Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第10話  ザ・メモリー・オブ・ブルー

 冬木ハイアットホテルでの爆破解体。

 百名以上の宿泊客は元より最上階のフロア一つを丸々貸し切っていた魔術師ケイネスの安否は絶望的とされていた。

 一流の魔術師でも魔術回路がある以外はただの人間と変わりはしない。

 物理攻撃手段が一切効果ないサーヴァントは兎も角、ケイネス・エルメロイとその婚約者のソラウは地上150mからの落下に耐え切れず瓦礫に呑まれ死んだ。そう見るのが妥当だった。

 実際もしも宿泊していたのがケイネスではなく他のマスターならば死は不可避だったであろう。

 ビルという一つの巨大な質量の倒壊はもはや軽い天災にも等しい。それを前にして生き残れる魔術師など世界を見渡しても一握りだ。

 だがしかし、ケイネス・エルメロイは一握りの魔術師だった。

 ケイネスが趣味で作った中でも『最強』の魔術礼装、それにより自分とソラウとを覆い衝撃を吸収させ難を逃れたのである。

 

「おのれ……どのマスターかは知らぬが我が魔術工房諸共にホテルを爆破するとは。なんたる不埒な真似をする……! 魔術師の風上にもおけぬ面汚しめ!」

 

 ハイアットホテルという拠点を失ったケイネスがいるのは六十年前の第三次聖杯戦争で参加者の一組だった『天秤』の異名をとる魔術師の名家エーデルフェルトが用意したという洋館だ。

 魔術師の館といってもエーデルフェルトは第三次で遠坂に敗北し脱落して以来、日本の土は踏まずと誓っているので放置されたまま空家となっている。

 ランサーが冬木市を調査したおりに発見し、ケイネスはここを新たな拠点としたのだ。

 放置されていたせいで埃っぽいとはいえ魔術師の用意した館。

 新しい拠点とするには絶好の場所といえた。ついでに言うならホテルと違って下の階に爆弾を仕掛けられた爆破解体という事態も避けられる。

 

「十五時間くらい掛けて作った工房も全部オジャンだからな。怒るのも無理はねえが落ち着けよケイネス。別に死んだわけじゃねえんだ」

 

 自分達の城塞を失ったというのに飄々としているのはランサーだった。

 ケイネスは青筋をたてながら、

 

「……あの爆発の中、別の部屋にいたソラウを私のところまで連れて来た事は評価しよう。魔術回路こそ一級品といえどソラウは初歩的魔術しか使えぬ故、あのビルの破壊から逃れることは出来なかったであろうからな。見事な状況判断だ」

 

「そりゃどうも」

 

「しかしだランサー、貴様はなにを平然としている! 私のサーヴァントならサーヴァントらしく主をこんな目に合わせた者への報復に赴くべきであろう! そうでなくとも下手人に対し怒りを露わにするべきだ! なのに貴様はなにをヘラヘラとしているのだ!」

 

「だから落ち着けって。ま、俺はこんな程度のことは生きてた頃から日常茶判事だったからな。これくらいで一々ビビってたら俺は英雄なんてなってねえ。殺した殺されたなんざ戦の常、死んでねえだけいいだろ」

 

「死なずとも後少しのところでソラウは死ぬところだったのだ! これが平然としていられるものか!」

 

「女の為にってのは嫌いじゃねえぜ。でもな一つだけ言うが……そんなにデカい声で話してたら愛しの御姫様が起きっちまうぞ」

 

 ランサーの言を受けて慌ててケイネスは口を噤んだ。

 あの爆破から一夜明けて今日。箱入りと呼んで差支えないソラウの疲労は尋常ではなく今は真っ先に掃除した部屋の寝室で休んでいるのだ。

 もしも騒がしくして眠りを妨げればソラウがどんな反応をするか。想像もしたくはないケイネスだった。

 

「……分かった。ハイアットホテルでのことはもう良い。重要なのはこれからどうするか、だ」

 

「おっ。とうとう生産的なこと考えるようになったか。それでいい、後ろを振り返るなとまでは言わねえが何時までも過ぎたことをウジウジと考えても仕方ねえ。時間は未来にしか進まねえんだから先のこと考えるのが吉だ」

 

