○神無鈴音サイド
2年B組のドアをガラリと勢いよく開く。
そして少々荒っぽい足取りで私の席へと向かう。当然ながらその隣の席には蛍の姿があった。いや、なくては困る。
蛍には昨日のことをあらいざらい白状してもらう必要があるのだから。
そんな必要はどこにもない、というツッコミは受けつけないのであしからず。
「蛍、ちょっといいかしら?」
心を鎮め、穏やかに口を開く私。
しかし蛍は一体なにに威圧されたのか、おそるおそるといった感じて返してきた。
「な、なんだ? 一体どうしたんだよ、鈴音」
「昨日の――」
そこまで私が口にしたところで、隣からユウさんが詰問口調で問いをぶつける。
「どうしたじゃないよ! ケイ、昨日は先輩さんとよろしくやってたんでしょ!? 私とは遊びだったんでしょ!? そうなんでしょ!? そうなんだ! うわ~ん!!」
「落ち着け、ユウ。なにが言いたいのかさっぱりだぞ」
「そんなこと言ってごまかそうったってそうはいかんで! このユウ様を煙に巻こうというのなら、まず『巧みな話術』のスキルを身につけんとな!」
「エセ関西弁はやめろ! 関西の人にムチャクチャ失礼だぞ! それにいつだったかユウ、僕の話術は巧みだって言ってなかったか!? それにお前を煙に巻くのは割と誰にでも出来るって! ああもう! まだツッコミどころあるけど、これ以上はツッコマないからな!」
「そんなこと言ってごまかそうったってそうは――」
「無限ループに持ち込むのはよせって!……って、あ……」
蛍が唐突に言葉を止め、辺りを見回す。
すると、ホームルーム直前なのが災いしてクラスの全員の視線が蛍に集まっていた。
……よ、よかった。私はユウさんのキャラに押されてて無言でいたから、変な目で見られてない……。
蛍は立ち上がってクラスメイトに弁明を始めた。しばしそれで会話は中断する。
やがて、蛍がなんとかクラスメイトたちを静め、席に座り込む――というより、机に突っ伏した。
……はて? 今の光景って、なんだかどこかで見たような気が……。
……ただのデジャビュ……? いやいや、確かにどこかで……。それも頻繁に……。
……って、そうだ! 今の、去年の私がしょっちゅうとってた行動だったんだ! 蛍との仲を冷やかされたときに!
あのときは必死だったから気にもとめなかったけど、端から見てみると結構痛々しい反応だなぁ……。こんなことを頻繁にやってたんだ、私……。
「はぁ……死にてぇ」
ぐったりして呟く蛍。気持ちは分かるのだけれど、私は自分の思考にすっかり入り込んでしまっていたため、なんの反応も返さなかった。
――それにしても、ここまで周囲に痛々しく映るって分かっていたら、さすがに私ももう少し控えめに反応したのになぁ……。蛍と付き合っていると噂されたって、別にそれがイヤってわけじゃないんだし。いや、むしろ……。
…………。
あ、危ない危ない。一瞬、思考がフリーズした……。
そして、重要なことも思い出した。
そう、『付き合っている』だ。
そのことを蛍から訊き出さないと。
「それで、蛍。昨日のことなんだけど」
「なんかいい
「そんなことよりケイ! 昨日のこと! やっぱり私を捨てたの!? 捨てたのね!?」
「……お前は一向にテンション下がらないよな、ユウ」
机に突っ伏した姿勢のままぼやく蛍。まあ、確かにユウさんのキャラにずっとつきあっているのは疲れるだろう。それは私も最近、理解出来るようになってきていた。
「で、昨日のこと、か。――あー……」
いつかのように蛍が唸る。彼がこの反応を返したということは、私たちのほうがなにかを勘違いしているのだろうか。
いや、でも昨日ユウさんが聞いたという会話の内容はどう考えても――。
「ほら! さっさとしゃべる! きりきり話す! まずはなんで一昨日の夜、私にぎこちない答えを返したのか、から!」
「……一昨日? あ、ああ。あのことか……。僕、嘘は苦手だから……黙秘っていうのはダメ?」
「ダ・メ!」
ひとつ嘆息して蛍はようやくその重い口を開いた。
真実を――語り始めた。
私たちを絶望のどん底に突き落としかねない『真実』を。
