朝倉涼子さんと消失   作:魚乃眼

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Epilogue47

 

 

 

 北高文化祭の晴れた中庭で愉快なダンスを踊り終え、ようやく完全フリーな時間を迎えた。

 それが意味するところは一つ。俺にとっての文化祭がようやく始まるということだ。

 今や俺の気分は煌びやかな春の日差しに彩られた山中湖の逆さ富士が如き心境である。

 

 

「何をそんなニヤニヤしてるのかしら……?」

 

 キョンと入れ替わる形で保健室から戻ってきた涼子が俺を不審がる一言。

 長門さんは軽い酸欠状態だったらしく少ししたら回復したそうな。

 俺はというとこれから彼女と文化祭を回るところで、現在地は部室棟の廊下。要するに部室を出た直後だ。

 で、彼女の疑問に答えると。

 

 

「公立のフツーの文化祭に思い入れなんかないけどりょこたんと一緒ならスマイル多めにもなる」

 

「あなたのは純粋なスマイルに見えないのよ」

 

「そうか?」

 

「ええ。不審者みたいだからよして」

 

 またしても手厳しい。

 今日はいつもより言葉で刺す回数が多い気がする。ひょっとして照れ隠しだったり。

 俺の色ボケた発想を涼子は鼻で笑う。

 

 

「バカなこと言ってないでどこ行くか考えなさい」

 

「うん、そこらへんは一応考えてある」

 

 というわけで行動開始。

 最初に向かうのはコンピュータ室。コンピ研には文芸部の私物を預かってもらっているので彼らの発表を見ないのは失礼に値するというものだ。

 北高のコンピュータ室は部室棟から離れた本館に位置する。

 当然廊下をとぼとぼ歩いていくことになるわけだが、歩き出してから何か言う間もなく俺の左手は涼子に奪われていた。つまり手を繋いで歩いてる状況。

 似たようなのが前にもあった気がする。流石にその時は校内じゃなかったと思うが。

 これに限らず涼子は口撃がきつくともなんやかんや俺にべったりであり、そういうところもかわいらしい。

 

 

「……にぎにぎしてこないで」

 

 無意識のうちに彼女の手をにぎにぎしていたようだ。

 不快に思ったのなら申し訳ない、と左手を大人しくさせる。

 するとどうだろう、涼子は俺の左手を離すとお次は左腕を拘束してきた。腕組みである。

 いったい何故か。

 

 

「これなら余計な真似できないでしょう」

 

 わざとやっているんだよな?

 

 

「なあ」

 

「何かしら」

 

「絵面的にこっちの方がキツいんじゃあないか」

 

 黙っていてもよかったがここまで色々言われているので少しばかりやり返す権利があろう。

 が、彼女は動じることなく涼しい顔で。

 

 

「全然。恋人同士なら普通よ」

 

 俺の言葉による精神的動揺は決してないご様子。

 諸兄らもお分かりであろう。

 涼子は俺と同じかそれ以上、文化祭デートにノリノリだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンピュータ室までの道すがら、北高もしくは光陽園生徒と度々すれ違う。

 中には交際中と思わしき距離感の男女ペアも含まれているが、これ見よがしに腕を組んでるのは俺と涼子ぐらいなもので否が応にも視線が来る。

 こういった注目にストレスを感じないかと言われればもちろん感じる。それと同時に、そういう眼で見られる立場に自分がいることに感慨無量のような心持ちでもあるのだが。

 どうやら人間という知的生命体は簡単に割り切れないやつらしい。

 と、話に落ちが付いたところで本題であるコンピ研の出し物の話をしよう。

 普段全く足を運ばないコンピュータ室の中にはコンピ研部員三名と客の生徒数名が端末席にまばらに座っており、大盛況とは呼べないまでも文芸部と比べると明らかに賑わっている。

 他所に出払っているのか部長は部材だったものの対応してくれた部員は俺たちのことを認識しているようでわざわざ来てくれてありがとうと感謝の言葉を述べた。

 その彼がコンピュータ室に入った俺と涼子を見て一瞬困惑の表情を見せたのは文芸部にまた何か頼み事をされる――と思ったからではなく、やってきたのが腕を組んで密着した男女だったからだろう。

 かくいう俺もまさかこの状態のまま入室するとは思わず、端末席の椅子に腰かけるまで腕を離さなかった涼子はいつになくパワープレイが目立つ。俺は別に構わないけど。

 さて、コンピュータ研究部の制作物といえば原作アニメでお馴染みの宇宙戦闘シミュレーションゲームか。

 この世界においてもそれは作られ、去年の文化祭で発表されたのだが如何せんウケが悪かった。

 高校生が手掛けたにしては素晴らしい出来だと思うが、見栄えは天翔記時代の信長の野望にすら負けているので良さが伝わりにくい。

 何より【THE DAY OF SAGITTARIUSⅢ】一作のみの発表だったので集客としても弱く、FLASH全盛期に量産されたようなレベルの横スクロールアクションゲームの方がまだ人気が出ただろう。戦闘シミュレーションゲームは硬派すぎる。