「貴様の戯言は聞き飽きた。しかし今回の一件でソラウは私に失望を感じているやもしれん。ここは今一度このケイネス・エルメロイの実力を示さねばならんだろう」

 

「いいねぇ、そりゃ上々だ。次はお前も出陣かい? 男ってのはすごすご城に篭ってるより戦いに赴く方が良い。敵のマスターの首級一つもあげりゃソラウも見直すかもしれねえぞ」

 

「……本当か?」

 

 ランサーの粗暴さにはほとほと参っているケイネスだが、ことが愛するソラウの事とあっては聞き過ごせない。

 藁にもすがる思いでケイネスは問う。

 

「おいおい、俺を誰だと思ってる? 俺も十六の頃に一人の姫に一目ぼれしてな。城まで奪いに行った事がある。その姫ってのがこれまた良い女で何の誉もない子供の炉ばたに行く気はねえ、とか言いやがるの」

 

「ふん! そのくらいは知っている。それで貴様は影の女王のもとに弟子入りし魔槍を授かったのであろう?」

 

「簡単に言うけどよ、スカサハのしごきっぷりときたらトンでもねえものだったんだぞ。毎日毎日あの女にぶっ刺されそうになるわ殺されそうになるわ『出来ないなら城の回り百週』なんてレベルじゃねえ。『出来ねえならさっさと死ね』みたいな感じだぜ。戦いの中で死ぬんならまだしも俺だって修行中の扱きで死ぬのは御免だからな。死なない気で励んだわけだ」

 

「………………」

 

 ケイネスの脳裏に角を生やし巨大なハルバートを持ったソラウがランサーに怒鳴り散らしている光景が浮かんだ。これはイメージだが確かに恐い。もし結果を出せずにいたら最後、真っ二つにされそうな怖さがある。

 そんなスカサハに鍛えられたというのであれば、このランサーの何事にも動じず飄々としている態度にもどこか合点がいってしまう。

 

「で、スカサハんとこには俺以外にも弟子入りしてる奴がいてな。噂を聞きつけて教えを受けにきた戦士ばかりなんだが、その中でも一人俺とどっこいの奴がいてな。お前に教えるまでもねえかもしれねえが名前はフォルディアって言ってな。隣国コノートの戦士だった。ゲイボルクの伝授をかけて競い合ってたら、いつのまにか兄弟の契りを交わしちまった」

 

「兄弟の契り……ふん、自分一人が断トツではなかったのか」

 

 つまらなそうに嘯くケイネスだが――――彼自身が自覚してない深い場所で、どこかケイネスはランサーを羨んでいた。

 千年に一度の才能、最年少の講師。魔術師としての名声は山ほど得、賛美は浴びるほどに受けたケイネスだが自分と張り合えるほどの才能の持ち主は終ぞ目の前に現れることはなかった。

 もしもそんな者が現れていれば、思う存分に魔術の腕を競い合えたかもしれないのに、と。

 

「俺には三人ばかり得難い親友がいたんだが、フォルディアはその中でも特別な兄貴分だったよ。スカサハはスパルタだが良い師だったし良い競争相手もいたから俺もつい長く滞在しちまってな。たぶん居心地が良かったんだろう」

 

 魔術師が魔術を学ぶのに最も適した時計塔を出ようとしないのと同じ理屈だ。

 ケイネスにもその気持ちは分かる。

 

「だがその居心地のいい領地を狙う馬鹿がやってきてな。隣国のアイフェって領主が戦争をしかけてきやがった。スカサハは俺を戦場には出そうとはしなかったんだが、それでも結局最後には俺とスカサハとフェルディアで肩を並べて暴れまわったんだけどな。だがまあ、なんだ。始めは難い敵だったんだが、いざ戦って捕まえるとこれがいい女だったんだわ。そのアイフェが。そんなわけで抱いたんだがスカサハにバレて石投げられたっけ。ゲイボルク風味に」

 

「……節操のない奴だ。貴様はもうソラウには近付くな」

 

「心配すんなって。別にソラウを抱こうってわけじゃねえんだ。ありゃ良い女だがお前の女だろ。俺が触れていい女じゃねえ。まぁ、あっちから熱烈にきたら分からねえけどな」

 

 気にした様子もなくランサーは笑う。

 からかわれている、その事が分かるのに何故かケイネスにランサーに対する不快感は感じない。

 ケイネスはランサーへの文句を置いておいて先を促す。

 