「なあユウ、まず誤解のないよう確かめておきたいんだけど、ぎこちない答えをっていうのは、一昨日の夜、先輩から電話がかかってきた直後のことだよな? 別のことだったりしないよな?」
「うん。そうだと思うよ? それともケイはそのこと以外にも隠していることがあるのかなぁ?」
一瞬、ユウさんの背後に
だとすると、なかなか使いどころは豊富なようだ。
ともあれ、蛍はややおおげさに首を振りつつ否定する。
「いやいやいやいや! それはない! 絶対にない! 嘘つくのが苦手な僕が『ない』って言うんだから本当にないぞ! うん!」
「まあ、確かにケイは苦手だもんね、嘘。――で?」
「う……『で?』って……。まあ、その……」
「なんだか答えにくそうですなぁ。なら質問を変えて差しあげましょう」
「今度はなんのキャラだ、ユウ。検事か弁護士か?」
「弁護士。この間、ドラマで法廷ものがやってたんだよ。――さて、
「弁護士の名誉まで傷つけるのはやめてくれ。本当に」
「なに言ってるのさ、ケイ。こういうのは雰囲気作りが重要なんだよ。というわけで、式見被告、あなたに黙秘権の行使は許されておりません。もし黙秘するというのなら、それは自らの罪を認めたということになります。――よろしいですかな?」
「よろしくないし、僕の罪ってなんだよ? 僕はなにも悪いことなんか――」
「お黙りなさい。あなたには現在、自由に発言する権利も認められておりません」
「いや、じゃあ僕は何をしゃべれと?」
「
ダン! と机を叩くユウさん。……って、その机、私のだし!
ああ、それにしても段々危なくなってきた……なんというか、著作権的に……。
「ユウ、普通に行儀悪いから、机叩くのはやめろよ。おまけに『静粛に』って、検事でも弁護士でもなく、裁判長の使うセリフじゃなかったか?」
「静粛に! 本官の言うことに従えない者は今すぐ
「いっそ追い出してくれ……」
「だから静粛に!! あなたは私の質問したことにのみ答えればいいのです! それ以外のときはその口を閉じているように!」
「……じゃあ裁判長。最後に一言」
ついに蛍は諦めたらしい。まあ、確かにこのままじゃ蛍が真実を話す前に担任が来てホームルームが始まっちゃいそうだし。
「なんですかな? 被告人?」
「お前のキャラは明らかに裁判長と弁護士が混ざってるよな?」
「……些細なことです」
「検事も混ざればオールキャストになるな」
「ふーむ……検討しておきます」
「するのか、検討……」
「それはさておき!」
「はいはい……」
「まずは
「裁判長、罪状認否は検事役で
机から身を起こし、手を挙げて言う蛍。
対するユウさんは『静粛に』と注意はせず、ただ「それもそうですね」とうなずいた。どうやら自分が裁判長や検事、弁護士として扱われていれば私語は全く構わないらしい……。
「ではまず起訴状を。被告人・式見蛍は――なにをやったのかさっぱり分からないので、まず事情説明をしてください」
「裁判の真似事やるならそれぐらいの情報、揃えてからにしろよ」
「証人でよければいるのですが。3年の真儀瑠紗鳥という、ね。ちなみに彼女の証言のみを信じるのなら被告人・式見蛍は有罪確定です」
「……先輩に聞き込みに行ったのか。……分かったよ。事情は説明する」
「ではまず最初の質問。なぜ昨日の朝、ウキウキしていたのですか? そして私と行くことを嫌がったのですか? いや、そもそも一昨日かかってきた先輩さんからの電話の内容とは一体なんだったのですか?」
「いや……、それは、だな」
『それは?』
私とユウさんが声をハモらせ、オウム返しに訊き返す。
蛍はようやく説明を始めた。……ユウさんが色々キャラ作ったりするものだから、ここまですごく長かった……。
「まあ、実は……。うん。一言で言うなら、羽毛布団なんだよ」
『羽毛布団?』
またもオウム返しに訊き返す私とユウさん。
「一昨日の夜さ、先輩から『良さげな羽毛布団を売ってる家具店を見つけた』って電話があって……」
「私にぎこちなく『なんでもないよ』って返したのが、その電話を受けたあと?」
戻ってる。ユウさん、すっかり元のキャラに戻ってるよ。裁判長&検事&弁護士のキャラは一体どこへ?
