総称だ。幽霊とか神隠しも含まれる。まぁ無理に理解しろとは言わないよ、急にこんな事を言われたら混乱するからねぇ。でも頭の隅にでも入れといてね、怪異の意味がわからないんじゃ話が進まないから』

 

いろいろ口を挟みたいところがあったが、とりあえず黙って聞くことにした。

一夏も知ってることなのか、何ら顔色を変えずに話を聞いている。

 

『さて、迷い牛の説明に戻ろう。怪異としての種類は、魑魅魍魎とか怪奇現象とかより、幽霊とか、そっちの類。

 

『マイナーだし名前はまちまちだけど、まあ、それは元が蝸牛だから仕方がないさ。その子の名前、八九寺真宵って言うんだろ?。

 

『八九寺っていうのは、これはそもそも、竹林の中にあるお寺のことを、指し示す言葉だったんだ。正しくは、『八九』ではなく『淡い』『竹』で、淡竹という。淡竹寺。竹って言えば、まず孟宗竹と淡竹の二種類だろう? また、淡竹は、『破竹の勢い』の『破竹』ともかかっているんだ。読みは同じだからねぇ。

 

『この場合はあんまり関係ないんだけれど、それを十中八九の『八九』と置き換えたのは、言ってしまえば単なる言葉遊びなんだよ。一夏はともかく、箒は知ってるかな? 四国八十八箇所とか、西国三十三箇所とか」

 

「ああ・・・まあ、一夏と違うからそれくらいなら」

「ちょっと待て、なんで俺が知らない事を前提に話をするんだ!?」

 

「『だって一夏だし』」

 

「二人でハモるなぁぁぁ!」

 

そんなことを言われても、一夏はそういった文化を知らないだろ?

前に“神社と宮の違いってなんだ?”って聞いてきたのを忘れたとは言わせないぞ。

 

『そういうのって、有名無名を区別しなければ結構あるわけだ。八九寺ってのも、言わばその一種でね、八十九個のお寺がそのリストの中に収められているのさ。勿論、八十九というのは言ったように『淡竹』とかかっているんだけれど、後づけの意味じゃ、四国八十八箇所よりもひとつ多い数ってところもあるだよ。

 

『選ばれた八十九のお寺は、大概が関西圏のお寺だからなぁ、その意味じゃ、四国八十八箇所よりは西国三十三箇所の方がイメージに近いかな。ただ、ここからがこの話の肝でさあ、悲劇の始まりというわけなんだよ。

 

『ほらさー、八九って『やく』、つまり『厄』に通じちゃうところがあるだろ? そういうのって、寺院の頭に冠しちゃったら、否定の接頭語になっちまうからな、よくなかったんだよ。

 

『そういう解釈が広がっちまって、八九寺という括りは、その内に廃れたのさ。八十九の内に指定されていたお寺も、ほとんどは廃仏毀釈のときに潰れて、今現在の現存数は四分の一以下になってる。しかも、八九寺に選ばれていたことは、ほとんどひた隠しにしている感じなんだ』

 

何だか嘘なのか本当なのかわからない説明だ。

しかし話は続かなかった。

 

『ーーーーーー!?』

『ーーーーーー?』

 

なんだか電話の向こうが騒がしい。

警備員? 

いったい忍野は何をやっているのだ?

 

『ああそれでなんだっけ?』

「随分と騒がしいけど何かあったのか?」

『大した事じゃないよ、だけどもうちょっと待ってね』

 

すると、向こうで何か言い争いをしているか、時折ヒステリックな声は聞こえてくる。

しばらくして一旦静かになると再び忍野が話始めた。

・・・なんでそのまま話始めれるんだ?

