Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第1話  英霊召喚

――――十年後の戦いを聞く前に、知っておかなければならない物語がある。

 

――――ある一人の男の話だ。

 

――――誰よりも理想に燃え、理想に生き、理想に絶望した正義の味方に成りきれなかった男の話だ。

 

 彼は誰よりも公平であり平等であった。

 そしてある意味において、彼は多くの人間の命を救った英雄であり。

 同時にある意味において、彼は多くの人間の命を殺した悪魔だった。

 1を切り捨て100を救う。

 善悪の区別もなく。自分と親しいものが1に含まれていようと、彼は一切の後悔も逡巡もすることなく迅速に1を抹殺し、100の命を救った。

 それは恐らく彼自身が1に含まれていたとしても。そして彼の血を分けた肉親が含まれていようと変わることがなかっただろう。

 彼を知った魔術師は『魔術師殺し』と憎み恐れ、魔術協会は一方で彼のことを使い勝手の良い駒として扱った。

 他者から見れば彼はどんな風に映っただろうか?

 感情を欠片も見せず、ただ天秤の針が傾いた側を殺し尽くす彼のことを。

 金の為に人知を超えた魔道を使う裏切り者。人の感情をみせぬ殺戮機械。血を啜ることを生きがいとする怪物。

 可能性は無限にある。

 

――――もうほんの一握りの者しか知らぬ事実であるが、

 

 彼は理想を抱いていた。

 1を切り捨て100を救うのではなく、全てを切り捨てることなく全てを救いたかった。

 だがそんな世界は有り得ないということは誰よりも彼自身が分かっていた。

 この世全てが平和で幸福に包まれていた時代など1秒として有りはしなかった。

 恒久的世界平和など奇跡でも起こらない限り有り得ないのだと。

 その事を知った時、彼の少年時代は終わりを告げたのだ。

 

――――もしも『奇跡』があるのなら?

 

 正義の味方に成りきれなかった男、彼の名は衛宮切嗣。

 万能の釡たる聖杯を『奇跡』を求め、彼は冬木の街へと降り立った。

 

――――始めに言おう。

 

――――これは救いがたい物語だ。

 

――――そして。

 

――――人並みの幸福を捨て、理想を望んだ男

 

――――理想を捨て、人並みの幸福を望んだ男。

 

――――二人の運命の戦いであり、

 

――――"ゼロ"に至る物語だ。

 

 

 

 イギリス時計塔。魔術協会の総本山であり、魔術を学び『根源』を目指す者たちにとっての最高学府である。

 異端を狩る聖堂教会と勢力を二分する一大組織だ。

 そんな時計塔に所属する有象無象の魔術師の一人、ウェイバー・ベルベットは酷く苛立っていた。

 理由は色々あるが、一番の原因というのは彼の師であり教師でもあるケイネス・エルメロイ・アーチボルトのせいだ。

 魔術師というものは才能が物を言う世界である。

 無限の努力を積み重ねようと、魔術回路というものがなければ魔術師にはなれないし。逆に優れた才能を持つものなら、封印指定という名誉であるがその実とても有り難くないものを頂戴する羽目にもなる。

 そして基本的かつ絶対的に魔術師の『才能』は『血統』により練磨され熟成され錬成されるもの。

 長い歴史をもつ魔術師の名家とは優れた『魔術刻印』――――その家の魔術の成果の結晶であり外付けの魔術回路――――をもつ家であり、生まれながらにして魔術を使うのに適した体をもっているということだ。

 悲しいことであるが。

 ウェイバー・ベルベットには才能がなかった。悲しいまでに『血統』が足りず『血筋』が不足していた。……有体に言えば才能というものがなかった。

 前述したとおり魔術とは才能の世界である。ならば才能のない者が時計塔で『幸せ』にやっていくなら、才能のある魔術師におべっかを使い腰巾着になり、自分の血を存続させることにのみ情熱を費やし、魔術の大成については後々の後継者たちに任せる――――それくらいしかないのだ。

 これが嫌ならば時計塔を出るか、日陰者で終える覚悟をしなければならない。

 だがウェイバー・ベルベットはどちらも良しとはしなかった。

 才能だけではない筈だ。才能などこれからの努力や工夫、積み重ねで幾らでも覆せる。そう信じていた。

 そしてウェイバーは自身の主義、そして頭に刻んだ知識を総動員して作成した意欲的・挑戦的……そして革命的と自負する魔術理論書を、自身の師であるケイネス・エルメロイに見せたのだ。

