朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue14

 涼宮が文芸部に押しかけてきた年の四月、俺は高校二年生になった。

 これは所感だが、なかなかどうして二度目の高校生活も捨てたもんじゃない。

 授業こそ全力投球とはいかないが、部活はそれなりに楽しくやらせてもらっている。

 涼宮が来てからは特にそう感じることが多い。あまり認めたくないけど。

 ところで進級に際し、クラス替えがあったのだが、やっぱり朝倉さんと俺は同じクラスになっている。

 もう驚く気にもなれない。

 それに同じクラスなのは朝倉さんだけじゃない、俺含めた四馬鹿――俺、キョン、谷口、国木田の四人だ。朝倉さん命名。でもキョンと谷口はさておき俺と国木田は成績優秀で通ってるのに馬鹿でくくられるのはいかがなものかと思う――と長門さんまでいる。

 入学当時の俺が聞いたらどんな反応をするのやら。

 

 

「――ちょっとアンタ!!」

 

 うん?

 視線を天井から涼宮へ戻すとなぜか彼女はちょっと怒っていた。

 今日は涼宮が部室に来るなり、大事な話があるとか言い出したので、こうして会議でもするかのように皆涼宮のほうを向いて座っているのだが。

 

 

「ちゃんとあたしの話を聞いてたのかしら?」

 

「ん……ああ、ええっと……なんだっけ」

 

「だから、合宿よ! 合っ宿旅行!!」

 

 言いながらバン、と勢いよく机を叩く涼宮。

 そうだ。俺は涼宮の突拍子もない発言に現実逃避していたのだった。

 いやいや合宿ってお前な。

 

 

「何すんだ?」

 

「合宿をするのよ」

 

 聞いた俺が馬鹿だった。

 ハルヒシリーズの作中において涼宮ハルヒ含む主要メンバーは夏休み中、合宿に行くのだが、そこで涼宮は今のような台詞を吐いていたっけ。

 合宿のために合宿に行く、とはね。二重表現もはなはだしいよ。

 作中で行われた不毛なやり取りを思い出した俺はこれ以上突っ込まないことにする。そういうのは俺の仕事じゃないし、なにより言うだけ無駄だからな。

 他が黙っているのを見かねた朝倉さんが顔を引きつらせながら、

 

 

「つまり涼宮さんは合宿がしたいのね」

 

と確認した。

 それに対し涼宮は「そうよ」と肯定する。

 

 

「文芸部で合宿って……この前みたいにみんなで本でも作るつもり?」

 

「あたしがしたいのは合宿旅行よ。合宿して旅行すんの」

 

「ただの旅行じゃねーか」

 

 涼宮に突っ込みを入れたのは俺ではなくキョンだ。いいぞ、その調子でもっとやれ。

 実のところ、俺は涼宮が言う合宿旅行とやらには乗り気である。だって楽しいに決まってるし。

 

 

「詳細は追って連絡するから、みんなゴールデンウィークは予定明けときなさい。以上」

 

 涼宮の話はこれで終わりらしい。

 異論を唱える者がいれば別だったかもしれないが、古泉は言わずもがな笑顔で静観に徹しており、部長の長門さんが合宿旅行に反対してない以上、朝倉さんもキョンもどうこう言わなかった。

 とまれ、今年のゴールデンウィークは合宿か。そうなると祖父母の家には行けないだろう。

 俺としちゃそこまで残念でもないのだが、やっぱり祖父母からすると残念に思うのかもしれない。夏休みは必ず行くようにしよう。

 それにしても涼宮はどこで合宿するつもになのだろう。

 無人島はさすがにないはずだが旅行って言われてもイマイチぴんと来ない。

 古泉に聞いたら何かわかるかと思い、こそっと聞いてみたが古泉も合宿地がどこかは知らないと言った。古泉が一枚噛んではいないということだ。

 なら少なくとも無人島じゃなさそうだ。あんまり安心できないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涼宮が第一回(二回目あるのか?)北高文芸部合宿旅行の決行を宣言した数日後。数学の小テストが行われた。

 どこの高校でもそうだが、授業によっては定期考査のほかに時たま小テストが行われたりする。北高の場合は国語系以外全教科ある。といっても行われる頻度は教師によってまちまちだが、その中でも数学は特に頻度が高いと言っていい。9組の連中――理数中心の特別進学クラスの奴らだ――はもっと高いだろうけど。

