魔法少女リリカルなのはstrikers~幻想から、尊き人たちへ~ 作:瀬津
『最近、北の森で魔物が出るらしい。しかもとても強いらしい。ついでに大きいらしい』
ミッドガル跡地に出来たエッジの一角に佇むバー『セブンスヘブン』での客の主な話題は、そんな噂で持ちきりだった。
やたら『らしい』が多い噂だ。しかし噂とは得てしてそういうもので、事実と憶測が綯い交ぜとなり、信憑性は殆どない。普段の彼女なら、適当に流して終わっただろう。
だが、今回は噂する人が多かった。店の常連からフラッと訪れただけの流れ者まで、誰もがその話を一度は口にする。
異常だ。店の主――ティファ・ロックハートはそう思い、幼馴染のクラウド・ストライフを引き連れ、件の森へ様子を見に行った。
物語は、そこから始まる。
*
からりと晴れ上がった空、その下に広がる荒涼な大地。夏空の青とやせ細った大地の灰褐色が対照的な印象を与える。そんな荒野を、黒々としたモンスターマシンが時速100キロオーバーで駆け抜ける。
それは人を二人乗せていた。運転している男性に、長い黒髪の女性が胴体に腕をまわして必死になって捕まっている。
「ちょっとクラウド!! スピード落としてよ!!」
運転手にしがみ付いている女性が結構な声量で怒鳴った。が、当人は聞こえていないらしく――
「よし、エンジンも温まったな。これなら……」
「人の話聞いてる?!」
更に加速しようと、アクセルをグイグイと廻す。
完璧にスピードに取り憑かれている。いくらここが荒野で人がいなくても、そんなスピードを上げられたら大変だ。というか髪の毛がグシャグシャになるから嫌なのだが。後怖いし。
(……いつからこの人はスピード狂になったのかしら?)
女性――ティファ・ロックハートは思わず内心でぼやいてしまった。
少なくとも、世界を救う旅をしていた頃はこんな感じでは無かったはずだ。いや、兆候はあったかもしれない。ゴールドソーサーのゲームセンターで高スコアを必死になって出していた気がする。
(凝り性がこの手の乗り物に手を出すと、改造かスピードに拘りだすのかしら……)
上昇するスピードと比例するようにしがみ付く力を強めつつ、ティファはため息をついた。
*
「着いたぞ」
「……ええそーね」
目的地に着いた時、ティファはやたらと機嫌が悪かった。受け答えに変な棘がある。
「ティファ、どうした?」
再度声を掛けると、今度は呆れたような表情でこちらをちらりと見て、はぁ、とため息を零した。
「……何もないわよ」
(明らかに何かあっただろ)
クラウドは、心の中ではそう思ったが、口には出さなかった。さっさと剣を取りに行く事にした。こういう時は、あまりしつこく聞かない方がいい。変にほじくり出して喧嘩にでもなっても意味が無い。
ボタンを操作すると、ブシューと空気が抜けたような音がした。その後、弾かれたように『フェンリル』の右サイドから三本。左サイドから三本の、計六本の剣が飛び出す。
クラウドは、それらの内二本の長剣を『合体』させて背中に負い、残りを腰にある革製の鞘に差し込む。
「準備、出来た?」
「ああ」
声をした方に目線をやると、ティファが待っていた。様子からして、どうやら期限が元に戻ったらしい。
「行こうか」
「そうね、あ、クラウド?」
「なんだ?」
「バイクでスピード出すの禁止」
「は? ……ああ、そうか」
何を言い出すんだ、と一瞬言おうとしたが、今回の機嫌の悪かった理由が解ったので反論するのは止めた。
「しょうがないな」
「しょうがなくないわよ」
歩きながらそう言うと、ティファはムスッとした表情になってそっぽを向いた。少し微笑ましくも感じたが、二十歳過ぎの女がその反応をするのは色々と厳しくないだろうか。
「……それにしても、こんな所に森があったのね」
「ああ、俺も初めて知った。エッジの北側は人が住んでいる所も無いしな。仕事でこんな所には寄りつかない」
クラウドの仕事は運び屋だ。二年ほど前のある大事件、魔物の大量発生などのせいで人の住んでいる集落同士の物なり人なりの交流が薄くなっている。それでも完璧にゼロなわけではなく、自分では魔物が闊歩する大地を行くことができないといって、人づてに頼む者が増えていった。クラウドは、そんな人たちの荷物を運ぶ仕事をしているのである。
「でも、変な森……」
さっきのむくれた顔とは打って変わって、彼女は思案顔になった。確かに、奇妙だ。この森の手前百メートルくらいまでは、草一つない荒野。なのに、それ以降は、まるで線引きでもされたかのように緑が増える。
森には自然が溢れている。足元には草葉が生い茂り、天を仰げば大木が思い思いに枝を伸ばし、葉を付けていた。恐らく他の生き物もいる筈だ。だというのに――
