朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue24

 

 テスト前最後の通常授業も俺にとって依然重要などではなく、無任所なまま惰眠を貪り尽くしている。

 昼休みが来れば幼馴染のガワを被った宇宙アンドロイドと2人部室で弁当を喰らう。

 明日からの4日間は期末テストであり、昼前に全生徒完全下校となるためこれが最後のお弁当だ。

 俺は主菜の中華炒めを咀嚼し飲みこんでからテーブル越しの彼女に問う。

 

 

「今日はどこ行くんだ?」

 

「そうね……今日はお休みかしら」

 

 テスト前日ともくれば自重するわな。

 俺の考えは甘かった。

 

 

「その分、明日からはたくさんお出かけしましょ」

 

 眩しい笑顔で言う朝倉さん(宇宙人)。

 真面目なお堅い委員長らしい台詞で安心したよ。

 なんて皮肉を返せば彼女は呆れた顔でこう言った。

 

 

「だって家に帰ったって勉強するわけじゃないんでしょう?」

 

「まあそうだけどさ」

 

「じゃあ一緒にお出かけしてもいいわよね」

 

 何が"じゃあ"なのか、してもいいということは当然しなくてもいいはずなんだけど彼女の選択肢にそっち側は無いようだ。

 一度くらい彼女の言葉に反発してみたくはあるが、機嫌を損ねた彼女がナイフ持って突進してきたら俺には避けられる自信がない。というか躱されないようガチガチに金縛りされそうだし俺に抵抗する術はない。

 さりとて、彼女が底知れない存在であるのと同時にやはり俺は彼女にけっこう気を許しているわけで、心の底では朝倉さんの新しい一面を知れたとかそんな風に捉えている自分がいてもおかしくない。

 肩入れしすぎないよう自分で自分に念を押しつつ、明日の放課後は明日の放課後で楽しめばいいんじゃなかろうか。

 そういうわけでこの日は俺も朝倉さん(宇宙人)も寄り道せず自宅へ直帰。

 で、翌日。

 一部の生徒にとっては来て欲しくなかったであろう期末テストの初日。

 俺のスタイルとしては速攻で解答を埋め、寝る。これは授業でやる小テストの時と何ら変わりない。

 見直しを一切やらないので凡ミスの誤答こそあったりもするが、別に満点狙ってなんざいないので構わず机に伏す。一定の結果を出せば同じなのさ。

 そんな感じで3時限目までを過ごし、あっという間に下校時間を迎えた。テスト中はショートホームルームなしにそのまま解散だ。

 

 

「さ、行きましょ」

 

 テスト監督の教師が出ていくやノリノリで俺の席まで朝倉さん(宇宙人)が寄って来る。

 行くのはいい。だが制服でうろつくと完全にサボってる感が出るので一度帰って着替えたい。

 

 

「わざわざ着替えなくていいじゃない。マイペースなくせに変なとこ気にしちゃって」

 

「お時間を取らせた分楽しんで頂けるよう努力はしますので……」

 

「へぇ、期待させてくれるのね」

 

 あんまりハードル上げてほしくないけどね。

 12時半に駅前公園待ち合わせでお互い一旦帰宅し、特に服装に凝りもせず適当に着替えて家を出ようとして母さんに飯も食わずどこに行くのかと聞かれ「その辺」と適当に返し家を出る。

 誰かと違って遅刻などするはずもなく数分前に着くと朝倉さん(宇宙人)は当然のように俺を待っていた。

 北高の夏服セーラーからブルーグリーンのチュニックと白いチノパンに着替えた彼女は左手にした腕時計をわざとらしく見てから言う。

 

 

「うーん、5分前か。及第点ギリギリってところかしら」

 

「走って来いって言いたいのか」

 

「それくらいの気概は持つべきじゃない?」

 

 わかったよわかりましたよ次から気を付けますとも。

 今日は俺がリードするというわけではないが、行き先を決めたのは俺だ。

 私鉄のローカル線を乗り継ぎ、更にモノレールへ乗り換え小一時間かけ目的地の最寄り駅へ到着。

 そこから少し歩けば目的地である大型ショッピングパークに着く。

 