 ロード・エルメロイ。最年少で講師となった若き天才でありこれからの時計塔を背負って立つ魔術師だ。

 この人物に認められればウェイバーの評価は一変し、時計塔の支配体制に一石を投じられる……はずだった。

 しかし現実はそう上手くはいかない。

 

「くそっ。馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって!」

 

 ウェイバーはここにいないケイネスに向けて、お返しとばかりに脳内でメッタメッタにする。

 直ぐにそんなことをしてもケイネスは痛くもかゆくもないことに思い至り止めたが。

 提出した魔術理論書に才能のみを是としてきたケイネスは自らを顧みウェイバーを称えるだろう……そうウェイバーは信じていたのだが、実際にケイネスがとったのは真逆の行動であった。

 ケイネスは自身の講義中にウェイバーの魔術書を馬鹿にし、そして破り捨てたのだ。更には他の生徒からの嘲笑や侮蔑。

 

―――――今に見てろ。絶対に見返してやる!

 

 若いウェイバーがそんな心境に至ったのはある意味当然の帰結であった。

 しかし問題はどのようにして見返すか、だ。また新しい魔術理論書を書いても馬鹿にされるであろうことは目に見ている。といって泣き寝入りはプライドが許さない。

 そこで耳にしたのが極東の島国・日本で開かれるという大儀礼、聖杯戦争にケイネス・エルメロイが参加するという噂であった。

 聖杯戦争。七人の魔術師が七人のサーヴァントを召喚して殺しあうバトルロワイヤル。唯一無二の勝者は万能の釡たる『聖杯』を手に入れ、あらゆる願いを叶えられるという。

 

「これしかない」

 

 これがその時のウェイバーの第一声だった。

 血筋や出身も関係ない。聖杯戦争はバトルロワイヤル、純然たる実力勝負の世界だ。

 ここで優勝すればウェイバー・ベルベットの実力を内外に示すことができる。

 そしてついでに聖杯も手に入ると。正に一石二鳥であった。

 だがいざ聖杯戦争に参加する決意を固めてみれば、次なる問題が浮上してくる。

 即ち聖遺物をどうするか、という。

 極東の島国で行われる戦いが何故この時計塔にまで届いてくるか。

 その理由はなにも『聖杯』があるからではない。そも聖杯を巡る争いなど他に幾つもある。聖杯を求めて争う戦いなら、それこそオークションだろうと聖杯戦争という名で呼ばれるのだから。

 冬木の聖杯戦争が特殊なのは召喚されるサーヴァントが唯の使い魔(サーヴァント)ではなく、人の身に余る偉業を成し遂げ座に招かれた英霊であるというところだ。

 英霊というのは文字通り、過去・現在・未来において人のみに余る偉業を成し遂げた英雄の霊のことである。

 東洋の現人神の例を見ても、人間を超える力や功績を為した者というのは『超越者』として信仰の対象となる。

 そういったものが信仰を生み、その信仰によって本来か弱い人間霊である筈の彼らを精霊という領域にまで押し上げた。

 ガイヤの守護者の対極に位置するアラヤ(人間)の守護者。

 英霊を英霊たらしめるものは信仰――人々の理想であり想念なので、その真偽は関係なく、確かな知名度と信仰心さえ集まっていれば物語の中の人物であろうがかまわない。

 例えるならスパイダーマンだって確かな知名度と信仰があれば英霊になれるのだ。

 彼等英霊は『世界』の外にある『英霊の座』にあり、輪廻・因果をこえ不変のものとなっている。

 冬木の聖杯戦争はそんな英霊たちをサーヴァントという殻に収め、使役し殺しあわせるのだ。

 幾らサーヴァントという殻にあろうと、英霊(サーヴァント)は一体一体が彼の死徒27祖にも匹敵しうる猛者たち。

 通常なら五人の魔法使いですら従えることなど不可能な英霊を使役するという出鱈目さ。それはそのまま聖杯の実在の証明にも繋がる。

 聖杯戦争の噂がこの時計塔まで響いてきたのはそんな事情があるのだ。

 さて。話を戻そう。

 サーヴァントを召喚するのならば、そのサーヴァントに縁のある聖遺物が必要だ。

 ローランならば聖剣デュランダル、始皇帝なら玉璽といった具合に。

 しかしベルベット家のの財力は他の魔術師の名家とは比べ物にならないほど寒いもので、到底聖遺物なんてものを手に入れられそうにはない。

 というより時計塔に入学する為の学費だけで、ベルベット家の財なんて吹っ飛んでしまっている。

 最終手段で聖遺物なしで召喚に臨むという方法もあるのだが、

 

