暴物語   作:戦争中毒

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らんスネイク 其ノ壹

001

 

~一夏サイド~

 

IS学園第二アリーナ。

 

日はすでに紅く傾き、反対の空はすでに夜へとなっている。夏休み中というのもあり元々利用者が少なかったアリーナは、現在は一組の男女だけが利用していた。

 

「ちょっ、ちょっと待てって!?」

 

サバーニャを纏って空中を逃げ回る俺。

それを追い回す甲龍。それを纏っている鈴は鬼気迫る表情だ。

 

「ぜらぁあっ!」

 

手に握ったGNピストルのブレードと、鈴の青龍刀で鍔迫り合いになり、刃の間から火花が生じている。

 

「止めろ鈴!!」

「良いから黙って気絶しなさいッ!!」

「出来ない相談だよ! ピストルビット!」

 

展開されていたビットの砲口が自分に向くと、鈴はすぐに距離を置いて砲撃体制にはいった。手数の上で不利なのは百も承知、だったらその手から壊せばいいという短絡的で確実な方法だ。

 

「シールドビット展開!」

 

腰のアームユニットから10枚の“動く盾”が分離され、甲龍に体当たりを仕掛けていく。

 

 

さて、何故こんな物騒な事になっているのか。

 

 

002

 

 

その日、俺は自宅に帰っていた。

家と言うものは外装はともかく、内装は生きているのだ。長期間人が居なくて締め切った状態が続くとホコリが積もり、空気が腐ってよどみ、内装をダメにしてしまう。

そうならないように、定期的に掃除と換気をしに来ていた。

 

「お前様、二階の廊下掃除は終わったぞ」

「おう、サンキュー」

「なに礼には及ばぬよ。報酬にミスタードーナツをたらふく食べさせてくれるとあらば、雑用の一つや二つ、どうと言うことない」

「ちょっと待て、“たらふく”なんて言ってないぞ。報酬の値上げをするな」

 

掃除を手伝ってもらってる手前、あんまり強く言えないがサラリと自分に都合のいいようにすんのやめろよ。油断も隙もあったもんじゃない。

・・・にしても怪異の王といわれた伝説の吸血鬼が、今じゃドーナツ目当てに掃除を手伝う幼女って。

世の中わからないものだな。

 

「しかし今回は“食事”のタイミングが良かったよ。おかげで大助かりだ」

 

忍は俺の影に封じられているので影の出来る範囲でしか行動できない。ペアリングによって縛られ、影より外に出れないのだ。

 

しかし例外もある。

食事、つまり吸血直後はある程度までは影から出て行動できる。イメージとしては充電式の電子機器だ。普段は有線で、コンセントから電気を使ってるが充電後はバッテリーの電気を使うのでコンセントから離れても動く。

そして吸血の量によって差はあるが、いつもの“食事”であれば50m前後は自由に出歩けるので普通の一軒家なら何処へでも行ける。

以前、弾の家に遊びに行ったときに蘭が忍を、俺の居る部屋から連れ去れたのはこれが理由だ。

今回はそれを利用して忍には床の掃除をしてもらってるだ。

 

・・・と言うより、今の忍はいつもと変わらない幼女姿なので棚の上や、キッチンなどには手が届かない。スペックも子供なので重い物を運ばせることは出来ないし、なれの果てとは言え吸血鬼、庭の草むしりなんてもってのほか。

結局、安心して任せれるのが床掃除くらいしか無かった。

 

何でこんな時に限って千冬姉に捕まってんだよ、忍野の奴。

 

「それはあの小僧がアリーナをメチャクチャにしたからであろう」

「確か、三組の片瀬さんが開発した新兵器の実験で大失敗をしたって言ってたっけ。どうも胡散臭いけどな」

「まあ嘘じゃろう。アリーナだけならともかく、発進口までボロボロだったそうじゃからな」

「だとすると何があったのか」

「それこそ本人に訊けばよかろ?」

「本人かあ・・・。忍野、生きて帰ってくるかな?」

「それは・・・、お前様の姉上のみが知る、じゃな」

「・・・・・・」

 

後で骨を拾ってやるか。

 

 

003

 

そんなこんなで掃除が終わった。

 

