暴物語   作:戦争中毒

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夏休みの一幕 其ノ伍

014

 

 

太平洋のド真ん中。

その海中を行く一隻の潜水艦がいた。

ISの生みの親であり天災とまで言われた稀代の天才科学者、篠ノ之 束が建造した万能潜水艦『水鏡』。

 

しかしその艦内で、彼女は自らの頭脳を持ってしても分からない謎と向き合っていた。

 

「う~ん、やっぱり分からないなあ」

 

無数の空中ウィンドを展開しながら独自のキー配置がされたオリジナルの投影キーボードを叩き続け、様々な思考を廻らせている束。

新たなウィンドが展開されたと思うと3秒と経たずに消え、次のウィンドが現れる。そんな高速作業がすでに半日以上続いているが、彼女には疲れた様子はなく、絶好調と言った様子だ。

 

そこへ食事の載ったトレーを持ったクロエが入って来た。

 

「束様。昼食をお持ちしました」

「ありがとう! そこに置いといて~」

「昨日から新型推進器の制作をほっぽりだしていったい何をされてるのですか?」

「う~ん? いっくんのサバーニャなんだけど見てよこれ」

 

束がクロエの方へと飛ばした空中ウィンド。

そこに表示されていたのは福音事件の直後に回収したサバーニャのパーソナルデータ。

ISの全てが詰まったデータでそれさえ見れば機体情報はもちろん、インストールしたプログラムや過去に装備した物まで知る事が出来る・・・のだが。

 

「何ですかこれは?」

 

ずらっと並んだ詳細な情報。ビットのエネルギー数値からミサイルの制御プログラム、はてや一夏の攻撃の癖まであらゆる情報が表示されている。

けれどもそこには一角だけ、データには解析不能になっている場所が存在した。

 

「ここはね、他の(IS)なら単一使用能力に関係した情報が存在する場所なの。それがぽっかりと抜け落ちてるから調べようとしてるんだけどね」

 

こんな事は始めてだよ、と好奇心に満ちた顔をしながら束は言う。

さながら、新しいおもちゃを手に入れた子供のような、無邪気で純粋な顔。

 

しかしクロエがある事を思い出した。

 

「ですが束様。サバーニャには既にトランザムシステムと言う単一使用能力が登録されてますよ? 現に他のGNドライヴ搭載機にはそのように登録されてますが・・・」

 

そう。

サバーニャには二次移行以前のケルディム時代からトランザムが単一使用能力としてあった。

そのデータが無くなっていたとしたら不自然極まりない。

それにアルケーなどにはトランザムが単一使用として登録されているのである。

 

 

この問に対し、束はあっけらかんと、

 

「本来、トランザムは単一使用能力とは言えないんだよ」

 

こう宣言した。

さすがにこの答えにはクロエも驚き、普段は堅く閉じている瞼が開いてしまってる。

 

「単一使用能力はISが二次移行した時にそれまでのISの経験値から独自に進化して発生する能力なの。でもトランザムはGNドライヴを搭載して、それに対応した機体設計をすればどの(IS)でも使えるシステム。これを単一(ワンオフ)と呼ぶには変でしょ?」

「・・・言われてみればそうですね」

「そして、あの子もそう」

 

二人の視線の先。たけのこの様な円錐形の機器と一緒に部屋の一角に設置された整備ハンガーに吊り下げられている紅い魔物(アルケーガンダム)

修理と分解点検を終え、何時でも最高のパフォーマンスを出来る状態へと仕上がったその機体は、持ち主の下へと届けろと催促しているかのように二人の方を向いている。

 

「この子も二次移行こそしてないけど、データ上には謎の領域があるの。恐らく、将来的にはサバーニャと同じように単一使用能力が変わるのかも知れない」

「それでは、お二方のガンダムはトランザムを失うのですか?」

「それについては答えがあったよ、ほら見て!」

 

束が指差す場所。そこには機体の基本システムとして“TRANSーAS(トランザム)”の名が刻まれている。

 

「ねえ? これは多分、GNドライヴを搭載した事によって本来出現する筈だった単一使用能力に何らかのトラブルが生じたんだと思うのッ! 進化に失敗したのか遅れているのか、二次移行をした初のGNドライヴを持った子だから比較対象もなく、情報も不足しているから予測すら建てられない! 未知は科学者にとっては三度のパフェよりも好きなものなんだよッ!!」