 

『ああ、それで話の続きだけど、さっき話した経緯ーーー歴史を理解した上で、改めて八九寺真宵って名前を見ると、どうだろう、妙に意味ありげで困っちゃうよね、普通は。上下が繋がっていて、さ。大宅 世継とか夏山 繁樹みたいなもんだ。『大鏡』くらいは授業で習っただろうから一夏だって覚えてるだろ? けれど、下の名前がマヨイっていうのはどうなんだろうなあ? それこそ安易で、安易。ネーミングセンスを疑うよ』

 

確かに寺にマヨイ、意味ありげではあるけれどくだらない感じだ。

 

「でもこの子が、八九寺って苗字になったのは、つい最近なんだ。それ以前は、綱手だったって」

『綱手? へえ、綱手かよ・・・よりにもよって。よりにもよって、糸がよれ過ぎだな。完全にほつれちまってる。因縁にしたって、そりゃさすがに出来過ぎだなあ。八九寺に綱手・・・なるほど、それで真宵か。むしろ本命はそっちか。真の宵夜ね』

 

何か一人だけで納得しているが、私の訊いてたことの説明がまったくされていない。

 

「それで、どうすれば、こいつを目的地まで連れて行くことができるんだ?」

『・・・・・・』

 

私が問うと黙ってしまう忍野。一夏にも何か言ってもらおうとそちらを向くが、何かを言いかねてるような、そんな顔してこちらを見てくる。

なんだというのだ?

 

『迷い牛という怪異は、目的地に向かうのに迷う怪異ではなくて、目的地から帰るのに迷う怪異なんだ』

「か、帰るのに?」

『そ、往路じゃなくて復路を封じる』

「え、でも、それがどうしたというのだ? 八九寺は家に帰ろうとしているわけじゃない。あくまで、綱手家っていう目的地に向かっているのであってーーー」

 

「ごめん箒。俺はてっきり、“俺が”間違っているんだと思ってたんだ」

 

突然口を開く一夏。

何を言っているのだ? 一夏は何も間違っていないだろ?

 

 

「俺には」

 

一夏は八九寺を指した。

けれどもそれは、全然違う、あさっての方向だった。

 

「八九寺さんの姿が見えないんだ」

 

 

 

 

 

005

 

 

「ほんの十年ほど前の話です。あるところで、一組の夫婦が、その関係に終焉を迎えました。かつては周囲の誰もが羨み、周囲の誰もが、幸せになると信じて疑わなかった、そんな二人ではありましたが、婚姻関係にあった期間は十年にも満たない、短いものでした。

 

「その夫婦に幼い一人娘がいましたが、その子は、父親に引き取られることになりました。母親は父親から、二度と一人娘とは会わないことを、誓わされました。そして一人娘も、二度と母親とは会わないことを誓わされました。

 

「時が過ぎ、9歳から11歳になった一人娘。一人娘は、自分の母親の顔が思い出せなく・・・いえ、思い出せてもそれが自分の母親の顔なのか、確信が持てなくなっていました。時間が、思いや記憶を風化させていたのです。どんな物も、形ない物ですら、劣化していきます。

 

「だから、一人娘は母親に会いに行くことにしました。勿論父親にはそんなこと言えるはずもありませんし、母親にあらかじめ連絡を入れるようなこともできません。母親が今がどんな状態にあるのか、一人娘は全く知らないのですから。それに、嫌われていたら、迷惑がられたら、忘れられていたら。とても、ショックだから。

 

「だから、いつでも踵を返して家に帰れるように、一人娘は、誰にも何も言わず、親しい友達にさえ内緒で・・・母親を訪れました。訪れようとしました。

 

「髪を自分で丁寧に結って、お気に入りのリュックサックに、母親が喜んでくれるだろう、そう信じたい、昔の思い出を、いっぱい詰めて。道に迷わないよう、住所を書いたメモを、手に握り締めて。

 

「けれど、一人娘は、辿り着けませんでした。どうしてでしょう。どうしてでしょう。本当に、どうしてなんでしょう。目の前に、火を噴く鉄の柱さえ落ちてこなければーーー。

 

 

「その一人娘というのが、わたしです」

 

八九寺真宵は、告白した。

いや、それは懺悔だったのかもしれない。今にも泣き崩れてしまいそうな表情をみていると、そうとしか思えないくらいだった。

 