最後に戸締まりを確認した後、学園に帰ろうと(自宅に帰ってきてるというのに『帰ろう』という表現は変な話だが)玄関から外に出たのだが。

すると、車がすれ違えない程の道の向こう側に、何をするでもなく立っている男がいた。

最初はどこかで見たような男だと思った。

しかし、知り合いにこんな男はいない。

葬式の帰りのような喪服のごとき漆黒のスーツに色の濃い黒いネクタイを締めた、壮年の男だった。見るからに怪しいというか、とても不吉な男が。

 

「ああ、すまない。名乗り忘れたな。見ず知らずの人間に対するその警戒は酷く正しい、大切にするがいい。俺は貝木(かいき)という」

「カイキ?」

「そう。貝塚の貝に、枯れ木の木だ」

 

喪服の男、貝木は、表情を変えることなく、しかし不機嫌そうな態度で、俺のほうを横目で見るのだった。

 

やはり、どこかで見たような男だ。

誰かと似ているのか。だとすれば、誰と似ているのだろう。

 

「・・・俺は織斑です」

 

名乗られてしまっては仕方ない、黙っていては礼儀知らずになってしまう。

 

「漢字はーーー」

「そこまで説明しなくていい。それはそこの表札に書いてある名だ」

 

確かに。

そうでなくても千冬姉が世界最強になっているから漢字を読めない外国人ですら、“織斑”を読めるほどに有名になってる。

知らない方が珍しいくらいだ。

 

「あの、(ウチ)に何かご用意ですか?」

「ふむ。お前は最近の若者にしては礼儀正しいが少しばかり軽率だな。俺が悪事を働こうとしていたとしたら、お前の外出を確認していたとも考えられるはずだ。ただし、それは俺が悪事を考えていたとしたらだ。この家にも特に用があったというわけではない」

 

ただし、と。

貝木は上がり下がりのない重い口調のまま続ける。

 

土御門(つちみかど)の飼い犬がここで暮らしているという話を聞いてしまったのでな。小銭稼ぎのために様子を見てみようと思っただけだ」

 

土御門の飼い犬?

一体誰のことを差して飼い犬と呼んでいるのか。俺は違う。

千冬姉のイメージなら、狼だろうし。

忍野なら、狂犬。

誰も当てはまらない。だとしたら両親か?

 

「しかし無駄足だったな。どうやら長期不在のようだ。残念ながら、金にならん。今回の件から俺が得るべき教訓は“金は搾れる時に搾れ”ということだ」

 

そして貝木は、用済みだとばかりに(きびす)を返してすたすたと、早足でこの場を去っていった。

 

「えっと・・・」

 

貝木の姿が見えなくなって、俺は思い出した、というより過去に僅かながらも同じような雰囲気を放った者を連想した。

 

忍野 仁を、連想した。

怪異の専門家、忍野仁。

 

「いや、あのだらしない忍野とじゃ、全然違うんだけどな。それよりはーーー」

 

それよりはむしろ、と忍野の他のもう一人脳裏に浮かんだ人物。

忍野よりも貝木というあの男から連想したあの狂信者。

 

「ギロチンカッター・・・」

 

それは思い出したくもない名前で、忘れてはならない名前。

 

「・・・まあ、忍野とギロチンカッターも全然違うタイプだけど・・・」

 

共通点などほとんど皆無だ。

貝木を含めてもそうである。

こうなってしまうと、逆にどうして貝木から忍野とギロチンカッター、あのふたりを連想してしまったのか、不思議なくらいだった。

 

「追うか」

 

そう思ったが、俺は真っ直ぐに学園への帰路に就いた。直感だが、何だかあの男と関わるのはまずい気がする。縁起の悪い、辛気臭い喪服。

しかしそれは、そんなレベルではなく、ただ不吉なのである。

 

不吉。

 

それは凶という意味だ。

 

 

004

 

 

「・・・鈴、それ真面目にやってるの?」

「至って真面目よ」

 

学園に戻って来た俺は、以前から鈴に頼まれていた射撃訓練をしている。ISに標準搭載されている射撃管制システムをオフにして手動照準で的を撃つ練習だ。

結果は見るも無惨、頭を抱えたくなるほどだった。

 