 

「県外まで出て、てっきり遊園地にでも行くのかと思ったわ」

 

 テスト終わりに遊園地なんて普段の朝倉さんからは絶対に聞けないようなワードだ。

 俺としてはそういうのもやぶさかではないが、今日のところは普段の延長線上みたいなデートにしようと思った。アホ広い施設なので時間の潰し甲斐はあるぞ。

 ただ、それなりに空腹を感じるためまずは腹ごしらえといこう。

 宇宙アンドロイドに好き嫌いなんかありゃしないとわかっちゃいるけど一応何食べたいのか聞いておく。ここには大抵の料理が出揃っている。

 

 

「何でもいいけどせっかく遠くへ足を運んだわけだし、フードコートじゃなくて店内で落ち着いて食べる方がいいわ」

 

 となるとフードコートの店は候補から外れる。

 もちろん他にもインショップの飲食店は数多い。センスが問われる瞬間。

 俺が選んだのは洋食屋。案内板の画像写真のビーフカツが美味しそうだった。

 平日の14時前にも関わらず店内に客はそこそこ、ともすればようやく席が空いてきたのか。都会の人口密度を感じる。

 俺はビーフカツ、彼女はチーズハンバーグをそれぞれセットでオーダー。

 デートにおける野郎の役割なんざ程よいリードと上手な聞き手を務めることではあるものの、たまにはこっちから話題を提供しようと思い最近制作が発表された映画について語ることにした。

 続編モノなのだが前作から10年の時を経ての制作となった作品だ。ずっと続編が出てほしいと期待していたが正直作られることはないと思っていた。

 

 

「生きていれば何があるのかわからないものね」

 

「ああ、奇跡だよ」

 

 前作のメインキャスト全員出演だ、否が応でも期待してしまうというものよ。

 なんてオタク話を続けているとテーブルに料理が運ばれてきた。

 切り分けられたカツと備え付けの野菜&ポテサラからはザ・洋食という気品あふれる佇まいがする。

 早速いただこう。端の一切れを口へ運ぶ。

 

 

「……ふむ」

 

 デミグラスソースとカツの中のレア焼きされた牛肉が合っている。安定感のある味だ。

 何より肉を喰っている事を実感できる食感が良い。噛めばうま味が口に広がる。

 セットのライスとミネストローネに特筆すべき点などないが、俺はスープの中でミネストローネが一番好きなので出てくると少し嬉しい。

 

 

「ねえ」

 

「ん」

 

「一切れずつ交換しない?」

 

 断る理由もないため俺のビーフカツと彼女のチーズハンバーグでトレードが成立した。

 でろでろに溶けたチーズとソースが絡んだハンバーグを食べてみる。ハンバーグ自体もしっかり肉の味がする、牛肉感がチーズとソースに負けてない。

 外食してる感バリバリな時間を終え、店を出ようかと思ったらテーブル越しの彼女が食後のデザートとしてアイスを追加オーダー。

 もっとも、運ばれてきたそれはグラスにクリームやフルーツの類が敷き詰められた上にキャラメルソースがかかったバニラアイスが積まれた代物であり、アイスよりパフェと呼ぶ方が相応しい見てくれをしている。

 デザートは別腹だなんて言うけど、あのボリュームを喰おうとはね。

 細長いスプーンでマイペースにデザートを楽しむ様を眺めながらお冷をすすっていると、アイスが乗っかったスプーンが不意に俺の方へと差し出される。

 

 

「はい、あーん」

 

 冗談だろ。

 反応に困っている俺を見てきょとんとする彼女。

 

 

「食べないの?」

 

「……普通に食べさせてくれよ」

 

「それじゃ練習にならないじゃない」

 

 俺が彼女とマジにお付き合いしたら羞恥心を押し殺してノるのかもしれないが、その仮定は仮定でしかないし、相手が朝倉さんだったとしたらまずこういうことしてこないから練習にすらならないと思うんだけども。

