Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第11話  ザ・メモリー・オブ・シルバー

「そうか。ああ分かった……続きは追って連絡する」

 

 ピッと切嗣は舞弥との通話を切る。

 悪い情報だ。ハイアットホテルの爆破により抹殺した筈のケイネス・エルメロイの生存が報告されたのである。

 ケイネスが新たな拠点としたのは三度目の儀礼でエーデルフェルトが用意した双子館。

 切嗣はこの聖杯戦争に臨む下準備として冬木市内の住居や地形などは頭に叩き込んでいる。そのため外来の魔術師が工房を作るのに最も適した館だった双子館は事前にマークしていた。お陰で逸早くケイネス・エルメロイの居場所を確認できたのは良いが、やはり彼の生存は痛い。

 

(あの双子館では爆破解体なんて手法も使えないな。ハイアットホテルは従業員に暗示をかけて爆発物を運ばせただけだったから簡単だったが……まさか魔術師の工房に暗示をかけた一般人を送って意味があるようにも思えない)

 

 ケイネス・エルメロイ自身一度爆破という手段で命を奪われかけたのだ。それに対する備えも万全だろう。

 伊達にケイネスは最年少で講師となったのではない。名門の出というだけでなくケイネス・エルメロイが真実優れた才能と実力をもっていたからこそのロード・エルメロイなのだ。

 その彼に二度も同じ手段が有効と考えるほど切嗣はお気楽ではなかった。

 

(相手がケイネスだけならいいが、奴にはクーフーリンがついている。原初のルーン18を修めたルーン魔術師だ。必ず工房の構築にもランサーを使っているだろう)

 

 ケイネス・エルメロイとクーフーリンの構築した工房。その防御を突破し見事に侵入できるか否か。

 切嗣はこれを"可"であり"不可"とした。

 侵入することは出来るだろう。固有時制御で自分の体内時間を減衰させ存在を薄めれば可能ではある。だがそれにはかなりの時間を要する。

 これでは結界の監視は誤魔化せてもランサーやケイネスが肉眼で切嗣を発見してしまう。

 ハイアットホテルの爆破解体から逃れた以上、長距離からの狙撃や砲撃というのも通用するか疑わしい。それこそアーチャーのように宝具を矢として放てない限りは。

 

(セイバーのエクスカリバーで双子館を吹き飛ばす? 馬鹿な。そんな真似してみろ。エクスカリバーの破壊は館のみならず周りの街まで諸共消し飛ばす。監督役に目をつけられ要らぬペナルティを負うだけだ。こちらの手の内を晒すことにもなる)

 

 今はまだ序盤。ケイネスだけを倒せば聖杯戦争が終わるわけではない。ケイネスの後にまだ四組が残っているのだ。

 エクスカリバーは火力でこそ最強と断じられる威力だが、対策手段がないわけではない。切り札はとっておくべきだろう。

 

「………………いや、わざわざセイバーを主力に用いることはない」

 

 衛宮切嗣の体内にはセイバーの失われた宝具であり、召喚に用いた聖遺物でもある『全て遠き理想郷』がある。

 この聖剣の鞘が切嗣の中にあり、セイバーと契約をしている限り切嗣は即死級のダメージからも瞬時に回復することが出来るのだ。

 そしてこの回復力を利用すれば、身体への負担が大きすぎて二倍速までしか扱えない固有時制御の出力を四倍まで跳ね上げることが可能である。

 更に切嗣自身の魔術礼装『起源弾』。切嗣の第十二肋骨で作られた魔弾は、これに触れた相手に対して強制的に切嗣の起源である『切って』『嗣なぐ』という事象を発現させる。

 しかし切断と結合は『回復』を意味しない。

 紐を切って結べばそこに結び目が生まれるように、それは不可逆への変質だ。

 この弾丸によって受けた傷は瞬時に『結合』され、血が出ることもなくまるで古傷のように変化する。そして不可逆の変質を遂げた箇所はその機能を喪失してしまう。

 起源弾が最も効果を発揮するのは相手が魔術師であった場合だ。

 魔弾を魔術で防げば最後、切断と結合は魔術回路まで達し、魔術回路を通っていた魔力を暴走させ術者本人を傷つける。

 魔術師殺しの異名に相応しい極悪にして悪辣の極みたる礼装といえよう。

 

