いつからか、嫌な文章が頭の中にすっと浮かび上がるようになった。
「世界と繋がりたいのならば、自分の手でそれを実現させなさい」
疲れきってベッドに横になった瞬間、コップに水を汲むその瞬間。本当にふとした時にその文章は浮かび上がってきて、俺自身の声がそれを読み上げていく。
「世界と繋がりたいのなら、嘘を吐くのはもうやめにして、ありのままを受け入れてくれる人を捜しなさい」
うるさい。暗闇の中ほかの誰でもない自分の声に向かって言う。そんな人はいない。いるはずない。
「世界と繋がりたくないのなら、もう人と触れ合うのはもうやめにして、傷つかない世界に行きなさい」
そうしたい。そうできるように努力してきた。でも。
「ずっと君はここにいていい」
でも。それでも俺は。
「人の心の中に――」
世界と繋がりたい。人と繋がりたい。
「――ばけものの居場所なんてないんだよ」
それが分かっていても、尚。
・ ・ ・ ・
今から遡ること4年。中学でいつもつるんでいたメンツ、5人でババ抜きをした。53枚が人数分に分けられ、それが手札として手元に配られ時からゲーム終了までずっとジョーカーはそこで笑っていた。
裏から見ればすべて同じように見える53枚も、すかしてみたら異質なものが混ざっている。ババ抜きにおけるジョーカーは異才とか、奇才とか、そういうみんなから羨ましがられる異質ではなく嫌われるほうのいわば異物、異型。
カード同士がまとまりを作り、場に出される。ジョーカーは組みを作れず、手札に残り、腐っていく。醜さゆえにババ抜きというひとつの社会から切り落とされる。どんなに努力しようとジョーカーは、ほかの52枚にはなれない。
ついに最後の一人になってもカードの中のピエロは笑い続ける。
俺は、道化師。ジョーカーのようにみんなの中に紛れ込んで、みんなを騙してる。
そして恨む。なぜ、ほかのカードのように生まれてこれなかったのか。
俺は手に残った一枚を、みんなに提示するために床に置いた。
・ ・ ・ ・
過去に一度だけ。この力を、呪われてる力を他人の為に使ってみたことがある。
路地裏で、絡まれている女の子を助けてあげた。
小説とか映画とかじゃあもう使い古され、今じゃ逆に見かけなくなった展開。助けてあげた女の子とのつきあいが始まるとか、そういう展開なんてあるわけ無いと言葉では否定し、でも心の奥底じゃあ僅かに期待していた。俺の手を引っ張ってこの底なし沼から引きずり出して欲しいって。
でもそんな淡い希望はすぐさま砕け散った。
その力を使って自分と同い年かもう少し上の男たちを痛めつけた。その場に4人がのびる。その間その女の子は口を半開きにして、座り込んでいた。男たちが全員倒れ、それが終わり、俺は助けたその子に目を向けた。
目があう。その途端、何かにはじかれたように立ち上がり奇声を発しながら、俺から逃げていく。奇声の中にはっきりと、その単語が聞こえた。ばけもの。
ばけもの。俺は立ち尽くしてその言葉を頭の中で反芻する。少年たちとやりあった時に割れ、足元に飛び散ったガラスに目をやる。ガラスの中から真っ赤な、彼岸花のような毒々しい色の眼が覗いていた。その生物の背中からは禍々しいこれもまた肩から赤い羽根と腰から触手が四本生えている。余りにも醜い、ばけもの。
俺はそのガラスを踏みつけた。何度も何度も何度も。ガラスを粉々にしてもその沸き上がってくるその感情が沸き上がってくる。怒りでも、悲しみでも、絶望でも、諦めでもあって、そのどれでもない感情が溢れ出す。
壁を思いっきり殴りつけた。壁には拳と同じサイズの穴が空き、手の甲には傷ができる。その傷をしばらく見つめているとすうっと消えていく。それを見たら、気が狂いそうだった。
なんで。頭を壁に思いっきり打ち付ける。激痛が体を走り抜ける。でもそれは長くは続かず、傷が治っていく気持ち悪い感覚がその代わりに走る。
なんで。少年たちが俺を傷つけるために取り出したナイフを拾い上げ、自分の腹に突き立てる。お腹から血が出て、痛いというよりは熱いという感覚だった。嬉しかった。人と同じで俺は痛みを感じることができる。ゆっくりとそれを抜く。するとすぐさま傷口が塞がった。
なんで。奇声をあげ、目を見開き、腹を刺す。何度繰り返してもナイフを抜いた途端塞がっていく傷口。何度もなんどもなんども何度も、傷ついては治っていく。
なんで死ねないの。少年たちのリーダーだった男の胸ポケットが不思議な膨らみ方をしていた。まさぐってみると冷たく硬い感触。取り出され、切れかかった蛍光灯に照らされ黒く光る拳銃は、予想よりずしりとしていた。安全装置を外そうと、必死になってガチャガチャといじくる。拳銃を持つのはこれが初めてだった。使い方なんてわかんない。それでも自分を撃つために試行錯誤を繰り返す。
その時、手元で爆音がした。はじけ飛ぶ鉄片。体中を襲う痛み。熱い。
長い悲鳴を、上げた。それは、体を襲った痛みからではない。自分がまだ死ねないこと、自分がばけものだということを再び確信させられたその苦しみによるもの。声を上げていないと狂ってしまう。
いや。俺は既に生まれた時から、ずっと。
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