八九寺の懺悔が終わったのを見計らったかのように、忍野は説明を再開した。

 

『迷い牛っていうのは素人でも分かりやすい言い方をすると、目的地に辿り着けなかった者が、他者の帰り道を阻害するってやつさ。行きの道、それに帰り道ーーー往路と復路。巡り巡る巡礼。つまり八九寺だ。

 

『マヨイとは元来、縦糸と横糸がほつれて寄ってしまうことを言うんだ。だから糸偏で紕とも書き、それは成仏の妨げとなる、死んだ者の妄執をも意味する。それに宵という字は、それ単体では夕刻辺り、即ち黄昏刻、言うなれば逢う魔が刻を意味する。これに真の字を冠するとそれは例外的に否定の接頭語となり、真宵、つまり真夜中、午前二時を指す古語となる。そう、オカルトに疎い人間でも知っている、丑三つ刻を意味する。

 

『これだけ言えばもう分かっただろ? そこに居る、居るであろう八九寺真宵こそが蝸牛、迷い牛の正体。死後、蝸牛に成る。いわば地縛霊の一種さ』

 

 

「違う・・・」

 

『ん?』

 

「私が訊きたかったのは、八九寺を、お母さんのところに一体どうやったら連れて行ってやれるかって、それだけだった。そんな、知ったところで何の意味も持たない知識なんて、どうでもいい」

 

「お、おい箒ーーー」

『君は自分が何を言ってるのか分かっているのかい? その子、そこにはいないぞ。そこにはいないし、どこにもいない。八九寺真宵・・・彼女は死人、幽霊。怪異そのものでーーー』

「それがどうした!」

 

怒鳴ってしまった。助けを求めておいて筋違いなのかも知れないが、それでも怒鳴らずにはいられなかった。

 

「し、篠ノ之さん、痛いです」

 

私の手を離そうともがく。

八九寺の手を強く握り締め過ぎて、痛いらしい。

そして言う。

 

「あ、あの、篠ノ之さん。電話の、忍野さんの、言う通りです。わたし、わたしは」

「黙っていろ!」

 

何を喋っても、私にしか届かない。

けれど、八九寺は、私にしか聞こえない声で、自分の正体を、精一杯告げていた。

 

「こいつは、一言目からいきなり、とんでもないことを言ったんだぞ!?」

 

ーーー話しかけないでください。あなたのことが嫌いです。ーーー

 

「わかるのか? ついてきて欲しくないからって、遭う人間全員に、そんな台詞を言わなくてはならない八九寺の気持ちが、貴様に、貴様たちにわかるのか!?」

 

一夏と電話の向こうの忍野にむけて怒鳴ってしまう。誰かを頼ることも出来ず、おかしいのが自分だとも言えない、ただ永遠と迷い続けなければならない。そんな八九寺を見捨てることを私には出来ない。

 

気がつけばいつの間にか、私は涙をながしていた。その涙が八九寺の手に落ちるが、それすら一夏には見えていない、そう思うと涙はとめどなく溢れてくる。

 

すると、

 

『ハッハー、優しいな箒は。そう言う甘ちょろいことを言うのは一夏だと思ってたんだけどねぇ。それじゃあその迷子を、目的地に送り届けることが出来る今回に限り使えるだろう裏技を一つ伝授しよう』

 

軽薄な変わり者が手を貸してくれた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

006

 

 

そして一時間後、八九寺が十年間目指し続けていた場所、あのメモに書かれていた場所に辿り着いた。

だが、私には達成感はなかった。

 

八九寺の母親の家、綱手家は、更地になっていたのだった。

フェンスで囲まれて、立ち入り禁止の看板が立っていた。雑草は伸び放題で、看板の変色具合から見て随分と昔から、この形になっていたであろうことがうかがえた。

 

区画整理。宅地開発。

新しい道を通っていた時点で、考えるべき可能性だったのだろうけど、完全に失念していた。

 