(アヴァロン、起源弾、固有時制御……相手は時計塔の一流講師だが、ケイネス自身が何か戦場で武功をあげたというデータはない。謂わば戦いの素人。サーヴァントがいなければ勝機はある)

 

 ケイネス・エルメロイを確実に抹殺するための策略を描きだした切嗣は、携帯をてにとり舞弥へと掛ける。

 

『御用でしょうか』

 

「セイバーを動かす。ケイネス・エルメロイの拠点――双子館から138.46m離れたポイントEで待機させろ。魔力を抑え気配を少なくして……ね」

 

 アサシンでないセイバーに気配遮断を行うことは出来ないが、身から発する魔力を抑えることくらいは出来る。

 謂わばアサシンがやった挑発行為の真逆だ。

 

「舞弥、お前はセイバーのいるEポイントと真逆、双子館から127m離れたポイントMにて待機だ。偽装の使い魔の配置は双子館の30m~50m先に配置。だが本命はお前だ。お前はその地点から双子館の様子を逐一観察しろ。奴等の行動をね。ケイネス・エルメロイの陣営の動き次第で臨機応変に対応する」

 

『状況に合わせてのミッションプランを』

 

「先ず第一にランサーとケイネス、両名が揃って双子館を出た場合だ。ランサーとケイネスは放置しセイバーと僕とでソラウ・ヌァザレ・ソフィアリを襲撃し拉致する」

 

 ケイネス・エルメロイが婚約者のソラウに対してただの政略結婚以上の思いを抱いていることは掴んでいる。こういった『情』ほど人を強くすれば、逆に弱点にもなりうる。

 彼女を捕えればケイネスを謀殺するも利用するも自由自在だ。ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは衛宮切嗣にとって絶好の標的だった。

 

『分かりました。その場合は私はこの場所でバックアップとランサーとケイネスの監視ですね』

 

「そうだ。そして第二にランサーが単独で双子館から出た場合。この可能性が一番高いだろうね。注意して聞いてくれ」

 

『はい』

 

「ランサーの正体はクーフーリン。真っ向勝負ではセイバーでも必勝を期待できない。だが拮抗するだけなら十分に可能だ。セイバーにはランサーが双子館を出て直ぐに気配を全開にして貰う。いつかのアサシンと同じようにね。アサシンの挑発に真っ先にのったほどだ。ランサーかもしくはケイネスが好戦的な性格なのは確実だ。間違いなくセイバーを追ってくるだろう」

 

『セイバーを生餌として使うと?』

 

「正解だ。セイバーがランサーを引きつけている間に僕は単独で双子館に乗り込み、僕がケイネス・エルメロイを殺す」

 

『ケイネス・エルメロイが令呪でランサーを召喚する危険性がありますが?』

 

「その場合は仕方ない。こちらも令呪でセイバーを呼び出すだけだ。でも、それは十中八九ないだろうね。奴は自分の栄光に華を添える為に聖杯戦争に参加した。それが敵マスターと遭遇したからといってサーヴァントを令呪で呼び出すはずがない。必ず自分の手で僕を殺そうとするだろう。魔術師らしく魔術を使ってね」

 

 魔術師ケイネスが幾ら強くとも、この身は魔術師殺し。魔術師にとってのジョーカー。

 相手が生粋の魔術師であればあるほどに、衛宮切嗣は天敵として機能する。

 

「最後にケイネス自らが単独で双子館を出た場合。先ずないだろうが、その時はセイバーを双子館に向かわせて、僕がその間にケイネスと戦う――――以上だ。質問は?」

 

『ありません。ではセイバーに指示を伝えますので後ほど』

 

「頼んだ」

 

