「ここがトビウオ荘か」
羽々音小鳥との邂逅の後、自転車で街中をグルグル回って探索した。
5年前とは大違い、と言えるほど僕は昔の街の様子を知らないので、単に『近代的な街並みだな』という感想しか持たなかった。
そして、今日の最終目的地である『トビウオ荘』に到着した。
見た目はボロく、あたかも幽霊屋敷のような様相だ。
「ほんとにこんなとこに人が住んでるのか?」
「住んでるわよ?」
「うおっ!?」
すぐ後ろから聞こえた返事にびっくりし、僕はその場で飛び上がった。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
そこには、髪の長い女性が立っていた。
……下着姿で。
「…………」
うん、まあ、夏だし? 頭がパッパラパーになる人も出てくるよねっ!
「あ、今失礼なこと考えたでしょ」
「いいえ、まったくそんなことはありませんよ」
と言いつつも彼女から3歩ほど距離をとる。
「むー、なんで初対面の美少女を邪険にするかなぁ……って、あ」
そこで女性は自分の今の格好に気づいたようで、
「あちゃー、やっちゃったよー」
と軽いノリで嘆いていた。
「ごめんねー、こんな格好で。暑くてつい、ね?」
いや、『ね?』とか言われても…。
「……とりあえず、着替えてきてもらえますか?」
「は、はーい」
そそくさとトビウオ荘に入っていく女性。
『ただいまー』
『お帰りなさい佳奈子さん、って、なんて格好してるんですか!』
『いやー、暑くてつい』
『つい、じゃありませんよ! ま、まさかその格好で外に出てたんですか!?』
『うん。あ、あとお客さんみたいだよー。男の子の』
『はあっ!?』
という会話が聞こえてきた後、ガチャ、と少しだけ玄関の扉が開いた。
「あ、こんにちは。水瀬碧と申します」
「えーと、どういうご用件で?」
「今日からこのトビウオ荘の寮母をすることになってますが、何か聞いてませんか?」
「りょ、寮母!? ……少々お待ちください」
ガチャン、と扉が閉められた。
『新しい寮母さんが来るのは聞いてたけど、それが男の子だなんて! ふ、不潔よ!』
『まあまあ、そうカッカせずに』
『佳奈子さんは早く着替えてきてください!』
『はいはーい』
ガチャ、と再び扉が開けられたときにはすでに痴女はおらず、メガネをかけた寮生の子だけがいた。
「えーと、とりあえず上がってもいいですか? 詳しい話は他の寮生さんを集めてもらってからしますので」
「は、はぃ…」
ということで、お邪魔しまーす。
内装は外見ほどボロくはなかった。
しかし前の寮母さんがいなくなってから手入れはされてないようで、所々に汚れやホコリが目についた。
「こぉらぁ! ハット! 私の帽子を返しなさーい!」
「グワワー」
メガネの寮生の子に他の寮生を集めてもらうように言って玄関で待っていると、寮の奥の部屋から叫び声が聞こえてきた。
廊下の奥から、なにやら白い物体と、それを追いかける車椅子の少女が猛スピードでこちらへ向かってきた。
白い物体は、どうやら帽子を咥えたアヒルのようで、前が見えない状態でこちらへ走ってきたので僕はその胴体をガシッと掴んだ。
「グワ!?」
「え!?」
アヒルは僕に捕まったのが分かると、帽子どころではないのか激しく抵抗して僕の手から逃れ、どこかへと走り去っていった。
やれやれ、と僕は帽子を拾い、車椅子の少女と向き合った。
「落し物だよ、羽々音さん」
「な、ななな」
「な?」
「なんであなたがいるのよ! 水瀬くん!?」
「うーん、運命、かな?」
そう言うと羽々音さんは何を考えたのか顔を真っ赤にして、さっきまで騒いでたのに急にしおらしくなった。
「あ、水瀬さん。寮生の大体は食堂に集まりましたよ、って羽々音さん!?」
メガネの子が再び現れたが、どうやら羽々音さんが部屋の外にいるのは相当珍しいことのようだ。
そういえば、羽々音小鳥はこの寮の一室で半引きニート生活をしていたんだったな……羨ましい。
「ああ、それじゃ食堂に行こうか。羽々音さんも、ね?」
「え、ええ」
「?」
メガネの子は僕と羽々音さんのやりとりに違和感を感じたようだが、表立って聞いてくることはなく、食堂まで案内してくれた。