「それは止めた方が良いよな」

 

 というのがウェイバーの考えだった。

 聖遺物なしで召喚するということは、どんな英霊が出てくるか分からないということ。これで例えば征服王イスカンダルなどを引き当てられれば良いが、もしも戦闘能力皆無なサーヴァントを引き当ててしまったら目も当てられない。

 

「はぁ。我ながら情けないけど、ここになんらかの聖遺物があれば」

 

 そんなウェイバーがやって来たのは時計塔の倉庫だった。

 ウェイバー・ベルベットは金もなければコネはない。師であるケイネスはマクレミッツだとかいう家に聖遺物の手配をしたそうだが、同じ真似はウェイバーには出来ない。

 ならば恥を忍んで、使えるものを使うしかない。そこでやってきたのが時計塔の倉庫。

 もしかしたらこの倉庫ならば英霊の聖遺物の一つや二つが隠されている……かもしれない。確証はないが物は試しだ。ただ延々と時間を浪費するよりはマシである。

 しかし、

 

「ああもうっ! なんでこの倉庫はこんなに埃っぽいんだよ!」

 

 それもその筈。この倉庫一年近くも放置されていたのだ。これで埃っぽくなかったら、それは一種の奇跡である。

 苛立ったウェイバーは近場にあった棚を叩く。常であればなんら生産性のない八つ当たりという行為。だが今回に限っては幸運をウェイバーに運んできた。

 

「あいたっ!」

 

 棚の一番上に置いてあった木箱が落ちてきてウェイバーの脳天に直撃する。

 頭を抑え蹲りながら、なにがどうなったと落ちてきたものを見て。

 

「――――ッ! これって……」

 

 木箱にはギリシャ語でΜέδουσαと書かれていた。即ち『メドゥーサ』。ゴルゴン三姉妹が末妹にしてギリシャ神話でも最も著名な怪物の名前だ。

 世界的にも蛇の頭を持った妖怪として有名であり、その知名度は下手な英雄を上回る。

 英霊というよりは反英雄に属する者であるが。

 

「この際、贅沢は言ってられない。マスターには令呪っていう三回の絶対命令権があるんだし……うん、大丈夫だ。ぜ、絶対大丈夫だうん!」

 

 自分に言い聞かせるように木箱を手に持つ。

 ウェイバーが日本に出立したのはそれから数時間後のことだった。

 

 

 

 そして月日は更に経過する。

 聖杯戦争、その大儀礼が開かれる冬木市。そんな冬木市の深山町の日本邸宅に銀髪に赤い瞳をもった大凡人間離れした容姿をもった淑女。アイリスフィール・フォン・アインツベルンはいた。

 彼女がこの冬木にきたのはつい先ほど。そして夫の協力者である久宇舞弥の案内でこの家に到着したのは丁度今だ。

 

「マダム、こちらへ。切嗣がお待ちです」

 

 舞弥は先導して邸宅の庭を歩く。

 

「ええ。分かったわ」

 

 舞弥に連れてこられたのは庭の中にポツンと建てられてある土蔵であった。

 なるほど、と思う。

 魔術というのは自然界にある魔力を逃がさないようにするため魔術工房は閉ざされた空間であることが望ましい。

 しかしこの日本邸宅は外界に対して開かれており、家としては兎も角として魔術工房としては不合格であった。

 だがこの土蔵はこの邸宅の中にあって閉ざされた場所であり、魔術を使うのにもそれなりに適している。

 舞弥に促されるままに土蔵の中に入った。すると、

 

「やあアイリ、早かったね」

 

 無機質で機械的な――――アインツベルンの城にいた頃とは180度真逆の夫の声を聞いた。

 アイリスフィールの夫でありアインツベルンの雇った切り札、衛宮切嗣は土蔵の地面に血と水銀で魔法陣を描いていた。

 始まりの御三家の一角、アインツベルンのホムンクルスであり聖杯の守り手でもあるアイリスフィールには一目でそれがなんであるか分かった。

 

「それがサーヴァントを召喚するための魔法陣? でも随分と簡単なのね。輪廻の外側にある座から英霊を招くほどの儀式なのに」

 

 アイリスフィールの疑問に切嗣は淀みなく答える。

 