 進学校気取りの北高とはいえ新学年もそこそこに小テストをやるなんてちょっと驚きだ。

 数学教師の吉崎先生は教育熱心なのか、あるいは生徒をふるいにかけようとしているのか。

 いずれにしても俺に関係する話じゃない。

 やる気の問題から9組での入学を志望しなかっただけで、こちとら元々理数系の人間だ。こんな小テストなど頭の体操でしかない――てかワンミスでもあったらヘコむ。

 しかしながら数学の小テストが成績に関わってくるような奴は俺の身近にいる。

 休み時間中のことだ。

 

 

「頼む!」

 

 と言ってキョンが頭を下げてきた。

 件の小テストの点数がズタボロだったようで、俺に勉強を教えてほしいとのことだ。

 彼なりに反省心を持っているから俺のところに来たのだろうが、

 

 

「めんどい、パス」

 

無慈悲にも彼のお願いは蹴ることにした。

 理由は言った通りである。

 

 

「そこをどうにか……」

 

 だがキョンは食い下がってきた。

 嫌だと言っているのにどうもこうもあるのか。ないだろ。

 でも了承するまでこいつは俺につきまとってきそうだしな。

 

 

「しょうがねえ」

 

「おおっ!」

 

「助っ人に頼んでくるから待ってろ」

 

「……助っ人だと?」

 

「オレは面倒だから嫌だって言ったからな」

 

 自席から立ち上がり、俺はある人物の席まで移動する。

 そしてその人物に声をかけた。

 

 

「ちょっといいかい」

 

「何?」

 

「キョンに数学を教えてやってくれないか」

 

「……私が?」

 

 声をかけたのは他でもない、親愛なる幼馴染たる朝倉涼子である。

 教育係なら彼女の方が適任だろう。

 

 

「テストの点数なら私よりあなたのほうが上じゃない」

 

「まあ、な」

 

 それでも朝倉さんは俺より成績がいい。

 理由は俺の平常点が悪いからだ。知ってて改善してないんだけどさ。

 朝倉さんは仏頂面で、

 

 

「小テストの点数が悪かったとか言ってキョンくんがあなたに泣きついてきた。そんなとこかしらね。違う?」

 

 ぎくり。

 面倒を押し付けようとしているのがバレているのか。

 実は君エスパーか何かだったりするんじゃないの。

 

 

「人に教えてもらうってのは自分で努力して、どうしてもダメだった時の最終手段なのよ。あなたにだってわかるでしょ」

 

 やめろ朝倉さん。正論はぐうの音も出ないんだ。

 諦めてキョンを見捨てることにするか。

 

 

「……貸しよ」

 

「何?」

 

 俺が聞き返すと彼女は溜息をついてから、

 

 

「貸しひとつで引き受けてあげてもいいわ」

 

キョンの面倒を見ると言ってくれた。

 ありがとうございます、心優しい朝倉さん。

 って。

 

 

「その"貸し"ってのはさ……オレに言ってる?」

 

「もちろん」

 

「君のお世話になるのはオレじゃあないだろ。キョンに言え」

 

「私に頼んできたのはあなたよ」

 

 実に納得いかん。

 いや、ひょっとして朝倉さんは俺が頼んできたから"貸し"などと言っているのではなかろうか。

 国木田に頼っていたらこうなってなかっただろうが、あいつに頼るのも申し訳ないし、つまりは俺が割を食うしかないのである。

 ちくしょう。事あるごとに朝倉さんからの借りが増えていく気がしてならない。いったいいつになったら完済できるんだよ。

 そんな疑問に答えてくれる存在などいるはずもなく、俺は彼女が出した条件を粛々と呑むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 倶楽部活動の時間を使ってさっそく朝倉さんはキョンに数学を教えるらしい。

 思い立ったが吉日だ。あとはキョンが三日坊主にならなければいいのだが。

 

 

「しっかし遅いな、朝倉」

 

 キョンがぼやいた通り朝倉さんはまだ部室に来ていない。

 音楽室の掃除当番だった俺より遅いとは、何やってんだろう。長門さんも知らないらしい。

 ちなみに昨日の朝倉家ディナーはおでんだった。

 最低でも月イチはおでんが出てくる。それに、俺が見てないとこでも食べてるはずだ。絶対おでんウーマンめ。

 涼宮が来たらいっそのことあいつに頼むのも手ではなかろうか。涼宮ハルヒは頭いい設定だったし、あの女だってそうに違いない。朝倉さんからの借りをナシにしたいというのが本音だ。