 

すっかり興奮してしまった束。

科学者というのは違いはあれど、未知の探求を欲して止まないものだが、天災とまで称される彼女には未知と呼べるものがあまりにも少ない。

勿論、彼女自身が興味を示さない分野はまだまだ未知で溢れているが、彼女が専門としているISと宇宙工学にはそれがない。

ISに関しては開発者であるので未知でも何でもないし、宇宙工学も宇宙(そら)に上がれない現状では自分で調べることが出来ないので手を付けられない。

 

だからこそ、束は未知に飢え、サバーニャの謎に夢中になった。

それが良いことなのか、それとも悪いことなのかは別として・・・。

 

 

 

015

 

 

しばらくして束がようやく食事のトレーを手に取った時、クロエの表情が変化する。

 

「束様。センサーに未確認航行物を感知しました。ブリッジに上がります」

「行ってらっしゃ~い」

 

部屋を出たクロエは小走りに通路を駆け、居住区にあるキッチンの一角に設置された無骨な椅子に腰掛ける。

するとその椅子は付け根の金属タイルごとゆっくり上昇を始めた。そして天井が椅子の設置された金属タイルと同じサイズで開き、まるで煙突の中のような縦トンネルが現れ、クロエが乗ったその椅子はその中を昇る。

 

上昇を続けた椅子は狭い部屋に到着した。

薄暗く、暖かみのない部屋。クロエの前にあるコの字型に配置された巨大なデスクと、無数にある小さな窓以外に光源のないその部屋は水鏡の艦橋(ブリッジ)

水鏡の全てを司る所だ。

 

HARO(ハロ)システム起動。両舷停止、急制動」

「了解! 了解!」

 

デスクに固定された球体状のAIがクロエの言葉に反応し、両目のLEDを点滅させる。

 

ハロとは水鏡の自立型支援AIでその姿はバレーボールくらいの大きさをした球体で外装は明るい黄緑色。目にあたる部分は赤いLED、耳や口と思われる部分には曲線で描かれたスリットが入ってる、どこか憎めない顔立ち(?)をしたクロエの相棒だ。

(クロエと束の関係は“相棒”には当てはまらない)

 

ハロに艦の制御を任せるとモニターを注視する。音響センサーに表示されている情報には12時方向の水中に2つ、5時から8時方向かけて水上に3つの反応がある。

 

(挟まれてますね。しかしどうやって捕捉されたのでしょう?)

 

万能を謳うGN粒子でも水中ではジャミング能力がない。水中ではレーダー波以外に音波でも索敵するからごまかせないのだ。

しかしだからと言って簡単に発見されるようなステルス性能ではない。推進器は海流音に紛れるように設計されているし、艦内は防音加工が施されているので艦外に音が漏れる事はない。

普通ではこちらに気付かれずに発見するのは無理だ。

 

何か可能性を思い出したのか、クロエは空中ウィンドを開いてネット検索を始める。

次々と表示される情報は明らかに一般的なものではなく、どこかにハッキングを仕掛けているは明らかだがここにはそれを咎める者は居ない。

そして目的の情報に辿り着く。

 

「これですね。アメリカ太平洋艦隊の演習」

 

見つけたのはアメリカ海軍の演習計画書。

内容は太平洋艦隊所属のイージス艦三隻と潜水艦ニ隻による海上演習だ。

ISの登場以降、軍縮が進むアメリカ軍だが演習はだけは規模が小さくなろうとしっかり行っている。最も、予算が少ないのでこのように10隻以下の少数でしか実施出来ないようだが・・・。

そして、今回の演習海域が現在の水鏡の位置とピッタリ重なる。

どうやら海軍は此方を捕捉しているわけではなさそうだ。

 

知らぬ事とは言っても演習中の海域に侵入した以上、攻撃されたとしても文句は言えない。

気づかれる前にクロエは海域を離れようと、近代的なデザインの舵に手をかけた。

 

だが無慈悲で甲高い音が艦体を叩いた。

 

「ッ! 急速潜行、両舷第一戦速!」

 

表情を強張れせたクロエは舵を目一杯押し込み、艦の深度を下げる。

艦首と両翼のスクリュウーが高速で回転を始め、艦上に乱海流を発生させながら船を海底へと近づけ、艦尾の大きな推進器が艦に僅かな振動を起こしながら船を力強く押す。

 