「動くものの気配がしないな」
「そうなのよねぇ」
クラウドたちは、魔物どころか羽虫一匹見かけていなかった。これ程の自然が広がっているのなら、何か居てもおかしくない。しかしその手がかりすら見つけられずにいる
「魔物も居なきゃいいんだけど……」
「さてな」
何にせよ、自体をはっきりさせるためにしばらく歩く必要があるだろう。草を掻き分けながら歩くのは少々辛いが。
*
鬱蒼とした森を歩いて二十分。ひたすら歩き続ける二人が、もういい加減に帰りたくなってきた頃に、開けた所に出た。そこには、木が一切無く、見渡す限りに色とりどりの花々が地面を彩っている。端には小川が流れ、清廉な水を湛えている。
俗に言う『お花畑』である。
「わあ、綺麗!」
「すごいな……」
二人からは感嘆の声が上がった。ジャングルもかくやという薄暗い森を抜けた先がお花畑。感動するなと言う方が無理な話だ。
「ここを見つけられただけでも、今日来た意味があるわね!」
「……流石にそれは無いと思うが?」
瞳をキラキラ輝かせたティファは、無遠慮にその風景に足を踏み入れる。
「待てティファ。まだ安全かどうか……」
「平気よ、ここは見晴らしも良いし」
(それだけの理由でそんな無防備に歩くのはどうなんだ……)
スタスタと何の気無しに進む彼女を追う。その後ろ姿に、どこか浮足立った雰囲気を感じる。しっかり者の彼女にしては珍しい。
「すごいわねー。シロツメクサにススキにパンジー、チューリップもあるわね。あ、あっちの小川にスイレンが咲いてるわ」
「何でそんなに花の種類が解るんだ……?」
「このくらい、誰だってわかるわよ。うーん、でも……」
そこで言葉を切り、ティファはキョロキョロと辺りを見回した。まるで何かを見比べるかのように。
「どうした?」
「おかしいのよ」
「……?」
どこがおかしいのだろうか。確かに森が突然途切れたのは変な感じはするが、気にするほどでもないだろう。
「クラウド、チューリップって夏に咲くかしら?」
「……遅咲きか何かじゃないか?」
「それでも七月の下旬まで残るかしら。うろ覚えだけど、遅咲きの品種でも五月までだったはずよ?それがこの蒸し暑い夏にここまで綺麗に咲くなんて……」
そこまで言われて、ようやくクラウドは彼女の言おうとしていることを把握した。
「そうだな、確かに変だ。それに、あそこの小川にある花は、普段は池とか沼に咲くんじゃないのか?」
「ええ、そうよ。スイレンは、湖沼の植物よ」
季節違いの花。普段そこでは芽吹かない植物……これらが示すことは何だというのだ。クラウドたちには、皆目見当も付かなかった。
「……何か、不気味に見えてきた」
思わず、といったふうにティファは先程のはしゃぎ様とは一転して後ずさった。
そんな不可思議な景色は、もはや美しいモノでも何でもない。自然から逸した異形の風景、という感想に変化していた。
理由が解らないものに人間は恐怖を覚える。ティファが感じて、クラウドが同様に思わない筈がなかった。
クラウドは、自然な動作でティファの手を取った。
「そうだな。ティファ、早くこの場から離れ……」
――ズシン……
不意に地響きが鳴った。
「……タダで行かせてくれるわけでもないみたい?」
「そうだ……な」
二人は、一瞬にして悟った――件の魔物が現れたことを。
繋いだ手をほどき、クラウドはその手に大剣を。ティファはその手にグローブをはめた。
木々をなぎ払いながら、さっきまでクラウドたちが彷徨っていた森から、魔物がその姿を現した。
首を覆う黒く艶のついたたてがみ。色の濃い、紫の毛皮。威嚇のつもりか鋭く尖った犬歯をガチガチと鳴らし、低く唸り声を上げている。体全体のフォルムからして狼のようだ。だが――
「お、大きい……」
体高は三メートルにもなろうか。更に顔だけでもクラウド達の上半身くらいはあるだろう。明らかに通常の獣型のモンスターとはスケールが違う。
「少し骨が折れそうだな」
「食べられちゃうかもね」
「……怖い事言うな」
――ごおおおおおお!
獣の咆哮を合図に、二人は駆けだした。
向かって右側にいたクラウドに向かって鋭い爪が迫る。
クラウドは振り下ろされた前足を右に避け、敵の胸部目掛けて大剣を突き刺す。が、浅いらしく、絶命させるには至らない。それでも剣を引き抜くと、傷口からおびただしい量の血が流れた。
「ちっ……」
そのまま着地する。間髪入れずに今度は右足の薙ぎ払いが襲う。
(かわせないな……)
回避は不可能。早急に大剣を盾代わりにガードする。
巨体に似つかわしい、重い一撃がクラウドの体を貫き、宙にはじき飛ばす。結果、クラウドはおおよそ十メートルほど吹き飛ばされた。
(つ……!)