 と考えていると、ガチャリと部室の扉が開かれた。

 

 

「待たせたわね」

 

 ようやく朝倉さんが部室にやってきた。

 が、なんと彼女は北高指定のセーラー服から姿が一変していたのだ。

 黒のスーツにワイシャツ、下はミニスカートとストッキング、靴に至ってはパンプスで、極めつけに赤いフレームの伊達眼鏡をかけているではないか。

 朝倉さんのそれは、みずほ先生もおったまげの煽情的な"女教師"スタイルだった。

 すかさずキョンがドヤ顔の朝倉さんに突っ込みを入れる。

 

 

「なぜ着替える必要がある」

 

「このほうが雰囲気出るじゃない」

 

「ていうかどっから持ってきた? そんなもん」

 

「あそこに一式あったのよ」

 

 朝倉さんが指さす先には涼宮が持ち込んできたコスプレセットが大量にかかっているハンガーラックが。びっしりかかっているから気づかなかったが、あの中に女教師セットは入っていたらしい。

 ――いや、そんなことはどうでもいい。どうでもいいのだ。

 

 

「おいキョン」

 

「なんだ」

 

「授業はオレが受ける」

 

「は……?」

 

「だから、朝倉さんの授業を受けたいんだよ!! お前は一人で自習してろ!!」

 

 ガタッと椅子から立ち上がり、声を荒げて言う。

 朝倉さんのコスプレ姿を前に俺のテンションは振り切れてしまっていた。

 ど真ん中、とまではいかないがストライクゾーンなのだ。

 

 

「何言ってやがる。一人じゃはかどらんから俺が頼んだんだぞ」

 

 俺の発言にたまらずキョンは反論する。

 空気の読めないヤツだった。

 

 

「朝倉さんに頼んだのはオレだ!」

 

「お前は朝倉に教えてもらわんでもいいだろ! ふざけやがって、いつも百点取ってるじゃねえか!」

 

「そういう問題じゃあねえ!」

 

「んじゃ何が問題だ!」

 

「気持ちの問題だろうが! 朝倉さんとの個人授業、これは最優先事項なんだよ!」

 

 互いに攻防がヒートアップしていく。

 しょうもない言い合いだが気持ちとしては【スクライド】の最終回ぐらいたかぶっている。

 そんなやり取りをしていると、突然頭に鋭い痛みが走った。

 

 

「いい加減にしなさい」

 

 朝倉さんが数学のテキストで俺の頭を叩いたのだ。

 

 

「いってぇ……角はやめてくれ」

 

「悪かったわね。でも不良生徒にきちんと指導してあげるのも教師の務めよ」

 

 なんだ。ノリノリじゃないか。

 俺は朝倉さんの一撃でちょっと我を取り戻したが、いつもなら微塵も感じないパトスが俺を支配しているのに変わりはない。俺は今、猛烈に感動している。

 朝倉さんは手をひらひらさせながら、

 

 

「あなたの相手は今度。今日はちょっと我慢しててちょうだい」

 

とキッパリ言い放った。生殺しもいいところだ。

 今度って今だろ。違うのか。

 しおれた花のように椅子に座る意気消沈の俺を見た長門さんは、

 

 

「キョンくんと一緒じゃ駄目なの?」

 

素朴な疑問を俺に投げかける。

 わかってない。わかってないよ長門さん。

 

 

「君には見えないのさ…………先の夢が」

 

 個人授業だからいいんだよ。

 放課後、二人きり、相手はセクシーな女教師、これらのフレーズの組み合わせが世の男子諸君にとってどれほど魅力的か。

 そうしてようやく勉強会が始まった。抜け殻となっている俺をよそに、だ。

 せっかくだからと長門さんも参加しようとしたが、なぜか朝倉さんは彼女の参加を拒んだ。気にせず長門さんはいつも通りゲームしてて構わない、だと。

 でも長門さんも一緒のほうがキョンにとってはいいはずだ。

 イチャイチャできるから、ではなく長門さんも数学の点数は高いからだ。

 ていうかここにいない国木田含めてキョン以外の文芸部員全員が学年順位十位以内だ。数学を教えてもらうのにこれほど恵まれた環境はないぞ、俺のやる気はともかく。

 これに加えて、うちには特別部員がいる。

 