まあ、戻ってくれたほうが私としては助かるんだけど……。おそらく、蛍としても。
「うん、そう。いや、だって言えないだろう? 羽毛布団を買おうと思う、なんて。ゲームソフトとか買うのと違って、やっぱりなんだか恥ずかしいし」
まあ、確かに買ってきたあとならともかく、その前には言えないかもしれない。ユウさんが相手だとどんな冷やかしを言われるか分からないし……。
と、そこで今度は私が尋ねる。
「あ、じゃあ朝ウキウキしてたっていうのも、羽毛布団を買いに行けるって思ってたから?」
「そう。さらに言うなら、ひとりで出かけたかったのも、だからだよ。……まあ、先輩と待ち合わせしてたのを知られたくなかった、というのもあったけど」
そこで唐突にユウさんが叫んだ。
「有罪! 式見被告、有罪!!」
しかもまた裁判長キャラだった。
「は? なんでだよ? そんな理不尽な……」
「先輩さんと待ち合わせってところが私的にはNGなんだよぅ! とにかく、
「弁明って……まあ、いいけど……」
そして、蛍の弁明が始まった。
真儀瑠先輩との待ち合わせや交差点で起こったこと、そして家具店前での『あの会話』についての弁明が。
私たちが食い入るようにして聞き入ったのは、言うまでもないことだった。
○式見蛍の弁明(昨日の回想)
先輩との待ち合わせ場所は、前に僕がファミレスの宣伝のバイトをした広場だった。
そして例の如く、先輩は待ち合わせ時間ピッタリにやって来た。
「待ったか? 後輩」
「ええ。十分ほど――」
「よし、行くか」
僕のターンはあっさりと流された。……いや、違うな。どうも焦って、僕の言葉に返せなかっただけっぽい。もっともそれは、付き合いの浅い人間には分からないくらいの違いでしかないけれど。
ともあれ僕は、いつもより早足で前を行く先輩の背を少し小走りに追った。
それからはなぜか、会話なんて出来なかった。そんな雰囲気じゃなかったし、とにかく先輩がどんどん歩いていってしまうものだから。
うーん……。僕、なにか先輩の機嫌を損ねるようなことしたっけかな……。
いや、そんなことしてたら間違いなく先輩の鉄拳が飛んでくるか。
そうならないということは、やっぱり僕が原因で機嫌を悪くしているわけではないらしい。
本当、この人も謎だよな……。いやまあ、最近は鈴音にもこういう
と、そんなことを考えながら先輩の後をついていっていたら、いつの間にやら交差点のところまで来ていた。赤信号だった。
よかった。無言なうえにこのペースで歩き続けるのって割としんどかったんだよね。これで少し休める――って! なぜか先輩、そのまま交差点に向かって歩き続けてるし! 顔もなんかうつむき気味だし! まさか赤信号なの分かってない!?