「サーヴァントを招くのはあくまでも聖杯だからね。参加するマスターはそう複雑な儀式はいらないんだよ。ただ召喚されたサーヴァントを現世に繋ぎとめる楔としての役割をすればいい」

 

 そうなのか、と頷くアイリスフィール。ついでとばかりにもう一つの疑問を尋ねてみることにした。

 

「郊外にあるアインツベルンの拠点はどうして利用しなかったの。あそこなら、ここよりも工房を作るのに適していたでしょうし大御爺様も許可は出されたはずよ」

 

 他の御三家と違い冬木市に拠点のなかったアインツベルンは聖杯戦争の参加者になるに当たって、郊外に城をそのまま持ってくるという快挙のような暴挙をやってのけた。

 1000年もの歴史を誇るアインツベルンの城というだけあり魔術工房としては正に一級品。外界からの侵入を許さない城塞である。

 そこに切嗣自身の技術も組み合わせれば、さぞ極悪な要塞となったであろう。しかし切嗣はその城を敢えて捨て、この有り触れた日本邸宅を拠点として選んだのだ。

 

「聖杯戦争が軍団を率いて戦うものなら僕もあの城を拠点としたよ。けどねアイリ、幾ら英霊をサーヴァントとして使役し殺しあうといっても聖杯戦争の本質はミニマムなゲリラ戦。難攻不落の城塞よりも、複数の発見不可能な拠点を構築した方が逆に安全性は高い」アインツベルンの城は頑強だけど、御三家のマスター達には場所が筒抜けだしね。結界やトラップだってマスターはまだしもサーヴァントには通用しない」勿論完全に放置したわけじゃない。念のためアハト翁から借りた戦闘用を何体か配置しておいたしトラップも万全だ。いざとなれば拠点を城に移すことも出来るし、運が良ければ僕達がそこにいると勘違いして侵入してきたマスターを葬れるかもしれない」

 

 これは楽観視だけどね、と感情をみせず微笑む切嗣を見てアイリスフィールは夫の戦略眼に舌を巻く。

 今まで切嗣がアインツベルンの雇った腕利きの魔術師殺しということは知っていても、実際に切嗣が戦うところは今日が初めてだ。

 アハト翁から外界の血をいれてまで衛宮切嗣という男を雇った理由が分かったような気がした。

 そう。戦いは既に始まっている。

 戦争とは戦端が開いた時に開幕するのではない。下準備の段階で、静かに闘争は始まっているのだ。

 

「舞弥……刻限だ」

 

 切嗣が合図をする。すると舞弥が黄金に輝く鞘をもってきた。

 どんな芸術品であろうとこの鞘を前にすれば霞んでしまうであろう究極の一。

 ブリテンに君臨した騎士王アーサー・ペンドラゴンの鞘。これが切嗣が聖杯戦争を勝ち抜くにあたってアインツベルンが用意した聖遺物。

 最優のセイバーのクラスに騎士王を招き、それを魔術師の天敵である魔術師殺しが使役する。これこそアインツベルンの必勝の戦略であった。

 

「さあ。始めようか」

 

 魔法陣が輝き始める。その手に刻まれた令呪もまた、魔法陣に呼応するように光を放ち始める。

 そして、

 

 

 

 

 同時刻。聖杯戦争の当事者であり参加者でもある御三家のうち一つ、遠坂家の五代目当主・遠坂時臣は苦い顔をしていた。

 周囲には監督役である言峰璃正、弟子の綺礼の姿もある。

 

「よもやことここに至り、かねてより発注していた英雄王を招く触媒の所在が知れぬとはな」

 

 時臣の計画は完璧であった。彼の弟子であり聖堂教会からの協力者である言峰綺礼がアサシンを召喚し、自身が英雄の中の王者、英雄王ギルガメッシュを召喚する。

 アサシンが収集した情報をもとに、残ったサーヴァントを英雄王で駆逐させる。謂わば諜報用サーヴァントと決戦用サーヴァントの二段構え。

 それも決戦用のサーヴァントが全英霊の中でも最強であろう英雄王であれば、聖杯はもはや遠坂時臣の手の内にあるも同然であった。

 しかし土壇場にきて英雄王を呼ぶために触媒が届かなかった。

 日頃から『余裕をもって優雅たれ』という遠坂の家訓を実践している時臣も、この事態は流石に予想外で苦悩を抑えることが出来ないでいた。

 