 電話を切ると切嗣は腰を下ろしていたベッドから立ち上がる。そして近場のファーストフード店で購入しておいたハンバーガーを口へと運んだ。

 衛宮切嗣は一週間飲まず食わず眠らずでも戦闘行動を可能とする鋼の精神力の持ち主である。だが、だからこそ食べられる時に食べておくことの必要性も理解していた。

 どれほど屈強な戦士でも何も栄養を摂取しなければ、いずれは死ぬのだから。

 切嗣の脳裏に飢餓の国での光景が過ぎる。

 骨と皮だけの体でスズメの涙ほどの食糧を糧とする人々。その人々を更に食い物とする一部の富裕層。

 地獄は地獄にしかないと――――平和な微温湯にいる者達は思っているだろう。

 だが違う。地獄は直ぐ隣にある。気付かないだけで地獄と日常は隣り合わせなのだ。

 どれだけ崇高な正義を掲げようと僅かに零れる一を救うことは出来ない。

 切嗣に出来るのは目に見える範囲で一を切り捨て十を救うことだけだ。

 負の連鎖。連鎖する地獄。

 これを断ち切ることは人の手によっては不可能。

 聖杯という『奇跡』でしか誰もが幸福な世界は有り得ない。

 

――――だが忘れるなかれ、天秤の測り手よ

 

――――自らの救済には必ず切り捨てられる者がいることを

 

「忘れないとも。例えこの世全ての悪を背負うことになろうとも、その命を忘れるものか」

 

 

 

 セイバー陣営の拠点たる日本邸宅。

 マスターである切嗣とは常に別行動をとっているせいか、この邸宅で待機するという事を守る分にはセイバーには自由行動が与えられていた。

 だが本人の性質なのか根が真面目なのか、自由を与えられたセイバーがしていることといったら見張りくらいだった。

 流石にそれでは味気ない。自分にとってもセイバーにとっても。

 そう思ったアイリスフィールはセイバーを誘い他愛ない話に興じていた。

 話の種は主にセイバーの過去についてだ。

 最初は王としての生活やらについての話だったのだが、何時の間にか話は巡り巡り家族関係についてとなっていた。

 

「――――私がウーサー・ペンドラゴンの嫡子なのは知っての通りです。ですが血が繋がっていようとウーサー・ペンドラゴンが家族だったとは言えませんでした。私は幼き頃はウーサーを父とは知りませんでしたから」

 

「貴女も大変だったのね」

 

 アインツベルンの技術の粋たるホムンクルスのアイリスフィールも、その出生は複雑だ。

 しかし英霊だけありセイバーの出生もかなり入り組んでいた。

 

「いえ、そうでもありません。育ての親こそ実父ではありませんでしたが、幼い私はそれを知りませんでしたし知ってからも敬愛の念が消えたことはないのですから」

 

「そう。なら良かったわ。彼のアーサー王の育ての親ですもの。きっと素晴らしい養父だったのでしょうね」

 

「はい。それに私には物心ついてより寝食を共にした兄がおりました」

 

「知ってるわ。たしかサー・ケイ……だったかしら」

 

「はい。よく御存知で」

 

 サー・ケイ。後の円卓の騎士の一人であり最古参の騎士だ。 

 知名度は兎も角、その歴史はサー・ランスロットにも勝る。

 

「私はケイを兄として慕っていましたし、その感情は私が選定の剣を抜き王となってからも衰えることはありませんでした。立場が変わり時に口を尖らせながらもケイは良く私のことを助けてくれた」

 

「えーと、まさか貴女より強かった、ということはないわよね」

 

「それは……私の方が強かったでしょう。湖の騎士や太陽の騎士の手前、私があの時代で最強の技量をもっていたなどと憚るつもりはありませんが、ケイと私が剣技で争えば試合では私が勝つでしょう」

 

「やっぱり。伝承で聞く貴方の義兄上はお世辞にも強かったと記されてはいなかったし」

 

「……いえ。確かにケイの剣技そのものは私に劣るのですが、私は一度も兄君を倒せたことはなかった」

 

「え? どういうこと?」

 

 剣技においてはセイバーがケイよりも遥かに強い。

 ならば二人が戦えばセイバーが勝つのは当たり前だ。少なくともアイリスフィールはそう思う。

 

「兄君と戦うと――――勿論、木剣を使ってのものですが――――必ず最後は口論となるのです。そして気づけば試合では勝っても、勝負には負けているということになっていました。少なくとも快勝したことは一度としてありません」

 

「うーん。切嗣もクルミの冬芽探し勝負で『これも実はクルミの一種だから』なんて言って対戦相手の知らないクルミをクルミだって言い張ってたりしたけど、それに似たようなもの?」

 

