星空を隣に/姫様の隣で   作:如月ミナト

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姫様の隣で。前

 気が付いたときにはもう、自分に備わった二つのまぁるい瞳はいつもその姿を追っていた

 ずっとずっと、ウェーブのかかった程よく長い髪がふわりと揺れるのを眺めていた

 笑った顔の恥じらいだ姿も、からかわれてつんとそっぽを向ける様も、それを見ているのはとても楽しいことだった

 その全てが無意識か意識してのことかなんて、よくよく考えるのはやめていた

 考えることはいけないことだって、そう思うようにしていた

 もしもいまの自分が自分に素直になってしまったらきっと、この関係にさよならしなくちゃいけない

 それだけは、さすがの自分でもわかっていたことだから

 だから凛は、いつも通りの凛でいようとした

 だけど凛のことを小さい頃からずっと傍で見ていてくれたひとだけは、隠し事が出来ない凛のそんな気持ちを一から十まで見抜いていたんだ

 

 ◇

 

「――んん」

 目を開けると広がっていたのは暗闇だった。詳しい時刻はわからないけど、どうやら真夜中であることには間違いなさそうだった。

「ふあぁ……」

 欠伸をひとつすると、凛はぐっと身体を伸ばした。ふかふかの布団に、ふわふわの枕。身長が低い凛とは言え身体を伸ばしてもまだたくさんの余裕がある大きなベッド。少しずつだけど目が冴えてきて、暗がりでもぼんやりとした視界が開けてきた頃、凛はここが自分の部屋ではないことに気が付いた。奥まで見渡せるほど広いこの寝室を、さっき部屋の主が遠慮がちにと言うわけでもなく「狭いけど」と言ったのを凛はちゃんと覚えている。

 そして、何よりこの匂い。室内に漂う空気に紛れるものよりも遥かに濃密な彼女の香りは、凛が彼女の寝具に包まれているからに他ならなかった。その彼女は、いま凛の隣で静かに寝息を立てている。端整な顔立ちはそれこそお嬢様のようで、普段見ることのない、閉じられた瞳が織り成す表情が凛に与える印象はそれをより強く感じさせた。

「まき、ちゃん」

 普段はとても自分とは同い年に見えない大人びた真姫ちゃんの、子供のような穏やかな寝顔を見つめてみる。さっきは自分の隣でベッドに腰掛け、凛のために作り出してくれた部屋の天井一面に広がる星空を眺めながら、その美しくも悲しいお話を凛に聞かせてくれるくらいに物知りな彼女のこの姿は、確実にもうひとりの真姫ちゃんと言えるほどに別人で、眠っていながらもどこか微笑んでいるようなその表情に、凛は心がほっこりするのを感じた。

 共に寄り添うベッドの中、凛は少しだけ近づいて、真姫ちゃんの寝息を直に感じられるまでの距離に顔を寄せる。すー、すー――と彼女の立てる寝息の新鮮さに、心ばかりではなく何故か頬まであたたかく――いや、熱くなる。

 これを幸せと呼ばないのならなんと言えばいいんだろうか。

 自分の判断、そして行動が間違いではなかったってことを、凛はいま胸を張って頷いてみせることが出来る。だって凛の隣には、こんなにかわいい真姫ちゃんのこんなに素敵な寝顔があるんだから。

 大好きで大切な、凛にとってかけがえのない人に押してもらった背中。それが生んだ一歩がいまだというのなら、凛にはそれを感謝してもしきれないくらいの想いがある。

 真姫ちゃんに持つ想いとは別の想い。

 一口に「大好き」と言ってもその中身は大きな違いがあるんだってことを、凛はかよちんに教えてもらったんだから……。

 

 ◇

 

「――凛ちゃん」

「はぇ?」

 いつだったろう、そんなことをかよちんと話したのは。きちんとしたことは思い出せないけど、それは昨日のような、夕暮れの綺麗な帰り道だったことを凛はちゃんと覚えている。いつものようにμ'sの練習を終えて、ふたりで帰っている最中のこと。

 小学校の時からの幼馴染のかよちんだから、帰る方向は凛と同じ。そしてこんな風にふたりで下校を一緒にするのももう何度も繰り返してきた。だから凛が帰るその隣にかよちんがいるのは当たり前の光景だし、おかしなことなんて何も無かった。だけどいきなり凛の名前を呼んだかよちんのその声は、なんだか普段凛を呼ぶ声とは違うもので。何がどんな風に、と言われたら困るけど、直感的にそう感じたのは確かだった。

 名前を呼ばれ、かよちんの方を見る。夕日に照らされたその顔はどこか真剣味を帯びていた。

「どうしたの、かよちん」

 かよちんは立ち止まると、凛の顔、ふたつの瞳の、その奥を見るかのように自分の目を据えた。

「わたしね」

 ひとつ呼吸を置いたかよちんが言った、その言葉。

 

「凛ちゃんのことが、大好きだよ」

 

「…………………………え?」

 かよちんの口から出た、その言葉に、正直拍子抜けしてしまった自分がいた。

「ど、どうしたの、急に?」

 そんなこと――と言ってしまったらかよちんには申し訳ないんだけど、別に改めて言われなくてもわかっていることだった。かよちんは凛が好き。凛はかよちんが大好き。だから凛は小学校の時からずっとかよちんの隣にいるんだし、これからだってきっと、隣にいるんだと思う。