 といった経緯からか今年のコンピ研は部員各々が作成した形となっており、去年と打って変わり数で勝負するスタイル。今現在客が一人来ているかさえ怪しい文芸部からすればようやるわという話だ。

 そういうわけでコンピュータ室の端末には制作物のゲームがいくつか入った状態となっている。

 

 

「せっかくだから君がやりなよ」

 

「え゛、私?」

 

 露骨に嫌そうな顔をする涼子。

 俺の知る中で一番完璧超人に近い彼女の数少ない弱点が和製ホラーとデジものである。

 後者に関しては中三の時、涼子が携帯をスマホに移行したら使い方が分からんと泣きつかれたことがあった。

 弄っていたらなんとなく理解できるだろと言ってやると何が起きるか予測できないと怖くて弄れないと言う始末。

 ちんちくりんから立派なレディに成長しつつあった彼女に密着されながら――肩を寄せるとかじゃなく、しっかり縋り付かれていたのでこちらは気が気じゃなかった――スマホの機能と内臓アプリについて一から十までレクチャーしてあげたのは記憶に新しい。

 パソコンに関しては自前のものを持っておらず、俺のパソコンでインターネットすることもない。定期的にASAKURAフォルダの監視はしているようだが。

 そんな彼女にマウスを渡しこちらは観戦させてもらうことに。

 

 

「はいはい……何もしないで帰ったら失礼だものね」

 

 重いマウス捌きで涼子がダブルクリックしたデスクトップのショートカットは【ねこマンの大冒険】という名前であり、アイコンが猫のキャラクターと思わしきドット絵。

 軽やかにゲーム起動画面がポップアップ。

 白背景のスタートメニューは選択肢がゲーム開始と操作方法の二つだけとえらく簡素な仕様となっている。

 

 

「オーディオメニューは無いのかしら」

 

 BGMとして再生されているG線上のアリアが気になるのかこんなことを言い出す涼子。

 普段ゲームやらないくせに生意気な発言だ。

 

 

「気になるならミュートすればいい」

 

「ミュ、ミュータント?」

 

「忍者タートルズかよ」

 

 勘違いに突っ込みを入れる俺。

 あまりにも彼女がかわいいので指で頬をつつく。

 

 

「やめなさい」

 

「はい」

 

 睨まれたのでやめます。

 画面右下のスピーカーアイコンの存在を教えてあげたが涼子は結局消音せずそのままの状態とすることに。

 操作方法は左右矢印キーでの移動(シフトキーと同時でダッシュ)とスペースキーでのジャンプのみ。あまりのシンプルさに涼子もきょとんとしている。

 気を取り直しスタートメニューに戻りゲーム開始を押す涼子。

 ゲーム画面まで白背景ということはなく、森の中と思わしき3DCGに画面が切り替わる。

 画面中央に立っているスーパーマンみたいな恰好をした猫耳の二本足で立つやつこそがプレイヤーキャラクター"ねこマン"なのだろう。

 うっすら予想していたがこのゲームはゴールを目指して進む横スクロール系、某配管工と全く同じである。

 右矢印キーを押してねこマンを進ませていく涼子。その行く手を阻もうと向かってくるのはキノコ王国から謀反した椎茸ではなく、普通の犬。

 ねこマンと異なり二足歩行せずに四つ足で歩いており、犬種はセントバーナードと見受けられる。

 猫の好敵手として犬を持ってきたということなんだろうけど世界観が謎だ。

 仮に犬の種類がシベリアンハスキーやドーベルマンであれパクリ元のポジションはザコ敵であり、ねこマンの踏みつけで即KO。とはならなかった。

 

 

「えっ」

 

 戸惑いの声を上げる涼子。

 画面上にはねこマンの残機が3から2に減ったことが示され、再びスタート地点に戻っている。

 俺が見た光景をそのまま説明すると、ねこマンはセントバーナード犬を踏みつけることもなくそのまま交錯していき返り討ちにあう。敵と正面衝突した結果、残機が減ったのだ。

 

 

「涼子」

 

「何」

 

「マリオやったことあるか?」

 

「……ないけど、マリオくらい私でも知ってるわよ」

 

 知っててどうしてそうなる。

 少しむっとした顔で俺を見てくる涼子。ご不満の様子。

 思えば彼女が自分から進んでゲームをやることなどなく、やるとしても俺とパーティゲームの類を楽しむ程度。

 敵を踏んで倒すという常識中の常識をこの歳になって知らないのは当然だった。

 ゲームに関してはうちの母さん以下かもしれない彼女にとりあえずゴールまで遊んでほしいのでルールを説明しよう。

 

 

「あの犬は敵で、ジャンプして踏めば倒せる」

 

「あのワンちゃんを踏めって言うの!? そんなの無理だわ」

 

