Fate/reverse alternative   作:アンドリュースプーン

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第12話  セイント・レディ&メイガス・レディ

 セイバーと舞弥が出撃してから十数分。

 アイリスフィールは所在なさげにTVをつけた。幾ら外に興味があるといってもセイバーの護衛もなしに外出することは出来ない。

 自分はマスターではないが、ある意味においてマスター以上に聖杯戦争の趨勢を担う聖杯の守り手なのだから。

 その点、TVというのは便利だ。

 家の中にいながら外のことを知ることが出来る。なによりアインツベルンの冬の城にはTVなんてものはなかった。

 

『冬木市では連続するガス漏れ事件による被害が相次いでいます。幸いにして未だ死者は出ていませんが――――』

 

 聖杯戦争期間中に連続するガス漏れ事故。

 この二つは無関係ではないだろう。

 

「サーヴァントの魂喰い、かしらね」

 

 力量不足のマスターが自分のサーヴァントに命じてやらせているのか、それともサーヴァントの独断か。

 どちらかは分からないが、十中八九これはサーヴァントの仕業だ。

 しかしこの分だと魔術の隠蔽は上手くやっているらしい。

 俗世間には疎いので自信はないが、ニュースで映し出される事件内容には不可解な臭いというものが欠片もしない。隠蔽が完璧だという証拠だ。

 

(このことを切嗣に報告――――いえ、切嗣ならとっくに気付いてるでしょうね)

 

 戦いの素人の自分が気付くのだ。魔術師殺しとして名を馳せていた切嗣が気付かない筈がない。

 こうやってニュースを見ていても切嗣の得になるような情報は恐らくはないだろう。

 だがどうせ何もする事が無いのだ。もしかしたら今やっているニュースが少しでも役に立つかもしれない。

 それならこの行為は"無価値"ではない。

 

『次のニュースです。二日前に穂群原学園で発生した爆発事件を受け穂群原学園は臨時休校となっています。依然として犯人は見つかっておらず、警察は生徒の悪戯ではないのかと――――』

 

 聖杯戦争第一戦。アサシンとランサーの戦いの方も上手く処理されているようだ。

 お礼を言う気は毛頭ないが、聖堂教会の隠蔽能力には舌を巻く。流石はナチスと陸軍の介入があった第三次聖杯戦争を上手く世間に隠し通しただけある。

 

『冬木ハイアットホテル、冬木チープトリックホテルでの爆破テロについての速報です。TV局に犯行声明を出していた左翼テログループ"こだわりのある革命家の集い"の暫定的永久指導者、ダイクストラ議長と名乗る人物について――――』

 

「……………」

 

 胸が痛む。切嗣は自分に何も言ってくれなかったが……これをやったのは恐らく切嗣だろう。アイリスフィールには分かる。

 言峰綺礼とケイネス・エルメロイ、二人のマスターを仕留めるための爆破解体。

 非常に効率的で悪辣で非道なる戦術。

 犠牲になった一般人の中にはイリヤと同い年の子供もいただろう。母親や父親、愛し合う恋人、仲の良い友人。

 それらの人々をあの爆発は一瞬にして奪い去っていったのだ。

 

「――――――――ッ!」

 

 頭に奔るビリッとくる衝撃。アイリスフィールは頭を抑える。

 この感覚、屋敷に張り巡らせている結界が突破されたのだ。しかも魚の骨だけを綺麗に取り出すような丁寧過ぎるやり方。人間の魔術師に出来ることではない。キャスターのサーヴァントだ。

 アイリスフィールは舞弥から受け取った発信機のボタンを押す。これで緊急サインが舞弥か切嗣に届いたはずだ。

 

(上手く動けるかどうか分からないけど……!)