「ちょっ!? 先輩!?」
僕は慌てて更に歩くスピードをあげると、先輩の手をつかんで引っ張った。
進行方向とまったく逆の方向から手を引っ張られたからか、先輩はこっちに倒れかける。
まさか避けるわけにもいかず、僕はそのままの体勢で先輩の身体を受け止めた。
「……な、なんだ!? 後輩!?」
いや、それはこっちのセリフ。
しかし、なぜか焦り気味の先輩にそんなツッコミを返す心の余裕なんて、今の僕にはこれっぽっちもなかった。
なぜなら、周囲の視線が痛かったからだ。
その視線は決してイタい人に向けられるそれではなかった。けれど、やっぱり居心地のいい視線でもまた、なかった。
ちょっと、周囲の人間の認識しているであろう事実を確認してみるとしよう。
まず、先輩は美人である。それもちょっと一般的ではないほどに。まあ、認めるのは正直、アレなんだけどさ。
そして、その先輩が不可抗力的にとはいえ、僕に寄りかかるように倒れてきているというこの現実。
まあつまりは。
いま僕に――いや、僕たちに向けられている視線はカップルに対するそれであって。
でも僕と先輩はそういう関係ではなくて。
けど、周囲からはきっとカップルに見えているに違いなくて。
でもやっぱり僕と先輩はそういう関係ではなくて。――なんて風に僕の思考がループに入りかけていて、わけが分からなくなりつつあるのは、当然僕がその客観的事実に気づいて恥ずかしくなっているからで。
その一方で、きっといま、僕の顔は真っ赤になっているんだろうなぁ、なんて冷静に分析している自分も居たりしたり。
まあ、今の心境を一言で言い表すなら。
『早くこの周囲の視線から逃れたい』
とまあ、これに尽きるわけで。
ああもう、ホント勘弁。……死にてぇ。
唯一の救いはそれからすぐに信号が青に変わったことだろうか。
僕はそれを見てとると、つかんだままになっていた先輩の手を引いて、一目散に駆けだした。
息はすぐに切れた。
人ごみから脱出すると僕は肩で息をしつつ、思わず呟いた。
「し……死にてぇ……」
全力疾走はかなり身体にキツく、どうも呟きにも元気がなかった。……まあ、この呟きを元気よくしたことなんてなかったけどさ。
そもそも元気のいい『死にてぇ』ってどんなだよ。
……『死にてぇっ!!』とか?
笑えるような呆れるようなといった感じの自分の思考に苦笑しつつ、ペースを落とした先輩と歩くこと数分。
ようやく今日の目的地、家具店が見えてきた。
まずは店内に入らず、窓越しに店内を見やる僕と先輩。
僕が窓際にある布団を見るともなしに眺めていると、唐突に先輩に話しかけられた。
「お前は本当に生活臭のする物にばかり興味を示すな」
そんな、苦笑気味に言わなくても……。
「いいじゃないですか。別に誰に迷惑かけるわけでもなし」
「悪い、とは誰も言っていないだろう?」
「確かにそうですけど、なんだかけなされてるように感じました」
「ふむ。被害妄想、か」
言い返したいところだけれど、あながち外れているとも言えなかった。
こうして一般的な男子高校生と違った行動をとっているから、そういった気持ちになるのだろう。なんか、自分が異端に感じられる、とでもいうか。
例えば
「まあ、あれだ。いい主夫にはなれるぞ。だからそう落ち込むな、後輩」
「それは励ましてくれてるんですか? それともからかってるだけなんですか?」
「どっちだと思う?」
先輩は不敵に微笑んでそう言った。よかった。もうすっかりいつもの先輩だ。
僕は自信満々な態度に戻った先輩に即座に返す。
「からかってるんでしょう」
「まあな」
ああ、やっぱり……。
「だが実際、女性には重宝がられると思うぞ」
「そういう人って、僕のことを道具として見ているだけなんじゃないですか?」
「愛がない場合はそうだな」
「そうですか……」
なんか、軽く絶望的な気分になりかけた。
だって、僕に対して『愛』がある人なんて絶対にいないだろうし。
「ど、どうした、後輩? 今度は本格的に落ち込んで……」
「いえ。別に……」
ああ、なんともテンション下がる会話だなぁ。早く終わらせて、羽毛布団で精神力を回復させたい。
しかし、先輩はまだこの会話を続けたいらしかった。
「それはそうと後輩。その投げやりな感じを見るに、お前は一生独り身で過ごすつもりか? 独身主義か?」
なんだか先輩の語調が少し強くなってきた。まるでここからが本題とでもいうかのように。
「別に独身主義ってわけでもありませんけど、なんていうか、可哀想じゃありません? 自殺志願者の彼女や結婚相手なんて」
実際、僕なんかと結婚するような女性がいたとしたら、その人生は相当キツいものになるに違いない。なにしろいつ夫が自殺するか分かったもんじゃないのだから。
まあ、結婚相手ではなく、友人としての枠組みで考えてみると、実は鈴音がモロにそのポジションにいたりするのだけれど。
本当、あいつも大変だろうな。友人が自殺しようとする可能性がかなり高い日常なんて、キツいことこの上ないだろう。《中に居る》の一件ではその可能性が思いっきり現実化したし。
先輩はひとつ大きく息をついてから返してきた。
「そうでもないだろう。自殺しようなどと考えないよう
それは不可能じゃないだろうか。だって、僕のこの欲求は、本当に自然に湧いてきてしまうものなのだから。腹が減ったからなにか食べたいとか、眠いから眠りたいとかいうのと同種のものなのだから。
先輩のことだから、それくらい理解していると思うんだけどな……。
僕はそんな考えは表に出さず、別のことを口にした。
「いや、やっぱりムリですよ。まず僕、モテませんし」
モテない人間が結婚することは不可能だ。このほうが先輩には納得してもらいやすいだろう。
しかし、やはりというかなんというか、先輩は納得なんかしなかった。
「後輩、お前それ、本気で言っているのか?」
「? もちろん」
またも大きく嘆息する先輩。なんなんだ、一体……?