因みに使っているのは手持ち形態にしたGNピストルビット。エネルギー火器は実弾火器と違って発砲の反動が少ないく、重力や空気抵抗を受けないから練習にはちょうどいいと考えたからだ。

しかし、どう見てもいらぬ気遣いだったようだ。

 

「当たったのが10発中2発で、掠っただけって・・・」

「じゅ、銃が悪いのよ!」

「よくそれで砲弾の見えない大砲を撃てるよな」

 

的は動いておらず、ISのサポートで手ブレによる撃ち損じはないにも関わらずこの有り様。壊滅的、もはや呪いのレベルだ。

そもそも鈴は銃を撃つ時に的を狙っていない。いや、的の方向は見ているが、攻撃目標を狙ってない。

カメラで例えるなら鈴の狙い方は、的にピントを合わせずに的を含めた風景にピントを合わせている。

 

(確かにこれなら大砲をバカスカ撃つ分には問題ないが・・・)

 

表情には出さないが、呆れ顔をしてしまいそうになる、鈴の大雑把な性格が極端に出ている結果だった。

よくこれで軍事訓練があると言われる専用機持ちになれたと感心する。

 

「これなら(だん)の方が上手いぞ」

「そんなに酷い?」

「小学生の射的(しゃてき)の方がまだ命中率がいいな」

「グハッ!」

 

打ちひしがれる鈴。

さすがに可哀想なので何か別の話をしよう。

 

俺はここで大きなミスを犯した。

 

「そういえば今日帰ってくる途中で変な奴を見かけたんだ」

「何? 忍野がホームレスでもやってたの?」

 

いくら印象深かったからと、インパクトがあったからと言って、あんな奴の話をするべきではなかったのかもしれない。

 

「変な奴っつーか、不吉な奴なんだけど」

「不吉?」

 

不吉は不幸を喚ぶ。

ただ会話をしていただけなのに、あの男の話をしていたら不幸(向こう)からやってきた。

“不吉”と言ったところから鈴の雰囲気が変わった事に気づけなかった俺も悪いのかもしれないが、それを含めて不幸だ。

 

「名前は確か、貝木って言ってたっけ?」

 

次の瞬間。

俺が見たのは眼前に迫った甲龍の拳だった。

 

 

005

 

そして冒頭へと戻る。

 

すでに甲龍の衝撃砲は破壊判定により使用できなくなっているが、鈴の猛攻は、いや突進は止まらない。

周囲を飛び回るピストルビットからの射撃を回避か、青龍刀の側面を盾にしてダメージを減らして向かって来る。

 

近くに居たシールドビット(正式名称はホルスタービットだけど、もう癖でシールドと呼んでしまう)から、GNピストルビットのアタッチメントを呼び、今握っているピストルビットの先端に取り付ける。

 

「狙い撃つッ!」

「ッ!? このぉッ!」

 

ライフルビットによる狙撃で甲龍の腕部を破壊判定にして青龍刀を弾き飛ばす。しかし鈴は止まらず徒手で襲いかかってきた。

けど、

 

「よそ見をし過ぎだ!」

「きゃあっ!?」

 

上空からシールドビットを積み木のように組んで襲わせ、地面へと甲龍の動きを抑え込む。

流石の甲龍のパワーでも、軍用機の攻撃に耐えうるビットの檻に捕まっては身動きがとれず、地面に強制着陸させられた。

 

「貝木って男」

 

一夏は慎重に、鈴の表情を伺いながら、暴れだした理由になったであろう貝木の事を訊く。

 

「鈴の知り合いなのか?」

 

バツの悪いような、不機嫌そうな表情をしてそっぽを向く鈴。答えたくないのか、それとも言葉を選んでいるのか彼女の目はせわしなく動き続けていた。

しかし諦めたかのようにため息を吐いてから言葉を紡いだ。

 

「貝木 泥舟(でいしゅう)。その男の名前よ。貝木なんてそうある名前じゃないし、それに不吉だっていうなら間違いないわ。あれほど不吉という言葉が似合う男を、あたしは他に知らない」

「・・・・・・」

「ごめんなさい、いきなり攻撃したりして。でも一夏にはあの男に関わって欲しくないの」

「どういう奴なんだ? あんなオッサンとの接点が分からないんだが」

「貝木は、詐欺師よ」

 

吐き捨てるように、口にするのも忌々しく思うかのように言う鈴。

その詐欺師とどんな関係なのだろうか?