 

 自分の武器である針金をとる。

 一人分のサーヴァントを既に納めてしまっている為、全開とはいえないが――――それでも抵抗しないよりはした方が良い。

 

『――――ふふふっ。無駄よお嬢さん。いいえ、貴女の場合はレディかしらね。この時代の魔術師ならいざ知れず、神代を生きた私にとってそんな魔術、児戯に等しくてよ』

 

 和室に突如として黒いローブで顔まで包んだ女性が現れた。やはり姿かたちからしてもキャスター(魔術師)のサーヴァント。

 しかし平然としているがとんでもない。

 純粋な空間転移は魔法に近い魔術だ。現代の魔術師ならそれを行うのには令呪のような超常のバックアップを使うか、大規模な魔術式を構築しての儀式が必要となる。

 けれどキャスターはそれをあっさりとやってのけたのだ。

 魔術師なんてとんでもない。彼女は魔法使いクラスの魔術師だ。

 キャスターの英霊は伊達ではないということか。

 

「……人の家に土足で踏み込むなんて随分な非礼ね、キャスター」

 

「あら。人の住む建築物を爆破する方がよっぽど非礼じゃないかしら」

 

「――――――――」

 

 口での勝負でもキャスターが一枚上手か。

 普通の魔術師ならサーヴァントを前にすれば自然と後退していただろう。

 だがアイリスフィールは逆に慎重に距離を詰めた。キャスターにばれぬよう細心の注意を払って。

 

(キャスターのローブに施されている意匠には見覚えがあるわ。あれは古代ギリシャのもの。これだけじゃキャスターの真名は分からないけど魔術師なら接近戦は苦手なはず)

 

 アイリスフィール自身もサーヴァントの魂を取り込んだ影響により接近戦などこなせない体調なのだが、相手の得意な距離に身を置くよりはマシだ。

 サーヴァントを倒せるとは思えないが、キャスターが隙を見せれば、急所たる首にありったけの一撃を叩き込む。

 アインツベルンの特性は力の流転と転移。魔力を通した針金は人間の肉など容易く切り裂く切断力がある。

 これをキャスターの首に巻きつける事が出来れば。

 しかしアイリスフィールの狙いなどキャスターにはお見通しだったようだ。

 

「止めておきなさいって言ったでしょう。幾ら魔力を通した針金でも私は倒せないわ」

 

「そんなもの――――やってみないと分からないわ! shape ist Leben!」

 

 針金がアイリスフィールの意のままに動き出す。そのまま針金は意志もつ蛇のようにキャスターの首へと向かっていく。

 だがキャスターの言う通り、そんなもので魔術師の英霊は倒せない。

 

「無駄よ」

 

 キャスターがクイと人差し指を動かす。

 それだけの一工程で針金に通されていた魔力は霧のように雲散してしまった。魔力を失った針金は元の無機物となって停止する。

 

「まだ!」

 

 一度失敗したならもう一度。針金に再び魔力が伝わる。

 針金は床を切り裂きながらキャスターに迫った。だがやはり無駄。キャスターが紫色の魔術障壁を発生させる。

 傍目で分かるほどの魔力が込められたその障壁はセイバーの甲冑すら上回ろう。剣の英霊の甲冑を超える障壁が針金で撃ちやれる道理は微塵もなく。

 針金はあっさりと弾かれ、アイリスフィールの手を離れあらぬ方向へと吹っ飛んでいった。

 

「ふふふふっ。何度やろうと同じ、現代の魔術師如きに魔術戦でやられているようでは私はキャスターのクラスを預かったりしないわ」

 

「…………」

 

 それはそうだ。元よりサーヴァントを打倒できるのはサーヴァントだけ。

 一つの時代で最強と謳われるまでに至った超越者に対抗できるとしたら、現代において最強と謳われる一握り中の一握りのみ。

 アインツベルンによって特別な調整が施されたアイリスフィールは常人を遥かに超える魔力量をもつ。だがサーヴァントには勝てない。

 仮にもし魔力量で張り合えたとしても、それを扱う技量がサーヴァントは桁外れなのだ。

 そんなことは聖杯であるアイリスフィールが誰よりも知っている。

 