「それでも別れの時ってのは否応なくやってくる。アイフェとも別れたしスカサハやフェルディアとも別れた。俺とフェルディアは同じ日に影の国を旅だったんだが、城を出て同時に口にした言葉が"俺の国に来る気はないか?"だ。引き抜きは無理だなって二人で笑ってもんさ」

 

「スカサハとは会っていかなかったのか? お前の師なのだろうに」

 

「ああ。全てを伝授したんで教える事は何もないってな。後はシンプルだ、惚れた姫が求めた誉ってやつを手に入れるために派手な戦争ばかりして武勲を立てた」

 

 そしてアイルランド全土にクーフーリンの名を知らしめると、約束した通りに姫を迎いに赴き、それを邪魔するフォルガル王とその軍勢を文字通りに皆殺しにし姫を手に入れたのだ。

 

「ケイネス、お前の武勲を得るために聖杯戦争に参加したって意気込みはいいんだがな。お前はどうも惚れた女を前にしたら奥手に過ぎる。そうさね、この戦いで他の敵を打倒し尽くしたらいっそ強引に押し倒しっちまえ。そうでもしねえと何時まで経っても物にゃできねえぞ」

 

「不忠さえしなければ何をしても許された貴様の時代とは訳が違うのだ。そう簡単にはいくか」

 

「そういうもんかねぇ。さて何時までもつまらねえ話しても仕方ねえ。敵の首級をあげるのに否はねえが何処を攻める?」

 

「……そうだな」

 

 ケイネスは腕を組み思案する。

 贅沢を言えば真名を知られたアサシンと戦いに水を差してきたアーチャーのどちらかを始末したい。だが肝心の二騎の居場所は愚かそのマスターが誰かなのすら掴めていない。

 

「今の所マスターの所在が分かっているのは御三家たる遠坂と間桐……そしてアインツベルンが郊外に城をもっていると聞くが」

 

「三つに一つ、ってことかい。お前としちゃ何処を狙いたい? 戦いの趨勢を決める最初の首だ。出来る限り上等なやつがいい」

 

 聖杯戦争そのものを開いた始まりの御三家。初戦の相手としては申し分ない。

 だが、どれが最も上等かと問われれば暫し首を傾けざるを得ない。ここ最近は魔術協会にもこれといった噂を聞かない間桐はさておき、アインツベルンと遠坂はケイネスをもってしても名門と認めざるをいえない家である。

 十世紀もの時間、純血を保ち聖杯を追い求めたアインツベルン家。歴史こそ間桐やアインツベルンに劣るものの彼の第二魔法の使い手シュバインオーグの弟子の家系たる遠坂。

 どちらを狙うかは迷いどころだ。

 しかしケイネスとランサーが如何に優れた魔術師とサーヴァントであろうと二つの体を用意することは出来ない。

 一度に赴ける戦場は一つきり。ならば、

 

「遠坂に赴こうか」

 

「ふーん。どうしてだ?」

 

「ここから郊外の森は遠いというのもある。だがそれ以上に遠坂家当主である遠坂時臣の名は私も聞いている。強い自律精神により時計塔でも多くの実績をもった魔術師と聞く。相手にとって不足はない」

 

「おう。分かった」

 

「だがその前に……」

 

 ケイネスは館に目をやる。

 汚れてる。とんでもなく汚れている。とてもではないが安眠できる家ではない。

 

「先ずはこの家を満足のいく拠点に仕上げる事が先決だな」

 

「……締まらねえな、おい」

 

 結局、生粋の魔術師で貴族のケイネスに館の掃除が出来るはずもないので、その殆どをランサーがすることになるのだがそれはまた別の話だ。

 

 

「それでは行くが。後の事は分かっているな」

 

 時臣は愛娘の頭を撫でながら思う。

 凛は痛がってないだろうか。力加減は間違ってないだろうかと。

 常日頃から娘の頭を撫でてやっている親ならばこんな悩みは抱かないだろうが――――無理もない。時臣にはこうしてただの親として凛の頭を撫でてやるのは初めての経験だったのだから。

 

「凛、成人するまでは教会に貸しを作っておけ。それ以降の判断はおまえに任せる。おまえなら1人でもやっていけるだろう」

 