 

「前に言ったわよね。両親が離婚した理由が詐欺にあったって。貝木がその時の詐欺師よ」

 

なるほど。

貝木と鈴の接点はそれか。詐欺師とその被害者、鈴の荒れようも分からなくはない。

分からなくはないが、俺を気絶させようとするのは酷くないか?

 

「・・・もしも貝木があの町に引っ越して来たんだったら?」

「そのときは・・・」

 

少し考えるような表情をする鈴。

考えてなかったのかよ。

 

「一夏は自宅に帰らず一生学園で過ごす」

「ちょっと待て中国娘」

「それか、貝木を殺すか」

「いやそれダメだろ」

 

短絡的過ぎる!

生かすか殺すかの二択、って俺を学園に閉じ込める気だったのか!?

 

「そうよね。じゃあ、貝木をパチンとするか」

「パチンって! 可愛い擬音で表現しても駄目、駄目なものは駄目!!」

 

考え方が物騒だよ!

 

「大体、貝木って男はどんなーーー」

 

通信が入った。

サバーニャにリンクさせていた携帯電話からの着信で、モニターに表示するとそこには“五反田 弾”と出ていた。

 

『おう一夏。今大丈夫か?』

「ああ、大丈夫だけど・・・。何かあったのか?」

 

てっきり遊びの誘いかと気楽に思っていたが、聞こえてくる弾の声は怒気を孕んでおり、何やら切迫した様子だった。

 

『鈴が今どこに居るか知らねえか? あいつ電源を切ってるぽいから電話が通じねえんだ』

「鈴なら目の前に居るけど・・・」

『ならすぐに変わってくれ、今すぐにだ!』

「お、おう。すぐ変わる」

 

一旦、通話を保留にしてから通信回線を切り換えて甲龍に繋いだ。回線を繋がれてた事が気に入らないのか、それとも今捕獲されてる事が気に食わないのか、鈴は不平不満がありますって言った顔をしている。

不平不満を言いたいのはこっちだ。

 

「・・・人のISに電話回線を繋ぐの止めなさいよ」

「ごめん。でも弾から電話だ、それも緊急っぽい」

「・・・・・・」

 

仕方がなしに、嫌々といった様子で電話に出る鈴。

この時、弾からの電話はサバーニャを経由する形で甲龍に繋がれており二人の会話は筒抜けだったのだが、今回だけは人の電話を盗み聞きできて良かったかもしれない。

 

「もしもし? 今忙しいから後にーーー」

『鈴ッ!! テメー、人の妹に何を教えたッ!?』

 

聞こえて来たのはいきなり威圧するように怒鳴りつける弾の声。

電話越しで友達を、ましてや女の子を威圧するほどにまで彼を怒らせたのは何かと。勝手とは言え内容を聞いていた以上、弾を落ち着かせようと思った。

 

けれども彼が激怒している理由が聞こえた時、俺と鈴は顔が真っ青になった。

 

『テメーのせいで、蘭が倒れたんだぞ!!』

 

 

 

006

 

あの後、蘭が倒れたと聞いた俺と鈴は、すぐにアリーナを出て外泊届(時間的に門限までに戻れないから)を提出して二人で五反田食堂に向かった。

なおこの時、俺達が外出するのを見ていた生徒がデートに出掛けたと噂して大騒ぎになったらしいが、この際どうでもいい。

 

到着早々、出迎えた弾は今にも掴みかかり

うな表情だったがさすがに手を出さず、家に入れてくれた。

 

「弾。蘭の様子はどうなんだ?」

「お袋が看病しているよ。今も熱にうなされているよ、誰かさんのせいでな!」

「・・・・・・」

「と、とりあえずお前の部屋で話そうぜ。な?」

「チッ、早くしろ」

 

重苦しい雰囲気のまま、弾の部屋に通される。しかし部屋に着いてから鈴は俯いたまま、弾は鈴を射殺(いころ)すかのように睨みつけたまま、一向に声を発さない。

 

「それで、いったい何があったんだ?」

 

話が進まないうえに、プレッシャーに耐えきれなくなった俺はどちらも刺激しないように、可能な限り穏やかな声色で双方に(たず)ねる。

 

「一夏。今、中学生の間で何が流行っているか知ってるか?」

「流行りなんて、今回の件に関係あるのか?」

「それが大いに関係あるんだ。しかも表立って流行するヤツじゃなく、イジメみたいに裏で流行るヤツだ」

 

訊くからに不穏な内容だ。

しかし裏で流行っているものってなんだ?