 

「うぃーっす! 来たわよ!」

 

 旧校舎でもある部室棟の扉をまったくいたわらずに部室の扉をバン、と叩き開けてきたのは涼宮だ。もちろんお供の古泉もいる。

 最近では光陽園の制服姿で北高をうろつくことも少なくない。

 ともすれば涼宮のファンクラブなんかもできているのかもしれないな、なんて。

 そんな見てくれだけでいえばギャルゲーの生徒会長みたいな涼宮は朝倉さんのコスプレを見て、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「あら、似合ってるわね涼子。フッ、でもまだまだ甘い」

 

 何かのスイッチが入ったのか、朝倉さんがなぜそんな恰好をしているのかなど気にせず涼宮は語りだす。

 

 

「涼子、今のあんたには決定的に欠けているものがあるわ」

 

「それは何かしら? 涼宮さん」

 

「ズバリ、"か弱さ"よ!」

 

 誰か解説を頼む。

 

 

「涼子のコスプレは高い完成度と言えるわ。けどね、肝心の素材が衣装に殺されちゃってるのよ。あざとくエロスを求めればいいってもんじゃないの。女教師ってのはね、ワンチャンスあれば押し倒せるんじゃないかってぐらいがちょうどいいわけよ」

 

 涼宮なりに哲学でもあるのだろうか。

 だが、たしかに今の朝倉さんは可愛いっていうよりエロいって方向だ。

 特にあの脚。朝倉さんのグンバツ脚線美については周知の通りだが、ストッキングを装備することで脚のよさがより引き立てられている。そして視線を少し上げればタイトなミニスカートが目に入るのだ、エロい、犯罪的ではないか。エロが故に俺は自分を見失ったのだ。年甲斐もない。

 女教師コスの朝倉さんを【つよきす】でたとえるなら祈先生。押し倒すどころかこっちがマウント取られそうなもんだ。

 

 

「その衣装はみくるちゃんレベルが着て、初めて真価を発揮するの。ま、いつか見せてあげるわ」

 

 また朝比奈さんを拉致するつもりなのかこいつは。

 朝倉さんも普通に感心しないでくれ。

 

 

「おや」

 

 ノートを広げ、教科書片手に唸っているキョンに古泉が気づいたようだ。

 

 

「勉強熱心ですね」

 

「私がキョンくんに教えているのよ」

 

「なるほど、それでそのような格好を」

 

 納得できるあたりこいつの精神が謎だ。アニメを見てても思ったが古泉一樹は物怖じしない。いったいどんな修羅場を潜り抜けてきたのか、なんてのは考えすぎかね。

 

 

「うーん?」

 

 ふいに涼宮がこんな声を出した。

 机に置いてあったキョンの小テストのプリントを見て首をかしげているではないか。

 

 

「なんだ。そんなに俺の点数がおかしいか」

 

「それもそうなんだけど……古泉くん、これ」

 

 涼宮から古泉に手渡されるプリント。

 そして彼もまた、涼宮と同様の反応をしたのである。

 何か不思議なことでもあったのかよ。

 

 

「この出題範囲は大分前にやったところではありませんか?」

 

 尚も不思議そうな表情の他校生二人だが、古泉の発言で俺はその疑問が何に起因するかを理解した。

 べつになんてことはない。

 

 

「君たちは私立で、しかもバリバリの進学校だろ。公立高校とじゃあ授業の進みが違うってこともあるわな」

 

 俺の言葉に涼宮と古泉は納得したみたいだ。

 基本を一通り叩き込まれた後は徹底した反復練習。とにかく問題を解きまくる。

 事実、凡人にとって勉強など量が全てだし、かくいう俺もそういう経験はあるのさ。

 俺は興味本位で光陽園が今やっている模試対策の問題集を見せてもらうことにした。

 接線の方程式とか超懐かしいな、恩師の講師がこの点は出ねえよとか怒鳴り散らしながら説明してたのを思い出す。

 ちなみに、この勉強会から暫くして再び数学の小テストがあったのだが、キョンの点数は雀の涙程度しか上がっていなかったことをここに補足する。

 朝倉さんとの個人授業はどうなったかって?

 うん、まあ、控えめに言って最高だったとだけ言っておくよ。ほぼほぼ女教師コス朝倉さんの撮影会だったけど。

 

 

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