ドスこれの沼は深いのだ
「……知らない天井だ」
山姥切は本丸の天井を見て、そう呟いた。
少し頭は重たいが、体には何の不調も無かった為、起き上がり、部屋をうろうろする。
「目が覚めましたか。山姥切殿」
「お前は確か、主の……」
「はい。こんのすけと申します」
三月に面妖な狐と表されたこんのすけは、小動物らしい愛らしいしぐさで、ペコリとお辞儀をした。
山姥切は声をかけたのが己が主ではなく、こんのすけであることに不満を抱いたが、何故その様な感情を抱いたのか、理解できなかった。
「審神者殿が鍛刀が終わり次第、夕餉にするとおっしゃっていました」
「そうか……伝えてくれて、ありがとう」
「いえ。それでは、私はこれで」
こんのすけは言伝を伝え終えると、部屋から出て行き、山姥切は一人となった。
山姥切は枕元に畳んであったぼろきれを被り、しばし物思いに耽っていた。
黒檀の様に黒く、長い髪を靡かせ、朗々と祝詞を詠唱する姿に見惚れた。
顕現した自分を射抜く、凛々しい眼差しに心の臓が大きく脈打った。
あの主の下で振るってもらえると思うと、心が震えた。
「おや。もう、目覚めていたのか」
「ッ!!!!?」
「?」
山姥切は主のいきなりの登場に、驚き、勢いよく振り返った。
そして、自分が思っていたことの恥ずかしさに、頬が赤くなった。
恥ずかしい、穴があるなら入りたい。山姥切は蹲りたい衝動に駆られた。
「それほど動けるなら、問題ないな。よきかなよきかな」
「……何か用か」
「ああ。そうであった」
山姥切の言葉に、思い出したかの様に三月は手を打ち、懐から短刀を取り出した。
「これは……?」
「先ほど鍛刀し終わってな。今から、顕現させようと思うのだが、どうやらお前は私の祝詞が好きらしいから、もう一度聞かせてやろうと思ってな」
「そ、そうか」
もし、山姥切に尻尾があったら、千切れんばかりに振っていただろう。
三月は短刀を抜刀し、手を切らぬよう気をつけながら、両手で持った。
軽く息を吸い込み、瞳を閉じる。
それだけで、静謐な空気が流れ、山姥切は精神が引き締まるのを感じた。
三月は滑らかに祝詞を唱え始める。
空気ではなく、神気が揺らめくのを山姥切は感じた。
そして、短刀に宿る魂も山姥切と同じく、振るえた。
「……聞し食と申す」
三月が祝詞を唱え終わった瞬間、山姥切の視界に湖畔が映った。
紺碧の湖畔に、儚げな桜が一輪舞い降りた。
「ぼくは、今剣! よしつねこうのまもりがたな……とと、様…?」
「今剣……?」
「とと様……? とと様、とと様っ!」
今剣と名乗った銀髪紅瞳の少年は、感極まった様子で三月に抱きついた。
三月は呆然としながらも、今剣を受け止め、抱きしめた。
「本当今剣なのか……? なんだか、昔より小さくなった様な…」
「はい! しょうしんしょうめい、とと様がお作りになった今剣です! あいたかった……!」
「私もだ、今剣。また会えてうれしいぞ……」
今剣は三月に抱きしめられながら、声を上げて泣いた。
千年の会えぬ時を埋めるかの様に、三月は今剣の紙を撫でながら、優しく抱きしめた。
親子の再会に、山姥切りは微笑ましさではなく、嫉妬の気持ちが湧いたのは何故だと、自問し続けた。
三条派初登場は今剣ちゃんでした~
書くに当たって、まんばは乙女、今剣は天使と唱えながら書きました
しかし、次回からの今剣はただの天使ではなくなります
次回は初陣です
二人で何処までいけるかな~