「そう恐がらなくても、抵抗しなければ別に殺したりはしないわ。貴女にはセイバーを手に入れるための駒になって貰わなければいけませんからね」

 

「セイバーを、手に入れるですって……?」

 

 倒すではなく手に入れる。その言い方はまるでセイバーを奪いに来たと言っていることではないか。

 

「あら。そう不思議がることでもないでしょう。私はキャスター、魔術に秀でてはいても直接戦うのは不得手ですもの。一つ教授してあげるわ。魔術師というのは自分が強くある必要はないの。ただ強い者を自分の玩具にすればいいだけ」

 

「その点セイバーは駒としてとっても良いわ。強力な対魔力とステータス、セイバーを支配下に収めれば聖杯は私のものになったも同然でしょう。なにより彼女はとても可愛げがあるのですもの。あんな無精髭を生やした男に使役されるのなんて勿体ないにも程があるわ」

 

「セイバーは貴女のものになんてならないわ! いいえ、聖杯で願いを叶えられるのは一組だけ。聖杯に託す祈りのあるセイバーが貴女に従うわけがない」

 

「貴女はそう思うでしょうね。現代の魔術師の貴女ならば」

 

 妖艶に微笑むキャスターに悪いものを感じ、アイリスフィールは後ずさる。

 このサーヴァントならばやりかねない。キャスターが神代に生きた魔術師ならば、アイリスフィールも知らない方法でセイバーを自分のものにする、なんて芸当が可能なのかもしれない。

 だが現状でアイリスフィールが出来る事はもうなかった。

 魔術戦を挑んだところで100戦やって100度負けるだろう。万回やれば万度負ける。

 逃げようにもサーヴァントを納め人間との機能を一部削ぎ落としたアイリスフィールに全力疾走するような体力はない。

 それでも精一杯の抵抗を込めて。

 

「人質をとろうとしているならお生憎ね。私は人質になんてならないわ。私の夫は――――衛宮切嗣は己の理想のためなら、妻さえ犠牲にできる強さをもっている」

 

 その強さはある意味において弱さでもあるのだろう。夫を愛するアイリスフィールにはそのことが誰よりも分かってしまっていた。

 

「貴女も、どうにも理解できない女ね。女ならば夫に誰よりも愛されたいと思うものでしょうに。理想なんて下らないもののために妻を犠牲にする夫によくもそこまで入れ込むものね。私には到底理解できないわ」

 

「……そう」

 

 変なものだ。こうして絶体絶命の危機に陥っているというのにアイリスフィールはキャスターに同情してしまった。

 同じ女だから、いいや妻だからだろう。キャスターが嘗て愛に酷く裏切られたのだろうということが容易に想像できてしまったのだ。

 

「だけど私に悔いはないわ。私が死んで理想を遂げた後、あの人はその生涯の全てを娘のために捧げると誓ってくれたんですもの」

 

 堂々と言い放つ。自分の生涯に悔いはないと。

 例え夫の理想の贄とされても、夫が娘のために生きてくれるのならば後悔はないと。太陽のような晴れ晴れとした笑顔を浮かべ断言してみせた。

 そのアイリスフィールを見て、キャスターは太陽に目が焼かれぬように目を逸らし笑い始めた。

 

「あは、あははははははははははははははは! そう、そういうこと。人間離れして美しい顔をしてはいたけど、そういうこと。貴女、人間じゃないわね。フラスコの中で生まれた人ではないお人形。ホムンクルス。それならお人形みたいな理想の母親を演じられるのも当然よね」

 

「私は人形じゃないわ。ホムンクルスというのは否定しない。けれど私は一人の人間としてあの人を愛した。その事実だけは例え誰であろうと覆せはしない」

 

「ええ、貴女はとても愉快で哀れで道化で――――腹立たしいわ。安心なさい、貴女は殺してあげないわ。だけど貴女が愛する夫は殺めてあげる。貴女も私と同じになりなさい」

 