カツアゲなら古今東西関係ないし、不幸の手紙なんて古い。そして今上げた例は中学生に限定されない。

 

「勿体ぶらず教えてくれ」

「それがな~、どうも信じられないんだが、“おまじない”・・・なんだとさ」

「おまじない?」

 

おまじないって、“何々すれば良いことがある”とか言うあのおまじない?

その位なら大して問題にはならないだろうけど。

 

「ああ。何でもその“おまじない”が流行ったのが原因で人間関係が悪化してるらしいんだ。誰が誰のことを好きか、誰が誰のことを嫌いか、誰が誰のことをどう思っているか、誰が誰のことをどうしたいか。そう言った個人情報どころか、心の内に秘めるはずの情報が際限なく広がったらしい」

 

自分が他者をどう思っているのか、また他者が自分をどう思っているのか。そんな事が知られれば、人間関係が悪化するのは必然だ。

そして、そう言った悪意や負の感情に関係する話は信じられない速度で広まる。

 

「でだ、蘭の奴は自分が生徒会長だからって言ってな、正義感から“おまじない”の撲滅をはかろうとしたんだ」

「要点はわかったけど、それが蘭が倒れるのとどう関係があるんだ? まさか過労ってわけじゃないだろうし」

 

色々と考えを巡らせばていると、

 

「あたしのせいよ・・・」

 

それまで沈黙を続けていた鈴が口を開く。その声は責任を感じているような、彼女にしては有り得ないほど、消えそうな静かなものだった。

 

「蘭に頼まれて、“おまじない”の調査に協力したの・・・」

「調べたところで“おまじない”の撲滅なんて出来るわけないだろ。所詮、噂の類なんだから自然に収まるのを待つしかない」

「そうでもないのよ。調べていくと流行っているのは悪意系の“おまじない”ばかりで、明らかに偏向が、人為的作意があったのよ。噂の鎮静化をしようとした私達は結果的に犯人の尻尾を掴む手掛かりを手に入れたのよ」

 

鈴が一枚噛んでいる事に少しだけ驚いたが、あの二人はよく一緒に居たのでそれほど不思議ではなかった。

 

「で。蘭が突き止めたその“犯人”に直談判(じかだんぱん)して、()()()()()ってわけか?」

 

弾の責めるような口調にうなだれる鈴。

どれだけ憎まれ口を言われようと、弾は兄として、家族として、蘭のことを大切に思っている。だからこそ、今回のことにここまで怒りを露わにしてるのだろう。

 

「あたしは止めたわよ・・・、情報を渡した時に。“絶対に一人で行っちゃダメよ。日を改めて、人数を集めてからじゃないと負ける”ってね。その時は渋々頷いてたけど、勝手に動いたなんて・・・」

「・・・・・・」

「弾。今の話を聞く限りここで鈴を責めるのは酷じゃないか」

「・・・そう、だな」

「それで鈴、“犯人”はどんな奴なんだ?」

 

弾の怒りの矛先を鈴から完全に外すために、犯人の名を訊ねた。

そして語られた犯人の名は、

 

「・・・貝木 泥舟。不吉な詐欺師よ」

 

007

 

しばらくは五反田 蘭の話。

と言っても、俺が弾の話を聞いた上で想像した場面回想なので、実際とは少し違うのかもしれない。

 

俺が家の掃除をしている頃、五反田 蘭は自らの通う私立女子校、聖マリアンヌ女学院の近くにあるカラオケボックスを訪れていた。

中学生の間に流布(るふ)する“おまじない”の発端であるらしい“犯人”を、鈴の協力を得てついに突き止めた。

しかしこの時、犯人の存在の情報を受けた蘭は鈴の警告の言葉を無視し、ひとりで対峙していたのだ。

 