あまりの衝撃に受け身を取り損ね、顔面を草花に叩きつけた。なかなか無様な着地だ。
「クラウド、大丈夫?!」
見かねて、ティファが自分の方に走り出す。だが、このタイミングで相手を視界から外すのは悪手に過ぎない。
「俺にかまうな!」
「!」
「倒すんだ」
「……わかった」
駆け寄って来ようとするティファを二言で制止し、そのまま起き上がる。どうやら真意は汲み取ってくれたようだ。
一瞬、視線が魔物とカチ合った。
殺意と怒りで濁った瞳は、すべての生物に等しく恐怖を植え付けるものだった。だが――
(どうやらさっきの攻撃で怒ったようだな……)
クラウドは内心ではほくそ笑んでいた。ほぼ計算通り。そう思った次の瞬間――
「やあああああ!」
ティファの気合いの声と相手の顎が跳ね上がったのは同時だった。
魔物は花弁と青葉を舞い散らせながら仰向けに引っ繰り返る。ティファは、その背に比べて存外に白い腹の上に悠々と着地した。
「うん、ドルフィンブロウはやっぱり威力が高いわね。アッパーだし」
そうやって笑った彼女は変わらない技のキレにご満悦だった。
もの凄くイイ笑みである。
「でも、あっけないな。もう少し歯ごたえがなくっちゃ」
「お前、バトルマニアか何かか?」
「な、何よ突然! 違うわよ!」
いや、さっきの清々しい笑顔は正しく戦闘狂の顔だ。まったく、何時からこんな風になってしまったのだろうか。一か月くらい前、エッジに迷い込んできた魔物を追いだした時、凄く良い顔で魔物をボコボコにしていた。何が彼女を変えたというのだ。日ごろからうっぷんが溜まっているのだろうか。
「さ、さあクラウド! 止めを刺して、ね?」
(露骨に話題を逸らしたな……)
クラウドとしてもこれ以上この話題に突っ込む気は無いので良いのだが。
(やれやれ……)
心の中でため息を吐き、大剣を再度構える。
大きく息を吐き、身体の中にある“チカラ”を引き出すイメージを、頭の中で描き出す。
(俺に、力を――)
クラウドの身体から、淡い緑色をしたオーラが湧き上がる。
「何時も思うけど、その力、何なのかしら?」
「さあな」
この“オーラ”は、半年ほど前の“ある事件”から現れるようになった。基本的にクラウドが望めば出てくる。使い方は様々で、魔法を用いたバリアを無効化したり、オーラ自体打ち出して飛び道具のようにすることもできる。
「気にする事は無いだろう。今のところ、害は無い。それに、これのおかげで外敵を追い払うのが楽になった」
「でも、不安だなぁ……本当に何もない?」
「自分の体の事は、自分が一番解るものさ」
安心しろ――そう言って、クラウドは目の前のモンスターの脳天目掛けて、大剣を振りかぶった。
「はぁ!」
――ボチュッ
大剣を叩きつけたことにより、骨と脳みそが一緒くたになって砕ける。更に切っ先から、クラウドが纏っていたオーラと似た色合いの閃光が迸り、黒々とした巨体を切り裂く。
そうして丁寧に二分割された遺体からは、おびただしい量の血が流れた。それらは、地に根を張るモノたちを、呪われた様に不吉な紅に染めていく。
「……今日は、お肉は食べたくないわね」
「確かに……」
クラウドは付着した血をふるい落としながら、彼女の意見に同調した。
少々グロテクスな光景に、二人は揃って青い顔をしていた。やった本人は兎も角、隣で見ていた彼女も、あまり気分の良いものではないだろう。
「じゃ、帰りましょ? くれぐれも安全運転で」
「善処する」
くるりと死骸から目を背け、二人は再び薄暗い森へと歩を進めようとした。おそらく帰りは安全な筈だ。
(……?)
だが、クラウドはその時嫌な気配を感じた。何か、底の無い大穴が空いたような――
(何だ、この感覚は……)
不安を振り払い、後ろを振り向いた。
「これは……!」
殺した魔物の身体が、光っていた。赤く、黄色く、青く、白く……様々な色を放つそれには、莫大な“何か”が溜まっていることを、クラウドは頭より先に直感で理解した。
(放っておけば、大変な事になる!)
「クラウド! 待って!」
ティファの制止を振り払い、おそらく危険なソレに向かって駆け出す。
頭の中で、ガンガンと警戒音が鳴り響くような危機感があった。それと同時に、アレを止めるなら同じくらいの力をぶつけねばならない、という考えが行動の根拠だった。
(チカラを使って、相殺する!)
決意と共に再びオーラを解き放ち、目標に叩きつけた。遺体は、その一撃により消え去ったが、そこには――
ぽっかりと、虚ろな大穴が宙に生まれていた。
次回からリリカル&TOG組です。「なのはさん達出てきてねーじゃねーか!詐欺野郎!」とか「おい俺のソフィたん出てないじゃねぇかファッキン」とか言わんといてください。
次回は年内には出す予定です。