「申し訳ありません導師。このようなことを予期していなかった私の不手際です」

 

 弟子であり協力者の綺礼が時臣に謝意を述べる。

 だが時臣や「いや」と言峰綺礼の責任は否定した。

 

「これは私自身の不手際だ。君が畏まる必要は微塵もない。それにもし君が召喚したアサシンのことを言っているのであれば――――あのアサシンはアサシンで別の使い道がある。気にしなくていい」

 

 土壇場でイレギュラーを起こしたのは時臣だけではなく綺礼も同様であった。

 アサシンのクラスはアサシンというクラス名の語源にもなった『山の翁』が呼ばれるのが常なのだが、言峰綺礼の召喚したのはハサン・サーバッハではなかった……というより英霊かどうかも怪しい亡霊であったのだ。

 しかしそのことは今はどうでもいい。

 確かにハサンでなかったのは残念だが、あのアサシンにはハサンにはない力がある。まだ誤差の範囲で納められるイレギュラーだ。

 けれど英雄王を召喚できない、というのは時臣の戦略を根底から揺るがす大事だ。

 

「どうするのかね時臣くん」

 

 表向きは中立的立場の監督役。

 裏においては聖堂教会の意向と個人的友誼もあって時臣の協力者である璃正が聞いてくる。

 触媒が見つかるという一縷の望みにかけて、これまで待ってきたが……そろそろ限界も近い。

 このまま英霊召喚を送らせれば聖杯は時臣を見限り別の者にマスターたる資格を移すかもしれない。それだけは避けねばならなかった。

 

「今から他の英霊の聖遺物を探す時間はない。だが英雄王の触媒を待っている時間もない。私はこれを『試練』だと受け取った。聖杯がそう安々と我が手に委ねられるを良しとしないのであれば、この私自身の力で最高のカードを引き当ててみせよう」

 

 その言葉はつまり聖遺物なしでのサーヴァント召喚を試みるということ。

 聖遺物無しで英霊を召喚した場合、召喚者の性質や性格などが触媒となり召喚者に近しい英霊が召喚される。

 勿論どんなサーヴァントが召喚されるかは不明瞭であるし、最弱のカードを引き当てる可能性もある。

 

「宜しいので?」

 

 綺礼が表面上は恐る恐るといった様子で尋ねる。

 だが時臣は日頃の優雅さを完全に取戻し言い切った。

 

「元よりこの魔術刻印を先代より受け継いだ日より自らの死を観念してきた。どんなサーヴァントが召喚されるか分からない、その程度のリスクに脅えていては歴代の頭首や大師にも申し訳がたたない」

 

 時臣は覚悟を決め遠坂邸の地下にある魔術工房へと向かう。言峰綺礼と璃正もそれに続いた。

 ふと時臣が足を止める。

 どうせなら持っていこう、と思った時臣は遠坂家の家宝であるペンダントを手にとった。

 このペンダントは歴代の遠坂家当主たちが魔術を込めてきた至高の一品であり、時臣自身も暇さえあればこれに魔力を溜めている。

 英霊召喚には役に立たない品であるが験担ぎにはなる。

 その行為が彼のみならず彼の娘の"運命"をも変えるとは想像もせず、時臣は地下へ降りて行った。

 

 

 

 時臣が召喚に臨もうとしている折、間桐雁夜もまたサーヴァントを呼び出すため地下の蟲蔵へと向かっていた。

 雁夜は本来なら既に魔道から背を向け、家から出奔した身である。そんな雁夜が聖杯戦争に参加しているのは、遠坂桜――――否、間桐へ養子として間桐に送られた桜を遠坂に帰すためだった。

 間桐の魔術は常軌を逸している。男ならまだ良いが、女なら間桐臓硯という妖怪を生かす為だけの胎盤として扱われる。

 それに嫌気が刺して間桐を出たのだが、よもやその代わりに恋い焦がれていた遠坂葵の娘である桜が犠牲となるとは思いもしなかった。

 雁夜は桜を救うため――――もっと言うのであれば、遠坂葵への恋慕と恋敵である遠坂時臣への憎悪。その二つにより間桐へと舞い戻ったのだ。

 臓硯が桜を解放するための条件として提示したのは聖杯。聖杯戦争を制し聖杯を自身に捧げれば桜を遠坂へ帰す。そう確約したのだ。

 間桐臓硯が約束を守るような奴とは到底思っていない雁夜だが、一方で聖杯さえあれば臓硯が桜に執着する理由がないのも事実。

 雁夜はこの条件を飲み、この一年間。死よりも辛い苦痛に耐えてきた。

 僅か一年でマスターとしての資格を得られるかどうか。それまで生きていられるか……そらすらギャンブルだったが雁夜は賭けに勝った。

 そんな雁夜に臓硯は追い打ちをかける言葉を言い放った。

 