今の音の正体、アクティブソナーのピンガー音。

アクティブソナーは、深海に潜む潜水艦を探す際に用いられる装置でピンガーと呼ばれる音波を発し、それが敵艦から跳ね返ってきた音で距離や方位を計る。

 

つまりたった今、アメリカ海軍に水鏡の現在地を知られてしまった事になる。

内心慌てながら操舵をしていると内線から束の声が響く。

 

『おおっと!? くーちゃんどうしたの? 床が傾いているよ?』

「申し訳ありません。アメリカ海軍に捕捉されまいた」

『あれー? 何で見つかっちゃたの?』

「それが、自動航法にしてましたので知らぬ間に演習海域に侵入してしまったようです」

『アチャー、それは仕方ないね。じゃあ頑張って逃げてね!』

「かしこまりました」

 

通信を終えたクロエはすぐに逃走しようと艦の角度を水平に戻す。

 

「ハロ、この海域の地形データと海流データの算出をお願いします」

「任セロ! 任セロ!」

 

ハロにデータ収集を任せたクロエはセンサーを睨みながら舵をとる。

センサーを見る限り、海軍は予想外の潜水艦を攻撃目標にしたのかゆっくりと回頭を始めている。

 

(まずいですね。この辺りは水深が浅いので潜って逃げるのは難しいですし・・・)

 

潜水艦は何処からでも魚雷で攻撃出来ると思われがちだが実際には攻撃可能深度というものがあり、その範囲でしか攻撃できないのだ。

あまりに深いと水圧で発射装置が故障し、仮に発射できても魚雷自体が圧解してしまう。

 

つまり攻撃可能深度よりも深く潜れば捕捉されても魚雷は届かないので逃げる事ができる。

だが運悪く、水鏡がいる海域は大深度でも攻撃可能深度なのだ。

 

「攻撃来タ! 攻撃来タ!」

「雷撃防御!」

 

海軍は悩む暇すら与えてくれず、魚雷を放ってきた。

 

クロエはすぐに制御パネルを叩いて魚雷の迎撃にとりかかる。

水鏡の翼の付け根にある発射管が開き、ジュース缶のような丸太の短魚雷が発射されると海軍からの魚雷へと向かう。

双方が衝突コースにのり直前に迫ったところで水鏡の魚雷はバラバラに崩壊し、内部から無数の小型機雷をバラ撒いた。

 

次の瞬間、海軍の魚雷が次々と機雷に衝突して大爆発。水を震わして双方にその衝撃波と爆発音が響く。艦体からは軋むような音が響き、水鏡の性能を信じていても不安を感じて止まない。

 

「今度はこちらの番です。飛行爆雷発射用意。弾頭は粒子撹乱と音響を1発ずつ装填ッ!」

「分カッタ! 分カッタ!」

 

ブリッジの眼前の前甲板の一部が持ち上がり、L字状に開く。

そこには人間が両手を広げて余裕がある程の大きな穴があり、またその穴には隙間なくスッポリ納まる金属の塊があった。

 

「撃てッ!」

 

クロエの指示の下、それぞれの座標を指示された飛行爆雷は轟音と共に水鏡から放たれ、海上へと消えた。

 

しかしそれだけでは終わらない。

 

「サイドキック! 反転180°、両舷第三戦速!」

 

艦首の側面にある水中用スラスターに火が灯り、通常では有り得ない速さで水鏡は進路を変える。そして後方に居た艦隊の方へと向くと、先ほどよりも大きな唸り声をあげてエンジンを吹かす。

 

艦隊は自分たちへと向かって来る所属不明艦にも慌てず、次の攻撃の為に潜水艦は魚雷の装填を終え、イージス艦は対潜ミサイルの発射管を開いていた。

しかしそれでもクロエは進路を変えない。

 

「アクティブソナーカット、GNフィールド展開」

 

そして音響センサーのスイッチをOFFにし、水鏡の周り赤色をした光の粒子が広げながら前進し続ける。

これ以上接近されては危険と判断した二隻の潜水艦が攻撃しようとした時、

 

ギィィィィィィィィィィ!!!