「まあ、本気で言っているのならそれでもいい。お前は嘘をつくのがとことん苦手だから、とぼけているということはないだろうしな」
「放っといてください」
「じゃあお前がモテる人間で、初デートでプロポーズされたとしたら、という前提で話すとしよう」
「いや、別にいいですよ。そんなありえない前提で話なんかしなくても――」
「相手は私――ああいや、巫女娘! 巫女娘でいこう!」
なんだ? 先輩が急に
いや、それよりも、だ。
「なんで相手が鈴音なんです?」
「後輩、いつも一緒にいるだろう?」
「そりゃそうですけど、鈴音が、というのはちょっと想像しずらいんですけど……」
想像しにくさでは先輩と同レベルだ。
だが先輩はその設定に無理を感じないのか、変更せずに話を進めていく。
「大体お前、巫女娘が嫌いというわけではないだろう?」
「そりゃ、嫌いじゃありませんけどね」
嫌いだったら鈴音とは友人ではいられないだろう。僕は嫌いな人間と友好な関係を築けるほど人間出来ちゃいない。
僕が鈴音と友人でいられるのは、おそらく気が――というより、波長が合っているからなんじゃないだろうか。
そんな僕の心を読んだかのように先輩は言う。
「なら、問題ないだろう? いまの世の中、二十歳にもならぬうちに結婚するヤツなんてあちこちにいるだろう」
「……まあ」
確かにそれは珍しいことではないけれど。
「でも先輩、いくらなんでも初デートでプロポーズなんて、普通ありませんよ」
鈴音が僕に告白してくるシーンなんてやっぱり想像できない。まあ、前提に無理があるんだから当たり前だけど。
先輩は僕の言ったことに詰まることなく、淀みなく返してくる。
「いや、そうとも言えないぞ。割と芸能人なんかは当たり前にしている」
「芸能人を引き合いに出されても……」
大抵すぐに離婚するし。
そう言ってもムダなのは目に見えているので、僕はつい口ごもった。
「で、だ。実際お前はどう思っている? まさか一生独り身でいるつもりではあるまい?」
それに似た問いにはついさっき答えたような気がするのだけれど、同じ答えを返すと無限ループに突入しそうな予感があった。
仕方ないので、僕は言葉尻を濁すことにする。
「いや、なんとも……」
「大体、結婚すれば新居が必要になるだろう。まさかずっとあのワンルームのアパートに住むわけにもいかんだろうし」
なんだか先輩の言っていることが段々と飛躍してきた。
「それはまあ、確かに……って、この話をするために今日誘ったんでしょう、先輩」
ようやく気づく僕。まあ、ここまで気づかなかったというのは、ちょっと問題ある気もするけど。
先輩はイタズラがばれたときの子供のような表情で――なんてことはなく、自信満々な表情で言い放つ。
「当然。新婚生活といえば新居、新居といえば家具だろう?」
「だからって……。まったく、強引なんですから……。まあ、昔からのことですけど」
「そう複雑な表情をすることはないだろう」
「いや、しますよ。もし鈴音やユウに聞かれてたらと思うと……」
「ふむ。それはご愁傷様だったな」
「え?」
それは……一体どういう……?