 結局、グラスとスプーンを渡してもらい普通に回し食いする形となった。最初からそうさせてくれ。

 口直しが完了したところで会計、店を出る。

 そして俺と朝倉さん(宇宙人)とのデート演習が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女との期末テスト直後デートは冒涜的――真面目に勉強してる連中に対し――であったと言えよう。

 2人で街を歩き回り、いいだけ遊び回った。

 相も変わらず変なところで積極性を見せてくる宇宙アンドロイドガールも、こっちが意識していなければ普通の女子高生と何ら変わらない。

 果たして俺の経験値がどれほど上昇したのかは不明だが、気の使い方みたいなのは適宜指導されたので気持ちマシになったと思う。

 そんな日々も今日で一応の終わりを迎えるようだ。

 金曜日、週末であると同時に期末テスト最終日であり、そしてそのテストは先ほど全教科完了したところだ。

 

 

「あーーー、終わった終わった」

 

 清々した感じで言うキョン。

 今日は朝倉さん(宇宙人)が午後から用事があるらしく、放課後デートは昨日で最後。

 昨日は彼女がとても行きたそうにしてたため有名テーマパークへ行った。ああいうとこに学校行事以外で入るのは"俺"の小学四年生ぶりだったので、普通に楽しんでしまったよ。キャラ物のアトラクションを馬鹿馬鹿しいと思ってた自分が情けない。

 まあ名残惜しさ少々、連日の外出で疲労も少々。帰ったら昼寝だな。

 それにしてもこんな風に4人で下校するのは久しぶりな気がする。

 キョンの様子を見た朝倉さん(宇宙人)は煽るように言う。

 

 

「ずいぶん余裕そうねキョンくん。いい点取れそうかしら」

 

「長門のおかげで勉強が捗ったんでな、何点かは分からんがいつもに比べりゃ手応えを感じるぜ。神様仏様長門有希様だ」

 

「えへへ……」

 

 こいつがこれだけ調子良さそうにしてるのは初めてかもしれない。ヨイショされた長門さんが嬉しそうなのはいいことである。

 勉強教えてくれる系ガールフレンドがいたら谷口も成績良くなるんじゃないのかね。 

 

 

「お世話になったんだったらちゃんとお礼してあげなさいよ」

 

「そうだな。長門、何かしてほしいこととかあるか?」

 

 キョンの呼びかけに対し長門さんは鞄から半分に折り曲げられた紙を取り出して見せた。

 A4用紙のそれは今週末開催される古本市の案内チラシであった。

 

 

「……ここに行きたい」

 

「わかった。じゃ明日行くか」

 

 テストが終わったことだし存分に楽しんでくるといいさ。

 などと他人事のように聞いていたら翌日朝倉さん(宇宙人)に叩き起こされた。

 

 

「起きなさい」

 

「あの、今日土曜だけど」

 

「古本市行くのに待ち合わせてるんだから遅れちゃダメでしょ」

 

 いつの間に君と俺も行く流れになってたんだ。

 あの2人でヨロシクやってりゃいいじゃないか。

 

 

「だって、ダブルデートはしてなかったもの」

 

 仕方なしにベッドから起き上がる。

 言われるがまま彼女と一緒に待ち合わせ場所御用達の駅前公園へ行くと2人が既にいた。

 挨拶もそこそこに私鉄で古本市会場の最寄り駅まで向かう。

 駅から歩いて10分弱で着いたそこは歴史ある神社の表参道。

 その左右にテント設営された古本の出店がずらりと立ち並んでいる。

 ご年配の方々が多く見受けられるが、意外に盛況している感じだ。

 

 

「ほー、すげえな」

 