 

先ほど海上に出て行った筈の飛行爆雷の1発が二隻の間に墜ちてき、ガラスを釘で引っ掻くような耳障りで甲高い音を海中に轟かす。

 

アクティブソナーで海中の音を拾っていた潜水艦乗組員は鼓膜が破れそうな音に悶絶し、発射寸前の魚雷のソナーは狂ってしまう。

それと時を同じくして、海上ではGN粒子を満載した爆雷が空中で炸裂し、イージス艦のセンサーにジャミングをかけて無力化していた。

 

「今です。両舷最大!」

 

艦隊の目と耳を奪ったクロエは水鏡を一気に加速させ、潜水艦とすれ違いそのまま後ろへと通り抜ける。

 

いち早く復帰したのは潜水艦だったが、水鏡の音は既にはるか彼方にあり追撃することを諦め、残されたのは未だイージス艦を無力化しているGN粒子だけだった。

 

 

 

 

 

016

 

 

水鏡が海軍とひと悶着あった頃。

 

IS学園の第三アリーナの発進カタパルトで一人掃除をしている忍野の姿があった。

彼は千冬から「デンドロビウムで整備室をひと部屋占拠しているんだから学園内の掃除くらい喜んで引き受けるよな?」と、暗に“部屋代を払え”と仕事をさせられているのだ。

 

彼にしては、真面目に掃除をしている時に事件が起こった。

 

 

ガンッ

 

突然、背後から響く硬質な金属音。

それも一つではない、少なくとも3つ分の音が聞こえた。それは自分の足下にもある金属製の床に、金属の脚を持つ“何か”がおりた音だ。

 

この学園において音の正体が何なのか、そんなこと考えるまでもなく分かっている。

 

(今日は会長さんと千冬が不在。仕掛けてくるとは思ってたが、まさか生身相手にISとはなぁ)

 

今は夏休み。生徒の数は減り、お目付役である楯無と千冬はそれぞれ私用で学園にはいない。

そして現在、忍野の専用機であるアルケーガンダムは修理のため手元にはない。

暗殺や襲撃をする為には絶好の日。

 

男性操縦士である一夏と忍野を狙うのは、何も学園の外だけではない。学園内にも二人が居ることを快く思わず、殺そうとしたり、追い出そうと画策している者達がいる。

だが二人の内、片方(一夏)は世界最強、織斑 千冬(ブリュンヒルデ)の肉親。襲撃しようものなら自分達が消されるのは目に見えてる。

 

だからこそ、そういったことを考えている連中は忍野を狙う。

 

(さて、どう出る?)

 

気づいていない風を装いつつ、後ろの様子を探る。

ISが一機であるならば彼は様子見などせずにクラス対抗戦の時のように、挑発を繰り返して相手のペースを崩して冷静さを奪い、油断した所を高火力の一撃で撃破している。

しかし複数機となれは話は別だ。

一人でも冷静沈着な奴が居れば自分のペースに乗せ辛くなりスキが無くなる。油断しても他の奴がカバーすれば手を出せない。

彼は戦術の構築を急ピッチで行い状況変化を待った。

 

すると、鼻腔に突き刺さるような臭いがする。それは学園の訓練機に搭載される標準兵器に染み付いた()()の臭い。

 

「警告なしかよ!?」

 

慌てて飛び退いた忍野。それとほぼ同時にIS用アサルトライフルの炸裂音が鳴り響き、鉛の豪雨が降り注ぐ。

機材などを遮蔽物にするがライフルの弾幕に削られて、防壁としての機能を失うのは時間の問題だ。残された時間で脱出経路を探すが、部屋には襲撃者の後ろにある扉と、自分の後ろにあるアリーナへの発進口しか見つからない。

意を決し、ほんの少しではあるが、弾幕が薄くなった瞬間にアリーナへと飛び出す。

 

しかしそこは地上15mの発進口。ISの無い忍野は重力に従って真っ逆さまに地面へと吸い寄せられていく。

 

(チッ! リミッター強制開放!!)