 ワンちゃんて。

 どうやら犬派の涼子はたとえゲームの敵キャラであろうと攻撃なんてできないらしい。

 犬ひいきめ。勝手に踏まれる歌が作られている猫の立場も鑑みてほしいものだ。

 

 

「別に倒す必要ないから。嫌だったらジャンプで飛び越すといい……とにかく正面衝突したらさっきみたいにこっちが一方的にやられるだけだ」

 

「そういうことは最初に教えてちょうだい」

 

「俺じゃあなく制作者に言ってくれ」

 

 ゲームに戻った涼子は俺のアドバイス通りエネミー犬をジャンプスルーして進んでいく。

 宙に浮くブロックが今のところ見られず、地面から生える土管の変わりが木の幹で背景が森なこと以外ほぼ元ネタと同じ仕様。

 もちろん道の途中に穴があるというところも同じ。ひょっとしたら"孔明の罠"が仕組まれているのかもしれないが、そんなものがあろうとなかろうと関係なくねこマンは奈落の底へ吸い込まれていってしまった。

 残機1。

 

 

「……」

 

 またしてもむっとした表情で俺の方を向く涼子。

 説明を求めます、と顔に書いてあるのでその要求に応える。

 

 

「穴に落ちたら死ぬ。ジャンプして向こうの地面に行かないと」

 

「どこにもそんなこと書いてなかったじゃない」

 

「……常識だからな」

 

「知ったこっちゃないわよ」

 

 吐き捨てるかのようにそう言うと涼子はゲームウィンドウを閉じてしまう。

 コンピ研の制作者もこのネタゲーで気分を害す奴が現れるとは想定していないと思うが、相手が悪かったようだ。

 端末席から立ち上がりコンピュータ室を出ていく涼子の背を追いながら"お嬢様"の機嫌をどうやって取るか考えないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直接何かしたわけじゃないのに気を使わなければならないという理不尽極まりない所謂もらい事故的状況から脱したい。

 そう思った俺が次の行き先に提案したのは科学研究部の展示である。オリジナルゲームよりわかりやすいだろう。

 ちなみに本来の予定だと写真部の文化祭名物フォトモザイクアートを見に多目的室へと向かうつもりだった。

 写真なるものは落ち着いて鑑賞するべきであるからして、予定変更した。

 といっても涼子氏は少し不機嫌であるがその態度は冷静沈着。俺の腕も再び彼女に取られて、もとい組まれている。

 

 

「科学研究部の人たちって普段どんな活動してるのかしら?」

 

 本館の隣、中館2階にある化学教室を目指し廊下を練り歩く道中の会話だ。

 一見すると何の変哲もない問いかけのように思えるがここで「知らん」などと素っ気なく返事しようものならたちまち涼子の機嫌は悪化の一途をたどる。

 学校内の出来事について俺より遥かに詳しい彼女が知らないのなら俺が知るはずもないだろうに、何故訊いてくるのかね。

 まあいい。大事なのはいかにコミュニケーションを成立させるかということだ。いつも通りやらせてもらうさ。

 

 

「数ある部活動の中で唯一授業と同じようなことを好き好んでやろうってのが科学部だぜ。そりゃあたいそう素敵な活動だろうよ」

 

「そうね。去年の文芸部よりは素敵でしょうね」

 

「部活動として認められてすらいなかった存在を比較対象に挙げるんじゃあない」

 

「寝てるだけの部員ならいないのと同じだものね」

 

「俺だってたまには起きて読書してたさ」

 

「へぇ。一年で何冊読んだの?」

 

「最後まで読んだのは六冊…………確か……多分」

 

「立派な文芸部員じゃない」

 

 わざと驚いたような表情を作りやがって。

 皮肉めいたことを言えばトゲのある言葉で返してくる。これが俺と涼子のいつも通りなコミュニケーションであり、これをやっておくことで湿度高めな絡みと緩急がつく。

 わざわざ"去年"と付け加えたのは俺への意趣返しに他ならず、その心は「私と関わるのを避けるために入った部活動で何もしてこなかった挙句、潰れそうになった途端泣きついてくるなんて」というものだ。正論だよな。

 正論で殴るのも立派な暴力だという主張は暴論だろうか。ガンジー先生ならなんと答えるか、是非ご教授願いたい。

 

 

「時々思うんだけどさ、結局オレのこと許す気ないよな」

 

「あなたと違って根に持つタイプじゃないし、昔のことはもう許したわ。ただそれと別に――」

 

 嘘つけ。

 心当たるようなエピソードしか思いつかないぞ、と俺が脊髄反射でトークするよりも先に涼子は言葉を続けた。

 

 

「あなたには一生文句を言ってやるって決めてるから」

 

 そう言う彼女の横顔は意地の悪い笑みを浮かべており、切り取って額縁に飾りたいくらい、それはそれは良い顔だったさ。

 

 

 

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