「―――――ッ。まさか貴女の真名は」

 

「お喋りが過ぎたわね。この気配、セイバーと貴女の大事な夫が近付いてきている。おやすみアイリスフィール、貴女が夢から覚めた時。貴女がどういう顔をするか今から楽しみでならないわ」

 

 抵抗する間もなかった。

 キャスターが上手く聞き取れない言葉を呟くと、辺り一面に眠りの霧が立ち込める。 

 神秘はそれを超える神秘によって打ち倒されるもの。ホムンクルスという神秘も神代の魔術には叶わず、アイリスフィールは深いまどろみの底へと堕ちていった。

 

 

 

「う……。ここは……どこ?」

 

 桜が目を開ければ、そこは今まで見た事のない場所だった。

 鼻をくすぐる古い木材の匂い。

 澄み切っていながら、どこか歪なものが混ざった空気。

 ここはどこだろうか?

 今日は九時にお爺様に蟲蔵へ来いと申し付けられていたのに。

 蟲蔵に行かずに済んで良かった、とは思わなかった。寧ろどうして行けなかったんだという後悔が勝っていた。

 もし申し付けられた時間に蟲蔵へ行かなければ、その次はもっと酷いことになる。

 そのことを桜は良く知っていた。

 

「桜ちゃん……起きたのかい?」

 

 聞きなれた声が後ろから掛かった。

 誰だっただろうか、と首をかしげつつ背後を見る。

 

「…………」

 

 顔を隠す様にすっぽりとローブを被ったその人は桜にとって馴染み深い人物だった。

 間桐雁夜。どうしてか知らないけれど、いきなり間桐の家に戻ってきた人。

 自分が間桐桜ではなく遠坂桜だった頃はよくお見上げとかを貰ったことがある。

 優しかったおじさん。特別なことはないけれど、いつも優しく笑っていた人。けれどそれはもう見る影もない。

 蟲蔵での修練で体はズタズタにされ、顔も左半分は歪んでしまった。まるで幽鬼のようだ。

 

「おじさんが私を此処に……?」

 

「ああ。俺と俺のサーヴァントがやったんだ……」

 

 雁夜から返ったのは肯定の意。 

 桜に若干の苛立ちが宿る。

 どうしてこんなことを。お爺様の言う事を聞かなければ酷い目に合うのは自分なのに、と。

 

「早く帰して下さい。お爺様との約束を破ったらお爺様は怒ります。蟲蔵にいる時間だって――――」

 

 言い終わる前に雁夜は桜を抱きしめていた。

 蟲に侵されボロボロの雁夜の両手、解こうとすれば解けたが、どうしてか桜にはそういう気は起きなかった。

 

「もう大丈夫だ。もう何も、あの妖怪に怯える必要なんてないんだ。俺が……俺とキャスターが桜ちゃんを守る。葵さんのとこにだって帰す。俺は……」

 

 壊れた雁夜の目から透明の滴が零れる。

 滴は桜の額に当たり頬を伝った。

 

「もう恐がることはないってどうして?」

 

 そんなことは無意味だ。

 間桐家にあってお爺様――――間桐臓硯とは絶対的なもの。抗えるはずがない。桜は間桐邸の門を潜ったその日に、その動かし難い事実を受け入れたのだから。

 

「……聖杯を手に入れるのは俺だからだ。俺はバーサーカーを失ったけど、お蔭でキャスターと会うことができた。キャスターは臓硯や時臣なんて比べ物にならないくらい凄い魔術師なんだ。キャスターがいれば誰にも負けない。聖杯だって手に入れられる。そうすれば本当に……君は自由だ。魔術や聖杯戦争なんて関係のない場所で――――」

 

 桜は頬を濡らした滴に触れてみる。

 温かい。この温かさに触れたのは何時以来だっただろうか。

 ほんのりとした温かさを感じながら桜は再び微睡の中に溶けていった。

 


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