「ついさっき巫女娘がそこの通りに――」
「ちょっと! 冗談じゃありませんよ!」
先輩は僕の慌てぶりを見て愉快そうに笑った。
「冗談だ。誰も通りかかってなんかなかったから心配するな。……その、なんだ。誰かが聞いているかもしれないところでこんな話をするのは私としても……」
先輩の声はどんどん小さくなって、やがて消えていった。
「あの、先輩?」
「いや、なんでもない。さて、そろそろ入るとするか」
「……それもそうですね」
思い返してみれば、ずいぶんと長く話し込んでいたな。僕たち。
入り口まで歩いていくと自動ドアがガーッと開いた。
さあ、僕にとってはここからが本番だ。
○神無鈴音サイド
「とまあ、そういうわけだったんだよ。ユウ、鈴音」
…………。
「へえ。そういうことだったんだ」
「そう。だからユウが邪推するようなことなんてこれっぽっちもなかったの」
…………。
「鈴音も。これで分かっただろ? 僕にやましいことなんて何もなかったって」
…………。
「おーい、鈴音? おい、鈴音ってば!」
……はっ!?
「な、なに? 蛍」
「……なあ、鈴音。お前いま、意識失ってなかったか?」
「べ、別にそんなことないよっ!」
「そうか? ならいいけどさ」
実はかなり長い間思考がフリーズしていた。
いや、だって、蛍と先輩との秘密の
うう……。いまの私の顔は真っ赤になっているに違いない……。
穴があったら入りたい。いや、なくても掘って入りたい気分だった。
ただどういうわけか、妙に顔がニヤけてもしまい……。
本当、どういう反応をしたものか……。
「けど正直、こんな話だったものだから出来れば言いたくはなかったんだよ」
まあ、確かに。私だったら恥ずかしくて言えないだろう。
だって、私と蛍が、なんて……。
「ん? どうした、鈴音? なんかすごく顔赤いぞ? もしかして、具合悪いんじゃないのか?」
「え、そんなことないよ。なんともないって」
なんともない、というのはもちろん嘘だけど。
残念なような、安堵したような気持ちで少々ぎこちなく自分の席に着く。
そして蛍の机に腰掛けているユウさんをちょっと見てみる。すると、彼女はなんだか少しむくれていた。
まあ、なんとなく理由は分かる。真儀瑠先輩の仮定で出たのがユウさんではなく私だったのが面白くないのだろう。もし私が逆の立場だったら私もむくれていたかもしれないから、その気持ちはよく分かる。
まあもっとも、ユウさんは自分の感情に気づいていないところがあるから、なんとなく面白くないだけかもしれないけれど。
と、まるでこちらの話が終わるのを待っていたかのように担任が教室に入ってきた。
ホームルームが始まり、続いてその担任の受け持つ一時限目の授業に突入する。
そして担任は、授業が終わったら宿題を提出するようにと促してきた。
それに私は顔を青ざめさせた。
……しまった。昨夜のユウさんの話を聞いてから、そのことばかり気になって宿題のことをすっかり忘れていた……。
私は高揚していたさっきまでとはうって変わってガックリと肩を落とした。
「おい、鈴音。お前、ホントに今日はどうしたんだ?」
その蛍の言葉を聞きながら、私はこの授業中にいかにして彼に宿題を見せてもらうか、あるいはどうやって授業中に自力で宿題を終わらせるかを考えるハメになったのだった。
……とほほ。
はい、これにて完結となります。
もうひとつの『マテリアルゴースト』の二次創作小説、『それぞれの目線』と同じく、『オリキャラを出さない』ことと『マテゴ感を出す』ことを目標に書いてきました。
最後まで楽しんでいただけたのなら幸いです。
ちなみに今後、『マテリアルゴースト~いつまでもあなたのそばに~』という長編も書こうと思っていますので、ファンの方にはこちらも読んでいただければ、と思っていたり。
あ、でも長編のほうはオリキャラ出す気満々なんですよね。
大きな事件もバリバリ起こす予定でいますし。
では、また別の作品でお会いできることを祈りつつ。