ーーー体は自転車で出来ている
血潮はチェーンで、心はギア
幾たびの道路を越えて不敗
ただの一度も敗北はなく
ただの一度も理解されない
彼の者は常に独りアスファルトの坂で勝利に酔う
故に、その道に意味はなく
その体は、きっと自転車で出来ていた
その日から、僕は変わった。
いや、変わらざるを得なかった。
今まで自分の内側に向けていたベクトルを、外側へ向けなくてはならなくなった。
それを人は『成長』と呼ぶかもしれないが、僕にとってはただの苦痛でしかなかった。
「そんなわけで、父母よ、自転車を買ってください」
そんな僕がとった選択肢は『自分をできるだけ原作に近づける』ことだった。
原作では、確か僕こと『
怪我をするのは嫌だが、自転車をやっていたことがある程度ストーリーに影響していたはずだ。
だから本当に不本意ながら、一時的に引きニートからアスリートへとジョブチェンジすることにした。
僕の変化に、両親は僕が引きこもりから復帰するいい兆候だと思ったらしく、快く最新型の自転車を買ってくれた。
小学生用だから安いのでいいと言ったのだが『どうせなら良いものを買おう』とのことだ。
それから僕は嫌々ながらも自転車に乗り、ペダルを漕ぎ続けた。
そして5年後。
舞台は我が故郷、風ヶ浦へと移る。
「よっと」
緩やかな坂道を、僕は愛用の自転車で登っていく。
5年前とは風景は変わってしまったが、爽やかな風が、ここが風ヶ浦であるということを教えてくれた。
「……なーんてことを僕が言うと思ってるのか?」
ふん、当時ほとんど出歩かなかった僕がこんな坂の上まで来たことがあるわけないだろう。
巨大な風車が幾つも立っているこの坂は、僕が風ヶ浦を離れていた5年の間に整備されたらしいが、そんなのは全く興味がない。
ならばなぜこんなとこに僕がいるのか。
あることを機に、今までいた学校からここ風ヶ浦の恵風学園に転校することになったからだ。
そしてこの坂を登っているのは……
「……やっぱりいたか」
「っ!?」
坂の上には、近代的なデザインの車椅子に乗った黒髪の少女がいた。
「ーーー届いたっーーーちゃんと、届いたっ!」
そう呟く少女は、僕の自転車の籠に入っている紙飛行機を見て、目に涙を浮かべた。
「この紙飛行機を飛ばしたのは、君?」
「えっ? あ、ええ」
「で、どうして動けないの?」
「く、車椅子のタイヤが急に動かなくなっちゃって」
「ああ、たぶんパンクだな、そりゃ。直すからちょっと降りてもらえるか?」
「えっ、えっと……」
戸惑う少女。
まあ、脚が悪いから車椅子に乗ってるんだから、自分で降りるのは困難だわな。
「ちょいと失礼」
「え? きゃっ!?」
自転車を降りて少女の側まで来た僕は、いわゆる『お姫様抱っこ』で彼女を抱き上げた。
そしてゆっくり草の上に降ろす。
いきなりのことで目を瞑り、身体を強張らせていた少女だったが、地面の感触に安心したようでこちらを見上げて「あ、ありがと」と小さく呟いた。
僕はそれに返事をせず、車椅子のタイヤに向き直った。
リュックからタイヤのパンクを直すための器具を取り出し、作業に取り掛かる。
少女は何をしているのか見ようと僕の手元を覗こうとするが、脚が動かないせいか上手くできないようだ。
そんな様子を横目に、僕はさっさとパンクした箇所を見つけて専用の接着剤で当てゴムを貼り付け、元に戻していく。
最後に小型の空気入れでタイヤに抜けた分の空気を入れて完成。
「よし、直ったよ」
「え、もう?」
上半身のみを右往左往していた少女は、僕の手際の良さに驚いたようだった。
「ああ。車椅子に乗せるから、また失礼するよ?」
「え、ええ。お願いするわ」
2度目のお姫様抱っこに少女は少し赤面するが、今度は身体を強張らせることなく、スムーズに抱き上げることができた。
「直してくれてありがとう。連絡手段もなくて困っていたの」
「いや、大したことはない」
「それにしても、男の子っていつもそんな道具を持ち歩いているものなの?」
僕がリュックにしまっている道具を見ながら質問してきた。
「いや、僕は特殊さ。相棒がコレだからな」
ポン、と自分の自転車のサドルを叩く。
「ああ、自転車のパンクを直す道具だったのね」
納得した様子の少女。
「ああ、自転車のタイヤと同じ構造で助かったよ。じゃあ僕はこれで」
そう言って自転車に跨り、去ろうとする僕に、
「あ、あの!」
と声をかける少女。
「ん? 何?」
「な、名前を教えてくれない? 私は
「ーーー碧、水瀬碧だ。縁があればまた会おう、羽々音さん」
「え、ええ、水瀬くん!」
あー、かったりー。
やっぱり人と接するのは疲れてヤダなぁ。
だけど、これが原作開始の合図だ。
さて、僕の平穏な引きニート生活のためにお前も堕落してもらうぞ、羽々音小鳥!
フハハハハッ!!
タイトルと最初の詠唱もどきに意味はありません。