 

自分の怪異としてのリミッターを緩め人外の力を開放した直後、そのまま地面に衝突し大きな土煙が上がった。

 

 

 

 

「転落死決定!!」

 

発進口から降下してきた一機のIS。操縦士の顔はバイザーに隠され表情は分からないが、その声は随分と明るく、それが底知れない恐ろしさを感じさせる。

 

彼女は忍野が死んだと思っており、土煙のすぐそばまで接近していた。それも当然だ。飛び降りたのはビルの5階に相当する高さで、しかも頭から地面に落ちたのだ。普通なら潰れたトマトになっている。

 

だが、

 

「散魂鉄爪!」

「!?」

 

土煙を飛び出して両手の指を突き立てるように襲いかかる忍野。油断していた襲撃者は突然の反撃に反応できず、棒立ちだった。

しかし忍野の反撃は呆気なく他のISに蹴り飛ばされ、防がれてしまった。

 

「ガハッ!?」

 

受け身もとれず、何度かバウンドして地面に転がされる。よっぽどのパワーで蹴られたのか、口からは見過ごせないレベルで血を吐き出した。

 

「油断してんなよ」

「ゴッメ~ン、まさか素手で挑んでくるとは思わなくて」

「本当、男は野蛮ねえ」

 

武器を構えたまま降りてくる二人。1人はガサツな雰囲気を漂わす女、もう1人はセシリアとは違うタイプのお嬢様のようだ。

二人は先の者同様、バイザーで顔を隠している。

 

「ゲホッ、野蛮で結構。大した理由もなしに襲撃してくるテメェらよりはマシだ」

「ああ? ゴミが喋んな」

「それに襲撃とは人聞きの悪い。わたくし達はゴミ掃除をしているだけですのよ?」

「そうか、よォッ!!」

 

忍野は言葉が通じないと判断して地面に指を刺すと、畳をぶん投げるかのように地面を引っ剥がし三人の視界を遮った。

 

「ショートカット“八九式十五糎加農”!!」

 

そして瞬時にカノン砲を呼び出し、宙に浮いてる土畳の背後から砲撃を行う。砲弾は土畳をぶち抜いて一機のISに向かうが盾で防がれてしまった。

カノン砲が現れた事に多少なりと表情(と言っても口元だけだが)を変える三人。しかしISではないので自分達の勝利を確信しきっている。

 

「そんな大砲(鉄くず)が効くと思いで?」

「思わねェよ!」

 

言いきるや否や、反撃される前に逃亡する忍野。狙われないようにジグザグに走るがそのスピードは明らかに人間のそれではない。

しかしそんな事に気づきもしない襲撃犯は、二機がアサルトライフルを撃ちながら追いかけてくる。だが狙いを定めれず、弾は一発も当たらない。アリーナの出入口が目と鼻の先にまで迫る。

 

(あともう少し!)

 

このまま逃げ切ろうと思った忍野は、さらに加速しようと脚に力を込めた。

だが、一発の乾いた炸裂音がそれを阻んだ。

 

「ッ!? ガアァァァッ!!」

「ヨッシャ命中!!」

 

あと少しといった所で左脚を撃たれてしまう。弾は貫通したがIS用の武器だ。肉は千切れ、骨は砕かれてしまい、体重を支えれなくなった忍野は抵抗なく倒れ、地面を転がる。

 

見ると後方で追撃に加わらなかった一機がスナイパーライフルをこちらに構えていた。銃口から硝煙が立ち上っている以上、撃ち抜いたのは他の二機ではなくこいつの仕業だろう。

 

「痛ッ! この、クソ餓鬼がァ!」

 

悪態はつくが、脚の傷が回復するまでは走るどころか立ち上がることすら出来ない。しかし襲撃者が待ってくれるわけがない。

全員がアサルトライフルを構えてくる。

 

「ショートカット“装甲板”!!」

 

引き金が引かれるのとほぼ同時に。

忍野と襲撃者の間に現れたのは、ISとほぼ同サイズの防護壁。何枚もの合金板を重ねて作られたそれは、ライフルの弾丸をものともせず弾いていく。

 

(今のうちに回復を・・・)

 

そう思った矢先、防壁が破れないと判断した様子の襲撃者のひとりが、ライフルを片付けて新たな武器を展開した。

長方形のコンテナ状の物にグリップ、後ろにある排煙口を見た忍野の表情が青ざめる。

 

(ミサイルランチャー!? いくら何でもオーバーキルだろ!?)