「マスターがクルミの冬芽探しなどにわかに信じがたいことですが……そんな程度の屁理屈は比べ物になりません。私も一人の妹――――いえ弟としても王としても兄君と弁論を交わすことは多々ありましたが、一度として勝てた試はなかった」

 

「あ、貴女が一度も?」

 

 セイバーの雄弁技能を知るアイリスフィールには想像もできないことだ。

 切嗣の対戦相手こと娘のイリヤも、なんだかんだで最後には切嗣の屁理屈を打ち破っていたというのに、セイバーほどの王が一度も(口先とはいえ)勝てないとは。

 

「はい。私など兄君の足元にも及びません。サー・ケイにかかれば火竜すら呆れて飛び帰る、と謳われたほどの饒舌家なのですから」

 

「凄いのだか呆れればいいのか、今一分からないわね」

 

「何を言いますかアイリスフィール。その才覚こそ、政で国を動かす上で必要であったと、王となってから嫌というほど思い知ったのです。ただの弟であった時も王となってからも、あの人に対してはもっぱら苦言続きでした」

 

「もしもこの聖杯戦争が剣をもってではなく弁論をもって行う闘争であるならば、間違いなくサー・ケイは最強のサーヴァントだったでしょう」

 

「頭が上がらなかったのね」

 

「はい。矢銭のやりくりなどは私は不得手ですからね。そこへいくとあの人は釘一本すら無駄にしません。私が全幅の信頼を置いて後陣を任せられたのは、サー・ケイを置いて他にはいません」

 

「そのケイは貴女が女だってことは知っていたの?」

 

「はい。寝食を共にしていたくらいですから。ただマーリンから堅く口止めされていたので、生涯秘密は守って下さいましたが」

 

「……もし切嗣が召喚したのが貴女じゃなくて、そのサー・ケイならどうなってたのかしらね」

 

「想像になりますが――――兄君のことです。貴女やマスターを上手く言いくるめて、自分は拠点に待機したまま指示をするくらいでマスターを馬車の如く働かせたでしょう」

 

「それってマスターとサーヴァントの立場が逆なんじゃ」

 

「マスターの暗殺者としての技能は非常に優れている。反面、兄上の技量は三騎士クラスと比べればやや見劣りする。なのでマスターがアサシンのサーヴァントのように街へ潜み、自身は後衛に身を置き指示を出すというスタイルをとったでしょう。いや、とるように誘導していたでしょう。……率直に言って、とてもではないが敵にしたくはない。もし私が敵ならば真っ先に彼等を狙うでしょう」

 

「――――――」

 

 セイバーが断言するほどだ。

 切嗣とサー・ケイが組めば、スペックこそ見劣りするが色んな意味で優勝候補となれただろう。

 

「そのケイが……いえ兄君が一度だけ。私が風邪を引いて休んでしまった時に―――――」

 

 セイバーが続きを言うことはなかった。

 襖が開く。入って来たのは端正な顔立ちに無表情を張りつかせた舞弥だった。

 緩んでいた空気が一瞬にして引き締まる。

 

「マダム、お話し中のところ申し訳ありません。切嗣からの指示です、セイバーをお借りします」

 

「ええ。セイバー、貴女もいい」

 

「無論です。この身は戦うためのもの。マスターが私を使うというのであれば従いましょう」

 

 ダークスーツを着ていたセイバーの服装が一瞬にして白銀の甲冑へと変わる。

 

「アイリスフィール、この話の続きはいずれ」

 

「本当は私の娘のことや切嗣のことも話そうと思ってたんだけれど。まぁいいわ、この戦いが終わって貴女が帰ってきたら続きを話しましょう」

 

「……はい。それでは行きます」

 

 セイバーとの話が終わると舞弥が見慣れない子機のようなものを手渡してきた。

 

「これは?」

 

「もしも何かがあればこのボタンを押してください。私に、もしも私が出られなければ切嗣に緊急警報がゆくようになっています」

 

「ありがとう。もしもの時は頼むわね」

 

 舞弥は会釈をするとセイバーを伴って出ていく。

 聖杯戦争はまだ序盤だ。まだセイバーを入れても五騎ものサーヴァントが冬木に潜んでいる。

 そう。敵はまだ五騎もいるのだ。


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