「絶対に弾と一緒に行きなさいよ!!」

 

と忠告され、それを聞いてはいたが、弾の予定を待っていられるほど彼女は我慢強くなかった。

 

「ようこそ、お嬢さん。俺は貝木。貝塚の貝に、枯木の木だ。お前の名前を聞こうか」

「五反田 蘭です」

 

カラオケボックスの個室で待ち構えてした、喪服のようなスーツ姿の男に対して、蘭は正々堂々と名乗りをあげた。

 

「数字の五、離反の反と田んぼの田、蘭です」

「いい名だな。親に感謝しておけ」

 

特に感情を感じさせない、重い口調。

蘭は一瞬気後れしそうになったが、しかしすぐに気を引き締める。

 

「それで、お前はどちらだ。“おまじない”を教えて欲しいのか、それとも“おまじない”を解いて欲しいのか。前者なら一万、後者なら二万だ」

「どちらでも無いです。私は貴方を警察に突き出しに来ました」

 

この時、蘭は自分がひとりで来たことが間違いであることに気づいていなかった。

自分は武器を持っているし、個人的には嫌だが世間は女尊男卑であるから中学生の自分が通報してもイタズラ扱いされない。

だから貝木に必ず勝てると信じていた。

 

「警察。ほう、つまりは俺を嘘のメールで呼び出し、罠に嵌めたというわけか。なるほど見事な手際だ。最もお前だけの手柄とは思えないな」

「・・・ええ」

「ならば誰の手柄か教えーーーてくれはしないだろうな。そうはいない筈なんだ。こうして、俺と対面できるところまで到着するなど、やや常軌を逸している。こちらからではなくそちらから届くなど。少なくとも中学生の器でない」

 

器。

実際に貝木に到達した鈴は中学生ではなく高校生なのだ。代表候補生として使えるあらゆるものを使って調べてた結果と言える。

蘭は今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。眼前の人物があまりにも気味が悪いのだ。

 

「貴方がやっている事は最低の事です。説明しなくてもわかってくれますよね?」

「何が最低だ。俺はお前達が望んだものを売り渡しているだけだぞ。その後は自己責任だろう」

「自己責任?」

 

蘭は嫌悪感を覚え、唇を歪める。

 

「自己責任ですって・・・ふざけないでください! 人間関係を引っ掻き回すような事ばかりして! どういうつもりなんですか!」

「どういうつもり、か。なかなか深い問いだな」

 

貝木は静かに頷く。

 

「しかし残念な事に、俺は深い問いに対して浅い答えを返す事になる。それは勿論、金のためだ」

「・・・か、金?」

「そう、俺の目的は日本銀行券だ。それ以外にはない。世の中というのは金が全てだからな。お前 はどうやら、くだらん正義感でここに来たようだが、惜しい事をしたものだ。その行為、依頼人から十万は取れる」

 

貝木は当然のように、そう値踏みする。

蘭の行動を鑑定する。

 

「今回の件からお前が得るべき教訓は“ただ働きは割に合わない”だ」

「依頼人なんていません! 私は誰かに頼まれてこんな事をしているわけじゃない!」

「そうか。誰かに頼まれておくべきだったな」

「頼まれたとしても、お金なんていらない」

「若いな。決して羨ましいとは思わないが」

 

不吉さはまるで消えない。

カラオケボックスの個室は、この密閉された空間に、不吉が満ちていく。

 

「五反田よ。お前は俺の目的を訊いたな。そして俺は曲がりなりにもそれに応えた。今度はお前の番だ。お前の目的は何なんだ?」

「もう言ったでしょ。貴方を警察に突き出します」

「具体的な方法は?」

「今すぐに通報して逮捕してもらいます」

「国家権力か。俺がその前に逃亡を図れば?」

「その時は、貴方には手荒く眠ってもらってから警察に引き渡します」

「暴力か」

「武力です! そして私は貴方のしている事を止めさせる! 中学生相手にアコギな商売して何考えてるんですか! それでも大人ですか!?」

「これでも大人だ。それにアコギな商売になるのは当たり前だーーー」

 

