「水瀬碧です。趣味は家事とサイクリングです。よろしくお願いします」
という無難な挨拶をして、僕は2年A組に参入した。
転入生への質問責めに遭う……ということは、羽々音さんを教室に連れてきたのを目撃されたことから考えてあるはずもなく、しかし例の赤毛だけは明るい笑顔でこちらに近づいてきた。
「あ・お・いー! 改めて久しぶり! 元気してた?」
教室がざわつく。
姫城さんが親しそうに!? という驚きと嫉妬の混ざった声が聞こえた。
「うん、改めて久しぶり、あげは。そっちも元気そうで何よりだよ」
「ということは碧も元気だったんだね。良かった良かった」
僕の作り笑顔はなかなか精巧なようで、貼り付けている営業スマイルでも赤毛を騙せているらしい。
「……それで、碧。羽々音さんとはどうやって知り合ったの?」
赤毛は声を潜め、そして顔を近づけて囁いてきた。
やめろバカ、色々誤解されるだろ。
その予想通り、周りのーーー特に男子のーーー雰囲気が剣呑になっていった。
「……どうやってもなにも、昨日から僕はトビウオ荘っていう学生寮の寮母をすることになって、その寮生に羽々音さんがいただけさ」
「はあ!? 寮母なんて聞いてないわよ!?」
そりゃ言ってないからな、『あんちゃん』さんにも。
「まあそんな感じなんで、そろそろ授業が始まる時間だから席に戻った方がいいかと」
「っ! ……分かった、わ」
この件に関してはあまり触れないでほしい、という感じの雰囲気を出すと、赤毛もそれを感じ取ったのかそれ以上の詮索はしてこなかった。
昼休み。
「水瀬くん」
昼飯は購買でパンでも買って食べるか、などと考えていると、羽々音さんが話しかけてきた。
「やあ羽々音さん。どうしたの?」
「……良ければお昼ご飯一緒に食べない? 話したいこともあるし」
「いいよ。羽々音さんは学食派? 購買派?」
「他人に聞かれたくない話だから、購買で何か買って中庭に行きましょ」
「了解。羽々音さんの分も買ってくるからオーダーをどうぞ」
「ん、じゃあミックスサンドとミルクティーをお願い」
「はいはい。では先に中庭に行って場所取りしといて」
「分かったわ」
という事で一時解散。
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羽々音さん用のミックスサンドとミルクティー、僕の焼きそばパンとコロッケパン、そして
そこには古びたガレージがあった。
「失礼しまーす」
返事はない。
だが、ここには十中八九『あの人』がいるはずだ。
「……いた」
ガレージ内に色々なガラクタが置かれている中、多少整頓されている一角にある製図板に向かっている女性。
超留年生の天才、
この人だ。
この世界の物語はこの人を中心に回っていると言っても過言ではない。
羽々音小鳥も、姫城あげはも、
まさしくキーパーソン。
そして僕はその人物を動かす魔法のコトバを知っている。
「
「ーーーッ!?」
その驚きは、突然話しかけたことに対してではなく、僕が言ったことに対してだろう。
美鷺イスカ。
望月天音が物語のキーパーソンとするならば、美鷺イスカは更にそのキーパーソンである。
何せ、ここにこの人がいる理由が美鷺イスカとの約束なのだから。
「君、今、何て」
震える声で確認をする望月天音。
それに対して、僕は悪魔のように囁いた。
「美鷺イスカに会わせてあげますよ。ある条件を飲めば」