 そんな感慨を抱きながらも、生まれてからの性根というものは度し難いもので。

 口から出る言葉はユーモアの欠片もない事務的なものばかり。

 もしかしたら最後となるかもしれない愛娘とのやり取り。ならば笑顔の一つでも浮かべてやるべきだと思っていたのに、いざ凛を前にしてみると顔は真面目な表情に固定されたままだ。

 時臣は宝石の在り処や地下室の管理方法などの、今まで伝えていなかった頭首として知らなければならないことを伝えると最後に、

 

「いずれ聖杯は現れる。あれを手に入れるのは遠坂家の義務であり、なにより魔術師であろうとするなら避けては通れぬ道だ」

 

 魔術師・遠坂時臣として後継者・遠坂凛へと告げた。

 

「行ってらっしゃいませ、お父様」

 

 娘の言葉に背中を押され時臣は戦場たる冬木の地へと戻る。

 これから凛と葵は倫敦へと渡る。アーチャーの諫言を受けそうするのが一番良いと決断したのだ。

 

「……別れはあれでいいのか?」

 

 もう凛の姿が見えなくなったところで、霊体化したままアーチャーが訊いてくる。

 

「良かった、そう自信をもって断言できればいいのだがな。私もまだ自問自答を止めることができない。私は先代に魔道の道へと進むか否かと提示され私は進むと答えた。魔道の道を歩む覚悟をその場で決めたのだ。だが私は凛と……桜にはそれをしていない。自分が選んだ道ならばそれによる苦難にも納得がいこう。だが魔道を歩む覚悟なくせずして魔道へと身を置いたのであれば、果たして待ち構えるであろう苦難を乗り越えることができるのだろうか、と」

 

「……………」

 

「分かってはいる。凛と桜のもつ才能は私などとは比べ物にもならない。英雄に怪物という敵対者がいるように魔は魔を引き寄せる。凛と桜の才能は本人たちがその才を磨かずとも必ず魔の力を招いてしまうだろう。それから守るには魔道の加護を得るしかない。元より凛と桜に選択肢などあってないようなものだ。二人が魔道から背を向けるということは即ち邪な考えを持つ他の魔術師の魔手に怯えつづけねばならないということなのだから」

 

「親の気苦労といったところかな。私には縁のないもの故に助言はできないが――――遠坂凛、君の後継者なら問題はないだろうさ。必ず君が腰を抜かするほどアグレッシブな女性になるだろうさ。魔術師としては勿論、人間としても魅力的なね」

 

「断言するのだなアーチャー。まるで見て来たかのように」

 

「おや、そう聞こえたかな。まぁこれは私自身の勝手な勘だ。聞き流してくれて構わん」

 

 不思議だった。アーチャーが言うと本当にそうなるような気がする。

 遠坂凛という愛娘の将来、そこに抱いていた不安に皹が入り粉々に砕ける音を時臣は聞いた。

 

「……ただし。君が養子に出したという間桐桜、彼女については分からない」

 

「桜、か」

 

 もう一人の娘、遠坂桜――――いや、間桐桜について想起する。

 凛と違い何処か引っ込み思案な娘だった。それでも魔術の才においては凛とほぼ同等。五大元素のどれにも当て嵌まらぬ虚数を司る素養をもっていた。

 

「……彼女にとって果たして間桐の家に養子へ出すという選択肢が正しかったのか。私が決めることではないのだろうが、君自身の意志のみで決めるべきことだったのか。……いや、余計な御節介だなこれは」

 

 アーチャーはそれっきり思う所があるのか口を噤んでしまった。

 聖杯戦争が開幕してから三日目が終了しようとしている。

 脱落したサーヴァントは一騎だが、この三日間の間に言峰綺礼の宿泊していたホテルとケイネス・エルメロイの宿泊していたホテルの二つが爆破解体され一般人にも多くの犠牲者が出ている。

 ナチスドイツや帝国陸軍の介入があり帝都で開催された第三次もかなりのものだったが、この第四次も序盤から大荒れだ。

 特に衛宮切嗣は聖杯戦争の趨勢を左右する台風の目になるだろう。冬木のセカンドオーナーとしてもマスターの一人としても、一刻も早く排除するべきだ。

 夜は更けていく。

 其々の思惑を風にのせ、戦況が動こうとしている。


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