「・・・こんなことが、あっていいのか」

 

私のつぶやきに一夏は何も答えない。

 

忍野が教えてくれた、今回に限り使えるだろう裏技というのは、迷い牛の怪異としての属性が、幽霊であるがゆえの弱点をついた方法ーーーらしい。

 

“幽霊は、本質的な情報的記憶が蓄積しない”

 

この手の怪異は、基本は存在しないのが当たり前だそうだ。見る者がいなければ、そこにはいない。

曰わく、私が案内図に目を遣ったその瞬間に、そこに現れ、その時点から存在し始めたーーーらしい。継続的な存在ではなく、目撃された瞬間的な現れ。見えてるときしかその場にいない。

 

だが観測者、見ている者がいるときにしか存在しないから蓄積しないものがある。

情報的記憶、知識だ。

 

私のように土地勘のない者は勿論、ただその付き合いで、八九寺が見えていない一夏でさえ迷わせることができる。

 

しかし、知らないことは知らないのだ。

八九寺自身の記憶としては知っていても、対応できない。

十年どころか二十年以上前からある、GPSみたいな位置情報を取得する手段。八九寺が“知識”として知っていたので、ISのリンクを遮断できたーーーらしい。

 

だから彼女の知識にないものを使う。たとえば、区画整理。

私も一夏も知らないが、十年前に較べて変わってしまった町並み。近道でも遠回りでもない、勿論まっすぐでもない“新しく作られた道ばかりを選択したルートを使えば”、迷い牛くらいの怪異では対応できない。彼女がどれだけ最新の地図を見て、新しい道を“記憶”として覚えても、それは“知識”とし反映されない。

だから今回に限り、区画整理で新しい道があった今回だけ可能な方法だ。

 

結果から言えば、これは成功だった。

最近作られたであろう、アスファルトが黒々しい道だけを選び、古い道や舗装し直しただけの道をできるだけ避けて、一時間。

本来ならば、あの公園から徒歩で十分もかからないような距離を、一時間もかけて。

 

「う、うあ」

 

隣から、八九寺の嗚咽が聞こえた。

やっとのことで辿り着いた目的地が、十年もかけて目指した場所がなくなっていたのだ。どう慰めようかと、私はそちらを振り向く。

見ると八九寺は泣いていた。

けれども俯いてではなく、前を向いて、家があったであろう、その方向を見ている。

 

「う、うあ、あ、あーーー」

 

そして。

タッ、と、八九寺は、私の脇を抜けて、駆けた。

 

 

「ただいまっ、帰りましたっ」

 

 

更地へと駆けた八九寺の姿は、すぐにぼやけて、まばたきをした次の瞬間には、私の視界から消えてしまった。

いなくなってしまった。

 

 

 

 

 

007

 

 

「お疲れ様、箒」

「一夏・・・」

 

八九寺を送り届けた私に労いの言葉をかける一夏。いつもなら嬉しいが、今の私は胸の内にあった疑問をぶつけた。

 

「なあ一夏。お前たち二人は、普段こんな経験をしているのか? 自分にだけ見えて、他人には見えない、そんなものを経験をし続けているのか?」

 

自分が正しいのか、それとも他人が正しいのか、第三者からしか正しい判断ができない。いや、判断できるかもからないようなものと関わり続けているのだろうか?

 

だとしたら、そんなの、悲し過ぎる。

 

「・・・いつかは、答える」

「・・・そうか」

 

・・・やはり一夏は優しいのだな。

“答えない”と言う選択があっただろうに、それを選ばない。怪異と言うものに行き遭った私に対して何か思っているのか、それとも他の思惑があるのか。

どちらにしても今は待つだけだ。一夏が話してくれる、その日まで。

 

夏休みになったら、実家に帰ってみよう。

今度こそ。迷ったり寄り道したりせず。

 

自分の家に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょう?
ほぼ原作と同じ展開でがっかりでしたか?
もしそうだったらごめんなさい。

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