 

どう考えても人間一人殺すのに使う武器ではない。恐らく殺した後、遺体を処分するために持ってきた物だろうが今は関係ない。

 

「さあ、カーニバルだよ!!」

 

理解に苦しむかけ声と共に、次々とミサイルが放たれる。

ライフルの連射には耐えれても、ミサイルの連射には耐えれず、装甲板は爆発音と共に削れ、徐々に薄く、そして脆くなっていく。

 

「仕方が無ェ!」

 

何かを決心した様子の忍野。

ポケットからピンポン玉サイズの紙玉を三つ取り出すと、腕を大きく振りかぶって地面に叩きつけた。

紙玉は地面にぶつかった瞬間、凄まじい量の白煙を吐き出して忍野を包み、その姿を覆い隠す。

 

「煙幕? 小癪な!!」

「逃げ場はないわ!!」

「男はおとなしく死になさい!!」

 

最初は煙幕に紛れて逃走するかと警戒したが、ハイパーセンサーで確認すると忍野がまだ煙の中にいることが見て取れる。

襲撃者たちはありったけの弾丸とミサイルを白煙に撃ち込む。例えどれだけ早かろうと、防壁が堅かろうと煙幕の中に逃げ場はない。

 

炸裂音と爆裂音がアリーナから消えたのはそれから2分も経った後。

 

「さて、まだ生きてましたら首でも斬り落としましょうかね」

「お、いいねえ。なら私は○○(ピーー!)を斬りたい!」

「・・・下品よ」

 

IS用ブレードを手に持ち、物騒な事を言いながら笑う襲撃者。しかし誰ひとりとして本気にしていない。

総量から考えればイージス艦を沈めれるだけの火力に匹敵する攻撃。安否どころか遺体が確認できるサイズで残っているかも怪しいレベルだ。

だからこのブレードは使う事がない、そう彼女達は思っていた。

 

 

 

017

 

 

ほどなくして爆発と煙幕で生じた煙が晴れていき、そこに居たものに、襲撃者は驚愕した。

そこにあったのは蜂の巣になった死体でも、細切れになった肉片でもなく、赤黒い装甲の魔物だった。

 

「どうなってるのよ!?」

「何で、あいつ専用機は無いはずじゃ!?」

 

姿形は間違いなく寸分違わずアルケーガンダム、しかしその装甲は闇を吸い込んだかのように黒みを増していた。

額に手をやり頭を振る仕草は怒りなのか呆れなのかは分からない、しかし隠しようないほど殺気が溢れ出ている。

 

「本当にまァ、やってくれちゃったよなァこの小娘共。そしてーーー」

 

悪魔のツインアイが赤く輝き、ISを纏った襲撃者たちをその眼に捉える。

 

「敵を前にしてお喋りたァ随分と余裕だなァッ!!」

 

黒いアルケーは右手に握った大剣を引き摺るように、前傾姿勢で一気に()()寄る。

想定外の専用機に反応が遅れた1人がすぐさま大剣の餌食となった。

逆袈裟斬りで吹き飛ばされアリーナの外壁に衝突して動かなくなってしまった。

 

「まず1人!!」

 

一人を潰した忍野はすぐに次の相手に狙いをつけ、地面を抉りながら強引に向きを変える。

 

「このッ!」

 

狙われた彼女はすぐにブレードで忍野に斬りかかる。が、技量差から簡単に弾かれてそのまま胴体に回し蹴りを喰らい、地面に倒された。

 

「死ねよオラ!!」

 

そんな怒声が聞こえた方を見ると、狙撃で脚を撃ち抜いてきた襲撃者が味方がすぐそばに居るにも関わらず、ミサイルランチャーを構えている。

よほど頭に血が昇っているのか、それとも最初から仲間ではなかったのか。

どちらにしても、

 

「奇襲すンなら声出してンじゃねェよ!!」

 

忍野は飛来したミサイルを剣の側面でぶん殴り、無理矢理その軌道を変える荒技をやってのける。

 

「ち、畜生ッ!」

 

それを見て勝てないと判断したのだろうか、ミサイルを撃ってきた襲撃者はそれまでの強気な態度を一変させ、自分だけ逃げようと発進口へと後退しようとしていた。

 

「逃がしゃァしねェよォッ!!」

 

忍野は最初のひとりが落としたIS用ブレードを拾うと、

 

「ソォラァッ!!」

 

背を向けている狙撃犯に投げつける。

空気を切り裂いて亜音速で飛翔するブレードは、一瞬で訓練機に突き刺さり、そのままアリーナの遮蔽シールドに訓練機を叩きつけた。

衝突のショックで気絶でもしたのか、それともシールドエネルギーが全損したのか、墜落した女は訓練機に吐き捨てられたかのように機体から落とされた。

 