 そう、思っていた。何を当たり前のことを、って。この時は。

「凛だってかよちんのこと、だーいすきだよ?」

「そうじゃないの」

 でもかよちんの真剣な眼差しは消えなかった。それどころか逆に真っ赤に照らされた表情になんだか陰りが出てきたようにも見える。

「凛ちゃんが花陽に言ってくれる好きって言葉は、そうじゃないって思うの」

「……何言ってるにゃ?」

 かよちんに言われたその言葉の意味を、凛は咄嗟には理解出来なかった。

「好きにそうだとか、そうじゃないとか、そんなの無いと思うけど」

「ううん」

 かよちんは静かに否定する。

「凛ちゃんの中で、花陽はどんな『好き』なんだろうって。考えてみたらそれはきっと友達としての、親友としての『好き』なんだろうなって、思ったの」

「当然だにゃ! だってかよちんは、凛の一番の親友だもん!」

 胸を張って、そう答える。

 すると「ありがとう」とかよちんは微笑んでくれた。やっと緩んだかよちんの頬に、凛は精一杯のスマイルでお返しする。

 でもそんな微笑みの次に続いた言葉は、反対に凛の表情を凍りつかせるには十分だったと思う。

 

「だけどいまの凛ちゃんの中には親友としてじゃない、違う意味での『好き』って言う気持ちがある――そんな人がいるでしょ?」

 

 ――その瞬間だけ。

 時間の流れが止まったような、そんな気がした――

「そ、んなこと」

「わかるよ、ずっと凛ちゃんと一緒だったんだもん」

 きっとこんな顔、生まれて初めてしただろうって、そう思った。

 それはかよちんの言った言葉の意味を理解した瞬間で、なんでかよちんがいきなりこんなことを言い出したのかを瞬時に考えだした瞬間でもあり、即座に浮かんだその答えが声になるよりも先に表情に出てしまった瞬間でもあった。さすがの凛でも想像できた、かよちんが突然告白してきたその理由の答えが、考えられる中でも最悪のもので、凛を奈落へと突き落とすにはこれ以上ないものだった。

 いや、違う。凛は前から、こうなることを心のどこかでわかっていた。だから真っ先に浮かんできたのがそれだったんだ。

 凛とかよちんの仲に、修復できないくらいの大きな溝が出来てしまうような、そんなサイアクのシナリオ。

 それは、とても怖いことでしかない。

 だから凛は何も言えなかったし、何も言わなかった。もし凛の中にそんな気持ちが確かに存在していたとしても、凛が何もしないなら何かが起こることなんてないんだから――と。

 そう思ってたのに。

「凛ちゃん、昔からそうだったでしょ」

 そんな凛に対して、何でなのと思うくらいに、かよちんの声は柔らかくて優しくて。

「凛ちゃん自身のことより、何より花陽のことを優先してくれた。ずっとずっと、花陽のことを助けてくれた。でも凛ちゃん自身は、自分のことを我慢して、花陽のこと、助けてくれて」

「そんなの……当たり前だにゃ。だって凛はかよちんのこと」

「でもね」

 凛の声は、かよちんにやんわり遮られた。

「我慢してる風でも、やっぱり凛ちゃん、どこか我慢しきれなくって、無意識のうちに行動に出ちゃうんだよね。そんな凛ちゃんを見てると何だか申し訳なくって、だからいつか花陽が凛ちゃんのこと助けてあげようって、いままでもらった分を少しでもお返しできたらなって、そう思ってたんだ」

 初耳だった。まあ表立って言うようなことではないことなのは凛にもわかっていたけど、それでも恩を売りたくて傍にいたわけではない人にこんな風に想われていたなんてと考えると、嬉しいと思う反面自分の行動に気を遣わせてしまっていたところがあった分だけ悔やまれたのは確かだった。

「だから言ったの。凛ちゃんのことが好きだ、って」

 そんなかよちんが言った、好きと言う言葉。

「凛ちゃんの中で、ずっと隣にいたわたしがかけがえのない友達で、そんな友達として好きなんだったら、それはとっても嬉しいことで。凛ちゃんと同じ気持ちを、花陽だって持ってるから、それを、どうしても伝えたくって」

 親友として、かよちんが大好きと言った凛と同じ気持ちだと、そう言う。

「それは花陽とは違う『好き』を持った人が他にいたとしてもね、花陽と凛ちゃんがおんなじように持ってる『好き』って気持ちは一生変わらないものだと思うから」

 だから……と。

 かよちんは、いままで凛が見た中でも最高の笑顔を凛に向けてくれた。

 

「花陽は、凛ちゃんが好き。だから凛ちゃんも、真姫ちゃんへの『好き』を我慢しないで欲しいな……って、そう思うんだ」

 

 刹那。

 ほっぺたがしっとりと、暖かみを帯びた。

 凛達ふたりを赤く染める夕暮れ時の太陽は、凛達が立つ場所から向こう側に長い影を落とす。その影に沿って流れた秋風が、同時に凛のほっぺたを撫でた。一瞬の冷たさも、しかし次の瞬間には暖かさがまた宿る。ふたつの目から作り出された雫の道は、頬を過ぎ地面を潤した。

 止め処ない涙は、嬉しさなんだろうか、それとも安心感なんだろうか。きっとそれはどっちもで、もしかしたら考え過ぎていた自分自身のどうしようもなさと、かけがえのない親友であるはずのかよちんを信じられなかった申し訳なさもあったかもしれない。

「泣かないで、凛ちゃん。凛ちゃんはやっぱり、笑った顔が一番可愛いよ」

 取り出したハンカチで、かよちんは凛の涙を拭ってくれた。かよちんの前でこんな風に涙を流したのは多分初めてのことで、同時に気付いたこともあった。

 ずっと『凛が隣にいた』と思っていたかよちんが、ずっと『凛の隣にいてくれた』んだって。

 だからかよちんは、凛のことを、好きでいてくれるんだ、って。

「――ありがとう、かよちん」

 大好き。

 それは嘘偽りもない、躊躇いもない、心からの気持ち。

 そして――

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