貝木は誇るように言う。

 

「ーーー俺は詐欺師だからな」

 

「・・・中学生相手に、恥ずかしく無いの!?」

「別に。子供が相手だから騙しやすい、それだけのことだ。しかし五反田よ、俺のやっていることをやめさせたければ、抗議も粛清はとりあえずは無駄だがな。それより金を持ってくる方が手っ取り早い。この件に関する俺の目標額は三百万だ。根を張るまで二ヶ月以上かけている、最低でもそれくらいは儲けがないと割りに合わない」

「・・・貴方、それでも人間?」

「生憎だが、これでも人間だよ。大切なものを命を賭して守りたいと思う、ただの人間だ。お前は善行を積むことで心を満たし、俺は悪行を積むことで貯金通帳を満たす。そこにどれだけの違いがある?」

「ち、違いってーーー」

「そう、違いなどない。お前はお前の行為によって誰かを幸せにするのかもしれない。しかしそれは、俺が稼いだ金で浪費して、資本主義経済を潤すのと何ら変わりがないのだ。今回の件からお前が得るべき教訓は“正義で解決しないことが無いように、金で解決しないことも無い”ということだ」

「・・・・・・ッ」

「俺の“被害”に遭った連中にしてもそうだろ う。連中は俺に金を支払った。それは取引の対価として金を認めたということだ。お前だってそうだろう、五反田。それともお前は、そのバンダナを買うとき、金を払わなかったのか?」

 

蘭は自分の中の激情を抑えきることが出来ず、護身用のスタンガンを取り出す。元は貝木を()()() 眠らせる為に持ってきていたのだが、痛い目に逢わせなければ、この男を痛めつけないと気が済まなくなっていたのだ。

しかし目の前の男はそれを見ても眉一つ動かさない。

 

「いいから結論を出して。あたしに気絶させられるか、それともーーー」

「気絶させられたくない。痛いのは嫌いだ。だからーーー」

 

貝木は不意に動いた。

向かっくるような動きではなく、自然に部屋から出ていくような、日常の当たり前の動作のような動き。

蘭はそれにまったく反応できなかった。

 

「お前には蛇をプレゼントしよう」

 

とん、と。

貝木は左手の、軽く曲げた人差し指と中指の二本で一刺し、蘭の額を

軽く突いたのだった。

 

「・・・・・・・・・ッ!」

 

その場で膝を突くほどの急激な嘔吐感。

疲労感、倦怠(けんたい)感。

 

そして何より、

 

身体が、火照る。

 

熱い、燃えるように、火のように熱い。

 

「がっ・・・あ、ああ?」

効果覿面(こうかてきめん)だな。随分と思い込みの激しいタイプと見える」

 

蘭を見下しながら平然と言う貝木。

 

「今回の件からお前が得るべき教訓は“人を見たら詐欺師と思え”ということだ。人を疑うということを少しは憶えるのだな。俺が許しを請うとでも思ったのか? だとすれば愚かだ。俺を改心させたくば金を積め。一千万円から議論してやろう」

「な・・・何を、した」

 

何をされた。

手には何も持ってなかった。

痛みもなかった。

 

「あたしに、何をした?」

「悪いことだよ。勿論有料だ、金をもらう」

 

貝木は、身動きの取れない蘭の服のポケットから、彼女の財布を抜き取る。

 

「四千円か・・・まあいいだろう。さっきの話の分はサービスしておく。電車代として小銭くらいは残しておいて、ん? なんだ、定期券があるのか。ならば小銭も不要だな」

 

ジャラジャラと、財布をひっくり返して手のひらに小銭を落としていく。

 

「プラス627円・・・そんなところか。無記名のポイントカードも貰っておいてやろう」

 

貝木は数枚のカード類を残して空になった財布を放り捨てる。それから、

 

「少しすれば毒が定着し、動けるようにはなる。携帯を使って助けを呼ぶことを勧めるよ。俺はその間にとんずらするとしよう。勿論、商売は続けさせてもらうが。しかし、直接顧客と会うのは、これからは避けたほうがよさそうだな。いい教訓になった。ではさらばだ」

 

そう言い残して出て行った。

 




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