僅か1分足らずで形勢逆転。

 

「さァ、あとはテメェだけだァ」

「ちょ、ちょっと落ち着いて、話し合おうよ、ねえ!」

 

両手を挙げて戦意がない事を示そうとする、蹴り倒されていた女。

バイザーの下から涙が流れ、唇は恐怖からか小刻みに震えている、よっぽど恐ろしいのだろう。

 

「ごめんなさい、先輩たちに脅されて、だから私は・・・」

「・・・・・・」

 

女が語る懇願ともとれる謝罪の言葉を、忍野は値踏みするような表情で話を訊き、切りの良いところで突きつけていた大剣を肩に担ぐと女に対して背を向ける。

 

「許して、くれるの?」

「あぁ許してやるから俺の気の変わらねェうちにサッサと消えな」

 

ぶっきらぼうな言い方ではあるが本当に許すつもりならしく、その声色は比較的穏やかになっており、殺気も納めていた。

 

「あ、ありがとう・・・」

 

震える声で俯きながらISを立ち上がらせると、

 

「甘いよ!!」

 

口元を劣悪に歪め、訓練機用のパイルバンカーを展開する。

シャルロットの専用機に搭載された物とは違い、単発式ではあるがそれでも高クラスの威力を持つ武器。

 

炸薬の白煙を上げてバンカーが放たれた。

手応えあり、と女は横倒しの三日月のように口を歪める。この距離で一発とは言えど、直撃を受けたのでは専用機でもただでは済まない。

 

しかし、

 

「え?」

 

バンカーの先端はアルケーには当たらず何かに防がれており、女は唖然と言った声を出してしまった。

 

 

攻撃を防いでいたのは剣でもなければ盾でもない。

 

エネルギー体のような、しかしISの装備では絶対に有り得ない禍々しい巨大な“手”のような物が、バンカーを掴み防いでいた。

 

「何、それ?」

「ガキが知る必要はねェよ。それに言っただろ?」

 

巨大な手は掴んでいたバンカーをそのまま握り潰して破壊し、

 

「俺の気の変わらねェうちに消えなって」

 

その言葉と共に握った巨大な拳を目の前の敵にぶつけた。

 

 

 

018

 

 

「これで終わったようだな」

 

辺りを見回して敵の姿を、いや気配を探る忍野。けれども攻撃して来ようとするような気配は感じられず、ひと安心する。

 

「やっと釣れたと思ったら小物だしよぉ、こいつらじゃ海老(エサ)になんねぇし。あぁあ、いつになったら(本命)は釣れるのやら。とりあえず記憶を喰っとくか」

 

気を失って地面にのびている三人を一ヵ所に集めると、それぞれの頭に数秒ずつ触れる。

 

それが終わると役目を終えたかのようにアルケーの装甲が透け始め、オーラのような不定形のエネルギー体に変化。それは忍野の身体に吸い取られるように消えていった。通常のISとは思えない解除方法だが、それに異を唱える人物はそこにはいない。

 

装甲が消えた後に残った忍野。撃たれた脚は完治していたが、髪の一割ほどが“白く”なっていた。

 

「はぁ、また白髪になっちゃったよ」

 

自分の白く色落ちした髪を弄りまわしてため息を吐く忍野。普通、自分の髪が突然白くなれば慌てるはずたが、彼はそれが分かっていて、そして避けようがないことだと理解していると言わんばかり軽いリアクションだった。

それから自分が飛び降りたのとは別の、対角にある誰も居ない()()の発進口に向き直る。

 

その瞳は月のように明るい金色ではなく、夕焼け空のような(オレンジ)色に輝いていた。

 

「随分と元気のいいなぁ。何かいいことでもあったか?」

 

しかし返事はない。

聞こえてくるのは風の音だけだ。

 

(だんま)りか。まぁいいや、俺は何も知らないからこの子たちを片付けておけよ」

 

忍野は地面に転がっている訓練機と、そこから放り出された女子生徒を捕まえるそぶりもなく、アリーナを立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ」

 

誰も居ない()()の発進口で舌打ちを漏らし、自分を睨み付ける人影を残して・・・。

 

 




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