 感嘆の声をあげるキョン。

 俺もショボいフリーマーケットみないなのを想像していただけに少し驚いている。

 待ちきれなかったのだろう、長門さんは足早に出店へ駆けていく。

 そんなわけで各自適当に見回ることにした。

 古本というだけあってどれも値段は二束三文、適当に平積みされてたり扱いも心なしか雑だ。

 聞いたこともないような出版社が背表紙に記された文庫本をペラペラめくる。堅苦しい文章で読む気はすぐに失せた。紙の本を読めというが、自分に合った本じゃなきゃ拷問だぜ。

 お、これは知ってるぞ。細い1冊の本を手に取る。ちょっと古いが有名な児童書だ。 

 挿絵だけ楽しむつもりが思わず最後まで読んでしまう。なんだかノスタルジックな気持ちになる。

 

 

「……泣けるぜ」

 

 思い出は色あせないということだ。

 人間の流行がどうとか気にしてた宇宙アンドロイドガールは料理本を眺めていた。【究極のおかず】って、胡散臭すぎるタイトルだな。

 この無節操に陳列された古本の中には絶版で希少性のあるものや名作の初版などがあるのだろうが、それとわかったところで欲しくなるような性質(タチ)でもないので気になったものだけを手に取り流し読みしてブラブラした。

 

 

「何読んでるの?」

 

 朝倉さん(宇宙人)が厚めの文庫本を集中して読んでいた俺に話しかけてきた。

 80年代以前の本が珍しくないこの市場の中では相当新しく刊行された部類の本だ。

 

 

「ああ、【比類なきジーヴス】……名作だよ」

 

 教えてあげたというのに興味がないのか彼女は真顔で沈黙していた。まったく。

 それにしても今日は暑い。今月の最高気温更新は間違いない。

 出店巡りを中断して少しばかり涼もうぜとキョンが声をかけてきたのでそれに便乗し、女子2人も引き連れ鳥居近くの休憩所へ移動。

 休憩所では氷菓子などが販売されており、茶店にもなっている。

 まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような雰囲気の店内に入り、各自思い思いに注文。

 昔ながら――実際どうだったか知らんけど――長椅子に腰かけながら容器を持って食べるのがここのスタイルらしい。テーブル席は置かれていない。

 受け取り口でおばちゃんから商品を貰い並んで座って食べ始める。

 俺が注文したのは冷やしお汁粉。透明なガラス容器にあずき汁と白玉、氷が浮かんでいる。

 スプーンで汁を啜る。甘味がくどくない、優しい甘さだ。

 因みに長門さんは抹茶あずき、キョンはいちごミルクのかき氷で朝倉さん(宇宙人)は餅と黒豆茶のセットを頼んでいる。

 なんというか、雅だ。

 吊るされた風鈴の音が心地よい。

 これがダブルデートになってるのかイマイチ謎だが、キョンと長門さんの邪魔にはなってないようなので一安心。

 そして氷菓子を堪能し終えると再び表参道に戻り古本市の店を回る。

 当分補給で元気が出たのか長門さんはキョンを引き連れ縦横無尽に古本を漁っていく。

 そんな長門さんの様子を眺めながら気がつけば俺の隣にいた朝倉さん(宇宙人)が言う。

 

 

「あの子、自分に残された時間がもうないってわかってるみたい」

 

 だからこそ後悔のないよう今を彼と楽しんでいるのだろう。

 どうやら君の出番は無さそうだな。

 

 

「それが一番よ」

 

 違いない。

 もし彼女が暴走した長門さんを止める展開になったら平和的な手段で解決を図ると思えないのはアニメの影響かもしれないけど。

 そういやインターフェース仲間の喜緑さんとは結局何も話していないな。

 穏健派っていってもよく知らない存在だし、わざわざコンタクトしに行く必要もないから気にしないままで良いと思うが。

 

 

「私の見立てでは明日の夕方ってところね。全部終わったら連絡するわ、そしたらあなたも安心して寝れるでしょう?」

 

「オレが一々気にするタイプに見えるか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 爽やかな笑みと共にハッキリ言い切られてしまう。

 何とも形容し難い気持ちとなった俺は心のもやを振り払うかの如くスマホで昼飯の店を探し始めることにした。

 

 

 


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