「雁夜。お主にはこれよりバーサーカーを召喚してもらう」

 

「なっ……んだって?」

 

 バーサーカー。聖杯戦争に招かれる七つのクラスのうち狂戦士に該当するクラスだ。

 もともとは弱いサーヴァントを『狂化』のクラス別技能によりステータスを強化させるためのクラスであるが、同時に魔力消費量が膨大となるというデメリットがある。

 過去の聖杯戦争において例外なくマスターの魔力切れで敗退しているという曰くつきである。

 そんなサーヴァントを、よりにもよって魔術師としてもマスターとしても余りに未熟過ぎる自分に召喚しろと命じた臓硯の意図が分からず雁夜は目を見開く。

 

「そう驚く事もなかろう。付け焼刃の魔術師であるお主がただサーヴァントを召喚してもステータスが落ちてしまおう。より必勝を期すのであれば落ちたステータスを別のもので補わねばなかろうて」

 

(妖怪めっ!)

 

 憎しみから歯軋りするが、臓硯は呵呵呵と笑うだけだ。

 血が滲むほど両手を握りしめるが臓硯の言には一理ある。それに元より雁夜には選択権などない。

 桜を救うその日まで。聖杯を掴むその日まで。どれだけ難かろうと間桐雁夜は間桐臓硯に従わなければならないのだ。

 それが聖杯を掴むことに繋がる。なにせ聖杯を求めるのは臓硯も同じなのだから。

 

 

 

 そして如何なる"運命"か。奇しくも四人のマスター達は同時刻に英霊召喚の儀を執り行う。

 形の異なる令呪を手に宿し、異なる夢を思い描き、異なるサーヴァントを手繰り寄せる。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ――」

 

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 魔法陣にエーテルが暴風となって吹き荒れる。人知を超えた幻想の塊が現世へと降臨する予兆でもあった。

 四人のマスター達は確かな手応えを感じ更に詠唱の言霊を紡ぐ。

 

「――――Anfang」

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、」

 

「「「「天秤の守り手よ―――!」」」」

 

 そして、サーヴァントは地上に降臨する。

 聖杯戦争その第一夜が始まり、そして終わるのだ。

 衛宮切嗣の前には白銀の甲冑を纏った騎士王が、

 遠坂時臣の前には赤い外套の騎士が、

 ウェイバーの前には妖艶な美女が、

 三人の前に全く異なる三体のサーヴァントが召喚された。

 

「「「問おう」」」

 

「貴方が」

 

 セイバーはその翠の目で衛宮切嗣を見る。

 

「君が」

 

 アーチャーはその鷹の目で遠坂時臣を見やる。

 

「貴方が」

 

 ライダーは目隠しの下でウェイバーを観察する。

 

「私のマスターか」

 

 土蔵に似合わぬ澄み切った声が木霊する。

 十年後一人の少年と出会うであろう場所で、騎士王はその少年の養父と邂逅した。

 

 

 

 

――――――その一方。

 

 

「■■■■■■!!」

 

「がっぁ……」

 

 間桐雁夜の目の前に現れたのは『最強』――――そう呼ぶに相応しい英霊であった。

 鉛のような肌。山のような巨体。なによりも身から発せられる闘気。英霊の中にあって最上位に位置する大英雄。それを召喚したのだという実感が雁夜にはあった。

 それは正しい。

 雁夜が召喚したサーヴァントこそギリシャ神話最大の英雄ヘラクレス。この日本においても知らぬ者はいないというほど著名な英傑である。

 だがそんな大英雄をよりにもよって最も魔力消費が激しいバーサーカーのクラスで召喚してしまったのだ。

 一流の魔術師でも手に余る大英雄を雁夜如きの魔力で維持できる道理はなく召喚したその瞬間に雁夜の魔力は枯渇した。

 

「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーっ!!」

 

 無念と憎悪と苦痛が入り混じった絶叫。

 薄れゆく意識の中、雁夜が見たのは消え去っていくバーサーカーの姿だった。

 

 

【バーサーカー 脱落】

【残りサーヴァント:6騎】


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